魔導体術(魔法+武術)学院の英雄生活!~退学になった僕、常人の七倍の攻撃力を手に入れ、転入先の学校で最強の英雄になりました~

 僕と強敵グローバスとの闘いが続いている。

(グローバスのバカげた打たれ強さ……必ず攻略してやる!)

 ブン

 グローバスは右フックを振り回した。僕はそれを避ける。再び風圧が頭上で感じられる。とんでもない威力だ。当たったら終わり。
 今度は変則的に打ち下ろしてきた! 
 しかし、(すき)が出来た。

 僕は素早く彼の腹にパンチを叩き込んだ。下から打ち上げる。特殊なボディーブローだ。完全に腹部の急所をとらえたはずだ。しかし、彼はひるんで下がっただけで、ダメージを与えるには至らない。

(何か秘密があるんだ! ……だが、その秘密が分からない)

「相手をよく見ろ!」

 その時、聞き覚えのある男子の声が聞こえた。
 僕がリングの向こうを見ると、アリサがいた。そしてその横に、見覚えのある男子の顔が見えた。何と、入院中のはずのベクター・ザイロスだった。リング下で、車椅子に乗ってリング上の僕を見ている。
 ベクター! 病院にいなきゃダメなんじゃないのか? いや、そんなことを考えている場合じゃない。

「グローバスの秘密は魔力だ! 魔力で防御している!」

 ベクターは叫んだ。魔力で防御……? どういうことだ?

「僕はエルフ族とのハーフだから分かる! レイジ、お前もよく目を凝らせば、ヤツが『魔力防御』で体を守っていることが分かるはずだ!」

 僕はベクターの言う通り、あわてて目を凝らした。うん? ……確かに、グローバスの体全体を、無色透明のもやが覆っているようだ……。まるで蜃気楼(しんきろう)のようだった。
 そうか、これが魔力防御か! そういえば、エルフ族のジェイニー・トリアも、この魔法防御が得意だったはずだ。彼女は魔力防御が使えるから、男子にも勝つことができる。

「もらったぜ、レイジ!」

 ドカッ

 グローバスはパンチを打ってきた。僕の防御の上から殴りつけて来る。僕はバランスを崩し、転んだが、すぐに立ち上がった。

(何というパワーなんだ! だが、幸いにしてダメージ無しだ。腕はしびれたけど)

「さーて、レイジよ、お前に(すき)が出てきたぜ」

 グローバスは好機(チャンス)、と見ているようだ。そうはさせるか!

 彼の魔力防御だって限界があるはずだ。

 グローバスはニヤリと笑った。

「魔力防御に気付いたからって、俺の鉄壁の防御が崩せるわけでもないぜ。何しろ、俺の魔力防御のコントロールは完璧だからな」

 グローバスは体に似合わず、エルフ族のように魔力を使って、全身を守っていたわけだ。だから、仁王立ちでも攻撃を防ぐことができるのか!
 
「レイジ、グローバスの魔力防御をよく見てみろ! どうすりゃいいか、すぐに気付くだろう」

 ベクターの声が響く。

(……すぐに気付く?)

 人間の「気」や「魔力」は、怪我している部分などからあまり放出しない……もしくは暗い光を発する、と聞いたことがあるけど……。

 さっきグローバスが、僕の関節技で右足を痛めたのを思い出した。確かにグローバスの右足だけ、魔力のもやが薄れている。

(ここか!)

 僕は下段蹴りをグローバスの右足に放った。ふくらはぎに叩き込む。

「うぐお」

 グローバスは苦痛に顔をゆがめた。彼は動きが遅くなっているので、簡単に蹴りが入る。
 すると、グローバスの魔力のもやが、全身から消え去った。そうか、集中を切らすと、魔力防御もなくなってしまうのか!

 もう一発!

 僕がもう一度、グローバスの足を攻撃しようとすると、彼は飛びかかってきた。恐らく、足を蹴られるのが嫌なのだろう。僕は両手で突き飛ばされた! 
 とんでもないパワーだ!
 僕は一メートルは吹っ飛んだが、あわててすぐに起き上がった。ダメージは無い! すぐにグローバスの魔力防御を確認する。

 ──彼の体にはもう、魔力のもやがかかっていない! 集中が途切れている!

 グローバスはすぐにまた走り込んできた。今度は走り込んでのパンチだ。これは、弟のボーラスも得意にしているパンチだ!

 バキイ

 鈍い音が響いた。

 僕は咄嗟(とっさ)に右アッパーを繰り出していた。僕の拳は、彼のアゴに直撃している。カウンターの直撃だ……! 僕は身をかがめて、グローバスのパンチを避けることができていた。
 僕のカウンター攻撃が、完全に彼のアゴに入ったが、効果はどうだ……?

「ぐ、は」

 グローバスはそんな声を上げて、よろけた。

 しかし、彼の目は生きている。グローバスは再び、僕の方に近寄ってきて──。
 
 ブン

 拳を振り下ろした。さすがだ、グローバス! だが──、これでケリをつける。もう一撃、やるぞ!

 ベキイッ……

 僕はタイミングを計って、左フックを彼の頬に叩き込んでいた。

 決まった……。

「ウソ……だろ……俺のゆ……め……副……宮廷……護衛隊……長」

 彼はそうつぶやき、やがてガクリと膝を折って、リング上に倒れ込んだ……。つぶやいた言葉の意味は、僕にはさっぱり分からなかった。

 観客は静かになった。彼はうつ伏せになって、リング上に倒れ込んでいる。体は痙攣(けいれん)いるようだ。

 気付くとゴングが打ち鳴らされ、魔導拡声器(まどうかくせいき)の声が響いた。

『勝者! レイジ・ターゼット! 八分三十秒、KO勝ち!』

 ドオオオッ

 観客は騒然となった。
 
「うおおおっ、あのチビ、グローバスを倒しちまったぞ!」
「すげえ、あんな巨体のヤツを」

 試合は終了した。僕はすぐに、車椅子に乗っているベクターのそばに降り立った。車椅子を押して連れてきたのは、ケビンだ。

「ベクター! 病院を出てきていいのか?」

 僕は心配して、ベクターに聞いた。

「おいおい」

 ベクターは僕に向かって苦笑いした。

「まずは『アドバイスありがとう』だろうが」
「ああ、ありがとう。助かった……」

 僕は本当にベクターに感謝した。
 しかし、僕は今日、観戦しなければならない試合を思い出していた。

 Bブロックのディーボ・アルフェウスVSボーラス・ダイラント。

 どのような試合になるのか、想像もつかなかった。
 ディーボ・アルフェウスの控え室に、バルフェス学院の生徒たちがあわてたように入ってきた。
 入ってきた生徒たちの中には、バルフェス学院の三年生、ダニー・ラスとマイク・イーサン、そしてソフィア・ミフィーネがいる。
 ディーボは床にマットを敷き、瞑想(めいそう)をしていた。

「ディーボさん!」
 
 ダニーが声を上げた。
 ディーボはカッと目を開いた。

「何だ! 瞑想(めいそう)中だぞ!」
「も、申し訳ありません!」
「用件は?」
「グローバスさんが、敗北しました!」
「何?」
 
 ディーボは立ち上がった。

「それは本当なのか?」

 ディーボはいつになく声を震わせた。

「ほ、本当です。レイジに敗れました」
「くっ」

 ディーボは壁を(なぐ)りつけた。

(僕は、宮廷護衛隊長になるはずの人間だ。それくらいの人間なのだ!)

 宮廷護衛隊長になるには条件があった。グラントール王の提出した二つの条件だ。「自分(ディーボ)がこの学生トーナメントを優勝する」「他のバルフェス学院の生徒も、三位以内に入賞させる」──。

 しかし!

 バルフェス学院二位のグローバスが負けたことで、「他のバルフェス学院の生徒も、三位以内に入賞」の条件のクリアが、ほぼ無くなったと言えるのだ。

「何を見ている! 出ていけっ!」

 ダニーやマイクはあわてて出て行った。しかし、ソフィア・ミフィーネだけが控え室に残っていた。

「ディーボ」

 ソフィアが腕組みをしながら言った。

「あなたの側近(そっきん)ともいえる、グローバスは負けました。完敗ですよ。あなたの指導方法は間違っていたんじゃないですか?」
「……黙れっ! 僕は、グローバスには大した指導はしていない。あいつはもともと強かったからな」
「そうですよね。あなたが指導したのは……あなたに従ってくれる生徒だけ……」
「黙れ!」
「すでに私の相手、ローガー・ザイクルさんは怪我で棄権(きけん)しています。私の今日の試合は、ありません。あなたがボーラスさんに勝つと、あなたの準決勝は、私──ソフィア・ミフィーネとの勝負、となります」

 ディーボはため息をついた。
 ん? そうか。「他のバルフェス学院の生徒も、三位以内に入賞させる」という条件は、まだ可能性が残っていた。
 我がバルフェスの──目の前の、ソフィア・ミフィーネがいるではないか。

(準決勝は僕とソフィアの試合になるだろう。僕はボーラスに勝つだろうからな)

 その準決勝は、ソフィアに棄権(きけん)を持ち掛け、ソフィアを三位決定戦に回させる。ソフィアがその三位決定戦に勝てばいい……。

 ──そう考えたが、ディーボはソフィアを見やった。
 いやいや、この方法はダメだ!

 この女は棄権(きけん)に応じないだろう。この生真面目(きまじめ)な女は、八百長(やおちょう)なんてもってのほか、と考える性格だ。
 そしてこれが最も重要な問題だが、この女に八百長(やおちょう)をもちかけ、その噂を広められてもまずい。

 くそ! ならばやはり、この女と闘うことになる。

 ソフィアは口を開いた。

「ディーボ、今日のあなたの相手は、体重差のあるボーラスさんです。どうやって勝つというのですか? 彼はグローバスの弟ですよ」
「グローバスの弟? ふん、関係ない。叩き潰すだけだ」

(そう、今日は正攻法(せいこうほう)でいかせてもらう。僕の真の力を、見せつけてやる!)

 ディーボはまたマットの上にあぐらをかいた。ソフィアはじっとディーボを見ている。ディーボはまた、瞑想(めいそう)の中に入っていった。

 ◇ ◇ ◇

 トーナメントの第二回戦は、どんどんと進んでいく。

(まあ、何とかグローバスに勝ったな……)

 まず、Aブロック。僕──レイジ・ターゼットがグローバス・ダイラントを倒して勝ち上がった。フェンリル学院一位のマステア・オリーダも勝ち上がった。
 Bブロックは、ソフィア・ミフィーネとゾーグール学院の街コボルト族、ローガー・ザイクルの試合が予定されていた。しかし、ローガーが棄権(きけん)したらしい。ソフィアが勝ち上がった。

 そして、今日の最後の試合──。ディーボ・アルフェウスとボーラス・ダイラントの試合がこれから始まる。

 僕は、試合会場の特別席で、ディーボとボーラスの試合を観戦することにした。お客にとっても、僕にとっても注目の一戦だ。
 ディーボがボーラスの巨体をどう仕留(しと)めるのか? それとも、ボーラスが強力なパンチで、小柄なディーボを粉砕するのか。

 ケビンはベクターの車椅子を押して、ベクターを病院に連れていってしまった。アリサは女子下級生への「型」指導のため、学校に戻ってしまった。
 
 僕の左隣にはルイーズ学院長が座っている。すると、僕の右隣に誰かが座った。体がでかい! 魔導体術家(まどうたいじゅつか)か?

(う、うわ!)

 僕は声を上げそうになった。
 何と、ボーラスとグローバスの父、デルゲス・ダイラントが座ったのだ! 髪型はオールバック、おしゃれな口ひげを生やしている。

「久しぶりだな、レイジ・ターゼット。俺もこの試合を観戦することにした」

 デルゲスは言った。僕は逃げ出したくなったが、逃げられる雰囲気ではなかった。

「どういう風の吹き回し? デルゲス」

 僕の横から、ルイーズ学院長がデルゲスに言った。

「あなた、息子が闘うのよ。こんなところでゆっくり観戦している場合?」
「ふん……息子だろうが何だろうが、勝ったものこそ至高(しこう)

 うわぁ……すごい思考の親だ……。ボーラスもグローバスもあんな上から目線の性格になるのは仕方なかったのか。

 すでにディーボとボーラスはリング上に上がって、向き合っている。

 ボーラスはディーボに向かって、「おい、このチビ野郎!」と声を上げている。

「俺は最近、機嫌が悪いんだ! てめぇのようなチビをぶっとばして、さっさと準決勝にコマを進めるぜ。それとも、こないだのベクターのように、わざと俺様の骨を折る気か? そうはさせねえぜ」
「そんな必要はもうない」
 
 ディーボは笑った。

「なぜなら、今日は、僕の真の実力を見せる日だからね」

 その時、試合開始のゴングが鳴らされた!
 ディーボ・アルフェウスとボーラス・ダイラントの試合が始まった。

 僕はボーラスの兄のグローバスと対戦したが、それと同じくらいの体重差だ。ディーボは小柄で軽量級。ボーラスは重量級だ。ただし、ボーラスの体は、前回の僕との対戦時よりは、多少引き締まって見える。

(この試合、ど、どうなるんだ?)

 僕は席から、二人の試合を見守った。

 ──ボーラスは素早く右ジャブを放った。

 パシィッ

 ディーボはパンチを喰らった。ボーラスは、今度は左ジャブを放つ。ディーボはまた受けてしまう。
 ボーラスはニヤリと笑った。

「たいしたことねぇな!」

 ボーラスはすぐに得意の右ボディーブローだ。ディーボの腹部に当たった。ディーボは、「ぐっ」という声を上げて、後退する。

「おいおい」

 ボーラスは笑っている。

「お前、本当にバルフェスの一位なのか?」

 ディーボは真っ青な顔で、腹を押さえながら、ボーラスと距離を取り始めた。ボーラスは一歩踏み込んで、右ストレートを放つ。ディーボはあわてて、横にかわした。しかし、ボーラスの左フック。ディーボの頭に、まともに当たった!
 ディーボは吹っ飛ぶ。しかし、転げながら、すぐ立ち上がる。ダウンではない!

「ねえ、デルゲス」

 僕の左隣に座っていたルイーズ学院長が、デルゲス・ダイラントに言った。

「あなたの息子は調子良いわね。でもあなたが協力している、期待のディーボ・アルフェウスはまったくダメじゃないの」
「ふん、そうだな」

 デルゲス・ダイラントは僕の隣で、腕組みをしながら言った。

「ディーボの力は、あんなものではないはずだが。買いかぶりだったか」

 ディーボはフラフラになりながら、構える。あんなに重いパンチを喰らいながら、ダウンをしないとは、さすがというべきなのか。

 ディーボ、君はバルフェス学院の一位だろう。君を応援するつもりはないけど、一体どうしたんだ? 僕は首を傾げた。

「ケリをつけるぜ」

 ボーラスはディーボのそばに素早く近寄ってきた。
 ──ん? なんだ?

 スパンッ

 その時だ。ディーボの右パンチが、いつの間にかボーラスの顔に当たっていた。
 驚くボーラス。
 ディーボは前進し、倒れ込むような姿勢で、そのまま拳を突き出したように見えた。
 な、何だ? あのパンチは! 体をまったく(ひね)らない!

 スパン!

 またディーボのパンチが、ボーラスの顔に当たった! 

「ディーボのパンチは、ノーモーション・パンチよ!」

 ルイーズ学院長は言った。

「相手が動いた(すき)を見て、倒れ込むように打つパンチ! 相手は動きの挙動が分からないから、約九十%の確率で、当たるわ!」

 ディ、ディーボのやつ、あんなパンチを持っていたのか? あれが彼の言う、「得意技」なのか?

 しかしボーラスはさすがに倒れない。
 ディーボに素早くラッシュを叩き込む。そして、得意の右フック!

 しかし!
 ディーボはその右フックを腕で防いでいた。すぐにボーラスの右腕を両手で掴んだ。
 彼はくるりと正面を向いた。

 ディーボは右足裏で、ボーラスの右足のスネを払い──。

 ドサッ……

 何と、ボーラスを背負って投げつつ、ディーボ自身も倒れ込んだのだ!

 ディーボはすぐに起き上がって、構えをとる。
 ボーラスも、すぐに起き上がろうとするが、顔が苦痛にゆがんでいる。立ち上がれない。背中を強く打ったみたいだが……。

「あ、あの投げ技は!」

 ルイーズ学院長が声を上げた。

「……『山嵐(やまあらし)』!」
「え? ヤマアラ……何ですか? それ」

 僕が聞くと、右に座っていたデルゲスが口を開いた。

「正式には、山嵐(やまあらし)の変形だ。『変形山嵐(へんけいやまあらし)』だ」

『ダウン! 1……2……3……!』

 ダウンカウント! ボーラスのダウンだ!
 ボーラスは何とか立ち上がり、すぐに構えた。だが、まだどこか痛そうだ。
 
 ディーボは構えたまま、動かない。ボーラスはそれをチャンスと見たのか、素早く走り込んできた。顔は青ざめていたが──。
 得意の走り込んでのパンチ!

 しかし、ディーボも一歩踏み込み、ノーモーション・パンチとは違う、不思議なフォームから、右拳を放っていた。

 バキイッ

 音がした。

 ど、どっちのパンチが当たったんだ?

 グラリ

(ううっ……!)

 僕は冷や汗をかいていた。

 体がぐらりと揺れたのは、ボーラスの方だった。ボーラスのアゴに、ディーボの拳が当たっている。逆にボーラスのパンチは──ディーボにかわされていた。
 
 パンチが当たったのは、ディーボだ! 

 ボーラスは両膝から崩れ落ち、再び、リング上に座り込んだ。

 僕は見た。ディーボはボーラスの拳をかわしつつ、ボーラスのアゴにパンチを叩き込んでいた。しかも、そのパンチは普通のものでも、ノーモーション・パンチでもなかったように思える。
 拳は横向きではなく、縦向きに繰り出されていた──。い、いったい、何なんだ? ディーボのあのパンチは? 
 腰は回転しているのに、軸がまったくブレていなかったように見える。 

『ダウン! 1……2……3……!』

 またダウンカウントが始まる。

「今のディーボのパンチ、ノーモーション・パンチに近いけど、これは『直突(ちょくづ)き』という技よ」

 ルイーズ学院長は言った。

「拳は縦の状態で繰り出される。つまり『縦拳(たてけん)』というやつね。素早さと威力を合わせ持ったパンチよ」

直突(ちょくづ)き……! ディーボは何種パンチを持っているんだ?)

 ボーラスは立ち上がろうとするが、ダメだ。直突(ちょくづ)きよりも、さっきの投げが、相当効いているのだろう。手を背中に回してから、苦痛に顔をゆがめ、またリング上に寝転んでしまった。

 デルゲスは立ち上がり、「勝負あった」と言って、競技場の奥の方に去っていった。

『……8……9……10!』

 カンカンカン! という試合終了のゴングが鳴った。すぐに治癒魔導士が、リング上にかけこむ。すぐに、ボーラスの背中を診察し始めた。

『しょ、勝者! ディーボ・アルフェウス! 五分三秒、KO勝ち!』

 魔導拡声器(まどうかくせいき)で放送がかかった。僕は呆然としていた。

「ル、ルイーズ学院長! これ、一体どうなっているんですか?」

 僕はルイーズ学院長に聞いた。

「パンチが効いた以前に、ボーラスはディーボの変形山嵐(へんけいやまあらし)ですでにダメージを受けていた」

 ルイーズ学院長は説明した。

「ボーラスは背中をかなり強く打ったみたいね。もしかしたら骨にヒビが入ったかもしれない。──でも、これはディーボの実力よ。受け身をとれなかったボーラスが弱かった」
「ディーボの放った投げ技は、何なんです?」
「伝説の投げ技、山嵐(やまあらし)の変形と言って良いと思うわ」
山嵐(やまあらし)……? 聞いたことがありません。背負い投げの一種ですか?」
「ええ、簡単に言えばね。百年前、『東の果ての国』の魔導体術家(まどうたいじゅつか)が考案したとされる、伝説の投げ技よ」
「東の果ての国……! 百年前ですか!」
「ええ、古い技よ……。ただし、ディーボが見せた投げ技は、その古い技の変形……だけど。山嵐(やまあらし)の特長としては、相手の片腕を取り、自分の足裏で相手のスネを払う」

 ルイーズ学院長はためらうように言った。

山嵐(やまあらし)は、あなりにも危険な技だし、難しい技だから、百年間は使い手がいなかった。しかし、ディーボ・アルフェウスは使った!」

 百年間も使い手がいなかったって? そんな技があるのか? ボーラスは治癒魔導士の治癒魔法をかけられている。一方、ディーボはひょうひょうとした顔で、リングをさっさと降りてしまった。

 僕は立ち上がった。

「レイジ! どこに行くの?」

 ルイーズ学院長は驚いた顔で僕を見た。

「ちょっと、ディーボと話をしてきます!」

 ◇ ◇ ◇

 僕は席を立って花道を通り、控え室がある廊下に入った。警備員がいたが、僕の顔は知られているので、引き止められなかった。

 ディーボがいた! 彼は控え室前で、下級生と談笑している。

「ディーボ!」

 ディーボはおや、という顔で僕を見た。

「君は、こんな実力を隠しもっていたのか!」

 僕は声を上げた。ディーボはハハッと笑った。

「レイジ君、試合、観てくれたのかい」
「ああ、観たよ。み、見事な投げだった」
「嬉しいね。今日は、正々堂々といかせてもらったよ」

 彼は笑った。しかし、僕はベクターのことについては納得がいかない。

「君は実力がありながら──、どうしてベクターを怪我させたんだ」
「怪我をさせようが、なんだろうが、弱い者はリング上にはいらない。君も分かっていることだろう? フフッ、一週間後、準決勝がある。そして、その次の決勝は僕と君──レイジ君が闘うことになるだろう」

 僕は何も言わなかった。

「決勝で会おうじゃないか。楽しみだな」

 ディーボはそのまま、下級生と控え室に入ってしまった。

 僕は呆然と立ち尽くしていた。ディーボ・アルフェウス……。

 彼は──強い!
 僕がグローバス・ダイラントに勝ち、ディーボがボーラス・ダイラントに勝った次の日。

 エースリート学院で授業を受けた放課後──。

「レイジ、アリサ、視聴覚室に来なさい」

 僕らはルイーズ学院長に呼び出された。

「あっ!」

 僕らが視聴覚室に行くと、驚いた。そこには、バルフェス学院のソフィア・ミフィーネがいたからだ。い、一体どうしたんだ?
 ソフィアは、とある映像記録を持ってきたらしい。

「それを一緒に見てほしいのです。バルフェス学院には、相談する人がいなくて……」

 彼女は言った。
 視聴覚室では、魔導鏡(まどうきょう)という壁に貼り付けた円形の魔導装置を使って、記録映像を鑑賞することができる。

 魔導鏡(まどうきょう)には、宮廷直属バルフェス学院の、訓練所の映像が流れている。何と、ディーボが木の棒で生徒を殴っている。これは、ディーボが生徒たちを訓練所で指導している映像だ!

「ひどいわね」

 ルイーズ学院長はため息をつき、首を横に振りながら言った。

「他の大人──教師たちは、なぜディーボを……彼を止めないのかしら」
「ディーボはアルフェウス家という貴族の出身だからです」

 ソフィアは静かに言った。

「彼の父は、魔導体術世界大会の準優勝者で、元宮廷護衛隊ですから。地位と権力を持っています。それに、ディーボ自身が、バルフェス学院の一位であることが原因です」
「なるほど、それはよく分かるわ。その学院のランキング一位は、学院の広告搭だから」

 ルイーズ学院長は、僕をちらりと見ながら言った。僕はちょっと冷や汗をかいた。

「冗談よ」

 そして今度は、ソフィアの方を見ながら言った。

「バルフェス学院の生徒であるあなたが、よくこんな映像を隠し撮り出来たわね」
「ええ、飛行型魔導撮影機を使えば、魔力操作で天井から撮影できるのです」
「でも、よく教えてくれたわ。これは本当に大問題よ」

 ルイーズ学院長は魔導鏡(まどうきょう)の映像を消して、僕らの方に向き直った。

「で、ソフィア──六日後の準決勝はディーボと試合するのでしょう? その試合は学生の男女混合試合だから、顔から上は攻撃できないルールになる。でも、あのディーボって子、『壊し屋』よ。あなたもただでは済まないかも」
「もちろん、私は、ディーボと闘います」

 ソフィアはきっぱりと言った。

「ねえ、考え直して、ソフィア!」

 アリサが声を上げた。

「あのディーボって人、本当に危ないよ。ベクターは大怪我しているじゃないの。あのボーラスだって、敵わなかった。棄権(きけん)した方がいいよ」
「……棄権(きけん)はできません。ディーボは、私を敵対視している。それならば、私も立ち向かわなければなりません」
「じゃあ、もっとヤバいじゃん。もしかしたらディーボは、あなたを怪我させてくるかもしれない! そもそもソフィア、あなたはバルフェス学院に味方がいるの?」
「いいえ。担当コーチはいますが、表面上の付き合いだけ。いつも一人ぼっちです。私がディーボに反目していることを、周囲の人間も知っているから」
「そ、そうなんだ。じゃあ、準決勝のセコンドは?」
「誰もつきません。一人で試合します。レイジさんの援護射撃になれば」

 ソフィアは僕を見た。そうか、僕が決勝で彼と闘うことを想定して言っているんだな。確かに、ソフィアとディーボの闘いは、僕がディーボと闘う場合、参考になるかもしれない。でも……。
 
 アリサは言った。

「じゃあ、あたしはソフィアのセコンドにつくよ!」
「ええっ? あなたが?」

 ソフィアが驚いた顔をした。

「ええ。了承してくれる? 確か、別の学院の生徒がセコンドについても、ルール上は問題ないはずだよ」
「嬉しいです……。でも」
「ソフィアの力になりたいんだよ」

 アリサはちょっと涙ぐんで言った。

「だってソフィア、一人で頑張ってるし……。あたし、応援したい」
「……分かりました。仲間ができたようでうれしい。こちらからもお願いします」

 ソフィアはアリサの手を取った。しかしアリサはすぐ言った。

「でも、危なくなったら、遠慮なくタオルを投げるよ」
「実力勝負ですから、問題ありません。……私、エースリート学院の生徒なら良かった」

 ソフィアはしみじみと言った。

「皆、親切なんですね。バルフェス学院は皆、自分のことばっかり」
「現在のバルフェス学院を変えていくのが、あなたの役目なのかもしれないわ」

 ルイーズ学院長は言った。

「ソフィア、ディーボとの試合、しっかり見せてもらうわよ」
「はい」

 ソフィアは決意したように言った。

 ◇ ◇ ◇

 学生トーナメントの準決勝の日がやってきた。

 今度の僕の相手は、フェンリル学院一位……マステア・オリーダ。アリサはソフィアの試合のセコンドにつく。だからこの試合は、ケビンがセコンドについてくれた。
 僕がリングに上がると、マステアは僕の方を見ずに、客席に向かって手を振っていた。

「キャアーッ! マステアさーん!」
「かっこいい~!」

 どうやら、女性ファンがたくさんいるらしい。マステア・オリーダは大変な美男子だ。長髪を後ろでしばっている。彼は魔導体術(まどうたいじゅつ)ローブをなびかせジャンプしたり、客席の女性ファンに向かって何かしゃべりかけたり、試合前から忙しそうだ。

「あのヤロ~! 見せつけやがって」

 セコンドのケビンが声を上げた。

「レイジ、あの野郎をぶっとばしちまえ!」

 ケビンは最近、モテないのでイライラしているようだ。
 すると……。

「レイジ君!」
 
 マステアはニコッとさわやかに笑い、右手を差し出してきた。握手か。

「お手柔らかにお願いするよ! 君との試合を楽しませてもらう。最後に勝つのは間違いなく僕だがね」

 僕は苦笑いをしながら、彼──マステア・オリーダの握手に応じた。

 試合開始のゴングが鳴った。

 ん? マステアはダラリと両腕をたらした。ノーガード? 何かを狙っているのは分かる。
 
 彼はニヤリと笑ったように見えた。素早くパンチが飛んでくる。下から体術グローブの側面で打ってきた! 変則的なパンチだ!

(フリッカージャブか……!)

 僕は素早く分析した。二発、三発、グローブの側面で打ってくる。
 でも、彼は挙動にそれほど変化をつけないので、防ぐことができる!

 僕が彼の三発のパンチを手で防御すると、マステアは驚いたような顔をした。

「ぼ、防御された? 僕のパンチが……」

 チャンス! 僕は、この日のためにとっておいた蹴り技を──彼の腹に叩き込んだ。

 ドガッ

「ぐへええっ!」

 マステアは声を上げた。
 僕は左足指の腹で、マステアの腹を蹴り上げたのだ。蹴りの軌道(きどう)は、ほぼ回し蹴りと同じだ。

 彼はよろめきながらも、構えた。長身の選手がやりがちなのは──。

「こ、このぉっ!」

 マステアの上から振り下ろすパンチだ! 僕はそれを読んでいた。 

 そのパンチをかわし、もう一発、僕の蹴り技だ!

 ドスッ

 今度は右足の指の腹で、彼の腹を蹴る! また当たった!

「う、うごぉ……」

 マステアは再び声を上げる。

 これは、ルイーズ学院長に教えてもらった技で、「三日月蹴(みかづきげ)り」という蹴り技だ。三日月蹴(みかづきげ)りは避けられやすいが、当たればかなり強烈に相手にダメージを与えることができる。

 マステアは意外と根性がある! まだダウンしない!

 だけど──もらった!

 僕はすぐに、彼の足に下段蹴りを叩き込んでやった。彼がバランスを崩すと同時に、左ストレートを放った。

「あ」

 完全にマステアの鼻に入ってしまった。
 マステアは鼻血をブーッと噴き出した。彼はしゃがみ込む。

「だ、大丈夫か?」

 僕は心配したが、マステアは、「う、うるさい!」と声を上げた。

「試合続行だ!」

 マステアは立ち上がって構えた。僕は、今度はボディーブローを右横腹に叩き込んでやった。彼はうっ、と唸ったが耐える。しかし彼の鼻血は止まらない。もうリング上は血まみれだ。

「ちょっと試合を止めて!」

 声を上げたのは、治療班席に座っていた治癒魔導士だ。あわててリングに入ってきて、マステアの鼻を確かめた。

「あー……うーん。ダメだね、これは」

 治癒魔導士はリング外に向かって、手でバツの字を作った。

「はあああ?」
 
 マステアは、治癒魔導士に向かって、目を丸くして声を荒げた。マステアは何となく顔が真っ青だが、大丈夫だろうか。

「あんた、何言ってんの? 試合はこれから……!」
「いやいや、出血多量だよ。血が止まらないだろ」
「おいおいおいおい~! だってまだ一分も経ってないじゃん! ねえ……うう……」
 
 おや? マステアの様子が変だ。
 マステアはぐらりと治癒魔導士に倒れ掛かった。何と、失神している。
 
「あー、こりゃ脳震盪(のうしんとう)だわ。さっきのパンチが効いてるね。ま、すぐに回復するでしょ。はい、試合終了!」

 治癒魔導士はそうつぶやくと、リング外の審判団に合図した。
 するとゴングが鳴らされ、『勝者! レイジ・ターゼット! 五分三十五秒、ドクターストップ!』と放送で告げられた。

 えーっと……。勝った、ってことで良いのかな? 僕はさっさとリングを降りた。振り返ると、マステアはリング上で横になり、ぐったりしている。……まだ鼻血が出てるな。

「つ、強ぇ~、レイジ……」
「体は小さいのに、何であんなに強いんだ?」

 観客も僕を見て騒いでいる。

 さあ、次は……! ついにディーボとソフィアの試合だ!
 準決勝第二試合は、ソフィア・ミフィーネとディーボ・アルフェウスの試合だった。

 ソフィアのセコンドには、約束通りアリサがついたが、僕も心配だから手伝うことにした。

「ねえ、お客さんの雰囲気、変じゃない?」

 アリサが試合場の周囲を見回して言った。観客は満員だ。

「ああ……」

 僕はうなずいた。

 恐らく観客席は、ほとんどがバルフェス学院の生徒で埋まっているだろう。ディーボもソフィアも、バルフェス学院の生徒だからだ。それにしては静かだ。観客のバルフェスの生徒たちは、何だか困惑しているような、戸惑っているような、異様な雰囲気が試合場を包んでいる。

 バルフェス学院の生徒たちは皆、心の中ではディーボをどう思っているのか? それは分からない。

 すでにソフィアもディーボもリング上に上がっている。どちらも宮廷直属バルフェス学院のエリート。間違いなく強い。

 ただ疑問がある。
 ディーボはなぜか、試合開始直後は弱い。物凄く弱く見えるのだ。相手の技を一方的に受けてしまう。
 ベクター戦、ボーラス戦も、試合序盤は魔導体術家(まどうたいじゅつか)の初心者レベルの弱さだ。しかし結局、ディーボはなぜか勝っているのだ。なぜだ?

 まさか、この試合も……?

「ソフィア、今日は君をなるべく傷つけずに、倒そう」

 ディーボはクスクス笑い、さらにニヤッと笑った。

「君は大事な──仲間だからね」

 ソフィアは柔軟体操で体を動かしながら、まったくディーボの顔を見ない。

 学生の男女の試合なので、顔から上は攻撃しないルールだ。魔導体術(まどうたいじゅつ)では、男女の試合はさほど珍しくない。

 ◇ ◇ ◇

 すぐに試合のゴングが鳴らされた。

 二人ともすり足で、そろそろと近づいていく。攻撃しない。攻撃しないのではなく、できないのだ。二人とも、(すき)がないからだ。
 ソフィアの全身は、青白い光をまとっている。
「魔力」だ! ソフィアは魔力を全身に張りめぐらしている。ソフィアは本気で、ディーボに勝とうとしている。

 動いたのはソフィアの方だった。

「はああっ!」

 気合と共に右前蹴り。ディーボはそれをさばく。ソフィアが左ボディーストレート。ディーボはひじでそれを受け──。ソフィアの手首を掴んだ。
 ソフィアはあわてて手を引っ込める。ソフィアは、ディーボの投げを警戒している。すぐに、ディーボが左ボディーブロー。

「掴んだ!」

 アリサが叫んだ。
 
 ソフィアがディーボの腕を掴んでいた。
 ソフィアがくるりと正面を向き、ディーボの左脇に腕を入れ──。そのまま、物凄い勢いで投げた!
 ソフィアの得意技、『一本背負い』だ!

 ダーン

 すごい音がした。ディーボは勢いよく背中から落ちた。

 ソフィアの投げは、とんでもなく素早い! ディーボは頭こそ打たなかったが、背中を強く打ったので、顔をしかめながらソフィアを見上げる。
 ソフィアは何もしない。ディーボが立ち上がるのを待っているだけだ。

 だが──。

 ディーボが少し笑ったような気がした。まさか……あんな投げをくらっておいて、笑っている余裕などありはしないだろう。

 ディーボは立ち上がり、今度は右脇腹へのパンチを放ってきた。するとソフィアは、うまいことディーボの左手首と右首筋を掴んでいた。ゆっくり彼女が片膝をつくと──。
 ディーボはすでに投げられていた。

 うおおおっ……。すごい! ディーボは、1メートルはすっ飛んだか。

「真空投げ……!」

 アリサが声を上げた。

「えっ、そんな投げ技があるのか?」

 僕は驚いてアリサに聞くと、アリサはうなずいた。

山嵐(やまあらし)と同じくらいに、今は使い手がほとんどいない、伝説の投げ技だよ。ソフィア……強い!」

 ディーボはヨロヨロと立ち上がる。息も絶え絶えだ。ソフィアは勝機とにらんだか、前蹴りを繰り出した。足には青白い光が輝いている。

 その時、ディーボの目がギラリと光ったような気がした。
 その前蹴りの足先を掴んで、(ひね)った! するとソフィアは一回転し、リングに叩きつけられたのだ!

 な、何ていう力なんだ? これは技じゃない。力だけでソフィアは投げられてしまった! ソフィアはリング上に倒れ込んでいる。

『ダ、ダウン! 1……2……!』

 審判団はソフィアをダウンとみなした! 

 ソフィアはフラフラと立ち上がろうとする。
 一方のディーボは薄ら笑いだ。まるで、今までソフィアに投げられていたことが……「なかったか」のように!

(ま、まただ……!)

 僕は試合前に感じた予感を思い出していた。ディーボは試合序盤は弱い。しかし、試合時間を経ると異様に強くなってしまう! なぜだ?

「まさか……これって、ディーボの……」

 アリサが言った。

「『ユニークスキル』!」
「な、なんだよ、それ? 普通のスキルじゃないのか?」
「とても珍しいスキルなのよ。スキルは、そもそも『神様にいただいた、特別な能力』と言われている。その中でも、その人にしか備わっていない、とても強いスキルをユニークスキルというらしいわ」
「ど、どんなスキルなんだ、それって」
「わ、わからないよ。そんなの。『スキル鑑定人』でもない限り──」

 そもそも僕は、ディーボが「スキル」を持っている、ということすら知らない。それどころか、それより強い、『ユニークスキル』なんてものを持っているって……?

『4……5……6……』

 ダウンカウントは続いている。ソフィアはようやく、膝に手をかけて立ち上がろうとし始めた。
 すると──。

「おや、レイジ君たちは、ようやく気付いたのかい?」

 ディーボはリング上から、僕らに話しかけてきた。もう、ソフィアが立ち上がる(さま)を、ゆったり眺める余裕がある。よく見ると、ディーボの体の周りには、何と、薄い闇色(やみいろ)の「気」が立ち上っている。な、なんなんだ、あの奇妙な色の「気」は? 
 ディーボは口を開いた。

「まさか君たち──。ディーボ・アルフェウスは、序盤が弱すぎる──。そんなことを、本気で思っていたんじゃないだろうね?」

(ううっ……!)

 なんなんだ? 違うのか? まさか、ディーボの序盤は全て……。

『8……9……』

 ソフィアはダウンカウントが9の時に、ようやく立ち上がった。

「でやああああーっ」

 ソフィアは前進した。

 ああっ! これはディーボの得意としているパンチ──、「直突(ちょくづ)き」! ソフィアもできたのか? しかし!
 
 ディーボはそれを待っていたようだ。ディーボはパンチを避け、彼女の右肩に自分も直突(ちょくづ)きを叩きつけた。
 ソフィアの肩へ、カウンター攻撃! 
 ディーボの正確無比なパンチが決まった!

「うああっ!」

 ソフィアは声を上げ、右肩を押さえた。真っ青な顔で、膝をつく。肩を負傷したらしい。
 あの技は、僕がボーラス戦で放った、肩への急所蹴りと同じだ。ディーボのヤツ、それをパンチでやってしまうとは。

 これは──。ディーボの攻撃が見事だった、としか言いようがない。危険な攻撃ではなく、まっとうな打撃で正確に人体の急所をついたわけだ。

「さっきまでの勢いはどうした? 肩を負傷したな」

 ディーボが言う。ソフィアは悔しそうに、右肩を押さえ、苦痛に顔をゆがめながら、また立ち上がった。

 ああ、ダメだ。ソフィアの肩が動かない。アリサがタオルを持った。タオルをリングに投げ入れると、ソフィアの敗北が決まってしまう。しかし、アリサは躊躇(ちゅうちょ)している。
 治癒魔導士たちがリング上に入ってこようとしたが、ソフィアが、「待ってください」と声を上げた。

「勝敗は、私自身が決めます」

 ソフィアは左拳で、ディーボの胸を叩いた。しかし、それが効くわけがない。今度は蹴りを繰り出す。ゆっくりだ。ディーボはそれをかわす。
 もう、肩が痛くて仕方ないのだろう。

 アリサは唇をかみしめながら、放り込むはずのタオルをギュッと握った。

 ソフィアは決意したように、肩を押さえながら、ディーボに告げた。

「参りました……」

 それを聞き届けた治癒魔導士は、審判団の方を振り返って指示している。すると──。

『勝者! ディーボ・アルフェウス! 五分二十二秒、ギブアップ勝ち!」

 ソフィアは悔しそうだが微笑んで、リング下に降り立った。アリサはソフィアを守るようにして、治癒魔導士のところに連れていった。
 
 僕はディーボをにらみつけた。
 ディーボは僕をリング上から見下ろして、笑っている。

「レイジ君、もう一度聞く。僕──ディーボ・アルフェウスは、序盤が弱いと思っていたんじゃないのかい?」
「お、思っていた。でも、どうやらそれは違うみたいだ」

 僕は思い切って言った。ディーボの秘密……! ディーボの持つユニークスキルは、いったい何なんだ? いや、そもそも彼は、スキルやユニークスキルなんてものを持っているのか?

「演技だったんだな……! 序盤を弱く見せる理由があったんだ!」
「演技……ねえ。ちょっと違うかな」

 ディーボはクスクス笑った。

「ま、序盤はわざと『相手の技を受けていた』ってことさ。ベクター戦も、ボーラス戦も、この試合もね」

 わざと? ど、どういうことなんだ?
 
 ──それにしても、この試合内容に関しては、ディーボの逆転勝ちだ。文句は言えなかった。

「──い、いい試合だった」

 僕はぎごちなく言った。

「いい試合? どこかだ?」

 ディーボは鼻で笑った。

「ソフィアは我がバルフェス学院の反逆者だよ。彼女にはさっさと消え去ってもらいたかったからね。僕が勝って良かったよ」

 こいつ! ソフィアに敬意を払わないなんて……!
 するとディーボは口を開いた。

「さて、次の試合──レイジ君、君はどうなるかな?」

 とうとう、僕とディーボは、決勝で試合をすることになった。
 準決勝が終わった翌日、僕は学校に登校した。

(今日は疲れが残っているし、練習は休もう……)

 そう思いながら校門をくぐり、校庭に入ると……おや? 何だか騒がしい。

 青い作業着を着た人たちが三十名くらい、校庭に整列していた。見たことのない人たちだ。学校の外には、馬車がたくさん停車している。
 何だ? 何があった? 生徒たちも困惑して、作業着の連中を見ている。

 アリサが僕のもとに駆けてきた。

「大変!」
「どうした?」
「サラさんと、バルフェス学院の学院長が、押し問答しているの!」
「何だって?」

 僕は首を傾げながら、アリサと学院長室に駆けこんだ。そこにはルイーズ学院長と、一人の男性──老人が何かを話している。怒鳴り合っているようだ。
 老人は──確か、バルフェス学院の学院長、ボイド・デニル氏だ。新聞で何回か見たことがある。デニル学院長の後ろには、さっき校庭に整列していたような、青い作業着を着た男たちが三名、腕を組んで立っていた。

「さあ、覚悟を決めて、バルフェス学院の傘下(さんか)に入りなさい」

 デニル学院長はルイーズ学院長に言った。

「我々が、あなたの学院の器具類、道具類を無料で運搬(うんぱん)してやる、と言っているのですよ。我々があなた方のために用意した、新しい校舎にね」
「余計なお世話です!」
「吸収合併は、すでに決まっている。このエースリート学院は、もうバルフェス学院のものだ。前から言ってあるじゃないですか」
「冗談じゃない! 無料で器具、道具類を運搬(うんぱん)? 言い方を変えれば、撤去(てっきょ)しろと言っているようなものじゃないですか!」

 ルイーズ学院長は机を叩いた。

「バルフェス学院がこのエースリート学院を吸収合併する──? そんな話は、そちらが勝手に決めたことよ!」
「すでに話してあるはずです」
「いえ、納得していません」
「理由は、ルイーズ学院長、あなたがよくご存知のはずだ。魔王が復活することを予見し、学生魔導体術家(がくせいまどうたいじゅつか)たちも、兵士として動員することになるんですよ。それをまとめあげる。それが我々、宮廷直属バルフェス学院の役目です」

「魔王が復活?」

 僕はアリサと顔を見合わせた。

「あの人、バルフェス学院の学院長だろ? 今、魔王が復活って……」
「い、言ってた。それは初耳……」
 
 アリサも戸惑い気味だ。

「とにかくですね!」

 ルイーズ学院長は、バシッと机を叩いた。

「私たちの生徒を、バルフェス学院の生徒にするつもりは、ありません。拒否いたします。よって、デニル学院長の後ろにおられる『引っ越し屋』の皆さんには、お帰りいただきます! 余計なお世話、ありがとうございました!」
「くっ……、この、強情な」

 デニル学院長はギロリとルイーズ学院長をにらんだ。そして後ろの作業員の方を振り返った。

「おい、今日のところは帰るぞ」

 作業員たちはこくりとうなずいた。するとデニル学院長は、ルイーズ学院長の方をまた振り返った。

「この小さな学院も、トーナメントが終わる二月末までで終了ですぞ。後はもう強引にでも、ここの設備を撤去(てっきょ)させてもらう。今日は穏便(おんびん)にことを進めようと思ってきたのに、バカなお人だ」
「学生トーナメントは、我がエースリート学院の生徒が優勝します!」
「ありえません。我がバルフェス学院は、魔導体術(まどうたいじゅつ)の超エリートの集まりですぞ。こんな私立の学院などに負けるわけがない」
「我がエースリート学院が──レイジ・ターゼットが、ディーボ・アルフェウスに勝ったら、どうなさいますか!」
「だからそれがありえない! ああ、そうそう、最後に言い忘れていました」

 デニル学院長はニヤリと笑った。

「このエースリート学院は、もう教育機関としての資格は、すでに失っております。ですから、生徒がこの学校を卒業しても、学歴にはなりませんので、そのつもりで」
「な、何ですって?」
「よし、帰るぞ」

 デニル学院長と作業員たちは、ドカドカと学院長室を出ていった。ルイーズ学院長は椅子に腰かけ、頭を抱えてため息をついている。

 ど、どうしたらいいんだ、これ……。

「サラさん! 学院はどうなっちゃうの?」

 アリサがルイーズ学院長のところに駆け寄った。

「……サラさん、大丈夫?」
「心配させる話を聞かせちゃったわね」
「う、うん。でも、噂は聞いてたよ」
「そう……。じゃあ生徒たちは皆、吸収合併の話は知ってるのね」
「あ……うん」

 アリサがそう言うと、ルイーズ学院長は疲れ切った顔をして、首を横に振った。
 僕は言った。

「僕がトーナメントで優勝すれば、何かが変わるんですか?」
「え? ああ、そうね……」

 ルイーズ学院長は言いづらそうに言った。

「レイジ、あなたに背負わせるようで情けないけど……。確かにあなたが優勝すれば、バルフェスより強いエースリートが吸収合併されるのはおかしい、という議論は出ると思うわ」
「じゃ、じゃあ、僕が決勝で、ディーボに勝てば良いんですね?」

 ルイーズ学院長は、驚いた顔で僕を見た。僕は続けて言った。

「か、勝ちます。見ていてください」

 恩人が困っている。そう言うしかなかった。
 そして彼女はハンカチを取り出し、涙をぬぐった。そして立ち上がって僕の手をとった。

「あなた……強くなったわね。強い言葉を言えるようになったのね」
「ど、どうも」

 強くなった、と言われると、ちょっと自信がなくなってきたが。

「そうなると、ディーボに勝たなきゃいけない」

 アリサが言った。

「でも、あのディーボって子、よく分からない強さだよね」

 僕が戸惑っていると、アリサは続けた。

「最初はやられているのに、最後には結局、勝っている。しかも、相手に怪我をさせて勝つことが多いよ」

 うーん……確かに。ディーボ・アルフェウスという少年は、今までにない不気味な「強さ」「残虐(ざんぎゃく)性」を持った選手だ。体格も僕と同じくらい小柄。
 しかし、あのボーラスに完勝しているということは、間違いなく強いはずだ。

「ディーボ・アルフェウスについて、情報を集めるべきね。でもどうやったら……」

 ルイーズ学院長は腕組みをした。
 すると、アリサが口を開いた。

「ディーボって子、レイジと同じように、『スキル』を持っているとは考えられない?」
「え?」
「しかも、もしかしたらそれより強い、その人にしか備わっていない『ユニークスキル』も持っているかもしれない!」

 僕とルイーズ学院長は顔を見合わせた。そ、そうか。アリサはディーボVSソフィア戦で、そんなことを言ってたっけ。

 ディーボがスキルを持っている! しかも、普通のスキルより強い、『ユニークスキル』を持っている? まさか……! いや、彼の強さなら、ありえる?
 アリサは続けた。

「レイジは謎の『秘密の部屋』に行って、強さを獲得したんでしょう? ディーボにも、もしかしたら、似たようなことがあったのかも」
「そうだわ。そうよ……! ディーボの強さは悪魔的。不気味な強さよ。謎を解明しないと、ダメね」

 ルイーズ学院長はうなずいた。

「わかったわ。じゃあ、私の知り合いの、魔導体術(まどうたいじゅつ)にも詳しい『スキル鑑定士』のところに行きましょう!」

 僕は首を傾げた。な、何だ? そんな職業があるのか?

 ルイーズ学院長は、自信たっぷりに言った。

「その『スキル鑑定士』なら、ディーボの強さの秘密を教えてくれるかもしれないわ!」
 次の日、僕はさっそく、ケビンと、病院からひそかに抜け出したベクターとで、ディーボ・アルフェウス対策を始めることにした。ベクターは車椅子に乗っている。

 場所はエースリート学院の訓練所の練習用リングだ。僕はリングに上がった。ケビンはすでに、リング上に上がって、ストレッチをしている。

(ん? 何か視線を感じるな……?)

 にらみつけられるような、嫌な視線だ。誰かに見られてる?

「何やってんだ!」

 ベクターがリング下から、僕に声をかける。

「レイジ! 集中しろ!」
「あ、ああ」
「よし、特訓開始だ」

 ケビンが声を上げた。
 ケビンは僕に対して、掴みにかかる。彼は素早く僕の腰を持ち、魔導体術着(まどうたいじゅつぎ)(そで)を掴んで、僕をひょいっと投げてしまった。

「う、いてっ!」
「ダメだ、レイジ。そんなに簡単に投げられては。投げに付き合うな」
「な、投げられないようにするには、どうしたらいいんだ?」

 僕は背中をさすり、立ち上がりながらケビンを見て言った。

「ディーボに掴まれたら、ヤツの手を引き()がせ」

 ケビンの話に、リング下の車椅子のベクターはうなずいた。

「その前に、ディーボに掴まれないようにしろ。掴まれそうになったら、すぐ手を引っ込めろ!」
「ええ? パンチとかを出したら、すぐ掴まれそうだなぁ」

 僕がそう言っている間に、ケビンは素早く僕に近づいた。すぐに僕の足を自分の足で内側から払った。

 ドダン!

「い、いてぇ! 何するんだ!」

 背中を打った僕が声を上げると、ケビンは首を横に振った。

「油断するんじゃねえ! これも投げ技だぜ」
「足が来るなんて聞いてないぞ」
「だから練習するんだよ。今日は百回はお前を投げる」
「お、おいおい~! そんなに投げるのか」

 おや? また敵意のある嫌な視線を感じる。僕は訓練所の周囲を見回した。あれ? 倉庫の方に、誰かがいる? 誰だ?
 一体何者──?
 
 その時、後ろの方から、「レイジー! 集中!」と女の子の声がした。

 声を出したのは、女子下級生に魔導体術(まどうたいじゅつ)の「型」を教えている、アリサだ。

「レイジ、練習あるのみ、だよ!」

 アリサが声を上げると、下級生の女の子たちも、こっちに声をかけてきた。

「レイジさーん! 応援してます!」
「優勝して!」
「かっこいい~!」

 下級生の女の子たちは、キャアキャア言っている。アリサは、「さ、こっちも練習、練習」と下級生たちを落ち着かせている。
 僕は頭をかきながら、特訓を続けることにした。

 ◇ ◇ ◇

 放課後、僕はすぐに学校を出た。今日は、ギルドの書類整理のアルバイトがある。明日の放課後は、ルイーズ学院長の知り合いの、スキル鑑定人に会う予定だ。

(何かと忙しいな……)

 さて、アルバイトに行くには、公園を通った方が近道だ。

 しかし……また嫌な視線を感じる。公園には誰もいない。
 僕は振り返った。

「調子良さそうッスね、レイジセンパイ」

 公園の木陰から出てきたのは、制服を着崩した、エースリート学院の生徒だった。

 バーニーだ! 修学旅行の時に、絡んできたヤツだ。

「お前か? 僕が練習している時、倉庫の方から見ていたのは」
「あ、バレてましたか」

 バーニーはポケットに手を突っ込んだまま、僕をにらみつけた。

「勝負しましょうよ、久しぶりに」

(うっ……!)

 僕は周囲を見回した。何と、エースリート学院の制服を着た少年たちが、ぞろぞろと公園に入ってきたのだ。三人、いや五人、いや、もっとだ。二十五名の少年たちだ。全員、僕の方を見ている。

(こいつはマズいな)

 バーニーは、三年生、二年生、一年生の不良たちを集めてきたようだ。(魔導体術(まどうたいじゅつ)養成学校は、十二、十三歳が一年生である)
 くそ、この人数で襲いかかってくる気なのか? さすがに、この人数でこられると……どうなる?
 
「修学旅行の時の借り、返させてもらうぜ」
「だめだ、やめてくれ」

 僕は首を横に振った。

「ディーボとの試合が近づいている。誰も怪我をさせたくないし、こっちも怪我をすると困る」
「はあ? 俺、修学旅行の時、あんたに腹パンでやられたんスよ? ムカついてたんスよね~」

 バーニーがそう言った時、少年の集団から、二人の少年が前に出た。背が高いヤツと、背が低いが体が分厚い少年だった。

「背が高いのが、ボルグ・マーシュ。街のケンカでは負けたことがない。背が低いのがランデア・パリシ。魔導体術(まどうたいじゅつ)十五歳の部で三位。俺ら三人と勝負してもらうぜ」
「おい、待っ──」

 すぐさま、背が高いボルグが殴りかかってきた。
 僕は彼の拳の軌道を見極めた。彼を怪我させないように、素早く腹にパンチを喰らわせた。

「ぐぼほ」

 ボルグはうめきながら、崩れ落ちる。今度はパリシが後ろから跳び蹴り。不良がよくやる手だ。後ろから背中を狙うってやつだ。
 僕はそれをかわすと、膝を彼の脇腹に叩き込んでやった。

「まぼ」

 ランデアが脇腹を押さえて、うずくまる。

「てめぇ、化け物かぁああああっ!」

 バーニーは素早く近づいてきて、頭突きをしてきた。──頭突き! この攻撃は受けたことがない。まさにケンカ技だ!
 
 ベキイッ

 僕は、バーニーのアゴに肘をかち上げてやった。向こうから頭を出してくれたのだから、簡単にカウンター攻撃をとれる。

 バーニーは、僕の肘の直撃を受けて、地面に倒れ込んだ。

 三人は地面に尻持ちをついて、目を丸くして僕を見上げている。周囲の二十三名の手下たちも、騒然としている。

「う、うわあ……すげえ」
「攻撃が見えなかったぜ」
「ヤベエ……あのセンパイ」

 下級生たちの騒ぎをよそに、僕はバーニーに言った。

「もういいだろ」
「ち、ちくしょう……」

 バーニーの横にいたボルグが、懐から何かを取り出した。キラリと光っている! ナ、ナイフだ! くそ!

「やめろ」

 バーニーがボルグの手首を押さえた。

「でも、バーニーさん」
「やめろって言ってんだ! ナイフを地面に置け。そんなモンであの人は倒せねえってことが分かっただろ!」

 バーニーが怒鳴ると、ボルグは渋々、ナイフを地面に放った。周囲のバーニーの手下たちは、驚いたように顔を見合わせている。

「あ、あんたすげぇよ。俺ら三人をいっぺんに……。あんた何モンだ? いや、そんなこと聞いてもしょうがねえか。学生トーナメント決勝進出者だもんな……」

 バーニーは立ち上がり、僕を見て言った。

「──納得いなかなかったんだ。修学旅行の時、あんたに三十秒もかからずに、やられたから……」
「おい、不良やってるより、ちゃんと魔導体術(まどうたいじゅつ)の訓練をしろ」

 僕は説教してやった。人に説教するのは、初めてかもしれない。

「真面目になれよ」
「あ、……そ、そうッスね」

 バーニーは頭をかきながら、周囲の少年たちを見回した。

「お、おい、おめえら、レイジさんに頭下げろや!」

 周囲のバーニーの手下たちは驚いていたが、やがて僕に頭を下げだした。バーニーも、ボルグもランデアも頭を下げている。
 まったく、しょうがないヤツらだなあ。でも、ディーボとの決勝前に、怪我しなくて良かった。

「あ、今、思いついたんスけどね……」

 バーニーは言い辛そうに言った。

「け、決勝戦、観にいっていいスか?」

 僕はため息をついた。

「ああ、うん。別にいいけど」
「よおしっ! 全力でレイジさんを応援するぜえっ!」

 バーニーは声を張り上げた。

「おうっ!」

 そこにいる手下連中が、全員返事をする。
 僕は苦笑いした。変な援軍ができてしまったが、まあ、いいか。

 明日はルイーズ学院長と、スキル鑑定人に会う予定だ。ディーボの秘密が分かるかもしれない!
 次の日、学校の昼休み、僕はアリサに誘われて、一緒に昼食をとることになった。

「ねえ、アモル川を見に行こうよ」

 アリサが言った。

 エースリート学院の校舎の左には、アモル川という大きな川が流れている。
 仲の良い生徒たちは、この川辺で一緒に昼食をとるのが慣例だ。川辺は校舎の敷地内だから、入って良いことになっている。

 僕らは川辺のベンチに座った。しばらく黙って、売店で買った、ナッツバターパンとアプルの実を食べた。

「久しぶりに来たけど、いい景色だね。それに最高に良い風」

 アリサが風に吹かれた髪を直しながら言った。

 アモル川はとてもきれいな川で、ランダーリア鮭が名産だ。鮭を捕まえるための舟が、川を渡っている。
 アリサは口を開いた。

「ディーボとの試合のこと、どう考えているの?」
「そ、そりゃあ……」

 僕は言いづらかった。

「怖いさ。ディーボは危険だ。彼は実力はあるけど、相手に怪我をさせることも躊躇(ちゅうちょ)なくできる。でも僕、エースリート学院のために頑張ろうと思う。だって、この学校、無くなっちまうかもしれないんだろ」
「うん、そうだよね……」

 アリサは川を見ながら言った。

「でもね、レイジ。君、エースリートのために頑張らなくていいよ」
「えっ?」
「サラさんやあたしや、ベクター、ケビンのために頑張らなくていいよ」
「ど、どういうことだよ」

 僕は驚いてアリサの顔を見た。アリサは続ける。

「レイジはレイジのために闘ってほしいんだ。エースリートのことは考えなくていいの」
「え、だってさ、僕が頑張らなきゃ、エースリート学院はなくなっちまうんだぜ?」
「しょうがないよ、そうなっちゃったら」
「お、おいおい」
「レイジ、ずっと皆のために頑張ってきたんだよね。けっこう、背負ってきたの、あたし見てたよ。あたし、レイジが弱かった時のことを知ってる」
「あ、うん」

 そういうえば、アリサとの出会いは、ケビンに絡まれているところを助けた時だった。ボコボコにされたけど……。

「ケビンに公園で絡まれていたあたしを、君は助けてくれた」
「ケビンに殴られたけどな」
「レイジは……エースリート学院でケビンやベクターと試合をする前から、心が強かったんだなって……思う」

 アリサの言葉が、僕の心に溶けていく。

「ディーボ戦は、全然、気張らなくていいの」
「でもさ、負けるわけにはいかないよ」
「大丈夫、結果がどうなろうと、あたし、レイジについてくから」

 アリサはそう言って、はにかむように笑った。

「ディーボとの試合は、結果を考えないで闘って。大丈夫だから。どうなったって、大丈夫だから」

 僕らはただ、川を眺めていた。

 ◇ ◇ ◇

 放課後、僕はルイーズ学院長に連れられ、街の外れの屋敷に行った。「スキル鑑定士」に会うためだ。アリサは学校で治癒魔法を習うため、特別授業を受けているらしい。ケビンは下級生と練習。ベクターは病院にいるはずだ。
 
 その屋敷の天井にはシャンデリア、床には豪華な赤い絨毯(じゅうたん)が敷いてある。

(古そうな屋敷だなあ……)

 僕がそう考えていた時、屋敷の奥から、小柄な少女がトコトコ歩いてきた。三角帽を被った、魔法使いのような少女だ。
 彼女は口を開いた。

「ようこそ!」

 少女は僕を見るなり、「今話題のレイジ君って、君かぁ~。かわいいじゃ~ん」と言って、僕の腕に絡みついてきた。

「う、うわっ」
「ララベル、うちの生徒に絡まないで」

 ルイーズ学院長はその少女に注意した。少女の名前は、ララベル、というらしい。

「おひさし~、ルイーズ」

 ララベルという少女は、まるで親友のようにルイーズ学院長に挨拶した。

「だ、誰なんですか? この子?」
「この人が、スキル鑑定士のララベル・アルトマイヤーよ。年齢は約二百三十歳」
「あ~! 年齢のことは言うな~!」

 ララベルは、ルイーズ学院長の言葉をかき消すように叫んだ。ルイーズ学院長は説明しだした。

「ララベルはね、二百年以上前に死んじゃった鑑定士よ。二百歳弱まで生きたわ」
「に、二百歳……?」
「死んで約十四年間、『あの世』で暮らしていたそうよ。その後、神様から許可をもらい、記憶を持ったまま赤ん坊に転生したってわけ」

 なるほど、わからん。僕は色々、口出しをしないことにした。ルイーズ学院長は、少女ララベルの説明を続ける。

「その赤ん坊が十六年生きて、今にいたる、と。前世からの記憶を入れると、だいたい今、約二百三十歳」
「は……はあ。前……世……?」
「さ、あたしの説明はもういいでしょ! こっちにきて!」

 ララベルは僕の手を引っ張って、玄関の右の部屋に案内してくれた。 
 そこは、本棚や薬瓶の棚がたくさん置いてある部屋だった。部屋の真ん中には、水晶球が置いてある机もあった。
 ララベルは椅子に座り、机の上にある水晶球を見て言った。

「へえー。レイジ君は良いスキルを持ってるじゃーん。これがサーガ族の『秘密の部屋』で身に付けたスキルかー」

 どうやら水晶球を見ると、僕が「秘密の部屋」で手に入れた「スキル」を透視できるらしい。
 僕はずっと気になっていたことを聞こうと思った。

「僕は……そのスキルに助けられて、今までの試合に勝つことができたのでしょうか?」
「ん? 不思議なことを聞くね。スキルは、その人が生まれた時、すでに備わっているんだよ。スキルが発動する時期というのは、運命としか言えないけどね。……えーっと」

 ララベルは水晶球を見やりながら、「君のスキルは……」とつぶやいた。


【スキル】大魔導士の知恵 常人の七倍の判断力

【スキル】龍王(りゅうおう)の攻撃力 常人の七倍の攻撃力

【スキル】獣王(じゅうおう)の筋力 常人の七倍の筋力

【スキル】神速(しんそく) 常人の七倍の瞬発力


「……だね。これら四つのスキルは、すでに君と一心同体だよ」
「一心同体……」
「だから、今まで君が強敵を倒してきたのは、君の実力なんだよ。レイジ君の試合は、魔導鏡で見てたよ。こんな小柄な子がさ~、大きいヤツらをバタバタ倒しちゃうなんて、最高! レイジ君、本当に努力したね!」

 僕はララベルに褒められたようだ。でも、僕はまだ疑問だった。

「ええ、ありがとう。でも、どのスキルが作用して、僕は勝ってきているんでしょうか?」
「え? うーん……。どのスキルも強力よ。とくに、この【スキル】神速(しんそく)は珍しいわね。この四つのスキルを同時に持っているってことが、とんでもないことだからね……」

 ララベルは答える。

 この水晶球の表示を見ると、僕はユニークスキルを持っていない、ということになる。普通のスキルしか持っていないのだ。
 でも、もしディーボが本当に、ユニークスキルを持っていたら?

 今度の試合……僕は……。

 ルイーズ学院長は深く考えている僕をじっと見ていたようだったが、すぐに口を開いた。

「さて、本題に入りましょう。ディーボ・アルフェウスという子の鑑定をお願いしておいたはずだけど……」
「ああ、ディーボのスキルね」

 ララベルは急に真面目な顔つきになった。

「確かに、彼はスキルを持っているわ」

 ララベルは静かに言った。やっぱりか……。
 ララベルは話を続ける。

「ディーボのスキルは四つあるわ。そのうち二つは、レイジ君、君と同じスキルよ!」

 な、何だって? どういうことだ?

「そして、四つのうち二つは、ユニークスキル(その人だけに備わった、強力なスキル)! しかも、そのうち一つは、よく分からない。謎なのよ」

 僕とルイーズ学院長は、顔を見合わせた。

(ま、まさかディーボが本当に、ユニークスキルを持っているなんて! しかも二つも!)

 僕は驚いた──が、この後、僕も隠されたユニークスキルを持っていることが判明することになる!
 どうやらディーボは、僕と同様に、スキルを四つ持っており、僕と同じスキルを二つ持っているらしい? 
 しかもそのうち二つは、ユニークスキル(その人だけに備わっている強力なスキル、能力)。その内の一つは、ララベルでも知らない謎のユニークスキル……だそうだ。
 ララベルは言った。

「ディーボって子の試合映像を魔導鏡(まどうきょう)で見て、鑑定したんだよ~ん」
「ララベル、ディーボも『秘密の部屋』に行ったということ?」

 ルイーズ学院長の問いに重ねるように、ララベルは言った。

「うーん……彼はアルフェウス家の息子でしょう? 『秘密の部屋』に入る資格のある、サーガ族と何か関係があるのかまでは、今の段階では分からない」

 ララベルはいったん言葉を切った。

「さてと、ディーボのスキルをこれから見せるよ。──と、その前にレイジ君。ディーボの試合を間近で見ていたでしょう? 彼の試合には、どの試合にも共通点があるよ。何か分かる?」
「共通点って……」

 僕はしばらく考えていたが、ピンときた。

「ああ、それは、気付いていました。ディーボは必ず最初、攻撃を受ける。ダウン寸前になることもありました」
「どうして、彼は最初に攻撃を受けると思う?」
「いや……分かりません。彼はバルフェス学院の一位です。彼なら、先手攻撃で有利に展開できるはずだと思いますけど」
「うん、その通り。じゃあ、ディーボのスキルを見せるよ!」

 ララベルは水晶球に文字を映し出してみせた。水晶球の表面にはこう書かれてあった。


 ディーボ・アルフェウスのスキル

【スキル】大魔導士の知恵 常人の七倍の判断力

【スキル】龍王(りゅうおう)の攻撃力 常人の七倍の攻撃力

【ユニークスキル】痛みの反響魔導力 痛みを二倍にして返す

【ユニークスキル】??? 鑑定不可能


「こ、これは!」

 ルイーズ学院長が声を上げた。

「上の二つは、レイジと同じ! 『大魔導士の知恵』と『龍王(りゅうおう)の攻撃力』は、レイジも持っているスキル! その下の『痛みの反響魔導力』は……?」
「敵から受けた攻撃を、二倍にして返す、特殊なスキルよ。これこそが、彼のユニークスキル! 彼独自だけが持つことができる、強力なスキルだよ」

 ララベルは説明した。

「だ、だから相手の攻撃を受けていたのか!」

 僕は声を上げた。ララベルはうなずいた。

「相手の攻撃を受けた時の『痛み』が、自分の『気』に混ざり合い、攻撃力が高まる、というわけ」
「こ、怖いな……。でも、最も下の『???』は何なんですか?」
「これは、分からない。あたしの水晶球でも見ることができなかったんだよね~。しかも貴重なユニークスキルみたいだし」

 ララベルは腕組みをした。

「いや~、屈辱(くつじょく)だわ。あたしが鑑定することができないスキルが存在するとは」
「一体、どんなスキルなのかしら」

 ルイーズ学院長も首を傾げている。僕は思い切って聞いた。

「僕にはユニークスキルはないんですか?」
「ない」

 ララベルの即答に、僕は肩を落とした。

「ないと思うけど……水晶球よ、もう一度、レイジ君のスキルを出して」

 ララベルはそう言いながら、僕に手をかざして、水晶球をもう一度のぞく。

「ん……? えええっ?」


 レイジ・ターゼットのスキル

【スキル】大魔導士の知恵 常人の七倍の判断力

【スキル】龍王(りゅうおう)の攻撃力 常人の七倍の攻撃力

【スキル】獣王(じゅうおう)の筋力 常人の七倍の筋力

【スキル】神速(しんそく) 常人の七倍の瞬発力

【ユニークスキル】神の加護 神の加護により、人の悪意をはね返す ←新着!

【ユニークスキル】??? 鑑定不可能 ←新着!


「えええ~? さ、さっきまでは水晶球に映ってなかったのに! レイジ君のスキルが増えてる! こんなの初めて!」

 ララベルは目を丸くして、声を上げた。

「し、しかも、ユニークスキルが二つ! ひ、一つは……【ユニークスキル】神の加護? こんなの初めて見た……。もう一つは? ええ? また鑑定不可能~! キィ~! 再び屈辱~」
「あ、あの~」

 僕はララベルに聞いた。

「突然、僕のスキルが増えたんですか?」
「違うわよ、多分、水晶球が隠してたんだわ!」
「どうして突然、水晶球に僕のユニークスキルが現われたんでしょうか?」
「そ、そうね~。水晶球は知能を持っているのよ。その水晶球が、今日、この時間まで、あなたに備わっていた二つのユニークスキルを、隠しておいた方がよいと判断したんじゃないかしら……多分」
「それってどういう……。あ、そもそも、この僕の隠されていたユニークスキルって一体、何なんですか?」
「え、えーっと……。一つめの【ユニークスキル】神の加護 の方は、『神の加護により、その者の意志で人の悪意をはね返す』って書いてある……うーん……私もよくわからない。もう一つの、『???』の方は、これは鑑定ができないってこと。あたしも知りたい! ぎゃー! 屈辱!」

 ララベルは一通り叫んだあと、ようやく落ち着きながら言った。

「当日は、あたしもレイジ君とディーボの試合を観るから。ディーボとレイジ君の謎のユニークスキル、その時に解明できたらいいよね~」

 ララベルは悔しそうに言った。

 ディーボ……スキル鑑定士でも鑑定できないスキルを持つ少年……。一体、何者なんだ? 勝負をすれば、彼の正体が分かるのだろうか?
 それに、僕にも同様に、『神の加護』っていうユニークスキルと、鑑定できないユニークスキルがあるって?
 それって、どんなスキルなんだろう?

 ◇ ◇ ◇

 そしてついに、決勝当日──ディーボ・アルフェウスとの試合の日が来た。

 空は晴天。雲一つない、素晴らしい天気に恵まれた。決勝の対戦場所は、王立競技場「グラントールスタジアム」だ。

 王立競技場の敷地内には、スタジアムが三つある。魔導体術(まどうたいじゅつ)の学生トーナメントや一般トーナメントは、決勝のみ、グラントールスタジアムで行われる。グラントールスタジアムは、グラントール王国国民にとって、特別な場所なのだ。
 五万人収容できて、座席、壁、柱などは大理石、金、銀、などがふんだんに使われている。壁などに彫られた装飾も、グラントールの職人たちが彫り上げた美しく豪華なものだ。
 ちなみに雨が降った時は、天井の屋根が、魔導力によって閉じる。

「えーい!」
「やああっ!」

 リング上では、幼年部の子どもたちによる、魔導体術(まどうたいじゅつ)演武が行われている。
 拍手も盛大だ。
 すでに客席は、僕とディーボの決勝目当てのお客で、五万人の超満員だ。学生トーナメントの決勝は、国民的行事の中でも最も大きな行事の一つだ。

 二時間後には、僕とディーボの試合が行われる。

 ◇ ◇ ◇

 僕は控え室で試合開始時間を待っていた。控え室には、ルイーズ学院長、ケビン、車椅子に乗ったベクター、スキル鑑定士のララベルがいる。

「の、喉が渇いたな」

 僕はケビンに飲料水をもらった。手がプルプル震える。……あー、緊張する。し、試合中におしっこ、ちびったらどうしよう……。
 ルイーズ学院長は、「まあ、緊張するのは仕方ないわよね」と言った。

「グラントールスタジアムで闘える魔導体術家(まどうたいじゅつか)なんて、大人でもほとんどいないんだから」
「……にしても、レイジよぉ。震えすぎじゃねえのか」

 ケビンは腕組みをしながら僕に行った。僕は言い返した。

「僕の身にもなってみてくれよ。今日はグラントール王や王族たちも来てるって話だぞ」

 僕が文句を言うと、ケビンは呆れたように言った。

「パンチが正確に打てないぜ、こりゃあ」

 その時、控え室の扉が勢いよく開いた。

「ちょっと、変なことになってるよ、レイジ!」

 控え室に飛び込んできたのは、アリサだった。

「レイジ側の花道両側の席が、全部、バルフェス学院の生徒や関係者に買われているみたい」
「どういうことだ?」

 僕は首を傾げて聞いた。花道とは、選手がスタジアムに入り、試合リングに上がるまで歩く道のことだ。左右に観客がいて、声援を送ってくれる。
 僕が試合する場合、花道両側の席には必ず、エースリート学院の生徒たちが座って、声援を送ってくれていた。
 しかし今日は何と、敵側のバルフェス学院の生徒が座ることになる? 僕は嫌な予感がした。

「フン、それはバルフェス学院の──。ディーボ・アルフェウスの作戦だよ」

 スキル鑑定士のララベルは言った。

「こざかしい真似をするよね、ホントに」
「作戦? ディーボは何を企んでいるんですか?」

 僕が聞くと、ララベルはニヤリと笑った。

「レイジ君。これをはね返さないとダメだよ。逆にはね返したら、試合前の段階で、君が精神的優位に立つかも……」
「ええ? どういうことです?」

 僕はルイーズ学院長と顔を見合わせた。