倒れ伏す最強格二人。一歩間違えれば逆だったかもしれない光景に、冷や汗を流しながらも僕はそっと安堵の息を吐いた。
 いやー……二人がかりは予想以上にキツかったねー。サクラさんもシミラ卿も、僕の想定よりずっと強くて怖かったなー。
 
 ワカバ姉の居合斬撃術とはまるで異なる、抜身の刃を正確無比かつ剛腕をもって振るうサクラさん。
 よっぽど対人経験豊富なんだろうね、息をするのと同じくらいの頻度でフェイントを仕掛けてくるから対処しづらいのなんのって。対人戦にそこまで精通してない僕には、勉強になりつつも相性が悪すぎて普通にヤバい場面がいくつもあったよー。
 
 特に最後ら辺に見せた連続斬撃。アレ実際のところは8割方、僕の隙を引き出すための嘘の攻撃だったんだろうね。
 ぶっちゃけまるで虚実の区別がつかなかったから全部叩き落したけど、もうちょっと長引いてたら押し負けてただろう。そしたら一発二発は食らってたかもねー。
 
「く、う……! こ、これほどまでに差があるとは……!!」
 
 呻きながらどうにか立ち上がるけど、側頭部からは血が流れているサクラさん。結構良い感じにヒットしちゃったしね、逆にその程度の負傷で済んでるのは彼女の実力の高さの裏付けとも言える。
 そもそも、ここまでスムーズに側頭部にヒットさせられたのは僕が杭打ちくんという、彼女の知らないタイプの武器を使っていたのが大きい。まさかトンファーめいた使用法までしてくるとは、ある程度推測していたとしても実感はなかったろうしね。
 
 もしも次、またやり合うことがあったら今度はこのスタイルだと負けかねないなー。
 ヒノモトのSランク冒険者、サクラ・ジンダイの実力の高さに、僕は舌を巻く思いでいた。
 
「が、ぁ……! っぐ、うぅ……」
 
 そしてもう一人。サクラさんとそれなりに見事な連携で追随してきたシミラ卿についても、率直に感心する僕だ。
 
 3年前の時点よりはるかに強くなっている。少なくともあの時点の先代騎士団長には勝ってるよ、単純な実力では。
 よっぽど努力を積み重ねたんだろう、単なる突きが完全に一撃必殺の奥義に変貌を遂げていたんだから背筋が寒くなるよー。速度も威力も正確さも、ゾッとするほどに極まっているなんてとんでもないことだ。
 
 ただまあ、彼女についてはちょっと素直すぎたところはあるね。サクラさんのような、平気で攻撃に嘘を織り交ぜる悪辣さに欠けるから攻撃してくる箇所はひどく読みやすい。
 逆に言えばその辺の対人テクニックを習得すれば、その時点でシミラ卿の実力はさらに跳ね上がるねー。あそこまで頭を振って撹乱していた僕の、右目だけを毎回確実に狙って来るなんて化け物めいた技術だもの。
 そこにフェイントまで混ぜられたら確実に被弾は免れないだろう。
 
「……………………僕の、勝ち」
 
 まあ、お二人が仮にそれぞれの課題を克服してさらに強くなったとしても、こっちだって全然今のやり取りは全力じゃなかったからねー。
 そもそも殺し合いじゃないから杭は封印してたし、迷宮攻略法も身体強化と重力制御しか使ってない。何よりかつての僕の……いや、これは置いておこうか。
 
 ともかく僕だってまだまだ引き出しがあるわけなので、もし次に二人相手に戦う時が来たとしてもそんな、ハイそうですかと素直に負けてやる気はサラサラないのだ。
 僕も割合負けず嫌いだなーって自覚を持ちながらも、僕は二人に話しかけた。
 
「……この場は勝負ありだ。これ以上やるなら命の保証はお互い、できなくなると思うが」
「…………で、ござるな」
 
 互いに全然、本腰を入れた殺し合いじゃないわけなんだけどまだ続けるとなるとそうなっちゃうよー? と釘を刺す。
 あくまでこれは茶番だからね。裏で示し合わせた上での戦いだってのを踏まえた規模に留めないと、マジでただの冒険者同士の殺し合いに発展しちゃうものねー。
 
 サクラさんも、今ようやく悶えながら身を起こしたシミラ卿もそこは分かってくれている。
 それでも悔しそうにしながら、呻いてはいるけれど。
 
「悔しーでござるー……けど、さすがに数秒もダウンしてたら文句も言えないでござるよー……!」
「杭打ちめ、3年前よりやはり強くなっているではないか……! 私の連続刺突を避けつつジンダイの攻撃をすべて叩き落とすなど、おそらくはレジェンダリーセブンにさえできる者は少ない……!」
 
 二人とも、たっぷり10秒は寝そべってたからねー。仮に殺し合いならもう死んでるし殺してるよー。
 殺伐とした話だけどその辺は当然、理解しているお二人の顔には終戦に対する否やも何もない。これ以上望むのは本来の趣旨に完全に外れると、彼女達も理解しているのだ。
 
 そうなれば対外的な勝利宣言を、僭越ながら僕のほうからさせてもらいましょうかねー。
 仕上げとばかりに威圧をフルで込めて一同、特に騎士団連中を念入りに脅しかけつつ僕は、彼らに対して宣言した。
 
「エウリデ連合王国および騎士団、冒険者ギルドに告ぐ。オーランド・グレイタスおよびマーテルに手を出すな。出せばこの"杭打ち"が相手になろう──Sランク冒険者と騎士団長のタッグにさえ打ち勝つこの僕は、国が相手となれば存分に杭を使うぞ?」
「ヒッ────!?」
「総員、退却! 帰って王城に戻り、今回の事態を伝えきれ!」
「急げ急げ! もう勝負は付いたでござる、逃げるでござるよーっ!!」
 
 サクラさんとシミラ卿が続いて叫び逃げを指示すれば、騎士団員はそりゃもう蜘蛛の子を散らすような勢いで去っていく。シミラ卿と一部の古参だけ置いてだ。ホント組織としてどうなのー……?
 
 ま、ともかくとしてあっという間に訪れる平穏。
 すべての事情を察して協力してくれた冒険者に労われる形で、マーテルさん逃亡幇助計画はひとまず、終わりを告げたのだった。