私は聖女アンナ。
牢屋の中の元騎士団長様を助けたら、女王を激怒させ私も牢屋に入れられそうになった。
そして友人のパメラとその弟ネストールとともに、隣国、ロッドフォール王国に逃亡した。
◇ ◇ ◇
宿屋の部屋の扉がノックされた。
「……私が開ける」
パメラは注意深く、そっと扉を開けた。
「俺だ! 見つけたぞ!」
そこにはジャッカル・ベクスターが立っていた!
「下がって!」
ネストールがナイフを持って私たちの前に出て、ジャッカルを睨みつけた。
ジャッカルは静かに言った。
「……なるほど。こんな小さい宿屋にいたとはな。探したぞ」
「動いたら血まみれだよ」
「おい待て」
「何が『待て』だ?」
ネストールがそう言ってナイフを構えたが、ジャッカルはため息をついて両手を上げた。
「こういうわけだ。何もしない。話をしに来ただけだ」
「ウソをつくなっ」
ネストールがナイフを構えて叫ぶが、ジャッカルは再び静かに言った。
「だからさ、両手を上げてるだろ。話し合いに来たと言っている」
「……何のご用ですか?」
私はネストールの後ろから眉をひそめて、ジャッカルに聞いた。
「とにかく部屋に入れてくれよ。立って話すのも疲れるだろ」
ジャッカルはニヤけつつ、両手を上げるのをやめなかった。
私とパメラは顔を見合わせた。
ジャッカル・ベクスター……現騎士団長。
デリック王子の側近というべき男だ。
なぜこの男が話し合いに来たのだろう?
◇ ◇ ◇
「変なマネをしたら、頸動脈を切るよ」
ネストールが目を光らせてナイフを構えている。
「おお、怖ぇ怖ぇ。こんな用心棒がいたとはな」
ジャッカルは私とパメラの前の椅子に座った。
「どうやってロッドフォール王国に入ってきた? 国境はどうした?」
パメラが聞くと、ジャッカルは首筋をポリポリと掻きながら答えた。
「俺は通行許可証をきちんと持ってるからな。まあ、あのマードックっていう国境警備員はお前らの仲間なんだろ? 一時間かけてやっと俺を通したよ。イライラしたぜ」
マードックさんは時間稼ぎをしてくれたようだ。
国境警備員に通行許可証を持っている者を帰らせる権限はないので、うまく仕事をしてくれたといえる。
だが、問題はこのジャッカルという男がここに来た動機だが……。
「ウォルターは現在、再び牢屋に入っているが……。俺と組まないか? ウォルターを助けてやる」
ジャッカルがおもむろにそう言ったので、私とパメラは驚いて顔を見合わせた。
「な、何だと? お前、グレンデル城の騎士団長でデリック王子の手下だろ。どういう風の吹き回しだ?」
パメラはジャッカルをじっと見やった。
するとジャッカルは舌打ちをして言った。
「もうこりごりなんだよ! あのバカデリック王子がっ!」
そしてわめいた。
「王子は、俺がウォルターとも勝負に負けたことで、俺を騎士団長から格下げにしやがったんだ!」
「格下げ? どういうことだ?」
「騎士団員になっちまったんだよ、俺は!」
「へえ~、そりゃご愁傷様。それが本当の話だったらな」
パメラはニヤニヤして言った。
ジャッカルは疲れた表情で話しを続けた。
「本当だよ。デリック王子は酔っぱらって帰ってくると、弱いくせに俺や俺の部下を殴りやがる! それにあの野郎、勝手にヘナチョコな剣や槍、鎧を買ってきて騎士団の資金をどんどん使っちまうんだ。金の管理は俺の責任になるんだ。たまったもんじゃねえよ!」
「へえ……、おーいアンナ。お前、ずいぶんバカな王子と婚約してたんだな」
パメラにそう言われ、私は赤面した。
「わ、私は仕事で忙がしかったものだから、彼の本性には薄々気付いていたものの……。彼のそういう面には目をつぶっていたことは事実よ。それに……」
「イザベラ女王の目があったんだろ」
ジャッカルが私の代わりに言ってくれた。
「一度王子と婚約したら、あの女王がいるかぎり勝手に婚約解消できないからな。そういう意味では、王子が婚約破棄してくれて助かったんじゃないか?」
ジャッカルの意見に、私は大きくうなずくしかなかった。
──パメラは口を開いた。
「しかしジャッカルさんよ、これであんたを信用した──とはならない」
「何とでも言え。俺はもうグレンデル城の騎士団に在籍するのはこりごりだ」
ジャッカルはため息をつきながら言った。
「聖女アンナさん、パメラさんよ。あんたたちの目的はウォルターを牢屋から助けることだろう? ウォルターを助けるための情報を教えてやる」
「……一応聞いてやるよ。どんな情報だ?」
「まず始めに基本的な情報を話そう。①──ウォルターは再び牢屋に入っている。②──新しい牢屋番にマックス・ライクという兵士がついている。③──前牢屋番のジムはこの国から追放されたらしい」
ジャッカルの言葉を聞いて、私は驚いた。
まさか?
私に協力的だった、あのジムが?
「そして④──明後日、グレンデル城でパーティーを行う。王子とジェニファーの婚約記念パーティーだ」
ジャッカルは続けた。
パメラは私を見た。
私はもうデリック王子に未練はないので、婚約記念パーティーについては何も思わない。
私はジャッカルに聞いた。
「その隙をついて忍び込めと?」
「ああ。牢屋のある地下一階は警備が手薄になる。だが問題は、城の手前の庭園と城の一階の警備が強化されるってことだが……」
「警備が強化されているなら、城への侵入は難しいのでは? 裏口も厨房に繋がっていて、料理人がいっぱいいるし……」
「確かにそうだ。だが君たちなら、堂々と真正面から入り込む方法がある」
「ま、真正面?」
私とパメラは同時に叫んでしまった。
いったいどうやって?
ジャッカルはニヤリと笑った。
「真正面から入り込めたらしめたもの……! とある良い案があるから実行してくれたまえ!」
ここは宿屋、「光馬亭」──。
私とパメラ、ネストールの三人が、ジャッカルとグレンデル城への侵入について話し合ったその二日後。
デリック王子の婚約記念パーティーが始まる四時間前──。
私たちはウォルターを取り返す作戦を開始することにした。
「……よし、それでいい」
ジャッカルが宿屋にきて、私を見て言った。
「こんな格好で行くの?」
私は自分の格好を宿屋の姿見鏡に映した。
私とパメラは踊り子の格好に着替えていた。
肌もあらわで、へそも出して結構恥ずかしい。
私もパメラも髪を後ろでまとめ、髪型をいつもと違うようにした。
「……俺、この格好嫌だ」
そう言ったネストールの服装は曲芸師のものだ。
「三人とも、ブツブツ文句言うな。ウォルターの命がかかっているんだからさ」
ジャッカルは腕組みをして言った。
私たちの衣装は、宿屋の隣の服屋に借りたものだ。
ロッドフォール王国の中央地区、リンドフロムは水商売と娯楽産業が盛んなので、踊り子や曲芸師の衣装を貸し出している服屋が多い。
「踊り子か曲芸師などに変装すれば、城の正面から堂々と入れる」
ジャッカルは私たちを見て真剣な表情で言った。
「なぜならパーティーには、踊り子や曲芸師が多数呼ばれているからだ。それにまぎれていけば、容易に城に入り込めるはずだ」
「おへそ……」
私は姿見鏡を見てつぶやいた。
おなか──おへそが丸出しなのが恥ずかしくて仕方なかった。
世の中の殿方というのは、このような格好の女性が好きなのだろうか。
「このバカみたいな格好をしただけで、城に入り込めるの?」
ネストールは自分のへんてこな曲芸師の格好を姿見鏡で見つつ、顔をしかめながら言った。
「いや、それだけじゃ不完全だ。パーティーの招待券というものがある。俺は十枚ももらっているから、お前らにやるよ」
「招待券を十枚? 何でデリック王子は、そんなに配っているんだ」
パメラは眉をひそめてジャッカルに聞くと、彼は答えた。
「デリック王子の人気のなさは半端じゃない。招待券を俺たち騎士団に手渡し、貴族や王族に配布せよと依頼してきた。まあ豪華な夕食ができて、踊り子と曲芸師のショーを見られるパーティーだから来て損はないって感じか」
ジャッカルは壁掛け時計を見た。
「さあグレンデル王国に行こう。俺の紹介だと言えば、ほとんど怪しまれない。だが、顔は知り合いの侍従や侍女などに見られないようにしろよ。お前らは顔が割れているからな」
◇ ◇ ◇
私たちはネストールが御者をしてくれた馬車で国境に行き、マードック氏に事情を話し通してもらうことにした。
やがて二時間かけて、馬車はやっとグレンデル城近くに着いた。
グレンデル城前の庭園にはすでにたくさんの人々が集まっている。
デリック王子とジェニファーの婚約記念パーティーの参加者だ。
ほとんどが貴族やどこかの王族だと思われるが、平民らしき服装の者もちらほら混ざっていた。
他には踊り子、曲芸師、奇術師、占い師、歌手、演奏家などがいる。
「申し訳ありません。パーティー招待券をご提示ください」
庭園で周囲を見回していると、見回りの若い男性兵士が私たちに声を掛けてきた。
あわてて招待券を提示する。
「踊り子さん、曲芸師さん……? あんたら名前は?」
若い兵士は私やパメラ、ネストールを疑うような目で見た。
まずい──。
すると……。
「彼女たちは俺の知り合いなんだよ。城の中に入らせてやってくれないか」
私たちの後ろについてきたジャッカルが言った。
「なんだ? あんた……」
若い兵士は後ろを振り返り、ジャッカルのほうを見て──。
「あっ、これはジャッカル殿! こ、これは失礼しました!」
彼はあわてて敬礼した。
「こ、この度は騎士団長から降格されたということで、私はとても残念に思っております!」
「あ、ああ、まあな。──とにかく彼女たちを通してやれ。仕事で来てるんだから」
「申し訳ありませんでした! まさか皆さん、ジャッカル殿のお知り合いとは! ではこちらに」
若い兵士は私たちに対して頭を下げ、城の門の前に案内してくれた。
そして門番に話し、門を開けてくれた。
時刻はもう夕方の十七時──夕刻過ぎだ。
(やるじゃん、ジャッカル)
パメラはジャッカルの腕を肘で突っつき、彼に小声でそう言った。
(ゆ、油断するんじゃない。本番はこれからだろ)
ジャッカルは腕をさすりながら言った。
(何とか中に入れるわね)
私はパメラに小声で言った。
さて……ウォルターはどこにるのか。
地下の牢屋だろうか?
◇ ◇ ◇
「パーティー会場は一階大ホールです。よろしくお願いします」
さっきの兵士は敬礼をして庭園に戻っていった。
私たちは安堵の息をつき、大ホール前の廊下に向かった。
「おい」
ジャッカルは一通り見回りをしてきて、大ホール前の廊下にいる私たちに言った。
「すぐの地下の牢屋に行って、ウォルターを救いたいところだ。しかし、マックス・ライクという腕っぷしの強い牢屋番がいる。それに、ヤツは牢屋の鍵を持ち歩いていない」
「鍵はまかせてよ」
ネストールは言った。
「さっきも話したけど、俺は牢屋の鍵でも何でも開けられるからね」
ネストールの特技は鍵開けだ。
昔、盗賊から鍵開けを教わり、自分の特殊技能にしたらしい。
「うむ。鍵については頼んだぞ少年。ただな、さっき友人の騎士団員に会い、情報を聞いたんだが──」
ジャッカルは少し考えこみながら言った。
「ウォルターは前回の地下牢にいるとは限らんようだぞ」
「どういうことです?」
私はジャッカルに聞いた。
「アンナ、あんたは城の左手にある地下一階の牢屋でウォルターに会ったと思う。しかしどうもその牢屋にウォルターがいないらしいんだ。俺もさっきの友人の騎士団員もウォルターの居場所については、あまり知らされていなくてな……」
「じゃあ、別の場所に幽閉されている可能性も?」
「そうだ。だからウォルターの居場所を誰かから聞き出さなくてはならない」
「おいおい」
パメラは顔をしかめた。
「ウォルターの居場所を教えてくれる親切なヤツなんているのかよ?」
「いや、一人思い当たる人物がいる。彼女はこの城の侍女でな……。確かジェニファーと仲が良いロザリーという女性で……」
ジャッカルがそう言ったとき、私たちの後ろから声がした。
「よぉ、踊り子の姉ちゃん。二人とも美人だねえ。俺と遊ばねえか」
振り返ると、そこには酔っぱらっている太った貴族の男が立っていた。
ネストールはナイフを懐から取り出す仕草を見せた。
「こら、無視すんじゃねえ。姉ちゃん、遊ぼうよ~」
貴族の男は真っ赤な顔でヘラヘラ笑っている。
パメラは「ぶん殴って失神させるか……」とつぶやいているが、騒ぎを起こすわけにはいかない。
私は「外気」を体に取り込み始めた。
聖女の魔法を使って──この場を切り抜ける!
「よぉ、踊り子の姉ちゃん。二人とも美人だねえ。俺と遊ばねえか」
振り返ると、そこには酔っぱらっている太った貴族の男が立っていた。
私は「外気」を体に取り込み始めた。
一人くらいなら、何とかなりそう!
「おいっ、何黙ってんだよ。俺とどっか遊びに行こうよ~」
酔っぱらった貴族男性は私の肩に手をかけてきた。
私はその腕を右手で掴み──。
「天使よ、この者に眠りと夢を与えたまえ」
そう唱えた。
私の体に取り込んだ外気が、首の裏側から自分の右腕に流れるのが分かる。
「ん? な、何だお前。手がすごく熱く……」
貴族男性が私に向かってそう言ったとき──。
私は自分の右手から彼の腕に「睡眠の魔法」を流し込んだ。
「お、う? 急に眠く……」
彼はよろける。
まずい、地面にそのまま倒れたら大騒ぎになる。
「ネストール、彼を支えて!」
私が声を上げると彼の後ろに立っていたネストールは、素早く貴族男性の体を支え壁際に座らせた。
貴族男性は壁際に座り、そのままいびきをかいて眠ってしまった。
ふう、危なかった……。
が、そのとき!
「どうかなさいましたか?」
すると見回りの女性兵士がすぐに駆けつけてきた。
「いや~、この貴族の人、酔っぱらっちゃって~。困ったもんです」
パメラが作り笑いをしながら言った。
すると女性兵士は私をじっと見た。
「あれ? あなた……」
──私の正体がバレた?
私はデリック王子の元婚約者。
化粧と髪型、服装を変えたぐらいではバレてしまうか……?
かなり念入りに変装をしたつもりだが……。
「おかしいですねぇ。何だかあなた、見覚えがあります。どこかで会いました?」
さ、さすが女性。
さっきの男性兵士と違って勘が鋭い……。
私は女性兵士に手を掴まれた。
今日はよく人に体を掴まれる日だ!
「踊り子さん、ちょっと来てもらいましょうか。化粧をとって素顔を見せなさい!」
ま、まずい!
しかしそのとき──!
「スリだ! スリが出たぞ! 十万ルピー盗まれた!」
廊下の向こうのほうで大声がした。
向こうのほうで叫んでいるのは──ネストールだ!
「財布を盗られちゃったよ! 捕まえてくれ!」
「あなたここで待っていなさい! スリはどこ?」
女性兵士は私に言い、振り返った。
「スリは外に逃げたぞーっ! 庭園のほうだ!」
ネストールが叫ぶ。
「わ、分かりました!」
女性兵士は叫び、急いで庭園のほうに走っていった。
パメラがニヤリと笑ってこっちを見ている。
ネストールの演技か!
た、助かった……。
「ふう、危なかったな」
ジャッカルが後ろのほうから声を掛けてきた。
「しかしアンナ、お前はすごいな。何なんだ? 貴族に向かって放った魔法は?」
「聖女の治癒魔法の応用です。──そんなことより、ウォルターの居場所は?」
「ああ、地下一階の牢屋を確かめた」
「ええっ?」
私は驚いて声を上げた。
地下一階の牢屋というのは、私がジムに案内されて、初めてウォルターと会ったあの牢屋のことだ。
私が知る限り、このグレンデル城に牢屋はあそこにしかないはずだ。
「そ、それで牢屋の中にウォルターは?」
「そこには誰もいなかった。もぬけの殻だ。牢屋番すらいなかった。ウォルターはやはり別の場所に閉じこめられている。パーティー会場に行って、手掛かりを探すしかない」
「やはりジェニファーに付き添っていた、ロザリーという侍女を探す?」
「ああ、ロザリーなら情報を知っているかもしれない。なぜならジェニファーはデリック王子の婚約者。グレンデル城の機密を知っている可能性が強いし、付き人の侍女に話していると思われるからだ。多分ロザリーは、パーティー会場にいるはずだ」
ジャッカルは言った。
機密ねえ……。
デリック王子は私には教えてくれなかったけど。
──ジェニファーは私に対して敵対心を抱いている。
その侍女に会えたとしても、私がデリック王子の元婚約者とバレたら、侍女はデリック王子に言いつけるだろう。
──太った貴族男性はまだいびきをかいて寝ていた。
◇ ◇ ◇
パーティー会場に入ると、それはそれはたくさんの人がいっぱい集まっていた。
王族や貴族と思われる人々が立食し、談笑している。
檀上では演奏があり、壁際では踊り子が踊り、曲芸師が芸を見せていた。
本当に広いホールだ。
私たちがロザリーを探していると……。
「おお、来られたぞ!」
お客たちは声を上げた。
デリック王子とジェニファーが舞台袖から檀上に現われたのだ。
「皆様、今宵はよくぞグレンデル城に参られた! 今日は私、デリックとジェニファーの婚約記念パーティーだ!」
デリック王子は満面の笑顔で声を上げた。
セリフが書いてあると思われる、メモ用紙は手に持っていたが……。
ジェニファーも両手を頬に当てて、恥ずかしがっているポーズをとっている。
「美味しいものを食べて、美しい演奏を聞き楽しんでくれ! 私とジェニファーは来月、正式に結婚しようと思う! 今日は素晴らしい日になりそうだ!」
おおお~!
王族や貴族から歓声と盛大な拍手があった。
ウォルターを牢屋に閉じこめておいて、何が素晴らしい日だ。
デリック王子とジェニファーは檀上を降り、王族や貴族、一人一人に声を掛け始めた。
「おいアンナ、こっちだ」
パメラが私の腕を引っ張った。
「このパーティー会場の外でロザリーが待っている。ジャッカルが探してくれたよ。今は小休止しているから話を聞いてくれるそうだ」
ついにロザリーが見つかったか。
グレンデル城には侍女がいっぱいいるから、ロザリーという侍女には会ったことがない。
「ロザリーはジェニファーの侍女。そこを気をつけなくちゃね」
私が言うと、パメラはうなずいた。
「ああ。だからアンナ。お前はなるべくロザリーから離れているんだ。ロザリーの話はジャッカルが聞いてくれる」
女性は勘が鋭い。
私がロザリーに近づけば、王子の元婚約者だと気付いてしまうかもしれない。
そもそもそのロザリーが、ウォルターの居場所を知っているのかどうか。
しかし考えていても、このままではウォルターの居場所が分からない。
うろうろ城内を探し回っても、怪しまれるだけだ。
とにかくロザリーの話を聞いてみよう──!
パーティー会場の外──廊下に出てみると、人の行き交いはほとんどなくなっていた。
ただ見回りの兵士が二、三人いるだけだ。
お客はほぼ全員、パーティー会場の中にいる。
豪華な夕食会が始まっているせいだろう。
「こっちだ」
ジャッカルが向こうにある扉の前で、私とパメラを手招きした。
客間の前だ。
大ホール前の客間は、確か今はちょっとした物置になっており使われていないはずだ。
「この客間の中にロザリーがいるのね」
私はつぶやきながらちょっと考えた。
部屋の中に入ってしまうと、ロザリーに近づかざるを得なくなるかもしれない。
そうなると私の正体がバレてしまう?
「とにかく部屋の中に入ってみよう。ロザリーがいるはずだが、何とかなるさ」
パメラはそう言いつつ、旧客間のドアを開けた。
「さあ早く入れ。怪しまれるぞ」
ジャッカルもそう言いつつ部屋に入った。
……ネストールはどこに行ったんだろう?
◇ ◇ ◇
旧客間の中に素早く入ると、その部屋のソファに恐らく年齢──三十代のぽっちゃりした女性が座っていた。
彼女がジェニファーとよく一緒にいる侍女、ロザリーか。
ソファの周囲には壺や道具箱が置いてあり、やはりちょっとした物置のようになっている。
私は女性になるべく近づかないように、扉のそばに立ったままだ。
「大丈夫ですよ」
ロザリーだと思われる侍女が私に向かって言った。
えっ?
「大丈夫ですよ、アンナ様。お久しぶりでございます」
か、彼女は私の正体を言い当てた!
私は今、踊り子の変装をしている。
この人、一体何者?
パメラとジャッカルはあわてた表情をしている。
「な、何のことですか? あなたはロザリー?」
私は少しばかり焦って言った。
「はい、私は侍女のロザリー・スレイダックです。アンナ様、隠さなくても結構ですよ。さあ、私の前のソファにお座りになって」
侍女──ロザリーは丁寧にそう言ったので、私は黙ってロザリーの前に座った。
私は気付いた。
ロザリーは私と同類だ──。
「あなた……分かったわ、ロザリー。『気』が見えるのね」
「はい。私も十年前は聖女でした。人を魔法で治癒する仕事をしていましたよ」
「いつ私の正体が分かったの?」
「夕方私は、庭園で兵士さんに疑われている踊り子さんをお見かけしたんです」
思い出した。
城の前の庭園に入ってすぐのことだ。
「そのとき、その踊り子さんの気を見たら、見覚えのある独特の大きい気をなさっている。あの踊り子さんの気、どこかで見たことがあるな、と思いました。そこで思い出したのが、デリック王子の元婚約者のアンナ様です」
「うーん……」
「ウォルター・モートン様を助けにいらっしゃったのだな、と思いまして」
私は驚いてパメラとジャッカルを見やった。
ジャッカルは腕組みをしているし、パメラもため息をついている。
ここでウォルターの捜索は打ち切りか……?
すると……!
「いえ、ご安心ください。私はあなたたちの味方ですよ」
ロザリーは微笑えんで言った。
「どういうことです?」
私はロザリーを見やり言った。
「あなたはジェニファーの侍女じゃないのですか? ジェニファーは私を嫌っている。なぜ、あなたが私の味方をするの?」
「私はジェニファー様に、何度か靴を投げられ、殴られ、蹴られました。彼女は毎日ネチネチと説教をするんです。彼女がデリック王子と浮気しているとき、私はそれを注意しました。何度ジェニファー様に平手で頬を叩かれたことか……」
「ひどい……」
パメラがうなった。
──ロザリーは続けた。
「もうそんな人の侍女はできません。あと一ヶ月でこの城の侍女を辞めようかと思っていたところです」
「そう、ジェニファーとそんなことがあったの。それは大変だったわね……」
「あんな人はこの国の将来の女王になるべきではありません。本来ならアンナ様、あなたが女王になるべきでした」
「いえ、私は……」
私はそう言われて照れくさかったが、デリック王子の妻になることは今はもう想像したくない。
「──分かります。デリック王子がお嫌なのね。でもアンナ様とウォルター様なら、別の国で女王、王となられる資質があります。私には分かりますよ」
「わ、私が別の国で女王に? ウォルターが王?」
「はい。──話がそれましたね。ウォルター様の居場所を教えましょう。中庭の茂みの奥にある、階段を下っていくのです」
ええ?
中庭に階段が?
そんなところに階段があるなんて知らなかった。
「その地下に『祭壇部屋』と呼ばれるイザベラ女王専用の部屋があります」
さ、祭壇部屋?
私がロザリーの聞き慣れない言葉に驚いていると、彼女は続けた。
「侍従も侍女も城で働く者は誰も入ったことがない謎の部屋です。私は、ウォルター様がそこに連れていかれるのを見ました。恐らく彼はその部屋に幽閉されております」
「ちょっ……女王専用の部屋って! まずい感じ……!」
パメラは私に言った。
「は、早く行きましょう!」
私が言うと、ロザリーは大きくうなずいた。
「ええ。私が案内します。婚約記念パーティーはもうすぐ終わってしまうので、すぐに行きませんと」
◇ ◇ ◇
私たちは旧客間を出た。
そして兵士たちの見回りの隙をみて、一階の東──中庭に移動した。
すでに夕刻は過ぎ、中庭は外壁の壁掛けランプだけが灯っている。
花壇の花はぼんやりランプの光で揺れていた。
「ここです」
ロザリーは茂みの奥を指差した。
隠されているような石造りの階段がそこにある!
しかし、そのとき──!
「まったく満足だ! 最高のパーティーだったよ! 酔っ払い貴族がいる以外は!」
「ねえデリック。何で貴族の女の子ばっかりと話してたの? 女の子を誘ってたんでしょ」
「え? あ、あれは単なる挨拶だよ、ジェニファー」
「まあまあ、二人とも。パーティーは無事に終わったのだから、今度はこの中庭で二次会としましょうや」
「それはいい。夜風に吹かれながら晩酌とはオツなものだ」
そんな会話が聞こえてきた。
──デリック王子とジェニファー、その取り巻きが中庭に入ってきたのだ!
「ここは俺たちに任せろ! 行け、アンナ」
ジャッカルが言った。
「私もここに残ります。あなたたちはこの地下に行ってください! 早く!」
ロザリーは私とパメラをせかした。
私とパメラはうなずき、急いで不気味な石造りの階段を下っていった。
──この先にウォルターがいる!
私とパメラは急いで不気味な石造りの階段を下っていった。
階段を降りると大きな通路があった。
周囲は薄暗い。
「明るくしよう」
パメラは言った。
「天使ちゃん、あたしとアンナの周囲を照らして! ──『光』!」
パメラが唱えると、彼女の左手が光り周囲を明るく照らし出した。
パメラは魔法使い。
昔、洞窟探索をしていたとき、この魔法をよく使っていたらしい。
これで通路がよく見える。
「あっ、あれ!」
パメラが声を上げた。
目の前には鉄の扉があった。
鍵がかかって開かない。
「どうしようか?」
私が考えていたとき──私とパメラの肩を、誰かが触った!
「ふんぎゃあ!」
パメラが叫んだとき、「俺だよ」と聞き覚えのある声が聞こえた。
後ろを振り返ると、そこにはネストールが立っていた。
「俺が鍵を開けるよ」
「あ、あんた何してたのよ!」
姉のパメラがネストールに聞くと、彼はポケットから針金を出しながら言った。
「パーティー会場でパン食ってた」
「あ、あんたねえ」
呆れる姉を尻目に、ネストールは扉の鍵穴に針金を突っ込み始めた。
この「鍵開け」は盗賊から教わった特殊技能らしい。
そして一分もしないうちに、鉄の扉は内部から鋭い音を立てた。
私はパメラと顔を見合せた。
「こ、この先にイザベラ女王の祭壇部屋が……!」
「開けるよ」
ネストールがさっさと扉に手を掛けた。
ついに扉が開かれる──。
◇ ◇ ◇
私たちの入った部屋は、とても広かった。
その部屋は真っ赤な色で染め上げられていた……。
ステンドグラス、祭壇、床、壁──すべでが毒々しい血色で彩られている。
「お、おい! あれ!」
パメラは部屋を進みつつ前方を指差した。
私たちの正面には、一人の真っ赤なドレスを着た女性が立っている……。
あの女性を──私は知っている!
「イザベラ女王……!」
私はつぶやいた。
まさにイザベラ女王その人が、私たちを見て黙って立っている。
彼女の後ろには大きな祭壇があり、赤く染まった人骨、動物の骨やらがたくさん配置されていた。
部屋の左右には牢屋があり、獰猛な獣のようなものが入っていてうごめいている。
魔物だ!
「ここをかぎつけてきたのか。いや──来る予感がしていたぞ、聖女アンナよ」
イザベラ女王は言った。
イザベラ女王のすぐ手前には真っ白いベッドがあり、そこに男性が寝かされていた。
ウォルターだ!
「や、やっぱり、ここにいたのか」
パメラが額の汗を拭きながら言った。
ウォルターは眠っているが、足や腕が鎖で繋がれていた。
「ウォルターを返してください!」
私が叫ぶとイザベラ女王は笑って言った。
「残念だのう。返すわけにはいかんのじゃ」
「なぜです!」
私が聞くとイザベラ女王は静かに言った。
「この男──ウォルター・モートンと悪魔を契約させ、私の親衛隊に配属させる。彼は非常に有能で勇敢な男だ。お前には渡さぬ」
そして言った。
「ウォルターならば、親衛隊の親衛隊長になろう──。そしてこのグレンデル王国を最強最大の国家とするきっかけとするのだ。私は新しい悪魔国家、グレンデル王国の女王となる!」
私はハッとした。
女王親衛隊は真っ赤な兜を被っていて、顔を見せない集団だ。
「まさか! 女王親衛隊の正体は全員、あなたが悪魔と契約させた人間!」
「その通り! 私自身が悪魔と契約し、悪魔と契約する方法を知っているからねえ」
イザベラ女王は笑いながら言った。
「黙って見ているといい、聖女どもよ。ウォルターは悪魔とすぐ契約できる──」
女王は右手にナイフを持った。
ま、まずい!
女王はベッドの上に寝ている、ウォルターの胸にナイフを振り下ろした!
「止めよ! 天使たち!」
私は詠唱し魔法を飛ばし、イザベラ女王の右手首を抑え込んだ。
彼女のナイフを振り下ろそうとした右腕が、ガクンと止まる。
ふうっ……危なかった……!
「ほほう、魔法か。聖女め」
私の聖女の魔法が、イザベラ女王の右手首を抑えつけている。
しかしいつまで持つか……!
「バカな小娘じゃ。ウォルターは悪魔の力を得て新しい人間……いや、魔物に進化できるというのに」
女王は私を睨みつけた。
私は近づきながら、魔法を強めた。
そしてついに私とイザベラ女王は、ウォルターが寝ているベッドを挟むような形で対峙した。
「アンナ、気を付けろ! 女王の呪術が来る!」
パメラが叫んだ。
女王はナイフを右手で持ちつつ、左手を突き出した。
すると私は急に首が息苦しくなった。
私は、女王の呪術で首を絞められている!
「ぜ、絶対にウォルターを守る!」
私はかすれた声で宣言した。
く、苦しい!
私の首がきしむ音がする……!
私は聖女の魔法で女王のナイフを止め、女王は呪術で私の首を絞めつけている。
膠着状態だ……!
だが、負けるものかああっ!
「天使よ、力を貸してください!」
「うむっ?」
私が魔法の力を込めると、イザベラ女王の顔が歪んだ。
彼女のナイフを持った右手が震えた。
私は女王の右腕を痺れさせたのだ。
女王はナイフを床に落とした!
「──『空気』!」
パメラが隙をみて魔法を唱え、イザベラ女王の前に空気を発生させた。
空気圧の爆発が起こり女王は吹っ飛んだ!
彼女は祭壇に背中から突っ込んだのだ。
「ネストール!」
パメラが声を上げると、素早くネストールがウォルターの手足の鎖の鍵を解いた。
「きっ、貴様ら……! 私の計画を……」
女王は骨に埋もれながら声を上げている。
「は、早く起きて、ウォルター!」
私はベッドの上のウォルターの肩を揺すった。
するとウォルターはやっと目を覚ました。
「き、君たちは……」
「ウォルター! 早く逃げましょう」
私がそう言ったとき、女王は立ち上がった。
そして何を思ったのか指を鳴らした。
「フフフ……私が手を出すまでもない。やれぃ! 私の手下──」
一人の男が祭壇横の扉から出てきた。
イザベラ女王が声を上げる。
「悪魔兵士ジム・ロークよ!」
えっ?
見覚えのある男性の兵士が、私たちの前に立っていた。
「ウォルターさん! グレンデル城の詰所で盗んできたよ!」
ネストールは声を上げ、ウォルターに木剣を投げ渡した。
「うむ」
ウォルターは息をつき木剣を受け取ると、「彼」に向かって構えた。
その悪魔兵士と呼ばれた男は──私を牢屋に案内してくれた、あの親切な男性兵士。
グレンデル王国を追放されたはずのジムだった──。
ウォルターは息をつき木剣を受け取ると、「彼」に向かって構えた。
その悪魔兵士と呼ばれた男は──私を牢屋に案内してくれた、あの親切な男性兵士。
グレンデル王国を追放されたはずのジムだった──。
「ウォルター先輩、私はとても嬉しいです」
鈍色に光る斧を持ったジムは、笑顔で言った。
彼は一見、普通の男性──兵士に見える。
だが彼が体にまとう「気」は、闇色に満ち悪道を行く者に見えた。
「グレンデル王国最強の騎士、あなた──ウォルター・モートンと戦えるのだから」
「ジム……君は悪魔に……女王に魂を売ったのか? 騎士道はどうした?」
「私はただ、強くなることが騎士道だと考えております」
突然ジムの体は膨れ上がり、元の体の三倍は大きくなっていた。
すでに体の色は血色に染まり、鬼の顔をした魔人と化している。
……私はジムを見ていて辛かった。
彼はすでに悪魔と契約を交わしてしまったのだ。
「ジム、それがお前の考える騎士道か」
ウォルターは木剣を改めて構えた。
「では稽古を始めよう。今のお前が、騎士から最も遠い状態だと分からせるために」
「黙れっ!」
ジムは斧を物凄い勢いで縦に振り下ろしてきた。
ウォルターはそれをいとも簡単に見切り──後方に避け、一瞬のうちに木剣をジムの首に当てがっていた。
「なっ……なんだと」
イザベラ女王は目を丸くして驚いていた。
「何をしている、ジム! お、お前は悪魔の力を得たのだぞ!」
ジムは首に当てがわれた木剣から逃れるために、あわてて床に転げた。
「ジム、それではダメだ」
ウォルターは木剣を地面に転んだジムに振り下ろす。
「う、うわあっ」
ジムはそれをかわそうとして急いで右に横っ飛びして、それを避けた。
ジムは巨体を起こしてすぐに立ち上がった。
しかし、彼の顔から大量の冷や汗が出ている。
いつの間にか、ジムの「みぞおち」にウォルターの木剣が突き立てられていたのだ。
──木剣ではジムは殺せない。
しかし騎士道では、木剣でも急所をとらえられた者は「死」「敗北」を意味する。
「う、うぬぬぬっ! ウォルターめ、そんなおもちゃで何ができるというのか!」
女王はいらだちを隠せない。
「ジム! ウォルターを斧で真っ二つにせよ!」
ジムはあわてて斧を力任せに横に振った。
しかしウォルターは一歩前に踏み出した。
そしてジムの頬を右手で殴りつけた。
ジムの巨体は尻もちをつき、斧は吹っ飛んだ。
「斧を横に振る場合は遠心力を使う。そのため欠点は内側となる。……稽古のときにそう教えただろう、ジム」
ウォルターは呆然としているジムに言った。
「お前のその悪魔の力は見事なものだ。だが、人間らしい繊細な技術をなくしてしまった」
「ふふっ……」
ジムは魔人の顔を弱々しく和らげ、ゆっくりと立ち上がった。
「とても敵わない。ウォルター先輩。ですが稽古を続けてください──。殺してさしあげましょう!」
ジムは懐からナイフを取り出し、ウォルターに向かって突進した。
「馬鹿者めっ!」
ウォルターは一喝し、ジムのナイフを持った右腕を手刀ではたいた。
彼のナイフは祭壇の骸骨の中に吹っ飛んでしまった。
ウォルターは再び声を上げた。
「こんな姑息な武器で、騎士に勝てると思うのか!」
「う、うわああああっ!」
ジムは叫んでウォルターの両手首を掴み、冷や汗を流しながらニヤリと笑った。
ジムの体を取り巻く闇の気が膨れあがった。
その気が彼の腕から、ウォルターの腕に流れ込もうとしている。
「よしジム、よくやったぞ! ウォルターよ、お前も悪魔となるのだっ」
イザベラ女王が叫ぶ。
──しかしウォルターは表情を変えない。
ジムの流し込む闇の気が、ウォルターの腕に流れていかないのだ。
「う、うおおおおっ!」
ジムが脂汗を流して魔力を込めても、ウォルターはその魔力をはね返している。
ウォルターの体の気が、ジムの闇の気をはね返しているのだ。
聖なる気は、悪魔の気をはね返すと聞いたことがあるが──!
「はあっ、はあっ……」
ジムは疲れきって地面に跪いた。
「なぜだ! なぜ私の悪魔の気がこの人に流れていかないのだ。彼が私よりずっと強いからなのか……!」
「それはな、ジム。僕が強いのではない。お前が悪魔に魂を売ってしまったからだ。誘惑に負け悪魔に魅入られたお前が、真の強さを追求する僕に勝てるわけがない」
「こ、こ、これが騎士道……」
ジムは顔を上げ、ウォルターを見上げた。
「き、聞いてください。女王は国全体を悪魔に売ろうとしている。そして王は……グレンデル国王は殺される」
えっ? どういう意味──?
そのとき、私たちの頭上で何かが弾けるような音がして──。
部屋全体が揺れた!
ジムの体に雷撃が落ちたのだ。
イザベラ女王は燃えるような恐ろしい目をして、右手を上げている。
女王がジムに向かって雷の呪術を放ったのだ!
「あ、ぐ……そ、そんな」
ジムの巨体は黒焦げになり、地面に這いつくばった。
ジムは──息絶えている……!
「まったく使えぬ男──ジムよ。見ているのも腹立たしい。雷の呪術で命を絶ってやったわ」
イザベラ女王は振り返り、祭壇の横の扉からもう出て行こうとしていた。
「待って!」
私は叫んだ。
「ジムの言った、『女王は国全体を悪魔に売ろうとしている』『グレンデル国王は殺される』──どういう意味ですか?」
「聖女の小娘……! お前のようなゴミの質問に答える必要はない」
イザベラ女王は笑って言った。
「お前たちはここで生き埋めになるのだ!」
部屋が激しい音を立てて揺れだした。
「逃げろおおっ」
「この部屋、崩れるよ!」
パメラとネストールが叫ぶ。
「アンナ! 一緒に逃げよう!」
ウォルターは私に向かって声を上げ、私の手をとった。
彼と私は一緒に出口まで逃げ出した──。
女王の祭壇部屋が激しい音を立てて揺れだした。
◇ ◇ ◇
私とウォルターは急いで中庭に出た。
夜の中庭には騒ぎや音を聞きつけた人々が集まりだしているが、私たちは逆に城の外に走っていった。
そのとき!
地響きとともにドスンという音が聞こえた。
これまでで最も大きな音が響き、一番地面が揺れた……。
「中庭が……! 中庭の地面が陥没したぞー!」
「危険だ。中庭に近づくな!」
中庭のほうから人々の大声がする。
「中庭が陥没したか……。イザベラ女王が祭壇部屋を隠蔽するために、手動で崩れる仕掛けを作ったのだ。女王自身がそう言っていた」
ウォルターは私の手をとりつつ走り、そう言った。
城を出て城下町に出ると、周囲の繁華街は夜の色に染まっていた。
「こっちだ!」
パメラの声がした。
パメラと侍女のロザリーが路地にいて待っていた。
路地にはこの城に行くために使った馬車が停車している。
ネストールはすでに客車の上にいて、菓子パンをかじっていた。
ジャッカルといえば馬車の御者席にいる。
「ロザリー、馬車に乗りましょう」
私が言うとロザリーは首を横に振った。
「いえ、私は後始末があります。城の様子を見届けます」
ロザリーはきっぱり言った。
「でも……」
私はロザリーが心配だった。
ロザリーが私たちの味方をしたことがバレてなければ良いが……。
「おーい、早く出発するぞ!」
ジャッカルが御者席で叫ぶ。
そのときだ。
「おいっ、逃亡者を探せー!」
「早く逮捕しろ!」
真っ赤な鎧と兜に身を包んだ、女王親衛隊が城から出てきた。
私とウォルターは急いで客車に乗り込んだ。
「や、やばい! いくぞ!」
ジャッカルは素早く馬車を発進させた。
◇ ◇ ◇
私たちを乗せた馬車は城下町の大通りに出て、全速力で走った。
「案の定、追ってきたな!」
パメラが客車の後方を見て叫んだ。
街の大通りは休日といっても夜なので、他の馬車の通りはほぼない。
だが、後方から赤い騎馬隊がまたしても追ってきている。
夜の街にすさまじい馬の足音が響いている。
前回同様、また追いつかれるか?
が……やがて不思議なことに、その騎馬隊は追いかけてこなくなった。
「どうしたんだ? なぜ追いかけてこない?」
パメラが言うと、ウォルターが考えるようにしてつぶやいた。
「これは威嚇追跡だよ。夜は視界が悪くなるので、追跡に向かない時間帯だ。だから途中まで追跡しておき、僕らを精神的圧迫だけしたということ」
もう馬の足音は聞こえない……と思ったそのとき、何かが私たちの頭上を飛んでいった。
弓だ!
「これもまた威嚇だ。『時間をかけて地獄の果てまで追いかけるぞ』ということを示す。今日はもう夜だから追ってはこないだろうが、兵士がよく使う威嚇攻撃だ」
ウォルターは腕組みして言った。
馬車は夜の街を駆けていく──。
◇ ◇ ◇
深夜──二十三時。
私──聖女アンナと元騎士団長ウォルター、パメラ、ジャッカル、ネストールの五名はグレンデル城から約十五キロメートル離れた街、「ライドマス」で休息することにした。
「夢馬亭」という宿屋だ。
皆であり合わせのお金を出して、男性用、女性用の二部屋をとった。
明日、街の聖女協会で貯金を下ろせばそれなりのお金を得られるだろう。
聖女協会に所属しておいて良かった、と思える。
聖女協会は各地にあり、聖女番号と名前を言えばどこでも貯金を下ろせるのだ。
──それが甘い考えだと、そのときは気付かなかったが……。
「これからどこに向かいましょうか? 朝になれば、すぐにグレンデル城の女王親衛隊や騎馬隊が私たちを捜索し始めるでしょう」
私たちは部屋に集まり、私は皆に言った。
「俺ら、指名手配犯ってことだね~」
ネストールは後ろのベッドに横になり、パンをかじりクスクス笑いながら言った。
「お前は黙ってろ! パン食うな、太るぞ!」
パメラが声を上げた。
私は「指名手配犯」という言葉にギョッとしたが、気を取り直して皆に言った。
「やはり隣国ロッドフォール王国に一時身を隠すのが、一番良いのでは? 西にはラングレード王国がありますが……」
「うむ……だが、それはまずいぜ」
私が言うと、ジャッカルが答えた。
「ラングレード王国は治安が悪すぎる。それに今はどこの国境もダメだ。我々が通ったという情報が伝わる。マードックという警備員も、どこまで我々の味方をしてくれるか分からんだろ」
「国境を渡るのがダメか? じゃあ、どこにも行けないじゃないか」
パメラはそう言いつつ、思いついたように言った。
「……ちょっと思ったんだが、グレンデル王国内のローバッツ工業地帯はどう?」
「ローバッツ工業地帯?」
私はすぐに思い出した。
国境《こっきょう》にいたマードック警備員の息子さん、ヘンデル少年がその場所に住み続けて肺の病気になったのだ。
それに……。
「だ、大丈夫かしら。あそこはイザベラ女王が買い取った工業地帯よ」
「アンナ、僕はローバッツ工業地帯に行くのが最適解だと考える」
ウォルターが言うと、皆は驚いたように彼を見た。
「あそこは国境に近いが、国境ではない。しかも今はほとんど誰も人が寄り付かない場所だ。工業地帯といっても機能していない。──僕らが身を隠すのに最適な場所だといえる」
「俺もウォルターの意見に賛成だね」
ネストールがまた笑って口を挟んだ。
「指名手配犯の俺たちのような、悪~いヤツらがいっぱいいるそうだ」
ロ、ローバッツ工業地帯……一体、どんな場所だというの?
マードック警備員の息子さんの肺から摘出した、あの毒素の正体は何だったのだろう?
イザベラ女王とデリック王子の追跡から逃れるには、そこに行くしかない──。
私たちは今や、本物の「指名手配犯」なのだ。
私たちはうなずきあった。
ローバッツ工業地帯……一体、どんな場所だというの?
イザベラ女王とデリック王子の追跡から逃れるには、そこに行くしかない──。
私たちは今や、本物の「指名手配犯」なのだ。
◇ ◇ ◇
翌日の朝、私は貯金を下ろすため、グレンデル城の追手がいないことを確認してライドマスの街に出た。
パメラもついてきてくれた。
ここから五キロ南に行くと、例のローバッツ工業地帯がある。
私たちは逃亡生活を続けなくてはならないので、とにかくお金が必要だ。
私の貯金は聖女協会に二百万ルピーほどあるはず。
街の掲示板の地図を見て、南にある小さい聖女協会を見つけた。
「良かったな。聖女協会はどこにでもあるんだな」
パメラが笑って言った。
ライドマスの聖女協会は小さいが、しっかりとした木と石材の建物になっている。
私は聖女協会所属の聖女なので、仕事で得たお金は協会で管理、貯金してもらっている。
「私はアンナ・リバールーンといいます。貯金を全額下ろしたいのです。聖女管理番号は77890です」
私は聖女協会の受付の若い女性に言った。
すると受付の女性は、眼鏡をすり上げ名簿を見た。
「アンナ・リバールーン様……。ああ、名簿にありました。聖女管理番号、77890──。番号も合ってますね」
私はホッと安堵の息をついた。
しかしギョッとしたのは次の言葉を言われたときだった。
「えーっと、アンナ・リバールーン様の貯金額はゼロですね。これは今朝──伝書鳩が伝えてきた最新のあなたの情報です」
「……はっ?」
私は受付の女性に聞き返した。
「私の二百万ルピーは?」
「ありません。ゼロと書いてあります」
「そんなバカな!」
「ございません」
「おいおいおい」
するとパメラがずいっと前に出た。
「お姉さん、何かの間違いじゃないの? アンナは二百万貯めたって言ってんだ。もっと良く調べてくれよ」
「えーっと」
受付の女性は名簿をもっと調べ始めた。
「あなたの二百万ルピー……正確には二百十万ルピーですが、グレンデル城のジェニファー・ベリバークさんが全額下ろされています」
「えっ? ジェ、ジェニファー? デリック王子の婚約者の?」
私は目を丸くした。
なぜジェニファーが?
どういうことかさっぱり分からない。
ジェニファーは聖女でもなんでもないはず。
そもそも私以外の人間が、聖女協会の貯金を下ろせるはずがない。
「ジェニファーさんがあなたの貯金を下ろされた場所は、グレンデル城の城下町の聖女協会です。今日の深夜0時ですね」
「し、深夜0時? 聖女協会ってそんな時間に開いてましたっけ?」
「王族か大貴族の方が直々に頼めば、聖女協会の夜時間管理者が担当することがあります」
ジェニファーはデリック王子の婚約者……。
すでに立派な王族といえる。
しかし──私はあわてて聞いた。
「でも、何かの間違いじゃないですか?」
「毎朝、伝書鳩が文書により、聖女の情報を我々に伝えてきますので正確な情報ですよ。今朝早く、その文書をここの聖女協会の者がこの名簿に書き写しました」
伝書鳩はとても訓練されていて、間違った文書や手紙、郵便物を届けることはほぼない。
また、特別な魔法がかけられているので飛行速度も速く、正確に文書や情報を届けることができる。
「わ、私の貯金を、ジェニファーが下ろした理由は?」
「引き出された金額がそれなりに大金なので、理由が書かれております。──読み上げますね。『アンナ・リバールーンはグレンデル王国において重大な違反行為をしたため、罰則として聖女協会の貯金を全額没収することにした』……と書かれております」
「い、違反行為!」
私はハッとした。
私──つまり聖女アンナはグレンデル城で騒ぎを起こし、イザベラ女王を激怒させ、しかも昨日の地下の祭壇部屋を破壊した……ということになっているはずだ。
実際は女王が祭壇部屋 を自分で崩壊させたのだが、私がやったことにしているのだろう。
私はグレンデル城から見ると指名手配犯も同然である──ということを再認識させられた。
(女王がジェニファーに命令して、あんたの貯金の二百万を奪い取ったってわけだ。ジェニファーは女王の手下同然だ。息子の将来の嫁だからな)
パメラは私に耳打ちしてきたので、私は聞き返した。
(な、なんで私の貯金を奪うの?)
(まともに逃亡生活をさせないためだろ。金がないと人間、何もできないからな)
イザベラ女王──な、なんと卑怯な!
「ちょっとあなた」
横で様子をじっと見ていた年配の女性──恐らくここの聖女協会の院長が私を見て言った。
「あなたはアンナ・リバールーンさんでしょ」
「え? ち、違います」
「いえ、違わないわ。あなた、グレンデル城から指名手配されている女ね。ちょっといらっしゃい」
「逃げろ!」
パメラが叫ぶと、私はパメラと一緒に急いで外に逃げ出した。
宿屋に走って逃げると、すでに宿屋の前に馬車が停車してあった。
すでにジャッカルが御者席に乗っている。
するとそのとき──。
「おい! 指名手配犯だ!」
「聖女アンナだ! 捕まえろ!」
ライドマスの住人が集まってきており、私たちを見て声を上げている。
た、大変なことになった!
「おい、乗れっ! ここはもうヤバい!」
ジャッカルが叫ぶ。
私とパメラは客車に乗り込んだ。
すでにネストールとウォルターも乗っている。
馬車は全速力で大通りを走り始めた。
◇ ◇ ◇
「僕のギルドの口座からも、貯金の四百万ルピーが全額引き出されていた」
私たちの事情を聞いたウォルターが言った。
私とパメラは目を丸くした。
「僕の貯金を引き出したのはデリック王子だ。いろいろ手を回して、僕らの逃亡を邪魔する気だな」
「ど、どうするの、これから。一文無しよ」
私が泣きそうになりながら言うと、ウォルターは静かに言った。
「大丈夫だ。僕に考えがある。このままローバッツ工業地帯に行こう」
私は冷静なウォルターを見て、驚きつつ恥ずかしくて顔を赤らめた。
私は混乱して叫びたくなったのに……。
ウォルターも心の中で多少は動揺しているはずだが、表面上はそんなそぶりは見せない。
さすが元騎士団長──!
私たちは馬車で南にある、ローバッツ工業地帯に行くことになった。
「大丈夫だ。僕に考えがある。このままローバッツ工業地帯に行こう」
ウォルターはそう言った。
私たちは馬車で、南にあるローバッツ工業地帯に行くことになった。
◇ ◇ ◇
馬車はやがてなにも無い荒れ地に入っていった。
向こうのほうに大きな山がそびえて見える。
「ローバッツ山だ!」
パメラは馬の蹄《ひづめ》が響く中で、大きな声で言った。
「あそこには有名なローバッツ炭鉱があるはずだ。石炭がたくさん取れると聞いたが」
私たちの馬車は山のふもとにある村に停車した。
「俺、パン屋探してくる」
ネストールがさっさと馬車の客車から降りた。
パメラが驚いてネストールに注意した。
「おい、単独行動は控えろよ」
「腹減った。パン食いたい」
ネストールはさっさとパンを探しに、村へ探索しに行ってしまった。
──しかし、村といっても何だかどんよりとした雰囲気だ。
人気もない。
村の家々も古く朽ち果ててて、薄気味わるく殺風景だ。
「夜だったら幽霊が出たりして……。あたし、幽霊苦手なんだよなあ」
パメラが震えながらそう言ったとき──。
「なんだ、お前たちは!」
ヤギのような長いアゴ髭をした痩せた老人が、村の家の前で私たちをじっと見て言った。
彼は左手で杖をついて右足をひきずっていた。
「……お前ら、グレンデル城のヤツらか?」
グレンデル城?
ああそうか。
この村や鉱山は、イザベラ女王が買い取ったと有名だ。
しかしその後、この鉱山──炭鉱はさびれてしまったという噂があったようだが……。
「やっぱりそうか! お前ら、二度と来るんじゃねえ!」
老人は怒りを込めて声を上げた。
右手には農作業で使う鎌を持っており、それをちょっと振り回した。
あ、危ない……!
「イザベラ女王がここを買い取ってから、ここは病人ばかりになった! 何かがおかしい。しかも、グレンデル城のヤツらは病人を見てみぬふりだ!」
「ちょ、ちょっと待ってください。わ、私は聖女アンナ。他の四人は私の友人たちです。あなたは?」
「俺はこの村の村長、カルドス・オールデンだ! お前ら、グレンデル城の役人か何かだろう?」
私はこのオールデン村長が何か誤解をしていると思った。
「私たちは──」
私がそう言いかけたとき、荒れ地の向こうのほうから人影が村に向かってくるのが見えた。
その数、三……四……いや、十人?
いや、人ではない!
「ああっ!」
オールデン村長は声を上げた。
「魔物だ! ヤツらが来た。あいつら週に一度はここを荒らしに来るんだ! くそ、おーい! 魔物が来たぞ!」
オールデン村長の声が周囲に響いたとき、村の家々から人々がすぐに出てきた。
この村の若者たちだ。
八名いる。
しかし……腕には包帯を巻き体も痩せ細り、とても戦える状態ではないように思える。
もちろんオールデン村長は老人だし杖をついているので、戦えないだろう。
「来たぞ!」
ジャッカルが叫んだとき、魔物たちはもう村の入り口にきていた。
あ、あれは小鬼──ゴブリンの集団だ!
肌が緑色で二足歩行──小鬼系の魔物だ。
素早いし手にナイフを持っているので、非常に危険!
「い、行け! お前ら」
村長の掛け声で、若者たちはゴブリンに飛び掛かっていった。
若者たちは鎌を持っている。
確かに鎌は武器になるが、彼らが手にしている鎌は農作業用のもので武器ではない。
ゴブリンは素早く、ナイフで若者たちの肩を突いたり足を斬ったりしてなかなか手強い。
完全に押されている。
その理由は若者たちがもともと怪我をしており、体の線が細く体力が弱まっているからだ。
「見てられないな。いくぜ!」
ジャッカルが舌打ちしながらウォルターに言った。
「ああ」
ウォルターは木剣を手にした。
まず一匹──ウォルターはゴブリンの脇腹を蹴り飛ばした。
その横から飛びかかって襲ってきたゴブリンを、木剣で叩き落とした。
ジャッカルの武器は鉄の八角棒だ。
ゴブリンのみぞおちを突き、左から襲い掛かってきたゴブリンを殴り倒した。
そのとき──!
「キェーッ」
一匹のゴブリンがナイフを構え、ウォルターに向かって走り込んできた。
ウォルターは冷静にそれを避け、蹴り足でゴブリンを転ばせた。
すると今度は後ろからゴブリンがナイフを振り上げ、飛び込んできた。
しかしウォルターはそれさえも左に避け、そのゴブリンは勝手に岩場に激突した。
ゴブリンたちは甲高い声を上げ、目を丸くしてウォルターたちを見やるとすぐに逃げていった。
「ふん」
ジャッカルは静かに言った。
「たいした運動にはならなかったな」
「いかん、アンナ。村の若者たちを診てやれ」
ウォルターが言った。
若者たちは地面にうずくまったり、寝転んだりしている。
若者たち八名のうち四名は、血を流している者がいる。
彼らはゴブリンのナイフで斬られたのだ。
しかし幸い傷は浅く、死人は出なかった……。
「どこかに休める家は無いのですか?」
私がオールデン村長に聞くと、彼は私たちをジロリと見てから言った。
「……集会所だ。村の東にある」
「とにかく、怪我をしている人を皆で運びましょう!」
私は声を上げた。
今すぐ処置が必要なのは四人だ。
彼らをすぐに運ばないと。
「パメラ、治癒の手伝いをお願い。怪我人の気を一緒に見て」
私がパメラに言うと、パメラは「うん、分かった」と深くうなずいた。
さすが魔法使い、本当に頼りになる。
「もしかしたら彼ら若者たちの体内から、何か見つかるかもしれないよ。あのマードック警備員の息子、ヘンデル少年のようにね」
パメラは静かに、神妙な顔で言った。
ヘンデル少年のように……?
私は嫌な予感がして仕方なかった。
村の若者たちの痩せ方は──尋常ではなかったからだ。