川の前で、大勇者ゲルドンの息子──いや、俺の準決勝の相手、ゼボールは言った。
「もともとトーナメント試合なんて、めんどくせえと思ってたんだよな。親父の道楽だろ」
俺は気付いた。周囲にはいつの間にか、10人もの不良がいた。
やばいぞ。こんなところで問題を起こしたら、準決勝への出場は、どうなっちまうんだ?
しかし、ゼボールはもうケンカを仕掛ける気だ。
「ボローダ! 来い!」
ゼボールは声を上げた。10人の少年のうち、1人の少年が、俺の前に一歩踏み出した。
ぬうっ
そんな音がしそうだった。何だこいつ! 身長が2メートル以上あるぞ!
ブオッ
このボローダと呼ばれた背の高い少年──恐ろしく威力のあるパンチ──右フックを打ってきた! こいつ、背がものすごく高いのに、ちゃんとしたパンチを打ってくる。
俺はそれを避けたが……。
ガスウウウッ
今度は、何と、上段前蹴りを放ってきた!
だ、だが、俺はとっさに顔を防いでいた。防がなかったら、5メートルは吹っ飛んでいただろう。くそ、手がしびれたぜ……。何という破壊力だ!
だが、俺はこいつの弱点を見切っていた。
ミシイッ
俺は素早く右下段蹴りを、ボローダの足──左内腿に叩き込んでいた。
「ぎ、へ」
ボローダは苦痛に顔をゆがませながら、地面に転がった。背が高い──つまり足が長いから、足を狙いやすいってわけだ。
「次は?」
少年たちは、俺を見て驚いている。
「く、くそっ! 俺が行く」
ゼボールが声を上げた。ゼボールは……他の少年から、約1メートルの鉄棒を手渡された。
建設現場か何かから、広ってきたんだる。こいつ……武闘家なら素手で闘えよ!
それにしても鉄棒か……! 俺は対武器はあまり経験がなかった。
「砕け散れやああああっ!」
ゼボールは鉄棒を、俺の頭に振り下ろしてきた!
しかし! ここだ!
ガシイッ
「ううっ……!」
ゼボールは驚きの声を上げた。
俺は素早く、ゼボールが鉄棒を持った腕を掴んでいた。ゼボールは目を丸くしている。
ドスウッ
俺はすぐに、ゼボールの腹の急所へ、左ボディーブローを決めていた。
「ぐ、は……そんな……」
ゼボールはよろける。
ガラン
ゼボールは鉄棒を落とした。さあて、素手での闘いだ。
「くっ、この野郎!」
シャッ
ゼボールは気を取り直して、左ジャブを放ってきた!
次に右ストレート! 左フック!
なかなか速いパンチだが、俺はすべて、手で叩き落していた。
「ち、ちきしょう!」
すぐに俺は中段蹴りで、すばやくゼボールのあばらを蹴り……。彼がひるんだところへ!
グワシッ
俺はパンチ──左ストレートを放った。
ゼボールのアゴに当たった。しかし、ゼボールはさすがゲルドンの息子。まだ何とか立っている。
「ゼボール! たいした根性だ!」
俺は素早くゼボールに近づいた。接近して決めるぞ!
「ひい!」
ゼボールは声を上げた。
ガシイイッ
俺は、ゼボールの頬へ肘をかち上げていた。
決まった……!
ゼボールはヨロヨロと小鹿のようにふらつき、しまいには地面に座り込んだ。
あわてた手下たちが、俺に向かって来ようとしている。
マール村で闘った、デリックやレジラーの姿も見える。
「バカ野郎っ……やめやがれ……」
ゼボールは地面に座り込みながら、不良少年たちに向かって叫んだ。
「ゼントは……3人いっぺんに、俺らを倒してんだぞ……。やっぱ、ゼントは俺らとは違うんだよ……」
「お前だって、準決勝に上がってきたじゃないか?」
俺は座り込んでいるゼボールに言うと、ゼボールは痛めたアゴを気にしながら、静かに話しだした。
「……俺はシードだったから初戦は無し。つ、次の2回戦は、親父が相手に金を渡してる。八百長ってわけだ……」
ゼボールは続けた。
「俺の準決勝進出は、全部作られたものだ。だけどゼント……いや、ゼントさん。あんたはマジで勝ち上がってきたんだ」
「……ゼボール、お前、俺との準決勝、どうするつもりだ?」
俺は聞いたが、ゼボールは地面に座りながら舌打ちしている。
「俺は棄権する。代わりに……多分だけど、親父が出てくるぜ」
うっ……! 本当か? つ、つまり……!
「ゲルドンが準決勝に出るってのか?」
「間違いねえ。親父は優勝者と闘うことになっていたはずだが、そんな規則は簡単に変えられる。主催者だからな」
「おい、ゲルドンは本当に、準決勝に出て来るのか」
「息子の俺が棄権するんだから、親父は、絶対に『準決勝に出る』と言い出すはずだ。とくに、相手があんた──ゼントさんなら……間違いなく」
つ、ついに! ゲルドンと……俺が闘う……!
そうだ……ゲルドン杯格闘トーナメントに出た理由は、大勇者ゲルドンと闘うこと!
エルサの仇をうつこと!
まさか、こんなに早く、実現するなんて……!
◇ ◇ ◇
ゼント・ラージェントが、ゼボールとケンカを終えたその頃、ゲルドンは──。
ゲルドンとセバスチャンは、二人が創設した武闘家養成所「G&Sトライアード」本社にいた。
「何だと! 街の暴力団にケガさせられただと? 本当なのか、ゼボール!」
ゲルドンは魔導通信機で誰かと話をしていた。相手は息子のゼボールだ。
「準決勝はどうするんだ!」
『知らねーよ。俺は棄権する』
「……この大バカ野郎が!」
どうやら、息子のゼボールは怪我をしたらしい。本当はゼントと街でケンカをしたのだが。
全て息子のためのトーナメントだった。息子が準決勝に出場しないなんて、何のためのトーナメントなのか。
ゲルドンは頭を抱えた。
「ゲルドン様、決心なさってください」
セバスチャンが言うと、ゲルドンは「ああ」とうなずいた。
「俺が、ゼボールの代わりに、準決勝に出る」
ゲルドンは決心したように言った。
「俺は絶対にゼントに勝たなくちゃならねえ。どんな手を使っても、負けるなんて、そんな恥ずかしいことはできねえ……。俺がヤツをパーティーから追放したんだからな」
「ゼントに勝つ方法が、1つあります」
セバスチャンは手を叩いた。
すると、セバスチャンの後ろの空間から、ニュッと白仮面の大魔導士があらわれた。
アレキダロス──白い仮面を顔につけた大魔導士だ。
実業家としてのセバスチャンの助言者である。
「アレキダロス、『儀式』の準備を」
セバスチャンはアレキダロスに言った。
「ぎ、『儀式』って何だ?」
ゲルドンが聞くと、セバスチャンはニヤリと笑った。
「さあ、ゲルドン様、地下へ」
ゲルドンが案内された場所は、本社ビルの地下、薄暗い不気味な部屋だった。
魔物の像がたくさん並べられている。
「ゲルドン様、その魔法陣の中央にお立ち下さい」
アレキダロスは大人とも子どもともつかない、不思議な甲高い声で言った。彼は、「変声魔法」で声を変えてあるのだ。
「な、何なんだここは……?」
ゲルドンは言われるままに、地面に描かれている、奇妙な円形の図形の中央に立った。
これが、「魔法陣」というものか。
ゲルドンは眉をひそめた。
おや……頭上にはバカでかい透明のガラス球体がある。真っ赤だ……。
中に入っているのは、赤い液体……? 赤ペンキ?
いや、あのドス黒い赤は……!
け、血液?
アレキダロスは叫んだ。
「このサーガ族の生き血薬を、ゲルドン・ウォーレンに注入せよ!」
ゲルドンの頭上から、不気味な赤い霧が降り注いだ。
ガラス球体から、赤い液体が魔法のように突き抜けて、霧状になって降り注いできているのだ。
「う、うおおおっ」
ゲルドンは声を上げた。
ゲルドンの全身に、赤い液体が──生き血薬が降り注ぐ。
自分が……自分の力が、何者かに乗っ取られてしまう。
ミシミシミシ……。
ゲルドンの骨がきしむ。
な、何という痛さだ?
「お、おいっ! やめろ! 何だこれは」
ゲルドンが声を上げても、セバスチャンは悪魔のように笑っている。
「ゲルドン様、ご安心を」
セバスチャンは静かに言った。
「サーガ族の亡霊たちが、ゲルドン様に取り憑いている最中です」
「サ、サーガ族って、な、何だ? や、やめろおおおーっ!」
ゲルドンは声を上げた。
カッ
ゲルドンの全身は、闇色の蜃気楼のようなもやが覆われていた。ゲルドンはやがて失神し、魔法陣の上に倒れ込んだ。
セバスチャンとアレキダロスは、薄気味悪く笑っていた。
「もともとトーナメント試合なんて、めんどくせえと思ってたんだよな。親父の道楽だろ」
俺は気付いた。周囲にはいつの間にか、10人もの不良がいた。
やばいぞ。こんなところで問題を起こしたら、準決勝への出場は、どうなっちまうんだ?
しかし、ゼボールはもうケンカを仕掛ける気だ。
「ボローダ! 来い!」
ゼボールは声を上げた。10人の少年のうち、1人の少年が、俺の前に一歩踏み出した。
ぬうっ
そんな音がしそうだった。何だこいつ! 身長が2メートル以上あるぞ!
ブオッ
このボローダと呼ばれた背の高い少年──恐ろしく威力のあるパンチ──右フックを打ってきた! こいつ、背がものすごく高いのに、ちゃんとしたパンチを打ってくる。
俺はそれを避けたが……。
ガスウウウッ
今度は、何と、上段前蹴りを放ってきた!
だ、だが、俺はとっさに顔を防いでいた。防がなかったら、5メートルは吹っ飛んでいただろう。くそ、手がしびれたぜ……。何という破壊力だ!
だが、俺はこいつの弱点を見切っていた。
ミシイッ
俺は素早く右下段蹴りを、ボローダの足──左内腿に叩き込んでいた。
「ぎ、へ」
ボローダは苦痛に顔をゆがませながら、地面に転がった。背が高い──つまり足が長いから、足を狙いやすいってわけだ。
「次は?」
少年たちは、俺を見て驚いている。
「く、くそっ! 俺が行く」
ゼボールが声を上げた。ゼボールは……他の少年から、約1メートルの鉄棒を手渡された。
建設現場か何かから、広ってきたんだる。こいつ……武闘家なら素手で闘えよ!
それにしても鉄棒か……! 俺は対武器はあまり経験がなかった。
「砕け散れやああああっ!」
ゼボールは鉄棒を、俺の頭に振り下ろしてきた!
しかし! ここだ!
ガシイッ
「ううっ……!」
ゼボールは驚きの声を上げた。
俺は素早く、ゼボールが鉄棒を持った腕を掴んでいた。ゼボールは目を丸くしている。
ドスウッ
俺はすぐに、ゼボールの腹の急所へ、左ボディーブローを決めていた。
「ぐ、は……そんな……」
ゼボールはよろける。
ガラン
ゼボールは鉄棒を落とした。さあて、素手での闘いだ。
「くっ、この野郎!」
シャッ
ゼボールは気を取り直して、左ジャブを放ってきた!
次に右ストレート! 左フック!
なかなか速いパンチだが、俺はすべて、手で叩き落していた。
「ち、ちきしょう!」
すぐに俺は中段蹴りで、すばやくゼボールのあばらを蹴り……。彼がひるんだところへ!
グワシッ
俺はパンチ──左ストレートを放った。
ゼボールのアゴに当たった。しかし、ゼボールはさすがゲルドンの息子。まだ何とか立っている。
「ゼボール! たいした根性だ!」
俺は素早くゼボールに近づいた。接近して決めるぞ!
「ひい!」
ゼボールは声を上げた。
ガシイイッ
俺は、ゼボールの頬へ肘をかち上げていた。
決まった……!
ゼボールはヨロヨロと小鹿のようにふらつき、しまいには地面に座り込んだ。
あわてた手下たちが、俺に向かって来ようとしている。
マール村で闘った、デリックやレジラーの姿も見える。
「バカ野郎っ……やめやがれ……」
ゼボールは地面に座り込みながら、不良少年たちに向かって叫んだ。
「ゼントは……3人いっぺんに、俺らを倒してんだぞ……。やっぱ、ゼントは俺らとは違うんだよ……」
「お前だって、準決勝に上がってきたじゃないか?」
俺は座り込んでいるゼボールに言うと、ゼボールは痛めたアゴを気にしながら、静かに話しだした。
「……俺はシードだったから初戦は無し。つ、次の2回戦は、親父が相手に金を渡してる。八百長ってわけだ……」
ゼボールは続けた。
「俺の準決勝進出は、全部作られたものだ。だけどゼント……いや、ゼントさん。あんたはマジで勝ち上がってきたんだ」
「……ゼボール、お前、俺との準決勝、どうするつもりだ?」
俺は聞いたが、ゼボールは地面に座りながら舌打ちしている。
「俺は棄権する。代わりに……多分だけど、親父が出てくるぜ」
うっ……! 本当か? つ、つまり……!
「ゲルドンが準決勝に出るってのか?」
「間違いねえ。親父は優勝者と闘うことになっていたはずだが、そんな規則は簡単に変えられる。主催者だからな」
「おい、ゲルドンは本当に、準決勝に出て来るのか」
「息子の俺が棄権するんだから、親父は、絶対に『準決勝に出る』と言い出すはずだ。とくに、相手があんた──ゼントさんなら……間違いなく」
つ、ついに! ゲルドンと……俺が闘う……!
そうだ……ゲルドン杯格闘トーナメントに出た理由は、大勇者ゲルドンと闘うこと!
エルサの仇をうつこと!
まさか、こんなに早く、実現するなんて……!
◇ ◇ ◇
ゼント・ラージェントが、ゼボールとケンカを終えたその頃、ゲルドンは──。
ゲルドンとセバスチャンは、二人が創設した武闘家養成所「G&Sトライアード」本社にいた。
「何だと! 街の暴力団にケガさせられただと? 本当なのか、ゼボール!」
ゲルドンは魔導通信機で誰かと話をしていた。相手は息子のゼボールだ。
「準決勝はどうするんだ!」
『知らねーよ。俺は棄権する』
「……この大バカ野郎が!」
どうやら、息子のゼボールは怪我をしたらしい。本当はゼントと街でケンカをしたのだが。
全て息子のためのトーナメントだった。息子が準決勝に出場しないなんて、何のためのトーナメントなのか。
ゲルドンは頭を抱えた。
「ゲルドン様、決心なさってください」
セバスチャンが言うと、ゲルドンは「ああ」とうなずいた。
「俺が、ゼボールの代わりに、準決勝に出る」
ゲルドンは決心したように言った。
「俺は絶対にゼントに勝たなくちゃならねえ。どんな手を使っても、負けるなんて、そんな恥ずかしいことはできねえ……。俺がヤツをパーティーから追放したんだからな」
「ゼントに勝つ方法が、1つあります」
セバスチャンは手を叩いた。
すると、セバスチャンの後ろの空間から、ニュッと白仮面の大魔導士があらわれた。
アレキダロス──白い仮面を顔につけた大魔導士だ。
実業家としてのセバスチャンの助言者である。
「アレキダロス、『儀式』の準備を」
セバスチャンはアレキダロスに言った。
「ぎ、『儀式』って何だ?」
ゲルドンが聞くと、セバスチャンはニヤリと笑った。
「さあ、ゲルドン様、地下へ」
ゲルドンが案内された場所は、本社ビルの地下、薄暗い不気味な部屋だった。
魔物の像がたくさん並べられている。
「ゲルドン様、その魔法陣の中央にお立ち下さい」
アレキダロスは大人とも子どもともつかない、不思議な甲高い声で言った。彼は、「変声魔法」で声を変えてあるのだ。
「な、何なんだここは……?」
ゲルドンは言われるままに、地面に描かれている、奇妙な円形の図形の中央に立った。
これが、「魔法陣」というものか。
ゲルドンは眉をひそめた。
おや……頭上にはバカでかい透明のガラス球体がある。真っ赤だ……。
中に入っているのは、赤い液体……? 赤ペンキ?
いや、あのドス黒い赤は……!
け、血液?
アレキダロスは叫んだ。
「このサーガ族の生き血薬を、ゲルドン・ウォーレンに注入せよ!」
ゲルドンの頭上から、不気味な赤い霧が降り注いだ。
ガラス球体から、赤い液体が魔法のように突き抜けて、霧状になって降り注いできているのだ。
「う、うおおおっ」
ゲルドンは声を上げた。
ゲルドンの全身に、赤い液体が──生き血薬が降り注ぐ。
自分が……自分の力が、何者かに乗っ取られてしまう。
ミシミシミシ……。
ゲルドンの骨がきしむ。
な、何という痛さだ?
「お、おいっ! やめろ! 何だこれは」
ゲルドンが声を上げても、セバスチャンは悪魔のように笑っている。
「ゲルドン様、ご安心を」
セバスチャンは静かに言った。
「サーガ族の亡霊たちが、ゲルドン様に取り憑いている最中です」
「サ、サーガ族って、な、何だ? や、やめろおおおーっ!」
ゲルドンは声を上げた。
カッ
ゲルドンの全身は、闇色の蜃気楼のようなもやが覆われていた。ゲルドンはやがて失神し、魔法陣の上に倒れ込んだ。
セバスチャンとアレキダロスは、薄気味悪く笑っていた。