「新しい……調査戦隊?」
「ええ」
唐突な提案。3年前に解散したきりの大規模パーティー・大迷宮深層調査戦隊の新しいバージョンを、僕を中心に作る?
ええと、ええ? なんだって?
困惑が勝り、反応に困る僕。
見ればケルヴィンくんとセルシスくんも同様だけど、サクラさんだけは前から知ってたのかな、特に反応を示さず僕の様子を窺っていた。
な、なんで、そんなこと言い出したんだろー……
まずは理由を聞いてみないと、こちらとしても反応のしようがない。どうにか平静を取り戻して質問すれば、シアンさんはまたもやニッコリ笑って僕に、そんな発想に至った経緯を話し始めてくれた。
「今や最も新しく、そして偉大な神話とも称される大迷宮深層調査戦隊。"絆の英雄"レイア・アールバドを筆頭に"戦慄の冒険令嬢"リューゼリア・ラウドプラウズなど……今世界各地で名を挙げ覇を唱えている冒険者達はその多くが、かつて調査戦隊に参加していた者達です」
「レジェンダリーセブンの連中は特に大暴れでござるなー。拙者の知り合いにも一人いるでござるが、今やヒノモトを牛耳る勢いでござるよ」
「……もしかして、ワカバ姉?」
「御名答でござるー。さすがは杭打ち殿にござるなー」
サクラさんの言葉にふと反応すると、見事正解を言い当ててしまった。
ワカバ……ワカバ・ヒイラギ。調査戦隊でも屈指の実力者の一人で、サクラさんも言ってるけどレジェンダリーセブンの一員だ。昔はいろいろ話をしたりした、僕にとっても仲の良かったメンバーだ。
あの人そう言えばヒノモト人だったなー。カタナって武器とかもそうだけど和服と呼ばれるヒノモト衣装とか、今目の前にいるサクラさんに通じる格好をしていたよー。
同じヒノモト人の同じSランク冒険者同士、仲良しさんなのは頷ける話だね、サクラさんとワカバさん。
「そうした調査戦隊は3年前、ある王国の卑劣な策略によって瓦解しました……メンバー最年少、それでいてパーティーの最高戦力とさえ言われていたとある冒険者を一方的かつ差別的な理由で蔑み、排し、追放したのです。その結果を受けて調査戦隊は崩壊。解散の憂き目に遭いました」
「え。あ、あのー……い、一方的というのは少し語弊が」
「金をくれてやるから、と言われたのでござろ?」
3年前の調査戦隊解散まわりの話に触れた途端、シアンさんの放つオーラが冷たく怖いものになったよー。ある王国ってエウリデのことだし、卑劣な策略って侯爵家の令嬢が言っちゃっていいことなのかなー……
そしてサクラさんも地味に怖い。ニッコリ笑顔で僕に尋ねてくるけど、目がうっすら開いてて鋭い。笑ってない、笑ってないよそれ! 笑顔って言わないよその表情ー!?
ビビっちゃう僕。ケルヴィンくんとセルシスくんなんて早々に席を少し空けて、ボードゲームなんて始めちゃってる。
くう、危機管理能力の高さ! 君たちってばいつもそうだね賢い!
僕もそっちに行きたいけれど、当事者だから叶わないー。サクラさんがさらに圧を高めに話してくるよー。
「当時、首が回らないでいた孤児院の、借金を全額返済できる額を提示されて貴殿は追放を呑んだ。そもそも調査戦隊にいた記録さえ抹消され、2年間の経歴をすべてなかったことにさせられたのでござろう。とんでもないふざけた脅迫でござるよ」
「そ、それはそうですけどそのー……最終的には僕自身の判断と意志によるものですしー。国は嫌いですけど、そこは一方的ってわけでもないかなーってー」
「スラム出身の者が調査戦隊に在籍している、という事実をなかったことにするためだけにわざわざそんな提案をしたのでござるよ、連中は。それにどうせ、大臣にでも言われたのでござろう? お主が在籍していると調査戦隊に迷惑がかかるだのなんだの、勝手なことを」
「それ、は」
……言われたねー。
"未来ある冒険者集団に、お前のような野良犬がいたなどとても公表できない"とか"金ならいくらでもやるから消え失せろ、スラムの虫けらが"とか。"呑まなければ孤児院がどうなっても構わないものと見做すぞ"とまで言われたなー。
思い返すと最後のは完全に脅迫だね。
国を敵に回して孤児院に害が及ぶのと、借金完済と引き換えに僕が調査戦隊を抜けるのと……天秤にかけるまでもない。
あの2年間で僕は、十分に人間扱いしてもらえた。人としてのいろんなことを教わったし、みんなと生きていくことの素晴らしさを知った。
だからこそ、僕は最後には提案を呑んで金を受け取り、大迷宮深層調査戦隊という栄光と希望に満ちた表舞台から去ったんだ。人として大事なものを守るために、孤児院のみんなの生活を、護るために。
「……まあ、まさか僕が脱退したことで調査戦隊そのものが解散するだなんてまるで予想もしてなかったんですけどね! なんかそのー、国のそういうアレがバレたんでしたっけ?」
「ワカバ姫の言からするとそのようでござるな。エウリデへの報復をするかしないか、ソウマ殿を連れ戻すか否かを巡って調査戦隊内で対立が起き、即日空中分解したとか」
「エウリデ連合王国の無体による調査戦隊の解散劇は瞬く間に世界各国に知れ渡り、エウリデは激しい非難に晒されました。すべて因果応報ですね……」
僕の言葉に、サクラさんもシアンさんも肩をすくめてどこか、エウリデ連合王国への含みを持たせる感じで話す。
相当怒ってるんだね、僕の離脱を促して結果的に調査戦隊を崩壊に導いたこと……だからって新しい調査戦隊を作るってのは、ちょっとよくわからないけどー。
過去のアレコレを踏まえてじゃあ、なんで今になって新しい調査戦隊を組織したいのか。
僕の率直な疑問にシアンさんは、強い熱の籠もった視線を僕に投げかけながら続けて言った。
「一国家の下らない思惑で崩壊の憂き目を見ることとなった大迷宮深層調査戦隊。今、世界ではどこの国も新たなる調査戦隊を作り上げようと必死なのはソウマくん、ご存知でしたか?」
「えぇ……? いえ、まったくこれっぽっちも知りませんね……」
「ソウマくんに限らず普通は、勤勉な平民や貴族でもない限りよその国がどうのこうのなんて基本、気にしませんからねえ」
次から次へと出てくる新事実に、一応関係者だったはずの僕が何も知らなさすぎてちょっと気まずいよー。
ケルヴィンくんが言う通り平民やスラムの者にとってはそんな国際情勢、知ったこっちゃないんだから気にしろって言われても知らないよー、としか言えないんだけどね。
無知すぎる自身に内心ショックを受けつつ開き直りつつなんだけど、けれどサクラさんは気にせず頷いた。シアンさんに向け、僕とケルヴィンくんの見解を引き継いで話す。
「これについては正直、どこの国でも似たようなもんでござる。貧すれば鈍する、とまでは言わぬでござるが……日常生活に大きく関わりないのであれば、誰も気にしないのが普通の民草というものでござるよ、生徒会長」
「でしょうね。まあそこは想定していました……つまりはソウマくん。各国は伝説を再現し、今度は自国こそが冒険者達にとっての理想郷であると強調したいのですよ」
シアンさんの語るところによると、つまりはこういうことらしい。
──調査戦隊崩壊後、元メンバーは散り散りとなりそれぞれの故郷や拠点、あるいは新天地へと向かった。迷宮なんてこの地以外にも腐る程あるわけだし、新たな活躍場所を求めて旅立っていったのだ。
そして、そうなると動き出すのはエウリデ以外の各国なわけで。
これまでは迷宮を擁する関係上エウリデに独占されていた調査戦隊メンバーだけど、解散したとなると話は別だ。元メンバーを一人でも多く擁して、その者を旗頭とした新たなる大迷宮深層調査戦隊を組織しようと目論んでいる国が数多、台頭してきたそうなのだ。
なんでも、大迷宮深層調査戦隊の志を継ぐとかって謳い文句であちこち、本家だの元祖だのニューだのネオだのセカンドだのが生まれては消えているのだとか。
終いにはニセ調査戦隊メンバーなんて馬鹿な詐欺師も出てきてるそうで、どうにも収拾のつかない事態になりつつあるというのが現状だそうだった。
正直そんな、ガワにばかり執着してても仕方ないんじゃない? って思うけどー……
それだけ、大迷宮深層調査戦隊の遺した功績という名の爪痕は大きかったのだとシアンさん、サクラさんは口を揃えて語る。
「大迷宮深層調査戦隊の活躍によりエウリデは一気に冒険者国家として大成。経済的にも国力的にも大幅な増強を成し遂げました」
「まあ自分の手でそれを壊したのでござるけどねー。で、そんな調査戦隊の後釜を擁することができれば、次のエウリデになれるかもしれない──と、各国は考えているのでござるよ。ゆえに現状、調査戦隊の後継を名乗るパーティーが乱立して互いに互いを潰し合う、ある種の代理戦争になっちゃってるのでござる」
「俺も聞いたことあるな……エウリデも再び調査戦隊を発足させようとして、しかし過去の行状から冒険者達に総スカンを食らったとか。自業自得だがそうせざるを得ない理由はあったってことか」
「えぇ……?」
エウリデの面の皮の厚さもそうだけど、しれっと調査戦隊の後釜を狙ってくる各国も中々に抜け目ないというか、生き馬の目を抜くような話というか。
ていうか代理戦争って何? 冒険者なんだからパーティー間の潰し合いとかしてないで迷宮潜ろうよー。いやまあ、結果的にこういう状況を招いちゃった元凶である僕に、言えた義理じゃないけどもさー。
「えっとー、それで、シアンさんも調査戦隊の後釜を作りたい、と?」
「似て非なるものですね。後釜でなく新規に、かつての調査戦隊以上のパーティーを作りたいと思っています。そのためにもソウマくん、あなたの協力は半ば絶対条件なんですよ」
「なんでー……?」
「そりゃーもちろん、貴殿の来歴ゆえでござるよ」
後釜でも新規でも、調査戦隊をモロに意識したパーティーづくりをするならそれは大差なく、ポスト調査戦隊ってことになると思うんですけどー……シアンさん的にはこだわりのある違いみたいだ。
それにしたって僕の協力がパーティー構築の絶対条件っていうのは、いまいちピンとこない話なんだけどね? 僕を必要としてもらえるのは本当に嬉しいけれど、もしかして"杭打ち"っていう冒険者のネームバリューだけ求めてるのかと思っちゃうもん。
せっかくお近づきになれた1度目の初恋の人に、そういう扱いをされるのはちょっと寂しいかもー。
我ながら贅沢なことを思っていると、サクラさんが何やら苦笑いしながら僕に、話しかけてくる。
「たぶん今、相当拗らせた考えをしてそうでござるから言っておくでござるよソウマ殿。生徒会長は、杭打ちとしての貴殿を含めたソウマ・グンダリそのものを欲しがっているんでござるからねー?」
「え……」
「まあまあ、ここは一つ拙者が説明してご覧に入れるでござるー」
ござござーと、何やら楽しげにつぶやきながらもサクラさんは、僕にシアンさんの考えを説明し始めた。
文芸部の窓から見える空は青くて曇りなく、日が照って結構気温も高めだ。
放課後もそろそろ一時間ほど経過しそうな頃合いに、サクラさんの説明がさらに続いていく。
後釜? 新規? どっちでもいいけど新しい調査戦隊を作りたいらしいシアンさんは、そのために僕に協力してほしいらしい。
杭打ちのネームバリューだけが目当てなのかなーとちょっぴりショボーンってなってた僕だけど、サクラさんがすかさずそれは違うでござるーと、シアンさんに代わってその意図するところを話し始めてくれた。
「つまるところ"杭打ち"としての貴殿を含めた総合的な素質、素養──すなわち実力と人格、辿ってきた経歴。そして何よりエウリデ政府と決定的な因縁があること。これらすべてが好条件なのでござるよ、生徒会長にとっては」
「好条件……って、新調査戦隊を作るためのですよね?」
「そうでござる。ねっ、生徒会長?」
サクラさんがそう言って水を向けると、シアンさんは深く頷いた。
そしておもむろに立ち上がり僕の前に来ると、跪いて両手を握ってくるって、ええええっ!?
や、柔らかいよー温かいよー!? 急なふれあい、スキンシップに心臓がバクバク言うよー!?
顔が赤くなるのを自覚する。ガチガチに緊張する身体を、せめて手だけでも解すかのように両手を握り、あまつさえちょっと揉んでくるシアンさんにあわあわしていると、彼女はひどく落ち込んだ様子で僕に、頭を下げてきた!
「ソウマくんにいらぬ誤解をさせてしまったのであれば、深くお詫びします。すみません……私は杭打ちさんとしてだけでなく、ソウマくんという人間を必要としているんです」
「そ、そそそそうなんですか!? あの、その、こ、こちらのお手々は何故にどうして!?」
「……せめて、温もりだけでもたしかに伝えたくて。形はどうあれ私はあなたを利用しようとしています。疑われても当然ですから」
動揺する僕とは裏腹に酷く静かに、俯きがちにぽつぽつ語るシアンさん。
僕を利用……まあ、それは別にどうでもいいというか、シアンさんのためならエーンヤコーラーってなくらいの勢いではあるんだけれど。
疑うほどでないにしろなんで僕? って思うところはたしかにある。
それを気にしてシアンさんってば、僕の手を握ってきたんだろうか? いまいちよく分かんないけど間違いなく役得なので黙っておくよー。
ほら見てよケルヴィンくんとセルシスくんてば、呆れがちな中にちょっと羨ましそうに僕を見ている! いかにも恋とか興味ないねーみたいな態度してるけど、やっぱり中身は僕と同じで思春期なんだもんね!
「青春……と言っていいのか分からんが間違いなく、いい思いはしてるなソウマくんのやつ」
「友として喜ぶべきなんだろうが、さすがに会長ほどの美人に言い寄られている姿はちょっと腹立つなソウマくんめ」
「っていうか笑いを噛み殺し過ぎでござるよソウマ殿。ちょっと面白い顔になってるでござるよソウマ殿」
「う……」
えへへへ、ちょっと優越感ー。まあまあ二人にもそのうち春が来るってば! えへへへへ!
ニンマリしそうになる顔をどうにか押し殺して余計、気持ち悪いニチャッとした笑顔になってる自覚はある。それをサクラさんに指摘されてスン……とはなったものの、それでも口元は弧を描かざるを得ないよー。
めっちゃ嬉しい僕を見て、けれどシアンさんは至極真面目に真剣な表情を浮かべる。
「この身の誠実、我が身の潔白を伝えることはできなくとも。せめてあなたを必要とする私の熱を、少しでも伝えられればと思うのです」
「し、シアンさん……」
「あなたが必要です。実力と人格を兼ね揃えてかつ、エウリデ連合王国と致命的な形で物別れしているあなたという存在こそが、新しい大迷宮深層調査戦隊には不可欠なのです」
熱意の燃える姿とその瞳。涼やかな空色なのに、どこかギラギラした太陽を思わせるその目は、僕もかつて何度か目にしたことがある。これは……
カリスマとともに放たれる凄絶な気迫に息を呑む。凄味というのかな、この熱はそんじょそこらの冒険者に出せるものじゃない。
明確な信念と勇気、そして何より不退転の野望と野心がなくては出せないものだ。
かつては調査戦隊のリーダー、レイア・アールバドがよく見せていたモノ。それと同質のものを目の前のシアンさんに感じ取り、僕は表情を引き締めた。
この人は間違いなく何か、とんでもないプランを持っている。それを見極めようと思ったのだ。
「……連合王国と仲が悪い僕を必要としているのはどうしてですか?」
「私の構想する新調査戦隊は、あらゆる国、あらゆる地域に属しません。あらゆる権力権威と距離を起き、一箇所に留まらず世界を巡り、あらゆる未知を探索し調査する集団としたいのです。政治的思惑の横槍を挟まれたがゆえに、旧調査戦隊は崩壊の憂き目を見たのですから。エウリデと袂を分かった過去を持つあなたこそは、完全独立の象徴たるに相応しい」
3年前。調査戦隊はスラム出身の僕を疎んだエウリデ連合王国の策謀により、結果的に崩壊した。
パトロンでもあった国からの横槍、そして僕個人への脅迫を前に対抗できず、空中分解してしまったのだ。
それを踏まえてシアンさんは、そうしたパトロンを抜きにしたパーティーを構築しようと言う。
完全に独立独歩、あらゆる思想や体制、他者の思惑に振り回されないための構造を持つそれは、もはやパーティーの定義さえ超えている。
「そう。私の思い描く新たなる調査戦隊はパーティーの規模を大きく超える、まさしく組織──言うなれば"新世界旅団"、プロジェクト"ニューワールド・ブリゲイド"!」
「新世界旅団……!」
「ニューワールド・ブリゲイド……」
「そしてソウマくんには、旅団の初期メンバーおよび中核としての役割を担っていただきたいのです。私の理想とする、未知なる世界を探求する組織のために」
なんら隠すことなく野心と野望を秘めた瞳で僕を勧誘する、シアン・フォン・エーデルライト。
彼女の姿に僕は圧倒されるものを覚えながらも、どこか、胸が疼くのを感じていた。
シアンさんの提唱するプロジェクト"ニューワールド・ブリゲイド"──あらゆる組織、あらゆる勢力から独立した冒険者達のための機構、新世界旅団構想。
たしかに胸を熱くするものを与えてくれた、その計画の展望について。けれど僕は即答やその場での明言を避け、ひとまず検討するとだけ答えてその日は帰ることにした。
正直、すごく面白そうだし楽しそうな話だと思う。実現すれば間違いなく歴史に名を残すだろうそのプロジェクトに、他ならぬ僕なんかを絶対必要条件としてくれていることも含めてあまりにも魅力的なお話だ。
でも、だからこそ……安易なその場の勢いやノリでなく、しっかり考えた末に僕自身の意志と言葉で、彼女の求めに応じるか否かの答えを示さなきゃいけないと思ったのだ。
ソウマ・グンダリとして。冒険者として。そして何より、かつて結果的に大迷宮深層調査戦隊を崩壊させるに至った原因として。
今一度、パーティーを組んで良いものなのか。それをしばらく考え抜きたいと思うわけだね。
「と、いうわけでリリーさんのご意見を聞きたいですー」
「新世界旅団構想ねえ……エーデルライト家の三女さん、ずいぶんと野心家なことにまずはびっくりだわ」
話を持ち帰っての夕方、冒険者ギルドにて。
冒険者としても人間としても厚く信頼を寄せているギルドの受付スタッフ、リリーさんにここだけの話として相談したところ、すぐさま面談用の個室に通されての今はじっくり相談タイムー。
曰く"ソウマくんが相談事をしてくるなんて珍しいから、こういう時こそ全力で対応させてもらう"とのことー。
あー惚れそう〜。僕を特別視してくれてるよねこれ! 絶対そうだよリリーさん、僕だからこんなにも手厚く対応してくれるんだよー!
心の中はまたしても新たな初恋の予感と青春の香りにご満悦なんだけど、実際問題シアンさんの構想についての話は割と重大事だ。何しろことと次第によっては今後の、僕の人生そのものに関わってくるからね。
なので僕が冒険者としてデビューして以来、ずーっとお世話になっている姉のような恋人にしたい人リリーさんに悩みを打ち明けたわけだ。
孤児院の院長先生と並んで僕にとっては家族同然の女の人は、しばらく考えた末に真剣極まる顔をして、僕にこう言うのだった。
「率直に言うわね。その構想、エーデルライトさんに確固たる信念があるというのなら受けてみてもいいとは思う」
「あの野望と野心の熱量は本物だよ、リリーさん。レイアにも劣らないくらい、目がギラついてる」
「ソウマくんにそこまで言わせるならなおのこと、ね……ただ、懸念事項がいくつもあるからそこは考えないといけないけれど」
そう言って、リリーさんは腕組みをして難しげに唸った。
シアンさんの野心、野望とそこにかける熱意は紛れもなく本物だ。どこまでも高みを目指し、そのためにはあらゆることをしてみせる覚悟と凄味が彼女には見受けられた。
思わずレイアを思い出して懐かしい気持ちになったくらいだよー。彼女今、どこで何してるのかなー。元気にしてるといいなー。
若干浸りかけるのを努めて抑えて、僕はリリーさんに問いかける。
懸念事項。いくつもあるというそれを、まずは一つ一つ確認していかないとね。
「懸念事項っていうと?」
「まずは何をおいても、エーデルライトさん自身の能力ね。言い方は悪いけど無能が大層な夢だけ抱いて、あなたを担ぎ上げようとしていないとも限らない。それって詐欺同然だもの、私としては認めるわけにはいかないわよね」
「能力、かー……カリスマ的な威圧はすでに備えてるみたいだよー? 僕やサクラさんにまで感知させるレベルの影響力を放つのって、結構なことだと思うけど」
戦闘力って面だと現状じゃあ夢のまた夢だ、それは分かり切っている。なんたってそもそもがオーランドくんのパーティーにくっついていた程度のものでしかないわけだしね。
ただ、それを差し引いても貴族としてのものだろうか、放つカリスマについては天賦のものだと言うしかない。
他者を魅了し圧倒するオーラや気迫ってのは、よほど強い意志を抱いた上で根底に才能がなければ身に纏えない類のものだ。そういう意味ではシアンさんは立派に天才の部類と言えるだろう。
僕もそうだしサクラさんだって今日のお話し中、彼女のそうしたオーラは感じ取れていた。自分で言うのもなんだけどこのレベルの冒険者にも感じ取らせるだけのものを放つって、相当なことなんだよね実のところ。
リリーさんもそれには頷き、そして答える。
「あなたやサクラ・ジンダイさんにも分かるほどのカリスマ……うーん、それはよろしいけれどもう一手何か欲しいところね。率直に言うと単純実力、戦闘力ね」
「そこは問題ないよ、それこそ僕なりサクラさんなりで鍛えていけばいいし。僕が卒業するまでには、最強とまではいかずとも調査戦隊下位に食い込める程度にはできると思うよ、たぶん」
「さらっと言うけどそれはそれですごいわね……」
戦闘力的な部分なんて今後、冒険者やってれば嫌でも身につくものだしね。僕やサクラさん、今後新世界旅団に参加するかもしれないベテラン達に教わっていけばきっと、シアンさんもたちまち強くなれるだろう。
そう、サクラさん。
しれっと言ったけど、彼女もシアンさんが提唱する新世界旅団の話に僕同様、乗っかるつもりでいるのだ。
シアンさんの新世界旅団に、僕より前に賛同を示していたのが実のところ、サクラさんだったりする。
僕への説明の時にもタッグを組んで来てたしね。後で聞いてみたらどうも彼女自身、部室に来る前のタイミングでシアンさんから説明されたそうなんだけど……なんと即断即決で新世界旅団への参加を表明したのだ。
『くだらないしがらみを振り切って未知なる世界を切り拓く! これは冒険者の本懐でござろう? 今のところ小娘の戯言に過ぎぬでござるが、こんな大それた夢を掲げること自体に価値があるでござるし、せっかくなんで乗ってみようと思うでござるよー』
『自覚はありますが直球で小娘の戯言と言われると少し、ショックですね……』
『事実でござる。今は悔しくとも受け止めるでござるよー』
──とまあ、そんなやり取りを二人でしていたねー。
これにより現状、新世界旅団が本格的に組織された時に確定で入団してるのは団長のシアンさんとサクラさんの二人になる。つまり事実上、暫定副団長はサクラさんになるってことになるね。
言う事ばかりは壮大な、野心溢れる新米リーダーとそれを支えるベテラン副リーダー。なんていうか物語の導入部みたいで、結構ワクワクしたところはあるよー。
「そんなわけなので僕が入る入らないにしろ、確定でサクラさんはシアンさんを鍛えるつもりだと思うんだよねー」
「ってことはどうあっても、新世界旅団のパーティーとしての存在感は確立されていきそうね……将来性もありそうってのは大きいわよ、ソウマくん」
「ねー」
入ったは良いものの実力不足、あるいは求心力不足で芽が出ないまま終わる……なんてことはこの際、可能性が低いと見ていいだろう。
僕抜きにしてもカリスマのシアンさんと武力のサクラさんがツートップなんだから、その時点である程度上を目指せるのは間違いない。なんならバディでも大成しそうなくらいだ、シアンさんの戦闘力の伸びにもよるけど。
そんな旅団に僕が求められてるところは、戦闘力とか性格面もあるけど、やはり一番大きいのは"国と揉めて追放された元調査戦隊メンバー"という来歴がゆえなんだろうね。
おそらくリリーさんにとっての懸念の一つだろうそれを、僕はつらつら語っていく。
「3年前の調査戦隊解散の時、エウリデ連合王国は僕を追放してなかったことにした。スラム出身の冒険者が調査戦隊に所属しているという事実を、国として絶対に認めることができなかったんだね」
「何度聞いても腹立たしい話だけど、急にどうしたの?」
「僕が旅団に必要とされている理由だよー。つまるところエウリデ内でポスト調査戦隊を掲げたいシアンさんは、そうすると絶対に擦り寄ってくるだろう国や貴族連中に対して僕っていうカードを持ちたいんだと思うんだよねー」
エウリデは調査戦隊解散を引き起こしたことで各国からのバッシングを受け、冒険者達からも総スカンを食らう羽目になった。
そのため昨今、世界各国で行われているポスト調査戦隊パーティーの擁立に関して一切手立てを打てないでいるらしいんだよね。
エウリデ内の冒険者達からしたら、国内でポスト調査戦隊パーティーを組んだら国に横槍を入れられかねないからとてもじゃないけどできない。またパーティーを崩壊させられるかもしれないわけだしね。
仮に組みたいのならば国の干渉に対して、ある程度撥ねつけられるだけの手札がないといけない。
そう、たとえば……スラム出身の冒険者で、しかもかつて脅迫してまで追放した挙げ句、最悪の結果を誘発させてしまったような輩とか、ね。
「国の横槍、あるいは嫌がらせってのはリリーさんにとっても懸念だったと思うけど、その辺は僕が入団すればある程度は避けられる」
「……まあ、たしかにそこが一番大きな心配事だったわ。でもどうしてかしら?」
「昔は借金完済分のお金って餌もあったけど、今はもうそれもないからねー。かと言ってたとえば孤児院に手を出そうとでもすればそれこそ本末転倒だ、新世界旅団はどんな手を使ってもエウリデを排除しにかかるだろうし」
結局のところ僕があの時、追放命令に応じたのは孤児院の借金を完済できるだけの金が引き換えだったのと、拒んだら国によって孤児院に危害が加えられてしまうからだ。
危害のほうは僕一人でもどうにかできたのかもしれないけど、あくまで可能性の話だ。一人でも護るとか息巻いて結局孤児院に被害が出たりしたら話にならない。
それに借金の完済も割と急務だったからねー。そうした事情もあって僕は、調査戦隊を抜けたわけだ。
でも今回、それらの要素は一切関係ない。
孤児院の借金はもうないし、国とやり合うかもしれない件についても、僕を国への手札として囲う以上は旅団全体の問題として扱われるだろうし。つまりは仲間達とともに対策を練ることだってできるってわけだねー。
そもそも、今さら国が僕に関わりたいとも思えないのでスルーしてくる可能性さえあるんだし。
とにかくそんな感じで、3年前に比べて状況は明らかに僕有利なのだ。
付け加えるようにリリーさんも、鼻息を荒くして言う。
「大体そんな真似したら、今度こそ冒険者達が黙ってないわよ……! 3年前の真相、あなたが孤児院を盾に取られて脅迫を受けた話はもう、公然の秘密同然で冒険者中に広まってるんだから」
「教授がずいぶん細工したみたいだねー。あれはあの人も怒ってたからねー」
「冒険者"杭打ち"の踏み躙られた尊厳と誇り、未来と栄光。ベテランや話を聞いた新米冒険者は次、同じことがあれば武力蜂起さえ厭わないでしょうね。だってあなたが受けた仕打ちは、もしかしたら彼らにだって降りかかるかもしれないことなのだもの」
出自を理由に、脅迫してまでパーティーから追放する──僕に起きたことはつまるところそういうことなので、大概の冒険者にとっては割と他人事じゃない。
だって貴族もちらほらいるにせよ、大体が平民かスラム出身の冒険者ばかりだからね。
国が脅迫してきたら一個人では太刀打ちできないのも事実だし、他のことはともかく対エウリデ連合王国という観点においては、やたら連携しがちなのが迷宮都市の冒険者達なのだった。
新世界旅団構想についての懸念とその対応から、割と真面目にエウリデ連合王国が冒険者界隈から嫌われてるってのは浮き彫りになってきたわけだけど……
そうした事実を踏まえて僕は、改めてリリーさんに自分の意志を伝えた。正直迷っちゃってたところもあるんだけど、相談して話し合う中で自然と考えがまとまっていった感じだねー。
「……うん、決めた。シアンさんの作るパーティー、いや組織"新世界旅団"に、僕も入団しようと思う」
「ソウマくんがそれを望み、決めたのなら私が反対する理由はないわね。未知数の要素は多いけど、だからこそやる甲斐があるって考えるのが冒険者だものね」
「そうだねー。なんだかんだ僕もすっかり、冒険者気質だよー」
二人、顔を見合わせて笑い合う。
調査戦隊解散から3年、もう二度と誰かとパーティーやそれに類する組織に属することはないだろうなって思っていたけど、人生って分からないもんだね。
ましてやそのきっかけとなった人は昔、僕がこの手で助けたことのある女の子だって言うんだから、人生万事塞翁が馬、あるいは情けは人の為ならずってところかな。面白いね、世の中ってさ!
「ヒノモト出身のSランク、ジンダイさんに知る人ぞ知る無銘の伝説"杭打ち"……とんでもない2枚看板ね。正直エーデルライトさんがある程度見込み外れでも、あなた達だけで余裕でエウリデ随一のパーティーになるでしょうね」
「サクラさんはともかく僕のことは買い被りすぎだよ、リリーさん。まだまだDランク、世間的には未成年のペーペーなんだから」
「公的書類上の扱いと実際の扱いと、あと本人の認識とでこうまで齟齬のある冒険者も珍しいわね、本当に……あら?」
「うん?」
僕の言葉にリリーさんが苦笑いしていると、不意に面談室のドアがノックされた。なんだろ、誰だー?
リリーさんが促すとドアが開いて、事務員の男の人が入ってきた。その顔はどこか緊張を帯び、汗も一筋垂らしている。
その人は僕とリリーさんを見るなり、真剣のそのものの様子で言う。
「面談中のところ失礼します、杭打ち様……ギルド長がお呼びです。先日弊ギルドにて起きた騎士団との騒ぎに進展が見られたと」
「ギルド長……?」
「はい。加えてSランク冒険者サクラ・ジンダイ様、並びに騎士団長シミラ・サクレード・ワルンフォルース様もお越しになっています」
「はあ!? な、何それ錚々たる面子じゃない!」
ギルド長とシミラ卿だけならまだしも、サクラさん? こないだの騒ぎに彼女は何一つ関与してなかったはずだけど、なんで?
リリーさんが叫んだとおり、中々の豪華メンバーというか……ギルド長自身もSランク冒険者だし、そんなところにのこのこ行かなきゃいけない僕だけが場違いじゃないかなこれー。
「…………何かあった?」
「ハ……いえ、詳しくはその、ギルド長のほうから説明いたします。ただ、杭打ち様のお力を、助力を必要としていることだけはたしかです」
「……………………」
うわー! なんか嫌な予感しかしないー!
ものすごく厄介ごとの香りがするよー。しかもこれ、ギルド長が絡んでる時点で逃げるに逃げられないよー。詰みだよー!
ギルド長とは昔から持ちつ持たれつな関係なんだけど、それはそれとしてうまいこと冒険者を手玉に取る百戦錬磨の老爺さんなんだよね。
だから僕なんて戦闘力ばかりで学も教養もないからカモの中のカモ、毎度うまいこと煽てられて持ち上げられて、気がついたら火中の栗を拾う羽目になってるのがこれまで結構あったりするんだ。
そんなギルド長が直々に僕を名指ししている……うわー!
「……わかりました。伺います。ギルド長室で?」
「はい! ありがとうございます!」
「声だけでも本気で嫌そう……大変ねー杭打ちさんも」
「……………………」
そう言うんなら付き添いしてよー! と視線で語るものの、リリーさんはフッ、と笑ってそのままそっぽを向く。知らんぷりは良くないぞー!
言っても仕方なし、立ち上がる。スタッフの男性に付き添われつつも部屋を出て僕は、施設の二階、最奥にあるギルド長室を訪ねて歩いた。
こないだの騒ぎでの話なんて、精々騎士団からギルドへの謝罪と賠償くらいしか思いつかないんだけどなー。もしかしたら僕への詫び料も払ってくれるとか? エウリデだしないか、そんなこと。
あるとしたらむしろ逆で、スラム出身の冒険者風情が何してくれてんだって喧嘩を売りに来たってところだろうか?
もしそうだとしたらシミラ卿がそんなことノリノリでやるわけないし、こないだ貴族のボンボンを殴ったペナルティで来てたりとかして。
ご愁傷さまだねー。こないだのベテランさんじゃないけどもう、騎士団長止めて冒険者にでも転職してもいいと思うよ、そんな扱いされるくらいなら。
あれこれ予想を立てつつギルド長室のドアに到着。えーっとノックは何回だっけ3回? 4回? まあいいやテキトーで、コンコンコンコンコーン!
『5回? ……まあ杭打ちのやることか。入りなさい』
「……………………」
僕のやることだから何? なんなの? ちょっと気になるんですけど!
絶妙にぼかした物言いをしながら入室を促す、男の人の声に従って僕はドアを開けた。
「…………失礼しまーす」
中に誰がいるとも分からないし、一応冒険者"杭打ち"として入室したものの。見れば僕の正体を知っている人達が勢揃いだったことからすぐに、ソウマ・グンダリとしての素で話すことにした。
部屋の奥のデスクに座るギルド長、横に控える秘書さん。
手前のソファに座るサクラさんとなんでここにいるの? シアンさん。
そして今回の一連の騒動においてたぶん、一番気の毒な立ち位置にいるのだろうシミラ卿。こちらの5人だけが部屋の中にいたのだ。
みんな気軽な様子で、軽快に僕に声をかけてくる。
「やっほーでごーざるー。さっきぶりでござるねソウマ殿、ござござー」
「先程ぶりです、ソウマくん。ジンダイ先生に連れてこられる形で来てしまいました。さすがにまだ、今の私にはこのメンバーの話し合いに混ざるには役者不足と思うのですけどね」
「ヒノモトから来たSランクに、エーデルライト家の三女……ソウマと関係があったか。これは話が早いな、ギルド長?」
「そう思ったからこそのこのメンバーなのですなあ、フフフフ」
古くからの知り合いと、最近知り合った人が並んで話してるのってなんか違和感というか、変な感じするねー。
というかシアンさんはサクラさんに連れてこられたのか。本人が言うようにちょっとまだ早くないかなー? 場合によってはその場で戦闘まで起きかねないのがSランクやそれに相当する連中の物騒なところだし、何かあってからでは遅いと思うんだけど。
まあ、本当にこの場で殴り合い斬り合いが発生しそうならその時には謹んで僕がシアンさんのナイトを務めさせてもらおうかなー!
憧れの人を護って戦えるとか青春極まる話だよー、この場のSランクがまとめて向かってきても余裕で全員殴り飛ばせそう。
「まあまあ、よく来たなグンダリ。ワルンフォルース卿の隣が空いているからそこに座りなさい」
「なんなら膝の上でもいいぞ、ソウマ。一年ぶりに姉に甘えるがいい」
「弟になった覚えがないので遠慮しますー。よいしょっと」
白髪を長く伸ばしてオールバック気味に後ろに流した、スーツ姿の老爺。すなわち迷宮都市の冒険者ギルドを束ねるギルド長ベルアニーさんの指示に従いソファに座る。
シミラ卿がまたなんか言ってるけど、僕的には弟より彼氏になりたいところだよね。調査戦隊時代はそもそも恋とか青春とかどうでも良かった僕だから弟役でも良かったかもだけど、今の僕は最高に青春したいからね!
まあ、今は厄介ごとの匂いがプンプンしている現場ですから自重するけども。
杭打ちくんを床に置いて、フカフカのソファに腰を沈めて一息つく。するとギルド長が頃合いかと呟いて口火を切った。
「揃ったな。それでは諸君、問題発生だ。平たく言うと政治屋どもがまたぞろ、古代文明の生き残りを求めて騎士団を動かそうとしている。それも今度は穏便な形でなく、武力行使も厭わないとまで指示が下りているそうだ」
「古代文明の生き残り……ヤミくんとヒカリちゃん? またあの双子を狙ってるの、シミラ卿?」
問題発生とか言う割に妙に機嫌の良いギルド長。楽しそうに愉快そうに笑って経緯を説明するけれど、その目だけはまるで笑ってないから腸が煮えくり返ってるんだろうなって僕には察せる。
古代文明の生き残り。僕の知る限りでは地下86階層の奇妙な部屋で眠っていたらしい双子、ヤミくんとヒカリちゃんが該当する。
まだまだ幼い二人を狙い、物扱いした挙げ句に実験材料だの研究素材だのふざけたことを言ってのけたのが騎士団の新米達だ。そこにたまたま居合わせた僕が助太刀に入ったのがこないだの話だねー。
最終的には団長のシミラ卿自ら、新米のボンボン達を片っ端から殴り飛ばして連れ帰ったわけだけど……性懲りもなくまだやろうって言うんだね、あいつら。
当事者の片割れである騎士団を率いる、シミラ卿御本人に尋ねてみる。すると意外な答えが返ってきて、僕は驚くこととなった。
「いや。今回のターゲットは別の人物、別の生き残りとされる女だ」
「……他にもいたんだ、超古代文明人って」
案外いるもんなんだねー、何千年もの時を超えてやってきた、古代文明からの使者ってのは。
どうにもオカルト満載な話で僕としては嬉しい限りだけど、ギルド長やサクラさんなんかはいかにも半信半疑って感じだよー。シアンさんはなんとなく納得してる風だけど、彼女ももしかしたら超古代文明とか好きなタイプの人なのかもしれない。
趣味が合う美少女! 運命だよこれは、きっと運命に違いない!
内心はしゃぐ僕をよそに、シミラ卿は話を続けた。どこか頭が痛そうに──実際悩みの種は尽きないのだろうねー──言ってくる。
「その女は先日の騒動と前後して存在が確認された。運が良いのか悪いのか、どうやら迷宮浅層を彷徨いていたところを冒険者パーティーに保護されていたらしい。双子の確保が失敗した今、次はその女というわけだ」
「いかにも訳アリとは思っていましたが……まさか超古代文明の生き残り、といういわくつきの方でしたか。本当に運が良いのか悪いのか、判断に困りますね」
「…………え?」
「一応、あなたもご存知ですよソウマくん」
何やら事情通みたいなことを言い出したよ、僕も知ってる人だって? でもそんな人と会う機会なんてどこで────あっ!?
不意に直感で悟る。そういえば直近で一人、シアンさんの近くで素性の知れない女の人を見かけたじゃないか。
まさか、あの人が?
視線で問うと、シアンさんは真剣な顔で頷き、僕の推測を肯定した。
「グレイタスくんのパーティーの新規メンバーでこの間、彼を諭し励ましていたマーテルさん。どうやら彼女こそ、数万年前の超古代文明の生き残りらしいのです」
やっぱり!
予感的中、だけど困惑は普通にしてしまう。意外と近くにいるものなんだね、超古代文明からの使者さんって。
マーテルさんという名前のその人は以前、オーランドくんのパーティーの一員としてお見かけした人だ。僕を庇ってオーランドくんを更生させようとしていた、女神級に心やさしい美人さんだねー。
なんでも、オーランドくんに助けてもらったことでハーレムパーティー入りしたーみたいなことをこないだのやり取りから察することはできたけど、まさか何万年ぶりの寝起きに迷宮を遭難していたところを助けられましたーなんてのは予想外だよー。
戸惑う僕に、シアンさんが続けて経緯を説明した。
「先週、ソウマくんに会った翌日です。暴言を吐いたグレイタスくんやリンダ・ガルともどもジンダイ先生からレクチャー受けた次の日に、私達はまた迷宮に潜りました」
「……そこでその、マーテルさんを見かけたと?」
「ええ。ひどく弱っていたこともありましたから、グレイタスくんは彼女をすぐさま救助しました。さすがに緊急時だと悪癖も発露せず、助け終えてから美貌に見惚れていましたね、彼」
「普段からそのくらい自重できていれば、まだもうちょい立場に見合った見られ方をしてるでござろうに。もったいないでござるなー」
サクラさんが呆れた口調でオーランドくんを評する。こないだシアンさんも言ってたけど、どうやら本当に彼は私心抜きにマーテルさんを救助したらしい。
美人と見ればすかさず手を付けにかかるコナかけ癖も、人命の前にはひとまず収まるわけだね。冒険者として立派なんだけど、言われてるように普段からそうしていてくれないかなーって言わざるを得ない。
特に僕なんか8回も彼のお手つき癖で失恋してるからねー。シアンさんは誤解だったけど、うううー。思い出したら涙が出そうだよー。
「オーランド・グレイタス……チャールズとミランダの息子か。親バカにすっかり甘やかされて、年にも実力にも見合わぬAランクとして放蕩三昧と聞いていたが」
「概ね合ってるでござるよギルド長。少なくとも冒険者としては素人同然、意気込みとプライドだけのボンクラ息子でござるね」
「……まあ、人助けしたのは冒険者として、人として立派ですし。ランクについては、そもそもなんでギルドが認めたのかってところから疑問ですよ、ベルアニーさん」
あんまりボロカス言われてるから、ついフォローに入っちゃったよー。
サクラさんはいいにしても、ギルド長は彼にAランク冒険者ライセンスを与えた組織の長としてそこはあんまり人のこと、言えないんじゃないかなー?
ちょっと気になったしツッコんでみる。偉い人相手だからってスルーするわけないんだよね、冒険者的には。
サクラさんもシアンさんも、なんならシミラ卿もそこは同意なのかじーっとギルド長を見つめる。彼は汗を垂らして若干、焦った調子で弁明した。
「私じゃあない、よそのギルドでAランク認定を取らせたんだよ、あの夫妻は。このギルドだと何があってもそんなことは許容しないが、他のギルドだとままある……金を積めばSランクは無理にせよ、AだのBだのまでは認可してしまうという馬鹿な事態がな」
「ヒノモトでもそんな話は罷り通ってるでござるが、まったく呆れた話でござるよ……実力以上の評価をされたところで、ボロが出ないはずもないのに」
「グレイタス夫妻は実力、人格、評判も揃って上々のよくできたSランク夫妻だが、身内のことになると途端に馬鹿になってしまうのがな……杭打ちくんやワルンフォルース卿にも覚えはあると思うが」
「……………………」
「私からはなんとも。あの夫妻には過日、世話になっていますので」
僕もシミラ卿も、そっぽを向いてノーコメントの体勢だ。
かつての仲間を内心でどう思っていようが口に出したくはないからね……まあ、言い換えるとつまりはそうしないといけないくらいあの人達、親としててんでダメなわけなんだけどねー。
調査戦隊にいた頃も常々、いかに自分の倅が可愛いか最高かひたすら主張してたもんなー。
その時はオーランドくんがまさかこんな感じになるとは思ってなかったし、はいはいごちそうさまーって感じで他のメンバーも苦笑いで済ませていたんだけれど……さすがにギルドに金を積んでAランクライセンスを買い与えるのはやりすぎだよね。
「コホン。グレイタス夫妻のことはそこそこにして、件の女マーテルがオーランドのパーティーにいるのはたしかだ。そして国からは双子の代わりに、彼女を確保して持ち帰るように指示が下りている」
「研究、実験のためですか……それで、シミラ卿はギルドに協力を依頼しにでも来たとか?」
「この間の今日でそんな恥知らずなことはできるか……と言いたいがな。そこも国の指示だ」
ため息を噛み殺しつつ、シミラ卿が答えた。もはや苦悩とか鬱憤を通り越した、本当になんだか吹っ切れた顔をしてるよー……
生真面目で神経質なこの人が、こういう顔をしだすと大分危ない。調査戦隊時代も何度があったけど、腹を括るとそれまでの我慢から一転して大爆発するタイプの人だからね。
たぶん、もう心境的には覚悟を決めちゃってるんだろうなー。
それを感じ取ってか、ギルド長もチラチラとシミラ卿を伺うようにしつつ、しかし国を相手に鼻で笑って言った。
「双子を見逃してやるのだからマーテル確保には協力しろ、と。金も出すのだから文句はあるまい、とそういう理屈らしい。相変わらず冒険者もギルドも舐め腐ってくれているようで何よりだ」
「うわぁ」
「冒険者をなんだと思ってるんでござるかねえ」
案の定って感じだけど、本当に下に見てくるなあ、国の連中。双子を見逃してやるって、あの場で見逃してあげたのはむしろ冒険者側のほうだと思うんだけどねー。
ギルド長が明かす国の言い分に、僕もサクラさんもシアンさんも呆れた顔を隠せずにいるのだった。
マーテルさんの確保……っていうかもうはっきり言うけど誘拐だよねこれ。誘拐に際して冒険者を使うつもりらしい国の言い分に、誰あろうシミラ卿が大きくも深ーいため息を吐いた。
「先日の騒動について、エウリデ連合王国政府としては迷宮都市の冒険者ギルドに対し、反逆罪を適用することさえ視野に入れていた。双子の引き渡しに反抗したばかりか、騎士団員が負傷して帰ってきたことで随分と大臣が吠えていたよ」
「騎士団員はシミラ卿がやったじゃないのー」
「表沙汰にできないから冒険者の仕業ということにする、だそうだ。ちなみに杭打ち、お前については誰からも一言たりとも言及はなかったぞ。3年前にお前の取り扱いを間違えて最悪の事態を招いてしまったこと、彼らは半ばトラウマにしてしまっているのさ」
「それを聞かされて僕にどうしろと……」
お偉いさん達が僕にビビってる、なんて聞かされても反応に困るよー。さぞかし微妙な顔と反応をしたんだろう僕に、シミラ卿は喉を鳴らしてくつくつと笑った。
久々に見る楽しそうな笑みだ。本当に今の、騎士団長って役割は彼女にとって不相応なんだなと痛感するよ。
調査戦隊に所属していた彼女だから、国側の人材でありながらも価値観や考え方はむしろ冒険者に近いんだよね。
そうでなくとも元々の気質が騎士的じゃないっていうか、案外はっちゃけるタイプのお姉様だから余計、今のこの立ち位置が窮屈なんじゃないかなって思う。
さておき、ギルド長は椅子にもたれかかり頭を掻いた。いかにも紳士然とした格好と態度なんだけど、これで実はここのギルドで一番血の気が多いんだから面倒くさいんだよこの人ー。
今もほら、何でもない風だけど青筋立ててるし。絶対キレてるよこれー!
静かに、けれど気迫を込めながら老爺は僕らに告げる。
「言うまでもないがそのような魂胆に加担するつもりはない。冒険者を人攫いか何かと勘違いされてもらっては困るのだし、そもそもマーテルとやらはオーランド・グレイタスの保護下で冒険者登録もすでに済ませてある。つまりは同胞だ」
「同胞を、平気で人を物扱いしたり脅迫して追放したりする連中に売り渡すなどと……それこそ冒険者の名折れでござるなぁ」
「そういうことだ。ましてや我々を、未知を求めるのが本懐の冒険者を金で動かそうなど言語道断であろう」
「……………………」
グサー! 3年前ものの見事にお金に釣られて調査戦隊追放を受け入れた僕の心に大ダメージ!!
サクラさんはともかくギルド長、これ僕への当てつけとしても言ってない? 帽子とマントの奥から彼に視線を向けると、いやらしい話でこのおじいさん、ニヤリと僕に笑いかけてきた。
ほらやっぱりじゃんヤダー!
だからあんまり会いたくないんだよこの人、3年前のことで国はもちろん僕に対しても思うところあるみたいなんだもんー!!
一気にアウェイ感を増した部屋から、僕は今すぐにでも退散して家に帰ってお風呂入って美味しいご飯を食べてぬくぬくのベッドでぐっすり寝て次の日の朝日を最高な気分で拝みたくなる。
そもそもなんで僕を呼んだのこれー。意味が分からないよこれー。
シアンさんの次くらいに無関係だと思うー、と内心で思っていると、ギルド長が続けて言った。
「我々はもう二度と、卑劣に屈する同胞を出してはならない。たとえ国が相手であろうともだ。よってこの依頼は当然、引き受けない……と、言いたいところだが」
「ござ? 何か問題でも?」
「ここで別の問題が起きた。そのマーテルが事態を察知し、逃亡を図っているのだ。おそらく彼女を保護したとかいう、グレイタスの倅も一緒にな」
その言葉に、少しの沈黙が部屋を包んだ。僕も絶句というか、反応に困っちゃって何も言えないでいるよー。
どうやら事態はすでに動き出してるらしい。ていうかオーランドくん、今日普通に学校で見かけたんだけどなあ。学校が終わってから逃亡を開始したってことなのかな?
気になる仔細をギルド長に代わり、シミラ卿が説明する。
「2時間前、それらしき二人組が街の外へ出たと先程、迷宮都市の駐在騎士から連絡があった。先日の双子を巡る騒動を知って、次は自分とでも思ったのかもしれん。北口から出たところから察するに行き先は……」
「……国境。エウリデから北上して海洋国家トルア・クルアに向かうつもりでござるな。そこから海路を使って大陸脱出でも図るんでござろうか?」
内陸国であるエウリデ連合王国は、四方を別の国に囲まれているわけだけど……
その中でも北部に隣接しているトルア・クルアという国は迷宮都市からも比較的近く、今からここを出発しても一日くらいで国境を越えられるくらいの距離しかない。
そしてそのトルア・クルアはサクラさんの言う通り海洋国家で、面した海から世界各地に交易路を作って船による行き来を盛大に行っている貿易大国なんだよね。
当然旅客船なんかも毎日とんでもない数、行き来しているわけなのでそれにさえ乗ればもう、エウリデの追手なんて知ったこっちゃなくなる。
マーテルさんと一緒に逃げているらしい推定オーランドくんはたぶん、それを狙ってるんだろうねー。一緒に行くのか船に乗せるだけ乗せて帰るつもりなのかは知らないけれど、中々いい判断だし好感の持てる行動だと思う。
そうだよねー誰が好き好んで物扱いしてくるような連中に、助けた人をむざむざと渡すもんか。今回ばかりは彼にこそ義があるよー。
冒険者として強い共感を得ていると、向かいのシアンさんが困惑もしきりにつぶやくのが見えた。
「グレイタスくんも、船旅に付き合うつもりでしょうか……まさかそんな、彼は冒険者であると同時に学生ですよ?」
「助けた女とともに理不尽な国からの逃避行。冒険者の、それも年頃の男としては燃えるシチュエーションでござろうなあ。ましてやあのガキンチョはほれ、スケコマシでござるし」
「………………………………!」
ちょ……ちょ、超! 羨ましいよー!!
え、何その青春劇! ボーイミーツガールからの逃避行って、もはや物語じゃん! こってこてのジュブナイルじゃん!!
オーランドくんを支持するのはするのだけど、僕の憧れる青春をことごとく見せつけてくるのはつらいよー。
応援したい気持ちと応援したくない気持ちがせめぎ合うー! 僕にもそんなイベント起きないかなー! と、そんなことをついつい思っちゃうよー。