――私は、みんなに嫌われているんじゃないだろうか、裏切り者だと思われているのではないだろうか。あの時に会いに来てくれた3人以外には。

――
北川高校元3年6組のみんなへ。同窓会のお知らせ。

7月7日午後7時 しゃぶしゃぶ△△の✕✕店に集合。

久しぶりにみんなで会って話そうぜ! みんな来いよ!
――

 小さい頃、仲の良しが集まった男女グループで虫取りに行き、そこで取ったセミを家の中で1週間だけ育てた――そんなことを大きくなってからセミを見るたびに思い出す。そんな風に忘れかけていた記憶が再び動きだすかのように3年6組のクラスラインが約4年ぶりに動いた。もう、一生動かないものだろうとどこかで思っていたけれど、クラス委員の晴真(しんま)くんが同窓会をやろうとみんなを誘ったのだ。そのラインにもう十分大人になったみんなが今流行りのスタンプを押すなどして次々と反応していく。

 高校3年生か――。

 このメッセージが送られているということは、もちろん私もかつて3年6組だった。ただ、少し違うのだ。この場合3年6組として最後まで過ごせなかったというのが正しいかもしれない。引っ越したとかそういうことではない、あれはきっとそうなる運命だったのだろう――そう思うのが正しいのかもしれない。

時雨(しぐれ)もあれ、来られる?』

 あのラインから20分ぐらい経った頃だろうか、すでに半分近くの人がスタンプやリアクションボタンで反応している中、私が3年6組で一番仲の良かった――いや、私の気持ちを一番理解してくれた晴真くん――そう、この同窓会を計画してくれた晴真くんが私に個チャでそんなメッセージを送ってくれたのだ。

 晴真くんとの最後のラインは4年前の3月1日、どうやら卒業式をやっていた日に晴真くんからの『どんなことが起きてもずっと仲間だからな!』というものであった。それからは空白だった。

『私も来ていいのかな……? だって、私はあれじゃん? それにみんなと会うの、ちょっと怖いな……』

 私なんかが来たら場違いだよそれにみんなと4年も会ってないし少し怖いよという意味を半分、晴真くんならきっとそんなことは否定してくれるだろうという期待を込めた意味を半分。そんなことを思いながらそのメッセージを送信する。私、ちょっと意地悪だなと感じるのは当たり前のことなのだろうか。

『もちろん来てよ! 時雨が3年6組であった事実は変わらないんだからさ! 怖くないよ。心配するな、俺もいるから!』

『わかった、少し考えてみる』

 期待していたような答えが返ってきてどこか安堵しているけれど、まだもやもやした空気が私の周りを覆っている。ただ、体は晴真くんからの答えをちゃんと受け取ったのか、クローゼットに向かい、気づけば服を探していた。晴真くんがいるのなら怖くはないのか。でも、まだ『怖い』という単語が頭の中をよぎる……。あのことで嫌われてないのかどうなのか。

 

 晴真くんが同窓会の日を7月7日にしたのは偶然なのか、はたまた意図的なのか――そんなことは分からないけれど、今日は7月7日という1年でたった1日しかない特別な日なのは間違いない。

 7月7日は多くの人が知っている通り七夕という日だ。辞書的な説明をすれば織姫さまと彦星さまが天の川を渡って2人が会える唯一の日。その星にお祈りすることで夢が叶うとされている――そんな感じだろう。

 だとすれば、今年の7月7日は『みんなに私の姿を認めてもらって、そしてあの人にちゃんと好きを伝えたい』そう願うだろう。

 昨日の夜までは雨が心配されていたけれど、そんな予想などどこかの風が吹き飛ばしてくれたのか理由はわからないけれど空から水が降ってくることはなかった。ただ、正直に言えば同窓会のある今日、家の中で何度

「やっぱり行くのやめようかな」

 と言葉に出してしまっただろうか。5つ歳の離れた姉との2人暮らしではあるが、姉は今日は仕事でいないためそんなことを独り言としてつぶやいていたのだ。例えるなら、今にも崩れそうな橋を渡れば手を差し伸べてくれる人が待っているけれど、その橋を渡るのか渡らないのか。

 ただ、晴真くんからのメッセージである『怖くないよ、心配するな俺もいるから!』という言葉を胸に刻むことで少しずつ怖さが消えていき、深呼吸して空気を私のものにすることで私は家のドアの鍵を閉めていた。



「みんな、久しぶり!」

「えー、4年前から全然変わってないじゃん! 化粧が濃くなったぐらい?」

「お前は、会社を立ち上げたんだっけ?」

「そういや、あいつ今度結婚するらしいよ」

 再会の場所の店に着くと4年前に聞いた声がこの空間を取り囲んでいた。顔を見なくたとしてもその人の顔が自然と浮かんでくる。ただ、私はやはり場違いという感情がどこかにあるためかみんなの集まっている店の入口にはいかず、店の端っこの方で大人しく待っていた。話す人がいないとかそういうものでもないけれど、私の足は地面と同化してしまったかのように動こうとしない。でも、みんなの姿が一方的に見えるだけのこの感じで私の体が動かないことを決して嫌だと思ったりはしない。

「そういえば、今日、時雨ちゃんて来るの?」
 
 時雨ちゃんという私の名前が聞こえた瞬間、私の足が持ち上がったような感じがしたのは気のせいだろうか。大きく唾を飲み込んだ。でも、上手く飲み込めなかった。

「ああ、晴真が時雨ちゃんも来るって言ってたよ! めっちゃ久しぶりに会えるじゃん!」

「え、時雨ちゃんくるの?」

「おお、あの子来るんだ!」

 さっきまでお互いの状況報告のようなものをしていたのに、1人が時雨――つまり私の話題を出したことで、その話題で盛り上がる始めた。みんなの表情を見たいが中々ここから顔を出せない。みんなはどんな顔で私の話題を話しているのだろう。気になるという感情が勝って少し覗いてみようと私は顔をほんの少し動かした。

「おう、久しぶり」

「えっ!」

 幽霊でも出てきただろうか、そう思って私はそうオーバーに反応してしまったけれど覗こうとしていた私の肩を急に叩いてきたのは晴真くんだった。そもそもこんな年齢になって幽霊など信じていない。

「急に驚かせないでよ」

「悪い悪い。ってかまだまだ子供だな、大人のくせに。もう22だろ? タバコもギャンブルもできる年齢なのにさ」

 私は晴真くんだけにできるふくれっ面をしてなんでそんなことをしたのという目で晴真くんを見たが、晴真くんは私のそんな行為など気にすることもなく私の手をやや強引気味に握って私をみんなのところへ誘導したのだ。

 まだ心の準備ができていないのに。みんなに変なこと言われないか。心が張り裂けそうなのに。

「おー時雨じゃん!」

 副クラス委員長だった子が私の姿を認識した後にそう言うと、周りの人たちも私の姿に気づき次々と視線をこちらに向けてくる。そして、私にとっては謎の拍手をし始めたのだ。その拍手は乾いたものとかそういうものとはほど遠かった。

「ほら、怖くないだろ?」

 みんなの大人になった顔の表情を見ても誰一人が私を睨んだような目で見てくる人などいなく、むしろ私がこの地面に立っていることを祝福してくれるような、見守ってくれているようなそんなものだった。

 確かに、怖くはなかった――。ただ、見せかけのものかもしれない。100パーセント安心できたわけではないけれど、きつく締めてきたベルトがこの一瞬でほんの少し緩んだ。どうしてだろう。

「まあ、立ち話もなんですからみんな早く中に入りましょうか」
 
 晴真くんがみんなの顔を見回しているのを横目に私は中に入っていった。中は4人がけの席であったので晴真くんが即興で作ったあみだくじでそれぞれの席を決めた。私のグループは運良くとも言うべきか晴真くんと、高校時代部活が同じでよく帰りハンバーガーショップに寄り道していたりする仲だった私の数少ない友人の(ゆき)霧佳(きりか)だった。ただ、雪と霧佳と会うのも実に4年ぶりであったため心拍数が気づかぬうちに早くなっていた。

「時雨ー、久しぶり〜」

「時雨、私のこと覚えてる?」

「うん、もちろん」

 そういえば、雪と霧佳の3人で過ごしたときは私がなんとなくリーダー的なポジションだったななんてことを今思い出したけれど、今はそんなことなく2人に対してうんそうだねとか覚えてるよという言葉を返しながら頷くだけだった。さっきので怖がりすぎる必要はないというのはわかったけれど、ただまだ完全に怖がらなくていい証拠は見つかっていないのでこんな感じで振る舞ってしまうのだろう。

「じゃあ、注文していくね」

 晴真くんはタッチパネルを片手に私達3人の好みを素早く聞いていきながらしゃぶしゃぶの肉はもちろんのこと野菜やお寿司などを頼んでいく。

「ねえ、時雨ってさあ嫌じゃなかったらでいいんだけど、今は何してるの?」

「今は……イラストレーターをしているかな」

「へー、さすが元美術部。まあ、私たちもそうだったけど」

 雪と霧佳と3人で過ごすことが多かったのは美術部という同じ部活に所属していたということが大きいのかもしれない。私達3人での引退前最後の共同作品がとある大会で惜しくも金賞とはならなかったけれど、銀賞になったことが一番の思い出だ。顧問の先生が一番褒めてくれたのもその時だった。

「じゃあ、みんな、準備いい? せっかくだから乾杯とかしようよ!」

「あー、確かに、乾杯とかまだやってなかったね」

「そうだね、やろー」

 晴真くんは全員が席に着いていることを確認すると、ビールが入ったコップを片手に、それを突き上げる。私もビールが入ったコップを晴真くんと同じように突き上げた。

 晴真くんがもう一度周りを見渡すと「3年6組に」声を張り上げてという掛け声をかける。すると、

「――乾杯!」

 とみんなが一斉に乾杯の掛け声をかける。タイミングなどをしっかりと決めていなかったのもあってか少しずれていたけれど、それでも私にとっては心地よい掛け声だったように思える。

 晴真くんが頼んだしゃぶしゃぶのお肉たちが私達のテーブルに置かれる。こうやって外に出て食事をすることなんてかなり久しぶりな気がする。私が引きこもり気味なのが原因なんだろうけれど。

 そういう事もあってかお肉をどれぐらい焼くのが適切なのかもあまり分からず、それは3人に任せてしまった。私はそれを横目に悪いなと思いつつも3人から何か食べてなと言われたのでサーモンのお寿司を二貫お腹に入れた。ビールも勢いよく飲んでいく。お肉もちょうどいい具合になったようでそれぞれの器に雪が乗せていく。私はまずしゃぶしゃぶにゴマダレをつけて食べた。

「ん? どうした私をじっと見つめてきて? なんか言いたいことでもあるの?」

 お肉を2枚食べ終えたところで私はごく自然に雪のことを見つめていたみたいだ。私は最初はそのことがなんだか恥ずかしくて首を横に振ったが、やはり少し聞いておきたいという気持ちが強かったのか、お酒が入っていてどこか気持ちいい気持ちになりたいと思ったのか、この場を乱さないか心配ではあったけれどこの場に今日来れた私ならきっと大丈夫だとどこかで確信して、とあることを3人に尋ねる。

「3人はさ、今でも私のこと3年6組の生徒として認めてくれてるの?」

 そう、これを。

「――時雨はまだあのことを引きずっているのかな?」
 
 霧佳は答えを出すことはなく、あの出来事という指示語を使ってそれをさらに引きずっているという言葉で表現しながら、そんなことを私の目を見て言ってきた。確かに、私はあのことを引きずっている。でも、霧佳の目の先がどこにつながっているのかわからない――どんな感情を持ってこの言葉を出したのかわからない。

「うん、私が病気になって最後は留年して3年6組として高校を卒業できなかったこと。人生で一番、引きずったことがこれだと思う――」

 私の言葉にこの空間にいた3人が目を向けてきた。私の幻覚かもしれないけれど、この場にいた元3年6組の人たちからも視線を向けられたような気がした。私はそんな中、あの過去をもう一度思い出してしまう――

『これは4ヶ月〜5ヶ月程度入院と自宅等で安静にする期間が必要ですかね……』

 人生で一番絶望した言葉は高校3年生の秋頃、病院の先生から言われたこの言葉だったと思う。数日前から調子の悪かった私が親のすすめで病院に行き検査をすると大きな病気が見つかったのだ。今のところ直接命に関わる可能性は高くはないとはいうが、入院や安静期間が必要ということを告げられたのだ。ただ、この時期にはいわゆる大学の雪O入試の結果が出ており行く大学が決まっていた。それにもかかわらず、4〜5ヶ月という長期間では留年を避けることは難しいという現状を突きつけられた。つまり留年により大学の入学も取り消しとなるのだ。ただ、一番辛かったのは、もしかしたら3年6組として高校を卒業できないことだったのかもしれない。

 私はそのような診断を受けたあと、すぐに入院した。体は特別重いとかだるいとか辛いとかとかいうわけでもないのに、そこでただ何もせず病院の汚れた天井を見ている時間が苦の時間だった。私が入院したこと、そして学校には4ヶ月〜5ヶ月ほど行けなくなるから3年6組として卒業できなくなることを指を震えながらクラスラインで報告した夜はハンカチが何枚あっても足りないほど涙を流した。その夜が一番辛かった。

 私が入院したことを聞いて一番最初に病院に来てくれたのが、学級委員長の晴真くんだった。ただ、学級委員長だったから一番最初に訪れたからではなく彼の本心から訪れたものだと私は思っている。

『今のところ、時雨は大丈夫なのか?』

 晴真くんが私の病室に入ってから一番最初に放った言葉がそんなものだったと今の私は記憶している。

『うん、今のところは』

 晴真くんからの問いかけに私は少し体を動かしてみせたんだ。そうすると、晴真くんは少し安心したように微笑んでいた気がする。その日の一番の薬だったような気がする。

『他のみんなはどういう反応してた?』

『まだ整理がついていない感じだったかな』

『そうなんだ。晴真くんもごめんね、私が約束を破ることになっちゃって』

『約束――?』

『わかってるくせに。最初に決めたじゃん。3年6組最後はみんなで、そして笑顔で卒業すること。これが学級目標であって、ある意味約束だったでしょ? この目標が達成できたら先生が春休みにみんなをどっか連れて行ってくれるって話だっけ。それもなしになっちゃうよね。みんなこの約束を守るために勉強が苦手な子も頑張って取り組んでたのにこういう形でみんなを裏切ることになるなんて……。特に晴真くんは学級委員長としてみんなをまとめてきた点、その思いが人一倍強いのにさ。一番私を許せないんじゃない……?』

 私の言葉にその時の晴真くんはただ何か言葉を探そうとしていた。どこかにある言葉を。最終的にその時に晴真くんが出した言葉は少なくとも僕はそんなことは思ってないよという言葉だった。ただ、その翌日に晴真くんは長文のラインでこのことについてちゃんと答えを伝えてくれたのだ。

『本音を言うのなら、3年6組全員で笑顔で卒業できるのがいいに越したことはないと思う。でも、時雨が卒業できないのは時雨自身が悪いわけじゃないじゃん。だから、時雨は何も悪くないよ。仮に時雨が出席数が足りなくなって留年したとしても3年6組だったていう事実はずっと変わらない不変の事実なんだよ。僕にとっては時雨はすごく大事な人だからさ、なんて言えばいいんだろう。わからないけど、今の僕にとって本当の目標は最後までみんなが3年6組として過ごすこと。これなんだと思う。だからさ、今はこの約束を守ってほしい』

 こんな文を送ってくれた。200字を超えるラインだったのに、私はその一字一句を知らぬ間に暗記していた。そして、このラインが私が彼に好意を持った初めてのことだった。

 病院には美術部で仲の良かった雪と霧佳もよく来てくれるようになった。担任の先生も時々顔を出してくれて。来る毎に果物を持ってきてくれた。その持ってきた果物で季節の変わりを感じていたときもあった。やはり、一番私の病室に足を運んでくれたのは晴真くんだった。その時間は私の癒しの時間となっていた。治療で痛くなっていた体も、その時だけはなぜか痛くはなかった。

『時雨はさ、今後どうするとか決めたの……?』

『んー、私は大学に行くのは諦めて美術に関するところで仕事をしたいかな』

『そうか、じゃあ勉強はどうする? 俺ももう結果出てるから一応一緒にできないわけでもないいけど』

『できたら勉強もしたいな。お願いしてもいい?』

『おお、時雨は真面目だなー。もちろんいいぞ』

 この時私が勉強をお願いしたのは晴真くんと少しでも多くの時間を共有したいからという理由以外にも、まだ高校3年生でありたいという意思があったからなのだろう。晴真くんと時間をかわしていくうちに私「ちゃんと好きなんだ」ということを自覚していった。特に体があたってしまった時は特に顔が赤くなってしまった。初めて私をちゃんと支えてくれる人ができたと思った。

 ただ、私の病室に来てくれたのは3人のクラスメートだけであり、他の生徒が来ることはなかった。来てほしかったとかは正直言えばどちらでもよかった。でも、他のクラスメートが私のことをどう思っているのかが今もなお気になっていた。一度だけ晴真くんにそれを訪ねたけれど上手くごまかされた。裏切り者のような私を怒っているのか、がっかりしているのか、なかったものとしてみているのか。

 だから、今日みんなに会うのが怖かった。あの出来事があってから初めて会う人が多いから。

 ――私はそんな過去を3人に、そしてここにいるクラスメートに話していった。いつの間にかみんなも私の近くに集まって話を聞いていた。場の空気を乱した私をどう思ってるのかちゃんと本心が知りたいとずっとずっと思っていた。それだけでなく、今ので私の想いが晴真くんにも届いてしまった。好きという想いが。

「こんなところで言うのは、なんだかおかしいかもしれないけれど、それにもう4年も経ってるけど、私は晴真くんのことが好き。だから、もしよかったら付きあってほしい。そして、みんなには私のことどう思ってくれたのか本心を言ってほしい。もちろん、どんなに私を責めてもいいから」

 全てすっきりした――この言葉で表すの正しいのかわからないけれど、私の心の中に貯めていたものは全て出すことができた。

「ちょっと誤解しているよ――」

「えっ……?」

 誤解している? とあるクラスメートは私に対してそういった。何かを誤解していると。

「あのさ、今時雨ちゃんは3人以外病室に来てくれなかったから嫌われてるんじゃないかなって思ったって言ったでしょ。でも、来られなかったのには理由があってね、時雨ちゃんのご両親から時雨は人との関わりがうまくなくて仲のいい人以外で会うと心が緊張したりして逆に病気を悪化させてしまうかもしれないかもしれないから、会わないようにって言われてたから会わなかったんだ。本当は、会いたかったよ」

 確かに、私は人と関わることが得意ではなく、あまり仲のいい人以外と話すと極度に緊張してしまうことがある。それが病気の悪化につながる可能性もあるため、あえてみんなは私と会わないということをしてくれたのだ。だから、私のことを嫌っていたわけじゃない。そんなことを今の言葉で間接的に伝わった。

 私は、大きな誤解をしていたのだ。

 とんでもなく大きな誤解を。

「でもさ、もしよければ今からでも時雨ちゃんと関わりたいな」

「私も関わりたい、今度どこか一緒にいかない?」

「僕ももちろん。よかったらさ、うちの会社のデザインとか手伝ってくれない?」

「もちろん俺とも関わってくれよ。本とか好きだよね。俺も好きなんだ」

 次々にこんな私と関わりたいという声が私の耳元まで届く。こんなことは初めてだったから正直に言えば驚いている。私と関わりたいといってくれる人がこんなにも近くにいたなんて。そんな私の姿を見て隣りにいた雪は私の方をぽんぽんと優しく叩いてきた。

「今日、ここに来てよかったね」

 そして霧佳もそう言いながらこっちに来て、私の頭を優しくなでてくる。

「時雨って人気者だったんだな。もちろん、気づいていたけどよ。僕もさ、正直なところ時雨と時間を通わしてていつの間にか好きになってたけど、今はさ、まだこれを見たら付き合わない方がいいんじゃないか。時間は沢山あるんだし」

 彼の言うとおりだ。まだ彼一人に尽くすよりも、沢山の人と時間を通よわせる方が断然いい。もちろん、彼と付き合いながら沢山の人と時間を通わせる方法もあるけれど、私はそんなにできた人ではないから、今はまだ付き合わない方がいいのかもしれない。でも、彼も好きと言ってくれたのに驚かないのはなんでなんだろうか。そんなことはどうでもいいや。

「私もそう思う」

 私は彼の顔を見てはっきりとそういう。ある意味これは私にとって初めての失恋なのかもしれない。だって今付き合うことはできないのだから。失恋の味は苦いものだ。でも、この失恋はほろ苦くて、少し甘い。そんな味がするような気がする。私は嬉しい意味での涙を流した。変なことを言うけれど、振られてもこんなに輝いていると思うのはこの先もう一生ないだろう。輝いた失恋だ。

「たださ、今、これだけ先に渡しておくよ」

彼はそう言うと、私の顔に自分の顔をくっつけてきた。そして、私の唇と彼の唇が一直線になる。キスだ。このキスもほろ苦くて、少し甘かった。周りからも温かい拍手が送られた。

 そして、この同窓会が終わったらまずは彼と2人で夜道を歩こう、そう約束した。