騎士団の大半が逃げ去って、残るは僕と一部の騎士、冒険者達だけになった草原。
夕陽もいよいよ地平線に吸い込まれていって、夜空が見えてきた頃合い。涼やかな風が吹くのを心地よく感じながら、僕はシミラ卿とサクラさんに告げた。
「……今回は諸々こちらに好条件だったから勝利を拾えたものの、次はこうはならないだろうと正直に言って今、戦慄してる」
「そりゃこっちのセリフでござるよー。好条件って、二人がかりの時点でそれに勝る有利はなかったでござるのにこうまであっさり打ち負けて、立つ瀬ないったらもー! でござる」
「……それを言えばこちらも、あなたにとって馴染みのない得物や技術を使っていたというところもあるよ。それを初見であそこまで粘られるのでは、立つ瀬がないのはお互い様でしょ」
「むー! 頑固でござるなあ!」
「……そちらこそ」
下手にいつもの敬語なんか使って、サクラさんとの関わりを疑られても困るからあえてタメ口。その辺気にしない感じの人で助かるよ、サクラさん。
でもそこまで一方的な戦いでもなかったのに、完全敗北しちゃったって感じを出すのはやめてよー。フォローしたら拗ねたみたいに唇を尖らせるし、かわいいけど頑固だよー。
そしてもう一人、頑固というか生真面目な人のほうも僕を見て、未だ痛むのか胸を押さえて呻く。
こちらは元々、同じ調査戦隊メンバー同士ということは周知されてるんだしそんな口調を変えなくてもいいから楽だねー。
「くっ……3年経って、少しは追い縋れたかと思っていたのだが。やはり遠いな、一人でレジェンダリーセブンにも匹敵するお前の位置は」
「……こちらも3年分、積み重ねたものもあるから。でも、確実に距離は縮まってたよ。全力だとあんな突き、まともに食らってあげられないよシミラ卿」
「…………ふふ。お前に褒められるのは何年ぶりかな。酷く懐かしく、酷く嬉しい気持ちになる。ああ、こんな風に笑うことさえ、何年ぶりかなあ」
力なく笑うシミラ卿に、こちらの胸が痛くなる。見れば介抱しに来ている古参の騎士達も痛ましげに彼女を見ているんだけど、彼らは今、シミラ卿が精神的に追い込まれているのを知っているんだろう。
あまり、人様の事情に関わるべきではないけれど……僕はシミラ卿の傍まで行ってしゃがみ、彼女と目を合わせて言った。
「……騎士が、国が嫌になったら冒険者として僕らのところにおいでよ。今、エウリデにも新しい調査戦隊ができようとしている」
「ニューワールド・ブリゲイド──新世界旅団か。ジンダイとエーデルライト殿から構想のみ聞かされたが、お前も?」
「……うん。この際だ、宣言しよう」
僕は立ち上がり、シアンさんを見た。今しがたの短く、けれど濃密な激戦を目の当たりにして彼女は目を輝かせ、熱の籠もった表情で僕を見ている。
えへ、照れるよそんな目で見つめられるとー。えへへ、頑張った甲斐があったなあ、こんな表情を見られただけでももろもろの苦労にお釣りが来るよー。
──っといけないいけない、今それどころじゃないよー。
コホンと咳払いして顔の緩みを抑えつつ、僕は高らかに宣言した。
「シアン・フォン・エーデルライト!」
「! ……なんでしょう、冒険者"杭打ち"さん」
「先の勧誘に対する答えを言おう──応じさせてもらう。僕は今より、あなたが組織しようとしているパーティー・新世界旅団の一員になることをここに宣言する!!」
「────!!」
「おおっ! ついに決心したでござるかソ、そ、っそっそーのよいよいよい殿!」
「誰ー!?」
ソウマと言いかけて止まったのはいいけど意味不明な名前をつけるのやめてー! そっそっそーのよいよいよいさんなんて人、この世のどこにいるんだよー!!
思わず叫んでしまった、駄目だ駄目だ冷静にクールに落ち着いて。
周囲の冒険者や騎士の中でも、とりわけ僕の声を初めて聞く人達がえっ若い!? とかえっ子供!? とかざわついてるけど無視、無視。
気を取り直して僕は、シアンさんに続けて告げる。
「正式な手続きや今後の予定については後日詰めることにして、エーデルライト……いいや団長」
「はい、なんでしょうか杭打ちさん」
「……おめでとう。先のオーランド・グレイタス同様、君も本当の意味での冒険者になる」
マーテルさんを助け、ともに行こうとするオーランドくん。
僕やサクラさんを率い、みんなで行こうとするシアンさん。
規模や経緯は違えど一つだけ、共通していることがある。
────二人とも今日、はっきりと己の志す理想に向けての第一歩を踏み出したんだ。
オーランドくんにも授けた言葉をもって、シアンさんに伝える。
「冒険とは、未知なる世界に触れること。冒険とは、冷たい世間の風に晒され、それでもなお己が焰を燃やし続けること」
「それは、リーダーの……レイアさんの、言葉」
「そうだ、シミラ卿。かつて世界中の才能をかき集め、未知の果てに手をかけながらも志半ばにて崩壊した当世の神話・大迷宮深層調査戦隊。そのリーダーたるレイア・アールバドが僕にくれた、宝物の言葉だ」
シミラ卿だって知ってるよね、当然。
そう、これはレイアがかつて何度となく繰り返し口にして、そして己ばかりか調査戦隊メンバー全員を幾度となく奮い立たせてきた魂のメッセージ。
とりわけ僕にとっては特別な、金銀財宝にも勝る宝物の言葉だ。
レイアから僕へ。そして僕から二人の新人冒険者へ。
今こそこの言葉を、彼と彼女に伝えよう。
「団長。あなたにとっての冒険は今から始まるんだ。未知なる世界に触れて、冷たい風を受けて、それでもなお燃え盛る胸の篝火で航路を照らし進み続ける、永遠の冒険航路」
「…………」
「だからオーランドくん同様に、僕から今の言葉を捧げよう──君と僕達の冒険に、幸あらんことを祈って!」
「────ありがとうございます。授かった金言に恥じぬよう、新世界旅団団長たるこのシアン・フォン・エーデルライトは全身全霊を尽くして精進いたします!!」
僕の口を通して出るレイアの、調査戦隊の魂の言葉に強く頷くシアンさん。
こうして、僕はパーティー・新世界旅団への所属を果たしたのだった。
夕陽もいよいよ地平線に吸い込まれていって、夜空が見えてきた頃合い。涼やかな風が吹くのを心地よく感じながら、僕はシミラ卿とサクラさんに告げた。
「……今回は諸々こちらに好条件だったから勝利を拾えたものの、次はこうはならないだろうと正直に言って今、戦慄してる」
「そりゃこっちのセリフでござるよー。好条件って、二人がかりの時点でそれに勝る有利はなかったでござるのにこうまであっさり打ち負けて、立つ瀬ないったらもー! でござる」
「……それを言えばこちらも、あなたにとって馴染みのない得物や技術を使っていたというところもあるよ。それを初見であそこまで粘られるのでは、立つ瀬がないのはお互い様でしょ」
「むー! 頑固でござるなあ!」
「……そちらこそ」
下手にいつもの敬語なんか使って、サクラさんとの関わりを疑られても困るからあえてタメ口。その辺気にしない感じの人で助かるよ、サクラさん。
でもそこまで一方的な戦いでもなかったのに、完全敗北しちゃったって感じを出すのはやめてよー。フォローしたら拗ねたみたいに唇を尖らせるし、かわいいけど頑固だよー。
そしてもう一人、頑固というか生真面目な人のほうも僕を見て、未だ痛むのか胸を押さえて呻く。
こちらは元々、同じ調査戦隊メンバー同士ということは周知されてるんだしそんな口調を変えなくてもいいから楽だねー。
「くっ……3年経って、少しは追い縋れたかと思っていたのだが。やはり遠いな、一人でレジェンダリーセブンにも匹敵するお前の位置は」
「……こちらも3年分、積み重ねたものもあるから。でも、確実に距離は縮まってたよ。全力だとあんな突き、まともに食らってあげられないよシミラ卿」
「…………ふふ。お前に褒められるのは何年ぶりかな。酷く懐かしく、酷く嬉しい気持ちになる。ああ、こんな風に笑うことさえ、何年ぶりかなあ」
力なく笑うシミラ卿に、こちらの胸が痛くなる。見れば介抱しに来ている古参の騎士達も痛ましげに彼女を見ているんだけど、彼らは今、シミラ卿が精神的に追い込まれているのを知っているんだろう。
あまり、人様の事情に関わるべきではないけれど……僕はシミラ卿の傍まで行ってしゃがみ、彼女と目を合わせて言った。
「……騎士が、国が嫌になったら冒険者として僕らのところにおいでよ。今、エウリデにも新しい調査戦隊ができようとしている」
「ニューワールド・ブリゲイド──新世界旅団か。ジンダイとエーデルライト殿から構想のみ聞かされたが、お前も?」
「……うん。この際だ、宣言しよう」
僕は立ち上がり、シアンさんを見た。今しがたの短く、けれど濃密な激戦を目の当たりにして彼女は目を輝かせ、熱の籠もった表情で僕を見ている。
えへ、照れるよそんな目で見つめられるとー。えへへ、頑張った甲斐があったなあ、こんな表情を見られただけでももろもろの苦労にお釣りが来るよー。
──っといけないいけない、今それどころじゃないよー。
コホンと咳払いして顔の緩みを抑えつつ、僕は高らかに宣言した。
「シアン・フォン・エーデルライト!」
「! ……なんでしょう、冒険者"杭打ち"さん」
「先の勧誘に対する答えを言おう──応じさせてもらう。僕は今より、あなたが組織しようとしているパーティー・新世界旅団の一員になることをここに宣言する!!」
「────!!」
「おおっ! ついに決心したでござるかソ、そ、っそっそーのよいよいよい殿!」
「誰ー!?」
ソウマと言いかけて止まったのはいいけど意味不明な名前をつけるのやめてー! そっそっそーのよいよいよいさんなんて人、この世のどこにいるんだよー!!
思わず叫んでしまった、駄目だ駄目だ冷静にクールに落ち着いて。
周囲の冒険者や騎士の中でも、とりわけ僕の声を初めて聞く人達がえっ若い!? とかえっ子供!? とかざわついてるけど無視、無視。
気を取り直して僕は、シアンさんに続けて告げる。
「正式な手続きや今後の予定については後日詰めることにして、エーデルライト……いいや団長」
「はい、なんでしょうか杭打ちさん」
「……おめでとう。先のオーランド・グレイタス同様、君も本当の意味での冒険者になる」
マーテルさんを助け、ともに行こうとするオーランドくん。
僕やサクラさんを率い、みんなで行こうとするシアンさん。
規模や経緯は違えど一つだけ、共通していることがある。
────二人とも今日、はっきりと己の志す理想に向けての第一歩を踏み出したんだ。
オーランドくんにも授けた言葉をもって、シアンさんに伝える。
「冒険とは、未知なる世界に触れること。冒険とは、冷たい世間の風に晒され、それでもなお己が焰を燃やし続けること」
「それは、リーダーの……レイアさんの、言葉」
「そうだ、シミラ卿。かつて世界中の才能をかき集め、未知の果てに手をかけながらも志半ばにて崩壊した当世の神話・大迷宮深層調査戦隊。そのリーダーたるレイア・アールバドが僕にくれた、宝物の言葉だ」
シミラ卿だって知ってるよね、当然。
そう、これはレイアがかつて何度となく繰り返し口にして、そして己ばかりか調査戦隊メンバー全員を幾度となく奮い立たせてきた魂のメッセージ。
とりわけ僕にとっては特別な、金銀財宝にも勝る宝物の言葉だ。
レイアから僕へ。そして僕から二人の新人冒険者へ。
今こそこの言葉を、彼と彼女に伝えよう。
「団長。あなたにとっての冒険は今から始まるんだ。未知なる世界に触れて、冷たい風を受けて、それでもなお燃え盛る胸の篝火で航路を照らし進み続ける、永遠の冒険航路」
「…………」
「だからオーランドくん同様に、僕から今の言葉を捧げよう──君と僕達の冒険に、幸あらんことを祈って!」
「────ありがとうございます。授かった金言に恥じぬよう、新世界旅団団長たるこのシアン・フォン・エーデルライトは全身全霊を尽くして精進いたします!!」
僕の口を通して出るレイアの、調査戦隊の魂の言葉に強く頷くシアンさん。
こうして、僕はパーティー・新世界旅団への所属を果たしたのだった。