【完結】ニューワールド・ブリゲイド─学生冒険者・杭打ちの青春─

 地下86階直通のショートカットルートを、ただひたすらに滑り落ちていく。前に来た時同様、あるいは他のショートカットルート同様、滑り台みたいにうねった土管の中を流れに逆らわずに進んでいく感じだ。
 僕にとってはすっかり慣れ親しんだ話なんだけど、ここではしゃいだのが僕の前を行くレイアだ。ズザザザーっと滑っていく感覚の何が面白いんだか、キャーキャー言いながら落ちているよー。

「うわー懐かしい! そうそうこの滑り台的なショートカット、一気にいろいろ思い出しちゃうよー!」
「向こうじゃしなかったのー? ショートカット!」
「そうだねー! 海の向こうにも当然迷宮はあったけど、資料室は割と浅い階層にあったから!」

 滑りながら前のレイアと後ろの僕、声を張り上げて話す。どうも海の向こうにあった資料室については、比較的浅い階層にあったみたいでショートカットの必要性もなかったみたいだね。

 でもそれって、と考える。
 大迷宮の正体が古代文明人の立てた塔だとして。その上層部が僕らの今いる大地の直下にあるとするなら、割と浅いところにあったっていうその資料室は、つまりは……
 レイアが頷いて続けた。

「たぶん古代文明人達の気遣いだよー! なるべく人目に触れる可能性が高くなるようにって、ねー!」
「なるほど! 僕らにとっての地下は彼らにとっての天空! 浅い階層ってことは、塔の頂点付近にあったってことだねー!」

 僕の大地に近しいところにあるって言うなら、それはすなわち彼らの塔の一番てっぺんとかそれに近いところにあることになる。
 つまりはレイアの言うように、古代文明の人達による気遣いってことなのかもしれない。いつかはるかな時の果て、塔がすっぽり新しい大地に埋もれるほどの時間が流れても……なるべく自分達の遺した資料が目につきやすいように。
 すこしでも誰かに見つけてもらえる可能性を高めるために、頂上付近に資料をまとめたのかもしれない。

 つくづく立派な人達だよ。遠い昔に、自分達の意味を残すためにできることすべてをやりきったんだ。
 心からの敬意を抱きながらも滑り落ちていく。結構滑ったから、そろそろ出口も近いかな? 気配もするしね、モンスターの。
 
「……いるねモンスター! ソウくん、私に続いて!」
「了解!」

 僕に感知できてるってことは当然、前を滑るレイアにも感知できているわけで。彼女が僕に呼びかけてくるのを聞き、すぐさま同意を示す。
 滑りながらでも闘志を高めていく。迷宮攻略法はすでに身体強化、環境適応、再生能力等々全力全開だ。地下88階までのモンスターだって僕とレイアなら余裕だけど、だからこそ油断なく全力で行く。

 ましてや今回は僕らのあとに、非戦闘員達が結構やってくるからねー。
 露払いってのはまったくもってその通りで、先を行く僕らがモンスターを一匹でも取り残したらあとの人達が大変な目に遭うかもしれないわけだから、そりゃ手抜かりはできないよー。

 そこはレイアも分かっていて、だからこそ僕と同じに全力全開の構えだ。すでに重力制御まで発動してるみたいだ、これはいきなり大技が来てもおかしくないね!
 ──出口が見えてきた! 案の定結構いるよ、ドラゴンだのオーガキングだのアダマンタイトゴーレムだのと!

「お先に行くよ──でぁああああああっ!!」
「負けてられないね、僕も──!!」

 うじゃうじゃ潜む化物どもに、レイアがまずは叫び飛び出した! 出口から勢いよく飛び出るとともに、引き抜いた剣に重力を纏わせる!
 続いては僕だ、杭打ちくんを構えて一気にモンスターへと飛び込む! レイアとは異なる軌道だ、二人して同じところに行く必要もないしね!

「──ぉぉぉおおおおおおっ!!」

 ちょうど目についたドラゴンの頭部に着地、同時にその眉間に杭打ちくんを叩き込む!
 硬い鱗も皮も骨もぶち抜き、ズガァァァンと脳内まで杭が突き抜ける! しかもこの杭には重力制御によるブラックホールを纏わせてある!

 レイアほどじゃなくてもこいつの頭の中、脳味噌だけをグチャグチャにかき混ぜて吸い込んで消滅させられるんだ!
 
「ぐるぉああああああんっ!?」
「こっちも行くよ、でやぁぁぁっ!!」

 負けじとレイアも剣を振るう、こっちはより攻撃特化の重力制御だ!
 刃そのものがすべてを吸い込む暗黒物質と化している剣、それをアダマンタイトゴーレムに叩きつける!

 普通にやれば杭打ちくんでもぶち抜くのに難儀する硬度の身体を、けれど暗黒物質を纏わせた斬撃は容易く切り裂く。
 触れれば即座に消滅するんだ、この世の物質じゃどう頑張っても耐えることはできない……レイアの十八番にして絶対威力の必殺剣だ!
 
 あっという間に一人一体モンスターを倒した、出口から飛び出てここまで10秒も経ってない。
 さあここからだ!目に映るすべて、感知できる何もかもを綺麗さっぱり根こそぎ倒し尽くして、みんなの進む道を拓くよー!!
 みんなの道を切り拓く、その覚悟で目に映るモンスターすべてと相対する。
 多少の討ち漏らしがあってもきっと、後からくる戦闘員達がどうとでもしてくれるだろうって信頼はあるけど……だからっていい加減なことはしない。

 必ずここで、僕とレイアで全員防ぎ止めてみせよう!
 その思いで僕らは瞬間、目を合わせて頷き叫んだ!

「雑魚に用なんてないよ! モンスター、いや……天使!!」
「ぶち抜け杭打ちくん! ──って、えええ!? 天使ぃ!?」

 叫びの内容が唐突かつサプライズすぎるよ、レイア!?
 天使って何!? モンスターのことをそんな風に呼ぶ人、君で初めてだと思うけどー!!

 杭打ちくんを振り抜きモンスターの頭を吹き飛ばし、次のモンスターの頭部へと狙いを定めつつ内心は驚きでいっぱいだ。
 たしかこないだのレイアの話で、神が自らを真似て生み出した手先、尖兵の名前が天使だったはずだけど──!?
 
「ぎゃおああああああっ!?」
「ちょ、今なんてレイア、天使ってまさか」
「数が多いね──」

 まさか! って思いで話しかける。その間にも身体は敵の攻撃を掻い潜りつつ直感的に割り当てた急所めがけ、的確に一撃必殺の杭打ちくんでぶち抜き続ける。
 ただ、それでも結構な数は残っているよー。それに業を煮やしたか、僕の呼びかけにも応じずにレイアは叫んだ。
 手にしたロングソードに、渾身の重力を押し込めてだ!
 
「──一網打尽! ソウくん離れて!」
「っ、ちいぃっ!!」
「必殺剣! ファイナルソード・ディザスター!!」

 大技が来る、それも対単体ようでない、大規模かつ広範囲の超強力な攻撃が!
 舌打ちしつつ出入り口まで後退する。さすがにここまで届く攻撃はしないだろうっていうのと、下手に後続がニョッキと出てきて巻き込まれるのを防ぐための堰き止め役だ、僕は。

 そうして放たれる、彼女の必殺剣。
 極限まで込めた重力、もはやブラックホールと化した超重力フィールドを剣を通して自身の周囲に発生させ、あらゆる命を吸い込み喰らい、すり潰して消滅させる奥義だよー!

「うぼぉぉぉぉぉぉあ!?」
「グルギャアアアアアア!!」
「ぐげげ────」
「相変わらず、出鱈目な!」

 レイアを中心に黒い半透明の膜が球形に広がる。僕のいるところまで割とギリギリ、あっぶないよー!?
 避けきれず、後退しきれずに広がる膜に触れたモンスターが次々、重力に耐えきれず圧壊して引きずり込まれていく。後に残るものなんて何もない、ある意味この世のどんなものよりも残酷な死に様。

 時間にして10秒くらいかな? 短いけれど効果は絶大だ、範囲内の存在を彼女以外完全に、消し去ってしまったんだからね。
 視界のほとんどを更地にしてみせた今の恐るべき奥義だけど、それでも何匹かは討ち漏らしがある。運良く逃げ延びたんだねー。
 
「残り滓、いただきぃっ!!」
「ぐがっげっご!?」

 そしたらそいつは僕の相手だ。一瞬でモンスター達に肉薄し、杭打ちくんを振るう。
 一つ目巨人、オーバーゴブリン、ゴールドドラゴン、バーサーカー。次々に脳天か眉間、あるいは心臓に杭を打ち込めば、問題なく全部が倒れていく。

 戦闘開始から概ね3分。
 後続の気配がしてきたあたりで、僕らは無事にモンスターを殲滅したのだった。
 
「……ふう。お見事! さすがに強くなってるね、ソウくん」
「そっちこそ。研究ばかりしてたって言うけど、前よりずーっと強くなってるじゃないか」
「そりゃねー。いつかこの時が来ると思って、訓練は欠かさずいたし」
「この時……」

 駆け寄りながらニッコリ笑うレイアの言葉に、ぎしりと心が軋む。
 この時……僕との再会と共闘をどれだけ彼女が待ち望んでいたのか。それが今の一言から痛いほどに伝わってきたからだ。
 レイアは薄く微笑んで、続けて言う。
 
「そう、この時。いつかソウくんとまたね、一緒に頑張れる時がいつかきっと来るって、信じていたから。ソウくんのほうは信じてなかったかもだけど」
「そりゃ……そうだよ。僕がやったことを考えれば、そんな恥知らずな妄想、とても」
「うーん。まあ、そのへんも今回の冒険で一応、決着つけるつもりだからさ。あんまり重くなりすぎないでほしいかなー」
「え……レイア?」
「ん、みんなも来たみたい」
 
 決着……僕とレイアのこれまでのことにも、今回の冒険の中で決着をつけるつもりなの?
 まったく聞いてなかった話に彼女の顔を見つめる。けれどレイアは大迷宮の出入り口、続いてやって来たパーティメンバー達を見据え、僕の視線には応えてはくれなかった。
「無事かレイア、あとグンダリ」
「おう、我が英雄に我が友!」
「おじさん! それにカインも!」

 僕とレイアに遅れること数分してからやって来た面子の先頭、事実上の副リーダーにあたるウェルドナーさんとカインさんがみんなを引き連れて僕らのところまでやってきた。
 地下86階層までの直通ルート、延々と滑り台を滑るだけの道程は当然ながら元調査戦隊メンバー以外にはほぼ初見のはずだ。

 ここからやって来た古代文明人達とか、好奇心だけでこんなとこまでやって来ちゃったレオンくん達とか例外もいるにはいるけどねー。
 とはいえ彼らもそう頻繁に往復していたわけではないから、やっぱりみんな、あまりに長いこと滑ってたもんだから若干、地に足の付いた感覚にホッとしてる様子だね。分かるよー。

「さすがだな二人とも、この階層の化物を相手に余裕って感じだが」
「まあねー。一応気配が読み取れる範囲は片付けたよ。でもいつまたやって来るか分かんないし、さっさと進もっか」
「そうだな」

 ウェルドナーさんが褒めてくるものの、素っ気なくレイアは返し、すぐさまの行動を促した。冷たい感じに捉えられるかもだけど、この場はそうするに越したことがない。
 一応、感知できる範囲のモンスターは軒並み片付けたけどいつまた発生するか分からないからね。どういう仕組なんだか、大迷宮内はモンスターが自然発生するからさ。

 さっさと先に進むに限るってわけなんだけど……とはいえさっきの天使とかも気になるし、さしもの僕も苦情を入れた。
 一週間前に匂わされた僕古代人説とかもだけど、そろそろ説明してほしいよー。

「ちょ、ちょっとレイア。それもそうだけど、さっき言ってた天使とか、僕の正体についても話してくれてもいいんじゃないのー!?」
「ん……そうだね、スルーしちゃっててごめんね。みんな集合して、歩き出したらその道中に話すよ。モンスターの正体とか、何よりソウくん、君についてもね」

 ニッコリ笑うレイア。口振りからしてようやく、そのへんの詳しい話を聞けそうだよー。
 特に僕古代人説については僕自身のことだからね、知りたくて知りたくてウズウズしてたんだよー。まったくレイアも昔からだけど演出好きっていうか、ちょっと人を焦らして楽しむのが好きなんだもんなー、もーう!

「──うわぁぁぁぁぁ!? ……っと、到着?」
「おう、到着だ! 久しぶりに来たなあ、地下86階!」
 
 と、話していている間にも続々とパーティのみんなが下りてきた。殿を務めていたリューゼの姿が見えたから、これで全員無事到着かな?
 新世界旅団のメンバーも当然姿が見える。みんなも僕を確認するなり、周囲を警戒しつつも駆けつけてきてくれたよー。

「ソウマくん!」
「ソウマ殿、お疲れ様でござるー」
「団長、サクラさん。それに教授にレリエさんもお疲れー」

 シアンさん、サクラさん、モニカ教授にレリエさん。僕のかけがえのない今の仲間達で、大切な人達だ。
 杭打ちくんを持たないほうの手でハイターッチ! ってすると、みんなでひとしきり笑い合う。そうそうこの感じ、パーティって感じがしていいよねー。
 周囲を見回して、シアンさんが緊張しながらもつぶやいた。
 
「ここが、大迷宮地下最深階層付近……今の私には明らかに無理な場所。ある意味冒険者達の最先端に、こんなに早く挑めるなんて!」
「久しぶりってほどでもないけど、我ながらずいぶん早く戻ってきたわ……相変わらずどことなく薄ら寒い場所」
「こないだここからやって来たんだったね、レリエは。ならたしかに久しぶりでもないか。私はレイアさんと同じく3年ぶりだから、どう考えても久しぶりなんだけどね」

 どう考えてもまだ冒険者になりたてのシアンさんには早すぎるステージなんだけど、だからこそ冒険心がくすぐられているのか瞳がキラキラしているね。つくづく冒険者向けの質をしているよー。
 一方でレリエさんとモニカ教授も、どことなく懐かしげに周囲を伺っているね。二人とも一応ここには来たことあるから、そこまで物珍しそうでもないや。
 
「全員いるね? よし! ならさっそくだけど進むよ、私とソウくんで周辺のモンスターは片付けたけど、また次、いつどこから連中が発生するかもわからないからね!」
「進むのはもちろんだけど、説明も頼むよレイア。僕の正体とか、さっきモンスターのことを天使とか呼んだことについても」

 レイアが号令を出す。さっきも言ってたけどのんびりしてても仕方ない。このままどんどん進んで、開かずの扉にまで行かないと。
 もちろん、道中いろんな秘密のネタバラシをするように頼むのも忘れない。僕が再三頼み込むと、彼女はやはり、朗らかな笑顔で頷くのだった。
 
「もちろん! みんなも歩きながら聞いてほしい。ここにいるソウマ・グンダリが古代文明人である話と、モンスターの正体について──どっちも私達が今から向かう旧世界、はるか地下に眠る古代文明の核心に至る話だからねー!」
 
 断言して、そして歩き出す。
 僕の秘密……ついに明かされる時が来たんだねー。
「まずはモンスターの正体から話すよ。ソウくんの正体とも割と、密接に絡んでくる話だからね」
「えっ……それって、どういう? もしかして僕もモンスターの一種でしたとか、頼むからそうだとしても嘘をついてほしいんだけどー……」

 僕の正体と、あとモンスターの謎。そのへんを歩きながら語り始めるレイア。
 周辺を警戒しながら進む僕らも、聞き耳を立てて彼女の言葉を待ち望んでいる。

 地下86階から88階までは、実のところそんなに距離があるわけでもない。今回使用したショートカットの出入り口が87階へと下りる道のすぐそばにあるし、87階はほぼ一本道で迷うこともなく進めるからねー。
 そして地下88階に至っては……これは辿り着いてからで良いかな。いろいろ驚くべき構造をしてるのだ。それはその時の話だね。

 ともあれレイアの話だけど、前置きにやけに不穏なことを聞かされる。
 僕とモンスターのルーツに関連性があるってなんだよー。まさかと思うけど、実は僕もモンスターでしたとかやめてよー?
 
「ソウくんは人間だよ、間違いなくねー。ただ……」
「た、ただ?」
「……そうだね。言うなれば君は、古代文明人の"本当の意味での最後の希望の光"。そして"最期に遺してしまった最悪の罪の象徴"ってことになるかな」
「えぇ……?」

 希望はともかく最悪の罪はひどいよー! っていうかマジで意味わかんないしー。
 僕の存在そのものがなんか、古代文明にとって意味ありげな感じみたいだけど……なんかイヤーな気分になるねー。

 思わずうへー! って苦い食べ物を口にした時みたいに渋い顔をすると、レイアはフフッと笑って僕の頭をポンポンと叩いた。
 まるで慰めるようにしてから、続けて明るめの声色で語る。
 
「ま、とりあえずモンスターについてから聞いてよ。私がなぜ、さっきあの生物群を指して"天使"と呼んだのかをね」
「天使……古代文明を滅ぼした神が生み出した、手駒の総称だったよね、たしか?」

 一週間前の話を思い返しつつも確認する。
 たしか……古代文明を滅ぼした人造生物、神と呼ばれた化物が暴走した際、生み出した手駒とかなんとかかんとか言ってた気がするー。

 それが実はモンスターのことを指していたって言うんなら、またなんともあべこべというか、すごい末路ですねって感じ。
 天使とモンスターって正反対に近い存在だと思うし。まあ、そもそもただの手作り化物に神なんて名前をつけた時点でどうにも、名付けた古代文明の趣味があんまりよろしくなかった印象は受けるけどもねー。
 
「そう。つまりはモンスターは元々神が生み出したモノ達なんだ。無限のエネルギーによって作られた有限生命体。何かを食らうことも生み出すこともなく、ただ生命を殺すだけの殺戮兵器。ヒトに作られたモノが自力で創り上げた、極めて不完全ながら"新たなるヒト"の姿とも言えるかもしれないね」
「それにしては我々とはずいぶん異なるな。神とやらの美的感覚は、どうにもズレたものらしい」

 ベルアニーさんが呆れた調子で嗤う。たしかに、ただ殺すしかしないような化物ジュニア達を天使だの、新たなるヒトだの言うのは良いけど……
 デザイン的なところも含めて、どうにもそのあり方が今いる僕らとはかけ離れてるからなあ。なんとも言えないよ。
 
「本来、モンスター達はこの世にはすでにないはずだった。古代文明がすでに滅んで、残った人類がはるか天空に新たに作られた新天地へと移った以上……仮に数万年の時を経て発生していたとしても、それは地下世界のみでの話のはずだったの。神が塔に侵入できない以上、子飼いの天使達も上に上がれるわけがなかったからね」
「……んん? それにしては何故か、大迷宮やら世界各地の迷宮に発生しているでござるな。モンスター、普通に冒険者達の敵でござるよ?」
「うん。そこなんだよジンダイさん。実はここで関係していくのが誰を隠そう、ソウくんなんだ」

 歩きながら僕に向く、みんなの視線。
 いつもなら注目浴びちゃったえへへー! ってなるところだけど、話題が話題だけにむしろ不安だよー。

 なんで僕? 僕なんかしちゃった? 特に心当たりないけどー。
 困惑しきりの僕に、レイアもまた視線を向けて──
 
「ソウくん──いいえ。ソウマ・グンダリが生まれたきっかけである、古代文明人によるラスト・プロジェクト"軍荼利・葬魔計画"。それによっておそらく神は滅び、そして天使達はモンスターとして迷宮内に現れることになったの」

 ──そして、決定的な真実を言い放った。
 古代文明人のラスト・プロジェクト。なんかよくわかんないけど、それが僕のルーツの核心みたいだった。
「ぐんだり、そうま? ……ソウマ・グンダリ?」
「魔を葬ると書いてね。前にソウくんは、なんとなく思い浮かんだからソウマと名乗ってるって言ってたけど……あなたを生み出した計画と同一の名称だったんだ。運命ってあるんだねー」

 明かされた古代文明人の最後の計画"軍荼利・葬魔計画"。そのもの僕の名前が使われているのは、むしろ逆で僕がその計画を流用したんだろう。
 この名前、初めて地表に出て孤児院の人に尋ねられた時に咄嗟に出た名前なんだよね。そんなものと同一のネーミングなのはさすがに、偶然の一致としては出来すぎてるよー。

 とはいえ、その計画が僕の誕生とどう繋がってるのかは見えてきていない。なんとなく計画の一環として僕が生まれましたー、みたいな話っぽい気はしてるけどそれが本当かはまだわからないしねー。
 同じ予感を抱いているんだろう、レリエさんがどこか緊張した面持ちでレイアへと尋ねた。
 
「それで、その計画がどうしたの? それでなんで、ソウマくんが生まれたなんて表現になるの」
「……それはね。彼こそが古代文明が最後に生み出した兵器だからだよ。ソウくんは、古代文明が創り出した最後の生命体、計画によって生み出された、作られた生命なんだ」
「はあ?」

 思わず言っちゃった、いやでもはあ? でしょこんなのー。
 計画が僕を生んだ、いや作ったのはまあ良いよ。古代文明にとって最後の生命なのも、まあなんかそういうタイミングだったんだねーって感じだし。

 でも兵器って……そんな大層な言われ方するようなものじゃないはずだよー。僕は人間だよー。
 歩きながらでも戸惑い、意味不明理解不能って視線を送る。もうすぐ地下87階層への道も見えてくる中で、レイアは沈痛な面持ちで僕を見て、言った。
 
「神を、長い時をかけてでも弱体化させて滅ぼす──その身に宿した無限エネルギーを、横取りする形で吸収する機能を備えた生体兵器による力で。ソウくんは、地下世界に潜む神の力を簒奪して、弱め殺すために産まれた生き物だった」
「……えええっ!? 僕がそんな力をっ!?」
「神の力を、奪う力!?」
「もっとも、おそらくすでに……すべての決着は付いてるんだろうけどね。ソウくん自身にも自覚もないだろうとは思うよ」

 肩をすくめるレイアに、僕もみんなも唖然としている。つい立ち止まってしまい、最後尾にいるリューゼに"ぼさっとすんな! "って小突かれている人までいるよ。
 いや……実際マジでびっくりだよー。知らない間に神を相手に赤ちゃん僕がなんかしてて、しかも知らない間に終わってたとかー。

 全部覚えがない話だしぶっちゃけ、物心つく前のこととか知らないからまるで関係ない他人の話にしか聞こえないや。
 なんとも微妙な反応を見せる僕をよそに、レイアの話は続いていく。同時にさらなる地下、87階にまで続く道を僕らは順繰りに進み始めた。
 
「古代文明人の最後の生き残りに、グンダリという名前の──本名か渾名かはしらないけどね──女がいた。科学者だったその女は古代文明のほとんどが息絶え、あるいは冷凍睡眠に眠る中、一人だけで神殺しの計画を立て、実行した」
「神殺し? まるで英雄だな」
「ただ、やったことは最低でした。神を解析して開発した無限エネルギー吸収能力を、産まれたての赤子に埋め込み……そのまま棺に押し込んで冷凍睡眠させたんです。生き物として、人間としてでなく兵器として、モノとして扱うために」

 嫌悪感をむき出しにした物言い。彼女がここまで他者に対して嫌そうな言い方をするのは珍しいや、三年前にはあのエウリデ王にさえにこやかに応答してたのに。
 ……まあ、気持ちは理解できるけど。無限エネルギー吸収能力を埋め込まれた産まれたての赤子って、それが僕なんでしょ。

「眠らされた赤ん坊は、そのまま数万年、計画のために生かさず殺さずで利用され続けました。神を、気が遠くなるほどの時間をかけてでも弱らせ殺すために……意識がないまま、ただ無限エネルギーを吸収するためだけに無理矢理、冷凍睡眠し続けていたんです」

 そんでもってそんな状態の僕を棺──たぶんレリエさん達が眠ってたのと同じタイプのものだろうねー──に押し込んで数万年眠らせた、と。
 もう完全に道具とかの扱いだよー。そりゃ怒るよね、レイアもー。
 
「ソウマくん、物心ついた時にはもう大迷宮の中にいたって、言ってたわよ、ね……」
「そんなことが! 親に棄てられてさえいない、最初から完全に道具扱いで数万年と使われ続けていたなんて……!」
「…………胸糞悪いでござるなあ」
 
 新世界旅団のみなさんもなんだか気の毒そうな顔だったり、やるせない顔だったりしてるー。

 うん……まあ、自分でもええー? ってなるけど、それはそれとしてお陰様でみんなにも出会えたからねー。
 美人のお姉さん達と出会うために数万年眠ってたんだって考えると、なんだかこれはこれでいいかなとは思うなー。
 なんかいろいろ明らかになっていく僕の秘密ー。ええと神の力を横取りする能力があるらしいけど、ぜーんぜん自覚はないよー?
 首を傾げる僕だけど、周囲がこちらに向ける視線は概ね同情とか憐憫、あと畏怖とかが混じっている。

 気まずいよー。そんな風に可哀想なものを見る目を向けられても、別に実感がないんだからどうしようもないよー。
 でも僕を慮ってか新世界旅団の面々、美女の中の美女達が寄り添って頭を撫でたり抱きしめたりしてくれるからこれはこれで、むふー!
 最高だよー。素敵な感触、匂いとか手触りに内心大喜びしているのを隠していると、レイアはそんな僕をじーっと見つめたまま話を続けた。

「…………棺には神の無限エネルギーに接続して、それを少しずつ、本当にちょっぴりずつですが吸い取り、塔の膜の上に作られるだろう新天地に流し込むための管がありました」
「流し込む管、だと?」
「はい。海の水を少しずつポンプで汲み取り、砂漠に海そのものを移転させよう、みたいなイメージですね」

 訝しむベルアニーさんに例えてみせた彼女だけど、いまいちピンとこないっていうかー……
 海そのものを移転させるって途方もなさすぎるよー? 無理でしょそんなのーって思いもするんだけど、途方もないから数万年とかかったと言うと微妙に説得力があるから困るよねー。

 話を聞いていたモニカ教授が、愕然とレイアを見た。血の気が引いたような血色で、何か衝撃的な、恐ろしい事実に気づいたような顔をしている。
 なんだろ? 見上げる彼女はそのままレイアに問を投げた。

「その例えで言えば、ポンプにあたるのがその赤子……! 何の罪もない幼子を改造した上で仮死状態にして、半永久的に神を弱らせるための装置に仕立て上げたのか!?」
「……うん。そうだよ教授。その計画は何も知らない赤子を神殺しの贄にして数万年使い潰す、悪魔のようなものだったんだ」
「なんてことを考えるんだ……」
「人間のやることじゃねえ……」

 カインさんやレオンくんさえ呻く、"軍荼利・葬魔計画"の真髄。赤ん坊に神殺しの機能を埋め込んで、冷凍睡眠させて数万年利用し続けるという恐ろしい内容に、誰もが絶句して二の句を告げない様子だ。

 正直、人の心がないよねーそれ考えた科学者の人。
 ていうか女の人らしいけど、もしかしてその人自身が産んだ赤ん坊を利用したりしたのかな? 計画の名前もだけど、その人の名前もグンダリだし。
 だとしたらその人は僕にとって母親と言えるかもなんだけど、言いたくないかもなんだけどー。

 地下87階。上階と変わらない赤茶けた土塊の壁と床が広がる中を、モンスターを適宜感知しながらも進む。
 出てくるモンスターを概ね僕とレイアで仕留めながらも、合間合間に明かされていく、僕のルーツ。
 
「目論見は──おそらく成功しました。ポンプ役だった赤子が役割を終えて今、成長した姿をここに見せているのがその証拠とも言えましょう。残されていた葬魔計画の資料には、神の滅びをもって神殺しの赤子は解き放たれる、ともありました」
「ソウマくんが今ここにいることが、神殺しが果たされたことの証明なのかもしれないと。そういうことなのね……」
「しかし、無限エネルギーを枯渇させて殺すって矛盾ではござらんか? 枯渇しないからこその無限でござろう」

 ポンプこと僕が今ここにいる、それそのものが計画が成功に終わった証明なんだとレイアは見ているねー。
 たしかに、今の話を聞くにその可能性は大きい。神を殺すことでその赤ん坊が解放されるって計画なら、逆に言えばその赤ん坊がこうしてすくすく育っている時点で古代文明の神も滅んでいるはずだしね。

 他方でサクラさんが、そもそも無限エネルギーとか言ってるのにそれを殺せたりするのー? と疑問を呈している。
 うん、まあね……そこは気になってたよー。無限なのに殺せるんだ? みたいな。
 彼女にもレイアは頷いて答える。

「無限エネルギーと言ってもあくまで古代文明の尺度から見て無限に近かっただけで、実際には数万年もの間吸い取られ続けては、さすがに枯渇したのだと思われます。まあ、それを確認するためにも今、地底世界に向かってるんだけどね」
「数万年、その神はエネルギーを奪い取られ続けたんでござるか……そして同時に、その赤子は数万年もの間、モノ扱いされてきた、と……」
「覚えがないよー……」
「赤ん坊で、しかも冷凍睡眠中のことだったろうからねえ……」
 
 ひたすら憐れまれてるけど、ぜんぜん覚えがないから反応に困るよー。
 とはいえたしかに悲惨と言えば悲惨な境遇だとは自分でも思うし……どういう態度でいれば良いのかわかんないし、とりあえず笑顔を浮かべとこうかなー。
 知らない間にっていうか、物心つかないうちに数万年単位で何やら使われてたらしい赤ちゃんの頃の僕。
 普通にドン引き物の計画にみんなもドン引き、僕もドン引きだよー。ほとんど全員が陰鬱な顔をして僕を見つめる中、レイアは締めくくるように言葉を発する。

「……かくして、幼くして神殺しを果たした子供は役割を終え、はるか数万年の果てに眠りから覚めました。それがソウくん、ソウマ・グンダリなのです」
「なんともはや……ダンジョンに生息していた時点でただ者ではないと思っていたが。よもや古代文明による最後の兵器、怨念の結晶とも言うべき復讐装置とはな。道理でいろいろ、人間離れしているわけだ」
「その言い方止めてー?」

 ベルアニーさんの率直すぎる言葉が刺さるー。まあ怨念、復讐そのものだよねー、今の話を聞く限りー。
 ただ、それとこれとは話が別で僕がダンジョンから這い出てきたって生い立ちや、迷宮攻略法込みでもいろいろ強めな性能しているのはあんまり関係がないと思うんだけどなー?

 ──と、そんな軽口を叩いたギルド長に剣呑な目が向けられた。取り分けシミラ卿、エウリデの騎士団長だった人が特に厳しい目をしてるよー。
 
「ギルド長、口が過ぎるぞ……我が友を悪し様に言うのは止してもらおう。今ここでギルド所属を辞め、新世界旅団に入団してもかまわないのだが?」
「ふむ? 別に中傷のつもりもなかったがな……口が過ぎた、すまんなグンダリ」
「はあ」

 怨念とか復讐とか言っといてよくもまあぬけぬけと、って感じだけどー……元からして口の悪い冒険者達をさらに束ねているおじさんだからね、この人ー。
 本当に中傷の意図はなかったっていうか、そもそも悪意なく客観的に発言していたんだろうなーってのはそれなりに付き合いも長いんだ、分かるよー。

 とはいえそういうのが通じない人のほうがここには多い。新世界旅団の面々はじめ、古代文明人、友人達、元調査戦隊メンバー、果てはなんら関わりない冒険者の方々に至るまでみんなしてギルド長を非難がましく見ている。
 これには堪らんと、ベルアニーさんは肩をすくめる。

「やれやれ、老いぼれると口もよく滑るようになって困る。いよいよ引退時かね、これは」
「引退は良いけど後任、ちゃんと据えときなよギルド長ー。変なのが後釜になったらそれこそ一大事だよー」
「ふむ。そうさな……アールバドにでも務めてもらえればと個人的には思うのだがね、それこそ3年前のあの事件の前からずっと考えていたことだ」
「あははは! 私まだまだ現役ですから! ウェルドナーおじさんとかどうです? 最近よく腰が痛いとかって言ってますし」
「レイア!?」

 鮮やかに面倒ごとを叔父に受け流したレイア、さすがだねー。危機察知と回避能力は英雄の名に恥じないよー。
 話を振られてウェルドナーおじさんが慌てふためく。たしかに、おじさんももう40近いお年だし、そろそろ腰を落ち着けるってのも悪くはなさそうなんだよね。
 ベルアニーさんもさすがだよ、即座におじさんに視線をやっている。冒険者として、獲物は逃さないって目だねー。割と本気で引退したいみたいだ。

 そんなアレコレはさておき、僕らは地下88階への道に到達した。途中襲ってくるモンスターは概ね僕とレイア、あとリューゼやカインさんで薙ぎ払っての、余裕の行軍だ。
 3年前、僕ら調査戦隊メンバーが辿り着いた最奥部階層。知れず、パーティメンバーのみんなが息を呑むのを聞き取る。

 そうだね、こここそ冒険者達の最前線、誰もが夢見た新天地、一歩手前の地点だよー。
 ゆっくり慎重に下り道を進む。それなりに傾斜を滑らないように気をつけながら歩くと、やがて平らな地平に辿り着く。

 ……ああ。三年前と変わらないね、当たり前だけど。
 レイアがしみじみと、みんなに告げた。

「さあ、ついたね地下88階……現時点で私達人類が到達できている、最深階層だよ」
 
 赤茶けた土塊の壁と床は変わらず、けれど眼前に広がるは果てしない湖──そう、地下88階層はどこまでも先の見えない地底湖が広がっているんだ。
 だけどそれだけじゃない。はるか向こう、微かに見えるものがある。サクラさんが目を凝らしてポツリ、つぶやいた。
 
「……扉? なんか柱があるでござる?」
「うん。この階層は広い湖の真ん中、扉の付いた柱があるだけなんだ。そしてその扉がどうしても開けられなくて、3年前僕ら調査戦隊はそれ以上の冒険を断念せざるを得なかった」
 
 湖の先、中央にぽつねんと立つもの、柱。
 中に入るための扉が一丁、拵えられてあるだけの簡素な造り。誰がどう見ても、そこからさらなる地下へと進入するんだって分かる、特異な地形だ。

 だのに、僕らは3年前ここを突破できなかった。扉をどうやっても開けることができなかったんだ。
 その上、破壊しようにもありえないほどに強力な防壁があらゆる攻撃、衝撃を無効化してしまい……調査戦隊はそこで完全に手詰まりになってしまったんだねー。
 辿り着いた地下88階層。湖をどうにか渡った先、見える柱の扉を開けられればきっと、さらなる下層へと辿り着けるはずだ。
 3年前には断念した地点。今、僕らはまたしてもチャレンジの機会を得ていた。

「さて! それじゃあここからはソウマ大先生、お願いします!」
「はいはーい」

 レイアに呼ばれて準備する。湖岸、静かに凪いだ水面へと進む。
 ここから先こそ僕の出番だ。件の扉を開くのに僕が必要っていうのとはまた別に、湖の向こうへとこの人数がまとめて進むには現状、僕が必要不可欠なんだ。

 いきなり前に出た僕を見て、シアン団長が訝しみながらもレイアに質問する。

「何をするのですか?」
「んふふ。迷宮攻略法・重力制御……今のところ私とソウくん、あと一応リューゼちゃんくらいしかまともに使えないだろう攻略法の奥義を使って、この場のみんなをあの岸にまで移動させてもらうんだ」
「一応はヒデーっすよ姉御ォ。あとちなみにもう一人、Sランクのやつがタイトルホルダーになったみてーっすよ。そいつも使えるんじゃないっすかねえ」

 特に隠すことでなし、サラリと答えるけど周囲の冒険者達はどこか息を呑む人が多い。
 自分達もいくつか習得している迷宮攻略法の、奥義とまで絆の英雄が言ったんだ。そりゃみんな緊張が走るよねー。

 そう、重力制御。これこそが迷宮攻略法最難関の技術にして最奥とも呼べる究極地点だ。
 何しろ普段僕らに当たり前に干渉している引き合う力……重力を知覚してそれを操作する感覚が必要だからねー。こう言ったらなんだけど、完全に才能の世界だよー。

 現状だとたぶん、僕ら3人とあともう一人、なんとかいう3人目のタイトルホルダーの人しかまともに使うことさえできない技法。けれどその中でも特に僕だけはいろいろ、さらに特殊なところがあるんだ。
 レイアが続けて説明してくれるよー。
 
「重力制御にはタイプがあってね。私のように攻撃方面や防御壁として使うのと、ソウくんみたいに自身の身体を浮かせたりするのとで得意分野が分かれるんだ」
「分かれるって……技術的には同じものなのでしょう?」
「たとえば剣術って言ってもいろいろあるでしょ? 斬撃主体だったり刺突主体だったり、はたまた防御に特化してたり。それと同じだよー。私とリューゼちゃんは攻撃と防御に特化してるんだけど、ソウくんは同じこともできつつさらに重力そのものを自在に操作できるんだねー」

 実際のところ、レイアほど派手なブラックホールなんて生成できないんだけどー……まあ縮小版で良ければたしかに、似たようなことはできなくもないよねー。

 今説明されたのが大体すべてで、レイアとリューゼが一部分、攻撃に限って言えば僕以上にハチャメチャできるんだけど他はこれと言って何もできない。
 逆に僕は、そこまで攻撃に特化してるわけじゃないけど他のことも色々できる。空を飛んだり、浮いたりね。
 その辺を指して、リューゼがため息混じりにぼやいた。

「オレ様は姉御と同じタイプだなァ。つうか空飛んだりなんてできるソウマがおかしいんだ。今は4人しかいねーからタイプ分けしてるけどよ、今後使えるやつが増えていったらたぶん、ソウマだけは異端って話に切り替わっていくと思うぜ」
「ひどくないー?」
「まあ……リューゼちゃんの仮説は、私も同意かな。今後迷宮攻略法のタイトルホルダーがたくさん出てきたとしても」

 なかなかひどいこと言われた気がするよー? たぶん二人もコツさえ掴めば、空を飛んだりくらいはできると思うんだけどねー。
 まあ、今のところ僕にしかできないのは間違いない。だからこうしてさあ行け、さあやれと言われてるわけだしー。
 
「言っちゃうと対象地点に重力を収束させるって使い方しかできない私達と違って、ソウくんは明らかに自由度の高い干渉の仕方をしてる。なんなら私達にできることだって彼はできるしね。彼にできることを私達ができない以上、自分で言うのもなんだけど結局彼が上位互換なのは間違いないよ」
「誤解だよー。僕はレイアみたいにブラックホールは作れないよー」
「作る場面がないからね。でもさっきだって、やろうと思えばできたでしょ? あのくらい」
「……誤解だよー」

 できなくはないけど、レイアを差し置いてやる意味が薄いだけだね。
 そこはあまり深堀りされると、ちょっと僕としても気まずい気がするから止めてほしいかなー。

 誤魔化すようにけふけふ咳払いしていると、レイアはやはり、優しい微笑みで僕を見やる。
 それからニッコリ笑ってシアンさんの方を向いた。
「ともあれそんなわけで。そのへんのソウくんの特異性こそ、私が研究の果てに辿り着いたある仮説を立証している感じはするんだけど──」
「…………?」

 シアンさんに語りかけつつ、チラとこちらを見るレイア。なんだろ? ちょっと意味深な視線。
 僕が重力制御を多少、人よりは深く理解して使いこなしているっていうのを指して彼女は僕の特異性、ある仮説を立証する要素であると確信しているみたいだ。

 とはいえ、それは古代文明にそこまで深く関わる話でもない、のかな?
 誤魔化すように彼女は、首を振って僕に指示を下した。

「──ま、それはそれとして! はいソウくん、ちゃっちゃとやっちゃおう! もたついてるとモンスターとか生まれてきちゃうかもだよ!」
「分かった。えーい」

 あからさまに怪しいけど、仰るようにそれはそれ、だからねー。今はさっさと先に進むのがきっと、正解だろう。
 僕は集中した。僕を、いやみんなを、いやいや世界を取り巻くありとあらゆる重力を知覚して、その手綱を握る。

 重力制御──この場にいるすべての人間に、干渉している力の方向性を一時的に変える!
 同時に僕は宙に浮いた。他のみんなも同様だ! 誰一人、残さず空を飛んでいる!

「!?」
「うわわ!?」
「ござござ!?」
「ぬぁぁあんじゃぁぁあこりゃあああああっ!?」

 驚きに次々、声があがる。叫び過ぎな人さえいるほどだよ、うるさいー。
 これが僕にしかできない重力制御の真髄、特に技名とかはないけどまあ、奥義ってことで一つ。重力が関わる物事ならば、僕は大概のものさえ浮かせてみせるよー。

「う、浮いてる、私達!?」
「うわー、3年ぶりだこれ、懐かしいなー」
「うむ……以前にもまして軽やかに浮かされている。こうまで多くの人の重力に干渉するとは」
「グンダリ……ここまでのことができるのか」

 初めての人も何度か経験のある人も、それぞれに感想を述べて驚いたり懐かしんだりしている。
 僕としても、他人の重力に干渉するのなんか久しぶりだから新鮮な気分だよー。うーん、我ながら前より制御がうまくなってる気がするー。

 特に問題なく、危なげなく全員を地面から10メートルは浮かび上がらせた。あんまり高すぎると天井にぶつかると危ないしね。
 そのままの浮いた状態で、今度は湖の中心、件の扉のほうへとベクトルを向けて……と。よーしよしよし、いけるね。
 僕はみんなに呼びかけた。
 
「問題なし、そしたら行きますよーみなさーん。特に何もすることないんで、気長に空の旅をお楽しみくださーい。レイアとリューゼは引き続き露払い、必要ならよろしくねー」
「もちろん! ブラックホールを撒くだけの簡単なお仕事だね!」
「オレぁンなことできねえが、まあ……やりようはあんだろ。任せなァ」

 干渉しているうちは下手に暴れたりされても困るから、やんわりとみんなの身体を制御している。指先一つ動くだけでもいろいろ面倒なんだよねー、対応するけどー。
 とはいえレイアとリューゼは別だ。彼女達には湖の中にいるっぽいモンスター達の相手をしてもらわないと、だからねー。

 ブラックホールを生成して湖面にぶっ放すだけの簡単なお仕事とは言うものの、それができるのは紛れもなくこの二人だけだからね。
 よろしく頼むよーってお願いした矢先、さっそく水中から迫りくる気配が2つ! モンスターだよ!
 
「んぎょあらああああああああっ!!」
「ごがげぎががががががい!!」
「おっ、さーっそく来やがったな!! ぶっ飛べやァ!!」
「お仕事お仕事! いくよーブラックホール!!」

 海竜っていうのかな? 10メートルを超えてるようなバカでかいウナギが2匹、勢いよく水面から飛び出してきた。
 普通に考えれば紛れもなくSランク冒険者が総出で戦わなきゃならない相手だろう、殺気と威圧が半端ない。

 ──でもまあ、相対するのがこの二人じゃね。
 即座にブラックホールをまとわせた剣とザンバーを空中に浮いたまま、振るうはレイアとリューゼリア。
 すべてを飲み込む暗黒空洞が2つ、それぞれモンスターへと射出され……その体を、存在を、命ごと飲み込み消し去っていく!
 
「げげげええええええっ!?」
「がぎがごぐごがぎがぐっ!!」
「す、すごい……」
「……Sランクとは一括りに言っても、やっぱり頂点はやべーでござるなー……」

 一瞬で、一撃で敵を消し去る攻撃を放つレジェンダリーセブンの二人に、僕によって空をゆっくりと飛行している冒険者達は呆然とつぶやくばかりだ。
 特にサクラさんは自身もSランクだってこともあり、いろいろ思うところがあるみたいだよー。言っても彼女は対人戦闘の腕前がすさまじいから、一概に上下を決められるものじゃないと思うんだけどねー。