辿り着いた地下88階層。湖をどうにか渡った先、見える柱の扉を開けられればきっと、さらなる下層へと辿り着けるはずだ。
 3年前には断念した地点。今、僕らはまたしてもチャレンジの機会を得ていた。

「さて! それじゃあここからはソウマ大先生、お願いします!」
「はいはーい」

 レイアに呼ばれて準備する。湖岸、静かに凪いだ水面へと進む。
 ここから先こそ僕の出番だ。件の扉を開くのに僕が必要っていうのとはまた別に、湖の向こうへとこの人数がまとめて進むには現状、僕が必要不可欠なんだ。

 いきなり前に出た僕を見て、シアン団長が訝しみながらもレイアに質問する。

「何をするのですか?」
「んふふ。迷宮攻略法・重力制御……今のところ私とソウくん、あと一応リューゼちゃんくらいしかまともに使えないだろう攻略法の奥義を使って、この場のみんなをあの岸にまで移動させてもらうんだ」
「一応はヒデーっすよ姉御ォ。あとちなみにもう一人、Sランクのやつがタイトルホルダーになったみてーっすよ。そいつも使えるんじゃないっすかねえ」

 特に隠すことでなし、サラリと答えるけど周囲の冒険者達はどこか息を呑む人が多い。
 自分達もいくつか習得している迷宮攻略法の、奥義とまで絆の英雄が言ったんだ。そりゃみんな緊張が走るよねー。

 そう、重力制御。これこそが迷宮攻略法最難関の技術にして最奥とも呼べる究極地点だ。
 何しろ普段僕らに当たり前に干渉している引き合う力……重力を知覚してそれを操作する感覚が必要だからねー。こう言ったらなんだけど、完全に才能の世界だよー。

 現状だとたぶん、僕ら3人とあともう一人、なんとかいう3人目のタイトルホルダーの人しかまともに使うことさえできない技法。けれどその中でも特に僕だけはいろいろ、さらに特殊なところがあるんだ。
 レイアが続けて説明してくれるよー。
 
「重力制御にはタイプがあってね。私のように攻撃方面や防御壁として使うのと、ソウくんみたいに自身の身体を浮かせたりするのとで得意分野が分かれるんだ」
「分かれるって……技術的には同じものなのでしょう?」
「たとえば剣術って言ってもいろいろあるでしょ? 斬撃主体だったり刺突主体だったり、はたまた防御に特化してたり。それと同じだよー。私とリューゼちゃんは攻撃と防御に特化してるんだけど、ソウくんは同じこともできつつさらに重力そのものを自在に操作できるんだねー」

 実際のところ、レイアほど派手なブラックホールなんて生成できないんだけどー……まあ縮小版で良ければたしかに、似たようなことはできなくもないよねー。

 今説明されたのが大体すべてで、レイアとリューゼが一部分、攻撃に限って言えば僕以上にハチャメチャできるんだけど他はこれと言って何もできない。
 逆に僕は、そこまで攻撃に特化してるわけじゃないけど他のことも色々できる。空を飛んだり、浮いたりね。
 その辺を指して、リューゼがため息混じりにぼやいた。

「オレ様は姉御と同じタイプだなァ。つうか空飛んだりなんてできるソウマがおかしいんだ。今は4人しかいねーからタイプ分けしてるけどよ、今後使えるやつが増えていったらたぶん、ソウマだけは異端って話に切り替わっていくと思うぜ」
「ひどくないー?」
「まあ……リューゼちゃんの仮説は、私も同意かな。今後迷宮攻略法のタイトルホルダーがたくさん出てきたとしても」

 なかなかひどいこと言われた気がするよー? たぶん二人もコツさえ掴めば、空を飛んだりくらいはできると思うんだけどねー。
 まあ、今のところ僕にしかできないのは間違いない。だからこうしてさあ行け、さあやれと言われてるわけだしー。
 
「言っちゃうと対象地点に重力を収束させるって使い方しかできない私達と違って、ソウくんは明らかに自由度の高い干渉の仕方をしてる。なんなら私達にできることだって彼はできるしね。彼にできることを私達ができない以上、自分で言うのもなんだけど結局彼が上位互換なのは間違いないよ」
「誤解だよー。僕はレイアみたいにブラックホールは作れないよー」
「作る場面がないからね。でもさっきだって、やろうと思えばできたでしょ? あのくらい」
「……誤解だよー」

 できなくはないけど、レイアを差し置いてやる意味が薄いだけだね。
 そこはあまり深堀りされると、ちょっと僕としても気まずい気がするから止めてほしいかなー。

 誤魔化すようにけふけふ咳払いしていると、レイアはやはり、優しい微笑みで僕を見やる。
 それからニッコリ笑ってシアンさんの方を向いた。