夕暮れ時に笑うキミを僕は永遠に忘れない

もう夏の暑さが抜けきって、肌寒さを感じる今日この頃、クラスに転校生が来た
「じゃあ自己紹介をしてくれ」
先生がそう言うと、転校生は冷たい声で自己紹介をした。
「夜野奏です」
だがその一言だけだった。
「それだけでいいのか」
「他に言うことも無いので」
担任の北山先生が流石にこのままじゃいけないと、もっと続けるよう促したが、冷たい声で、その言葉も一蹴してしまった。
「まぁいいか、みんな、まだ夜野さんはこの学校に慣れてないから、困ってたら助けてあげるんだぞ」
北山先生も諦めてしまったのか、そのまま何事も無かったかのように進めた。
「じゃあ夜野は、真昼の隣席に座れ」
「分かりました」
そう言って彼女は、クラスで男女ともに人気の高い比野真昼の隣の席に座った。
「よろしくね〜かなでちゃん」
「よろしくお願いします」
お互いに挨拶はしたが、やはり彼女は塩対応だった。なぜここまで塩対応なのか、少し疑問に思ったが関わることもないのでこの時は特に気に留めなかった。
ホームルームが終わった直後、予想通り夜野の席に人集りが出来ていた。
「夜野さんってどこから来たの?」
「夜野さんLINE交換しない?」
など質問の嵐だったが、彼女はそれら軽く聞き流し、荷物をまとめ、足早に教室を後にした。
(そいえば次は移動教室だったな)
俺は次の授業の開始時刻が迫っていることに気づき足早に教室を後にした。
その後も彼女への質問攻めは続いた様子だったが、あまり相手にされていないのか、次第に彼女の周りから質問をする人は消えていった。

放課後俺はいつものように、ある場所へと足を運んだ。この高校は2つの棟があり、一つが主に生徒の生活エリアとなっている東棟、そしてもう一つが美術室や資料室などあまり使われることの無い西棟。そして俺が向かっているのはその西棟の第二図書室だ。東棟にも第一図書室があるが、あまり古い本が置いていない。
だが第二図書室にはその様な本が数多く置かれているので、自分はよくそこへ通っていた。
ガラガラガラ
第二図書室の扉を開け中に入る。室内は掃除こそされているものの、あまり綺麗とは呼べない。俺はそんなことは気にせず、どの本を読もうか本棚に目を向けると。
ガラガラガラ
「なんだ?」
珍しくここに人が入ってきた、普段ここには自分以外の人は誰も入って来ない、入ってきたとしても教師ぐらいだ。だけど俺は声を聞いた瞬間少し驚いた。
「ここの扉少し建て付けが悪いわね」
「夜野さん?」
なんとここに来たのは、今日来たばかりの転校生、夜野だった。人が来たことにも驚きだったが、彼女が来たことが何よりも驚きだった。
「確か、天乃さんだったかしら?」
(名前覚えられてるんだ)
そしてこれが俺天乃紬と彼女夜野奏の初めての出会いと言っていいだろう。
「ここに来ても古い本しか無いよ、第一図書室なら東棟の一階にあるけど」
「分かっています」
「じゃあなぜこんな場所に?」
「周りがうるさくて、静かな場所を探していたらここへ辿り着きました」
最初彼女が来た時第一図書室と間違えて来たのかと思ったが、ただ静かな場所を求めてここへ来ただけだった。この高校は人数がかなり多く県内でも1、2を争うほどの大きさだ。なのでほとんどの場所が人の声でうるさく、静かな場所といってもここぐらいしかないのだ。
「そうゆうことか」
「あなたはなぜここに?」
「ただ古い本が好きで、ここの書物を漁ってるだけだよ」
夜野は「そうゆうことですか」とほとんど無表情のまま納得した様子だった。
「じゃあ俺は本を読むからこの辺で」
そう言って俺はテーブル隅に置いてある椅子に座り本を読み始めた。彼女は俺と対称の位置に置いてある椅子に座り勉強を始めた。ここにはテーブルが一つしか無く椅子も6つしか無いので自然とそうなってしまう。

1時間半ぐらい経過しただろうか、一切会話することは無かったが、集中力が切れ始めたのか、彼女から質問が飛んできた。
「今何の本を読んでるのですか?」
「ん?ギリシャ神話のオルフェウスとエウリディーケ」
「それは一体どんな話なのですか?」
「死んでしまった、エウリディーケを取り戻すために、オルフェウスが、冥府の神ハーデスに頼んで、地上に戻るまでエウリディーケの顔を見てはいけないという条件付きで一緒に帰ることを許されたんだけど、最後にオルフェウスが死者の国と地上を繋ぐ階段でエウリディーケの顔を見てしまって結局2人は一緒になれなかったて話。」
「なるほど?」
彼女がなぜか気難しい顔をしていたので、「どうかしたか?」と聞いてみたが、「いえ、何でもないです」と返された。
「ふふっ、あなたってなかなかマニアックなのですね」
「そうか?」
夜野が微笑んでいることに、少し驚いた。彼女は今日女子にも男子にも無表情で接していたから、この様に笑うところは初めて見る。
彼女が「どうかした?」と声を掛けてきた。
「いや、笑うんだなと」
「ひどいですね、私だって人だもの笑うことぐらいあります」
「そんな感じで、他の人にも接すれば少し印象がマシだったんじゃないか?」
「別に私がそうしようとして、したことですから、気にしないでください」
「はいはい」
その後夜野は、「そろそろ暗くなるので帰ります」と言って図書室を出た。そして俺も彼女に続いて帰ることにした。
偶然夜野と図書室で会話した翌日
(もう10月か寒いな)
そう思いながら、俺は普段通り教室に入った。昨日と変わらず、夜野の周りに、関係を取ろうとしている奴らが集まっていた。だけど次第に彼女に話しかける人は、隣の席の比野真昼だけになっていた。
「かなでちゃん、もっと周りの人と仲良くしないの?」
「下心丸出しの人たちと仲良くする気はないから、別に良いわよ」
「それもそうね」
何を話しているかは、全くわからないが、比野だけは、彼女と少し仲が良いようだ。

放課後普段通り第二図書室に入ると、夜野が居た。
「今日も本を読みに来たのですね」
「日課だからな、夜野さんも勉強しに?」
「ここ以外落ち着いて勉強できませんからね」
「俺がいるのに?」
「あなたは周りの人たちと違って、私に興味が無いみたいですから、居ても関係ないです」
「左様で」
普段通りの塩対応に苦笑いを浮かべながら、席に座りいつも通り読書を始めた。

本を読んでいる途中、少し小腹が空いた。
(そいえばカバンの中にチョコが入ってたな)
カバンの中からチョコを取り出して食べようとした時。
(ん?)
少し視線を感じた。その視線を辿ると夜野がいた。表情を表に出さないようにしているようだが、僕が手に持っているチョコを物欲しそうに見ている。
「これ欲しいの?」
「いえ、そうゆう訳では」
「欲しいなら最初からそういえ」
そう言って俺は、手に持ってるチョコを、半ば無理矢理、彼女に渡した。
「あ、ありがとう、ございます」
少しぎこちない礼を言い、渡されたチョコを少し躊躇いながら口に入れた。
「ん〜!」
(美味しそうに食べるな)
チョコを食べてる時の彼女の表情は、普段からは想像も出来ないほど、可愛らしい表情をしていた。
「何か顔に付いてましたか?」
視線に気付いたのか、そう質問する彼女に、「何でも無い」
そう答え、再び俺は本に視線を落とした。

その日、夢を見た。
あの子に初めて会った日の夢。
もう名前を忘れてしまったあの子の...
自分の初恋の夢。
そこは公園だった、公園の中には、俺と、自分をいじめてる3人の男の子がいた。
「や、やめてよ」
「うるさいな、うざいんだよ!」
大柄な体型をした男の子は力いっぱいに俺を蹴っていた。そしてそいつの取り巻き達は、そんな僕の姿に笑っていた。
(だれか助けて)
こんなことを思っていると、突然1人の女の子が現れた。
「あんた達何やってるの!」
その子は出て来て開口一番にこう言った。
「何だテメェ?偉そうだな、俺たちの勝手だろ?」
「可哀想でしょ、その子が。まだ続けるならお巡りさん呼ぶわよ!」
その子は数人の男の子を相手に怯むことなく、そう発言した。
「わかったから、誰にも言うなよ!」
流石にまずいと思ったのか、僕をいじめていた奴らは消えて行った。
「よかった〜」
その子は安心したのかほっと一息ついたあと、僕に近づいた。
「君大丈夫?怪我してるみたいだけど。」
「大丈夫血は出てないから、それより、ありがとう助けてくれて。」
「良いわよこれくらい。そんなことより、あなたも少しぐらい言い返したらどう?」
「言い返したけど、あいつら全然やめてくれないんだもん」
この時の俺は人に物事をはっきりと言う力は無く、よくいじめられていた。
「やめてくれないってことはそれだけ、あなたがハッキリ言ってないってことじゃない」
その子の表情が少し強張った。
「私のお父さんがよく言ってるの、言いたいことをはっきり言わないと、いろんな人に嫌われちゃっていじめられたりしちゃうよって」 
「無理だよ僕には」
(どんなに頑張ったって無理だよ)
そんな考えが頭によぎっていると、
「もし君が言いたいことを言えなくていじめられちゃうなら、それまで私が守ってあげる!」
「え…?」
突然俺の耳にこんな言葉が届いた。
「けどもし私が言いたいことが言えずにいたら、その時は君が私に言って、言いたいことはしっかり言うんだよって」
夕日に照らされた顔を真っ直ぐにして、
「約束!」と言ってくれた。
見ず知らずの人に対して、ここまで言って、守ってくれる。
あの子の言葉はなぜか自分の心に沁み、自然とうなずいていた。
そんな自分を見て、夕日に照らされているあの子の顔が笑顔になり、その表情がとても綺麗に見えた。
ピピピピ
「ん?」
アラームがなった事で目が覚めたようだ。
「夢、か…」
とても懐かしい夢を見た、僕が初めてあの子と会った日、初めて恋をした時の夢だった。
(なんで、今更…)
そう思いながら重たい体を起こして、外を見ようと窓に目を向けると。
「え?」
窓には、目の周りが赤く、頬には涙の跡が残っている自分が映っていた。
(何で?)
だが、その理由はすぐにわかった。
(結局この気持ちが残ってたんだな)
もう、諦めていた、1番に叶えたい願い。
あの子にもう一度会いたい。
だけどあの子の約束を破ってしまった僕には、叶ううことは出来ないだろう。会えたとしてもこんな自分を見られたくない。
他人を信じない、自分が正しいことを言っても意味が無い。
心の中に、そんな思いがあるのだから。
今になって、あの子は本当に自分と居て楽しかったのか、疑問が沸くようになってしまったのだから。会ったところで嫌われてしまうだろう。
会いたいけど、嫌われたく無いから会いたくない。そんな身勝手で矛盾した気持ちを持ってしまっていた。
(どうすればこの気持ちはなくなるんだろう)
この呪いのようなものを消してしまいたい。
そうすればいつまでも過去に囚われずに済むのだろう。だけど、この気持ちを消してしまったら、あの子を忘れてしまう。また約束を破ってしまう。
僕の前からいなくなってしまう前日、
「ごめんね、つーくん」と涙を流しながら言ったあの子に、僕は何一つ言ってあげられなかった。約束を守れなかった。
だから、あの子を忘れない為に、もう一つの約束を果たす為に、この呪いのような気持ちがあると思う。
(だけどもう一つの約束も僕には果たせないものだったな)
中学で起きた出来事、それによって僕は、人を心の底から信用出来なくなった。それが、この矛盾した思いを作り出した原因だろう。
「もう少し寝るか」
これ以上何も考えたくなかった。
もう何も思い出したくないから、逃げるようにして、再び眠りについた。
「疲れた」
朝少し寝過ぎてしまったせいで遅刻気味になってしまったので、走って学校まで来た。
おかげで朝からかなり体力を持ってかれてしまった。
ガラガラ
教室に入ると、そこには、昨日と変わらない景色。夜野に話しかける人達、そしてそいつらに塩対応で対応する彼女。
(相変わらず懲りないな)
そんなことを思いながら自分の席に向かうとすると、
「おはよう天乃くん」
「ん?おはよう」
夜野が挨拶してきたのだ。いきなりだったので少し驚いてしまったが普通に返せた。だがその行動に対してクラス中が一瞬にして、静かになった。
「なんで夜野さん、あいつに挨拶してるの?」
「夜野さんと天乃って接点あったっけ?」
やはりと言うべきか、コソコソと周りが噂し始めた。
(ちょっとめんどくさいことになったな〜)
そして1人の男子が彼女に対して、質問した。
そいつはクラス内でも人気のある、渡辺薫だった。
「夜野さん、どうして彼に挨拶してるの?
彼はクラス1番根暗な奴なんだよ」
「そんなこと、あなたには関係ないでしょう」
そう彼女が言うと彼はある事を口にした。
「それに彼は悪い噂があるんだ、中学時代に同級生の1人を殴って、ひどい怪我を負わせた。そんな奴と関わるべきじゃないよ。」
その言葉に対し俺は少し固まった。
なぜならそれは過去のトラウマを思い出させる言葉だったからだ。

「お前が悪い」

その言葉を思い出すだけで、嫌気がさす。
(これを聞けば夜野はきっと来なくなるだろうな)
ただ図書室で偶然会って話して、そんなたった
2日関わっただけなのに。
また人間関係が壊れてると思うと、
(ちょっとだけ寂しいな)
そんな感情が湧き出てくる。だけど夜野は、
「2回目ですが、あなたには関係ないです。それに人のことをそんな風に言って、たかが噂を信じてしまう人の方が、私は関わりたくありません。」
こんなことを言ってくれた。その姿が少しだけあの子に似ていて、思わず見惚れてしまった。
「で、でも!」
「これ以上私に関わらないでください」
渡辺が何か言おうとしていたが、彼女がそう言うと、口を閉ざし逃げるように離れていった。
その後すぐ先生が来たので、その場は収まったが、俺に対して視線が集まっていた。
(流石に注目されてるな〜)
2日間誰に対しても塩対応だった彼女が、3日目にしてようやくクラスメイトに挨拶。しかも周りから見れば、全く接点が無く目立たない陰キャに挨拶したとなれば目立つのは当然だ。
「ねぇ何で夜野さん、あいつに挨拶したのかな」
「本当にね、何でだろうね」
「夜野さん、あいつになんか弱みでも握られたのかな」
「そうだとしたら、最低だね」
小声で話してるつもりだろうけど、席が近いので耳に入ってくる。
(挨拶されたぐらいで大袈裟だな)
もちろん俺は、弱みをにぎるようなことはしてないし、にぎったとしても悪用する気は無い。それに、根も葉も無いことを言われて、あまりいい気分にならない。
その後何度もそんな噂を、耳にしながら過ごしていたら、放課後になっていた。
俺はいつも通りに、西館の図書室へ足を運び、中へ入った。中には夜野が、変わらずいた。
「やっぱいるんだな」
「邪魔って思うなら移動するけど」
「いいやあんな出来事があったから、もう関わろうしないだろうなって思ってたから」
普通あんな事があれば、もう関わろうとしない、会って3日目の男なら尚更。
だけど彼女は、気にすることない様子でいた。
「別にあなたが私に興味がないことはわかってるし、ここ以外静かに過ごせるとこが無いだけ」
「自分の家は、静かに過ごせないのか?」
「家族との仲が悪いので、家に居ても、集中出来ないだけです」
彼女の顔が少しだけ俯いた、だけどすぐに表情を直した。
「ですので、私は変わらず放課後ここにいるつもりです」
「なるほどね」
俺はそれ以上追求しなかった。誰でも知られたくない事はある。それに俺が知ったところで、他人の家族関係に口出しする権利が無いのだから。
少し沈黙が流れた後突然夜野が口を開いた。
「ごめんなさい」
「何が?」
「その挨拶したせいで、あなたが悪く言われてしまって」
「いいよ、別に気にしてないから」
どうやら夜野は、俺が悪く言われているのを気にしているらしい。実際は慣れているからそこまで気にして無いのだけど。
「そいえば」
ここで俺はある疑問を口にした。
「どうして朝、俺に挨拶したの?」
彼女が挨拶する理由なんて無いし。他人との
コミュニケーションをあまり好まない彼女が、何故挨拶したのかが疑問に思い質問した。
「どうしてって」
彼女は少し困った様な顔をしながら。
「ただ挨拶したい気分だったから」
そんな彼女の返答に少し戸惑った。
「そんな理由?」
「そんな理由って言われても、そう答えるしかありません」
意外な回答と、少し考え過ぎた自分に、少し笑ってしまった。
「なんで笑ってるのですか?」
「いや可愛い理由だなと」
「別に挨拶するのに理由なんか要らないと思いますけど」
「それもそうだな」
彼女もおかしいと思ったのか少し笑っていた。
(クラス内でこんな顔されたら、クラス中の男子釘付けだろうな。)
「夜野さん、今の感じで話せばクラスに溶け込めると思うけど」
「それ遠回しにクラスに溶け込めてないって言ってるように聞こえるけど」
「実際そうじゃん」
「あなたはもう少し気を使って話すことは出来ないの?」
「あいにく無理だな」
そんなやり取りをして、互いにまた笑った。
あの日から1ヶ月経った。
特に何かあったかと言えば何もない。ただ奏と紬、互いに下の名前で呼び合うようになって、図書室以外でも話すことが増えたぐらいだ。
そして今日の放課後もいつも通り図書室で過ごしている。もうすっかり奏がいることも当たり前になっていた。
「ねぇ紬くん?」
「どうした?」
「もうテスト期間だけど君は勉強しなくていいの?」
もうそろそろうちの高校は期末テストがある、この高校のテストは他校と比べてレベルが高いで有名で、しっかり勉強しないと赤点回避が至難の業だ。
「そういえばもうそんな時期か、すっかり忘れてた」
「やけに落ち着いてるわね?」
「別に赤点を回避さえすれば俺は良いからね」
「ふぅんそうなんだ」
最近になって奏のことが少しわかった。彼女は思った以上に喋ることだ。基本僕と比野がよく話し相手になっているが、他の人には話しかけていない、女子から話しかけられても、男子から話しかけられても、彼女は塩対応。なので彼女は一定の信頼が無いとそもそも話さない。
そんな彼女の次の言葉で俺は驚いた。
「ねぇ紬くん、期末テストの合計点私の方が高かったら、一緒に映画見に行ってよ」
「別に良いよ…ん?今なんて?」
奏からの予想外の言葉に戸惑って、思わず聞き返す。
「だから、テストの合計点私の方が高かったら一緒に映画見に行こうって言ったの」
「何故テストの点数勝負をするのかはともかく、何で俺と映画を見に行きたいの?」
正直何か裏があるとしか思えなかった。疑うことはあまり良く無いだろうが、急過ぎる上ここまで普通だと、どうしても疑ってしまった。
「最近やってる映画を見たいのだけど、内容的に比野さんは誘えないし、その、1人だとなんか寂しいから」
じゃあ何故普通に誘わなかったのか疑問に思ったが、口にせず、珍しい彼女の提案に乗ってみることにした。
「良いけど負けても文句言うなよ」
「負けると思ってないし、負けても文句言わないから」
自信があるのか、少し口角が上がっている。
何で奏がこんな事を言ったのか気になったが、あまり気にしないでおこうと思った。そしてその自信を無くさせてやると少々考えながら、内心楽しんでいた。