夕暮れ時の教室。忘れ物を取りに戻った僕は見てしまった。
真面目で堅物で、でもおさげが可愛いメガネの委員長ジュリアちゃんが、学校一の人気者オーランドくんとキスしているところを。
つまり、そう。
僕ことソウマ・グンダリはまたしても失恋してしまったというオハナシでした。
「ああああまた振られちゃったああああ」
「何日ぶりの何回目かなソウマくん」
「さすがに失恋のスパン短すぎるでしょソウマくん」
その翌日の放課後、僕は文芸部の部室で悪友二人を交えて盛大に失恋の痛みに咽び泣いていた。
痩せぎす眼鏡のケルヴィンくんと、太っちょ大男のセルシスくんだ。今年の春からの知り合いでそれぞれ僕がスラム出身、ケルヴィンくんが平民、セルシスくんがお貴族様と身分自体が違うというのに、なんでかすっかりとは気が合う親友同士になっている。
そんな親友達でも僕の、入学3ヶ月目にして通算10度目の失恋ともなるとすっかり慣れた反応しか返してくれなくなっている。薄情な話だ。
まあまあ聞いてよー、と二人を呼び止めて僕は大好きだったジュリアちゃんが昨日の夕方、教室でオーランドくんとイチャイチャしていて僕の心が粉砕されちゃったという悲劇について詳らかに説明した。
「──というわけなんだけど分かる? 僕のこの苦しみと痛み」
「毎度のこと過ぎてなんとも。というかまたオーランドか」
「何人引っ掛けてんだあのクズ。そして何人惚れた女掠め取られてるんだソウマくん」
「言わないでもらえます!? 8人目だよー!!」
たまたま、本当にたまたまだけど!
この迷宮都市第一総合学園に入学してからの3ヶ月で、僕が惚れた女の子の実に8割が例のオーランドくんと交際しているという事実!
いやどーなってんだろうねホント。いつからこの世界はハーレム野郎の天下になってしまったんだろうねー。
心優しいセルシスくんをしてあのクズ呼ばわりするほどの例の彼。オーランド・グレイタスという名のとんでもない女誑し。
彼はなんと世界的にも有名なSランク冒険者を両親に持ち、自身もすでにAランク冒険者として世界に名を馳せているというスーパー御曹司くんだったりする。
それゆえかやたら言動が高慢でナルシストで、しかも美女美少女と見れば見境のない脳味噌下半身野郎ときた。
彼もこの学校に通っているわけだけど、すでに学校中のめぼしい美人どころは大体彼にロックオンされているという凄まじさ。特に同学年の子は大体堕ちていて、ジュリアちゃんもその一人というわけだった。泣きそうだよー。
当たり前だけどそんなだから男子学生、教員、あと彼の眼鏡に適わなかった女子達から蛇蝎のように嫌われているんだけれど……親の名声とAランク冒険者という立場がハンパないみたいで、誰も何も言えないという地獄めいた有様になっている。
僕も一応冒険者してるし、彼のご両親とは知り合いなんだけど会う機会がないからなあ。一度マジでチクってやりたい気持ちで一杯なんだけど、その日はいつになったら来るのだろうか。
はあ、とため息を吐いて僕は窓から外を見た。夕焼けが迷宮都市を鮮やかに照らす光景は美しいけど、僕の心は晴れないままだ。
肩を落として涙する僕に、ケルヴィンくんもセルシスくんもやれやれと首を振る。
「ソウマくん、オーランドのことは除いたとしても君も君で少し、惚れやすすぎるし理想が高すぎるぞ」
「オーランドに見初められるようなレベルの女子が、言っちゃ悪いが君を選ぶ理由なんてないだろ。学生としては元より冒険者としても、社会的には向こうのほうが上なのはたしかなんだから」
「ああああ容赦ない御指摘いいいい」
直球で身の程を知れと言われてしまって心が苦しい。ああっ、情緒が不安定になっていくよー!
たしかにそうだけど! 僕は同年代に比べても小柄だし童顔だしヒョロいし、イケメンでもないし頭もそんなに良くないし! 冒険者としても、やっこさんはAランクだけどこっちはDランクだし!
いや、ランクについては明確に向こうがズルしてるんだけどね? 普通、18歳を迎えて成人するまでは誰であれDランクが上限として定められているし。
多分親御さんが動いた結果のAランクだと思うんだけど、これについてもあの人達にいずれ抗議したい。これはやっかみとか抜きにしても酷いし。頑張ってる僕とか同年代の冒険者達が馬鹿みたいじゃないか。
「大体、僕の見立てでアレだけど彼にAランクになるだけの実力なんてないよ。ぶっちゃけ僕より弱いと思うよ、彼」
「ものすごい願望混じりの予測だし、なんの比較対象にもなってないぞ"杭打ち"殿」
「ソウマくんが地味ながら将来有望な冒険者らしいのは僕らも知っているけど、どのくらい信憑性のある見立てなんだろうねえ」
「ぐうの音も出ないよー。ていうかそんな有望でもないんだよなあ僕ぅ……」
僕も僕なりに10歳から今に至るまでの5年、頑張って冒険者をしてきたからかいつの間にやら"杭打ち"なんて異名で呼ばれるようになっていたりする。
Dランクとはいえ実力はもっと上にあってもおかしくないと自負しているけれど、それでも誰かに期待されるほどの器でもない。どこから出たんだろ、将来有望だなんてさ。
「ま、次からはもう少し地に足の付いた理想を懐き給えよ親友。今回のことは早めに忘れろ、はなから高望みだったのさ」
「それこそ明日の休みに迷宮に潜るんだろ? ストレス発散に暴れてきたらいいさ。そしたら来週明け、また元気な姿を見せてくれ、親友」
「うう、友情が夕焼けより目に染みる……」
肩を叩いて慰めてくれる、親友達にただ感謝を抱く夕暮れ時。
世界最大級ともされる地下迷宮が存在する都市、ゆえに迷宮都市と呼ばれるこの町で、僕の人生はまた一つ傷と癒やしを刻むこととなった。
翌日の朝、休みということで僕は冒険者としての活動を行うことにした。戦闘用の装束に身を包み、相棒の武器を携えて学校近くに借りてる宿を出たのだ。
真っ黒な上下の服を着て、その上に真っ黒な外套を目元まで隠すように纏う。おまけに真っ黒な帽子を目深に被って両手まで厚手のグローブで覆えば、あっという間に冒険者ソウマ・グンダリの完成だ。
そこに僕の背丈より大きな鋼鉄の塊、対モンスター用にカスタマイズした杭打機こと通称"杭打ちくん3号"を背負えばDランク冒険者"杭打ち"が出来上がりってわけだね。つまりは杭打機こそが僕の象徴ってことだ。
言うまでもないけど不審者の見た目をしているため、目立つことこの上ない。毎度ながら道行く人々の好奇の視線を独り占めな僕だ。
「おい……見ろよ、杭打ちだ」
「よくあんなデカい鉄の塊、軽々持ってるな……」
まあ、僕ってか僕の背中の鉄の塊こそが興味の対象なんだけどね。さすがにこんなもん武器にして振り回す変態は僕しかいないから、必然こうなるよ。
スラムにいた頃、たまたま土木工事用の杭を見つけたのがきっかけでなんやかんやあり、知り合いの技術者さんに兵器としての杭打機を開発してもらったわけなんだけど……冒険者としてずーっと使い続けているから、今さら普通の剣だの槍だの弓だのを使う気にもなれないってのが本音だ。
大体もう二つ名までつけられてるし、もはや僕のトレードマークそのものだからね。
杭打機こそが冒険者ソウマ・グンダリそのものなんだと思うことにして、半ば心中する心地でいる僕だった。
「……っと、着いたー」
歩くことしばらくして、冒険者ギルドに到着。冒険者としてのお仕事を、依頼という形で受け付けてくれる便利なところだ。
迷宮への冒険や特定モンスターの部位の調達、だけでなく近隣のモンスターの駆除とか、町に迷い込むモンスターの討伐とか。あと町中の清掃とかまでいろいろ依頼があるから結構楽しいんだ。
もっぱら僕は、モンスター退治の専門だけどねー。受付のカウンターまで行って、スタッフの人に話しかける。
「こんにちはー。迷宮関係の依頼、ありますかー?」
「おはよ、ソウマくん。今日もまあまああるわよ、いろいろね」
受付嬢のリリーさん。5年前に冒険者デビューを果たした頃からお世話になっている、半ば専属に近い感じになってくれてるスタッフさんだ。
桃色の髪がかわいらしい美人のお姉さんで、結構仲良くさせてもらっている。
ぶっちゃけ惚れてた時期もあったし今でもチャンスがあるなら全然いきたいとこだけど、さすがに僕ももう15歳だ。
お世話になっているスタッフさんとの関係性をぶち壊しかねない軽挙妄動は慎まざるを得ないんだよねー。そもそもこんな美人さんに、彼氏がいないはずもないんだし。
うん……
「ああああ僕が先に好きだったのにいいいい」
「何よ唐突に、またフラれたの? ちょっと、あなた学校に入ってこれで何回目?」
「10回目ですぅ……」
リリーさんにパートナーがいるかもってことで脳が破壊されかけていると、つい声に出てしまっていた。
僕のこの数ヶ月に亘る悲劇の数々を、仲が良いから当然知っている彼女が呆れたようにため息を漏らして僕を見る。いやたしかにフラれましたけど、今回のこれはまだ見ぬあなたのパートナーへのアレコレなんですー。
「なんだかソウマくん、思春期に入ってものすごく惚れっぽくなったのねえ。まあ、恋することが悪いこととは言わないけれど……あんまりあちこち女の子に目移りしてると、ちゃらんぽらんで軽薄な男の子だって思われちゃうわよ? 例のオーランドくんみたいに」
「実際に手を出してる彼と、そもそもチャンスすらない僕を一緒くたにしてほしくないですぅ……」
「まあ、実害がない分それはそうだけど……というか、チャンスなんて作るものよソウマくん? 待ってるだけで女の子が寄ってくるなんて、なかなかないわよそんなこと」
「知ってますぅ……」
正論が刺さるー……この手の話になると基本、僕には勝ち目なんてないから困るよー。
何もせず彼女ができるなんてあり得ない、それはよく分かる話だ。でも僕だって何か行動を起こそうと思うんだけど、その矢先に概ねオーランドくんが手を出してるシーンに出くわしてしまうのだ。なんだよこの間の悪さ!
はぁ、いらないことを口走っちゃったせいで朝から気分も下降気味だ。マントと帽子のお陰で表情は見えてないだろうから良かったけど、ぶっちゃけ半べそかいてるもん僕。
でも長い付き合いのリリーさんには雰囲気で気づかれちゃって、なんだか気まずそうにフォローを入れられてしまった。
「あー、ごめんねいろいろ言っちゃって。でも、言わせてもらえばもったいないことしてるなって思うのよ?」
「ぅ……もったいない、ですか?」
「ぶっちゃけ、冒険者"杭打ち"としてのソウマくんをもっと前面に押し出せば、あっという間にモテモテになれると私は思うのよ。ねえ、マントはともかく帽子は別に、被る必要ないんじゃない?」
思わぬ提案。帽子を外せばモテモテに? 呪われてるんだろうかこの帽子。
僕がこうして、顔すら他人に悟られないほど着込んでいるのはそれ相応の理由があってのことなんだけど、今の話を聞くとなんだか迷いが出てきた。帽子、少なくとも町中では外したほうがいいのかな? モテルのかな、そしたら。
「ソウマくん、幼気な顔立ちですごく可愛らしいし。でも杭打機なんてわけの分からないものを自在に操って暴れ倒すってギャップがあるんだから、そこに惹かれる子は多いわよ、きっと」
「ああああまさかのギャップ萌え狙いいいいい」
モテるっていうか意外と暴れるマスコットくん的なやつじゃないですかそれー!
もっとこう、真っ当にイケメン扱いされたい僕なのに!
ギャップとかじゃなくてー。僕のこのダンディーさでモテたいんですぅー。男の魅力でモテたいんですぅー。
って言ったら死ぬほど鼻で笑われた。ひどいやリリーさん。
「はいはい。そしたら今日の依頼はこれだけね。えーっと迷宮内でゴールドドラゴンの牙、もしくはウォーターゴーレムの排水溝を2つずつ」
「あー、じゃあゴールドドラゴンで」
「相変わらず即決ねえ。お金?」
「お金」
提示された依頼の中でも一際難易度が高く、でもその分実入りのいいゴールドドラゴンの討伐を選択する。言うまでもないけどお金が儲けられる方を選ぶ、それが僕のスタンスだ。
こう言うと僕が守銭奴に思われかねないんだけどそんなことはない。一応、僕を育ててくれたスラム内の孤児院に多少なりとも援助するためというとても素晴らしい目的があるのだ。
まあ、それはそれとして浮いたお金は自由に使うんだけどねー、と。
その辺の事情だってご存知のリリーさんはさすが、何も言わずに依頼受諾処理をしてくれた。
ゴールドドラゴンっていうのは迷宮の、到達済み階層の中でも割と最下層に生息しているモンスターだ。
本来なら僕みたいなDランク冒険者が相手取るなんて無茶もいいところだって判断されるのが普通なんだけど、この人は僕の腕前を信じているから融通してくれるのだ。
ありがたいー。惚れ直してしまいそうー。
「はい、受諾完了。じゃあ頑張ってきてね、冒険者"杭打ち"さん」
「ありがとうございます。それじゃあ行ってきます」
用も済んだし早速、ギルドを出る……出ようとする。受付から離れて出入口へ向かおうとした、その矢先だ。
冒険者パーティーの一団が、ちょうど入ってきて僕と面向かう形になったのだ。
「あん? "杭打ち"?」
「…………」
若い、僕と同い年くらいの金髪の青年。不敵な笑みを浮かべたイケメンくんで、背が高くて体もがっしりしてる。背中には大剣を背負っていて、服装もなんだか綺羅びやかに輝いた上質の鎧を着込んでいる。
よく知る顔だ──オーランドくん。僕から計10人の好きだった女の子をかっ攫っていった憎いあんちくしょう。いや、別に付き合ってたとかじゃないから、これは完全に僕の僻みなのだけど。
とにかく女誑しで親の七光りな天才くんが、仲間を引き連れてお越しになられたのだ。
そして僕を見るなり、嫌悪と敵意を剥き出しにした小憎たらしい目で睨みつけてくる。
「チッ……朝から嫌な奴に。どけチビ、Dランクが偉そうに歩いてんじゃねえぞ」
「…………」
「黙りか、馬鹿にしやがって……」
なんかやたら僕を敵視してくる彼だけど、特に因縁ないはずなんだよね、僕らは。精々彼の親とそこそこ仲良くさせてもらっているくらいで。
僕が顔含めた身体全体を隠すような格好だから、実は同じ学校に通う同学年のソウマ・グンダリだなんて気づいてもないみたいだし……となると本当になんで、ここまで敵視されてるんだか理解できなくて困る。
泣く子も黙るAランクさんがこんな、Dランクの小石にイキらないでよ怖いよー。
声を出すと正体がバレないとも限らないので黙っていると、それもまた気に入らないようだった。舌打ちをしてさらに、睨みつけてくる。
こんなところで揉めたくもないので僕は黙ったままだ。もし正体がバレたら、明日から学校で凄惨ないじめが始まるかもしれない。嫌だよー。
「……………………」
「オーランド、そんな輩に何をムキになっている? ふふ、可愛いやつめ」
「あ? ……ムキになってねえよ、リンダ」
もういいから行きなさいよーって祈ってたら、オーランドくんの後ろにいる女性陣の一人が面白そうに笑い、彼をからかう。
こちらも見た顔だ……うちの学校の3年生、剣術部部長のリンダ先輩。他にも生徒会の会長シアン様とか副会長イスマ先輩、会計のシフォンちゃんもいる。
全員美少女だ。うん、もっと言うとね?
────全員僕が好きだった女の子だ!!
ああああ脳破壊ハーレムパーティーいいいい!!
なんの嫌がらせなのおおおお脳が砕け散るうううう!
「……………………っ」
「Dランク程度で二つ名を授かりいい気になっている、ただの野良犬。"杭打ち"など……物珍しい得物を使うだけで実力など大したことはないさ、オーランド」
「分かってるけどよ、こんなやつがデカい面して冒険者気取ってるってのがどうにも我慢できねえんだよ。なんせ俺は、Sランク冒険者を両親に持つからなァ」
「ああ、分かっている。冒険者としての誇りを大事にするからこそ、このような輩がのさばっているのが許せないのだな。真面目で立派だぞ」
「へっ、よせやい」
「………………………………」
ああああ心無い言葉が突き刺さるうううう!!
好きだった子からの罵詈雑言が心を砕くうううう!!
も、もう勘弁してほしい……死ぬ。このままだと身体より先に心が死ぬぅ!
リンダ先輩のあんまりな言葉に帽子とマントの奥、僕の素顔は涙目もいいところだ。なんでこんなに嫌われてんの僕? なんかしたっけ冒険者"杭打ち"?
しかも僕の悪口をダシにいちゃついてるし。拷問じゃんこれ。思春期を殺す拷問じゃないかよこれ。
しんどいなー。
迷宮に入る前からもう気分はどんよりドン底だ、今すぐ帰って不貞寝したくなってきた。
なんだろう今日、厄日だよー。
「……………………」
「んんん? 急に何を、入口の前で立ち止まっとるんでござるかガキンチョども?」
地獄のような空気を切り裂くように、朗らかな声が不意に響いた。オーランドくんハーレムパーティーの後ろからだ。
見れば特徴的な、民族衣装を身に纏った美人のお姉さんがキョトンとして、僕達を見ていた。
「…………ふむ。ガキンチョどもがなんぞ、不躾なことをしでかしとるようでござるな」
「……………………」
急に脳破壊パーティーの後ろからやってきたすごい美女さん。しっとりした黒髪を長く垂らして、胸元を大胆に開いた民族衣装がすごい視線を誘導してくる。
たしかこの服、海の向こうにある島国のものだったかな。ヒノモト、だっけ? そこから来たんだろうか、ずいぶん遠いところからお越しだね。
腰に提げてる剣っぽい武器も前に見たことがある。
カタナ、とかいうヒノモト固有の武器だ。それを操る手練れのことを巷ではえーっと、ナントカ言うそうだけど忘れちゃった。
とにかくそんな美女さんは、僕をまじまじと見てからおもむろにオーランドくんとリンダ先輩を見やり、叱り始めたのだった。
「お主ら……一応聞いておくでござるが。なんのつもりでこちらの御仁に絡んだ? 言うまでもないほどに問題行為であると、なにゆえ思わなんだでござるか?」
「サクラ先生、誤解だぜ。そいつは冒険者の風上にも置けないやつだ、俺達は冒険者として正しいことをしてたんだ」
明らかにキレる寸前、みたいなその女の人に、オーランドくんは勇気があるんだか無謀なんだかヘラヘラ笑って反論していく。
あー怖い。怖いよー。僕は身をすくめて気配を消して、さりげな~く壁際に隠れる。話の流れからして絶対揉めるやつじゃん、巻き込まれそうなのやだよー。
……入口付近に待機しているハーレム要員の一人、生徒会長さんと目が合ってしまった。おずおずと会釈。ニッコリと微笑まれた、やさしー。
さきほどの罵詈雑言で、傷を受けた心にスーッと効く。
癒やしを得た心地でいると、オーランドくんによる冒険者の風上にも置けないらしい僕の解説が始まった。
「大した実力もないのに冒険者気取って、何をしたのかギルドの女に取り入って優遇されていやがる。あまつさえセンス0とはいえ二つ名までもらってよ」
「二つ名?」
「"杭打ち"だとさ。なんでもモンスターに対して杭を打って戦うんだとかよ、馬鹿にしてるぜ。工事現場でやれってんだ」
「…………杭打ち、とな。この御仁が」
目を丸くして僕を見るその女の人、サクラ先生? だっけ。
悪意を持っている感じではないけどなんとなく威圧感を覚える。どこか、見定めるような視線に思える瞳だ。
とりあえず会釈すると、失礼、とサクラ先生さんも会釈を返してくれた。続いてリンダ先輩が、忌々しいもののように僕を指差す。
「我々冒険者は誇り高き、モンスターとの誉れある戦いを使命とする集団です。そんな中にこのような、土木作業と勘違いしたような者が混ざるなど。ましてや、そこの輩は」
「輩は……なんでござる?」
「……スラム出身なのですよ?」
あー、なるほど僕の出身が気に入らないタイプの人なのかーリンダ先輩ってばー。
スラム出身はたしかに、この町においては貧民としてちょくちょく悪い扱いを受けがちな立ち位置ではある。
比較的そういう差別とかクソじゃん! って理念を掲げる冒険者界隈にあっても、でもやっぱりスラムのやつはちょっと……みたいな扱いを受ける時はあるね。
でもなー。質実剛健で誰にでも優しい戦乙女って言われてるリンダ先輩がなー。なんかショックだ、うへー。
「貧民とはいえ息をするくらいであれば構わないと思いますが、さすがに冒険者を名乗るな、ど────!?」
────なんてことを思っていた、その時だ。
サクラ先生さんが即座に腰に提げた、カタナってやつを抜き放ってリンダ先輩の首筋に突きつけた!
えっ早!? ていうかなんで、危なっ!?
「!?」
「サクラ先生!?」
「黙れ、ガキども。これ以上下らぬ口を叩くなら、貴様らこそ二度と冒険者を名乗れぬ身体にしてくれるぞ」
「なっ……!?」
えぇ……? なんか想定外なブチギレ方してらっしゃるぅ……
めちゃくちゃ険しい顔して、殺意まで出してリンダ先輩にカタナを突きつけるサクラ先生さん。
あまりにも早業過ぎて目にも止まらなかった。これ、ヒノモトの剣術の一つなのかな。相当な腕前の人みたいだけど、だからこそこんなところで何してんの感がすごいや。
一気に緊迫する空気。見ればオーランドくんのハーレムパーティーのみならず近くにいた冒険者の方々も、目を丸くして汗を一筋垂らしている。
荒事は割と日常のこととはいえ、ギルド内でここまで唐突に修羅場に突入するなんて予想だにもしてなかったんだからそりゃビビるよね。怖いねー。
「冒険者に序列はあれど貴賎なし。生まれ育ちが異なれど、未知なる世界を踏破せんとするならば我ら、ともに歩む同胞なり」
「な……さ、サクラ、先生」
「スラム生まれだからどうした。貧民育ちだからどうした。どうあれ同じく冒険者であれば、たとえ生まれ育ちがどうであろうが、振るう武器がなんであろうが一定の敬意を払わねばならぬ。それを貴様ら、どこまでも杭打ち殿を愚弄し腐りおって……!!」
「っ……」
あ、これやばい。止めないと本当にリンダ先輩の片腕くらいは持っていかれる。
僕への言動について怒ってくださっているので、止めるのはなんだか申しわけなさがあるけれど……さすがにこんなことで刃傷沙汰は良くないよー。
というわけで僕はすぐさま、サクラ先生さんに近づいてその肩を叩いた。
ものすごく怖いし、次の瞬間僕の首から上が胴体と永久のお別れになってしまうんじゃないかという危惧もあるけれど、僕は一歩踏み出した。
さすがにこれ以上はいけないと思うので、努めて気配を消しつつサクラ先生さんの肩を叩いたのだ。同時に即座に、背負った杭打機の鉄塊を後ろ手に握って防御行動に移れるように備える。
「────む。杭打ち殿、どうなされた」
「…………」
幸いなことに、反射でカタナを振るうほどのキレ加減ではなかったらしい。意外なまでに冷静に穏やかに、彼女は僕のほうを向いて尋ねてくれた。
ただし、カタナは変わらずリンダ先輩の首筋に当てられたままだ。これ、すぐにでも致命傷を与えられちゃうやつじゃん。怖いー。
なんなら未だ、殺意自体は振りまいてるしこの人。
どうしたものかなーと思いながらも僕は、どうにか会話で解決できないかと思って手招きのジェスチャーをした。
チョイチョイっと手をこっちに動かして、耳を貸してほしい旨を伝える。
「? ……その場を動くなよガキども、逃げても逃さぬでござるからな」
「う……」
子供達に本気の威圧をかけて動きを封じ、サクラ先生さんは僕に顔を寄せてきた。お綺麗な顔がすごい近くに来てびっくりするくらい胸が高鳴るけど、さすがにこの状況で一目惚れしましたとは言えない。
ああああいい匂いするうううう! なんだろこれお花のいい匂いいいいい!
「……どうされたでござるか、杭打ち殿? こやつらの蛮行の謝罪は後ほど、こやつらをとっちめてからさせていただきたいのでござるが」
「!」
いけないいけない、すごいいい匂いに意識が吹っ飛んじゃってた。サクラ先生さんの訝しげな顔さえ綺麗だ、惚れるぅー。
昨日ぶり11度目の初恋に胸が高鳴るのを抑えつつ、僕は彼女に小声で囁きかけた。なんか密着してのひそひそ話ってイチャイチャ感がしていいよね。
『……えっと。お気遣いありがたいのですが、少しやりすぎかなって。僕は気にしていませんのでどうか、この辺で矛を収めていただけませんでしょうか?』
『! ……お主よもや、このガキどもとそう変わらぬ年頃でござるか? それによく見ればその眼差しは、女子?』
『男ですぅ……たまに言われますけど、15歳男子ですぅ……』
僕に合わせて小声で返してくれたのはありがたいけど、いくらなんでも女子認定はひどいよー。
たしかに小柄だし、女装したら似合いそうって言われがちだけど僕は男だよー。家一軒分並に重い杭打機だって片手で持てちゃうマッチョくんなんですよー。
さすがに抗議すると、サクラ先生さんは息を呑んだ。ちょっとキリッとした表情で言ったから、きっと僕の男の魅力ってやつが伝わったんだと思う。ダンディズム。
『そ、そうでござるか。失礼……いや、それはさておき。その、お主この者らを許すのでござるか? 舐められるのは冒険者的によろしくないでござるぞ?』
『揉めるほうが嫌ですし……白状すると僕、彼らと同じ学校に通う学生冒険者なんですよね。なんで揉めると万一、正体がバレた時にどんな目に遭うか分からなくって』
『なんと……! それゆえ顔も声すらも隠しておられるのか。なんという不憫な……!!』
えぇ……なんか別な方向に怒り出した……
恥を忍んで身の上を話し、ことなかれで収めたい旨を伝えたつもりが彼女の怒りに火を注いでしまったみたいだ。なんで?
なんかこう、直情的な正義の冒険者さんっぽいんだねサクラ先生さん。でもこの場合、それをやられると僕が困る。
彼女にを宥めるつもりで、僕はまあまあと声をかけた。
『そもそもオーランドくん達とは滅多なことで会いませんから、隠すと言ってもそんなに負担じゃないんですよ。それでそのー、そういう事情もあってですね、あんまりことを荒立てたくはなくって』
『むう……しかし、あそこまで舐めた口を叩いておるのを野放しにしては、それこそ冒険者全体にとっての沽券に関わること。鼻っ柱を折るくらいはせねば、こちらとて申しわけもなく』
『穏便な範囲で説教するとかならいいとは思いますけど、今みたいにカタナ? でしたっけ。そんなものを振り回しだすのはちょっと』
『むー、でござる』
むくれる姿さえかわいいってどういうことだろう。ときめいちゃうんですけどー?
美人系の顔立ちなのに、表情が結構ころころ変わるから幼さもあって、むしろ愛嬌があるように見えるから女の人ってすごい。
少しの間、見つめ合う。本当に美人さんだから目をまっすぐ見つめることさえ緊張して顔が熱くなってくる。
もうそろそろ限界だ逸らしそう、ああもったいない! って時になって、やっとこサクラ先生さんは渋々ながら頷いた。オーランドくん達、殺気に当てられて動けない周囲にも聞こえるように告げる。
「承知した、杭打ち殿。寛大なるお言葉、まことにありがたく」
「………………」
「む、これから依頼のために迷宮へ赴かれるでござるか! それは益々失礼仕った。ほれガキども、阿呆みたいに固まっとらんでどかぬか、出入口を塞ぐでないでござるよ、迷惑な!」
「り、理不尽だぜ……」
お説教とかそういうのはそちらのほうでやっといてもらって、僕は僕で今から依頼なので……と、こっちは相変わらず小声で彼女にだけ聞こえるように伝えたところ、恐ろしく理不尽な指示がオーランドくん達を襲っていた。怖いー。
困惑と恐怖と恥辱に顔を、真っ青にしたり真っ赤にしたりしているオーランドくんとリンダ先輩がこちらを睨んでいる。いやもう、退散するから許してください。
「それではご武運を、杭打ち殿! ──おうアホガキども、お主らの実力確認なんぞもうどうでもいいでござる、そこに直れ説教でござる」
「な、なんだよそれ!?」
「冒険者以前に人としてカスなその性根から、叩き直してやろうと言ってるんでござるよっ!!」
ああああ修羅場が発生してるうううう!
本格的にガチ説教が始まろうとしていく空気の中、僕はこれ以上こんなとこいられないや! と、ギルドを早足で出て町の外、迷宮へと一路向かうのだった。
あわわわわ、大変な目にあったよー。
いつも通りのギルドでの依頼受諾ってだけの流れが、なんでか地獄のガチ説教大会開幕の流れになっちゃった。これ僕悪くないよねたぶん。逃げてもいいよねー?
というわけでそそくさと施設を離れて町の外へ。迷宮都市は簡単に言うとピザみたいな形をしていて、耳の部分にあたる外周部には城塞が建っている。
その城塞の、東西南北四方にある門から外に出て僕ら冒険者は迷宮へと向かうのだ。いつからあったのか、どこまで深いのかもまるで分からない世界最大級の迷宮へとね。
「おっ、杭打ち。今日も迷宮か? おつかれさん」
「お疲れ様でーす」
街の内外を隔てる門を守る守衛さんと、軽くやり取りをして外へ。冒険者をやってる以上、門番さんとは仲良くしておくに越したことないよねー。
数日ぶりの町の外はいつもどおり、風が気持ちよく吹き抜けるなだらかな大草原だ。でもよく見るとあちこちに穴ぼこが空いていて、それって言うのが実のところ、全部迷宮への入り口だったりするんだよね。
穴のそばには看板が立てられていて、その穴から迷宮のどのあたりに侵入できるかの簡単な説明書きが添えられている。
地下○階直通とかね。まあ、そもそも迷宮の構造自体がまだまだ研究途上にあるようだから往々にして、間違った情報が書かれていたりするけど……
それでも実際に潜ってみた上での情報がそれなりに書かれているから、迷宮での冒険においては極めて重要な情報の一つと言えるだろう。
あちこち空いてる入口をすべて、素通りして僕は草原を歩く。この近辺の入り口は浅層に通じているものばかりで、今回僕が狙っているゴールドドラゴンがいる階層には到達できないのだ。
そもそも、いきなりそんなショートカットができる入口ってのがまず珍しい。運良く発見できたとして、現状人間が到達できている最深部に近い領域への直通ルートなんて、危険すぎてあまり近寄りたくないのが普通なのよね。
それにそういうところって大体、高ランクパーティーによって私物化、もとい厳重な管理の上での運用がされているため、僕みたいな個人勢がアクセスできるような代物でないのがほとんどなのが現実だ。
だけど今回、僕は迷いない足取りでそうしたレア入口を求めて進んでいる。わざわざ迷宮の深部に行かなきゃいけないような依頼を受けたのも、そもそもあてがあるからなんだよねー。
草原を行けばそのうち、森が見えてくる。町の姿もまだまだ大きく見える程度の距離にある、そんなに大きくはない森だ。
狩りの依頼を受けているのか冒険者もちらほら見える。弓矢を持ってうろつく姿は町中だったら通報ものだなーと思いつつも、僕はそうした人達を抜けて森の奥へと向かった。
人のよく通る道を逸れた、獣道とさえ言えない道なき道をひたすら歩く。
「…………あったー」
隠し地点、というにはまあまあ分かりやすいけれど。進んでいくと少しばかり拓けた、そして清らかで綺麗な水を湛える泉が見える土地に辿り着いた。
ここが今回の目的地だ。泉のそばに、迷宮への出入り口があって──なんとそこから一気に地下、86階にまで下ることができるのだ。
現在公的な資料における、迷宮最下層到達地点は88階だ。そこから約3年、冒険者は足踏みしまくっているわけだけど……つまりは最下層到達地点に近い階層にまで、ここの出入口を使えば一気に侵入できるってわけだった。
僕の他、Aランク冒険者やその知り合いの何人かしか知らない、まさに隠し出入り口なのである。
「知ってたとして、こんなところ利用する冒険者も一握りだもんなー。地下86階なんて、まあまあ地獄だし」
地下迷宮は10階ごとに出てくるモンスターの強さとか分布が変わる。80階台ともなるとAランク冒険者のパーティーでも気を抜くと、全滅しかねないような化け物が屯して襲いかかってくるのだ。
そんなだからこの出入口が仮に周知されたとして、Aランクの中でも特に迷宮攻略に精を出すタイプの人達くらいしか使ったりはしないだろう。立ててある看板にもほら、ドクロにばってんマークがついてる。"危険! 入ると死ぬよ? "ってやつだ。
「よし、じゃあ行きましょっかねー」
そんな危ない出入り口に、躊躇することなく僕は入っていった。
緩やかな斜面を滑り台みたいに下っていくと、ひんやりした暗くて冷たい闇の中をどこまでもどこまでも……底無しってくらいどこまでものんびり滑る。
帰りはこの斜面を登っていくわけなので、行きはいいんだけど帰りこそが辛いんだよね、深い階層への出入口は。でも正規ルートを逆走するってなるとどんなに急いでも一日二日じゃ利かなくなるから、結局のところそうするしかない。
『────!? ──! ──────!!』
『! ──!! ────!!』
「────ん、声? なんだろ、戦ってるー?」
結構な時間滑ってると、なんか密やかに声が聞こえてきた。滑っている先から聞こえてくるんだけど、何やら切羽詰まっているというか、阿鼻叫喚な感じがする。
辿り着いた先で誰か何かやってるのかな? 先客がいるって結構珍しいけど、知り合いの冒険者パーティーの人達だろうか。でも変に焦ってるし、ちょっと考えにくいかも。
『────やばい──塞がれた!!』
『──逃げ────駄目よ嘘、ここ本当に86階なの!?』
「えー……?」
段々ハッキリと聞こえてきた声だけど、思った以上にアレな単語を拾ってしまった。
察するにたまたま見つけた出入口に好奇心半分で入ってみて、それでモンスターに襲われてるっぽいよねこれ、しかも複数人。
何してんのさもう、入ると死ぬのにー。
そろそろ斜面の下りも終わりに近い。出口が見えてきたけど何か、モンスターっぽいのが塞いでいるね。こいつをどうにもできないから阿鼻叫喚なわけか。
僕が来てよかったね、誰かさん達か知らないけど。後で特上ステーキ奢ってくれたらチャラにしてあげよう。じゅるり。
「ステーキ、素敵……さーやろっかあ」
杭打機を右手に装備して、息を整える。
まさかこの流れは予想しなかったけど──穴の出口。
僕は即座に飛び跳ねて、自慢の相棒を出口の前に陣取っているモンスターの後頭部に叩き込んだ!
僕の相棒の杭打機、通称"杭打ちくん3号"は一見すると巨大な鉄の塊なんだけど、当たり前ながら内部には鉄の杭が仕込まれている。なんせ杭打機ですから。
装着する僕の右腕、ちょうどパンチの感覚で当てられるよう調整された位置に射出口があり、そこから杭を発射するのだ。
まずは一発。出入口から勢いよく飛び出た僕は右腕を振り上げた。こちらに背を向けるモンスターの後頭部に向け、思いっきり殴りかかる要領だ。
当然、杭打機のもっと言えば射出口だってそれに合わせて振り下ろされる。そう、これは別に僕が直接パンチする動作でなく、杭打機の射出口をやつの頭に叩きつけるためのものである。
「っ!!」
「ぐげがっ!?」
ドゴッ、と鈍い音を立てて後頭部に鉄の塊が叩き込まれる。大の男が10人がかりでもまともに持つことのできない馬鹿みたいな重量が、それなりの速度で直撃したんだからその威力は僕が言うのもなんだけど筋金入りだ。
すでにモンスターの頭部が凹み、内部に至るまでグチャグチャになった感触が伝わる。短い叫びをあげるのが非常に生々しくて嫌だ。
だけどまだ足りない、まだ致命傷じゃない。
こんな程度で仕留められるなら、今頃冒険者はみんなこの迷宮の最下層まで辿り着けてるよ。
さらにもう一手、必殺の追撃が必要なんだ。
「────っ!!」
だから僕は、右手に握る杭打機の取っ手──射出口の進行方向に動くレバーを、殴り抜ける勢いそのままに押し込んだ。
瞬間、飛び出る鉄。僕の背の丈よりも大きな杭打機と、ほぼ同じ長さの巨大な鉄杭が鋭い切っ先を剥き出しにしたのだ!
「ガボォア────ッ!?」
「な、なんだァ!?」
「え……い、いやぁぁぁぁぁぁっ!?」
鈍い音と、頭蓋が貫かれて砕かれ、中身を散々にかき混ぜてぶちまける音が響く。同時に襲われているんだろう冒険者達の、困惑と恐怖の叫びも。
目の前でいきなりモンスターの、頭が弾け飛んでザクロかひき肉かってことになったらそりゃあびびるよー。まして血も肉もぶっしゃあああーって言いながら撒き散らされているので、たぶんもろに真紅を頭から被っちゃってるだろうし。
かく言う僕のほうも、返り血とか脳漿とかが身体中にべったりだ。これだよこれ、こういうことになるから僕は帽子とマントを常時装着してるんだ。
別にオーランドくんはじめ同学のみなさんから正体を隠すためでは断じてないのだ。いや、最近はむしろそっちのがメインの用途になってることは否めないけど。腹黒ハーレムイケメンさんは難儀だなー。
目の前でミンチにしたモンスターよりも学園生活の闇のほうがずっと怖い。そう思いながら僕は、倒れゆくモンスターの背を蹴って飛んだ。空中高くで身を震わせて返り血やら肉片やらを払いながら、件の冒険者達の元へ着地する。
ズドン! ──と。杭打機の重量が重量だし大きな音を立ててしまうのは仕方ない。
周囲を見回して、さっき仕留めたモンスターの他に脅威がいないかを確認する。
いない、ヨシ。この確認を怠ると地味に命に関わるので、慣れた冒険者ほどしっかりやる作業だ。命あっての物種だからねー。
「……………………」
「あ、あんたは……杭打ち!?」
「?」
何やら名前を呼ばれて振り向く。同年代くらいの少年少女が3人と、10歳くらいの子供が2人そこにいた。
いやいやいやいや、ほかはともかく子供は何? なぜこんなところに? 連れてきちゃいけない場所だよさすがに、ここ地下86階なんですが?
「…………!!」
「ええっ!? お、ちょ、待って杭打ちさん!? なんかキレてる!?」
「ままま、待って! な、なんか誤解してる気がするの! はな、話し合いましょう!?」
「ひぃぃぃ……」
助けに入ったつもりが、児童虐待ないし誘拐の疑惑が出てきてしまった。年端も行かない子をこんな地獄に連れてきてこの人達、何をしようとしてたんだ。
警戒も露わに杭打ちくん3号を構える。レバーは内蔵してあるバネによって原点位置に戻り、それに伴い杭も引っ込められている。
僕の攻撃はつまるところこの繰り返しだ。殴って、ぶち抜いて、戻す。それだけ。でもこれでここまで来られたんだから、まあそんなに卑下するようなもんでもないとは思う。
互いに血と肉まみれの中、三人組はあからさまにうろたえて何やら叫んできた。
子供2人がキョトンとして、僕と彼らを繰り返し見てくるのを横に、少年が慌てて弁明する。
「こ、この子達は最初からこの辺をうろついてたんだ! 本当に!」
「たまたま、マジで偶然森に迷ってたら見つけちゃって出入口を!! こここ、好奇心からついここまで下りちゃったんだけど、そしたらその子達がモンスターに襲われてるの見ちゃって! つい、敵いもしないのに突っ込んじゃって!!」
「ぴぇぇぇぇぇぇ……!!」
「……………………?」
嘘をつくにしたってもうちょい現実味のある嘘をつくよね、普通? いやでも、そう思わせてのあえてぶっ飛んだ嘘をついたせんもあるのかな?
こんなとこにこんな小さな子が二人きりで、お散歩なんてそんなわけないじゃん。いくらなんでも現実味ないんだけど、とはいえ三人組のあまりに迫真の様子にちょっと戸惑う。必死さがガチだしマジ泣きしてる子までいるんだけど、どうなんだろう……?
「あのー、すみませーん。私達、この人達とは初対面です……」
「そちらのお兄さん達は本当のこと言ってるよ、えーっと杭打ち? さん。ひとまず話を聞いてもらっていいかな、この場にいる全員」
と、周囲を見ていた子供達が不意にそんなことを言う。幼げな顔立ちと背丈、瓜二つの姿なんだけどどこか、大人びた印象を受ける。
…………人間かどうかも怪しくなってきたなあ。僕は警戒を緩めないまま、とりあえず頷くことにした。
警戒を一切解かないのは、目の前の三人組が未だに人攫いではないのかという可能性を捨てきれないのともう一つ。それはそれとして瓜二つの子供二人が本当に、人間なのかどうかが疑わしくもあるからだ。
いるんだよね、たまに。人間の姿に擬態してくるモンスターってやつが。迷宮の地下10階あたりに多くて、初心者を脱した冒険者にとっての最初の難関だなんて扱いをされがちなやつらだ。
「…………」
「ヒカリ、私達警戒されてるね、杭打ちの人に」
「そうだね、ヤミ。どうしたら信じてもらえるかな、僕達の身の上を」
そういうモンスターの擬態は大体、どことなく違和感があるものだけどこの双子……双子? にはそうしたものが感じられない。パッと見てもジックリ見ても完全に人間の子供だ。
そもそもこの階層にそんな、擬態するモンスターがいるなんて話は聞いたことないし。となるとやはりこの子達は人間で、三人組が掻っ攫って来たって話になるかもだけど。
「ちょ、ちょっとヤバいわよ……! 杭打ちめっちゃ怖いじゃん、ていうかなんであんなに強いのよ、Dランクが!」
「き、聞いたことがある。杭打ちは実はまだ子供で、年齢的な問題からDランクなだけで実力自体はSランクにも引けを取らないとかなんとか。そん時はまたまたァーって笑ってたけど、ま、まさかマジとは」
「命ばかりは、命ばかりはァァァ……ぐしゅぐしゅ、ぴぇぇぇ……」
ビビり倒してるツインテールの可愛い女の子に、密着されてひそひそ話してるすっごい羨ましい爽やかイケメンくん。そしてさっきからひたすら泣いて許しを請うている小柄な女の子。
なんとも賑やかというか、ついさっきまで危機的状況だったって自覚あるのかなーって思っちゃうほどに脳天気な彼や彼女達が、わざわざ子供を攫ってこんなところに来る理由も薄い。
それこそ面白半分、虐待目的とかなら話は別だけど……他ならぬ子供達の証言もあるし、何より自分達も死にかねないところでそんなことするはずもないか。
彼らの様子を見て、ある程度信用はできると思って僕は杭打機を下ろした。とはいえいつでも殴り殺せるように、最低限の構えはしてるけど。
ともかく落ち着いて事情を聞く必要がある。
僕は仕方なし、彼らに話しかけた。
「…………話を聞きたい。説明できる人、いる?」
「!? 杭打ちの声、若っ!?」
「こ、子供の声……マジで未成年だったりするのか、杭打ち!?」
「ぐしゅぐしゅ……巷で流れてる杭打ちさん美少女説はホントでしゅかぁ……?」
ひとまず事情を聴こうと口を開いたらこれだよ、僕の話なんて今はどうでもいいでしょうに。
そして何さ美少女説って、初めて聞いたんだけど。帽子とマントに覆われた僕の本体はいつからミステリアスな美少女になったんだろうか、僕は男だよ!
少なくともこの三人は今は駄目だ、気が動転してるのか話になりそうもない。
どうしたもんかと考えて、僕は先にヒカリ、ヤミと互いを呼び合っていた子達に話しかけた。
「……説明できる?」
「あー、僕ら視点からの話でなら。お兄さん達の事情はそれこそ知らないよ、さっき出くわしたばかりなんだから」
「それでいい……そっちの三人も、後で話は聞く」
「は、はひぃっ!!」
三人組とは打って変わって大変落ち着き払った様子の双子。まずはこちらから話を聞いて、それから冒険者達の話を聞いたほうがいいだろう。
一つ頷いて促すと、ヒカリと呼ばれた子供が話し始めた。ヤミと呼ばれているほうもだけど幼いからか、中性的で男の子か女の子かも判然としないなあ。来ている服も、なんだかこの辺じゃあまり見ない小綺麗なローブだし。
「まず、自己紹介からさせてほしい……僕はヤミ。こっちはヒカリ。二卵性双生児のいわゆる双子で、珍しいことに二卵性なのに瓜二つなのが自慢でもありコンプレックスでもあるよ。序列を言うなら僕は弟、彼女は姉となるね」
「私が妹でヤミがお兄ちゃんなほうが合ってると思うんだけどね。頼り甲斐とか、頭のよさとかさ」
「小賢しいだけの子供だよ、僕も。実際、さっきまでの状況には普通に途方に暮れてたしね。あ、ちなみに10歳だよ、よろしくね杭打ちさん」
ハハハと笑うヤミくんにヒカリちゃんが唇を尖らせる。実に仲のいい双子って感じだ。ニランセーソーセージ? なんかよくわかんないけど難しそうなこと知ってる子だねー。
そして僕の見立てどおり、10歳だったことにまたしても疑問が沸き起こる。そんな子供がこんなところで何をしていたんだ? 本当に。
僕だけでなく三人組の冒険者達も唖然と、というか戸惑ったように双子を見ている。
そうした視線を受け、ヒカリちゃんはヤミくんの後ろ背に隠れ、ヤミくんはそんなヒカリちゃんに苦笑しつつも肩をすくめた。
なるほど、これは兄妹だ。納得する僕に、彼はさらに言った。
「さて、そんな僕ら双子なんだけれどね……元はこの迷宮内でコールドスリープ、ええと長い眠りについていたんだ。どれくらいかは分からないけど、本当に長い期間をね。ね、ヒカリ」
「う、うん……眠りにつく前のことも、もうほとんど何も思い出せないくらい長かったみたい」
「…………それは、まさか」
記憶喪失……?
今度こそ呆然と、双子を見やる。飄々としつつもどこか、不安げに二人の瞳が揺れていた。