僕がグローバス・ダイラントに勝ち、ディーボがボーラス・ダイラントに勝った次の日。
エースリート学院で授業を受けた放課後──。
「レイジ、アリサ、視聴覚室に来なさい」
僕らはルイーズ学院長に呼び出された。
「あっ!」
僕らが視聴覚室に行くと、驚いた。そこには、バルフェス学院のソフィア・ミフィーネがいたからだ。い、一体どうしたんだ?
ソフィアは、とある映像記録を持ってきたらしい。
「それを一緒に見てほしいのです。バルフェス学院には、相談する人がいなくて……」
彼女は言った。
視聴覚室では、魔導鏡という壁に貼り付けた円形の魔導装置を使って、記録映像を鑑賞することができる。
魔導鏡には、宮廷直属バルフェス学院の、訓練所の映像が流れている。何と、ディーボが木の棒で生徒を殴っている。これは、ディーボが生徒たちを訓練所で指導している映像だ!
「ひどいわね」
ルイーズ学院長はため息をつき、首を横に振りながら言った。
「他の大人──教師たちは、なぜディーボを……彼を止めないのかしら」
「ディーボはアルフェウス家という貴族の出身だからです」
ソフィアは静かに言った。
「彼の父は、魔導体術世界大会の準優勝者で、元宮廷護衛隊ですから。地位と権力を持っています。それに、ディーボ自身が、バルフェス学院の一位であることが原因です」
「なるほど、それはよく分かるわ。その学院のランキング一位は、学院の広告搭だから」
ルイーズ学院長は、僕をちらりと見ながら言った。僕はちょっと冷や汗をかいた。
「冗談よ」
そして今度は、ソフィアの方を見ながら言った。
「バルフェス学院の生徒であるあなたが、よくこんな映像を隠し撮り出来たわね」
「ええ、飛行型魔導撮影機を使えば、魔力操作で天井から撮影できるのです」
「でも、よく教えてくれたわ。これは本当に大問題よ」
ルイーズ学院長は魔導鏡の映像を消して、僕らの方に向き直った。
「で、ソフィア──六日後の準決勝はディーボと試合するのでしょう? その試合は学生の男女混合試合だから、顔から上は攻撃できないルールになる。でも、あのディーボって子、『壊し屋』よ。あなたもただでは済まないかも」
「もちろん、私は、ディーボと闘います」
ソフィアはきっぱりと言った。
「ねえ、考え直して、ソフィア!」
アリサが声を上げた。
「あのディーボって人、本当に危ないよ。ベクターは大怪我しているじゃないの。あのボーラスだって、敵わなかった。棄権した方がいいよ」
「……棄権はできません。ディーボは、私を敵対視している。それならば、私も立ち向かわなければなりません」
「じゃあ、もっとヤバいじゃん。もしかしたらディーボは、あなたを怪我させてくるかもしれない! そもそもソフィア、あなたはバルフェス学院に味方がいるの?」
「いいえ。担当コーチはいますが、表面上の付き合いだけ。いつも一人ぼっちです。私がディーボに反目していることを、周囲の人間も知っているから」
「そ、そうなんだ。じゃあ、準決勝のセコンドは?」
「誰もつきません。一人で試合します。レイジさんの援護射撃になれば」
ソフィアは僕を見た。そうか、僕が決勝で彼と闘うことを想定して言っているんだな。確かに、ソフィアとディーボの闘いは、僕がディーボと闘う場合、参考になるかもしれない。でも……。
アリサは言った。
「じゃあ、あたしはソフィアのセコンドにつくよ!」
「ええっ? あなたが?」
ソフィアが驚いた顔をした。
「ええ。了承してくれる? 確か、別の学院の生徒がセコンドについても、ルール上は問題ないはずだよ」
「嬉しいです……。でも」
「ソフィアの力になりたいんだよ」
アリサはちょっと涙ぐんで言った。
「だってソフィア、一人で頑張ってるし……。あたし、応援したい」
「……分かりました。仲間ができたようでうれしい。こちらからもお願いします」
ソフィアはアリサの手を取った。しかしアリサはすぐ言った。
「でも、危なくなったら、遠慮なくタオルを投げるよ」
「実力勝負ですから、問題ありません。……私、エースリート学院の生徒なら良かった」
ソフィアはしみじみと言った。
「皆、親切なんですね。バルフェス学院は皆、自分のことばっかり」
「現在のバルフェス学院を変えていくのが、あなたの役目なのかもしれないわ」
ルイーズ学院長は言った。
「ソフィア、ディーボとの試合、しっかり見せてもらうわよ」
「はい」
ソフィアは決意したように言った。
◇ ◇ ◇
学生トーナメントの準決勝の日がやってきた。
今度の僕の相手は、フェンリル学院一位……マステア・オリーダ。アリサはソフィアの試合のセコンドにつく。だからこの試合は、ケビンがセコンドについてくれた。
僕がリングに上がると、マステアは僕の方を見ずに、客席に向かって手を振っていた。
「キャアーッ! マステアさーん!」
「かっこいい~!」
どうやら、女性ファンがたくさんいるらしい。マステア・オリーダは大変な美男子だ。長髪を後ろでしばっている。彼は魔導体術ローブをなびかせジャンプしたり、客席の女性ファンに向かって何かしゃべりかけたり、試合前から忙しそうだ。
「あのヤロ~! 見せつけやがって」
セコンドのケビンが声を上げた。
「レイジ、あの野郎をぶっとばしちまえ!」
ケビンは最近、モテないのでイライラしているようだ。
すると……。
「レイジ君!」
マステアはニコッとさわやかに笑い、右手を差し出してきた。握手か。
「お手柔らかにお願いするよ! 君との試合を楽しませてもらう。最後に勝つのは間違いなく僕だがね」
僕は苦笑いをしながら、彼──マステア・オリーダの握手に応じた。
試合開始のゴングが鳴った。
ん? マステアはダラリと両腕をたらした。ノーガード? 何かを狙っているのは分かる。
彼はニヤリと笑ったように見えた。素早くパンチが飛んでくる。下から体術グローブの側面で打ってきた! 変則的なパンチだ!
(フリッカージャブか……!)
僕は素早く分析した。二発、三発、グローブの側面で打ってくる。
でも、彼は挙動にそれほど変化をつけないので、防ぐことができる!
僕が彼の三発のパンチを手で防御すると、マステアは驚いたような顔をした。
「ぼ、防御された? 僕のパンチが……」
チャンス! 僕は、この日のためにとっておいた蹴り技を──彼の腹に叩き込んだ。
ドガッ
「ぐへええっ!」
マステアは声を上げた。
僕は左足指の腹で、マステアの腹を蹴り上げたのだ。蹴りの軌道は、ほぼ回し蹴りと同じだ。
彼はよろめきながらも、構えた。長身の選手がやりがちなのは──。
「こ、このぉっ!」
マステアの上から振り下ろすパンチだ! 僕はそれを読んでいた。
そのパンチをかわし、もう一発、僕の蹴り技だ!
ドスッ
今度は右足の指の腹で、彼の腹を蹴る! また当たった!
「う、うごぉ……」
マステアは再び声を上げる。
これは、ルイーズ学院長に教えてもらった技で、「三日月蹴り」という蹴り技だ。三日月蹴りは避けられやすいが、当たればかなり強烈に相手にダメージを与えることができる。
マステアは意外と根性がある! まだダウンしない!
だけど──もらった!
僕はすぐに、彼の足に下段蹴りを叩き込んでやった。彼がバランスを崩すと同時に、左ストレートを放った。
「あ」
完全にマステアの鼻に入ってしまった。
マステアは鼻血をブーッと噴き出した。彼はしゃがみ込む。
「だ、大丈夫か?」
僕は心配したが、マステアは、「う、うるさい!」と声を上げた。
「試合続行だ!」
マステアは立ち上がって構えた。僕は、今度はボディーブローを右横腹に叩き込んでやった。彼はうっ、と唸ったが耐える。しかし彼の鼻血は止まらない。もうリング上は血まみれだ。
「ちょっと試合を止めて!」
声を上げたのは、治療班席に座っていた治癒魔導士だ。あわててリングに入ってきて、マステアの鼻を確かめた。
「あー……うーん。ダメだね、これは」
治癒魔導士はリング外に向かって、手でバツの字を作った。
「はあああ?」
マステアは、治癒魔導士に向かって、目を丸くして声を荒げた。マステアは何となく顔が真っ青だが、大丈夫だろうか。
「あんた、何言ってんの? 試合はこれから……!」
「いやいや、出血多量だよ。血が止まらないだろ」
「おいおいおいおい~! だってまだ一分も経ってないじゃん! ねえ……うう……」
おや? マステアの様子が変だ。
マステアはぐらりと治癒魔導士に倒れ掛かった。何と、失神している。
「あー、こりゃ脳震盪だわ。さっきのパンチが効いてるね。ま、すぐに回復するでしょ。はい、試合終了!」
治癒魔導士はそうつぶやくと、リング外の審判団に合図した。
するとゴングが鳴らされ、『勝者! レイジ・ターゼット! 五分三十五秒、ドクターストップ!』と放送で告げられた。
えーっと……。勝った、ってことで良いのかな? 僕はさっさとリングを降りた。振り返ると、マステアはリング上で横になり、ぐったりしている。……まだ鼻血が出てるな。
「つ、強ぇ~、レイジ……」
「体は小さいのに、何であんなに強いんだ?」
観客も僕を見て騒いでいる。
さあ、次は……! ついにディーボとソフィアの試合だ!
エースリート学院で授業を受けた放課後──。
「レイジ、アリサ、視聴覚室に来なさい」
僕らはルイーズ学院長に呼び出された。
「あっ!」
僕らが視聴覚室に行くと、驚いた。そこには、バルフェス学院のソフィア・ミフィーネがいたからだ。い、一体どうしたんだ?
ソフィアは、とある映像記録を持ってきたらしい。
「それを一緒に見てほしいのです。バルフェス学院には、相談する人がいなくて……」
彼女は言った。
視聴覚室では、魔導鏡という壁に貼り付けた円形の魔導装置を使って、記録映像を鑑賞することができる。
魔導鏡には、宮廷直属バルフェス学院の、訓練所の映像が流れている。何と、ディーボが木の棒で生徒を殴っている。これは、ディーボが生徒たちを訓練所で指導している映像だ!
「ひどいわね」
ルイーズ学院長はため息をつき、首を横に振りながら言った。
「他の大人──教師たちは、なぜディーボを……彼を止めないのかしら」
「ディーボはアルフェウス家という貴族の出身だからです」
ソフィアは静かに言った。
「彼の父は、魔導体術世界大会の準優勝者で、元宮廷護衛隊ですから。地位と権力を持っています。それに、ディーボ自身が、バルフェス学院の一位であることが原因です」
「なるほど、それはよく分かるわ。その学院のランキング一位は、学院の広告搭だから」
ルイーズ学院長は、僕をちらりと見ながら言った。僕はちょっと冷や汗をかいた。
「冗談よ」
そして今度は、ソフィアの方を見ながら言った。
「バルフェス学院の生徒であるあなたが、よくこんな映像を隠し撮り出来たわね」
「ええ、飛行型魔導撮影機を使えば、魔力操作で天井から撮影できるのです」
「でも、よく教えてくれたわ。これは本当に大問題よ」
ルイーズ学院長は魔導鏡の映像を消して、僕らの方に向き直った。
「で、ソフィア──六日後の準決勝はディーボと試合するのでしょう? その試合は学生の男女混合試合だから、顔から上は攻撃できないルールになる。でも、あのディーボって子、『壊し屋』よ。あなたもただでは済まないかも」
「もちろん、私は、ディーボと闘います」
ソフィアはきっぱりと言った。
「ねえ、考え直して、ソフィア!」
アリサが声を上げた。
「あのディーボって人、本当に危ないよ。ベクターは大怪我しているじゃないの。あのボーラスだって、敵わなかった。棄権した方がいいよ」
「……棄権はできません。ディーボは、私を敵対視している。それならば、私も立ち向かわなければなりません」
「じゃあ、もっとヤバいじゃん。もしかしたらディーボは、あなたを怪我させてくるかもしれない! そもそもソフィア、あなたはバルフェス学院に味方がいるの?」
「いいえ。担当コーチはいますが、表面上の付き合いだけ。いつも一人ぼっちです。私がディーボに反目していることを、周囲の人間も知っているから」
「そ、そうなんだ。じゃあ、準決勝のセコンドは?」
「誰もつきません。一人で試合します。レイジさんの援護射撃になれば」
ソフィアは僕を見た。そうか、僕が決勝で彼と闘うことを想定して言っているんだな。確かに、ソフィアとディーボの闘いは、僕がディーボと闘う場合、参考になるかもしれない。でも……。
アリサは言った。
「じゃあ、あたしはソフィアのセコンドにつくよ!」
「ええっ? あなたが?」
ソフィアが驚いた顔をした。
「ええ。了承してくれる? 確か、別の学院の生徒がセコンドについても、ルール上は問題ないはずだよ」
「嬉しいです……。でも」
「ソフィアの力になりたいんだよ」
アリサはちょっと涙ぐんで言った。
「だってソフィア、一人で頑張ってるし……。あたし、応援したい」
「……分かりました。仲間ができたようでうれしい。こちらからもお願いします」
ソフィアはアリサの手を取った。しかしアリサはすぐ言った。
「でも、危なくなったら、遠慮なくタオルを投げるよ」
「実力勝負ですから、問題ありません。……私、エースリート学院の生徒なら良かった」
ソフィアはしみじみと言った。
「皆、親切なんですね。バルフェス学院は皆、自分のことばっかり」
「現在のバルフェス学院を変えていくのが、あなたの役目なのかもしれないわ」
ルイーズ学院長は言った。
「ソフィア、ディーボとの試合、しっかり見せてもらうわよ」
「はい」
ソフィアは決意したように言った。
◇ ◇ ◇
学生トーナメントの準決勝の日がやってきた。
今度の僕の相手は、フェンリル学院一位……マステア・オリーダ。アリサはソフィアの試合のセコンドにつく。だからこの試合は、ケビンがセコンドについてくれた。
僕がリングに上がると、マステアは僕の方を見ずに、客席に向かって手を振っていた。
「キャアーッ! マステアさーん!」
「かっこいい~!」
どうやら、女性ファンがたくさんいるらしい。マステア・オリーダは大変な美男子だ。長髪を後ろでしばっている。彼は魔導体術ローブをなびかせジャンプしたり、客席の女性ファンに向かって何かしゃべりかけたり、試合前から忙しそうだ。
「あのヤロ~! 見せつけやがって」
セコンドのケビンが声を上げた。
「レイジ、あの野郎をぶっとばしちまえ!」
ケビンは最近、モテないのでイライラしているようだ。
すると……。
「レイジ君!」
マステアはニコッとさわやかに笑い、右手を差し出してきた。握手か。
「お手柔らかにお願いするよ! 君との試合を楽しませてもらう。最後に勝つのは間違いなく僕だがね」
僕は苦笑いをしながら、彼──マステア・オリーダの握手に応じた。
試合開始のゴングが鳴った。
ん? マステアはダラリと両腕をたらした。ノーガード? 何かを狙っているのは分かる。
彼はニヤリと笑ったように見えた。素早くパンチが飛んでくる。下から体術グローブの側面で打ってきた! 変則的なパンチだ!
(フリッカージャブか……!)
僕は素早く分析した。二発、三発、グローブの側面で打ってくる。
でも、彼は挙動にそれほど変化をつけないので、防ぐことができる!
僕が彼の三発のパンチを手で防御すると、マステアは驚いたような顔をした。
「ぼ、防御された? 僕のパンチが……」
チャンス! 僕は、この日のためにとっておいた蹴り技を──彼の腹に叩き込んだ。
ドガッ
「ぐへええっ!」
マステアは声を上げた。
僕は左足指の腹で、マステアの腹を蹴り上げたのだ。蹴りの軌道は、ほぼ回し蹴りと同じだ。
彼はよろめきながらも、構えた。長身の選手がやりがちなのは──。
「こ、このぉっ!」
マステアの上から振り下ろすパンチだ! 僕はそれを読んでいた。
そのパンチをかわし、もう一発、僕の蹴り技だ!
ドスッ
今度は右足の指の腹で、彼の腹を蹴る! また当たった!
「う、うごぉ……」
マステアは再び声を上げる。
これは、ルイーズ学院長に教えてもらった技で、「三日月蹴り」という蹴り技だ。三日月蹴りは避けられやすいが、当たればかなり強烈に相手にダメージを与えることができる。
マステアは意外と根性がある! まだダウンしない!
だけど──もらった!
僕はすぐに、彼の足に下段蹴りを叩き込んでやった。彼がバランスを崩すと同時に、左ストレートを放った。
「あ」
完全にマステアの鼻に入ってしまった。
マステアは鼻血をブーッと噴き出した。彼はしゃがみ込む。
「だ、大丈夫か?」
僕は心配したが、マステアは、「う、うるさい!」と声を上げた。
「試合続行だ!」
マステアは立ち上がって構えた。僕は、今度はボディーブローを右横腹に叩き込んでやった。彼はうっ、と唸ったが耐える。しかし彼の鼻血は止まらない。もうリング上は血まみれだ。
「ちょっと試合を止めて!」
声を上げたのは、治療班席に座っていた治癒魔導士だ。あわててリングに入ってきて、マステアの鼻を確かめた。
「あー……うーん。ダメだね、これは」
治癒魔導士はリング外に向かって、手でバツの字を作った。
「はあああ?」
マステアは、治癒魔導士に向かって、目を丸くして声を荒げた。マステアは何となく顔が真っ青だが、大丈夫だろうか。
「あんた、何言ってんの? 試合はこれから……!」
「いやいや、出血多量だよ。血が止まらないだろ」
「おいおいおいおい~! だってまだ一分も経ってないじゃん! ねえ……うう……」
おや? マステアの様子が変だ。
マステアはぐらりと治癒魔導士に倒れ掛かった。何と、失神している。
「あー、こりゃ脳震盪だわ。さっきのパンチが効いてるね。ま、すぐに回復するでしょ。はい、試合終了!」
治癒魔導士はそうつぶやくと、リング外の審判団に合図した。
するとゴングが鳴らされ、『勝者! レイジ・ターゼット! 五分三十五秒、ドクターストップ!』と放送で告げられた。
えーっと……。勝った、ってことで良いのかな? 僕はさっさとリングを降りた。振り返ると、マステアはリング上で横になり、ぐったりしている。……まだ鼻血が出てるな。
「つ、強ぇ~、レイジ……」
「体は小さいのに、何であんなに強いんだ?」
観客も僕を見て騒いでいる。
さあ、次は……! ついにディーボとソフィアの試合だ!