【完結】ニューワールド・ブリゲイド─学生冒険者・杭打ちの青春─

「ぐんだり、そうま? ……ソウマ・グンダリ?」
「魔を葬ると書いてね。前にソウくんは、なんとなく思い浮かんだからソウマと名乗ってるって言ってたけど……あなたを生み出した計画と同一の名称だったんだ。運命ってあるんだねー」

 明かされた古代文明人の最後の計画"軍荼利・葬魔計画"。そのもの僕の名前が使われているのは、むしろ逆で僕がその計画を流用したんだろう。
 この名前、初めて地表に出て孤児院の人に尋ねられた時に咄嗟に出た名前なんだよね。そんなものと同一のネーミングなのはさすがに、偶然の一致としては出来すぎてるよー。

 とはいえ、その計画が僕の誕生とどう繋がってるのかは見えてきていない。なんとなく計画の一環として僕が生まれましたー、みたいな話っぽい気はしてるけどそれが本当かはまだわからないしねー。
 同じ予感を抱いているんだろう、レリエさんがどこか緊張した面持ちでレイアへと尋ねた。
 
「それで、その計画がどうしたの? それでなんで、ソウマくんが生まれたなんて表現になるの」
「……それはね。彼こそが古代文明が最後に生み出した兵器だからだよ。ソウくんは、古代文明が創り出した最後の生命体、計画によって生み出された、作られた生命なんだ」
「はあ?」

 思わず言っちゃった、いやでもはあ? でしょこんなのー。
 計画が僕を生んだ、いや作ったのはまあ良いよ。古代文明にとって最後の生命なのも、まあなんかそういうタイミングだったんだねーって感じだし。

 でも兵器って……そんな大層な言われ方するようなものじゃないはずだよー。僕は人間だよー。
 歩きながらでも戸惑い、意味不明理解不能って視線を送る。もうすぐ地下87階層への道も見えてくる中で、レイアは沈痛な面持ちで僕を見て、言った。
 
「神を、長い時をかけてでも弱体化させて滅ぼす──その身に宿した無限エネルギーを、横取りする形で吸収する機能を備えた生体兵器による力で。ソウくんは、地下世界に潜む神の力を簒奪して、弱め殺すために産まれた生き物だった」
「……えええっ!? 僕がそんな力をっ!?」
「神の力を、奪う力!?」
「もっとも、おそらくすでに……すべての決着は付いてるんだろうけどね。ソウくん自身にも自覚もないだろうとは思うよ」

 肩をすくめるレイアに、僕もみんなも唖然としている。つい立ち止まってしまい、最後尾にいるリューゼに"ぼさっとすんな! "って小突かれている人までいるよ。
 いや……実際マジでびっくりだよー。知らない間に神を相手に赤ちゃん僕がなんかしてて、しかも知らない間に終わってたとかー。

 全部覚えがない話だしぶっちゃけ、物心つく前のこととか知らないからまるで関係ない他人の話にしか聞こえないや。
 なんとも微妙な反応を見せる僕をよそに、レイアの話は続いていく。同時にさらなる地下、87階にまで続く道を僕らは順繰りに進み始めた。
 
「古代文明人の最後の生き残りに、グンダリという名前の──本名か渾名かはしらないけどね──女がいた。科学者だったその女は古代文明のほとんどが息絶え、あるいは冷凍睡眠に眠る中、一人だけで神殺しの計画を立て、実行した」
「神殺し? まるで英雄だな」
「ただ、やったことは最低でした。神を解析して開発した無限エネルギー吸収能力を、産まれたての赤子に埋め込み……そのまま棺に押し込んで冷凍睡眠させたんです。生き物として、人間としてでなく兵器として、モノとして扱うために」

 嫌悪感をむき出しにした物言い。彼女がここまで他者に対して嫌そうな言い方をするのは珍しいや、三年前にはあのエウリデ王にさえにこやかに応答してたのに。
 ……まあ、気持ちは理解できるけど。無限エネルギー吸収能力を埋め込まれた産まれたての赤子って、それが僕なんでしょ。

「眠らされた赤ん坊は、そのまま数万年、計画のために生かさず殺さずで利用され続けました。神を、気が遠くなるほどの時間をかけてでも弱らせ殺すために……意識がないまま、ただ無限エネルギーを吸収するためだけに無理矢理、冷凍睡眠し続けていたんです」

 そんでもってそんな状態の僕を棺──たぶんレリエさん達が眠ってたのと同じタイプのものだろうねー──に押し込んで数万年眠らせた、と。
 もう完全に道具とかの扱いだよー。そりゃ怒るよね、レイアもー。
 
「ソウマくん、物心ついた時にはもう大迷宮の中にいたって、言ってたわよ、ね……」
「そんなことが! 親に棄てられてさえいない、最初から完全に道具扱いで数万年と使われ続けていたなんて……!」
「…………胸糞悪いでござるなあ」
 
 新世界旅団のみなさんもなんだか気の毒そうな顔だったり、やるせない顔だったりしてるー。

 うん……まあ、自分でもええー? ってなるけど、それはそれとしてお陰様でみんなにも出会えたからねー。
 美人のお姉さん達と出会うために数万年眠ってたんだって考えると、なんだかこれはこれでいいかなとは思うなー。
 なんかいろいろ明らかになっていく僕の秘密ー。ええと神の力を横取りする能力があるらしいけど、ぜーんぜん自覚はないよー?
 首を傾げる僕だけど、周囲がこちらに向ける視線は概ね同情とか憐憫、あと畏怖とかが混じっている。

 気まずいよー。そんな風に可哀想なものを見る目を向けられても、別に実感がないんだからどうしようもないよー。
 でも僕を慮ってか新世界旅団の面々、美女の中の美女達が寄り添って頭を撫でたり抱きしめたりしてくれるからこれはこれで、むふー!
 最高だよー。素敵な感触、匂いとか手触りに内心大喜びしているのを隠していると、レイアはそんな僕をじーっと見つめたまま話を続けた。

「…………棺には神の無限エネルギーに接続して、それを少しずつ、本当にちょっぴりずつですが吸い取り、塔の膜の上に作られるだろう新天地に流し込むための管がありました」
「流し込む管、だと?」
「はい。海の水を少しずつポンプで汲み取り、砂漠に海そのものを移転させよう、みたいなイメージですね」

 訝しむベルアニーさんに例えてみせた彼女だけど、いまいちピンとこないっていうかー……
 海そのものを移転させるって途方もなさすぎるよー? 無理でしょそんなのーって思いもするんだけど、途方もないから数万年とかかったと言うと微妙に説得力があるから困るよねー。

 話を聞いていたモニカ教授が、愕然とレイアを見た。血の気が引いたような血色で、何か衝撃的な、恐ろしい事実に気づいたような顔をしている。
 なんだろ? 見上げる彼女はそのままレイアに問を投げた。

「その例えで言えば、ポンプにあたるのがその赤子……! 何の罪もない幼子を改造した上で仮死状態にして、半永久的に神を弱らせるための装置に仕立て上げたのか!?」
「……うん。そうだよ教授。その計画は何も知らない赤子を神殺しの贄にして数万年使い潰す、悪魔のようなものだったんだ」
「なんてことを考えるんだ……」
「人間のやることじゃねえ……」

 カインさんやレオンくんさえ呻く、"軍荼利・葬魔計画"の真髄。赤ん坊に神殺しの機能を埋め込んで、冷凍睡眠させて数万年利用し続けるという恐ろしい内容に、誰もが絶句して二の句を告げない様子だ。

 正直、人の心がないよねーそれ考えた科学者の人。
 ていうか女の人らしいけど、もしかしてその人自身が産んだ赤ん坊を利用したりしたのかな? 計画の名前もだけど、その人の名前もグンダリだし。
 だとしたらその人は僕にとって母親と言えるかもなんだけど、言いたくないかもなんだけどー。

 地下87階。上階と変わらない赤茶けた土塊の壁と床が広がる中を、モンスターを適宜感知しながらも進む。
 出てくるモンスターを概ね僕とレイアで仕留めながらも、合間合間に明かされていく、僕のルーツ。
 
「目論見は──おそらく成功しました。ポンプ役だった赤子が役割を終えて今、成長した姿をここに見せているのがその証拠とも言えましょう。残されていた葬魔計画の資料には、神の滅びをもって神殺しの赤子は解き放たれる、ともありました」
「ソウマくんが今ここにいることが、神殺しが果たされたことの証明なのかもしれないと。そういうことなのね……」
「しかし、無限エネルギーを枯渇させて殺すって矛盾ではござらんか? 枯渇しないからこその無限でござろう」

 ポンプこと僕が今ここにいる、それそのものが計画が成功に終わった証明なんだとレイアは見ているねー。
 たしかに、今の話を聞くにその可能性は大きい。神を殺すことでその赤ん坊が解放されるって計画なら、逆に言えばその赤ん坊がこうしてすくすく育っている時点で古代文明の神も滅んでいるはずだしね。

 他方でサクラさんが、そもそも無限エネルギーとか言ってるのにそれを殺せたりするのー? と疑問を呈している。
 うん、まあね……そこは気になってたよー。無限なのに殺せるんだ? みたいな。
 彼女にもレイアは頷いて答える。

「無限エネルギーと言ってもあくまで古代文明の尺度から見て無限に近かっただけで、実際には数万年もの間吸い取られ続けては、さすがに枯渇したのだと思われます。まあ、それを確認するためにも今、地底世界に向かってるんだけどね」
「数万年、その神はエネルギーを奪い取られ続けたんでござるか……そして同時に、その赤子は数万年もの間、モノ扱いされてきた、と……」
「覚えがないよー……」
「赤ん坊で、しかも冷凍睡眠中のことだったろうからねえ……」
 
 ひたすら憐れまれてるけど、ぜんぜん覚えがないから反応に困るよー。
 とはいえたしかに悲惨と言えば悲惨な境遇だとは自分でも思うし……どういう態度でいれば良いのかわかんないし、とりあえず笑顔を浮かべとこうかなー。
 知らない間にっていうか、物心つかないうちに数万年単位で何やら使われてたらしい赤ちゃんの頃の僕。
 普通にドン引き物の計画にみんなもドン引き、僕もドン引きだよー。ほとんど全員が陰鬱な顔をして僕を見つめる中、レイアは締めくくるように言葉を発する。

「……かくして、幼くして神殺しを果たした子供は役割を終え、はるか数万年の果てに眠りから覚めました。それがソウくん、ソウマ・グンダリなのです」
「なんともはや……ダンジョンに生息していた時点でただ者ではないと思っていたが。よもや古代文明による最後の兵器、怨念の結晶とも言うべき復讐装置とはな。道理でいろいろ、人間離れしているわけだ」
「その言い方止めてー?」

 ベルアニーさんの率直すぎる言葉が刺さるー。まあ怨念、復讐そのものだよねー、今の話を聞く限りー。
 ただ、それとこれとは話が別で僕がダンジョンから這い出てきたって生い立ちや、迷宮攻略法込みでもいろいろ強めな性能しているのはあんまり関係がないと思うんだけどなー?

 ──と、そんな軽口を叩いたギルド長に剣呑な目が向けられた。取り分けシミラ卿、エウリデの騎士団長だった人が特に厳しい目をしてるよー。
 
「ギルド長、口が過ぎるぞ……我が友を悪し様に言うのは止してもらおう。今ここでギルド所属を辞め、新世界旅団に入団してもかまわないのだが?」
「ふむ? 別に中傷のつもりもなかったがな……口が過ぎた、すまんなグンダリ」
「はあ」

 怨念とか復讐とか言っといてよくもまあぬけぬけと、って感じだけどー……元からして口の悪い冒険者達をさらに束ねているおじさんだからね、この人ー。
 本当に中傷の意図はなかったっていうか、そもそも悪意なく客観的に発言していたんだろうなーってのはそれなりに付き合いも長いんだ、分かるよー。

 とはいえそういうのが通じない人のほうがここには多い。新世界旅団の面々はじめ、古代文明人、友人達、元調査戦隊メンバー、果てはなんら関わりない冒険者の方々に至るまでみんなしてギルド長を非難がましく見ている。
 これには堪らんと、ベルアニーさんは肩をすくめる。

「やれやれ、老いぼれると口もよく滑るようになって困る。いよいよ引退時かね、これは」
「引退は良いけど後任、ちゃんと据えときなよギルド長ー。変なのが後釜になったらそれこそ一大事だよー」
「ふむ。そうさな……アールバドにでも務めてもらえればと個人的には思うのだがね、それこそ3年前のあの事件の前からずっと考えていたことだ」
「あははは! 私まだまだ現役ですから! ウェルドナーおじさんとかどうです? 最近よく腰が痛いとかって言ってますし」
「レイア!?」

 鮮やかに面倒ごとを叔父に受け流したレイア、さすがだねー。危機察知と回避能力は英雄の名に恥じないよー。
 話を振られてウェルドナーおじさんが慌てふためく。たしかに、おじさんももう40近いお年だし、そろそろ腰を落ち着けるってのも悪くはなさそうなんだよね。
 ベルアニーさんもさすがだよ、即座におじさんに視線をやっている。冒険者として、獲物は逃さないって目だねー。割と本気で引退したいみたいだ。

 そんなアレコレはさておき、僕らは地下88階への道に到達した。途中襲ってくるモンスターは概ね僕とレイア、あとリューゼやカインさんで薙ぎ払っての、余裕の行軍だ。
 3年前、僕ら調査戦隊メンバーが辿り着いた最奥部階層。知れず、パーティメンバーのみんなが息を呑むのを聞き取る。

 そうだね、こここそ冒険者達の最前線、誰もが夢見た新天地、一歩手前の地点だよー。
 ゆっくり慎重に下り道を進む。それなりに傾斜を滑らないように気をつけながら歩くと、やがて平らな地平に辿り着く。

 ……ああ。三年前と変わらないね、当たり前だけど。
 レイアがしみじみと、みんなに告げた。

「さあ、ついたね地下88階……現時点で私達人類が到達できている、最深階層だよ」
 
 赤茶けた土塊の壁と床は変わらず、けれど眼前に広がるは果てしない湖──そう、地下88階層はどこまでも先の見えない地底湖が広がっているんだ。
 だけどそれだけじゃない。はるか向こう、微かに見えるものがある。サクラさんが目を凝らしてポツリ、つぶやいた。
 
「……扉? なんか柱があるでござる?」
「うん。この階層は広い湖の真ん中、扉の付いた柱があるだけなんだ。そしてその扉がどうしても開けられなくて、3年前僕ら調査戦隊はそれ以上の冒険を断念せざるを得なかった」
 
 湖の先、中央にぽつねんと立つもの、柱。
 中に入るための扉が一丁、拵えられてあるだけの簡素な造り。誰がどう見ても、そこからさらなる地下へと進入するんだって分かる、特異な地形だ。

 だのに、僕らは3年前ここを突破できなかった。扉をどうやっても開けることができなかったんだ。
 その上、破壊しようにもありえないほどに強力な防壁があらゆる攻撃、衝撃を無効化してしまい……調査戦隊はそこで完全に手詰まりになってしまったんだねー。
 辿り着いた地下88階層。湖をどうにか渡った先、見える柱の扉を開けられればきっと、さらなる下層へと辿り着けるはずだ。
 3年前には断念した地点。今、僕らはまたしてもチャレンジの機会を得ていた。

「さて! それじゃあここからはソウマ大先生、お願いします!」
「はいはーい」

 レイアに呼ばれて準備する。湖岸、静かに凪いだ水面へと進む。
 ここから先こそ僕の出番だ。件の扉を開くのに僕が必要っていうのとはまた別に、湖の向こうへとこの人数がまとめて進むには現状、僕が必要不可欠なんだ。

 いきなり前に出た僕を見て、シアン団長が訝しみながらもレイアに質問する。

「何をするのですか?」
「んふふ。迷宮攻略法・重力制御……今のところ私とソウくん、あと一応リューゼちゃんくらいしかまともに使えないだろう攻略法の奥義を使って、この場のみんなをあの岸にまで移動させてもらうんだ」
「一応はヒデーっすよ姉御ォ。あとちなみにもう一人、Sランクのやつがタイトルホルダーになったみてーっすよ。そいつも使えるんじゃないっすかねえ」

 特に隠すことでなし、サラリと答えるけど周囲の冒険者達はどこか息を呑む人が多い。
 自分達もいくつか習得している迷宮攻略法の、奥義とまで絆の英雄が言ったんだ。そりゃみんな緊張が走るよねー。

 そう、重力制御。これこそが迷宮攻略法最難関の技術にして最奥とも呼べる究極地点だ。
 何しろ普段僕らに当たり前に干渉している引き合う力……重力を知覚してそれを操作する感覚が必要だからねー。こう言ったらなんだけど、完全に才能の世界だよー。

 現状だとたぶん、僕ら3人とあともう一人、なんとかいう3人目のタイトルホルダーの人しかまともに使うことさえできない技法。けれどその中でも特に僕だけはいろいろ、さらに特殊なところがあるんだ。
 レイアが続けて説明してくれるよー。
 
「重力制御にはタイプがあってね。私のように攻撃方面や防御壁として使うのと、ソウくんみたいに自身の身体を浮かせたりするのとで得意分野が分かれるんだ」
「分かれるって……技術的には同じものなのでしょう?」
「たとえば剣術って言ってもいろいろあるでしょ? 斬撃主体だったり刺突主体だったり、はたまた防御に特化してたり。それと同じだよー。私とリューゼちゃんは攻撃と防御に特化してるんだけど、ソウくんは同じこともできつつさらに重力そのものを自在に操作できるんだねー」

 実際のところ、レイアほど派手なブラックホールなんて生成できないんだけどー……まあ縮小版で良ければたしかに、似たようなことはできなくもないよねー。

 今説明されたのが大体すべてで、レイアとリューゼが一部分、攻撃に限って言えば僕以上にハチャメチャできるんだけど他はこれと言って何もできない。
 逆に僕は、そこまで攻撃に特化してるわけじゃないけど他のことも色々できる。空を飛んだり、浮いたりね。
 その辺を指して、リューゼがため息混じりにぼやいた。

「オレ様は姉御と同じタイプだなァ。つうか空飛んだりなんてできるソウマがおかしいんだ。今は4人しかいねーからタイプ分けしてるけどよ、今後使えるやつが増えていったらたぶん、ソウマだけは異端って話に切り替わっていくと思うぜ」
「ひどくないー?」
「まあ……リューゼちゃんの仮説は、私も同意かな。今後迷宮攻略法のタイトルホルダーがたくさん出てきたとしても」

 なかなかひどいこと言われた気がするよー? たぶん二人もコツさえ掴めば、空を飛んだりくらいはできると思うんだけどねー。
 まあ、今のところ僕にしかできないのは間違いない。だからこうしてさあ行け、さあやれと言われてるわけだしー。
 
「言っちゃうと対象地点に重力を収束させるって使い方しかできない私達と違って、ソウくんは明らかに自由度の高い干渉の仕方をしてる。なんなら私達にできることだって彼はできるしね。彼にできることを私達ができない以上、自分で言うのもなんだけど結局彼が上位互換なのは間違いないよ」
「誤解だよー。僕はレイアみたいにブラックホールは作れないよー」
「作る場面がないからね。でもさっきだって、やろうと思えばできたでしょ? あのくらい」
「……誤解だよー」

 できなくはないけど、レイアを差し置いてやる意味が薄いだけだね。
 そこはあまり深堀りされると、ちょっと僕としても気まずい気がするから止めてほしいかなー。

 誤魔化すようにけふけふ咳払いしていると、レイアはやはり、優しい微笑みで僕を見やる。
 それからニッコリ笑ってシアンさんの方を向いた。
「ともあれそんなわけで。そのへんのソウくんの特異性こそ、私が研究の果てに辿り着いたある仮説を立証している感じはするんだけど──」
「…………?」

 シアンさんに語りかけつつ、チラとこちらを見るレイア。なんだろ? ちょっと意味深な視線。
 僕が重力制御を多少、人よりは深く理解して使いこなしているっていうのを指して彼女は僕の特異性、ある仮説を立証する要素であると確信しているみたいだ。

 とはいえ、それは古代文明にそこまで深く関わる話でもない、のかな?
 誤魔化すように彼女は、首を振って僕に指示を下した。

「──ま、それはそれとして! はいソウくん、ちゃっちゃとやっちゃおう! もたついてるとモンスターとか生まれてきちゃうかもだよ!」
「分かった。えーい」

 あからさまに怪しいけど、仰るようにそれはそれ、だからねー。今はさっさと先に進むのがきっと、正解だろう。
 僕は集中した。僕を、いやみんなを、いやいや世界を取り巻くありとあらゆる重力を知覚して、その手綱を握る。

 重力制御──この場にいるすべての人間に、干渉している力の方向性を一時的に変える!
 同時に僕は宙に浮いた。他のみんなも同様だ! 誰一人、残さず空を飛んでいる!

「!?」
「うわわ!?」
「ござござ!?」
「ぬぁぁあんじゃぁぁあこりゃあああああっ!?」

 驚きに次々、声があがる。叫び過ぎな人さえいるほどだよ、うるさいー。
 これが僕にしかできない重力制御の真髄、特に技名とかはないけどまあ、奥義ってことで一つ。重力が関わる物事ならば、僕は大概のものさえ浮かせてみせるよー。

「う、浮いてる、私達!?」
「うわー、3年ぶりだこれ、懐かしいなー」
「うむ……以前にもまして軽やかに浮かされている。こうまで多くの人の重力に干渉するとは」
「グンダリ……ここまでのことができるのか」

 初めての人も何度か経験のある人も、それぞれに感想を述べて驚いたり懐かしんだりしている。
 僕としても、他人の重力に干渉するのなんか久しぶりだから新鮮な気分だよー。うーん、我ながら前より制御がうまくなってる気がするー。

 特に問題なく、危なげなく全員を地面から10メートルは浮かび上がらせた。あんまり高すぎると天井にぶつかると危ないしね。
 そのままの浮いた状態で、今度は湖の中心、件の扉のほうへとベクトルを向けて……と。よーしよしよし、いけるね。
 僕はみんなに呼びかけた。
 
「問題なし、そしたら行きますよーみなさーん。特に何もすることないんで、気長に空の旅をお楽しみくださーい。レイアとリューゼは引き続き露払い、必要ならよろしくねー」
「もちろん! ブラックホールを撒くだけの簡単なお仕事だね!」
「オレぁンなことできねえが、まあ……やりようはあんだろ。任せなァ」

 干渉しているうちは下手に暴れたりされても困るから、やんわりとみんなの身体を制御している。指先一つ動くだけでもいろいろ面倒なんだよねー、対応するけどー。
 とはいえレイアとリューゼは別だ。彼女達には湖の中にいるっぽいモンスター達の相手をしてもらわないと、だからねー。

 ブラックホールを生成して湖面にぶっ放すだけの簡単なお仕事とは言うものの、それができるのは紛れもなくこの二人だけだからね。
 よろしく頼むよーってお願いした矢先、さっそく水中から迫りくる気配が2つ! モンスターだよ!
 
「んぎょあらああああああああっ!!」
「ごがげぎががががががい!!」
「おっ、さーっそく来やがったな!! ぶっ飛べやァ!!」
「お仕事お仕事! いくよーブラックホール!!」

 海竜っていうのかな? 10メートルを超えてるようなバカでかいウナギが2匹、勢いよく水面から飛び出してきた。
 普通に考えれば紛れもなくSランク冒険者が総出で戦わなきゃならない相手だろう、殺気と威圧が半端ない。

 ──でもまあ、相対するのがこの二人じゃね。
 即座にブラックホールをまとわせた剣とザンバーを空中に浮いたまま、振るうはレイアとリューゼリア。
 すべてを飲み込む暗黒空洞が2つ、それぞれモンスターへと射出され……その体を、存在を、命ごと飲み込み消し去っていく!
 
「げげげええええええっ!?」
「がぎがごぐごがぎがぐっ!!」
「す、すごい……」
「……Sランクとは一括りに言っても、やっぱり頂点はやべーでござるなー……」

 一瞬で、一撃で敵を消し去る攻撃を放つレジェンダリーセブンの二人に、僕によって空をゆっくりと飛行している冒険者達は呆然とつぶやくばかりだ。
 特にサクラさんは自身もSランクだってこともあり、いろいろ思うところがあるみたいだよー。言っても彼女は対人戦闘の腕前がすさまじいから、一概に上下を決められるものじゃないと思うんだけどねー。
 レイアとリューゼによる露払いも順調で、その間僕の重力制御もしっかり仕事を果たしている。
 こんな大人数を動かすわけだから慎重かつ丁寧に、ゆっくりと進ませていくわけだけどー……それでももうすぐ、柱のところまで辿り着ける地点まで来ていた。

「っしゃあ! オラ行けソウマ、チンタラしてんじゃねえぞオルルァッ!!」
「怖いよー、チンピラだよー……もう着くよー」

 がなるリューゼに答えながらも僕はみんなを陸地の真上、全員が無事着地できるだけの拓けた土地にゆっくりと降下させていく。
 そんなに高さがないから安心なんだけど、加減を間違えると着地の衝撃で足腰を痛めちゃいかねないからねー。ベルアニーさんとか十分に致命傷になりかねないし、ここもやっぱり安全最優先でいくよー。

「空を飛ぶ、なんて経験……もう二度と味わえねえかもなあ」
「アンタねーレオン。そこは頑張って俺もそのうち重力制御を身に着けられるようになるぜ! くらい言いなさいよ」
「えっ!? で、できっかなあ、俺に。ついさっきまでの絆の英雄の戦いぶりとか、俺にできるかなぁ」
「できると信じてるから私もマナも付いてきてるんでしょうが」
「あわわぴゃわわわ……は、はいぃ。れ、レオンさんなら必ずできますぅぅ」

 レオンくん達パーティ・煌めけよ光の面々が名残惜しそうに話し合っているのを耳にする。空中飛行なんてそりゃ、重力制御を身に着けてない限りはなかなか機会がないよねー。
 しみじみ語るレオンくんにノノさんが発破をかけてマナちゃんが信頼の言葉を投げかけてるけど、うー。なんだかすごく羨ましいよー? 美少女二人に確固たる信頼を寄せられているレオンくん、立ち居振る舞いも合わさってまるで物語の主役だよー。うー。

「……ありがとよ! そこまで言われちゃ頑張るしかねえよなあ!」
「ま、無理しない程度にね」
「わ、私も頑張りましゅぅぅぅ」
「おう! ありがとな二人とも、俺は最高の仲間を持てたぜ!!」
「……………………うー!」

 友人がモテるのは嬉しいけど羨ましいー! 僕も負けてないからねー!
 新世界旅団の面々を見る。揃って視線は柱に釘付けだ、いかにも冒険者だけど僕の頑張りも見てくれていいよー?
 内心で後で褒めてもーらお! とおねだりを画策しながらも無事、全員を陸地に着地させて重力制御を解除する。うんうん、百点満点パーフェクトー!
 
「ほいー到着ー。帰りも同じことするからみんなもそのつもりでいてねー」
「あ、ありがとうございます、ソウマくん……その、すごいですね、やっぱり。まさか空を飛ぶ日が来るなんて、思ってもいませんでした」
「え、そうー!? へ、へへ、へへへへー!!」
「…………あなたが団員でいてくれることに、心から感謝します。本当に、ありがとう」
 
 えへへ! 僕だって捨てたもんじゃないね、シアンさんからお褒めの言葉をいただいちゃった!
 僕が旅団に入ったことを心から感謝してくれてるけど、それは僕のセリフだよー。根無し草も同然な僕を、3年前にあんなことをしでかした僕をそれでも勧誘してくれて、あまつさえ新世界旅団の象徴とまで言ってくれた。

 シアンさんこそ僕の恩人なんだよー。もう一度、前を向いて生きてみるのも悪くないかもーって思わせてくれたんだ。
 こちらこそありがとう、だよー。

「さて! ここまで来たらもうあとは流れだよ。私もさすがにここから先は研究による推測でしかないけど、まずは確実に開くだろう扉から答え合わせをしていこうかな」

 笑い合っているとレイアが、一同に向けて大声で告げた。まあ当たり前だけど彼女にとってもここから先は未知のエリア、資料室の情報を研究しての推測しかできていないみたいだ。
 柱は近くで見ると結構大きくて、円周だけでも僕の家の倍くらいはある。そして僕らの真ん前にある扉も、縦にも横にもとっても広くて一度に5人くらい、一緒に入れそうだよー。

「扉……これが僕と、ヒカリと」
「レリエさんと、ソウマさんの4人で開けることができる、古代文明人の遺した、モノ」
「……驚いた。ここ、ちょうど膜の部分よ」
「え?」

 ヤミくんとヒカリちゃんが大きな扉を見上げるのに並び、レリエさんが目を丸くしてボソリとつぶやいた。当然聞こえてる。
 膜……膜って言うとたぶん、例のアレだよね。塔の真ん中くらいからこの星を覆うように張られた、今僕らが住んでいる大地形成しているらしい古代文明の超技術。

 まさかここ、地下88階層こそがその膜に近い地点なの?
 って言うことは今僕達、もう地下世界のすぐ真上くらいのところまで来ているってこと、なのかなー。
 地下88階層。今僕らがやってきているこの地点はレリエさん曰く、なんと塔の真ん中辺りから星を覆うように張られている膜にきわめて近い場所なんだって。
 膜って言ったらたしか、僕らの生きるこの大地そのものにも関係するすごーいものだったはずだよー。彼女に尋ねる。

「それってその、今の僕らの世界を支えてるっていう?」
「ええ。この扉というか柱は塔から枝分かれして伸びているはずだけど、そもそも膜の保全作業を行うためにあるものよ。ほら、陸地の淵、梯子がある」

 湖岸に立って水面を覗き込むレリエさん。あまり水場の近くにいるとモンスターが急に出てくるかもだし危ないよー、でも話は気になるー。
 彼女を護りがてら僕やレイア、主だった冒険者達やモニカ教授みたいな好奇心の権化さん達が同じく湖岸に集まって、直下を覗き込む。透明な水、不思議なまでに透き通る水中……

 埋もれた土の中、たしかに梯子っぽい、垂直に等間隔で取り付けられている取ってみたいなのが見えるよー。

「本当だ……!」
「古代文明人はこの扉から外に出て、膜の状態の確認や調整、あと整備を行っていたの。つまり今いるここよりすぐ真下はもう、地下世界が広がってるわけね」
「俺達、今、地面の一番下にいるのかよ!!」

 レオンくんが興奮も露わに叫んだ。いや彼だけじゃなく他のみんなもざわついている。そりゃそうだ、こんなこと聞かされて興奮しない冒険者なんていないよー!
 つまりはこういうことなんだもの──僕らは地下世界の入口に立っている。件の扉さえ開かれれば、後はもう古代文明世界に辿り着くのみなんだから。

 そしてそれは言い換えれば、ここが僕らの生きる大地の、下方向での終着点ということをも意味している。
 終わりと始まり。二つの世界の境界線。こちらとあちらの狭間に今、僕らはいることになるんだ。
 3年前に来た時はこんなこと思いもしなかったけど、やっぱりいろいろ知ってからだと受ける感慨も全然違うよー、くうーっ!

「なんとも言えん気分だ、ここが我々にとっての地の底とは。その上でさらに潜れば地下空洞的な世界が広がっているのだから、まったく年寄りには衝撃が強い」
「同感です。3年前にもここに来たことはありますがその時には事前知識がなかった。真実を知った今、改めてこの地点に戻ってみると……なんともはや、寒気さえしてくる心地ですよ」
「我々的には冥界とでも言うべき空間かもしれませんからね、地下世界とは。すでに滅び去った文明の土地、死んでしまった世界。まさしく冥府の世界と呼ぶに相応しいでしょう」

 ベルアニーさんのぼやきめいた独り言に、ウェルドナーさんやカインさんが反応して3人、会話している。
 寒気とか冥界とか、若干ネガティブ寄りな印象を受けているのはやっぱり比較的年長さんだからかなー。いろいろ慎重になるんだろうねー、助かるよー。

 ──と、言ったところでいよいよ扉へ挑もうか。
 指定されているのはもちろん古代文明人、4人。僕、レリエさん、ヤミくん、ヒカリちゃん。
 横並びになり、扉の脇に在る台座? の前に立つ。なんでもレリエさん曰く、ここに4人が揃って手を置けばそれで扉のロックが解除されるんだとか。
 トンデモ技術だねー。
 
「……よし、触るよ。何かおかしいと思ったらすぐに下がって。レイア、フォローよろしく。レリエさん達に万一にも危険が及ばないようにね」
「単なる鍵付きの扉で、その鍵が今回の場合古代文明人4人ってだけだし何もないとは思うけど。分かったよソウくん、任せて」

 まさか扉の開け閉めでそんなトラップ、ないとは思うけど一応後詰めを頼む。僕はともかく他3人は自衛手段がない、何があっても護らなきゃいけない人達だからねー。
 レイアもそれにしっかりと頷いてくれた。よし安全だ、それじゃあいよいよ、行こうかな!
 
「行くよ……!」
「ヒカリ、手をつなごう……!」
「うん、ヤミ……!」
「私達の生きた遥かなる過去に、今、手が届く……!」

 僕だけはイマイチ実感とかないけど、それでも古代文明からやってきた4人だ。
 お互いに声を掛け合いながらも、台座に手を伸ばし、置いていく。

 そうだ、今こそ開け扉よ。数万年、そして3年の時を経て僕らは帰ってきた。
 帰ってきたなら、迎え入れるのが筋ってものだろう!

 4人がそれぞれの右手を置いた。何拍か空けて、にわかに震える台座。
 そして。
 
『────ロック解除』

 無機質な声が響いて、台座は緑色の光に溢れて。
 やがて扉が大きな音を立て、独りでに開き始めたのだった。
「! 開いた!!」
「本当に開いた……!! 資料は本物だった、私達の研究は間違っていなかった!!」
「す、すごいよー……」

 古代文明人4人で台座に手を置いた途端、聞こえてきた無機質な声。
 それと同時に今まで何をやっても開くことがなかった扉ガいとも容易く、あっけなく開いたのを受けて僕たちは驚愕に染まった。
 
 開いちゃったよ、本当にー……
 正直半信半疑だったけど、僕ってば本当に古代文明人なんだねー。いやまあ、だから何って話ではあるんだけどこう、なんとも言えない感慨があるよー。
 だってかつては仲間達と追い求めていた夢とロマンの、実は僕こそが落とし子だったんですよー? そりゃなんていうか、複雑だよー。

 微妙な内心。けれどそれ以上の興奮や期待感もたしかに今、僕の胸中にはある。
 3年前に進めなかった"その先"。調査戦隊の冒険の続きがまさか今になって行われるなんて、ねー。
 感動にも近い情動を覚えつつも、開いた扉の向こう、暗闇の部屋の中を覗き込む。
 
「こ、これ中に入るの? レイア」
「もちろん。そしたら地下世界はもうすぐそこ、目と鼻の先だよ。ねえ、レリエさん?」
「そうね……その通り」

 ここから先はレイアにだって未知だ。いくら前情報がいくらかあったって百聞は一見にしかず。経験者さんがいるならそちらに頼りたいよね。
 というわけで今ここにいる、古代文明人の4人の中でも最年長にして最も理知的で才色兼備なおねーさま、レリエさんに質問しちゃうよー。
 彼女は至極当然とばかりに頷き、そして静かに、何かを堪えるように告げた。
 
「私達のかつての世界がもう、すぐ真下にあるわ」
「……古代文明……!!」
「……その名残、さえ残ってないでしょうけどね。数万年という時の、威力は計り知れないもの。おそらくは、すべてが風化しているはず」

 切なげに目を伏せる姿が、物寂しくも悲しいよー。レリエさん……古代文明からの生き残りとして、とりわけ大人として、かつての故郷を悼んでるんだねー。
 正直僕なんかは古代文明が故郷とか言われても片腹痛いし、たぶんそれはヤミくんヒカリちゃんもほとんど同じだと思う。赤ん坊だった頃の話だったりまだ幼かったりと、単純に時間的な問題で古代文明に対しての愛着は比較的薄いんだ。

 だけどレリエさんは違う。彼女は大人になるまでしっかりと古代文明の社会で立派に暮らして来た人なんだ。愛着とかそういうの、ないはずがない。
 どんなにか痛いだろう、もう二度と蘇らない故郷を目の当たりにするのって。釣られて僕まで憂鬱な気分になるのを自覚しつつも、僕らは実際に扉の向こう、柱の中に入っていったよー。

 中は完全に明かりの一つもない真っ暗闇で、冒険者達がそれぞれ持っているランタンで照らされていく。
 白い壁、天井。他にはなにもない。出入り口の他に扉とか階段とかもない、完全にただの部屋だ。
 あたりを見回して、レイアに聞いてみる。
 
「ねえ、これって階段とかないのー? 行き止まりじゃないー?」
「うーん? 古代文明は自動で部屋が動いたりしたらしいから、この部屋ももしかしたらそれなんだろうけど……レリエさん?」
「エレベーターね。本来はその通りで、無限エネルギーを変換した電力を使って動くのよ、この箱。まあ、数万年の間ですっかりエネルギーも枯渇しちゃってるでしょう」

 エレベーター? って名前の装置らしい。部屋が動くって、イマイチ想像できないけどどうなんだろ?
 というか無限エネルギーを電力とやらに変換して動かすとか、なんていうか本当に神を利用しまくってたんだね古代文明の人達ー。それでいて最後にはその無限エネルギーの化身みたいなのに滅ぼされちゃって、なんだか寓話的だねー。

「電力か……理論だけは私も構築しているけれど、やはり古代文明にも同様の技術があったこと自体はすでに把握できているよ。その力を使ってこの部屋が動く、というのは想像しにくいけれど」
「ええと、スライドするのよ、部屋ごと。実はこの部屋は滑車で上げ下げできる状態になっていて、今は吊り上げられているの」
「ふむ? ならばその滑車を電力で動かすことで、この部屋は柱の中を自在に動くわけか。すごいな……現行文明より500年は先を行っている技術だよ、それ!」

 モニカ教授が瞳を煌めかせているけど、古代文明すごーい! ということしか主に伝わらないよー。
 部屋を滑車でスライドさせるって理屈は分かったけど、人力でもないのに自動でってのが信じられないや。電力ってそんなにすごいのかなー?
 
「そういうことなら……ソウくん。ちょっとあちこち触ってみて?」
「え。なんで僕ー?」
「私の推測が合ってるなら、もしかしたらソウくんならこの箱の機能を蘇らせられるかもしれない」
「えぇ……?」

 一人でいろいろ考察して納得していたら無茶振りされちゃった。
 僕のことなんだと思ってるんだよ、もう! 適当にあちこち触るだけでなんか直るような力があるわけないのにー。
 なんかエレベーター、とかいうこの部屋の中をあちこち触れて、僕が持つらしいなんかの力で機能を復活させてくれー的なことを言われちゃった。
 いや無茶振りだよー。何をどうしたら僕がこんな、見たことも聞いたこともなければもちろん触れたことさえないようなモノをどうにかできると思うんだよー。

 ぶつくさつぶやきながらも、僕はとりあえず言われたとおりにあちこちの壁やら床やらを触ってみるよー。
 ひんやりと冷たく固い材質は、鉄のようでそうでもなさそうな不思議な触り心地。うーん、これもやっぱり現代にはない、失われた古代文明だけのオーパーツってやつなのかなー。
 ロマンだよー!

「ぺたぺた。さわさわ……ええと、具体的にはどこを触ればいいのー? 目安もなく当てずっぽうなんて、そんなの無茶だよー?」
「あはは、ごめんソウくん。私に聞かれてもそれはちょっと……もしかしたらソウくんならって、思いつきに近い推測でのお願いだからさあ」
「えぇ……?」

 適当だよー、適当すぎるよレイアー。そう言えばこいつ、前から時折思いつきだけで変な無茶振りを度々してきたんだったよー、なんか思い出してきたー。
 なんならさっきの、全員浮かして湖を渡れ作戦もレイアの適当が発端だし。できるかそんなことー! みたいな感じで首を左右に振ってたなあ、あの頃の僕。

 まあ結局はやる羽目になって、必死に重力制御を操作してやり遂げたんだけど。
 思うに僕が重力制御上手いのって、そういうのがあったからなんじゃないかなー。つまりみんなもおかしな無茶振りされてたらきっと、タイトルホルダーにだってなれると思うよー。

「ふむ? ソウマくん、ならここはどうだい? のっぺりした壁の中、少しだけ変な板が嵌め込んである。ボタンとかもあるね」
「ここー? ……えい、えいえい」

 と、モニカ教授が示してきたのは壁のある部分。たしかに何か、板みたいのが嵌めてあってボタンが取り付けられてるよー。
 もしかしたらこれかも? えいやぽちぽちっと数度押して見る。

 ────変化はすぐに訪れた。
 デタラメに押したボタンがいきなり光りだし、そして部屋の扉が閉まる。かと思えば全体がパッと真昼のお外のように明るくなって、何やら音を立てて動き出したのだ!

「うわわっ!?」
「なんだ、急に明るくなりやがった!?」
「それに、う、動いているのかこの振動は! 一体何が!?」

 ざわつく一同、なにこれなんだこれー!?
 もちろん僕にも心当たりなんてないのに、みんなして"何しやがったこいつ! "的な目で見てくるのやめてよー! 無罪だよ、冤罪だよー!

 悪いのはあっち! 僕にやれって言ったあっち! とレイアを指差す。
 彼女は彼女で僕を見ていた──愕然としつつもどこか、恍惚としたような眼差しと表情で。
 何ー!?

「やっぱり……!! ってことはソウくん、君は……!!」
「な、何々なんなんだよぅー!? 僕何も悪いことしてないぞー!?」
「分かってる! 分かってるよソウくん、むしろ君は……本当に……!」

 何やら感極まったように、すっかり昂っちゃってるけどこれっぽっちも理由が分からなくて怖いよー。
 何? なんなの僕に何があるの? もういいよこれ以上は、僕は数万年眠りこけてた赤ちゃん兵器でしたってだけでお腹いっぱいだよー。

 僕のみならず周囲もドン引きしてレイアを見つめる。ウェルドナーさんまでって相当だよ、滅多に見ないよ姪御全肯定おじさんのこんな姿ー。
 動き続けるエレベーターの中、奇妙な沈黙が走る。それから少しして、レイアはやっと我に返ってえへへ、と可愛く笑った。
 
「…………ふう。ごめん、つい興奮しちゃって」
「う、うん?」
「事情は最後に説明するけど、少なくともこれでこの箱、エレベーターとやらは動いてるみたい。ねえレリエさん、これ、どこに行くのかな」
「"ターミナル"……と呼ばれる場所ね。この塔の中枢部分にして、中から外を一望できる展望台でもある。きっと、そこからなら……」
「安全に外を、古代文明世界を覗けるんだね!」

 何もなかった風に瞳煌めかせてレリエさんとお話してるけど、明らかに今、彼女の中で何かの答えを得たのは明白だよ。
 いや言えよ、せめて僕には! 当事者なんだからさー! ……なんとも言えない目で見つめるとレイアはなんかごめん、と苦笑いしている。

 これもまた後ほど説明するってことみたいだ。僕に関してのみ謎が深まるよー……
 よっぽどのことなんだろうとは思うけど一体なんなんだろうねー? 我がことだけに気になって仕方ないよー。