「ぐ、ぅ……! おのれ、エーデルライト……!!」
「勝負……あり、です。武器を、捨て……投降、なさい……リンダ・ガル!」
 
 悔しげに、憎悪さえ込めた視線を投げかけるリンダ先輩へと、なお油断することなく剣を突きつけて投降を呼びかけるシアンさん。
 息こそ切らしてないものの体が微かにふらついている。今度こそもう限界だな、これは。僕とサクラさん、レリエさんは彼女に近づく。

 サクラさんが戦い終えた勇気ある冒険者の肩を抱き、優しく引き寄せた。
 心からの嬉しさと敬意を込めた声で、話しかける。
 
「よくやったでござる、シアン。あとは拙者らでテキトーに手打ちしておくでござるよ」
「サクラ……か、勝てたわ、なんとか……」
「見てたでござるよ、大したもんでござるー。シアンこそ拙者と杭打ち殿を率いる、新世界旅団の団長に相応しいと確信したでござる。ござござー!」
「あ、りがとう……ふ、ぅ」
「シアン!」
 
 大変な試練を乗り越えた、実感をようやく持てたんだろうねー。糸の切れた人形のように全身の力が抜けたシアンさん。その身体を、レリエさんがすかさず抱きとめる。ナイスー。
 そのままお二人さんには後方に下がっていただいて、じゃあここからは僕とサクラさんの出番だねー。

 サクラさんによる指導の一環として利用したところはあるけど、それはそれとしてこの狼藉は高くつくよ、先輩方ー?
 さしあたって僕はすかさず、地面に落ちた刀に手を伸ばそうとした先輩の足を踏みつけた!
 
「があっ!? き、貴様……!! よくも私を足蹴に!!」
「先輩! 杭打ち、あなたなんてことを!!」
「最低! やっぱりあなたは冒険者じゃ──」
「うるさいよ」

 決着がついてなおキャンキャン吠えるなと、弱めにだけど威圧をかける。それだけで息が止まったみたいに全身を硬直させてしまう程度で、戦いもしなかった人達が粋がってるんじゃあないよー。
 取り巻きの二人に比べればまだ、真っ向勝負を挑んだだけリンダ先輩はマシっちゃマシかもね。容赦なく踏みつけてるけどー。

 もちろん、仮にも三度目の初恋だった人を踏みつけるのに抵抗がなかったわけじゃない。ただ、今の僕にはもう、この人はシアンさんを傷つけようとした差別主義者でしかないから。
 足蹴にして負け犬呼ばわりすることに、大した躊躇もありはしないよ。
 
「……君の負けだ」
「くっ……!! おのれ、おのれおのれっ!! 貴族に野良犬が、冒険者を騙るクソどもが、よくもこの私をっ!!」
「よくそこまで自分を大層に扱えるもんでござるなー。親の教育ってやつでござるか? いっぺん面ァ見てみたいもんでござるよ、どうやったらここまで見苦しい輩に育てられるのでござるー? って質問したいでござる」
「ヒノモト女ァッ!! 我が両親への侮辱は許さんぞォーッ!!」
 
 じゃあ侮辱されるようなことしないでよ、娘さんのあなたがさー。
 ひたすら自分の都合のいいことしか言わないんだから、いい加減嫌になってくるよー。
 
 まあ、サクラさんの物言いもさすがにキツすぎというか。リンダ先輩のことはリンダ先輩の話であって、会ったことも見たこともない親兄弟をあげつらうのも違う気はするよー。
 ヒノモト流の煽り文句なんだろうか? ワカバ姉も大概、度を超えた弄りをしがちだったなあって思い返すなあ。それでやりすぎて、レジェンダリーセブンの中でも随一に地雷の多いミストルティンに殴り飛ばされてたんだった。懐かしー。

「……失せろ」
「く、くそっ……」
 
 威圧で抵抗の意志を殺いだことを確認して、先輩の手から足をどける。ついでに転がってる刀は遠くに蹴っ飛ばしておこー。
 さすがにここまでされてはすっかり意気も挫けたようで、力なく呻き、彼女はのそのそと這いずって取り巻き二人に介抱された。
 率直に言えば惨めったらしい敗者の姿だ。せめてもう少しまともな理由で喧嘩を仕掛けてきていれば、僕だってここまで辛辣にならずに済んだかも知れないのにねー。
 本当に残念だよー。
 
「リンダ・ガル……杭打ちさんは、そして我々新世界旅団はオーランド・グレイタスを拉致などしていない。彼は彼の信念のもと、冒険者としてマーテルさんとともにはるかな旅に出た」
「嘘をつくなっ……杭打ちめが卑劣にも拉致をしたのだ! そう仰っていたのだ、あの方がっ!!」
「あの方……?」
 
 気になることを言うね、あの方ってどちらの方かな?
 さっきも思ったことだけど、先輩方にとんでもないデマを吹き込んだ輩が確実にいるようだ。結果として僕らが多大な迷惑を被ってるわけだし、ここはぜひとも聞き出してその方の拠点を杭打ちくんでぶち抜いてやりたいところだよー。
 
 シアンさんやサクラさんもちょっと目を細めて耳を澄ましているね。思うところは僕と似たようなものだろう。特にシアンさんなんて危うく大怪我だ、僕より怒り心頭かもしれない。
 唯一、古代人のレリエさんだけはひたすらシアンさんの心配をしている。ああ、優しいよー尊いよー。やっぱり素敵な人だよー惚れそうー惚れてるー。
 
 思わず素敵な彼女に見とれていると、そのうちにリンダ先輩が悔しさと憎しみをまぜこぜにした叫びをあげた。
 デマの出処……あの方とやらの名前をついに出したのだ。
 
「あの方……! プロフェッサー・メルルークが! たしかに仰っていたのだ! 第一総合学園一の天才にしてエウリデ一の賢者の言うことだ、間違いないに決まっている!!」
「…………教授が?」
 
 プロフェッサー・メルルーク──モニカ・メルルーク教授。
 僕にとっても馴染み深い名前のその人が、まさかのデマを吹き込んだ犯人だとリンダ先輩は言った。