ギルドに足を踏み入れる。凍り付いたように動かない一同を見回して、僕は両者のちょうど中間の位置に立ち止まった。
 僕が結構怒ってるのはみんなもう、分かってしまっているんだろう。自然と漏れ出る威圧が、騎士団にしろ冒険者にしろ周囲の人間を竦ませちゃってるしね。
 
「く、杭打ち……」
「杭打ちさん……!」
「……」
 
 レオンくんとヤミくんが僕の名を呼ぶ。それだけで少し、ささくれた気分が晴れる気がする。
 心無い言葉と権力に晒され、それでも一緒にいようとしたヤミくんとヒカリちゃん。兄妹を護ろうと、真っ向から騎士団と対峙したレオンくん達。
 どっちも本当に偉いと思う。僕は心から尊敬して、彼らに深く頷いた……そして騎士団に視線を向ける。
 
「く、う……杭打ちだと……!?」
「スラムの生ゴミ、国の恥部……!!」
「……………………」
 
 ひどくない? そこまで言うことなくない?
 またしても気分がささくれ立つのを感じる。この人達、日頃剣術じゃなくて悪口の練習でもしてるの? 結構やるじゃん泣きそう。
 
 騎士団員ってさっきも言ったけど大体貴族のお子ちゃま連中だし、スラムに住む人間なんて雑草以下くらいにしか思ってないやつらばかりだ。
 ましてや僕なんて、元いたパーティーの絡みもあるから貴族からのウケはまあまあ悪いし余計、気に要らないのかもしれないねー。
 
「おのれ、底辺が我らに盾突きやがって……!!」
「怯むな、総員! こいつは国の敵だ、犯罪者だっ! 捕らえろ、殺せ、八つ裂きにして貴族の威信を示せぇっ!!」
「…………」
 
 物騒すぎるー……どっちが蛮族なんですかね? と言いたくなるほどのえげつない物言い。八つ裂きなんて言葉、本当に使う人いたんだなーと変な感心さえ覚えてしまう。
 
 にしても、本当に低劣というか質が悪いなー今の騎士団……パワーバランス的に冒険者が強すぎて他が空気な土地柄なのもあるけど、それにしたってこれは酷い。
 国営山賊なんて言われてるのも伊達じゃないねー。
 
 さておき、この期に及んでやるってんなら僕も容赦は……容赦はする。殺すのはさすがにやばいし。
 でも半殺し程度にはするよ。国とことを構えるのは極力避けたかったけどこうなったらもう仕方ない、逆に行けるところまで行こうじゃないか!
 そう考え、杭打機を構える!
 
「…………!!」
「総員、突げ────」
「────止まれ。新米共、一体何をしている」
 
 騎士団の連中、大体10名くらいが抜剣してくるのを、さあ来い片っ端から顔面グッチャグチャにしてやると意気込んで鉄塊を振り上げる僕。
 そんな時だった。2階に上がる階段から一人、女騎士が降りてきた。金色の鎧を身に纏った、青い髪を後ろに結った凛とした印象の美人だ。鋭い目つきが、今は絶対零度の凍てつきを湛えている。
 
 ぶっちゃけ知り合いだけど、今気軽に片手を挙げてヤッホーとか言える空気でもノリでもテンションでもない。
 むしろ下手するとこの状況、戦わなきゃいけないかもしれないのだ。うへー、他はともかくこの人だけは骨が折れるよー。
 
 彼女──エウリデ連合王国騎士団団長シミラ・サクレード・ワルンフォルース卿に、部下だろう団員達が次々と助けを求めて叫んだ。
 
「団長!!」
「おお、団長! 見て下さいこの冒険者どもめ、我らの任務遂行を邪魔せんと、卑劣極まる妨害の数々を!!」
「貴族の恥に平民ども! 挙げ句にスラムのゴミまでもが、我らがエウリデ連合王国に楯突いているのです!」
「指示を! 奴ら図に乗った俗物共を殺し尽くし貴族の威光を示す許可をください、団長!」
「…………」
 
 えぇ……? どっちかっていうと卑劣な物言いしたのはそちらさん達のほうなんですが……?
 あまりにカスい言い分に、僕はもちろんレオンくん達はおろか、外で様子を見ていた冒険者達も中にいるリリーさんはじめスタッフさん達もドン引きしてボンボン達を見ている。
 
 そんなことあるんだ? 自分達から仕掛けておいて、まるで一方的な被害者みたいに振る舞って……すごい面の皮だ、逆にすごいよー。
 怒りとか呆れとかぶっちぎちゃって、もうすっかり一同ポカーンって感じ。親の顔が見てみたいってこういう時に使うのかな、どうせろくでなしの貴族が雁首揃えるんだろうし見たくもないけどさー。
 
 で、助けを求められた団長ことシミラ卿はどうするんだろう? 一応部下だろうし、このまま加勢してくるかな?
 そうなったら悪いけど僕も加減してられないや、本気で殺すつもりでやらせてもらうよー。もちろん部下どももまとめてね。
 
 でもその前に、レオンくん達やギルドスタッフさん達には退去してもらわないと。
 僕は周囲を見回し、みんなに話しかける。
 
「…………みんな、逃げて」
「く、杭打ち?」
「杭打ちさん?!」
「……彼女と戦うとなると、どうしても規模が派手になる。この建物から出て。早く」
「!! よ、よっしゃみんな、今のうちだぜ! 逃げろ逃げろ!!」
 
 僕の口振りからヤバい相手だと察してくれた、レオンくんは本当は判断力あるんだねと驚く。それでなんで好奇心に負けて地下86階層まで降りちゃったの? 不思議ー。
 ともあれリリーさんも施設内にいる全員に呼びかけ、この場を僕と騎士団どもだけにするへく脱出しようと動き出す。
 
 そーそーそれでいいよー。本気でやるから悪いけどこの建物は今日を限りでオシャカだけれど、無関係の人を巻き込むわけにはいかないからねー。
 そういえば上の階にギルド長いるのかな……いるだろうな。あの人は別にいいか、殺しても死にそうにないし。
 
「双子が逃げるぞ!」
「ちいっ! 逃がすものか、──!?」
「……ここから先は通さない。一歩も、一秒も」
 
 この期に及んで兄妹を狙おうと、逃げる彼らに追手を差し向けようとするのを僕は視線で牽制した。迷宮攻略法の一つである、物理的圧迫感さえ伴う特殊な威圧を込めての睨みつけだ。
 君ら、僕をどうにかできないうちは絶対に彼らを追えないんだよ。追いたいなら先に、僕をどうにかするといい。
 
 できるものならね。
 騎士団どもに、僕は告げる。
 
「全員、ここで死ぬつもりでいて……」
「何を……!!」
「…………殺すつもりでいくって言ってる」
 
 今も昔も僕がそう宣言したからには、お前らはもう殺されるつもりでいるしかないんだよ。
 杭打ちくんを構えて、僕は敵に向けて歩き出す──
 
「────待て、杭打ち。お前に暴れられては困る、話し合いでどうにかできないか」
 
 ──つもりでいたんだけれど。
 階段を降りてきてこちらにやってきた、シミラ卿に止められて、僕は彼女の美しいお顔に視線を向けた。