「ね、一緒に故郷に帰りましょう」
俺に向かって、そんな謎の言葉を発した、少女武闘家サユリ──。
資料によると──何と、所属は「G&Sトライアード」だって?
「G&Sトライアード」は、ゲルドンが社長をしている、グランバーン王国最大の武闘家養成所だ!
サユリは、ゲルドンとどういう関係なんだ?
彼女は武闘リングに上がった。
何とも小さい体だ。パンフレットを見ると、身長154センチ、体重48キロらしい。とても、このトーナメントを勝ち上がれるとは思えない。
俺は観客席で、試合を見守ることになった。俺の隣には、ミランダさんが座っている。
サユリの相手は、バドライズ・ドリューン。すでに武闘リングに上がっている。
身長180センチ、体重78キロ。武闘家として、堂々とした体格だ。種族は、肌の色が赤い、山鬼族。35歳。地区大会トーナメントで何度か優勝の強豪だ。
所属は、「山鬼族蛇の穴」。地方の武闘家養成所だ。
「何を好んで、おめえみたいな小さい女と闘わなくちゃならねーんだよ」
ドリューンは苦笑いするようにして、小さいサユリを見下ろした。
しかし、サユリは言葉を返す。
「……私が勝つんですよ、ドリューンさん」
「は? おい、何の冗談なんだ?」
「冗談でも何でもありませんよ。勝つのは私です」
サユリは静かに言った。戦闘民族といわれる山鬼族を、まったく怖れていない! い、一体、この子はどういう女の子なんだ?
カーン!
その時、ゴングが鳴り、試合が始まってしまった!
ドリューンは仕方なく、サユリに近づく。構えていない。構えなくても、16歳の小柄な女の子には勝てる、という意味だろう。
一方、サユリは横を向いたままだ。すると──。
ピタッ
サユリは右手を開いて、ドリューンに向かって差し出した。
「うっ……」
ドリューンは、あわてて構える。
……何も起こらない。当たり前だ。サユリはただ、右手を差し出しただけなのだから。
「何だっつーんだよ。おい、女、俺が怒らねえうちにギブアップしろよ。マジで殴るぞ」
ドリューンはイライラしながらサユリに言った。
「私は、あなたに勝つと言ったでしょう?」
「こ、この……!」
ドリューンは、左ジャブを軽く出した。パスッパスッと、サユリの差し出した右手に軽く当てる。
「今度は顔に当てちまうぞ」
ギュッ
……えっ?
サユリはドリューンの左ジャブの手首を、……いつの間にか握っていた! い、いつ、握ったんだ?
サユリはハンドスピードが速いってことか? まさか?
「うっ……?」
ドリューンは動かない。いや、動けないのだ。ドリューンの顔は、驚きの表情だ。
観客は首を傾げている。
「お、おい」
「なんなんだ? どういうことだ?」
「八百長じゃねえだろうな~」
会場に冷ややかな笑いが起こる。
ギリリッ……
そんな、何か腕をひねるような音がした。
ドリューンは本当に動けないのだ。サユリにただ、手首を掴まれているだけだ。ドリューンの顔は、苦痛にゆがんでいる。
「サユリはね、ドリューンの手首を掴んで、彼の手首の痛点を極めているのよ」
隣のミランダさんが話してくれた。
い、いや、まさか? そんな格闘の技術、聞いたことがないぞ?
するとサユリは体を一歩前に前進させ、ドリューンのふくらはぎの裏……アキレス腱の部分に、自分の足をひっかけた。
ドタアッ
「いてぇ!」
ドリューンはそんな声を上げ、いとも簡単に背中から倒れ込んだ。
ま、まさか……サユリに投げられた?
あわてて、ドリューンは顔を真っ赤にしながら起き上がった。
「きさま~!」
ドリューンは立ち上がり、サユリに向かって右ストレートパンチを放つ。
しかし、サユリはいとも簡単にそれを避け──。
ゲシイッ
自分の拳を突き上げるように、ドリューンの鼻の下に当てた。サユリのパンチが当たった!
「ぐへ」
ドリューンはひるんだ。カ、カウンター攻撃だ!
サユリはドリューンと身長差があるから、拳を突き上げたのだ。しかし、女の子の打撃が、あんな大柄な男に当たるものなのか?
「サユリのパンチは、『直突き』ね」
隣に座っていた、ミランダさんが言った。
「拳を縦に繰り出し、あまり体をひねらない、独特の打撃法よ」
ドリューンはあわてている。
「てめえええ~! サユリ! お前を潰す!」
ドリューンの左フック! 大振りのパンチだ。本当にサユリは潰されるぞ!
ガスウッ
しかしこれもまた、サユリの突き上げるような左直突きが、ドリューンのアゴに決まっていた。
「ゴフ」
ドリューンは一歩後退する。
するとサユリはドリューンの腰に手を回し──ものすごい勢いで──。
ドリューンを体ごと、ぶん投げた!
ドタアンッ
「ガヘエッ!」
ドリューンは、リングに叩きつけられてうめいた。女の子に投げられて……!
サユリは倒れたドリューンを、無表情で見下ろしている。
な、なんて素早い投げ技んだ……。体重差をものともしない!
「うおおっ! はええっ」
「投げだ!」
「マジか」
観客も声を上げる。
「ふうん……あれは高度な投げ技よ──。浮腰といわれる投げね」
ミランダさんが俺に言った。
「タイミングがバッチリあって、素早く投げることができたようね」
あ、あのサユリって子……!
強い! すさまじく強い!
『ダウン! 1……2……3……!』
魔導拡声器で、審判団のダウンカウントが会場内に響く。
ウオオオオオッ……。
マジか……! 観客たちは声を上げた。サユリがダウンを奪った!
ドリューンはフラフラと倒れた体を起こし、立ち上がりながら、ギロリとサユリをにらんでいた。
戦闘民族、山鬼族のドリューンを、投げ技「浮腰」で投げた、女子武闘家サユリ──。
一体、何者なんだ?
あの小さい体で、堂々とした体格のドリューンを投げた。
俺は観客席で、サユリの闘いを観戦していた。
『4……5……6……』
会場に、審判団の魔導拡声器の声が響く。ダウンカウントだ。
ドリューンに対してのダウンカウントは続いている。
しかし、すぐドリューンは立ち上がり──。
「このやろおおおっ」
サユリに向かって走り込んだ!
そして思いきり右パンチを振りかぶったのだ。
「愚かな」
サユリはそう言いつつ、ドリューンのパンチをいとも簡単に避け──。
ガシイッ
またしても突き上げるような縦拳──左直突きを、ドリューンのアゴに決めた。
な、何て正確なパンチなんだ?
すさまじい正確性で、急所に当ててくる。急所に決めるから、体重差があるドリューンをひるませてしまうのだ。
「ブ、ヘ」
ドリューンがまたしても後退した──。
が、ドリューンも何かを狙っていた! 一歩前に出て──。
ブウンッ
太い脚での右中段回し蹴りだ! サユリが吹っ飛ばされるぞ!
パシイッ
しかし、サユリはその太い脚を、細い腕でいとも簡単に掴んできた。そして自分の腕をドリューンの太い脚に回しながら、体をグルリと回転させた!
ミシイッ
変な音がしたが……。
「ギャッ!」
ドリューンは足をひねられて、倒れ込んでしまった。
「お、おい、あれは……」
「職業レスリングで見る、『龍すくい投げ』じゃねーか?」
「ま、まじかよ~! リアルファイトで見れるなんて」
観客が騒いでいる。
(龍すくい投げとは、プロレス技の「ドラゴンスクリュー」の変形である。立ったまま相手の足を両手で掴み、自分の体を回転させる。それとともに、相手の足を自分の腕で極めながら、相手を投げ捨てる技)
ドリューンは右足を抱えて、「うう~」と唸って、倒れている。
「いかん!」
そんな声がした。白魔法医師たちはあわてて、リングに上がり、ドリューンのそばに駆け寄った。そして彼の右足を診て、すぐにリング外に向かって、手でバツの字を作った。
「骨折している!」
カンカンカン!
とゴングの音が鳴り響いた。
『5分20秒、ドクターストップで、サユリ・タナカの勝ち!』
審判団が、魔導拡声器で、そう告げた。
ウオオオオオッ
観客たちが声を上げる。
「や、やべえ女だ……」
「強すぎる!」
「あんなかわいい子が?」
俺も、サユリの強さに驚いていた。
し、しかし危ない技だな。龍すくい投げか……。
「壊し技よ」
隣のミランダさんは言った。
「サユリは、相手を怪我させるつもりで、放った技ってわけ」
「えっ……? サユリが? まさか」
そんなバカな。あんなかわいい女の子が、わざと相手を怪我させるつもりだなんて。体重差があるから、危険な技を放っていく必要性があるかもしれないけど、わざと怪我させるなんて……?
「やあ、ミランダ先生。サユリはお見事でしたね」
聞き覚えのある青年の声が、横から聞こえた。
「あなたの元弟子──サユリの強さ、才能はすごい。私も彼女に、格闘技を教えがいがあります」
俺たちの席の横には、何と、あの大勇者ゲルドンの秘書兼執事、セバスチャンが立っていた。
(か、彼も観戦していたのか?)
ん? 今、セバスチャンは、「サユリはミランダさんの元弟子」みたいなことを言わなかったか?
今は、セバスチャンはサユリの格闘技の先生──師匠?
「あなた、セバスチャン」
ミランダさんがセバスチャンに言った。
「サユリから、もう離れて。サユリを洗脳しないで」
え? ミランダさん、何を言っているんだ? せ、洗脳?
「おや、私がサユリを洗脳? 意味が分かりかねますが」
セバスチャンは笑って、首を傾げながら言った。
「ミランダさん、私はサユリに格闘技を教えているだけですよ」
すると──。
「セバスチャン先生!」
サユリがリングから下り、笑顔でセバスチャンに近づいた。
「試合、観てくださいましたか」
「観ていましたよ。素晴らしい試合でした」
「……相手は、足を怪我してしまったみたいです。私はドリューンさんに謝罪しなければいけないですよね」
サユリは申し訳なさそうに、リングの方を振り返った。あの勇ましいリング上の姿は、もうなかった。
普通のかわいい、女の子の表情だ。
「いえいえ、謝罪なんて必要はありません。いつも言っているでしょう」
セバスチャンはニコニコ笑って、サユリに言った。
「対戦相手は、容赦なく叩き潰せ……と。そのためには、相手の選手生命を奪ってもかまわない……とね」
俺はギョッとして、セバスチャンとサユリを交互に見た。
ミランダさんは黙っている。
「闘いはやるかやられるか。手加減など、無用ですよ。勝てば良いのです。どんな手を使ってもね……」
「は、はい! そ、そうでしたっ」
サユリは顔を真っ赤にして、お辞儀をした。
「あっ……」
……その時サユリは、ミランダさんと目があったようだ。
「久しぶりね」
ミランダさんはサユリに言った。
しかしサユリは、ミランダさんにあわてたようにお辞儀をすると、逃げるように去って行った。
何だ? 今の。
すると、セバスチャンはミランダさんを見て言った。
「ミランダ先生。あなたは今でも、武闘家を代表する立場でもある」
ミランダさんは、「それほどでも」と言って、セバスチャンをジロリと見た。
「明日、ミランダ先生に重要なことをお伝えしたいと思います。武闘家界全体に係わる、重要なことです。私の経営する、『G&Sトライアード』本社にお越しください」
「何かしら。今回のトーナメントに関すること?」
「詳しくは明日ということで」
ミランダさんは、「……分かったわ」とだけ返事をした。
「では」
セバスチャンは客席の奥の方に行ってしまった。
俺が心配して、ミランダさんを見ていると、ミランダさんはため息をついて口を開いた。
「セバスチャンはね、『G&Sトライアード』という世界最大の武闘家養成所を、ゲルドンと創業したのよ。前はゲルドンが社長をしていたけど、今はセバスチャンが社長になったようね」
「そ、そうなんですか? そ、それで昔、一体何が?」
「セバスチャンは、わたしの大切な選手を──、サユリとともに8名も強奪した」
「ご、強奪!」
俺は思わず、声を上げた。強奪なんて……ど、どうやって?
「そして、もう一つ話さなければならないことはね」
ミランダさんは決心したように言った。
「大勇者ゲルドンを裏で操っているのは──。あのセバスチャンなのよ」
俺は驚いてミランダさんを見た。ど、どういうことだ?
今日のゲルドン杯格闘トーナメント第1回戦は、すべて終了した。
その頃、主催者の大勇者ゲルドンは、グランバーン王国の南にある南の島、セパヤにいた。
その海辺のビーチで、バカンスを楽しんでいたところだ。
赤ん坊を産む予定の妻を、家に置いて……。
「何だと!」
ゲルドンは海辺のビーチで怒鳴った。
魔導通信機で、セバスチャンと話している。魔導通信機とは、魔法の力で通信ができる魔道具だ。
「ク、クオリファが負けただとおおっ? 俺の一番弟子だぞ!」
バシイッ
ゲルドンは左手に持ったフライドチキンを、地面に叩きつけた。
ゲルドンのパーティーメンバーであり、一番弟子であるクオリファは負けたのだ。あの──ゼント・ラージェントによって!
『本当です、ゲルドン様。ゼント・ラージェントに敗北いたしました』
セバスチャンの声が、魔導通信機のスピーカーから聞こえる。
「おい、何かの間違いだろう」
「ニュース記事でお確かめください」
ゲルドンは舌打ちし、魔導通信機で、ニュース記事を確かめた。確かに──クオリファはゼントに負けている!
「おいおいおいおいおい~! マジか! なんでゼントの野郎なんかに!」
バキイッ
ゲルドンは立ち上がり、砂浜に落ちたフライドチキンを、骨ごと踏み割った。
「つ、次の2回戦はどうなっている!」
『Aブロックは、ゼントVSシュライナー、ガイラーVSゼボール様。Bブロックは、サユリVSギスタン、ローフェンVSゴンギーとなっております』
「このトーナメントは、俺の息子を優勝させるためのトーナメントだぞおっ! 俺の息子はシードだ。1回戦はなかった。次の2回戦のガイラーは、金で買収してあるから勝ちは確定。しかし、その次の準決勝は……?」
「ゼボール様は、ゼントと勝負する可能性があります』
「どどどどどうなっとるんだ! い、いやいや、待てよ」
ゲルドンはにわかに顔色を変えた。
「次のゼントの試合はシュライナーとか。シュライナーは確か……?」
『私の経営している、セバスチャン・トレーニングセンターの練習生です』
「お、お前の弟子か。じゃあ、ゼントは勝てねぇな! ハハハ」
『いえ、ゼントをあなどっては……』
「うるせえっ! 俺のバカンスを邪魔するな」
ゲルドンは舌打ちしまくって、腹をかきながら言った。
「とにかく息子が優勝すりゃいいんだ。ヤツには、俺の地位をついでもらうからな。セバスチャン、金の力で何とかしろ。じゃーな」
ブツッ……ゲルドンは魔導通信機を切った。
◇ ◇ ◇
セバスチャンは、高級ソファに座り、ため息をついていた。
彼のいる場所は、武闘家養成所「G&Sトライアード」本社、会議室。
本社は、中央地区ライザーンの中央部にある、最も巨大なドーム状の建造物だ。
ゲルドン杯格闘トーナメントを主催する企業でもある。
セバスチャンは、先程ゲルドンと話すのに使用していた魔導通信機を懐に入れて、フッと笑う。
「あれが大勇者か。フフフ……。単細胞のバカでクズだ。ゼントがどれだけ手強いか知らないで……。ま、そのうちゼントの強さを知り、顔が真っ青になるだろう」
「そんなことを言って良いのかしら?」
「誰だ?」
セバスチャンは後ろを振り返った。
そこには、ミランダが立っていた。
「セバスチャン、あなたが私を呼んだんじゃないの」
「……いや、これはお恥ずかしい。ゲルドン様への愚痴、聞かなかったことにしてくれませんか」
愚痴というより本音でしょ? ……ミランダはそう考えていた時、セバスチャンは言った。
「……会うのは、3年ぶりですね。ミランダ先生」
「そうね、セバスチャン。あなたがルーゼリック村に週に3回もやってきて、ウチの選手を強奪した以来、会っていなかったわね」
二人の間に、火花が散っているようだった。
「ハハハ、怖いなあ。でもあれはあなたのところの選手の同意があって、ウチの『G&Sトライアード』に来てもらったんですよ」
「同意? ふざけないで」
ミランダはセバスチャンをにらみつけた。
「……では、本題に入りましょう」
セバスチャンは咳払いをしながら言った。
「今回、私は、ゲルドン杯格闘トーナメントの主催者をしております。それと同時に、グランバーン王国から、武闘家連盟会長に就任養成がきました」
「……へえ、そうなの」
武闘家連盟会長ね……武闘家のトップ中のトップになる、というわけね。
ミランダは心の中でつぶやいた。
どんな武闘家でも、彼の言うことに逆らうことはできない。
……実質、ゲルドンより上の立場……!
「今、武闘家養成所は、全国に1万もあるのです。そして武闘家の登録者は50万人も」
セバスチャンは、机の上のレポートを見やりながら言った。
「ええ、知ってるわ。でも、グランバーン王国は武闘家の国でもあるから当然でしょ」
ミランダは眉をひそめた。
──セバスチャンは話を続けた。
「今年から、我が、『G&Sトライアード』以外の武闘家は、今後全員、廃業──辞めてもらうことになります」
「な、何ですって?」
セバスチャンの言葉に、ミランダは目を丸くした。
「あなた方、『ミランダ武闘家養成所』の皆さんも、例外ではありません」
セバスチャンは静かに言った。薄ら笑いを浮かべて──。
グランバーン王国の武闘家が、廃業しなければならないって?
セバスチャンはとんでもないことを言い出した──。
ここは武闘家養成所「G&Sトライアード」本社。
ミランダとセバスチャンの話し合いは続く。
「『ミランダ武闘家養成所』所属武闘家──いや、我が『G&Sトライアード』以外の武闘家は、今後全員、廃業──辞めてもらうことになります」
セバスチャンの言葉に、ミランダは目を丸くした。
セバスチャンはとんでもないことを言い出したものだ。冗談なのか? 本気なのか?
「セバスチャン、あなた! 頭がおかしくなったの?」
ミランダはセバスチャンをにらみつけて怒鳴った。
「グランバーン王国の武闘家が、ほとんど消えてしまうことになるってこと?」
「その通り。今後、正式な『武闘家』は、我々、世界最大最高の武闘家養成所である、『G&Sトライアード』所属の武闘家のみになります」
「バカを言わないで!」
ミランダはバンと机を叩いた。
「誰からの命令なのよ!」
「『武闘家連盟会長』としての私、セバスチャンの決めたルールですよ、ミランダ先生」
セバスチャンは今、大変な、武闘家界をゆるがすようなことを言っている。
自分の武闘家養成所の選手以外、武闘家を名乗るな、という命令だ。
意味が分からなすぎる。
「説明をしなさい!」
ミランダは怒りをしずめようとしたがムリだった。
「納得できない! ジョークならジョークと言いなさい、セバスチャン!」
「ジョークではありませんよ。まず、『G&Sトライアード』以外の武闘家たちは、技術がなさすぎる。魔物が増えている昨今、武闘家がそんなことで、民間人を守れますかね?」
確かに──武闘家は本来、「人を守る」ことが仕事だ。
ミランダは今日のトーナメントの試合をすべて観戦した。
ゼントVSクオリファ、サユリVSドリューン、ローフェンVSグスターボ以外は、全員、見どころのない判定勝ち。確かにほとんどの選手が、消極的な闘い方だった。
技術的に、お粗末な選手は多かった。
しかし……。
「困るんですよねえ」
セバスチャンは、首を横に振りながら言った。
「武闘家として、心技体が追い付いていない選手が多すぎる。負けたけど、うちのクオリファは蹴りが素晴らしかったし、サユリもレベルが高かったでしょう」
「私のところの、ゼント・ラージェントは最高の選手よ!」
ミランダの問いに、セバスチャンは嬉しそうに、パンと手を打った。
「そうですね! ゼント・ラージェント君は素晴らしい! 我が『G&Sトライアード』に所属してくれれば、それなりの地位を差し上げられます」
「またしても、バカを言ってるわね」
ミランダは立ち上がろうかという勢いだ。この奇妙な決定をするセバスチャンから、世の中の武闘家を守らなければ! ミランダは使命感を感じた。
「教えなさい! 何が狙いなの?」
「さっきも言ったでしょう? 魔物が人間を襲うことが多くなってきているのです」
セバスチャンは、目の前の魔導鏡のスイッチを、遠隔魔導装置でONにした。
様々な魔物──火を吐くダークドラゴン、棍棒を持ったビッグトロール、素早い動きのワーウルフ、筋骨隆々のリザードマンの映像だ。
七年前から眠り続けているとされる、「魔王ギランダーク」。ダークドラゴンらは、その手下たちだ。
「人類は、これらの強力な魔物たちを、歴史上2、3回しか倒したことがありません」
セバスチャンは言った。
ゲルドンが魔王の四天王、闇騎士ガーロンド、闇魔導師グラッシュドーガを倒したことがあったが、それは人類の大快挙と言えたのだ……。
ただし、四天王は候補が魔族にたくさんおり、倒してもまた補充してくるらしい。また、攻撃力、凶暴性という意味では、ダークドラゴンやビッグトロールたちの方がやっかいな敵といえる。
「七年前から、『魔王ギランダーク』は世界のどこかで自らを封印させ、力をたくわえるために眠っている」
セバスチャンは言った。
魔王は眠っているが、手下の魔物たちは、人間を襲い続けている。
「しかし、魔王が目を覚ませば──本物の戦争になります」
「だからと言って! あなたの決定に関していえば、疑問だらけよ!」
「──その時に必要なのは、『真の武闘家』です。『自称武闘家』と『真の武闘家』を見分けるには、我が『G&Sトライアード』に所属していれば良い、ということ。他の武闘家は邪魔ですね。弱い武闘家が魔物に挑んで殺された場合、死体の処理の手間、賃金もかかります」
死体の処理? 手間? 賃金?
人間の命をまるでモノのように……コイツ──セバスチャンの頭の中はどうなっているのか?
ミランダは、セバスチャンは腕組みして見るしかなかった。
「それなら、所属養成所をやめた武闘家たちは、どこに行き、何をしたら良いわけ?」
「……さあ?」
セバスチャンは首を傾げた。
「そんなことは知らないなあ。実力のない武闘家たちが、どう野垂れ死にしようが、知ったこっちゃない」
「……あ、あなた!」
ミランダは再び、机をバン、と叩いた。
「武闘家たちにも人生があります。一人一人、生きているのよ!」
「いやいや……。この世界は実力がすべて。そうじゃありませんか? 実力がないものはカス、ゴミクズ同然!」
「カス? ゴミクズ? 信じられないことを言うわね! 武闘家というものは、実力だけでは語れない!」
ミランダは反論した。
「格闘を通し、力が弱い者たちに、勇気を与える! 指導する! 愛情を教えるのも、武闘家のつとめでしょう?」
「古いなあ。能力のある者、才能のある者以外、いらないんですね。勇気? 愛? そんな幻想、試合や戦争、路上の実戦で通用しますか?」
セバスチャンはクスクス笑っている。
この野郎……ミランダはセバスチャンの胸ぐらをつかんでやりたい、と思っていた。
「結局、我が『G&Sトライアード』に所属すればよろしいのです。100万ルピーを払って、初級クラスから学んでもらいますがね」
「プライドが高い武闘家たちが、そんなことを受け入れると思う?」
「受け入れた方が、得なのになあ。良い指導が受けられるんですよ」
セバスチャンは思っていた。
武闘家連盟会長? くだらん。私が欲しいのは、勇者、戦士、魔法使い、僧侶、そして武闘家などすべてのギルド系職業を統括する、「国王親衛隊長」の座だ!
そうすれば、グランバーン王に次ぐ、実質NO2の権力を持つことができる。
この世の「闘い」のほとんど──「戦争」すらも、支配する者となれるのだ。
その座は現在、父がついている──。
私がその座をいただく!
そのための準備段階に過ぎないのだ。
「サユリなど8名の武闘家を、我が『ミランダ武闘家養成所』から強奪したこと──忘れないわよ!」
ミランダはセバスチャンをにらみつけながら声を上げたが、セバスチャンは静かに言い返した。
「そんなことを思い出させないくらい、『G&Sトライアード』が、あなたたちの選手を粉砕してあげましょう」
「ゼント・ラージェントが、『G&Sトライアード』の選手なんて、怖れるほどでもないことを、証明するわ」
「ほほう? ゼント君がね……。ミランダ先生は、私たちの実力を疑っていると」
すると、セバスチャンはクスクス笑い始めた。
「……私は、トーナメントを見て、自分の血がたぎるのを感じて仕方なかったんですよ」
「……えっ?」
「よろしい。次の試合、私がミランダ先生のところのローフェン君と試合をしたい。私自身がトーナメントに出場しましょう」
「は? 何を言って……」
「私──セバスチャン自身が、ゲルドン杯格闘トーナメントに出場する! そう言っているのですよ。ローフェンの対戦相手は、悪いが退いてもらいましょう」
「ちょっと、何、わけのわからないことを……」
大勇者ゲルドンの秘書、そして「G&Sトライアード」の社長であるセバスチャン──ほ、本当に、自ら試合のリングに上がるというの?
ミランダは驚いて、セバスチャンの顔を見るしかなかった。
セバスチャンはただ笑っているだけだった。
その目は、実業家セバスチャンではなく、武闘家セバスチャンの目になっていた。
恐ろしく鋭かった──。
俺──ゼント・ラージェントは昨日、1回戦を勝利で終えた。
今日は、「ミランダ武闘家養成所・ライザーン本部」で練習することにした。
そこで、1週間後のトーナメント第2回戦にそなえる。
「つーか、でけぇな」
ローフェンが、「ミランダ武闘家養成所・ライザーン本部」を見回しながら言った。
広さはルーゼリック村支部の10倍。
練習用武闘リングは6つ、サンドバックは50個設置、ウエイトトレーニング施設も完備されている。
◇ ◇ ◇
さて──武闘リング上の俺の目の前には、何と、あの謎の美少女武闘家サユリがいる。
ドガッ
「ぐへ!」
俺は練習用リングの上で、サユリに投げつけられた。
サユリがトレーニングに参加してくれたのだ。彼女の所属はグランバーン最大の武闘家養成所、「G&Sトライアード」だが、社長のセバスチャンが出稽古をOKしたらしい。
余裕だな……。
練習なので、俺も力を抜いていたが、な、なんという素早い投げなんだ……。
「大丈夫ですか?」
サユリは俺のことを心配して、倒れた俺を上からのぞきこんだ。受け身はとっているから大丈夫だ。
それはともかく、サユリの黒髪が垂れる。
うーむ、やっぱりかわいい……。
「ゼント、お前はパンチは得意だけど、投げ技に対応したほうが良いんじゃねーかぁ?」
ローフェンは俺とサユリの練習を、リングのコーナーポスト前で見ながら言った。
「では、ローフェンさん、こちらへ」
サユリはニコッと笑って、ローフェンの手を握った。
「え? 俺?」
するとサユリは、ローフェンを横に押し出すようにして──。
シュッ
そのまま、いとも簡単に投げてしまった!
ドダン!
「うげっ!」
ローフェンが背中から落ちた。
サユリの投げ──隅落が決まった!
「なんだローフェン! お前だって簡単に投げられてんじゃないか」
今度は俺が笑ってやった。
「う、うるせーな。油断しただけだ」
ドスツ
サユリはニコニコしながら、ローフェンに足をかけて簡単に倒してしまった。
「ず、ずるいぞ、サユリ! 油断していたところを」
ローフェンはブーブー叫ぶ。
一方、サユリはいたずらっ子のように、クスクス笑っている。
「油断大敵ですよ」
◇ ◇ ◇
サユリとの和気あいあいとした練習は、1時間半で終了した。
「私はセバスチャン先生のところでトレーニングがありますので、これで」
サユリはそう言うと、武闘家養成所を出て行ってしまった。
ひえ~、まだトレーニングを続けるのか?
俺たちがリング下に降りてベンチで休んでいると、エルサと社長のミランダさんが練習場に入ってきた。
「練習、ご苦労様。ゼント、ローフェン」
エルサは俺の汗を、タオルでふいてくれた。
まだ痩せてはいるが、少し快活になったかもしれない。今日の午前は、娘のアシュリーと、ショッピングに出かけたようだ。
「1週間後のゼントの相手を調べたよ。君の相手は、ライダム・シュライナー。武闘拳闘士だね。セバスチャンの弟子らしいよ」
「セバスチャンの弟子?」
俺は驚いて聞き返した。
俺はトーナメントが始まる前、スタジアムの廊下で見た、セバスチャンの鋭い目が忘れられなかった。何という殺気だったんだ。今でもゾッとする。
「セバスチャンの弟子が、次の相手か?」
「そうなるね。シュライナーの身長は171センチ、体重73キロの中量級。だけど、拳闘士として相当な力がある」
エルサが言うと、今度はローフェンがミランダ先生の方を見た。
「セバスチャンって大勇者の執事だろ。そのセバスチャン自身って、どれくらい強いんだ? ミランダ先生、昨日だっけ、セバスチャンと話をしてきたんだろ?」
「ええ、色々理解したわ。彼の裏の顔もね」
ミランダ先生はつぶやいた。
俺とローフェンは顔を見合わせる。ど、どういう意味だ?
セバスチャンの裏の顔だって? 昨日の話し合いで、何かあったのか?
「それでローフェン、あなたの次の相手は、怪我により欠場となったわ」
「ど、どういうことッスか?」
ローフェンはミランダ先生に向かって声を上げた。
ミランダ先生は静かにうなずく。
「代わりに、そのセバスチャン本人が、試合に出場するらしいわ」
な、なんだって?
ローフェンが首を傾げていると、俺はあわてて聞いた。
「ど、どういうことだ、ミランダさん。ローフェンの相手は、ドワーフ族のゴンギーじゃなかったか?」
「違うわ」
ミランダ先生は眼鏡をすり上げて言った。
「ゴンギー選手は、1回戦の試合で足を負傷。……と表面上ではなっているけど、セバスチャンに大金を渡されて、試合を辞退した。だからローフェン、あなたの相手は、ゲルドンの執事、セバスチャンよ」
「ど、どうなってんだよ、そりゃあ」
ローフェンは再び首を傾げる。
「……まあ、そのうちセバスチャンの正体がわかるわ。もし、セバスチャンのことを知りたいのなら、サユリの次の試合にも注目しなさい」
ミランダ先生は言った。
ど、どういうことだ?
「彼女の次の相手は、『G&Sトライアード』から出ていった、マーク・ギスタン。セバスチャンと意見が合わなくなって、出ていってしまった選手よ。この試合──サユリの本性……心の闇が見れる試合……になるかもね」
あのかわいらしい女の子、サユリの心の闇だって?
それによく考えると、もしセバスチャンがローフェンに勝ち、サユリが勝ち上がれば、セバスチャンとサユリの対戦になるはずだ。師弟対決ってことか?
一体、どうなるんだ? このゲルドン杯格闘トーナメントは?
1週間が経った。今日行われる、ゲルドン杯格闘トーナメント第2回戦第1試合は、俺とシュライナーだ。
シュライナーはゲルドンの執事、セバスチャンの──弟子らしい。所属はもちろん、「G&Sトライアード」だ。世界最大の武闘家養成所──。
対戦場所は、ライザーン中央地区の小スタジアム。中規模の試合会場だ。
俺は控え室で、不安になっていた。
(ううっ……緊張するなぁ……)
俺はエルサに武闘グローブをつけてもらって、リングに向かった。
「大丈夫。ゼントの努力は、神様が見てくださっているからね」
リングへの花道を歩きながら、エルサはニコッと俺に笑いかける。
エルフ族は信心深いようだ。
◇ ◇ ◇
俺はリングに上がった。小スタジアムには、結構観客が入っている。
目の前には、すでにシュライナーが立っていた。
なかなか頭が良さそうな顔をしている。ひょろりとした体格で、あまり筋肉がない。
「セバスチャン先生が見ておられる。僕は負けるわけにはいかん」
シュライナーが俺に言った。
前列の客席を見ると、セバスチャンが腕組みして座っていた。俺をじっと見ている……。
くそ、何だか観察されているみたいだ。
「だが、正々堂々、フェアに闘おうじゃないか」
シュライナーが言った。
ん? なかなか礼儀正しい選手だな。
カーン!
試合開始のゴングが鳴らされた。
「握手をしよう」とシュライナーが笑って、片手を出してきた。
俺は迷ったが、シュライナーの手を握った──と思ったらいきなり!
ゴスウッ
シュライナーは自分の肘を上から振り下ろし、俺の右肩に肘を叩きつけた!
「くっ!」
……大丈夫だ、肩口に入っただけで、ダメージはない。だが、まともに鎖骨に入ったら、骨が砕かれていたはずだ。
シュライナーは、「油断したな」と言ってニヤニヤ笑っている。
こいつ! 確かに油断していた俺も悪いけど、汚いヤツだ!
「フフッ、僕の計算は正確無比だよ、奇襲攻撃も含めてね!」
シュライナーは間合いを詰めてくる。
シュパッ
そんな音とともに、左ジャブ、右ストレートを放ってきた。無理はしない。細かく刻むようなパンチだ。
俺は手でそれをはたきおとした。
「ゼント! 下よ! 下に気を付けて!」
エルサの声がする。シュライナーは下に下がった右拳の甲を、そのまま上に上げてきた。
「クッ」
シュッ
危ねえっ! 俺はすんでのところで上体をひっこめ──つまりスウェーをして、攻撃を避けた。
「フリッカー・ジャブよ!」
エルサが声を上げた。こ、これがフリッカー・ジャブってパンチか? 名前は知ってるが。
「ゼント、相手はトリッキーな技を使ってくるとみたわ! 動きをちゃんと見て!」
シュライナーは少し油断をしたのか、一瞬、動きが止まった。
ここだ!
ベシイッ
俺は下段蹴りをシュライナーの足にくらわせる。
「ぐ、ぐぎっ!」
シュライナーは声を出し、苦痛に顔をゆがめる。
痛いはずだ。まともに右腿の内側に、蹴りが入ったんだ。あそこは筋肉で鍛えにくい場所だ。
そうか! こいつは拳闘士! 蹴りに弱いのか?
俺がまたも下段蹴りを放っていくと、彼はそれを避け、ニヤリと笑った。
「ほほう、僕の弱点が足と判断したわけだね。しかしそれは計算違いだ!」
シュライナーは前進し、間合いをつめてくる。
シュライナーの右ボディブロー!
俺は肘で、叩き落す。
シュライナーのアッパー!
俺のアゴにかすったが、俺はスウェーで避ける!
そして、シュライナーの右フック……!
ガコッ
俺の額に、何かかたい部分が当たったぞ?
俺はくらくらしたが、一応ノーダメージだ。シュライナーはニヤリと不敵に笑う。
く、くそ、こいつ! やりやがったな! ルール違反の頭突きだ! 故意──わざとのバッティングってやつだ!
シュライナーはニヤニヤ笑って、素早く前進し、今度は右アッパーを繰り出してきた。
俺はそのパンチは避けたが──。
ガツッ
まただ、俺の側頭部に、シュライナーの額が当たった!
俺は少しひるんだ。ダメージはないが……!
シュライナーはアッパーを繰り出すと見せかけ、額を突き出したのだ。またしても、故意の頭突き! 反則攻撃だ!
「ゼント君、何を驚いているんだい?」
シュライナーはクスクス笑っている。
「頭が当たったのかい? それはどうも、偶然だねえ?」
くっ……こいつ! シラを切りやがって!
「審判! シュライナーは頭を当てにきました! バッティングです!」
エルサがすぐに気付き、リング外の審判団に訴えた。
シュライナーは、二度、俺にパンチを繰り出すと見せかけ、頭突きを繰り出してきたのだ。
ルール上では、故意──わざとの頭突きは反則のはずだ。
しかし!
「我々には確認できなかった」
審判団長はそう言い、首を横に振っている。
くそ、シュライナーのやつ、ケンカ慣れしている。審判に分からにように、上手くバッティングを繰り出すことができるらしい。
シュライナー……! こいつ、とんでもない反則野郎だ!
しかしシュライナーは余裕の表情で、その場をピョンピョン飛んでいる。
客席のセバスチャンは、満足気な表情で試合を観ていた。
シュライナー……! この反則野郎を……俺は必ず倒す!
俺の相手は、バッティングという故意の頭突き──反則をおり交ぜてくる、とんでもない武闘拳闘士、シュライナーだ。
シュライナーは、すばやく走り込んで、大きな右フックを俺に叩きこもうとした。
しかしだ!
俺は見逃さなかった。ヤツの弱点!
ビシイッ
「ぎゃっ!」
シュライナーが再び声を上げた。
俺の下段蹴りが決まっていた。左の内腿がガラ空きだ! シュライナーは苦痛に顔をゆがめる。
ベチイッ
今度は外から! 上から振り下ろすような下段蹴りを食らわせてやった。
「ぐうっ!」
そんな声とともに、シュライナーはリング上に倒れ込んだ。内と外の痛みのサンドイッチだ。効かないわけがない。
こいつはやはり拳闘士。蹴られ慣れていない!
『ダウン! 1……2……3……!』
シュライナーは地面に座り込みながら、俺をにらみつける。
「シュライナー!」
声を上げたのは、客席のセバスチャンだ。
「負けた者は──『儀式』にかける! 分かっているだろうな!」
「儀式! ひ、ひいいっ!」
シュライナーの顔が、いっぺんに真っ青になった。な、なんだ?
あわててシュライナーは、ヨロヨロと立ち上がる。
「冗談じゃない……『儀式』なんてごめんだ!」
シュライナーは意味の分からないことを言いながら、俺に向かって走り込んでくる。
ブウンッ
うおっ!
シュライナーの見事な右フック!
そして素早い右ストレート!
俺はそれを避けるが、下から!
手の甲を使った、トリッキーなパンチ、フリッカージャブ!
か、間一髪で避けた。
だが、み、見事な連続技だ!
シュライナーが一歩踏み込み、左ジャブ──、いや! またも、ジャブに見せかけた頭突き! 俺の側頭部めがけて、自分の額を突き出す!
グワシイッ
「ぐへ」
当たったのは……俺の右肘だった。シュライナーのアゴに、頭突き──反則のバッティングが来る前に、肘を叩き込んでやったのだ。
シュライナーは倒れようとするが、ふんばる。
反則野郎だが、こ、根性のあるヤツだ!
「うおらああっ!」
シュライナーの上から振りかぶるような、右パンチ!
しかし、このパンチは動きが遅い! 俺は──。
ガシイッ
「ガフ」
シュライナーの頬に、左ストレートを叩き込んだ。
「あぐ」
ヨロヨロとふらつくシュライナー。
しかし、彼は再びふんばり──。
「だああっ!」
シュライナーの左ジャブから右ボディーブロー! そして、ワン・ツー!
見事な連続攻撃だ!
俺はすべて防御したが──シュライナーは上から肘を落としてきた!
シュッ
シュライナーの肘は空を切る。俺の鼻の前を通過していった。
あ、危なかった! こいつは実力者だ。どうして反則なんかに頼るんだ?
「ゼ、ゼント……。どうして君は、俺のパンチを避け続けられるんだ? 一体、何者なんだ? 僕は拳闘士だぞ、パンチに自信を持っている! なのに君は──」
シュライナーが声を上げる。
「今よ!」
エルサが声を上げる。
俺は一歩前に進み出て、右フックを彼の側頭部に──。
ガスッ
叩き込んだ。確実にシュライナーの急所をとらえた!
シュライナーはヨロリと体をふらつかせる。
そして──ここだあああっ!!
ガシイイッ
「グ、ハ」
シュライナーが声を上げた。
俺は、左手の平の下部を使った、掌底を、シュライナーのアゴに叩き込んでいた。
「ぐ、ふ」
観客がざわめく。
シュライナーは、小鹿のようにヨロヨロとふんばったが、やがて両膝を床につけた。
ダウンだ……。
その時、リング外の白魔法医師が、立ち上がってあわてて手でバツの字を作った。
その時!
カンカンカン!
──と、ゴングの音が鳴った。
『8分20秒、でドクターストップでゼント・ラージェントの勝ち!』
ウオオオオオオオッ
「あ、あのゼントってチビ、やったぁ!」
「すげえ……顔の急所を完全に打ち抜いてるぜ」
「ゼントぉっ! 1回戦から観てるぞ! お前は強い!」
観客席から声が上がる。
「きゃああーっ、すごいですうっ」
俺がホッとしてリングを下りた時、観客席に座っていたアシュリーが、俺に抱きついた。
「ゼントさんは、やっぱりすごーい!」
「こ、こら! ゼントは疲れてるのよ」
エルサはアシュリーに注意したが、エルサも笑顔を隠し切れないようだった。
ありがとう、エルサ、お前のアドバイス、役に立ったぜ。
◇ ◇ ◇
花道を通り、控え室に向かう通路に向かうと──。
何と、セバスチャンが笑顔で待っていた。
「な、何だ。あんたか」
俺が言うと、セバスチャンが口を開いた。
「私の弟子を、見事に倒しましたね。見事な掌打でした」
「あ、ああ」
「君はとんでもない打撃の正確性を持っている。君は一体、何者なんです?」
……セバスチャン、俺はそれをあんたに言いたい。
「ゼント君、不可思議だ。君のような強い人を、どうしてゲルドン様は自分のパーティーから追い出したのか」
「それは昔の話だよ。セバスチャン、あんただって、ゲルドンの秘書かなんかだろ? 武闘家でもあるって聞いたけど?」
「フフッ」
セバスチャンは不敵に笑った。
「私はゲルドンの執事家秘書ですよ。武闘家としてもまあまあの腕があります。その実力を、次の試合で君にお見せしたいと思います」
え? あ、そうか。次の試合は確か……。
「そうです。私の相手は、君の友人のローフェン君です。私に歯向かわないように、叩きのめします」
な、なんだと? 叩きのめす?
ローフェンは強いぞ。そんな簡単にいくもんか。
「それはそうと、ゼント君。君は強い。君が私の仲間になってくれたら──。ローフェン君を無事にリングから帰してあげよう」
「ど、どういう意味だ。俺があんたの仲間に? お、俺があんたの仲間になんか、なるわけないだろ!」
俺はセバスチャンに嫌悪感を感じていた。このセバスチャンという男は、信用ならない。──そうか!
俺はハッとした。
「シュライナーが握手に見せかけた肘打ち攻撃や、故意の頭突き──まさか、あんたの指導か?」
「フフッ。そうだとしたら? どんな手を使っても勝負に勝つ。相手を再起不能にしてもね──」
俺はセバスチャンという男の心の闇を、確実に感じた。こいつは──ヤバい!
「君を仲間にできないのは残念だ。ローフェン君には地獄を見てもらいましょう」
セバスチャンは悪魔のように笑いながら、廊下の奥の方に去って行った。
グランバーン王国の中央都市ライザーンには、3つの王立スタジアムの他に、もう1つ、巨大な建造物があった。それは奇妙なドーム状の建物だ。
その建造物こそが、ゲルドンの秘書、セバスチャンの経営する「G&Sトライアード」本社であった。
グランバーン王国に150支部ある、世界最大の武闘家養成所である。
──朝、「G&Sトライアード」本社、1階ロビーでは……。
「おいおいおい~! セバスチャン!」
大勇者ゲルドンが、横にしたビール樽のごとく、転がるようにビル内に飛び込んできた。
「どうなってんだあ!」
ゲルドンは南の島セパヤのバカンスから、帰ってきたところだった。
セバスチャンに向かって、泣きついた。
「ゼントがお前の弟子、シュライナーに勝ってしまったぞ!」
セバスチャンの弟子、シュライナーは負けたのだ。
あの、ゼント・ラージェントによって──。
「おっしゃる通りです。シュライナーは敗北いたしました」
セバスチャンが冷静に言うと、ゲルドンは、「ぬおお~!」と声を上げた。よほどショックだったのだろう。
「おい、何かの間違いだろうが! 準決勝で、ゼントの野郎が、息子のゼボールと闘うことになってしまった。くそ、何が起こったんだ、あの野郎に! タコ、コラ! タコ!」
ゴスッ ゴスッ ゴスッ
ゲルドンは大理石の壁を、靴裏で3回蹴っ飛ばした。
「あ、ありえないと思うが、準決勝でゼントの野郎が、息子のゼボールに勝ったとしよう。息子の……ゼボールの今後の人生に影響が出てしまうぞ!」
「それは仕方ない。とにかく、息子さんとゼントの勝負を見守るしかないでしょうね」
「ゼ、ゼントは、八百長に応じねぇかな?」
「ゼボール様は、ゼントに絡んで殴ったと聞いています。ゼントは八百長に応じないでしょう」
「おいおいおいおい~。それはヤバいじゃねーかよ」
ガスッ
ゲルドンは、自分がタコのような真っ赤な顔で、ロビーの高級机を蹴り飛ばした。
「ゲルドン杯格闘トーナメントは、息子を優勝させるための大会なんだぞ! おい、セバスチャン、息子がゼントに勝つ方法を考えてくれ。ゼントが強いなんて信じられん。──お、アイリーンちゃんが待ってる時間だ。また来る」
大勇者ゲルドンはさっさと、「G&Sトライアード」本社を出ていってしまった。アイリーンとはゲルドンの最近の愛人だ。
「クズが……息子を甘やかしすぎだ」
セバスチャンは、大勇者ゲルドンの後ろ姿を見ながらつぶやいた。
「金のためとはいえ、いい加減、あのクズ野郎に付き従うのはあきてきたな。しかし、私の目的を達成させるには、ゲルドンの名声がまだ必要だ……」
「セバスチャン様」
すると、セバスチャンの背後の空間から、突如、灰色のローブを羽織った奇妙な人物が、ニュッと現れた。白い仮面をかぶっている。
この人物の名はアレキダロス。大魔導士だ。
この大魔導士は、魔法を使い──空間移動をしてきたのだ。
実業家としてのセバスチャンの助言者である。
「そろそろ地下トレーニング施設の方に向かわれませんと。たくさんの若者が待っております」
仮面の大魔導士アレキダロスは、大人とも子どもともつかない不思議な、甲高い声をしていた。
「変声魔法」で、声を変えてあるのだ。
「うむ」
セバスチャンはうなずいた。
──セバスチャンとアレキダロスは地下への階段に向かった。
そこには……!
◇ ◇ ◇
セバスチャンとアレキダロスが地下に行くと、そこには大きな地下空間があった。たくさんの若者がいる。人数は五百人くらいか。
バシイッ
ドガッ
皆、格闘技のトレーニングをしている。すさまじい熱気だ。
彼らこそ、セバスチャンが育てている若き武闘家たちだ。
このトレーニング施設が、「G&Sトライアード」の中心である。
「聞け!」
セバスチャンは若者たちに向かって、声を上げた。
「みなしごのお前たちを救い、ここまで育てたのは、誰だ?」
「セバスチャン様です!」
若者たちはトレーニングをやめ、直立不動でセバスチャンを見て叫んだ。
どうやらこの若者たちはみなしご──。全員、両親がいないらしい。
「G&Sトライアード」の中でも、特に選ばれた若い武闘家たちである。
セバスチャンは再び叫ぶ。
「みなしごだった、お前たちの本当の故郷は、どこだ?」
「理想郷『ジパンダル』です!」
「そうだ、その通り!」
セバスチャンは満足そうにうなずいたが、すぐにジロリと横の武闘リングを見た。
二人の男子の武闘家が、練習試合を行っている。赤い武闘着の男子が、青い武闘着の男子を、ちょうど殴り倒した。
赤い武闘着の男子はランテス・ジョー。青い武闘着の男子は、エルソン・マックス。
どちらも16歳で、将来有望のセバスチャンの弟子だ。
「大丈夫か、エルソン」
赤い武闘着のランテスが、青い武闘着のエルソンを助け起こそうとした。
するとセバスチャンは、すぐにリング内に入り──。
バシン!
セバスチャンは、いきなりランテスを平手で叩いた。
バシン!
もう一発だ。
「なぜ、叩きのめさないのだ!」
セバスチャンはランテスをにらみつけた。
「はっ、エ、エルソンは、僕の友人でありますので……」
バキッ
セバスチャンはまたランテスを殴りつけた。今度は拳だ。
「叩きのめせ! 友人などお前たちには必要ない。ここは弱肉強食の世界だ。失神するまで殴りつけろ、いいな!」
「そ、それは……」
「何か、文句があるのか?」
「い、いえ! 僕が甘かったです! 次は叩きのめします!」
「よかろう」
セバスチャンは、「立てい!」とエルソンを叩き起こすと、彼にも平手打ちを一発くらわせた。
その光景を、一人の少女が、じっと見ていた。
セバスチャンの最も期待する女子武闘家、サユリだ。
サユリは一人で型のトレーニングを続けながら、セバスチャンを観察していた。
「セバスチャン様」
アレキダロスはセバスチャンに小声で声をかけた。
「熱くなりすぎです」
「うむ……しかし、育成が遅れている。このままでは『世界支配計画』が、3年も遅れてしまうぞ」
「あまり厳しくしすぎると、『洗脳』が解けてしまいます。慎重になさいませんと……」
「む……そうだったな」
セバスチャンがため息をついた時、アレキダロスは言った。
「ところで、グランバーン城から、あなた様に通達がきております。『ぜひ来城するように』と」
「何!」
セバスチャンの顔色がにわかによくなった。
「何と! まさか、グランバーン王に謁見できるのか!」
資金とグランバーン王の信頼を得るチャンスかもしれん……。「世界支配計画」……私の野望に近づくチャンスだ。
セバスチャンはこう考え、ニヤリと笑った。
すると、仮面の大魔導士アレキダロスは言いにくそうに言った。
「いえ、あなたを城に呼んだのは、国王直属親衛隊長のラーバンス様です」
(うっ……何だと?)
セバスチャンは眉をひそめた。セバスチャンにとって、ラーバンスという男は最も苦手な人物だった。
「父上か……」
一方、サユリはトレーニングを続けながらも、セバスチャンとアレキダロスを見ていた。
その表情は悩んでいるようだった。
大勇者ゲルドンの秘書であり、実業家でもあるセバスチャンは、グランバーン城に向かった。
国王直属親衛隊長に呼ばれたからである。
国王親衛隊は、グランバーン王直属の選び抜かれた戦闘部隊だ。
その隊長は大勇者ゲルドンと並び、国民の第2の勇者と謳われることがあった。
◇ ◇ ◇
「親衛隊長殿、お呼びでしょうか」
セバスチャンが、城内の豪華な親衛隊会議室に入った時……。
ブオン
もの凄く大きな塊が、顔に向かって飛んできた。
それは拳! 何者かのパンチだ!
部屋の中に何者か──大男がいる!
「くっ」
セバスチャンはその巨大な拳を両手で受け、咄嗟に男に向かって前蹴りを放った。
ドガッ
男の腹に、セバスチャンの前蹴りが当たった。しかし、セバスチャンが逆にはね飛ばされた。
セバスチャンは床を転がり、ノーダメージですぐに立ち上がり、身構えた。
相手は、腹筋だけの反発力で、蹴りをはね返したのだ……!
「はっはっは」
セバスチャンが目の前を見上げると、親衛隊長が仁王立ちで立っていた。
隊長の年齢が50代半ば。しかし、体のサイズは一般人より2回りでかい。
身長190センチ、体重90キロ、といったところか。
「久しぶりだな。歓迎するぞ、息子よ」
隊長は──セバスチャンの父、ラーバンスだった。
ラーバンスがソファに座る。彼の体重でソファが、ギシリときしんだ。
「……父上、お久しぶりでございます。手荒い歓迎ですね」
セバスチャンは片膝をつき、父親に頭を下げる。
ラーバンス──とてつもない威圧感を持つ男だ。彼の太い腕には、魔物との戦闘でできた無数の傷があった。
「ふむ、格闘術の練習はおろそかにしていないようだな。会うのは2年前の、親族会議以来か」
ラーバンス隊長は言った。
相変わらず、鬼のように強い男だ──セバスチャンは父を見て思った。
「セバスチャン、お前に、ゆくゆくは国王親衛隊の副隊長を任せようと思う」
父がそう言うと、セバスチャンは驚いた声を出した。
「わ、私がですか?」
「そうだ、喜ばしいことだろう。というわけで、お前に機会を与える。来月から親衛隊に入隊し、兵士として1から修業せよ」
「は……?」
「親衛隊に入隊し、1から修業し、副隊長の座を奪ってみろ。お前なら3年で副隊長になれるだろう」
バカな……。セバスチャンは父親をにらみつけた。
確かに私の最終目標は、国王直属親衛隊長だ。この父親ラーバンスの座に座ることである。
だが、今や自分は、大企業「G&Sトライアード」の最高責任者だ。何で今さら、兵士となって1から修業し直さねばならんのだ? しかも来月から?
子ども扱いしやがって……私は仕事でいそがしい。
バカバカしい提案だ!
それに、副隊長になれば、親衛隊長の父親の監視下におかれることは間違いない。
──くだらん!
「お言葉ですが、私は実業家として成功しています。大勇者ゲルドンの秘書としても、仕事があり、いそがしいのです」
セバスチャンは笑顔を作って言った。顔はひきつっていたが。
「なぜ1から、親衛隊に入隊し、修業などをしなければならんのですか」
「……幻の国ジパンダル……お前の生徒たちは、皆、ジパンダルを故郷と思い込んでいるようだな」
父はつぶやくように、セバスチャンを試すように言った。
(ううっ……? なぜそれを?)
セバスチャンは父のつぶやきにゾッとした。
「『ジパンダルは理想郷』だ、などと吹聴していると聞いているが」
何と、父ラーバンスは、セバスチャンが秘密裏に行っていた、「G&Sトライアード」で行われる、若い武闘家たちへの「洗脳」のことを知っていたのだ。
「お前は、みなしごの青年たちを集めて、何やら企んでいるそうじゃないか。まさか、子どもじみた……『世界征服』でも企んでおるまいな?」
ギクリ
セバスチャンは冷や汗をかいた。
この世界征服こそ、「G&Sトライアード」の真の目的だからだ。
若い武闘家たちを育て、このグランバーン王国を力によって支配すること。
それがセバスチャンの目的だ。
「それに──ゴシップ雑誌に『G&Sトライアード』を脱退した武闘家の証言が載っていた。お前は指導と称しながら、暴力を行っていたそうじゃないか」
父の追及は止まらない。
雑誌だと……? アレキダロスにチェックさせておけばよかった。
セバスチャンはギリリと歯噛みした。
「我がラーバンス家に、くだらん問題を持ち込むな。先月の親族会議にはお前はいなかった。が、セバスチャン、お前のその『洗脳』行為が問題になった」
ラーバンスはため息をついた。
「まともになれ、セバスチャン」
父、ラーバンスは言った。
「他にも情報が入ってきておる。お前、裏で幻の国、『ジパンダル』を探しておるのだろう」
セバスチャンはまたしてもギクリとしたが、父は話を続けた。
「古いジパンダルの文献を調べ、若い武闘家にジパンダルの民族衣装を着させて闘わせていることもあるらしいな。まったく、くだらんことを。そんな地図上にもない、おとぎ話の国に入れ込んで何になる。くだらん、まったく、くだらんよ!」
セバスチャンは父のものの言い方に腹を立てたが、父親は続けた。
「そんなわけのわからぬ組織の中で、社長ごっこをしても、そのうち世間は冷たい目で、お前を見ることになる。親衛隊に入り、自分を鍛え直せ」
父の言うことは……正しい。しかし……。
「わ、私には」
「何だ?」
「私の望んだ世界がある! 私はもう子どもではない!」
セバスチャンの言葉を聞いたラーバンスは、首を横に振った。
「セバスチャン、いかん。では……力づくで止めるか……」
ラーバンスはミシリとソファを立ち上がった。両手で拳を握り、ポキポキと音を立てる。
(ううっ……)
セバスチャンはギチッと構えた。
巨漢のラーバンスが、セバスチャンの前に立ちはだかる。50代だというのに、すさまじく張りつめた筋肉だ。まともに闘ったら、ただじゃすまないだろう。
ラーバンスの闘気が、セバスチャンの方までビシビシと伝わってくる。
しかし!
「父上、私があなたを叩きのめしてごらんにいれましょう」
セバスチャンは改めて構えた。
「死にたいのか、セバスチャン」
ラーバンスが一歩前に出る。
ズチャッ……。重々しい足音が、室内に響く。
セバスチャンは、戦闘態勢に入りつつあった。
コツコツ……。
その時、扉の方から音がした。ノックだ。
城内の兵士が1名、部屋に入ってきた。
「王様から、ラーバンス様へ伝令がございます。──申し上げます」
「グランバーン王から? 何だ」
ラーバンスが兵士をジロリと見た。
「王様は、『次期国王親衛隊長の候補に、若いセバスチャン氏をあげなさい』とおっしゃっています。候補にあげる条件は、ゲルドン杯格闘トーナメントの優勝──とのことです」
う、うおおおっ……。
セバスチャンは目を丸くした。
何と! 何という幸運。
「何だと? 副隊長候補ではなく隊長候補?」
ラーバンスはギロリとセバスチャンをにらんだ。
「そうか。格闘トーナメント……。お前、出場しとるのか」
「はい、私は自分が優勝できると信じております」
セバスチャンはニヤリと笑った。ラーバンスの顔はひきつっている。
「となると、お前が……私を親衛隊長の座から引きずりおろすことになる」
「ハハッ、父上。王の言う通り、そろそろ隊長職のご辞退を考えられても良い年齢かと」
「生意気な!」
ラーバンスは舌打ちをして、ため息をついた。
「──だが一つ言っておくぞ。お前は高く飛び過ぎている。このままでは、必ず痛い目にあう。小石だと思っていた物につまづき、大怪我をするぞ」
「怪我? そんなバカな、私に限って。──さて時間です、私はこれで失礼いたします」
「愚か者め! 私はお前のためを思って……!」
父の言葉を背に受け、セバスチャンは親衛隊会議室を出ていった。
(これでこの世の支配の野望に、一歩近づいた……!)
セバスチャンは笑いが止まらなかった。