「ローズが行方不明!?」
午後、ベアトリーチェと約束していたにもかかわらず時間になってローズが帰宅せず、公爵邸は混乱に包まれた。
本来であればミリアが同行していたところだったが、当のミリアがギルバートに足止めを食らっている間に、ローズは窓から部屋を抜け出したようだった。
ローズの机の上には書き置きが残されており、ファーガスは手紙を見て頭を抱えた。
【すぐに戻りますので心配しないでください】
またか、と思った。
だが娘の性格上、約束を破ることはないだろうと高をくくっていたのだ。
だが約束の時間になっても戻らず――ローズが『鍵の守護者』でもあることから、ファーガスは王城にも連絡を入れた。
国王リカルドは、次期国王と目されるレオンを公爵邸へと派遣した。
「花嫁が逃げ出した……?」
「ローズさんがそんなことするはずありません!」
ローズに会いに公爵邸へと来ており、偶然その場に居合わせたアカリは叫んだ。
「ローズさんは、約束を破るような方じゃない。……ベアトリーチェさんと結婚するんだって、そう言ってました」
「口説いてみたんだけど僕もそう言われたよ」
「何結婚直前の相手を口説いているんですか……?」
ベアトリーチェが少し不機嫌そうに顔を顰める。
「最後の最後の逆転も有り得るだろう?」
レオンはけろりとした表情で言った。
ベアトリーチェは頭を抑えて溜め息を吐いた。
そして少しだけ冷静になって――昨日、ローズが自分に告げた言葉を思い出した。
『――キス、してください。私が貴方のものだと証明してください』
ローズが自分をどう思っているかは抜きにして、ローズが軽い気持ちで約束を破るような人間ではないことも、彼女が親が選んだ相手である自分のことを精一杯好きになろうとしてくれていたことも、ベアトリーチェは知っている。
……だからこそ。
何を彼女が悩んでいるかはわからなくても、そんな彼女ごと受け入れたいと、ベアトリーチェは思ったのだ。
その彼女が突然いなくなるなんてことは想像が出来ない。
普通の令嬢であれば誘拐なども考えるべきなのかもしれないが、いくら弱っているとは言え、ローズが平凡な人間に捕まるなんて、その場にいた誰もが想像できなかった。
「ローズ様は、今どこに……」
その時だった。公爵邸の扉が勢いよく開いた。
「ローズ様について目撃情報がありました。最後に目撃されたのは、『占いの館』です!!」
「え……? 占いの、館……?」
アカリは思わず言葉を繰り返した。
何故ならその場所は昨日、自分がローズに教えた場所だったからだ。
「急げ! その場所へと向かうぞ!」
「レイザール」
レオンは自らの契約獣を呼び出すと、不安な表情をしていたアカリとベアトリーチェに乗るように言った。
「これは、一体……」
『占いの館』に着いたとき、アカリは予想していなかった光景に目を瞬かせた。
簡易的な天幕《テント》のようなものがあると聞いていたが、そこには建物どころか天幕もなく、代わりにポツポツと生えた木にローズの服がかけてあったり、木箱の上に剣が置かれたりなどしていた。
その光景を見たとき、アカリの中にとある物語の題名が頭に浮かんだ。
教科書に出てくるような有名な話。でもこの世界には、存在しないはずの物語。
猫に化かされて食べられそうになる――間抜けで傲慢な紳士の話。
「え……?」
そしてローズを心配する彼らを嘲笑うかのように、アカリはとあるゲームのパッケージが落ちていたのを見つけて目を丸くした。
乙女ゲーム『Happiness』。
それはアカリがかつてこの世界にくる前に、プレイしていたゲームだった。
この世界が『別の世界』でなければ、存在しないはずのもの。
「どうして、これがここに」
震える声で、アカリが呟いたその時。
広場から人々の悲鳴が聞こえてきて、三人は声の方へと走った。
「み、見ろよ。あれ……!」
「何なの!? あれは……!」
「嘘。どうして、また現れるの……!!!!?」
空に突如として現れた『魔王』の姿に、人々が悲鳴を上げる。
しかも今回の『魔王』は、前回のそれとは少し異なっていた。
空に浮かぶ巨大な黒い塊には、彼らが『英雄』としてたたえる一人の少女が捕らえられ、意識を失っている姿が映し出されていたのだ。
映像の投影魔法。
それはリヒトが先日発表した、復元された『古代魔法』の一つ。
その光景はアカリが、このところ毎夜見ていた『悪夢』とよく似ていた。
古びた建物の中に、薔薇の花が咲いている。
血のような赤い色。
薔薇の茨の中心には、彼女のよく知る少女が囚われていた。
赤い瞳は固く閉じられ、顔はひどく青ざめて見える。
彼女の胸元には大きな赤い石がくくりつけられ、石の周りには、黒い靄のようなものが浮かんでいる。
アカリは空を見上げて、その少女の名前を呼んだ。
「ローズ、さん……?」
午後、ベアトリーチェと約束していたにもかかわらず時間になってローズが帰宅せず、公爵邸は混乱に包まれた。
本来であればミリアが同行していたところだったが、当のミリアがギルバートに足止めを食らっている間に、ローズは窓から部屋を抜け出したようだった。
ローズの机の上には書き置きが残されており、ファーガスは手紙を見て頭を抱えた。
【すぐに戻りますので心配しないでください】
またか、と思った。
だが娘の性格上、約束を破ることはないだろうと高をくくっていたのだ。
だが約束の時間になっても戻らず――ローズが『鍵の守護者』でもあることから、ファーガスは王城にも連絡を入れた。
国王リカルドは、次期国王と目されるレオンを公爵邸へと派遣した。
「花嫁が逃げ出した……?」
「ローズさんがそんなことするはずありません!」
ローズに会いに公爵邸へと来ており、偶然その場に居合わせたアカリは叫んだ。
「ローズさんは、約束を破るような方じゃない。……ベアトリーチェさんと結婚するんだって、そう言ってました」
「口説いてみたんだけど僕もそう言われたよ」
「何結婚直前の相手を口説いているんですか……?」
ベアトリーチェが少し不機嫌そうに顔を顰める。
「最後の最後の逆転も有り得るだろう?」
レオンはけろりとした表情で言った。
ベアトリーチェは頭を抑えて溜め息を吐いた。
そして少しだけ冷静になって――昨日、ローズが自分に告げた言葉を思い出した。
『――キス、してください。私が貴方のものだと証明してください』
ローズが自分をどう思っているかは抜きにして、ローズが軽い気持ちで約束を破るような人間ではないことも、彼女が親が選んだ相手である自分のことを精一杯好きになろうとしてくれていたことも、ベアトリーチェは知っている。
……だからこそ。
何を彼女が悩んでいるかはわからなくても、そんな彼女ごと受け入れたいと、ベアトリーチェは思ったのだ。
その彼女が突然いなくなるなんてことは想像が出来ない。
普通の令嬢であれば誘拐なども考えるべきなのかもしれないが、いくら弱っているとは言え、ローズが平凡な人間に捕まるなんて、その場にいた誰もが想像できなかった。
「ローズ様は、今どこに……」
その時だった。公爵邸の扉が勢いよく開いた。
「ローズ様について目撃情報がありました。最後に目撃されたのは、『占いの館』です!!」
「え……? 占いの、館……?」
アカリは思わず言葉を繰り返した。
何故ならその場所は昨日、自分がローズに教えた場所だったからだ。
「急げ! その場所へと向かうぞ!」
「レイザール」
レオンは自らの契約獣を呼び出すと、不安な表情をしていたアカリとベアトリーチェに乗るように言った。
「これは、一体……」
『占いの館』に着いたとき、アカリは予想していなかった光景に目を瞬かせた。
簡易的な天幕《テント》のようなものがあると聞いていたが、そこには建物どころか天幕もなく、代わりにポツポツと生えた木にローズの服がかけてあったり、木箱の上に剣が置かれたりなどしていた。
その光景を見たとき、アカリの中にとある物語の題名が頭に浮かんだ。
教科書に出てくるような有名な話。でもこの世界には、存在しないはずの物語。
猫に化かされて食べられそうになる――間抜けで傲慢な紳士の話。
「え……?」
そしてローズを心配する彼らを嘲笑うかのように、アカリはとあるゲームのパッケージが落ちていたのを見つけて目を丸くした。
乙女ゲーム『Happiness』。
それはアカリがかつてこの世界にくる前に、プレイしていたゲームだった。
この世界が『別の世界』でなければ、存在しないはずのもの。
「どうして、これがここに」
震える声で、アカリが呟いたその時。
広場から人々の悲鳴が聞こえてきて、三人は声の方へと走った。
「み、見ろよ。あれ……!」
「何なの!? あれは……!」
「嘘。どうして、また現れるの……!!!!?」
空に突如として現れた『魔王』の姿に、人々が悲鳴を上げる。
しかも今回の『魔王』は、前回のそれとは少し異なっていた。
空に浮かぶ巨大な黒い塊には、彼らが『英雄』としてたたえる一人の少女が捕らえられ、意識を失っている姿が映し出されていたのだ。
映像の投影魔法。
それはリヒトが先日発表した、復元された『古代魔法』の一つ。
その光景はアカリが、このところ毎夜見ていた『悪夢』とよく似ていた。
古びた建物の中に、薔薇の花が咲いている。
血のような赤い色。
薔薇の茨の中心には、彼女のよく知る少女が囚われていた。
赤い瞳は固く閉じられ、顔はひどく青ざめて見える。
彼女の胸元には大きな赤い石がくくりつけられ、石の周りには、黒い靄のようなものが浮かんでいる。
アカリは空を見上げて、その少女の名前を呼んだ。
「ローズ、さん……?」