「──ドラゴンのステーキ!!!?」
宿屋1階の食堂にて、外の道路まで聞こえてしまうほどの叫び声を出したのはメーシャだった。
「ドラゴン自体を狩るのは難しく家畜化もできないので、ドラゴンの細胞を使った培養肉ですけどね。喜んでいただけて良かったです」
メーシャたちはラードロがいるという洞窟にいく前に、宿屋で朝食をとることになったのだが、さすが異世界と言うべきか。
メニューにはメーシャが言ったように"ドラゴンのステーキ"や"プルマルのミントゼリー"などのモンスター由来の材料が使われている料理や、"トビオオツノシカのツノ焼き"や"爆弾イチゴと竜巻きキャベツのサラダ"みたいな聞いたことがない動物や野菜を使っているもの。
そして"泣かないオレンジマンドラゴラのグラッセ"、"黒トゲトゲのビネガーライス"、"曲りツノ牛のチーズ"などの、名前が違うものの地球でも見かける食材を使った料理も存在したのはちょっとした安心感のようなものがあった。ちなみに、それぞれ人参のグラッセ、ウニの海鮮丼、水牛のモッツァレラチーズだ。
『ドラゴン=ラードロを倒そうって時にドラゴンステーキを選ぶとはな! メーシャの故郷でいうところの験担ぎってやつだな? ドラゴン=ラードロを喰ってやるつもりで豪快にいこうぜ!』
● ● ●
「はい、おまたせ! ごゆっくりどうぞ」
店員のマッチョなおじさんが料理を運んでくれた。これで注文した料理は全部揃ったはずだ。
「ぅうおおおおおお!! ステーキきたー!!」
メーシャはもちろんドラゴンステーキ。直径20cm厚さ15cmのボリューミーなミディアムレアのステーキだ。肉汁と果実酒でできたソースがかかっている。
「ちうっちゅいぃ〜!」
ヒデヨシはマシンガンヒマワリの種のペースト。この種は"ゲッシ"(齧歯類型モンスター)の大好物なんだとメニューに書いていた。
「私はバルーンパーチという魚のアクアパッツァです」
この魚は脂の乗ったフグのような弾力のある白身だが、毒がない代わりに少しタンパクな味である。なので、スパイスや旨味のある野菜と一緒に煮込むことで、手軽に極上のフグ肉と同等の美味しい料理にすることができる。
『くぅ〜! 美味そうにもほどがある! 俺様に身体があれば! 半年…………いや、冬眠の前だから最後にメシを食ったのは1000年くらいまえか? 腹は減らねーがこういう時ちょっと残念だな……』
デウスはご飯が食べられなくてしょんぼり。
「………………そっか。ま、身体ないんじゃしゃーない。宝珠を取り戻したら食べな」
メーシャは淡々と言いながらも、ステーキを半分切り分けてソースごとアイテムボックスに送った。アイテムボックスに送ればホカホカで美味しい状態を保存できるので、デウスが宝珠を取り返して身体が戻った後に食べることができる。
『め、メーシャ〜……。ありがとぅ〜。あとこっちの世界に来た時理由も言わずに居なくなってごべんね〜……』
メーシャの行動に感極まったデウスは涙を(身体はないが精神的に)流しながら、感謝と謝罪の言葉を口にした。
「いいよー」
「ちうっちゅぁー!!?」
そうこうしている間にヒデヨシがひまわりの種のペーストを口にして感動していた。
「ちゅるっちいちうちぃつーちゅいっちいち!」
……このヒマワリの種のペーストはただ砕いてペースト状にしているのではなく、丁寧に皮をむいて中の身を取り出し、バター状になるまで練り込んだ後きび砂糖と少しミルクを加えたシンプルながら極上の逸品である。
ちなみに、このマシンガンヒマワリの種は、花の段階ではほとんどただのヒマワリなのだが、この品種は普通のものの数倍の大きさの肉厚な種をつける。そして成熟するとその名の通りマシンガンのごとく種を前方に発射。
一応発射前にミシミシという音はするが、万が一当たれば生命の危機が危ないレベルで危険なので、近くで音が聞こえたら一般人も熟練の冒険者も匍匐前進する。
「お、ヒデヨシ様のお口に合ったみたいですね!」
カーミラはアクアパッツァを慣れた手つきで食べている。
「じゃあ、あーしも食べちゃおっかな! …………いっただっきまーす!」
メーシャはひと口サイズに切って口に運んだ。
「ん〜〜〜……!!!!」
まず切った時に薄々感じていたが、弾力がすごいのに硬くない。細胞自体がしっかりした組織でできているので、少し切ったところで肉汁がこぼれずキープしてくれる。
だが、噛んでいくと繊細ながらシャープな旨みが決壊したダムのようにあふれ出てくるのだ。
ドラゴン肉はシンプルに美味すぎる。
その美味さは数多のヒトを動かし、入手困難なドラゴン肉を1から培養肉の量産するまでになったほどだ。
「──消えちゃった……」
メーシャは旨みに溺れたかと思ったら、いつの間にか食べ終わっていた事実を突きつけられて虚しさを感じてしまう。
「そう言えばデウス様は龍神であられるはずですが、恐れながら……ドラゴンを食べることに抵抗などはないのでしょうか?」
カーミラが恐る恐るデウスに尋ねた。
『ヒトだって他の陸上生物を食べるだろ? 龍とドラゴンは別モンだ。それに培養肉だしな。心配してくれてありがとよ』
「いえ、すみません。こんな質問に答えて頂いてありがとうございます」
『へへっ。ここまで丁寧に接されるのも良いもんだな。……でも、もっと砕けた感じで良いぜ。これから旅の仲間になるんだしな』
恐縮しまくっているカーミラにデウスは優しく言った。
こんな感じなので忘れそうになるがこれでもデウスは龍神。自分を慕う者には慈悲深く、フレンドリーに接しても子どもを見守る親のような感覚になるのだ。つまり、むしろ嬉しい。
「そーだよカーミラちゃん。あーしのことも勇者様じゃなくて名前でいいよ」
「ちゆっちちうちう」
メーシャに続きヒマワリの種ペーストに舌鼓をうっていたヒデヨシも仲良くしたいようだ。
「分かりました……! すぐには難しいですが、私も……その、実は友達が欲しかったので……徐々に自由にしますね! えっと……メーシャちゃん、ヒデヨシくん。それと……デウスさん」
カーミラははみかみながらメーシャとヒデヨシを見たあと、どこにいるか分からないデウスに向かって伝えた。
「えへっ。新しい友達はいつでも嬉しいね」
そうしてメーシャたちは新たな仲間兼友達と絆を深めつつ、最高の異世界ご飯デビューを果たしたのだった。
【泉の洞窟】今回メーシャたちが向かう場所で、ラードロの目撃情報がある場所である。
洞窟にある泉の水はそのまま飲めるほど綺麗で美味しいので、知る人ぞ知る隠れた名所のようになっている。
その洞窟があるのは、アレッサンドリーテの街から少し離れた位置に存在する【トレントの森】の中である。
その森は木々が鬱蒼と生い茂り道という道も存在しないためまっすぐ通りぬけることすら困難。それに加え、"トレント"という普通の木に擬態してエモノを捕食するモンスターが数多く棲息しており、腕に覚えがない一般人はもちろん、初心者冒険者の少人数パーティもこの森に入らないよう国から警告が出ている。
ただ、ある程度実力のあ冒険者や騎士クラスであればひとりで対処できる強さのモンスターなので、中級者への登竜門や世界のとある部族の成人の儀式に使われたりするとか。もちろん、トレント1体である場合の話なので、複数対確認した時は基本的に退避するのが推奨されている。
「──ぅわ〜! めちゃ良い香りがする!」
メーシャは森に入るや否や何度も深呼吸して、薬草やハーブ、木々や花などの香りが入り混じった空気を堪能する。
『この森を出入りするヒトはほとんどいねーから、森っつーか自然本来の香りがするんだろうな! ヒトがたくさんいるのも好きだが、こういう自然も捨てがたい。くぅ〜、フィオールさいこー!』
「ちちゅぁちちうちちうちゅっちゅちちゅあちいちい」
ヒデヨシは今朝持たせてもらった小さな斜めがけバッグから小さな包みを取り出す。オヤツだ。
「少し早いんじゃないです…………少し早いんじゃ……ない?」
カーミラが敬語で話しかけるが、恥ずかしがりながら砕けた口調に変える。一瞬頬が赤くなっていたように見えたが、照れ隠しなのかすぐにフルフェイスの兜をかぶってしまって分からなくなってしまった。
任務的にはメーシャの監視役ではあるのだが、王家が信じるウロボロスの勇者の願いともあればそれに沿わない理由はない。万一勇者でなかったとしても、仲良くしておくことで警戒されずに情報を得られる。
ただ、カーミラ自身はメーシャをウロボロスの勇者と確信していた。カーミラは精霊と契約する種族、エルフの血を引いており、オーラの性質や動きを産まれながらに見極めることができるのだ。なので、メーシャがまとうオーラがドラゴン=ラードロやその手下などのような邪悪な者ではないと察知できたし、嘘をついていないということは分かっていた。
それに何より、カーミラの(他のウロボロス信者にも)夢枕にデウスは立っていたので、尚更信じるに値すると確信があったのだ。
「少し歩いたし、オヤツくらいならイイじゃん! ほら、カーミラちゃんもおにぎりをどうぞ!」
メーシャが魔法陣から取り出したおにぎり屋さんのおにぎりをカーミラに渡す。
「ありがとうご……ありがとう。……いただきますね。……ん???」
カーミラは貰ったおにぎりをぱくり。しかし、中に入っていたのは見たこともない細長い物体で混乱してしまう。いや、正確には見たこと自体はあるが、食材として提供されたことがなかったのでそもそも食べ物という状態では初めましてなのだ。
「あ、食べたことないカンジか。それはね、タコの煮付けのおにぎりだよ。地元は海が近くにあるから新鮮なタコがとれんの。学校帰りによく行くおにぎり屋さんのやつだけど、けっこー美味しいっしょ?」
メーシャは学校帰りによく買い食いをしちゃうのだが、たこ焼き屋さんの他におにぎり屋さん、クレープ屋さん、たい焼きやさんなどによく行っていた。
「あ……美味しい。独特な弾力だけど柔らかくて、味付けも……これは植物系の醤と砂糖でしょうか? 香ばしくて柔らかい味わいですね」
カーミラはタコを味わいながらおにぎりをいろんな方向から見つめている。気に入ったようだ。
「よかった。…………そんで、ヒデヨシのオヤツはな〜に?」
メーシャはしゃがんで足元にいるヒデヨシの顔を覗いた。すると……。
「ちーず!」
「えっ?」
「ちう?」
「……なんだ、気のせいか。ビックリした」
『そうそう、気のせいだって! メーシャ、実は昨日眠れてなかったんじゃねーのか? ヒデヨシがチーズなんて、なあ……? 普通喋るとしたら、『まんま』とか『いや』みたいなのだって』
「そういう問題かなー? まあ、確かにお注射でスーパーにしてもらったけど」
「ゲッシ(齧歯類型モンスター)は基本的にヒトの言葉を話します……話すしヒデヨシくんが喋るのも変じゃない……よ?」
「マジか! じゃあ、異世界に来たわけだし、異世界のルールにのっとるならヒデヨシも……?」
『じゃ、じゃあやっぱりさっきチーズって言ってたのって……?』
「ちーず?」
「『言ってるー!」』
驚いたメーシャとデウスは息ぴったりにハモってしまう。
そして、テンション爆あがりになったふたりヒデヨシをチラチラ見ながら少し相談。
● ● ●
「じゃあ、ヒデヨシにちょっと……」
『質問しちゃおっかなー?』
「ちう?」
「……あーしからねっ! えっとぉ〜、国とか大陸とか海とかの形や情報が書いてるやつってなに〜?」
「ちず?」
「正解っ! ふわっふわな例えだったかもだけど、分かったのえらい!」
どうやら、ヒデヨシにいろんな言葉を喋ってもらいたいようだ。
『次は俺様だな? ……こほん! 外の反対? はなんだ?』
「うち?」
『正解!』
「えぇ〜? それって『ず』が入ってないじゃん!」
『そ、そうか?』
「うん、デウスもっかいね!」
『え〜っと、じゃあ……。流れがあってぐるぐるしてるのって……? い、いけるかな?』
デウスは説明しようとするが、うまく例えられずに自信なさげ。
「……うず?」
「『正解だー!」』
まさかの難問をヒデヨシ一発クリア。メーシャとデウスは大喜び。
「あ、あの! 私も良い……かな?」
カーミラもこの流れに乗っかりたいようだ。
「いいよ〜」
「で、では! 他のヒトに何か知らせたいときに出す行動は? ……これは難問なはず。答えられるかな、ヒデヨシくん」
カーミラが出した問題は今まで発音できた音ではあるが、普段使いのものではない。不慣れな音の羅列にヒデヨシは勝てるのだろうか?
「…………」
ヒデヨシは少し考えるそぶりを見せるが、少し間を置いて顔を上げた。
「……あいず?」
ヒデヨシの言葉の中に『ちゅあ』だとか『ちい』に含まれる母音部分と、今回発音できた『ず』を組み合わせたものが正解だった。
「うちの子天才じゃん」
『言葉の魔術師かよ』
「大賢者チャピランティヌスにも引けを取らない賢さです」
「ちゅあっちぃ! うずうず!」
三者三様の褒め言葉に嬉しくなり、ヒデヨシは飛び上がりながら小踊りしてしまう。
カーミラの言うチャピランティヌスというのは、この世界に伝わる英雄の名前だとか。
「あ〜楽しかった! じゃあそろ進もっか。ふぁ〜……それにしても木漏れ日が気持ちいいね〜」
ひとしきり楽しんだ後、ようやく重い腰を上げた一行は洞窟に進むことにした。
『そうだな〜』
「あ、メーシャちゃん……そこの根っこ気をつけて!」
あくびをしながら進むメーシャの足元に地面から木の根っこが大きく飛び出ている。
「え? ……ぉわっとぉ〜っ!?」
カーミラが教えるもひと足遅く、メーシャはものの見事に足を取られて転んでしまった。
「あぁ〜苦い……」
口の中が地面に生えていた薬草の味だ。ただ、幸い怪我はないようだ。
「ちゅあ?」
「あんがと、大丈夫だし。ごめんね、気を取り直して……」
メーシャはいい感じの位置にある支えに違和感を覚える。
『おい、メーシャそれって!』
「──トレントです!!」
「しかもいっぱいいるんだけど〜!?」
長い間同じところで騒いでいたからだろうか、メーシャたちの周りに樹木のウロが顔になったモンスターが10体以上集まってきていた。
「ちちゅちいずいちゅ!!」
「異世界初バトル、いっちょやるか〜!」
おしゃべりを楽しんでいたメーシャたちは、いつの間にか樹木型モンスターのトレントに囲まれていた。
トレントは樹木同様植物の細胞でできているが、魔力が全身を巡っており、鉄よりも硬く竹よりもしなやかな身体を持っているのだ。
攻撃魔法こそ使ってはこないが、枝を伸ばして相手を捕まえたり、カミソリのように鋭い葉っぱを飛ばしたり、鉄の鎧を凹ませる威力を持つ叩きつけ攻撃をしたりと単純ながら強力である。
弱点は炎ではあるが生息地が基本的に森のため火事の危険性があり、下手に使うと共倒れになってしまうので、もしトレントに出会えば冒険者は己の地力が試されることになるだろう。
「ギギギギュギュルル……!!」
トレントが警戒しながらもじわじわと距離を詰めてくる。
このまま放置すれば逃げ場どころか身動きもとれなくなってしまうだろう。
「メーシャちゃん、ヒデヨシくん! まだ互いの能力を把握していないし、ここは各自で目の前のトレントに対処していこう!」
カーミラが前方のトレントを見据えたままふたりに声をかける。
目の前の敵に集中しているのか、カーミラは恥ずかしくならずに話せるようだ。
「あーしはだいじょぶ! ヒデヨシもひとりでいける?」
「ちょずーちう。ちゅあちゅあちちょうちゅあつちゅあちいちうち?」
メーシャの心配も杞憂で、ヒデヨシはむしろやる気満々であった。
「おけ。じゃ、無理しない程度にガンガンいこうぜ!」
「はい!」
「ちう!」
そして野生のトレントとの戦いが始まった。
● ● ●
まずはメーシャ視点。
異世界という慣れない土地での戦いはこれが初めてとは言え、地球でタコ型の邪神の手下倒した実績がある。
実力も十分で、油断しなければまず倒されることはないはずだ。
『メーシャ、戦いのプランはあんのか?』
デウスが声をかける。
「あるよ! 一気に終わらせても楽しくないし、ジャッジメントサイス縛りでチカラを試すのがメインかな……っとぉ! ま、見ときなって」
メーシャは飛んできた葉っぱを軽いステップで回避しつつオーラで『奪い』とる。
『お、おう……』
つまり、メーシャの中ではもう勝ち負けではなく、この戦いは実験でしかないようだ。
「ギギィ!」
トレントの幹部分にある目のようなウロが怒ったみたいに吊り上がり、今度は枝を伸ばしてメーシャを左右から叩きつける。
「──葉っぱ返すし!」
宙返りで片方の枝を飛び越えながら右手から魔法陣を展開。先ほど奪ったカミソリのような葉っぱを連続射出してもう片方の枝を切り裂いてしまう。
「ギュリリィ!?」
ダメージにのけぞりながらも残った枝で反撃を試みるトレント。
「当てられるかな?」
だが、メーシャとトレントの位置が入れ替わってしまって空振りに終わってっしまう。
『そうか……! トレントの場所を奪ったから、結果的に入れ替わったのか! 考えたなメーシャ!』
「でしょっ。じゃあ、次のやついくよ」
メーシャは身体を低くしながら地面を大きくえぐり取り、出来た穴にトレントを落としてしまう。
「──ギュル! ギリィ……?!!!」
トレントが根っこを足のように器用に使って穴から出てこようとするが、頭上には大きな水の塊が待機。避けきれない。
──バッシャーン!
普通の水の塊であればトレントにとって有効な手段とは言えないが……。
「ギュァアア!!?」
その水を受けたトレントは大ダメージを受けて苦しんでしまう。
「残念、これは海水だよん!」
この森は海から離れた位置にあり、もちろん通っている水も真水。なのでこのトレントはマングローブのように海水を吸うことができないのだ。
「ちょい一か八かだったけど」
樹木型とは言えモンスター。普通の気とは違って塩害を受けない可能性もあった。
しかし、メーシャの予想は大当たり。むしろ、動きを活発化させている性質上素早く身体に塩を巡らせることができたようだ。
とは言え、これだけで倒し切れないことは想定済み。メーシャは次の一手に進む。
「──身体重そうだけど、あーしが軽くしてあげよっか?」
メーシャはオーラを使い、自分にしたようにトレントの体重を奪って軽くする。だが、今回はメーシャの時とは違いほとんど全ての重さだ。
「ギュルル!?」
トレントが己の状況を把握するより早く、メーシャは滑り込んでふところに潜り込む。
「見たことない景色、見せてあげるっ」
メーシャは勢いよく蹴り上げる。
体重が0kgで空気抵抗以外その勢いを止めてくれるものがないトレントは、枝や根っこを振り回すも虚しく、瞬く間に雲の上まで吹き飛ばされてしまった。
「ギリリ……」
トレントは幸か不幸か、体重が0kgのため衝撃が吹き飛ぶエネルギーにほとんど使われて無事だった。
このまま風にでも飛ばされていけば、あの忌まわしきニンゲンとオサラバできる。そして、ほとぼりが冷めたらまた森の奥で静かに動物やヒトでも狩って暮らそう。
トレントがそんな風なことを思ったその時──。
「……そろそろ地面が恋しくなってきたんじゃない?」
トレントが今1番聴きたく無い声がすぐ近くから聞こえてきた。
「ギュ……?!」
メーシャはトレントにしがみついていたのだ。
メーシャはトレントを蹴り上げたその時、自身も身体を軽くして跳躍。飛んでいくトレントにしがみついてイイカンジの高さになるまで隠れていた。
「なんでこんな高さまで打ち上げたか分かる…………?」
メーシャは魔法陣からトレントの重さを返還しつつ、先ほどえぐった土をまるめて凝縮し……。
「メーシャ特性フリーフォールだよ〜!!」
土弾ごとトレントをドロップキック。重力加速度以上のスピードを手に入れたトレントは、大きな土を抱えたまま急降下。
「ギュルルルルルリリリリィ〜〜〜────!!?」
「ギュル……? ギリィ──!!?」
下にいた2体のトレントを巻き込んで地面にダイナミックKISS!!
倒されたトレントは身体を維持できず爆発。身体を構成していた魔力の塊がいくつかの魔石となって飛び散った。
モンスターは魔石を核にして身体を生成するタイプと、身体全体を魔力で構成しているタイプで、トレントは実は後者のタイプだったようだ。
「3体撃破! はイイんだけど……」
トレントを倒したのはいいが、体重を戻せば着地の衝撃が計り知れないので下手に戻せない。
「……どうやって降りよっかな? 着地の瞬間に柔道の受け身すればいけるかな……?」
とはいえ、今の体重が軽すぎるせいで空気抵抗が強くなり、その上風のせいで降りるどころかたまに上昇してしまう。
「──あ、風に飛ばされちゃう〜……!?」
そうこう悩んでいるうちに、メーシャは自然の突風にどこかへさらわれてしまったのであった。
『め、メーシャ〜〜!!?!?』
メーシャが戦ったり空中浮遊している頃。時を同じくして、カーミラ視点。
「……いくよ、フーリ」
カーミラの掛け声とともに風がふわりと渦巻き、その精霊は静かに姿を顕現させた。
「──ふも……!」
フーリ……カーミラの契約している精霊なのだが、黄緑色で二足歩行の2頭身タヌキで、大きさも30cmくらいしかない。見た目は完全にゆるキャラだ。
ちなみに、名前の由来も風の狸で『風狸』である。
「ギリリィ……?」
そんな精霊の姿にトレントもおもわず侮ってしまう。だが──。
「もい!」
頬すら届くか怪しいほど短い手を振ると、風が斬撃となって風を切り裂きながらトレントをまっぷたつ。一瞬で倒してしまった。
「本気を出すまでも無いですが……『──来たれ、金色の鬼のチカラ』!!」
刹那。カーミラの髪が瞳と同じ金色に染まり、圧縮されたオーラが地面をえぐる。
「ギ、ギュルル……!?」
カーミラの放つ威圧感に、トレントは石化したみたいに動けなくなってしまった。
「…………ふう〜」
動かないトレントを前に、腰の細剣に手をかけながらカーミラはゆっくり呼吸を整える。そして──。
「──はっ!!」
細剣の閃きが駆け抜けると、周囲のトレントに大穴を開けてしまう。
「…………ギ……ギュル?」
トレントは己が倒された理由を知る間もなく地面に倒れ伏した。
カーミラのパワーは鬼のチカラで跳ね上がり、そのパワーでトレントが認識するより早い突きを放ったのだ。
ただの早い突きなのだ。そう、音速を優に超えるだけのただの早い突きなのだった。
「今日の突きはまあまあですね。って…………あ、メーシャちゃんが……飛ばされていってる!?」
驚きで鬼のチカラが消えちゃうカーミラ。
「むふ……?」
慌てるカーミラとは逆に、自分の役割を終えたフーリはマイペースに木の実を食べていた。
「フーリ、むかえにいくよ!」
「もっふ!?」
そんなフーリを抱えながら、カーミラは足元に風を発生させて空中を走ってメーシャを迎えにいくのだった。
● ● ●
そして最後にヒデヨシ。
まだトレントは十分いる。全部倒せば宣言通り1番多く倒すことができるはずだ。
「ちうっち……」
ヒデヨシはここまでトレントの攻撃を回避していただけで、あえて一切反撃をしなかった。
それはなぜか……。
「ちゅぁちう」
昨日、ミツメオオカミ=ラードロ戦で覚えたブレス攻撃。使ったことはないが、これに確固たる自信があったからだ。
『ヒデヨシ、やっちまうんだな?』
カーミラがメーシャの方に行ったので、デウスはヒデヨシの方についている事にしたようだ。
「ちう……!」
ヒデヨシがお口を大きく開けると同時に、背中の五角形のマークが緑色に発光。エネルギーがお口の前にどんどん集まっていく。
「「「ギュルルィ……!!」」」
ジリジリと距離を詰めるトレント。もうヒデヨシが逃げる隙間はなさそうだ。
『ま、逃げる必要はねえけどな。……ヒデヨシ、いっちょ見せてやれ!!』
「──ぢゅぁああああああ!!!!!」
まさに灼熱の業火。
有無を言わせぬその火力は、トレントを瞬く間に燃やし尽くしていく。
『す、すげえっ! 新技カッケェぜ!!』
「ちゅいぃいいい!!」
ヒデヨシは火力を一定に保ちながら勢いよく回転。周囲のトレントを1匹残らず倒してしまった。
しかも、その炎のブレスのスゴいところは、トレントは燃やしたのに森の木には少しの焼け跡すらつけていないことだ。
『…………ヒデヨシ、良かったらまた今度一緒に必殺技みてえなの考えようぜ!』
デウスはヒデヨシのポテンシャルに惹かれたようだ。
「ちゅいいちうちゅ。ちゅぁいちゅうちちゅちゅちいちい……!」
ヒデヨシもまだまだ己の伸び代を感じ、デウスとの必殺技作りの提案にワクワクしてしまうのであった。
* * * * *
「──いゃあ〜、ごめんごめん! 今度からなんか降り方というか、空中で自由に動く方法とか考えないとだね!」
カーミラに地上へ降ろしてもらったメーシャは、戻ってくるや少し恥ずかしそうに笑った。
「……メーシャちゃんは魔法の適性も悪くなさそうだから、風魔法を覚えるのも手かもしれない」
完璧に、とまではいかないがカーミラはある程度の魔法がつかえるかの適性が分かるようだ。
「あ、魔法!? イイね! あ……でも、今はあれだから帰ったらかな?」
ゲーム大好き人間のメーシャはもちろん、小さい頃に何度も魔法を出す練習をしていた。だから、本当に出せるならすぐにでも習得したいのだが、今は残念ながら任務中。
しかも、もう洞窟に着いてしまった。
「もへ?」
足元にいたフーリがカーミラの顔を覗く。
「そうね。すぐに出来るかはともかく、基本を教えるくらいならすぐか……」
フーリは人語が分からない。だが、カーミラとフーリは長年一緒に過ごした仲。言葉がわからなくとも何が言いたいかは理解できるのだ。
「ちょっと待って、すぐイケんの?! ……マジ?」
一連の会話でメーシャの目が輝いてしまう。
「はい。初級魔法の基礎を教えるくらいなら……」
「ちううち!」
「うん!」
メーシャとヒデヨシの仲も半年と少しながら、互いに言葉を理解しているようだ。
『ウロボロスのチカラも全開放はまだまだ先だし、手札を増やせるのは良いかもな』
「よ〜っし! じゃあ、カーミラせんせい、お願いします!」
● ● ●
「心臓から血管を伝って熱を手のひらに送るイメージ……。そんで、手を当てたい的に向けて、魔法名を唱える」
メーシャはカーミラに教えてもらったことを復唱しながら手に意識を集中させていく。そして……。
「──"初級風魔法"!」
瞬間、虚空から風の刃が飛び出して落ちていた石ころを切り裂いた。
「…………すごい。こんなにすぐこのクオリティの魔法を出せるようになるなんて…………。もしかして、元々練習していたんでしょうか?」
『……メーシャならやりかねねえな。魔法のないはずの世界に住んでたのに、俺様と出会った頃には数え切れないほど転移魔法を経験してたくらいだからな……』
デウスはメーシャの言ったゲームでの経験を、そのまま現実での経験と勘違いしたままのようだ。
「あんま時間かけてもあれだし、一回だけ飛ぶ練習するね?」
「……どうぞ」
「次は足に魔力を……この熱って魔力だよね? 魔力を集中させる〜……そんで、対象は足の下の空間? 空間にとどめる印象だったっけ?」
「そう。……あ、飛ぶ直前にジャンプしないと魔法が地面に当たって吹き飛ばされるから気をつけて」
「そだそだ。…………いくよ〜! ──初級風魔法!」
メーシャはジャンプした瞬間魔法を発動。
風の刃は足の下で超高速回転し浮力を生み出し、メーシャの身体をふわりと浮き上がらせる。
「お、おぉ〜! で……でも、維持するの難しい……! 気を抜くとすぐに勢いが。──あっ!?」
ぴょいーん!
風魔法が暴走してしまい、強くなりすぎた浮力がメーシャを勢いよく飛び上がらせてしまった。
「ちうち!」
「あおあおあぁわっ!? ──初級風魔法!!」
落下して地面に叩きつけられそうになる直前、メーシャは調節もせずに勢いのまま魔法を発動。
──ドッゴッッ!!
「…………やりすぎちゃった」
魔力過多で発動された風魔法は爆発を起こし、周囲の木々や地面を瞬時に切り裂いてクレーターを作ってしまった。
『…………まあ、被害がなくて良かった』
今回落下地点が離れた位置で、味方も動物も他のヒトもいない場所だったので何事もなく済んだが、万が一を考えれば空中浮遊を実戦投入するのはまだ先にした方が良さそうだ。
「そ、そだね……」
「でも、空中で飛び続けるのは無理でもヒュル自体は安定して発動できるし、攻撃やとっさの移動に使う分には問題なさそう……かな?」
カーミラがフーリとアイコンタクトで意見をすり合わせながらメーシャをフォローする。
「みっふぁ」
『そうだな。ただ、攻撃対象からはずして魔法が味方に当たっても傷付けないようにするテクニックがあるんだが…………まあ、それを覚えるまでは味方近くでの発動は控えた方が良いな』
「あ、フレンドリーファイアしないようにできるんだ?」
「あるけど、少し落ち着いた環境でやりたいので帰ってからしましょ」
範囲が広かったり前衛の世界の外から飛んでくる魔法。なので、初級魔法を覚える時に基礎として味方に攻撃が当たらないようにする方法を学ぶのだ。
だが今回は突貫でのレクチャーなので、時間のかかるこのテクニックを教えるのは見送ったのであった。
「わかった。そんじゃ落ち着いたところでそろそろ洞窟に入るか!」
泉の洞窟の中に突入したメーシャたちは邪悪な気配を感じながらも、洞窟内を流れる水の美しさや空中でキラキラ輝く粒子に目を奪われていた。
「きれ〜……。この光の粒ってなに?」
ふわふわ漂うキラキラを手のひらで受け止めるメーシャ。
『これは魔力だな。基本的にどこでも魔力はただよってんだが、濃度が高くなればこうして目視できるんだ。メーシャも戦いの時にオーラ出すだろ? あれも目視できるようになった魔力だぞ』
「ほぇ〜。あ、でも、今まで勝手に出ちゃうしカッコいいから上乗せして出してたんだけど、そういうことだったらオーラ出さない方がイイの? 出しすぎたらあーしの身体の中のの魔力無くなっちゃう?」
出されたオーラは特に身体の中に戻ることはなく、戦闘後には霧散するように消えていく。出してる時も基本的に意識して出すか、気合を入れている時にあふれ出してきているので、短期戦ならともかく長期戦になれば魔力の枯渇が心配される。
『燃費は確かに悪くなるな。魔力が少ねえ子らが長期戦する場合は、極力オーラを出さず魔法や魔力消費するスキルを使う時に集中させるんだ。ま、でも悪いことばっかじゃねえ』
「そうですね。オーラ……つまり魔力で身体を包めば、敵の魔法などの魔力の流れを弱められるの。だからむしろ格上と戦う場合は、魔法が直撃して一撃で戦闘不能に〜なんて事にならないよう基本的にオーラを出しておく方がいいよ」
本人の魔法適性や強さも関係するが、オーラの強度は特に魔法防御力に影響する。メーシャが地球でタコの攻撃で無傷だったのはオーラのおかげなのだ。
ただ、直接攻撃などの防御力はまた別になってくるので過信は禁物。
「マナが精製されて魔力と生命力に分かれるんだっけ? 魔力は分かるけど、生命力は何になるの?」
『生命力はメーシャがわかりやすい表現でいうと……ゲームの"HP"だな。攻撃を喰らって減り、からっぽになっちまうと戦闘不能になる。でも、体内を循環させると防御力を高めたり物理的な攻撃力を上げることもできるから、その辺りの駆け引きはめちゃくちゃ重要だ。身体能力も魔力も生命力も高くない戦士でも、熟練して駆け引きが上手くなれば格上の相手にでも十分勝ち目が出てくるってわけだな』
「あ〜……つまり、いくらあーしがつよつよでも、油断してたら格下相手でも返り討ちにされちゃうってワケね」
だから転移ゲートで話した声の主は、念のためにと黄金のオーラを出せるようにしたのだろうか。
「──ちうちう……!」
ラードロの居場所を探るために斥候を務めていたヒデヨシが帰ってきたようだ。
ここは元々の天然の洞窟だったがいつしかモンスターが棲みつき、次に冒険者が見つけて整備し、森にトレントが沸きはじめてからまた廃れて……と、色んな遍歴を経て、この洞窟の中は迷路のように入り組んだつくりになってしまったのだった。
水を飲むだけなら入り口付近で済むので、危篤な冒険者かモンスターくらいしか奥に進まないとか。
『ふむ……複雑ではあるが結構近いみたいだな』
「ちゅいちちちぇうち!」
そして、一行はヒデヨシの案内のもとラードロの巣へと進んでいった。
* * * * *
ラードロの巣になっていた所は広くなっった空間で、穀物のもみ殻が積み上げられた山や、きれいに肉を食われた家畜の骨が目に入った。
ただ、流石にここまでたどり着く者はいないのか、ヒトの遺体や骨らしきものは存在しない。
街付近でもヒトの被害者はいないらしいので、今回のラードロはヒトの食糧を奪うことが目的なのだろうか。
「……いるね。なんか大っきいネズミ? てか、グローブはめてない……?」
「あっちはトゲトゲしい……ハリネズミかな?」
『メーシャが言った方は"バトルヌートリア"で、グローブのように変形した爪でパンチして水弾を打ち出す。
カーミラが言った方は"デスハリネズミ"だな。魔法は使わないが、貫通力の高い背中のハリをマシンガンみたいに発射する。どっちも中級齧歯類モンスターで、トレントより確実に強いはずだ』
バトルヌートリアはずんぐりむっくりな体型でつぶらな瞳、デウスの言う通り爪がグローブ型のヌートリアのような姿。デスハリネズミは少し目つきが鋭い赤いハリが背中全体をおおうハリネズミの姿。
だが、どちらも二足歩行で高さが1m50cmくらいはあり、モチーフとなる動物とは比べ物にならないサイズだ。
2体のモンスターは、骨つき肉を食べるのに夢中でまだこちらに気付いていない。
そしてモンスターというのは理由がある。バトルヌートリアもデスハリネズミも額に黒い角のようなアンテナこそ付いているものの、身体はそのままで黒く染まっていない。
ラードロ自体はヒデヨシが確認した時はいたはずなので、メーシャがこちらに来るまでに他の場所に移動したのだろう。
「ラードロの強さが分からない以上、メーシャちゃんはまだ動かしたくないですね……」
もし頭が回るタイプならメーシャの実力や攻撃パターンを把握しておいて、己の手札を見せてない状態で対策も立てて挑んでくる可能性がある。
メーシャが勇者かを試すのも重要だが、それ以上に街を守ることの方が大事。なので、堅実に倒すならメーシャはラードロが出てきてからの方がいい。
「ちちゅうずちちゅい」
ヒデヨシが指をさしてカーミラに伝える。
『ヒデヨシはデスハリネズミの方を行くみてえだ。カーミラはバトルヌートリアを任せられるか?』
「背中を気にしないで良いなら問題ありません」
『アンテナを破壊すりゃ、解放されると同時に破壊の衝撃で一時的に戦闘不能にできるはずだ』
「ふたりとも頑張って! なんかあったりラードロが来たら任せて!」
「「はい(ちう)!!」」
その掛け声とともに、カーミラとヒデヨシは同時に広間に突入した。
「──もふぁ! むい!」
フーリが2連続で風の刃を飛ばす。これは樹木や石ですら簡単に切り裂く切れ味だが……。
「それそれいっ!!」
バトルヌートリアは風の流れを察知して瞬時に2連続パンチ。そこから放たれた水の弾丸が風の刃に直撃した。
──バッシィ!!
双方の攻撃は空中で爆散。ダメージを与えるには至らなかった。しかし、水飛沫は霧状になって視界を奪う。
「出ます……!」
カーミラはすかさず地面を蹴って素早く距離を詰めに行く。
「む? させるかい!」
バトルヌートリアが近付けさせまいと連続パンチで水弾を放ちまくる。
どうやらバトルヌートリアは操られているにもかかわらず言葉を扱う知能は残っているようだ。
「──む〜……もは!」
フーリがそこに大きな風の刃を放ち、水弾を切り裂いてカーミラを援護。
カーミラはその隙を見逃さず、バトルヌートリアのふところに入り込んだ。
「……すぐに解放します!」
細剣で連続突きを出してバトルヌートリアを攻撃。
「ぐ、ぐぬうぬうぬぬ……!!?」
バトルヌートリアはカーミラの攻撃に拳を当ててしっかり相殺していく。が、なぜか様子がおかしい。
「まだまだ!!」
カーミラの攻撃がどんどん苛烈になっていく。
「──こ、拳が!?」
瞬間。拳にヒビが入り、バトルヌートリアは思わずのけ反ってしまう。
「今です……!」
攻撃ができなくなって無防備になったバトルヌートリアのアンテナに、カーミラは渾身の一撃。
「ぐっふぅぉおおお!?」
アンテナは真っ二つに切断されるや否や爆発。バトルヌートリアは衝撃で吹き飛ばされたもののラードロの呪縛から解放された。
● ● ●
──ズドドドドドドドドッ!!!
「──くっ! ちょこまか動いて生意気だね!」
デスハリネズミはハリをマシンガンのように撃ち出してヒデヨシを狙うが、隙間を縫うように回避してしまって一向に当たる気配がない。
「ちゅい! ちい! ちゅあ!」
回避に専念すればさほど危ない場面はなかった。ただ、攻撃に転じるとなるとそう簡単ではなかった。ブレスはため時間があり、爪の強化はリーチが短くて防戦一方になるだろう。飛んだとしても逃げる場所が地上から空中になっただけで状況が大きく変わることはなさそうだ。
何か策をこうじる必要がありそうだ。
「……ちゅい!?」
移動しながらデスハリネズミが出したハリに触れると、ヒデヨシはあることに気が付いた。
ハリにラードロのナノウイルスが付着して強化されているのだ。
そうと分かればヒデヨシの動きに迷いは無かった。これまで通り回避に専念するのには変わりなかったが、その合間に道ゆく先にあるハリ全てに触れていった。
「どうしたんだい? このままじゃあたいを倒せないよ?」
デスハリネズミが勝利を確信し一気に攻勢を強めていく。しかし間も無く……。
「──ちゅるちゅあっちぃ!!」
「な、なに!?」
ヒデヨシの掛け声が聞こえたその時、地面に刺さっていたハリが一気に空中に浮かび上がった。
「ちゅいずちう!」
ヒデヨシのナノマシンのチカラでデスハリネズミのハリに付着したナノウイルスを支配下に置き、それを経由してハリを操っているのだ。
その数は数百。これだけの量はいくら元の持ち主であるデスハリネズミと言えどさばき切れるものではない。
「ちゅあああちゅいー!!!」
一斉放射! 全てのハリをデスハリネズミに向かって発射した。
「──キャァアアアア!!?」
諦めずにハリを飛ばして一瞬抵抗を見せたが焼け石に水。あっという間に突破され、デスハリネズミはアンテナを破壊されてしまった。
「手加減はしました……」
ヒデヨシは見事勝利をおさめたのだった。
● ● ●
ふたりが敵を倒してメーシャの所に戻ろうとしたその時。
──ドゴーンッ!!
すさまじい威力の爆発が広間の入り口で起きた。メーシャは瞬時に飛び退いて直撃はまぬがれたようだが……。
「いってて……!?」
オーラの層が薄かったのか、爆発の火力が強かったのか、メーシャは少しダメージを受けてしまう。
「ちうち!?」
「メーシャちゃん!?」
「大丈夫! ふたりははなれてて!」
メーシャは爆風を『奪い』ながら地面に着地。滑る勢いを回転でコントロールして、体制を立て直すと同時に爆発が起きた方へ爆風を投げ返した。
しかし、当たったはずなのに手応えがない。敵に効かなかったようだ。
「無駄だぜぃ!」
その言葉とともに、もくもくと上がる煙の中から姿を現したのは……。
「……ハムスター?」
『ハムスターだな。でかいけど』
どこからどう見ても黒いハムスターだった。細かく言えば、ロボロフスキーハムスターだろうか。
高さは3mくらいあったが。
「ハムスターじゃねぇ! "ハムオブザスター"!! あっしの名前は〜……あっ! 灼熱さんだぜぇ〜〜〜!!」
灼熱という名前らしい。
ラードロ化しているのに自我が強く、一見素の性格のように感じられる。だが眼は血走り、身体からフシュフシュと蒸気があふれ出ていて、正気自体は失われているようだ。
「受けてたつ! かかって来い!」
メーシャが灼熱と名乗るラードロに宣戦布告。
「ぐるる……。あっしが消し炭に、してやるぜぃ!!」
灼熱と名乗るラードロ。灼熱=ラードロはその挑発に乗り、前振りなし手加減無しのフルパワーだ。
「全部受けきってやる!!」
戦闘狂のメーシャは真っ向勝負で相手を超えるのが大好き。オーラ全開で受け切るつもりだ。
「これがゲッシ随一の才能と呼ばれたあっしの炎だ! 受けとんなぁっ!! スゥー………………ゔぉぉおおおおお!!!!」
灼熱=ラードロは大きく息を吸い込むと、口から大爆発でも起こったのかと見紛うほどの大炎を吐き出した。
「──ふっ……んりゃあああああ!!!」
両手を前に出してオーラを集中し、勢いよく後ろに押されながらもラードロの吐く炎のブレスをなんとか受け止める。
近くの岩や地面を赤熱させて徐々に融解させてくその炎はすさまじく、トレント戦で使ったヒデヨシのブレスと同等の温度で、威力は確実にこちらが上だとはっきり言える。
いくらメーシャと言えど油断すればタダじゃ済まない。
「ぐぬぬぬぬ……!! 負〜け〜る〜か〜…………ん?」
チカラを込めて底力を解放しようとしたメーシャだったが……何かおかしい。
「ぅおおおおおおおおお!!!!!」
灼熱=ラードロの声の迫力はどんどん増していき、今はもうまるでラスボス戦の主人公レベルでアツい。しかし……。
「……………………」
「うぐぬりゃああああああ!!!!!!!」
「…………………………」
「この一瞬に全てをかけるぅ!! ぅうおおおおおおおっ!! 灼熱ぅう……大、噴、火ぁああああああああ!!!!!」
灼熱=ラードロは全身全霊をかけてその一撃を撃ちだした。
「あたれぇええええええっ!!!!!」
その炎はまっすぐ飛んでメーシャに直撃した。
──…………ぽふっ。
「…………うん」
メーシャは防御姿勢もとらずほっぺに攻撃を受けたが、ダメージどころか肌への悪影響もないレベルだった。ライターやマッチの方が火力が強いのはもちろんそうだが、この攻撃? は、当たってもあったかいかも分からないほどなので炎かどうかも怪しい。
「──っ!? ……ちくしょぉおおあああ!!?」
最後の一撃を受け切られてショックを受けたのか、その場で崩れ落ちるように絶望してしまった。
しかも、いつの間にか敵は炎の威力と同様に身体のサイズまで小さくなってしまっている。もう大きさも見た目も普通のロボロフスキーハムスターだ。
『あーあ、泣かせちまったな』
「えぇ……」
「……炎を蓄えることで体もチカラも強力になるかわりに、消費すればそのまま弱体化してしまう……みたいなモンスターがいると聞いたことがあるよ。もしかしたら、あのラードロも元はそういったモンスターだったのかも……」
「かもね……」
泣き崩れる敵を前にしてメーシャたちは妙な間がながれてしまう。
「ちうち、ちゅいちうち?」
少しながめていたところ、何か気が付いたヒデヨシがメーシャに確認をとる。
「……ああ、ヒデヨシって浄化したラードロの能力を手に入れられるんだっけ? イイよ、行っておいで」
「ちう!」
メーシャの許可を得たヒデヨシは浄化および能力取得のために、灼熱=ラードロの元へと向かった。
「──しくしく。……なんでいぃ、あっしは己の情けなさに泣いてんだ。放っておいてくれぃ……! お〜いおいお……って、あっちょっ? あばばばばばば〜?!」
「ちうっち!」
ヒデヨシは灼熱の背中にあった宝石を浄化。それにともない炎のブレスの強化、炎への抵抗アップ、炎の扱いが上達、言語の習得効率がアップした。
「おちゅあべち、つあちゅなちちゅあちちゅあ」
『おしゃべり、うまくなりました。だな?」
「ちゅい!」
まだヒトの言語というには遠いが、ヒデヨシの言葉は着実に規則的になったようだ。しばらく発音の練習をしていけば近々普通に喋ることも夢ではない。
『っし、一件落着だな……!』
「じゃ、帰ろっか!」
こうして街を騒がせるラードロの対処を終わらせたメーシャたちであった。
* * * * *
「──むにゃむにゃ……はっ! あっしは今まで何を? ……………………あぁ、薄っすらと思い出したぜぃ。バトルヌートリア、デスハリネズミ! 起きねぃ! アレッサンドリーテに御礼参りにいくぞ!!」
「──さあさ、我々上位者陣営に対し対抗できる者がおらず退屈していたことでしょう! そんな方々に朗報です……! ウロボロスは生存しており、しかも循環のチカラの後継となる勇者まで現れました。それに加え、魔法なき世界のガイアにある星……地球に住むニンゲンが…………なんと、我々の技術を応用して対抗手段を作り上げるに至ったのです!!」
邪悪な気配が広がる暗闇の中、年齢も素性も分からぬひょうひょうとした声が響き渡る。
「なんと、あの辺境の星で……?」
「あの用心深いゴッパが鼻を明かされるわけない。ヤツはウロボロスのチカラも手中におさめているんだぞ」
「ゴッパに賭けているからって過信は禁物ですわ。ゴッパのレコードも上書きも完璧ではないのよ」
観客だろうか、邪神ゴッパやメーシャたちの味方でもなければ敵でもなさそうだ。
「…………しかし、その勇者は賭けに値するかどうか」
観客のひとりが不満を漏らすが、ひょうひょうとした声の主が待ってましたと言わんばかりに意気揚々と声を上げた。
「ん〜……確かに現状では押しが弱い。分かります! このまま進んだところでゴッパ陣営の勝ちは明白。それでは賭けも成立せず、見せ物としても面白くない。
しかし……! そう思うだろうと、わたくしめも少〜しばかり手を加え、ウロボロス側も勝てるよう逐次強化のチャンスを用意することとします……!」
「「「おお……!」」」
「では、ゲームのはじまりはじまり……」
* * * * *
メーシャは今回の作戦でラードロに有効打があるか、本当にウロボロスの勇者かどうかを証明するには弱かったが、戦闘能力は十分以上であること、ヒデヨシには浄化能力があること、そしてデウスの声とカーミラの口添えによってなんとか近衛騎士団団長補助として騎士や兵士たちに納得してもらうことができた。
カーミラは王家近衛騎士団長なので、ドラゴン=ラードロにさらわれたジョセフィーヌ王女を救わなければならない。そこでメーシャは臨時の近衛騎士としてカーミラを補助、状況に応じて王女救出とドラゴン=ラードロ討伐をするのが役目だ。万が一の場合退路の確保もしておかなければならない。
灼熱=ラードロを倒して数日。
メーシャは宿屋を拠点にかまえて街周辺のプルマルやトレントを倒しつつ、来たるドラゴン=ラードロ討伐作戦に向けて身体を重力に慣らしていた。
「──ただいまー!」
さわやかな汗をかいたメーシャが拠点の宿屋の部屋に戻ってきた。
『おお〜! 帰ってきたなメーシャ』
デウスが声でお出迎え。そして、それに続いて声がしてくる。
「おかえりなさいませお嬢様!」
この中性的な少し高めの声の持ち主は……。
「ヒデヨシただいま。どんどんお喋りがうまくなるねぇ」
そう、ヒデヨシだ。ラードロ戦から本格的にお喋りの練習を始め、今ではほとんど意思疎通に問題ないレベルまで上達したのだ。
「メーシャお嬢様とずっとお喋りしたかったですからっ」
チーズをいえるようになった後、初めて喋られるようになった言葉が"メーシャ"で次に"お嬢様"だった。
『あぁっと、それよりメーシャ聞いたか? なんか農場の方で騒ぎが起きたそうだぜ』
「農場? 聞いてないよ。カーミラちゃんからもまだなんも聞いてない。」
メーシャがトレントの森から帰るのに使った道は農場とは逆方向なので、騒ぎどころか穏やかな日常そのものだった。
この世界にもスマホのような機械があったので、メーシャはカーミラと連絡先の交換をしていた。
転移ゲートで会った声の主がしたのか他の理由なのか、なぜかメーシャのスマホは普通にこの世界でも使う事ができた。とは言え、地球まで電波を飛ばすことはできなかったが。
「そっか、じゃあそんな大きなことじゃないのかもしれないな。まあ、農場で農家さんを困らせてる輩が出たって、兵士のフレッドが言ってたんだよ」
フレッドはメーシャが初日に出会ったドワーフの兵士だ。
「おけ。ちょっと様子みてくるか」
メーシャは一時的に近衛騎士所属だが守るべき王家は王様ひとりだけなので、王家守護の代わりに兵士と一緒に治安維持をすることになっている。
「僕も一緒に行きます!」
● ● ●
「──おお、メーシャさん! 来てくれたんですね」
穀物を扱う農場のはじっこに兵士のフレッドがたたずんでいた。
「どしたの?」
「輩が出たと聞きました」
「あちらで今は農場主が対応しているんですがね、一応何かあった時止められるよう自分は待機しているんです」
フレッドが指差す方にはオーバーオールを着たおじさんと、他に見たことある姿がふたつ。
『……あいつって』
「もしかして洞窟で戦った子らじゃん!」
そこにいたのはバトルヌートリアとデスハリネズミだった。
「また農場を荒らしに来たんですか? ……でも、普通に会話してる?」
「最初来た時は自分もそう思ったんですが、どうやら違うみたいで。聞くところによると、美味しい穀物と家畜を頂いたから謝罪とお礼を込めて農場や牧場の手伝いをしたいとかなんとか」
ラードロに操られていた時にここの農場の穀物や牧場の家畜を食べていたのだが、ふたりはその間の記憶があるようだ。
「特に迷惑とかじゃないならイイけど、ちょっと話聞いてみるか」
メーシャはフレッドの話を聞くと、駆け足で農場主たちがいる所に向かった。
「──ワシは水の扱いが得意じゃから水やりは任せてくれ。スプリンクラーよりはやい自信があるぞ。…………って、若頭を倒した姐さんと、助けてくれた少年じゃねえか!」
農場主さんと話していたバトルヌートリアがこちらに気がついたようだ。
姐さんというのはメーシャで、少年はヒデヨシのことだろう。
「ふたりとも やほ。なにか揉めてんの?」
メーシャが軽い感じで事情を聞き直す。一応フレッドから聞いてはいるが、念のために情報にズレが生じていないか確認だ。
「ヒト手が増えるのは嬉しいけど、知らないモンスターなわけだしあたいらは少し前まで迷惑かけてたからね。やる気と自分たちの持ち味をアピールしてんのさ。ちなみにあたいはハリを立てて丸まって移動すりゃ、地面をすばやく耕すことができるよ」
と、デスハリネズミ。
「……能力は魅力的なんですが、まあ……正直信用するのはまだ怖い部分もありますよね」
農場主のおじさんの眉が下がる。確かに操られていたとは言え、農場を今まで襲っていたモンスターをふたりも雇うとなれば怖いのも仕方のないことだろう。
「…………分かった。後でカーミラちゃん経由で兵士さん派遣できないか確認してみる。それなら安心できるっしょ? それと、もし働いても良いってなったら、バトルヌートリアとデスハリネズミのふたりが住民登録もしないとだよね」
メーシャは慣れた手つきでスマホを操作してカーミラにメッセージを送る。これはカーミラとつながっているメーシャだからこそできる仕事だ。
「ありがとうございます」
農場主のおじさんが頭を下げた。
「気にしないで。……それより、灼熱……だっけ? あの子はいないの?」
ラードロ化していたロボロフスキーハムスターのようなモンスターが見当たらない。
「ああ、若頭は洞窟で留守番してもらってるんです。若頭は戦闘はイケても他はからっきしだからなあ」
「ラードロ状態の時は火力こそありましたがあまり強い、という印象はありませんでしたよ? 僕でも倒せそうでしたし」
火炎放射をしたと思ったら、いつの間にか燃料切れでよわよわになっていた印象しかない。
「そうかい? 若頭は、火が切れても自分で増やして回復できるし、炎吸収するから敵によっては一方的に勝てるし、炎の扱いの才能ならゲッシ随一だし、火力の出し過ぎで暴走して味方すら近寄れない以外弱いところは無いはずなんだけど……」
「連携取れないのは玉に瑕。あれさえなんとかなりゃ、立派な里長になれると思うんだけどなあ」
齧歯類モンスターの里があり、灼熱は聞く所によるとそこの時期里長候補らしい。
「そうなんだ。じゃあ、ラードロ化してむしろ弱体化したパターンってことか。おもしろ。…………住民登録の件でどうせ会うことになるし、戦力は多いに越したことはないし、一回会って話を聞いてみよっかな」
『まだドラゴン=ラードロ戦まで時間があるっぽいし、様子を見てみるか』
「ドラゴンと言えば炎を吐くイメージですし、炎吸収できるならもしかしたら助けになるかもしれませんね」
そして、メーシャたちはバトルヌートリアとデスハリネズミたちと一緒に泉の洞窟に向かって行ったのだった。
メーシャは改心した灼熱をアレッサンドリーテの住民に登録する審査をするため、拠点にしているという泉の洞窟の広間に来ていた。
「……あ、めちゃ香ばしいイイにおいする」
広間……部屋に入ると、何かが焼ける香がふわっとただよってきて胃袋を刺激する。
「おっとぉ、バトルヌートリアとデスハリネズミもう帰って来たのかぃ? いま灼熱とくせい超火力豆チャーハンを作ってるから、晩メシはもうちょい待っててくれな!」
ヒトの気配を感じた灼熱は子分のふたりと思って、石を積み上げだけの調理場でチャーハンを作りながら歓迎してくれた。
灼熱が作っているのは豆チャーハンという名の、豆と米と塩胡椒だけのシンプルな焼き飯のようだ。
そんな灼熱の行動もそうだが、見た目も真っ黒な状態から明るい赤色のロボロフスキーハムスターのようなキャッチーな姿になっており、ラードロの状態からガラッと印象が変わっている。
「おい灼熱さん、おきゃくさんだ」
バトルヌートリアが料理中の灼熱さんの邪魔にならないように注意しながら声をかける。
「んあ? …………おう、そうみてぇだな」
一瞬振り返りメーシャを一瞥した灼熱さんは豆チャーハンを器に盛り、手作りのガタガタなちゃぶ台に置いたあと、ちっちゃなエプロンで油まみれな手をぬぐいつつ神妙な面持ちでメーシャの前までやって来た。
「おひさだし。元はどこ住んでて、なんでラードロになったかとか知らないけどさ、この国に住むならとりま住民登録しないとみたいだから顔見に来たんだし。審査とかあるみたいだけど、あーしこう見えて一応騎士ってことになってるからある程度融通きくよ?」
メーシャは騎士の権限全てではないにせよ、常識の範囲内で行使できるようカーミラが取り計らってくれていた。
それに、自分が倒してヒデヨシが浄化、最後にカーミラが回復してみんなで救った命でもあるので、もし何かできることがるならば手を貸したいと思ったのだ。
「そうかぃ。ん〜…………あっしは、住民登録はどうでも良いな。元々故郷の里を抜け出した根無し草だし、この街のヒトらにゃ迷惑かけちまったからなぁ。アンテナついて操られてたあいつらふたりはともかく、完全にラードロ化してたあっしはこれ以上怖がらせないためにも、出ていくのがスジってもんじゃねぇかな? 一度失った同然の命だ、気にしねえでくれ」
「……そっか。あ、でも判断する前にちょっと、アンテナついてるのとラードロ化の違いって訊いていいかな?」
操られていたとはいえ、バトルヌートリアもデスハリネズミも自我を少し感じられるような面はあったし、ラードロになっていた灼熱も見た目はともかく雰囲気としてはあまりふたりと変わらないように感じられた。
「お嬢は知らねえのかい。……ま、良いか。説明してやる」
それから灼熱はラードロについて、アンテナ付きについて説明してくれた。
"ラードロ"は邪神たちが扱うナノウイルスが身体と完全に一体化しており、基本的には倒しても宿主は救えない。なので、もしラードロ化してしまった場合は故人と判断され、どこの国でもどんな宿主でも討伐されるだけなのだ。
意識も下された命令を聞くゾンビに近い状態になるか、元の性格や欲望を邪悪に強めた状態になる。灼熱が成ったのは今回邪悪な方で、ヒデヨシが戦ったのはゾンビ状態の方だろう。
宿主の意識が強ければ元の性質や性格の一部くらいは引き継いだりする。記憶や元の性格そのものがあるわけでは無いので、それが活用されるのは敵対したヒト側を混乱させる時くらいなものだ。
対してアンテナの方は、通称"タタラレ"と呼ばれ、命令を下すアンテナを取り付けたラードロの簡単な命令のみを聞く。
アンテナを破壊すれば、肉体にダメージを受けるものの回復魔法を使えばほとんどの者が助けられる。
アンテナがついた場合、ラードロに対し敵意や恐怖、違和感すらも感じなくなり、本人も普段通りに過ごしているように脳が解釈する。
ラードロに対しての敵意を感じた場合異常なまでに攻撃的になるものの、ラードロが命令を下していない場合は元の性格のままであることも多いとか。
「──つまり、あっしが下した『街の物資を持って来い』てな命令と、あんたらが来たときに下した『侵入者を倒せ』以外は、こいつらもその辺りの草とか木の実食ってたんだ。許してやってくれぃ」
灼熱はバトルヌートリアとデスハリネズミの悪事は全て自分の責任だと語る。
「……そっか。出ていきたいなら、居心地が悪いって言うなら止めはしないんだけどさ、その後はどうするつもりなの?」
メーシャはしゃがんで灼熱の目線に少し近づける。
「そうですよ。ひとりになったらまた狙われるかもしれません。幸い農場主さんも怒っていないようですし、しっかり謝罪して協力しましょうよ」
ヒデヨシが灼熱に詰め寄る。だが……。
「いや、あっしにゃあ着けなければならないケジメがあるんでぃ」
灼熱は顔を背ける。
「ケジメ……?」
ヒデヨシは首を傾げたが、メーシャは何かに気付いて目を細める。
それは子分のバトルヌートリアやデスハリネズミも察したようだ。
「灼熱さん! 自分だけ罪をかぶろうなんて、水くさいよ! あたいらは、あんたの子分で一蓮托生なんだ。責任をとるならあたいらだって!」
「そうじゃ! ワシらもお伴する……! アイツらはワシらの誇り高きゲッシ(齧歯類型モンスター)の魂を侮辱したんじゃい! 成功するか分からんが…………それでも、ひと泡吹かせるくらいはしてやる!!」
そう、灼熱の言う『ケジメ』とは。
『ドラゴン=ラードロ軍にひとりで挑む気か』
デウスがいつに無く真剣な声でつぶやいた。
「………………あっしは止められてもとまらねぇぜ。確かにあっしは根無し草のハグレもんだが、まだゲッシの誇りは持ってるつもりでぃ。それに…………故郷に伝わる伝説のゲッシの英雄『灼熱』の由緒正しき御名を頂いてんだ。邪悪に負けて、ビビって立ち上がれませんってワケにゃいかねえだろうよ……!」
灼熱の意思はかたそうだが、少し寂しそうな顔をした後にゆっくりまた口を開く。
「…………デスハリネズミ、バトルヌートリア、気持ちありがたかったぜ。でもてめえらはついてくんな。今日限りでふたりとも破門だ。あっしは明日の明朝ここを出ていくぜぃ。アレッサンドリーテのみなさんと幸せにな……」
ドラゴン=ラードロに挑めばタダじゃすまないのは重々承知というわけだ。だから、かわいい子分は無事でいて欲しいということなのだろう。
「し、灼熱さん……」
「その心、揺るぎねえってことなら……ワシとて何も言えねえじゃねえか……」
灼熱さんの覚悟の重さを察したふたりはもう何も言えなくなってしまった。
「そう言うわけだお嬢ちゃん。自分勝手だってぇこたぁ分かってるが、アイツらのこと頼むわな」
そう言うと灼熱さんは踵を返してちゃぶ台の元へ行き、寂しそうな……でもしっかりした背中で最後の晩餐を食らおうとする。
「──ねえ」
そんな灼熱の背中に、メーシャは少し場違いなほど明るい声をかける。
「…………」
聞こえてはいるのかぴくりと動くが、灼熱は黙って豆チャーハンを食うのを止めない。
「巨悪に単身挑んで散るってさ、カッコイイよね。でもさ…………」
「…………」
メーシャの言い方が少し気になったのか、灼熱は一瞬スプーンを止める。
「同じ志のもと集まった仲間と共に、巨悪を討ち倒してさ…………灼熱さんもなってみない? 伝説に負けない『|英雄』にさ」
メーシャのこの言葉は、文字通り灼熱の運命を変えたのだった。
「────あっしが『灼熱』に……!」
メーシャは覚悟を受け取り、灼熱さんを仲間へと勧誘したのだった。
「あーしはドラゴン=ラードロを倒して、邪神を倒して世界を救うけど……あんたはどうすんの?」
メーシャは挑発的に笑う。
「あっしは……あっしは……」
灼熱さんは迷いを持った目でメーシャとヒデヨシとバトルヌートリアとデスハリネズミ、そして己の手のひらを見回す。
死地におもむくつもりであった。せめて世界に、ドラゴン=ラードロにゲッシの魂ありと見せつけられればそれで良かった。子分の無念だけでも晴らせれば良かった。それさえ叶えばもうどうなっても良かった。
だが…………メーシャのひと言で灼熱さんに欲望が、期待が、想い描きたい明日が生まれてしまった。
「メーシャお嬢様って実戦で負けたことないんですよ。それに、もしまたラードロになったとしても、僕やお嬢様がいれば何度でも戦えます」
ヒデヨシが力強く頷いて見せる。
「ワシは灼熱さんがこの勇者のお嬢ちゃんについていくなら応援させてもらうぜ。会ったばかりで滅多なことは言えないが、こんなどこの馬の骨とも分からねえゲッシなのに必死に住民になれるよう取り計らってくれたんだ」
「あたいは灼熱さんがゲッシの誇りをドラゴン=ラードロに見せつけてくれるのは嬉しい。でも、名前だけの英雄を語り継ぐより、伝説を残した英雄が凱旋した方がゲッシの誇りを守れると思うね。だから、少しでも助かる確率が上がるなら仲間ってのもいいんじゃないかい?」
バトルヌートリアとデスハリネズミが後押しする。
「ふたりとも……。そうだな」
灼熱さんの瞳に炎が宿る。
「……お嬢、ヒデヨシさん、訊いても良いかい?」
灼熱さんがメーシャに向き直る。
「なあに?」
「アツくなりすぎると周りが見えねえようになる。それでも一緒にいてくれんのかい?」
「見えないなら僕が目になりましょうか? 僕も実は炎の扱いが上手いんです。灼熱さんのアツさの向きくらいなら調整しますよ。でも、その代わり……」
灼熱=ラードロ戦で手に入れた能力のおかげで、格段に炎の扱いが上手くなったヒデヨシ。火力は負けるだろうが、細かい作業なら自信アリだ。
「火力なら誰にも負けねえぜぃ!!」
「じゃあなんも問題ないね。火力期待してるよ」
「…………あともうひとつ。メーシャのお嬢、あっしはあんたの傘下に加わるわけだ。だからお嬢、あんたがやべぇ時あっしは命を張らせてもらうつもりだ。その代わり、と言っちゃなんだが……あっしの英雄道、手伝ってくれい!!」
──バッ。
灼熱さんは勢いよく頭を下げた。誠意を見せたのだ。
「……分かった」
メーシャは短くそう答えた。余計な問答はもういらないと思ったからだ。
「ありがてぇ……!! では、このハムオブザスター灼熱を……あっ、よ〜ろ〜し〜く〜!!」
灼熱さんが仲間に加わった。
● ● ●
結局デスハリネズミとバトルヌートリアは泉の洞窟のこの拠点住所とし、農業をなりわいとしていくことになった。
ある程度の経験はあるが、ハムオブザスターという種族の才能を考えれば足を引っ張ってしまうことがほぼ確実なので、そうなるくらいなら拠点を気にせず思いっきり戦えるよう努めるとのことだ。
灼熱さんはメーシャの仲間、つまり臨時騎士の預かりとして登録。対ドラゴン=ラードロ作戦後には功績しだいで正式な騎士になるか、一般市民となるか選択できる。これで晴れてアレッサンドリーテの住民となった。
「たしかまた近いうちに、ラードロに奪われた砦を抑えるんだったっけ?」
今日はカーミラ宅で今後の予定を立てるのも踏まえて、メーシャとカーミラとヒデヨシでアフタヌーンティーを楽しんでいた。灼熱さんとデウスはゲッシのみんなで農場の方だ。
お家の壁は薄い水色で二階建て、庭もウッドデッキやある程度の家庭菜園ができる程度と外観は派手ではないものの、中に入ればシンプルながらも上質な家具家電が取り揃えられていて、しかも執事のおじいちゃんのお出迎え付き。さすが近衛騎士団長だ。
「そうね。元々廃れた廃墟のような砦をオークが占領してたんだけど、そこに目を付けたラードロ軍がオークたちを手下にして砦を補強、近隣の町やアレッサンドリーテ軍を襲ってるとか。そこは行軍するには無視できない位置にあるから、準備ができ次第砦を取り返そうと決まってね」
やわらかな花の香りがする紅茶をひとくち。
カーミラは今日一応オフなので、珍しくいつものブルーミスリルメイルを着ていない。
淡い緑の絹のワンピースに濃い緑のカーディガンだ。
「それってあーしも参加すんの? ドラゴン=ラードロ前にできるだけ戦闘経験を積んどきたいんだけど」
メーシャはカーミラ特製の苦いお茶だ。気に入ったらしい。
ちなみにメーシャも今日は制服や体操服ではなく、ノースリーブのトップスにショートパンツとカジュアルスタイルだ。
「そうですね、お嬢様が今戦えているのは灼熱さん以降トレントくらい。プルマルも逃げちゃいますし、街の周辺は平和そのもの。このまま決戦というには不安が残りますね」
ヒデヨシが両手で紅茶のカップを傾ける。
「う〜ん…………今からだと遊撃隊ということになるけど、参加する? 役割はジョセフィーヌ殿下の安否がわかる情報を探すことだから、戦闘できるかは分からないけど」
カーミラはまいにちのようにメーシャとお話をしているので、今ではなんとか敬語を使わなくても緊張しないようになった。
「うん、やるやる! 機密情報とか集まってるとこなんて幹部とか居そうだし、むしろあんがとね!」
「あ、でもそれまで少し時間があるし、先に別件でモンスター討伐の依頼が来てるからメーシャちゃんに回そうか。それと、最近はメーシャちゃんが頑張ってくれたおかげで街の中も静かになってきたから、良い機会だし冒険者ギルドに行ってみるのも良いかも」
カーミラがスマホのようなタブレットをスワイプし、データが色々描かれたホログラムを空中に出現させる。
「ギルド! いいかも! ゲームとかアニメ好きなら一度は憧れるロマンの塊! 職業診断というか、適正みたいなの測ってもらえるのかな?」
メーシャはワクワクで胸いっぱいだ。
「志望者の冒険者適正だとか、職業適正、クエストの得手不得手を診断する魔法機械がギルドにはあるらしいよ。詳しくは知らないけど、診断が正確だからクエストの無理な受注が減って、その機械導入してから亡くなった方が10分の1以下に減ったとか」
「おお、すご! これは絶対やってみないとだね。……そんで、モンスター討伐ってのは?」
「これは比較的緊急の依頼で近隣住民は既に避難済みなんだけど、なかなか厄介なモンスターでね。……数百年前当時のアレッサンドリーテ王と賢者数十人、数百人の兵士の命と引き換えに封印した、獅子の頭と蛇の尻尾を持つ山羊のモンスターだとか。その封印がつい最近何者かによって解かれた。
能力についての記述はないけど、強力な上に縄張り意識が強いからヒトも他のモンスターも数多くが犠牲になったみたい。
当時の兵の練度や魔法技術は今ほどでは無いにしても、この量の被害が出ているのは異常ね。今の騎士が戦ってもタダじゃ済まないかも。それで名前は、えっと…………」
カーミラがホログラムを操作して名前の欄を探すが、メーシャはその特徴に聞き覚えがあった。もし勘違いでなければ、そのモンスターの名前は……。
「──キマイラだね」