「…………!?」
「っ! ソ、ソウマ……!?」
僕の意気を受けてサクラさんもシミラ卿も動きが止まり、唖然とした様子でこちらを見る。
威圧の対象となっているのは二人だけだし、シアンさんに害が及ばないようにこちらで制御してるから彼女はかわいくキョトンとしてるけど、その辺は割とどうでもいいギルド長と隣で控えてる秘書さんはギョッと目を剥いているねー。
サクラさんとシアンさん以外の3人は僕のことを少なからず知っているはずなんだけど、やはり3年も時間が経つといろいろ、忘れちゃうところはあるのかもしれない。
サクラさんにしたところで、いきなりシミラ卿と自分のタッグを一人で相手するよーとか言い出した僕には、懐疑的になってもおかしくはないしねー。
こうなるともう、多少乱暴だけど身をもって僕の実力の一端を知ってもらう、あるいは思い出してもらうのがいいんだろう。言葉じゃ納得してもらえないだろうし。
そう思ってのガチな威圧は、予想以上に効果を発揮して二人のみならずギルド長達までも戦慄させたみたいだ。
彼女らをまとめて牽制したまま、僕は告げる。
「サクラさんはともかくシミラ卿、僕を誰だと思ってるのー? 調査戦隊に入った成り行きも、入ってからの働きも知らないとは言わせないよー」
調査戦隊に入る際リーダーと副リーダー、および幹部格をまとめて一度は完膚なきまでに叩きのめした。まあその後のリベンジ戦で完全に対策取られて逆に叩きのめされたけどー。
そして調査戦隊所属中は迷宮攻略法をいくつも考案し、今やレジェンダリーセブンとか言われてる人達にも手ずから教えた。まあ彼らからも同じくらいいろんなことを教わったから、正味トントンだけどー。
「大迷宮深層調査戦隊の中でも、単純な強さだけなら誰にも引けを取らなかった……今もそうだよシミラ卿。サクラさんと二人がかりで来ようが、僕相手に簡単に押し切れるとか夢にも思わないほうがいいねー」
「…………!!」
傲慢なまでの絶対的な自信。他のことは譲れてもこれだけは譲れない。
心配されるほど弱くはない。僕は強いよー?
ニコリと笑うと視線に晒された、二人の美女は息を呑み汗を一筋、垂らしていた。
「こ、れは……! ワカバ姫から聞いていたでござるが、なるほど。相手にとって不足なしというわけでござるか……!!」
「……不覚にも、記憶を摩耗させてしまっていたか。そうだったな、ソウマ。調査戦隊にあってお前は、中核メンバーの一人として迷宮最下層にまで到達したのだったな」
「久しぶりだが悍ましい威圧だな、直接の対象でもないのに殺されるかと思ったよ……グンダリ、やるなら事前に断りを入れてからやりなさい。老人の心臓を今ここで止めるつもりかね」
「止めたところで死にそうもないくせに……でもごめんなさいギルド長、時間もないし手っ取り早く話を通そうと思ってー」
冷汗を拭う素振りをしているギルド長に謝るけれど、実のところこのおじいちゃんもこれでSランクだからねー。
現場こそ引退しているから迷宮攻略法の習得もしてないけれど、長らく冒険者やってきたから胆力は折り紙付きだし、僕の威圧だってなんとも思ってないはずだ。
そのくせ虐められたか弱いおじーちゃんのフリをして来るんだから、食えないよねー。
ま、とにかく話はこれで決まりだ。騎士団は予定通り冒険者ギルドと組んでオーランドくんとマーテルさんを追いかけ、先行部隊と合流したあたりで僕こと"杭打ち"の奇襲に遭う。
そして現状最高戦力であるシミラ卿とサクラさんの二人がかりで僕と戦う中で僕優勢、くらいの形で終わってマーテルさんへの手出し無用って宣言をするわけだ。
これなら冒険者ギルドが全面的に国とやり合うこともないし、迷宮都市に騒乱が巻き起こる可能性も低くなるだろうね。
後から"乱入して邪魔してきたとはいえ杭打ちも同胞だから……"みたいな言い訳をして国の協力には今後、応じない構えを示せばもう完璧だよー。
ビックリするくらい一から十まで茶番だけれど、そもそも超古代文明の生き残りを捕らえて実験動物にする時点で茶番未満の出来の悪いシナリオなんだ、僕がわやくちゃにしてやったほうが面白い見世物になるでしょー。
早速僕は立ち上がり、みんなを見回して言った。
「都合上、僕が先行してないと話にならないので先に失礼しますよー。先走った連中が万一オーランドくん達に追いつこうとしていた場合、彼らをある程度黙らせるつもりではいますからそのおつもりでー」
「ああ、そこは構わない。ただ殺しはするなよ、さすがにそこまで至ってしまうと国もお前を腫れ物扱いする程度に収めてはおけないはずだ」
「そこはもちろん。自慢じゃないけど僕、手加減は得意なんですよー」
モンスターと違って人間は脆いからねー。
そうとだけつぶやいて僕は、ギルドの外へと出た。
ギルド施設の外に出て、僕は一息に大地を蹴って飛んだ。
そう、飛んだ。跳んだでも翔んだでもなく飛んだんだ。強化した肉体による第一歩で高く舞い上がり、重力制御法で僕が進む方向、進みたい道筋へと一直線へ向かう。
傍から見れば空を飛んでいるみたいに見えるだろう。だから言うのさ、飛んだってねー。
この技術は迷宮攻略法を修めようとする者達にとっては今や、極点にあるとされる技法の一つだ。身体強化も重力制御もあまりに習得難度が高すぎて、未だに世界各国にそれぞれ片手くらいしか体得済みの冒険者はいないらしい。
ましてやその2つを掛け合せたこの飛翔法なんて、調査戦隊が最高戦力として誇ったレジェンダリーセブンの中でも1人しか使えなかった代物だ。
「…………」
あっという間に砦の壁を高々越えて町の外へ。なんら遮るもののない空を快適に行く感覚は爽快かつ迅速だ。
当然馬より早いから、余裕で先行した騎士達に追いつけるだろう。場合によってはオーランドくん達とも出くわすかもだけど、そうなったらより好都合だ。マーテルさんを逃がすことに協力を表明できるからねー。
「……………………」
猛スピードで北へ向かう中、そう言えばシミラ卿なんかはかつて、やたらと羨ましがってたなあと昔を思い出す。
あの頃は迷宮攻略法の初歩である熱耐性さえ身につけるのがやっとって感じだったけど、今はどうなんだろう。
ていうか、これからサクラさんともどもまとめて相手しないといけないけれど、いまいち両方とも実力のほどは分かってないなーって今頃気づいちゃったよー。
まあ、戦う相手の実力なんて分からなくて当然なんだし別に構う話でもないかなー。
勝てそうなら勝てばいい、負けそうならそれでもどうにか相討ちに持ち込めればいい。
今回の敗北条件は僕がなすすべもなくあの二人に敗れてしまって、騎士団や国に対してマーテルさんに手を出すことのリスクを示せないことだけだ。つまり負けなきゃ勝ちなんだから安いよねー。
「…………簡単に負けてやるつもりはないよー」
さっきは啖呵を切ったものの、実際サクラさんもシミラ卿もSランク相当の十二分な化け物だ。迷宮攻略法の習熟状況に依らず、培ってきた技術と経験はまかり間違えばレジェンダリーセブンとか言われてるあの人達にだって負けない部分はあるだろう。
元調査戦隊のシミラ卿に、レジェンダリーセブンの一人と友人なサクラさん。どれほどのものかなー、場合によっては殺すつもりでいかないとまともな勝負にさえ持ち込めないかもねと、ちょっと不安気味になりそう。
いやでも、あんな大言壮語吐いといて大したことありませんよ僕ーってのはダサすぎる。
調査戦隊を抜けてからも迷宮最下層付近でずーっと金策してきたし、実力だってその頃よりも上がってるとは思うけど……対人経験についてはほとんど経験を積んできてないからね。そこを攻められるとちょっと辛いかも。
「……でも、もしこれでカッコよーくみんなの前であの二人を倒せればー。きゅふ、くふふふー!」
逆にあの二人が組んでなお、僕がスマートにかっこよくクールに首尾よく倒せたとしたら。そこまで考えて僕の顔が緩んだ。
めちゃくちゃカッコいいんじゃないかな、謎の冒険者"杭打ち"、Sランク冒険者とエウリデ連合王国騎士団長のタッグさえ軽々打ち破る、とかさー! えへへ、モテモテ間違いなしだよこれはー!!
いまいち僕の実力を疑ってっぽかったサクラさんや、そもそも上位冒険者の実力について大した知見のなさそうなシアンさん。そして今の僕の実力を測りかねているシミラ卿。
この3人だって僕がマジに強くてカッコいいんだぞーって分からせられれば、きっとメロメロになるよねー! 大体の場合、冒険者は強いほど人気が出るものだしね! えへ、えへへへ!
「……よーし、頑張るぞー!」
マーテルさんを助けるのがもちろん第一の理由だけれど、それはそれとして僕としてはカッコいいところをみんなに見せてすげー! かっこいいすきー! って言われたい!
だからそのためにも気合を入れつつ飛んでいると、遥か見下ろす地上にて、馬に乗って駆け抜ける騎士の部隊を発見した。さらにその進行方向の先に一頭、必死にかける馬に乗る二人組も。
町を出て大体10分ほどくらいかなぁ、結構遠くまで来たけど、どうにか捕捉できたみたいだ。
タイミング的にギリギリだったみたいだねー。運がいいのは何よりだよ、オーランドくん。
「……かるーく、肩慣らしするかなー」
騎士団員のみなさん方には悪いけど、これから実力者二人を相手取るからね、ウォーミングアップはしておきたい。
久々の対人戦、少しでも勘を取り戻しておきたいところもあるからねー。そう思って僕は急降下した。
オーランドくん達が駆る馬の進行方向、まるで流れ星のように猛烈な勢いで地上に向かい、杭打ちくんを構えて地面に叩きつけたのだ!
「────!!」
「何っ!?」
「きゃあっ!?」
「なんだあっ!?」
スドォォォォォォンッ!! と、大地を大きく抉り揺らす衝撃。僕にとってはいつものことだけど、オーランドくんやマーテルさん、騎士団の人達にはまるで未知の事態だろうね。
馬を止め、困惑しきりに土煙に埋もれる僕を見る彼ら。言っちゃ悪いけど騎士団の連中はこの時点でダメダメだ。
様子をうかがう前にまずは剣を抜いて構えなきゃ。何が起きてもおかしくないなら、空からいきなり敵が降ってくるのもおかしくないのにー。
オーランドくん達もこの隙に逃げることを考えるのがベストなんだけど、なんちゃってAランクのぺーぺーくんだからね。助けた女の子を逃がすって選択肢を取れただけ、及第点なんじゃないかなー?
やがて土煙が晴れていき、彼らは僕の姿をしっかり捉える。
目を見開き驚く一同に、僕はマントと帽子に隠された奥で一人、ニヤリと笑った。
「貴様……"杭打ち"か! 我らを妨害にでも来たか!」
「スラムのゴミが、この数相手に何ができる!」
「この間はよくも新米を! 冒険者め、八つ裂きにしてくれる!!」
まー吠える吠える、騎士団員達のみっともない姿を見て僕はやっぱり、呆れ返った。
何が崇高なる使命なんだろうねー、寄る辺ない女性や子供を拉致して地獄に連れ込む外道がさ。
こないだのボンボンを殴り倒したこと、聞いてはいたけどシミラ卿じゃなくて僕……というか冒険者がやったことになってるし。恨み骨髄って感じだけれど、何から何まで自業自得なんだよねー。
「杭打ち……なんで、ここに!?」
「杭打ちさん? ……この間の、シアン生徒会長さんと一緒に帰っていった人、ですよね?」
「……………………」
マーテルさんの問いに、僕は無言で頷く。オーランドくんは驚きつつもそれでも素早く後ろに乗せた彼女を庇い、周囲を見回している。逃走できないか、活路を見出してるのかなー?
隙を伺うの、結構いいねー。さすがに両親が両親なだけあってセンスはあるってことだろう。今は時期尚早すぎるだけで、潜在的にはAランクにも届き得るものはあるのかもねー。
警戒しつつ逃走の機会を探るオーランドくんに、僕は静かに、できれば正体が悟られないようにと祈りながら語りかけた。
さすがにこの状況を無言で進めるのは無理だしね。
「…………グレイタスの息子。その子を逃がすのかい?」
「喋った!? それにその声……?」
「……助けたにせよ、逆に言えばそれだけだろう? なぜ、国や騎士団を敵に回すリスクさえ負ってその子を逃がすんだ? 冒険者ギルドさえ、君達の味方にはならないかもしれないのに」
「っ、それは」
あえての意地悪な質問。どうしても僕は、オーランド・グレイタスという冒険者を見定めたかった。
僕を嫌う、親の七光りに頼るだけ小物に過ぎないと思いきや。冒険者としての意識は案外高く、それに沿った行動もし、そして今またすべてを敵に回してでも追われる身の少女を助けようとしている。
なんとも謎な人間性だ。どういう意図でマーテルさんを今、助けるつもりでいる?
同じ冒険者として、どうしてもそこだけは確認したい。
尋ねる僕に、オーランドくんは強い眼差しで吼えた。
「……マーテルを! この子を助けたいからだ!! 他に理由なんてあるもんかよ!」
「その子を引き渡せば、君自身は助かるかもしれないのに?」
「人を地獄に落として得られる安寧なんざ、それこそ俺に取っちゃ地獄だ!!」
「彼女は超古代文明の民かもしれない。その研究、調査は国のためになるのかもしれなくても?」
「ちょっと長い眠りから覚めただけの女の子を、ひでえ目に遭わせて何が国のためだ! そんな国ろくなもんじゃねえ!」
「なんだと貴様──ううっ!?」
「騎士様方は黙っていろ」
今あんたらに用はないんだよ。ボンボンだか飼い犬だか風情が、引っ込んでろ。
ひと睨みで騎士団員を全員黙らせて、再び僕はオーランドくんを見た。自分の信じる道をひたむきに進もうとする、信念の光を宿した瞳。
……悪くない。こんな瞳をした冒険者を、僕はかつて大勢見た。オーランドくんの親もまた、その中にいたよ。
あながち親バカじゃないのかもねー、あの夫妻。いやAランクについては確実に親バカだわ、オーランドくんはともかくあの二人は今度見かけたら反省会だよー。
内心でバカ親二人を思い浮かべながらも、僕は告げる。
「……君は正しいよ、オーランド・グレイタス」
「! く、杭打ち……」
「目の前で理不尽に晒される人を助けたいと願う、君の姿は人として。国だろうが騎士だろうが構わず己の筋を通したいと想う、その姿は冒険者として正しい。ご両親に似ているよ……血は争えないってこと、なんだろうね」
「親父と、お袋……」
「オーランドの、ご両親……ですか?」
僕の初恋を8回も台無しにしたことはこの際、置いておいてあげるよ。"杭打ち"が嫌いなのだって個々人の考えだ、好きにするといい。
ここにいる僕は、そうしている君を……今この時ばかりは手助けしよう。君がどうあれマーテルさんは助けるつもりしてたけど、今の答えを聞けた以上は二人まとめて受け持つよ。
杭打ちくんを、元々彼らが進んでいた先に伸ばして指し示す。
「……行け。そのまままっすぐ進めば、トルア・クルアの関所に辿り着く。オーランド・グレイタス、君も彼女とともに海を往くのかい?」
「ああ! もちろんだ、宛もある!」
「ならよし、さあ行くんだ──君は今、ついに冒険者になる!」
こんな日が来るなんてねー、まさかこの僕が……新人さんの旅立ちを、祝福とともに見送るなんて。
オーランドくんはまさしくこの時より"冒険の旅"を始めるんだ。未知を求め未知に触れ、己の道を確固たる足取りで進む大偉業を、彼自身の意志と魂で歩み始める。
その第一歩目に、不肖ながらこの僕が先導役を務めさせてもらうよ。
かつて僕自身、レイアにもらった宝物の言葉だ……今の、その目をした君になら贈ったっていいさ。
「冒険とは、未知なる世界に触れること! 冒険とは、冷たい世間の風に晒され、それでもなお己が焰を燃やし続けること!」
「…………!!」
「君の冒険は今から始まる! そのために必要な露払いは引き受けよう──冒険者"杭打ち"、君より少しだけ先を行く者として!」
そしてソウマ・グンダリ──"君"と同じ場所にいた者として。
僕は、騎士団に向けて杭打ちくんを構えた!
「助かる、杭打ち……さん!」
咄嗟に馬を走らせて、オーランドくんはすれ違いざまにそう叫んだ。決意の眼差しは、一瞬見えたけれどにわかに涙で滲んでいる。
バカにしている僕に励まされて悔しいのかな? と一瞬思ったけど、そうじゃないみたいだ。
駆け抜けていく彼らの後ろ姿から、続けて声が響いたのだから。
「いつかまた会えた時に言わせてくれ! 今日という日の感謝を! これまでの日々に対する、心からの謝罪を!!」
「ありがとうございます、杭打ちさん!!」
今までのことをどうやら反省し始めているみたいだ、オーランドくん。マーテルさんの感謝も併せて、なんだかくすぐったいねー。
でも、悪くない気分だ。僕がこの手で初めて見送れた冒険者。これからいろんな未知に触れるんだろう、可能性の塊。
いつの日かまた逢えることを信じて、僕も叫ぶ。
「楽しみにしている! 君達の旅路に、幸あれ!」
「ぐっ──冒険者ども! 何が冒険の旅だ、ふざけるなぁっ!!」
「あの女は捕らえて研究所送りだっ!! ガキのほうは切り刻んで豚の餌だっ!!」
「そして貴様はこの場で処刑だ! 国を、騎士団を舐めたな、下郎がーッ!!」
と……爽やかーなやり取りを一気に怪我してくれる、ツッコんでもツッコミ足りないお馬鹿さん達の妄言。威圧を緩めたからか、騎士連中がまたぞろ吠えだしたねー。
まともに相手するだけ無駄と、地面に大きく作ったクレーターの真ん中で僕は構えた。
ここからはなんの慈悲もない時間だよー。都合、命だけは取らないけどそれ以外は何一つ保証しないからよろしくねー?
「…………さて」
構えつつ思う。さっきも言ったが対人戦は久しぶりだ、加減をトチると殺してしまう。
さすがに意味のない人殺しなんてゴメンだし、かと言って加減しすぎると目の前の彼らはともかくシミラ卿、サクラさんは躊躇なくその隙に合わせて致命打を放ってくるだろう。
だからここで調整しなきゃね。殺さず、かと言って温すぎない加減を彼ら相手で思い出すんだ。
これ、骨が折れるぞー。内心気を張りながら僕は一歩、踏み出した。即座に抜剣し、場上から構える騎士団員。
「全員構えろ! 敵は一人だが油断するな、相手は非公式とはいえ元、調査戦隊メンバーだ!!」
「…………」
だから。
遅いんだってばー。剣を抜くならとっくに抜いて、吠えてないで斬りかからなきゃ意味がないんだよー。
いくらでも先手を打てたものを、結局後手に回るんだったらどうぞ殺してくださいって言ってるようなものなんだよー?
こんな風にね。
僕は一気に踏み込んで、一番先頭の馬の場上から見下ろす騎士の、目と鼻の先にまで距離を詰めた。
「っ!? き──」
「遅い」
急接近した僕を認識するのも遅ければ、そこから剣を振るい対応しようとするのも遅い。とてもじゃないけど待ってはあげられないよ。
手にした剣を動かそうとした騎士に構わず、僕は杭打ちくんを持つ右手を振るった。
まるで力を入れていない、手首のスナップだけ利かせた僅かなジャブ。ましてや杭なんて使わない、杭打ちくん本体そのものだけでの殴打。角を当てにすら行ってない、生温さの極みみたいな加減ぶり。
だけど彼らにとってはこんなんでさえ、喰らえば終わりの代物なんだよねー。
「ガッ!?」
「た、班長ォォォ!?」
「き、貴様っ!! 杭打ちぃぃぃ!!」
「…………」
そんな程度の低い一撃をプレートの上から腹に受けただけで、大仰に吹き飛んで地面に落ちる騎士の班長とやら。続けて僕は、次の騎士の元へ距離を詰めて腕を振るう。
それだけでまた一人、鎧を破壊されながら落馬していく。
その繰り返しですぐ、10人いた騎士が軒並み馬から落ちた。半数は立つこともできずに呻いて、もう半分は剣を杖代わりにしてどうにか立ち上がったけれど足がガクガクと震えている始末だ。
あまりにあっけない始末に、馬を散らして逃しながら僕は内心で愚痴った。
弱いー……本当に弱いよー。弱すぎるよいくらなんでもー。
なんで今のをまともに食らうのさ。最初のやつは腕の動きに合わせてカウンター気味に打ち込んだから別として、他のは十分に防御可能なタイミングだったはずだよー?
それがなんで全員、モロに攻撃食らって落馬してるんだか。せめて初撃を防御しつつ馬を反転させて僕のバランスを崩しつつ、反撃を仕掛けるくらいの動きはしてほしかったなー。
「つ、つよい。つよすぎる……!!」
「ば、ば、化け物だ……!」
「人間じゃない……っ!!」
「………………………………はぁ」
どうにか立ち上がった連中の、愕然としつつも怯えきった表情に意気を削がれそうになって僕はため息をこぼした。
まともな訓練も受けてないのが丸分かりで、なんならすでにメンタル的に駄目になってる。シミラ卿が訓練することさえ放棄してたとは考えにくいし、サボってたんだろうねー。
……ろくに積み重ねてもないくせに強すぎるだの、化け物だの人間じゃないだの。そんなセリフは百年早いよー。
でももう、何も言う気にもならない。ウォーミングアップにもなれないなら悪いけどこの人達に用はない。速やかに気絶していただいて、本命である後続の騎士団・冒険者連合を待つことにしようかなー。
「くっ……!」
「…………」
もうすっかりやる気をなくしかけてた僕だけど、一人だけ剣を構え直した騎士がいて少し、目を見開いた。
一番最初に殴った騎士だ。ボロボロで使い物にならない鎧を脱ぎ捨て、落馬した時に頭を打ったのか血を流しながらそれでも立ち上がり、僕に剣を向けた。
「は、班長……!」
「総員、下がれ……逃げろ! この化け物は俺が食い止める!!」
「は、はい!!」
「…………」
へえ……一番ダメそうだったのが、案外一番元気なのかー。
防御、というよりとっさに打点をずらしたかな? 意識的にしろ無意識的にしろ結構やるねー。
そして部下に対して逃げろと命じている。これも結構いいね、今さらだけど判断そのものは正しい。命令を受けて迷いもせず即座に逃げ出す部下はちょっとアレだけど、この班長さんは低いハードルなりにいい感じかもしれない。
僕は班長さんのみ、相手足り得る者として敬意を払い構え直した。言動はいけ好かないけど、勝てないなりにやるべきことをやろうとするのは尊敬に値する。
「くっ……! 杭打ち、騎士を舐めるなっ!!」
「…………舐められるほうが悪い」
この期に及んで吠える威勢は買うよ。それに、少なくとも今なお僕とやり合うつもりのあなたには、そう吠えるだけの資格はある。
実力はともかく、言動はともかく、心構えはそれなりに騎士なのかもね?
……よかったよー、これでウォーミングアップができる。
「…………加減、トチったらごめんね」
「──!! ふざっけるなぁぁぁぁぁぁ!!」
ボソリと先に謝っておくと、班長さんは激高して切りかかってきた。
出来は悪いけど気炎の籠もった良い一撃だ、そうこなくっちゃね!
僕は口元が歪むのを自覚しながら、杭打ちくんを振るった。
──そして、一時間後。
ようやくやってきた騎士団の本隊と冒険者ギルドの面々を前に、僕は待ちくたびれたと言わんばかりに告げていた。
いや本当に長いよー。もうちょっとパパっときて欲しいなー。もうそろそろ夕暮れだよ、日が沈むよー?
言いたいことはいくらでもあった僕だけど、とにかくようやっと騎士団も冒険者達も到着だ。
ここは大人しくして、彼らの出方を見ましょうかねー。
「遅い……」
「く、杭打ち……!? なぜここに!?」
「まさか妨害に来た!? マーテルと繋がっていたのか!?」
地面に突き刺した杭打ちくんの上に腰掛けて足を組み、悠然と待ち構えていた僕。冒険者"杭打ち"の姿に、騎士団の面々がどよめくのを聞く。
反面冒険者達は静かなままだ。ベテランはどこか興奮に目を輝かせてるし、ギルドでよく見る新米さん達もいるけど、彼らはどこか期待の眼差しで僕を見ている。
なんならレオンくんたちのパーティーとかヨルくん、ヒカリちゃんもいるね。
なんで? って感じだけど察するに、騎士団と組むにあたってその時ギルド施設にいた者を総動員したみたいだ、ギルド長は。
そしておそらくその時に事情は伝えてるんだろう……面白がってるんだもんな全体的に。大方、杭打ちvsシミラ卿、サクラさんの戦いが見れるってんで嬉々として参加してる感じかなー。
元調査戦隊メンバー同士に、片割れのほうにはSランク冒険者までついての大喧嘩。茶番にしても齧り付きで見たいものなんだろうねー。
当のシミラ卿とサクラさんは静かに僕を見たまま、闘気と戦意と殺意を練り上げている。いい気迫だ、それはそうとしてシアンさんまで連れてきたんだね。サクラさんが何やら語りかけている。
「……生徒会長、いやさシアン団長。これからの戦いをよーく目ぇかっぽじって見るでござるよ。紛れもなく冒険者界隈における、最強の座をかけたタイトルマッチの一つがこれから行われるでござる」
「はい。旅団を率いるにあたって私が今後、見据えていかねばならない頂の世界。どこまで理解できるか分かりませんが、必ず無為にはいたしません」
ずいぶん大仰なこと言うね、サクラさん。
最強をかけたタイトルマッチって、興行用スポーツじゃないんだからさあ。何をもって最強の冒険者とするのかって話は割とデリケートなんだし、やめといたほうが無難だと僕は思うよー?
シアンさんもシアンさんで、ひたすら真面目に頷いてるし。
別に今からやる戦いなんて今後、僕やサクラさんが入団するんだからいつでも見られるんだしそんなマジで齧り付かなくてもいいのに。
でもこれはこれで好都合だ、彼女に僕のかっこいいところをお見せできちゃうもんねー!
「いい心構えでござる。杭打ち殿を御するのであれば常に頂を意識せねばならぬでござるからね……でござろ、シミラ卿?」
「うむ。やつこそは大迷宮深層調査戦隊にあってもなお、最強クラスとして扱われていた者だ。そんな杭打ちを今後従えるのであれば、今現在の強さよりもこれから先の展望を、己の器を常に磨いていかねばなるまい。少なくともレイアリーダーは、それを意識しておられた」
「………………………………」
今度はシミラ卿とサクラさんがやり取りしているわけだけど、頼むからシアンさんに無茶振りするのはやめてあげてほしいよー。
いくら彼女が文武両道美貌もカリスマもある天才だからって、いきなりレイアの後追いは難しいと思うよー。
っていうかレイア、そんなこと意識してたんだ? 別に僕だって器で彼女についていったわけじゃないんだけど、そんな風に思ってたんだとしたらちょっとショックー。
今度なにかの拍子に出くわすことがあったら聞いてみたいなー。まあたぶん、調査戦隊解散の引き金を引いた僕は殺したいほど憎まれてるだろうから無理だと思うけど。
さておき、そろそろ会話もやめようか。本当に身体が冷える。
せっかく班長さんに手伝ってもらって、どうにか人間相手の加減を調節できたんだからねー。感謝しつつも僕は、杭打ちくんから降りて着地した。
そしてそのまま杭打ちくんに隠れて彼らには見えない死角から、すっかりズタボロになって気を失ってる班長さんを抱えてみせた。
「…………」
「!? クロスド班長!」
「先行していた班長が、先に杭打ちとも交戦してたのか!?」
「何という酷い姿に……! おのれ杭打ちぃー!!」
「……………………」
特に騎士団員の反応は劇的で、ボンボンの集まりみたい連中が一気に僕に殺意のこもった目で見てきた。やめなよ通りもしない殺意なんて、なんの役にも立ちはしないのに。
ていうかクロスドっていうんだね? この班長さん。僕のウォーミングアップに最後まで付き合ってくれたから感謝してるくらいなんだけど、ま、もう用はないし返すよ。
騒然とする騎士団達に、僕は班長さんをポーイと投げ渡した。完全にぐったりして力が抜けているし、死んでるんじゃないかと一見不安になると思うけど全然生きてるから大丈夫だよー。
慌てて騎士団員達が班長さんの介抱にかかるのを意にも介せず、シミラ卿とサクラさんが徐々に距離詰めてきた。周囲に被害が及んでも人を巻き込まない程度まで、お互い牽制しながら移動する。
「さて。杭打ち殿……どれほどのものでござるかね」
「油断していると一撃で破られるぞ、気をつけてくれよジンダイ殿」
「…………」
さてここからはジョーク抜きだ。草原の中、広々とした空間にて。僕とシミラ卿、サクラさんは適度な距離をおいて向かい合う。
一気に場の空気が引き締まり、凍りついたものへと変化する。当たり前だ。今からSランク相当の戦士が3人、暴れるんだからね。
精々、巻き込まれないように気をつけてねー。
さて……戦う前にも一応、茶番はしておかないとねー。
決して腕試しの場じゃない、れっきとした人助けの場面なんだし。手抜かりはないようにしないとー。
「……グレイタスとマーテルから手を引け。国の出しゃばる幕じゃない」
「何を言うー。貴様ー、我々騎士団にー逆らうのかー」
「えぇ……?」
それなりに芝居するつもりだったのに一気に肩の力が抜けるよー。シミラ卿、大根にもほどがあるでしょー?
剣を抜きつつカッコよく僕と対峙するはずの場面が、まさかの完全に棒読みすぎて反応しづらい。隣でカタナを抜き放つサクラさんも唖然としてシミラ卿を見てるよつらいー。
頭を抱えたくなるのを必死で堪え、僕はどうにか茶番を形だけでも整えようと試みる。
もーシミラ卿ー、いくらなんでも腹芸くらいはできるようになっててよー。何年騎士団長やってんのさ、もー!
「……引かないなら、結果としてそうなる。超古代文明の生き残りだろうとなんだろうと、彼らを害する権利はどこの誰にもない」
「しかしな杭打ち殿、これは冒険者ギルドも絡む依頼にてござる。これに背きたるは貴殿、えーとギルドともやり合うつもりでござるか? 正気でござる?」
「……関係なし。今まさに"冒険"に出る彼らを邪魔する、これこそ冒険者として恥ずべきふるまいだ」
下手くそシミラ卿に代わりサクラさんがフォローを入れてくれる。えーと、とか言ってるけどそれなりに自然な演技で助かるー。
でもね後ろの冒険者達ー? 僕の言い分のほうが好みだからってうんうん頷くのやめよっかー、今どっちの味方かな君達はー。
ともかく、このくらいのやり取りでいいかな? 僕は構える。
あんまり長引かせると本当にシミラ卿がボロを出しかねない。いやもう、すでにボロが出てるっていうか最初からボロボロだけどー、さすがにこの茶番劇の裏を見抜かれるレベルでやらされると困るからねー。
切り上げて戦闘態勢に移行する僕に、二人もようやくって感じで構えた。
「ふう、仕方ねーでござるね……悪いがこちらも仕事ゆえ、押し通らせていただくでござるよ」
「き、騎士の前に敵はないと知れー……杭打ち、本気で行くが悪く思うな」
「……………………」
だから下手だよシミラ卿、演技と素の切り替わりが露骨ー!
これはことが終わったあと反省会だねー……堅物なのは知ってたけどひどいよ、一生のネタだよこれー。
棒読みから一気にいつもの抑揚になる騎士団長様に呆れつつ、三者構える。さあ、ここからだ。
「…………」
気迫がそれぞれ立ち昇り、周囲に風を巻き起こしていく。お互いの迷宮攻略法、威圧同士がぶつかっているんだ。
各々の纏う風がぶつかり合い、バチバチと音を立てて稲妻を生み出す。この時点ですでに騎士団や冒険者達には超常めいているだろうけど、Sランク冒険者同士がやり合うとなると割とお馴染みの光景なんだよね、これ。
「…………」
ジリジリとにじり寄り、ぶつかる風は激しさを増す。
僕、シミラ卿、サクラさん……誰から仕掛けるか。勝負はまず初撃が肝心だ。一撃を繰り出すほう、それを受けるほう。それぞれの動きで大体の実力差、格の違いが分かる。
固唾を呑んで見守る騎士団、冒険者ギルドの面々。滅多に見られるものじゃないからねー、いい思い出にして帰るといいよー。
────一歩、踏み出す!
「…………!!」
「っ!」
「ハァッ!!」
真っ先に動き出したのは僕だ、即座にサクラさんの元まで駆け抜けて懐に潜り込む。すでに杭打ちくんは振りかぶっている、狙いはボディ、僕から見て右脇腹へのフック!
同時にサクラさんも動いた。問題なくカタナの切っ先を揺らし、細かく振るう……軌道を誤魔化すためのフェイントを織り交ぜつつの狙いは、杭打ちくんを持つ僕の指か。
問題ない。僕は杭打ちくんを持つ右腕を振り抜いた。
ただし脇腹めがけてのフックの軌道を、途中で極端に肘を折り曲げることで強引に変更。僕の指を狙っていたカタナに合わせ、かち合う形で振り抜く。
「……っ!!」
「っと、ぐうぅっ!?」
カタナは美しく鋭い斬撃主体の武器だけど、僕の杭打ちくんは粗雑で大雑把な打撃にも使える。しかも根本的に重量がとんでもないため、普通に撃ち合えば大概押し勝てるだけの威力は、杭を使わずとも常に秘めている。
つまり、サクラさんのカタナはあえなく腕ごと横にぶっ飛ばされ。体勢を崩したサクラさんの右半身が、今度こそがら空きってわけだね。
「────」
「!? は、や──!」
即座に──重量物を持ったまま振り抜いたにしては通常、ありえない速度で再び杭打ちくんを振りかぶる。ゾッとしたのか青ざめた様子で、サクラさんが呻くのが聞こえたね。
どうせこの得物の重さ、一発防げばしばらく時間も稼げるとか思ってたんだろう。甘いよー、アマチャズル茶のように甘い。
迷宮攻略法、重力制御。
現状の地下最深部、88階層に存在するとある地点へたどり着くために必要な技術であり、現時点では迷宮攻略法最難度の技術と言える。
文字通り僕の周囲の重力負荷を増減させる技で、これを使えば家一軒分はある重さの杭打ちくんもほとんどストローみたいな軽さになる。おかげでこの通り、習得前にはできなかった動きができるから助かるよー。
「────!!」
「させんっ!!」
「っ!?」
とりあえず一撃、挨拶代わりにかましとこうかとサクラさんの脇腹めがけて再度、杭打ちくんを振り抜こうとした、その時だ。
横合いからシミラ卿が、手にしたレイピアで僕の顔面めがけて突きを放ってきた!
サクラさんへの絶好の攻撃タイミングを、すかさずカットしにかかるシミラ卿。即席のコンビネーションだけど当然、このくらいはしてくるよねー。
横目でわずかに視認できた騎士団長殿は、閃光がきらめくようなスピードと鋭さの突きを放ってくる。狙いは紛れもなく僕の顔。
遠慮なしだね! まるで問題なく首だけ僅かに逸らしスレスレを回避。
狙いが正確すぎるとね、逆に避けるのだけなら簡単なんだよー!
「…………!」
「っ! しかし!!」
鼻先スレスレに回避したレイピアの、しかし刃は横を向いた水平状態だ。避けられても薙ぎ払う形で追撃をしてくるつもりだろう。基本だね。
シミラ卿は努力の人だ。特別な才覚がなくとも積み重ねた修練で基本の技を必殺となるまで練り上げる。だから今の突きもここからの薙ぎも、すさまじい練度を誇る一撃必殺級の剣技と言えるだろう。
──僕クラスが相手でなければの話だけどねー。
これさえ問題ない。僕は最初の突きを回避すると同時に腰を落とし、身を屈めた反動で思い切り頭を振ってレイピアを掻い潜る!
「!!」
「ちいっ──!?」
即座に体勢を入れ替え体重移動、振り子の要領でレイピアの下を左右にステップしながらシミラ卿に接近、杭打ちくんをその体、みぞおちに密着させる。
わずか1cm程度の隙間、これさえあれば上等さ──そこから腰、肩、腕、そして手首のスナップをフル回転させて鉄の塊を打ち込む!
「させんでござーる!!」
「!?」
超至近距離からでも確殺を見込める打法技術を繰り出そうとした瞬間、今度はサクラさんがカットに入った。
横合いから杭打ちくんめがけての大斬撃。大きくバネをつけて振り上げたカタナで、技術もへったくれもないとばかりに渾身の力で叩きつけてくる!
ズガァァァン!! と轟音を立てて杭打ちくんが叩き落され打点がずれる、僕の体勢も同時に崩れる。
そしてそこをすかさずシミラ卿のレイピアが煌めく。隙は逃さないよね、そりゃあさ!
「はあああああっ!!」
「…………!!」
連撃連閃、無数の刺突の狙う先は寸分違わず僕の顔、それも右目か。マジで遠慮ないね、身体強化してるから突き刺さりはしないだろうけど、痛いものは痛いし怖いものは怖いんだけどー!?
思わず顔を引きつらせながらしかし回避。頭を左右に振れば、先程同様狙いが正確すぎる攻撃だから簡単に避けれる。
もっとフェイントとか入れなきゃモロバレだよ、モンスター相手ならともかくさあ!
「シャアアアアッ!!」
「っ!!」
次いでサクラさんの斬撃も別方向、僕の側面から飛んでくる。こっちのほうがよほど手強い、いちいちフェイントを織り交ぜてくる!
あなたはあなたで対人戦に慣れ過ぎだよー! 杭打ちくんを手首のスナップを利かせた高速ジャブで振り回して対応。ほぼ一瞬にして何発も飛んでくる斬撃をすべて撃ち落とす。
「す、すげえ……!」
「は、早すぎて見えねえけどとんでもねえのは分かる……こ、これがSランククラスのぶつかり合いかよ」
「杭打ちのやつ、Sランク並のを二人相手にして一歩も引いてねえ! なんであいつDランクなんだよ、おかしいだろ!?」
「杭打ちさん……! 頑張れ、杭打ちさん!」
外野の声、特に冒険者達の歓声を聞く。はしゃいでるねー、まったく!
そして最後のはヤミくんかな? 応援ありがたいけど騎士に聞かれたらまずいからそれ以上は止めとこうねー。
でも、なんだか燃えてきたよー!
さすがに二人がかりはキツいけど、逆に言うとこのくらいじゃないと張り合いがない。僕は目に力を込めながらもニヤリと口元を歪ませて、昂ぶる心を解き放つ心地でさらに動いた!!
「っ!!」
「何っ!?」
ジャブで繰り出した杭打ちくんがサクラさんの斬撃を撃ち落とす、まさにヒットの瞬間に僕は動いた。
一気に踏み込み、超加速のままにサクラさんに密着──押し込む形になるため必然的に、手に持つ刀は杭打ちくんで弾かれることになる。
杭打ちくんの側面部分がサクラさんの眼前に迫る、このタイミング!!
僕はそのタイミングで腕を折り曲げ、杭打ちくんの本体部分をサクラさんのこめかみに思い切りヒットさせた!
肘打ちの要領だ、鉄の塊が彼女の側頭部を強かに打つ!
「は、あ──がっ!?」
「っ……終わり」
ガッツリ当たって吹き飛ばされるサクラさん。しばらく、って言っても数秒程度かな? は脳震盪でも起こして動けないだろう。
次いですぐさまシミラ卿へ向き直る。サクラさんが数秒でも動けない今、僕の相手は彼女一人だ。
お行儀のいい剣術は、僕にとっては格好の獲物だよー……!
なおも突きを放つ彼女の、レイピアに合わせて僕は杭打ちくんを振るった!
「なっ!?」
「────!!」
レイピアの真っ直ぐな軌道に、上段からの振り下ろしでタイミングを合わせる。必然、シミラ卿の攻撃は杭打ちくんに阻まれ軌道を逸らす。そこが狙い目だ。
そのまま僕は一気に右腕を振り上げた! 逸れたレイピアが彼女の腕ごと跳ね上がり、顔から胸元にかけてがら空きになる。
そして振り上げた右腕、杭打ちくんの先端が指し示すのは──
「っ杭打ちぃっ!?」
「!!」
──完全に隙を見せたその、胸元!
ステップ気味に足を踏み入れ、同時に腰、肩、腕を回して斜めに振り下ろす右腕。
「がっ────は、ぁあっ!?」
吸い込まれるように叩き込まれる杭打ちくん。吹き飛ばされるシミラ卿。
これで終わりだ……僕の目の前に、二人のSランク相当の実力者が転げ倒れ伏す。その姿に僕は、内心の冷や汗を拭う気持ちでそっと息を吐くのだった。
倒れ伏す最強格二人。一歩間違えれば逆だったかもしれない光景に、冷や汗を流しながらも僕はそっと安堵の息を吐いた。
いやー……二人がかりは予想以上にキツかったねー。サクラさんもシミラ卿も、僕の想定よりずっと強くて怖かったなー。
ワカバ姉の居合斬撃術とはまるで異なる、抜身の刃を正確無比かつ剛腕をもって振るうサクラさん。
よっぽど対人経験豊富なんだろうね、息をするのと同じくらいの頻度でフェイントを仕掛けてくるから対処しづらいのなんのって。対人戦にそこまで精通してない僕には、勉強になりつつも相性が悪すぎて普通にヤバい場面がいくつもあったよー。
特に最後ら辺に見せた連続斬撃。アレ実際のところは8割方、僕の隙を引き出すための嘘の攻撃だったんだろうね。
ぶっちゃけまるで虚実の区別がつかなかったから全部叩き落したけど、もうちょっと長引いてたら押し負けてただろう。そしたら一発二発は食らってたかもねー。
「く、う……! こ、これほどまでに差があるとは……!!」
呻きながらどうにか立ち上がるけど、側頭部からは血が流れているサクラさん。結構良い感じにヒットしちゃったしね、逆にその程度の負傷で済んでるのは彼女の実力の高さの裏付けとも言える。
そもそも、ここまでスムーズに側頭部にヒットさせられたのは僕が杭打ちくんという、彼女の知らないタイプの武器を使っていたのが大きい。まさかトンファーめいた使用法までしてくるとは、ある程度推測していたとしても実感はなかったろうしね。
もしも次、またやり合うことがあったら今度はこのスタイルだと負けかねないなー。
ヒノモトのSランク冒険者、サクラ・ジンダイの実力の高さに、僕は舌を巻く思いでいた。
「が、ぁ……! っぐ、うぅ……」
そしてもう一人。サクラさんとそれなりに見事な連携で追随してきたシミラ卿についても、率直に感心する僕だ。
3年前の時点よりはるかに強くなっている。少なくともあの時点の先代騎士団長には勝ってるよ、単純な実力では。
よっぽど努力を積み重ねたんだろう、単なる突きが完全に一撃必殺の奥義に変貌を遂げていたんだから背筋が寒くなるよー。速度も威力も正確さも、ゾッとするほどに極まっているなんてとんでもないことだ。
ただまあ、彼女についてはちょっと素直すぎたところはあるね。サクラさんのような、平気で攻撃に嘘を織り交ぜる悪辣さに欠けるから攻撃してくる箇所はひどく読みやすい。
逆に言えばその辺の対人テクニックを習得すれば、その時点でシミラ卿の実力はさらに跳ね上がるねー。あそこまで頭を振って撹乱していた僕の、右目だけを毎回確実に狙って来るなんて化け物めいた技術だもの。
そこにフェイントまで混ぜられたら確実に被弾は免れないだろう。
「……………………僕の、勝ち」
まあ、お二人が仮にそれぞれの課題を克服してさらに強くなったとしても、こっちだって全然今のやり取りは全力じゃなかったからねー。
そもそも殺し合いじゃないから杭は封印してたし、迷宮攻略法も身体強化と重力制御しか使ってない。何よりかつての僕の……いや、これは置いておこうか。
ともかく僕だってまだまだ引き出しがあるわけなので、もし次に二人相手に戦う時が来たとしてもそんな、ハイそうですかと素直に負けてやる気はサラサラないのだ。
僕も割合負けず嫌いだなーって自覚を持ちながらも、僕は二人に話しかけた。
「……この場は勝負ありだ。これ以上やるなら命の保証はお互い、できなくなると思うが」
「…………で、ござるな」
互いに全然、本腰を入れた殺し合いじゃないわけなんだけどまだ続けるとなるとそうなっちゃうよー? と釘を刺す。
あくまでこれは茶番だからね。裏で示し合わせた上での戦いだってのを踏まえた規模に留めないと、マジでただの冒険者同士の殺し合いに発展しちゃうものねー。
サクラさんも、今ようやく悶えながら身を起こしたシミラ卿もそこは分かってくれている。
それでも悔しそうにしながら、呻いてはいるけれど。
「悔しーでござるー……けど、さすがに数秒もダウンしてたら文句も言えないでござるよー……!」
「杭打ちめ、3年前よりやはり強くなっているではないか……! 私の連続刺突を避けつつジンダイの攻撃をすべて叩き落とすなど、おそらくはレジェンダリーセブンにさえできる者は少ない……!」
二人とも、たっぷり10秒は寝そべってたからねー。仮に殺し合いならもう死んでるし殺してるよー。
殺伐とした話だけどその辺は当然、理解しているお二人の顔には終戦に対する否やも何もない。これ以上望むのは本来の趣旨に完全に外れると、彼女達も理解しているのだ。
そうなれば対外的な勝利宣言を、僭越ながら僕のほうからさせてもらいましょうかねー。
仕上げとばかりに威圧をフルで込めて一同、特に騎士団連中を念入りに脅しかけつつ僕は、彼らに対して宣言した。
「エウリデ連合王国および騎士団、冒険者ギルドに告ぐ。オーランド・グレイタスおよびマーテルに手を出すな。出せばこの"杭打ち"が相手になろう──Sランク冒険者と騎士団長のタッグにさえ打ち勝つこの僕は、国が相手となれば存分に杭を使うぞ?」
「ヒッ────!?」
「総員、退却! 帰って王城に戻り、今回の事態を伝えきれ!」
「急げ急げ! もう勝負は付いたでござる、逃げるでござるよーっ!!」
サクラさんとシミラ卿が続いて叫び逃げを指示すれば、騎士団員はそりゃもう蜘蛛の子を散らすような勢いで去っていく。シミラ卿と一部の古参だけ置いてだ。ホント組織としてどうなのー……?
ま、ともかくとしてあっという間に訪れる平穏。
すべての事情を察して協力してくれた冒険者に労われる形で、マーテルさん逃亡幇助計画はひとまず、終わりを告げたのだった。
騎士団の大半が逃げ去って、残るは僕と一部の騎士、冒険者達だけになった草原。
夕陽もいよいよ地平線に吸い込まれていって、夜空が見えてきた頃合い。涼やかな風が吹くのを心地よく感じながら、僕はシミラ卿とサクラさんに告げた。
「……今回は諸々こちらに好条件だったから勝利を拾えたものの、次はこうはならないだろうと正直に言って今、戦慄してる」
「そりゃこっちのセリフでござるよー。好条件って、二人がかりの時点でそれに勝る有利はなかったでござるのにこうまであっさり打ち負けて、立つ瀬ないったらもー! でござる」
「……それを言えばこちらも、あなたにとって馴染みのない得物や技術を使っていたというところもあるよ。それを初見であそこまで粘られるのでは、立つ瀬がないのはお互い様でしょ」
「むー! 頑固でござるなあ!」
「……そちらこそ」
下手にいつもの敬語なんか使って、サクラさんとの関わりを疑られても困るからあえてタメ口。その辺気にしない感じの人で助かるよ、サクラさん。
でもそこまで一方的な戦いでもなかったのに、完全敗北しちゃったって感じを出すのはやめてよー。フォローしたら拗ねたみたいに唇を尖らせるし、かわいいけど頑固だよー。
そしてもう一人、頑固というか生真面目な人のほうも僕を見て、未だ痛むのか胸を押さえて呻く。
こちらは元々、同じ調査戦隊メンバー同士ということは周知されてるんだしそんな口調を変えなくてもいいから楽だねー。
「くっ……3年経って、少しは追い縋れたかと思っていたのだが。やはり遠いな、一人でレジェンダリーセブンにも匹敵するお前の位置は」
「……こちらも3年分、積み重ねたものもあるから。でも、確実に距離は縮まってたよ。全力だとあんな突き、まともに食らってあげられないよシミラ卿」
「…………ふふ。お前に褒められるのは何年ぶりかな。酷く懐かしく、酷く嬉しい気持ちになる。ああ、こんな風に笑うことさえ、何年ぶりかなあ」
力なく笑うシミラ卿に、こちらの胸が痛くなる。見れば介抱しに来ている古参の騎士達も痛ましげに彼女を見ているんだけど、彼らは今、シミラ卿が精神的に追い込まれているのを知っているんだろう。
あまり、人様の事情に関わるべきではないけれど……僕はシミラ卿の傍まで行ってしゃがみ、彼女と目を合わせて言った。
「……騎士が、国が嫌になったら冒険者として僕らのところにおいでよ。今、エウリデにも新しい調査戦隊ができようとしている」
「ニューワールド・ブリゲイド──新世界旅団か。ジンダイとエーデルライト殿から構想のみ聞かされたが、お前も?」
「……うん。この際だ、宣言しよう」
僕は立ち上がり、シアンさんを見た。今しがたの短く、けれど濃密な激戦を目の当たりにして彼女は目を輝かせ、熱の籠もった表情で僕を見ている。
えへ、照れるよそんな目で見つめられるとー。えへへ、頑張った甲斐があったなあ、こんな表情を見られただけでももろもろの苦労にお釣りが来るよー。
──っといけないいけない、今それどころじゃないよー。
コホンと咳払いして顔の緩みを抑えつつ、僕は高らかに宣言した。
「シアン・フォン・エーデルライト!」
「! ……なんでしょう、冒険者"杭打ち"さん」
「先の勧誘に対する答えを言おう──応じさせてもらう。僕は今より、あなたが組織しようとしているパーティー・新世界旅団の一員になることをここに宣言する!!」
「────!!」
「おおっ! ついに決心したでござるかソ、そ、っそっそーのよいよいよい殿!」
「誰ー!?」
ソウマと言いかけて止まったのはいいけど意味不明な名前をつけるのやめてー! そっそっそーのよいよいよいさんなんて人、この世のどこにいるんだよー!!
思わず叫んでしまった、駄目だ駄目だ冷静にクールに落ち着いて。
周囲の冒険者や騎士の中でも、とりわけ僕の声を初めて聞く人達がえっ若い!? とかえっ子供!? とかざわついてるけど無視、無視。
気を取り直して僕は、シアンさんに続けて告げる。
「正式な手続きや今後の予定については後日詰めることにして、エーデルライト……いいや団長」
「はい、なんでしょうか杭打ちさん」
「……おめでとう。先のオーランド・グレイタス同様、君も本当の意味での冒険者になる」
マーテルさんを助け、ともに行こうとするオーランドくん。
僕やサクラさんを率い、みんなで行こうとするシアンさん。
規模や経緯は違えど一つだけ、共通していることがある。
────二人とも今日、はっきりと己の志す理想に向けての第一歩を踏み出したんだ。
オーランドくんにも授けた言葉をもって、シアンさんに伝える。
「冒険とは、未知なる世界に触れること。冒険とは、冷たい世間の風に晒され、それでもなお己が焰を燃やし続けること」
「それは、リーダーの……レイアさんの、言葉」
「そうだ、シミラ卿。かつて世界中の才能をかき集め、未知の果てに手をかけながらも志半ばにて崩壊した当世の神話・大迷宮深層調査戦隊。そのリーダーたるレイア・アールバドが僕にくれた、宝物の言葉だ」
シミラ卿だって知ってるよね、当然。
そう、これはレイアがかつて何度となく繰り返し口にして、そして己ばかりか調査戦隊メンバー全員を幾度となく奮い立たせてきた魂のメッセージ。
とりわけ僕にとっては特別な、金銀財宝にも勝る宝物の言葉だ。
レイアから僕へ。そして僕から二人の新人冒険者へ。
今こそこの言葉を、彼と彼女に伝えよう。
「団長。あなたにとっての冒険は今から始まるんだ。未知なる世界に触れて、冷たい風を受けて、それでもなお燃え盛る胸の篝火で航路を照らし進み続ける、永遠の冒険航路」
「…………」
「だからオーランドくん同様に、僕から今の言葉を捧げよう──君と僕達の冒険に、幸あらんことを祈って!」
「────ありがとうございます。授かった金言に恥じぬよう、新世界旅団団長たるこのシアン・フォン・エーデルライトは全身全霊を尽くして精進いたします!!」
僕の口を通して出るレイアの、調査戦隊の魂の言葉に強く頷くシアンさん。
こうして、僕はパーティー・新世界旅団への所属を果たしたのだった。