「よくできた作り話だけど虚しくないのかソウマくん……」
「そんな妄想をしないといけないくらい追い詰められていたのかソウマくん……今度ステーキでも奢るぞソウマくん……」
「なんでそーなるのー!? 違うよ本当にあったことだよー!!」
 
 翌日、放課後の文芸部室。僕は親友のケルヴィンくんとセルシスくんから心ない疑いをかけられたことに憤慨し、力いっぱいの抗議をしていた。
 僕自身、夢だったんじゃないのかって疑わしいほどだけど本当にあったんだよー。本当にあの、シアン会長様とお知り合いになれたんだよー!
 
 迷宮内でのオーランドくんハーレムパーティーとの遭遇から、まさかのシアン会長のパーティー離脱と僕との帰還デート。
 そして外に出てからのやり取りなんてもう、一生の思い出だよー。まさか5年前に僕と会長が、助け助けられの縁で繋がってたなんて思いもしてなかった! っていうか今も思い出せてない!
 
「これはもはや運命なんだよー! 分かる二人とも? 悪いけど僕、ついに青春をこの手にしちゃうからねー!」
「別に悪くはないが……大丈夫か? なんか騙されたりしてないかソウマくん?」
「そうでなくともシアン会長ったら君、貴族の中でも特に上澄みの侯爵……つまり王侯貴族の次に偉い家柄だ。貴族に手を出すなんてなかなかに命知らずだな、ソウマくん」
「う……」
 
 痛いところを突かれた。貴族であるセルシスくんにはなるほど、そういう視点になるよねそりゃあね。
 おっしゃる通りでシアン会長──シアン・フォン・エーデルライトは侯爵貴族エーデルライト家の三女ということでも有名だ。
 このエーデルライト家ってのがいわゆる名門貴族で、貴族としてはもちろん歴史的な冒険者も数多く輩出してきた冒険者貴族の名家でもある。そういう事情もあり、本来深窓の令嬢やっててもおかしくない会長も貴族でありながら、冒険者をやっているわけだね。
 
 で、そういう話だから僕と会長の間にはとんでもなく深い溝がある。言わずもがな身分という名の溝だ。
 僕が単なる平民なら良かったけれど、実際にはほとんど棄民に近い形で打ち捨てられたスラム地区の出だし、さらに元を辿ればもっときな臭い出自にまで遡れてしまう。
 そんなわけで通常であれば僕なんて、会長ほどの方からすれば視界に入れることさえないような路傍の石なのだねー。
 
「い、いやでも! 冒険者の間に身分はないから! 今はシアン会長も冒険者なんだし、冒険者としての間柄がどんなものであろうとそこに貴族とかスラムとか関係ないから!」
「気持ちは分かるがそれって建前じゃないのか? ソウマくん……」
「いや……この国は冒険者の立場が強いからどうだろうなケルヴィンくん。国だろうが王だろうが貴族だろうが、気に入らなければ殴りにかかる大変な連中という一面もあるからな、彼ら冒険者は」
 
 比較的冒険者のありようには詳しくないケルヴィンくんにセルシスくんが語るように、この国では冒険者の立場がとにかく強い。
 この迷宮都市の存在により世界中から冒険者が挙って押し寄せてきたという長い歴史があり、その中で冒険者達がギルドを結成して自分達の権威や権力、権限をじわじわ拡大してきたそうだからね。
 今やこの都市の治安は事実上、冒険者達によって護られているという状態からしてもその歪さはわかるよ。
 
 加えてこれは手前味噌な話かもしれないけれど、やはり大迷宮深層調査戦隊の存在が一際大きい。 
 わずか数年で世界最大級の迷宮の、極めて深い部分までを攻略してみせた調査戦隊は世界中に冒険者ブームを引き起こし、各地で迷宮攻略への機運を高めた。
 
 迷宮攻略法という、今までは個人の技量に依るところが大きかった迷宮踏破のノウハウを体系化させた技法を編み出したというのが特に重大だったねー。
 あれ以前と以後で明確に、世界中の冒険者界隈が完全に別物になったとすら言われてるそうだし。調査戦隊の功績の半分くらいが実のところ、迷宮攻略法の確立だとさえ言われてるからね。
 
 話が若干逸れたけど、つまりはそうした永年の積み重ねもあって、今やエウリデ連合王国における冒険者の立ち位置ってのは、そんじょそこらの貴族にも負けないほど重いものなのだ。
 しかも根底から反骨精神旺盛、長いものには巻かれるな偉いものにはとりあえず噛みつきに行けってのが信条な連中だから、当然のように貴族連中とは敵対している。
 
 僕だってこの際明言するけど、貴族であることを笠に着て、ふんぞり返ってるような連中は好きじゃないしね。こないだの騎士団連中みたいにさ。
 
「あー……こないだもなんか、騎士団相手に揉めたんだって? ソウマくんいやさ杭打ち殿も関与してたって聞いたけど」
「まあねー。アレはあいつらが悪い、騎士団長の言うことも聞かずに暴走して、年端も行かない子供を玩具にしようとしてさ」
「貴族達の間でも噂はすでに広がってるな。ワルンフォルース卿、ずいぶん詰められてるみたいだ……愚かな話だよ」
 
 一昨日あたりに起きた、騎士団との揉めごとについてはすでに迷宮都市中に広まっているみたいだ。僕の名前も出されてるのはちょっとやだなー。
 でもそれ以上に案の定、シミラ卿が貴族に責められてるっぽいのがイラッとくるよー。悪いのは好き放題してたボンボン騎士のほうなのにねー。