魔導体術(魔法+武術)学院の英雄生活!~退学になった僕、常人の七倍の攻撃力を手に入れ、転入先の学校で最強の英雄になりました~

 僕は、恐ろしい山鬼族の生徒、ケビンと闘うことになってしまった。
 僕の体格は156センチ、58キロ。しかし、目の前の生徒、ケビンの体格は……約182~184センチ、おそらく77~78キロくらいだ。
 常識で考えれば、殺される。

 しかし、試合は始まってしまっている!
ケビン、今度は左ジャブと右ストレート。つまりワンツーパンチだ。今度は多少速い。僕はその二連のパンチを腕で受け、今度は彼の脇腹にボディーフック。つまり左横からの大振りのパンチ。チョンと当てる。
 何と、これも見事にカウンター。

「うっ、くっ」

 ケビンは何かを感じたようで、僕から離れた。観客はドッと笑った。

「おいおいおい~!」
「ケビンちゃんよぉ!」

 観客たちはあおりはじめた。や、やばい。ケビンが怒るぞ。

「そんなヒョロガリ相手に、何やってんの?」
「遠慮せずに、ボコッちゃえよ~。そんな野郎」

 僕はあわてた。み、身勝手なことを言いやがって! ケビンが本気になっちゃうだろ。僕が心の中で文句を言っている時、ケビンは決心したようだ。

 今度は左ジャブ三連打! 僕の顔に向かって、軽いパンチを打ち下ろす! 今度はスピードが速い! しかも魔力が込められていて、拳に青白い光がまとわりついている。本気の左ジャブだ!

 シャシャシャ!

 僕は全て……よけた! 体をそらし、腕で受け、三発目は肩で防御した。見える……! ケビンのパンチが全部見える。何だ? そうか、「ミット持ち」の経験が活かされているのか?
 そして、この光景には見覚えがある。昨日、ドーソン叔父さんのパンチをすべて手で払い落した時だ! あの時、叔父さんのパンチが、全て見えていた。

「な!」

 ケビンは真っ青な顔だ。

「お、お前?」

 すると今度はケビンは本気で、左下段蹴りだ! これは足の太ももを攻撃するのではなく、足首を()りにいく攻撃だ。つまり、僕を転ばせるための攻撃なのだ。
 これをやられたら、ケビンは調子づいてしまうはずだ。
 避けなければ! 

 シュ

 僕は無意識にジャンプしていた。そして……僕は左フックを、ケビンのアゴに決めていた。

 ケビンが、「あぐ」という声を出したのを聞いた。
 僕は、完全に彼のアゴをとらえた。完璧な一撃だった。スピード、タイミング、すべて完璧だった……。

 ドサ

 ケビンが倒れた。……ケビンが倒れた! リング上に尻持ちをついている。セコンドであぜんとしているアリサの顔が見える。
 僕もあぜんとしていた。何が……起こったんだ? 僕が本当に、ケビンを倒したのか?

 ドヨドヨドヨッ

 観客席がざわめいている。衝撃的な光景だ、無理もない。

「ケビンが倒れたぞっ! エースリート三位のケビンがダウンだ!」
「おいおいおいおい! あの弱そうなヤツに倒されたぞ!」
「なんだこれ、なんだこれ~!」

 ルイーズ学院長は即座に魔導拡声器(まどうかくせいき)を使い、『カウント! 1、2、3、4』と声を上げた。

「ま、待て……や! こらあああっ!」

 ケビンがフラフラになりながら、立ち上がった。そう、僕はケビンをダウンさせたのだ。練習試合で、ボーラスたちからダウンさせられるのは、ほぼ毎日だった。しかし、今、僕はケビンという強敵を、逆にダウンさせている!
 何が起こっているのか、よく分からない。でも僕は、なぜか少し落ち着いている。

「てめえーっ、うがあああーっ」

 ケビンは僕に両手で掴みかかった。逆上だ。僕の魔導体術着(まどうたいじゅつぎ)の胸ぐらをつかみ上げ、投げた!
 しかし僕はリング上でゴロリと回転し、投げの威力を最小限にして、そのまま立ち上がった。
 彼が何をしてくるのかが、完全に予測できた。だから受身(うけみ)をとれたのだ。

「そんな技は効かない」

 僕は勇気を出して言ってみた。

「ひ、ひい、な、何だ、お前はよぅ……」

 ケビンの顔は真っ青だ。お、おや? 意外に言葉の効果があったようだ。ケビンは動揺(どうよう)している。無理もない。こんな弱そうな僕にパンチを全てかわされ、ダウンさせられたのだから。

「し、仕方ねえっ!」

 ケビンは真っ青な顔で、十歩も後ろに下がる。何をする気だ?

「砕け散ってもらうぜ、ガキィ!」

 観客はざわめいた。

「おい、やべぇぞ!」
「ケビンの必殺技だ」

 アリサは声を上げた。

「レイジー! あいつは、『ケビン・タックル』をする気よ! よけてぇ!」

 ケビンは僕に向かって走り込んでくる。あの巨体で、体当たりをされたら、ひとたまりもない。今までの僕ならば。

 ドガッ

 音がリング上に響いた──。

 僕の右飛び膝蹴(ひざげ)りが、ケビンのアゴに入っていた。
 
 ──完璧だった。
 リングに音が響いた。

 僕の右飛び膝蹴(ひざげ)りが、ケビンのアゴに入っていた。僕は大きく飛び上がって、膝蹴(ひざげ)りを繰り出したのだ。

「ごえ」

 ケビンはうめき声をあげながら、後ろに倒れる。彼が、「ケビン・タックル」を繰り出してきたので、カウンターの状況になった。しかも僕の膝蹴(ひざげ)り自体も、全体重が乗っていた。

 ……ケビンはピクリとも動かない。失神しているようだ。

 カンカンカン!

 その時、ゴングが鳴った。

『勝者! レイジ・ターゼット! 四分二十秒、KO勝ち!』

 ルイーズ学院長の魔導拡声器(まどうかくせいき)の声が響いた。静まり返る校庭。倒れているケビン。ぼんやりして立っている、魔導体術家(まどうたいじゅつか)としては貧弱な体の僕。
 一体、何が起こっているんだ?

「や、やったああああー!」

 リング上に駆け上がってくるのはアリサだった。

「どうなっちゃってるのー! レイジ、すごおーい」

 アリサは僕を抱きしめたが、すぐにハッと気づいて、僕から離れた。アリサの顔は真っ赤だ。

「あ、これは勢いで……。今のは無し。でも、おめでとう……」

 それを呆然と見ていたのは、観客の生徒たち……。そして、仲間達に頬を叩かれ、失神から目を覚ましたケビンだった。
 彼はリング上に座りながら、僕をぼんやり見て口を開いた。

「お、おい。一体何なんだ、お前……。教えてくれ……教えてくれよ。何が起こったんだ。俺は負けたのか……」

 ケビンはそう言いながらも、目は泳いでいる。するとルイーズ学院長は、簡易(かんい)魔導拡声器(まどうかくせいき)で声を上げた。

「このレイジ・ターゼットは我が校の新入生です! 彼は小柄ですが、ランキング三位のケビンを倒しました!」

 そして続けた。

「私が特別に、我がエースリート学院に編入させたのです。今後、生徒諸君は、レイジ・ターゼットと仲良くするように!」

 僕は、本当に強くなったのか。信じられない。夢じゃないだろうか。あんなに弱かった僕が、あの恐ろしい山鬼族、ケビンを倒してしまうなんて。
 観客の生徒たちは、まだ騒然としている。
 その時!
 ケビンは僕を目の前にして、口を開いた。

 ひいいっ! な、何か言うぞ!

「こんなのは、偶然だ……。そうだろう」
「は、いや、そうなのかな……」
「ちきしょう、こんなはずじゃない……こんなヤツに……」

 ケビンは拳をリングに叩きつけている。

「くっ、この野郎」

 ケビンは顔を上げて、僕をにらみつけた。うわっ、ヤバい!
 しかし、ケビンの表情はフッと柔らかくなった。

「だが……実力はお前の方が、全然上だった」
 
 ケビンはリング上にあぐらをかいた。
 
「圧倒的な実力差だ。俺の負けだ」

 ケビンが……僕を認めた?
 すると、ケビンは両膝をリングについた。うわぁ……えらいことになってきた。

「お前はすごい。強さに関しては、チビだとかヒョロガリだとか関係ねえ」
「ケ、ケビン」

 ケビンは震えている。や、やばいぞ。どうしたんだ?

「た、た、頼むっ! 俺を君のお友達にしてくれええーっ!」

 はああああーっ? お友達ぃ?
 ケビン、君、そんなんで良いのか。ケビンは僕の腕を掴んだ。

「ね、お願い! そうだ、団体戦のメンバーになってくれ。今度、俺たちはドルゼック学院のヤツらと公式試合を行う。ボーラスってヤツらと試合を組んでるんだ。その試合のために、一緒に闘ってぇくれえ!」

 ボボボボボボーラス! ムリムリムリ! ムリムリムリ! しかし、僕の声などは誰も聞いていない。生徒たちから割れんばかりの拍手が巻き起こっている。

「す、すげえヤツがあらわれた! 体は貧弱だけど!」
「わけがわかんねえけど、とにかくレイジは、俺たちの仲間だ!」
「レイジ、お前は最強になれるぞぉ! 我がエースリートの新星(しんせい)だ!」

 その光景をギロリと見ていたのは、ケビンの仲間の一人だった。体格はそれほど大きくない。身長175センチ、68キロくらい? 魔導体術家としては中量級といった体格か。黒髪で、眼鏡をかけていて、真面目そうな少年だ。パッとみたら、魔導体術をやるような人間には見えない。しかし目は物凄く鋭い。ケビンよりある意味怖い……。
 アリサは彼に気付くと、僕に耳打ちした。

「あいつはベクター・ザイロスってヤツ。このエースリート学院、ランキング一位よ。もしかしたら彼、あなたに何か仕掛けてくるかも。三位を倒しちゃったんだからね」
「えええ……っ? 生徒を試合で倒すと、つけ狙われるの?」
「そりゃそうだよ。みんな、『強さ』に関心があるからね。強い君に、興味があるのよ」
「か、関心! 興味!」

 僕に関心だって? 興味だって? こんなに目立たない、バカにされ続けてきた僕なのに。
 エースリート学院では、アリサとルイーズ学院長……とケビンだけが、弱かった僕を知っている。ともかく、この強さは一体何なんだ? あの地下室──「秘密の部屋」は何だったんだ? ルイーズ学院長なら知っているはずだ。すぐに、問いただしてみなければ!

 ◇ ◇ ◇

 その頃……グラントール王国北部、ライドー山の中腹では……。
 自然豊かな山の広場で、ドルゼック学院の英雄たち、ボーラス、エルフ族のジェイニー、ホビット族のマークたちがキャンプを行っていた。来週、エースリート学院との公式試合があるので、そのための特訓に来ている。魔導体術(まどうたいじゅつ)の特訓キャンプは、教師の許可があれば休日でなくても許されるのが普通だ。
 ボーラスたちはログハウスの前のベンチに座って、何やら話していた。彼らの中には、見慣れない獣人族(じゅうじんぞく)が一人いた。狼男(おおかみおとこ)系の獣人族《じゅうじんぞく》だ。

「よし、今度のエースリート学院との公式試合、俺たちが完全に勝利するぞ」

 巨漢のボーラスが三人に言った。マークはニヤリと笑った。

「今の状況はこうね。いでよ、ランキング情報!」

 ジェイニーは自分の魔法で、空中に光る掲示板を表示した。ジェイニーはエルフ族で、簡単な魔法が使えるのだ。
 その情報板には金色に光る文字で、こう書かれている。

『学生魔導体術学校、学院ランキング』
『1位 宮廷直属バルフェス学院 生徒数300人 今年度勝利数124』
『2位 グロウデン学院 生徒数3200人 今年度勝利数120』
『3位 ギルタン学院 生徒数2300人 今年度勝利数100』
『4位 ドルゼック学院 生徒数8000人 今年度勝利数99』
『5位 エースリート学院 生徒数1000人 今年度勝利数97』

 マークはうなずきながら言った。

「先輩、俺らドルゼックは、今度の公式試合でエースリートに二回勝てば、ランキング三位に浮上します。ギルタンは公式試合は今月はしないそうですし。エースリートは、あのデクノボーのケビンがメンバーに入るらしいッス。ヤツはバカだから、攻略しやすいッスよ」
「最高ね」

 ジェイニーは腕組みをして言った。

「三位ともなれば、雑誌の取材がくるわよ。私も、ファッションや化粧にもっと気を使わなくてはならないわね」
「ワハハ! そうだ、俺たちはどんどん(のぼ)()める!」

 ボーラスはゲラゲラ笑った。

「なんせ俺の親父は第九十代世界大会優勝者、デルゲス・ダイラントだからなあ! 後ろだても凄い。安心して練習しようぜ!」

 ボーラスはまた笑った。最近出てきたお腹のぜい肉が揺れる。すると、獣人族(じゅうじんぞく)の男──アルザー・ライオが口を開いた。彼は、レイジ・ターゼットの代わりに練習メンバーに加入した。

「で、俺は何をすればいいんだ? 練習実践(じっせん)試合か? 組手か? いつでもやってやるぞ」
「お? おお、アルザー」

 ボーラスは頭をかきながら言った。

「いや、違う。お前の役目は、そういった実践(じっせん)練習の相手じゃないんだ。団体戦正式メンバーじゃないからな。ミット持ちをしてもらいたいんだ」
「ミット持ち?」

 アルザーは眉をひそめた。ボーラスは笑いながら口を開いた。

「そうだ。パンチングミットを持って、俺たちのパンチや蹴りを受けてもらいたい」
「何? 練習試合や実践(じっせん)練習はさせてくれないのか?」
「ああ、ま、まあそういうことだ。だって、お前は俺たちがよっぽどの怪我をしないかぎり、公式試合には出られないわけだから。団体戦は三名……つまり俺、ジェイニー、マークと決まっているからな」

 ボーラスはそう言ったが、アルザーは黙っていた。

「とにかく俺たち、ドルゼックの英雄メンバーに入れるだけで、凄いだろう」
「まあな」

 アルザーは首筋をポリポリかきながらつぶやいた。ちなみにボーラスたちの後ろにあるログハウスは、ボーラス・ダイラントの父、デルゲス・ダイラントが所有する別荘だ。デルゲス・ダイラントの別荘は、世界に十二もあるらしい。

 山の草原広場で、ボーラスたちの練習が始まった。
 しかしこの後、ボーラスたちは気付かされることになる。練習メンバーをやめさせ、退学までさせてしまったレイジが、どれだけ自分たちに貢献(こうけん)していたのかを。
 ボーラスたちは、グラントール王国北部、ライドー山の中腹でキャンプをしていた。エースリート学院との公式試合に備えて、山で特訓をするためだ。ちなみにボーラスたちは、レイジがエースリート学院の三位を倒してしまったことを、知るよしもなかった。

 ボーラス、ジェイニー、マーク、新人のアルザーたちは、まず昼食、腹ごしらえをすることにした。屋外で、自然に囲まれながらの食事だ。
 四人は専属シェフの焼いた肉を、食べ始めた。脂肪がたっぷりついている肉を、腹一杯。
 彼らはすっかり忘れていた。試合前や練習前に、レイジが脂肪分を抜いた、果物類のエネルギー食を作ってくれていたことを。ボーラスたちはきっと、この後の練習中や練習後、体が重くて仕方なく感じるだろう。

 さて、腹ごしらえが終わると、ミット打ちの練習をすることになった。パンチングミットを持つ係は、もちろん新人練習パートナーの狼系獣人族(じゅうじんぞく)、アルザー・ライオ。
 ボーラスはアルザーに言った。

「ようし、ミット打ちを開始するぞ。まずはパンチだ。アルザー、いいか?」
「いや、ちょっと待ってくれ。……慣れてないんでな」

 アルザーはパンチングミットを両腕につけるのに、手間取(てまど)っているようだ。ボーラスはイライラしたが、新人練習パートナーを怒鳴りつけるわけにはいかないので、黙っていた。

「ああ、これでよし」

 アルザーは立ち上がって、ボーラスの方を向いた。

「ようし! いくぞ、アルザー」

 ボーラスは渾身(こんしん)の右フックを、アルザーのミットに叩き込む。

 ボフン!

 今度は左ストレート!
 
 ベフン!

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 ボーラスはあわてて、アルザーに言った。

「おい、ミットの音が変じゃないか? もっと、バシン! とか、バーンとか、良い音が出るもんだろう?」
「え? そんなもんか? よくわからんが」
「頼むよ、アルザー。試合が近いんだからさ。じゃ……じゃあ続ける」

 ボーラスの右ボディーブロー! ボーラスのパンチが、アルザーのパンチングミットに飛び込む。

 ボヒッ

「……おいおいおい! やっぱり音が変だって。豚の鳴き声かよ!」

 ボーラスが文句を言うと、プライドの高い獣人族(じゅうじんぞく)のアルザーは、不満顔で言葉を返した。

「俺のせいだってのか?」
「え? そ、そうじゃねえけど、ミットはパンチが当たった瞬間、少し前に出すんだ。グッと。良い音がしないと、俺らも気持ちよく打てた気がしねえんだよ」
「そうなのか」

 アルザーは首を傾げている。後ろでは、二人のやり取りを、ジェイニーとマークーが見ていた。

「大丈夫? あのアルザーってヤツ……」

 ジェイニーが眉をひそめた。マークもうなずく。

「変な感じッスね」
「そういえば、レイジがミット持ちをしてくれていた時なら、パーンとか、バシンとか、良い音が出ていたわ」
「そ、そうだったッスか?」
「ミットとパンチが当たる瞬間に、ミットを前に突き出さないとダメなのよ。レイジはその点、うまくやってた」
「ま、まあ、確かに」

 今度はボーラスの右フック!

 パンッ!

 今度は良い音がした。しかし、アルザーは何も言わない。黙って、次のボーラスのパンチを待っている。

「いやいや、アルザーさあ」

 ボーラスはイライラしながら言った。

「パンチ、どんな感じか言ってくれよ」
「ああ? どんな感じ?」

 アルザーは首を傾げた。

「普通のパンチじゃねえのか?」
「いや、そうじゃなくて……」

 ボーラスは何とか説明しようとしているが、伝わらない。後ろで見ていたマークは、ジェイニーに言った。

「あそこは、『いいね!』『良いパンチだ』とか、褒めるべきだと思うッス」
「ええ、そうね」
「パンチを打っている側が、気持ちよく打てないと、こっちもやる気でないスから」
「……レイジなら、褒めてくれてたわ」
「え? そ、そうッスね」
「よし、じゃあ、今度は私よ!」

 ボーラスが今にも怒鳴り散らしそうな雰囲気を見てとったジェイニーが、アルザーに言った。

「今度は、私が得意の蹴りをするから。中段前蹴り。ミットを腹の辺りに構えて。当たった瞬間に、ミットを前に突き出してちょうだい」
「え、ああ」

 アルザーは、代わりにキック用ミットを腕につけた。何だかやりにくそうだ。
 一方、ジェイニーも何だか体の重さを感じていた。さっき、脂肪分やっぷりの焼肉を食べたからだ。もしレイジだったら、果物などのエネルギー食を作ってくるだろう。エネルギー食を食べていないから、エネルギーが効率よく消費されず、体が重く感じるのだ。

「ハッ!」

 ジェイニーが得意の、前蹴りを突き出す。

 パフッ

 あんまり良くない音だ。ジェイニーは、再び前蹴り。ライザーはあわてて、キック用ミットを前に突き出す。

 グキッ

「ん?」

 ボーラスとマークはジェイニーを見た。変な音が……。ジェイニーはすっ転んでいる。

「だ、大丈夫か!」

 ボーラスたちはジェイニーのそばに近寄った。ジェイニーは足首を押さえて、苦悶(くもん)の表情を浮かべている。

「あ、あいたた……足首をひねったわ。蹴りが当たる瞬間に、キックミットを強く、前に突き出されたからよ」

 するとアルザーは舌打ちした。

「あんたらがそうやれって、言ったんじゃねえか。蹴りもパンチも下手くそなんじゃねえのか、あんたら。さっきから俺のせいばかりにしやがって」
「て、てめえ」

 ボーラスはアルザーに詰め寄った。

「メンバーに怪我させやがって! どういうつもりなんだ」
「知らねえよ! 俺は言われた通りやっただけだ!」

 アルザーは腕に付けたミットを外して、地面に叩きつけた。

「あー、やる気なくしたぜ。来るんじゃなかった」

 それを見ていたマークが、ボーラスに言った。

「レイジ先輩なら、あんな風に口答えみたいなこと、しませんでしたよね」
「ま、まあな。あいつはおとなしいからな」
「それにレイジ先輩のミット持ちで、怪我なんて一回も起こしたことはないッス」

 するとジェイニーは足首をさすりながら口を開いた。アルザーは向こうの方で、ふてくされている。

「レイジのヤツ、呼び戻せないの?」
「ああ?」

 ボーラスは、ジェイニーのいきなりの発言の困惑気味だ。

「だってさ、レイジの方がミット持ち、うまいじゃん。これじゃあ練習にならないわよ。戻ってきてもらえないわけ?」
「そ、そんなことできるわけねーだろ」

 ボーラスはフン、と鼻で息をしながら言った。

「あいつを退学……追放させちまったんだからな。まあ、気にするんじゃねえよ。ミット持ちくらい、代わりはいくらでもいる。レイジなんて弱い野郎は、俺らのメンバーにいらねえんだ」
「そ、そッスよね!」

 マークは幾分、気持ちを取り戻したようだ。

「弱い野郎は、メンバーを追い出して正解。ボーラス先輩は正しいッス」
「だろ?」

 ボーラスは胸を張った。向こうではアルザーが、まだふてくされて、山の方を見ている。一方、ジェイニーは、足首を押さえてまだ痛がっている。
 練習にはなりそうもない。

「ったく、つかえねーヤツらだな」

 ボーラスはチッと舌打ちして、小声でつぶやいた。

「まあ、ミット持ちは、別のヤツを親父に探してもらえばいいよ」
「デルゲス・ダイラント学院長なら、すぐに探してくれるっス!」

 マークはボーラスの言うことにうなずいた。自分もいつか、「つかえねー」と言われるのではないかと、ちょっと恐ろしくなったが。

 さあ、一週間後はあのエースリート学院との公式試合だ。そのエースリート学院のメンバーに、あの弱かったはずのレイジが、メンバー入りしそうなのを、ボーラスたちはまだ知らない。
 僕、レイジ・ターゼットはケビン・ザークに勝った。ケビンとの試合後の午後は、普通の学生らしく授業を受けた。エスリート学院の四年B組(エースリート学院は十二歳から入学できるので、十六歳のレイジは四年生)で授業を受け、休み時間にはクラスメートたちから質問攻めにあった。

「レイジ、どうしてそんなに強いんだ?」
「強さの秘密を教えてくれよ」

 でも、僕は何も答えることはできなかった。僕自身も、なぜケビンに勝てたのか、分からなかったからだ。学院長室に行く暇もなく、僕は疲れ切って、帰って寝た。

 ◇ ◇ ◇

 ケビンに勝った翌日の朝、エースリート学院の学長室に急いだ。
 僕は学長室をノックもせずに開けた。ルイーズ学院長は、相変わらず学院長室──に見せかけた自分の道場の真ん中で、あぐらをかいて瞑想(めいそう)している。

「学院長! 一体、あの『秘密の部屋』は何なんです? どうして僕は強くなったんですか?」

 僕は開口一番、学院長に詰め寄った。

「学院長なら、何か知っているんでしょう?」

 ルイーズ学院長は目を開け、言った。

「今、言えることは、あなたが『スキル』というものを手に入れたから、強くなった。それしか言うことができません」
「じゃあ、サーガ族って何なんですか? 僕の父はサーガ族だったのですか? それとも……」
「あなたはそれを知ると、闘いに集中できそうになさそうね。しかし、一つだけヒントをお話しましょう。サーガ族は、『東の果ての国』から来た民族です。あなたが黒髪で瞳が黒いのは、その血を受け継いでいるからでしょう」

「東の果ての国」か。その国は、正式名称がない。魔導体術(まどうたいじゅつ)発祥(はっしょう)の地であり、魔導体術(まどうたいじゅつ)の達人たちが住んでいる場所のはずだ。そして、魔導体術(まどうたいじゅつ)の本拠地があると聞く。でも、謎に包まれた国で、情報がまったく入ってこない。
 僕はひそかに、その地──「東の果ての国」にあこがれていた。僕の先祖が、「東の果ての国」の民族だって? にわかには信じられないが……。

「いつか、『東の果ての国』に行く機会があるかもしれません。しかし今は、『秘密の部屋』のことやサーガ族のことを考えている暇はないはずです。あなたは次々と闘うことになる」

 僕はギクリとして、あぐらをかいて座っている学院長から、一歩後退した。

「ぼ、僕が次々と闘う?」
「あなたの強さを見たら、誰だって、あなたと闘ってみたいという者が次々と現れれるでしょう。現に、次の挑戦者が、あなたを狙っているのではないですか?」
「じょ、冗談じゃない。僕は闘うことは苦手なんですよ」
「でもあなたは今、無料でエースリート学院に入学しているのよ。その代わり、私はあなたの闘いを見たい。闘ってくれるわね?」

 そ、そうだった。僕は無料でエースリート学院に入学している身だった。ルイーズ学院長はニヤリと笑う。こ、この人……意外と策士(さくし)だな。
 その時!

『こちらは放送部です。レイジ・ターゼット君、至急、試合場コロシアムの試合用リング上まで来てください。繰り返します、レイジ・ターゼット君……」

 ルイーズ学院長は首を傾げた。

「何かしら? あなたの試合? 私はまだ聞いてないけど」
「試合だなんて! 昨日やったばかりじゃないですか!」

 僕はあわてて叫んだ。

「面白そう!」

 ルイーズ学院長はうきうき顔で立ち上がった。

「あなたの試合が、また()れるのね。早く行きましょう」

 この人……楽しんでる! 僕はめまいを感じた。

 ◇ ◇ ◇

「きゃああああ~! レイジ君よ! ケビンを倒したレイジ君よ~!」
「かっこいい!」
「手を振ってぇ!」

 屋外試合場コロシアムまで行き、僕が花道を通ると、女の子たちの黄色い歓声がわきおこった。し、信じられない。女の子たちが僕に歓声を送ってくれているなんて?
「弱い」とか「キモい」とか罵声(ばせい)は浴びせられたことはあるけど。

 嬉しいけど、何だか恥ずかしい。もう観客席には生徒たちがいっぱいだ。満員だ……。まあ、この学院のランキング三位のケビンを倒してしまったのだから、評判になるのは仕方ない。
 さて、どうやら本当に、誰かと試合をすることになるらしい。憂鬱(ゆううつ)だ……。

「レイジ、待ってたわ! 大変よ」

 リングの外に立って待っていたアリサが声を上げた。

「あなたの今日の相手は、ベクター・ザイロスよ! エースリート学院、ランキング一位! 最強の相手よ」

 僕がリング上を見上げると、眼鏡をかけた、真面目そうな少年が立っていた。彼は、ロープに近づき、僕を上から見下ろした。
 耳が長い。動きが素早く、魔法打撃が得意なエルフ族だ! そういえば、ドルゼック学院のジェイニー・トリアもエルフ族だったな。あんまり思い出したくないけど。

「君が、レイジ・ターゼット君かい?」

 ベクターという少年は、眼鏡をクイッと()り上げた。

「信じられない。計算ではありえない」
「な、何がですか?」
「君のような小さい体格の者が、あの強者(つわもの)ケビンに勝つということが、だよ。僕の計算では、99%、ありえないね。さあ、着替えてきなよ。僕と勝負だ」

 くそ、やっぱり試合をしなきゃならないのか!
 僕は観客席後ろの簡易更衣室に入って着替えた。着替えて更衣室を出ると、アリサは果物──バナネの実を用意してくれていた。

「サラさんが、これを食べろって」

 僕はうなずいて、バナネの実を食べた。試合前にはバナネの実が一番だ。エネルギーの消費効率がもっとも良く、息切れしにくくなる。さすがサラ・ルイーズ学院長だ。そのことをよく知っている。
 食べ終わってから、アリサは僕の手に、体術(たいじゅつ)グローブ(指の部分がないグローブ。魔導体術(まどうたいじゅつ)試合では、ルール上、必ず着用する)をつけてくれた。そしてグローブの(こぶし)の部分を、ぽんぽんと叩き、顔を赤らめて言った。

「あのさー……。今日もあたしがセコンドやるから」
「え? ああ」
「あ、あたしは別に、君のセコンドをやってもいいかな、くらいに思っていたんだけど。サラさんが……学院長が頼んできたからさ」
「わ、わかった。ありがとう」

 僕がリングに上がり、ベクターの方を見た。ベクターは眼鏡を外した。眼鏡を受け取ったのは、ケビンだ。──ケビンは昨日とうってかわって、人の良いおじいちゃんのような顔になっている。ま、まさか、僕に負けたから、あんな顔になっちゃったのか!

「データを見るとね」

 ベクターは指を振り上げ、魔法の情報板を、空中に浮かび上がらせた。エルフ族は、不思議な魔法を使えるらしい。魔法の情報板には、こう書かれてあった。

『レイジ・ターゼット 
 身長156センチ 体重58キロ

 ベクター・ザイロス
 身長175センチ 体重69キロ』

「この数値を見てもね……。僕は魔導体術家(まどうたいじゅつか)としては中量級だが、君と比べると、あまりにも体格の違いがありすぎる。十キロ以上の体重差は、とてつもないハンデだ。よって、この試合、僕の勝ちはうごかない」
「で、でも、僕がケビンを倒したのは見たんだろう?」

 僕は思い切って言ってみた。彼はフフッと笑った。

「見たよ。だから変だ、と言っている。君がケビンに勝つことは、僕の計算では絶対にありえないことなんだ。体重と筋肉量から正確に算出しているから。レイジ君、何かトリックがあるなら、言ってほしいけどね」
「トリックなんてないぞ!」
「ま、父も君を叩きのめせ、と言っていたからなあ。そうさせてもらうよ」
「父?」
「僕の父親は、ドーソン・ルーゼント。君の叔父だよ」

 な、何だとっ! ま、まさか、そんな!
 僕の対戦相手、ベクターは、僕の(にく)き叔父──ドーソン・ルーゼントの息子だった。
 彼はリング上で言った。

「僕はこの学院の寮にいて、父には最近、会っていないけどね。父が昨日の夜、珍しく魔導通信(まどうつうしん)で、僕に連絡をとってきたからさ。レイジ君、君、父と会ったんだって?」
「ベクター、君は、ドーソン叔父さんの息子だったのか!」
「そうだ。だが、母と父──ドーソン・ルーゼントは君と住む前に離婚しているからね。子どもの頃、君とはそんなに会うことはなかったな。ちなみに、母はエルフ族だ。僕は人間とエルフのハーフだよ」

 そういえば僕と子どもの頃、何回か叔父さんの息子と庭で会ったことがある。それがベクターだ。そういえば、面影(おもかげ)があるような。
 ドーソン叔父さんには、おととい、散々悪態をつかれた。その息子、ベクターか。どんな人間なのか、察しがつく。喋り方も嫌味ったらしい。

「君、僕の父さんを殴り倒したって?」

 や、やっぱり、知っていたか。──ベクターは話を続ける。

「信じられないなあ。父さんは魔導体術の全国大会で八位入賞者だ。年は取ったが、体重があるから、まだまだ強いはずなんだけどね。……だが、僕は父と違って、甘くないよ。君をギタギタに叩きのめす! ウフフフ」

 やっぱりな。ベクターはドーソン叔父さんと同類だ。

 カーン!

 試合のゴングが鳴った。鳴らしたのは例によって、ルイーズ学院長。待ってくれ、心の準備が……!

「レイジ!」

 セコンドについてくれたアリサが叫んだ。

「ベクターは蹴りの名手よ! 彼には特殊な連続攻撃があるから、気を付けて!」
「特殊な……連続攻撃?」

 僕がどんな技だ、と考えていると、ベクターはいきなり襲い掛かってきた。
 スッと片足立ちになったかと思うと、鋭い横蹴りが飛んできた。一発、二発、三発、四発! 連発だ。
 僕はすべて片手で叩き落した。

 今度はベクターの右中段蹴り! これは左あばら骨を狙う攻撃だ。僕はギリギリのところでかわした。とにかく彼の蹴りは素早い。ケビンの五倍のスピードがあるだろう。確かに、エースリートのランキング一位の生徒だけはある。

「レイジ君」

 ベクターはものすごく恐ろしい目で僕をにらみつけた。

「君のような貧弱な少年が……僕の蹴りを全部かわす? ありえない!」

 ベクターは、今度は左下段蹴りを放ってくる。

「計算上ありえない!」

 ガッ

 僕の足元で音がした。僕の体が宙に浮かぶ。そうか、なるほど。これは太ももを蹴る下段蹴りではなく、足首を()って、僕を転ばせる技術! ケビンも使ってきた技だ。
 僕は宙を舞い、背中からリング床に落ちた。しかし、たいした痛みはない。

「連続攻撃が来る!」

 アリサの声がした。

 ベクターは狙っていた。僕が倒れた時に、上からパンチを顔に落とす! しかし、それは僕も読んでいた。彼の振り下ろすパンチをよけ、素早く立ち上がる。
 
「な、なにいいい~!」

 ベクターは、審判席のルイーズ学院長の方を振り返り、叫んだ。

「学院長! 彼はダウンしたでしょう! 背中から倒れたんだから!」

「レイジがダウンしたって?」と、観客──生徒たちは騒然となった。
 生徒たちの誰もが、ルイーズ学院長の判断を待った。ルイーズ学院長はちょっと考えてから、首を横に振った。そして魔導拡声器(まどうかくせいき)に向かって言った。

『ダウンとはみなしません! レイジはダメージを負っていない。試合続行!』

 ドオオオッ! 場内は大盛り上がりだ。

「ちくしょおおおおっ……クソ野郎がああっ!」

 ベクターは試合前の冷静な顔とはうって変わって、鬼のような形相(ぎょうそう)だ。汗もかいている。僕は逆に、自分が汗一つかいていないのが分かっていた。
 とても冷静だった。

「ん? あ、うう?」

 ベクターは素早く僕の方に向かってきたが、足がもつれた。そしてよろよろと(ひざ)をついてしまった。

『ダウン! 1、2、3……』

 何だ、何が起こった? と観客は騒然となっている。ベクターはロープをつかんで必死に立ち上がる。そして足を押さえながら、リングの中央にフラフラと戻った。
 彼は僕に言った。

「レイジ君、お前、何てヤツだ……。僕の蹴りを避けているフリをして、僕のふくらはぎに蹴りを叩き込んでいたんだから」

 その通り。僕は彼の横蹴りを避けつつ、彼の軸足(じくあし)に蹴りを叩き込んでいた。つまり、ふくらはぎに蹴りを放っていた。細かい地味な蹴り技だが、筋肉が断裂する恐れのある、危険な技だ。カーフキックとも呼ばれている。
 足首()りを受けたのも、彼を油断させるため。

 ベクターは自分の足に気合を入れるようにパシパシ叩いて、ニヤリと笑った。

「そうかい、ようやく理解した。君は僕の計算の上をいっている。しかし、これならどうだろう?」

 彼は物凄いスピードで、左中段蹴りを僕の右腕に叩き込んできた。僕は避けたが、なるほど、防御する腕自体を破壊する手段に切り替えてきたわけだ。
 しかし、軸足(じくあし)を痛めているベクターの蹴りは、もうそれほど速くはない!

 すると彼は突如、その足を宙に掲(かか)げた。
 かかと落としが来る! 蹴り技が得意な選手が、最も華麗に()せることのできる技だ!

「ダメね。レイジの勝ちよ」

 ルイーズ学院長の声が、僕の耳に入った。その通り! 僕は彼のナタのように振り下ろす足技を避け、右に一歩前に出た。

 もらった。

 僕の拳は、ベクターの耳の後ろ──急所を直撃した。

 ──手ごたえがあった。
 僕の右ストレートパンチが、ベクターの耳の後ろに入った。完全に手ごたえがあった。あそこは急所だ。
 僕はサッと、元の防御の体勢に身構える。

 ベクターは……! ギロリと僕のほうをにらんだ。そして!

 膝から崩れ落ちた……!

 カンカンカン!
 
 というゴングの音が鳴った!

『勝者! レイジ・ターゼット! 五分三十秒、KO勝ち!』

 ドオオオオオオッ

 すさまじい観客の生徒たちの興奮の声だ。

「や、やっちまいやがったぁ!」
「我が校のランキング一位を倒しちまったぞ!」
「あの新入生、すげえ、すげえええ」

 レイジ、レイジ、という歓声が鳴り響く。

 アリサはすぐにリング上に上がり、タオルで汗をふいてくれて、グローブを取り外してくれた。

「すごいことだよ、レイジ」
「あ、うん。ベクターは強かったよ」
「ベクターを倒したのが、すごいってのもあるけど」

 アリサは首を横に振りながら、言った。

「ベクターを倒したってことは、エースリート学院のトップになってしまったってことよ! 新入生のあなたが。体格の小さいあなたが。エースリート学院、ランキング一位よ!」
「え? ああ、そうだっけ?」

 すると、ルイーズ学院長もリングに上がってきた。

「ベクター!」

 ルイーズ学院長は、ベクターに言った。ベクターはぼんやり悔しそうに、ルイーズ学院長を見る。

「敗因は、分かっているわね。『かかと落とし』。それが敗因」
「え? でも」

 アリサが首を傾げた。

「かかと落としは、強力な技でしょう?」
「いいえ、超上級者ならば、かかと落としを連撃技に織り込むのは良いでしょう。しかし、まだ技術が未熟な学生の試合では、自らを危険に招く技となってしまう」
「ど、どうして?」
「足を上に(かか)げる。下に落とす。二つの動作をしなければならない。この二動作の間に、相手の選手は隙を見つけ放題よ」

 ベクターは、拳をリング上に叩きつけた。

「そ、その通りです! 僕には見栄(みえ)やプライドがあり、見た目のよい攻撃を選択しました。その隙に、レイジに急所を打たれました!」

 そしてベクターは僕を見た。

「レイジ!」
「ひ、うわ!」

 僕はびくついた。

「僕はミスをした。だが、レイジ。こんなことで、僕に勝ったと思っているのか……」
「いや、まあ……」
「認められん! 計算上認められん!」

 ベクターは悔しそうに拳を震わせて、また僕を見た。

「しかし……僕の計算を超える人間がいることは分かった」
「ベ、ベクター」
「そうだな、それを認めなくちゃ、強くはなれないな。計算上は」

 なんだか計算に恐ろしくこだわっているけど、気持ちは分かった。そして彼は言った。

「試合前に、無礼なことを言って、済まなかった。この通り、謝罪する。そして君を(たた)える」

 ベクターは、リング上に両手をついて頭を下げた。
 土下座かぁああ……。まいったな~。魔導体術(まどうたいじゅつ)の学生って根が真面目な人が多いからなあ。
 するとルイーズ学院長が、パンパン、と手を叩き口を開いた。

「はいはい、静かに! 試合が終われば、君たちはエースリート学院の仲間同士よ。じゃあ、決まったわね」
「サラさん、何が?」

 アリサは聞いた。するとルイーズ学院長は、魔導拡声器(まどうかくせいき)を用意しながら、叫んだ。

『それでは、一週間後、王立ランダーリア体育館で行われる、ドルゼック学院との公式試合の団体戦メンバーを発表します!』

 ドヨドヨドヨッ

 観客席の生徒たちは顔を見合わせている。げえええっ! ド、ドルゼック学院の公式試合! まさか、まさか僕もその中に……! いや、僕は新入生だから、免除してくれるかも。

『第一メンバー、ケビン・ザーク! 相手は、ジェイニー・トリア!(この試合は男女の対戦試合である。男女の試合の場合、「顔への攻撃」「寝技」は禁止のルールになる)第二メンバー、ベクター・ザイロス! 相手はマーク・エルディン! そして……』

 ルイーズ学院長は僕を見た。

『第三メンバー! 大将の役目を務めるのは、レイジ・ターゼット! 相手は、ドルゼック学院のNO1、ボーラス・ダイラント!」

 ドオオオッ

 観客の生徒たちは歓声を上げた。みんな、喜んでいるけど、僕は失神しそうだった。だって、相手はあのボーラスだよ? 僕をドルゼック学院から追い出した、張本人!
 ど、どうなっちまうんだ……!

 ◇ ◇ ◇

 その頃、ドルゼック学院の英雄メンバー、ボーラス、ジェイニー、マークはグラントール王国南の、ラータイムの街を馬車で移動していた。これからゾーグール学院に出稽古に行くためだ。
 あのミット持ちの獣人族(じゅうじんぞく)、アルザーはさっさとやめてしまった。

「まあ、あんなヤツがいなくても、俺らは優勝候補の一角だからな」

 ボーラスは腕組みをして、ふんぞり返りながら言った。ジェイミーとマークもうなずく。
 
「そういや、レイジって弱っちいヤツもいましたね」

 マークがそう言うと、ボーラスはクスクス笑った。

「そんな野郎、いたな! あいつ、今頃、公園の草むしりのアルバイトでもしてるんじゃねえのか?」

 三人はゲラゲラ笑った。

 さて、アルザーの代わりに──ではないが、今日は学生魔導体術(まどうたいじゅつ)研究員の、ドミー・ランディーを連れてきている。キノコのような髪形をしていて、小柄だ。魔導体術(まどうたいじゅつ)の経験はない。魔導体術(まどうたいじゅつ)魔導科学(まどうかがく)の角度から研究する、ドルゼック学院の学生だ。彼は、魔導体術(まどうたいじゅつ)の研究課題のために、ボーラスと一緒に同行することになった。
 四人を乗せた馬車は、大通りを抜け、ゾーグール学院の方に向かう。ボーラスたちは、ゾーグール学院に出稽古(でげいこ)に行くのだ。
 ボーラスはドミーに聞いた。

「よお、ゾーグール学院ってのは、どんなヤツがいるんだ?」
「『(まち)コボルト(ぞく)』ですよ。小鬼の一種ですが、街に住む平和的なコボルトです。普通のコボルトだと、山の中にいて、好戦的ですがね。彼らは筋力がありますが、小柄です。身長はだいたい平均、155センチから160センチ前後ですか。春期大会の団体戦では、三十四位だったかな?」
「ガッハッハ! 三十四位だってよ!」

 ボーラスは笑った。ボーラスたちは春季大会の団体戦成績は、四位だ。天と地との差がある。

「まあ、エースリート学院の公式試合前の練習相手としちゃあ、肩慣らしにピッタリだな!」
「でも、なかなか強いですよ。(まち)コボルト(ぞく)は根性があるし、打たれ強いことで有名ですからね。えーと、ゾーグールの生徒たちとの合同練習は明日からですね。今日は、歓迎食事会です」
「歓迎食事会か。俺たちは大会四位なんだから、まあ当然の待遇だ」

 ボーラスはまたゲラゲラ笑った。

「かわいそうだけど、俺らの足元にもおよばねえよ! 練習試合で、いっちょ遊んでやるか!」

 ◇ ◇ ◇

 ──十分後、ボーラスたちは、ゾーグール学院に到着。

「ようこそ、ようこそ! ボーラスご一行様!」

 ボーラスたちがゾーグール学院の校門をくぐると、そんな斉唱がこだました。生徒たちが校庭に整列して待っていたのだ。その数、五百名。小柄な(まち)コボルト(ぞく)たちが、ボーラスたちをあこがれの目で見ている。口には牙が生えているが、皆、きちんと整列している。
 すると、燕尾服(えんびふく)を着た(まち)コボルトの中年男性が、ボーラスに握手を求めてきた。

「ようこそ、ボーラスさん、ジェイニーさん、マークさん、ドミーさん。よく来てくださいました。私はゾーグール学院の教頭、バルボーです。さあ、今日は歓迎会です。明日から合同練習をしましょう」
「おお、やってやるよ」

 ボーラスはバルボーの握手に答えた。

「さすが、ドルゼック学院の学院長、デルゲス・ダイラント様の御子息(ごしそく)でいらっしゃる。余裕ですなあ。ささ、こちらへ。皆さんの宿泊所が、学院内にありますので」

 ボーラスたち三人は(まち)コボルト(ぞく)の生徒たちから、握手を求められている。やはり、団体戦四位の栄光はすごいものなのだ。新聞にも試合結果が出たくらいだ。

「はっはっは! 最高の気分だぜ」

 ボーラスは(まち)コボルト(ぞく)たちの花道をかきわけて、校庭を歩いていった。

 明日、自分たちの自信が、グラグラと揺れだす事態が起きることも知らずに……。
 その夜、ボーラスたちは、ゾーグール学院の歓迎食事会に招かれた。そこで、ラータイム名産の牛肉ステーキを夕食に出された。
 肉汁がしたたり落ち、脂肪分もたっぷり。肉質も信じられないほど柔らかい。焼き方はレア。舌がとろけるようだ。
 付け合わせは高級キノコ、ランビシャスのバターソテー。こたえられない芳香が、口の中に広がる。バターの塩加減、まろやかさも良い。
 するとジェイニーが心配そうに言った。

「そういえば、レイジが言ってたけどさ」
「ああ? あんな野郎の話をするなよ」

 ボーラスが不満顔で言う。ジェイニーは続けた。

「エースリート学院との公式試合は一週間後でしょ? レイジのヤツ、試合一週間前は、絶対に油っこい食べ物は食べちゃダメだ、と言ってなかった?」
「ああ? 言ってたような気がするな」
「私たちもその話は一理あると思って、ずっと食事には気を付けてたじゃない? でも最近、キャンプの時も焼き肉をたらふく食べたし……。今日も、焼肉とかステーキとか、バターソテーとか……。こんなに油っぽいものを食べちゃって大丈夫かしら」
「大丈夫だろ。食事なんて試合には関係ねえよ。安心して食えよ」

 マークといえば、かたっぱしから並べられたご馳走を食べまくっている。一方、魔導体術(まどうたいじゅつ)研究者のドミーは、食事会は苦手らしく、出席していない。街で惣菜(そうざい)パンを買って、部屋で食べるそうだ。

「ラータイム牛のステーキってここでしか食べられないんですってね。……ああ、美味しい」

 ジェイニーはステーキを頬張って食べた。ボーラスもジェイニーもマークも、少し……太ったようだ。

 ◇ ◇ ◇

 翌日、ボーラスたちは、ゾーグール学院の体育館に案内された。体育館では、(まち)コボルト(ぞく)の選手たちと、約束組手をすることになった。
 約束組手とは、ペアになった相手に、技を一手ずつ繰り出す対人練習である。
 ボーラスは(まち)コボルトのリーダー、レビンと約束組手をした。

 約束組手を一時間ほどして、休み時間になった。
 ボーラスも、ジェイニーも、マークもヘトヘトになり、ベンチに座り込んだ。

「おい、体が重いぞ。くそ、約束組手なんかでこんなに疲れるなんて、初めてだ」

 ボーラスは言った。マークもうなずいた。

「うう、何だか息切れしたッス。やっぱり、昨日の食い物が悪かったんスかね」
「いえ、息切れの原因は、他にもありますよ」

 すると、体育館についてきた魔導体術(まどうたいじゅつ)研究員のドミーがボーラスに言った。

「あなた方、練習前に、エネルギー食を食べましたか?」
「ああ?」
「ほら、(まち)コボルトを見てください」

 休憩している(まち)コボルトたちは、生の芋をバリバリ食べている。

「あれが、彼らの試合前の軽食です。彼らはあれを食べると、息切れしないそうです」
「お、おい。俺らはあんな生の芋、食えないぞ」
(まち)コボルトにとっては、おやつのようなものです。ボーラスさんたちは、今日はどんなエネルギー食を持ってきたんですか?」

 するとジェイニーが腕組みして答えた。

「今日は……持ってきていないわ。でも、レイジはバナネの実とアプルの実を、練習前や試合前に必ず持ってきていた。私たちに食べさせてくれていたわね」
「ほう!」

 ドミーは感心したように叫んだ。

「そりゃいいですね! バナネの実とアプルの実を試合前に食べておくと、息切れをふせぐことができるんです。へえ、そのレイジって人、なかなか研究してますね。なんでメンバーをやめちゃったんですか?」

 ドミーはまだしきりに感心している。ボーラスは舌打ちした。ふん、試合前の軽食ごときでくだらねえ──! 難しい話はパスだ!

「おい、マーク。(まち)コボルトと練習試合をしてこい」

 ボーラスはマークに命令した。ボーラスの指示だ。マークは疲れ切っていたが、しぶしぶ(まち)コボルトの団体メンバーと練習試合を行うことにした。
 マークは(まち)コボルトと、体育館に設置された試合用リング上で闘うことになった。

 ボーラスはベンチで足を組んで余裕で言った。

(まち)コボルトは、小柄なヤツらだ。マークは中量級だけど、172センチ、83キロはある。力が段違いだ。(まち)コボルトを一ひねりするだろう」

 しかし、(まち)コボルトの二番手男子選手、ローガーは、マークから距離を置いて、パンチを繰り出し始めた。マークはなかなかローガーをとらえることができない。
 マークは相手を投げ、スタミナを消費させ、打撃で倒すのが得意なのだ。
 マークは自分より二回りも小さいローガーのパンチに、だんだんひるんできた。

「ね、ねえっ、どうなってんのよ。マークは投げの得意な実力者よ」

 ジェイニーはあわてて言った。すると、ドミーがひょうひょうと答えた。

「答えは簡単ですよ。(まち)コボルトのローガー選手は、マークさんを研究していた、ということです」
「ああ? 何だと?」

 ボーラスは眉をひそめた。ドミーは続けた。

「ローガー選手は、マークさんが投げが得意だと知っているようです。だから、距離をとって打撃で闘っているというだけ。一方、マークさんは(まち)コボルトたちの長所や弱点を知らないようですねえ。もしかして、相手のことを調べずに、練習試合にいどんでいるのですか?」

 ボーラスはギクリとした。確か、レイジはいつも対戦相手の長所や弱点を詳細に調べて、俺たちに伝えていた──。くそっ、試合は力や体の大きさ、実力で決まるんだ。そんな、ちまちました調査やデータなんて、必要ねえだろうが!
 しかし、マークはローガーのパンチに、ヘロヘロになっている。たいして重いパンチではないが、数を受けすぎているようだ。

 三分の時間が経過し、マークとローガーの試合は、引き分けとなった。しかし、誰が見ても、勝ちはローガーだ。(まち)コボルトたちはマークたちを見て、ひそひそ言った。

「大会四位ってこんなものなの?」
「ちょっとだらしねえな。約束組手の時も、ヘバッてたし」

 肩を落として帰ってきたマークに、ボーラスは怒鳴りつけた。

「てめえ、マーク! 何やってんだよ。根性だせや!」
「す、すんません。(まち)コボルトの野郎、動きが素早くって」
「さっさと投げちまえば良かったんだよ。あんな小せぇヤツら」
「いや、捕まえることすら、大変だったッス……」

 ボーラスは舌打ちした。くそっ、マークのせいで、笑い者じゃねえか!

「おい、止めだ止めだ!」

 突然、ボーラスが声を上げた。

「マーク、ジェイニー! 帰るぞ。俺らと(まち)コボルトとの練習は、これで終わりだ」

 すると、教頭のバルボーが血相をかえて、すっとんできた。

「ど、どうなさったんですか、ボーラスさん?」
「どうもこうも、俺らの出稽古はこれで終わった。後は、エースリート学院との公式試合にむけて、休息をとるだけだ」
「いやしかし、我が校の生徒は、ボーラスさんとの練習試合を楽しみにしてきたのですよ。ボーラスさんも、マークさん同様、生徒と練習試合をしていただけませんか」
「俺は疲れてんだよ。文句あるのか、バルボーさんよ。俺の親父が、このゾーグール学院にどんだけの金を寄付したと思ってんだ? というわけで、帰り支度をする」
「は、はああっ! も、もうしわけございません! どうか、お父上のデルゲス・ダイラント様に、よろしく言ってくださいまし。お、おい、馬車の用意をしろ」

 バルボーは甲高い声で、係員に指示しに行った。
 するとジェイニーがボソリと言った。

「一週間後のエースリート学院との公式試合、大丈夫かしら……」
「心配ねえよ!」

 ボーラスは余裕だ。いや、余裕のある顔を作った。

「どうせ、馬鹿力の鈍足ケビンと、蹴り技だけのベクター。あと一人は、無名の誰かだろ。二位は転校して空位らしいし。俺らも帰って寝ちまえば、疲れもとれるさ」

 ボーラスはガハハと笑った。ジェイニーは、ボーラスがだんだん父親のデルゲス・ダイラントに似てきた、と思った。

 ボーラスたちは、エースリート学院最強の男が、あの弱かったレイジだとはまだ知らない! 

 そして──ついに公式試合の日がやってきた!
 ベクターとの試合から一週間が経った。

「ついにこの日がやってきた……」

 今日、僕──レイジ・ターゼットが所属するエースリート学院は、僕を退学させたドルゼック学院との団体戦を行う。ついに、僕は宿敵、ボーラスと闘うことになるのだ。

 場所は、エースリート学院の近く、王立ランダーリア体育館。僕らは午前九時半、馬車で体育館に着き、控え室で試合の支度を始めていた。
 試合まで後二時間。初めての公式試合……。客席はエースリート学院とドルゼック学院の生徒、一般客で埋まって、超満員だ。  

(緊張で、おしっこチビりそうだ……)

 僕は控え室の椅子に座って、色々モヤモヤ考えていた。

 アリサはバナネの実やアプルの実に、ハチミツをかけたデザートを用意してくれてきていた。試合前のエネルギー食だ。これで息切れはしにくいだろう。

「レイジ、ケビンとベクターが外にいるわ」

 ルイーズ学院長が言った。

「二人を探してきなさい。すぐに団体戦のミーティングを始めます」

 僕は、「はい」と返事をして、すぐに控え室を出た。ケビンとベクターを探さなければ。廊下にもいないな。じゃあ、玄関前ロビーか。
 僕が体育館の玄関前ロビーに行くと、見覚えのあるヤツらがそこに立っていた。

 うう……! あいつらは……。

「ん? あれ? あれぇ?」

 ボーラス・ダイラントが、僕を見て声を上げた。ジェイニーも、マークもいる。ボーラスは馬鹿丁寧な言葉で言った。

「これはこれは。弱虫レイジ君じゃないか。どうしたんだ、こんなところに。そうか、観客して来たのか、お前」

 ボーラスは僕と闘うことを知らないようだ。それもそのはず、団体戦の対戦相手は、試合の一時間前までは発表しなくて良いルールだからだ。僕らエースリート学院は、ボーラスたちに出場メンバーを知らせていない。
 ボーラスは当然、僕と闘うことを知らないだろう。

「おい、ボーラス!」

 声がした。後ろからベクターがやってきた。ケビンもいる。

「レイジは……彼は、僕らエースリート学院のNO1魔導体術家(まどうたいじゅつか)だ! 今日の団体戦の大将だよ」
「はああ? 何言ってんだ、ベクター」

 ボーラスはゲラゲラ笑っている。

「お前、頭がおかしくなっちまったんじゃねえのか。何だ、お前ら知り合いかよ。そんな冗談を言える仲なのか? おい、レイジ、どうなってんだ」
「僕は、エースリート学院に入学した。そして、学院のトップになっている」

 僕は勇気を出して、はっきりと事実を言ってみた。するとボーラスは眉をひそめた。

「おい、何の冗談なんだ? お前のような弱いヤツが? お前ら、名門エースリートだろ」
「冗談なんて言わないぞ、ボーラス」
 
 ベクターは眼鏡を擦りあげた。

「レイジは、僕らエースリート学院の代表だ。そしてボーラス、君と闘う予定だ!」
「おいおいおい……。マジなのか」

 ボーラスはひきつって笑っている。後ろでは、ジェイニーとマークが驚いたように顔を見合わせている。ジェイニーやマークも本当に、僕がこの団体戦の出場選手であること、ボーラスと闘うことを知らないようだ。
 ボーラスは口を開いた。

「……おい、レイジ。どんな姑息(こそく)な手段でエースリートのトップに上りつめたのかは分からねえ。まあ百歩ゆずって、今の話を信じてやるよ。で、俺と対戦? ぶっとばされてぇの?」
「ぶっとばされるのは、そっちじゃないの~? ボーラス君」

 ケビンが軽く僕の肩を組んで、ボーラスに言う。

「マジでレイジは強いよ。驚くぞぉ」

 ボーラスはしばらく黙っていたが、すぐに横にいたドルゼック学院の下級生二人に、何か耳打ちし始めた。下級生は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに体育館の外に走って行った。

(なんだ? ボーラスのヤツ、下級生に何か指示したぞ?)

 僕は首を傾げた。一方、ボーラスは舌打ちし、僕をにらみつけた。

「……さてと。じゃあ対戦を楽しみにしておくぜ。レイジ、この一週間、何があったんだ? いや、試合をすれば分かるか。じゃあな」

 ボーラスやジェイニー、マークは自分たちの控え室のほうに行ってしまった。

「あなたたち、こんなところにいたの?」

 ルイーズ学院長は僕たちの方に駆けつけた。

「さあ、全力をつくして、勝ちにいきましょう!」
「おお!」

 僕らは声を上げた。どんどんと試合時間は近づいてきている。
 
 そして、僕らの公式試合──ドルゼック学院との真の勝負は始まった!
 エースリート学院とドルゼック学院の団体戦が始まった。

「闘う時が来たな……」

 僕は気を引き締めた。

 第一試合は、ケビン・ザークVSジェイニー・トリア。
 男子、女子の対決は、魔導体術(まどうたいじゅつ)の試合では珍しくない。(この試合は男女の対戦試合であり、「顔への攻撃」「寝技」は禁止)特にエルフ族のジェイニーは魔法の力が強く、力だけの男子よりも強い。
 五分十五秒、ジェイニーの見事な中段回し蹴りが決まった。魔力が入った、鋭い威力の蹴りだった。ケビンのKO負け。
 相手のドルゼック学院は、KO勝ちで、勝ち点三取得。

「ちくしょう! 修業が足りなかったぜ!」

 ケビンはリングを降りて、悔しそうに叫んだ。

 第二試合は、ベクター・ザイロスVSマーク・エルディン。
 手数の多いベクターの判定勝ち。やはりベクターは蹴り技が良かった。
 判定勝ちだから、僕らは勝ち点一取得。

「ふむ、まあまあの出来だったが、倒せなかったことは大いに反省だ」

 控え室に戻ってきたベクターは、満足していないようだ。

 そして第三試合……つまり最後の試合は僕とボーラスの試合だ。僕がボーラスにKO勝ちで勝たないと、僕らエースリート学院は負ける。勝ち点を見ると、三対一で負けているからだ。

 僕は体育館の廊下で、アリサに体術(たいじゅつ)グローブ(指の部分がないグローブ。魔導体術の試合では、必ず着用する)をつけてもらった。アリサは僕のセコンドについてくれる。
 彼女はいつもの「おまじない」をグローブにかけてくれた。僕のグローブの拳の部分を、ぽんぽん、と叩く。

「レイジ、勝ち点のことは気にしないで」
「ええ?」

 僕は困惑した。団体戦の大将として、とてもプレッシャーを感じている。
 アリサはニコッと笑って、それでいて真剣に言った。

「勝ち負けは重要じゃないよ」

 アリサの言葉に、僕は驚いていた。
 アリサは僕の目を見て言った。

「レイジがボーラスと勇気を出して戦う。そのことが大事なんだよ」

 アリサは僕がボーラスにいじめられていたことを知っている。殴られ、ボーラスたちドルゼックの英雄メンバーから追放され、ドルゼック学院を退学になったことを知っている。

「レイジ、君がボーラスとの試合にチャレンジするの、ちゃんと見てるから。あたし、リング下で君の闘いぶり、見てるからさ……」

 アリサは言った。そうだったな。チャレンジすることが大事だった。

 ◇ ◇ ◇

 ついに試合時間がきた。

 僕はアリサと一緒に、歓声がわきおこっている試合場の花道を通った。
 僕は一層強くなる歓声の中、試合用リングに上がった。すでにボーラスはリング上で待っていた。
 相変わらずの巨体。威圧感がすごい。
 痩せている僕との体重差は、二倍弱くらいあるだろう。
 ボーラスは、ジェイニーとマークをセコンドにつけている。

「レイジ、お前、正気か? 本当にやる気なのかよ?」

 ボーラスはリング上の僕を見て、半ば呆れたように笑って言った。しかし僕は胸を張った。弱音は吐かない。少なくとも、リング上では……。

「そうだ、ボーラス、君と闘う気だ」
「お前、本当にバカな野郎だな。俺に歯向かうとはよ。おい、リングから逃げ出すなら今のうちだぜ」
「僕は逃げないぞ」
「この野郎……お前に、一体何があったんだ? 不思議でしょうがねえよ。まあ、人間はそう簡単に変わらねえ。弱い野郎は、一生弱いんだからな!」

 闘いの始まりを示すゴングが鳴った。

 ボーラスは笑いながら、近づいてくる。

「地獄へ行けや!」

 ボーラスはワンツー・パンチを放ってきた。速い! やはりボーラスはパンチの名手だ。僕は右手で二発を払った。
 続けてボーラスの右フック。
 彼は急所のこめかみを狙ってくる。僕は防御した。よし、問題はない。パンチは重いが……。

 ん?

 おかしいぞ。
 この痛み!

 腕がジンジン(しび)れる。試合には問題はない。僕はボーラスをじっと見た。
 へえ……なるほど、そういうことか。

 僕はボーラスをにらみつけた。
 ボーラスの体術(たいじゅつ)グローブの拳部分が、不自然に盛り上がっている。よく見ると、彼のグローブには、少量の粉がついている!

「まさかグローブに何か入れているのか? ボーラス」

 僕はピンときて言った。するとボーラスはグヒヒッ、と笑った。

「はあ? 知らねえよ。何言ってんだ? おめえは」

 まさか、これは魔石石膏(ませきせっこう)か? 彼はグローブの拳部分に、粉末状の魔石石膏(ませきせっこう)を水で溶き、流し込んでいる? 魔石石膏(ませきせっこう)は錬金術で生み出された物質。水で溶いた魔石石膏(ませきせっこう)は十分ですぐ固まるが、石のような硬さになる。

(まさか、そんな……。いや、ボーラスならやりかねない!)

 魔石石膏(ませきせっこう)入り体術グローブのインチキは昔、雑誌で読んだことがある。負けを恐れた魔導体術(まどうたいじゅつ)の達人が、公式試合の際に行ったインチキと同じ方法だ。
 もし、それをやっているなら、ボーラスの拳部分には、今現在、石が入っているのと同じことだ! しかし、証拠がない……。

「ボーラス、魔石石膏(ませきせっこう)か?」

 僕が思わず聞くと、ボーラスは何も言わず、ただ黙ってニヤニヤ笑って構えているだけだ。

 ん? リング下には、見覚えのあるドルゼック学院の下級生が二人いる。

「おらーっ! よそ見してんじゃねえーっ!」

 ボーラスは叫ぶ。そして彼は素早く、右ジャブ、左ジャブ、そして左ストレート。さすがにパンチは素早い!
 僕はそれを手で払う。

 くっ、僕の手の平が不自然にジンジン痛む。手の平でボーラスのパンチを受けたからだ。ボーラスの体術グローブが異様に硬い。間違いない、ボーラスはやっている!

(そうか! あの時!)

 ボーラスのヤツ、体育館ロビーで僕との試合が分かった時、ドルゼック学院の下級生に何か指示していたな。あの時、魔石石膏(ませきせっこう)を用意させていたのか。
 ボーラス、恐ろしいことを……君はとんでもないインチキをしでかした!

「ようし、分かったよ、ボーラス」

 僕はニヤリと笑ってつぶやいた。

「うっ……」

 ボーラスは焦ったようにうなった。少し危険を感じたのか、一歩後ずさる。彼は冷や汗をかいていた。彼は僕が、ドルゼック学院にいた時の僕ではないと、感じ始めているのだろう。

 僕はこの試合──必ず勝たなくてはならない! しかもKOでだ!