20年引きこもった俺の最強武闘家ライフ~勇者パーティーから追放された俺、スキル【歴戦の武闘王】を手に入れ、掌底一発で悪党をKOします!~

 俺とアシュリーは馬車に乗り、アシュリーの故郷、ルーゼリック村に向かっていた。
 馬車は山を越え、途中、テントで野宿をして一泊。

 やがてようやくルーゼリック村に到着。

「懐かしい!」

 アシュリーは声を上げた。
 水車小屋や花畑、キャベツ畑、牧場がある、質素な村だ。
 何と、妖精がキラキラと宙を飛んでいる。初めて見た。

 村人を見ると、全員若く、耳がとがっている。
 
「そうか、アシュリーはエルフ族だったな。ま、まさか、ここはエルフの村なのか?」
「そうです! エルフだけが住む村ですよ!」

 アシュリーはニコッと笑って言った。俺は驚いた。おとぎ話の世界みたいだな……。
 
 すると、その時!

「でやあああーっ!」

 いきなり、横から大声がした。

 ビュッ

 誰かの拳──つまりパンチが横から飛んできたのだ。

「う、うおっ!」

 俺はあわてて素早くそれを()けた。

 シャッ

 今度はそいつの横蹴りが、目の前をかすめる!

「くっ」

 俺は横蹴りが飛んできた方を見やった。エルフ族の男がいる。彼は一歩前に進み出る。また蹴りか?

 ドガッ

 俺は素早く、右前蹴りを彼の胸に叩き込んでやった。

「うおっ!」

 その男は叫び、3メートルは吹っ飛び、地面に尻持ちをついた。

「イテテ……」

 男はそううめき、顔をしかめながら立ち上がった。

「な、何なんだよ、急に? 誰だ?」

 俺はそう言いつつ、男を見た。髪を後ろにしばったエルフ族の男が、そこに立っていた。──イケメンだ。

「お、お前、誰だ? 何で襲ってきた!」

 俺が腹を立てて聞くと、彼は質問に答えずに逆ギレしてきた。

「うっせえ! 俺様のパンチや蹴りを、()けやがって! しかも前蹴りをカウンターで合わせてくるとは……。てめえこそ何者だよ?」

 エルフ族の男は、くやしそうに言った。どうやら武闘家(ぶとうか)らしい。

「ローフェン!」

 アシュリーはため息をついて、その男に注意した。

「彼はお客様のゼントさんよ! 謝ってください!」
「ほー、お客様ねえ?」

 ローフェンという男は、ピューと口笛をふいて笑った。

「こいつ、単なる客にしては、強いぜ? そうとう……やるな!」
「おい、急に襲ってくるなんて、どういうつもりなんだ?」

 俺が聞くと、彼はまた、ピューッと口笛を吹いた。

(ひま)だったんでな」
「ひ、(ひま)?」
「それに強いヤツが来たみたいだから、手合わせしようと思っただけだ。お前、武闘家(ぶとうか)だな? ふん。じゃあ、この村にある、『ミランダ武闘家(ぶとうか)養成所・ルーゼリック支部』に行ってみろよ」

 ローフェンは言ったが、アシュリーは、「まったくローフェンったら。失礼な……」と、まだプリプリ怒っている。

「ふん、ゼントね……覚えとくぜ」

 そして彼は村の奥に歩いていってしまった。

「ミランダ武闘家(ぶとうか)養成所……?」

 どこかで聞いたことがあった。

 すると、アシュリーが説明してくれた。

「このグランバーン王国に、とても数多くの支部がある、武闘家(ぶとうか)養成所です。エルフ族と人間が共同経営しています。その支部の1つが、このルーゼリック村にあるのです。──母もそこにいますので、今から案内します」

 聞いたことがある! 俺が訓練生の時、「ミランダ武闘家(ぶとうか)養成所」に所属希望していた武闘家(ぶとうか)訓練生が、何人もいたっけ……。有名な武闘家(ぶとうか)養成所なんだな。

 俺はアシュリーについていった。
 
 村の奥には、丸太とレンガで出来た、ひときわ大きな屋敷があった。

 ◇ ◇ ◇
 
 屋敷の中に入ると、熱気がムアッと感じられた。

「ハアッ!」
「デヤッ」
「トオッ」

 若いエルフ族たちが、六名ほど、格闘技の練習にはげんでいる。
 サンドバックを蹴ったり、武闘(ぶとう)リングに上がって、対人練習をしていた。

「違う、シシリー。足の動きが遅いよ」

 左の方で声がした。
 
 声がした方を向くと、車椅子に乗っている女性がいた。年齢は──20代前半くらいに見える女性だ。メチャクチャ美人だ。耳が長いので、エルフ族だろう。

 しかし──とても()せており、体調が悪そうだ……。

「シシリー、もっと力を抜いて」

 それでも、若い女性武闘家(ぶとうか)を指導している。

(ん?)

 俺は……この車椅子の女性に見覚えがあるような気がした。
 ……いや、そんなはずはない。エルフ族の大人の女性に、知り合いなんかいたっけ?

「私の母です」

 アシュリーは言った。え? そうなのか? 確かにアシュリーと似てはいるが……。

(そ、それにしてもきれいな人だなあ)

 こんな若い女性が、アシュリーのお母さん? そんなバカな。

 ……あ、そうか。エルフ族は年をとらないんだっけ。20代に見えても、実は100年生きているエルフなんてのはたくさんいる。

 車椅子の女性は、俺に気付いたようだ。

「あら? 人間族の方? ようこそ、ルーゼリック村へ……ゴホッ」

 女性は──アシュリーの母親らしき女性は、車椅子に座りながら、ゴホゴホと(せき)をしながら、俺を見た。

 アシュリーはあわてて、女性の背中をさすった。

「ママ、大丈夫? アシュリーだよ。帰ってきたよ」
「ええっ? アシュリー、よく無事で帰ってこれたわね……嬉しいわ、ゴホッ」

 どうやら本当に親子のようだが、車椅子の女性は若く見えるから、姉妹のようだ。

「あ、あの、無理をしないでください」

 俺は言った。

「ええ、あ、ありがとう。……え?」

 アシュリーの母は、俺をまじまじと見た。

「あ、あなたは……あんたは! ──ゼント! ゼント・ラージェント……!」

 ええっ? どうしてこのエルフの女性は、俺の名前を知っているんだ?
「あ、あなたは……あんたは! ──ゼント! ゼント・ラージェント……!」

 なぜだ? どうしてこの車椅子に乗ったエルフの女性──アシュリーの母は、俺の名前を知っているんだろう?

「私だよ、久しぶりね……ゼント」

 若くて美しい、エルフ族の女性は言った。エルフ族は年をとらないから、何歳かは分からない。

「私よ、エルサだよ」
「エルサ……エルサ……ええーっ?」

 俺は目を丸くした。エルサといえば、20年前、俺が所属していた魔物討伐(とうばつ)パーティー「龍の盾」のメンバー。
「龍の盾」のメンバーは、今は夫婦だが、勇者ゲルドンと聖女フェリシア、俺──荷物持ちのゼント。……そして、勝ち気な特攻(とっこう)隊長、女剣士エルサだ。皆、幼なじみだ。

「エ、エルサ……お、お前なのか。本当にエルサなのか」
「……ああ。あんまりまじまじと見ないで。恥ずかしいから」
「え……と、車椅子には、どうして乗っているんだ?」
「体調が悪くてね……すぐに、ふらついちゃうんだ」

 彼女の体は()せている。痛々しいくらいだ。

「あ、あの……私、外に行って遊んでくる」

 アシュリーはそう言って、武闘家(ぶとうか)養成所の外に出て行った。俺たちに気を使ったんだろう。

「ちょ、ちょっと手をさわっていいか」

 俺が言うと、エルサは嫌がらず、うなずいてくれた。
 俺は彼女の手を握って、彼女の手の甲をさわった。細い。力が伝わってこない。

「……話してやるよ。何があったのかを──ついてきて」

 エルサは車椅子を、奥の部屋に向かわせた。
 俺とエルサは、奥の部屋に入っていった。

 ◇ ◇ ◇
 
 その部屋の中には、眼鏡をかけた40代くらいの女性が、立派な机の前に座っていた。この人もエルフ族か……? おや? 耳は長くない。

 彼女の机の上のは、水晶球(すいしょうだま)が置かれている。

「ようこそ、ゼント・ラージェントさん」

 う、うわっ。この人、すでに俺の名前を知っている?

「あなたの名前が、水晶球(すいしょうだま)に出ているわ。──私はミランダ。ミランダ・レーンよ。よろしく」

 このミランダって人は、占い師……?

「ふふっ、エルサ。私の予言は当たったでしょう。『今月、この村に人間族の男性がやって来て、あなた──エルサは救われる』って」
「……救われるかどうかは分からないけど……。まさか、ゼントが来るとはね」

 エルサはフッとため息をついた。
 
 すると、ミランダというこの女性は口を開いた。

「私は、この『ミランダ武闘家(ぶとうか)養成所・ルーゼリック村支部』の社長、責任者をしております。エルフ族と人間族のハーフですけどね。今はエルサの治療を私がしつつ、武闘家(ぶとうか)の育成、指導をしております」
「ミランダは、私の恩人なの」

 エルサはミランダを見ながら、俺に言った。
 ミランダさんとエルサは、深いつながりがあるようだな。

「私は『魔法』の(たぐい)も使えます」

 ミランダさんは言った。

「あなたはエルサのご友人ね。すべてこの水晶球(すいしょうだま)の情報によって、理解しています。ゼント君、あなたがエルサの過去を知りたいこともね」

 俺がエルサの過去を知りたい?

 そ、その通りだ。幼なじみのエルサに、何があったのか……知りたい。
 どうして、こんなに()せて、車椅子に乗るまでになってしまったんだ?

 ……が、知るのはちょっと怖い。このミランダという女性が、話をしてくれるのか?

「エルサ。では、ゼント君にあなたの過去を教えてあげなさい」

 ミランダさんが言うと、エルサは少し考えてから……しばらくしてうなずいた。
 そして躊躇(ちゅうちょ)しつつ、それでいて決意したように、机の上の水晶球に触れた。

「ゼント……あなたに教えてあげる。私になにがあったのかを」

 エルサが念を込めると、水晶球(すいしょうだま)が光り、俺たちはその光に包まれた。

 ◇ ◇ ◇

 周囲を見渡すと、そこは草原だった。

「え? ここはどこだ?」

 俺は自分の体を見た。何と、半透明になって、草原に立っていた。

(ここは過去の世界だよ)

 エルサの声がした。

(ゼント、あんたが「龍の盾」を抜けた約3年後だ。今から17年前だな)

 エルサはエルフの魔法を使って、俺に自分の過去を見せようとしているのか。じゃあ、今の声は、今、車椅子に座っている現在のエルサの声というわけか。

 その時!

「どりゃああああっ!」

 聞き覚えのある声がした。

 草原で、男が二足歩行の狼系モンスター、ワーウルフと戦っている。──その男は、若きゲルドンだ! そして、後ろには剣を持ったエルサがいる。17年前のエルサか。
 フェリシアは? いない。代わりに、15歳くらいの銀髪(ぎんぱつ)少年がいる。

 ……誰だ、こいつ。

 ドガアッ

 ゲルドンはワーウルフに前蹴り一閃(いっせん)

 ザムッ

 そして、手に持った剣で、ワーウルフの胸を切り裂く。するとワーウルフは光り、宝石の原石に変化した。この世のモンスターは、すべて宝石の原石から生まれている。

 すると、後ろから全長5メートルはある大ネズミ──ビッグマウスが現れた。

 ビッグマウスは素早く、エルサに突進してくる。
 
 サッ

 しかし、エルサはすぐにそれをかわし、同時に背中の剣を引き抜いた!

 ズバッ

 エルサはビッグマウスを剣で一閃。すぐに倒して宝石にしてしまった。
 モンスターは全ていなくなった。討伐完了(とうばつかんりょう)だ──。

 ゲルドンとエルサ、そして新しいパーティーメンバーらしき銀髪(ぎんぱつ)少年は、そばにいる俺に気づかない。
 そうか、俺は半透明の姿になっているから気づかないのか。

「さすがはエルサだ」

 ゲルドンは、なれなれしくも、エルサの肩に自分の腕をかけた。
 
「調子はいいみたいじゃねえか。エルサ」
「……どういうつもりだ、ゲルドン」

 エルサはゲルドンの手を払いのけた。

「あんたの妻、フェリシアは今、身重(みおも)で、お前の屋敷で休んでいるんだろう。ゲルドン、お前の赤ん坊を産むんだぞ。いちいちあたしに絡むな」
「ああ? かんけーねえよ」

 ゲルドンはニヤニヤ笑いながら言った。

「フェリシアが俺の妻だろうが、俺は大勇者だぜ? エルサ、俺とこっそり付き合おう」
「バ、バカ言うな!」
「おい、エルサ、頼むよ。フェリシアのヤツ、俺を束縛(そくばく)しやがってさあ。他の女に近づかせないんだ。ストレスたまるぜ」

 ゲルドンは、無理矢理エルサを抱きしめようとした。

「バカ!」

 パシイッ!

 エルサは、ゲルドンの(ほお)を平手で叩いた。

「フェリシアを裏切る気か? あたしたちの幼なじみだろ。あんたの妻だろ!」
「ああ、そうだよ。だから何だ?」

 ゲルドンはひょうひょうと言った。

「この世の女は、全部俺のものだ。なんたって俺様は大勇者なんだからよ。何やったっていいんだよ、俺は」
貴様(きさま)!」

 エルサはゲルドンをにらみつけた。

(おいおい……やべえぞこりゃ)

 俺は半透明の体で、一部始終を見ていた。

 俺はすべてを理解した。17年前、ゲルドンは、エルサに不倫(ふりん)を持ちかけていたのか!

(ゼント……あんたに続きを見せる)

 今の時代のエルサの声が、俺の耳の中に響いた……!
 俺はミランダさんの魔法で、エルサの過去──17年前の出来事を半透明の体で見ている。

 モンスター討伐が終わった後、フェリシアを妻にしているゲルドンは、あろうことか、エルサに不倫(ふりん)関係になることを持ちかけた──。

 ゲルドンとエルサ、そして新しいパーティーメンバーの銀髪(ぎんぱつ)の少年(名前不明)は、モンスターを討伐(とうばつ)した。
 その後、中央地区のギルドへ向かった。グランバーン王国最大のギルドだ。

「おい、バルーゼ、ワーウルフとビッグマウスを討伐(とうばつ)したぜ」

 ゲルドンはギルドに着くと、さっそくギルドマスターのバルーゼ氏に言った。ゲルドンの(ほお)は、エルサにぶたれて赤くなっている。

「ほぉー! あの難敵、ワーウルフとビッグマウスをですか? さすがですね!」

 ギルドのマスター、バルーゼはもみ手をしながら大げさに言った。ふん、大勇者のゲルドンに頭が上がらないってのか。
 するとゲルドンはニヤニヤ笑いながら、後ろのエルサを指差し、バルーゼに言った。

「それでだな。このエルサが、一身上の都合で、ギルドをやめたいんだとよ」
「な、何?」

 エルサは後ろから、驚いたように声を上げた。

「あたしがギルドをやめたい? ゲルドン、何を言ってるんだ? あたしはそんなことを希望した覚えはない!」
「──バルーゼ、命令だ。さっさとエルサのギルドの登録を抹消(まっしょう)してくれ」

 若きゲルドンはエルサの訴えを無視して、冷たくバルーゼに言った。バルーゼは困惑した表情で、ゲルドンとエルサを交互に見ている。
 お、おい、ゲルドン。お前、何を言っているんだ? 意味分からんぞ。

 一方、クスクス笑っているのは、銀髪(ぎんぱつ)少年だ。一体、こいつは誰なんだ?

「おい! 何を血迷ったことを言っているんだ、ゲルドン!」

 エルサは声を上げた。

「ギルドの登録がなければ、あたしはどうやって生活すればいいんだ! 今まで剣士一本でやってきたんだぞ。バルーゼ、ゲルドンの言っていることは無視してくれ!」

 すると、ゲルドンは何と暴力的なことか、エルサの胸ぐらをつかみ上げた。

「じゃあ、エルサ──。俺とのさっきの約束、受け入れてくれるよな。受け入れなきゃ、娼婦(しょうふ)にでもなって、体で(かせ)ぐんだな」

 ドガッ

「うっ……」

 エルサは床に放り投げられた。
 そうか! ゲルドンは再び、エルサに自分と不倫(ふりん)関係になることを持ちかけている。それを受け入れろ、と(あん)に迫っているのだ。

 周囲の人々は、驚いてゲルドンたちの方を見ている。

 この世の人間は、皆、ギルドに加入している。そこから職業を手に入れるのだ。ギルドをやめるとなると、まともな仕事につくことは不可能だ。
 つまり──ギルドから登録抹消(とうろくまっしょう)されれば、この世でまともに生きていくことは不可能。
 一度、登録抹消(とうろくまっしょう)されれば、三年間は再登録できない。

「な、なんだ、何かトラブルか?」
「いやまて、ありゃ、勇者のゲルドンじゃねえのか?」
「お、本当だ。グランバーンの大スターじゃねえか。何のさわぎだ」

 ギルドにいた人々は、(うわさ)をし始めた。

「ゲルドン様、もうそれくらいで」

 謎のもう一人のパーティーメンバー、銀髪(ぎんぱつ)の少年は笑いながら言った。

「いや、しかしだな、セバスチャン」

 ゲルドンは床に投げつけられたエルサを、にらみつけながら言った。セバスチャン? 誰だ?

「皆が見ていますから、ここのところはおさめて」

 銀髪(ぎんぱつ)少年──セバスチャンは静かにアドバイスした。ゲルドンはハッとして、あわてて周囲の人たちに言った。

「お、おお! さわがしくして悪かったな。別に何でもねぇよ。ちょっとした、金のトラブルさ」

 ゲルドンはエルサを見やりながら言った。金のトラブル? 大ウソだ。
 ゲルドンは、しゃがみ込み、静かに言った。

「エルサ──。お前とフェリシアは親友だったな。だけど関係ねえよ。エルサ、お前が俺様を受け入れたら、今後、いい生活をさせてやるぜえ?」

 ゲルドン……まるで悪魔のような顔だ。

 パシイッ

 エルサはまた、ゲルドンの右頬(みぎほお)を平手で叩いた。

「断る! 幼なじみの──親友のフェリシアを裏切れない!」
「……強情な女だ」

 ゲルドンは右頬(みぎほお)をさすりながら舌打ちし、セバスチャンとともに、外に出ていった。

(後は……現実の世界で話す。戻ろう)

 現在のエルサの声が、俺の耳元で響く。

 俺は──冷や汗をかいていた。何でこんなことになっているんだ?
 俺がハッと気づくと、そこはルーゼリック村の「ミランダ武闘家(ぶとうか)養成所」の一室だった。
 ミランダさんの部屋の中だ。

 エルサは車椅子にうつむいて座っている。一方、ミランダさんは水晶球(すいしょうだま)の前で、物思いにふけっている。

 そして俺は、エルサたちの前に立って──呆然としている。

 俺は、ミランダさんの魔法から抜け出し、過去の世界から現在の世界に戻ってきたのだ。

「あたしは結局、ゲルドンとの不倫(ふりん)関係を受け入れてしまった」

 俺はエルサの言葉を聞いて、息を飲んだ。

「お、おい、そうなのか? マジなのか……それ」
「ギルドもスキャンダルが広まるのを怖れて、あたしをギルドから登録抹消(とうろくまっしょう)した。大勇者ゲルドンの命令、ということもあったらしいが」
「そ、それで?」
「ゲルドンとの関係は1年間で終わり。ヤツは他に愛人を作って、あたしは捨てられた。ギルドという生活の(かて)を失ってね。女剣士は引退して、今に(いた)るって……わけさ」

 ゲルドン……なんてクズ野郎なんだ?  
 その時!

「キエエエーッ!」

 シュバッ

 いきなりだ。俺の頭の上を、誰かの「上段蹴り」が通過していった。この気配は!
 俺が振り向き、身構えると、そこには例のエルフ族の武闘家(ぶとうか)、ローフェンが笑って立っていた。
 な、何で、ミランダさんの部屋の中にいるんだよ? こいつ!

「たああーっ!」

 バッ
 
 今度はローフェンの右ストレートパンチだ。俺は素早くそれを避け、ローフェンの手首をつかむ。
 
 グググ……。俺は力を込めるが、ローフェンも力が結構強い!

「もっと続けてちょうだい」

 ミランダさんは、興味深そうに、俺たちの闘いを見ている。
 あ、あの~……止めてくださいよ!

 ローフェンは動こうとする。俺は彼が動くのを阻止(そし)する。力比(ちからくら)べだ!

「チイッ!」

 ローフェンは、バッと俺の手を引きはがした。

「お、お前……いつの間に入ってきたんだよ!」

 俺があわててローフェンに聞くと、彼はのんきにぴゅーと口笛を吹いた。

「俺も、『ミランダ武闘家(ぶとうか)養成所』の選手だ。だから、この養成所には出入りしてるんだよ。ちなみに、ミランダ先生は俺の師匠(ししょう)だ!」
「お前……いきなり攻撃することないだろうが!」
「フフッ……お前を試したのさ。ミランダ先生、エルサ、こいつの実力はかなりのものだぜ」

 ローフェンの言葉に、ミランダとエルサはうなずいた。

「そうね、ゼント君は素晴らしい実力を持っているようね……フフッ」

 ミランダさんはアゴの下で手を組み、楽しそうに俺を見ている。何か嫌な予感が……。
 そ、それに、このミランダさんって……。
 なぜか、「この人には、絶対に逆らえない」って気持ちになるんだけど!

 エルサは俺に言った。

「頼む、ゼント。ゲルドンと勝負してくれ」
「ええっ?」
「ゲルドンに勝って、自分がしたことの反省をさせるんだ。幼なじみとして──」

 あ、あの大勇者ゲルドンと勝負? 確かに昔の仲間が、幼なじみが、こんなひどい目にあったんだ。何とかしてやりたい。
 ゲルドンをこらしめてやりたい。だが、どうやって?

「今度、『ゲルドン杯格闘トーナメント』という大会が開かれる」

 エルサは言った。

「それに出て優勝すれば、ゲルドンと闘う挑戦権(ちょうせんけん)が得られるはずだ」
「あ、あいつ、そんなトーナメントを開催しているのか? だがエルサ、お前、お、俺がそのトーナメントで優勝できるっていうのかよ?」
「できるさ」

 エルサは断言した。
 い、いや、なんで断言できるんだよ。
 しかし、俺はハッとした。
 ──そうだ、俺は強くなっていたんだ。アシュリーの叔父を倒し、マール村の不良を、二人いっぺんに倒した。

(そうだろう?)

 という風に、エルサはニコッと笑った。

 そういえば、俺がゲルドンのパーティーを追放された時、エルサは言ってたっけ。

『ゼントはすごい武闘家(ぶとうか)としての才能があるって言ってんの。素手の闘いの才能があるはずだ。あたしはよく分かってるよ』

 そんなことを言ってたっけな……。俺はエルサを見つめた。エルサは笑っている。

 でも、俺は自分の実力が、自分でもよく分からない。未知数なのだ。

「ゲルドン杯格闘トーナメントには、俺も出るぜ!」

 ローフェンが笑いながら言うと、ミランダさんもクスッと笑った。

「ゼント君、トーナメント前に、いい練習相手が見つかったわね」

 おいおいおい、俺、本当にゲルドン主催(しゅさい)のトーナメント大会に出ることになっちゃったのか?

 ローフェンはニヤニヤ笑っている。

 ……だ、大丈夫かぁ?
 ゼントがルーゼリック村で、エルフ族と生活し、武闘家(ぶとうか)修業を始めて1ヶ月が経った頃──。

 その頃大勇者ゲルドンは──。毎晩毎晩、飲み歩いていた!

 連れは、ゲルドンのパーティーメンバー、一番弟子ともいえる、武闘家(ぶとうか)のクオリファ・ダルゼムだ。
 ゲルドンは妻──フェリシアがいるというのに、道で女性をナンパして歩いた。

 ドガッ

 その時、ゲルドンはいかつい男と、肩がぶつかった。
 男はチンピラの(たぐい)だろう。男はゲルドンにすごんだ。

「おい……肩がぶつかったぞ」
「は? 知らねえよ」

 ゲルドンはニヤニヤ笑って、言った。

「てめえ! (あやま)らねえのか!」

 いかつい男は逆上(ぎゃくじょう)して、ゲルドンに(おそ)い掛かった。

 グワシッ

 しかし、ゲルドンは男の額に、頭突きをくらわしていた。いかつい男は、クラリとよろける。
 そこを──。

 ガスウッ

 ゲルドンの右ストレートパンチ。男の(ほお)をとらえる。
 そして、得意の前蹴りだ。いかつい男は、路上を二メートル吹っ飛んだ。

「ひ、ひい~!」

 いかつい男は、フラフラと立ち上がり、逃げ去っていった。男はおそらく街のチンピラだろうが、格闘技の素人だ。数々の戦闘をこなしてきた、ゲルドンの敵ではない。

「さ~すがッスね!」

 横にいた弟子のクオリファは、ゲルドンに向かって拍手した。

 ◇ ◇ ◇

 女たちと遊び、彼女たちと別れたゲルドンは、行きつけの酒場に移動。座った席でゲラゲラ笑いながら、クオリファにこう言った。

「『ゲルドン杯格闘トーナメント』のことだけどよ。まあ、息子のゼボールが優勝するのは、決定なんだよ」
「え? そ、それ、八百長ってことッスか?」
「そうだよ、何がおかしい? これは興行(こうぎょう)だぞ。商売だ」

 主催者(しゅさいしゃ)のゲルドンは平然と言った。

「クオリファ、お前の第一試合はまあ、真剣勝負(ガチンコ)でやってみるか? でも、一番弱そうなヤツを当ててやるがな」

 クオリファは驚いていた。この人、大勇者だろ? 八百長なんて、弟子の俺にやらせるのか? 国民にこれがバレたら……。
 い、いや、何か深い考えがおありなのだ。な、なにしろ大勇者だしな……。

 すると──。

「おー、ここだここだ」

 ゲルドンの後ろで声がした。

「あれ? 人が座ってら。俺が予約した席だろうが」

 ゲルドンが振り向くと、そこには小柄な男が一人、立っていた。小柄なホビット族だ。身長は153センチくらいか。

「おい、どいてくれ。そこ、俺が予約した席だからさ」

 ホビット族の男は、ゲルドンに言った。
 酔っ払ったゲルドンは、ホビット族の男をにらみつけた。

「何だ、お前?」
「俺か? 俺はホビット族の武闘家(ぶとうか)、リンゲル・ドルバース。はやくどいてくれ。俺はこの席を予約してたんだ。演奏を聴く一番良い席なんだよ」

 ガシャン!

 ゲルドンはムカッ腹をたてて、酒のコップを地面に叩きつけた。
 
「バカが! 『どいてくれ』だって? アホか? 俺を誰だと思ってるんだ?」
「知らねえな。いいから、席、かわってくれや」
「ああ? 俺に勝負で勝てたらな」
「俺とか? 俺は小柄だが、結構ケンカ強いよ。俺は去年の王立格闘トーナメントの五位。おととしは四位だぞ」

 小柄なドルバースは、ゲルドンを見て言った。

 バシャッ

 するとゲルドンは、ドルバースに()()ましの水をぶっかけた。

「……やる気だな? おい」

 ドルバースはそう言いつつ、頭がびしょぬれになりながらも、一歩前に進み出ていた。

 ドガッ

 ドルバースはいきなり──座ったゲルドンのアゴに肘打ちをくらわせた。153センチの超小柄ながらも、見事なタイミングで入った肘打ちだった。

 身長183センチ、体重83キロ前後あるゲルドンは、クラリと床に膝をついた。

「ぐぐ……この野郎」

 そして、ドルバースを見上げてにらんだ。

 闘い──ケンカが始まろうとしていた。
 大勇者ゲルドンは酒場で、ホビット族のドルバースにケンカを売った。

 そして──ホビット族のドルバースは、大勇者ゲルドンに肘打ちをくらわせた。

 ゲルドンは、痛めたアゴをさすりながら立ち上がり──。

「ホビット……いい度胸だ。地上の果てまでぶっとばしてやる。チビ野郎」
 
 とつぶやき、両手をギチリと構えた。戦闘態勢──素手の勝負だ。

 超小柄なホビット族と大勇者ゲルドンのストリートファイト──。

 見ものだ!
 
 酒場の野次馬たちは息を飲んで、二人の対決を見守った。クオリファは心配そうだったが……。

 ドルバースの頭の上で、ゲルドンの右拳──右フックは空を切る。

 その瞬間、ドルバースは一歩前に出て、その小柄な体格を利用し、ゲルドンのふところに踏み込んだ。

 ドガッ

「ぐへ」

 ドルバースの左ボディパンチは、ゲルドンの腹に叩き込まれていた。
 見事に急所をとらえており、ゲルドンの体は丸まって、前傾姿勢となった。

 ここで!

 グワシッ

 ドルバースは素早く、またしても得意の肘打ちを、ゲルドンの頬に叩き込んだのだ。
 前傾姿勢だったゲルドンに、見事な攻撃だった。

「うおおおっ!」
「す、すげえ、あのチビ!」
「ホビットの野郎、ケンカ慣れしてやがるぜ!」

 ゲルドンは目を血走らせ、倒れず踏んばった。さすが大勇者。ドルバースの体重が軽かったということもあって、肘打ち攻撃に威力が少なかったという事実もあった。

「あ、ぐ、ち、ちくしょう」

 ゲルドンはそんな声を上げる。

「冷静にやらねえと──」

 ゲルドンの顔色が変わった。キュッと両手を構える。これはゲルドンが本気で、戦闘態勢に入ったことを示していた。

 ガスッ

 ゲルドンの左の軽いパンチ──左ジャブだ!

 いきなりの素早い攻撃に、ドルバースは反応できなかった。ドルバースのアゴを軽くとらえた。またもう一発ジャブ、今度は(ほお)。そして最後にゲルドンは──。

 ガッ

 ゲルドンの下段回し蹴り! ローキックだ!

 ドルバースは(もも)を蹴られて、ひっくり返った。

「おお!」
「すげえ」
「さすが大勇者様だぜ!」

 野次馬たちが声を上げる。

「くっ!」

 ドルバースはひっくり返った時、背中を打った。しかし、すぐに横に転がり、立ち上がる。

「へへへ……」

 ゲルドンはニタリと笑った。

「フフッ、冷静になれば、ざっとこんなもんさ」
「そうかな?」

 立ち上がったドルバースはぴょんぴょん、とその場をジャンプしてみせる。

「効いてねえんだよ、大勇者さんよ! ジャブも下段蹴りも、すべて急所を外したぜ?」

 ドルバースの言葉に、ゲルドンは冷や汗をかいた。そ、そんなバカな? 効いていないだと? 
 ドルバースは続ける。

「てめーの攻撃が遅ぇから、ポイントを外すことができるんだ。なんだお前、本当に大勇者のゲルドンなのか? ニセモノなんじゃねーの?」

 しかしだ。ドルバースは実は、ゲルドンの攻撃は効いていた。ケンカ慣れしたドルバースは、このようなハッタリ発言もお得意だった。
 しかし、今のゲルドンにはその演技を見抜く余裕はなかった──。

 ゲルドンは顔を真っ赤にした。
 俺は正真正銘(しょうしんしょうめい)の、本物の勇者だ!

「俺は、負けるわけには、いかねえんだ! てめーを(つぶ)す!」

 ゲルドンは何と、横の席の鉄製ビールジョッキを手に、ドルバースに殴りかかった。

「う、うおっ……」

 ドルバースはさすがにあわてた。しかし、ゲルドンも焦っており、動きが雑だ。ドルバースは無事、その凶器攻撃をかわすことができた。
 ゲルドンは声を上げた。

「う、そ、だ、ろ」
「ふう──。危ねえな。うそだろ、じゃねえよ」

 ドルバースはため息をついた。

「そのビールジョッキは重いぞ。そんな(おそ)(にぶ)い攻撃が効くと思ったか? 武闘家(ぶとうか)にそんなチンケな反則攻撃が効くかよ、大勇者さん」

 ゲルドンは再び冷や汗をかいていた。

 野次馬はクスクス笑っている。何としても勝たないと……どうする?

 ゲルドンはジロリとクオリファを見た。

「お前の出番だ」

 ゲルドンはクオリファに言った。

「うっす……」

 クオリファは静かに言った。クオリファも、自分の師匠、そして尊敬する大勇者をコケにされて、我慢がならなかった。

「っしゃあっ!」

 ドガッ

 クオリファはいきなり、ドルバースに向かって横蹴りを胸部に見舞った。
 ドルバースは3メートルふっとび、酒場の壁に激突した。

 ケンカはまだ続く──。
 酒場での大喧嘩──。
 ゲルドンのパーティーメンバーであり、一番弟子のクオリファは、ドルバースに向かって横蹴りを見舞った。
 ドルバースは、酒場の壁に激突!

「ぐ、や、やるじゃねえか……」

 ドルバースは、胸をおさえながら言った。頭は壁に打っていない。大丈夫だ。

 クオリファは笑って、拳の骨をポキポキならしている。

「いやぁ、さっきからこのホビット、ムカついてたんスよね。俺の先生が本気出してないからって、色々してくれちゃってさ」

 するとホビット族のドルバースはクスクスと笑った。

「この大勇者が、本気を出してないって? ケンカに負けちゃおしまいだろ?」
「……ああ。ケンカに負けちゃおしまいだよなあ。クオリファ、代わってくれや……と、その前に!」

 ガッ

 ゲルドンはいきなり、ドルバースに掴みかかった。

「おっ、お前! 弟子に代わるんじゃなかったのか」

 ドルバースは油断していた。そして、床に倒され、馬乗りの状態になった。この状態は、ケンカでいえば、「超危険」を示す。
 つまり、ゲルドンが有利の体勢なのだ。ここから上からのパンチの雨あられに移行できるからだ。

「くっ、汚ねえヤツらだ!」

 ドルバースはあわてて逃げ出そうと、馬乗りの状態から、もがいて逃げようとした。

「くっ!」

 ゲルドンはクオリファに目で合図する。するとクオリファは、何と──。

 ドガッ

 横から、ゲルドンに馬乗りされているドルバースの腕を蹴っ飛ばしたのだ!

「う、が!」

 ガスッ

 クオリファは、もう一発、腕を蹴る! ドルバースは、苦痛に顔をゆがめる。

 なんだ、何が起こっているんだ? 野次馬たちは、この状況を呆然と見ていた。

 2対1……! 大勇者ゲルドンとクオリファが、一方的にホビット族のドルバースを叩きのめそうとしている。2人がかりで、1人を……!

 なんなんだ、これは?

「一方的な暴力じゃないか」

 野次馬の誰かが言った。その通りだった。

 野次馬たちは困惑していた。これは2対1の構図だ。これはケンカじゃない。一方的な暴力になりつつある。

 そして、クオリファは(すき)あらば、上から蹴りを落とそうとしている。

 一方、ゲルドンといえば、ドルバースの上からパンチをガシガシ当てにいった。ドルバースは肘や腕で、ゲルドンの馬乗りパンチを必死に防いでいる。しかし──。

 ガスッ
 ガスッ
 ゲスッ

「う、うおおっ……」
「やべえ」
 
 野次馬たちは声を上げる。

 ドルバースは腕を使い、ゲルドンの強引な──力任せな馬乗りパンチを防いでいた。しかし、やがて(ほお)や額にパンチが当たりだした。
 ドルバースは防御するための腕を負傷したらしく、もう防戦一方(ぼうせんいっぽう)だ。逃げるスタミナも、もう残ってなさそうだった。

 ドルバースは小さく言った。

「う、ま、まい……っ」
「あ? 聞こえねーよ!」
「う、ま、まいった、ゆ、ゆるしてくれ」

 ドルバースはあわてて、懇願(こんがん)した。

 おおおおっ!

 野次馬たちは声を上げる。しかし、何だかスッキリしないケンカだ。勝負というよりは、何か嫌なものを見せつけられたような──。
 ゲルドンは弟子の力を借りた。2人で、あの小柄なホビットを叩きのめしたのだ……。

「負けを認めたな。それでいいんだよ、クソ野郎」

 大勇者ゲルドンはニヤッと笑って、馬乗り体勢から立ち上がった。
 そして、弟子のクオリファとハイタッチだ。

「俺ら、最強だな!」
「そうっスね!」
「ケンカは、勝たなきゃダメなんだよな!」
「その通りッス!」

 ゲルドンとクオリファは満足顔だ。しかし、野次馬たちの目は冷たい。

 ドルバースは、酒場の店員の手で、すぐに近くの診療所にかつぎこまれた。さっきのクオリファの蹴りで、腕が折れたらしい。

「きたねえよ……二人がかりで……」
「なんなんだ、あの大勇者とあの弟子は」
「大勇者ってあんなヤツなのか?」

 野次馬たちは眉をひそめて、ゲルドンを見やった。それを聞いたゲルドンは、「うるせえんだよ!」と怒鳴った。

「ケンカは勝ちゃいいんだろうが! ハハハ! 記念に祝杯だ! クオリファ、ビールをもってこい!」
「わかりましたっ!」

 野次馬たちは、悪びれず勝手に祝杯をあげているゲルドンたちを、冷ややかな目で見やっていた。
 ルーゼリック村のある日の朝──。
 俺、ゼント・ラージェントがこの村にやってきてから、2ヶ月が()った。

 今日は、「ゲルドン杯格闘トーナメント」に出場するため、旅立つ日だ!

 場所は、グランバーン王国の中央都市ライザーン!

 この2ヶ月間、ルーゼリック村のエルフの武闘家(ぶとうか)たちと修業をした。
 おかげで俺はかなり()せた。16歳の時と同じ体重──だいたい55キロくらいになった。

 俺は、村の広場で美しい村の風景を見ていた。

(すき)ありだ! ゼント!」

 ビュオッ

 すさまじい勢いの蹴りが、横から飛んできた。

 危ねえっ!
 
 俺は素早くかわした。

 俺の頭上で、空気を切り裂くような蹴りの音が聞こえた。

 俺はすぐに構え、周囲を見回した。左の方にローフェンが笑って立っている。

 こいつの奇襲攻撃は、もう慣れっこだ。大迷惑だがな。

「あらよっ」

 オルファンの横蹴りの連続攻撃だ。俺は手でそれを下段払いし、素早く──。

 シュッ

 左ストレート! パンチだ!

 ローフェンの鼻先で、止めてやった──つもりだった。しかし、ローフェンも手の平で、俺のパンチを受けていた。

 ちぇっ、見事な防御だ!

「やるねえ~」

 ニヤリ、とエルフ族の武闘家(ぶとうか)、ローフェンが笑った。
 長身、イケメン。蹴り技が得意、女にモテる。
 俺とは正反対の男だ。

 俺は文句を言った。

「お前の奇襲攻撃、慣れてきたがな。あいからわらず、汚ねえぞ!」

 ローフェンは汗をぬぐいながら、口笛を吹いた。

「ゲルドン杯格闘トーナメントは、スポーツじゃねえ。闘いだ。よそ見して蹴られてKOされても、言い訳にはならねえぞ」
「そ、そりゃそうだがな」
「だが、俺の顔をカウンターでとらえるとは、なかなかだ。まあ、俺の方がちょっとだけ反応が素早かったけどよ」
 
 まったく……ローフェンのヤツは負けず嫌いだ。

「た、大変です!」

 アシュリーが俺の方に駆け寄ってきた。

「ゲルドン杯格闘トーナメントのことなんですけど……。ゼントさん、参加条件を見てください!」
「ん?」

 俺は一枚のチラシを、アシュリーに手渡された。
 ゲルドン杯格闘トーナメントの、関係者用チラシだ。
 アシュリーによれば、今日、「ミランダ武闘家(ぶとうか)養成所」に配送されてきたらしい。



『ゲルドン杯格闘トーナメント開催! 来たれ、武闘家! 強者どもよ!
 開催年月 デルガ歴202年11月2日

 参加資格

・グランバーン王国武闘家協会に容認された、武闘家養成所に所属する者
・各武闘家養成所の責任者に推薦、出場を許可された者
・参加費用 一名200万ルピー』

(ううっ……!)

 こ、この参加費用は!

「参加費用、一人200万ルピーだって! 高すぎます!」

 アシュリーが心配そうな顔で、俺を見る。2、200万? 高額すぎる!

 くそ、ゲルドンのヤツ、そんなに金が必要なのか?

「しかし……マジか」

 えーっと、この間、古書を売ったっけな。あれって100万ルピーで売れて……。
 で、旅費、この村の生活費で、半分以上は使ってしまった。
 残り40万ルピー?

 全然足りない!

「ダメだ。40万ルピーしかないぞ。参加は……ムリか?」

 俺がつぶやくように言うと、アシュリーは泣きそうになりながら言った。

「そんな! ゼントさん、このルーゼリック村で、2ヶ月、練習を頑張ってきたのに……」
「うーん……俺は『ミランダ武闘家(ぶとうか)養成所』に所属している」
 
 ローフェンが腕組みしつつ言った。

「俺の死んだ親父は商売人で、150万ルピーくらいは貯金があるはずだ。俺も貯金が50万はある。だから俺の場合は何とか200万くらい払えるけどよ」
「じ、自慢するなよ」
「そういやゼントはどこにも所属していないんだよな? どうすんだ?」
「どうするって……どうしようもねえぞ。200万ルピーなんて金もない……」

 俺が腕組みしながら言うと、後ろから声がした。

「なーに、あきらめてんのっ」

 後ろを振り向くと、杖をついた若い女性が立っていた。
 エルサだ。
 ミランダさんも横に立っている。

「ゼント君、何も心配しなくていいわよ。今日からあなたは『ミランダ武闘家(ぶとうか)養成所』所属の武闘家(ぶとうか)です」
「え?」
「そして私が、あなたの分──200万ルピーを払わせてもらいます」
「ま、まさか!」

 俺は声を上げた。

「そんな、200万ルピーなんて大金、ミランダさんに払わせることはできませんよ。練習場所も、寝床も用意してくださっているのに、そこまで……」
「ゼント君、エルサをごらんなさい」

 エルサは杖をついて立っている。2ヶ月前までは、車椅子だったはずだ。
 
 俺が来てから、なぜか少しずつ、車椅子を使わなくなり、自分で立てるようになってしまった。

「あなたが来てから、エルサも負けじと、元気になるよう努力したのよ」
「ちょ、ちょっと! ……ミランダさん、恥ずかしいからやめてよ!」

 エルサは顔を真っ赤にしつつ言った。

「まあ……でも、ミランダさんの言うことは本当だよ。ゼント、君が来てから、私は元気になった。だって、20年引きこもりだったヤツが、格闘トーナメントに出ようとしてるんだからさ。負けらんないじゃん……」
「それに、ゼントさんは、私のことも、叔父から助けてくれました」

 アシュリーが笑顔で言うと、ミランダは大きくうなずいた。

「ゼント君、あなたは人助けをしたのよ。私の大切な人をこんなに助けている」
「お、俺は、人を助けようなんて、思ってなかったです……」
「結果的にそうなったのよ。200万ルピー? 私にとってはたいしたお金じゃないわ。大金だけど、君が何と言おうと、ゲルドン側に払うから」
「ミ、ミランダさん!」
「あなたは、『ミランダ武闘家(ぶとうか)養成所』所属──ゼント・ラージェント。これからは、私たちの仲間よ。いえ──家族よ!」

 家族! 俺が……ミランダさんたちの家族!

 俺は……俺は叔父、叔母が死んでから、ずっと家族というものがなかった。
 
 でも、ミランダさんは、俺を家族だと言ってくれた。

 俺は──胸に熱いものを感じた。涙が流れてしかたなかった。

「分かりました。お金の件はミランダさんに、すべておまかせします」

 俺はうなずくと、ミランダさんは笑顔を返してくれた。

 するとローフェンは、村に設置された大時計を見て言った。

「おっと、さあ、もう出発しねえとな。トーナメントの登録に間に合わねえぞ。馬車を用意してる。とっとと行こうぜ」

 俺は、心の病に苦しんでいるエルサの(かたき)をうつため、ゲルドン杯格闘トーナメントに出場するのだ。
 優勝すれば、エルサを傷つけた大勇者ゲルドンと闘うことができるはずだ。
 さあ、村の外の馬車に乗ろう。出場登録期限は、あと4日だ。

「あたしも、アシュリーも行くよ」

 すると、エルサが言った。
 俺は、エルサを見て目を丸くした。

「エ、エルサ。お前、外を歩いて大丈夫なのか?」
「ああ。大丈夫だ。あたしも、あんたたちに付いていく!」

 エルサは胸を張って言った。

 しかし、エルサは杖をついている。しかもまだ痩せている……。

 うーん……。俺がまだ心配していると、アシュリーが言った。

「中央都市に着いたら、私が、ママを支えます! ゼントさんは試合に集中してくだされば良いんです」
「エルサも前向きになったってことさ」

 ローフェンが俺の肩に手をかけて言った。

「さ、出発するぜ!」

 ローフェンが御者(ぎょしゃ)をして、馬車は出発することになった。客車には、俺とミランダさん、アシュリー、そしてエルサが乗り込む。

 これから、ゲルドン杯格闘トーナメントの会場がある、中央都市ライザーンに向かう!
 俺──ゼント、ミランダさん、ローフェン、エルサ、アシュリーの五人は、馬車でグランバーン王国の中央都市ライザーンにやってきた。

 ゲルドン杯格闘トーナメントが開催されるスタジアムがある。

 俺とローフェンはすぐに、スタジアムの受付で出場登録を済ませた。
 ミランダさんは、本当に参加費用の200万円を払ってくれたようだ。

「トーナメントは明日からか。間に合ったな」

 俺はため息をついて、スタジアムの屋内ロビーに座った。ローフェンといえば、どうやら街にナンパしに行ったらしい。
 
 すると、奥の廊下から、誰かがやってくる。

(あっ……!)

 身長180センチ以上、体重80キロ以上の堂々とした体格の男だった。そしてきらびやかなオーラ。周囲の人間は、彼にお辞儀をしている。
 
 すべてが俺と大違いの男だった。

「ゲルドン……!」

 俺はつぶやいた。彼こそ、20年ぶりに会う、大勇者ゲルドンだった。20年経っていても、そんなに顔は変わっていない。
 俺に暴力をふるい、俺をパーティーから追放した男。エルサの人生をメチャクチャにした男……だ!

 俺は立ち上がり、ゲルドンを見やった。

 ゲルドンは廊下の奥の会議室に行くようだったが、ちらりと俺の方を見た。

「……ん?」

 ゲルドンは、俺を不思議そうな顔で見た。足を止め、あごに手をあてて、まじまじと俺の顔を見た。

「……誰だ? お前? 俺に会ったことがあるのか?」
「……ある」
「はて? 何なんだ? お前は」
「ゼントだ」
「……は?」
「ゼント・ラージェントだ。お前が自分のパーティーから追放した、ゼント・ラージェントだ!」
「……おいおいおい、ウッソだろ、おい」

 ゲルドンは半笑いで、俺の顔をしげしげと見た。

「お、お前、本当にゼントか? いや、確かに面影がある」
「あ、ああ、そうだ。本当にゼントだ。会うのは20年ぶりくらいだな」
「……あの時は俺もお前も16歳だったな。……ん? で、お前、このスタジアムに何の用だ?」
「お、お前と闘うために、ここに来たんだよ」

 俺は、緊張を隠しながら、精一杯言った。

「……はあ?」

 ゲルドンは額を指でこすって笑い、俺をまた見た。周囲の人間がさわがしくなった。
 野次馬の人だかりができた。大勇者のゲルドンが、俺のような一般人と話しているから、珍しいんだろう。
 すると、ゲルドンの弟子、クオリファが前に出ようとした。しかし、ゲルドンはそれを押しとどめた。

「クオリファ、待て」

 ゲルドンは俺の方を見た。

「俺と、闘う? ゼント、何言ってるんだ? 20年経って、頭がおかしくなったのか?」
「お、お前のおかげで、俺の人生はメチャクチャになった」

 俺は緊張しながらも、勇気を出して言った。

「……いや、俺の人生がメチャクチャになったのは、俺自身の責任だろう。だが、俺はお前を殴り倒さなければ気が済まなくなった」
「俺様を……この大勇者ゲルドンを、殴り倒す……」
「そうだ」
「ハハハ!」

 ゲルドンは、両手でパシパシ叩いて、笑った。野次馬たちは、俺を見て眉をひそめている。皆、大勇者ゲルドンのファンだ。

「なんだ、あいつ。偉大なゲルドン相手に、どういった口を利いてんだ?」
「ゼント? 知らねえ名前だなあ」
「何、大勇者のゲルドンにケンカを売ってるの? 信じられないヤツだな」

 野次馬たちはうわさしているが、ゲルドンは構わず言った。

「ガハハハ! 何だって? 俺様を殴り倒すって? ゼント、お前がか? あの弱っちかったお前が、俺を? 何の冗談だ?」
「冗談で言わないよ」

 俺はまたしても勇気を振り絞って言った。

「本当に、俺はお前に挑戦する」
「おいおいおい~。てめーのような弱虫野郎が、二十年ぶりにあらわれて、俺に挑戦するってか? 冗談もほどほどにしろよ~」

 すると……。

「ゲルドン様! どうなさったのですか?」

 周囲に男の声が響いた。
 すると、奥の廊下から、背の高い銀髪の、容姿端麗(ようしたんれい)の男が歩いてきた。執事が着るようなスーツを着ている。

「セバスチャンよぉ、こいつ……ゼントが俺に挑戦するんだってよ」

 ゲルドンは、銀髪の男に言った。ん? セバスチャン? どこかで聞いた名前だな。そうか! ミランダさんの魔法で過去の世界に行ったとき、パーティーメンバーにいた、謎の少年の名前が「セバスチャン」だ! そうか、今はゲルドンの秘書か、執事というわけか。

「ああ、君が報告にあった、ゼント・ラージェントか。初めまして、私が大勇者ゲルドンの秘書兼執事のオースティン・セバスチャンです」

 セバスチャンという男は、クスクス笑っている。

「ゲルドン様、時間がありません。トーナメント開催のスポンサー様たちにご挨拶に行かなくては」
「あ、えーと、そうだったな」

 ゲルドンはあわてて、廊下を歩いていってしまった。セバスチャンも後をついていこうとしたが、後ろを──俺の方を振り返った。

「フフッ……君が、ゼント・ラージェント君ね。わかります、わかりますよ。君がおそろしい相手だということが」
(ううっ?)

 俺はゾクッとした。

 あのセバスチャンの目! 何という鋭い目なんだ! このセバスチャンという男、すさまじい殺気だ。
 セバスチャンは、すぐにゲルドンの後についていった。

 どういうことなんだ? 大勇者ゲルドンより、秘書のセバスチャンって男の方が……!

 強敵だ!