メーシャが戦ったり空中浮遊している頃。時を同じくして、カーミラ視点。

「……いくよ、()()()

 カーミラの掛け声とともに風がふわりと渦巻き、その精霊は静かに姿を顕現(けんげん)させた。

「──ふも……!」

 フーリ……カーミラの契約している精霊なのだが、黄緑色で二足歩行の2頭身タヌキで、大きさも30cmくらいしかない。見た目は完全にゆるキャラだ。
 ちなみに、名前の由来も風の狸で『風狸(フーリ)』である。

「ギリリィ……?」

 そんな精霊の姿にトレントもおもわず(あなど)ってしまう。だが──。

「もい!」

 頬すら届くか怪しいほど短い手を振ると、風が斬撃となって風を切り裂きながらトレントをまっぷたつ。一瞬で倒してしまった。

「本気を出すまでも無いですが……『──来たれ、金色(こんじき)の鬼のチカラ』!!」

 刹那。カーミラの髪が瞳と同じ金色に染まり、圧縮されたオーラが地面をえぐる。

「ギ、ギュルル……!?」

 カーミラの放つ威圧感に、トレントは石化したみたいに動けなくなってしまった。

「…………ふう〜」

 動かないトレントを前に、腰の細剣に手をかけながらカーミラはゆっくり呼吸を整える。そして──。

「──はっ!!」

 細剣の閃きが駆け抜けると、周囲のトレントに大穴を開けてしまう。

「…………ギ……ギュル?」

 トレントは己が倒された理由を知る間もなく地面に倒れ伏した。

 カーミラのパワーは鬼のチカラで跳ね上がり、そのパワーでトレントが認識するより早い突きを放ったのだ。
 ただの早い突きなのだ。そう、音速を優に超えるだけのただの早い突きなのだった。

「今日の突きはまあまあですね。って…………あ、メーシャちゃんが……飛ばされていってる!?」

 驚きで鬼のチカラが消えちゃうカーミラ。

「むふ……?」

 慌てるカーミラとは逆に、自分の役割を終えたフーリはマイペースに木の実を食べていた。

「フーリ、むかえにいくよ!」

「もっふ!?」

 そんなフーリを抱えながら、カーミラは足元に風を発生させて空中を走ってメーシャを迎えにいくのだった。


 ● ● ●


 そして最後にヒデヨシ。
 まだトレントは十分いる。全部倒せば宣言通り1番多く倒すことができるはずだ。

「ちうっち……」

 ヒデヨシはここまでトレントの攻撃を回避していただけで、あえて一切反撃をしなかった。
 それはなぜか……。

「ちゅぁちう」

 昨日、ミツメオオカミ=ラードロ戦で覚えたブレス攻撃。使ったことはないが、これに確固たる自信があったからだ。

『ヒデヨシ、やっちまうんだな?』

 カーミラがメーシャの方に行ったので、デウスはヒデヨシの方についている事にしたようだ。

「ちう……!」

 ヒデヨシがお口を大きく開けると同時に、背中の五角形のマークが緑色に発光。エネルギーがお口の前にどんどん集まっていく。

「「「ギュルルィ……!!」」」

 ジリジリと距離を詰めるトレント。もうヒデヨシが逃げる隙間はなさそうだ。

『ま、逃げる必要はねえけどな。……ヒデヨシ、いっちょ見せてやれ!!』

「──ぢゅぁああああああ!!!!!」

 まさに灼熱の業火。
 有無を言わせぬその火力は、トレントを瞬く間に燃やし尽くしていく。

『す、すげえっ! 新技カッケェぜ!!』

「ちゅいぃいいい!!」

 ヒデヨシは火力を一定に保ちながら勢いよく回転。周囲のトレントを1匹残らず倒してしまった。
 しかも、その炎のブレスのスゴいところは、トレントは燃やしたのに森の木には少しの焼け跡すらつけていないことだ。

『…………ヒデヨシ、良かったらまた今度一緒に必殺技みてえなの考えようぜ!』

 デウスはヒデヨシのポテンシャルに惹かれたようだ。

ちゅいいちうちゅ(良いですよ)ちゅぁいちゅうち(最高なものを)ちゅちゅちいちい(作りましょう)……!」

 ヒデヨシもまだまだ己の伸び代を感じ、デウスとの必殺技作りの提案にワクワクしてしまうのであった。


 * * * * *


「──いゃあ〜、ごめんごめん! 今度からなんか降り方というか、空中で自由に動く方法とか考えないとだね!」

 カーミラに地上へ降ろしてもらったメーシャは、戻ってくるや少し恥ずかしそうに笑った。

「……メーシャちゃんは魔法の適性も悪くなさそうだから、風魔法を覚えるのも手かもしれない」

 完璧に、とまではいかないがカーミラはある程度の魔法がつかえるかの適性が分かるようだ。

「あ、魔法!? イイね! あ……でも、今はあれだから帰ったらかな?」

 ゲーム大好き人間のメーシャはもちろん、小さい頃に何度も魔法を出す練習をしていた。だから、本当に出せるならすぐにでも習得したいのだが、今は残念ながら任務中。
 しかも、もう洞窟に着いてしまった。

「もへ?」

 足元にいたフーリがカーミラの顔を覗く。

「そうね。すぐに出来るかはともかく、基本を教えるくらいならすぐか……」

 フーリは人語が分からない。だが、カーミラとフーリは長年一緒に過ごした仲。言葉がわからなくとも何が言いたいかは理解できるのだ。

「ちょっと待って、すぐイケんの?! ……マジ?」

 一連の会話でメーシャの目が輝いてしまう。

「はい。初級魔法の基礎を教えるくらいなら……」

ちううち(良かったですね)!」

「うん!」

 メーシャとヒデヨシの仲も半年と少しながら、互いに言葉を理解しているようだ。

『ウロボロスのチカラも全開放はまだまだ先だし、手札を増やせるのは良いかもな』

「よ〜っし! じゃあ、カーミラせんせい、お願いします!」


 ● ● ●


「心臓から血管を伝って熱を手のひらに送るイメージ……。そんで、手を当てたい(まと)に向けて、魔法名を唱える」

 メーシャはカーミラに教えてもらったことを復唱しながら手に意識を集中させていく。そして……。

「──"初級風魔法(ヒュル)"!」

 瞬間、虚空から風の刃が飛び出して落ちていた石ころを切り裂いた。

「…………すごい。こんなにすぐこのクオリティの魔法を出せるようになるなんて…………。もしかして、元々練習していたんでしょうか?」

『……メーシャならやりかねねえな。魔法のないはずの世界に住んでたのに、俺様と出会った頃には数え切れないほど転移魔法を経験してたくらいだからな……』

 デウスはメーシャの言ったゲームでの経験を、そのまま現実での経験と勘違いしたままのようだ。

「あんま時間かけてもあれだし、一回だけ飛ぶ練習するね?」

「……どうぞ」

「次は足に魔力を……この熱って魔力だよね? 魔力を集中させる〜……そんで、対象は足の下の空間? 空間にとどめる印象だったっけ?」

「そう。……あ、飛ぶ直前にジャンプしないと魔法が地面に当たって吹き飛ばされるから気をつけて」

「そだそだ。…………いくよ〜! ──初級風魔法(ヒュル)!」

 メーシャはジャンプした瞬間魔法を発動。
 風の刃は足の下で超高速回転し浮力を生み出し、メーシャの身体をふわりと浮き上がらせる。

「お、おぉ〜! で……でも、維持するの難しい……! 気を抜くとすぐに勢いが。──あっ!?」

 ぴょいーん!
 風魔法が暴走してしまい、強くなりすぎた浮力がメーシャを勢いよく飛び上がらせてしまった。

「ちうち!」

「あおあおあぁわっ!? ──初級風魔法(ヒュル)!!」

 落下して地面に叩きつけられそうになる直前、メーシャは調節もせずに勢いのまま魔法を発動。

 ──ドッゴッッ!!

「…………やりすぎちゃった」

 魔力過多で発動された風魔法は爆発を起こし、周囲の木々や地面を瞬時に切り裂いてクレーターを作ってしまった。

『…………まあ、被害がなくて良かった』

 今回落下地点が離れた位置で、味方も動物も他のヒトもいない場所だったので何事もなく済んだが、万が一を考えれば空中浮遊を実戦投入するのはまだ先にした方が良さそうだ。

「そ、そだね……」

「でも、空中で飛び続けるのは無理でもヒュル自体は安定して発動できるし、攻撃やとっさの移動に使う分には問題なさそう……かな?」

 カーミラがフーリとアイコンタクトで意見をすり合わせながらメーシャをフォローする。

「みっふぁ」

『そうだな。ただ、攻撃対象からはずして魔法が味方に当たっても傷付けないようにするテクニックがあるんだが…………まあ、それを覚えるまでは味方近くでの発動は控えた方が良いな』

「あ、フレンドリーファイアしないようにできるんだ?」

「あるけど、少し落ち着いた環境でやりたいので帰ってからしましょ」

 範囲が広かったり前衛の世界の外から飛んでくる魔法。なので、初級魔法を覚える時に基礎として味方に攻撃が当たらないようにする方法を学ぶのだ。
 だが今回は突貫でのレクチャーなので、時間のかかるこのテクニックを教えるのは見送ったのであった。


「わかった。そんじゃ落ち着いたところでそろそろ洞窟に入るか!」