翌日、学校を恙無く終えて放課後。昨日よろしく地下道を通って冒険者"杭打ち"として参上した僕は、その足でギルドではなく迷宮都市外部へと向かった。
 依頼を受けた、迷宮地下3階での薬草採取をこなすのだ。ぶっちゃけ朝飯前なんだけど、院長先生含めた孤児院のスタッフさん達にとっては内職のポーション作りに必須な重要素材なので、しっかりこなさないとね。頑張るぞー!
 
「おう杭打ち、今日も精が出るなあ」
「どもどもー」
 
 いつもの門番さんと軽い挨拶を交わして外へ。今日は森の中までは行かず、近場に迷宮への入り口があるのでそこへと向かう。
 各階層へ直通している穴でない、地下一階の一番最初の地点から始めるためのいわば、迷宮そのものの入口。学校で言えば正門と言ったところかな。それを使ってみようと思うのだ。
 
 草原を少し歩くと、小高い丘に挟まれたなだらかな地面がある。そこに、大仰な装飾の施された、いかにも迷宮の入り口はここですーって感じの大穴が空いているのだ。
 これこそが迷宮の正規の入り口なわけだね。最近は大体直通のルートを使うのが当たり前になってるから、わざわざ一から冒険を始めようってのは新人さんか、あるいは僕みたいに浅層に用事のある人くらいしかいない。
 
「ね、ねえ。あれ、あのマントの人……」
「え……あ! すご、マジ? く、杭打ちさん!?」
「…………?」
 
 入口の近く、総じて新人さんだろうパーティーが複数いる。屯してそれぞれに準備を整えていたところ、そのうちの一組が僕に気づいて指を差してきた。
 なんだろ、僕に何かあるのかな? 少なくともこれまで、何度もこんな場面に出くわしてきたけどここまで過剰な反応をされた覚えはないんだけど。
 
 万一ということがないとも限らないし、露骨にならない程度の警戒はしつつ近づく。新米のフリしてこっちに仕掛けてくるとかマジでヤバい連中だけど、そんな悪辣さは今のところ感じられないね。
 なんかみんなして僕を見ている。共通しているのは目がどこキラキラして、やけに初々しい感じなところくらいかなー?
 
 ああ、あと何人かは昨日、騎士団騒ぎの後で見た気がするなあ。ってことはもしかしたら、この人達のこの視線って……
 
「あの伝説のパーティー、大迷宮深層調査戦隊の一員……! 杭打ちさんがまさか、そんなすげー人だったなんて!」
「それもただのメンバーじゃなくて、レジェンダリーセブンにも匹敵する実力を持った最強格って話よ! あまりに強すぎたから国や貴族に危険視されて、追放の憂き目に遭ってしまったっていうけど……」
「俺が聞いた話だと、調査戦隊リーダーのレイア・アールバドと冒険者性の違いを巡って対立、敗れて追放されたって聞くぜ。いつも帽子とマントで顔を見えなくしてるのも、その時の傷のついた顔を見られたくないからとか」
「あれ? たしか私が聞いたところによると、迷宮最深部で発見した未知のエネルギーをどう扱うかで揉めて調査戦隊ごと解散になったとかって」
「どの説も聞いたことあるなー。ただ、杭打ちさんの離脱こそが調査戦隊崩壊のトリガーになってるってのは共通してるみたいだけど」
「………………………………」
 
 えぇ……なんか大事になってるー……
 明らかにこれ昨日の騒ぎが引き金だけど、調子に乗ったベテランが酒に任せて出鱈目半分吹き込んだと見たよー。何してくれてんのさ一体ー。
 
 今までは割と、事情というか経緯を知ってる冒険者達は空気を読んで黙っていてくれてたのになんで今さらペラペラと、あることないこと喋ってるんだろ?
 アレかな、ペーペー騎士団員の横暴に加えてシミラ卿がストレスで大変なことになってそうなところに、僕までしゃしゃり出ちゃったもんでいろいろテンションおかしくなっちゃったのかなー。迷惑ー。
 
 3年前から概ね"一年中ずーっと顔を隠している年齢不詳性別不明の変な人"というイメージだったのが、すっかり"大迷宮深層調査戦隊をなんかの理由で追放された変な人"になってしまったよー。
 っていうかね、せめてどれか一つくらい正解が混じっててほしいんですよと僕は言いたい。貴族に金払うから出て行けって言われたから出ていっただけなのが、なんで強すぎて追放されただのリーダーと喧嘩しただの尾鰭が付きまくってるんだよー。
 
「伝説のパーティーの中核・レジェンダリーセブンにも肩を並べる正体不明の実力者……そんな人がずっとDランク止まりなのも、何か事情があるのか」
「まだ未成年だって噂もあるけど、まさかね」
「美少女説なんかもあるよなあ」
「子供? 美少女? 馬鹿な……5年前にはもう冒険者として活動してるんだぞ」
「! …………」
 
 おっと言った途端にドンピシャ! そーですよ僕、実はまだ15歳なんですよー! 男だけどね! 美少女じゃないから!!
 ちょっと楽しくなってきちゃった。デタラメの中に混じって真実が混じってるの、なんか嬉しいかも。
 
「……………………」
「迷宮に入るのかな……おい道開けろお前ら、杭打ちさんが通るぞ!」
「つーかやべぇなあの背中の鉄の塊。昨日地面に叩きつけてたけど見たか? 地面奥深くまでぶち抜いて、周囲にゃクレーターまでできてたんだぜ」
「なんでも噂じゃあ大の大人が束になっても持ち上げられないほどの重さだとか。そんなもん軽々背負ったりぶん回したり、やっぱ違うわ調査戦隊メンバーは」
 
 最後まで聞いててむず痒くなること言ってくれちゃうなあ、この新人さん達!
 正直顔がニヤけすぎて気持ち悪いことになってる。褒めてもらうのってなんであれ嬉しくなっちゃうよ、うへへへー。
 
 これから迷宮に潜るのに、浮かれ気分になりすぎるのはまずい。
 僕はまだもーちょっとだけ褒めてくれてるのを聞きたいなーという想いを圧し殺しながらも、ありがたく道を開けてくれた新人さん達を通り過ぎて迷宮へと進入していった。