十一月のある日の朝。僕、レイジ・ターゼットと、エースリート学院の生徒たちは隣国カガミラにある「宮廷保養訓練施設」に旅立つことになった。グラントール王国の魔導体術養成学校では、十一月は修学旅行のシーズンだ。
エースリート学院は千人もいるので、今回の修学旅行は、三グループに分けて旅行する。初回は僕ら4年B組を含めた、約三百人だ。
「おいっ、レイジ。修学旅行、楽しみだなー。最近、ずっと練習漬けだったからよぉ」
ケビンは駅まで歩いていく最中、目を輝かせてつぶやいた。
僕らエースリート学院の生徒たちは、ランダーリア駅から魔導汽車を待つ。引率の先生は七名いる。ルイーズ学院長や担任の男性教諭、バクステン先生もいる。
どうもルイーズ学院長はうかない顔だが……。
僕たちは整列して魔導汽車を待っていたが、その時、後ろから声がかかった。
「おい、あんたレイジってんだろ」
振り向くと、制服のポケットに手を突っ込んだ少年が僕をにらみつけている。刈り込んだ金髪で、制服を着崩している。間違いなく不良だ。うわぁ……僕の超苦手なタイプ。彼の胸のバッジを見ると、「3」と書かれているので、三年生。下級生だ。
「この間の試合、勝ったんだって? オレ、観てねーんだわ。あんたが強いっての、とても信じられないんだけどよ」
「えーっと……」
「あ? 何、ボソボソ言ってんの? 俺に勝てんの?」
彼は身構える。うわ、こいつ、駅のホームで闘う気まんまんだ! 冗談じゃない。
「おい、バーニー。よせよ。もう汽車がくるってよ」
後ろから、彼の仲間が笑いながら彼に言う。ボーラスに勝ったのに、下級生にすごまれる僕。情けない……。
僕らは魔導汽車に乗り込んだ。二時間かけてカガミラ駅に到着。そこから徒歩十分、森の中を歩き、ついに宮廷保養訓練施設に辿り着いた。
敷地面積は百ヘクタール。僕は数学は苦手だが、とんでもなく広いってのは分かる。
「うわぁ、すげえ」
「豪華~」
生徒たちは歓声をあげる。
全面ガラス張りの美しい玄関に入ると、中は豪華ホテルのようなロビーだった。
「最高だぜ、なあ」
ケビンがつぶやく。
「大金持ちになったような気分だぜ」
部屋は何と一人一部屋。ベランダ付きで、風呂とプールもついている。
さっそく僕らは食堂に昼食を食べに行く。
カガミラ若鶏の香草焼き、塩ドレッシングをかけた野菜サラダ、アンギラス(川魚)のスパイス焼き、粗びき小麦のパン、カガミラ牛のコンソメスープ、特製プリン。
カロリーや脂肪分も計算に入れたメニューだ。しかも美味い。
「うむ、まろやかな味わいだ」
ベクターが上品に口をぬぐった。
「しかも栄養価も高いし、カロリーも調整されている。言うこと無しだな」
昼食を食べ終わると、若い女性係員に、訓練所を案内された。まずは訓練所の裏手に案内された。
「う、うわああー」
生徒たち全員が声を上げた。目の前は海が広がっていたのだ。生徒たちは裸足になって、海に入ったりしている。皆、大はしゃぎだ。
ケビンは、「ぬおおおー」と叫んで、砂浜ダッシュを始めた。
「ケビン、初日で疲れるって……」
僕は苦笑いしてケビンに注意した。アリサは友達のミーナと砂遊びをしている。小学部の子みたいだなあ……。
訓練所の練習施設も最新式の鍛錬器具でいっぱいだった。
特にウエイトトレーニング機器は、魔導の知能が機器に入っており、その人に合った重量を自動で計算してくれる。
シャワー、風呂も当然完備。百種類の石鹸、五十種類のバスソルトや三十種類の入浴剤が取り揃えてある。これは女子たちに大好評だった。
さて、訓練所の奥には体術用試合リングがある。練習試合をやっているみたいだから、見せてもらおうかな。僕は練習試合なんか、誘われてもしたくないけど……。
「なあ、レイジ先輩」
ん? 聞き覚えのある嫌な声がした。後ろを振り返ると、さっき駅のホームで絡んできたバーニーという下級生がいた。こいつかぁ……。
こんな時にケビンやベクターがいない。土産物でも見てるのか?
「いっちょ、勝負しましょうや。リングに上がらなくてもいいっしょ。今、ここで。和やかな練習試合ってことでさ」
バーニーは僕をにらみながら言った。何が和やかだ。
「や、やめとく」
「は? オレ、十五歳の部の大会、八位入賞だよ?」
「練習試合の気分じゃない」
「は? ナメてんの? やっぱ弱ぇんじゃねえの?」
彼の取り巻きが、後ろのベンチの方でゲラゲラ笑っている。
「先輩、体術グローブ、つけてくれよ。ここ、新品を貸し出してるんで」
バーニーは、僕に体術グローブを放った。やるつもりか……。僕は渋々、体術グローブを拳にはめた。バーニーといえば、もうすでに体術グローブをつけている。
「で、いつ闘りますかねー」
バーニーはなんて言いながら、いきなり殴りかかってきた。
僕は彼のパンチの右手の平で押さえた。パンチにスピードが出る前に、彼の拳を受け止めた。
「なっ……」
バーニーは驚いた様子で、右手を引っ込め、今度は左フックを打ち込んできた。
──ここだ!
パンッ
鋭い音が響いた。
「ゴベッ」
バーニーはうめき、腹を押さえて床に倒れ込んだ。床は木の板でできているので硬い。僕は彼が頭を打たないように、素早く頭を手で支えてやった。
うおおおっ……。
周囲の野次馬は声を上げた。僕のカウンターの右ボディーブローが、バーニーの腹に、完全に決まった。
「なん……でそんなことが……できるんだ? 速ぇ……」
バーニーは立ち上がろうとしたが、よやよたと腹を押さえてまた床にしゃがみ込んだ。
「フックは挙動が大きい」
僕は説明してやった。
「ボディーブローの方が早く相手に届くってわけだ」
「そ、それにしたって……急所を……完全に……。人間……技じゃねえ……。あんた一体……?」
「大丈夫か? 医務室に行くか?」
「う、うるせえ、お、覚えてろ!」
バーニーは再び立ち上り、腹を押さえてヨタヨタと通路の方に逃げていった。彼の仲間たちが、僕をにらんでいる。
はあ、勝手にしてくれ。挑んできたのはそっちだろ。
「あ、あのー」
こ、今度は何だ?
右の方を見ると、そこにはスラリとして美しい女の子が立っていた。ん? 誰だ? 見たことのない女の子だ。
「レイジ君……ですね?」
「そ、そうだけど」
僕は女の子を見やった。黒髪のロングヘアで前髪はおかっぱ。身長は165~167センチくらいだが、とてもスリムだ。僕と同じくらいの年齢、十六、七歳くらいか。美人なので、野次馬たちが皆、その子のことを見ている。
でも、彼女が羽織っている魔導体術ローブは白い。エースリートのローブは青いから、エースリートの生徒じゃないな。どこの生徒だろう?
「好きです」
「は、はい?」
「レイジ君……好きです」
い、いきなり告白ぅうう!
反対の左の方を見ると、アリサが腕組みをして、ふくれっ面で僕を見ている。しかも、さっきの騒ぎで、野次馬はまだ僕の周囲にたくさんいる。
皆、僕と女の子を見て、色々、噂をし始めた。
「ほう」
「告白か」
「いいねえ」
こ、これ、公開告白状態じゃないか!
え、えらいことになった。
この女の子、一体、誰なんだ? 女の子は恥ずかしいのか、顔が真っ赤だった……。
それはいきなりの告白だった。
「好きです」
黒髪ロングヘアの、きれいな女の子が、顔を真っ赤にして僕に告白してきたのだ。驚く周囲、固まる僕。
「き、君は、誰だ?」
「あ、申し遅れました。私……ソフィア・ミフィーネと申します……」
「す、好きってどういうこと?」
僕は本当にバカみたいに聞いた。
「レイジ君が好きなんです……。ファンなんです」
このソフィアという女の子は、静かに言った。え? ファン? あ、そういうこと?
「ランダーリア体育館で、ボーラス選手との試合を、観ていたから……」
ソフィアの顔は、ますます真っ赤だ。ソフィアは握手を求めてきたので、僕はアリサを横目で見ながら、恐る恐る握手をした。
アリサはニコニコ笑っている。目は笑っていなかったが。
その時、訓練所の向こうの方で、中年男性が声を上げた。
「おーい、ソフィア! 練習相手が来たぞ」
「あの人、私の先生です……」
するとソフィアは、な、何と、自分の口元を僕の耳に近づけた。
ぬっ、ぬおおおっ!
(……ディーボ・アルフェウスという生徒に、気を付けて)
え?
ソフィアは小声でそう言うと、先生の方に向き直った。
「じゃあ、レイジ君……また後で」
ソフィアはスラリとした容姿に似合わず、かわいらしくパタパタと走っていった。そして何と、訓練所真ん中の、練習用リングの上に上がってしまった。
「レイジ君、ソフィアのことが気になるのかな?」
横にはいつの間にか、僕と同じ、十六歳くらいの少年が立っていた。知らない少年だ。い、いつ、そこにいたんだ? 気配が感じられなかった。ソフィアと同様に、白いローブを羽織っている。
「僕は、宮廷直属バルフェス学院の生徒、ディーボ・アルフェウスといいます」
(ディ、ディーボ!)
さっき、ソフィアが注意しろ、と言ってきた少年か? いや、驚くべき部分はそこだけじゃない。彼の所属している学院だ!
「き、君はバルフェス学院の生徒なのか?」
僕は目を丸くしながら聞いた。
グラントール王国で最高の魔導体術養成学校と名高い、あの宮廷直属バルフェス学院の生徒?
よく見ると、他の魔導体術養成学校の生徒がちらほらいるようだ。十一月は養成学校の修学旅行シーズンだし、他の学校も、ここに修学旅行に来ているらしい。
ディーボの身長は、僕と同じくらい! 約158センチから160センチ。体重も僕と変わらない、60キロ前後だろう。
この小柄な少年が、バルフェスの生徒?
「じゃ、同じローブを羽織っているソフィアは……」
「そうだよ、ソフィア・ミフィーネはバルフェス学院の生徒だ。ソフィアは、バルフェス内のランキングで三位なんだよ」
あ、あの美しい女の子が、バルフェスの三位だって? いや、女の子が強いのは珍しくないけど、あんなにおとなしそうな女の子が、バルフェス学院の三位だったなんて?
「ほら、見て。ソフィアの練習試合が始まる。それを見ればソフィアの強さが分かるよ」
ディーボに言われるまま、僕は練習用リングを見やった。周囲にはたくさんの大人たちが集まってきている。バルフェスの生徒の練習試合ということで、魔導写真機で撮影している者もいるようだ。報道記者も、ここに来ているのか?
ソフィアの相手は……うわ! でかい女の子だ! 確か、ギルタン学院の女ドワーフ、ドンカ・ブルボーネだ! 彼女は確か、春期団体戦の大会で、僕が所属していたドルゼック学院に勝ったメンバー。身長180センチ、体重88キロ。女子の魔導体術家では重量級に入るだろう。確か、マークを三十秒で殴り倒していたっけ……。
一方、ソフィアは約身長165センチくらいか? 体重は……45キロくらい? 言うまでもなく軽いだろう。
「ちょっと待ってくれ」
僕はあわててディーボという少年に言った。
「ブルボーネはドワーフ族の実力者だ。ソフィアは大怪我だけでは済まないぞ!」
しかしリング上のソフィアは、相手に礼をし、半身に構えている。すぐに練習試合が始まりそうだ。
「心配する必要ないよ。ほら、見て」
ディーボはそう言った。
一方、リング上のブルボーネはニヤニヤ笑って、「いくよ、お嬢ちゃん!」と叫んで、ソフィアに殴りかかった。
──ソフィアはサッと左のパンチをかわした。
するとソフィアはブルボーネの前で、くるりと正面を向いたのだ! すぐにブルボーネの脇に腕と肩を差し入れ──屈んだ!
次の瞬間、ブルボーネは二メートルは吹っ飛んでいた。投げだ!
「いまのはソフィアの『一本背負い』だね」
ディーボが解説してくれた。な、何て見事な「投げ」なんだ? あんなに人が吹っ飛んだ投げを見たのは、初めてだ。
リング上に転がったブルボーネは、キッとソフィアをにらむと、今度は走り込んで、右フックを繰り出した。
しかしソフィアは両手をクロスさせ、ブルボーネのアゴに、その両手を当てにいった。
ズダン!
ブルボーネの巨体はひっくり返ってしまった。
「す、すごい」
僕は声を上げてしまった。恐らく「魔力」を込めた「当て身技」なんだろうが、まるでブルボーネが壁にでもぶつかったようだ。
「このヤロー!」
ブルボーネはフラフラと立ち上がり、中段蹴りを出す。まるで丸太のような太い脚だ。まともに喰らったら、相手はあばらが折れるだろう。
しかしソフィアはすずしい顔で、その蹴りをいとも簡単に右腕で抱え込んで──掴んでしまった。すぐにブルボーネの左足を右方向にひねる。
「う、うまい!」
僕は叫んでいた。
ブルボーネはバランスを崩し、仰向けに倒れた。ソフィアはそのままジャンプし、自分の膝をブルボーネの腹部に叩き落した!
ズドッ
鈍い音がした。
ソフィアはサッと離れる。
「そ、そこまで!」
ブルボーネの担当指導者が、リング上にあわてて上がり込んだ。ブルボーネは腹を押さえてうめいている。すぐに施設常駐の治癒魔導士もリング上に上がったが、特に治癒魔法は唱えないようだ。打ち身用の薬だけを、ブルボーネに貼りつけている。
ソフィアは最後の膝落としを、手加減したようだ。
それにしても──勝負は決した。僕も周囲の野次馬も、ソフィアのあまりの強さに声が出なかった。ソフィアは一礼している。
「い、一体、彼女は……ソフィアは何者なんだ?」
僕はディーボに聞いた。
「僕と同じ、バルフェスの学生だよ。ああ、僕はバルフェス内ランキングの一位だけど」
「え? じゃあ、君はソフィアより強いのか!」
僕は目を丸くして、ディーボを見た。
「そう。レイジ君、君もエースリートの一位だし、二月の個人戦で、僕とソフィアと闘うことになるかもしれないね」
二月の個人戦……! あっ、そうだった。来年の二月に、グラントール王国主催の、学生魔導体術個人戦トーナメントがあるんだった!
ディーボは、「では」と言って、ソフィアの方に行ってしまった。ソフィアはリング上から、僕に向かってかわいらしく手を振っている。僕も手を振ったが、僕の手は震えていた。
一方のブルボーネは、肩を落とし、すごすごとリングを降りた。
宮廷直属バルフェス学院……! 何て手強いんだ!
宮廷保養訓練施設にて、修学旅行の二日目。
アリサは屋外広場で、魔導体術の「型」を下級生の女の子たちに教えていた。アリサの型は見事だ。グラントール王国「型」試合で、三位入賞をしたこともあるそうだ。
蹴り、突き、ひじ打ち、見事なスピードで技を見せていく。
アリサはまるで先生のように、下級生の女の子たちに声をかけた。
「はい、しっかり技を放ったら、ビシッと止めること。これが重要だよ」
「はーい! アリサ先輩!」
「怪我をしないようにね!」
アリサは女の子たちのあこがれの先輩のようだ。
◇ ◇ ◇
一方、僕はルイーズ学院長に、保養訓練施設の会議室に呼び出されていた。
一階の奥の会議室に行くと、部屋の中は薄暗かった。奥の壁に貼りつけられた魔導鏡(記録した映像を映し出すための、魔法の鏡。円型)には、魔導体術の試合の映像が映っていた。
椅子に座ってその映像を見ているのは、ルイーズ学院長だ。
その時、パッと部屋が明るくなった。天井の魔導ランプが点灯した。
「来たわね」
ルイーズ学院長は振り返った。僕は立って、ルイーズ学院長の話を聞くことにした。一体、何の話をするのだろう?
「まあ、楽にしなさい。さて、二月の個人戦、レイジには出場してもらうことになったわ。それはもう分かっていますね」
「は、はい」
う、うわ~。きた!
「グラントール学生魔導体術個人戦トーナメント」は、その年度の最強の学生を決定するトーナメントといっても過言ではない。それに僕が出場できるというのだ。信じられない気持ちだ。名誉なことだけど、ちょっと怖くなった。
ちなみに出場予定だった十二月の冬期団体戦は、急遽、下級生が出場するらしい。
しかし、ルイーズ学院長は浮かない顔だ。そういえば、ルイーズ学院長の顔は、修学旅行初日の昨日から、ずっと考え深げだ。
「が、学院長、一体、どうかしたんですか?」
「……レイジ、あなたは今や、我がエースリート学院のNO1魔導体術家。きちんと言わなければならないわね」
「えっ?」
「エースリート学院は、無くなるかもしれないのよ……」
「えええ? ど、どういうことですか?」
僕はあまりに驚いて、声を上げた。一体、どうして?
「それに……すでに、私は、もう魔導体術家じゃないわ」
ルイーズ学院長は、さみしそうに言った。意味がさっぱり分からない。
ルイーズ学院長は話をしてくれた。どうやらエースリート学院は、宮廷直属バルフェス学院に吸収合併される計画があるそうだ。つまり、エースリート学院の生徒は、バルフェス学院所属となってしまう。
そしてルイーズ学院長は、バルフェスの魔導体術指導長に逆らったので、魔導体術家の資格を失ったそうだ。
「な、なんでそんなことになるんですか? 一体、誰がルイーズ学院長の資格を、はく奪したんですか?」
僕は本当に驚いて聞いた。するとルイーズ学院長はつぶやくように言った。
「私の魔導体術家としての資格をはく奪したのは、ディーボ・アルフェウスよ」
「ええ? 昨日、会ったバルフェスの生徒ですか?」
僕は昨日、一緒にソフィアの練習試合を観戦した少年を思い出した。
「だ、だって、彼はバルフェスの生徒じゃないですか。魔導体術指導長って、先生がするものでしょう?」
「ディーボは生徒でありながら、魔導体術指導長なのよ。バルフェスは魔導体術養成学校では、最も権威があるわ。その指導長に『やめろ』と言われたら、従うしかないわ」
「そ、そんなバカなことがあるんですか!」
僕はドルゼック学院を退学にされた日、ルイーズ学院長が声をかけてくれたことを思い浮かべていた。その時は困惑したけど、今考えると、本当に助かった。感謝している。
「冗談じゃない。どうしてルイーズ学院長が、そんな仕打ちを受けなきゃならないんですか? エースリートも無くなるなんて……」
「……レイジ。エースリート学院がバルフェス学院に吸収合併されない方法が、一つだけあるの」
ルイーズ学院長は、カバンから一枚の紙を取り出した。僕は声を上げた。
「うっ、これは!」
『グラントール王国学生魔導体術個人戦トーナメント 対戦表 一回戦』
Aブロック
『レイジ・ターゼット(エースリート学院一位)VSライガナ・ジェス(ドルゼック学院三位)』
『グローバス・ダイラント(バルフェス学院二位)VSレビン・ゾイラス(ゾーグール学院一位)』
『マステア・オリーダ(フェンリル学院一位)VSゲブンザ・ボリガ(ギルタン学院二位)』
『シンシア・マルカ(フェンリル学院二位)VSパターヤ・マイキ(グロウデン学院一位)』
Bブロック
『ソフィア・ミフィーネ(バルフェス学院三位)VSジェイニー・トリア(ドルゼック学院二位)』
『ローガー・ザイクル(ゾーグール学院二位)VSドンカ・ブルボーネ(ギルタン学院三位)』
『ボーラス・ダイラント(ドルゼック学院一位)VSニッカネン・マソカ(グロウデン学院二位)』
『ディーボ・アルフェウス(バルフェス学院一位)VSベクター・ザイロス(エースリート学院二位)』
「もう、一回戦の対戦表が発表されたわ。来年の二月、トーナメント一回戦が、グラントール王立競技場で行われます」
僕は自分の一回戦の試合を確認した。うーん、ドルゼック学院三位か……。知らない選手だけど、ドルゼック学院というのはやりにくいな。
おや?
(ん? ちょっと待てよ……)
僕はAブロック、つまり自分が勝ち進んだ時に当たる選手──つまり二回戦で当たる可能性のある選手を見て、唖然とした。
「グローバス・ダイラント! ダ、ダイラント? ど、どういうことです? まさか、ボーラスとかデルゲス・ダイラントと何か関係があるわけじゃありませんよね?」
「関係大ありよ。グローバス・ダイラントは、デルゲス・ダイラントの長男。ボーラスの兄よ」
「う、うわあっ!」
僕は頭を抱えた。あのボーラスに兄なんていたのかよぉおおお! しかも、兄の方はドルゼック学院じゃなくて、宮廷直属バルフェス学院所属じゃないか!
ルイーズ学院長は、ため息をついて言った。
「あなたには、このトーナメントで優勝してほしいの」
「ゆ、優勝!」
「それが、我がエースリート学院が助かる、ただ一つの手段です。バルフェス学院の上をいけば、私たちの方が優れているという証明になるのだから」
「そ、それはそうですけど」
「その優勝を目指す上で──注目してほしい試合があるの」
ルイーズ学院長は、Bブロックの一番下を指差した。
『ディーボ・アルフェウス(バルフェス学院一位)VSベクター・ザイロス(エースリート学院二位)』
「あっ……!」
僕は声を上げた。ディーボの対戦相手は、ベクターなのか! しかし、僕はディーボの試合は見たことがない。彼のことは良く知らないのだ。
ガチャリ
その時、ノックとともに、会議室の扉が開いた。
「入ってよろしいでしょうか、ルイーズ学院長」
女の子の声がした。
「待っていたわ。よく来てくれたわね」
ルイーズ学院長が女の子に声をかけた。会議室の中に入ってきたのは、ソフィア・ミフィーネだった。彼女は昨日の練習試合で、ドワーフ族の強豪、ブルボーネに完勝した。圧倒的な強さだった。
ソフィアは一体、何者なんだろう? どうしてルイーズ学院長が、ソフィアをここに呼んだのだろう?
「レイジ君──。今のバルフェス学院は腐りきっています」
ソフィアは僕の手を取って、いきなり言った。
「どうか私たち、バルフェス学院の生徒を救ってください!」
ええっ? 僕は呆然とした。
ここは宮廷保養訓練施設の会議室。
その会議室に、バルフェス学院の生徒、ソフィア・ミフィーネが入ってきた。
「レイジ君──。今のバルフェス学院は腐りきっています」
ソフィアは僕の手を取って、いきなり言った。
「どうか私たち、バルフェス学院の生徒を救ってください!」
「ど、どういうことなんだ、ソフィア?」
僕が聞くと、ソフィアは静かに言った。
「実質バルフェス学院を支配しているディーボを、あなたが倒して欲しい。今のバルフェスを潰して欲しい」
「え、ええっ?」
僕は驚いた。バルフェス学院を潰して欲しいって? ソフィアがこんなことを言うとは、よっぽどバルフェス学院はひどいことになっているのか?
「そんなにバルフェスはひどいの?」
「そうよ……レイジ君」
「あ、レイジって呼んでいいよ」
僕は彼女が話しやすいように言った。
「し、しかし、ソフィア。君はBブロックだ。君が勝ち上がると、君はディーボと対戦することになる。君が彼に勝つ可能性は?」
「ないわ。……ディーボは強すぎる。ただし、お二人が思う、『強い』とは違うのです。怖い、というか、恐ろしいというか……。彼の力、考え方は『人の道』から外れている。それを生徒たちに、『洗脳』によって植え付けようとしているのです」
「ど、どういう意味?」
僕が聞くと、ソフィアは決心したように言った。
「彼の恐ろしさは、実際に試合を観てくださったら分かります……。こ、これ以上は……言うのは辛い。バルフェス学院が好きだからです」
「分かったわ、ソフィア」
ルイーズ学院長は、ソフィアをそっと抱きしめて頭をなでた。
「あなたはバルフェス学院の生徒だものね。辛いことを、よく私たちに話してくれました。それ以上は、言わないでいいの」
「ルイーズ学院長……」
ソフィアの目から涙がこぼれ落ちている。
「ここから先は、私たちがディーボのことを考える。あなたはもう自分の部屋に戻りなさい」
ソフィアはうなずいた。そして僕の両手を、自分の手で優しく包んだ。
「お願い、レイジ」
ソフィアの目から涙があふれ出す。
「バルフェス学院を、元の素晴らしい魔導体術養成学校に戻してください。それには、ディーボ・アルフェウスを倒すしかない。バルフェス学院を、一度、潰すしかない。──ディーボを倒すのは、レイジ、あなたしかいないのです」
ソフィアは僕の手を離すと、僕とルイーズ学院長に一礼をして、会議室を出ていった。
「ソフィアの言っていること……。ほ、本当でしょうか」
僕は、椅子に座って腕組みをしているルイーズ学院長に聞いた。
「それを確かめましょう」
「ど、どうやって?」
「それは、トーナメント一回戦を勝ち上がってから、考えたほうがいいかもね。今は練習あるのみ」
「わ、わかりました」
何だか、大変なことになってきた。
◇ ◇ ◇
月日は過ぎ去り、次の年の二月三日になった。
ついに、個人戦トーナメントの一回戦の日が来てしまった。
バルフェス学院の状況と、ディーボのことについては、調査があまり進まなかった。重要な個人戦トーナメントに向けて、各校、情報を遮断している状況だ。仕方がない。
場所は、グラントール王立競技場。
スタジアムの中央に試合リングが設置されている。屋外で試合することになる。
「すげえなあ……。レイジ、こんなところで試合するのかよ」
一緒に来ていたケビンが言った。
王立競技場のスタジアムはかなり大きい。その中央に試合用リングがあり、そこで試合をするのだ。一回戦だというのに、お客もかなり入っていた。
その日の午前十時半、僕はリングの上に立っていた。セコンドにはいつも通り、アリサがついていてくれている。
「レイジ、集中!」
アリサがリング下から声を上げる。や、やっぱり緊張してきた。
相手は僕が去年の九月まで通っていた学校、ドルゼック学院の十五歳──新鋭、ライガナ・ジェス。
髪の毛を真っ赤に染めた男子だ。僕は彼のことをよく知らない。資料によると、身長は172センチ、体重は65キロ。中量級だ。僕は軽量級だから、力では向こうの方が断然上だ。
試合開始前、ライガナはリング上のロープに腕をかけて、笑って言った。
「レイジさん、元ドルゼックでしょ? 俺、ボーラスさんに頼まれたんですよねー」
「な、何をだ?」
「あんたを殺せとさ」
ボーラスのヤツ、まだ僕を憎んでいるのか。仕方のないヤツだな。下級生に仕返しを頼むとは。
「ぶっちゃけ、あんた、そんなに強くなさそうじゃん?」
「あ、ああ。まあ、見た目はね」
「俺、ボーラスさんに小遣いもらってるからさ。負けるわけにはいかないんだよねー」
ライガナはヘラヘラ笑っている。
ゴングが鳴った。
ライガナはベタ足で近づいてきて、前蹴りを打ち込んできた。そしてジャブ二発。典型的な打撃型だな。
彼は口を開いた。
「あんたに勝てば、ボーラスさんから百万ルピーもらえ……」
僕は彼が言い終わるうちに、右中段蹴りをあばらに叩き込んでやった。続けて、すぐさま右フックを繰り出した。
「あぐ」
彼のうめき声が聞こえた。
僕の右フックが、完全に彼のアゴに入った。急所だ。防御がまったくできていないから、がら空きだった。
「そんな……」
ライガナはガクッと膝を折った。少しふんばったが、やがてヨロッと前のめりになり、滑り込むように倒れ込んでしまった。
その時、彼はつぶやいた。
「……う、そ、だろ」
場内は静まり返っている。観客のヒソヒソ声が聞こえてきた。
「おい、き、決まったのか?」
「す、すげえスピードの攻撃だ」
その時──カンカンカン!
というゴングが鳴った。試合終了のゴングだ!
『勝者! レイジ・ターゼット! 四十八秒、KO勝ち!』
ドオオオオッ
場内は騒然となった。リング上には、治癒魔導士が駆けこんで入ってきた。ライガナはアゴを押さえて悶えている。アゴは骨折していないと思うが、かなり効いたようだ。
ライガナはうめいている。
「に、人間の……動き、じゃねえ……」
「ライガナ、もっと修業してきなよ」
僕は言ってやった。
◇ ◇ ◇
僕がリングを降りると、アリサが「レイジ!」と声を上げて、花道の前方を指差した。
そこには、屋内の控え室へ続く、廊下への入り口がある。そこには一人の少年が立っていた。僕は歩いていって、少年とすれ違った。彼は、宮廷保養訓練施設で会った、ディーボ・アルフェウスだった。身長、体重は僕とほとんど変わらない。小柄だ。
ディーボは、バルフェス学院の学生魔導体術家であることを示す、白いローブを着ている。
「フフッ……レイジ君。君は化け物なのかな?」
ディーボはすれ違いざま、言った。アリサは心配そうに、僕ら二人を見ている。
「普通だよ」
「いや、化け物だ。右の中段蹴りと右フックを、ほぼ同時に叩き込むなんてね。あんな動き、大人の魔導体術家でも、そうそうできないよ。神速……まさにその言葉がピッタリだ」
……確か、僕の持つスキルには……【スキル】神速というものがあったはずだ。彼はそれを見抜いている?
「そういう君はどうなんだよ、ディーボ。君も強いんだろ」
「いやぁ、僕こそ本当の普通の少年だよ」
ディーボはあっさりと言った。謙虚なのか、何かを企んでいるのか。
「自分の強さなんて、自分では分からないものだ。あ、そうそう、僕の今日の相手は、君と同じ学院のベクター・ザイロス君だったね」
「そうだったな。彼は強いよ。ドルゼックの元三位、マーク・エルディンに勝っているから」
「へえ、では僕も、ぜひベクター君に勝って、君に認めてもらいたいなぁ」
彼はそう言うと、廊下の方を振り返り、バルフェスの控え室の方へ行ってしまった。
「あいつ」
アリサは言った。
「ひょうひょうとしているけど、何だか恐いよ」
「そう……だな」
僕はアリサの言う通りだと感じているのに、あいまいな返事をした。
僕はディーボが怖かったのだ。ただ話しているだけで、煙に巻かれていく感じ。彼のペースにもっていかれてしまう気分になった。
強さとはまた違う、恐ろしさが、彼の中にあるような気がした。
ベクターが危ない……!
グラントール王国学生魔導体術個人戦トーナメントの第一回戦は、次々と試合が進んでいく。僕の次の試合は一週間後だから、僕は他の試合を、選手特別席で観戦することになった。
(気がかりなのは、今日の最後の試合、ディーボとベクターの試合なんだよな……)
僕は席に座り、ベクターのことを心配していた。ディーボのことも気になるし……。
第二試合は要注目のボーラスの兄、グローバス・ダイラントとレビン・ゾイラスの試合だ。グローバスは、バルフェス学院所属だ。
一方、相手は街コボルト族のレビン。レビンは体格は中肉中背なのだが、力が強く、一撃で相手をダウンさせることができる選手だ。
グローバスがリングに上がった。僕は彼を初めて見る。
でかい……公式発表によると、身長は192センチ、体重91キロ。
「デルゲス・ダイラントによく似てるね」
隣に座っているアリサが言った。僕はうなずいた。確かに彼の父親──世界大会優勝者、デルゲス・ダイラントに似ている。顔がいかつくて、すでに相手のレビンは圧倒されている。
レビンは素早くジャブを放った。顔狙いではなく、ボディジャブだ。
しかし、グローバスはまったく防御しない! 仁王立ちだ。レビンのジャブが腹に効いていない。こ、こんなことがあるのか?
グローバスはレビンに対して笑っている。
「お前……本当にゾーグールの一位かぁ? おい、もっと打ってこい」
レビンの右アッパー! グローバスのアゴに決まった。しかし……グローバスは倒れず、笑っている。まだ仁王立ちだ。防御をする、という発想がないのだろうか? こんな選手は初めてだ。レビンのパンチはまともに入ったはずだ。
「おい、街コボルトよぉ、パンチは、こうやって打つんだ!」
グローバスが右ストレートを放った。素早い!
ブン
という音がした瞬間に、レビンが吹っ飛んでいた。レビンはロープ際まで吹っ飛ばされ、完全KO。ゾーグール学院の一位を、何もさせないで完勝してしまった。
……強い! こいつがバルフェス学院の実力なのか? 圧倒的な力、そして強さだ。
グローバスが花道を歩いていく。僕は選手特別席を離れて、グローバスを見に行った。グローバスは控え室前の廊下で、僕に気付いたようだ。
「よお、こないだ弟のボーラスを叩きのめしてくれた、レイジ・ターゼットじゃねえか」
「あ、ああ」
「来週の試合、俺とお前だけどよ」
僕は考えていた。僕の攻撃が、この選手に効くのか? グローバスは一本指を立てた。
「こいつだ」
「な、なんだよ?」
「一分だ。一分でお前をKOしてやるよ。俺がお前に勝つ確率は、1000%だっ!」
グローバス・ダイラントは豪快にガハハと笑いながら、控え室に入ってしまった。
決勝でディーボと試合をするどころか、二回戦でとんでもない強敵と当たってしまったものだ。僕は、このグローバス・ダイラントに勝たなくてはならない……!
◇ ◇ ◇
試合はどんどん進んでいく。Aブロックで勝ち上がったのは、マステア・オリーダ。パターヤ・マイキ。
Bブロックはソフィアがジェイニーの蹴りを掴んで、関節技を決めてギブアップ勝ち。ローガー・ザイクルも勝ち上がった。
気になるボーラスも判定勝ち。相変わらず巨体だ。
そして、気になるディーボとベクターの試合が始まる。ディーボとベクターは体術試合リングに上がった。僕はケビンと一緒に、セコンドについた。
「ケビン、得意の蹴り技でいこう!」
僕はリング下から、ベクターにアドバイスを送った。逆に言えばそれしかできない。
目の前のディーボ・アルフェウスは僕と同じくらい小柄。軽量級だ。一方、ベクターは中量級。彼はかけていた眼鏡を僕に手渡した。
「今日は調子がいい」
「ほ、本当か、ベクター」
僕はホッとした。ベクターは、体術グローブから出ている指をポキポキ鳴らしている。本当に調子が良さそうだ。
ベクターの目の前にいるディーボは笑っている。笑っているのに、表情が読めない。
ゴングが鳴った。
ベクターは得意の横蹴りを放つ。ディーボはそれを腹に受けてしまう。今度は、ベクターの左ジャブだ。速い! これもディーボは、二、三発顔に受けた。
「お、おい」
ケビンは僕に言った。
「ベクターのヤツ、イケるぞ」
僕はうなずいた。ディーボ、そんなに強くないぞ? ベクターは勝てるかもしれない。
ベクターはすぐに下段蹴りを繰り出す。これは僕もやられた、足を刈る蹴りだ。
ディーボはうまい具合に、リング上にひっくり返った。彼は背中を打ったが、ヨロヨロと立つ。
しかし、判定になった時、これでベクターの印象が良くなったはずだ。
ベクターはまったく油断を見せない。すぐに得意の中段蹴りだ。一発、二発、三発! 連続してディーボに対して蹴り上げていく。
つ、強いぞ、ベクター!
そして中段蹴りの四発目……!
しかし!
ディーボはいとも簡単に、ベクターの足を腕で抱え込んだ。そして──右肘をベクターの足の膝に落としつつ、全体重を浴びせかけた!
ベキィ!
嫌な音がした。
「ぐ、ぐあああああぁ!」
ベクターが右足を押さえて、リング上で悶えている!
「早く治療を!」
僕は叫んだ。治癒魔導士たちがリング上に上がり、すぐにベクターの足を診察し始めた。しかしリング外に手でバツの字を示すと、すぐに試合終了のゴングが鳴った。
『勝者、ディーボ・アルフェウス! 三分二十五秒……ドクター・ストップ勝ち!』
ざわざわ、という声が場内に響く。ディーボといえば、すずしい顔で、下級生のセコンドから、手渡された飲料水を飲んでいる。
「お前っ!」
僕はリング上に上がった。
「ベクターの足を狙っていたんだな!」
「何のことかな?」
ディーボは笑っていた。しかしその顔はまさに……鬼! 間違いなく、ベクターの大事な足を破壊する予定だったのだ!
しかしディーボはひょうひょうと言った。
「僕はルール内で、勝っただけだけど? ベクター君はお気の毒だね」
「くっ」
僕は息をついた。
「ああ、そうそう。今日は見せられなくて残念だったけど」
ディーボは言った。
「僕にしか使えない、強力な得意技があるからね。今度、君に見せてあげられるといいね。レイジ君」
(強力な得意技だと……?)
ディーボはさっさとリングの外に降りてしまった。まだ試合会場は騒然としている。
ベクターはうめき声をあげながら、治癒魔導士の治療を受けている。ルイーズ学院長はリング上に上がろうとしたが、それを止められた。どうやら、魔導体術家の資格がないので、リング上に上がることができないらしい。
ベクターは担架に乗せられた。大変な怪我だ……。
彼の足は、破壊されてしまった。
誰が見ても分かることだ。
僕はディーボの恐ろしさを、十分に理解した。
足を大怪我したベクターは、競技場近くのグラントール王立総合病院に運ばれた。
ベクターの足は治癒魔導士たちにより、すぐに検査。当然、面会謝絶。僕らはその日、ベクターの見舞いに行けなかった。
翌日は休日だった。僕とケビンはようやくベクターを見舞うことができた。僕の次の対戦相手、強敵、グローバス・ダイラントとの試合は六日後だから、まだ余裕はある。
病室に入ると、ベッドにベクターが横になっていて、足を吊って寝ていた。睡眠中か……。
「ちっきしょお……」
ケビンは、ベクターの変わり果てた姿を見て、悔しそうに声を上げた。
「あのディーボの野郎……本当に汚ねえヤツだ。わざとベクターの足を壊すなんてな! ベクターは愛嬌のないヤツだったが、こんなことになるとはよぉ……」
「愛嬌がなくて悪かったな」
ベクターが目を開き、いきなり言葉を発したので、僕らは飛び上がるくらい驚いた。お、起きていたのか。
「症状はどうなんだ?」
僕があわてて聞くと、ベクターはのんきにベッドの上で伸びをした。
「複雑骨折だ。全治三ヶ月ってとこらしい。ただ、車椅子を使えば、外に出られる。悪いけど、ちょっと外に出たいんだが」
ベクターがそう言ったので、ケビンは彼を車椅子に乗せてやった。僕はベクターの車椅子を押すことにした。怪我をした友人の世話をするなんて初めてだ。
◇ ◇ ◇
外は良い天気だった。空には飛竜の配達便が飛んでいる。僕らは病院の敷地内の芝生広場に入った。
ベクターは静かに話し出した。
「あのディーボってヤツ、闘ってみて分かったことがある」
「な、何か弱点を発見したのか?」
僕は驚いてベクターを見やった。ベクターは口を開いた。
「確かにヤツは強い。僕の蹴りをいとも簡単につかまえちまったんだからな。でもあいつ、本気で魔導体術をやってないというか……」
「え? 意味がわからんぞ」
ケビンが首を傾げた。
「何と言うかな。魔導体術自体にあまり関心がない……。いや、これもちょっと違うか……うーん」
ベクターは考えている。
「そんなバカなことがあるかよ。魔導体術に関心がないなら、なんで昨日のリングに上がって、お前を怪我させたんだよ」
ケビンが聞く。しかしベクターもまだ答えが出ていないらしく、腕組みをしていた。
「いや……僕もちょっと変なことを言っていると思う。そうだな、言い方を変えれば、ディーボは、魔導体術を好きじゃないんだよ。──ああ、ピッタリの言葉があった」
「どんな言葉だ?」
僕が聞くと、ベクターが言った。
「『憎しみ』だ。試合をしていた時、ディーボから、『憎しみ』の心を感じたんだ」
「よく分からねえな。難しいこと言うなよ」
ケビンは頭をかいた。
しかし、僕は何となくベクターの言っていることが分かった。
◇ ◇ ◇
次の日の午後、宮廷直属バルフェス学院では──。
校舎の外に造られた訓練施設で、生徒たちが魔導体術の練習を始めていた。
訓練施設は二十棟もある。クラスごとに何と何と一つずつあるのだ。たくさんの最新ウエイトトレーニング機器も備えられ、練習用リングもそれぞれの施設に二つずつあった。大変な豪華な設備だ。
バルフェス学院、3年A組の訓練施設では、14歳から15歳の生徒たちが、一生懸命、訓練に励んでいた。すると、その訓練施設に、誰かが入ってきた。
「おい……ディーボさんだ」
「静かにしろ」
騒がしい生徒たちの声が、一瞬にして静まり返った。
ディーボ・アルフェウスが入ってきたのだ。彼は制服ではなくスーツを着ており、手には、一メートルの樫の木の棒を持っている。一緒に歩いてきたのは、グローバス・ダイラントだ。
「僕に構わず、練習を続けろ」
ディーボは生徒たちにそう言いながら、練習用リングを見やった。
3年A組の有望株、男子のダニー・ラスとマイク・イーサンがこれから練習を始めるところだった。しかし、ディーボが入ってきたので、直立不動になった。それくらい、ディーボの学校での地位は高い。
「何をやっている。練習試合を始めて」
ディーボは静かに二人に言った。横にいるグローバスは静かにニヤニヤ笑っている。
ダニーとマイクは、あわてて練習試合を始めた。
さすがにバルフェス学院の生徒だ。パンチも蹴りも基本ができており、見事な練習試合を見せていた。
ドガッ
その時、ダニーのパンチが、マイクのこめかみに当たった。マイクは倒れ、ダニーはあわてて、「おい、大丈夫か」と心配そうに駆け寄った。
「何をしている!」
ディーボがそう怒鳴りながら、リング上に上がってきた。
「は、いえ」
ダニーはあわててディーボに言った。マイクはリング上で仰向けになって、ぐったりしている。
「カウンターで急所のこめかみに当たってしまいました。治癒魔導士を呼んでこないと」
「攻撃の手を休めるな」
「え? ディーボさん、マイクはダウンしています」
「叩き潰せ!」
「はっ?」
ディーボは手に持った樫の木の棒で、ダニーの腕を叩いた。
「ギャッ!」
「相手が倒れても、叩き潰せ!」
「は、はい!」
ダニーは馬乗りになって、マイクの顔を殴りつけた。ダニーは殴りながら泣いていた。
「もっと殴れ! 非情になれ!」
ディーボは、ダニーの背中を棒でバシンと叩く。ダニーは泣きながらも、マイクを殴り続ける。マイクはすでに失神している。
「よーしよし」
ディーボはダニーを抱きしめた。
「ダニー、凄いじゃないか。君はやればできる」
「え? あ、ありがとうございます」
「よく非情になれたな。君は、すごい選手になれるぞ。選抜メンバーの候補にしてやれるかもしれない」
「えっ? そ、そうですか! ありがとうございます!」
ダニーは泣きながら、ディーボの手を握った。マイクはまだ失神している。騒ぎを聞きつけた治癒魔導士が、リング上に飛び込んできた。それと入れ替わりに、ディーボはリング下に降りた。
「おい、ディーボ」
グローバスはひきつって笑いながら言った。
「随分、熱い指導じゃねえか。だが、最後、褒めていたのは指導者としてか」
「……指導? ふん、あんなのは演技だ」
「え? なんだと?」
「散々、恐怖を与えた後で、優しくしてやる……。これは心理的な技術だよ」
ディーボはそう言ってニヤリと笑った。薄気味の悪い笑顔だった。
グローバスはあわてて聞いた。
「お、おい、じゃあ、すべて計算なのか?」
「そうだ。借金して失意のどん底にいる人間に、百万ルピーなどの大金を与えてやるのと似ている。そうすれば誰でも、神に助けられたと思うくらいに、その者に感謝するだろう」
ディーボは続けた。
「恐怖を与えて絶望させ、その後ゆっくり、優しくしてやる。それを繰り返すことで、だんだんと心を支配できる……」
グローバスはディーボの言葉にゾッとした。ディーボは続ける。
「すべて僕の将来の、商売を見据えた行動だ。十年後の二十六歳で、僕は年間、十億ルピー稼ぐ予定だよ。そのために、今から徹底して、生徒たちを支配する。彼らが将来、僕の操り人形になって働くわけだ」
ディーボは別の生徒の方にスタスタ歩いていく。
「さぼるな! 手がちぎれるまで、腕を鍛え上げろ!」
バシイッ
また樫の木の棒で、生徒を叩きのめす。グローバスはディーボの後ろ姿を見て、冷や汗をかいていた。そんな光景を、ソフィア・ミフィーネが悲しそうな顔で見ていた。
その時、スーツ姿の老人が、あわてて訓練所に入ってきた。
「坊ちゃま!」
「おい」
ディーボは老人に言った。
「学校では坊ちゃまはやめろ、と言っただろ。なんだ、デニル学院長」
彼の名はボイド・デニル。ディーボの父の部下であるが、バルフェス学院の学院長も務めている。
「グラントール王が、ディーボ様に会いたいとおっしゃっています。すぐに城へ!」
「……ふむ、分かった」
ディーボは表情を変えず、ただ静かに言った。
ここはグラントール城。グラントール王国の中央にある、もっとも権威ある場所である。
その王の間──。
王座には、赤いマントを羽織り、王冠を被った老人が座っていた。彼こそ、グラントール王だ。
グラントール王の前に、ディーボ・アルフェウスは跪いている。
「ディーボ、お前はとてつもない闘いの才能を持っているそうだな」
グラントール王は静かに言った。
「はっ、ありがたいお言葉」
ディーボは頭を下げた。
「しかしディーボ」
王はつぶやいた。
「お前の先日の試合のことを聞くに、相手を怪我させてしまったそうだが……。名前は、確かベクター……」
「はっ、格闘にはつきものであります。私は未熟者ゆえ、試合では手加減ができません。あれは、相手の選手が気の毒でした」
ディーボはまるでベクターが、アクシデントで足を骨折したように言った。しかし実際は、ディーボの意図的で悪質な攻撃が原因だった。
王はアゴに手を当てた。
「ふむ……さてディーボよ。お前は闘いの才能だけではなく、闘いの指導者としての才能もあると聞くが」
ディーボはパッと顔を上げた。ディーボは少しだけ笑ったように見えた。
王は話を続ける。
「わしと、このグラントール王国を護衛する者たちを、『宮廷護衛隊』という。彼らは最強の魔導体術家でもある。しかしながら、やはり年齢とともに、力がおとろえてくるのは当然」
「はっ、それは自然の摂理であります」
「ディーボよ、今は宮廷直属バルフェス学院の所属しておるようだな。卒業したら、すぐに宮廷護衛隊に入ってもらう。その後、一年ほどで、宮廷護衛隊長の座をお前に与える……という話が出ておる」
ディーボは表情は変えなかったものの、心の中でニンマリ笑っていた。宮廷護衛隊長の任命。これこそが、最強の魔導体術家の証。これに加え、魔導体術トーナメント一般の部で優勝すれば、ほぼ魔導体術家の頂点となれる。
「魔王復活の噂もあるようだ。専属の預言者たちが、うるさくてかなわわん」
王はため息をつきながら言った。
「グラントール王国の将来のことを考え、若い魔導体術家を隊長に任命しろと。お前は貴族のアルフェウス家の出身だったな」
「はっ、ありがたいと思っております」
「さて、お前の『闘いの力』『指導力』を実際に試さなければならん」
王は言った。
「今、学生個人戦トーナメントに出場しておるようだが」
「はっ、そうであります」
「まず──お前自身の優勝を実現せよ。そして──お前の指導者としての能力も試さなければならぬ」
「はい!」
「では、他のバルフェス学院の生徒も、三位以内に入賞させよ。そうすれば、お前の指導は良いものであるということが証明される。この二つを実現させれば、お前の将来の栄光の道は、確約されたも同然」
「ははっ」
ディーボは頭を下げた。
「必ず、それが実現できるよう、努力いたします!」
◇ ◇ ◇
ディーボは城の外に出た。外ではグローバス・ダイラントが待っていた。
「どうやら、将来の道が確約されたみたいだな、ディーボ」
「ああ。グローバス。僕が宮廷護衛隊長になったときには、お前を副宮廷護衛隊長に任命してやる」
「お、おい。すげえな! 本当かよ」
グローバスは飛び上がるように喜んだ。宮廷護衛隊に入隊できるだけでも、一生分の名誉は手に入ったも同然だ。それが副宮廷護衛隊長に任命されるとなると、父親のデルゲス・ダイラントでもなしえなかった名誉となる。
グローバスが父親を乗り越えるチャンスとも言えた。
──グローバスはつぶやいた。
「お、俺が副宮廷護衛隊長か。信じられねえなぁ。じゃあ、今回のトーナメント、俺とお前が決勝で当たったら、勝ちはお前にやる」
「……なんだ、八百長の持ちかけか?」
「別に構わないだろう。そうすれば、俺は準優勝で三位以内になれる。王に、『他のバルフェス学院の生徒も、三位以内に入賞させろ』と言われたんだろう? その代わり、副宮廷護衛隊長の件、約束だぞ」
ディーボはグローバスを見てニヤリと笑った。
(このデカブツは世界大会優勝者、デルゲス・ダイラントという後ろ盾がある。色々使えるからな)
「分かった。約束だ。そういえば僕は、お前の弟──ボーラスと試合をするが、本気でやっていいのか?」
「ああ? まあ手加減してやってくれ。あいつはバカだから、体重を利用したパンチしか能がねえからな」
グローバスは豪快に笑っている。
しかし──、ディーボは思った。
(先程、グラントール王が言っていたが、ベクターとの試合のように、故意に怪我をさせるのはまずい。出世に響く)
やはり、正攻法だ。試合では、実力で相手に勝たなければならない。まあ、僕なら可能なはずだ。やはり「あの技」を使うか……。
さて、問題はレイジ・ターゼットだ。レイジは、グローバスと対戦する。レイジの強さは本物だが、レイジがいくら強くとも、このデカブツ……。いや、このグローバスにレイジが勝つイメージがわかない。
イメージがわかないのだが──しかし、レイジには「まさか」がある。
ディーボは、ガハハと笑っているグローバスを注意深く見やった。
ここはグラントール王立競技場。
「グラントール王国学生魔導体術個人戦トーナメント」二回戦の日がやってきてしまった。
僕、レイジ・ターゼットはあの強敵、グローバス・ダイラントと闘う。競技場の観客席は超満員だ。この学生トーナメントは、グラントール王国国民のほとんどが注目している行事だ。
すでにリング上には、グローバスが上がっている。
「グローバス、レイジをぶっ倒せ!」
「レイジなんて、たいしたことねーぞ!」
バルフェス学院の生徒たちも、観客席から歓声を送っている。一般人からの歓声も大きい。デルゲス・ダイラントの長男、ということで、知名度もあるのだろう。
「レイジ! お前の方が強いぞ! ……多分!」
「相手は強そうだけど、がんばれよ~!」
僕は我がエースリート学院の生徒たちの声援を背に受けながら、試合用リングに上がった。グローバスへの声援よりも、ちょっと圧が弱いのはなんでだ……。
セコンドについてくれたアリサは、リング下から叫んだ。
「レイジ! 練習通りにやれば勝てるよ!」
アリサの言葉を聞いたグローバスは、クスクス笑った。
「おいレイジ、セコンドのヤツが何か言ってるぜ。お前が誰に勝てるってんだ? 俺様か?」
僕は黙って試合開始のゴングを待っていた。グローバスは続ける。
「1000%、俺様が勝つ。お前が勝つのが想像できないぜ。レイジよ、お前、どうやって俺に勝つつもりだ?」
試合開始のゴングが鳴った。
──何と、グローバスは腕組をして立っているだけだ。構え──防御の姿勢などまったくとらない。
僕は飛び込んだ。そしていきなり、右ストレートをグローバスのアゴに叩き込んでやった。
しかし、グローバスは一瞬、膝が崩れただけで、ほとんど効いたそぶりを見せない。
きっと、首を恐ろしく鍛えているのだ。だから、パンチが効かない。いや、そもそも首をアゴが頑丈に出来ているのだろうか? それにしても異常な打たれ強さだ。一体、どうなっている?
しかし、今の僕には、別の秘策がある!
「レイジ、アゴは効かないよ!」
アリサが声を上げている。僕はうなずき、グローバスの腹に攻撃の焦点を絞ることにした。僕はすぐに回り込み、彼の横腹にボディーブローを叩き込んだ。
しかし、彼はそれを防がない。横腹の攻撃は当たったはずだ。それどころか──。
ブン
右フックが飛んできた。
僕はリングを転がって避けた。風圧が頭の上を通りすぎる。恐ろしいパンチだな。当たったら死ぬだろう。
「やるじゃねえかよ」
グローバスは笑って言った。
「だが、俺の武器はこれだけじゃない」
グローバスは右前蹴りを繰り出した。僕は蹴りを受け、吹き飛んだ。今度は左前蹴りが飛んできた。僕はリング上のコーナーポストまで吹っ飛んだ。
ふう、たいした威力だ。
「ガハハハ!」
グローバスは笑った。
「お前は軽いから、人形のように、よく吹っ飛ぶぜ!」
違う。僕は、彼の攻撃の衝撃を弱めるために、自分で後ろに飛んだのだ。
すぐに僕は、彼の近くに走り込んだ。
「おいおい、俺には攻撃が効かないってのが、分かっているんだろうが!」
グローバスはまだ余裕の腕組みをしている。しかし、僕の狙いは、打撃ではなかった。
素早くグローバスの足元に近づき、彼の両足を両腕で抱えた。
「ん? おい。何してる」
僕はグローバスの両足を両腕で抱えながら、彼の脇腹を、自分の側頭部と肩で押した。
ウオオオオッ
観客席から歓声が上がる。グローバスはバランスを崩し、「お、おお?」と声を上げながら、ドタン! とリング上に転がってしまった。これは、ケビンから教わった、「両足タックル」だ!
相手の両足を両腕で抱え、自分の側頭部と肩で押すと、相手を簡単に倒すことができる。これは体重の軽い僕でも可能だった。
僕とグローバスは倒れた。僕はすぐに彼の足を掴んだ。そしてすぐに彼のアキレス腱を、自分の手首の骨で圧迫した。「アキレス腱固め」だ!
「お前……! くそおおおっ! 関節技か!」
グローバスは叫び、仰向けになりながら逃げようとする。しかし、僕は彼の右膝の上を、自分の両足でクロスさせて、逃げられないように固定した。
それにしても、まるでトロールの棍棒のような足だ。恐ろしく太い。
「うがああああっ」
彼は寝転びながら叫んでいる。事前情報によると、グローバスは打撃は化け物のように強いが、寝技をまったく知らないと分かった。僕やルイーズ学院長、ケビンは、この一週間、グローバスを寝技や関節技で攻めたら良いのではないか、と考えていた。
僕はてこの原理を用い、手首の骨で彼のアキレス腱を完全に極めた。
「いででででで!」
グローバスは横になって逃げようとする。無理だ。絶対に逃げられない。僕は両足で、彼の右足を固定しているからだ。逃がすものか!
「ぐおおおおーっ!」
彼はすさまじい声を上げた。おもいっきり暴れはじめたのだ。何とかして、関節技から抜け出そうと体をひねる。
龍のようにすさまじい力だ。しかも足が恐ろしく太い。
(あっ!)
彼の足は、僕の手から離れてしまった。
僕もグローバスも、立ち上がった。グローバスはヨロヨロと足を引きずっている。
そして──僕を驚きの表情で見て言った。
「お、お前……何なんだ? 何でそんなに強いんだ?」
グローバスは僕に向かって、つぶやいた。
(グローバス、あんただってな)
僕もそう心の中で言った。
やはり勝負は打撃で決まるのか? 警戒したグローバスに、もう関節技をかけるチャンスはないだろう。しかし、彼には何故か、打撃が効かないのだ。
さーて、どうするか……。
僕は、冷や汗をかいているグローバスを注意深く見やった。
(……彼の打たれ強さの秘密、必ず解かなければならない!)
僕と強敵グローバスとの闘いが続いている。
(グローバスのバカげた打たれ強さ……必ず攻略してやる!)
ブン
グローバスは右フックを振り回した。僕はそれを避ける。再び風圧が頭上で感じられる。とんでもない威力だ。当たったら終わり。
今度は変則的に打ち下ろしてきた!
しかし、隙が出来た。
僕は素早く彼の腹にパンチを叩き込んだ。下から打ち上げる。特殊なボディーブローだ。完全に腹部の急所をとらえたはずだ。しかし、彼はひるんで下がっただけで、ダメージを与えるには至らない。
(何か秘密があるんだ! ……だが、その秘密が分からない)
「相手をよく見ろ!」
その時、聞き覚えのある男子の声が聞こえた。
僕がリングの向こうを見ると、アリサがいた。そしてその横に、見覚えのある男子の顔が見えた。何と、入院中のはずのベクター・ザイロスだった。リング下で、車椅子に乗ってリング上の僕を見ている。
ベクター! 病院にいなきゃダメなんじゃないのか? いや、そんなことを考えている場合じゃない。
「グローバスの秘密は魔力だ! 魔力で防御している!」
ベクターは叫んだ。魔力で防御……? どういうことだ?
「僕はエルフ族とのハーフだから分かる! レイジ、お前もよく目を凝らせば、ヤツが『魔力防御』で体を守っていることが分かるはずだ!」
僕はベクターの言う通り、あわてて目を凝らした。うん? ……確かに、グローバスの体全体を、無色透明のもやが覆っているようだ……。まるで蜃気楼のようだった。
そうか、これが魔力防御か! そういえば、エルフ族のジェイニー・トリアも、この魔法防御が得意だったはずだ。彼女は魔力防御が使えるから、男子にも勝つことができる。
「もらったぜ、レイジ!」
ドカッ
グローバスはパンチを打ってきた。僕の防御の上から殴りつけて来る。僕はバランスを崩し、転んだが、すぐに立ち上がった。
(何というパワーなんだ! だが、幸いにしてダメージ無しだ。腕はしびれたけど)
「さーて、レイジよ、お前に隙が出てきたぜ」
グローバスは好機、と見ているようだ。そうはさせるか!
彼の魔力防御だって限界があるはずだ。
グローバスはニヤリと笑った。
「魔力防御に気付いたからって、俺の鉄壁の防御が崩せるわけでもないぜ。何しろ、俺の魔力防御のコントロールは完璧だからな」
グローバスは体に似合わず、エルフ族のように魔力を使って、全身を守っていたわけだ。だから、仁王立ちでも攻撃を防ぐことができるのか!
「レイジ、グローバスの魔力防御をよく見てみろ! どうすりゃいいか、すぐに気付くだろう」
ベクターの声が響く。
(……すぐに気付く?)
人間の「気」や「魔力」は、怪我している部分などからあまり放出しない……もしくは暗い光を発する、と聞いたことがあるけど……。
さっきグローバスが、僕の関節技で右足を痛めたのを思い出した。確かにグローバスの右足だけ、魔力のもやが薄れている。
(ここか!)
僕は下段蹴りをグローバスの右足に放った。ふくらはぎに叩き込む。
「うぐお」
グローバスは苦痛に顔をゆがめた。彼は動きが遅くなっているので、簡単に蹴りが入る。
すると、グローバスの魔力のもやが、全身から消え去った。そうか、集中を切らすと、魔力防御もなくなってしまうのか!
もう一発!
僕がもう一度、グローバスの足を攻撃しようとすると、彼は飛びかかってきた。恐らく、足を蹴られるのが嫌なのだろう。僕は両手で突き飛ばされた!
とんでもないパワーだ!
僕は一メートルは吹っ飛んだが、あわててすぐに起き上がった。ダメージは無い! すぐにグローバスの魔力防御を確認する。
──彼の体にはもう、魔力のもやがかかっていない! 集中が途切れている!
グローバスはすぐにまた走り込んできた。今度は走り込んでのパンチだ。これは、弟のボーラスも得意にしているパンチだ!
バキイ
鈍い音が響いた。
僕は咄嗟に右アッパーを繰り出していた。僕の拳は、彼のアゴに直撃している。カウンターの直撃だ……! 僕は身をかがめて、グローバスのパンチを避けることができていた。
僕のカウンター攻撃が、完全に彼のアゴに入ったが、効果はどうだ……?
「ぐ、は」
グローバスはそんな声を上げて、よろけた。
しかし、彼の目は生きている。グローバスは再び、僕の方に近寄ってきて──。
ブン
拳を振り下ろした。さすがだ、グローバス! だが──、これでケリをつける。もう一撃、やるぞ!
ベキイッ……
僕はタイミングを計って、左フックを彼の頬に叩き込んでいた。
決まった……。
「ウソ……だろ……俺のゆ……め……副……宮廷……護衛隊……長」
彼はそうつぶやき、やがてガクリと膝を折って、リング上に倒れ込んだ……。つぶやいた言葉の意味は、僕にはさっぱり分からなかった。
観客は静かになった。彼はうつ伏せになって、リング上に倒れ込んでいる。体は痙攣いるようだ。
気付くとゴングが打ち鳴らされ、魔導拡声器の声が響いた。
『勝者! レイジ・ターゼット! 八分三十秒、KO勝ち!』
ドオオオッ
観客は騒然となった。
「うおおおっ、あのチビ、グローバスを倒しちまったぞ!」
「すげえ、あんな巨体のヤツを」
試合は終了した。僕はすぐに、車椅子に乗っているベクターのそばに降り立った。車椅子を押して連れてきたのは、ケビンだ。
「ベクター! 病院を出てきていいのか?」
僕は心配して、ベクターに聞いた。
「おいおい」
ベクターは僕に向かって苦笑いした。
「まずは『アドバイスありがとう』だろうが」
「ああ、ありがとう。助かった……」
僕は本当にベクターに感謝した。
しかし、僕は今日、観戦しなければならない試合を思い出していた。
Bブロックのディーボ・アルフェウスVSボーラス・ダイラント。
どのような試合になるのか、想像もつかなかった。