20年引きこもった俺の最強武闘家ライフ~勇者パーティーから追放された俺、スキル【歴戦の武闘王】を手に入れ、掌底一発で悪党をKOします!~

 俺は自分の子ども部屋のクローゼットから、別の家の子ども部屋に瞬間移動してしまった。
 意味が分からん。どうなっているんだ? 目の前には、かわいい女の子が座って本を読んでいるし。多分、この女の子の部屋だろう。

 女の子は、まだ俺に気づいていないようだ。

 俺は目の前の美少女を、まじまじと見た。じっと本を読んでいる。十四歳か、十五歳くらいか……。なるほど、かなりの美少女だ。
 この部屋の後ろにも、クローゼットがあり、扉が開いている。まさかオレは、このクローゼットから出てきたのか?

「えっ!」
 
 少女は俺の気配を感じたらしく、横を振り向いた。そして俺に気付いた。

「ひいい~! だ、誰ですか!」

 まあ、そうなるわな。驚かしてすまん。本当にすまん。俺も何でこの部屋にいるのか、わからんのだ。

 少女は素早く、後ろのベッドに飛び乗り、布団の中に隠れた。

 布団がブルブル震えている。よっぽど怖いんだろう。
 あ~……、まあ、無理もない。俺、不法侵入者だもんな。そんなつもりはなかったんだが。

「あ、あ、怪しいものじゃない」

 俺は、自分が情けないと感じながら言った。何て説得力のない言葉なのか。しかも、女の子と話すなんて、久しぶりだ。二十年ぶりか? き、緊張する……!

「あ、あなた、誰?」

 少女が、布団の中で震えながら聞く。

「え、え、えーっとね……ゼント・ラージェントという者だ」

 俺は緊張で呂律(ろれつ)がまわっていないが、できるだけ優しく言う。

「こ、こわい!」
「で、でしょうね。すぐ帰るよ。玄関の場所を教えてほしいんだが」
「ひいい~……」

 少女の悲鳴が、布団の中から聞こえる。どうしたものかな、と俺が思っていると──。

「何、騒いでいるんだ!」

 どこからか男の声が聞こえた。ん? 床下からか?

「ご、ごめんなさい!」

 布団の中の少女は、声を上げた。

「何でもないの!」
「下まで聞こえているぞ! 誰かいるのか!」

 この子の父親らしき声が、部屋の床下──階下(かいか)から響いた。そりゃ、この子の家族は驚くだろう。この女の子、悲鳴を上げたものな……。
 それにしても、父親がこの部屋の下にいるらしい? つまり、ここは二階か?
 父親がきたら大変だ。何とかして、この部屋、そしてこの家から出なければ。
 しかし、通報されたらやっかいだ。女の子の誤解を解こう。

「あ~……下にはお父さんがいるのか?」
「お、お父さんじゃありません。グート叔父さん……」
「叔父さんか。お、俺のことが怖いなら、一階の……えーっと? そのグート叔父さんのところに行ってくれ。俺は君に何もしない。さっさと玄関から出ていくから、通報とかはやめてくれ」
「私が、グート叔父さんのところへ行くの? い、いやです」

 は? 何と、少女は拒否した。

「グート叔父さんは鬼より怖いんです。私、一階に行くのが怖い。すぐ、私を叩くし……一階に行きたくない」

 おいおい、どうなっちゃうんだよ、これ。

 窓の外を見ると、眼下に商店街が見える。やはり、ここは二階か。
 あれ? ここって、マール村か? 俺の住んでる村じゃないか。子どもの頃はしょっちゅう商店街で買い食いした。マール村の商店街で間違いない。

 どういうことだ? 目の前には、布団の中でブルブル震えている女の子がいるし……。
 
 ……と、その時!

 ドスドスドス

 う、うわあああっ!
 
 女の子の言う、グート叔父さんが二階に上がってきた?

 ガチャッ

 丸坊主のいかついオヤジが、部屋に入ってきた。背は高くないが、戦士のように胸板が厚い。年齢は……五十代くらいか。恐らく、何らかの格闘術、武器術を心得ているに違いない。めちゃくちゃ強そうだ! こ、こええ~……。

 ん? げえっ? このオヤジ、手に「ひのきの棒」を持っている! 文字のごとく、ひのきを削り出して作った、(もっと)も手軽な武器だ。
 ん? あ、しまった! 俺、木刀を置いてきた!
 
「アシュリー! 何を騒いでやがるんだ! ……ん?」

 その男──つまりグート叔父さんは目を丸くして、俺を見た。

「な、なんだあ? てめえは!」
「あ、あ、俺、怪しい者じゃないです」
「どこから入ってきやがった! 村の自警団に突き出してやる!」

 まあ、そうなるよな。しょうがねえか。

「俺は何かの間違いで、この部屋に入ってきた引きこもりです。すべて誤解だから、話を聞いてください」
「わけのわかんねえこと言うんじゃねえ! コソ泥か?」

 俺は泥棒ではないが、そう思いたい気持ちはわかる。
 するとグート叔父さんは、アシュリーの方をにらみつけた。

「アシュリー、てめーがこの男を連れ込んだのかあ? 一階でおしおきをしなきゃならねえなあ! ああ?」

 ガスッ

 グート叔父さんは、アシュリーの座っているベッドに蹴りを入れた!

「あっ……! な、何するんだ!」

 俺はさすがにムカッときた。女の子を怖がらせるなんて、ゆ、ゆるせん!

「コソ泥! てめーもぶっとばしてやるよぉ!」

 グート叔父さんは、今度は俺をにらみつけ──。
 
 バキィッ
 
 グート叔父さんは、左拳で俺の(ほお)を殴った。

 いてえ! 口から血が出た。それでも、女の子──アシュリーを守らなければ! 

 俺がアシュリーの前に立つと、その叔父はいきり立ち、俺の腹に、蹴りを叩き込んできた。

 シュッ

 だ、だが、素人(しろうと)の蹴りじゃない!

「前蹴り」だ! 俺の腹の急所──みぞおちを足の爪先で、(つらぬ)いてくる!

 ガッ

 だ、だが、俺は……前蹴りを右手で払っていた……!

「な、なんだと? 俺の『前蹴り』を、『下段払い』でかわすとは?」

 グート叔父さんは、目を丸くしている。
 とにかく、アシュリーって子が危ない。俺が──俺が守らなきゃ!
 それにしても、このタコ親父、格闘の素人じゃない! 蹴りもきちんとした形になっている。
 
 すると、グート叔父さんは、今度は右手で、ついに「ひのきの棒」を振り回してきた。

 お、おや? 見える! 武器の挙動が見える!

 シュッ

 耳元で「ひのきの棒」が振り下ろされる音がした。
 しかし、俺は間一髪でかわしていた。偶然? まぐれ?
 
 いや……違う。

 俺は、「ひのきの棒」の挙動が、完全に見えていたのだ。つまり、俺はグート叔父さんの攻撃を見切っていた。

「こ、この野郎! なんなんだ?」

 グート叔父さんは、今度はひのきの棒を、上段から振り下ろす!

 シャッ

 俺はもう完全に見切っていた。半歩後退しただけで、ひのきの棒をかわすことができた。

 グート叔父さんは、「うっ……な、何モンだ? おめえ……?」と声を上げ、俺を驚きの目で見た。
 俺はグート叔父さんの、「ひのきの棒」の攻撃を、二回も見切ってかわした。

「こ、この! よけやがって!」

 叔父さんはあわてて、今度は斜めから「ひのきの棒」を振り下ろしてきた!

 見える! 見えるぞ!

 俺は、今度は叔父さんの「ひのきの棒」を左にかわした。

 そして!

 カッ

 俺は手刀で、叔父さんの「ひのきの棒」をはね飛ばした。「ひのきの棒」は壁に当たり、床に転がった……。俺もどうしてそんなことができたのか、自分でも分からない。

「は? え?」

 叔父さんは目を丸くしている。

「き、きさまあっ。俺は去年の王国格闘トーナメント、五十歳以上の部の三位だぞ!」

 げ、王国トーナメントの三位か? このおっさん、相当な格闘術の実力者だ!
 すると叔父さんは右のパンチで、俺に襲い掛かってきた。

 ここだ! 

 俺はそのパンチをかわした。──と同時に、俺は右拳を突き出していた。

 グワシイイッ

 その瞬間、すさまじい打撃音がした。

「ぐ、が」

 叔父さんの右頬(みぎほお)に、俺の右拳が入っていた。相手が向かってきた勢いを利用して、逆に決めるパンチ──右カウンターだ!

 グラリ

 叔父さんは片膝(かたひざ)をついた。

「……なん、だ。おめえ……素人じゃ……ねえな」

 俺は、叔父さんの攻撃をかわしたと同時に、自分の拳を前に突き出しただけだ。しかし、それが完全な、見事なカウンター攻撃になってしまった。
 じ、自分でも、何がどうなっているのか分からない。

 叔父さんは、(ほお)を押さえて片膝(かたひざ)を床について、俺をにらんでいる。

 俺……どうなったんだ? こんな屈強(くっきょう)な男を、ダウンさせちまった!

 俺みたいな引きこもりが?

「ひいいいーっ! 怖い!」

 アシュリーがベッドの上で、悲鳴をあげる。まあ、しゃあない。こんな部屋の中で大激闘だ。俺だって驚いている。

 叔父さんはニヤリと笑い、両手をギチッと構えた。

「やる……じゃねえかよ、コ……コソ泥」

 完全に戦闘モードだ。

 やばい。

 叔父さんは素早く、右手で俺のシャツの長袖(ながそで)(つか)んだ。

 俺は直感で「このまま背負われたら、投げられる!」と感じた。

 こ、この技は、本で見たことがある投げ技だ。叔父さんは、本格的な「投げ技」で、俺を仕留めにきた!

 結構広い部屋だが、投げられたら壁に叩きつけられるぞ!

「くっ!」

 俺は素早く、叔父さんの手を振りほどいた。しかし、叔父さんも素早い。今度は左手で俺の服を(つか)みにかかる。

「このコソ泥野郎~!」

 叔父さんは声を上げ、俺の服を(つか)んだ。だから、誤解だって! しかし、俺はそのスキを見逃さなかった。こういった接近戦の場合は──!

 ガシイイッ

 俺は、叔父さんの(ほお)に、自分の右肘(みぎひじ)を叩き込んでいた。

「ガ、フ」
 
 叔父さんは目を丸くして、よろけた。

「きゃああっ!」

 アシュリーはまたしても声を上げる。

「だ、だまれやっ! ガキが!」

 バキイッ

 グート叔父さんは、アシュリーが座っているベッドを足で思いきり蹴っ飛ばした。アシュリーはまた、「ひいっ!」と声を上げた。

 叔父さんはイライラして叫んだ。しかし、ヤツの体力も限界に近づいている。
 一方──俺は怒りを感じた。

(この野郎……叔父か何かしらねえが、女の子をいじめるなんてゆるせねえ!)

 俺の体が、またしても勝手に動いた。

 ゆらり。グート叔父さんはフラフラと俺の方に近づく。もう、なりふり構わない、という表情だ。捨て身戦法だろう。こういうのが一番怖い!

「ぶっとばしてやらああ!」

 叔父さんは、最後の力を振り絞って、左の大振りのパンチ──左フックを繰り出してきた。
 こ、拳のひねりも加わった、見事なパンチだ! や、やばい、当たると1メートルは吹っ飛ぶぞ!

 しかし──ここだ!
 
 俺は一歩前に出た。そして──。

 グワッシャアアア!

 もの凄い音がした。

 俺の渾身(こんしん)の右パンチ。──右ストレートを、グート叔父さんのアゴに叩き込んでいたのだ。

「あ、が、ご」

 叔父さんは今度はついに、床に両ひざをつく。

「お前……何者……グフッ……」

 決着──! 俺の勝利だ!
 俺は謎の少女アシュリー(アシュリーにとっては、俺の方が謎の存在だが)の叔父を殴り倒してしまった。俺の右ストレートパンチだ。生まれてこの方、素手で人を殴ったのは無いに等しいし、何でこんなすごいパンチが打てたのか、まったく不思議だった。
 アシュリーの叔父は、床にへたりこんでうめいている。よほど俺のパンチが効いたのだろう。

 窓の外を見ると、人が騒ぎを聞きつけ、集まってきていた。

 さっきグート叔父さんが、さんざん俺やアシュリーに怒鳴ったからな。外まで聞こえていただろう。

 俺はとっさに、後ろのクローゼットを見た。扉は開いている。

 すると……。

 何と、クローゼットの中は、来た時と同様に、光り輝いていた。まさか、また瞬間移動できるというのか?

『クローゼットの中に入りなさい。行き先は決まっている』

 何と、若い女性の声が俺の頭の中に響いた。アシュリーの声じゃない。どこかで聞いたことがあるような、抑揚のない不思議な声だ。

「だ、誰なんだ?」
『早くしないと、アシュリーの叔父が立ち上がる。早くクローゼットの中に入りなさい』

「ま、まて……。うう、この野郎……自警団を呼ぶぞ」

 その時、後ろで野太い声がした。グート叔父さんが、膝に手をついてヨロヨロと立ち上がった。やばい!

 すると、アシュリーも()かした。

「ねえ、早くクローゼットの中に入ろう!」

 アシュリーも、不思議な声を聞いたのか?

 俺はうなずき、クローゼットの光の中に入った。アシュリーもそれに続く。
 
 光が……俺たちを包む! う、うわああああ!

 ◇ ◇ ◇

 あああ……と気付くと、ここは俺の部屋だった。引きこもっていた子ども部屋だ。

 なーんだ、夢だったのか。俺もバカだなぁ。ワハハ。

 そう苦笑いしながら横を見ると、アシュリーがいたので飛び上がって驚いた。
 後ろのクローゼットは開いたままだ。中を見てみると、光ってもいないし、何も入っていない。どこにも──さっきのアシュリーの部屋とも繋がっていない。普通のクローゼットだ。

 しかし……やはり瞬間移動の原因として考えられるのは、このクローゼットに間違いない。

(俺の部屋のクローゼットと、アシュリーのクローゼットは繋がっていた? 一体、誰がそんな魔法を仕掛けたんだ?)

 アシュリーは、俺のベッドにヨロヨロと座り込んだ。

「お、おい。大丈夫か」

 俺はアシュリーのそばに駆け寄った。するとアシュリーは涙を流して、突然……。

 俺に抱きついたのだ!

「ゼントさん! ありがとう!」

 げええええええーっ?

 こんな美少女が抱きつくなんて! 二十年の引きこもりには毒だ!

「ゼントさんのおかげで、叔父さんから逃げ出すことができました!」
「いや、俺は不法侵入者だったんだけど!」

 するとアシュリーは、そんなこと関係ないといった風に、顔を横に振った。

「叔父さんにずっと監禁されてたの。五年間も……」
「か、監禁!」

 アシュリーは言った。

「叔父さんに暴力を受けてたの……。グート叔父さんは、私のママの元恋人。私を裁判で奪い取ったの。ものすごく優秀な弁護士を使って……」

 アシュリーは、俺の胸で泣いている。俺は思わず、彼女の頭をなでてやった。
 おや、アシュリーの耳は長い。エルフ族か……。

 窓から見える風景は、夕日に染まっている。俺たちは叔母さんの残してくれた食料で食事し、その後、これからの話をした。

「アシュリー、これからどうする?」
「ママのところに行きたいんです。ルーゼリック村という村にいます。もうずいぶん会っていません」

 色々話をしていると、もう夜の九時になった。アシュリーは眠そうな顔をしている。

「わかった。話は明日にしよう。眠いなら、もう寝た方がいい。俺は(ゆか)で寝るから」

 するとアシュリーは、「ゼントさんと一緒にベッドで寝る!」と声を上げた。

 う、うおおおおおっ! この展開は!

「叔父さんが私を探してきそうで、怖いんです。だから、一緒に寝て!」

 ◇ ◇ ◇

 というわけで、俺は十五歳の美少女と一緒に、ベッドで寝ることになってしまった。
 アシュリーはすぐに眠ってしまった。俺も横になったが、アシュリーの髪の毛の、良い(にお)いがする。
 ……眠れねええええ!

 しかし、これから、もう一人の美女に出会うことは、この時、予想もできなかった。そう、俺の頭の中に響いてきた、謎の声の正体だ……!
 美少女アシュリーは、なぜかオレを全面的に信頼してくれた。今は俺の隣で寝ている。

(……よ、良いにおいがする)

 アシュリーの髪の毛から、石鹸のにおいがただよってくる。いやいや、ここは紳士的な心持ちで、今日は寝よう。

 ◇ ◇ ◇

 ──その時!

『これから、ゼント・ラージェントの能力(スキル)について説明を申し上げます』
「ん? なんだ?」

 若い女性の声が聞こえたような……。
 俺は、俺の子ども部屋の周囲を見回した。アシュリーはぐっすり眠っている。アシュリーの声じゃないのか。

 すると、周囲が突然光った。

「え? ここ、どこだ?」

 気付くと、ここは──自分の部屋ではなかった。
 どこかの芝生広場──高原のような場所だ。山に囲まれた、美しい場所だった。
 俺は芝生の上に座っていた。

「な、なんだよ、ここ? うわっ!」

 俺は声を上げた。いつの間にか、俺の前に、美しく若い女性がフワフワ浮かんでいたからだ。白いワンピースを着ている。
 いつの間に現われたんだ?

「だ、誰なんだ、君は!」

 女性は空中にフワフワ浮かんでいる。スタイルはいいし……胸がでかい……。

『私の名は、【マリア】』

 彼女は、驚く俺を見ながら言った。

『私は、あなたを見守る存在』

 意味分からん。何だそりゃ。

『これは夢ではありません。あなたの頭の中に、高原の風景を送っています』
「き、君は背後霊みたいなものか?」

 俺が聞くと、マリアはちょっと顔を赤らめて、咳払いした。

『……そこはかわいらしく、守護天使と言ってください』
「君が、クローゼットに光る扉を作った人?」
『はい。私があなたに成長の機会を作りました』

 マリアなる女はすんなり言った。

 ともかく、このマリアって女子は、俺の守護霊とか、守護天使みたいな存在らしい。本当かよ……。

 あっ、守護霊なら……聞くことがある!

「お、教えてくれ。俺、病気か何かで死んだ叔母さんを、つ、土に埋めちゃったんだけど……」
『ええ、知ってますよ。一部始終を見ていましたから』
「何で警察とか、俺のところに来ないんだ? 普通、村人が、『ラーサさんがいなくなった!』って(さわ)ぐだろう」
『大丈夫ですよ』

 マリアは平然とした顔で言った。

『私が、村人から叔母様の記憶を、一時的に消したのです』
「き、記憶を消した?」
『ええ、神様のルールに沿って、一時的にですけど。だからあなたのところに、叔母様のことで人が聞きにこないのです。1ヶ月くらい効力があります』
「そ、そ、そんなことができるのか」
『私は神様の使徒、可能です。今のあなたには別の仕事がありますから、私が少々、お手伝いをさせていただきました。そもそもあなたは、叔母様を思う優しい気持ちから、彼女をとむらったのです。ですから、胸を張って生きてください』

 そしてマリアは付け加えた。

『このグランバーン王国は、魔物との戦争が多いのです。ですから、警察などを(かい)さず、人が埋葬(まいそう)される場合が多いですよ。あなたが叔母様を埋葬(まいそう)した件は、罪に問われないはずです』

 あ、安心した~……なんて言ってる場合じゃない。

 しかし、マリアは構わず話を続けた。

『さてゼント、あなたは、【歴戦(れきせん)武闘王(ぶとうおう)】【神の加護】という二つの強力なスキルを持っています』
「ス、スキルって何だっけ?」
『えー……』

 マリアは、そんなことも知らないのか、という風に頭を抱えて言った。

『スキルは簡単に言えば、能力のこと』

 思い出した。強い戦士や魔法使いには、能力(スキル)が身に付いているらしい。
 俺にも、そんなものがあるって? そんなバカな。

『ではまず、あなたの持つスキルの一つ、【歴戦(れきせん)武闘王(ぶとうおう)】の説明をします。あなたは武闘家(ぶとうか)の才能があるのです。つまり格闘術の才能です』
「あのな~。クソ弱い俺が? そもそも俺は魔法剣士だったんだぞ。武闘家(ぶとうか)って、素手でモンスターをぶっ倒すヤツだろ。俺にそんな才能があるなんて、そんなのどうやって信じたらいいんだよ」
『ゼント、あなたはさっき、自分で武闘家(ぶとうか)としての才能を証明したはずです』

 え?
 あっ……そうか!
 アシュリーの叔父を右カウンターパンチで倒したのも、そのせいなのか! そ、そういえばエルサが昔、「ゼントはすごい武闘家(ぶとうか)の才能がある」と言っていた気がする。
 あれは本当だったのか。

「納得してくれましたか」

 マリアはホッとした表情をした。いやいや……あれはラッキーパンチかもしれんだろ。……いや待てよ、ラッキーパンチで、あんな屈強なオヤジを倒せるか? うーむ……。

『さてゼント、あなたはもう一つのスキル、【神の加護】を持っています。神様が守ってくださる能力です』
「お、おう……。神様……? そうなのか、よく分からんが」
『このスキルは、神様の加護で、人の【運勢】【潜在能力(せんざいのうりょく)】を引きあげる効果があります。すごいでしょう』
「ま、待て待て。俺は、二十年前、弱すぎて荷物持ちだったんだぞ」

 俺はマリアに言った。

「しかも、今は引きこもりだ。神様に守ってもらえるスキルを、本当に持っていたら、もっと良い人生が送れたはずだ」
『いえ、この【神の加護】は、あなたが引きこもりにならなければ発動しないのです』
「へ?」
『つまり、あなたが引きこもりになった時に、発動するスキルなのです。あなたが生まれる前、あなたと神様がそう決めたのですよ。あなたの叔母が、あなたに毎日食事を持ってきてくれたことを、思い出してください』
「え……あっ……! いや、しかし」

 俺は死んだ叔母さんのことを思い出していた。ど、どういうことだ?

「【神の加護】があなたから発動したから、あなたは食事を毎日食べられたのですよ。あなたの叔母は、あなたに愛がありました。彼女は、あなたを守る【神の加護】の役目を果たした、ということなのです」

 叔母は、俺を愛してくれていたのか。俺は涙が出そうになった。い、いやいや。だまされんぞ。これは、ワナじゃないのか? 俺は周囲を見回した。
 構わずマリアは言った。

『【神の加護】は、これからもあなたをずっと守り続けるでしょう。さてゼント、あなたはこれから、地上最強の勇者──最強の武闘王(ぶとうおう)になるのです!』

 マリアはビシッと俺を指差して言った。

「さ、最強の武闘王(ぶとうおう)~?」

 俺は驚いて声を上げた。

「そんなアホな……武闘王(ぶとうおう)って伝説の格闘術の王者だろ。バカな、俺がそんなに強いわけ……」
『あ、ちなみに、現在、大勇者のゲルドンですが──。今月から運勢が急落します。彼も【神の加護】というスキルを持っているのですが』
「え? そうなのか?」
『今月から、有効期限切れですね』
「は? えええ? スキルに有効期限? そんなのあるのか?」

 俺は首を傾げた。マリアはフフッと笑った。

『まあ、とにかく、あなたには最強の武闘家(ぶとうか)の才能がある。信じなさい』

 さっきも【歴戦の武闘王(ぶとうおう)】とかなんとか言っていたが、これ、マジ話なのか? 俺が最強の武闘王(ぶとうおう)だって? 信じられん。

『以上、メッセージをお伝えしました。またお会いしましょう』

 マリアはそう言うと、スッと消えてしまった。
 また俺の部屋の風景に戻った。俺の横では、アシュリーがぐっすり寝ている。

 い、今のは、何だったんだ? 夢だったのか?

 ◇ ◇ ◇

 しかし、俺が地上最強の勇者──最強の武闘王(ぶとうおう)になること──。

 次の日から、実現に向けて運命が動き出すのだった!
 ゼントが美少女アシュリーと同じベッドで寝て、謎の脳内美女、マリアと話した次の日の朝──。

 その日の朝十時、国民的英雄、大勇者ゲルドンは馬車でグランバーン王国の北、レインバッド墓地へ旅立っていた。

 三人のパーティーメンバーと新聞記者二人を引き連れている。

 王族のフェント・ラサン氏から依頼された、骸骨拳闘士──スケルトンファイター退治のためだ。
 レインバッド墓地には、ラサン一族の墓地があるが、スケルトンファイターに荒らされて困っているということである。

「よーし、ここから歩くぞ。俺様についてこい!」

 ゲルドンは、仲間たちに向かって声を上げた。

 墓地に近づくと、地面はぬかるんでくる。馬車を降りなければならない。

「あなたは本当に強い大勇者ですね!」

 ヒゲの新聞記者は、ゲルドンにインタビューしながら歩いた。

「『神に守られた大勇者』とも言われています。十六歳で四天王を打ち倒し、当時からお付き合いされていた、フェリシア様は、大聖女なのですから」
「ハハハ! まあ俺様は、本当に神に守られているんじゃねーか、と思いたくなってくるんだよね」

 ゲルドンは豪快に笑いながら、歩いている。

「人生ツキまくり~なんてな! だが、今日は戦闘の実力の方も、しっかり取材してくれよな」
「ゲルドンさん、一生ついていきますぜ!」

 ゲルドンの横に並んで歩いている、パーティーメンバーの武闘家(ぶとうか)、クオリファは、おべっかを言った。

「おう、俺様についてきな! ガハハ!」

 ゲルドンは上機嫌だ。
 
 大勇者ゲルドンの現在のパーティーメンバーは、大僧侶のティーザン、武闘家(ぶとうか)クオリファ、黒魔法使いのゴンドスだ。今日も一緒についてきている。
 妻のフェリシアに気を使って、全員男だが。

『警告。ゲルドン・ウォーレンさんが持っているスキル──【神の加護】の有効期限が切れています』
 
 ん? 頭の中で、そんな声がしたような気がする。ゲルドンは首を傾げながら、歩いた。気のせいか……。

 ゲルドンはここ十年、彼らと一緒に魔物討伐をしている。最近、四天王のグラッシュドーガを討ち倒したのも、このメンバーだった。
 さすが俺! 神はこの俺の味方よ!

「ん? い、いてっ」

 その時だ。ゲルドンの足に激痛が走った。皆、驚いてゲルドンの足を見ると、何と、派手な色の蛇がゲルドンの足に()みついている。レインバッド地区で、蛇が見られるのは珍しい。

「こ、こりゃ、パルティー・スネークだよ」

 ゲルドンは苦笑いしながら、蛇を踏みつけ、ポイと沿道に捨てた。

「毒なんかありゃしない。おとなしい蛇だ」

 すると……!  

 ボチャン

 その時、仲間のクオリファが、泥に足を滑らせて川に転落した。怪我はなかったが、少し肘を打ったようだ。クオリファも頭をかいている。

(な、なんだ?)

 ゲルドンは嫌な予感がした。不運といえば不運ではあるが、たいしたことではない。蛇に()まれ、仲間が足を滑らせただけだ。
 だが、何かの予兆をしめしているような気がして、何となく胸がざわついた。

「だ、大丈夫ッスかね、俺たち」

 武闘家(ぶとうか)のクオリファがつぶやいた。

「バーカ言ってんじゃねえぞ、足を滑らせたくらいで」

 ゲルドンはガハハハと一笑した。

「俺様は大勇者ゲルドンだぞ。俺らは最強のモンスター討伐隊だ。どんなモンスターも、俺らにかないはしねえよ!」

 ゲルドンは高らかに笑った。

 数時間後には、その笑い顔が真っ青になることも知らずに。

『警告。ゲルドン・ウォーレンさんが持っていた、【神の加護】の有効期限が切れています』
 
 ゲルドンには、またそんな声が聞こえたような気がした。
 くそ、何だってんだよ。ゲルドンはブツブツ言いながら、一行を従え、スケルトンファイター生息地まで、歩いていった。
 大勇者ゲルドンは、自分のパーティーメンバーと新聞記者を連れて、モンスター討伐を行っていた。目的は、骸骨拳闘士──スケルトンファイターの討伐だ。

 やっとレインバッド墓地に着くと、さっそく青色のスケルトンファイターが三体、現れた。骸骨そのものモンスターだ。

「いたぞ、スケルトンファイターだ!」

 ゲルドンと同年代、右腕のティーザンが叫んだ。

「B級モンスターだぞ、五分で片づけよう!」

 武闘家(ぶとうか)のクオリファも身構える。新聞記者は木陰に逃げた。大勇者ゲルドンのパーティーはSランクパーティーだ。こんなB級モンスターは、五分どころか、三分あれば退治できる……!

「あっ」

 すぐに、スケルトンファイターの一体は大ジャンプしてきた。
 ゲルドンはニヤリと笑った。

「今日は素手でモンスターを倒すぜ! まあ、もともと武器は持ってきていないがな!」

 ゲルドンは自分が(もよお)す「ゲルドン杯格闘トーナメント」の宣伝のため、スケルトンファイターを素手で倒すところを、新聞記者に見せたいようだ。ちなみに、ゲルドン杯格闘トーナメントは、素手の格闘術の大会だ。

 ブオッ

 ゲルドンは、スケルトンファイターの頭部めがけて、右パンチを繰り出した。

 しかし、スケルトンファイターはその細い骸骨の腕で、ゲルドンの右パンチを弾き飛ばした。骸骨なのに、意外に(かた)くて丈夫なヤツらだ!

 逆に、スケルトンファイターは、前蹴りを放ってきた。ゲルドンは、間一髪、よける!

「ふ、ふうっ!」

 危ない危ない。スケルトンファイターの爪先、拳の先には、しびれ薬と猛毒が仕込まれているのだ。

「ゲルドンさん、まずい!」

 魔法使いのゴンドスが声を上げた。後ろから、沼地に(ひそ)む泥人形型モンスター、マッドパペットが二体、現れたのだ。このモンスターは体力はないがトリッキーな(スキル)を持っている。

「くそ、やっかいなヤツが来たぜ」

 クオリファはそう叫びながら、スケルトンファイターの一体を、中段蹴りで撃破した。相手は骸骨だ、防御力がない。

「ゴンドス、お前はマッドパペットを火属性魔法で──」

 ゲルドンがそう指示した時、スケルトンファイターの拳の先が、ゲルドンの腕をかすった。や、やばい! 途端に彼の腕がしびれる。それに加えて、猛毒が傷口から入った!

 ゲルドンは多少、パニックになった。

「う、や、やばい。こんなヤツらに」
「ティーザン、白魔法だ。早く、ゲルドンさんを解毒しろ!」

 魔法使いのゴンドスが、大僧侶のティーザンに声をかける。

「わ、分かった。だが、変だ!」

 ティーザンはゲルドンに向かって解毒魔法を唱えているのだが、まったく魔法が発動しない。

「バ、バカ野郎っ。何やってんだ!」

 ゲルドンは青い顔をしながら、ティーザンに怒鳴った。

「しまった、マッドパペットの(スキル)、『魔力吸収』だ!」

 大僧侶のティーザンは悔しそうに叫んだ。

「お、俺の魔力が全部、吸い取られている。解毒魔法が使えない」
 
 すると危機を察した新聞記者が、たまたま持ってきていた解毒薬をゲルドンに差し出した。ゲルドンはそれを素早く奪うと、それをゴクゴク飲み込んだ。

(く、くそおっ! 素人(しろうと)に助けられるなんて)

 なぜか、二十年前、荷物運びだったゼントのことを思い出した。あいつ、いつも解毒薬を持っていたっけ。

(くそ、こんな時に、あんなヤツのことを思い出してもしょうがない)

 解毒薬のおかげで、ゲルドンの腕のしびれは軽減した。体の熱も少しは解消したので、やっと立ち上がった。
 健闘しているのは、武闘家(ぶとうか)のクオリファだ。ゴンドスに補助魔法、『素早さ増大魔法──スピーバ』をかけてもらい、スケルトンファイターのパンチ攻撃をかわしきって攻撃している。
 しかし、彼は二体目のスケルトンファイターを殴り倒したところで、横からきた三体目のスケルトンファイターの毒拳をかすってしまった。

 倒れるクオリファ──を見ながらゲルドンは、マッドパペットに猛然と向かう。

「ゲ、ゲルドンさん! 素手は無茶です。俺の予備の武器を使ってください!」

 地面に尻持ちをついている武闘家(ぶとうか)のクオリファが、背中から自分の半月刀を引き抜き、ゲルドンに投げて渡す。ゲルドンはそれを受け取り──。

「ちきしょう、く、くらええーっ!」

 ゲルドンは刀を一閃、マッドパペットの胴を切り裂いた。

「ちっきしょう! こんなヤツら、素手の格闘術で十分だってのに!」

 ゲルドンが強がったその時、横からもう一体のマッドパペットが抱きついて、ゲルドンの胴に組み付く。

「う、げえ!」

 もの凄い力だ! い、息ができない。クオリファはしびれと猛毒で悶絶しているし、大僧侶のティーザンも、魔法使いのゴンドスも魔力が吸い取られ、立ちすくんだままだった。

「に、逃げるか? ゲルドン」

 ティーザンがゲルドンに向かって叫んだ。

「バ、バカ! 新聞記者が見ているんだぞっ。しかも、俺らはSランクパーティーだ。絶対、倒す!」

 ゲルドンは必死の思いで、そのマッドパペットをひきはがし、そいつも両断した。

『再度警告。あなた──ゲルドン・ウォーレンさんの持っているスキル──【神の加護】の有効期限が切れています』

 まただ! ゲルドンの頭の中に、奇妙な声が響く。

(な、なんだってんだよ! スキル? 有効期限? なんだそりゃ?)

 すると、今度は空から、巨大鳥サンダーバードが来てしまった。これはA級モンスターだ。ヤツの雷魔法【サンダスパーク】は強力。
 サンダーバードは滅多に遭遇するモンスターではない。何で今日に限って?
 スケルトンファイターはもう一体いる。

 ゲルドンは腕のしびれと毒の熱を、再び感じ始めていた。新聞記者からもらった解毒薬が、あまり効いていない。安物の解毒薬だったか。

(ちゃんと、正規品を用意しとけよ!)

 ゲルドンは新聞記者に怒鳴りたかったが、そうもいかない。

 今の状況では、パーティー全滅っ……。

「あーっ、ちきしょおおーっ!」

 ゲルドンは声を上げた。

「逃げるぞおおおおっ」
「マ、マジかよ。俺ら大勇者パーティーだぞ」

 クオリファが腕を押さえながら、つぶやく。

「え? 撤退(てったい)するの?」
「……この人たち、本当に、大勇者の魔物討伐パーティーなのかよ」

 木陰に隠れていた新聞記者二人は、首を傾げていた。
 次の日──。
 
 俺は目が覚めた。ここは? 
 いつも通りのボロい天井。見慣れた俺の部屋だ。

「きゃあああ~!」

 うおっ! その時、地下から大声がした。驚いた俺は素早く地下に降りた。

 アシュリーが床に座って、本を読んでいる。アシュリーの横には、子ども部屋の地下にある本が、高く積まれていた。

 アシュリー……本当にいたのか。
 昨日のことは、夢じゃなかったのか。俺はホッとした。

 アシュリーは本の山を目の前にして、声を上げた。

「ほら、この本! 『マインダ・エレベント』ですよ。約五百年前の魔導書です。こっちは『ビスタ霊界旅行記』。売ったら大変な価値がある本ばっかり!」

 俺はアシュリーがいてくれたことに安堵(あんど)した。
 そうか……本を売って旅の資金にするって手もあるか。

「まあ……売ったら200ルピーくらいかな?」
「そんなことないですよ!」

 アシュリーは怒った。

「200ルピーどころか、もっと! 1000倍以上の価値があります!」

 せ、せんばい……? 本当かよ? 確かめてみるか。

 俺はアシュリーと一緒に、子ども部屋の本を売るため、村の商店街に出向くことにした。
 本に詳しいアシュリーに、7冊、価値がありそうな本を厳選してもらった。

 ──しかし俺は、20年の引きこもりだった!

「怖ぇえええええ~!」

 商店街に行くのが、20年ぶりなのだ! 人ごみが怖い!

「ほら、これで大丈夫でしょ?」

 アシュリーはそう言って笑って、ギュッと俺の腕を組んでくれた。アシュリーの……女の子のにおいがする……。

 うれしいけど……。

「やっぱり、怖ぇええええええ~!」

 ◇ ◇ ◇

 俺とアシュリーは商店街に入って、古本屋を探した。人通りは結構ある。俺は知り合いに会わないかビクビクしながら、歩いた。
 と、その時──。

「おらあっ! 邪魔なんだよ、この看板!」

 ドガアッ

 その時、目の前の男──16歳くらいの少年が、商店街の立て看板を蹴っ飛ばした。

(あっ! あいつ!)

 こないだの不良少年! チョッキを着たヤツだ。ゼボールの仲間だったか。肩で風を切って歩いている。今日も来ていたのか……。仲間はいないようだが。

ドガッ

 今度は、道行くおじさんの肩に、チョッキ少年の肩がぶつかった。
 チョッキ少年はおじさんにすごむ。

「痛ぇんだよ! 俺を誰だと思ってんだ! ゼボール様の舎弟(しゃてい)、デリック様だぞ!」

 ガスッ

「ぎゃっ!」

 デリックは、おじさんの背中を蹴った! 
おじさんは逃げてしまった──。あいつ、デリックって名前だったのか。あの野郎、どうしてこんな時に、村に来てるんだよ。それにしても乱暴なヤツだな……。
 考えていると、チョッキ少年──デリックは道を右に曲がって行ってしまった。

 さ、さあ、本を売らないと。
  
 ◇ ◇ ◇

 うーむ……古本屋はあったはずだが、潰れたようだ。しかし、本が売れそうな質屋(しちや)を見つけることができた。質屋か……あまりよく知らない店だ。

 ビクビクしながら店に入ると……質屋の店主は、俺をジロリとにらんだ。

「……いらっしゃい。村の外の者か? 珍しいな」

 アシュリーは自信満々に、店主に言った。

「本を売りたいのですが!」

 ダン! ダン! ダン! 
 
 アシュリーはそんな音とともに、俺が持っているカバンから、古書を一冊ずつ取り出し、カウンターに置いた。計7冊──。

「これはきっと良い本ですよ! 5万ルピー以上にはなると思うわ!」

 アシュリーが言った。お、おい、アシュリー。5万って……んな無茶な。こんなボロい本が……? 俺がそう思っていると、質屋の店主は舌打ちした。

「5万ルピー? はあ? こんな古くせえ本が?」

 そして質屋の店主は言った。

「嬢ちゃん、こんな本、300ルピーにもならんぞ。めんどうくせえなあ。一応、査定してやるが。一時間くらいかかる。そこらで待ってろ」

 質屋の店主はまた舌打ちして、俺たちをにらみつけながら言った。
 
 ◇ ◇ ◇

 俺とアシュリーは、外に出た。どこかで休憩するか。

 するとその時──。

「いてえっ! 何しやがんだ、ジジイ!」

 何だ? 大声がしたぞ。見ると、道の真ん中で、例のチョッキを着た少年と六十歳くらいの男がもめている。地面にはパン──チョココロネが散らばっていた。

 またさっきの不良──チョッキ少年、デリックか!

 一方、六十歳くらいの男は……? げええっ! 二十年前、俺に銀トレーを投げつけたパン屋の主人、ブルビーノ親父! 少し老けたが、面影はある。

「おいパン屋! 俺様にぶつかって服にチョコをつけるなんて……。謝罪じゃ済まさねえよ?」

 デリックはブルビーノ親父に対して、すごんだ。

「も、申し訳ありません。急いでいたもので」

 確かに、デリックのチョッキに、チョココロネのチョコがついている。ぶつかった時に、付着したのだろう。

「謝罪じゃすまねーんだよ!」

 デリックは、ブルビーノ親父を蹴っ飛ばした。ブルビーノ親父は、腹を蹴られ、地面に尻持ちをついた。

 野次馬が集まってきている。ちょっとした騒ぎだ。

 すると──。

『ゼント! あのチョッキ少年……デリックをこらしめてやりなさい』

 俺の頭の中に、例の守護天使マリアの声が響いた!

 へ? 何を言って……。

『あの不良少年、デリックをこらしめなさい! あなたならできる!』
「え、え、え」

 こらしめなさいって……何? お、おい、おれが、あいつを? 何で俺が?

 あなたならできる? そ、そんなバカな?

 アシュリーも俺のことを、「パン屋さんを助けてあげて」という真剣なまなざしで見ている。

 う、うわああ……マ、マジでやるのぉ?

 ていうか、やることになる感じだ、こりゃ。
 俺はしぶしぶ、不良少年デリックの前に出た。この間、俺をいじめた少年の一人だ。
 ところが、デリックの後ろには、いつの間にか、もう一人、見覚えのある少年が立っていた。

(くっ!)

 仲間の背の高いバンダナ少年だ!

 リーダーのゼボールこそいないが、仲間を連れてきていたのか。

「おい、レジラー、見ろよ」

 デリックはクスクス笑って、バンダナ少年に言った。

「こいつ、この間の引きこもりだぜ」

 バンダナ少年はレジラーという名前らしい。くそ、このまま闘うとなると、2対1という構図になる。それでもやるのか!

「まさか、この親父を助けるつもりか? カッコいいねえ~!」
「ぐへっ!」
 
 レジラーは、道端に座り込んでいるブルビーノ親父を、足で小突いた。

「や、やめろ!」

 俺は叫んだ。

「なるほど、なるほど~、小デブ君、君は僕とケンカするってんだね? マジで」

 チョッキ少年のデリックはニヤニヤしながら、背中の(さや)から木刀を引き抜いた。

「──殴り倒してやらあ!」

 デリックはそう叫びながら、木刀を上段から振ってきた。
 ん? 遅い!

 俺はサッと右に()けた。

「チッ」

 不良少年のデリックは舌打ちした。

「生意気にも、()けやがって。じゃあ、本気でやるぜ?」

 今度はデリックの木刀、中段斬り! 木刀を中段に──俺の胴に向かって、横に振り回してきた!
 
 しかし、俺は木刀の動きをよく見ていた。

 ここだっ!

 俺は前蹴りを繰り出していた。俺の前蹴りの爪先が、デリックの木刀の刃先に当たり──。

 木刀は吹っ飛び、宙を舞った。

「な、なにいっ! てめええっ!」

 ガランッ

 木刀は、地面に落ちた。周囲の野次馬はシーンと静まり返っている。

「なめんなぁーっ!」

 彼は、あわてて殴りかかってきた。

 ──ここだ!

 ゲシイイッ

 俺はデリックの勢いを利用して、ヤツの太ももに下段蹴りを叩き込んでいた。

 太ももの外──ここを蹴ると相手は痛みをこらえることができず、動きが止まる!

「が、ぐ」

 デリックは案の定、足を止めた。──しかし、痛みをこらえて、ヨロヨロと向かってくる。

「こ、こんなのはまぐれだ……そうに決まってる」とつぶやきながら。
 
 俺は、ギチリと両手を構える。

「う、お」

 彼は瞬間的に、向かってくるのを中止した。冷や汗をかいている。俺から何らかの危機を察知(さっち)したのだろう。そう──、俺はカウンターパンチを狙っていた。

「何をやってるんだ、デリック!」

 横で見ている仲間のバンダナ少年、レジラーが声を上げる。

「ビビってんじゃねーぞ!」
「ビ、ビビってなんかいるもんか! ちっきしょおおー!」

 デリックは、「うおおおーっ!」と声を上げながら、右拳を振りかざしてきた。

 がら空き!

 ドゴオッ

 俺はデリックの右アゴに、右掌底(みぎしょうてい)を叩き込んでいた。掌底とは、手の平の下部で打つ打撃技だ。

 す、すげえ……自分で言うのもなんだが、どうしてこんな技が放てるんだ? これが……スキル?

「あ、ぐ、ぁ」

 デリックはそんな声とともに、地面に両ひざをついた。デリックはダウン状態だ。無理もない。アゴに掌底(しょうてい)を受けたのだ。

「う、うぉっ……やるねえ」
掌底(しょうてい)……つまり掌打(しょうだ)ってヤツだ……!」
「見事に当たったぞ」
 
 野次馬たちが声を上げた。

 普通の拳の打撃技より、頭に響いているはずだ!
 俺はデリックを倒した──!
 
 だが、休んでいるヒマはなかった。

「この野郎がああっ!」

 俺とデリックの勝負を見ていたレジラーが、声を上げ、俺の胴に組みついていた。
 俺は、不良少年のデリックを、掌底(しょうてい)(手の平の下部を使った打撃技)で倒した。しかし、今度はデリックの仲間のレジラーが、俺に組みついてきた。

「うおらああっ!」

 レジラーは組み技の力が強い! そうか、組み技系の武闘家(ぶとうか)か。俺を強引に倒してきた!

 俺は地面に倒され、レジラーは俺に馬乗りになった。

「どうだあっ」

 レジラーは声を上げる。しかし、俺はまったく動じなかった。レジラーの馬乗りはバランスが悪い。

 俺は上半身に力を込める。せーの……勢いをつけて……!

 ゴロリ──回転!

「あっ!」
「すげえ」

 野次馬たちが騒いだ。

 俺とレジラーは体勢が逆転した──! 今度は俺が馬乗りになったのだ。

 うおおおっ……。大騒ぎする野次馬たち。

「どうなってんだ?」
「回転したぞ」
「レジラーの、馬乗り状態のバランスが悪かったんだ」

 今、俺がレジラーの胴に、馬乗り状態になっている。逆転だ!

「そ、そんなバカな!」

 レジラーは目を丸くし、あわてて両腕を使い、暴れた。すぐに、俺の馬乗りから逃げ出した。まるで小動物のような動きだ。素早い。でも、顔が真っ青だ。

「お、おい! お前──何モンだ?」

 レジラーは立ち上がって、身構えながら俺に聞いた。

「俺は──ゼントだ!」
「ゼント──? くそ、何なんだよ。わけわからねえ。俺は組み技系トーナメントの学生大会五位だぞ」

 レジラーは(すき)を見つけたのか、また組みついてくる。しかし、俺はその組みつきの弱点を、なぜか──知っていた。

 ここだ!

 レジラーが組みついてきた瞬間、ヤツの頭の横──側頭部を両手で押す!
 するとレジラーはバランスを崩し、地面に片ひざをついた。

「ぐ、おおおっ?」

 レジラーは立ち上がり、もう一度、組みついてくる。まるで猛牛だ! しかし俺は、再びヤツの頭の横──側頭部を両手で押して、ヤツを突き放した。

「くっ」

 レジラーは両ひざに手をやり、息をついて、驚いたようにオレを見た。

「お、お前……」

 レジラーは言った。

「組みつきタックルの『切り方』も知ってるのか? お、お前、本当に引きこもりか?」

 レジラーは驚きの顔だ。

「だが、今度は本気出すぜ!」

 レジラーは思い切り突進してきた。また組みつきか? いや違う、今度は体勢が低い! 俺の両ひざをねらった、両足タックルだ!

 だが、俺はそれも読んでいた。

 ガツン

 俺は右ひざを出していた。その右ひざは──レジラーの顔に直撃した。右ひざ蹴りだ!

「ぐ、ご」

 レジラーはよろける。だが、彼も根性があるようだ。フラフラの状態で、立ち上がる。

「く、おのおおおっ」

 レジラーは俺に殴りかかってきた。

 ここだ!

 俺は一歩踏み出し、レジラーが接近してくる瞬間──。

 ガスウウッ

 彼のアゴに、右ストレートパンチ──カウンターパンチを叩き込んでいた。
 しかし、レジラーは倒れない! タフだ!
 
 だが──。勝機は見えた!

 ガゴッ……

 俺の大振りの左掌底(ひだりしょうてい)! 手の平の下部を使った打撃技だ!

 俺は彼の左頬(ひだりほお)に、左フック掌底(しょうてい)を叩き込んだ。

「あ、が……な、なん……お前……」

 彼は倒れる。

「うおおおっ!」
「すげえ……!」
「完璧……!」

 野次馬から歓声が上がる。

 俺は自分で驚いていた。どうして俺は、こんな動きができるんだ? レジラーは素人ではなかった。組み技系の武闘家(ぶとうか)だった!

 しかし、俺はそれを倒してのけたのだ……。

「ひいい!」

 声を上げたのは、レジラーとの闘いを呆然と見ていた、デリックだった。

「は、はやく帰ろうぜ!」

 デリックはレジラーの肩をかし、よろよろと歩いていった。

「お、おい。病院行けよ」

 俺はそう言ったが、「うるせえ!」とデリックは声を上げた。レジラーもフラフラしながら、デリックの肩を借りながら、向こうの村の入口の方に歩いていった。

「あ、ありがとうございます!」

 声を上げたのは、デリックにからまれたブルビーノ親父だった。

「あ、あなたのお名前は?」
「お、俺? 俺は、あー……ゼントだけど。ゼント・ラージェント」
「は? ゼント……どこかで聞いたような……?」

 ブルビーノ親父も、周囲の野次馬も、不思議そうな顔をして俺を見ていた。やがて──「もしかして……あのゼントか?」そう声が上がり始めた。

 そう、村人たちは、二十年の時を越えて、俺のことを思い出し始めていた。