グレンデル国王は興味深そうに腕組みして言った。
「その症状はここから南西の地域で聞く、『死霊病』に似ているな」
──死霊病?
グレンデル国王は再び話し始めた。
「私が三年前──まだグレンデル城にいたときのことだ。南西のジャームデル王国に会議で呼ばれ、馬車で奇妙な村を通りかかった。この村では死霊病が増えてきていると、侍従から聞いた」
「そ、それはどんな病なのですか?」
「確か、人間の感情が失われてしまい、言葉を喋らなくなる病気だと」
感情が失われる……喋らなくなる!
ターニャの症状と似ている!
「それくらいしか知らんが、何か役に立つだろうか?」
国王が頭をかきつつ、そう話してくれたそのとき……。
「馬車だ! 赤い鎧を着た兵隊が来たぞー! 大勢だ! 三十名はいるぞ」
村人の声が周囲に響いた。
火の見やぐらで周辺を監視する青年、ダニエル・ロスタが叫んだのだ。
あ、赤い兵隊!
まさか──グレンデル城の女王親衛隊?
「おい! 先頭に女がいる! あれはイザベラ女王じゃないのか?」
ダニエルが望遠鏡を覗きながら叫んだ。
私はギクリとして冷や汗が出た。
イザベラ女王──!
私の最も苦手な人物──この世で最も恐怖を感じている人間だ。
そ、そうか。
デリック王子は帰ったあと、イザベラ女王に報告したのか。
しかし、女王がこんなに早く動きをみせるとは思わなかった……!
「い、いかん! イザベラ女王は本気で君を見つけにきた!」
国王は私に向かって叫んだ。
「イザベラ女王と女王親衛隊には逮捕権があるのだ。見つかると逮捕されるぞ。特にアンナ! 君はグレンデル城から指名手配をされているはずだ。まずいぞ」
そしてグレンデル国王は声を上げた。
「私は炭鉱の隠し部屋に避難するが……君たちはどうする? 炭鉱は身を隠すのに最適とはいえない。一本道なので女王親衛隊が入ってきたら逃げ場がない。隠し部屋も狭い」
「そ、そうですね。それなら」
私はあわてて思いついたように言った。
「わ、私たちは裏口から村の外にいったん逃げます。大きな岩場と森がありますから、そこに──」
「そ、そうか。村にいるよりも安全かもしれないが……。捕まるなよ、聖女よ」
グレンデル国王は急いで、レギーナさんと一緒に炭鉱のほうに行ってしまった。
ああ!
イザベラ女王と女王親衛隊が村の入り口まで来て、オールデン村長と話をしている!
「早く安全な場所へ逃げよう!」
ジャッカルがこっちに走ってきながら声を上げた。
「これは本当にマズい。捕まったら全員牢獄行きだ!」
ウォルターやパメラ、ネストールも一緒だ。
私は提案した。
「む、村の裏口から逃げたほうが良いと思われます」
「ダメだ、女王親衛隊は村の外の周囲も見回っている」
ウォルターの言葉に私はギョッとした。
──彼は続けた。
「食料庫に身を隠そう。物が多くあり、それなりに広い。隠れる場所も豊富だと思われる。早く行こう」
「は、はい。パメラとネストールは?」
私が聞くとパメラは素早く答えた。
「私とネストールの顔は多分、イザベラ女王たちは知らない。村人の格好をすればかなりごまかせるはずだ」
「何とか時間稼ぎをするよ」
ネストールもそう言ってくれた。
そのとき、女王たちが村に入ってきた!
私とウォルター、ジャッカルはすぐに食料庫に入った。
人参などの野菜や、米、バターがたくさんの箱に入って積まれている。
確かにこれならば隠れやすいが……イザベラ女王と女王親衛隊は甘くないだろう。
「こっちだ」
ジャッカルは食料庫の奥のほうで手招きした。
そこには引き戸の部屋があり、中に入ってみるとジャガイモがたくさん入った箱がたくさん積まれていた。
一つだけ窓があるが、木の格子があるので外からは簡単に入ってこれないだろう。
「ジャガイモはパン、小麦粉の次に大事な食料だからな。個別の部屋があるのか」
ウォルターは言った。
私たち三人は引き戸をしめ、頭を低くして窓の外を見た。
外の声が聞こえてくる。
「……なんだ、お前たちは」
「あたしは村人のパパヤ・マクレン。こっちは弟のピピヤ・マクレンだ。あんたこそ、どなたですか?」
太い男の声と、パメラの声が聞こえた。
パパヤがパメラでピピヤがネストールか……。
咄嗟に名前をよく考えついたものだ。
「俺はグレンデル王国の女王親衛隊副隊長、バルガ・ギルバルだ」
さっきの太い男の声がした。
この声の主が女王親衛隊の副隊長の声か。
彼も魔物や悪魔と契約しているのだろうか?
「アンナ・リバールーンという聖女と、ウォルター・モートンという男を探している。情報があってな、このローバッツ工業地帯の村にいると聞いた」
「え? すぐに村を出ていった気がするけどなあ。あたしはあまり知らないねえ」
パメラのとぼけた声が聞こえた。
「本当か? 弟のほうはどうだ?」
「姉ちゃんの言う通り、俺も知らない」
「……ちょっと食料庫を見せてもらいたい」
「いやそれは。うちの村の大事な食料庫なのでね。関係者以外は入れないよ」
パメラがギルバルを引き止めるような声がしたが、ギルバルは耳を貸さなかったようだ。
「どけ! ちょっと確認するだけだ。では、よろしくお願いします」
「うむ、お前は下がっていろ」
え?
鋭い女性の声……!
私はこの声の主を知っている。
背筋が凍りついた。
「私が食料庫を見よう。もしアンナが出てきたら……あの聖女を牢獄に入れて地獄を見せてやる!」
こ、この声は……!
イザベラ女王だ──!
「その症状はここから南西の地域で聞く、『死霊病』に似ているな」
──死霊病?
グレンデル国王は再び話し始めた。
「私が三年前──まだグレンデル城にいたときのことだ。南西のジャームデル王国に会議で呼ばれ、馬車で奇妙な村を通りかかった。この村では死霊病が増えてきていると、侍従から聞いた」
「そ、それはどんな病なのですか?」
「確か、人間の感情が失われてしまい、言葉を喋らなくなる病気だと」
感情が失われる……喋らなくなる!
ターニャの症状と似ている!
「それくらいしか知らんが、何か役に立つだろうか?」
国王が頭をかきつつ、そう話してくれたそのとき……。
「馬車だ! 赤い鎧を着た兵隊が来たぞー! 大勢だ! 三十名はいるぞ」
村人の声が周囲に響いた。
火の見やぐらで周辺を監視する青年、ダニエル・ロスタが叫んだのだ。
あ、赤い兵隊!
まさか──グレンデル城の女王親衛隊?
「おい! 先頭に女がいる! あれはイザベラ女王じゃないのか?」
ダニエルが望遠鏡を覗きながら叫んだ。
私はギクリとして冷や汗が出た。
イザベラ女王──!
私の最も苦手な人物──この世で最も恐怖を感じている人間だ。
そ、そうか。
デリック王子は帰ったあと、イザベラ女王に報告したのか。
しかし、女王がこんなに早く動きをみせるとは思わなかった……!
「い、いかん! イザベラ女王は本気で君を見つけにきた!」
国王は私に向かって叫んだ。
「イザベラ女王と女王親衛隊には逮捕権があるのだ。見つかると逮捕されるぞ。特にアンナ! 君はグレンデル城から指名手配をされているはずだ。まずいぞ」
そしてグレンデル国王は声を上げた。
「私は炭鉱の隠し部屋に避難するが……君たちはどうする? 炭鉱は身を隠すのに最適とはいえない。一本道なので女王親衛隊が入ってきたら逃げ場がない。隠し部屋も狭い」
「そ、そうですね。それなら」
私はあわてて思いついたように言った。
「わ、私たちは裏口から村の外にいったん逃げます。大きな岩場と森がありますから、そこに──」
「そ、そうか。村にいるよりも安全かもしれないが……。捕まるなよ、聖女よ」
グレンデル国王は急いで、レギーナさんと一緒に炭鉱のほうに行ってしまった。
ああ!
イザベラ女王と女王親衛隊が村の入り口まで来て、オールデン村長と話をしている!
「早く安全な場所へ逃げよう!」
ジャッカルがこっちに走ってきながら声を上げた。
「これは本当にマズい。捕まったら全員牢獄行きだ!」
ウォルターやパメラ、ネストールも一緒だ。
私は提案した。
「む、村の裏口から逃げたほうが良いと思われます」
「ダメだ、女王親衛隊は村の外の周囲も見回っている」
ウォルターの言葉に私はギョッとした。
──彼は続けた。
「食料庫に身を隠そう。物が多くあり、それなりに広い。隠れる場所も豊富だと思われる。早く行こう」
「は、はい。パメラとネストールは?」
私が聞くとパメラは素早く答えた。
「私とネストールの顔は多分、イザベラ女王たちは知らない。村人の格好をすればかなりごまかせるはずだ」
「何とか時間稼ぎをするよ」
ネストールもそう言ってくれた。
そのとき、女王たちが村に入ってきた!
私とウォルター、ジャッカルはすぐに食料庫に入った。
人参などの野菜や、米、バターがたくさんの箱に入って積まれている。
確かにこれならば隠れやすいが……イザベラ女王と女王親衛隊は甘くないだろう。
「こっちだ」
ジャッカルは食料庫の奥のほうで手招きした。
そこには引き戸の部屋があり、中に入ってみるとジャガイモがたくさん入った箱がたくさん積まれていた。
一つだけ窓があるが、木の格子があるので外からは簡単に入ってこれないだろう。
「ジャガイモはパン、小麦粉の次に大事な食料だからな。個別の部屋があるのか」
ウォルターは言った。
私たち三人は引き戸をしめ、頭を低くして窓の外を見た。
外の声が聞こえてくる。
「……なんだ、お前たちは」
「あたしは村人のパパヤ・マクレン。こっちは弟のピピヤ・マクレンだ。あんたこそ、どなたですか?」
太い男の声と、パメラの声が聞こえた。
パパヤがパメラでピピヤがネストールか……。
咄嗟に名前をよく考えついたものだ。
「俺はグレンデル王国の女王親衛隊副隊長、バルガ・ギルバルだ」
さっきの太い男の声がした。
この声の主が女王親衛隊の副隊長の声か。
彼も魔物や悪魔と契約しているのだろうか?
「アンナ・リバールーンという聖女と、ウォルター・モートンという男を探している。情報があってな、このローバッツ工業地帯の村にいると聞いた」
「え? すぐに村を出ていった気がするけどなあ。あたしはあまり知らないねえ」
パメラのとぼけた声が聞こえた。
「本当か? 弟のほうはどうだ?」
「姉ちゃんの言う通り、俺も知らない」
「……ちょっと食料庫を見せてもらいたい」
「いやそれは。うちの村の大事な食料庫なのでね。関係者以外は入れないよ」
パメラがギルバルを引き止めるような声がしたが、ギルバルは耳を貸さなかったようだ。
「どけ! ちょっと確認するだけだ。では、よろしくお願いします」
「うむ、お前は下がっていろ」
え?
鋭い女性の声……!
私はこの声の主を知っている。
背筋が凍りついた。
「私が食料庫を見よう。もしアンナが出てきたら……あの聖女を牢獄に入れて地獄を見せてやる!」
こ、この声は……!
イザベラ女王だ──!