【完結】ニューワールド・ブリゲイド─学生冒険者・杭打ちの青春─

 大チャンス、あるかもしれない! という大いなる希望を授けてくれたサクラさんはあれからすぐに部室を出て行って、僕らもまあそろそろ帰ろっかーということで帰路に着くことにした。
 ケルヴィンくんとセルシスくんはともかく、僕は家に帰った後はお仕事の時間だ。冒険者でもあるからね、平日でも夕方から夜にかけて冒険したりもするのだ。
 
 ちなみに平日は大体3日ほど使って、1日目はギルドで依頼を受けて終わり、2日目で現地に直行して依頼を遂行して家に直帰し、3日目にギルドに向かい報告して終わり、というパターンになりがちだ。
 報告後に続けて依頼を受ける形で、連続して依頼を受けることはしない。それをすると本気で僕の余暇がなくなるからね、僕だって学生生活の暇な部分は満喫したいし。
 
 週に2日ある休日のうち、1日は丸々冒険者として活動することも含めて考えると僕は概ね一週間のうち4日、冒険者として活動する日があって残り3日を学生として遊ぶ日を設けていることになる。
 すごくバランスが取れている感じがして今のところ大満足だ。入学前は休み無しで冒険者やってたからね、余暇があるって素晴らしいよー!
 
「ただいまー!」
 
 街の中心部近くにある学校から1時間ほど歩くと辿り着ける住宅区。その中でも端っこのほうに僕の家はある。
 豪勢なことに一軒家で、お風呂とお庭付きというリッチさ! もちろん元から僕の家ってわけでなくあくまで借家だけどね。
 僕の杭打機を拵えてくれた教授さんに、学生生活を始めるにあたって貸していただけたのだ。いくらなんでもスラムから通うのはやめといたほうがいいって、めちゃくちゃ心配してくれていた。ありがたいねー。
 
 さておき玄関の鍵を開けてそのまま中へ。リビングを通らず自室に行ってすぐ荷物を下ろし、学生服を脱いで上下黒の服に着替える。
 そして洗濯した上で室内干ししていた僕の、冒険者"杭打ち"としてのマントと帽子を手に取り身に纏えばー……はい完成! これで僕は今から杭打ちです。わーい。
 
「…………行くかぁ」
 
 服装によってテンション変わることってあると思うんだけど、まさに僕の場合はこのマントと帽子がそうだ。これらを身に着けることで精神的な切り替わりが起きて、学生から冒険者に気持ちがスッパリ変わるんだよね。
 具体的には口数が減る。すっごい減る。僕の正体を知っている人相手には変わらないんだけど、知らない人が近くにいると途端に無口になっちゃう。
 
 こうなったのもひとえに、正体がバレないようにって強く思っていたら自然とそうなっていた感じかなー。
 そうでなくとも昔の僕は、そもそも感情もなければ言葉の概念もなかったし、何より何かを話す誰かがどこにもいなかった。だからもしかしたらその頃の名残だったりするかもしれないねー。
 
 さて、そんなことはさておいて僕はお庭に出た。
 そこまで広いわけじゃないけど、夕暮れを呑気に涼むにはちょうどいい塩梅のサイズのそこには、鍵のかかった床扉が一枚、設置してある。
 解錠して開けると、人間一人が楽に入り込めるサイズで結構、っていうかめちゃくちゃ深い穴が空いていたりする。
 
 これは僕が空けたもので、潜ると僕専用の秘密基地と、そこから地下を通って旧くに使われていた地下道に出ることができる。さらにその道を進めばスラム街にある、使用されなくなった井戸の底に辿り着けるのだ。
 要するに杭打ちの姿をして家を出入りすると確実にバレるから、誰にも気取られないように外部に出ようと思って作ってみた隠しルートなわけだねー。
 
 このルートの実用性は結構ガチで、秘密基地なんて家のリビングにも負けないくらい住心地がいいほどだ。
 さらに元からあった地下道を経由するため、未だ試したことはないけどスラム以外のいろんな場所にも行けちゃうんじゃないかなー。
 とまあこんな感じで、冒険者"杭打ち"の拠点として素晴らしい場所なのだ。
 
「よいしょー」
 
 というわけで早速行きましょうかねー。僕は底知れない深さの穴へと入る。
 入口付近にのみ短い梯子が取り付けてあるのでそれを頼りに中に入り、扉を閉めて鍵を閉める。万一誰か、敷地内に入ってきた人が間違って落ちちゃったら死ぬからね、怖い怖いー。
 しっかり施錠できたのを確認したらさあ出陣だ、僕は手を離し、重力に任せはるか穴の底にまで落ちていく。
 
 体感何秒くらいかな? まあ大した長さじゃないけど、それだけの時間をかけて下りた地下の底へと僕は無事に着地する。
 常人なら死ぬ高さだけれど、一応迷宮攻略法の中でも身体強化と重力制御に関する技術を体得している冒険者だったら全然余裕なはずだ。
 まあ、その辺の技術は攻略法の中でも相当難度の高い技術だし、身につけるだけで一苦労だろうけどねー。
 
「…………ヨシ」
 
 下りた先、真っ暗闇な部屋が広がる。ここでも迷宮攻略法の一つ、暗視に関する技術を身に着けとかないと光源を用意しなきゃいけなくなるから大変なのだ。
 当然体得してるからその辺はクリアしている僕は、問題なく室内を見回す。ソファベッド、保存食、へそくり、なんとなく気に入って買ったのはいいものの後からイマイチかもってなって地下送りにしたインテリア。
 
 そして……僕の相棒・杭打ちくん3号。
 家並みに重い鉄の塊をまさか家の中やらお庭にやら置いておくわけにもいかないので、大体いつもここに保管してあるのだ。
 
 うん……いつもの秘密基地だ。
 異変がないことを確認して、僕は満足して頷いた。
 地下に拵えた僕だけの秘密基地。そこに安置していた杭打ちくん3号を軽々と手に取って背負い、僕は早速地下道に出ることにした。
 基地には地上と行き来するための穴が一つと、地下道へ向かうための通路が一つきりある。どちらも僕が自力で作り上げた空間で、それぞれ創り上げるのに丸々一日がかりの、大変な作業だったのを思い出す。
 
 なんなら秘密基地に至っては広々した地下空間を形成するまでに一週間は費やしたからねー。例の教授とか知り合いっていうか、前いたパーティーの人も何人か駆り出しての、ほとんど工事みたいな様相だったよー。
 その結果近くにある地下道と直結する形に収まったことについてはみんな大喜びで、ぜひ探検させろと言ってくる始末だ。
 
 一応僕が内部の安全をある程度確保してからにしようって言ったことで、ひとまず落ち着いてはいるものの……早晩サクッと一通り調査しないと、我先にとここから愉快な人達が迷宮都市の地下道に侵入することになるんだろうなー。
 
「さて……」
 
 言いながら部屋を出て地下道へ。僕が大雑把に掘った道を歩くと数分して辿り着けるそこは、ひどく暗くてジメッとしていて、何より廃れている広い空間だ。
 虫だの蝙蝠だの鼠だのがわんさといるけど、迷宮攻略法の一つである威嚇を使って軒並み退避させると平穏な光景だ。水路だったと思しき中央のへこみに左右の歩道が、延々と続きつつ要所で枝分かれを繰り返している。
 
 まあ見ての通りでおそらく、旧下水道とかそんな感じの空間なんだろう。打ち捨てられた看板とかに、どことなくそれっぽいことも書いてあるし。
 この町もなんだかんだ数百年の歴史があるそうだからねー。基本的に迷宮のお陰で寂れたことはないにせよ、いろいろあってなかったこと扱いにしたものごとの数は多く、また証拠を隠滅した形跡もそれなりにある。
 
 この地下道なんてまんま、何かあった末に管理運営を放棄されてるっぽい感じだし。数年前の僕と同じだね、仲間ー。
 そこはかとなく仲間意識を持ちつつも僕は道なりに歩く。スラム内の井戸まではこれまたそんなに遠くはなくて、精々歩いて一時間程度のところにあった。
 
 空高くにうっすら、地上の光が差し込む狭い井戸の底に這い出る。狭いよー、この狭さだけはちょっと不満だー。杭打機がゴリゴリ行っててギリギリだよー、狭いー。
 うんざりするような井戸の中身。でも構わずに僕はそこから、まっすぐ上に飛んだ。単なるジャンプだけど迷宮攻略法の一つ、身体強化を使用しているため僕はまるで、バネ仕掛けのおもちゃのように勢いよく、一気に地上まで跳んだのだ!
 
「────!」
 
 本来水が出るはずのところから人が出てくる。なんともおかしな話だけど、すでに涸れ井戸だからね。多少の滑稽さは堪忍してほしいところだよー。
 一息に井戸から飛び出て地上に降り立つ。いつも通り、スラムの中でも一際廃れて人も大して寄り付かない正真正銘の廃墟だ。周辺の索敵も同時に行い、生き物がいないことも確認。
 
 ん、よし。
 無事に問題なく、自宅からスラムまでの移動完了ってわけだねー。
 ちなみに帰りもこの路を逆に進んで帰る。そうしないことには杭打機を秘密基地に戻せないし、何より正体がバレかねないし。多少面倒でも往復するのが、僕こと冒険者"杭打ち"の通勤退勤ルートであった。
 
「行くかぁ」
 
 一言呟いて僕は、スラムを後にしてギルドへと向かう。ここからだとそう遠くないところにある冒険者ギルドは、ぼちぼち日も暮れゆく夏の夕暮れともなると賑わってるんだろうなあ。
 こないだみたくまた、オーランドくん達と鉢合わせたりしなければいいんだけれどね。ああでも、もしかしたらサクラさんとまたお会いできるかも。
 運命かもしれない人だからねー。そのくらいの奇跡は期待してもいいのかもしれないねー。
 
 スラムを抜けて市街地へ。そしてそこから町の中央部近く、誰が見ても分かるように"冒険者ギルド"と銘打ってある大きな看板を掲げた施設を目指して進む。
 今日はなんの依頼があるかなー。また来ないかな、ゴールドドラゴンの討伐依頼とか。遂行しつつ、ついでにヤミくんとヒカリちゃんがいた地下86階層を再度、くまなく調査できるのにねー。
 
「……ん? なんかしてる?」
 
 と、ギルドに近付くにつれて様子がおかしくなっていってるのを感じる。空気がなんか、ピリついてる? 喧嘩かな?
 荒くれの多い冒険者達のお膝元でやらかすなんて、大したやんちゃさん達もいたもんだなと感心しちゃうよ。最悪ギルド長が出張ってきたら半殺しにされるのに、よくやるよー。
 
『──これは命令だっ! そちらの双子を寄越せ、冒険者ども!!』
『──うるせえっ! てめえらなんぞにこの子達を渡せるもんかよ!!』
 
 なんならそこそこ距離のあるここからでも、揉め事の様子が耳に入ってくる。けどー……なんか、聞き覚えのある声?
 なんか嫌な予感がする。双子を寄越せと要求する、冒険者じゃない人? それに抗う聞き覚えのある男の人の声?
 
 次の角を曲がれば冒険者ギルドだ。でもなんだろう、あんまり曲がりたくない。
 でも依頼も受けたいから仕方なし、大人しく角を曲がる。ことは冒険者ギルドの中で起きているようで中から怒声の応酬が聞こえてくるし、追い出されたのか大勢の冒険者達が屯している。
 
 何より、遠くからでも見えるギルドの中に、いたのは。
 
「レオンくん達……と、ヤミくんヒカリちゃん。それに、騎士団かぁ……」
 
 先日ご縁のあった少年少女新米冒険者パーティーの面々と、超古代文明の生き残りらしい双子の兄妹。
 そして彼らに相対するように並ぶ、エウリデ連合王国が誇る騎士団連中の姿だった。
 エウリデ連合王国騎士団。エウリデ連合王国の武威を一手に担う、国最強の戦力……ってことになっている人達だ。
 白銀の鎧に剣、盾が夕暮れにも眩しい、威風堂々たる姿はたしかに国を代表するにふさわしい姿かもしれないね。姿だけは。
 
 でも実際の中身はといえばここ数年はなんともはや残念なもので、一言でいうとお貴族様のボンボンによる部活動みたいなものになっちゃってたりする。
 騎士団長とか一部の古株を除けば、迷宮攻略法を少しも体得してない冒険者達とドッコイという残念なレベルの集団だもの。例外である騎士団長なんかは、それこそSランク冒険者並に強いから組織内の実力の差がすごすぎるねー。
 
 で、そんな哀しい実情なのにボンボンさん達なもんだからそんなことにも気づかず、今みたいに市民に対してひたすら傲慢に振る舞うから好感度も低いという始末。
 もう君たち何が取り柄なんだよ~って言いたくなる集団、それが栄えあるエウリデ連合王国騎士団なのでした。
 
「その双子は、はるかな太古に失われた超古代文明の生き証人だ! ゆえ、国の所有物として研究機関に持ち帰り研究と実験の対象とする!」
「っざけんな!! 所有物だと、持ち帰るだと! この子達は物じゃねえ!」
「それに研究に実験!? 冗談じゃないわよ、この子達をどうする気!?」
「冒険者風情が気にすることか! いいから渡せ蛮族どもが、国に楯突くか!!」
「……………………」
 
 うわー、めっちゃバチバチしてるー。
 相変わらずなんのつもり? って言いたくなるくらい態度の終わってる騎士団のボンボン達に、ブチギレちゃって吼えに吼えるレオンくんとノノさん。
 マナちゃんに抱きしめられて庇われているヤミくんヒカリちゃんは可哀想に、身を寄せ合って震えて怯えている。レオン君も言ってたけど物扱いとか研究だの実験とか、そんなの言われたら無理もないよねー。
 
「引っ込めボンボンども! ここは迷宮都市だ、冒険者の町だぞコラァ!!」
「剣もまともに使えねーガキどもが、国の威を借りて粋がってんじゃねー!!」
「それにそこのレオンは貴族だぞおい! てめーら貴族でも冒険者だったら蛮族ってのか!? あぁっ!?」
「……………………」
 
 うーん蛮族。屯する冒険者達も冒険者達で、ヒートアップしてめちゃくちゃ喧嘩売ってる。
 でもたしかに、迷宮都市は冒険者の町だ。治安維持とかインフラ維持だって冒険者が行ってるし、騎士団なんてやる気のない駐在──でも騎士に珍しく人柄はトコトン良いから、冒険者達のみんなも愛してやまない名物騎士だ──が一人、たまに町中をうろついてるくらいかな。
 
 そんなだからこんな時にばかりノコノコやってきて好き勝手なことを言う騎士団なんて、そりゃー好かれる要素ないもんね。
 あとレオンくんの件については僕も同感だ。彼、名前からして貴族なのに蛮族扱いしちゃっていいんだろうかね、ボンボンくん達?
 にわかに気にしていると、騎士の集団の先頭、一際背丈の高い金髪のお坊ちゃんがあからさまな嘲笑を浮かべて言い放った。
 
「関係あるものか! 騎士団に逆らった時点で国の敵、反逆者だ!!」
「いい機会だ、貴様ら全員引っ捕らえて立場の違いを分からせてやろう! 無論、そこの古代民どもはこちらで持ち帰る!」
「んだテメェら! やるってかコラァ!!」
「上等だ偉そうにしやがって、国がどーしたこっちは冒険者だぞオラァァ!!」
「……………………」
 
 あー、これヤバいね、乱闘になるわー。
 極端な物言いをした騎士団ももちろんアレだけど、それを受けて真っ向から国相手に喧嘩するのも辞さない冒険者達も冒険者達だよー。
 
 一触即発の空気。こんなところで騎士団と冒険者がぶつかったら、まあ普通に冒険者が勝つだろうけど周辺被害が大変なことになる。何より国に対してマジで喧嘩を売ることになるのでややこしいことになっちゃうし。
 そうなると最終的に困るのは冒険者達、ひいては僕だ。エウリデって国も騎士団のお坊っちゃま達も心底どうでもいいけれど、さすがに割って入ったほうがいいかもねー。
 
「や、ヤミ……!」
「大丈夫。大丈夫だよ、ヒカリ……!」
「……………………!!」
 
 それに何より。
 あんなに健気で優しい双子に、寄る辺なく不安にしているだけの兄妹に。所有物として持ち帰るだの研究だの実験だの……
 
 絶対にかけていい言葉じゃないんだよね! 騎士団どもはさあ!!
 僕は、怒りに任せて腕を大きく振りかぶった!!
 
「舐めるなっ粗忽者どもっ!! 総員、かか────」
「────ッ!!」
 
 いよいよ衝突が始まりかけた瞬間、僕は行動に打って出た。ギルド前に群がる冒険者達の、少し後方に立って杭打ちくん3号を思い切り、地面に向けてぶっ放したのだ!
 
 ズドーン! どころじゃない。
 ズドォォォォォォンッ!! って轟音が響き渡り、局地的に大地さえ揺るぐ衝撃が一帯に広がる。本気で打ち込むと真面目にいろいろ大変な被害になるからある程度抑えたけれど、バッチシいい感じに音と振動を引き起こせたみたいだ。
 
「なっ……なんだぁっ!?」
「へぁあっ!? ……うおっ、杭打ちぃっ!?」
 
 突然の事態に騎士団連中も冒険者達もみな、体勢を崩してその場に伏せる。よーしよし、これでひとまず衝突は回避だよー。
 とっさに後ろを振り向いた何人かの冒険者が、僕に気づいて声を上げた。それに従うように段々、みんながこちらを見てくる。
 いやだなーこの注目感。どうせなら道行く学生の女の子達に見られたいなー。
 
「く、杭打ち!? 今のお前か!!」
「………………」
「……っ!? おい、みんな道開けろ! 杭打ちがキレてる、やべーぞ!」
  
 僕の様子に気づいた冒険者が大声で叫び、蜘蛛の子を散らすようにみんなが離れていく。
 たぶん、昔の僕を知っている人による叫びだろう。何人か顔を真っ青にして逃げ出していくしね。
 
 まあ、つまりはそういうことで。
 今しがたのボンボン達の物言いに、僕もそれなりに怒っているということでした。
 ギルドに足を踏み入れる。凍り付いたように動かない一同を見回して、僕は両者のちょうど中間の位置に立ち止まった。
 僕が結構怒ってるのはみんなもう、分かってしまっているんだろう。自然と漏れ出る威圧が、騎士団にしろ冒険者にしろ周囲の人間を竦ませちゃってるしね。
 
「く、杭打ち……」
「杭打ちさん……!」
「……」
 
 レオンくんとヤミくんが僕の名を呼ぶ。それだけで少し、ささくれた気分が晴れる気がする。
 心無い言葉と権力に晒され、それでも一緒にいようとしたヤミくんとヒカリちゃん。兄妹を護ろうと、真っ向から騎士団と対峙したレオンくん達。
 どっちも本当に偉いと思う。僕は心から尊敬して、彼らに深く頷いた……そして騎士団に視線を向ける。
 
「く、う……杭打ちだと……!?」
「スラムの生ゴミ、国の恥部……!!」
「……………………」
 
 ひどくない? そこまで言うことなくない?
 またしても気分がささくれ立つのを感じる。この人達、日頃剣術じゃなくて悪口の練習でもしてるの? 結構やるじゃん泣きそう。
 
 騎士団員ってさっきも言ったけど大体貴族のお子ちゃま連中だし、スラムに住む人間なんて雑草以下くらいにしか思ってないやつらばかりだ。
 ましてや僕なんて、元いたパーティーの絡みもあるから貴族からのウケはまあまあ悪いし余計、気に要らないのかもしれないねー。
 
「おのれ、底辺が我らに盾突きやがって……!!」
「怯むな、総員! こいつは国の敵だ、犯罪者だっ! 捕らえろ、殺せ、八つ裂きにして貴族の威信を示せぇっ!!」
「…………」
 
 物騒すぎるー……どっちが蛮族なんですかね? と言いたくなるほどのえげつない物言い。八つ裂きなんて言葉、本当に使う人いたんだなーと変な感心さえ覚えてしまう。
 
 にしても、本当に低劣というか質が悪いなー今の騎士団……パワーバランス的に冒険者が強すぎて他が空気な土地柄なのもあるけど、それにしたってこれは酷い。
 国営山賊なんて言われてるのも伊達じゃないねー。
 
 さておき、この期に及んでやるってんなら僕も容赦は……容赦はする。殺すのはさすがにやばいし。
 でも半殺し程度にはするよ。国とことを構えるのは極力避けたかったけどこうなったらもう仕方ない、逆に行けるところまで行こうじゃないか!
 そう考え、杭打機を構える!
 
「…………!!」
「総員、突げ────」
「────止まれ。新米共、一体何をしている」
 
 騎士団の連中、大体10名くらいが抜剣してくるのを、さあ来い片っ端から顔面グッチャグチャにしてやると意気込んで鉄塊を振り上げる僕。
 そんな時だった。2階に上がる階段から一人、女騎士が降りてきた。金色の鎧を身に纏った、青い髪を後ろに結った凛とした印象の美人だ。鋭い目つきが、今は絶対零度の凍てつきを湛えている。
 
 ぶっちゃけ知り合いだけど、今気軽に片手を挙げてヤッホーとか言える空気でもノリでもテンションでもない。
 むしろ下手するとこの状況、戦わなきゃいけないかもしれないのだ。うへー、他はともかくこの人だけは骨が折れるよー。
 
 彼女──エウリデ連合王国騎士団団長シミラ・サクレード・ワルンフォルース卿に、部下だろう団員達が次々と助けを求めて叫んだ。
 
「団長!!」
「おお、団長! 見て下さいこの冒険者どもめ、我らの任務遂行を邪魔せんと、卑劣極まる妨害の数々を!!」
「貴族の恥に平民ども! 挙げ句にスラムのゴミまでもが、我らがエウリデ連合王国に楯突いているのです!」
「指示を! 奴ら図に乗った俗物共を殺し尽くし貴族の威光を示す許可をください、団長!」
「…………」
 
 えぇ……? どっちかっていうと卑劣な物言いしたのはそちらさん達のほうなんですが……?
 あまりにカスい言い分に、僕はもちろんレオンくん達はおろか、外で様子を見ていた冒険者達も中にいるリリーさんはじめスタッフさん達もドン引きしてボンボン達を見ている。
 
 そんなことあるんだ? 自分達から仕掛けておいて、まるで一方的な被害者みたいに振る舞って……すごい面の皮だ、逆にすごいよー。
 怒りとか呆れとかぶっちぎちゃって、もうすっかり一同ポカーンって感じ。親の顔が見てみたいってこういう時に使うのかな、どうせろくでなしの貴族が雁首揃えるんだろうし見たくもないけどさー。
 
 で、助けを求められた団長ことシミラ卿はどうするんだろう? 一応部下だろうし、このまま加勢してくるかな?
 そうなったら悪いけど僕も加減してられないや、本気で殺すつもりでやらせてもらうよー。もちろん部下どももまとめてね。
 
 でもその前に、レオンくん達やギルドスタッフさん達には退去してもらわないと。
 僕は周囲を見回し、みんなに話しかける。
 
「…………みんな、逃げて」
「く、杭打ち?」
「杭打ちさん?!」
「……彼女と戦うとなると、どうしても規模が派手になる。この建物から出て。早く」
「!! よ、よっしゃみんな、今のうちだぜ! 逃げろ逃げろ!!」
 
 僕の口振りからヤバい相手だと察してくれた、レオンくんは本当は判断力あるんだねと驚く。それでなんで好奇心に負けて地下86階層まで降りちゃったの? 不思議ー。
 ともあれリリーさんも施設内にいる全員に呼びかけ、この場を僕と騎士団どもだけにするへく脱出しようと動き出す。
 
 そーそーそれでいいよー。本気でやるから悪いけどこの建物は今日を限りでオシャカだけれど、無関係の人を巻き込むわけにはいかないからねー。
 そういえば上の階にギルド長いるのかな……いるだろうな。あの人は別にいいか、殺しても死にそうにないし。
 
「双子が逃げるぞ!」
「ちいっ! 逃がすものか、──!?」
「……ここから先は通さない。一歩も、一秒も」
 
 この期に及んで兄妹を狙おうと、逃げる彼らに追手を差し向けようとするのを僕は視線で牽制した。迷宮攻略法の一つである、物理的圧迫感さえ伴う特殊な威圧を込めての睨みつけだ。
 君ら、僕をどうにかできないうちは絶対に彼らを追えないんだよ。追いたいなら先に、僕をどうにかするといい。
 
 できるものならね。
 騎士団どもに、僕は告げる。
 
「全員、ここで死ぬつもりでいて……」
「何を……!!」
「…………殺すつもりでいくって言ってる」
 
 今も昔も僕がそう宣言したからには、お前らはもう殺されるつもりでいるしかないんだよ。
 杭打ちくんを構えて、僕は敵に向けて歩き出す──
 
「────待て、杭打ち。お前に暴れられては困る、話し合いでどうにかできないか」
 
 ──つもりでいたんだけれど。
 階段を降りてきてこちらにやってきた、シミラ卿に止められて、僕は彼女の美しいお顔に視線を向けた。
「久し振りだな、杭打ち。一年ぶりか、大きくなった」
「…………」
 
 えぇ……? この状況でそれを言うの、シミラ卿……?
 話し合いを提案してきたかと思えば唐突に、親しげに片手を挙げて挨拶してきたエウリデ連合王国騎士団長様に僕も騎士団員のボンクラどもも唖然としている。
 
 今まさに僕達、殺し合いしようとしてたよねー?
 少なくとも超古代文明から来た双子ちゃん達をつけ狙うボンボンどもはそのつもりだったし、僕もシミラ卿が来たってんならやむ無しのつもりで杭打機を構えていたんだけれど。
 すべてはシミラ卿の出方次第という場面で、しかし彼女はすっとぼけたことを言い出しているというのが今この時だった。
 
「相変わらず元気そうに杭打ちくんを振るっているな。かつては剣を握ってこそお前の美しい天賦の才能は煌めくと思い込んでいたが、やはり5年もするとやはりその姿が馴染んでしまうものだ……わたしももう23歳、光陰とは正しく矢の如しなのだな」
「…………」
「そう言えば聞いたぞ、教授の支援を受けて独り立ちしたそうだな。水くさいやつだ、言ってくれれば借家と言わずお前のための家を用意、いやむしろ我がワルンフォルース家に迎え入れたというものを。お前は弟のようなものなのだ、思う存分に甘え倒してくれればよかったというのに……姉として寂しいぞ。ああ寂しいとも」
「……………………」
 
 シミラ卿、いつから僕のお姉ちゃんになったんだろ? どっちかって言うと今なら恋人になって欲しいかなって僕はげふんげふん。今それどころじゃないよー。
 成り行きのすべてを無視した、私事を延々無表情で喋り倒す彼女。でもうっすら額に汗が滲んでいるのを僕は見逃さない……この人、緊張してるね。
 
 争い事を回避するために、せめて僕から殺意を取り除くためにあえて道化じみた振る舞いをしているのか。
 この分だと彼女には僕と、本気で殺り合う気はなさそうだ。もっとも、だからと言って気を抜くと次の瞬間、ノータイムで致命打を放ってくる危険性は常にあるのが実力派って呼ばれる連中なんだけれどね。
 
 そんな涙ぐましい団長殿の努力を、敵側の僕は理解できたのに味方側の団員は理解してあげられなかったみたいだ。
 今のやり取りを聞き、みんなして顔真っ赤にしてシミラ卿に詰め寄っている。
 
「だ、団長!? おかしなことを、そのような輩に何を!?」
「乱心されたのですか、ワルンフォルース団長!!」
「そこなスラムの生ゴミとかくも親しげに! これは国に対する重大な背信行為ですぞ、シミラ・サクレード・ワルンフォルースッ!!」
 
 わあ、騎士団長を呼び捨てー。増長しきった成れの果て、みたいなみっともない姿に笑いも出ないや、ウケるー。
 上下関係とかも結局、この連中にとってはごっこ遊びの一環とかなのかもしれないね。
 昔、先代の騎士団長が騎士団は一糸乱れぬ統率と連携と忠誠こそが最大の武器であるとかなんとか仰ってたけど……はははー、いつの間に、どこで武器を落っことして来ちゃったのかなー?
 
 呆れた姿に、遠巻きに眺めている冒険者達もドン引きだ。
 冒険者も大概反骨的だし、そもそもギルドからして偉いやつに噛みついてこその冒険者だろがい! って反権力的なスタンスを持っている有様なんだけど、そんな彼らから見てさえ、ボンボン達の醜態は酒の肴にもならないらしかった。
 
 そんな見苦しい連中に、シミラ卿は冷たい一瞥を一つくれた。絶対零度の視線が、人によってはご褒美になると昔聞いたことがある。世の中って広いね。
 っていうかこれ、彼女キレてますねー。静かに両手が強く握られるのを目敏い僕は逃さず見つけた。マジ切れまで秒読みだ。
 
「──ああ、心は乱れているな。主に貴様らのせいで」
「だんちょ、ヴッ!?」
 
 静かにつぶやく彼女が、何を言っているのかと先頭の男が顔を寄せる──瞬間、拳がその顔面にめり込んだ。裏拳だ。
 シミラ卿の握り拳が思いっきり叩き込まれたのだ。鼻血を吹き出しながら吹き飛んでいくボンボンくん。死ぬどころか跡を遺すような威力ですらないあたり、相当手加減してるみたいだねー。
 
「ごえが、ぐばぁっ──!?」
「じ、ジーン!?」
「何をする、ワルンフォルース!!」
「貴様らこそ何をしている、クズども」
 
 急に振るわれた圧倒手に暴力。涼しい顔して一人の男の顔面を破壊し尽くしたシミラ卿に、団員達は恐れ慄きながらもいよいよ、彼女に対する怒りを隠さず叫んだ。
 だけどそれに対して彼女の、透き通るような凛とした声が投げかけられて場の空気が一段と冷えた。
 
 迷宮攻略法の一つ、声による威圧か。対策してない騎士団員達には為す術もない。
 恐怖に固まる狼藉者達へ、団長の静かな叱責が飛んだ。
 
「誰が無理くりに双子を連れ帰れと指示した。誰が冒険者達とことを構えろなどと言った。挙げ句に杭打ちに虐殺される一歩手前まで至るなど」
「そ、それは! しかし持ち帰ればそれが一番、手っ取り早いと」
「勝手な判断で動き、招いたのが冒険者との抗争か。ギルド長との会談に臨む私に付き従うだけの簡単な任務も貴様らはこなせない、と。恥ずかしい貴族もいたものだな」
 
 なるほどー、元々はシミラ卿がギルド長とお話するためにこの町に来ていて、こいつらはその従者として同行してきたってことかー。
 それだけのこともこなせず、暴走した挙げ句こんなことしてたらそりゃー怒られるし殴られるよねー。今もなんか、か細い抗弁をしているけれど……正直、貴族としても騎士としてもダメダメだよーこの人達。
 
「き、貴様……我々をどこの家の者だと……!」
「たとえ王族だろうが騎士ならば騎士らしく振る舞え、それができなければ消え失せろ。貴様らガキどもに……騎士たる資格はない」
 
 終いには自分達の家柄にまで縋ろうと口を開いた、騎士団ごっこのお坊っちゃま方。
 あーあ、そういうのシミラ卿が一番嫌うのに。やっちゃったねー。
 
 思わず目を覆いたくなる戯言を、騎士もどきの一人が言った直後。
 シミラ卿はその男の顔にも、極力加減した力加減と速度でだけど、拳を突き立てていた。
 次々振るわれる拳。向かう先は騎士ですらない、鎧を着たボンボン達の顔面だ。
 それなりに整っているのからあんまり……って感じのまで、等しく顔に一発ずつ叩き込まれて殴り飛ばされていく。本気でやってたら今頃首無し死体の山なので、精々派手にぶっ飛んで人によっては鼻血を流している程度で済んでるのはすごい優しいと思うよ、実際。
 
「……だから、貴族のガキどもを入れるのは嫌だったんだ」
「ぐぇぁばっ!」
「……我儘で、傲慢で、他者へのいたわり一つ持たない甘やかされきった精神的養豚で」
「ごぶぁぁっ!?」
「……自分達をまるで神が何かと勘違いした愚か者ども。こんな連中を育てた親の世代も、そいつらを育てた祖父母の世代も」
「うぎょえぇぇぇあっ!!」
 
 ひ、ひどい光景だー。完全に粛清の場と化してしまった、シミラ卿による単純暴力が振るわれてぶっ飛ばされていく騎士団達を見る。
 新人らしいけど目に余る暴走っぷりだ、こうなるのもある程度は仕方ないんだけどねー……王城だか拠点だかに帰ってからやってくれないかなぁ。
 
 殴り飛ばす度、鼻血が点々とギルドの中に散らばって非常に見苦しいことになっていくもの。これ、清掃するスタッフさんによってはショックでトラウマになっちゃうんじゃないかなー。
 リリーさんとかあれで案外、荒事に弱い可愛いところとかあるからね。付き合いたいー。
 
 まあそれはともかく、無表情で淡々と騎士団の新米を殴っていくシミラ卿もシミラ卿でちょっと怖い。
 なんかストレス溜まってる感じなんだろうか、さっきからブツブツ言ってるし。どうにも情緒不安定になってるっぽいよー?
 
 怖いよー。もう帰りたいよー。レオンくん達は逃げられたんだし、結果として僕を蚊帳の外にして目の前で粛清が行われてるし、僕ももういいよねー?
 どうせ後でまた国が喧嘩売ってくるだろうけど、それはそれとして今日はもう帰りたい。依頼を受けるだけの話がとんだことになっちゃったよー。まあ、ヤミくんヒカリちゃんを助けるためなら何百回でも同じことをすると思うけど。
 
 こっそり後退りする。タイミングを見て逃げられるよう、力を溜めておこう。昔ならいざしらず、今のシミラ卿相手に逃げ切れるかは不明だけど。
 機を伺っている僕に構わず、なおもブツブツ言いながらシミラ卿は、最後のボンボンを殴り飛ばそうとしていた。
 
「全員。全員が糞だ。こんな奴らを騎士団に入れさせたやつらも、断りきれなかった私も、国も王も貴族も何もかも……糞ったれどもの掃き溜めだ」
「や、止め、やめてくださ──!?」
「私が信じていた国も、騎士団もとうに喪われた。3年前、あのパーティーが伝説となった時に。ああ、なのになぜ私はそれに気づかず意気揚々と騎士団長になどなってしまったのか──なあ、杭打ち」
「!?」
 
 なんか全員殴り飛ばして気絶させた後、急に僕を名指ししてきたもんだから反射的にビクついちゃった。超怖いよーこの人ー!
 
 3年前、僕が元いたパーティーが解散したのを切欠にこの人は騎士団長に就任したわけだけど……何か悩みでもあるのか、今ではそのことを後悔しているみたいだね。
 それはまあ大変ですねお気の毒ですーって感じですけど、そこでなんで僕を呼ぶの? 勘弁してよ巻き込まないでー、マントと帽子の下では僕、ずっとドン引きしてるんですよー。
 
「お前も3年前はこんな気持ちだったのか? すべてを奪われ尊厳を踏み躙られて、どうしようもない虚無を抱えてそれでも今、そうして立ち直っているのか? ……どうしてそんなに、強くあれるんだ?」
「…………いや、僕は」
「言わなくていい、みなまで言うな。そうだった、お前は強い子だ。凄惨な生まれ育ちをしてもなお、感情を持つ機会さえ与えられなくともなお、お前は清らかで優しい心を持ち続けた。そんなお前だからこそ、再起ができたのだろうな」
「あの…………」
「私は……私にはできそうもない。少なくとももう、騎士団長としては無理だ。一縷の望みをかけて今回、こいつらを教育しようと連れてきたが結果的に吹っ切れたよ。ありがとう、杭打ち」
「………………………………」
 
 人の話を聞いてよー! そしてさり気なく僕のお陰でこの蛮行に至れたみたいに言わないでよ、罪の擦り付けだよそれはー!!
 
 何やら共感を求めてきている? のだけれど、そもそも僕はシミラ卿の言う虚無なんてものを抱いた覚えはない。
 奪われたとか踏み躙られたとかなんの話ってなものだし、なんなら勝手に挫折してそこから這い上がったみたいな扱いをされてることにこそ若干ショックを受けてるんですけど。
 
 挙げ句になんか吹っ切れたみたいに言ってくるんだから何をどう言えば良いのやら。なんかすごいアレな方向に吹っ切れちゃってそうな予感がヒシヒシとするんだけど、これ僕にも飛び火しないかなー。
 というか頼むから、ここまでやっといて自分の中で何やら満足したように自己解決するよやめてよー。事情がさっぱり分からなくて困るよー。
 
「双子についてはギルド長と連携が取れた。基本的にはギルド預かりで面倒を見つつ、時折国からの調査員が聞き取りや聴取などを行う形になる。間違っても今回のような手荒な真似はしないしさせない。それなら杭打ち、お前も杭を引き下げてくれるか?」
「……………………」
「無論今回の馬鹿どもの狼藉による被害、損害の賠償は行う。後日また、ギルド長と話を付けなければな……ああ、追加でコイツらを蹴りたくなってきた」
 
 ため息混じりに説明するシミラ卿。本当に心労すごそうだなー……宮仕えなんてするもんじゃないね、心がいくつあったって足りやしない。
 でもまあ、ヤミくんヒカリちゃんをなるべく、尊重する形で動いてくれてたんだねこの人は。下が馬鹿すぎて傲慢すぎただけで。
 
 かつては仲間だったこの人まで、人を人とも思わない輩になっちゃったのかなーって思ってちょっと悲しい思いをしそうだったけど、そうでもなくてよかったー。
 僕は満足して頷き、そっと杭打ちくん3号を下ろした。
 騎士団長によるまさかの団員粛清により、平穏と平和が取り戻されたギルド内。急ぎスタッフ達も戻ってきて、ものの見事にノされた団員達を簀巻きにして外に蹴り出すところまで含めての業務復帰活動が行われていた。
 同時に屯してた冒険者達も帰ってきたし、レオンくん達やヤミくん、ヒカリちゃんも嵐が過ぎ去ったのを見てか、またやって来る。
 完全にいつも通り、とは行かないけどどうにか元通りになれそうな塩梅だね。
 
「改めてヤミさん、ヒカリさん両名および冒険者の皆様。ならびにギルドスタッフの方々に至るまで、この度は騎士団の新米騎士共が大変なことをした。心よりお詫び申し上げる」
「え、えーと?」
「は、はあ……」
 
 騎士団員達の溢した鼻血やらをモップ掛けするスタッフさん達や、すっかり元通りで酒なんか飲み交わそうとしている冒険者達を前に大きな声でシミラ卿はそう言い、一連の事件について謝罪した。
 騎士団長という、連合王国を代表する存在の一角とも言える方からの謝罪は……事実上、国が謝罪したにも匹敵するインパクトがあるねー。
 呆気に取られた冒険者達が、しかし次第に囃し立て始めた。
 
「お、おう……まったく、ペーペーの躾くらいちゃんとしとけや、騎士団長様よお!!」
「返す言葉もない。奴らの処分は帰還後、厳正に行う」
「貴族ってだけで調子乗りやがって、あんたもどうせ心ん中じゃ同じように思ってんだろ、あぁ!?」
「そんなことはない、と言っても信じてもらえないことは承知している。申しわけない、としか言えない」
「こんだけやらかしといて謝罪だけで済まそうってかい! 賠償しろや賠償!」
「ギルドへの謝罪と賠償については後日、法に則って行う」
「誠意が見えないんだよ誠意が、分かってんのか!?」
「すまない。心よりお詫びする」
「……………………」
 
 うわー、こっちはこっちで即座に調子に乗ってるよ、冒険者の中でもろくでもない連中ばかりが。
 騎士団員も大概だったけど、こうなると冒険者も他所のこと言えないんだよねー。精々ちょっと酒呑んで管巻く時間が減っただけの連中が、一体何を謝罪と賠償させるんだか。
 
 シミラ卿はそうした野次の声にも粛々と答えていく。末端こそアレだけど、騎士団長はじめ騎士団のトップはまだまだこういう高潔な人がいてくれるから、どうにかギリギリ面目を保ててるところはあるよねー。
 そんな彼女になおも暴言を吐こうとする、自分達は見ているだけで何もしなかった連中。彼らにも、鉄槌が下されようとしていた。
 
「今ここですぐ! 土下座しろや!! なんなら服も──ぐぇぇっ!?」
「金持って来い、賠償し、ぐぎゃあっ!?」
「いい加減にしやがれ、糞ったれども!!」
 
 見苦しく聞き苦しい連中へと次々、黙って聞いていた他の冒険者達に殴り飛ばされていく。なんならシミラ卿がやったより苛烈で、壁や床に叩きつけられているのもいるね。
 やったのはベテラン冒険者、特にAランク付近の人達だ。この人達は長いことこの仕事してるから、シミラ卿のことも知ってるしね。
 
 かつては冒険者とともに迷宮最深部を目指していた、旧騎士団の最後の世代筆頭。
 シミラ・サクレード・ワルンフォルース卿は彼らにとって、未だに冒険仲間なのだ。そんな彼女を侮辱するなら、そりゃやる気もなく日がな一日酒を飲んでるだけのやつらなんて問答無用でボコるよねー。
 
「な、なに……しやがる……」
「シミラのお嬢はテメェの拳で落とし前つけてテメェの責任で頭ぁ下げた! だったら俺らの話はそれで終いなんだよ、グダグダ絡んでんじゃねえクズどもが!!」
「てめえら知ってんだろーが、お嬢は3年前のあのパーティーにいたんだよ!! "レジェンダリーセブン"でこそないが、それでも騎士で貴族なのに俺達とも酒を酌み交わした、親愛なる友人なんだぞ!!」
「大体、周りで見てただけの俺らに何が言える……この場で物申せるのはレオン達と、杭打ちだけだ」
 
 ……冒険者というのは、当たり前だけど命懸けのお仕事だ。
 大体の依頼が荒事だし、迷宮のどこかで何かをしてこいって感じのが多い。必然的にモンスターとも戦うし、そうなるとどうしても殺される人だって後を絶たないんだよね。
 世界最大級の迷宮を抱えるここ、迷宮都市の冒険者であるんならなおのことだ。
 
 そんな仕事だからか、僕らは"ともに命を懸けた"人に対してひどく重い友誼を抱く。
 立場や身分も関係なし、一緒に挑戦し一緒に冒険して一緒に死線を越えて……そして一緒に切り抜けたのなら、それはもう家族にも負けない絆を得たとする風潮があるんだ。
 それはレオンくん達みたいな新人さんでも変わりない。だからヤミくんヒカリちゃんを、身を挺してでも護ろうとしたわけだしね。
 
 ──そして。
 だからこそ、ベテラン冒険者達はシミラ卿だって赦すのだ。
 
「"大迷宮深層調査戦隊"──そこの杭打ちと同じで、シミラのお嬢も伝説の一員なんだよ。俺やお前らとは格が違うんだ」
 
 かつて迷宮最深部を目指し、騎士も冒険者も貴族も平民も、スラムの者でさえも関係なく世界中のエキスパートが集結したあのパーティーにシミラ卿が在籍していたことを、彼らは知っているから。
 それまでの歴史で20階層程度までしか開拓できなかった迷宮を、一気に88階層まで攻略し……迷宮攻略法という、冒険者全体の実力を底上げした技術体系を編み出した。そんな伝説的なパーティーに彼女がいたことを、彼らは覚えているから。
 
 そんなシミラ卿を、彼らは心から尊敬しているから赦すんだねー。
 大迷宮深層調査戦隊の元メンバーだったシミラ卿への擁護はその後も続き、結果として馬鹿みたいな野次を飛ばしていた冒険者達は、そそくさと逃げ帰ることになった。
 まあ、彼らもお調子乗りなだけで極端なワルってわけでもないし。また明日にでもやってきて、いつもの通りダラダラ酒を呑んで管を巻くんだろう。そしてそれを、殴り飛ばした側の冒険者達も受け入れるのだ。
 遺恨は残さない。これもまた、冒険者達の鉄則なんだよねー。
 
「庇っていただき感謝する……本当に、ありがとう。今回の件については追って報告するが、今回のところはこれにて失礼する。改めて、ご迷惑をおかけしました」
 
 そんな絆を重んじる冒険者達の姿に、シミラ卿もどこか目尻を光らせながら再度頭を下げ、叩き出されたボンボン共を馬車まで引きずって帰っていったのが印象的だ。
 随分精神的に疲れてるみたいだったけど、この後どうせ王城でボンボンを殴り倒したことでネチネチいびられるんだろう、大変だー。
 
「騎士団長なんて糞面倒な仕事さっさとやめて、お嬢も冒険者になりゃーいいんだよ。どうせ貴族なんざ私腹を肥やすことしか考えてないゴミ以下のクズばっかなんだし、そんな連中のためにあそこまでくたびれちまうことねーんだって」
「つーかお嬢があそこまで思い詰めた感じになるとか、何してくれてんだよスカタン政治屋どもは。調査戦隊にいた頃の自信家が見る影もねえじゃねーか」
「気の毒な話だぜ、なあ杭打ち」
「……………………………」
 
 酒を呑みながらシミラ卿に想いを馳せるベテラン冒険者に、僕も内心で頷く。近くでは当時を知らない若手冒険者達もいて、しきりに僕のほうを見て瞳を煌めかせながら先輩達の話に耳を傾けているね。
 察するにシミラ卿だけじゃなく、僕も同じパーティーにいたってのを耳にして、何やら思っていらっしゃるみたいだ。
 
 このことは冒険者"杭打ち"としてあまり、大っぴらにはしてなかった経歴だ。何せ周囲への影響力がかなり高くなっちゃう類の話だからね。
 変に大層な扱いをされるのもゴメンなのでそれなりに隠してきたわけだし、今回初めて知ったって人がいるのもおかしくはないんだけれど。
 
 あんまり大々的に拡散してほしくないというか、公的には僕だけはあのパーティーにそもそも参加してなかったことになってるから、吹聴するとお偉いさんがまたぞろちょっかい出してきそうで嫌なんだよねー。
 
 まあ、その辺のしがらみもベテラン達が説明してくれるだろうからそこまで心配はしてないけれど。
 それに政治家どもも、今さら僕相手に労力を割くなんてしたくないだろうしね。何せスラムの虫けらですからー。
 
「わ、ワルンフォルース騎士団長はともかく杭打ち。あ、あんたも調査戦隊の元メンバーだったんだな……」
「道理であんな、地下86階層なんて最深部を我が物顔でうろついてたわけだわ……」
「ピィィィ……も、もしかしてレジェンダリーセブンだったりしますかぁ……?」
「? ……………………」
 
 不意に声をかけられて振り向くと、レオンくん達やヤミくん、ヒカリちゃんも戻ってきて僕を見ていた。
 何やら唖然として僕の来歴、つまりシミラ卿同様に大迷宮深層調査戦隊のメンバーだというのが本当なのか聞いてきている。彼らもやはり、そこを気にするみたいだ。
 
 略して調査戦隊と呼ばれるその集団は、3年前に解散して以降、主要メンバーが世界中に散り散りになったことも含めて今や、世界の歴史に名を刻むような伝説的パーティーだからね。
 そんなのにスラム出身の、しかもまだ子供だと思しき杭打ちが参加していたなんて信じられない話だろう。けれどレオンくん達の場合、実際に迷宮最下層部でモンスターを倒す僕を見ているわけだし……納得するしかないけどそれでも疑わしいってところかなー。
 
 あとマナちゃん、僕をあのダサいネーミングの七人組に入れないでほしい。そもそも公的には冒険者"杭打ち"は調査戦隊には属してなかったことになってるんだから、レジェンダリーセブンとかいう爆笑ものの集団になんて入っているわけがないんだよー。
 というかそもそも、そんなことよりヤミくんとヒカリちゃんだよね先に。
 僕は二人の前でしゃがみ、その顔を覗き込んだ。怖い連中が去って安堵している様子に、こっちもひとまず安心する。
 
「…………二人とも、大丈夫?」
「杭打ちさん……はい、お陰様で。あの、ありがとうございます」
「……また助けられちゃったね、杭打ちさん。この御恩は、返しきれるものじゃないかも……このお礼は必ず、どれだけ時間をかけてもするからね」
 
 二人して感謝してきた。やはり10歳の双子としては真面目すぎるくらい真面目に、健気に寄り添って頭を下げてくる。
 こんないい子達を、あのボンボンどもは物扱いしてあまつさえ、ろくでもない研究者どもの玩具にさせようとしてたんだから胸が悪くなるものを覚えるよー。
 
 やっぱり端的に言って終わってるね、エウリデのお偉い連中は。
 できればもう二度と僕の人生に関わってきてほしくないと思いながらも、僕は双子の頭にそれぞれ片手を載せ、撫でくりまわして言うのだった。
 
「……恩に着る必要も、礼をする必要もないから」
「杭打ちさん……」
「正体がなんであれ、君達は、君達のままでいい。無事で良かった」
「……ありがとう」
 
 涙を流して僕に抱きついてくる双子。あー、なんかこう庇護欲が湧くよー。
 人の親ってこんな気持ちなのかな? 子供なんていないしなんなら親だっていないからまるで分かんないけど、この子達のためなら王城の壁という壁をぶち抜いていいかなーって気になってくる。
 まあ必要もないのにそんなことしないけどねー。
 さてこれで、予期せぬ冒険者と騎士団のトラブルもひとまず一件落着した。ここからは予定通り、僕も依頼を受けることができるよー。
 
「と、いうわけでなんかちょーだいリリーさーん」
「緩いわねー。とてもさっきまで、あのワルンフォルース卿相手に真っ向から戦おうとしてたとは思えないくらい緩いわよ、ソウマくん?」
「えへー」
 
 頭をポリポリと掻く。あーいうのは本当は見せたくないんだよね、こんな場所でさー。
 物騒だし、怖がられるし、そうなるとモテないからねー。
 
 何より迷宮内だと一瞬の油断が命取りになるわけだから、否応なしに四六時中殺気立ってないとやってられないわけでして。
 だからこそせめて地上ではゆるーくゆるーく、やっていきたい僕なのだ。
 
 ギルドの受付、端っこのほう。僕とリリーさんのいつもの定位置で二人、誰にも聞かれない程度に密やかな声で話す。
 かといって密談って雰囲気もない、単に声が小さい人同士の会話って程度だ。でも酒呑んで騒いでる人達にはこれくらいでもまったく聞こえないから、僕の声から万一にもソウマ・グンダリに到達することはないと思う。
 
 そもそも聞き耳を立てるような輩がいたら、即座に気づいてるしねー。
 リリーさんが、先程の一件を振り返ってしみじみ語る。
 
「でもほんと、さっきは助かったわ。あなたがいてくれなかったら確実に冒険者と騎士団が衝突してたでしょうし、そうなってからだとワルンフォルース卿も強硬手段を取らざるを得なかったから」
「そうなるとシミラ卿が両者全員叩きのめして終わりだったと思うよー。あの様子だと自分とこの若手にも相当頭に来てたみたいだし、かといって喧嘩に乗った冒険者達もただでは済ませられなかったろうし」
「破壊神かしらあの女……部下の顔面を次々殴り飛ばしてたところなんて私、遠巻きに見ながら震えが止まらなかったわよ、怖くて」
 
 小刻みに震える手を見せてくるリリーさん。よっぽどシミラ卿による新米騎士達への粛清の光景が恐ろしかったみたいだ。
 いつも勝気だけど、内面的にはすごく繊細だもんねこの人、かわいい! まああの時のシミラ卿は僕でも怖かったし、そりゃそうなるよねー。
 ふう、と可憐にため息を吐いて、彼女はさらに尋ねてきた。
 
「あんな狂気の拳骨女でも、大迷宮深層調査戦隊の中では全然上澄みじゃなかったって聞くわね……本当なの? にわかには信じがたいんだけど」
「ん……まあ当時はあの人も、まだ騎士団長じゃなかったからねー」
 
 昔を振り返りつつ考える。シミラ卿も5年前と今とじゃ、当たり前だけど全然実力が違ってるからねー。
 
 5年前、迷宮都市の迷宮を攻略することを目的に世界中の手練を100人以上もの数、集める形で結成された大迷宮深層調査戦隊。
 メンバーはもちろん冒険者が多かったものの、騎士だの海賊だの山賊だの、鍛治師や錬金術師、教授だの、果ては杭を振り回すスラムの欠食児童だのと変わり種もチラホラいたのが特長といえば特長の、大規模パーティーでもあったんだよね。
 
 そしてパトロンとして金銭的支援を行っていたエウリデ連合王国からも、先代の騎士団長と当時期待の次期幹部候補と言われていたシミラ卿が参加していたんだ。
 そんな彼女の強さは、最初こそそこらの冒険者よりは強いかな? 程度だったけど最終的には当時の騎士団長級の、Aランク冒険者にも匹敵する強さを身に着けていたはずだったように記憶している。
 
 ただまあ、調査戦隊って上記の経緯で発足されたからか、異常なまでに層が厚いんだよねー。
 残念ながら今のシミラ卿でさえ、あのパーティーの中ではトップ層はおろか、上澄みとされる上位20名の中にも入れないだろうってほどだ。
 あれこれ考えつつもリリーさんに答える。
 
「今のあの人だったらそうだなあ、戦闘員の中で言うと50位くらいには食い込めそうかも。あの頃は解散間際でも下から数えたほうが早かったし、3年でとんでもなく強くなってるよねー」
「それでも50位って……さすが調査戦隊、層が厚すぎるわ。まあ、そのくらいじゃないとたった2年で迷宮を60階層も攻略するなんて、できなかったんでしょうけど」
「迷宮攻略法を編み出しながらの強行軍だったしねー。特に戦闘要員は結構、無茶なスケジュールで迷宮に潜ってたよー」
「ついでに受けていく依頼の数とペースも、あの頃とんでもなかったものねえ」
 
 当時を思い出し、なんであんなに頑張ってたんだろう? と不思議にすら思う僕だ。働きすぎだよー。
 みんなで迷宮に潜っていた日々は、血と生死の境に彩られていたけど楽しかったとは思う。あれはあれで一つの青春だったのかなとさえ、今の僕なら思えるほどだ。
 
 でもまあ、どうせならやっぱり学園で恋に溢れた青春がいいよねー! 可愛い女の子達とキャッキャウフフと騒いで送る学園の日々! これですよこれー!
 
「はあ、それで送れそうなのかしら? その日々は」
「ああああ灰色の青春んんんん」
 
 必死になってリリーさんに、僕の夢見る愛と幸福に満ちた青春を語ったところそんなことを言われ、僕は見事に撃沈した。
 くそー! いつの日か、いつの日か僕にもアオハルがー!!