俺とアシュリーは馬車に乗り、アシュリーの故郷、ルーゼリック村に向かっていた。
馬車は山を越え、途中、テントで野宿をして一泊。
やがてようやくルーゼリック村に到着。
「懐かしい!」
アシュリーは声を上げた。
水車小屋や花畑、キャベツ畑、牧場がある、質素な村だ。
何と、妖精がキラキラと宙を飛んでいる。初めて見た。
村人を見ると、全員若く、耳がとがっている。
「そうか、アシュリーはエルフ族だったな。ま、まさか、ここはエルフの村なのか?」
「そうです! エルフだけが住む村ですよ!」
アシュリーはニコッと笑って言った。俺は驚いた。おとぎ話の世界みたいだな……。
すると、その時!
「でやあああーっ!」
いきなり、横から大声がした。
ビュッ
誰かの拳──つまりパンチが横から飛んできたのだ。
「う、うおっ!」
俺はあわてて素早くそれを避けた。
シャッ
今度はそいつの横蹴りが、目の前をかすめる!
「くっ」
俺は横蹴りが飛んできた方を見やった。エルフ族の男がいる。彼は一歩前に進み出る。また蹴りか?
ドガッ
俺は素早く、右前蹴りを彼の胸に叩き込んでやった。
「うおっ!」
その男は叫び、3メートルは吹っ飛び、地面に尻持ちをついた。
「イテテ……」
男はそううめき、顔をしかめながら立ち上がった。
「な、何なんだよ、急に? 誰だ?」
俺はそう言いつつ、男を見た。髪を後ろにしばったエルフ族の男が、そこに立っていた。──イケメンだ。
「お、お前、誰だ? 何で襲ってきた!」
俺が腹を立てて聞くと、彼は質問に答えずに逆ギレしてきた。
「うっせえ! 俺様のパンチや蹴りを、避けやがって! しかも前蹴りをカウンターで合わせてくるとは……。てめえこそ何者だよ?」
エルフ族の男は、くやしそうに言った。どうやら武闘家らしい。
「ローフェン!」
アシュリーはため息をついて、その男に注意した。
「彼はお客様のゼントさんよ! 謝ってください!」
「ほー、お客様ねえ?」
ローフェンという男は、ピューと口笛をふいて笑った。
「こいつ、単なる客にしては、強いぜ? そうとう……やるな!」
「おい、急に襲ってくるなんて、どういうつもりなんだ?」
俺が聞くと、彼はまた、ピューッと口笛を吹いた。
「暇だったんでな」
「ひ、暇?」
「それに強いヤツが来たみたいだから、手合わせしようと思っただけだ。お前、武闘家だな? ふん。じゃあ、この村にある、『ミランダ武闘家養成所・ルーゼリック支部』に行ってみろよ」
ローフェンは言ったが、アシュリーは、「まったくローフェンったら。失礼な……」と、まだプリプリ怒っている。
「ふん、ゼントね……覚えとくぜ」
そして彼は村の奥に歩いていってしまった。
「ミランダ武闘家養成所……?」
どこかで聞いたことがあった。
すると、アシュリーが説明してくれた。
「このグランバーン王国に、とても数多くの支部がある、武闘家養成所です。エルフ族と人間が共同経営しています。その支部の1つが、このルーゼリック村にあるのです。──母もそこにいますので、今から案内します」
聞いたことがある! 俺が訓練生の時、「ミランダ武闘家養成所」に所属希望していた武闘家訓練生が、何人もいたっけ……。有名な武闘家養成所なんだな。
俺はアシュリーについていった。
村の奥には、丸太とレンガで出来た、ひときわ大きな屋敷があった。
◇ ◇ ◇
屋敷の中に入ると、熱気がムアッと感じられた。
「ハアッ!」
「デヤッ」
「トオッ」
若いエルフ族たちが、六名ほど、格闘技の練習にはげんでいる。
サンドバックを蹴ったり、武闘リングに上がって、対人練習をしていた。
「違う、シシリー。足の動きが遅いよ」
左の方で声がした。
声がした方を向くと、車椅子に乗っている女性がいた。年齢は──20代前半くらいに見える女性だ。メチャクチャ美人だ。耳が長いので、エルフ族だろう。
しかし──とても痩せており、体調が悪そうだ……。
「シシリー、もっと力を抜いて」
それでも、若い女性武闘家を指導している。
(ん?)
俺は……この車椅子の女性に見覚えがあるような気がした。
……いや、そんなはずはない。エルフ族の大人の女性に、知り合いなんかいたっけ?
「私の母です」
アシュリーは言った。え? そうなのか? 確かにアシュリーと似てはいるが……。
(そ、それにしてもきれいな人だなあ)
こんな若い女性が、アシュリーのお母さん? そんなバカな。
……あ、そうか。エルフ族は年をとらないんだっけ。20代に見えても、実は100年生きているエルフなんてのはたくさんいる。
車椅子の女性は、俺に気付いたようだ。
「あら? 人間族の方? ようこそ、ルーゼリック村へ……ゴホッ」
女性は──アシュリーの母親らしき女性は、車椅子に座りながら、ゴホゴホと咳をしながら、俺を見た。
アシュリーはあわてて、女性の背中をさすった。
「ママ、大丈夫? アシュリーだよ。帰ってきたよ」
「ええっ? アシュリー、よく無事で帰ってこれたわね……嬉しいわ、ゴホッ」
どうやら本当に親子のようだが、車椅子の女性は若く見えるから、姉妹のようだ。
「あ、あの、無理をしないでください」
俺は言った。
「ええ、あ、ありがとう。……え?」
アシュリーの母は、俺をまじまじと見た。
「あ、あなたは……あんたは! ──ゼント! ゼント・ラージェント……!」
ええっ? どうしてこのエルフの女性は、俺の名前を知っているんだ?
「あ、あなたは……あんたは! ──ゼント! ゼント・ラージェント……!」
なぜだ? どうしてこの車椅子に乗ったエルフの女性──アシュリーの母は、俺の名前を知っているんだろう?
「私だよ、久しぶりね……ゼント」
若くて美しい、エルフ族の女性は言った。エルフ族は年をとらないから、何歳かは分からない。
「私よ、エルサだよ」
「エルサ……エルサ……ええーっ?」
俺は目を丸くした。エルサといえば、20年前、俺が所属していた魔物討伐パーティー「龍の盾」のメンバー。
「龍の盾」のメンバーは、今は夫婦だが、勇者ゲルドンと聖女フェリシア、俺──荷物持ちのゼント。……そして、勝ち気な特攻隊長、女剣士エルサだ。皆、幼なじみだ。
「エ、エルサ……お、お前なのか。本当にエルサなのか」
「……ああ。あんまりまじまじと見ないで。恥ずかしいから」
「え……と、車椅子には、どうして乗っているんだ?」
「体調が悪くてね……すぐに、ふらついちゃうんだ」
彼女の体は痩せている。痛々しいくらいだ。
「あ、あの……私、外に行って遊んでくる」
アシュリーはそう言って、武闘家養成所の外に出て行った。俺たちに気を使ったんだろう。
「ちょ、ちょっと手をさわっていいか」
俺が言うと、エルサは嫌がらず、うなずいてくれた。
俺は彼女の手を握って、彼女の手の甲をさわった。細い。力が伝わってこない。
「……話してやるよ。何があったのかを──ついてきて」
エルサは車椅子を、奥の部屋に向かわせた。
俺とエルサは、奥の部屋に入っていった。
◇ ◇ ◇
その部屋の中には、眼鏡をかけた40代くらいの女性が、立派な机の前に座っていた。この人もエルフ族か……? おや? 耳は長くない。
彼女の机の上のは、水晶球が置かれている。
「ようこそ、ゼント・ラージェントさん」
う、うわっ。この人、すでに俺の名前を知っている?
「あなたの名前が、水晶球に出ているわ。──私はミランダ。ミランダ・レーンよ。よろしく」
このミランダって人は、占い師……?
「ふふっ、エルサ。私の予言は当たったでしょう。『今月、この村に人間族の男性がやって来て、あなた──エルサは救われる』って」
「……救われるかどうかは分からないけど……。まさか、ゼントが来るとはね」
エルサはフッとため息をついた。
すると、ミランダというこの女性は口を開いた。
「私は、この『ミランダ武闘家養成所・ルーゼリック村支部』の社長、責任者をしております。エルフ族と人間族のハーフですけどね。今はエルサの治療を私がしつつ、武闘家の育成、指導をしております」
「ミランダは、私の恩人なの」
エルサはミランダを見ながら、俺に言った。
ミランダさんとエルサは、深いつながりがあるようだな。
「私は『魔法』の類も使えます」
ミランダさんは言った。
「あなたはエルサのご友人ね。すべてこの水晶球の情報によって、理解しています。ゼント君、あなたがエルサの過去を知りたいこともね」
俺がエルサの過去を知りたい?
そ、その通りだ。幼なじみのエルサに、何があったのか……知りたい。
どうして、こんなに痩せて、車椅子に乗るまでになってしまったんだ?
……が、知るのはちょっと怖い。このミランダという女性が、話をしてくれるのか?
「エルサ。では、ゼント君にあなたの過去を教えてあげなさい」
ミランダさんが言うと、エルサは少し考えてから……しばらくしてうなずいた。
そして躊躇しつつ、それでいて決意したように、机の上の水晶球に触れた。
「ゼント……あなたに教えてあげる。私になにがあったのかを」
エルサが念を込めると、水晶球が光り、俺たちはその光に包まれた。
◇ ◇ ◇
周囲を見渡すと、そこは草原だった。
「え? ここはどこだ?」
俺は自分の体を見た。何と、半透明になって、草原に立っていた。
(ここは過去の世界だよ)
エルサの声がした。
(ゼント、あんたが「龍の盾」を抜けた約3年後だ。今から17年前だな)
エルサはエルフの魔法を使って、俺に自分の過去を見せようとしているのか。じゃあ、今の声は、今、車椅子に座っている現在のエルサの声というわけか。
その時!
「どりゃああああっ!」
聞き覚えのある声がした。
草原で、男が二足歩行の狼系モンスター、ワーウルフと戦っている。──その男は、若きゲルドンだ! そして、後ろには剣を持ったエルサがいる。17年前のエルサか。
フェリシアは? いない。代わりに、15歳くらいの銀髪少年がいる。
……誰だ、こいつ。
ドガアッ
ゲルドンはワーウルフに前蹴り一閃。
ザムッ
そして、手に持った剣で、ワーウルフの胸を切り裂く。するとワーウルフは光り、宝石の原石に変化した。この世のモンスターは、すべて宝石の原石から生まれている。
すると、後ろから全長5メートルはある大ネズミ──ビッグマウスが現れた。
ビッグマウスは素早く、エルサに突進してくる。
サッ
しかし、エルサはすぐにそれをかわし、同時に背中の剣を引き抜いた!
ズバッ
エルサはビッグマウスを剣で一閃。すぐに倒して宝石にしてしまった。
モンスターは全ていなくなった。討伐完了だ──。
ゲルドンとエルサ、そして新しいパーティーメンバーらしき銀髪少年は、そばにいる俺に気づかない。
そうか、俺は半透明の姿になっているから気づかないのか。
「さすがはエルサだ」
ゲルドンは、なれなれしくも、エルサの肩に自分の腕をかけた。
「調子はいいみたいじゃねえか。エルサ」
「……どういうつもりだ、ゲルドン」
エルサはゲルドンの手を払いのけた。
「あんたの妻、フェリシアは今、身重で、お前の屋敷で休んでいるんだろう。ゲルドン、お前の赤ん坊を産むんだぞ。いちいちあたしに絡むな」
「ああ? かんけーねえよ」
ゲルドンはニヤニヤ笑いながら言った。
「フェリシアが俺の妻だろうが、俺は大勇者だぜ? エルサ、俺とこっそり付き合おう」
「バ、バカ言うな!」
「おい、エルサ、頼むよ。フェリシアのヤツ、俺を束縛しやがってさあ。他の女に近づかせないんだ。ストレスたまるぜ」
ゲルドンは、無理矢理エルサを抱きしめようとした。
「バカ!」
パシイッ!
エルサは、ゲルドンの頬を平手で叩いた。
「フェリシアを裏切る気か? あたしたちの幼なじみだろ。あんたの妻だろ!」
「ああ、そうだよ。だから何だ?」
ゲルドンはひょうひょうと言った。
「この世の女は、全部俺のものだ。なんたって俺様は大勇者なんだからよ。何やったっていいんだよ、俺は」
「貴様!」
エルサはゲルドンをにらみつけた。
(おいおい……やべえぞこりゃ)
俺は半透明の体で、一部始終を見ていた。
俺はすべてを理解した。17年前、ゲルドンは、エルサに不倫を持ちかけていたのか!
(ゼント……あんたに続きを見せる)
今の時代のエルサの声が、俺の耳の中に響いた……!
俺はミランダさんの魔法で、エルサの過去──17年前の出来事を半透明の体で見ている。
モンスター討伐が終わった後、フェリシアを妻にしているゲルドンは、あろうことか、エルサに不倫関係になることを持ちかけた──。
ゲルドンとエルサ、そして新しいパーティーメンバーの銀髪の少年(名前不明)は、モンスターを討伐した。
その後、中央地区のギルドへ向かった。グランバーン王国最大のギルドだ。
「おい、バルーゼ、ワーウルフとビッグマウスを討伐したぜ」
ゲルドンはギルドに着くと、さっそくギルドマスターのバルーゼ氏に言った。ゲルドンの頬は、エルサにぶたれて赤くなっている。
「ほぉー! あの難敵、ワーウルフとビッグマウスをですか? さすがですね!」
ギルドのマスター、バルーゼはもみ手をしながら大げさに言った。ふん、大勇者のゲルドンに頭が上がらないってのか。
するとゲルドンはニヤニヤ笑いながら、後ろのエルサを指差し、バルーゼに言った。
「それでだな。このエルサが、一身上の都合で、ギルドをやめたいんだとよ」
「な、何?」
エルサは後ろから、驚いたように声を上げた。
「あたしがギルドをやめたい? ゲルドン、何を言ってるんだ? あたしはそんなことを希望した覚えはない!」
「──バルーゼ、命令だ。さっさとエルサのギルドの登録を抹消してくれ」
若きゲルドンはエルサの訴えを無視して、冷たくバルーゼに言った。バルーゼは困惑した表情で、ゲルドンとエルサを交互に見ている。
お、おい、ゲルドン。お前、何を言っているんだ? 意味分からんぞ。
一方、クスクス笑っているのは、銀髪少年だ。一体、こいつは誰なんだ?
「おい! 何を血迷ったことを言っているんだ、ゲルドン!」
エルサは声を上げた。
「ギルドの登録がなければ、あたしはどうやって生活すればいいんだ! 今まで剣士一本でやってきたんだぞ。バルーゼ、ゲルドンの言っていることは無視してくれ!」
すると、ゲルドンは何と暴力的なことか、エルサの胸ぐらをつかみ上げた。
「じゃあ、エルサ──。俺とのさっきの約束、受け入れてくれるよな。受け入れなきゃ、娼婦にでもなって、体で稼ぐんだな」
ドガッ
「うっ……」
エルサは床に放り投げられた。
そうか! ゲルドンは再び、エルサに自分と不倫関係になることを持ちかけている。それを受け入れろ、と暗に迫っているのだ。
周囲の人々は、驚いてゲルドンたちの方を見ている。
この世の人間は、皆、ギルドに加入している。そこから職業を手に入れるのだ。ギルドをやめるとなると、まともな仕事につくことは不可能だ。
つまり──ギルドから登録抹消されれば、この世でまともに生きていくことは不可能。
一度、登録抹消されれば、三年間は再登録できない。
「な、なんだ、何かトラブルか?」
「いやまて、ありゃ、勇者のゲルドンじゃねえのか?」
「お、本当だ。グランバーンの大スターじゃねえか。何のさわぎだ」
ギルドにいた人々は、噂をし始めた。
「ゲルドン様、もうそれくらいで」
謎のもう一人のパーティーメンバー、銀髪の少年は笑いながら言った。
「いや、しかしだな、セバスチャン」
ゲルドンは床に投げつけられたエルサを、にらみつけながら言った。セバスチャン? 誰だ?
「皆が見ていますから、ここのところはおさめて」
銀髪少年──セバスチャンは静かにアドバイスした。ゲルドンはハッとして、あわてて周囲の人たちに言った。
「お、おお! さわがしくして悪かったな。別に何でもねぇよ。ちょっとした、金のトラブルさ」
ゲルドンはエルサを見やりながら言った。金のトラブル? 大ウソだ。
ゲルドンは、しゃがみ込み、静かに言った。
「エルサ──。お前とフェリシアは親友だったな。だけど関係ねえよ。エルサ、お前が俺様を受け入れたら、今後、いい生活をさせてやるぜえ?」
ゲルドン……まるで悪魔のような顔だ。
パシイッ
エルサはまた、ゲルドンの右頬を平手で叩いた。
「断る! 幼なじみの──親友のフェリシアを裏切れない!」
「……強情な女だ」
ゲルドンは右頬をさすりながら舌打ちし、セバスチャンとともに、外に出ていった。
(後は……現実の世界で話す。戻ろう)
現在のエルサの声が、俺の耳元で響く。
俺は──冷や汗をかいていた。何でこんなことになっているんだ?
俺がハッと気づくと、そこはルーゼリック村の「ミランダ武闘家養成所」の一室だった。
ミランダさんの部屋の中だ。
エルサは車椅子にうつむいて座っている。一方、ミランダさんは水晶球の前で、物思いにふけっている。
そして俺は、エルサたちの前に立って──呆然としている。
俺は、ミランダさんの魔法から抜け出し、過去の世界から現在の世界に戻ってきたのだ。
「あたしは結局、ゲルドンとの不倫関係を受け入れてしまった」
俺はエルサの言葉を聞いて、息を飲んだ。
「お、おい、そうなのか? マジなのか……それ」
「ギルドもスキャンダルが広まるのを怖れて、あたしをギルドから登録抹消した。大勇者ゲルドンの命令、ということもあったらしいが」
「そ、それで?」
「ゲルドンとの関係は1年間で終わり。ヤツは他に愛人を作って、あたしは捨てられた。ギルドという生活の糧を失ってね。女剣士は引退して、今に至るって……わけさ」
ゲルドン……なんてクズ野郎なんだ?
その時!
「キエエエーッ!」
シュバッ
いきなりだ。俺の頭の上を、誰かの「上段蹴り」が通過していった。この気配は!
俺が振り向き、身構えると、そこには例のエルフ族の武闘家、ローフェンが笑って立っていた。
な、何で、ミランダさんの部屋の中にいるんだよ? こいつ!
「たああーっ!」
バッ
今度はローフェンの右ストレートパンチだ。俺は素早くそれを避け、ローフェンの手首をつかむ。
グググ……。俺は力を込めるが、ローフェンも力が結構強い!
「もっと続けてちょうだい」
ミランダさんは、興味深そうに、俺たちの闘いを見ている。
あ、あの~……止めてくださいよ!
ローフェンは動こうとする。俺は彼が動くのを阻止する。力比べだ!
「チイッ!」
ローフェンは、バッと俺の手を引きはがした。
「お、お前……いつの間に入ってきたんだよ!」
俺があわててローフェンに聞くと、彼はのんきにぴゅーと口笛を吹いた。
「俺も、『ミランダ武闘家養成所』の選手だ。だから、この養成所には出入りしてるんだよ。ちなみに、ミランダ先生は俺の師匠だ!」
「お前……いきなり攻撃することないだろうが!」
「フフッ……お前を試したのさ。ミランダ先生、エルサ、こいつの実力はかなりのものだぜ」
ローフェンの言葉に、ミランダとエルサはうなずいた。
「そうね、ゼント君は素晴らしい実力を持っているようね……フフッ」
ミランダさんはアゴの下で手を組み、楽しそうに俺を見ている。何か嫌な予感が……。
そ、それに、このミランダさんって……。
なぜか、「この人には、絶対に逆らえない」って気持ちになるんだけど!
エルサは俺に言った。
「頼む、ゼント。ゲルドンと勝負してくれ」
「ええっ?」
「ゲルドンに勝って、自分がしたことの反省をさせるんだ。幼なじみとして──」
あ、あの大勇者ゲルドンと勝負? 確かに昔の仲間が、幼なじみが、こんなひどい目にあったんだ。何とかしてやりたい。
ゲルドンをこらしめてやりたい。だが、どうやって?
「今度、『ゲルドン杯格闘トーナメント』という大会が開かれる」
エルサは言った。
「それに出て優勝すれば、ゲルドンと闘う挑戦権が得られるはずだ」
「あ、あいつ、そんなトーナメントを開催しているのか? だがエルサ、お前、お、俺がそのトーナメントで優勝できるっていうのかよ?」
「できるさ」
エルサは断言した。
い、いや、なんで断言できるんだよ。
しかし、俺はハッとした。
──そうだ、俺は強くなっていたんだ。アシュリーの叔父を倒し、マール村の不良を、二人いっぺんに倒した。
(そうだろう?)
という風に、エルサはニコッと笑った。
そういえば、俺がゲルドンのパーティーを追放された時、エルサは言ってたっけ。
『ゼントはすごい武闘家としての才能があるって言ってんの。素手の闘いの才能があるはずだ。あたしはよく分かってるよ』
そんなことを言ってたっけな……。俺はエルサを見つめた。エルサは笑っている。
でも、俺は自分の実力が、自分でもよく分からない。未知数なのだ。
「ゲルドン杯格闘トーナメントには、俺も出るぜ!」
ローフェンが笑いながら言うと、ミランダさんもクスッと笑った。
「ゼント君、トーナメント前に、いい練習相手が見つかったわね」
おいおいおい、俺、本当にゲルドン主催のトーナメント大会に出ることになっちゃったのか?
ローフェンはニヤニヤ笑っている。
……だ、大丈夫かぁ?
ゼントがルーゼリック村で、エルフ族と生活し、武闘家修業を始めて1ヶ月が経った頃──。
その頃大勇者ゲルドンは──。毎晩毎晩、飲み歩いていた!
連れは、ゲルドンのパーティーメンバー、一番弟子ともいえる、武闘家のクオリファ・ダルゼムだ。
ゲルドンは妻──フェリシアがいるというのに、道で女性をナンパして歩いた。
ドガッ
その時、ゲルドンはいかつい男と、肩がぶつかった。
男はチンピラの類だろう。男はゲルドンにすごんだ。
「おい……肩がぶつかったぞ」
「は? 知らねえよ」
ゲルドンはニヤニヤ笑って、言った。
「てめえ! 謝らねえのか!」
いかつい男は逆上して、ゲルドンに襲い掛かった。
グワシッ
しかし、ゲルドンは男の額に、頭突きをくらわしていた。いかつい男は、クラリとよろける。
そこを──。
ガスウッ
ゲルドンの右ストレートパンチ。男の頬をとらえる。
そして、得意の前蹴りだ。いかつい男は、路上を二メートル吹っ飛んだ。
「ひ、ひい~!」
いかつい男は、フラフラと立ち上がり、逃げ去っていった。男はおそらく街のチンピラだろうが、格闘技の素人だ。数々の戦闘をこなしてきた、ゲルドンの敵ではない。
「さ~すがッスね!」
横にいた弟子のクオリファは、ゲルドンに向かって拍手した。
◇ ◇ ◇
女たちと遊び、彼女たちと別れたゲルドンは、行きつけの酒場に移動。座った席でゲラゲラ笑いながら、クオリファにこう言った。
「『ゲルドン杯格闘トーナメント』のことだけどよ。まあ、息子のゼボールが優勝するのは、決定なんだよ」
「え? そ、それ、八百長ってことッスか?」
「そうだよ、何がおかしい? これは興行だぞ。商売だ」
主催者のゲルドンは平然と言った。
「クオリファ、お前の第一試合はまあ、真剣勝負でやってみるか? でも、一番弱そうなヤツを当ててやるがな」
クオリファは驚いていた。この人、大勇者だろ? 八百長なんて、弟子の俺にやらせるのか? 国民にこれがバレたら……。
い、いや、何か深い考えがおありなのだ。な、なにしろ大勇者だしな……。
すると──。
「おー、ここだここだ」
ゲルドンの後ろで声がした。
「あれ? 人が座ってら。俺が予約した席だろうが」
ゲルドンが振り向くと、そこには小柄な男が一人、立っていた。小柄なホビット族だ。身長は153センチくらいか。
「おい、どいてくれ。そこ、俺が予約した席だからさ」
ホビット族の男は、ゲルドンに言った。
酔っ払ったゲルドンは、ホビット族の男をにらみつけた。
「何だ、お前?」
「俺か? 俺はホビット族の武闘家、リンゲル・ドルバース。はやくどいてくれ。俺はこの席を予約してたんだ。演奏を聴く一番良い席なんだよ」
ガシャン!
ゲルドンはムカッ腹をたてて、酒のコップを地面に叩きつけた。
「バカが! 『どいてくれ』だって? アホか? 俺を誰だと思ってるんだ?」
「知らねえな。いいから、席、かわってくれや」
「ああ? 俺に勝負で勝てたらな」
「俺とか? 俺は小柄だが、結構ケンカ強いよ。俺は去年の王立格闘トーナメントの五位。おととしは四位だぞ」
小柄なドルバースは、ゲルドンを見て言った。
バシャッ
するとゲルドンは、ドルバースに酔い覚ましの水をぶっかけた。
「……やる気だな? おい」
ドルバースはそう言いつつ、頭がびしょぬれになりながらも、一歩前に進み出ていた。
ドガッ
ドルバースはいきなり──座ったゲルドンのアゴに肘打ちをくらわせた。153センチの超小柄ながらも、見事なタイミングで入った肘打ちだった。
身長183センチ、体重83キロ前後あるゲルドンは、クラリと床に膝をついた。
「ぐぐ……この野郎」
そして、ドルバースを見上げてにらんだ。
闘い──ケンカが始まろうとしていた。
大勇者ゲルドンは酒場で、ホビット族のドルバースにケンカを売った。
そして──ホビット族のドルバースは、大勇者ゲルドンに肘打ちをくらわせた。
ゲルドンは、痛めたアゴをさすりながら立ち上がり──。
「ホビット……いい度胸だ。地上の果てまでぶっとばしてやる。チビ野郎」
とつぶやき、両手をギチリと構えた。戦闘態勢──素手の勝負だ。
超小柄なホビット族と大勇者ゲルドンのストリートファイト──。
見ものだ!
酒場の野次馬たちは息を飲んで、二人の対決を見守った。クオリファは心配そうだったが……。
ドルバースの頭の上で、ゲルドンの右拳──右フックは空を切る。
その瞬間、ドルバースは一歩前に出て、その小柄な体格を利用し、ゲルドンのふところに踏み込んだ。
ドガッ
「ぐへ」
ドルバースの左ボディパンチは、ゲルドンの腹に叩き込まれていた。
見事に急所をとらえており、ゲルドンの体は丸まって、前傾姿勢となった。
ここで!
グワシッ
ドルバースは素早く、またしても得意の肘打ちを、ゲルドンの頬に叩き込んだのだ。
前傾姿勢だったゲルドンに、見事な攻撃だった。
「うおおおっ!」
「す、すげえ、あのチビ!」
「ホビットの野郎、ケンカ慣れしてやがるぜ!」
ゲルドンは目を血走らせ、倒れず踏んばった。さすが大勇者。ドルバースの体重が軽かったということもあって、肘打ち攻撃に威力が少なかったという事実もあった。
「あ、ぐ、ち、ちくしょう」
ゲルドンはそんな声を上げる。
「冷静にやらねえと──」
ゲルドンの顔色が変わった。キュッと両手を構える。これはゲルドンが本気で、戦闘態勢に入ったことを示していた。
ガスッ
ゲルドンの左の軽いパンチ──左ジャブだ!
いきなりの素早い攻撃に、ドルバースは反応できなかった。ドルバースのアゴを軽くとらえた。またもう一発ジャブ、今度は頬。そして最後にゲルドンは──。
ガッ
ゲルドンの下段回し蹴り! ローキックだ!
ドルバースは腿を蹴られて、ひっくり返った。
「おお!」
「すげえ」
「さすが大勇者様だぜ!」
野次馬たちが声を上げる。
「くっ!」
ドルバースはひっくり返った時、背中を打った。しかし、すぐに横に転がり、立ち上がる。
「へへへ……」
ゲルドンはニタリと笑った。
「フフッ、冷静になれば、ざっとこんなもんさ」
「そうかな?」
立ち上がったドルバースはぴょんぴょん、とその場をジャンプしてみせる。
「効いてねえんだよ、大勇者さんよ! ジャブも下段蹴りも、すべて急所を外したぜ?」
ドルバースの言葉に、ゲルドンは冷や汗をかいた。そ、そんなバカな? 効いていないだと?
ドルバースは続ける。
「てめーの攻撃が遅ぇから、ポイントを外すことができるんだ。なんだお前、本当に大勇者のゲルドンなのか? ニセモノなんじゃねーの?」
しかしだ。ドルバースは実は、ゲルドンの攻撃は効いていた。ケンカ慣れしたドルバースは、このようなハッタリ発言もお得意だった。
しかし、今のゲルドンにはその演技を見抜く余裕はなかった──。
ゲルドンは顔を真っ赤にした。
俺は正真正銘の、本物の勇者だ!
「俺は、負けるわけには、いかねえんだ! てめーを潰す!」
ゲルドンは何と、横の席の鉄製ビールジョッキを手に、ドルバースに殴りかかった。
「う、うおっ……」
ドルバースはさすがにあわてた。しかし、ゲルドンも焦っており、動きが雑だ。ドルバースは無事、その凶器攻撃をかわすことができた。
ゲルドンは声を上げた。
「う、そ、だ、ろ」
「ふう──。危ねえな。うそだろ、じゃねえよ」
ドルバースはため息をついた。
「そのビールジョッキは重いぞ。そんな遅く鈍い攻撃が効くと思ったか? 武闘家にそんなチンケな反則攻撃が効くかよ、大勇者さん」
ゲルドンは再び冷や汗をかいていた。
野次馬はクスクス笑っている。何としても勝たないと……どうする?
ゲルドンはジロリとクオリファを見た。
「お前の出番だ」
ゲルドンはクオリファに言った。
「うっす……」
クオリファは静かに言った。クオリファも、自分の師匠、そして尊敬する大勇者をコケにされて、我慢がならなかった。
「っしゃあっ!」
ドガッ
クオリファはいきなり、ドルバースに向かって横蹴りを胸部に見舞った。
ドルバースは3メートルふっとび、酒場の壁に激突した。
ケンカはまだ続く──。
酒場での大喧嘩──。
ゲルドンのパーティーメンバーであり、一番弟子のクオリファは、ドルバースに向かって横蹴りを見舞った。
ドルバースは、酒場の壁に激突!
「ぐ、や、やるじゃねえか……」
ドルバースは、胸をおさえながら言った。頭は壁に打っていない。大丈夫だ。
クオリファは笑って、拳の骨をポキポキならしている。
「いやぁ、さっきからこのホビット、ムカついてたんスよね。俺の先生が本気出してないからって、色々してくれちゃってさ」
するとホビット族のドルバースはクスクスと笑った。
「この大勇者が、本気を出してないって? ケンカに負けちゃおしまいだろ?」
「……ああ。ケンカに負けちゃおしまいだよなあ。クオリファ、代わってくれや……と、その前に!」
ガッ
ゲルドンはいきなり、ドルバースに掴みかかった。
「おっ、お前! 弟子に代わるんじゃなかったのか」
ドルバースは油断していた。そして、床に倒され、馬乗りの状態になった。この状態は、ケンカでいえば、「超危険」を示す。
つまり、ゲルドンが有利の体勢なのだ。ここから上からのパンチの雨あられに移行できるからだ。
「くっ、汚ねえヤツらだ!」
ドルバースはあわてて逃げ出そうと、馬乗りの状態から、もがいて逃げようとした。
「くっ!」
ゲルドンはクオリファに目で合図する。するとクオリファは、何と──。
ドガッ
横から、ゲルドンに馬乗りされているドルバースの腕を蹴っ飛ばしたのだ!
「う、が!」
ガスッ
クオリファは、もう一発、腕を蹴る! ドルバースは、苦痛に顔をゆがめる。
なんだ、何が起こっているんだ? 野次馬たちは、この状況を呆然と見ていた。
2対1……! 大勇者ゲルドンとクオリファが、一方的にホビット族のドルバースを叩きのめそうとしている。2人がかりで、1人を……!
なんなんだ、これは?
「一方的な暴力じゃないか」
野次馬の誰かが言った。その通りだった。
野次馬たちは困惑していた。これは2対1の構図だ。これはケンカじゃない。一方的な暴力になりつつある。
そして、クオリファは隙あらば、上から蹴りを落とそうとしている。
一方、ゲルドンといえば、ドルバースの上からパンチをガシガシ当てにいった。ドルバースは肘や腕で、ゲルドンの馬乗りパンチを必死に防いでいる。しかし──。
ガスッ
ガスッ
ゲスッ
「う、うおおっ……」
「やべえ」
野次馬たちは声を上げる。
ドルバースは腕を使い、ゲルドンの強引な──力任せな馬乗りパンチを防いでいた。しかし、やがて頬や額にパンチが当たりだした。
ドルバースは防御するための腕を負傷したらしく、もう防戦一方だ。逃げるスタミナも、もう残ってなさそうだった。
ドルバースは小さく言った。
「う、ま、まい……っ」
「あ? 聞こえねーよ!」
「う、ま、まいった、ゆ、ゆるしてくれ」
ドルバースはあわてて、懇願した。
おおおおっ!
野次馬たちは声を上げる。しかし、何だかスッキリしないケンカだ。勝負というよりは、何か嫌なものを見せつけられたような──。
ゲルドンは弟子の力を借りた。2人で、あの小柄なホビットを叩きのめしたのだ……。
「負けを認めたな。それでいいんだよ、クソ野郎」
大勇者ゲルドンはニヤッと笑って、馬乗り体勢から立ち上がった。
そして、弟子のクオリファとハイタッチだ。
「俺ら、最強だな!」
「そうっスね!」
「ケンカは、勝たなきゃダメなんだよな!」
「その通りッス!」
ゲルドンとクオリファは満足顔だ。しかし、野次馬たちの目は冷たい。
ドルバースは、酒場の店員の手で、すぐに近くの診療所にかつぎこまれた。さっきのクオリファの蹴りで、腕が折れたらしい。
「きたねえよ……二人がかりで……」
「なんなんだ、あの大勇者とあの弟子は」
「大勇者ってあんなヤツなのか?」
野次馬たちは眉をひそめて、ゲルドンを見やった。それを聞いたゲルドンは、「うるせえんだよ!」と怒鳴った。
「ケンカは勝ちゃいいんだろうが! ハハハ! 記念に祝杯だ! クオリファ、ビールをもってこい!」
「わかりましたっ!」
野次馬たちは、悪びれず勝手に祝杯をあげているゲルドンたちを、冷ややかな目で見やっていた。
ルーゼリック村のある日の朝──。
俺、ゼント・ラージェントがこの村にやってきてから、2ヶ月が経った。
今日は、「ゲルドン杯格闘トーナメント」に出場するため、旅立つ日だ!
場所は、グランバーン王国の中央都市ライザーン!
この2ヶ月間、ルーゼリック村のエルフの武闘家たちと修業をした。
おかげで俺はかなり痩せた。16歳の時と同じ体重──だいたい55キロくらいになった。
俺は、村の広場で美しい村の風景を見ていた。
「隙ありだ! ゼント!」
ビュオッ
すさまじい勢いの蹴りが、横から飛んできた。
危ねえっ!
俺は素早くかわした。
俺の頭上で、空気を切り裂くような蹴りの音が聞こえた。
俺はすぐに構え、周囲を見回した。左の方にローフェンが笑って立っている。
こいつの奇襲攻撃は、もう慣れっこだ。大迷惑だがな。
「あらよっ」
オルファンの横蹴りの連続攻撃だ。俺は手でそれを下段払いし、素早く──。
シュッ
左ストレート! パンチだ!
ローフェンの鼻先で、止めてやった──つもりだった。しかし、ローフェンも手の平で、俺のパンチを受けていた。
ちぇっ、見事な防御だ!
「やるねえ~」
ニヤリ、とエルフ族の武闘家、ローフェンが笑った。
長身、イケメン。蹴り技が得意、女にモテる。
俺とは正反対の男だ。
俺は文句を言った。
「お前の奇襲攻撃、慣れてきたがな。あいからわらず、汚ねえぞ!」
ローフェンは汗をぬぐいながら、口笛を吹いた。
「ゲルドン杯格闘トーナメントは、スポーツじゃねえ。闘いだ。よそ見して蹴られてKOされても、言い訳にはならねえぞ」
「そ、そりゃそうだがな」
「だが、俺の顔をカウンターでとらえるとは、なかなかだ。まあ、俺の方がちょっとだけ反応が素早かったけどよ」
まったく……ローフェンのヤツは負けず嫌いだ。
「た、大変です!」
アシュリーが俺の方に駆け寄ってきた。
「ゲルドン杯格闘トーナメントのことなんですけど……。ゼントさん、参加条件を見てください!」
「ん?」
俺は一枚のチラシを、アシュリーに手渡された。
ゲルドン杯格闘トーナメントの、関係者用チラシだ。
アシュリーによれば、今日、「ミランダ武闘家養成所」に配送されてきたらしい。
『ゲルドン杯格闘トーナメント開催! 来たれ、武闘家! 強者どもよ!
開催年月 デルガ歴202年11月2日
参加資格
・グランバーン王国武闘家協会に容認された、武闘家養成所に所属する者
・各武闘家養成所の責任者に推薦、出場を許可された者
・参加費用 一名200万ルピー』
(ううっ……!)
こ、この参加費用は!
「参加費用、一人200万ルピーだって! 高すぎます!」
アシュリーが心配そうな顔で、俺を見る。2、200万? 高額すぎる!
くそ、ゲルドンのヤツ、そんなに金が必要なのか?
「しかし……マジか」
えーっと、この間、古書を売ったっけな。あれって100万ルピーで売れて……。
で、旅費、この村の生活費で、半分以上は使ってしまった。
残り40万ルピー?
全然足りない!
「ダメだ。40万ルピーしかないぞ。参加は……ムリか?」
俺がつぶやくように言うと、アシュリーは泣きそうになりながら言った。
「そんな! ゼントさん、このルーゼリック村で、2ヶ月、練習を頑張ってきたのに……」
「うーん……俺は『ミランダ武闘家養成所』に所属している」
ローフェンが腕組みしつつ言った。
「俺の死んだ親父は商売人で、150万ルピーくらいは貯金があるはずだ。俺も貯金が50万はある。だから俺の場合は何とか200万くらい払えるけどよ」
「じ、自慢するなよ」
「そういやゼントはどこにも所属していないんだよな? どうすんだ?」
「どうするって……どうしようもねえぞ。200万ルピーなんて金もない……」
俺が腕組みしながら言うと、後ろから声がした。
「なーに、あきらめてんのっ」
後ろを振り向くと、杖をついた若い女性が立っていた。
エルサだ。
ミランダさんも横に立っている。
「ゼント君、何も心配しなくていいわよ。今日からあなたは『ミランダ武闘家養成所』所属の武闘家です」
「え?」
「そして私が、あなたの分──200万ルピーを払わせてもらいます」
「ま、まさか!」
俺は声を上げた。
「そんな、200万ルピーなんて大金、ミランダさんに払わせることはできませんよ。練習場所も、寝床も用意してくださっているのに、そこまで……」
「ゼント君、エルサをごらんなさい」
エルサは杖をついて立っている。2ヶ月前までは、車椅子だったはずだ。
俺が来てから、なぜか少しずつ、車椅子を使わなくなり、自分で立てるようになってしまった。
「あなたが来てから、エルサも負けじと、元気になるよう努力したのよ」
「ちょ、ちょっと! ……ミランダさん、恥ずかしいからやめてよ!」
エルサは顔を真っ赤にしつつ言った。
「まあ……でも、ミランダさんの言うことは本当だよ。ゼント、君が来てから、私は元気になった。だって、20年引きこもりだったヤツが、格闘トーナメントに出ようとしてるんだからさ。負けらんないじゃん……」
「それに、ゼントさんは、私のことも、叔父から助けてくれました」
アシュリーが笑顔で言うと、ミランダは大きくうなずいた。
「ゼント君、あなたは人助けをしたのよ。私の大切な人をこんなに助けている」
「お、俺は、人を助けようなんて、思ってなかったです……」
「結果的にそうなったのよ。200万ルピー? 私にとってはたいしたお金じゃないわ。大金だけど、君が何と言おうと、ゲルドン側に払うから」
「ミ、ミランダさん!」
「あなたは、『ミランダ武闘家養成所』所属──ゼント・ラージェント。これからは、私たちの仲間よ。いえ──家族よ!」
家族! 俺が……ミランダさんたちの家族!
俺は……俺は叔父、叔母が死んでから、ずっと家族というものがなかった。
でも、ミランダさんは、俺を家族だと言ってくれた。
俺は──胸に熱いものを感じた。涙が流れてしかたなかった。
「分かりました。お金の件はミランダさんに、すべておまかせします」
俺はうなずくと、ミランダさんは笑顔を返してくれた。
するとローフェンは、村に設置された大時計を見て言った。
「おっと、さあ、もう出発しねえとな。トーナメントの登録に間に合わねえぞ。馬車を用意してる。とっとと行こうぜ」
俺は、心の病に苦しんでいるエルサの仇をうつため、ゲルドン杯格闘トーナメントに出場するのだ。
優勝すれば、エルサを傷つけた大勇者ゲルドンと闘うことができるはずだ。
さあ、村の外の馬車に乗ろう。出場登録期限は、あと4日だ。
「あたしも、アシュリーも行くよ」
すると、エルサが言った。
俺は、エルサを見て目を丸くした。
「エ、エルサ。お前、外を歩いて大丈夫なのか?」
「ああ。大丈夫だ。あたしも、あんたたちに付いていく!」
エルサは胸を張って言った。
しかし、エルサは杖をついている。しかもまだ痩せている……。
うーん……。俺がまだ心配していると、アシュリーが言った。
「中央都市に着いたら、私が、ママを支えます! ゼントさんは試合に集中してくだされば良いんです」
「エルサも前向きになったってことさ」
ローフェンが俺の肩に手をかけて言った。
「さ、出発するぜ!」
ローフェンが御者をして、馬車は出発することになった。客車には、俺とミランダさん、アシュリー、そしてエルサが乗り込む。
これから、ゲルドン杯格闘トーナメントの会場がある、中央都市ライザーンに向かう!
俺──ゼント、ミランダさん、ローフェン、エルサ、アシュリーの五人は、馬車でグランバーン王国の中央都市ライザーンにやってきた。
ゲルドン杯格闘トーナメントが開催されるスタジアムがある。
俺とローフェンはすぐに、スタジアムの受付で出場登録を済ませた。
ミランダさんは、本当に参加費用の200万円を払ってくれたようだ。
「トーナメントは明日からか。間に合ったな」
俺はため息をついて、スタジアムの屋内ロビーに座った。ローフェンといえば、どうやら街にナンパしに行ったらしい。
すると、奥の廊下から、誰かがやってくる。
(あっ……!)
身長180センチ以上、体重80キロ以上の堂々とした体格の男だった。そしてきらびやかなオーラ。周囲の人間は、彼にお辞儀をしている。
すべてが俺と大違いの男だった。
「ゲルドン……!」
俺はつぶやいた。彼こそ、20年ぶりに会う、大勇者ゲルドンだった。20年経っていても、そんなに顔は変わっていない。
俺に暴力をふるい、俺をパーティーから追放した男。エルサの人生をメチャクチャにした男……だ!
俺は立ち上がり、ゲルドンを見やった。
ゲルドンは廊下の奥の会議室に行くようだったが、ちらりと俺の方を見た。
「……ん?」
ゲルドンは、俺を不思議そうな顔で見た。足を止め、あごに手をあてて、まじまじと俺の顔を見た。
「……誰だ? お前? 俺に会ったことがあるのか?」
「……ある」
「はて? 何なんだ? お前は」
「ゼントだ」
「……は?」
「ゼント・ラージェントだ。お前が自分のパーティーから追放した、ゼント・ラージェントだ!」
「……おいおいおい、ウッソだろ、おい」
ゲルドンは半笑いで、俺の顔をしげしげと見た。
「お、お前、本当にゼントか? いや、確かに面影がある」
「あ、ああ、そうだ。本当にゼントだ。会うのは20年ぶりくらいだな」
「……あの時は俺もお前も16歳だったな。……ん? で、お前、このスタジアムに何の用だ?」
「お、お前と闘うために、ここに来たんだよ」
俺は、緊張を隠しながら、精一杯言った。
「……はあ?」
ゲルドンは額を指でこすって笑い、俺をまた見た。周囲の人間がさわがしくなった。
野次馬の人だかりができた。大勇者のゲルドンが、俺のような一般人と話しているから、珍しいんだろう。
すると、ゲルドンの弟子、クオリファが前に出ようとした。しかし、ゲルドンはそれを押しとどめた。
「クオリファ、待て」
ゲルドンは俺の方を見た。
「俺と、闘う? ゼント、何言ってるんだ? 20年経って、頭がおかしくなったのか?」
「お、お前のおかげで、俺の人生はメチャクチャになった」
俺は緊張しながらも、勇気を出して言った。
「……いや、俺の人生がメチャクチャになったのは、俺自身の責任だろう。だが、俺はお前を殴り倒さなければ気が済まなくなった」
「俺様を……この大勇者ゲルドンを、殴り倒す……」
「そうだ」
「ハハハ!」
ゲルドンは、両手でパシパシ叩いて、笑った。野次馬たちは、俺を見て眉をひそめている。皆、大勇者ゲルドンのファンだ。
「なんだ、あいつ。偉大なゲルドン相手に、どういった口を利いてんだ?」
「ゼント? 知らねえ名前だなあ」
「何、大勇者のゲルドンにケンカを売ってるの? 信じられないヤツだな」
野次馬たちはうわさしているが、ゲルドンは構わず言った。
「ガハハハ! 何だって? 俺様を殴り倒すって? ゼント、お前がか? あの弱っちかったお前が、俺を? 何の冗談だ?」
「冗談で言わないよ」
俺はまたしても勇気を振り絞って言った。
「本当に、俺はお前に挑戦する」
「おいおいおい~。てめーのような弱虫野郎が、二十年ぶりにあらわれて、俺に挑戦するってか? 冗談もほどほどにしろよ~」
すると……。
「ゲルドン様! どうなさったのですか?」
周囲に男の声が響いた。
すると、奥の廊下から、背の高い銀髪の、容姿端麗の男が歩いてきた。執事が着るようなスーツを着ている。
「セバスチャンよぉ、こいつ……ゼントが俺に挑戦するんだってよ」
ゲルドンは、銀髪の男に言った。ん? セバスチャン? どこかで聞いた名前だな。そうか! ミランダさんの魔法で過去の世界に行ったとき、パーティーメンバーにいた、謎の少年の名前が「セバスチャン」だ! そうか、今はゲルドンの秘書か、執事というわけか。
「ああ、君が報告にあった、ゼント・ラージェントか。初めまして、私が大勇者ゲルドンの秘書兼執事のオースティン・セバスチャンです」
セバスチャンという男は、クスクス笑っている。
「ゲルドン様、時間がありません。トーナメント開催のスポンサー様たちにご挨拶に行かなくては」
「あ、えーと、そうだったな」
ゲルドンはあわてて、廊下を歩いていってしまった。セバスチャンも後をついていこうとしたが、後ろを──俺の方を振り返った。
「フフッ……君が、ゼント・ラージェント君ね。わかります、わかりますよ。君がおそろしい相手だということが」
(ううっ?)
俺はゾクッとした。
あのセバスチャンの目! 何という鋭い目なんだ! このセバスチャンという男、すさまじい殺気だ。
セバスチャンは、すぐにゲルドンの後についていった。
どういうことなんだ? 大勇者ゲルドンより、秘書のセバスチャンって男の方が……!
強敵だ!