パーティー会場の外──廊下(ろうか)に出てみると、人の行き交いはほとんどなくなっていた。

 ただ見回りの兵士が二、三人いるだけだ。

 お客はほぼ全員、パーティー会場の中にいる。

 豪華な夕食会が始まっているせいだろう。

「こっちだ」

 ジャッカルが向こうにある扉の前で、私とパメラを手(まね)きした。

 客間の前だ。

 大ホール前の客間は、確か今はちょっとした物置になっており使われていないはずだ。

「この客間の中にロザリーがいるのね」

 私はつぶやきながらちょっと考えた。

 部屋の中に入ってしまうと、ロザリーに近づかざるを得なくなるかもしれない。

 そうなると私の正体がバレてしまう?

「とにかく部屋の中に入ってみよう。ロザリーがいるはずだが、何とかなるさ」

 パメラはそう言いつつ、旧客間のドアを開けた。

「さあ早く入れ。(あや)しまれるぞ」

 ジャッカルもそう言いつつ部屋に入った。

 ……ネストールはどこに行ったんだろう?

 ◇ ◇ ◇

 旧客間の中に素早く入ると、その部屋のソファに恐らく年齢(ねんれい)──三十代のぽっちゃりした女性が座っていた。
 
 彼女がジェニファーとよく一緒にいる侍女(じじょ)、ロザリーか。

 ソファの周囲には(つぼ)や道具箱が置いてあり、やはりちょっとした物置のようになっている。

 私は女性になるべく近づかないように、扉のそばに立ったままだ。

「大丈夫ですよ」

 ロザリーだと思われる侍女(じじょ)が私に向かって言った。

 えっ?

「大丈夫ですよ、アンナ様。お久しぶりでございます」

 か、彼女は私の正体を言い当てた!
 
 私は今、(おど)り子の変装(へんそう)をしている。

 この人、一体何者?

 パメラとジャッカルはあわてた表情をしている。

「な、何のことですか? あなたはロザリー?」

 私は少しばかり(あせ)って言った。

「はい、私は侍女(じじょ)のロザリー・スレイダックです。アンナ様、(かく)さなくても結構ですよ。さあ、私の前のソファにお座りになって」

 侍女(じじょ)──ロザリーは丁寧(ていねい)にそう言ったので、私は(だま)ってロザリーの前に座った。

 私は気付いた。

 ロザリーは私と同類だ──。

「あなた……分かったわ、ロザリー。『(アーダ)』が見えるのね」
「はい。私も十年前は聖女でした。人を魔法で治癒(ちゆ)する仕事をしていましたよ」
「いつ私の正体が分かったの?」
「夕方私は、庭園で兵士さんに(うたが)われている(おど)り子さんをお見かけしたんです」

 思い出した。

 城の前の庭園に入ってすぐのことだ。

「そのとき、その(おど)り子さんの(アーダ)を見たら、見覚えのある独特の大きい(アーダ)をなさっている。あの(おど)り子さんの(アーダ)、どこかで見たことがあるな、と思いました。そこで思い出したのが、デリック王子の元婚約(こんやく)者のアンナ様です」
「うーん……」
「ウォルター・モートン様を助けにいらっしゃったのだな、と思いまして」

 私は驚いてパメラとジャッカルを見やった。

 ジャッカルは腕組(うでぐ)みをしているし、パメラもため息をついている。

 ここでウォルターの捜索(そうさく)は打ち切りか……?

 すると……!

「いえ、ご安心ください。私はあなたたちの味方ですよ」

 ロザリーは微笑(ほほ)えんで言った。

「どういうことです?」

 私はロザリーを見やり言った。

「あなたはジェニファーの侍女(じじょ)じゃないのですか? ジェニファーは私を嫌っている。なぜ、あなたが私の味方をするの?」
「私はジェニファー様に、何度か(くつ)を投げられ、(なぐ)られ、()られました。彼女は毎日ネチネチと説教をするんです。彼女がデリック王子と浮気しているとき、私はそれを注意しました。何度ジェニファー様に平手(ひらて)(ほお)(たた)かれたことか……」
「ひどい……」

 パメラがうなった。

 ──ロザリーは続けた。

「もうそんな人の侍女(じじょ)はできません。あと一ヶ月でこの城の侍女(じじょ)()めようかと思っていたところです」
「そう、ジェニファーとそんなことがあったの。それは大変だったわね……」
「あんな人はこの国の将来の女王になるべきではありません。本来ならアンナ様、あなたが女王になるべきでした」
「いえ、私は……」

 私はそう言われて()れくさかったが、デリック王子の妻になることは今はもう想像したくない。

「──分かります。デリック王子がお(いや)なのね。でもアンナ様とウォルター様なら、別の国で女王、王となられる資質があります。私には分かりますよ」
「わ、私が別の国で女王に? ウォルターが王?」
「はい。──話がそれましたね。ウォルター様の居場所を教えましょう。中庭の(しげ)みの奥にある、階段を下っていくのです」

 ええ? 

 中庭に階段が?

 そんなところに階段があるなんて知らなかった。

「その地下に『祭壇部屋(さいだんべや)』と呼ばれるイザベラ女王専用の部屋があります」

 さ、祭壇部屋(さいだんべや)

 私がロザリーの聞き慣れない言葉に驚いていると、彼女は続けた。

侍従(じじゅう)侍女(じじょ)も城で働く者は誰も入ったことがない謎の部屋です。私は、ウォルター様がそこに連れていかれるのを見ました。恐らく彼はその部屋に幽閉(ゆうへい)されております」
「ちょっ……女王専用の部屋って! まずい感じ……!」

 パメラは私に言った。

「は、早く行きましょう!」

 私が言うと、ロザリーは大きくうなずいた。

「ええ。私が案内します。婚約(こんやく)記念パーティーはもうすぐ終わってしまうので、すぐに行きませんと」

 ◇ ◇ ◇

 私たちは旧客間を出た。

 そして兵士たちの見回りの(すき)をみて、一階の東──中庭に移動した。

 すでに夕刻(ゆうこく)は過ぎ、中庭は外壁(がいへき)の壁掛けランプだけが(とも)っている。

 花壇の花はぼんやりランプの光で()れていた。

「ここです」

 ロザリーは(しげ)みの奥を指差した。

 隠されているような石造りの階段がそこにある!

 しかし、そのとき──!

「まったく満足だ! 最高のパーティーだったよ! ()(ぱら)い貴族がいる以外は!」
「ねえデリック。何で貴族の女の子ばっかりと話してたの? 女の子を(さそ)ってたんでしょ」
「え? あ、あれは単なる挨拶(あいさつ)だよ、ジェニファー」
「まあまあ、二人とも。パーティーは無事に終わったのだから、今度はこの中庭で二次(にじ)会としましょうや」
「それはいい。夜風(よかぜ)に吹かれながら晩酌(ばんしゃく)とはオツなものだ」

 そんな会話が聞こえてきた。

 ──デリック王子とジェニファー、その取り巻きが中庭に入ってきたのだ!

「ここは俺たちに(まか)せろ! 行け、アンナ」

 ジャッカルが言った。

「私もここに残ります。あなたたちはこの地下に行ってください! 早く!」

 ロザリーは私とパメラをせかした。

 私とパメラはうなずき、急いで不気味な石造りの階段を下っていった。

 ──この先にウォルターがいる!