「貴様……"杭打ち"か! 我らを妨害にでも来たか!」
「スラムのゴミが、この数相手に何ができる!」
「この間はよくも新米を! 冒険者め、八つ裂きにしてくれる!!」
 
 まー吠える吠える、騎士団員達のみっともない姿を見て僕はやっぱり、呆れ返った。
 何が崇高なる使命なんだろうねー、寄る辺ない女性や子供を拉致して地獄に連れ込む外道がさ。
 こないだのボンボンを殴り倒したこと、聞いてはいたけどシミラ卿じゃなくて僕……というか冒険者がやったことになってるし。恨み骨髄って感じだけれど、何から何まで自業自得なんだよねー。
 
「杭打ち……なんで、ここに!?」
「杭打ちさん? ……この間の、シアン生徒会長さんと一緒に帰っていった人、ですよね?」
「……………………」
 
 マーテルさんの問いに、僕は無言で頷く。オーランドくんは驚きつつもそれでも素早く後ろに乗せた彼女を庇い、周囲を見回している。逃走できないか、活路を見出してるのかなー?
 隙を伺うの、結構いいねー。さすがに両親が両親なだけあってセンスはあるってことだろう。今は時期尚早すぎるだけで、潜在的にはAランクにも届き得るものはあるのかもねー。
 
 警戒しつつ逃走の機会を探るオーランドくんに、僕は静かに、できれば正体が悟られないようにと祈りながら語りかけた。
 さすがにこの状況を無言で進めるのは無理だしね。
 
「…………グレイタスの息子。その子を逃がすのかい?」
「喋った!? それにその声……?」
「……助けたにせよ、逆に言えばそれだけだろう? なぜ、国や騎士団を敵に回すリスクさえ負ってその子を逃がすんだ? 冒険者ギルドさえ、君達の味方にはならないかもしれないのに」
「っ、それは」
 
 あえての意地悪な質問。どうしても僕は、オーランド・グレイタスという冒険者を見定めたかった。
 僕を嫌う、親の七光りに頼るだけ小物に過ぎないと思いきや。冒険者としての意識は案外高く、それに沿った行動もし、そして今またすべてを敵に回してでも追われる身の少女を助けようとしている。
 なんとも謎な人間性だ。どういう意図でマーテルさんを今、助けるつもりでいる?
 
 同じ冒険者として、どうしてもそこだけは確認したい。
 尋ねる僕に、オーランドくんは強い眼差しで吼えた。
 
「……マーテルを! この子を助けたいからだ!! 他に理由なんてあるもんかよ!」
「その子を引き渡せば、君自身は助かるかもしれないのに?」
「人を地獄に落として得られる安寧なんざ、それこそ俺に取っちゃ地獄だ!!」
「彼女は超古代文明の民かもしれない。その研究、調査は国のためになるのかもしれなくても?」
「ちょっと長い眠りから覚めただけの女の子を、ひでえ目に遭わせて何が国のためだ! そんな国ろくなもんじゃねえ!」
「なんだと貴様──ううっ!?」
「騎士様方は黙っていろ」
 
 今あんたらに用はないんだよ。ボンボンだか飼い犬だか風情が、引っ込んでろ。
 ひと睨みで騎士団員を全員黙らせて、再び僕はオーランドくんを見た。自分の信じる道をひたむきに進もうとする、信念の光を宿した瞳。
 
 ……悪くない。こんな瞳をした冒険者を、僕はかつて大勢見た。オーランドくんの親もまた、その中にいたよ。
 あながち親バカじゃないのかもねー、あの夫妻。いやAランクについては確実に親バカだわ、オーランドくんはともかくあの二人は今度見かけたら反省会だよー。
 内心でバカ親二人を思い浮かべながらも、僕は告げる。
 
「……君は正しいよ、オーランド・グレイタス」
「! く、杭打ち……」
「目の前で理不尽に晒される人を助けたいと願う、君の姿は人として。国だろうが騎士だろうが構わず己の筋を通したいと想う、その姿は冒険者として正しい。ご両親に似ているよ……血は争えないってこと、なんだろうね」
「親父と、お袋……」
「オーランドの、ご両親……ですか?」
 
 僕の初恋を8回も台無しにしたことはこの際、置いておいてあげるよ。"杭打ち"が嫌いなのだって個々人の考えだ、好きにするといい。
 ここにいる僕は、そうしている君を……今この時ばかりは手助けしよう。君がどうあれマーテルさんは助けるつもりしてたけど、今の答えを聞けた以上は二人まとめて受け持つよ。
 杭打ちくんを、元々彼らが進んでいた先に伸ばして指し示す。
 
「……行け。そのまままっすぐ進めば、トルア・クルアの関所に辿り着く。オーランド・グレイタス、君も彼女とともに海を往くのかい?」
「ああ! もちろんだ、宛もある!」
「ならよし、さあ行くんだ──君は今、ついに冒険者になる!」
 
 こんな日が来るなんてねー、まさかこの僕が……新人さんの旅立ちを、祝福とともに見送るなんて。
 オーランドくんはまさしくこの時より"冒険の旅"を始めるんだ。未知を求め未知に触れ、己の道を確固たる足取りで進む大偉業を、彼自身の意志と魂で歩み始める。
 
 その第一歩目に、不肖ながらこの僕が先導役を務めさせてもらうよ。
 かつて僕自身、レイアにもらった宝物の言葉だ……今の、その目をした君になら贈ったっていいさ。
 
「冒険とは、未知なる世界に触れること! 冒険とは、冷たい世間の風に晒され、それでもなお己が焰を燃やし続けること!」
「…………!!」
「君の冒険は今から始まる! そのために必要な露払いは引き受けよう──冒険者"杭打ち"、君より少しだけ先を行く者として!」
 
 そしてソウマ・グンダリ──"君"と同じ場所にいた者として。
 僕は、騎士団に向けて杭打ちくんを構えた!