──メーシャが番長になり約半年の月日が経った。
 そしてそれが意味するのは、邪神軍の実験が終わり、今日がウロボロス追撃の日だということだ。もちろん、地球への被害は(まぬが)れないだろう。

 だが、今はこれから起こるであろう危機を微塵も感じさせないとても穏やかな昼下がり。いや、嵐の前の静けさか。


 メーシャは防波堤に座り、たこ焼きを頬張りながらスマホを見ていた。
 なんの変哲もないアミカからの雑談メッセージだ。

『さっき転びそうになったんだけど』

『マジ!? ケガしてない?』

 アミカのメッセージに少し急いで返事をする。

『山田さんがクッションになってくれたの』

 あれからアミカと山田たちは仲良くなり……正確には山田がアミカのふところの広さに惚れこんで一方的に親衛隊になったのだが、よく一緒にショッピングや勉強会、街の掃除などのボランティアまでする仲である。

『良かった……のかな? てか山田っちは大丈夫?』

『怪我はなかったよ』

『よき』

『ほんと! 山田さん護衛だからってそこまでしてくれなくていいのに』

『たしかに。手を出せば支えられるっしょ』

『それもそうだけど、そうじゃなくて!』

 そんなこんなでしばらくメッセージのやり取りをしていたが、話題が一段落したのかスマホをポケットに入れて、ふたたびたこ焼きを食べはじめた。

「む〜……いつの間にかたこ焼き冷めちゃってるし」

 春の暖かさがあるとはいえ、焼かれてからしばらく経てば冷めてしまうのも仕方ない。

「まー……美味しいからいっか! 3月なのに今日は暑いし、冷やしたこ焼きもアリってカンジかな」

 美味しいたこ焼きは冷めても美味しいし、むしろ新境地にたどり着くこともできるのだ。
 そうしてたこ焼きを食べ進めていくと、メーシャはとある異変に気が付いてしまう。

「む? これって…………!」

 ひと呼吸置き、メーシャはその事実が嘘ではないか慎重に確認する。しかし、何度確認してもそれは逃れようのない事実。つまり……。

「このたこ焼き、タコがふたつ入ってんじゃん!!」

 メーシャは喜びで思わず足をジタバタしてしまう。

「つまり今日はツイてるってこと!?」

 小さな喜びにも全力なメーシャであった。

「……ちゅふぁあ」

 メーシャの騒ぎ声に反応したのか、メーシャの横に置いていたケースの中から何やら小さな鳴き声が聞こえてきた。

「"ヒデヨシ"起こしちゃった? おはぴ」

 ケースの中にいたのは元実験用マウスのヒデヨシで、現在はいろは家の家族の一員だ。

 元々ヒデヨシは他のマウスと比べて賢く、人の言葉を少し理解している素振りが見られたのと、ある日ケースを自分で器用に開けて脱走。
以前からよく面倒を見てくれていたメーシャの所にやってきて、わざわざヒマワリの種を持って来てくれたのがキッカケで家族になることが決まったのだった。
 恩返しである。

「てかさ、パパもひどいよね。ヒデヨシにあやしい注射打つなんてさ」

 メーシャがケースからヒデヨシを出し、自分の手のひらの上に座らせる。

 ヒデヨシをこんな所まで連れてきた理由。
 終業式が終わり学校から帰ってくると、メーシャのパパはヒデヨシに黒い液体のようなものが入った注射を打っている所だった。

 ヒデヨシは家族になる時の約束で、"ヒデヨシを実験台にしない"、"ヒデヨシの嫌がることはしない"、"できるだけ一緒に過ごす"などを決めていたのだ。にもかかわらず、ヒデヨシに見たこともない液体のようなものが入った注射を打っているのだから、避難のために外に連れ出すのも無理はない。

 一応、近くの動物病院で診てもらったところ、背中に黒い五角形の模様が浮き出ているものの、命に別状はなくいたって健康そのものらしい。


「ちうちう」

 意味が分かっているのかいないのか判断がつかないが、ヒデヨシは肩をすかしているような動きをする。

「そう言えば、ヒデヨシに注射したやつのこと『スーパー』って言ってたけど、『スーパー』ってなんだし。せっかくなら『ハイパー』にしようよ」

「…………ちう?」

 今回は本当に意味がわからなかったようで、ヒデヨシはしばしフリーズした後首を傾げた。

「それにしても背中の黒い五角形のやつってなんだろね。昨日まではなかったよね?」

 ヒデヨシは近所にもメーシャの友だちにも評判の、純白の毛並みが美しいもちもちのネズちゃんなのだ。黒い模様が出てくれば誰もが一瞬で気付くだろう。

「決めた!帰ったらパパに事情を訊いて、ことと次第によってはごめんなさいさせるし!!」

 メーシャはヒデヨシを乗せているのとは逆の拳をギュッと握り締める。

「ち〜う〜!」

 ヒデヨシがメーシャに向かって拍手を送る。

「……てかさ」

 何か気付いたメーシャはじ〜っとヒデヨシを見つめる。

「今日のヒデヨシ……なんかものわかり良くない?」

 そう、ヒデヨシは今まで拍手なんてしたことがなかった。

「ち……ちう?!」

 メーシャのただならぬ雰囲気にヒデヨシが後ずさる。

「──っし! そういうことなら、じゃあ一発芸やってみよっ!」

 真剣な面持ちから一変。メーシャはニコニコ笑顔でヒデヨシをケースの上のケースの上に立たせ、血も涙もないムチャ振りをした。

「………………ちう!」

 しかし、それを理解したのかヒデヨシは覚悟したような面持ちで一言だけ声をあげた。そして……!

「ちう! ちうち! ちゅーちう!」

 メーシャがカメラを起動したのを確認するや否や、ヒデヨシはキレのある動きで次々にポーズを決めていく。

 片足立ちにダブルピース、逆立ちに、ノーハンド前転など、普通のハツカネズミでは想像できないような行動を次々やってのけたのだ。
 ただ、メーシャのムチャ振りはここで終わらない。


「なら今度は……()()()()()()()()()をヨロシクだし〜!」

「ちう〜〜〜!!?!?」

 ヒデヨシはあまりのリフジンに驚いて飛び上がってしまうが、メーシャは聞いておらず。

「あーし、最近刺激に飢えてんだよね〜♡ でも、これであーしもスーパ……いや、ハイパーセレブに!?」

 メーシャはきらびやかな想像で心がときめいてしまう。

「ちう……? ちうち…………。ちう?」

 ヒデヨシがメーシャのおめがねにかなうギャグを考えていると、少し離れた場所の砂浜で10人ほどの人だかりが何やら騒がしくしているのに気付いた。

「……ん? なんかあっちの方騒がしいね」

 メーシャも気付いたようだ。

「おもしろいことでもあんのかな? それなら、イクしかないっしょ!」

 ヒデヨシを肩に乗せ、メーシャは意気揚々と人だかりのある場所へと向かって行ったのだった。
世界の命運がかかった運命の歯車が動き出したとも知らずに……。
 メーシャたちのいる同じ海岸線の少し離れた浜辺に、10人ほどの人だかりができていた。

「なにこれ」「こわーい」「触手……?」

 その浜辺にうち上がっていたのは、軟体生物の黒い触手のようなものだった。ただし、海面から覗かせるだけでも10mは超える巨木のようなサイズである。
 そして、海に沈んでいる部位も合わせれば触手だけでも20をゆうに超え、ダイオウイカより大きいのは確かであり、加えて胴体もあるであろうことを考えると、この目の前の生物の体長は世界最大級のシロナガスクジラ並なのだ。

「でかすぎる……」「すご」「ここにいて大丈夫?」

 そう心配する声とは裏腹に誰が呼んだでもなく少しずつ人が集まっていき、あっという間に元の倍以上の人数になってしまう。

「──む〜……通してー。人が多すぎて前が見えない〜」

 そこに人だかりをかき分け進むメーシャの姿があった。

「ちう! ちううちちう……!」

 ヒデヨシはメーシャの頭の上に乗り、前がほとんど見えないメーシャのために行く道を教えている。

「……ん?」

 そして、しばらく苦戦しながらもなんとか進んでいくと、ようやく人だかりの切れ目が現れたが……。

「やっと抜けた──! って、おわ!? ちょっぶっふぉぁあああ!!?」

 勢いあまって飛び出してしまい、メーシャはそのまま頭から砂浜にスライディングしてしまったのだった。

「うぅ……砂の味」

 メーシャは起き上がったものの全身砂まみれでしょんぼり。しかし、目の前の光景はそのしょんぼりを一瞬で吹き飛ばしてしまう。

「って!! なんじゃぁこりゃあ〜!!!!?」

 触手をほぼゼロ距離で見たメーシャはあまりの大きさにビックリしてしまい、見上げながらそのまま後ろにひっくり返ってしまった。
 すぐそばで大騒ぎだったものの幸い触手は微動だにせず、もし掴まれたらひとたまりも無いだろう。

「ちゅいっち!」

 冷静なヒデヨシはメーシャヘッドから離脱して華麗に地面に着地。

「──海が。海が荒れていたんだよ」

 福耳の釣り人のおじさんが、メーシャがひっくり返っているのもおかまいなしに語り出す。

「そして──。そんな日は釣れるんだ……」

 おじさんは得意げにフッと笑い、帽子をクイっと直しながら言い放つ。

大物(ビッグフィッシュ)がさ!!!」

「うるさいわっ。──って、おっちゃんが釣ったの!?」

 ツッコミもそこそこに、おじさんが今回の立役者だと知ったメーシャは大盛り上がり。

「そういうことー」

 おじさんも嬉しそうに親指を立てサムズアップ。グッジョブなのは誰もが認める所だろう。

「……えっ! ちょっと待って?」

 メーシャは何かに気付き、手を口元にあてて目を見開く。

「じゃ、じゃあ……おっちゃんってば()()()()()()()()ってコト!? ウラヤマシイッ」

 イカの可能性も捨てきれないが、その時はゲソの唐揚げでもイカ飯でもイカ焼きでも、なんならイカのたこ焼き風でも問題ない。だが今は、シュレディンガーの触手の今だけはタコの可能性()に賭ける。

「いや食べないよこんな正体不明のタコ。お腹壊したらどうするの。無理に捕獲してケガしても嫌だし、もちろんこのまま海にかえしま……」

「──いっぽんだけ!!」

 メーシャは慌てておじさんの言葉をさえぎる。でっかい食べ物はロマン。ここを逃せば次はないかもしれないのだ。

「いらないなら1本だけちょうだい! ヤバそうならちゃんと『ぺっ』ってするからさ!」

 メーシャはヒデヨシが眉を(眉じたいは無いが)しかめるほどの熱意でおじさんに懇願する。

「まあ……そこまで言うなら譲っても良いけど。なにする……」

「──たこ焼き!!!!」

 メーシャの食欲はもう、()()が出来るほどお利口さんではなかった。『ぐぅ〜』と鳴るお腹がたこ焼きが食べたいのが真実であることを物語る。

「失敬! この後の()()()の事を考えるとつい……。で、ではタコ足は譲渡して頂けるということで異存ないですね?」

 少し頬を赤らめながらメーシャが顔をそらす。そして、照れ隠しなのか妙な敬語でおじさんにふたたび確認をした。

 ──トントンッ。

 1番大事なところで後ろから肩を叩かれるメーシャ。ここウヤムヤになってしまったら後悔するので、ひとまず無視を決め込もうとするが……。

 ──トントントントントントン……。

 あーまーりーにもしつこい!

「うぅ。ジャマすんな……」

 ガマンの限界なメーシャは内心泣きそうになりながら、ひとこと文句を言ってやろうと振りむくと……。

「──し?」

『ニュ〜ン』

 タコ足だった。
 さっきまで微動だにしなかったタコ足が、メーシャの肩を叩いていたのだ。
  だがそれだけに収まらず、タコ足は次にメーシャの腕にからみつき、

「あ〜〜れ〜〜〜〜!!?」

 番長の一本釣り。
 釣り上げられたマグロのごとく宙を舞うメーシャは、状況を処理できずにオペラ歌手も顔負けのビブラートを奏でるしかできない。

「おじょう、ちゃーん!!!」

「ちうちー!!!!」

 釣りのおっちゃんとヒデヨシが助けに入ろうとするが間に合わず。

「──はっ!? ぐぬぬぬ……!」

 絶体絶命に思われた状況だったが、メーシャはなんとか冷静さを取り戻す。そして──。

「うぅおりゃああ!!」

 触手を両手で掴んで体に引き寄せ、うまく体をねじりつつ勢いをつけて…………急降下!

 ──ザッボンッ!!

 大きな水飛沫を上げながら着水。
 番長の身体能力は伊達じゃないのだ。しかも、運の良いことに何とか足がつく深さで、これなら踏ん張りが効きそうだ。

「まけるかー!!」

 タコ足を肩に引っ掛けて両手で持ち、渾身の力を振り絞って引っ張る。

「がんばれー!!」「いけ番長!」「ちーう〜!!!!」「すげー!!」

 様子を見ていたギャラリーも、メーシャの勇姿に思わず熱い声援を送ってしまう。

「「「うおおおー!! がんばれー!! いけー!!!」」」

 ──最高潮だ。ここまでバイブスをガチアゲされればヒヨッコDJも駆け出しアイドルももちろん番長も、うちに秘めたるパッションが爆発して忘れられないパーリィナイトになるに相違ない。

「あ〜……うん。とりま謝っとく。ごめん……」

「……ちう?」

「だ〜〜〜〜め〜〜〜〜だった〜〜〜〜〜!!!」

 ひょいと持ち上がった身体はもう制御が効かず、メーシャは人生2度目の一本釣りをされてしまう。
 魚でも何度も一本釣りされることはないので、やはり番長は別格なのかもしれない。

「おじょうちゃ〜〜ん!!?」「ちちゅうちぃ〜〜〜!!?」

 大盛り上がりを期待したギャラリーもこの釣り展開には困惑の色を隠せないようだったが……諸行無常。

 ──ドボンっ!!

 ……奢れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。現実はそう甘くないのであった。
 メーシャは触手に足を掴まれて海に引きずり込まれていた。
 呼吸もできずどんどん暗くなる視界と、引っ張られて海水が体を撫でるような感覚だけで、もうどれだけ深くまで来たのか判断がつかない。時間感覚も無くなり、あれから何秒か、何十秒か、はたまた数分なのか…………。

『あ〜あ……。食べようと思ったのに、食べられる側にまわるなんて』

 なす術なく引っ張られることしかできないメーシャは、ぼんやりとそんな事を考えていた。

『こんな食べごたえあるヤツ(カイブツ)陸上でも厳しい戦いになるのに、相手のフィールドにまで連れて来られるなんてさ。……あーし、このまま負けちゃうのかな』

 走馬灯だろうか? 今までの思い出や経験が脳裏に浮かび上がってくる。
 初めての記憶はコスプレ好きのママの要望で、3歳くらいの頃家族3人でコスプレ家族写真を撮った時だ。
 ママが勇者で、パパは魔法使い、メーシャは僧侶だった。なぜ僧侶かと言うと、メイスが1番強そうだったから。
 次に思い出すのは初めてゲームをした小学生の時だ。
 アクションや魔法がド派手でカッコよく、ドラゴンや巨人、グリフォンにスライムと、見たこともない存在がその世界には息づいていた。
 瞬く間に心をワシ掴みにされたメーシャは、格闘技や武道などを習い始め、その合間に魔法の練習も欠かさなかった。もちろん、魔法が発動することは無かったが、元々才能があったのか努力が実を結んだのか、身体能力が爆上がりして今では隣町まで名声が轟くメーシャ番長ちゃんだ。
 他にもアミカと()()()()()のシュシュを買ったことや、山田さんの家のトイプードルと遊んだこと、パパママの研究所にお弁当を持って行ったらコールタールのようなコーヒーを出されたことを思い出した。

 だが、ゲーマーなメーシャが最後に思い出したのはやはりゲームのこと。しかし、活力や知恵を授けてくれるものだ。

『…………えっ! ちょっと待って? よくよく考えたら、この黒いタコってモンスターっぽくね?! そう、昨日ゲームしてた時にちょうどこんな感じの……そうそう。ブラッククラーケンみたいな名前の中ボスが出てきたんよ。なんかアガってきたな。……でも、ブラッククラーケンってザコだったんよね。ブーメランとか魔法で全体攻撃して触手を減らして、出てきた本体を総攻撃で2ターンキル。
 そう思うとなんだか今の状況にムカついてきたな。ヤレるか? ヤっちゃうか?!』

 心なしか息苦しさを感じなくなったメーシャは、みなぎる闘志に身をまかせ、深海だというにもかかわらず臨戦体制に入ったのだった。メーシャは数々のゲーム(冒険)を経て身についた戦闘狂みたいなフシがあるのだ。

『いくら番長でも海では無力なの? ────(いな)!!』

 足に巻きつく触手を両手でグイッと引き寄せる。

「むしろ返り討ちにしてくれるわ!!!」

 そして、弱肉強食をこのタコにわからせてやると言わんばかりに、豪快に目の前の触手にかぶり付いてやったのだ。

『いや、まっずい……』

 渋柿の渋いところだけを抽出したようなエグ味と、えも言えぬ酸味とその中に潜むケミカルな甘味。そして追い討ちをかけるのが、鼻にまとわりつくような汚れた泥の混じった磯のかおり。
 とうてい人間の食べられる代物じゃない。味に点数を付けるならマイナス100億点だ。

「なんか違うベクトルでムカついてきたな。食べ物のうらみ……なのかな? なんか覚醒しそうかも」

 怒りが限界突破して逆に冷静になったメーシャ。今ならものすっごい回し蹴り(ジャッジメントサイス)がだせそうだ。
 メーシャはどうやってこのタコをとっちめてやろうと考えていると、いきなり脳が振動するような感覚にみまわれる。

『──気に入った……! 望みを叶えてやろう』

 どこからとも無く響いてくる声。

「……この流れの『どこで気に入ったの!?』ってのは一旦置いとくとして。これが噂の()()()()()()()()()ってやつか!!」

 メーシャが『あっ、これゲームでよくあるやつ! めちゃ感動だし〜!』としばらく浮かれていると、声の主は痺れを切らしたのか、言い方を変えつつ大きめの声で再びメーシャに問いかけてきた。

『…………()()()が、欲しくねえか?』

 イライラこそして無いものの、声の主は『こんなはずじゃないんだけどなぁ』感が満載の雰囲気を漂わせている。

「その『チカラ』って今の状況からして、このタコをボコボコにできるようなやつ?」

『そうそうそうそう! ものわかりが良いじゃねーか! ……で、欲しいだろ? やっっぱ!』

 初めて現地の人と話が通じた旅行者のごとく嬉しがる声の主。もし犬なら尻尾を乱舞させているに違いない。

「でも、なんであーしなの? てか話し方めっちゃラフだな」

 こういうのは厳かなタイプか、欲望を隠さずめちゃくちゃ悪そうなタイプだと相場が決まっているが、どちらかと言うと……そう、どちらかと言うと声の主は悪そうなタイプになるんだろうか。

『喜べ()()()()()()()! お前は俺様のもつチカラに適性がある。半年前の番長戦をかぶりつきの特等席で見てたからまちがいない!!』

 そう、声の主はウロボロスである。
 ウロボロスは浜に打ち上げられた後、エネルギー体になって少し騒がしいとある建物にたどり着いた。そして、その建物というのが、山田たち不良生徒とメーシャが戦った学校なのだ。
 メーシャの無双っぷりを目の当たりにしたウロボロスは、映画のラスト5分のどんでん返しを見る視聴者のごとく釘付けになり、気付けば主役を撮るカメラマンの距離感でメーシャの活躍を見ていたのだった。

「あぁ……やめとくわ」

 そんなウロボロスのk熱意とはうらはらに、メーシャの答えは冷たかった。

『──なんで!? せっかくめちゃくちゃ良いタイミングで声かけたのに!』

 宿題をきっちりすれば遊園地に連れて行ってくれるという約束をしたのに、ギリギリになってお父さんに『ゴールデンウィークに仕事が入った』と言われた時の小学生のテンションだ。

「タコ足も頑張れば解けるっしょ」

 聞く耳を持たないメーシャにウロボロスは食い下がる。

『い〜やいやいやいや! ちょい考えてみ? ここ水深何mだと思ってんだよ。タコ足をどうにかした所で、水面に戻ってこれんのか!?』

 話しているあいだにもどんどん深く沈んでいっている。いくらメーシャと言えども戻るのは難しいだろう。

「チョウチンアンコウって持って帰って良いかな……? タコは美味しく無かったし」

 目の前を泳ぐチョウチンアンコウにメーシャは目を奪われてしまう。なかなかのオオモノだ。

『──お願い聞いて!?』

「……聞いてるってば! つまり、あんたのその()()()が無いと、水面に出る前に息が切れちゃうってことっしょ?」

 チョウチンアンコウを一度は捕まえたものの、手が滑ってしまいメーシャは惜しくも逃げられてしまう。

「……でもさ、教えてないのに名前知ってるし、勝手にプライベート見てるし、断りにくい状況での押し売りするし、そもそもチカラっていうのが何なのかも教えてくれないんだから、怪しすぎて警戒されるのは当たり前じゃん」

『あ……………………ごめんなさい。ごもっともです。……言われてみれば悪役っぽいな。というかストーカーか』

 ウロボロスは素直に反省した。
 己を顧みる余裕が無かったのは事実だが、メーシャに気持ちよく能力継承を行いたかったはずなのに、今はむしろ不快にさせてしまっている。

『じゃあ改めて自己紹介から。……良いか?』

 ウロボロスは気持ちを改め、メーシャに誠実な態度をとることにした。

「どうぞ」

『俺様はウロボロス。この世界とは違う、いわゆる異世界の龍神で、ヒトから()()()と呼ばれている』

「異世界!? イイね。そんで、ウロボロス……永遠とか無限とかの代名詞みたいに言われてる、尻尾をくわえてる龍だね」

『それで()()()なんだが、まず今メーシャが"呼吸できてる"のも、普通に"おしゃべりできてる"のも、"水圧の影響を受けてない"のもチカラの一部だ」

「ぁえ!? あ、そう言えばそうだね! 今ふつーに声だしてるもんね。それに、ここまで深かったら体ペチャンコになってるか。それはマジ感謝。あんがとね、デウス……だよね?」

 ウロボロスはこのままではメーシャが命を失いかねないと判断し、メーシャが触手を噛むちょっと前から能力で守っていたのだ

『ああ』

「あ、でもそれって戦いに関係あんの?」

 水圧から守り、呼吸ができるということは息や空気を操るのだろうか? しかし、それ自体があまり有効打になるとは思えない。

『……へへっ! 関係あるんだな〜こ・れ・が!!』

 ウロボロス、もといデウスは得意げにそう言った。チカラによほど自信があるのだろう。

「マジ!? えっと、呼吸でしょ? ……じゃあ、炎とか氷のブレス吐いたり? 空気っていうなら、真空波が出せたりすんの?!」

 メーシャは夢にまで見た特殊能力に、もうワクワクが止まらない。

『まっやろうと思えばそれもできるぜ! ──だが!!』

「だが!?」

『俺様の()()()はそんなしょぼいもんじゃねえ。聞いて驚け……?
 っていうか、今は能力が制限されてて一部しか発揮できねえんだが、それでもすごいのはすごいからガッカリしないでくれな。それと、今後上手くいけば能力を拡張したり強化したりできるからその点は……』

「──イイから早く、驚かせろし!!」

 デウスの言い訳を一刀両断。メーシャは今 ()()ができるほどお利口さんではないのだ。

『あ、すまん。じゃあ……こほん! 言うぞ?』

「おけ! 聞く準備はできてるよ」

 メーシャが息をのみ、デウスの言葉を聞き逃さないように集中する。
 そして少しの静寂の後、デウスは神妙な声色でこう言った。


『俺様のチカラは()()だ……!!!』
()()チカラ……」

 それがウロボロスの持つチカラだ。

『そうだ。しかも、ただ相手の物を奪うんじゃねえ。周囲の物質とかはもちろん、電気とか炎みたいな実体の無いものまで自分のものにできちまう。まあ、自分より強かったりスペック以上のものは難しいが、工夫したり強くなれば可能性は無限大! どうだ、興味出てきただろ?』

 つまり、お前のものも、お前のもの以外のものも俺のものにできるということだ。

「すご! あ、でも自分のものにした後はどうすんの? 手がいっぱいだと奪えないんじゃ……。それに、手から離れたら元に戻ったり、持てる分だけとか、時間制限とか……そう言う条件は?」

『なななんと! そういった制限は一切ございません! 俺様が独自に創造した異空間、通称アイテムボックスにほぼ無限に収納できますので奪いたい放題ですし、手元から離れてもマーキングはされていますので、念じれば瞬時に手元に引き寄せることも可能。
 そして、奪ったものが壊れたり消えたりすれば消費されるものの、時間は無制限かつ、アイテムボックスではその奪った瞬間の状態で保存されますので、取り出した時に劣化したり腐ったりという心配がないんです!!』

 デウスはなぜかテレビショッピングのような口調でメーシャに商品(能力)紹介をした。もしかすると地球に来て半年の間に、こういった番組を見ていたのかもしれない。

「うぉおおお!! ぶっ壊れユニークスキル的なやつじゃん!! それにアイテムボックス! ゲームとしては疑問に思いつつスルーしてたシステムだけど、神様とか高位の存在が創った世界をそのまま物置にしてるって、とんでも発言だし贅沢だけど納得できるかも!」

 メーシャのお気に召したようだ。

『まあ、他にもある程度身体能力も上がるが、基本的にはメーシャの戦い方次第で善戦も苦戦もする。クセは強いが、受け取ってくれるか? 一応、本当に嫌ならお前を助けて、離れた場所に避難させる余裕くらいはある』

 デウスは()()にそって日本津々浦々色んな神社やパワースポットを巡り、その地のエネルギーを吸収したり、八百万の神々に事情を話して頼み込んだりして、なんとかチカラを継承できるまでに回復したのだった。
 だが、メーシャが万が一断った場合を想定してあえて身体の回復はせず、他の候補者が見つかるまでの間、邪神軍からの攻撃から守るためにエネルギーをストックしていたのだ。

「何言ってんの! こんな面白い展開見逃せるワケないって! デウスがこの先何させたいかは知らないけどさ、多分悪いことじゃないんでしょ? そんならこの、いろはメーシャにまかせとけ!」

『良いのか!?』

「もちろん! 困った人を助けるのが番長の使命だかんね! それが地元でも、異世界でもさ」

 デウスの心配をよそにメーシャは快諾。
 その言葉を聞いたデウスはメーシャに全てを賭けることを決心した。

『っしゃあ!!! メーシャ、お前は俺様の見込んだ以上だぜ! じゃあ受け取ってくれ! そして、俺様に希望を見せてくれ!!』

 ──ドクンッ。

 メーシャの周囲が一瞬脈打つように振動した後、天から伸びた光が滝のように海に降り注ぐ。
 そしてその光は次第にまとまりを見せ、まるで輝く龍のような形の奔流(ほんりゅう)となり、暖かな光で周囲を照らしながらメーシャを包んで一体化した。


 * * * * *

 一方、地上では。
 助けを呼びに行った者、恐怖で逃げた者、あきて帰ってしまった者、己の無力を知り去った者、理由は様々だが、この浜辺でメーシャを待っているのはヒデヨシと釣り人のおじさんだけだった。

「なかなか上がってこないけどお嬢ちゃん大丈夫かなぁ……? なんかパワーを感じる子だったし戻ってくるとは思うけど」

 そうおじさんが海を眺めながらつぶやくと、頭の上に乗っているヒデヨシが『ちうちう』と返す。
 いつの間に仲良くなったのだろうか?
 メーシャがタコに連れ去られ、誰か来るまで、もしくはメーシャが帰ってくるまで帰ることもできず、とは言え今何かできるわけでもないので、おじさんは海を眺めることしかできないのだ。

「ちう……!?」

 そうこうしていると、ヒデヨシが何かに気付きヒョイっと砂浜に降りた。

「こ、これは……!!」

 先程までさざなみ位しかたっていなかった海からボコボコと泡が浮き上がり、おもむろに眩い光が昇ってくる。
 その刹那。

 ──グォオオオオオオ!!!

 海水を巻き込みながら、巨大な龍が轟く雄叫びをあげその姿を現した。

「龍……なのか!?」

 よく見るとその龍は水以外の実体はなく、目視できるほどの高濃度のオーラでできているようだ。
 しかも先ほどのタコの推定体長をゆうに超えるサイズであり、それがこの地球で姿を見せているのだからその()()()は言うまでもない。

「もしかして、こっちに来る!?」

 龍がこちらを見ていることに気付いたおじさんは、とっさに離れようとするが時すでに遅し。

「はやく逃げ──」

 ──ズドドドドドドンッ!!!

 龍はダイナミックにうねりながら、おじさんのすぐ隣に砂をこれでもかというくらいぶっ飛ばしつつ頭から着地。

「──ただいまっ」

 そして龍の形が霧散。その中から出てきたのは、緑のオーラをまとわせてギュインギュインと音を鳴らしているメーシャだった。

「──力がみなぎる……。これが必殺技ゲージがマックスになった時の感覚か……。なんかめーっちゃ走り出したい気分」

 メーシャがキリッとした顔でつぶやく。
 遊園地に着いた瞬間ちびっ子がテンションマックスで走り出すようなエネルギッシュさだ。

「おじょうちゃん! 帰ってこれたんだね! 怪我はないかい?」

「ちっちうちぃ!」

 おじさんとヒデヨシがメーシャにねぎらいの言葉をかける。

「無事だよ〜! てか、むしろ元気がありすぎるってカンジ! …………まあ、それはそれとして、ふたりともなんで体が半分地面に埋まってんの?」

「「………………………………」」

 メーシャ龍のダイナミック着地に巻き込まれたものの、ふたりは無事だった。ただ、ぶっ飛ばされた砂をもろに浴びてしまい、あっという間に半分生き埋め状態になってしまっていたのだ。

「?」
 メーシャが首をかしげる。

「……ちうっ!?」

 メーシャが本気で分かっていないと察したヒデヨシは、勢いよく砂から抜け出してメーシャに詰め寄った。

「ちちうちゅうち、ちぅちちゅぉちうつちう!!」

「ごめんごめん!! あーしが砂を巻き上げちゃってたの完全に忘れてたし〜!」

 まるで新しいゲームを買ってもらった小学生が宿題を忘れてしまうみたいに、メーシャは自分の行いを忘れちゃっていたようだ。

「……それにしてもヒデヨシさ、めちゃ賢くなったよね。昨日までは難しいこととかよく分かってない顔してたのに。パパの注射の効果かな? そのうち言葉も話せちゃいそうだもん」

「ちうち……?」

 ヒデヨシはメーシャに指摘され初めて自覚した。自身の知能がだんだん上がってきていることに。今は人の言葉を話せる気はしないが、メーシャの言う通りいつか話せたりするのだろうか?

「あ〜……ごめん。おしゃべりの練習する時間はなさそ」

 メーシャは海を見て一瞥(いちべつ)し、今までの気の抜けた表情から一変。まさに()()と言わんばかりの頼もしさと神妙さを兼ね備えた顔つきになる。臨戦体制に入ったということだろう。

 それもそのはず。メーシャの目線の先には額に禍々しい赤の宝石をつけた黒く大きなタコの姿があったのだから。
 禍々しい炎のようにゆらめくオーラを周囲に放ちながら、黒いタコが徐々にメーシャたちのいる浜に近付いていた。
 動きこそ緩慢だが、確実にこちらを捉えている刺すような殺気と、どんどん目の当たりになるその巨体は、呼吸するのも難しい圧迫感を与えてくる。

『邪神の手下だ……。メーシャ、チカラの使い方は理解しているな?』

 メーシャが地上に戻るまでの間にチカラの使い方はもちろんのこと、デウスは邪神が世界征服を企んでいること、自分が邪神に負けたこと、身体を構成する核やチカラの源となる宝珠を奪われたこと、そしてゆくゆくはこの地球も侵略するつもりだということをつたえていた。

「そだ! ちょうど良いしここでちょっと試してみるか」

 メーシャはそう言うと全身に意識を集中し、心臓から全体にエネルギーが広がるように意識する。そして、身体をおおう膜を突き破るようにエネルギーを体外に押し出すと、身体全体から蒸気が噴出するように深緑のオーラが放たれた。

「んで、このオーラを目に集中して……ロックオンでしょ?」

 急ぎつつも工程を丁寧に確認していく。

「え……! もしかして今何かされてる!?」

 違和感に気が付いたおじさんが砂の中で慌てている。

「あっ……やば! おっちゃんまでロックオンしちゃダメじゃん」

 メーシャの視界では、おじさんと周囲の砂を立体ホログラムで覆うように対象選択(当たり判定)が視覚化されていた。

「だいじょぶだいじょぶ! 心配しなくてもうまくやるから」

 メーシャは慌てるでもなくマイペースにおじさんにかかっていた判定を外し、次にオーラで大きな手を作り自分の腕にまとわせて動きをリンクさせる。

「準備完了からの………………()()()()!!!」

 大きく振りかぶってオーラの手をおじさんの方へとぶつけるメーシャ。

「す、すごい!」

 すると、おじさんの周囲の砂がその場から瞬時に()()()()、できあがった大きなくぼみの中心に開放されたおじさんが姿を現した。
 もちろんおじさんは無傷である。

「おお、イイカンジじゃん! ……それに、アイテムボックスだっけ? その中に砂があるのが感覚で分かる」

『だろ! 俺様が数百年かけてアップデートしていったからな。必要なものはアイテムボックス内にあれば頭に浮かぶようになるし、欲しいものがありゃ瞬時に種類と数を選択して出せるように設定しておいたんだよ! ああ、違いを分かってくれるか。くぅ〜、やっぱメーシャで良かったぜ』

 デウスは自身のアイテムボックス(作品)が褒められて唸るように喜んでしまう。めちゃくちゃ自信作のようだ。

『ああ、〜異空間⦅アイテムボックス⦆ができるまで〜 を詳しく語りたい! でも…………メーシャ、()()が到着したようだ』

 タコが上陸していた。
 空気全体が感電しているような緊張感が走る。並の人間なら微動だにできないだろうが、チカラを手に入れたメーシャにとっては程よい刺激でむしろ身体が軽やかになる。

「ちうっち!」

「あ、そうだね。おじさんたちも避難しておこう!」

 ヒデヨシとおじさんがメーシャの邪魔にならないよう急いでこの場から離れていく。
 もしかするとこのふたりも大物なのかもしれない。

「おわっと!」

 刹那。音速を超えたスピードで伸ばされたタコ足がメーシャの頭部を狙う。

『メーシャ大丈夫か!?』

「番長をなめんな!」

 しかし、メーシャは最低限の移動をして髪の毛一本分の距離で回避。そして一瞬の内に片手にオーラの手をまとわせてタコ足が伸び切る前に掴みとる。

「そんな離れたところにいないでさ、もっと近付いて戦おうぜ!!」

 メーシャがタコ足を掴み引っ張りながら飛び上がると、その勢いとパワーでタコのズッシリとした巨体が浮かび上がる。

「うぉおおおりゃあああ!!!」

 タコが空中でもがくのもお構いなしに、メーシャが力いっぱいに放り投げる。

 ──ドゴ!!!!

 タコ足が途中でもげる程の威力の投擲は、タコがなす術なく防波堤に激突するのをゆるし、ぶち当たった防波堤もその衝撃で轟音と共に砕け散らせてしまった。

「──そういえば、あんたら世界征服をするつもりなんだって?」

メーシャはふわりと地上に降りネクタイを外す。
 握られたネクタイは緑色の粒子となり姿を消した。アイテムボックスへと送られたようだ。

「──でも残念。邪神だかなんだか知らないけど…………番長(あーし)がこの戦うチカラを手に入れた今、その野望は永遠に叶うことはなくなったよ!!」

 メーシャは世界の危機をデウスから聞いた時は、家族や友達に色んな知らない人が危険にさらされるなんて放って置けないと言う気持ちと、異世界に()()()()()()のと半々くらいだった。
 だが、反撃を喰らい臨戦体制に入った邪神の手先が放つ邪気を見れば話も変わってくる。木々は生気を失っていき、砂も地面も近くの少し離れた海すらも毒々しく黒ずんでいくのだ。
 これを放っておけば地球は滅びる。人はもちろん他の生き物も生きていけない。
 物質が、細胞が、恐怖でその場に留まることが耐えられない。禍々しく害のある存在。
 それが、世界征服をたくらんでいる。それが、メーシャがこれから相手にする相手。

「ふんっ。そんな睨みつけてきても、あっさりタコ足一本無くしちゃったヤツまったく怖くないもんね〜」

 軽い口調なメーシャだが、決して油断しているわけではない。注意を自分に向けて周囲への被害を最小限にするための作戦だ。

 ──ギロッ。

 作戦はひとまず成功。タコはメーシャを完全に標的とみなしたようだ。
 邪神の手下のタコは先ほどメーシャに投げられた時、タコ足が一本ちぎれて無くなっていた。
 しかし、周囲にちぎれてしまった足の先は見当たらない。しかもなくなった原因である相手が挑発してくるのだ。プライドの高いタコは、もう正面から全力で叩き潰さねば気が済まない。

「──まあ、そのタコ足って実はあーしが持ってんだけどね!」

 メーシャが手のひらを広げると淡く光を放つ()()が浮かび上がる。
 その円陣は星、翼、王冠、そして尾を()む龍の形を浮かび上がらせて()()()()()()()()()へとなった。

 次にメーシャが魔法陣に手をかざすと、中からちぎれて無くなったはずのタコ足が、メーシャのものへと変わってしまったタコ足が、元々の主であるはずのタコを裏切ったタコ足が姿を見せる。

 激怒。

 タコの額にある赤い宝石がドス黒い赤の邪気を吐き出し、同時にタコ自体の体にも同じ色の幾何学模様が浮かび上がる。
 冷静さを失っていた。いや、手放したのだ。
 タコは邪神やサブラーキャの(めい)でウロボロスを滅さなければならないが、もう後のことを考える気にはなれなかった。ここまで己を侮辱するものを放っておけるはずがない。全力をだして力が尽きようとも目の前の相手を消し去らなければならない。
 今この戦いに全てをかけるつもりだ。

 周囲に放たれた邪気は木々や防波堤、電柱に柵、全てを飲み込んで塵へと変えてしまう。

「──くっ! 気迫みたいなのだけで威力高すぎでしょ!!」

 メーシャはオーラで自分をおおって結界を作るが、あまりの威力にすぐにひび割れてしまった。完全に割れてしまうのも時間の問題だ。

「まあ……負けないけどね!!」

 メーシャは邪気の波が来る一瞬の隙に移動、波動の隙間を縫いながら距離を詰めた。
 そして、自分のタコ足にオーラを集中させて、タコの頭に思い切り打ちつける。

 ──キィイイイイイイン。

 タコが咄嗟に出した邪気の盾が攻撃を寸前のところで防いでしまう。
 タコも負けじと攻撃に移るべく、頭の横の隙間から銃身のような漏斗を出し、邪気を瞬時に充填してメーシャに狙いをつけた。

「──ガードだ!」

 撃たれる直前にメーシャはふたたび結界を張って身を守る。

 ──ギュイイイイインン!!!!

 銃身から赤黒いレーザービームが射出され、メーシャの結界をあっという間に粉砕。だが、タコの攻撃はここで終わらず、次に同じ銃身からタコ炭と邪気でつくられた高濃度の砲弾をマシンガンのごとく連射。

「ちょっ、これって煙幕か!?」

 タコ足で攻撃は防げたものの、着弾した砲弾は黒い霧のように視界を奪ってしまう。

「見えなくしてガードできてない時に攻撃する気か! って、ボロボロじゃん」

 メーシャは風で吹き飛ばすべくタコ足を振ろうとするも、砲弾を受けたせいか粉々に崩れてしまう。

「しゃーない。……じゃあ全部奪ったげるし!!」

 魔法陣を前方に展開。視界を奪っていたタコ炭の霧が、メーシャの出した魔法陣にどんどん吸い込まれていく。

「っし!」

 全ての霧を吸い取って視界が完全に開ける。が、その一瞬の隙をタコは見逃さなかった。
 銃身に今までにない量の邪気を充填して、メーシャに目掛けてロケット弾型の邪気を撃ち込んでしまう。

 ────爆発。赤い衝撃波が刃のように空気を薙いで広がっていく。焼けこげた塵がパラパラと降り落ちていく。
 手応えはあった。当たったのも確認した。もちろん結界が出ていないのもだ。
 ……確信。タコは勝利を確信しウロボロス討伐(本来の責務)に戻るべく、周囲に電波を放ってウロボロスの反応を探す。

『メーシャ……? メーシャ!? 嘘だろ…………チカラが足りなかったのか?』

 デウスもメーシャの反応を失い絶望してしまう。大丈夫だと確信したはずなのに、それはただの慢心だったのか? そう思うとデウスは気力を失い、もう何も考えられなく………………なろうとしたその時!

「────!!!??」

 ()()()()を感知しタコは慌てて振り返る。あり得ない。敵の反応は消えたはずだ。確実に仕留めたはずだ。確信していたのだ。しかし──。

「──隙あり」

 声と同時に足が半分消え去る。だが姿は捉えた。そして、なぜその反応が消えたのかも理解した。

「あんたの攻撃はもう読めた。ここから全て、あーしのターンだからね……!」

 緑色のオーラが黄金へと変わり、太陽のごとく神々しく空中で輝くメーシャの姿がそこにあった。
 そう、メーシャ自身が消えたのではなく、オーラが進化して別次元の反応へと変わったのである。
「あんたの攻撃はもう読めた。ここから全て、あーしのターンだからね……!」

 タコの攻撃を受けて一時はやられてしまったかと思われたメーシャだったが、黄金に輝くオーラを放ち無傷の状態で姿を現した。

『メーシャ生きてたのか!? 怪我もないみたいだしマジで良かったぜ……』

 デウスがメーシャの姿を見て安堵の声を漏らす。が、すぐに違和感を覚えて考える。

『……ん? 俺様こんなチカラを渡した覚えはないぞ。この地の守護者の皆さんから貰ったのも、エネルギーだけで特殊能力はもらってないし。龍脈のチカラと俺様のチカラが共鳴した……とか? それとも相性が俺様の想定以上だったのか、もしくは別の誰かが干渉してる可能性も……』

 色々可能性はあるものの答えは出てこない。少し引っかかる気もするが、見たところ悪意のようなものは感じられないし、メーシャへの害も見たところ一切ない。
 干渉されているとして、誰かの思惑はあるにせよ今この瞬間は協力関係にあるはずだ。もし何かあるのだとしても、最悪自身でなんとかすれば良い。少なくとも今はメーシャを怪我なくこの戦いを終わらせて、世界を救うためにも異世界(フィオール)へ送ることが最優先だ。
 デウスはそう結論を出し、ひとまずは様子見しつつメーシャを応援することにした。

『メーシャ、頑張ってくれ。俺様はお前が勝つと信じてるぞ……!』

「あんがとね、デウス。どーやら時間制限ってか、この金ピカなチカラは一時的っぽいけど、多分勝つまでは切れないと思う。まあ、まず負けることはないよ」

 メーシャはゆったりと地面に降りる。その姿は『降臨』という2文字が相応しかった。
 つまり、なぜかメーシャは一時的に龍神(ウロボロス)と近しい領域にまで達しているのだろう。

「…………」

 タコは己を照らす光に嫌悪しながらも、下手に動けば一瞬で負けることを察し、静かにメーシャの出方を伺うことしかできないでいた。

「初めはタコ足目当てだった……」

 メーシャが着陸すると浜の砂があまりの温度に一瞬で赤熱して融解する。今のメーシャがまとう光の温度は少なくとも数千℃以上。
 どんどん沈み込まないのはメーシャが足を少し浮かせて飛んでいるからだろう。

「そう、たんなる偶然。でも、地球を侵略するって知ったら放って置けないよね。異世界だってそう。これからあーしにとって大切な仲間や友達になるかもしれないヒトが住んでんの。だから、今ここで世界征服を辞める気がないなら、あんたも邪神もその他の手下もみんな…………このいろはメーシャが許さない!!」

 メーシャの背中から黄金の魔法陣が顕現する。
 先ほどまでの魔法陣ではない。それに加えて対である月と三叉矛と蓮が描かれた魔法陣、そしてそのふたつを囲んで世界樹のような紋様になった大きなひとつの魔法陣へと変化していた。

「っ…………!!」

 あまりの気迫に思わず痺れを切らしてしまったタコが乱雑に足で薙ぎ払う。

「当たらないよ」

 だがメーシャに攻撃は届かず、しかもいつの間にか背後に移動していた。
 そしてゆったりとした所作でメーシャは片手をかざし、

「ふん……!」

 先ほどタコが使っていたスミの砲弾を連射する。しかし、その威力も速さも格が違う。

「──!?!?」

 とっさに結界を張るものの砲弾は容易に貫通してしまい、全弾をもろに受けてしまったタコは身体がボロボロに。
 次にメーシャはタコ足を魔法陣から呼び出しつつオーラの弾を生成。タコ足で弾を思い切りはじいてタコに容赦ない一撃をおみまいする。

「────!!」

 弾を受けたタコは高速で吹き飛ばされてしまうが、メーシャはまたも一瞬の内に背後へと回って思い切り蹴り上げてしまう。

 ──ギロリ。

 上空へ打ち上げられて一瞬攻撃が止まった隙にタコは残りの足を四方に展開し、メーシャを捕まえるべくドーム状の強い結界を作り出した。

「おっと」

 ドームの内側にメーシャが閉じ込められたのを見たタコは急いで着陸し、正真正銘自身の持てるチカラ全てを銃身に込めて最後の攻撃へ移る。

「無駄だよ。言ったでしょ、()()()()()()()()()だって」

 メーシャはドーム状の結界をシャボン玉でも割るように軽々と破壊してしまう。

「────……!」

 邪気の充填完了まであと少しかかる。

「大丈夫、()()()()さ。撃ってきなよ。あーしは正面から受けて立つから」

 メーシャはタコの攻撃準備の邪魔をせず、その場で息を整え、片足を後ろに下げて回し蹴りの準備を始めた。

 タコはメーシャの行動に対し怒りに震えながらも、グッと堪えて最大出力になるよう努める。
 そしていくらかの時間が経ち…………()()()が来た。

「──っ!!!!!」

 射出されるレーザーはこれまでの比ではない威力であった。そしてとどまるところを知らず、瞬く間に宇宙空間まで達するほどの速度もあった。まさに必殺の攻撃といったところだろう。
 当たれば生物も無機物も滅び、塵となって消え失せる。空気は毒を持って瘴気となり、大地は命を奪う死神のような存在となるに違いない。

 刹那、レーザーがメーシャに直撃し、スペック通りそのまま宇宙空間まで突き抜ける。が、何かがおかしい。

「あんたの全力を打ち破る……!」

 メーシャには通じていなかった。なぜなら、黄金のオーラが邪気を浄化して生命力に変換していたのだ。
 生命力に変えられたレーザーは輝く粒子となり、その全てがメーシャのチカラになっていく。

「覚悟しろ! ────ジャッジメントサイスッ!!!!!」

 至高のエネルギーをまとったその回し蹴りは、未だ向かいくるレーザーを切り裂いて邪神の手下に裁きを下した。

「──っ!?」

 タコは己の体が崩壊していくのを悟る。完全なる敗北。
 邪神に植え付けられた邪気が全て生命力へと変換され、ジャッジメントサイスの天まで届くその大爆発とともに周囲に広がっていく。

「あ、ちょっ!? やりすぎた?!」

 攻撃を放ったメーシャですら驚く余波の爆発は周囲数キロに渡るほど。

『──ったく、せっかちだな。落ち着いてみてみろ……』

 デウスが穏やかな声でメーシャをさとした。

「えっ……?」

 光がゆるやかに落ち着いていき、ふたたび世界がその姿を見せた。
 いつの間にかメーシャがまとっていた黄金のオーラも消えている。

「元に戻ってる……? きれいに戻ってるよデウス!!?」

 メーシャが破壊しちゃった防波堤も、タコが邪気で焼き尽くした木々や塵となった電柱なども全てがきれいに元通りになっていた。

『お前のチカラだ。……最後の一撃で放たれた生命力が、戦いによって傷つけられたこの場所を修復したんだ』

「そっか。……そっか! あ、でも生き物は? 流石に生き返らせたりとかは……」

『ふんっ、心配すんな。俺様が人間はもちろん小さな生物も一時的に避難させておいたからみんな無事だぜ』

 デウスは継承の時に使わず残しておいたエネルギーを使い、生物たちをアイテムボックスの予備空間に転送させていたのだった。

「じゃあ……!」

 メーシャは目を輝かせる。

『完全勝利だ!!!』

「やったー!!!!!」

 柔らかな優しい風がメーシャを包んだ。
 メーシャは邪神の手下を圧倒的なチカラで倒すことができた。
 その相手は邪神軍の幹部サブラーキャがこの地球で()()()()を変異させて作った傑作であり、新しい幹部候補であり、この地球侵略とウロボロス討伐のリーダーを務めるはずであった。

 ゆえに、タコ撃破により邪神軍の作戦は()()()失敗。邪神軍は一時どよめいてしまう。
 だが、それを予見していた邪神ゴッパが対メーシャ(新勢力)に向け着々と準備を進めていたのもあり、地球侵攻作戦が大幅に遅れがでたものの、兵士増強は順調で異世界(フィオール)侵攻への準備も完了間近、メーシャが持つウロボロスのチカラのデータも回収。それに伴い新たな作戦も開始する運びとなったのだった。

「──ただ、あの黄金のチカラが腑に落ちぬ。ウロボロスの動向は把握していた……。あの地でかようなチカラを手に入れた様子は無かったが、他にも協力者がいたのか? それとも、あのいろはメーシャ(龍の勇者)が元々持っていたのか? くくく…………まあいい、いくらでも相手してやろうではないか。時間はいくらでもあるのだから…………」

 ゴッパは揺るぎない勝利をおもい仮面の下で静かに笑うのだった。



 * * * * *


「──じゃあ、あの釣りのおっちゃんは帰っちゃったんだね?」

「ちうちう」

 釣り人のおじさんと一緒に遠くに避難していたヒデヨシは、戦いが終わってからメーシャの元へひとりで戻ってきた。しかし、おじさんはメーシャが元気そうなのを遠目で確認した後ヒデヨシと別れて帰ってしまったようだ。

「メイワクかけちゃったから、ごめんなさいとありがとうをしときたかったんだけどな」

『知り合いじゃねんだろ? 近くにはもう反応も無いし、手がかりも無いし、また偶然出会えるまではおあずけだな……』

 デウスはメーシャにチカラを継承したり、先の戦いで動物や人間を避難させるために転送したりしてエネルギーのほとんどを消費していた。なので本調子とはいかないが、ひとりぶんの反応を探すくらいなら半径数kmくらいの探知を使えるのだ。
 それでも見当たらないということは、おじさんは比較的早い段階で車か交通機関を使って帰ってしまったのだろう。

「うん、そうしよっか。これから異世界だし」

 そう、メーシャはこれから異世界で暴れている邪神軍を倒しに冒険に出なければならない。

「ちううっち、ちゅーちゅう」

『ああ、それもそうか。じゃあ一旦メーシャの家に転移ゲートをつなぐか』

 デウスはヒデヨシの言葉がわかるようだ。
 ちなみに転移ゲートとは、現在地と違う場所をつなぐ魔法で作ったワームホールのようなものだ。

「あっ忘れてた。確かにしばらくお家から離れるならお泊まりセットとか、水とか非常食的なのとかも必要だし、パパとママにも挨拶しとかないとだね」

 チカラのおかげなのか、メーシャも理解しているみたいだ。

『っし、ゲート開いたぞ〜』

 うずを巻いた先の見えない穴のようなものを、デウスはさらっとメーシャの近くの空間に出現させる。これがゲートだ。

「じゃあ、お家までしゅっぱー……」

「──ま、待ってくださ〜ぃ!」

 メーシャがゲートに飛び込もうとした瞬間、少し離れたところから女の子が呼び止めてきた。

「ちう?」

 メーシャと同じ学校の生徒のようで、よく見るとその手には見慣れた()()()が抱えられていた。

「……あ、ヒデヨシのケース置きっぱなしだったみたい」

 その女の子は忘れ物を持ってきてくれたようだ。

「……ぜぇ……はぁ……ぜえ……こ、これ。……あっちの方に……置かれてて、もし……あっ! 憶えてたんならごめんなさいっ!」

 女の子は緊張しているのか全力疾走して疲れているのか、言葉に詰まりながらもなんとか事情を説明しようとする。

「でも、いせか…………あっえっと、どこか! どこかに行くって聞こえたので、番長さんが万が一忘れてたら……と思って」

 言葉を濁したが、メーシャが異世界に行くことが聞こえていたようだ。まあ、メーシャの声は大きいし実はデウスの声も周囲にダダ漏れなので聞こえていても仕方ないのだが。

「あんがとー! えっと、隣のクラスの(いつき)ちゃんだっけ? 持ってきてくれなかったら確実に忘れて無くしちゃうとこだったよ。マジ助かったし〜」

 メーシャが樹からケースを受け取ると、流れるように魔法陣を出現させてアイテムボックスを収納してしまう。そもそも隠す気がないのかもしれない。

「あっはい。日陽(ひなた)樹です。気付けて良かった……です」


 樹ははにかみながら頬をかいた。メーシャにお礼を言われて嬉しくなってしまったようだ。
 余談だが、樹はスポーツは苦手で黒髪のボブで太ブチ眼鏡をかけた物静かなタイプで、活発なタイプなメーシャとの間に特別関係は無く今までも学校行事やすれ違った時に何度か話した程度。

 ただ、メーシャはトラブルに首を……もとい、困ってる人を放って置けないので学校内外問わず頼りにされていたり、体育大会で一年生なのに上級生をさしおいて無双していたり、不良学校にひとりで()()()()に行ったりと、学内で知らない人はいないレベルの有名人。
 なので、樹もそうだがメーシャに憧れる生徒も少なく無いのだ。


「まあ、そういうわけだからそろそろ行くねっ。たぶん大丈夫だけど、樹ちゃんも気をつけて帰るんだよ」

 メーシャはそう言うと、ヒデヨシを肩に乗せて何のためらいもなくゲートに飛び込んだ。

『メーシャってば何かと順応するの早くね? 転移魔法とか初めてじゃ無かったりする?』

「うん。空を飛んで転移とか、魔法陣と魔法陣の移動とか、明かりを灯してそこに移動とか、何万回とやってきたからね。慣れたもんよ!」

『やっべー! メーシャぱねえよ!!』

 デウスは割と本気で訊いていたのだが、もちろんメーシャが言うところの転移はゲームでのことである。

「……ありがとうございます。えと、番長さんもお気をつけて……!」

 徐々に姿が見えなくなっていくメーシャに手を振って見送った。
 
「魔法って本当にあるんだ……。異世界とか転移とか言ってたし、謎の声も聞こえてきたし……。なんならさっきも、人間離れした戦いもしてたもんね」

 樹は抑えきれない高揚感に包まれながら、ポケットの中から『ぜったい見るな』と書かれている小さなノートを取り出す。

「パンダもゴリラも初めは未確認動物(UMA)だったし、地球も平たいと思われてた……。空気の流れを利用して鉄の塊を飛ばせるようになったし、幽霊だって電気信号を内包したプラズマ体だって説を聞いたことあるし、人工太陽を作るのも理論上不可能ではないというところまできてるらしいし」

 樹がノートを開くとそこには可愛らしいタッチの2頭身のキャラと色々な魔法のイラストが描かれている。

「人間が想像できることは人間が必ず実現できる。じゃあ、魔法だって理論が確立できれば……!!」

 樹は小さい頃魔法に憧れていた。いや、今までも心にしまっていただけで、1日だって忘れずに魔法を使うことをずっと夢に見ていた。だから、樹はこの日のことを絶対に忘れないだろう。
 高揚感も熱意も、目に焼き付けた光景も全て。

「ふふっ。家に帰ってまずは歴史書から洗っていこうかな!」

 樹はノートを胸に抱きしめ、ルンルンで家に帰っていくのだった。
 とある都市の86階建ビルの最上階。それがメーシャの住む家である。このビルに住むのは国の有事に特殊な研究を行う研究者たちであり、政府公認の最高セキュリティを有し、地下から研究所へ続くリニアまで通っているやべー所だ。
建てられて以来一度も侵入者をゆるしていないのはもちろん、スパイもお手上げで、居住者や選ばれた客人以外近づくことすら不可能なほど。

 そして、メーシャは(うれい)なく異世界に行くため、両親への事情説明と旅の準備のため転移ゲートで直接一度家に帰っていた。魔法の前ではセキュリティも形無しだ。


「──っていうカンジ」

 両親は家に居たもののママは何やら電話で忙しいらしく、テーブルをはさみパパに今日の流れを説明するメーシャ。
 もちろんチカラの事やデウスについても伝え、デウス自体も自己紹介を済ませてある。

「──世界を救うため異世界に行く……ね」

 パパは始終険しい顔で話を聞いていたが、メーシャを危険にさらすのが嫌なのだろうか。メーシャたちが見守るなか少しの沈黙が流れ、パパは小さなため息を漏らした後口を開いた。少し力のこもった落ち着いた声で。

「ヒデヨシを連れて行きなさい……!」

「『えっ?!」』

 まさかの言葉にメーシャとデウスが素っ頓狂な声を出してしまった。とうの本人……本ネズミであるヒデヨシは分かっていたのか『うんうん』と頷いている。

「ふふっ……。分かっているさ、こんなに可愛らしいネズちゃんに何ができるの? って考えはね」

 パパは得意げに眼鏡をクイクイっと上げた。
 余談になるがパパは仕事が多忙なのか、それとも気に入っているのかほとんど一年中白衣を羽織っている。

「それはまあ、そう。……ヒデヨシに打った注射が関係してるってこと?」

「そうだ。ヒデヨシは昨日までのかわいいだけのネズちゃんじゃない。まあ、元から他のハツカネズミと比べたら賢者相当の賢さだったが……それはそれとして。ヒデヨシはメーシャの言うとおり、パパの打った注射によってひとりでに進化を遂げたんだよ」

 パパは実はメーシャに内緒でオヤツをあげたり一緒のベッドで寝たりするほどヒデヨシのことが大好きなのだ。
 だからこそ、メーシャは疑問に感じてしまう。

「すごくなったのは分かるけどさ、ヒデヨシに実験しないって言ってたのになんで注射したの?」

 そう、パパは自分の研究のために家族を犠牲にする人ではないはずなのだ。

「それはね……」

 ──バタンっ!!

 パパが口を開こうとしたその瞬間、リビングのドアが勢いよく開き、そこから王様みたいなコスプレをした金髪の女性が現れた。

「説明しよう!」

 ニッコニコで登場したこの女性こそメーシャのママである。ちなみにママはコスプレが大好き。
 メーシャが小さい頃家族3人で撮った写真も、ママが勇者でパパが魔法使い、メーシャが僧侶のコスプレをして挑んだほど。

「ママ! メーシャに言って大丈夫? 一応機密事項なんだけど」

 パパが心配そうにママに尋ねた。
 パパやママが研究しているのは最高機密のもので、家族といえど口外すれば()()()()になりかねないもの。

「話はつけてきたよ!」

 ママは研究所の所長なのでお偉いさんと直接交渉できるのだ。しかも、すごい情報網を持っており、話に参加していないにもかかわらずメーシャの話はひと通り伝わっている。

「じゃあ、詳しくは書類にまとめてるから、ここでは軽く説明しちゃうね」

 分厚い紙の束をメーシャに渡すと、ママはパパの隣の椅子に腰をおろして説明を始めた。
 メールじゃないのはハッキング対策。


 パパママのしていた研究とは、実は邪神軍が実験に使っていたという()()()()のことだった。

 そのウイルスに特定の電気信号を送ると取り憑いた宿主の身体を変質(ミズダコがメーシャの戦ったタコの怪物に変わったように)させたり、ある周波数から放たれた命令に絶対服従になってしまうというもの。

 そのウイルスによって変化させられた地球の生物(邪神軍の実験途中のものだったのか危険は少なかったが)世界各地で見つかったことでパパママたちは研究することになったのだ。

「それで、どうヒデヨシに関係してくるの?」

 メーシャが首をかしげる。研究のことは分かったし、邪神軍がより放って置けない存在になったのは分かったが、まだヒデヨシに注射した理由は不明なままだ。

「ちうちうちい」

 そこでヒデヨシ真剣な面持ちで言う。

『ヒデヨシが注射してくれって言ったんだな』

 デウスはヒデヨシの言葉が分かるのだ。

「そう、初めはママも断ったんだけどね。危険な研究だったし、万が一なんてことは絶対に嫌だったから」

「ちうちう。ちゅうち?」

 ヒデヨシはデウスに通訳を頼み、ママとパパと一緒にメーシャに説明をした。

 それによると、半年前……つまりデウスが地球にやってきた時、デウスの他に禍々しい恐ろしい気配が来たのをヒデヨシは感じたようだ。だが、家族はもちろん他の人間やほとんどの動物が気付いていなかった。

 日に日に強まる禍々しい気配にヒデヨシは危機感を覚えてパパやママに相談。もちろん、当時ヒデヨシに人の言葉を伝える手段はなく失敗に終わったが、それでも諦めずヒデヨシは毎日かかさず伝え続けた。

 数日が過ぎた頃、ヒデヨシはパパの研究机にウイルスのサンプルを見つける。
 そのサンプルはまだ禍々しいものだったが、なぜか少し()()()()()がしたのだ。

 パパママたち研究者は、そのウイルスを無力化や命令に絶対服従してしまう事の対策、身体の変化のコントロール、それらを可能にするようウイルスのナノマシン化などを研究していて、ヒデヨシが見つけたのはその試作品の入った試験管であった。


 ヒデヨシはその試験管の前でジェスチャーをして『自分に使って欲しい』とパパとママに頼みこむ。これがあればあの恐ろしく禍々しい気配を出す存在に対抗できると思ったからだ。
 しかしママが断固拒否。そう、家族にそんな危険な事をゆるせるはずがない。

 だが、ヒデヨシの意思も強く、断られたからといって引き下がらず、むしろ今までより増して熱心に頼み込んだのだった。


「ずっと諦めずにお願いするヒデヨシを見て、本気で頼んでるのは伝わってね。でも、とは言え実験や危険に晒したくはないから、()()()なら良いよ。って」

 完成品とはつまり、何の不確定要素も無く完全にコントロールができ、命令に染められる事なく己で意思決定ができ、周囲のウイルスを無力化し、己もその悪影響を受けず、暴走もなく、宿主の意志で変化し何のデメリットも無く元の姿に戻れるという、まず奇跡でも起きない限り実現不可能なものだった。しかも、それを生物実験を行わずにである。

「すご……それが完成しちゃったんだ」

 メーシャが思わず感嘆の声を漏らした。

「そうだ、すごいだろ? だから()()()()なんだ。それで、数値や結果に間違いがないか研究所総動員で初めから何度も見直して、今朝ようやく許可がでたんだよ。まあ……ためらいがなかったと言えば嘘になるが、何よりヒデヨシ(家族)の願いだから叶えてやりたかった」

 パパとしては完成して嬉しいような、むしろ完成してしまって悲しいような複雑な感情であったが、ウイルスを改造してできたその完成した()()()()()は自信を持って安全と言える代物であるのは事実だった。

「本当はパパかママが対象になりたかったんだけど、どうやっても人間では数値が安定しなくて。それに、完全機械化しようにも難航してしまってね……」

 今日、禍々しい反応が一段と強くなり、邪神軍のタコが出現。間に合わなかったのだ。

「今後メーシャやヒデヨシの役に立つはずだから研究は続けるつもり。もし何か困ったことがあったら教えてね」

 ママは優しくそう言った後ゆっくり立ち上がった。

「つまりヒデヨシがいれば、邪神軍と戦う時に協力できるから連れて行けってことか。……わかった。注射もヒデヨシの意思みたいだし、あーしから言うことはもう無いかな。あんがとママ、パパ」

 メーシャも納得したのかスッキリした顔で立ち上がる。とうとう異世界に行くようだ。

「……無理はするなよ。これ、パパとママの特製お弁当だ。お腹が減ったら食べなさい」

 パパは子供たちの旅立ちに感極まって少し泣きそうになるも深呼吸をしてなんとかこらえ、いつの間にか用意してあった重箱をキッチンから取ってきてメーシャに渡した。

『メーシャ、準備はできてんのか?』

「大丈夫。さっき全部アイテムボックスに入れたから」

 メーシャは帰ってきて部屋に入るや否や魔法陣を展開。『考えんのめんどいな』と言いながら家具ごと部屋にあるものをまとめて全部吸い込んでしまったのだった。そして流れるようにキッチンに行ってエゲツない量の水をアイテムボックスに入れていた。
 ちなみに帰る途中である程度の保存食やすぐに食べられそうなものは買ってあるので準備は万端だ。

『っし。……じゃあゲートを開くぞ』

「……うん」

 メーシャは部屋の隅に開かれた転移ゲートを見つめる。
 まだ見ぬ世界、新たな出会い、想像もできない発見を思えばワクワクが止まらない。でも同時に両親や友達、見知った世界との別れ、想像もできない危険や苦しみを思えばなかなか足が前に進まない。

「…………メーシャ」

 そんなメーシャの背中にママが声をかける。

「ん?」

 メーシャが振り返ると、ママが神妙な面持ちで立ち、その後ろで慌てて西洋の重装鎧を装着しているパパの姿が目に入った。

()()()()()()よ、旅の支度ができたようだな」

「──あっ。……はい、陛下。ぬかりありません」

 意図に気付いたメーシャはそう言いながらひざまずく。
 ゲームでよくある王様や城のものたちが勇者を見送るシーンだ。ゲーム好きなメーシャへ両親から最大限の祝福である。

「では仲間のヒデヨシとデウスとともに、邪神を倒すため世界を救うため、英雄たちよ旅立つのだ!!」

「皆、武運を祈る。信じているぞ……!!」

 ママ王様に引き続き、騎士パパがメーシャたちに激励を送った。

「必ずや邪神を倒し、全員そろって無事に帰還するとここに約束します……!!」

 涙が出てしまいそうになるのを大きな声で吹き飛ばし、メーシャは旅立ちを固く決心した。

「ちう!!」

 ヒデヨシも負けじと声を張り上げる。

『俺様まで……。へへっ! 陛下の仰せのままに!』

 自分も仲間の一員としてカウントしてくれたことが嬉しくなったデウスはノリノリでそう答えた。

「……ママ、パパ、ありがとね」

 メーシャはボソッと呟いて息を整えると立ち上がり、送り出してくれる両親や思い出の詰まった部屋、これから旅を共にする仲間や力のこもった己の手のひらを順に見つめる。
 もう歩みに迷いはない。

「──満を持して……! ()()いろはメーシャは! これより救世のため…………異世界(フィオール)へ出発するっ!!!」



 ────こうして世界と世界、時間と時間をこえた勇者の物語が幕を開けたのだった…………!
 メーシャたちは転移ゲートをくぐり異世界にワープしようとしていた。
 ゲート内は無数の光の粒子が螺旋を描くように移動しており、その中央にトンネル状の道がある。そして一度入ってしまえば基本的に自動で目的地まで運んでくれる。のだが……。

「およ、どうなってんだ……?」

 いつの間にかヒデヨシの姿が見えなくなっている上にデウスの気配まで感知できなくなっている。
 しかも光の粒子は移動せず停滞しており、道もトンネルではなく球体のような形状に変わっていた。

「……もしかして敵の襲撃!? じゃあ、お望み通り相手してあげる!!」

 戦闘体制に入ったメーシャは体に即座にオーラをまとわせる。
 オーラの色こそ緑になってしまい黄金ほどの出力や能力ではないが、戦闘経験を得てコツを少し掴んだメーシャはあの時の7〜8割くらいの強さは出せるようになっており、タコと同程度なら問題なく圧倒できるはずだ。

『──その必要はない』

「わっ?! オーラがかき消えちゃった……」

 謎の声がした途端メーシャのオーラが消えてしまい、新たにオーラを出すこともできなくなってしまった。

『……心配しなくてよい。わたしはそなたと同じ()()()()()()()()()()。先のたたかいではわたしのチカラが役にたったであろう?』

 謎の声が言うところによると、タコとの戦いで使うことができた黄金のオーラや破壊された土地の修復はこの者によるチカラらしい。

 味方であるかは置いておくにしてもメーシャのオーラをかき消したり、デウスの作った転移ゲートに細工してメーシャを他の者と切り離したりできる謎の声の主はただ者では無いはずだ。


「……正直に言うとアレはすごかったし。むしろあの状態で負ける方が難しいし、なんならタコ100体来ても勝てるんじゃないかって思うくらいチカラがみなぎってきたもん」

 100体はテキトーだが、メーシャは実際にタコが複数体相手だったとしても倒し切る実力があった。

『ふふっ……。わたしがチカラをかさずとも勝てたかもしれぬが、あっとう的チカラを見せつけるひつようがあったからな……!』

 声の主は嬉しくなったのか思わず笑いがこぼれ、その後の声も明らかにゴキゲンになっている。敵ではないのだろうか?

 しかもよくよく声を聞いてみると、言葉使いは仰々(ぎょうぎょう)しいのになんだか舌ったらずだし、声は自体も幼いし、喋り方も小学校低学年の女の子が不慣れなセリフを言っているようだし、何よりフレンドリーな雰囲気が隠しきれていない。

 そう、警戒するには敵意が無さすぎるし、もしこれも作戦なら敵もそうとうクレバーだと言わざるを得ない。


「なんかの作戦かな?」

 そんな声を相手に、メーシャの声もちびっ子のお話を聞く優しいお姉さんの様になってしまっている。

『そうてい以上のつよさを見せつけることで、じゃ神ゴッパはせんりょく低下をおそれて軍を動かせなくなる。そして、その勇者がすでにしんりゃくがはじまっている異世界(フィオール)に行けば、軍は そなたにくぎづけになり、フィオールも地球もしばらく こうげきできない じょうきょうができあがる。…………そなたにはくろうさせるがな』

 声は少し申し訳なさそうに語る。

「ははっ……イイよ。結局邪神軍とはガッツリ戦うんだし、警戒して逃げられてその先で被害が出ちゃう〜みたいになるより絶対にイイじゃん」

『たすかる……。それにな、ひきつづきわが世界(フィオール)でもチカラを貸してやりたかったのだが、じゃ神の()()によって手が出せなくされていてな。すまないが、()()()まではしばらくお別れだ』

「あっそうなんだ! 無理しないでいいからね、こっちはこっちで頑張るし、なんなら困ったら手伝うから教えてね!」

 含みがある言い回しではあったが、メーシャはあえて触れずに優しく答えた。
 デウスのいる方向さえ分かるメーシャの不思議センサーによると、タコの時みたいな邪悪な雰囲気も感じられないし、悪い人というか悪意を持った時特有の()()がしないので、警戒をある程度解いて信じても大丈夫だと判断したのだ。

『────こほんっ。では、宝珠のひとつを持つ()()()()()()()()()を探すのだ。くわしくはウロボロスが知っているはずだ』

 声はしばらくの沈黙の後咳払いをして、威厳がある風の声色で新たな情報を教えてくれた。
 それによると、そのドラゴン=ラードロという存在が目下の敵のようだ。

「ドラゴン=ラードロ……ね。おけ、ちゃんとメモったからね」

 メーシャは急いでスマホを取り出して慣れた手つきでメモアプリに記入する。これなら忘れないし間違える事もないだろう。

『メモするのえら…………あっ、えと……では、けんとうをいのる! さらばだいろはメーシャ。またその時まで……!』

「いま素が出…………ちょっ、まぶし!?」

 メーシャは言葉を言い切る前に、いつの間にか元の転移ゲートのトンネルに戻されていた。
 あまり触れてはいけない部分だったのだろう。

「……まあいいか。じゃあ気持ち切り替えて異世界に突入だし!」


 * * * * *


 少し時間をさかのぼり、ヒデヨシはメーシャよりひと足先に異世界に着いていた。
 着いてまず初めにその景色や空気を堪能したいところだったが……。

『──ヒデヨシ、上だ! 気を付けろ!』

「ちう!」

 少しの楽しむ間すらないままに、早々に邪神軍の襲撃を受けていた。
 せいぜい分かったのはここは背の低い草が生い茂った平原ということくらい。

 ──ビュオ!!

 風を切る音と共に突撃してきたのは、丸いスライム状の体に丸い目と口がついたモンスター"プルマル"。
 ヒデヨシは難なくそれを回避して距離を離す。
 敵はそのプルマルの他に別個体が10体程と、それを統率しているらしい胸に禍々しい宝石の付いた、3つの目を持つ黒いオオカミ型の邪神の手先がいた。

 数こそ多いものの、メーシャの戦ったタコとは比べるまでもなく弱い存在なのは明白。それに知能もそれほど高くなさそうなのと、誰かが操っているような意思も感じられないので、大方『怪しい反応が出現したから排除する』という機械的な反応を示したのだろう。


「ちうち……?」

機械的な反応。確かにそうだ。だが、その怪しい反応というのはつまり……。

『ああ、そうだ。こいつらの目的は……()()()()()()だ!』

ゲートを破壊されればメーシャがここから出られなくなってしまう可能性がある。それどころか空間と空間の狭間に閉じ込められるかもしれない。

「……ちう!」

ヒデヨシは戦う決心をした。
メーシャ(大切な家族)の危機に己がチカラを示さずして、いつ示すというのだろうか。
──今こそヒデヨシ初陣の時だ。

『安心しろヒデヨシ。このゲートを狙ってる敵はコイツらだけみたいだ』

「スゥ〜…………ちうっち!」

ヒデヨシは深呼吸をして全身に力をこめる。するとじょじょに身体が赤く光り始めた。
色こそ邪神軍の放つオーラの赤色と似ていたが、ヒデヨシの光は一切禍々しさが感じられない。それどころか神々しさのようなものさえ感じられた。

ちちうちうちう(僕が相手です)!」

背中の黒い五角形に左右対称の"ヒ"と言う文字のような模様が浮き上がり、ヒデヨシの身体能力や反応速度、体の頑強さなどが強化された。
これもウイルスの持つ身体を変質させる効果を応用したものだ。

「グルルルル……」

オオカミ型の手先……"ミツメオオカミ=ラードロ"が、ヒデヨシを脅威と判断して警戒の色を強める。

「──グルルルオオオオ!!」

ミツメオオカミ=ラードロは遠吠えをあげながらオーラを周囲に放ち、近くのプルマルに攻撃命令を下すとともに自身の強化をはかる。

「ギュピー!!」

プルマルの頭の上に刺さっていたアンテナのようなもの命令を受信。狂化状態になったプルマルは完全にヒデヨシを排除する気のようだ。
だが、標的になったからにはしばらくはゲートは安全。ヒデヨシとしてはむしろ好都合だ。

『くるぞ、ヒデヨシ!』

デウスが言うが早いか、狂化したプルマルの一体が丸呑みでもするのかというくらいの大口を開けて飛びかかってくる。

「……ちう!」

しかし冷静なヒデヨシ。落ち着いた様子で前足で手刀の形を作り迎撃のかまえ。

「──ガァっ!!」

そして、プルマルがヒデヨシに今にも喰らいつくというその瞬間。

──斬ッ!!!

手刀の先からオーラのサーベルが飛び出して刹那の内にアンテナを一刀両断。

「ギュピぇ〜!?」

ウイルスでできていたアンテナがヒデヨシの攻撃によって無効化&破壊されてプルマルは解放。
トドメこそ刺せてないものの、衝撃によってプルマルは気絶して無力化は成功した。

いや、刺せていないのではなく、()()()()()()と言う方が正しかった。
ヒデヨシはプルマルには敵意がなく、ミツメオオカミ=ラードロに操られているだけだと分析し解放するだけで十分と判断したのだ。

ちうちうちゅ(一瞬で決めます)……!」

ヒデヨシはオーラをさらに解放し敵軍に向かっていくのだった。