俺がハッと気づくと、そこはルーゼリック村の「ミランダ武闘家(ぶとうか)養成所」の一室だった。
 ミランダさんの部屋の中だ。

 エルサは車椅子にうつむいて座っている。一方、ミランダさんは水晶球(すいしょうだま)の前で、物思いにふけっている。

 そして俺は、エルサたちの前に立って──呆然としている。

 俺は、ミランダさんの魔法から抜け出し、過去の世界から現在の世界に戻ってきたのだ。

「あたしは結局、ゲルドンとの不倫(ふりん)関係を受け入れてしまった」

 俺はエルサの言葉を聞いて、息を飲んだ。

「お、おい、そうなのか? マジなのか……それ」
「ギルドもスキャンダルが広まるのを怖れて、あたしをギルドから登録抹消(とうろくまっしょう)した。大勇者ゲルドンの命令、ということもあったらしいが」
「そ、それで?」
「ゲルドンとの関係は1年間で終わり。ヤツは他に愛人を作って、あたしは捨てられた。ギルドという生活の(かて)を失ってね。女剣士は引退して、今に(いた)るって……わけさ」

 ゲルドン……なんてクズ野郎なんだ?  
 その時!

「キエエエーッ!」

 シュバッ

 いきなりだ。俺の頭の上を、誰かの「上段蹴り」が通過していった。この気配は!
 俺が振り向き、身構えると、そこには例のエルフ族の武闘家(ぶとうか)、ローフェンが笑って立っていた。
 な、何で、ミランダさんの部屋の中にいるんだよ? こいつ!

「たああーっ!」

 バッ
 
 今度はローフェンの右ストレートパンチだ。俺は素早くそれを避け、ローフェンの手首をつかむ。
 
 グググ……。俺は力を込めるが、ローフェンも力が結構強い!

「もっと続けてちょうだい」

 ミランダさんは、興味深そうに、俺たちの闘いを見ている。
 あ、あの~……止めてくださいよ!

 ローフェンは動こうとする。俺は彼が動くのを阻止(そし)する。力比(ちからくら)べだ!

「チイッ!」

 ローフェンは、バッと俺の手を引きはがした。

「お、お前……いつの間に入ってきたんだよ!」

 俺があわててローフェンに聞くと、彼はのんきにぴゅーと口笛を吹いた。

「俺も、『ミランダ武闘家(ぶとうか)養成所』の選手だ。だから、この養成所には出入りしてるんだよ。ちなみに、ミランダ先生は俺の師匠(ししょう)だ!」
「お前……いきなり攻撃することないだろうが!」
「フフッ……お前を試したのさ。ミランダ先生、エルサ、こいつの実力はかなりのものだぜ」

 ローフェンの言葉に、ミランダとエルサはうなずいた。

「そうね、ゼント君は素晴らしい実力を持っているようね……フフッ」

 ミランダさんはアゴの下で手を組み、楽しそうに俺を見ている。何か嫌な予感が……。
 そ、それに、このミランダさんって……。
 なぜか、「この人には、絶対に逆らえない」って気持ちになるんだけど!

 エルサは俺に言った。

「頼む、ゼント。ゲルドンと勝負してくれ」
「ええっ?」
「ゲルドンに勝って、自分がしたことの反省をさせるんだ。幼なじみとして──」

 あ、あの大勇者ゲルドンと勝負? 確かに昔の仲間が、幼なじみが、こんなひどい目にあったんだ。何とかしてやりたい。
 ゲルドンをこらしめてやりたい。だが、どうやって?

「今度、『ゲルドン杯格闘トーナメント』という大会が開かれる」

 エルサは言った。

「それに出て優勝すれば、ゲルドンと闘う挑戦権(ちょうせんけん)が得られるはずだ」
「あ、あいつ、そんなトーナメントを開催しているのか? だがエルサ、お前、お、俺がそのトーナメントで優勝できるっていうのかよ?」
「できるさ」

 エルサは断言した。
 い、いや、なんで断言できるんだよ。
 しかし、俺はハッとした。
 ──そうだ、俺は強くなっていたんだ。アシュリーの叔父を倒し、マール村の不良を、二人いっぺんに倒した。

(そうだろう?)

 という風に、エルサはニコッと笑った。

 そういえば、俺がゲルドンのパーティーを追放された時、エルサは言ってたっけ。

『ゼントはすごい武闘家(ぶとうか)としての才能があるって言ってんの。素手の闘いの才能があるはずだ。あたしはよく分かってるよ』

 そんなことを言ってたっけな……。俺はエルサを見つめた。エルサは笑っている。

 でも、俺は自分の実力が、自分でもよく分からない。未知数なのだ。

「ゲルドン杯格闘トーナメントには、俺も出るぜ!」

 ローフェンが笑いながら言うと、ミランダさんもクスッと笑った。

「ゼント君、トーナメント前に、いい練習相手が見つかったわね」

 おいおいおい、俺、本当にゲルドン主催(しゅさい)のトーナメント大会に出ることになっちゃったのか?

 ローフェンはニヤニヤ笑っている。

 ……だ、大丈夫かぁ?