地下88階層。今僕らがやってきているこの地点はレリエさん曰く、なんと塔の真ん中辺りから星を覆うように張られている膜にきわめて近い場所なんだって。
 膜って言ったらたしか、僕らの生きるこの大地そのものにも関係するすごーいものだったはずだよー。彼女に尋ねる。

「それってその、今の僕らの世界を支えてるっていう?」
「ええ。この扉というか柱は塔から枝分かれして伸びているはずだけど、そもそも膜の保全作業を行うためにあるものよ。ほら、陸地の淵、梯子がある」

 湖岸に立って水面を覗き込むレリエさん。あまり水場の近くにいるとモンスターが急に出てくるかもだし危ないよー、でも話は気になるー。
 彼女を護りがてら僕やレイア、主だった冒険者達やモニカ教授みたいな好奇心の権化さん達が同じく湖岸に集まって、直下を覗き込む。透明な水、不思議なまでに透き通る水中……

 埋もれた土の中、たしかに梯子っぽい、垂直に等間隔で取り付けられている取ってみたいなのが見えるよー。

「本当だ……!」
「古代文明人はこの扉から外に出て、膜の状態の確認や調整、あと整備を行っていたの。つまり今いるここよりすぐ真下はもう、地下世界が広がってるわけね」
「俺達、今、地面の一番下にいるのかよ!!」

 レオンくんが興奮も露わに叫んだ。いや彼だけじゃなく他のみんなもざわついている。そりゃそうだ、こんなこと聞かされて興奮しない冒険者なんていないよー!
 つまりはこういうことなんだもの──僕らは地下世界の入口に立っている。件の扉さえ開かれれば、後はもう古代文明世界に辿り着くのみなんだから。

 そしてそれは言い換えれば、ここが僕らの生きる大地の、下方向での終着点ということをも意味している。
 終わりと始まり。二つの世界の境界線。こちらとあちらの狭間に今、僕らはいることになるんだ。
 3年前に来た時はこんなこと思いもしなかったけど、やっぱりいろいろ知ってからだと受ける感慨も全然違うよー、くうーっ!

「なんとも言えん気分だ、ここが我々にとっての地の底とは。その上でさらに潜れば地下空洞的な世界が広がっているのだから、まったく年寄りには衝撃が強い」
「同感です。3年前にもここに来たことはありますがその時には事前知識がなかった。真実を知った今、改めてこの地点に戻ってみると……なんともはや、寒気さえしてくる心地ですよ」
「我々的には冥界とでも言うべき空間かもしれませんからね、地下世界とは。すでに滅び去った文明の土地、死んでしまった世界。まさしく冥府の世界と呼ぶに相応しいでしょう」

 ベルアニーさんのぼやきめいた独り言に、ウェルドナーさんやカインさんが反応して3人、会話している。
 寒気とか冥界とか、若干ネガティブ寄りな印象を受けているのはやっぱり比較的年長さんだからかなー。いろいろ慎重になるんだろうねー、助かるよー。

 ──と、言ったところでいよいよ扉へ挑もうか。
 指定されているのはもちろん古代文明人、4人。僕、レリエさん、ヤミくん、ヒカリちゃん。
 横並びになり、扉の脇に在る台座? の前に立つ。なんでもレリエさん曰く、ここに4人が揃って手を置けばそれで扉のロックが解除されるんだとか。
 トンデモ技術だねー。
 
「……よし、触るよ。何かおかしいと思ったらすぐに下がって。レイア、フォローよろしく。レリエさん達に万一にも危険が及ばないようにね」
「単なる鍵付きの扉で、その鍵が今回の場合古代文明人4人ってだけだし何もないとは思うけど。分かったよソウくん、任せて」

 まさか扉の開け閉めでそんなトラップ、ないとは思うけど一応後詰めを頼む。僕はともかく他3人は自衛手段がない、何があっても護らなきゃいけない人達だからねー。
 レイアもそれにしっかりと頷いてくれた。よし安全だ、それじゃあいよいよ、行こうかな!
 
「行くよ……!」
「ヒカリ、手をつなごう……!」
「うん、ヤミ……!」
「私達の生きた遥かなる過去に、今、手が届く……!」

 僕だけはイマイチ実感とかないけど、それでも古代文明からやってきた4人だ。
 お互いに声を掛け合いながらも、台座に手を伸ばし、置いていく。

 そうだ、今こそ開け扉よ。数万年、そして3年の時を経て僕らは帰ってきた。
 帰ってきたなら、迎え入れるのが筋ってものだろう!

 4人がそれぞれの右手を置いた。何拍か空けて、にわかに震える台座。
 そして。
 
『────ロック解除』

 無機質な声が響いて、台座は緑色の光に溢れて。
 やがて扉が大きな音を立て、独りでに開き始めたのだった。