【完結】ニューワールド・ブリゲイド─学生冒険者・杭打ちの青春─

 さて……戦う前にも一応、茶番はしておかないとねー。
 決して腕試しの場じゃない、れっきとした人助けの場面なんだし。手抜かりはないようにしないとー。
 
「……グレイタスとマーテルから手を引け。国の出しゃばる幕じゃない」
「何を言うー。貴様ー、我々騎士団にー逆らうのかー」
「えぇ……?」
 
 それなりに芝居するつもりだったのに一気に肩の力が抜けるよー。シミラ卿、大根にもほどがあるでしょー?
 剣を抜きつつカッコよく僕と対峙するはずの場面が、まさかの完全に棒読みすぎて反応しづらい。隣でカタナを抜き放つサクラさんも唖然としてシミラ卿を見てるよつらいー。
 
 頭を抱えたくなるのを必死で堪え、僕はどうにか茶番を形だけでも整えようと試みる。
 もーシミラ卿ー、いくらなんでも腹芸くらいはできるようになっててよー。何年騎士団長やってんのさ、もー!
 
「……引かないなら、結果としてそうなる。超古代文明の生き残りだろうとなんだろうと、彼らを害する権利はどこの誰にもない」
「しかしな杭打ち殿、これは冒険者ギルドも絡む依頼にてござる。これに背きたるは貴殿、えーとギルドともやり合うつもりでござるか? 正気でござる?」
「……関係なし。今まさに"冒険"に出る彼らを邪魔する、これこそ冒険者として恥ずべきふるまいだ」
 
 下手くそシミラ卿に代わりサクラさんがフォローを入れてくれる。えーと、とか言ってるけどそれなりに自然な演技で助かるー。
 でもね後ろの冒険者達ー? 僕の言い分のほうが好みだからってうんうん頷くのやめよっかー、今どっちの味方かな君達はー。
 
 ともかく、このくらいのやり取りでいいかな? 僕は構える。
 あんまり長引かせると本当にシミラ卿がボロを出しかねない。いやもう、すでにボロが出てるっていうか最初からボロボロだけどー、さすがにこの茶番劇の裏を見抜かれるレベルでやらされると困るからねー。
 切り上げて戦闘態勢に移行する僕に、二人もようやくって感じで構えた。
 
「ふう、仕方ねーでござるね……悪いがこちらも仕事ゆえ、押し通らせていただくでござるよ」
「き、騎士の前に敵はないと知れー……杭打ち、本気で行くが悪く思うな」
「……………………」
 
 だから下手だよシミラ卿、演技と素の切り替わりが露骨ー!
 これはことが終わったあと反省会だねー……堅物なのは知ってたけどひどいよ、一生のネタだよこれー。
 棒読みから一気にいつもの抑揚になる騎士団長様に呆れつつ、三者構える。さあ、ここからだ。
 
「…………」
 
 気迫がそれぞれ立ち昇り、周囲に風を巻き起こしていく。お互いの迷宮攻略法、威圧同士がぶつかっているんだ。
 各々の纏う風がぶつかり合い、バチバチと音を立てて稲妻を生み出す。この時点ですでに騎士団や冒険者達には超常めいているだろうけど、Sランク冒険者同士がやり合うとなると割とお馴染みの光景なんだよね、これ。
 
「…………」
 
 ジリジリとにじり寄り、ぶつかる風は激しさを増す。
 僕、シミラ卿、サクラさん……誰から仕掛けるか。勝負はまず初撃が肝心だ。一撃を繰り出すほう、それを受けるほう。それぞれの動きで大体の実力差、格の違いが分かる。
 固唾を呑んで見守る騎士団、冒険者ギルドの面々。滅多に見られるものじゃないからねー、いい思い出にして帰るといいよー。
 
 ────一歩、踏み出す!
 
「…………!!」
「っ!」
「ハァッ!!」
 
 真っ先に動き出したのは僕だ、即座にサクラさんの元まで駆け抜けて懐に潜り込む。すでに杭打ちくんは振りかぶっている、狙いはボディ、僕から見て右脇腹へのフック!
 同時にサクラさんも動いた。問題なくカタナの切っ先を揺らし、細かく振るう……軌道を誤魔化すためのフェイントを織り交ぜつつの狙いは、杭打ちくんを持つ僕の指か。
 
 問題ない。僕は杭打ちくんを持つ右腕を振り抜いた。
 ただし脇腹めがけてのフックの軌道を、途中で極端に肘を折り曲げることで強引に変更。僕の指を狙っていたカタナに合わせ、かち合う形で振り抜く。
 
「……っ!!」
「っと、ぐうぅっ!?」
 
 カタナは美しく鋭い斬撃主体の武器だけど、僕の杭打ちくんは粗雑で大雑把な打撃にも使える。しかも根本的に重量がとんでもないため、普通に撃ち合えば大概押し勝てるだけの威力は、杭を使わずとも常に秘めている。
 つまり、サクラさんのカタナはあえなく腕ごと横にぶっ飛ばされ。体勢を崩したサクラさんの右半身が、今度こそがら空きってわけだね。
 
「────」
「!? は、や──!」
 
 即座に──重量物を持ったまま振り抜いたにしては通常、ありえない速度で再び杭打ちくんを振りかぶる。ゾッとしたのか青ざめた様子で、サクラさんが呻くのが聞こえたね。
 どうせこの得物の重さ、一発防げばしばらく時間も稼げるとか思ってたんだろう。甘いよー、アマチャズル茶のように甘い。
 
 迷宮攻略法、重力制御。
 現状の地下最深部、88階層に存在するとある地点へたどり着くために必要な技術であり、現時点では迷宮攻略法最難度の技術と言える。
 文字通り僕の周囲の重力負荷を増減させる技で、これを使えば家一軒分はある重さの杭打ちくんもほとんどストローみたいな軽さになる。おかげでこの通り、習得前にはできなかった動きができるから助かるよー。
 
「────!!」
「させんっ!!」
「っ!?」
 
 とりあえず一撃、挨拶代わりにかましとこうかとサクラさんの脇腹めがけて再度、杭打ちくんを振り抜こうとした、その時だ。
 横合いからシミラ卿が、手にしたレイピアで僕の顔面めがけて突きを放ってきた!
 サクラさんへの絶好の攻撃タイミングを、すかさずカットしにかかるシミラ卿。即席のコンビネーションだけど当然、このくらいはしてくるよねー。
 横目でわずかに視認できた騎士団長殿は、閃光がきらめくようなスピードと鋭さの突きを放ってくる。狙いは紛れもなく僕の顔。
 
 遠慮なしだね! まるで問題なく首だけ僅かに逸らしスレスレを回避。
 狙いが正確すぎるとね、逆に避けるのだけなら簡単なんだよー!
 
「…………!」
「っ! しかし!!」
 
 鼻先スレスレに回避したレイピアの、しかし刃は横を向いた水平状態だ。避けられても薙ぎ払う形で追撃をしてくるつもりだろう。基本だね。
 シミラ卿は努力の人だ。特別な才覚がなくとも積み重ねた修練で基本の技を必殺となるまで練り上げる。だから今の突きもここからの薙ぎも、すさまじい練度を誇る一撃必殺級の剣技と言えるだろう。
 
 ──僕クラスが相手でなければの話だけどねー。
 これさえ問題ない。僕は最初の突きを回避すると同時に腰を落とし、身を屈めた反動で思い切り頭を振ってレイピアを掻い潜る!
 
「!!」
「ちいっ──!?」
 
 即座に体勢を入れ替え体重移動、振り子の要領でレイピアの下を左右にステップしながらシミラ卿に接近、杭打ちくんをその体、みぞおちに密着させる。
 わずか1cm程度の隙間、これさえあれば上等さ──そこから腰、肩、腕、そして手首のスナップをフル回転させて鉄の塊を打ち込む!
 
「させんでござーる!!」
「!?」
 
 超至近距離からでも確殺を見込める打法技術を繰り出そうとした瞬間、今度はサクラさんがカットに入った。
 横合いから杭打ちくんめがけての大斬撃。大きくバネをつけて振り上げたカタナで、技術もへったくれもないとばかりに渾身の力で叩きつけてくる!
 
 ズガァァァン!! と轟音を立てて杭打ちくんが叩き落され打点がずれる、僕の体勢も同時に崩れる。
 そしてそこをすかさずシミラ卿のレイピアが煌めく。隙は逃さないよね、そりゃあさ!
 
「はあああああっ!!」
「…………!!」
 
 連撃連閃、無数の刺突の狙う先は寸分違わず僕の顔、それも右目か。マジで遠慮ないね、身体強化してるから突き刺さりはしないだろうけど、痛いものは痛いし怖いものは怖いんだけどー!?
 思わず顔を引きつらせながらしかし回避。頭を左右に振れば、先程同様狙いが正確すぎる攻撃だから簡単に避けれる。
 もっとフェイントとか入れなきゃモロバレだよ、モンスター相手ならともかくさあ!
 
「シャアアアアッ!!」
「っ!!」
 
 次いでサクラさんの斬撃も別方向、僕の側面から飛んでくる。こっちのほうがよほど手強い、いちいちフェイントを織り交ぜてくる!
 あなたはあなたで対人戦に慣れ過ぎだよー! 杭打ちくんを手首のスナップを利かせた高速ジャブで振り回して対応。ほぼ一瞬にして何発も飛んでくる斬撃をすべて撃ち落とす。
 
「す、すげえ……!」
「は、早すぎて見えねえけどとんでもねえのは分かる……こ、これがSランククラスのぶつかり合いかよ」
「杭打ちのやつ、Sランク並のを二人相手にして一歩も引いてねえ! なんであいつDランクなんだよ、おかしいだろ!?」
「杭打ちさん……! 頑張れ、杭打ちさん!」
 
 外野の声、特に冒険者達の歓声を聞く。はしゃいでるねー、まったく!
 そして最後のはヤミくんかな? 応援ありがたいけど騎士に聞かれたらまずいからそれ以上は止めとこうねー。
 
 でも、なんだか燃えてきたよー!
 さすがに二人がかりはキツいけど、逆に言うとこのくらいじゃないと張り合いがない。僕は目に力を込めながらもニヤリと口元を歪ませて、昂ぶる心を解き放つ心地でさらに動いた!!
 
「っ!!」
「何っ!?」
 
 ジャブで繰り出した杭打ちくんがサクラさんの斬撃を撃ち落とす、まさにヒットの瞬間に僕は動いた。
 一気に踏み込み、超加速のままにサクラさんに密着──押し込む形になるため必然的に、手に持つ刀は杭打ちくんで弾かれることになる。
 杭打ちくんの側面部分がサクラさんの眼前に迫る、このタイミング!!
 
 僕はそのタイミングで腕を折り曲げ、杭打ちくんの本体部分をサクラさんのこめかみに思い切りヒットさせた!
 肘打ちの要領だ、鉄の塊が彼女の側頭部を強かに打つ!
 
「は、あ──がっ!?」
「っ……終わり」
 
 ガッツリ当たって吹き飛ばされるサクラさん。しばらく、って言っても数秒程度かな? は脳震盪でも起こして動けないだろう。
 次いですぐさまシミラ卿へ向き直る。サクラさんが数秒でも動けない今、僕の相手は彼女一人だ。
 
 お行儀のいい剣術は、僕にとっては格好の獲物だよー……!
 なおも突きを放つ彼女の、レイピアに合わせて僕は杭打ちくんを振るった!
 
「なっ!?」
「────!!」
 
 レイピアの真っ直ぐな軌道に、上段からの振り下ろしでタイミングを合わせる。必然、シミラ卿の攻撃は杭打ちくんに阻まれ軌道を逸らす。そこが狙い目だ。
 そのまま僕は一気に右腕を振り上げた! 逸れたレイピアが彼女の腕ごと跳ね上がり、顔から胸元にかけてがら空きになる。
 そして振り上げた右腕、杭打ちくんの先端が指し示すのは──
 
「っ杭打ちぃっ!?」
「!!」
 
 ──完全に隙を見せたその、胸元!
 ステップ気味に足を踏み入れ、同時に腰、肩、腕を回して斜めに振り下ろす右腕。
 
「がっ────は、ぁあっ!?」
 
 吸い込まれるように叩き込まれる杭打ちくん。吹き飛ばされるシミラ卿。
 これで終わりだ……僕の目の前に、二人のSランク相当の実力者が転げ倒れ伏す。その姿に僕は、内心の冷や汗を拭う気持ちでそっと息を吐くのだった。
 倒れ伏す最強格二人。一歩間違えれば逆だったかもしれない光景に、冷や汗を流しながらも僕はそっと安堵の息を吐いた。
 いやー……二人がかりは予想以上にキツかったねー。サクラさんもシミラ卿も、僕の想定よりずっと強くて怖かったなー。
 
 ワカバ姉の居合斬撃術とはまるで異なる、抜身の刃を正確無比かつ剛腕をもって振るうサクラさん。
 よっぽど対人経験豊富なんだろうね、息をするのと同じくらいの頻度でフェイントを仕掛けてくるから対処しづらいのなんのって。対人戦にそこまで精通してない僕には、勉強になりつつも相性が悪すぎて普通にヤバい場面がいくつもあったよー。
 
 特に最後ら辺に見せた連続斬撃。アレ実際のところは8割方、僕の隙を引き出すための嘘の攻撃だったんだろうね。
 ぶっちゃけまるで虚実の区別がつかなかったから全部叩き落したけど、もうちょっと長引いてたら押し負けてただろう。そしたら一発二発は食らってたかもねー。
 
「く、う……! こ、これほどまでに差があるとは……!!」
 
 呻きながらどうにか立ち上がるけど、側頭部からは血が流れているサクラさん。結構良い感じにヒットしちゃったしね、逆にその程度の負傷で済んでるのは彼女の実力の高さの裏付けとも言える。
 そもそも、ここまでスムーズに側頭部にヒットさせられたのは僕が杭打ちくんという、彼女の知らないタイプの武器を使っていたのが大きい。まさかトンファーめいた使用法までしてくるとは、ある程度推測していたとしても実感はなかったろうしね。
 
 もしも次、またやり合うことがあったら今度はこのスタイルだと負けかねないなー。
 ヒノモトのSランク冒険者、サクラ・ジンダイの実力の高さに、僕は舌を巻く思いでいた。
 
「が、ぁ……! っぐ、うぅ……」
 
 そしてもう一人。サクラさんとそれなりに見事な連携で追随してきたシミラ卿についても、率直に感心する僕だ。
 
 3年前の時点よりはるかに強くなっている。少なくともあの時点の先代騎士団長には勝ってるよ、単純な実力では。
 よっぽど努力を積み重ねたんだろう、単なる突きが完全に一撃必殺の奥義に変貌を遂げていたんだから背筋が寒くなるよー。速度も威力も正確さも、ゾッとするほどに極まっているなんてとんでもないことだ。
 
 ただまあ、彼女についてはちょっと素直すぎたところはあるね。サクラさんのような、平気で攻撃に嘘を織り交ぜる悪辣さに欠けるから攻撃してくる箇所はひどく読みやすい。
 逆に言えばその辺の対人テクニックを習得すれば、その時点でシミラ卿の実力はさらに跳ね上がるねー。あそこまで頭を振って撹乱していた僕の、右目だけを毎回確実に狙って来るなんて化け物めいた技術だもの。
 そこにフェイントまで混ぜられたら確実に被弾は免れないだろう。
 
「……………………僕の、勝ち」
 
 まあ、お二人が仮にそれぞれの課題を克服してさらに強くなったとしても、こっちだって全然今のやり取りは全力じゃなかったからねー。
 そもそも殺し合いじゃないから杭は封印してたし、迷宮攻略法も身体強化と重力制御しか使ってない。何よりかつての僕の……いや、これは置いておこうか。
 
 ともかく僕だってまだまだ引き出しがあるわけなので、もし次に二人相手に戦う時が来たとしてもそんな、ハイそうですかと素直に負けてやる気はサラサラないのだ。
 僕も割合負けず嫌いだなーって自覚を持ちながらも、僕は二人に話しかけた。
 
「……この場は勝負ありだ。これ以上やるなら命の保証はお互い、できなくなると思うが」
「…………で、ござるな」
 
 互いに全然、本腰を入れた殺し合いじゃないわけなんだけどまだ続けるとなるとそうなっちゃうよー? と釘を刺す。
 あくまでこれは茶番だからね。裏で示し合わせた上での戦いだってのを踏まえた規模に留めないと、マジでただの冒険者同士の殺し合いに発展しちゃうものねー。
 
 サクラさんも、今ようやく悶えながら身を起こしたシミラ卿もそこは分かってくれている。
 それでも悔しそうにしながら、呻いてはいるけれど。
 
「悔しーでござるー……けど、さすがに数秒もダウンしてたら文句も言えないでござるよー……!」
「杭打ちめ、3年前よりやはり強くなっているではないか……! 私の連続刺突を避けつつジンダイの攻撃をすべて叩き落とすなど、おそらくはレジェンダリーセブンにさえできる者は少ない……!」
 
 二人とも、たっぷり10秒は寝そべってたからねー。仮に殺し合いならもう死んでるし殺してるよー。
 殺伐とした話だけどその辺は当然、理解しているお二人の顔には終戦に対する否やも何もない。これ以上望むのは本来の趣旨に完全に外れると、彼女達も理解しているのだ。
 
 そうなれば対外的な勝利宣言を、僭越ながら僕のほうからさせてもらいましょうかねー。
 仕上げとばかりに威圧をフルで込めて一同、特に騎士団連中を念入りに脅しかけつつ僕は、彼らに対して宣言した。
 
「エウリデ連合王国および騎士団、冒険者ギルドに告ぐ。オーランド・グレイタスおよびマーテルに手を出すな。出せばこの"杭打ち"が相手になろう──Sランク冒険者と騎士団長のタッグにさえ打ち勝つこの僕は、国が相手となれば存分に杭を使うぞ?」
「ヒッ────!?」
「総員、退却! 帰って王城に戻り、今回の事態を伝えきれ!」
「急げ急げ! もう勝負は付いたでござる、逃げるでござるよーっ!!」
 
 サクラさんとシミラ卿が続いて叫び逃げを指示すれば、騎士団員はそりゃもう蜘蛛の子を散らすような勢いで去っていく。シミラ卿と一部の古参だけ置いてだ。ホント組織としてどうなのー……?
 
 ま、ともかくとしてあっという間に訪れる平穏。
 すべての事情を察して協力してくれた冒険者に労われる形で、マーテルさん逃亡幇助計画はひとまず、終わりを告げたのだった。
 騎士団の大半が逃げ去って、残るは僕と一部の騎士、冒険者達だけになった草原。
 夕陽もいよいよ地平線に吸い込まれていって、夜空が見えてきた頃合い。涼やかな風が吹くのを心地よく感じながら、僕はシミラ卿とサクラさんに告げた。
 
「……今回は諸々こちらに好条件だったから勝利を拾えたものの、次はこうはならないだろうと正直に言って今、戦慄してる」
「そりゃこっちのセリフでござるよー。好条件って、二人がかりの時点でそれに勝る有利はなかったでござるのにこうまであっさり打ち負けて、立つ瀬ないったらもー! でござる」
「……それを言えばこちらも、あなたにとって馴染みのない得物や技術を使っていたというところもあるよ。それを初見であそこまで粘られるのでは、立つ瀬がないのはお互い様でしょ」
「むー! 頑固でござるなあ!」
「……そちらこそ」
 
 下手にいつもの敬語なんか使って、サクラさんとの関わりを疑られても困るからあえてタメ口。その辺気にしない感じの人で助かるよ、サクラさん。
 でもそこまで一方的な戦いでもなかったのに、完全敗北しちゃったって感じを出すのはやめてよー。フォローしたら拗ねたみたいに唇を尖らせるし、かわいいけど頑固だよー。
 
 そしてもう一人、頑固というか生真面目な人のほうも僕を見て、未だ痛むのか胸を押さえて呻く。
 こちらは元々、同じ調査戦隊メンバー同士ということは周知されてるんだしそんな口調を変えなくてもいいから楽だねー。
 
「くっ……3年経って、少しは追い縋れたかと思っていたのだが。やはり遠いな、一人でレジェンダリーセブンにも匹敵するお前の位置は」
「……こちらも3年分、積み重ねたものもあるから。でも、確実に距離は縮まってたよ。全力だとあんな突き、まともに食らってあげられないよシミラ卿」
「…………ふふ。お前に褒められるのは何年ぶりかな。酷く懐かしく、酷く嬉しい気持ちになる。ああ、こんな風に笑うことさえ、何年ぶりかなあ」
 
 力なく笑うシミラ卿に、こちらの胸が痛くなる。見れば介抱しに来ている古参の騎士達も痛ましげに彼女を見ているんだけど、彼らは今、シミラ卿が精神的に追い込まれているのを知っているんだろう。
 あまり、人様の事情に関わるべきではないけれど……僕はシミラ卿の傍まで行ってしゃがみ、彼女と目を合わせて言った。
 
「……騎士が、国が嫌になったら冒険者として僕らのところにおいでよ。今、エウリデにも新しい調査戦隊ができようとしている」
「ニューワールド・ブリゲイド──新世界旅団か。ジンダイとエーデルライト殿から構想のみ聞かされたが、お前も?」
「……うん。この際だ、宣言しよう」
 
 僕は立ち上がり、シアンさんを見た。今しがたの短く、けれど濃密な激戦を目の当たりにして彼女は目を輝かせ、熱の籠もった表情で僕を見ている。
 えへ、照れるよそんな目で見つめられるとー。えへへ、頑張った甲斐があったなあ、こんな表情を見られただけでももろもろの苦労にお釣りが来るよー。
 
 ──っといけないいけない、今それどころじゃないよー。
 コホンと咳払いして顔の緩みを抑えつつ、僕は高らかに宣言した。
 
「シアン・フォン・エーデルライト!」
「! ……なんでしょう、冒険者"杭打ち"さん」
「先の勧誘に対する答えを言おう──応じさせてもらう。僕は今より、あなたが組織しようとしているパーティー・新世界旅団の一員になることをここに宣言する!!」
「────!!」
「おおっ! ついに決心したでござるかソ、そ、っそっそーのよいよいよい殿!」
「誰ー!?」
 
 ソウマと言いかけて止まったのはいいけど意味不明な名前をつけるのやめてー! そっそっそーのよいよいよいさんなんて人、この世のどこにいるんだよー!!
 思わず叫んでしまった、駄目だ駄目だ冷静にクールに落ち着いて。
 
 周囲の冒険者や騎士の中でも、とりわけ僕の声を初めて聞く人達がえっ若い!? とかえっ子供!? とかざわついてるけど無視、無視。
 気を取り直して僕は、シアンさんに続けて告げる。
 
「正式な手続きや今後の予定については後日詰めることにして、エーデルライト……いいや団長」
「はい、なんでしょうか杭打ちさん」
「……おめでとう。先のオーランド・グレイタス同様、君も本当の意味での冒険者になる」
 
 マーテルさんを助け、ともに行こうとするオーランドくん。
 僕やサクラさんを率い、みんなで行こうとするシアンさん。
 
 規模や経緯は違えど一つだけ、共通していることがある。
 ────二人とも今日、はっきりと己の志す理想に向けての第一歩を踏み出したんだ。
 オーランドくんにも授けた言葉をもって、シアンさんに伝える。
 
「冒険とは、未知なる世界に触れること。冒険とは、冷たい世間の風に晒され、それでもなお己が焰を燃やし続けること」
「それは、リーダーの……レイアさんの、言葉」
「そうだ、シミラ卿。かつて世界中の才能をかき集め、未知の果てに手をかけながらも志半ばにて崩壊した当世の神話・大迷宮深層調査戦隊。そのリーダーたるレイア・アールバドが僕にくれた、宝物の言葉だ」
 
 シミラ卿だって知ってるよね、当然。
 そう、これはレイアがかつて何度となく繰り返し口にして、そして己ばかりか調査戦隊メンバー全員を幾度となく奮い立たせてきた魂のメッセージ。
 とりわけ僕にとっては特別な、金銀財宝にも勝る宝物の言葉だ。
 
 レイアから僕へ。そして僕から二人の新人冒険者へ。
 今こそこの言葉を、彼と彼女に伝えよう。
 
「団長。あなたにとっての冒険は今から始まるんだ。未知なる世界に触れて、冷たい風を受けて、それでもなお燃え盛る胸の篝火で航路を照らし進み続ける、永遠の冒険航路」
「…………」
「だからオーランドくん同様に、僕から今の言葉を捧げよう──君と僕達の冒険に、幸あらんことを祈って!」
「────ありがとうございます。授かった金言に恥じぬよう、新世界旅団団長たるこのシアン・フォン・エーデルライトは全身全霊を尽くして精進いたします!!」
 
 僕の口を通して出るレイアの、調査戦隊の魂の言葉に強く頷くシアンさん。
 こうして、僕はパーティー・新世界旅団への所属を果たしたのだった。
「と! いうわけで僕の青春もいよいよ本格始動するわけだよー! 羨ましい? 羨ましいー?」
「むしろその浮かれっぷりに心配になってくるぞソウマくん」
「うまく話が進んだのは結構だけど、調子に乗ってるとまたソウマっちゃうぞソウマくん」
「ソウマっちゃうって何ー!? ひどいよ二人ともー!!」
 
 騒動から一夜明けての学校。今日は一学期の終業式だけして後の時間は放課後なので、昼前に早々と文芸部室に集合しているよー。
 明日からは夏休み! 今が7月中旬だし、9月になるまでざっくり1ヶ月半はたっぷりお休みなわけだねー。
 
 ソウマっちゃうなどと謎かつ意味不明、かつびっくりするほど僕に失礼な発言をしてくるケルヴィンくんとセルシスくんと3人、例によってお菓子をつまんでお紅茶なんてしてるわけだけどー。
 今日はそれに加えてシアンさんとサクラさん、つまりいよいよ発足する新世界旅団の団長と副団長もお出でだったりする。
 僕ら同様にお菓子をつまみながら、サクラさんが僕に話しかけてきた。
 
「にしてもソウマ殿、いくらなんでも強すぎでござるよー。拙者ほぼなす術なくやられたではござらぬかー」
「昨日も言ったでしょ、あれは時の運や条件有利なのもあったってー。それにあのまま続けてたらもしかしたら逆転されてたかも」
「10秒近くも行動不能にされた時点で続きなんて無理筋にござるって知ってるでござろ! 意地悪でござるなあ、もー!」
 
 ぷんすかしている。かわいい!
 彼女ってば昨日の戦いを未だに引きずってるみたいで、主に僕の強さが想定を遥かに上回っていたことに驚いているみたいだよー。
 それでいて僕がいやいやそんなそんなと謙虚に振る舞ってるのが不満みたい。ヒノモト人は勝者はふんぞり返るものなのかもしれないけれど、僕にはできそうにないねー。
 
「大体、拙者の斬撃を全部撃ち落とした時点で実力差は明白でござるよ。アレ普通にほぼ全部ダミーでござったのに、それごとまとめて対応し切るとかさすがに落ち込ませてほしいでござる。ござござ……」
「ダミー……フェイントかしら? あれだけすさまじい勢いで繰り出していた斬撃の、ほぼすべての軌道がフェイントだったの? サクラ」
 
 紅茶を飲みつつシアンさんが、落ち込むサクラさんに尋ねる。
 サクラさんも入団して団長・副団長の関係になったこともあり、学校での立場を超えて二人は友情を結んだみたいだ。
 まだまだ新人だけど向上心豊かに強くなるための教えを請うてくる友人に、Sランク冒険者は然りと頷く。
 
「ござござ。殺気と動作の最適化、あと錯覚を利用することを極めればあのくらいは動作もないでござるよ。フェイント技術の極地と、昨日までは思っていたのでござるがねー」
「実際に極地だと思うけれど……ソウマくんはそれを上回る実力があっただけで」
「ござござー……」
 
 言われてまた落ち込むけれど、そこはシアンさんの言う通りなんだよね。あの無数の斬撃こそはSランク冒険者サクラ・ジンダイくらいにしかできない、極めきったフェイントテクニックの賜物だ。
 無数の斬撃の視覚的威圧感は半端じゃないし、大体の相手はまずそこで圧倒されて冷静でなくなる。見切れたとして、そのほぼすべてがフェイントなため今度は本命の斬撃を見つけて対応しないといけない。
 そして本命を見つけたところで対応できるかも微妙だもの。速度はそこそこながら威力がすごかったからね。
 
 シミラ卿に密着するまで持っていけた僕の杭打ちくんを、無理矢理打点をずらさせるなんて半端な膂力じゃ無理だし。
 Sランク冒険者はすべてにおいて頂点だけれど、さらに各々そこから得意分野が変わってくる。サクラさんはその得意分野が対人テクニックとパワーにあるってことだねー。
 
「そういえばそうだ、シミラ卿どうなるかなあ。一応思惑通りにいったわけだし、そうそう最悪の事態にまで追い込まれるとは思わないけどー」
「なんぞ朗らかな笑みを浮かべていたでござるし、まあ大丈夫でござらぬか?」
 
 話をする中でふと、シミラ卿の安否が気にかかる。計画どおりにはいったわけだし、マーテルさん逃走についての責任は冒険者ギルドとも折半になったから最悪には至らないと思いたい。
 でもエウリデだしなー、不安は残る。サクラさんもそこについては同感らしいけど、逆に楽しそうに獰猛な笑みを浮かべていた。
 
「それに仮に国が彼女を追い詰めるとなれば、そこは冒険者達も喜々として殴り込みにかかるでござるよ。もちろん拙者も、一回くらいは偉そうにふんぞり返ってるクソどもの根城をぶった斬ってやりたいと思ってるでござるしねー」
「シミラ卿に害が及ぶなら僕も動くかなー。3年前、本当はあの城の壁という壁をぶち抜きたくって仕方なかったんだー」
「貴族としてはなんとも反応に困る話をするなあ、ソウマくんもサクラ先生も……」
「あはは……」
 
 冒険者らしい反骨心をむき出しに笑い合う僕らに、貴族のセルシスくんと冒険者だけど貴族のシアンさんが苦く笑う。
 別に全部の貴族に噛みつくわけじゃなし、相手は選ぶよー。政治屋とか大臣とか、国王とかね。
 
 だから安心してーって言ったらなおのこと苦笑いされちゃった!
 騎士団に冒険者ギルドまで巻き込んだ壮大な茶番劇から数日。
 すっかり夏休みに突入した僕ことソウマ・グンダリは、相変わらずの帽子にマント姿で顔を隠した冒険者"杭打ち"スタイルで、相棒の杭打ちくん3号を持って地下迷宮は86階層をうろちょろしていた。

「……おわり!」
「ぐるぎゃああああああっ!?」

 狙い撃つはいつも同様ゴールドドラゴン。好事家の依頼が珍しく重なって、食い扶持を多く稼げる僕としてはホクホクだよー。
 脳天に叩き込んだ杭は瞬く間にゴールドドラゴンの命を奪い去り、その巨体を赤土の床に倒れ伏せさせた。これで本日2匹目、依頼達成だねー。

「……よーしよしよし」

 倒れたドラゴンの口を強引に開けて、奥歯にある黄金でできた歯を抜き取る。あと体中、あちこち黄金になっている皮膚や内臓も可能な限り抜き取るよー。
 依頼人は奥歯だけでなくゴールドドラゴンの黄金ならなんでも引き取って気前よくお金をくれるから、地味だけど大切な作業なんだよねー。

 持ってきた鞄が黄金で一杯になるくらいにドラゴンの骸を解体して、僕は満足してその場を立ち去る。死体は別なモンスターが食べるなりなんなりして、すぐになくなるかは迷宮内も弱肉強食の食物連鎖ってやつがあるんだと感心しちゃうよー。

「ふー……さてと」

 依頼も達成したし後は帰るだけ……とは今回ならない。実のところ他にも目的があって、僕はこんな地下深くまで潜っていたりする。
 それっていうのもぶっちゃけ、こないだからやたら縁のある超古代文明に関しての独自調査をするつもりでいるんだよねー。

 レオンくんパーティーのとこのヤミくんとヒカリちゃん。オーランドくんと今頃船の上かな? マーテルさん。
 この3人は自称、超古代文明からはるかな時を経てやって来た古代人だ。ホラにしては迷宮深層を彷徨いてたりエウリデ連合王国が確保しようとしてたりと、きな臭さがつきまとっているのがなんとも怪しいね。

 僕としてはロマンのある話だし状況証拠もあるので大いに信じたいわけだけど。それはそれとして、裏付けを取れるならそれに越したことはないとも考えている。
 そんなわけでヤミくんとヒカリちゃんが彷徨いていたという地下86階層まで来ているんだ。あの子達が眠っていたという、迷宮内でも特に異質な玄室を調査するためにね。

「……どっちだったかなー」

 道を覚えてないよー、忘れちゃったよー。
 赤土の床と壁、広く高い空間にいくつと伸びる道のどこを進めばそこに辿り着けるのか。最後に行ったのが何年も前のことだからすっかりルートの記憶が頭から抜け落ちてしまった。いけないいけない。
 念のため持って来といた地図を懐から出して確認する。調査戦隊時代終盤の頃に作成されたこの地図の通りなら、おそらく最短距離はー、と。

「…………こっちかー」

 地図に記してあるマーク、なんかよくわからない部屋だし"?"マークをつけてるそこに向かって歩き出す。
 道中、一つ目巨人のサイクロプスとか爪の鋭いデーモンドラグーンとかに出くわすけど気配を隠して通り過ぎる。一々構ってやれないよー。

 やがて赤土の壁が一箇所だけ、大きく銀色の金属にすり替わっている地点に辿り着く。ここだ……僕が杭打ちでむりやりぶち抜いて開けた穴がある。

 ヤミくんとヒカリちゃんの口ぶりでは、この穴の中の部屋にある棺のようなものの中で二人とマーテルさんは寝ていたことになる。つまりは3年前に来た時よりも3つ分、棺が開いているはずなのだ。

「…………ちょっと怖いかもー」

 いや、むしろかなり怖いかもー。ロマンはロマンとしてあるけどホラーチックな話でもあるからね、こんなのー。
 これで追加で棺が開いてたりしたらもう目も当てられない、つまりは古代文明人がもう何人かいて、迷宮をうろついてるなり下手をするともう地上に出てるかもしれないってことだもの。
 というかそれ以前に。

「3年前の時点でいくつか、開いてたんだよねー棺……」

 今回調査するにあたり過去の記録を引っ張り出して再確認したところ、当時その部屋に足を踏み入れた僕含めた調査戦隊メンバーはたしかに、棺らしき箱がある事自体は把握していた。
 全部で10個。そのうち5個が開封済みで、残る5個が未開封。当時の資料にはそうした報告がたしかに記載されていたのだ。

 それはすなわち3年前にはすでに、5人の古代文明人が覚醒してあの場所を出ていたということを示唆している。そして今なお、未覚醒の古代文明人が2人、眠っているはずなのだ。

「先に目覚めた5人は、どこに行ったのー……?」

 なんともホラーだよー。怖いよー。
 ついこないだまでなんとも思わなかった迷宮が、なんだかひどく恐ろしいものに見えてきた。まあ、何が出ようと僕は杭でぶち抜くだけなんだけど。
 それでも嫌な想像とかしちゃってゾワゾワするところはある。鳥肌を立てつつ僕は、古代文明人の眠る玄室へと急いだ。
 しばらく進むと、3年前と変わらない鉄製の壁が見えてきた。もっというと当時僕が無理矢理ぶち抜いた結果、杭打ちくん2号の尊い犠牲と引き換えにできた侵入口も依然として健在だ。
 迷宮の床や壁はどれだけぶち抜いたり削ったりしてもすぐ元通りになるのに、ここは3年経ってもそのまんまなんだねー。人工物だからかなー?

「…………失礼しまーす」

 ちょっぴりホラーな妄想に身を浸していたこともあり、おっかなびっくり部屋に入るよー。もしこれで誰かが急に出てきたりしたら、怖いねー。
 でもさすがにそんなことはなかったみたいで、まるで無人で人の気配もない空間が広がっていた。鉄っぽい金属でできた床や壁、よくわからない箱がいくつも壁に並んでて、中央には棺が円形状に並んでいる。

 例の、双子やマーテルさんが出てきた棺だねー……ゴクリと喉を鳴らしつつ、数を数えていく。
 ひとつ、ふたつ、みーっつ、よーっつ────

「…………開封済み、8つ。たしかに3つ、新しく開いてるねー」

 未開封の棺が2つにまで減っている。間違いなく、あの3人はこの部屋の棺から出てきたんだろう。
 とりあえず追加でもう1つ2つ開いてるとかそういうことがなくてよかったー。ホッと息を吐きつつ、僕は未開封の棺に近づく。

 横たわる長方形の箱で、側面からいくつも金属製の管が繋がっている。これはいずれの棺も同じだね。それぞれ大きさも同じで大体2m程度の横長さになっている。ほとんどの人が入って寝ることのできるサイズだ。
 表面には文様が刻んであるし、何やら文字も書いてあるけど古代文字だから僕には読めない。教授が目下解読中らしいけど、なんて書いてあるんだろうねー。

 外観からは内部の様子が窺えない棺を僕は覗き込む。3年前、僕は杭打ちくん2号が犠牲になったショックからあんまり見たり触ったりしてないんだよね、これー。
 この中に人がいて、何千何万という時を眠ったままでいるなんて不思議だよー、ロマンだよー。ちょっぴりテンション高くして、あちこち触ってみる。

 ────すると、不意に棺が光り始めた。文様が輝き始め、にわかに震えだしたのだ!

「……えっ!? ふええ!?」

 思わず間抜けな声を出しつつ後ずさる僕。慌てて杭打ちくんを装備して構える。
 ヤバ、なんか変なとこ触っちゃったかな!? でもそんなこと言ったらそもそもこの棺そのものが変なものだよね!? 内心で焦りながら言いわけを重ねる。
 そうしている間にも棺は振動し続けていく。少しずつ、棺の蓋が横にズレ、中身が露見していった。

「…………え。お、女の人?」
「……………………」

 中にいる、横たわって眠っているのは女の人だった。それも大人のおねーさんだ。
 金色の長い髪、ピンクのカチューシャが特徴的で、シミラ卿やサクラさんよりちょっと年上くらいかも。緑のローブに身を包み、目を閉じて死んだように眠っている。
 ていうか呼吸してる様子がないんだけど。これ、まさかと思うけど死んでません?

「えぇ……? ま、マジですか? 僕なんか、やっちゃいました……?」

 さすがに僕が何かしたからこの人がこうなってるとは考えづらいし考えたくないよー。いくらなんでもこんな形で人殺しはやだよー!
 恐る恐る近づき、おねーさんの首元の脈を取る。ない。体温も恐ろしく低くて、まるで冬みたいだ。今ってまだ夏なのに。

 やば、死んでるし……本当に息どころか脈もないことにいよいよ、僕も焦りだす。汗が一筋垂れるのを自覚する。
 こ、これ、どうしよー?

「………………………………ぅ」
「…………!? え、は!?」

 静かにパニックに陥っていたその時だ。不意に、おねーさんが呻いた。
 そんな馬鹿な! 驚き唖然とする僕をよそに、だんだん彼女の身体に変化が訪れていく。
 首元に触れている手が、脈を感知する。少しずつゆっくりと、体温が高まっていく。呼吸も、胸元が緩やかに上下していって、生者のそれと大差なくなっていく。

「よ、蘇り……だよー!?」

 今度こそ身体全体が恐怖で総毛立ち、鳥肌が立つのを感じながらも僕はその場を飛び退いた。
 どう考えてもおかしいよ、異常だよー! 今の今まで完全に死んでた人が、なんで巻き戻るように体温も呼吸も脈も取り戻していくんだよー!?

 まるで未知の現象。いくら冒険者だからってこういう未知はキツイよー。
 ゾッとする思いで、けれど何があってもぶち抜けるように杭打ちくんだけは構えておく。たとえ敵わなくても、絶対に一発は叩き込んでやるよー……!!

「ぁ……う、うう?」
「…………!!」
「こ、こは……? わ、たしは……う、う。こ、れは?」

 おねーさんがゆっくりと起き上がり、片手で頭を押さえながら自分の手元、周囲を見回す。
 ……完全に普通の人間って感じだ。言葉も通じるし、見た目も特に変なところがない。仕草も、清楚で素敵な年上の女性だよー。

 警戒しつつも淑やかな所作にちょっぴり初恋しかけていると、彼女が僕を見た。
 通算4人目、なんだろうね。超古代文明からやって来た人との、ファーストコンタクトだった。
 まさかの遭遇、というか覚醒、かなー? 起き上がった金髪のおねーさんに僕は杭打ちくんを構えたまま、思わずその美しさに見惚れちゃう。
 眠ってた時は生気のなさからくる静けさが逆に、ものすごい色っぽい感じだったんだけど、起きて目を開けたその姿は別方向に美しい。

 お日様……それも真夏の太陽でない、冬に旅人を暖かく照らしてくれる陽光のような柔らかみのある優しさを備えた美人さんだ。
 緑がかった青い瞳を僕に向け、その女の人はおずおずと話しかけてくる。

「……ぉはよう、ござます」
「…………」
「ぅ……ふぁあ〜っ。ここ、えーと? 誰だっけ私。ええと、ええと?」

 うまく思い出せないなー、と自分の頭をしきりに撫でさせる女の人。どうやら記憶が朧気みたいだ。
 たしかヤミくんとヒカリちゃん、それにマーテルさんも記憶喪失って言ってたもんねー……永すぎる眠りの中で、寝てる間にもいろいろポロポロ落ちちゃったんだろうか、思い出とか。
 それは正直、気の毒な話だよー。警戒しつつも僕は、ついついいたわる声を遠くから投げた。

「……落ち着いて。目を閉じて深呼吸して、まずは冷静になって」
「ぁ……え、ええ。わかった……すー、はー。すーはー。すーはー! すーっ! はーっ!」
「…………」

 深呼吸しろって言ったのに、やたら鼻息が荒いよー。何この人、変だよー。
 当たり前だけどヤミくんやヒカリちゃんとはまた、異なるタイプの性格みたいだ。明るめなのは助かるかなー、これで沈みがちな人だとこっちもコミュニケーションに困るからねー。

 しばらく深呼吸ともいえない呼吸を繰り返して、それでも女の人は一応でも落ち着いたみたいだった。目を開けて、さっきよりはクールな瞳で棺から出てくる。
 ……永らく寝てても力や体力が落ちてる様子はないね。超古代文明人がそういう特別な体をしてるのか、棺そのものに何か仕込んであるのか。たぶん後者だろうね。
 具に観察しながら彼女の起き上がるのを待って、僕は再度話しかける。

「……ええと、おはよう。あなたは今、いつのどこにいるどなた様か言えるかな?」
「ん……と。いつかは分からないわ、遠い未来っぽいなーとは思うけど。場所は私が眠る前と同じなら、えーとなんか、シェルター? の霊安室だと思うけど」
「……シェルター。霊安室、か」

 なんとも意味深なことを言うね、この人。シェルターだの霊安室だのときたかー。
 どちらも今現在でも使われている言葉だ。何かしらの災害から身を守るための避難先、そして死んだ者を安置する場所。

 つまりこの部屋は何かの災害から避難してきた人達のための施設の、さらに死人を置く場所ってことか。いや、実際に置かれてたのは死体どころか眠り姫さんなわけだから、その名称にはちょっと疑問が残るけどねー。
 物騒なことを口走る彼女は、次いで自分の名前をも言ってくる。
 
「それで私の名前が、レリエ。下の名前もあったと思うけど、なんかうまく思い出せないわ」
「レリエ……か」
「かく言うあなたはどちら様かしら? 結構永く眠ってたんだろうとは思うけれど、私のいた時代にはあなたみたいな風貌の人、なかなかお目にかかれないんじゃないかしら? 記憶はないんだけどなんとなく、残ってる常識や知識がそんな感じのことを言ってるわ」
 
 記憶や思い出というより知識や身につけた常識からそんなことを言ってくる彼女、レリエさん。
 ヤミくんもそんなこと言ってたな……記憶はないけど知識はあるとかなんとか。そんなことあるものなのか? と思ってたけど、この調子だと本当に知識や常識は残ってるみたいだねー。おそらくマーテルさんも同じ塩梅なんだろう。
 
 どうしたものかなー。平たく言って扱いに困って僕は悩む。
 さしあたって僕が知っている超古代文明関係のことや今、彼女を取り巻いていくだろう事態──こないだの茶番みたくエウリデがちょっかいかけてくるとかね──を説明するのは別に構わないというか、してあげないとこの人本当に一人ぼっちで当て所なく、知らない世界の知らない時代を彷徨う羽目になる。

 さすがにそんなの胸が悪くなるからねー。
 僕はレリエさんに、せめて現状を伝えるくらいはここでするべきだと口を開いた。
 
「……落ち着いて聞いてほしい。あなたは数万年前とされる超古代文明の生き残りであると推測される」
「数万年……!? そんなに経ったの!? というかそんな機能してたんだ、このコールドカプセル! 耐用年数完全にぶっちぎっちゃってるけど!」
「コールド……?」
「あ……そっかだから私の記憶こんなズタボロなんだ。耐用年数内に起きられなかったから、命はともかく記憶は奪われる……だっけ? 変な副作用もあったもんだわ、まったく」
「…………?」
 
 なんかブツブツ言い出したよー? コールドカプセル? なんかよくわからないけど、棺の正式名称らしいねー。
 それの調子がおかしかったから何万年も寝て、挙げ句起きたら記憶喪失担ってたって感じなのかな。
 よく分かんないやー。
 何はともあれ、まずはレリエさんにあれこれ説明しないといけない。
 本格的な詳細説明はこの後、ギルドに彼女を連れて行ってリリーさんなりギルド長なりにお願いするとして、簡単な説明くらいはしておこうかなー。
 
「……まず僕についてから。冒険者をしていて"杭打ち"と呼ばれています。レリエさんもそう呼んでいただければ」
「冒険者……えっ、そんなファンタジーな感じの世界なの、今って」
「僕から見れば超古代文明のほうが、よほどファンタジーですけどね」
 
 お互いにお互いをファンタジー世界の住人だと捉えてるみたいだけど、まあ仕方ないよねー。
 僕からしてみれば彼女はじめ超古代文明絡みの存在なんてロマンもいいところだけど、向こうからすれば僕らははるか未来の住人だ。これはこれでロマンチックなのだろうし。
 
 世界中の地下に眠る迷宮や、未だ人類が到達できていない未踏地域に挑まんとする僕達冒険者は今や世界の一大ムーブメントだ。
 前からそこそこ人気の職業だったのが調査戦隊の活躍と解散、それに伴う迷宮攻略法の世界的伝播によって一気に流行し始めたのが3年前。

 今じゃ自由とロマンを求めて好きに生きるべく冒険者になろうとする人達が後を絶たないって状況なんだからすごいよねー。
 そんな感じで冒険者界隈の現在を中心にレリエさんに説明すると、彼女は顎に手を当てふむふむと頷いた。
 
「なるほどなるほど? ……何万年経っても案外人類って行ったり来たりなのね。てっきりもう、宇宙にだって行ってるんじゃないかと思ったけど」
「……行けるものなの? 天体学者さんなんかは、こーんな大きな望遠鏡で四六時中空ばかり見てるけど」
「私達の時代だと割と行けたりしたわね。さすがによその星に定住するとかはできなかったけど、資源や燃料を採掘したりしてたわね」
「へえ……へえーっ!? すご、すごいよー!?」
 
 ものすごい話を聞いちゃった! ひっくり返るような心地でつい素で驚いちゃったよー!?
 星って、あの星だよね夜空に瞬いてるあの!? あそこ人行けるの!? 行けたの!? っていうか行ってなんか採掘とかしてたの、あれ石とか土とかで出来てるのー!?
 
 とんでもないな超古代文明! 本当だとしたら世界中大騒ぎになる話だよー!
 これはすごい……エウリデが古代人を欲しがる理由がちょっぴり分かっちゃうくらいすごいよー。いやまあ、それでも人を拉致して研究とは名ばかりの玩具扱いにするなんて絶対に許されないからそういうのは断固阻止するけどー。
 
「へぁー……お星様にまで行ってたんだ、昔の人ー……」
「……ちょ、ちょっと待ってあなた。ちょっとごめんね!?」
「え? ……ふわわー?」
 
 感動に浸ってるとなんかいきなり、ガシッと両肩を掴まれたよー? 敵意はないけどなんだろ。レリエさんどうしたのかなー?
 思わずビックリして固くなる僕だけど、そんなことはお構いなしとばかりに彼女は僕の肩や背中、杭打ちくんを持つ腕を触る。
 ちょっとくすぐったいし照れるしドキドキするよー! 15回目の初恋だよー!?
 
「……も、もしかして僕のこと好きですか!? もしよければ僕とお付き合いしませんか!?」
「え!? ……え? いやその、それはちょっと」
「ああああ瞬殺されちゃったああああ」
「!?」
 
 ああああフラレちゃったああああ!
 まただよー通算11回目だよー。こんないきなりさわさわしてくるから絶対脈あるよーって思ったら脈なかったよー、っていうかフラレて僕の脈がなくなりそうだよー。
 
 思わず目が潤む。いいもん僕にはシアンさんとサクラさんがいるもん、あとリリーさんとシミラ卿もー。
 この人達にはまだ告白してないからチャンスあるもん、まだ脈あるもん! だからへっちゃらだよー……
 
「…………うう」
「あ、あの杭打ち? さんだっけ。いきなり触られたから勘違いしちゃったのかな、ごめんなさいね? あの、気になることがあったからつい調べちゃって」
「気になる、こと?」
「うん、もしかして君まだ子供、それも女の子なんじゃないかなーって」
「ああああ男であることさえ否定されたああああ」
「!?」
 
 ひどすぎるよー!? 子供扱いはともかく女の子疑惑はいくらなんでもありえませんよー!?
 別に女の子に対して思うところはないっていうかむしろお付き合いしたくて堪んないけど、さすがに男の子だから女の子でしょって言われるのは心外だよー……
 
 でもケルヴィンくんやセルシスくんの言うところによると僕、とても15歳には見えないくらい幼気で童顔らしいものなー。
 クラスの友達にも時折からかわれるしー、もしかして角度によっては女の子みたいに見えちゃうところはほんのちょっぴりくらいはあるのかもしれない。
 
 うーん、でもやっぱり男の子として見てほしいよー。こんな美人な人ならなおのことー。
 せめてもうちょいガッシリめの体格に生まれたかったよーと思いながらも、僕はレリエさんに自分が男であることを主張したのでしたー。