僕、レイジ・ターゼットはケビン・ザークに勝った。ケビンとの試合後の午後は、普通の学生らしく授業を受けた。エスリート学院の四年B組(エースリート学院は十二歳から入学できるので、十六歳のレイジは四年生)で授業を受け、休み時間にはクラスメートたちから質問攻めにあった。

「レイジ、どうしてそんなに強いんだ?」
「強さの秘密を教えてくれよ」

 でも、僕は何も答えることはできなかった。僕自身も、なぜケビンに勝てたのか、分からなかったからだ。学院長室に行く暇もなく、僕は疲れ切って、帰って寝た。

 ◇ ◇ ◇

 ケビンに勝った翌日の朝、エースリート学院の学長室に急いだ。
 僕は学長室をノックもせずに開けた。ルイーズ学院長は、相変わらず学院長室──に見せかけた自分の道場の真ん中で、あぐらをかいて瞑想(めいそう)している。

「学院長! 一体、あの『秘密の部屋』は何なんです? どうして僕は強くなったんですか?」

 僕は開口一番、学院長に詰め寄った。

「学院長なら、何か知っているんでしょう?」

 ルイーズ学院長は目を開け、言った。

「今、言えることは、あなたが『スキル』というものを手に入れたから、強くなった。それしか言うことができません」
「じゃあ、サーガ族って何なんですか? 僕の父はサーガ族だったのですか? それとも……」
「あなたはそれを知ると、闘いに集中できそうになさそうね。しかし、一つだけヒントをお話しましょう。サーガ族は、『東の果ての国』から来た民族です。あなたが黒髪で瞳が黒いのは、その血を受け継いでいるからでしょう」

「東の果ての国」か。その国は、正式名称がない。魔導体術(まどうたいじゅつ)発祥(はっしょう)の地であり、魔導体術(まどうたいじゅつ)の達人たちが住んでいる場所のはずだ。そして、魔導体術(まどうたいじゅつ)の本拠地があると聞く。でも、謎に包まれた国で、情報がまったく入ってこない。
 僕はひそかに、その地──「東の果ての国」にあこがれていた。僕の先祖が、「東の果ての国」の民族だって? にわかには信じられないが……。

「いつか、『東の果ての国』に行く機会があるかもしれません。しかし今は、『秘密の部屋』のことやサーガ族のことを考えている暇はないはずです。あなたは次々と闘うことになる」

 僕はギクリとして、あぐらをかいて座っている学院長から、一歩後退した。

「ぼ、僕が次々と闘う?」
「あなたの強さを見たら、誰だって、あなたと闘ってみたいという者が次々と現れれるでしょう。現に、次の挑戦者が、あなたを狙っているのではないですか?」
「じょ、冗談じゃない。僕は闘うことは苦手なんですよ」
「でもあなたは今、無料でエースリート学院に入学しているのよ。その代わり、私はあなたの闘いを見たい。闘ってくれるわね?」

 そ、そうだった。僕は無料でエースリート学院に入学している身だった。ルイーズ学院長はニヤリと笑う。こ、この人……意外と策士(さくし)だな。
 その時!

『こちらは放送部です。レイジ・ターゼット君、至急、試合場コロシアムの試合用リング上まで来てください。繰り返します、レイジ・ターゼット君……」

 ルイーズ学院長は首を傾げた。

「何かしら? あなたの試合? 私はまだ聞いてないけど」
「試合だなんて! 昨日やったばかりじゃないですか!」

 僕はあわてて叫んだ。

「面白そう!」

 ルイーズ学院長はうきうき顔で立ち上がった。

「あなたの試合が、また()れるのね。早く行きましょう」

 この人……楽しんでる! 僕はめまいを感じた。

 ◇ ◇ ◇

「きゃああああ~! レイジ君よ! ケビンを倒したレイジ君よ~!」
「かっこいい!」
「手を振ってぇ!」

 屋外試合場コロシアムまで行き、僕が花道を通ると、女の子たちの黄色い歓声がわきおこった。し、信じられない。女の子たちが僕に歓声を送ってくれているなんて?
「弱い」とか「キモい」とか罵声(ばせい)は浴びせられたことはあるけど。

 嬉しいけど、何だか恥ずかしい。もう観客席には生徒たちがいっぱいだ。満員だ……。まあ、この学院のランキング三位のケビンを倒してしまったのだから、評判になるのは仕方ない。
 さて、どうやら本当に、誰かと試合をすることになるらしい。憂鬱(ゆううつ)だ……。

「レイジ、待ってたわ! 大変よ」

 リングの外に立って待っていたアリサが声を上げた。

「あなたの今日の相手は、ベクター・ザイロスよ! エースリート学院、ランキング一位! 最強の相手よ」

 僕がリング上を見上げると、眼鏡をかけた、真面目そうな少年が立っていた。彼は、ロープに近づき、僕を上から見下ろした。
 耳が長い。動きが素早く、魔法打撃が得意なエルフ族だ! そういえば、ドルゼック学院のジェイニー・トリアもエルフ族だったな。あんまり思い出したくないけど。

「君が、レイジ・ターゼット君かい?」

 ベクターという少年は、眼鏡をクイッと()り上げた。

「信じられない。計算ではありえない」
「な、何がですか?」
「君のような小さい体格の者が、あの強者(つわもの)ケビンに勝つということが、だよ。僕の計算では、99%、ありえないね。さあ、着替えてきなよ。僕と勝負だ」

 くそ、やっぱり試合をしなきゃならないのか!
 僕は観客席後ろの簡易更衣室に入って着替えた。着替えて更衣室を出ると、アリサは果物──バナネの実を用意してくれていた。

「サラさんが、これを食べろって」

 僕はうなずいて、バナネの実を食べた。試合前にはバナネの実が一番だ。エネルギーの消費効率がもっとも良く、息切れしにくくなる。さすがサラ・ルイーズ学院長だ。そのことをよく知っている。
 食べ終わってから、アリサは僕の手に、体術(たいじゅつ)グローブ(指の部分がないグローブ。魔導体術(まどうたいじゅつ)試合では、ルール上、必ず着用する)をつけてくれた。そしてグローブの(こぶし)の部分を、ぽんぽんと叩き、顔を赤らめて言った。

「あのさー……。今日もあたしがセコンドやるから」
「え? ああ」
「あ、あたしは別に、君のセコンドをやってもいいかな、くらいに思っていたんだけど。サラさんが……学院長が頼んできたからさ」
「わ、わかった。ありがとう」

 僕がリングに上がり、ベクターの方を見た。ベクターは眼鏡を外した。眼鏡を受け取ったのは、ケビンだ。──ケビンは昨日とうってかわって、人の良いおじいちゃんのような顔になっている。ま、まさか、僕に負けたから、あんな顔になっちゃったのか!

「データを見るとね」

 ベクターは指を振り上げ、魔法の情報板を、空中に浮かび上がらせた。エルフ族は、不思議な魔法を使えるらしい。魔法の情報板には、こう書かれてあった。

『レイジ・ターゼット 
 身長156センチ 体重58キロ

 ベクター・ザイロス
 身長175センチ 体重69キロ』

「この数値を見てもね……。僕は魔導体術家(まどうたいじゅつか)としては中量級だが、君と比べると、あまりにも体格の違いがありすぎる。十キロ以上の体重差は、とてつもないハンデだ。よって、この試合、僕の勝ちはうごかない」
「で、でも、僕がケビンを倒したのは見たんだろう?」

 僕は思い切って言ってみた。彼はフフッと笑った。

「見たよ。だから変だ、と言っている。君がケビンに勝つことは、僕の計算では絶対にありえないことなんだ。体重と筋肉量から正確に算出しているから。レイジ君、何かトリックがあるなら、言ってほしいけどね」
「トリックなんてないぞ!」
「ま、父も君を叩きのめせ、と言っていたからなあ。そうさせてもらうよ」
「父?」
「僕の父親は、ドーソン・ルーゼント。君の叔父だよ」

 な、何だとっ! ま、まさか、そんな!