「…………ふむ。ガキンチョどもがなんぞ、不躾なことをしでかしとるようでござるな」
「……………………」
 
 急に脳破壊パーティーの後ろからやってきたすごい美女さん。しっとりした黒髪を長く垂らして、胸元を大胆に開いた民族衣装がすごい視線を誘導してくる。
 たしかこの服、海の向こうにある島国のものだったかな。ヒノモト、だっけ? そこから来たんだろうか、ずいぶん遠いところからお越しだね。
 
 腰に提げてる剣っぽい武器も前に見たことがある。
 カタナ、とかいうヒノモト固有の武器だ。それを操る手練れのことを巷ではえーっと、ナントカ言うそうだけど忘れちゃった。
 とにかくそんな美女さんは、僕をまじまじと見てからおもむろにオーランドくんとリンダ先輩を見やり、叱り始めたのだった。
 
「お主ら……一応聞いておくでござるが。なんのつもりでこちらの御仁に絡んだ? 言うまでもないほどに問題行為であると、なにゆえ思わなんだでござるか?」
「サクラ先生、誤解だぜ。そいつは冒険者の風上にも置けないやつだ、俺達は冒険者として正しいことをしてたんだ」
 
 明らかにキレる寸前、みたいなその女の人に、オーランドくんは勇気があるんだか無謀なんだかヘラヘラ笑って反論していく。
 あー怖い。怖いよー。僕は身をすくめて気配を消して、さりげな~く壁際に隠れる。話の流れからして絶対揉めるやつじゃん、巻き込まれそうなのやだよー。
 ……入口付近に待機しているハーレム要員の一人、生徒会長さんと目が合ってしまった。おずおずと会釈。ニッコリと微笑まれた、やさしー。
 
 さきほどの罵詈雑言で、傷を受けた心にスーッと効く。
 癒やしを得た心地でいると、オーランドくんによる冒険者の風上にも置けないらしい僕の解説が始まった。
 
「大した実力もないのに冒険者気取って、何をしたのかギルドの女に取り入って優遇されていやがる。あまつさえセンス0とはいえ二つ名までもらってよ」
「二つ名?」
「"杭打ち"だとさ。なんでもモンスターに対して杭を打って戦うんだとかよ、馬鹿にしてるぜ。工事現場でやれってんだ」
「…………杭打ち、とな。この御仁が」
 
 目を丸くして僕を見るその女の人、サクラ先生? だっけ。
 悪意を持っている感じではないけどなんとなく威圧感を覚える。どこか、見定めるような視線に思える瞳だ。
 とりあえず会釈すると、失礼、とサクラ先生さんも会釈を返してくれた。続いてリンダ先輩が、忌々しいもののように僕を指差す。
 
「我々冒険者は誇り高き、モンスターとの誉れある戦いを使命とする集団です。そんな中にこのような、土木作業と勘違いしたような者が混ざるなど。ましてや、そこの輩は」
「輩は……なんでござる?」
「……スラム出身なのですよ?」
 
 あー、なるほど僕の出身が気に入らないタイプの人なのかーリンダ先輩ってばー。
 スラム出身はたしかに、この町においては貧民としてちょくちょく悪い扱いを受けがちな立ち位置ではある。
 
 比較的そういう差別とかクソじゃん! って理念を掲げる冒険者界隈にあっても、でもやっぱりスラムのやつはちょっと……みたいな扱いを受ける時はあるね。
 でもなー。質実剛健で誰にでも優しい戦乙女って言われてるリンダ先輩がなー。なんかショックだ、うへー。
 
「貧民とはいえ息をするくらいであれば構わないと思いますが、さすがに冒険者を名乗るな、ど────!?」
 
 ────なんてことを思っていた、その時だ。
 サクラ先生さんが即座に腰に提げた、カタナってやつを抜き放ってリンダ先輩の首筋に突きつけた!
 
 えっ早!? ていうかなんで、危なっ!?
 
「!?」
「サクラ先生!?」
「黙れ、ガキども。これ以上下らぬ口を叩くなら、貴様らこそ二度と冒険者を名乗れぬ身体にしてくれるぞ」
「なっ……!?」
 
 えぇ……? なんか想定外なブチギレ方してらっしゃるぅ……
 
 めちゃくちゃ険しい顔して、殺意まで出してリンダ先輩にカタナを突きつけるサクラ先生さん。
 あまりにも早業過ぎて目にも止まらなかった。これ、ヒノモトの剣術の一つなのかな。相当な腕前の人みたいだけど、だからこそこんなところで何してんの感がすごいや。
 
 一気に緊迫する空気。見ればオーランドくんのハーレムパーティーのみならず近くにいた冒険者の方々も、目を丸くして汗を一筋垂らしている。
 荒事は割と日常のこととはいえ、ギルド内でここまで唐突に修羅場に突入するなんて予想だにもしてなかったんだからそりゃビビるよね。怖いねー。
 
「冒険者に序列はあれど貴賎なし。生まれ育ちが異なれど、未知なる世界を踏破せんとするならば我ら、ともに歩む同胞なり」
「な……さ、サクラ、先生」
「スラム生まれだからどうした。貧民育ちだからどうした。どうあれ同じく冒険者であれば、たとえ生まれ育ちがどうであろうが、振るう武器がなんであろうが一定の敬意を払わねばならぬ。それを貴様ら、どこまでも杭打ち殿を愚弄し腐りおって……!!」
「っ……」
 
 あ、これやばい。止めないと本当にリンダ先輩の片腕くらいは持っていかれる。
 僕への言動について怒ってくださっているので、止めるのはなんだか申しわけなさがあるけれど……さすがにこんなことで刃傷沙汰は良くないよー。
 というわけで僕はすぐさま、サクラ先生さんに近づいてその肩を叩いた。