ゲルドン杯格闘トーナメント──決勝戦。

 俺、ゼント・ラージェントは、最大最悪の宿敵、セバスチャンからダウンを奪った。

 しかしセバスチャンは、不気味な悪魔的オーラを身に(まと)いながら、立ち上がる。

 これがセバスチャンの真の姿だ!

 ……くっ……! この間のゲルドン戦後で見たオーラより、強烈な邪悪さになっている。とにかく近づきたくないと感じさせる。邪悪さが凝縮(ぎょうしゅく)され、今にも襲い掛かってくるようなオーラだ!

「ゼント君、私をここまで追い詰めたのは、賞賛に(あたい)する」

 セバスチャンは構えながら言った。

「よろしい、少しだけ私の本気を見せてあげよう──」

 グワッ

 セバスチャンが右ストレートパンチを振りかぶる!

 ガッスウウウ!

 俺は咄嗟(とっさ)に、両手でパンチを受ける! ──俺は3メートルは吹っ飛ばされた。こんなのまともに喰らったら……!

「おおおおら!」

 セバスチャンはジャンプし、寝転んだ俺を、上から踏みつけようとする!

 サッ

 俺は寝ながら、かわす! そして、俺は寝ながら右スライディングキックを放つ! セバスチャンはそれを()ける──。

 ……! こ、この状況は!

 俺はすかさず、再び左スライディングキック! セバスチャンは足裏でそれを受ける。

 俺はリング上で寝転びながら、セバスチャンを見上げた。セバスチャンは立って、俺を見下げる。

「おい……これ」
「あの伝説の?」
「きたああーっ」

 観客も、この状態の重要性が分かっている。

 100年前、伝説の職業レスラーと、伝説の拳闘士の対戦! 3分15ラウンド、彼らはこの状態で闘い抜いたのだ。リアルファイトだからこそ、この状態になる!

「ハハッ」

 セバスチャンは笑った。

「まったく、君との対戦は()きないよ。何なんだ? ゼント君、君ってヤツは?」

 俺は彼の(ひざ)を、足裏で蹴る。セバスチャンは距離をとる──。
 2分──3分──それくらい時間が経っただろうか。

 セバスチャンが大きくジャンプした。その時、セバスチャンの背後に、古い武人が見えた。サーガ族の亡霊だ!

 セバスチャンは、またしても、上から俺を踏みつける!

 しかし──チャンスだ!

 俺はすかさず、彼の(ひざ)を両腕で(つか)む。セバスチャンはバランスを崩した──かに見えたが、そのまま俺の腹に片膝(かたひざ)を乗せ、馬乗り状態に移行!

 そうはさせるか!

 せえの……!

 ぐるり

 俺は勢いをつけて、セバスチャンと体勢を入れ替えた。そしてついに──。

 俺が、セバスチャンから馬乗り状態を奪った! 俺が上になったのだ!

「お、お前……!」

 下になったセバスチャンは、目を丸くしている。

 ガスウッ

 俺は上から、パンチを落とした。セバスチャンはあわてて腕で顔を防ぐ。しかし、俺はがら空きの腹をパンチ! その後、素早くまた、セバスチャンの顔めがけてパンチ!
 
 パシッ

 セバスチャンは手の平で俺のパンチを受ける。

「うっ!」

 ドボッ

 その時、セバスチャンの(ひざ)が、俺の腹に入っていた。そして俺の肩に、足裏蹴り!

 ガスウゥッ……

 すさまじい脚の力だ! 俺は1メートル吹っ飛ばされた。だが、俺は何とか距離をとって、立ち上がった。ダメージはないが、馬乗り状態は──外されてしまった……!

 セバスチャンも素早く立ち上がり、何と、走り込んできた。セバスチャンの背後に、また人影──古い武人が見える! 亡霊だ!

 ガッシイイ

 セバスチャンの飛び前蹴り! 俺は咄嗟(とっさ)に腕で防いだが、コーナーポストに背中を打った。試合に支障はほとんどないが、体への衝撃(しょうげき)はかなりのものだった。

 しかし、俺も出るしかない!

「おらあああっ!」

 俺は向かっていった。今度は、俺が走って飛び蹴り! セバスチャンはそれを()ける。

 俺が振り返ると同時に、セバスチャンは上からパンチを振り下ろす!

 ガッスウッ

 俺は素早く、左アッパーを、セバスチャンのアゴに決めていた。俺はセバスチャンのパンチをよけていた。セバスチャンは自分の力を過信(かしん)している。防御がおろそかだ!

 のけぞるセバスチャン。俺の右ボディーブロー!

 ドボオオッ

「ぐふううっ」

 決まった! セバスチャンの体が前傾姿勢(ぜんけいしせい)になる! 腹部の急所に入ったのだ!

「き、貴様ぁあああっ!」

 怒りを込めた、セバスチャンの左フック! 俺はそれを()け、右アッパー! セバスチャンは上体でかわしつつ、右中段蹴り! 俺はスネで受ける。

 今度は俺の下段回し蹴り! セバスチャンもスネで受ける。今度はセバスチャンの左フック! 俺は右腕でそれを払い、カウンター気味に左ストレート……。だが、またセバスチャンは上体だけで()ける!

 ウ、ウオオオオオオッ……

「速すぎて見えねーよ!」
「手数はあるのに、お(たが)い、倒すまでに(いた)ってないぞ……!」
「こりゃKOで決着するぜ……絶対!」

 観客たちも声を上げている。

「もう、技は出し終えたのかな? ゼント君」

 セバスチャンは余裕を見せる。しかし、肩で息をしているぞ! セバスチャン!

 俺は一歩踏み込み、上段前蹴り!

 ガスウッ

 セバスチャンのアゴに当たる! もう一発、上段前蹴り! 今度はセバスチャンの右頬に当たる! そして、右中段蹴り、連発二発だああっ!

「くっ!」

 セバスチャンは、腕で俺の蹴りを防御した。そろそろ彼もスタミナが切れてきた。上体だけで、避けるわけにはいかなくなってきている! 

 おや? 彼はよろけた──。ここか? 俺は一歩、前に出た。

「ダメよ! ワナだよ、ゼント!」

 エルサが声を上げる! な、何だと?

「ゼント君、ようこそ!」

 セバスチャンはそう言いながら、俺の両肩を、腕で(つか)んだ!

 くうっ、効いて見えたのは、セバスチャンの芝居(しばい)か?

「ようこそ、軍隊格闘術の世界へ!」

 セバスチャンはそう言いつつ、組みつきながら、俺に超接近型の右パンチを俺の腹に打ってくる。しかもセバスチャンは、俺が離れられないように、俺の左腕を自分の右腕でフックしている!

 ボスッ ゴスッ ボスッ

 く、う、うまい! 接近しすぎると打撃は効かないものだが、彼は接近戦でも打撃を効かせるように、工夫しているのだ! 手首をひねったり、緩急(かんきゅう)をつけたり……!

 しかも、俺の腕をうまく固定している。俺は磁石のように、セバスチャンから離れることができない!

 その時!
 
 ヒュッ

 セバスチャンは一瞬の(すき)をついて、俺の背後に回り込んだ。

 ゾクッ……

 俺は邪悪な力を感じた。嫌な予感がする。

 ガッシイイッ

 セバスチャンは肘を使って、俺の後頭部を打つ!

「うぐっ!」

 俺はバランスを崩して、前方に倒れ込む。

「だ、だめ! ここからは絶対に油断しないで! セバスチャンの必殺技が来る!」

 セコンドのエルサの声が聞こえる。

 俺が倒れ込むと、セバスチャンは俺から背面馬乗り(バックマウント)をとってしまった。つまり、俺の背中に馬乗りをしている状態だ!

「ハハハ! 君はここで死ぬんだよ!」
 
 背後のセバスチャンの声に、恐ろしものを感じた。亡霊たちが一斉に喋っているような……。

 セバスチャンは、俺の首に、自分の腕を巻き付けてきた!

 セバスチャンの背面馬乗り(バックマウント)からの──チョークスリーパー! 裸締(だはだかじ)めだ!

 決まったら終わる──。

 俺はすぐに首を──頸動脈(けいどうみゃく)を腕で守る!

「し、しぶとい男だ!」

 セバスチャンは声を荒げる!

 俺は絶対に決めさせない! そして俺には、逆転の道が見えていた!