【完結】ニューワールド・ブリゲイド─学生冒険者・杭打ちの青春─

 仲間たちに慰められつつしばらく機器にエネルギーをチャージし続けていると、窓からの眺めを見飽きたのか冒険者達がすごすごと戻ってきた。
 好奇心や探究心がすごい分、目移りするのも早いからねー。言っちゃうと熱しやすく冷めやすい質が多いんだよ、冒険者ってー。

 だから今回も、粗方眺め回して見てるだけなのに飽きたとかでひとまず戻ってきたのかなー? って思っていたんだけどちょっと様子がおかしい。
 なんていうか肩透かし? 拍子抜け? みたいな、残念さが漂う雰囲気だ。え、ちょっやめてよー、僕まだ好奇心ウズウズしっぱなしなんだけどー。

「……どしたのー?」
「うん……いや、まあ見てきたほうが早いかも」
「我々はしばらく塔内を探索するが、お前も充電? とやらが終われば仲間達と見てくると良い。きっと、それで概ね分かるさ」
「……?」

 レオンくんやベルアニーさんが難しい顔をして、僕に軽く教えてくれた。嬉しさや達成感、期待感もあるもののちょっと落胆とか安堵とかが混じった、びみょ~な顔だ。
 そんなになっちゃう? そんなふうになるような風景なんだ、地下世界って。

 うー、気になるよー。
 落胆しそうなのはガッカリだけど、それはそれとしてこの目で直接たしかめたいよー。

 逸る心を抑えてひたすら時を待つ。
 機器の画面に表示されている、チャージ状況? らしい数字は結構溜まってきているっぽい。
 そろそろいいかなー? まだかなー? なんてソワソワしつつもレリエさんに僕は尋ねた。
 
「そろそろ離してもいいかなー?」
「ん……そうね、大丈夫。バッテリーに破損がなければいけるはず」
「やったっ! えーい!!」

 少し考えてから、ついにOKを出してくれたよー!
 すぐさま機器から手を離す、外の光景が気になるとか以前にずーっと触り続けてるのはしんどかったよー!

 かれこれ一時間近くは触れ続けて、別に何かした感じでもないし力を抜かれたような感覚もないんだけどとにかくエネルギーをチャージしたのはたしからしい。
 さっきは手を離した途端にパツーンと灯が消えたけど、今回はまるで問題なく明かりがつきっぱなしだよー。

「…………灯りは消えない。なら大丈夫ね。電源がグリーンになったあたり、たぶんもう100年くらいは充電しなくて良いはずよ、ここ」
「そんなにー!?」
「普通はここまで短時間でこうはならないはずなんだけど……?」

 一時間だけのチャージで100年!? なんかよく知らないけどすっごい燃費だよー!?
 あまりにもあんまりな高速ぶりにレリエさんも奇妙そうな顔をして首を傾げてるよー。怪しげに僕を見るけどやめてよー、僕何もしてないよー!

 なんだか悪いことをした気になっちゃってあわあわする僕。レリエさんも慌ててごめんなさいってしてくれるけど、うー。自分でも自分が怪しくなってくるー。
 そこをまあまあ、と言ってモニカ教授が割って入ってきた。にこやかに、朗らかに笑って僕を見て言ってくる。
 
「ホント、何者なんだろうねソウマくん。こんな見るからに巨大な塔を動かすだけの電力をたった一人、ものの一時間程度で賄うなんて。いや、人間なことに疑いはないけど……」
「けど?」
「……件の"軍荼利・葬魔計画"がどこを終着としたか、鍵はそこにある気がする。なんていうかね、ただ神を滅ぼしたかったってだけじゃない気がするんだよ、私には」

 これまた意味深なことをー……僕を使った神殺し計画に、さらに奥深い目的があったとでも言うのかな。
 だとしたらその目的に、僕が関わってたのはたぶん間違いないよねー。いくらなんでも僕がこんな、古代文明のエネルギーを賄えちゃうなんてどう考えてもおかしいしー。

 そもそも、なんで赤ちゃんをわざわざ使う必要があったのかな。別に今見えてる塔内の機器みたいなの使ってさ、人間挟まずにやり遂げたりできなかったのかなー?
 僕から取り出せる謎エネルギーについてとか、計画の真の目的? だとか。そのへんについてもレイアはいろいろ知ってるんだろうか。
 もうここまで来たんだしそろそろ教えてほしいよねー。

「とにかくソウマ殿の手も空いたでござる。遅ればせながら拙者らも見に行くでござるよー」
「おお、そうだね、そちらがまずは先だ。いやはやついに分かるのか、古代文明の全貌が……!」
「みんなが言葉を濁していたものは、一体……?」

 と、サクラさんが僕らに呼びかけてモニカ教授、シアンさんが続いて呼応する。ついに辿り着ける光景への期待に、みんなさっきの冒険者よろしく興奮を隠しきれない様子だよー。
 僕とレリエさんも彼女らに続いて窓へと向かう。
 さあさ、それじゃあ拝見させてもらうよ、古代文明の世界ってやつをー!
 仲間達とともに外の世界、地下世界を見る。
 塔から放たれる光は暗闇の世界を太陽もないままに強く照らし、はるか地平線の向こうまでさえ明確に映している。
 これならずいぶん遠くまで見られそうだよー。

 意気揚々と視線を外界へ移す僕達。
 するとすぐさま目に見えてわかるほどの異様な光景に、言葉を失うことになってしまった。

「…………!! これ、は」
「……樹海?」
「見渡すばかりの樹々、木々……」

 そこにあったのは、一言で言えば自然だ。
 濃い緑。地表をどこまでも埋め尽くす、異常繁殖したような木々の連なり。
 まさしく樹海だよー。

 どこにも人工物は見当たらない。樹海に呑み込まれたのか、はたまた潰されたのか。数万年も立てばそりゃあこうもなるかもしれないね。
 古代文明の痕跡どころじゃない、人間の営みの痕跡さえ欠片も残ってないや。なるほど、これは冒険者達も微妙な反応を返すはずだよー。

 だけど驚愕はそれだけじゃない。僕達より先に、視線を遠い彼方へ向けていたレリエさんが最初にソレに気付いた。
 
「あ、あれは……!!」
「レリエさん?」
「どこ向いてるでござる? ずーっと向こ──!?」

 震える声で僕らを促す彼女につられ、地平線の彼方を見る。そして目に入ってきた光景に、僕らは今度こそ絶句した。

 ──暗雲にも似た巨体がある。陸地に大きく聳え立つ、黒い闇の塊だ。
 雲じゃない。かといって山でもない。それはおそらく生物だ。顔がどこかとか、胴体とか手足がどこかが判然としないけど、それは明らかに生物のフォルムをしている。
 サクラさんが、唖然とした様子で我を取り戻して叫んだ。
 
「な、なんじゃありゃ!? でござる! 雲!? いやまさか、や、山!?」
「にしては形がおかしい! ……まるで、動物のような」
「虫にも、獣にも、魚にも見える……けど、何か、残骸めいているような気がしますが……?」

 黒ずんだ巨体は遠目からでは詳しいところはわからない。近づいて調べる必要があるだろうけど、少なくとも山じゃないのは間違いない。
 いろんな動物の面影を残した、合体させたかのような奇妙で恐ろしい、見ているだけで背筋が凍りつくような姿をしてるよー。

 アレが何か、知るはずもないけど僕にはなんとなく分かった。
 きっとアレなんだ、古代文明を滅ぼしたのは。人に作られ、暴走して、そしてすべてを食らってみせた化物の中の化物。
 アレを殺すために、僕はきっと生み出されたんだ。
 
「まさか、あれが、神?」
「そんな……あのようなモノが、人の手で生み出されたと!?」
「間違いないわ……わ、忘れるわけがない。あの姿、アレは紛れもなく私が、眠りに就く前に見たのと同じモノ。古代文明を滅ぼした、元凶!!」
「無限エネルギーを宿した、神……」

 怯えも露にレリエさんが叫んだ。遠く、こちらを見ている冒険者達もやはりか、と息を呑む。
 地下世界が作られるきっかけとなった、つまりは僕達の世界を生み出すきっかけとなった生命。あるいは本当に、僕らにとっての神と言えるかもしれない。

 そんな生き物の成れの果てが、視界の先に映る巨躯だった。
 そう……成れの果て。最初に見た時点でわかっていたけど、改めて認識するよ。
 アレはもう、死んでいる。
 
「死んでる……っぽいでござるな? 劣化はあまりしてないみたいでござるが」
「うん、見るからに生命を感じない。アレは間違いなく死んでるよー」
「あの神の死をもってソウマくんが計画から解き放たれたと考えれば、骸は10年くらい前まで生きてたことになるからね。古代文明の痕跡そのものはどうやら数万年の時に呑まれて樹海に消えたようだけど、アレだけはつい最近まで生きていたことになる」
「劣化のなさはそのせいか……!」

 生きている生命が放つ気配を、あの巨躯からは感じられない。もう完全に死んでいるんだと思う。サクラさんも同じ見解だし、そこは間違いないね。
 モニカ教授の推論からすると、アレはつい10年前くらいまでは生きていたことになる。ついって言うには長い年月だけど、それ以前に何万年とかけてきたんだから誤差みたいなものではあるよねー。

 もしかしたら実はまだ生きてて、僕や他の冒険者総出で戦わなきゃいけないとかって展開あるかも? みたいな心構えは一応してたんだけど、死んでるんならそれに越したことはないよね。
 はーよかったーってみんな、安堵のため息を漏らして済ましてるんだけど……ただ一人、レリエさんだけはやっぱり異なる反応を見せた。

 静かに跪き、両手を前に組んで祈りを捧げるように俯き出したんだ。
「最近までずっと、生きていたのね」
「……」
「人の都合で生み出され、人の都合で使われて……天罰のようにすべてを滅ぼしてもなお、人の都合からは逃げられずに何万年も。神は、生き続けさせられたのね。生命を弄ばれて、そうして死ねなかった、ずっと」
 
 跪いて懺悔するレリエさん。祈るように組んだ両手を、涙が何滴も垂れては濡らしていく。

 古代文明が健在だった数万年前から、ほんの10年前まで生き続けてきた──生かされ続けた神。
 滅ぼすものさえ失ってさまよい続けることとなった、あまりにも無惨で悲しい末路を迎えたその生物兵器の成れの果てが今、地平線の向こうに見える。

 そのことに、レリエさんはどうしようもない哀切と罪悪感を握りしめるしかできないみたいだった。
 咽びながら、許しを請うように謝り続ける。

「ごめんなさい……神様。私達かつての人間は、本当に愚かでした……!!」
「レリエさん……」
「無限なんてあるはずがないのに、目先の欲に走って……! そのひずみを、歪みをすべて生み出されただけの命に差し向けた! 神様も、ソウマくんも、私達のような愚かな人類がいなければこんな、こんな……!!」

 ……僕もかー。まあ僕もだよね、同じ名前をした計画の詳細を聞くにさ。
 数万年、エネルギーを奪われてじわじわ弱り殺された神と数万年、エネルギーを奪うために眠らされ続けた僕と。どちらも古代文明人の都合によって生み出されて数万年という時に翻弄されたのは一緒と言えるかもしれないね。

 でも、僕に関して言えばそんなに気にしないでほしかったりするよー。
 彼女の傍に跪いて、その身体を優しく抱きしめる。罪に震えるレリエさんに、僕は語りかけた。
 
「レリエさん、僕はそれでも生まれてきてよかったって今、思えてるよー?」
「…………」
「あの神は知らないけど、僕については気にしないでよ。あなた達がいなかったら生まれなかった以上、これまでがどうであれ僕はただ、ありがとうってだけなんだからさ」

 そもそも古代文明がなかったら、僕という命は今ここにいたかどうか。生まれていたかさえ怪しい。
 それを思うと、あんまり卑下されるのもちょっともんにょりっていうか……僕を思うならそれこそ気にしないで欲しいかなーって思うからねー。
 
「そうだよ、そこはソウくんの言う通りだよレリエさん」
「あ、レイア」
「古代文明の為したこと、その功罪……論ずるには今を生きる私達にはあまりにも情報が足りないけれど。少なくともソウくんを産んでくれたことについて、私はそれだけでかの文明を肯定できる」

 慰める僕の前に、他の冒険者達と一緒に塔内探検に出向いていたレイアがやって来た。見れば他の冒険者達も戻ってきてるから、一旦落ち着こうみたいな空気になったのかもねー。
 まあ、ここに至るまでいろいろありまくったからここいらで一度地上に戻り、改めて地下世界調査チームを組むってのは必要だと思うし。

 レリエさんに落ち着いてもらうためにも、ここはホームに戻るのがいいかも。
 それを考えるとちょうどいいタイミングでのフォローだよレイア。グッジョブ!
 
「……そう。そう、ね。はるかな過去を、その善悪さえ含めて、後世に委ねる。それこそがあの時代を生きた、私の使命なのかもしれません」
「加えてあなたなりの新しい生き方を、できるだけ納得の行く形で過ごすこともね」
「そうだよレリエさん。誰にだって、幸せを求める理由と権利があるんだからさ」

 二人がかりでの言葉に、少しは元気を取り戻してくれたみたいだ。レリエさんは軽く微笑みを覗かせて、涙に濡れた顔をハンカチで拭った。

 ふー……焦ったよー。美女はやっぱり笑顔が一番、だしねー。
 塔のエネルギーチャージなんかよりもよっぽど重要なミッションを成し遂げた達成感がある。レイアもどこか、ホッとしたように笑っている。

 そんなレイアが唐突に、大きな声で僕に呼びかけたのはその時だった。
 
「…………さて! じゃあソウくん、そろそろ本題に入ろうか!」
「……えっ。本題?」
「うん! ここまでずーっとぼかし続けてきた、ソウくんに残された秘密のことだよ!」

 今このタイミングでなんか言い出した! いやまあ、たしかにずいぶん待たせるなーって感じだったけどさ。
 僕に残された秘密──主に塔のエネルギーを充填できたこととか、ナントカ計画の真の目的とか、かな。そのへんについてはレイア自身、さっきなんらかの確証を得たみたいだったけど。

 いわゆる答え合わせ、今から言っちゃうのかなー?
「お、なんだなんだ"杭打ち"の秘密が明かされんのか!」
「塔やらなんやらについては今後ゆっくり調べられっけど、杭打ちの秘密はなかなか聞けねえぜ! おいみんな、杭打ちの隠しごとが明らかになるってよー!!」
「おおー?」
「なんだなんだー?」

 話を聞きつけて冒険者達もゾロゾロやって来るよー。本当にもう、無闇矢鱈に好奇心が強いー!
 これには新世界旅団の面々も苦笑いだし、レリエさんもあらあらって笑ってる。僕だってつられて曖昧な笑みを浮かべちゃうねー。
 
「あはは……まあ、どのみちみんなにも立ち会ってもらうつもりだったし良いんだけどね」
「そうなの? ……え?」

 聞き捨てならない言葉。立ち会うって、僕の秘密についてかな?
 にしてはなんかこう第三者的というか、見学してもらう的なニュアンスじゃなかった? なんだか嫌な予感がしてきたんだけど、レイアを見る。

 薄く、優しく──そして闘志を秘めて。
 微笑む彼女に全身が粟立って、僕はちょっと待ってと震える声で確認した。

「立ち会い?」
「うん。私とソウくんの、もしかしたら最初で最後になるかもな──決闘のね」

 唖然。まさかの喧嘩だよー!?
 決闘? 僕とレイアが? なんで? 何を今さらそんなこと、調査戦隊にいた頃だってしたことなかったじゃないか、決闘だなんて!!

 意味の分からない提案だ。僕とレイアが戦う意味なんてどこにも少しばかりもない。いや僕が一方的に殴られるならまだしも、僕のほうからレイアに攻撃するなんて恥の上塗りだ、できるわけがないよー!
 
「決闘!? 戦うの、なんで!? 僕の秘密は!?」
「なんでってそりゃあ、3年前から今までの総決算のため、かなー? あと、ソウくんの謎については戦いながら説明するよ。そっちのが分かりやすいし」
「そっ……それなら、僕は何もしないよ。何もできない。レイアにただ殴られ斬られするよ。戦いにもならない」

 意義を問えば総決算、だとか戦いながら説明したほうが分かりやすい、なんて意味ありげな言葉が返る。3年前から今までってことはやっぱり調査戦隊解散にまつわる話なんだろうけど……
 それならやっぱり僕にはできないと、首を大きく左右に振る。筋が通らない。

 僕は一方的な加害者で、恨まれる側で、何をされても文句一つだって言ってはならない側だ。
 本当は再会してすぐに素っ首跳ね飛ばされても文句言えないくらい、レイア達調査戦隊メンバーに対して大きな罪を背負ってしまっている。
 
 そんな僕が、決闘にかこつけて被害者にしてしまった彼女を攻撃する? できないよそんなこと!
 だから僕にできるのは、戦いじゃない。ただ斬られ、突かれ殴られ痛みを受けてせめてもの贖いをするだけなんだ。
 新世界旅団のためにも命だけはあげられないけど……それ以外ならなんだって差し出しても良いとさえ、今の僕には思えるよー。
 
「ソウくん……」
「今さら償うなんてできないよ、分かってるそんなこと。でもそれでも、僕にできることがあるならなんでもやるよ。命は、さすがにあげられないけど……」
「ソウくん。そういうところも含めての総決算だよ」

 けれどレイアは、そんな僕をこそ否定するように告げた。僕のこういう、償いへの意欲さえ含めて彼女は、この決闘をもってすべてを精算するっていうんだ。
 そのまま静かな眼差しで僕を見つめて、続ける。
 
「3年前。私"達"は過ちを犯した。取り返しのつけられない、大きな過ちを」
「達……って、レイア!」
「それぞれの罪だけじゃなく! 自分一人が悪いと思ってる、そんな君の歪みを正すためにも!」

 なんで……自分達も悪かったって言うの? あの解散の流れの中に、レイア達が悪かったところなんて一つもないじゃないか。
 ミストルティンがキレて離脱したのだって、僕がそもそもやらかさなければあり得なかったことだ。僕が調査戦隊に入らなければ。レイア達と出会わなければ。今でもみんな、仲良くともに冒険を続けられていたはずなんだ。

 僕さえいなければ。
 今ここにいること、生まれてきたことを喜ばしく思うけど、それでもたしかにこれも僕の本音だ。
 そんな想いさえ見透かすようにして、あなたは……それでも言うの? リーダー。
 
「……私達が前に進むためにも。この戦いは必要だよ。お互い死力を尽くしてぶつけ合うんだ、何もかもを」
「…………」
「戦おう、ソウくん……ソウマ・グンダリ。私達の止まった時計を今、動かす時が来た」
 
 必死ささえ湛えた目で、僕を見据える。レイアは本気だ、嫌でも分かるよ。
 僕たちが、前に進むために。3年前に止まった時間を、動かすために。
 
 ──そう言われてしまうともう、僕には頷くしかできなかった。
 レイアとの、一世一代の決闘、だよ。
 レイアとの決闘。急に決まったそれは一旦、この地下世界、いや迷宮からも脱出した先……いつもの見慣れた草原に行うこととなった。
 紛れもなく大規模な戦闘になるだろうし、発生する被害などを考えると地下でやるのは本当にまずいからだ。
 誰も、地下世界に隔離されたり大迷宮内で生き埋めになったりはしたくないからねー。

 そんなこんなで地下世界から、えっちらおっちらと這い上がって僕らの一団は今、野外にいる。
 気になる調査もろもろは一度切り上げてエレベーターで地下88階層へ戻り、そこから地下86階へ。そしてショートカットの出入り口をえっさおいさと登ってようやく、一人残らずの脱出を果たしたのが今ってわけだねー。

 外はすでに夕焼け色、オレンジが空と大地とを染めて雄大だ。
 思い切り未知なる冒険をしてきた僕達は、そんな美しい風景をこれ以上ないってほどの満足感と達成感で眺めていた。

「お、おお……懐かしいぜ、陽の光」
「って言ってももう夕方だけどね。でも、一日土竜してたからはんだかホッとするわ」
 
 レオンくんやノノさんがしみじみつぶやく。新米冒険者の彼らにとっては、護られての随行とはいえそれだけでも神経を使い果たしたことだろう。ヤミくんヒカリちゃんの保護者としての参加、お疲れさまでした。
 他の面子、新世界旅団のメンバーや戦慄の群狼、冒険者ギルド代表のベルアニーさんやシミラ卿も健在だけど結構くたびれてるみたい。
 
 ヤミくんやヒカリちゃんに至ってはもうおねむみたいで、レリエさんやシアンさんにおんぶされて運ばれてるよー。
 羨ましい! 代わって欲しいかもー! ……なんて、冗談ふかしてる場合でもないんだよねー。

 草原にて、みんなと距離を取った場所に二人、立つ。
 一人は言わずもがな僕、ソウマ・グンダリ。そしてもう一人は"絆の英雄"レイア・アールバド。
 これから決闘するだろう僕達だけがみんなの元を離れ、互いさえもそれなりに距離を置き、面と向かい合っていた。
 
「……さて、ソウくん。準備はいいかな」

 愛用のロングソードを抜き放ちながらレイアが話しかけてくる。戦意は十分、用意は万端って感じだ。怖いねー。
 こっちなんて準備どころかモチベーションだってろくにないのに。まったくなんでこんなことになったんだよ、意味不明だよー。
 ぼやくようにレイアに返事する。

「よくはないよ、いつだって……ねえ、本当にやるの? 僕を一方的に締めてさ、それで手落ちってしない?」
「しません。そんなの単なる八つ当たりだし、私がしたいのはそんなことじゃないからねー」
「八つ当たりって……正当な権利だよ、それは。君は、君達は僕に復讐する権利がある」
 
 レイアだけでない、調査戦隊にいた人達を見て僕は言う。なんでかみんな、僕に対して敵意を持ってはいないけど……彼女だけでなくみんな、本当は僕なんて八つ裂きにしてもし足りないはずだ。
 そしてそれは、決して理不尽な八つ当たりなんかじゃない。自分の都合を優先した結果、調査戦隊を破滅に追いやった我儘な子供に対しての正当な復讐だ。
 他ならぬその我儘な子供本人がそう認識しているんだから、そこは間違いない。
 
 だって言うのにレイアは悲しげに笑う。ウェルドナーさんも、カインさんもリューゼでさえも、それぞれ俯いたり瞳を閉じたり顔を顰めたりはするけど、殺意や憎悪を向けては来ない。
 なんで? 惑う僕に、レイアは首を横に振って告げる。
 
「ないよ、そんなの……やっぱりソウくん、君は今すごーく歪んでる。自分のしたことを重く捉えすぎて、それに押し潰されちゃってるよ」
「押し潰される資格なんて僕にはないよ。だから調査戦隊を終わらせてしまったあとでも僕はずっと、挑み続けた」
 
 ──みんなの冒険を終わらせてしまった僕に、立ち止まる資格はない。

 だからせめて迷宮へ挑むことだけは続けたんだ。贖罪ですらない自己満足だけど、それでもいつか、他の冒険者達に何か残せるものを見つけられるように。
 せめて大迷宮内のモンスターを掃除くらいすれば、そのうち誰かの役に立てるかもしれないと思ったのもあるし。
 
 新世界旅団に入ったのも、そのへんの想いが関係しているところはあるかもしれない。調査戦隊の後釜になろうってパーティの、冒険者としての後輩、シアンさん。
 彼女を見てふとこう思ったのは事実だ──ああせめて、この人のために何かしてあげられたら。少しはあの日の償いになるだろうか。
 そんなことを、ね。
 
「だけど結局、それだって僕の独り善がりだ。いつだって僕は勝手者だ。あの頃も今も、何も変わらない。心底嫌になるよ、こんな自分が」
「そんな自己否定ももう終わりだよ、ソウくん。君と想いを交わして、私達は互いを理解し合って、互いを許し合うんだ──ねえ、だからさあっ! そろそろ私の話を聞いてよっ!!」
 
 俯く僕に、訴えるように叫びながらレイアは駆けた。夕焼けに映える、美しい英雄の姿。
 僕もまた、咄嗟に杭打ちくんを構える。ああ、当たり前のように反応してしまうこんな僕が嫌いだよ。素直に斬られてしまえば良いのに。
 僕めがけて振るわれるロングソードを、杭打ちくんで受け止める。余裕だ。
 レイアにしても小手調べ程度なんだろう、大した威力も込められていない、お遊びの斬撃だけど──
 
「やる気ないことばかり言って、実際、死にそうな顔しててもさ」
「……!」
「身体は勝手に動くみたいだね! やっぱりソウくん、君は本物の戦士だよ!」
 
 それをもって彼女は僕の、頭ばかりじゃない部分の本音を見透かしたみたいだった。笑顔で指定してくる。
 少なくとも身体はこの通り、向けられた攻撃に咄嗟に反応する程度には生きる気があって、活力だってあることを。
 
 嫌になるよ。どんなに理屈こねて自分を否定しても、僕の身体はそれでも動くんだ。
 本能の部分が叫んでいるんだよ……戦え! 良いも悪いもなくただ戦え! 生きろ! って。
 僕は右手に握る杭打ちくんを振るった。ロングソードごとレイアを弾き返し、そのまま彼女の胴に照準を定める。
 
「まったく」
「! くっう!?」
「こんなことばかり上手くなる! 罪の償い方さえ知らないくせに、僕ってやつは!!」
 
 嘆きとともに放つ杭打ち。それ相応の威力だけれどこっちだって小手先だ、少なくともレイアにコレは通じない。
 ほら、実際に……ヒットの瞬間、彼女は即座に重力制御を用いて防御した。杭打ちくんと自分の間に薄い重力の壁を張って、衝撃を吸収させたんだ。大した技術だ、3年前にはなかったテクニックだね。

 そうして僕の一撃を防いだレイアが、側面に回り込んで突きを放つ。シミラ卿かってくらいに正確で速く、そして今度は威力も在る。まともに喰らえばチクッと痛むくらいはするかも。
 でも喰らってやれないよ。僕は今しがたレイアが見せてくれた技をそのまま使い返した。

「…………!? ソウくんも同じ技を!?」
「真似してみたよ。意外とやってみるもんだね」
「嘘ぉ!? どんな天才、それとも化物!?」
「化物ー!?」

 刺突を完全に視認した。その向かう先を予測して、最低限度のブラックホール・シールドを展開する。
 相手が突きを放ち、もう止まれないタイミングに合わせてだ。当然、レイアの攻撃は弾かれる──シールドのある部分めがけて突きを放ってるんだから当然だね。

 見様見真似でも案外できちゃうもんなんだ。驚愕に顔を染めるレイアに向けて言ってみると天才はともかく化物扱いされちゃった。
 ひどいよー……ひどいからもう一手打っちゃうよー!

「重力制御はお互い、あんまり良くないねこの場合」
「っ、何を」
「互いに攻防自在ってんじゃ千日手だ。だからお互い、強制的に使わないでいようか──!!」

 どっちも互いの攻撃を一々重力使って防いでたんじゃ、それこそ日だって暮れるし夜明けも来ちゃう。それはギャラリー的にも良くはないよね。
 だから僕は宣言とともに重力制御を使った。エウリデ全土の重力を把握して制御、誰にも何もできないように防備を固めたんだ。

 これによりレイアはおろかギャラリーのリューゼだって重力に何もできない。かく言う僕も、エウリデ全土の重力を掌握するのに手一杯で他の操作は何もできそうにない。
 よし、成功。これこそがいいんだ。重力制御は互いに禁じ手としたいなら、強制的に誰も使えないようにすればいい。
 簡単なことだねー。

「っ!? 重力制御ができない! こ、こんなことまでできるのソウくん!?」
「なんとなくだけどねー。実際、使えないと割と困るでしょ、レイア」
「……だね。まったく、いとも簡単に人の切札を潰してくれるよ」
「レイアが望んだ戦いだからねー」

 本当はしたくないけど、やるとなったらやるしかない。少なくとも僕の身体はどうしたって迎撃のために動くし、レイア本人がそれを望んでいる。
 心は……痛むけど。素直にやられてしまえってずっと叫んでいるけど。けれど裏腹の、強いやつとの戦いに胸踊る感覚が生まれているのもまた、事実だ。

 なんて勝手なやつなんだよ、僕は。あまりに身勝手すぎて、泣きたくなってくるよー。
 思わずして、気持ちを吐露する。

「この期に及んでまだ僕は、償うことから逃げてるのかな? ……分からない。どうすれば僕は調査戦隊のみんなに償える? あの時僕は、本当はどうすればよかった? そんなことばかりこの3年、ずっと考えてきた」
「ソウくん」
「もう、自分でも何がなんだかわけがわからないよ。どうすれば僕は、何をすればいい……?」
「──ソウくん!!」

 助けを求めてどうなるんだか。そう自嘲しながらも嘯けば、レイアはまたしても斬り掛かってきた。
 まるで手を差し伸べるかのようにロングソードが奔る。僕はそれを、まるで手を払い除けるように杭打ちくんで迎え撃った。
 今度は重力制御なんて使っていないけど、身体強化と武器強化は健在だ。こっちも正念を入れて対応しないと杭打ちくんごと押し切られかねない威力。
 切札を一つ失ってなお勢いを増すレイアは、攻撃とともに僕に向け、必死に訴えかけてきていた。
 僕の犯した罪と、その償いについてを。

「償い方を分からないんじゃないよ、君は! 勝手に罪を重く見て、勝手に背負って、それで本来課されるべきものを見誤ってるだけ!」
「何を……」
「ありもしない罪の幻影に押し潰されて、ありもしない償いを求めるからわけわかんなくなっちゃうんだよ!!」
 
 猛攻、そして叫び。
 彼女はまさしく自分の考えを理解してもらうために今、僕に向かってきているんだ。僕は償い方を知らない分からないじゃなくて、まずはそもそものところ、犯した罪は何なのか考えるべきなんだって。
 
 意味が分からない……そんなの明白だ。僕がみんなより孤児院を取って、調査戦隊を壊滅に追いやったこと。それこそが罪だ。
 孤児院は見捨てられなかった。そこについて僕は何一つ後悔してないけれど、それでももっと他にやりようはあったんじゃないかって、そこは今でも悩んでいるよ。

 そう、だからこそ分からない。調査戦隊を護りつつ孤児院を選べる手はなんだった? 仮にあるとして、その手段をどうやれば僕は、選べた?
 そこさえわからないから償うことさえできないでいるんだ。そんな気がする。僕は、振るう杭打ちくんで、レイアを払いながら応えて叫ぶ。
 
「でもね、現実に僕は調査戦隊を滅ぼした! それがすべてだ、僕の罪だ! だったら償いはなんにせよ、しなくちゃいけないだろ!?」
「そこからして違う!! 君の罪は調査戦隊を解散させたことでもなければ、ましてや孤児院を選んだことでもない!!」
「何を……!」
 
 レイアも僕に打ち払われる度、負けじと超速度で接近してきてはロングソードを振るう。ぶつかり合う得物同士、その度に地面が破れ大地が裂けて、暴風が巻き起こる。
 観客の冒険者達も十分な位置を取りつつ、それでも被害を受けている。揺れる地面に足を取られて、吹きすさぶ風に身体を飛ばされて。
 
「うおああああああっ!?」
「な、なんて戦いだ!? 台風と地震が、いっぺんに!」
「こ、これが冒険者"杭打ち"と"絆の英雄"の戦い……」
「世界最強の2人の、ぶつかり合いでござるか!!」
 
 知った顔も叫べば、知らない顔も喚く。みんな、僕とレイアの戦いの規模に恐々としているみたいだ。
 さすがにタイトルホルダー同士はね、ぶつかるとこうもなるんだよ! だから嫌だったんだ、絶対に周囲に被害が及ぶから!!

 僕は多少なりとも周囲に気を遣うけど、レイアはまるきり気にせず向かってきてる。
 3年前と、立場が逆だ……! あの頃は僕こそ何も考えずに好き放題して、レイアはそれをずっとフォローしてきてくれた!
 なんでこんな、合わせ鏡みたいになるのっ!? 混乱と戸惑いの中、杭打ちくんでロングソードを迎え撃つ。
 
「聞きなさい、ソウくん! 大切なもの二つを秤にかけるのも、より大事なほうを選ぶのも生きてれば当然あるんだよっ! 君だけの話じゃない!!」
「っ!?」
「そして選ばなかったほうがどうなったかを、どうすればよかったかをあとになって悔いることだって当たり前! そんなの罪でもなんでもない、生きてる限りいつだって誰にだってついてまわる話なんだよっ!!」
 
 力強く断言する彼女に、二の句が継げない。
 当たり前? こんなことが? 僕のした最低な行為が、そしてその結果生まれた罪悪と後悔さえも生きる上で当然のこと?
 ……そんなはずがない。あるもんか、そんなこと!
 
「嘘だ! それは優しい嘘だよレイアの! 僕を慰めるために言っている!!」
「そう思いたいのは分かるよ! 自分で自分がどうしたって許せない君は、どうしても自分を傷つけたがっているから!」

 雄叫び否定すれば、倍ほどの声量で言い返される。その声に込められた気迫に、思わず後退りしてしまう!
 いけない、ここで気負いで負けるわけにはいくか! 僕の贖罪は、ちょっと優しくされた程度で揺らいで良いものじゃない!

 吹き荒れる風に帽子が飛び上がる、素顔が丸見えだけどもう知るもんか。
 嵐めいた夕焼けの草原の中、レイアを睨みつければ──負けじと彼女も僕を睨みつけ、射殺さんばかりの眼光とともに続けて叫んだ。

「でも本当だよ! 私だってそうだったからね、この3年!!」
「レイアが? 何を悔やむ必要があるの──!」
「どうすれば調査戦隊の解散を、ソウくんが思い詰めるのを、防ぐことができたのか! リーダーだったくせに何もできず崩壊を見ているだけだった私にとっても、あれからの日々は地獄だった! ……地獄だったんだよ、ソウくん」
「……!!」
 
 もはや感極まってか涙さえ流しながら、レイアは最後には消沈してつぶやいた。
 レイア……君がどうして、そんなふうに苦しむの?
 3年前の調査戦隊解散から今に至るまで、地獄だったと泣き叫ぶレイアの姿に僕は、激しく動揺する自分を自覚していた。
 あれからの日々……こないだの話からするに、レイアはそれでもうまいこと生きてこれていたはずだ。海を渡って古代文明の資料室を発見して、その研究に注力して謎を解き明かした。
 
 見事なまでに充実した日々に思える。その話を聞いて僕は、こんなことを考えること自体ふざけてるんだけどホッとしたのも事実だよ。
 良かったって。レイアはたとえ一度すべてを奪われても、すぐにまた立ち上がることのできる本当の英雄だったって。奪った側が絶対にしちゃいけない考えなのはわかった上で、それでもそう思ってしまったんだよ。

 なのに。
 なのになんで、この3年を地獄だったと言うの、レイア……!?
 
「調査戦隊の仲間達が、エウリデ王国への対応をどうするかで分裂して、仲違いして……最後には空中分解しちゃった。それをただ、指を加えて眺めているだけだった、私……!! この3年、後悔ばかりだったのは私もだよっ!!」
「そんなことないだろ!? レイアも必死にみんなを繋ぎ止めようとしていたって、そう話を聞いてる!」
「しようとしていただけだよ!!」

 剣戟が、苛烈さを増す。鬱屈した感情が温度を上げるのに比例して、攻撃の鋭さが、強さが、込められた気迫が! 強くなる……!
 これは……この威力は、僕をも超える……!?

 杭打ちくんが徐々に追いつかなくなる。今はまだ対応できているけど、少しずつ圧倒されていく。
 この3年、僕はずっと戦ってきた。反対にレイアは研究に専念してきて、その分だけ実力だって開いているはずだ。なのに押されている。

 気持ちで、負けかけている?
 斬撃の猛攻に、マントがドンドン傷付けられていくのに焦りを感じる僕へ、レイアは叫びから一転、静かにつぶやくように告げた。
 
「実際はね、ソウくん。もう諦めてたんだよ、ソウくんが調査戦隊を黙って抜けた時点で。ああ、もう駄目だな、終わりだな──そう確信しちゃって、何もできなくなっちゃった」
「僕が……抜けた時点で」
「だってそうでしょ? リーダーのくせに、仲間のくせに、メンバーが抜けるかもって一大事を何も知らないままだった私達。あとになってどれだけ悔やんだって揉めたって全部手遅れだよ」

 涙を流しながら、けれど何も色のない表情。完全なる虚無の顔をして、レイアは凄絶な言葉を放つ。
 僕の離脱が、レイアに調査戦隊の存続そのものを諦めさせていた。いろいろ動いていたのも実のところ諦念が先に来ていて、本心からのものではなかった。

 信じられないよ、そんなの。
 レイアは絆の英雄だ。どんな時でも友愛を重んじ絆を信じ、だからこそ多くの人が、英傑達が彼女を慕ってついていく。金や名誉よりなお尊く輝く絆の集約者──それが彼女のはずだ。

 鍔迫り合いの中、愕然と彼女を見る。絆を愛し絆に憧れた、そんな君に誰よりも憧れた。
 なのに今では、君は君自身を否定するの? 僕の、せいで?
 彼女は薄く笑う。
 
「"絆の英雄"? 笑わせるよ、何が……助けを求める声にも気づかずに、手遅れになってから騒ぐみんなを見ているしかできなかった分際でさあ。それでそこから先はもうだめ、何をしていてもずっと、あの頃の思い出と後悔が滲んでは染みて……っ!!」
「ち、違う。それは、僕がみんなに何も言わなかっただけで。 僕が悪いんだ! 僕が、誰にも何も言わなかったから」
「そうだよ! そこはそのとおりだっ!!」

 震える声でつぶやけば、レイアは激高してさらにロングソードを奔らせる。駄目だ、杭打ちくんが間に合わない!
 一閃、二閃。三閃目はどうにか杭打ちくんで払い除ける。けれど二撃も受けてしまった、マントの下、服が破ける。身体強化はしているけど、相手も武器強化しているからダメージは通ってしまった。

 血が、滲む。
 けれどその痛みやショックさえ気にならないほどの言葉が、彼女の口から発せられていた。
 
「ソウくん! 君の罪は卑劣な脅しに屈したことでも、その結果調査戦隊を解散させたことでもない!! ────仲間にせめて一言だって、相談しなかったことっ!!」
「!!」
「君さえ言ってくれていれば! せめて助けてくれの言葉さえあれば!! みんなで支えられた! 何か別の方法を考えることができたんだ!!」

 調査戦隊と孤児院を秤にかけた。
 そして孤児院を取り、調査戦隊を捨てた。
 その結果、調査戦隊を解散へと導いてしまった──
 それらすべてが問題ではない。

 そもそも秤にかけざるを得なくなったこと、どちらかを選ばざるを得なくなったこと。
 それらすべてを、誰にも何も相談しなかったこと……それこそが僕の唯一にして最大の過ちだと、レイアは叫ぶ。
 
「そんなに私は、私達は頼りなかった!? 仲間と思ってたのにそうじゃなかったの!? 君にとって調査戦隊は、信頼もできない間抜けの集まりだったの!?」
「れ、レイア……」
「答えろっ! ソウマ・グンダリーッ!!」
 
 怒りと哀しみの嘆き。
 込められた感情の大斬撃を、僕は今度こそ、袈裟懸けに直撃してしまった。
「ぐう────ッ!?」

 袈裟懸けに受けた大斬撃。レイアの想いが嫌ってほどに詰め込まれた、怒りと哀しみ、そして嘆きの一撃をもろに受けて僕は吹き飛ばされた。
 杭打ちくんをも手放すほどの衝撃、大幅に後退する僕。どうにか倒れることだけは避けて片膝を付けば、直下に生い茂る草原が赤く濡れた。
 そして痛み。出血している。

 致命傷ではもちろんない……こんな程度で簡単に死にはしない。死にはしないけど、当然ながら傷は負う。
 傷を負えばもちろん、血だって出るわけで。そうなるとまあ、痛むくらいはする、よね。

「ソウマくんっ!!」
「ソウマ殿っ!?」
 
 血飛沫を撒きながら草原に膝をつく僕に、シアンさんとサクラさんの悲鳴が聞こえた。
 傍から見ればそれなりのダメージだ、叫ぶのも分かるよー……でも大丈夫と、僕は彼女らに向けて手を翳した。制止したんだ。
 まだ勝負はついてない。駆け寄ってこられたら、巻き添えになるかもだからさ。
 
「ッ……」
「答えて。私達調査戦隊は、あなたにとってなんだったの?」

 ゆっくりと立ち上がれば、レイアは僕がいた位置に立ったままロングソードの切っ先を向け、静かに問いかける。
 僕にとって調査戦隊とはなんだったのか──涙に濡れた痛ましい顔で、そんなことを。

 そんなに仲間を信じられなかったのか。なんて、思いもよらない言葉だった。
 むしろ逆だった。信じていた。だから僕一人くらい抜けたってなんの問題もないってそう思って、僕はあの脅迫を呑んだんだ。

 でも……もしかして、僕は。レイアの言葉にふと、惑う。
 何か、取り返しのつかない思い違いを、していたんじゃないのか?

「レイア、僕は……信じていたよ。僕が抜けてもみんな、調査戦隊は大丈夫だって。相談、しなかったのは、それは」
「それは、何?」
「…………みんなの迷惑に、なるから。っ、え?」
 
 震える声で、つぶやく。自分で自分の言葉が、おかしいことに今さら気づく。
 みんなの迷惑になると思って僕は誰にも何も言わなかった。それでもみんな、上手くやってくれると信じていた。
 
 でも、それはおかしかったんじゃないの?
 みんな上手くやってくれるって本当に信じていたんなら、僕はどうしてみんなの迷惑になる、なんて思った?
 みんなのことを信じていたなら、それこそ──
 
 血の気が引く。あまりにも遅い、遅すぎる気づきだった。
 僕はみんなに何をした? 秤にかけたとか裏切ったとか、それ以前の問題なんじゃないのか?
 僕は────
 
「────誰のことも信じてなかったから、何も、言おうとしなかっ、た?」
「私は、私達はそう受け取ったよ。ソウくんは実のところ、私達のことなんて仲間とも思ってなかった。彼の信頼は、本当の意味では存在してなかったって」
「ち……ちがう、ぼくは……」

 声が震える。足元が覚束ない。視界が、ぐねぐねする。
 僕はみんなを、調査戦隊の仲間を仲間だと思ってなかった? だから一切頼らず、何も話さずすべてを勝手に終わらせた?

 そんな、だったら、それは──それって、秤にかけたとか以前の問題じゃないか。
 もっと前。調査戦隊に入る前。レイアに出会って勧誘された、その時点から僕は。

 僕は調査戦隊を、裏切っていたってことなんじゃないか。

「…………分かってる。分かってるよ、ソウくん」

 そこで不意に、レイアが微笑んだ。悲しげな笑み。
 やるせないとばかりに首を左右に振って、そして告げる。
 
「ソウくんはね。仲間も、信頼も、本当の意味では理解してなかったんだ。今なら分かるよ」
「…………レイ、ア」
「ずっと一人で生きてきた君に、いきなり他者を信じろ、仲間と思え、絆だと知れ、なんて……あまりにも無茶苦茶な話だった。君の来歴を知れば知るほど、私達の求めたものの傲慢さ、残酷さを知ったよ」
 
 だから、そこはごめんなさい、と。
 頭を下げるレイアに、僕はもう、何も言えない。
 
 汗が流れる。息が荒い。僕自身、気づいていなかった僕の過ちに気づいて、目眩がする。
 本当の意味では誰も信じていなかったから、僕は、どうせ誰に相談しても意味ないって思っていたから、僕は。
 すべてを勝手に決めて、すべてを勝手に終わらせた。そうするべきだと思い込んで、そうして良いんだと勝手に信じて。
 
 目が覚めた気分だ、最低の心地だよ。レイアの斬撃を受けてなお、すでに回復している傷の跡に触れる。
 かすかな痛み──どうにか正気を保つようにそこをぐっと握って僕は、浅い吐息を繰り返した。