古代文明を滅ぼした神の力。僕にとってはまったく覚えがないながら、数万年もの間触れ続けてきたらしい破滅と崩壊の象徴のようなエネルギー。
ソレを、なんの因果なんだか僕は体質的に身に着けているっぽい? というのがレイアの見解、推測だ。レリエさんの証言からなんか僕の身体から出てる蒼いのが無限エネルギーらしいってのは分かったけど、だからってそのもの僕が一体化してる的な物言いも早急かと思わなくもないなー。
「さっきのエレベーターとか機器へのチャージができたのも、ソウくんが元になるエネルギーを宿していたから……そして、迷宮攻略法だってそう」
「……迷宮攻略法!? なんでそんなどこまで話がいくの!?」
「アレは元々ソウくんが使ってた技術を体系化して、そこから私やリューゼちゃんが派生させて完成させたもの。そしてその由来となるエネルギーもまた……君がもたらした、無限エネルギーの一部だと私は推測してる」
話をずいぶん飛躍させたレイアの、興奮で赤らんだ顔を見る。かわいいけど怖いよー、コレ知ってる、オカルト雑誌読んで興奮してる時の僕だよこれー!
エレベーターを何故か僕だけが動かせて理由とか、塔内のエネルギーを唯一チャージできたのが僕だけな理由とか。そこまではなんとなく説得力があるかなーって思うんだけど迷宮攻略法にまで話が行くのは予想外だよー。
たしかに、あの技術群は元々僕が発端だ。物心付く前から迷宮の中、地下40階層あたりにて生きてこれたのもこれが関係してるんだろうけど……
環境適応に重力制御、あと身体強化の3つ。この3つについては僕が調査戦隊に入ってからレイアはじめ、主要メンバーに伝えたものなのはたしかだ。そしてそれを皮切りにレイアとかリューゼとかミストルティンが頑張ってくれて、残りの武器強化とか超回復とか気配感知、威圧能力なんかを開発した。
そしてモニカ教授達、調査戦隊でもインテリな人達がそれを継承可能な技術の形で文章にしてくれて、各国に本の形で流布。それが瞬く間に広まって、めでたく迷宮攻略法は世界中に伝播したって流れだねー。
なので迷宮攻略法の成り立ちについては僕も一枚噛んでいるっていうのはそりゃそうなんだけど、だからって無限エネルギーが絡んでるってのはかなりトンチキな気がするー。
訝しんでレイアを見ると、彼女はなおも輝く瞳で僕を見据えて言った。
「ソウくんによって大地に流し込まれた無限エネルギー。そしてその大地に生まれ育った私達。きっとみんな、生まれながらにして神の力の影響を受けているんだよ。だからその力を自在に使いこなすソウくんの技術を、一部だけでもコピーして使いこなすことができる」
「迷宮攻略法を扱う上で必要となるエネルギーについては、たしかにこれまでどこから引き出しているのかが謎で研究対象ではあった。人体に根ざした、何か霊的なエネルギーによるものではないかという言説も主にオカルト雑誌などで取り上げられてはいたが、当然ながら一笑に付されていたね」
「あっ、ソレ知ってるぜ! 人体の神秘のパワー・チャクラ! あるいはスピリットエナジー! ソウマも知ってるよな!?」
「あー……まあ、うん。知ってるよー」
教授の解説に心当たりがあるオカルト愛好の同士、レオンくんがはしゃぐけど僕としてはその……古代文明そのものはともかく迷宮攻略法についてはあまり、興味がなかったからねー。
力の出処とかどうでもいいじゃん、みたいな? そりゃ使ってて明らかに体調が悪くなったとかしたら気にしないと駄目だけど、別に何年と当たり前に使ってて特に何もないなら、僕みたいな冒険者なら便利に使っちゃうからねー。
そんなわけでチャクラだのスピリットエナジーだののページにはまるで食指が向かず。
むしろ海底に眠るクリスタルの歯車とかはるか山の上に描かれた謎の絵とか、はたまた未だ人類が辿り着けていない世界の奥地とかのほうにこそ浪漫をくすぐられてる僕なんですー。
「名称はなんであれ、結局のところ迷信と信じられてきたものがほぼ、正解だったわけだ……身体に根差した神秘のパワー。何しろかつては神とまで呼ばれたモノが駆使していた力だからね。オカルティズムここに極まれり、さ」
「そう! そしてその神秘のパワーが私達にわずかでも宿ることとなったきっかけが何か、と言ったら、それこそがソウくんってわけ! 迷宮攻略法を人類にもたらしてくれた、いわばそう、"オリジンホルダー"!!」
「お、オリジンホルダー……」
タイトルホルダーをもじったのかな? なんにせよ大層な異名だよ、僕は知ってることをいくつか伝えたってだけなのに。
でもまあ、レイアがずいぶん楽しそうだし、言いたいなら言わせとこうかなー。杭打ちくんを構えながらも向き合う彼女に、なんだかホッコリしちゃう僕だよー。
「ソウくん! オリジンホルダーとして、この世界に迷宮攻略法をもたらしてくれた君はまさしく歴史に残る偉人にほかならない!」
高らかに叫ぶレイア。なんかいきなり僕を名指しで偉人と言い出したけど、こちらとしてはそんなバカなーって感じだよ。
なんだけど彼女は完全に本気で言ってるし、周囲の冒険者達も僕を見ながら頷いたり、息を呑んだりしている。あっ、ウェルドナーさんだけ視線が厳しい! それはそれとして姪御を苦しめたのは許さん的な表情! 怖いよー!
「そんな君が勝つと宣言した以上、それは絶対のことかもしれない……今さっきもソウくん、未来を見てたでしょ」
「あ、分かった? やってみるもんだよね、意外とできちゃってさー」
「……はあ? 未来ぃっ!?」
あっさりと先程の打ち合いの中、度々僕が披露した技術を暴いたレイアはさすがの一言だよ。他の冒険者達には当然見抜けることじゃないから、唐突に何を言い出すのかと唖然としてるー。
正解! そう、僕はさっき、数秒先の未来を見た。無限エネルギーとやらの力のおかげかな、なんとなく見えたんだ。
主にレイアの行動──回避先、およびそこからどう動くか。知らなかったことだけど未来ってのは常に変動しているみたいで、僕が"仮にこう動いたらどうなる? "って思い描くと、その通りの未来が瞬時に頭の中に湧いて出るんだ。
僕が飛びかかって、レイアが攻撃してきて、それを避けて彼女に接近してジャブを放つ。それだけの間にも僕は好き放題未来を見たよ。
幾千とまではいかないけど数十パターンの攻撃の軌道、それぞれにレイアがどう動くか。そしてそれに対してもまた数十の動きを仮定して、さらに未来を見る。
たった一瞬のうちにとんでもない情報量を頭の中に叩き込まれた感じがして、正直フラフラしさえするもののこれは強力無比だよー。
長時間ぶっ続けで使うと倒れそうだから使い所が肝心だけど、それでも必ず勝ちたい局面で使えばおそらく確定で勝てる能力だ。
うん……これなら、たぶん。
僕はレイアに告げる。
「新しい、第8の迷宮攻略法──"未来予知"なんてね。重力制御をも上回る難度だけど、そのうちレイアにも習得できるかも」
「うわー、サラリと私をタイトルホルダーじゃなくしてくれて、もう! ……やっぱり、ソウくんこそが最強だよ」
迷宮攻略法をすべて修得した者をタイトルホルダーと言うなら、いままさに新たな迷宮攻略法が生まれたことでレイアは自動的にタイトルホルダーではなくなった。
なんせ未来予知なんて今はまだできないだろうしねー。それを受けて彼女は苦笑いしつつも僕を讃え、しかし闘気をさらに迸らせた。
まだ、戦う気だ!
「結果は見えてる。僕の未来予知が見通してみせる……それでもまだ、やるの?」
「当然! 予知ならそれをひっくり返すまで! 未知なるものを踏破してこその冒険者なら、私は君が見た未来さえ、踏破してみせるよ!」
強気に笑い、構えるレイア。ロングソードが変わらず彼女の強化を受けて煌めき、鋭く僕へ切っ先を向けている。
レイア、その表情に翳りはない。僕が予知する未来でさえも越えて見せると、雄々しく叫ぶその姿はまさしく英雄たるに相応しい気迫を備えている。
変わらない、いや、それ以上だよ。
僕が憧れた彼女は、尊敬し愛しさえした彼女は……かつてと変わらず、いやそれ以上に尊く気高い輝きをもって今、僕の前にいてくれる。
僕がこの境地に至れたことといい、こうしてレイアの輝きをもう一度、見られたことといい……生きてみるもんだね。
こんな光景にまた会えた、それだけでも僕はなんだか、生まれてきてよかったって思えるよ。
だから、僕も構える。夕陽ももう沈む、日が暮れる。空は暗くなってきて、夜風もいよいよ吹いてきた。
決着は近い。どうあれレイアは短期決戦を仕掛けてくるだろう。重力制御を封じられた上に未来を見る僕、無限エネルギーさえ自在に操る僕に彼女の打てる手は多くない。
これまでにピリオドを打ち、これからをまた、歩き始めるための決闘。
それが今、終わりを迎えようとしていた。
「レイア」
「何? ソウくん」
「改めて、ありがとう……君だけじゃない。こんな僕に関わってきてくれたすべてに、心からの感謝を」
僕を僕たらしめてくれたすべてが、僕を今日まで生かしてくれた。僕一人ではきっと、もっと早い段階ですべてを終わらせていたと思うよ。
だから、ありがとう。ただ、感謝だけを抱く。
「この勝負、どう決着しても互いに悔いはない! そうだろ!?」
「もちろん! 私達はともに、新たな未来を進むために今ここにすべてをかける! これまでのすべてを、この一撃に込めるよ──ソウマ・グンダリ!!」
「僕もだ──レイア・アールバド!!」
そして、どんな形であれこの勝負にケリを着けるよ!
昨日までを今日に追いつかせた今、そこから先の未来へ踏み込むために!!
僕らはそして、最後の一撃を放つべく同じタイミングで踏み込んだ!
ともに駆け出す僕と彼女。互いに、迷宮攻略法は重力制御を除いてフル活用している。
身体強化、武器強化、環境適応、威圧、再生能力、そして僕だけ未来予知。僕のほうが一手多い分有利だけど、そこを覆してくるのがレイア・アールバドだ。決して油断なんてしてられないよー。
「レイアァッ!!」
「ソウマッ!!」
それぞれ相手の名を叫びながらぶつかり合う。踏み込んで次の瞬間には至近距離だ、これをまずは読んでた!
未来予知で数秒間の未来、思いつく限りの動きを各パターン予知して最適解を選び出す。普通はこの局面、ジャブなりアッパーなりで牽制しつつ杭打ちくんを当てる段取りをつけるもんだけど……!
僕の見立ては違う、ここはさらに回り込む! 正面からしかけたら打ち負ける、レイアのパワーは僕より上だ!
だから! 発生させた無限エネルギーで僕をレイアから見て右側に押し込んで、無理矢理軌道を変える!
「ッ!!」
「避けた!? ────右っ!!」
まっすぐぶつかると思ってたんだろう、斬撃を繰り出すレイアの驚きを耳にする。気づいた時にはもう僕は君の右だよ!
……ところがコレが恐ろしい話で、レイアは瞬時に僕の動きに対応し、振り下ろした剣を地面に突き刺してそれを支えにして翔んだ。以前リンダ先輩が見せた、攻撃後即座に姿勢を整えて次撃につなげるための高等技術だ。
そしてそのまま翔んだ彼女が、殆ど見えてないだろうに無茶な軌道で僕に蹴りを繰り出してきた。
するどい、銛のようなキックだ! ギリギリここまでは未来予知できているから予め、その攻撃を知っていた僕は顔面めがけて放たれたそれを首を軽く傾げることで最小限の動作で回避。
でもここからは予知していない、まさしく勝負どころだ!
「杭打ちくんっ!!」
「なんのぉっ!!」
カウンターを合わせて杭打ちくんを、彼女の左胴体の側面に打ち込む。仕方ないとはいえ飛んだのは賭けだったね、身動きが取りづらくなる。
だからこうなるんだよ! 僕は彼女の脇柄に杭打ちくんをぶつけようとして──
「っ、まだまだぁー!!」
「!?」
活きた目、躍動したままの姿に戦慄が背筋を駆け巡る。レイア、まだもう一手あるの!?
瞬間、まったくノーマークだった真下から斬り上げてきた──ロングソード! 宙返りの体勢から、さらにもう一撃加えてきたんだ。
曲芸通り越してるよ、無茶だよー!? 引きつる顔で内心叫ぶ、声を上げる余裕もない!
「ああああああっ!!」
「────ッ!!」
レイアを狙う杭打ちくん、僕を狙うロングソード。まったく同時にお互いを打ちのめす、いわゆる相打ちのタイミングだ。
だけど……こういう攻撃こそ本来、僕が生き抜いてきた地獄なんだよ! 引きつる顔を無理矢理笑顔に変えて、僕は杭打ちくんを振り抜いた!
同時に、斬り上げてくるロングソードを右手の素手で受け止める!!
「ッ!? 痛、ぅ〜っ!!」
ズブリ、と。はたまたザシュッと、もしくはスパッと。
僕の掌にザックリ斬り込んで、肉なんて断って骨まで届く衝撃と痛み。噴き出る鮮血。
レイアを横殴りにしながら、あまりの苦痛に思わず叫ぶ。すっごい痛い! ここまでの思いは3年間してこなかったよー!
さすがはレイアだ、武器強化に身体強化までしてるロングソードの一撃は、僕の身体強化さえ貫通して見事に右手をグロテスクなことにしてくれてるよー!
でも、こっちも! 負けてなるものかと、彼女の胴体に当てた杭打ちくんのレバーを──押し抜ける!
「っ、のぉ!! 杭、打ち、くぅぅぅんッ!!」
「ぐふぁっ──が、あああぁっ!?」
射出される杭が、レイアの防御をぶち抜いて深々と身体に刺さる。決まった──たしかな手応えを覚える。
常人なら、ていうか地下80階層台のモンスターだとしても必殺の威力。間違いなく、決着の一撃だよー。
でもレイアの身体強化は飛び抜けているから、ここまで全力でぶち抜いても精々内臓に届くか届かないかってくらいだ。
その上、僕の手もだけど迷宮攻略法の一つ、超再生能力でこのくらいの傷ならお互い、小一時間もすればそれなりに回復する。まあ全快にはさすがに一日くらいかかるだろうけど、致命傷とはまるで遠い程度のダメージだよ。
「ソウマくん!?」
「だ、大丈夫! すぐ治るよ、僕も……向こうも」
「レイアーッ!!」
「くっ、ぐ、があ、はあ、ぐぁっ……!!」
シアンさんとウェルドナーさんの叫び。それぞれ僕とレイアを心配してのものだけど、僕のほうは問題なくその声に応じられて、けれどレイアはまともに答えることができずに腹を抑え、荒く息をしている。
そのまま僕は、痛みから蹲って動けなくなっている彼女に近づき──
「僕の勝ちだよ、レイア」
「っ、はぁ、げほ、ごほっ──そ、だね。わたし、まけ、みたい」
杭打ちくんを彼女の頭にコツン、と軽く、本当にちょびっとだけタッチさせ、勝利を宣言した。
右手だけ負傷したけど全然動ける僕と、胴体を負傷したために動けなくなったレイア。
互いに渾身の攻撃を仕掛けた末の、これが結果だった。
決着がついた──僕の勝利という形で。
倒れ伏すレイアに杭打ちくんを突きつけて宣言すれば、レイアも息も絶え絶えながらそれを認めた。である以上、余人の意思の挟み込まれる余地もなく結果は確定したんだ。
「ふう、はあ、ぐっ……み、未来は」
「レイア、大丈夫?」
「だ、大丈夫……未来は、ソウくんの見た未来は覆せなかったね、結局」
杭打ちくんの杭で思い切り胴体をぶち抜いたんだ、穴だって空いてるし血だって出る、中身だって見えかねないくらいだ。
だけど荒く息を吐きつつ答えるレイアはそれなりに元気だ。迷宮攻略法・超再生能力がすでに発動していて、彼女の損なわれた肉体をすごい速度で回復させているんだよー。
なんならもう穴だって塞がりかねない。そんな感じでひとまず回復を待つレイアを前に、僕は杭打ちくんを野原に放り投げてその場に座り込んだ。
レイアもまた、ロングソードを手放し仰向けになっている。
「未来……僕が見た以上だったよ。覆しはできなかったけど、見られなかったその先をレイアは見せてくれた」
「本、当ー? 気を、遣って、適当言ってるー?」
「言わないよー……さすがだよ絆の英雄。この3年間でここまで傷つけられたこと、なかった」
「それはこっちのセリフ。なんならここまでやられた経験なんて生まれて初めてかもだよ」
二人して与えあった傷を見せ合い、笑う。そこにはもう、互いへの蟠りなんか影も形もない。
ああ……そうだ。ものの見事に未来を切り拓かれちゃったよー。レイアとの戦いを経て、シアンさんの言葉をもらって。僕は今、やっと過去を背負って前を向く覚悟ができた。
過去を悔やむばかりじゃなくて、そこから反省し。一からリスタートしようって思えたんだ。
深く息を吸って吐く。清々しい気分だ、やっと僕は僕に戻れた。
もちろん未来がすべて明るいわけじゃないだろうし、今後また、取り返しのつかないことをやらかして挫折してって可能性もあり得る。それは僕だけじゃなく誰もがそうだね。
そしてそうなった時、今度もまた立ち直れるかって言ったらその保証だって、どこにもないんだ。
だけど。それでも生きていく。
生まれた意味がなんであれ、生きてる価値があろうがなかろうが……心が折れていても、それでも生きているなら生きていく。
死ぬまでそれは続くんだ。いつか終わりを迎える時まで、価値も意味もなくったって、重い心を引きずってでも身体は明日に向かって歩く。
僕にとってはこの3年間がそうだったようにね。
そうしていつの日か、また立ち上がれる時だって来るかも知れない。僕にとって、今がまさしくそうであるように。
「もうちょっとだけでも、生きて歩いてみるよ、レイア」
「……」
「その果てにある何かが、どんなものであれ──終わりまで歩き続けることそのものが、かけがえのないものなのかもしれないから。それを教えてくれたのは君と、みんなだ」
「そっか。そうだね……何があろうとなかろうと、歩き続けることそのものに意味がある、か。そうだね、きっとそうだ」
満足気に瞳を閉じて笑う。レイアにならって僕もそうする。
風の音、草原が揺れる音。あと、冒険者達が駆け寄ってくる音。
そして何より、大切な仲間達の、声。
「ソウマくんっ!」
「やったでござるなあ、ソウマ殿ー!!」
「みんな……」
抱きついてくる新世界旅団のみんな。傷は塞がってきてるけど流した血はまだ乾いてないのに、汚れるよー?
でも誰も、そんなことお構いなしに僕を抱きしめて頭や背中をナデナデしてくれる。えへ、えへへ! 柔らかい、温かい、いい匂い!
あー、幸せだよー! こんなふうにして撫でてもらえるだけでも、生きてく甲斐があるかもねー!
そう考えると新世界旅団こそ僕のすべてかも! 初恋だらけの僕の新パーティ、サイコー!
「えへ、えへへ! えへへへへへ!!」
「なんかムカつくから完治したら思い切り殴るねソウくん。これ勝負とかじゃないから甘んじて殴られてねソウくん」
「なんでー!?」
怖いよー!?
いきなり白い目で僕を見て、とんでもないことを言い出したレイアにビックリだ。ウェルドナーさんに介抱されながらも、じっとりした目で僕を見てくる。
と、そんな僕の頭を胸に収めるように抱きしめてきたのがうちの団長、シアンさんだ! うひゃー、何これ天国!?
思わず顔を熱くしながら見上げると、何やら勝ち誇った顔をしてるよー? なになに、どしたのー?
「乱暴ですね絆の英雄。"私達新世界旅団の"ソウマくんにこれ以上の暴力は許しませんよ?」
「……へえ? 言うじゃない、貴族のご令嬢様が。ソウくんはたしかにそちらのメンバーらしいけど、でも私達の"特別な"間柄に割って入る資格もないよねえ?」
「こちらのセリフですよそれは? "昔の女"が旧交を温めるまでならともかく、今でも特別みたいに言うのはオススメしかねます」
「…………ほおーん? へぇー? ふぅーっん?」
な、なんなのー……?
僕を抱きしめたままシアンさんがレイアと笑い合ってるけど、なんだか怖いよー?
いろいろ含みがあるみたいだけど、相性悪かったりするのかなー?
首を傾げる僕を、さらに強く抱きしめるシアンさん。それにますます笑みを深くする怖いレイア。
周囲の冒険者達も苦笑いするやら口笛吹いてそっぽ向くやらしながらも──
こうして、冒険者史上に名を残すことになりそうな大冒険は幕を下ろしたのだった!
「──と、いうことがあって、僕はついに新しい人生を歩み始めたのでしたー!!」
「それで新学期からそんなにはしゃいでいるわけかソウマくん」
「モテナイくんがモテナイあまり、ついに妄想に走り始めたかと思ったけど違うみたいで正直ビックリしてるよソウマくん」
「ひどいよー!?」
人類史に残る大冒険! そしてそれから一週間ほどして──僕が通う迷宮都市第一総合学園にも二学期が訪れたよ!
というわけでさっそく朝から登校して教室にやってきた僕は、クラスメイトのケルヴィンくんとセルシスくんにいろいろ語ってみせたわけなんだけどこの有り様。
塩対応だよー!
「ああああ心ない対応うううう」
「はいはい悪かった悪かったって、ソウマくんは無事に過去を振り切って冒険者としても人間としても一皮剥けたってことな」
「もう帽子もマントもつけないって本当かソウマくん。オーランドくんにビビってコソコソ隠れてたのにどういう心境の変化だいソウマくん」
「ああああやっぱり辛辣うううう」
呆れたように笑う友人2人。彼らも当然悪気はなくて、からかうというかジョークなのは僕にもわかってる。
それゆえ大袈裟に机に突っ伏して泣く僕。教室の中でそんな馬鹿なことしてるから、まあ人目は引くよねー。
「グンダリくん、二学期早々また泣いてるけど……彼があの冒険者"杭打ち"なんでしょ? マジで?」
「マジらしいよ? 冒険者の兄貴が言ってたし、一週間前にこの町に戻ってきたあの"絆の英雄"レイア・アールバドと決闘して見事に勝ったって」
「新聞にも載ってたもんな、当世最強の冒険者、杭打ちで決まりか!? って。地下の古代文明にまで到達できたことまで含め、今やすっかり時の人だよ」
「あんなに可愛くて、しゃぶりたいくらい可憐なのにそんなに強いんだ……ふーん? へー」
「えぇ……?」
クラスメイト、のみならず学校中の生徒さん達がこのクラスにやってきて入れ替わり立ち代わり、僕を見てあれやこれやと話してるよー。
そう、一週間前の冒険はレイアとの決闘も含め、あっという間に巷に拡散された。あの場にいた冒険者達やベルアニーさん、レジェンダリーセブンの人達が人脈をフルに使って世界中に発信したんだ。
古代文明、どころか地下に広がる大世界まで発見できた。しかもその際、当代最強の冒険者二人が決闘したなんてセンセーショナルな話題付き。
こんなの広まらないわけがないよー。実際、瞬く間に古代文明世界発見! 杭打ちvs絆の英雄! の報は世界を駆け巡り、レイアは元より僕の存在も以前に増して名が売れることとなったわけだねー。
で。
それを同時に、というかレイアとの勝負を機に僕もまた、正体を隠すことを止めることにした。
帽子もマントも脱いじゃって、着のみ着のまま、素のソウマ・グンダリとして今後の冒険者生活を送ることを決意したんだ。
これまでの3年間に対しての僕なりの答えというか……みんなのお陰でやっと、どうにか生きることを決めた今。姿を隠す杭打ちスタイルはもう卒業すべきだって考えたわけだねー。
それに伴うあれこれとしたデメリット、たとえば杭打ちの正体がバレることについてはもう、真正面から受け止めることにした。
きっとそれもまた、前に進むために必要なことだと信じるから、ねー。
「……だからさ。これからは"杭打ち"もソウマ・グンダリもまとめて僕だ。学生としても冒険者としても、全部ひっくるめての僕として生きたいと思う」
「そうか……ま、安心したよ。友人として、明らかに情緒不安定なソウマくんのことはいろいろ心配だったしな」
「学生としてはともかく冒険者の話になると結構、鬱めいた感じを覗かせてたからなあ」
「えっ。ほ、本当?」
まさかの指摘に思わず問い返すと、友人達は2人揃って首を縦に振る。うわあ、僕こんなところでもやらかしてたのかー!
自分で思っていた以上に僕、わかりやすーく過去を引きずってたみたい。今さら言わないでよーって話だけど、うわー、恥ずかしいよー!
「アレだろ? 何度目の初恋がどうとかわけの分からないこと言って、綺麗所に手当たり次第アプローチかけようとして毎度撃沈してた奇行も結局はそのへんが原因だろ」
「えっ……」
「求めてたのは恋人じゃなくて母性とかそんなんだったり……あり得るかもな。ソウマくんに自覚があるかどうか知らないが、傍から見るとどうも病的なまでに恋愛対象を求めていたし」
「いや、いやいや! そんなまさか! 馬鹿なこと言わないでよー!」
とんでもない推測をし始めた友人2人を止める。奇行とか言われるのからしてそもそもおかしいと思うけど、ましてや母性とかは関係なくてー!
僕は純粋に、まったく清らかな気持ちで彼女が欲しくて手当たり次第コナかけようとしてたんですー! そしてその度にその対象がオーランドくんのほうにいっちゃって泣いちゃってただけですー!
……言ってて悲しくなってきたよー!!
始業式もサクッと終わって僕とケルヴィンくん、セルシスくんはさっそく、文芸部室に行って寛ぐことにした。
夏休み中もかなりの頻度で利用していたこの部屋は、もはや僕にとっては教室よりも気安くて、家やギルドの次くらいに馴染んでいるはずの場所だよー。知り合いも大体ここに屯するからねー。
「それじゃあシアンさん、生徒会長の引き継ぎ業務もほとんど終わったんだー」
「ええ。その際にイスマ・アルテリア・ピノ副会長とシフォン・オールスミス会計には改めて説教……もといお話しましたから、今後ソウマくんに絡んでくることもないかとは思いますよ。ずいぶん意気消沈していましたから」
今やすっかり大所帯、いくつもの机を並べて座る僕らに混じって紅茶を飲むのは我らが団長シアンさん。
サクラさん、モニカ教授とつまりは学校関係者の新世界旅団メンバーと揃っての優雅な歓談だ。
この学園の生徒会長でもあったシアンさんは秋頃、つまりはもう近々生徒会を辞して後継者に生徒会を託すわけなんだけど……その引き継ぎってやつをさっさと終わらせて、今はもうほとんどフリーって状態らしかった。
副会長イスマさんと会計のシフォンさん、揃ってオーランドくんのハーレムメンバーだった可愛い子ちゃんだよぐぬぬーの2人にも大分キツく言ったみたいで、どこかスッキリした表情で笑っているのが可愛いよー。
その隣でサクラさんがクッキーを食んでけらけら笑った。
「リンダ・ガルのアホタレも含め、まとめてオーランドに振られとったでござるしなあ。あのガキも、やっとこマトモなことをしたでござるな」
「マーテル……もう一人の古代文明人。彼女にすっかり手綱を握られていたみたいだね、彼も。わずか数ヶ月の間に散々浮名を流したプレイボーイも、あっという間に年貢の納め時とは」
「御両親と一緒に帰ってきたみたいだしねー。噂じゃずいぶん叱られたって話だし、これから性根をたたきなおされるんじゃないかなあ」
オーランドくんの顛末……というか、これまでとこれからをかるーく話す。夏休み終わり間際になって親同伴で帰ってきたらしい彼は、始業式も始まる前からさっそくみんなの注目を集めた。
というのも自分のハーレムメンバー一人一人に会いに行って、別れを告げだしたんだよねー。なんでそんなことを!? って思っちゃってつい、うちのクラスの委員長ちゃんが別れ話を切り出されるところで迷宮攻略法・身体強化を使って聞き耳しちゃったんだけどさ……
どうも彼、一緒に国を飛び出した古代文明人マーテルさんに本気の本当に惚れ込んだみたいなんだよね。そしてマーテルさんも──これは旅に出る前からだけど──オーランドくんを一途に想ってるみたいで。
だからこれまでの自分にケジメをつける意味でも、いたずらに引っ掛けていた女の子達をきっぱりと振ることにしたみたいなんだよー。
『本当に愛する人を見つけて、今までの自分を振り返って──マジに、ありえねーくらい最悪だったことに気づいちまった。気づいたからにはもう見逃せない。親父やお袋にも殴り飛ばされたしな。それに、マーテルにも叱られた。へへ、こんな俺にもまだ叱ってくれる人がいてくれるんだ。ありがてえよな』
──なんて、自分だけ何やらスッキリした感じに笑うものだから委員長にはビンタされて思い切り泣かれてたけど。
そりゃそうだ、改心したから別れてくださいなんて普通キレられるよそれは。ハーレム崩壊ってこわいんだよー、クワバラクワバラ。
僕には縁のない話だけれど、ああはなるまいと立てた聞き耳もそのままに背筋を凍らせたよー。
「杭打ち殿にもこれまでの謝罪と感謝を伝えたいとかって、拙者を通じてコンタクトを試みようとしてるでござるけどー……そもそも同じクラスでござろ? 直に言えばいいでござろうに、合わす顔がないんでござろうなあ」
「謝罪とか、僕は別に構わないんだけどねー……まあ、それであっちが前を向けるなら良いかなーって。3年かけてようやく謝ることができた僕にはそのへん、何も言う資格はないからさー」
「そんなことはないと思いますけど……相手を赦そうとする心は立派です、ソウマくん」
「えへへー」
シアンさんに褒められてにやける。えへへ。
まあ、そういうことなんだよね。オーランドくんが今まで僕こと冒険者"杭打ち"にしてきた振る舞いを謝罪したいって言うならそれは好きにしてくれたらいいと思う。僕はそれを受け入れて、彼のこれから先の未来が明るいものであることを願うだけだし。
謝れる時に謝れる強さは3年前の僕にはなかったものだからね、それだけでもすごいと思うよ。御両親に鍛え直されたのもあるかもねー。
僕と同じで彼もまた、新しい人生を歩んでいくってことなんだろう。そういう意味では僕らは同類って言えるのかもしれなかった。
さてとお昼前、僕達新世界旅団の面々は文芸部室を後にして、学校を出て冒険者ギルドへ向かう。
勝手知ったるギルド施設はけれど、いつもよりもずーっと人が多い。冒険者達が一気にこの町にやって来ているのだ。
大迷宮は終着点、はるかな数万年も前に古代文明の栄えた地下世界に辿り着いたことを受け、冒険者ギルドは一斉に世界各地へと速報を流した。
世界最大の発見、そして新たなる未知への誘いをあらゆる冒険者達に伝えたんだねー。
その結果当然ながら、近隣の町やら村やら国やらから冒険者がやって来ることやって来ること。
レイアはじめレジェンダリーセブンがやってきていることや杭打ちこと僕が新たな迷宮攻略法を編み出したことなんかも伝えたものだから、古代文明にあまり興味はないけど強くはなりたいって人達までわんさか来ている。
これから先、海の外からもーっと多くの冒険者がやってくるだろうことを考えると、そろそろこの施設だけじゃ賄えないんじゃないかなーって規模になりつつあるよー。
「調査戦隊全盛期の頃よりもなお多いね、ソウくん」
「だねー。この勢いが続くようならたぶん、急いで別な支部施設を作ることになるんじゃないかなぁ、ギルドもー」
「大変そうだねー」
「あなた達ね、他人事だと思ってまったくもう……」
ギルドの受付、僕を担当してくれているリリーさんを交えてレイアと語らう。
言わずと知れた元調査戦隊リーダーにしてレジェンダリーセブン筆頭たる絆の英雄は、あの大冒険からこっち、拠点を完全にこの町に移して冒険者活動を行っていた。
彼女がそうであるということは同じくやってきたウェルドナーさん、カインさんも同様ってことだ。今も彼らはギルド施設内の酒場にいて、こっちをチラチラ見ながらお昼ごはんをたべてるねー。
なんならそのすぐ近くに新世界旅団の面々もいるし、戦慄の群狼のリーダー・リューゼリアとたまたま出会って一緒に食事しているほどだ。
あの冒険をともに経験したってことで、それまでの蟠りとかもある程度解消されて仲間意識、連帯感が生まれたっぽくてリューゼもウェルドナーさんも前より当たりが柔らかいよー。
さておき、僕とレイアは適当に依頼を受けに来たりしているのが今だ。
どうあれ今日はみんなで軽く深層らへんを冒険しよっかー、みたいにここで出くわしてすぐに決めたわけだけど、だったらついでにちょうどいい依頼があったら受けるのができる冒険者スタイルってもんだからねー。
僕らの世間話に乗っかって、リリーさんが頭を抱えて嘆く。
「ギルド長もすっかりはしゃいじゃって、勢い込んでマスコミやらギルド間の連絡網を使って世界中に世紀の大発見を知らしめたのは良いんだけどね……だからって大挙して押し寄せすぎよ! どうなってるの冒険者!?」
「そりゃー、ねえ?」
「大迷宮のゴール地点、はるかな地下世界を発見しましたー! なんて聞いたら、ねえ?」
「3年ぶりなのに仲良しね! 言いたいことは分かってるけど!」
お陰様でこっちは大忙しよ! と大変そうなリリーさん。
うーん、ベルアニーさんもはしゃいじゃってたんだねー。見た目からはいつものキザったらしいダンディおじさんのままだったから見抜けなかったけど、たしかに今思うと一週間前のあの人、やたらテンションが高かったかもしれない。
その結果、浮かれて世界中に功績を自慢してギルドがパンク寸前になってるんだから世話ないよねー。
まあ気持ちは分かるから、僕もレイアも苦笑いするに留めるけどね。リリーさん、ドンマイ!
「うお、すげえ……! 絆の英雄と杭打ちが2人並んでるぜ」
「あいつらが、あの? マジかよ、単なる美少女2人にしか見えねえ。なんも知らなかったらナンパしてるぜオイ」
「分かるけど酔っててもいくなよ。絆の英雄にはぶった切られるし、杭打ちには風穴開けられちまうぞ……大事なところを」
「マジかよ! そいつぁ怖えな!」
周囲の冒険者達もなんか好き放題言ってるし。というか僕は男だよ、何がナンパだよー!!
レイアもなんか軽くうんうん頷いているし。何? レイアまで何? 僕はそんなに男に見えない? この3年でほんのちょっとは背丈も伸びたし体格も……体格は……
「ううっそんなに変わらない! 3年前と今とであんまり身体つきが変わってないー!」
「ホント、びっくりだよねー。無限エネルギーの影響かなぁ、ソウくんってもしかしたら歳を取るのも遅くなってたりするかも。すごいじゃん長生きさんだよー?」
「そんなのよりもうちょっとゴツくなりたいよー!?」
無限エネルギーだかなんだか知らないけどいい迷惑だよ! 僕だって早く大人になって、ダンディーでクールでカッコいー男になりたいんだよー!!
受付机に突っ伏す僕の頭を撫でて、いたずらげに笑うレイアがなんとも憎らしく……そしてそれ以上に、またこんなふうに馬鹿なことを言い合う日が来てくれたことに、こみ上げる喜びを感じる僕だよー。
町を出て、結構進んだ先にある森──の、中にある泉。
ここには現状唯一、最深部近くの地下86階層にまでショートカットできる出入口がある。事実上、地下世界に今一番近い出入口でもあるね。
僕ら新世界旅団にレイア、ウェルドナーさん、カインさんはやって来ていた。
今日はさっきも述べたけど、レイア達のパーティと一緒に深層らへんをかるーく調査する予定だよー。
例によってシアンさんやレリエさん、モニカ教授にとってはかなりの危険地帯だけど、このメンバーならフォローすることは十分に可能だ。
レジェンダリーセブンが3人に僕とサクラさんだしねー。出てくるモンスターなんて軒並み瞬殺しちゃうよー。
「このメンバーなら問題なく調査できるね、いろいろ……特にレリエさんだけは何があっても無傷で帰還できるだろうし」
「えっ……わ、私? なんで?」
出入口に入る前、軽く準備運動を終えてからつぶやくレイアにレリエさんが反応した。ギョッとした顔をして、次いで首を傾げている。僕ら他のメンバーも同様だ。
レリエさんだけが無傷で帰還できる? なんで? 本当になりたての冒険者だから、何があっても彼女だけは生かして帰すとかそういう意思表明的なあれ?
かと思いきやモニカ教授が頷いた。レイアと顔を見合わせて満足気に笑ってる。え、何? なんなの怖いよー?
「間違いないね。この一週間ほどレイアさんと情報交換や思索、議論を交わしていたけれど、レリエだけは絶対に無傷で迷宮を行き来できるはずだ。厳密に言うと彼女だけでなくヤミくんヒカリちゃんの双子とか、マーテルさんもだけどね」
「古代文明人の生き残り? ……いやでもそれじゃ、ソウマ殿が含まれておらぬでござるが」
「僕もたぶん、迷宮内を無傷で行き来できるんですけどー……」
「意味合いが違うでしょ、ソウくんの場合は」
僕だけ仲間外れ!? やだよーさみしーよー! としょんぼりしながらアピールすると、呆れ顔のレイアにツッコまれる。
なんでだよー、僕だって迷宮内を我が物顔で闊歩するくらいできるよー? 出てくるモンスターなんて全員ぶち抜くしー、暑くなったり寒くなったりめちゃくちゃな迷宮内環境だってぜーんぶ、迷宮攻略法で無視できちゃうしー。
って言ってもどうもニュアンスが違うみたい。いやそりゃそうだけども。
レイアはニッコリ笑って、まるで自慢するみたいに自分の発見した成果を、ひけらかすように僕らに告げた。
「君は出てくるモンスターや変わる環境の変化にも難なく適応できるから無傷だけど、他の古代文明人達はそもそも迷宮の影響を受けないっぽいから無傷で行き来できるんだ」
「……んん? 迷宮の影響を、無視? どーゆーことー?」
「つまりね。古代文明人のみなさんだけはモンスターに襲われないし、迷宮のわけ分かんない環境とかも一切関係なく平常通りだし、だから本当に散歩感覚で地下1階から86階まで行けちゃうっぽいんだよ」
「………………………………ええええええええ!?」
嘘でしょ何それ、マジでとんでもなくズルいよー!?
明かされたまさかの話に、僕ら全員目をひん剥いて驚く。なんなら当のレリエさんなんて、息まで止まってしまってるほど衝撃を受けている。
いや、いやいや……いくらなんでもそれはないでしょー。モンスターは誰彼構わず襲うものだし、ましてや環境なんて本当にのべつ幕なしだ。
古代文明人だけそのへん免除! ご自由にお通りください! なんて意味不明だし、何よりそんなんなら僕の存在がどうなんだって話だし。
一応僕だって古代文明人だよー? 疑わしい目つきでレイアとモニカ教授を見ると、教授は肩をすくめてさらに続けて説明してきた。
「厳密には古代文明人ではなく"無限エネルギーを持たない者"を迷宮は受け入れるらしい。だから無限エネルギーの塊とも言えるソウマくんや、君が文字通り万年垂れ流すことでソレが定着しきったこの世界の産物たる我々冒険者には容赦なく干渉してくる」
「反面、あくまで無限エネルギーを外付けの燃料……私達で言えば油とか木炭とかだね。それと同じ位置づけの道具としてしか使ってこなかった古代文明人達は、体内に無限エネルギーなんて宿してはいないから迷宮も干渉してこないって仮説が成り立ったんだ」
「……つまり迷宮は、無限エネルギーを敵視してるってこと?」
「たぶんね。それがなんでかってところは、これから先の調査次第だけど」
古代文明人かどうか、ではなく"無限エネルギーを持つか否か"で迷宮内の事象の対応が変わってくる……そう教授とレイアは推測してるみたいだ。
謎が一つ解けたところでまた一つ、謎な生まれたってわけかー。思えばモンスターの存在も割合不可思議だし、まだまだ迷宮そのものを調査する必要はあるってことなんだねー。
そんなこんなで辿り着いたよ大迷宮地下86階層。あいも変わらず赤茶けた地面やら壁やら床やらが広大な空間だよー。
モンスターの気配は多少するけどまだまだ近くにはいない。しばらくしたらやってくるだろうから、その前にサクッと戦闘準備だよー。
「また、こんなふうにレイアやカインさんと肩を並べて戦える日が来るなんてねー」
「もう、ソウくんってば何度目?」
「ま、言いたいことは分かるよ我が友。3年前のあの終わり方から、まさか3年後の今のこの形に収まるとはな」
何度も、何度も繰り返すように今あるこの光景の奇跡に感嘆の息を漏らす。カインさんの言う通りでまさか、って感じだよー。
レイアと和解して、調査戦隊の中でも特に親しかった人達の何人かと今、こうして冒険に臨んでいる。もう二度とないと思っていたことだし、なんなら僕は一生一人で、罪悪感と失意の中で生きて死ぬとさえ思っていたからね。
それもこれもすべて、新世界旅団に入団してから起きたことだ。
特に関係があるかどうかってところだけれど、僕自身は運命的なものを感じている。だから入団のきっかけをくれたシアンさんやサクラさんには感謝だよー。
「数日前にはワカバとガルドサキスくんもこちらに来るって手紙を送ってきたし……たぶんもうミストルティンも動き出してるだろうね。そうなるといよいよ調査戦隊中枢が一堂に会するわけだねー」
「! あの3人も、こっちに?」
「ワカバ姫!? あの方がこっち来るのでござるか、いやまあ来るでござろうけども」
さらに加えてのすごいニュースだ! 残るレジェンダリーセブンの面々も、昨今の古代文明発見や僕vsレイアの報せを受けてこちらにやってくるみたい。
全員集合!? 興奮に胸が沸き立つような僕。サクラさんも、旧知らしいワカバ姉との再会の予感に顔を青ざめさせてるよー。
……なんで?
「いやあ、姫は尊敬すべき方ではござるが、反面性格的にはあまり、拙者と合うような合わないような……みたいなーって感じでござれば」
「あー……サクラさん的にはワカバの持って回った言い回しとか苦手そうだもんね。遠回しな皮肉とか嫌味が基底にある感じ」
「苦手ってほどではないでござるが……ねえ」
なるほど、ワカバ姉ってたしかになんかこう、迂遠な皮肉屋って感じの美女だったもんねー。
昔はそれが原因でリューゼがキレたり、ミストルティンがキレたり、終いにはウェルドナーさんがキレたりしたんだよー。大体キレさせてるねあの人、怖いよー。
苦笑いしつつもレイアが、はふうと吐息を漏らしつつ呻く。
「ミストルティンも……たぶんまだ全然バチボコ怒ってるだろうし。場合によっては私とサシで決闘しろ! なんて言い出すかも。ああ、疲れるなあ……」
「あいつだけは、グンダリとの和解がどうとか関係なしに怒り狂ってるだろうからなあ」
「ソウマくんがどうの以前に、一人でも彼を助けない選択を選んだ者がいた、というところがアウトだったわけですからね」
「100人いればそりゃ何人かくらいは反対の人もいるのに……あの頑固さは味方にすれば頼りになったけど、敵に回るとただただ厄介なんだよねー!」
おそらく襲来してくるだろう、レジェンダリーセブンの中でも一番頑固で絆を信じるミストルティン。彼女の怒りはもはや僕がどうのこうのでなくて、調査戦隊というものそのもの、あるいは人間そのものに向いていてもおかしくはない。
そうなると大変なのはやっぱりレイアだ。彼女も強いからねー、宥めるのも一苦労だと思うよ。
頑張ってー。生温かく見守ってるとその視線を察知して、振り向いたレイアが力なく笑った。
「ううっ、ソウくんが微妙に無関心さを出してる! ねえ手伝ってよ、調査戦隊でしょー!?」
「元ね、元。今は新世界旅団の団員ですからー」
「そうですね。ソウマくんはもう"私達の"ソウマくんです」
「むう……!」
僕のそばに来て頭を撫でてくれるシアンさん。最近本当にこんなふうにスキンシップが多くて、僕としては嬉しすぎて毎日が天国だよー!
レイアはふくれっ面だけど、すぐにそれも収まる。モンスターの気配がいよいよ近づいてきたんだ、雑談はここまでだねー。
「さて、そろそろやろっか! 今日の目的は例の玄室だよね?」
「うん。まだ古代文明人が何人か眠ってるかもだし、一応調べ直そうかなって! あ、あとさっき受けた依頼でゴールドドラゴンの奥歯もいくつか」
「そっちは毎度のことだねー」
言いながら構える。見えてきたモンスター、さっそくゴールドドラゴンだ。
黄金がそこかしこに見える地肌を持つ巨竜は僕にとっては倒し慣れた敵だよ、相手するにはもってこいだねー!
レイア達も構え、非戦闘員は後ろに下がる。フォローはバッチリ、ウェルドナーさんやカインさんがしてくれる。
新しい人生を歩み直す僕の、これがはじめの第一歩。みんなと一緒に生きていく、最初の戦いが始まる。
昔からの知り合いも、最近知り合った人も。そしてこれから先、出会うかもしれない人達さえも。
みんな、みーんな今度こそ僕は裏切らずに生きていきたい。どうなるかまるで分からない人生だけど、それでもこれからはみんなで話して、みんなで悩んで、みんなで決めてみんなで進んでいきたいよ。
きっとそれだけで良かったんだ。
3年前、僕が本当にしなくちゃいけなかったことを……これからはずっと、胸に刻んで生きていこう。
一つ、大きく息を吸って、吐く。落ち着いた、静かな心でただ、叫ぶ。
「────よし、行こう!! ぶち抜くよ、杭打ちくん!!」
目の前の敵だけじゃない、どんな壁も、未来も、行く末も。
今度こそ幸せ目指して、力一杯生きていこう!
それが僕、ソウマ・グンダリ────学生冒険者"杭打ち"の青春だよー!!