エースリート学院とドルゼック学院の団体戦が始まった。

「闘う時が来たな……」

 僕は気を引き締めた。

 第一試合は、ケビン・ザークVSジェイニー・トリア。
 男子、女子の対決は、魔導体術(まどうたいじゅつ)の試合では珍しくない。(この試合は男女の対戦試合であり、「顔への攻撃」「寝技」は禁止)特にエルフ族のジェイニーは魔法の力が強く、力だけの男子よりも強い。
 五分十五秒、ジェイニーの見事な中段回し蹴りが決まった。魔力が入った、鋭い威力の蹴りだった。ケビンのKO負け。
 相手のドルゼック学院は、KO勝ちで、勝ち点三取得。

「ちくしょう! 修業が足りなかったぜ!」

 ケビンはリングを降りて、悔しそうに叫んだ。

 第二試合は、ベクター・ザイロスVSマーク・エルディン。
 手数の多いベクターの判定勝ち。やはりベクターは蹴り技が良かった。
 判定勝ちだから、僕らは勝ち点一取得。

「ふむ、まあまあの出来だったが、倒せなかったことは大いに反省だ」

 控え室に戻ってきたベクターは、満足していないようだ。

 そして第三試合……つまり最後の試合は僕とボーラスの試合だ。僕がボーラスにKO勝ちで勝たないと、僕らエースリート学院は負ける。勝ち点を見ると、三対一で負けているからだ。

 僕は体育館の廊下で、アリサに体術(たいじゅつ)グローブ(指の部分がないグローブ。魔導体術の試合では、必ず着用する)をつけてもらった。アリサは僕のセコンドについてくれる。
 彼女はいつもの「おまじない」をグローブにかけてくれた。僕のグローブの拳の部分を、ぽんぽん、と叩く。

「レイジ、勝ち点のことは気にしないで」
「ええ?」

 僕は困惑した。団体戦の大将として、とてもプレッシャーを感じている。
 アリサはニコッと笑って、それでいて真剣に言った。

「勝ち負けは重要じゃないよ」

 アリサの言葉に、僕は驚いていた。
 アリサは僕の目を見て言った。

「レイジがボーラスと勇気を出して戦う。そのことが大事なんだよ」

 アリサは僕がボーラスにいじめられていたことを知っている。殴られ、ボーラスたちドルゼックの英雄メンバーから追放され、ドルゼック学院を退学になったことを知っている。

「レイジ、君がボーラスとの試合にチャレンジするの、ちゃんと見てるから。あたし、リング下で君の闘いぶり、見てるからさ……」

 アリサは言った。そうだったな。チャレンジすることが大事だった。

 ◇ ◇ ◇

 ついに試合時間がきた。

 僕はアリサと一緒に、歓声がわきおこっている試合場の花道を通った。
 僕は一層強くなる歓声の中、試合用リングに上がった。すでにボーラスはリング上で待っていた。
 相変わらずの巨体。威圧感がすごい。
 痩せている僕との体重差は、二倍弱くらいあるだろう。
 ボーラスは、ジェイニーとマークをセコンドにつけている。

「レイジ、お前、正気か? 本当にやる気なのかよ?」

 ボーラスはリング上の僕を見て、半ば呆れたように笑って言った。しかし僕は胸を張った。弱音は吐かない。少なくとも、リング上では……。

「そうだ、ボーラス、君と闘う気だ」
「お前、本当にバカな野郎だな。俺に歯向かうとはよ。おい、リングから逃げ出すなら今のうちだぜ」
「僕は逃げないぞ」
「この野郎……お前に、一体何があったんだ? 不思議でしょうがねえよ。まあ、人間はそう簡単に変わらねえ。弱い野郎は、一生弱いんだからな!」

 闘いの始まりを示すゴングが鳴った。

 ボーラスは笑いながら、近づいてくる。

「地獄へ行けや!」

 ボーラスはワンツー・パンチを放ってきた。速い! やはりボーラスはパンチの名手だ。僕は右手で二発を払った。
 続けてボーラスの右フック。
 彼は急所のこめかみを狙ってくる。僕は防御した。よし、問題はない。パンチは重いが……。

 ん?

 おかしいぞ。
 この痛み!

 腕がジンジン(しび)れる。試合には問題はない。僕はボーラスをじっと見た。
 へえ……なるほど、そういうことか。

 僕はボーラスをにらみつけた。
 ボーラスの体術(たいじゅつ)グローブの拳部分が、不自然に盛り上がっている。よく見ると、彼のグローブには、少量の粉がついている!

「まさかグローブに何か入れているのか? ボーラス」

 僕はピンときて言った。するとボーラスはグヒヒッ、と笑った。

「はあ? 知らねえよ。何言ってんだ? おめえは」

 まさか、これは魔石石膏(ませきせっこう)か? 彼はグローブの拳部分に、粉末状の魔石石膏(ませきせっこう)を水で溶き、流し込んでいる? 魔石石膏(ませきせっこう)は錬金術で生み出された物質。水で溶いた魔石石膏(ませきせっこう)は十分ですぐ固まるが、石のような硬さになる。

(まさか、そんな……。いや、ボーラスならやりかねない!)

 魔石石膏(ませきせっこう)入り体術グローブのインチキは昔、雑誌で読んだことがある。負けを恐れた魔導体術(まどうたいじゅつ)の達人が、公式試合の際に行ったインチキと同じ方法だ。
 もし、それをやっているなら、ボーラスの拳部分には、今現在、石が入っているのと同じことだ! しかし、証拠がない……。

「ボーラス、魔石石膏(ませきせっこう)か?」

 僕が思わず聞くと、ボーラスは何も言わず、ただ黙ってニヤニヤ笑って構えているだけだ。

 ん? リング下には、見覚えのあるドルゼック学院の下級生が二人いる。

「おらーっ! よそ見してんじゃねえーっ!」

 ボーラスは叫ぶ。そして彼は素早く、右ジャブ、左ジャブ、そして左ストレート。さすがにパンチは素早い!
 僕はそれを手で払う。

 くっ、僕の手の平が不自然にジンジン痛む。手の平でボーラスのパンチを受けたからだ。ボーラスの体術グローブが異様に硬い。間違いない、ボーラスはやっている!

(そうか! あの時!)

 ボーラスのヤツ、体育館ロビーで僕との試合が分かった時、ドルゼック学院の下級生に何か指示していたな。あの時、魔石石膏(ませきせっこう)を用意させていたのか。
 ボーラス、恐ろしいことを……君はとんでもないインチキをしでかした!

「ようし、分かったよ、ボーラス」

 僕はニヤリと笑ってつぶやいた。

「うっ……」

 ボーラスは焦ったようにうなった。少し危険を感じたのか、一歩後ずさる。彼は冷や汗をかいていた。彼は僕が、ドルゼック学院にいた時の僕ではないと、感じ始めているのだろう。

 僕はこの試合──必ず勝たなくてはならない! しかもKOでだ!