「ああ、聞いたことあるような…」
ジオエンジニアリング――日本語に直訳すると「地球工学」となる。つまり、地球の自然現象を工学技術により改変するものだ。古いものなら植樹や植林、堤防の建設が当てはまるが、科学技術が進んだ21世紀では太陽光の強さを調整するために宇宙に鏡を散布したり、海洋に炭酸を注入したり鉄分を入れて肥沃化したりするものがある。
「実はね…フン・カメーたちは海流を改変するジオエンジニアリングを研究していたの」
リヴァイアサンは海蛇の形態をしている。全長は200mで、シバルバーの陸地があった北大西洋から海流に乗って、地球上の海を流れているらしい。その過程で、海流を変えたり海中の温度や酸素濃度、塩分濃度を変えたりして、魚などの海中資源に影響を与えているという。
なぜそんなシステムを開発したのかといえば、シバルバーの漁業生産量を上げるためだ。シバルバーは大西洋の赤道よりやや北に位置していた。その海域は、海底の深層海流と海面の表層海流の間にある。この海域は魚があまり採れなくて、シバルバーでは漁獲量が都市人口の割には少なかったという。
そこで、同国では極秘に海流を改変するシステムを開発し、自国の海域付近に海産物が集まるように計画していたらしい。
「まったくあの男は……」
ソールはため息をつく。開発者であるフン・カメーは海の藻屑となったが、その遺物と言える代物が世界を脅かしつつあるのだ。死してなお、人を困らせるとはなあ……。
ソールはおもむろに立ち上がった。
「どこに行くの?」
イシュタムの問いに、当然のように答える。
「リヴァイアサンを見つけて撃破する。そのためのシステムを造るんだよ」
ソールは、イシュタムの話をもとに大西洋の海流を調べてみた。すると、事は地球規模の現象になると分かった。
大西洋では、南から北に向かう海流は海面の表層を、北から南に向かう海流は海の深部を流れるという。北極海まで来た表層海流は冷却されて深海に潜り、深層海流となって南に向かう。この巨大な海流を、21世紀では「AMOC〈Atlantic Meridional Overturning Circulation:大西洋での南北方向の攪拌(かくはん)循環〉」と称している。南下して南極まで来た海流は、南極の周囲を巡る円環の海流に連なる。
余談だが、21世紀では、地球温暖化の影響により、海水の塩分濃度が薄まることでAMOCの深海に海流が進む速度が減少するという現象が起きている。そこから、局地的な海面上昇の加速、ハリケーンの拡大が起きたり、雲が形成されにくくなって降水量が減り、農作物にも影響したりすることが予想されている。
リヴァイアサンはこの海流に干渉し、流れを早くしたり遅くしたりして……または局地的に逆流させているようだ。海産物を集めるだけだったのに、世界各地に思わぬ迷惑をかけていたのである。
「ここまでは分かった、問題はこれからだ」
「うん……」
ソールの言葉にイシュタムが力なくうなずく。リヴァイアサンは200mの海蛇型無人潜水艦と言える。かなりの巨体だが進むスピードは音速に近いらしい。海中で音速を出す潜水艦など、現代の科学技術でも実現は不可能に近い。しかも、リヴァイアサンは大西洋と南極周辺を絶え間なく動いている。それを探索して撃破することは、確率論からして雲をつかむようなものだった。
しかし、ソールはパピルスにメモを取り始めた。彼は設計・開発の時、考えるより何かを書くようにしている。頭の中であれこれ考えてもアイデアはまとまりにくく、手を動かしている方がよいのだ。
やがて一つの考えがまとまり始めた。
それから数日間。世界各地で奇妙な現象が目撃された。グリーンランドの南部にあるラブラドル海盆で巨大な烏賊が目撃されたのだ。また、北極圏内のノルウェー海でも、同じく巨大な烏賊のような物体が目撃されている。その様子はというと、突然海面近くに烏賊が出現し、次の瞬間には頭部が海に潜って8~10本の巨大な脚が海面を下から押し上げるように潜っていくというものだ。その衝撃で近くを航海していた船が、数多く沈められている。
沈没船から運良く生き残ったクルーの証言をもとに報道記事が作られた。やがてラブラドル海盆の烏賊は「クラーケン」、ノルウェー海のものは「ハヴグヴァ」と名付けられた。いずれも巨大な烏賊、または蛸として神話で語られていく海の怪物である。
これらの報道を聞き、ソールは次の予測をした。クラーケンもハヴグヴァも、おそらくリヴァイアサンだろう。海に潜る時、形状を変えるようになっていると考えた。さらに、同じ海域で目撃情報が1週間に1回の頻度で出ることを突き止めた。つまり、リヴァイアサンは1週間でAMOCと南極周辺を回り、同じ海域に戻ってくるというわけだ。この間、北大西洋では魚の不漁だけでなく、近隣の陸地での局地的な豪雨が度々起こった。
この情報をもとに、ソールはリヴァイアサン迎撃システムを設計し、開発し始めた。昼夜問わず没頭し、2週間でそのシステムは完成したのである――。
ジオエンジニアリング――日本語に直訳すると「地球工学」となる。つまり、地球の自然現象を工学技術により改変するものだ。古いものなら植樹や植林、堤防の建設が当てはまるが、科学技術が進んだ21世紀では太陽光の強さを調整するために宇宙に鏡を散布したり、海洋に炭酸を注入したり鉄分を入れて肥沃化したりするものがある。
「実はね…フン・カメーたちは海流を改変するジオエンジニアリングを研究していたの」
リヴァイアサンは海蛇の形態をしている。全長は200mで、シバルバーの陸地があった北大西洋から海流に乗って、地球上の海を流れているらしい。その過程で、海流を変えたり海中の温度や酸素濃度、塩分濃度を変えたりして、魚などの海中資源に影響を与えているという。
なぜそんなシステムを開発したのかといえば、シバルバーの漁業生産量を上げるためだ。シバルバーは大西洋の赤道よりやや北に位置していた。その海域は、海底の深層海流と海面の表層海流の間にある。この海域は魚があまり採れなくて、シバルバーでは漁獲量が都市人口の割には少なかったという。
そこで、同国では極秘に海流を改変するシステムを開発し、自国の海域付近に海産物が集まるように計画していたらしい。
「まったくあの男は……」
ソールはため息をつく。開発者であるフン・カメーは海の藻屑となったが、その遺物と言える代物が世界を脅かしつつあるのだ。死してなお、人を困らせるとはなあ……。
ソールはおもむろに立ち上がった。
「どこに行くの?」
イシュタムの問いに、当然のように答える。
「リヴァイアサンを見つけて撃破する。そのためのシステムを造るんだよ」
ソールは、イシュタムの話をもとに大西洋の海流を調べてみた。すると、事は地球規模の現象になると分かった。
大西洋では、南から北に向かう海流は海面の表層を、北から南に向かう海流は海の深部を流れるという。北極海まで来た表層海流は冷却されて深海に潜り、深層海流となって南に向かう。この巨大な海流を、21世紀では「AMOC〈Atlantic Meridional Overturning Circulation:大西洋での南北方向の攪拌(かくはん)循環〉」と称している。南下して南極まで来た海流は、南極の周囲を巡る円環の海流に連なる。
余談だが、21世紀では、地球温暖化の影響により、海水の塩分濃度が薄まることでAMOCの深海に海流が進む速度が減少するという現象が起きている。そこから、局地的な海面上昇の加速、ハリケーンの拡大が起きたり、雲が形成されにくくなって降水量が減り、農作物にも影響したりすることが予想されている。
リヴァイアサンはこの海流に干渉し、流れを早くしたり遅くしたりして……または局地的に逆流させているようだ。海産物を集めるだけだったのに、世界各地に思わぬ迷惑をかけていたのである。
「ここまでは分かった、問題はこれからだ」
「うん……」
ソールの言葉にイシュタムが力なくうなずく。リヴァイアサンは200mの海蛇型無人潜水艦と言える。かなりの巨体だが進むスピードは音速に近いらしい。海中で音速を出す潜水艦など、現代の科学技術でも実現は不可能に近い。しかも、リヴァイアサンは大西洋と南極周辺を絶え間なく動いている。それを探索して撃破することは、確率論からして雲をつかむようなものだった。
しかし、ソールはパピルスにメモを取り始めた。彼は設計・開発の時、考えるより何かを書くようにしている。頭の中であれこれ考えてもアイデアはまとまりにくく、手を動かしている方がよいのだ。
やがて一つの考えがまとまり始めた。
それから数日間。世界各地で奇妙な現象が目撃された。グリーンランドの南部にあるラブラドル海盆で巨大な烏賊が目撃されたのだ。また、北極圏内のノルウェー海でも、同じく巨大な烏賊のような物体が目撃されている。その様子はというと、突然海面近くに烏賊が出現し、次の瞬間には頭部が海に潜って8~10本の巨大な脚が海面を下から押し上げるように潜っていくというものだ。その衝撃で近くを航海していた船が、数多く沈められている。
沈没船から運良く生き残ったクルーの証言をもとに報道記事が作られた。やがてラブラドル海盆の烏賊は「クラーケン」、ノルウェー海のものは「ハヴグヴァ」と名付けられた。いずれも巨大な烏賊、または蛸として神話で語られていく海の怪物である。
これらの報道を聞き、ソールは次の予測をした。クラーケンもハヴグヴァも、おそらくリヴァイアサンだろう。海に潜る時、形状を変えるようになっていると考えた。さらに、同じ海域で目撃情報が1週間に1回の頻度で出ることを突き止めた。つまり、リヴァイアサンは1週間でAMOCと南極周辺を回り、同じ海域に戻ってくるというわけだ。この間、北大西洋では魚の不漁だけでなく、近隣の陸地での局地的な豪雨が度々起こった。
この情報をもとに、ソールはリヴァイアサン迎撃システムを設計し、開発し始めた。昼夜問わず没頭し、2週間でそのシステムは完成したのである――。