【完結】ニューワールド・ブリゲイド─学生冒険者・杭打ちの青春─

『ウアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
「何これ! なんだコレー!?」

 床を崩落させ、貴族もろとも奈落へ呑み込ませていく得体の知れない何かの化物。黒い泥のような体毛に覆われた、真っ赤な目を2つだけギラリと光らせるおぞましいフォルム。
 エウリデ国王に応えるようにいきなり現れたソレは下階から畝り這い出ては、とっさに回避した僕ら目掛けて襲いかかってくる!!
 
『ウアアアアアアアアアアアアッ!』
「くっ、うう!?」

 どういう理屈か、翼もないのに飛び回る流星状の黒い化物が、目を合わせた僕をターゲットに突っ込んでくる。
 すでに迷宮攻略法で身体強化を済ませている僕はこれに対して一歩も引くことなく、真正面からがっぷりと組み合う──後ろにはシアンさんはもちろん、カタナがなくて戦力がダウンしてるサクラさんもいる!

 カタナがなくてもそこらの騎士やモンスターなら倒せるだろう彼女でも、こんな得体の知れないやつはキツイよー!
 直感的にそう判断してのぶつかり合いだったけどこれがどうやら大当たりだ。
 ズドンッ!! と響く轟音、空中にて受け止めた衝撃の強さ。それらから即座に判断できたんだ、コイツ下手するといつもの僕よりヤバいって。

「ソウマくん!」
「ソウマ殿!? も、モンスターでござるかこれは!?」
「ぐ、ぅ、うっううううっ……!!」
『ウ、ウアア、ウアアアアアアアアアアッ!!』

 僕が自分達を庇ったことを悟ったんだろう、即座に敵の射程から離れてシアンさんとサクラさんが叫ぶ。
 モンスター……どうだろうね? 全力で力を込めての組み合いの中、拾った声に内心で答える。なんかこいつ、モンスターとはまたちょっと違う感触なんだよねー。

 モンスターと対峙した時に感じるものと印象が異なる。何がどう違うって聞かれると漠然としたものだからうまく答えられそうにないんだけど、ただモンスターとは少し違うってのは確実だと言えるよー。
 崩落を免れた地上に降り、なおも化物と取っ組み合う。こいつ、口もなければ鼻もない? 生き物ですらないとでも言うの? そんなバカな!

 敵を観察し、そしてその異様さに改めて意味不明であることだけを悟る。
 どう攻めたものかと冷静に考えていると、未だ悠然と玉座に座るエウリデ王が、まるで観戦しているかのような呑気さでこちらを嘲笑いつつ言った。
 
「戯け、言ったであろう、"神"であると」
「馬鹿言うな! こんなモンのどこが神様だ! 普通に考えてモンスターだろうが!!」
「モンスター? フッ……その認識がすでに間違っているのだ、神に逆らう愚か者どもめ」

 僕のツッコミにも不敵に嘲笑で返してくる、こいつの余裕……絶対に自分はこの化物のターゲットにならない、という確信があるのか。そしてこいつが、絶対に僕らを殺し切るという確信も。
 ふざけるな、返り討ちにしてやるよー! と、叫びたいのをぐっと堪えて化物を殴り飛ばす傍らで耳を澄ませる。自己陶酔したエウリデ王がまたペラペラと、情報を口走ってくれているからだ。
 この化物の詳細だけは何がなんでも聞いておかないと、こいつ一体きりという保証もないからねー!

「"天使"。貴様らがこれまでに不遜に挑み倒してきたモノ達は本来そう呼ばれるべき存在。それを倒してきた貴様ら冒険者のあまりに罪業深い所業に、ついに神もお怒りになったのだ……我らが敬虔なるエウリデに、こうして応えられたのだから」
「モンスターを天使だなんて、あなたは何を仰っているのです、陛下!?」
「なんかヤベー宗教にでもドハマリしてるでござるか!? チィ……カタナがあればこんなやつっ!」
「サクラさん、無理はしないで僕に任せて、団長の保護を!」

 いよいよわけわかんないことを言ってきた、この国は宗教国家だったりしたのかな、実は!
 シアンさんもサクラさんも唐突な神だの天使だのトークに唖然として叫んでいる。気持ちは分かるけどここは僕が受け持つから引き下がっといて欲しい、こいつかなりやばいんだよ!

 一度殴り飛ばした化物は、それでも怯むことなくまた僕に突撃してくる。くそ、割と全力で殴ったのにノーダメージはなけなしのプライドが傷つくよー。
 ……杭打ちくんが必要だ。アレの威力ならおそらくこいつもただじゃ済まないだろうし、表においてきたアレをどうにか確保できれば、一気に押し込める目はある!
 
「……これぞ我らエウリデが永きにわたり挑み、そして今般ついに実現できた偉業。神を降臨させ、使役したのである! どうだ感想は。偉大なる姿に今にも平伏したくなろう」
「誰が! ……サクラさん、シアンさん聞いて!!」
『ウオアアアアアアアアアアアッ!!』
「お前じゃない、黙ってろ化物ーっ!!」
 
 ゴチャゴチャやかましいんだよエウリデ王! 化物もいちいち叫ぶな、鬱陶しい!
 いい加減おかしな宗教話なんか聞きたくないんだ!と叫びながらも僕は、シアンさんとサクラさんへと声をかけた。
 叫ぶように名を呼ぶ。化物との取っ組み合いの中、唐突に指名されてシアンさんもサクラさんも一瞬、身体を硬直させたみたいだけど本当に一瞬だ、すぐに再起動して距離を取りながら僕を見てきた。
 さっきからも見て分かる通り、今、主に戦っているのは僕だけだ。サクラさんはカタナがないし、シアンさんはそもそも戦力としては数えられない。悪いけどね。

 だけど、それがイコール二人にできることがないっていうことに繋がってるわけでもない。
 今この状況、だからこそ彼女達にしか任せられないことがあるんだ。僕は続けて言った。

「2人は、地下に行ってシミラ卿の保護を! 今空いた大穴から多分、ショートカットできる!」
「ソウマくん!? でもあなたは──」
「武器がなくてもまともに戦えるのは僕だけだ、ここは僕がやる! ……杭打ちなんて呼ばれる前は、素手でモンスターを殴り飛ばしてきたんだよ。それこそ赤ちゃんの頃からねー」

 赤ちゃんは言い過ぎてる──そもそも物心付いてないから覚えてもいないし──んだけど、まあそこはリップサービスってことで。化物を素手で殴りつけながら笑う。
 本来の僕は杭打ちくんさえ使わない、完全な徒手での戦闘スタイルだった。それで少なくとも5歳くらいから数年、ダンジョンのモンスターを殴り殺して喰らい殺して生きてきたんだ。

 分かるかい? 神様。
 つまりは今これこそが僕のオリジン、ソウマになる前の名も無い幼児が、それでも無数の屍を積み上げるに至っていた業だよ!

「っ!!」
『ウァァアアッ!?』
「す、すごい……」
「ハハ……素手で、殴り飛ばしてるでござる……」

 自分の何倍、何十倍もあるサイズと相応の重量を、僕は無造作に右拳で殴りつけた。途端、ぶっ飛ばされる化物。
 あわよくばぶつけて殺せないかなって、国王のほうに仕向けてみたんだけどさすがに距離が足りないや。自分で開けた床の穴にギリギリ落ちない程度のところに叩き落され、化物はにわかに驚いたみたいだった。

 同時に後ろの仲間達からも驚きの吐息が漏れる。へへん、どうよ僕ならこんなもんさ!
 ……だから、ここは僕に任せて行ってほしい。願いを込めて告げる。
 
「ここは適材適所だ、2人がシミラ卿を助けて、その間僕はコイツを足止めっていうか仕留める。どう?」
「……いけるでござるか?」
「いけなきゃこんな提案してない、よっ!!」

 サクラさんの確認に軽く応えて、僕は地を駆け天へ飛んだ。大穴を超えて、倒れ伏した化物へ追撃を仕掛けるのさ。
 拳を勢いよく振り上げていく僕の耳に、サクラさんの決意の声が聞こえた。
 
「シアン、行くでござる。この場にて拙者らがすべきはここにはあらず、地下牢にこそあれば」
「…………っ、ソウマくん、どうか無事の帰りを! お気をつけて!」
「2人もね! あとリューゼに鉢合わせたらよろしく言っといてー!」

 そう、ここに来た本来の目的であるところの、シミラ卿救出。本当はもっと穏便な形で進められれば良かったんだけど、ことこうなればもう、僕が暴れてる間に二人に行ってもらうしか目がない。
 下手するとリューゼが先行してるまでありえるしねー。3人揃ってこんなところで足止めは食ってられないんだよー。

 そんな僕の意を汲んでくれて、空いた大穴から飛び降りていくシアンさんとサクラさん。見た感じ相当深くまで続いているから、地下牢までは相当な短縮になるだろう。
 うまいこと救出できれば良い、その間に僕は、この化物をどうにかするさ。

 化物は未だ一切ダメージを受けた様子でもなく、ただ困惑したように僕を見ている。
 攻撃を受け止められ、あまつさえ反撃までされたのは始めてだったりするのかな? 神様とやらも戸惑うことがあるんだね、初めて知ったよ。
 向き合う僕と化物。それを見ていたエウリデ王が、不愉快げに鼻を鳴らした。
 
「供物は多ければ多いほど良いものを……未だに足掻くか、愚か者め」
「愚か者はお前だよー……どこでこんなもん拾ってきたのか知らないけど、これが神様? 馬鹿言うな、邪神だってもうちょい可愛げがあるだろうさ」
『ウアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
「可愛げがないからこその神である。古今、反逆者に微笑む神などいたためしはない」

 傲然と嘯く国王。こいつ……偉そうにしてくれて、まったく。
 まるで神さえ下に見る物言いだ。実際にこの化物をうまく制御できてはいるみたいだから、思い上がるのも無理はないのかもしれないけど。

 渾身の力で化物を殴りつける。一撃、二撃、三撃。
 泥のような体毛で覆われた黒い影は衝撃こそ通るものの、ダメージを受けた様子はやはりない。
 内心で歯噛みしつつも、僕はエウリデ王へと叫んだ。
 
「じゃあこいつはっ!!」
『ヴァッ!?』
「────こいつは、反逆者じゃなきゃ微笑むことがあるって? なんでも壊すしかできなさそうなこんな、出来の悪いモンスターもどきが?」
「微笑むとも……今まさに、余へと微笑みかけてくれている。余に逆らう者すべてを食らってくれるのだ、これぞ微笑みであろう」
 
 くつくつと喉を鳴らす。エウリデ王の嘲笑は瞳に狂気をも纏い、もはや狂信的としか言いようのない惨い笑顔だった。
 狂気の笑みを漏らすエウリデ王。どうみてもまともじゃなくなってるけど、さてこれはどういうんだろうね?
 この神とやらをどうこうするうちにこうなったのか、こうなっちゃったからこの化物をどうこうしたのか。卵が先が鶏が先か? ……ちょっと違うか。

 ともかく今はこんな頭のおかしいおっさんに気を取られてる場合じゃない。どうにかこのタイミングでコイツを仕留めないと、下手に逃しでもしたら話がややこしくなるし何より、犠牲が大きくなる。
 だから僕はこみ上げる不快感、苛立ちを込めて国王を罵倒するだけに留めた。本来なら殴り飛ばしているものを、言葉だけで済ませてやったんだ。

「まったく……馬鹿がトチ狂って!!」
『ヴ────』
「コイツを仕留めたら次はアンタだ、国王! ここまでのことをしておいて、ただで済まされると思うな!」

 負け惜しみとでも思ったのか、なおもニヤニヤするエウリデ王。ムカつくー、あれ絶対に僕が勝てると思ってない笑顔だよー。
 これはなんとしてでも証明しないといけなくなったね、こんな神って名前をしてるだけのモンスター、僕にかかればなんとでもなるってさ!

 それきり僕は狂気の王から注意を外し、眼前の化物に向き直った。
 やつは未だ現在、何発も何発も殴ったのにぴんしゃんしてくれちゃってる。これは、やっぱり今のままじゃ押しきれないなー。
 
 何より場所も悪い、こんな穴だらけの場所でこんなの相手にしてられないよ。
 総合的に判断して僕はすぐさま敵の懐に潜り込んだ。パンチを打ち上げれば上手いこと吹き飛ばせるポジションにて、小さく話しかけるようにつぶやく。

「ここじゃ狭い……表に出るよ」
『ウオアアアアアアアアアアアアアアッ!?』
「…………ぶっ飛ばされろってんだよー!!」

 瞬間、渾身の一撃!
 万力込めた握り拳、まっすぐに化物を真正面からぶち抜く! 衝撃はダメージこそ与えられないだろうけど、物理法則までは無視できないのはさっきから度々殴り飛ばしていることから確認済みだよー!

『ヴァッ!?』
「もういっぱーつっ!!」

 思い切り殴り飛ばせば壁まで吹き飛ばされる化物。そのまま追撃で接近してもう一発殴り飛ばせば、壁ごとぶち抜いて城の外に叩き出すことができた。
 当然僕もぶっ壊れた壁から外へ飛び降りる。謁見の間は王城の3階にあって、当然そこから飛び降りる形になるためかなり高い。

『ウァァアアッ!?』
「この高度、利用しない手はないんだよー!」

 落ちながらもモンスターに肉薄する。普通に殴っても壁に叩きつけても駄目なら、大地に叩きつけてやる!
 敵も何かしら触手? だか爪? だかをこちらに向けて飛ばしてくるけどとにかく遅い、食らってやれるかそんなもの。

 余裕で回避してさらに至近距離に潜り込み、さらに数発拳を叩き込む!
 上からの力で思い切り下へ殴り飛ばされる、その先は庭園──衛兵達もそれなりにいる場所は避けて誰もいない、硬い土の上だ!!
 
「なにっ!?」
「なんだあっ!?」

 急に城の壁が崩れて中からモンスターが出てきて、あまつさえついさっき通した冒険者が肉薄して殴りつけては庭園に叩き落したんだ。そりゃビックリするよね。
 轟音、衝撃。それらに驚愕して硬直する衛兵達はさておき、神モドキは地面に叩きつけられた。僕もすぐ近くに落着する。

『ヴォア、ウォアアアアアア────』
「よっと! 杭打ちくん……は、さすがに遠いか」

 効いてるんだかいないんだか、微妙な呻きをあげる化物はさておき位置取りを確認する。王城は正門からずいぶん離れてるね。
 戦闘の中で杭打ちくんを取りに行くってなると結構な手間を食いそうだけど、さてどうするか。僕一人で殺し切るなら杭打ちくんは必須だけど、ぶっちゃけ今回、援軍を大いに期待してたりもするよー。

 さしあたってはリューゼだね。あいつがこの場に来てくれれば一旦押し付けて、僕は杭打ちくんを取りに行ける。わざわざ戦いながら移動するなんて珍妙な真似をする必要もないんだし、そりゃそっちのが良いよねー。
 ただ、アイツが今どこにいるのかってのがこの場合ネックになる。地下にも当然人の気配はいくつもあるけど、どれが誰かまではわからないからね。

 もうすでに地下にいてこっちに戻ってくるか、あるいは今から外野からこっちに来るのか。
 その判別がつかないうちは、なかなか大胆な真似をしづらいってのはあった。
 
「仕方ない、しばらくこのままいなすか……ねえ、兵士さん達」
「ひいっ!? な、なな何者だ!!」
「ただの冒険者。それより一つ聞きたいんだけど、こいつ知ってる?」

 と、その前に近くに来て剣を構えてこちらを伺う衛兵に尋ねる。単刀直入に、この眼の前のナニカを知ってるのかどうか。
 早い話、知ってたら彼らも敵かもしれないから対応する。知らなかったらまあ、ひとまず中立とみなして逃がす。
 軽い口調だけど結構重要な質問だよー。さあ、どう答えるかなー?
 眼の前で蠢くこの、よく分からない化物。エウリデ王曰くの"神"とやら。
 そいつをあんたらは知ってたのー? と軽い口調で尋ねると、衛兵達の中でもたぶん上役なんだろうね、兜を被ったおじさんが戸惑い、どもりながら、けれどはっきりと叫んだ。

「し……知るかそんなもの、モンスターだろう! なんでここにいる!?」
「で、であえであえ! モンスターが侵入してきているっ! 冒険者の援護をしろ、町には、民には絶対に危害を加えさせるなーっ!!」
「! …………へえ」
 
 知らないと言う、それ自身を信じるかどうかはともかくとしてその直後、衛兵達が仲間を呼び、慌てて化物に対処しようとしていることに僕は目を剥いた。
 王城から離すのでなく、逆にここに閉じ込めてどうにか民を避難させようとしているんだね。王族や貴族より、町の者達に被害がいかないように動いたのか。

 衛兵としてはどうなんだって感じ、だけど僕としては思いもよらない光を見つけた気分がして、ひっそりと帽子とマントの奥で微笑んだ。
 末端はまだまだ、捨てたもんじゃないってことなんだね、この国も。

「よかった。エウリデも上は腐っていても、末端はまだまだ気概があるみたいだねー」
「お、おい! モンスターだからあんたに相手を任せたい! お、俺達は援護に回るがどうか!?」
「ありがたい、と言いたいけど悪いけどあなた達には無理だよー。こいつ、単純に強すぎる。レジェンダリーセブンが複数人いないとたぶん、押し切れない」

 冷静に、僕をメインに据えて自分達は援護に回ろうとするのも好印象だ。
 変にでしゃばらず、状況を読んで、しっかり把握した上で自分達にできることをやる。うん、衛兵なんかにしておくのはもったいない人達だ。
 
 でも残念ながら相手が悪い、こいつ相手には下手な数を揃えれば揃えるほど犠牲者がそのままそっくり増えるだけだろう。
 負けはしない。今までのやり取りでお互い決め手を欠いていて、いわゆる千日手になっているだけであって、このままだと勝てなさそうだけど負けることもないだろう。

 この状況、杭打ちくんもなしに押し切るとなると……やっぱりレジェンダリーセブン級のが数人、せめてあと一人はほしいよー。
 得た所感を素直につぶやくと、衛兵達はそれこそ顔を真っ青にして呻く。眼の前のモンスターが予想以上の輩だと、ハッキリ認識したんだねー。

「れ、レジェンダリーセブンが複数人!? む、む、無理だぞそんな!?」
「一応あてはなくもない。でもどうあれ被害は拡大するから、あなた達には僕の援護より民を、住民の避難誘導をお願いしたいんだ。できる?」
「っ……!」

 今、地下に向かっているシアンさんとサクラさんがシミラ卿を、あわよくばいるかもしれないリューゼまで引き連れてきてくれればたちまち形成はこちらに有利になること間違いなしだ。
 そういう希望があるから、ひとまず僕はこのまま神モドキを足止めして、みんながやって来るのを待つことにする。

 衛兵さん達はどちらかと言うと周辺住民の避難、その誘導をお願いしたいね。
 万一何かの拍子に僕が突破されたら、その時点で大惨事確定だろうし。そんな思いで指示を投げると、衛兵さんは少し逡巡した上で、決然とした顔つきで部下達へ指示を投げた。
 
「…………二班だけ援護、残る全班は避難誘導! 王都の外、緊急用の仮設テントを至急張ってそこに可能な限り住民を避難させろ!!」
「王都周辺を今、冒険者ギルドが取り囲んでいる! 彼らにも事情を話して協力を促して! ギルド長ベルアニーあてに、ソウマ・グンダリの名を出せば通るから!」
「はあっ!? なんで冒険者が王都を!?」
「いいから早くっ!」
『ウォアアアアアアアオオオオオオオオッ!!』

 幸いにして──っていうかそれが原因でこうなったところもなくはないけど。王都周辺にはすでに数多の冒険者達がいてスタンバっている。
 彼らの力も借りれば、ひとまずの避難くらいはできるだろう。僕の本名を出せば、ベルアニーさんなら動いてくれるだろうからね!
 
「くっ……! 迷ってる場合でも無しか! 全員速やかに動け、動け! モンスターが民を食い殺す前に、一人でも多く一秒でも早く逃がせーっ!!」
『ウォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
「させないよ、神様!!」

 やはりほとんど迷いなく、僕の言うことを聞く衛兵さん達は間違いなく心から、エウリデの民のために動いている。
 一人でも多く、一秒でも早く……立派な、とても立派な人達だ!

 そんな彼らをも喰らおうとしてか化物が体勢を整えて迫るのを、僕はまた、ガッツリと体当たりして受け止める。
 邪魔はさせない! 彼らが人を救うなら、僕はそんな彼らを救い護ろう!!
 
「民を守るためにひた走る……あんな人達こそ、国の上にいるべきだったんだよ、エウリデ」
『ウォアアアアアアッ!! ウォアアアアアアッ!!』
「────来いよ神様! 格の違いを思い知らせてやるよー!!」
 
 少しだけ、エウリデ王を憐れんで──こんなモノに縋らなければならなかったなにがしかの事情は、間違いなく憐れだからだ──
 僕は、力強く叫びこの拳を振るう!
『ウオアアアアアアアアアアアアアアッ!』
「うるっさいよー!!」

 衛兵達を殺そうと襲い来る、神だかなんだか化物をカウンターで殴りつける!
 毛むくじゃらの彗星みたいな体のどこが顔で胴体なのかも分かんないけど、とにかく一番近くて殴りやすいところを殴るよー!

 目一杯の力を込めた拳は、手前ごとながら相当な威力があると思うんだけど全然手応えがない。
 身体強化はすでに全力だ、となるとここから素手の威力を上げるとなると、単純な筋力ではなく技術、打法を考える必要がある。
 殴ると同時に前へステップし、僕は化物の顔? の真下に潜り込んだ。
 
「素手でも、このくらいは!!」
『ヴォアッ!?』
「っしゃあーっ!!」

 身を縮めてコンパクトに、全身の関節を回転。
 勢いをつけてつつ真上へと思い切り、右アッパーを突き刺すように伸ばす! 威力と衝撃を突き抜けさせず、相手の体内で反響増幅させる打法を用いての大打撃。
 僕が素手で放てる中では一番に近い威力の業だ。

 さしもの化物も少しくらい効いてよー、と願いながらのパンチ。けれど当てきった瞬間、大した手応えがないことを直感的に分かってしまった。
 皮膚が硬いわけでもない、むしろ柔らかいのにまるでダメージを与えられていない。枯葉を殴るよりも軽くて中身がないよー。
 
「ちょ、ちょっとは効いてよ、さすがに……」
『ウオアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
「…………ああ、もう! 自信がなくなるよー!!」

 いい加減しんどくなってきたよー。これ、今の僕だと勝ち目ないよねー?

 体力的にはまだまだ問題ないし、敵の攻撃は触手を伸ばして叩いてきたりするだけだから遅くて軽く、避けるにも受けるにも適当にいなせる。
 それでもさっきの衛兵さんとかが受けると即死するとは思うけど……僕からしてみれば子供の遊び程度の威力でしかない。だから負けようがないってのは事実だ。

 けれど反面、こっちもこっちで攻め手がない。さっきからしこたま殴り倒してなおノーダメージっぽいとなると、少なくとも杭打ちくんを装備していない素手の僕だと倒すどころか痛めつけることさえできないってことだ。
 人の最強打法をたやすく無効化してくれてさあ、やってらんないっての、まったく!
 ぼやきながら僕はふと、町のほうをちらと見る。
 
「そろそろ、住民の非難もそれなりに進んでる、かな?」
『ヴォアッ!! ヴォオオオオオオアッ!!』
「くそぅ……杭打ちくん、取りに行こうかなあ……!!」
 
 ウネウネと無数に責め立ててくる毛だか触手だかを余裕で避けつつ、どうしたもんかと考える。
 さっき衛兵達が避難誘導に行ってからまだ、そんなに時間は経ってないしろ……冒険者達も協力しだしたらあっという間に町民を安全地帯に逃がすくらいはできるだろう。

 気配感知だと結構、町の人達が泡食って逃げまくってる感じはするしね。少なくとも今から王城回りに近づこうってのは感じない。
 ……と、なると杭打ちくんを取るため、戦線を少しずつ移していくのも選択肢に挙げられるねー。

 コイツを殺し切るには杭で体内を直にぶち抜くしかなさそうだ。少なくとも外からの衝撃じゃとても殺れる気はしない。
 戦闘中に河岸を移すなんて、迂闊に距離を取ったせいで化物があらぬ方向に行ったりしたら大惨事だからなかなか躊躇われるけど、だからってこのままジリ貧してても仕方ないし。

 一か八か、やってみるかな……!
 腹を括り、いっちょ狼煙代わりに殴りつけてみるかと構える。
 …………そんな矢先、地下からいくつもの気配がやって来るのを感知する。これは。

「────来たか!」

 天ならぬ地からの助け! 思わずして小さく叫んだ僕と同時に、王城の壁が吹き飛んだ!
 ズガァァァァァァン! と轟音を立てて崩落する白の壁、それに気取られ化物が振り向けば、すぐそこにソイツはいて。

「ダハハハハハハッ!! 死ィィィねや、ゴラァァァァァァッ!!」
『!?』

 手にした身の丈ほどのザンバーを思い切り振りかぶり、眼前の敵へと全力で振り下ろしていた!
 迷宮攻略法をフルに駆使しての強化された肉体、武器から繰り出される斬撃は圧巻の一言、庭園をまるごと真っ二つにして衝撃が敵を襲うよー!

 言うまでもない、レジェンダリーセブンのご登場だ。
 案の定王城地下まで忍び込んでたんだなあ、なんて呆れつつも僕は、かつての仲間の名前を叫んだ!
 
「リューゼ……! リューゼリア・ラウドプラウズ!!」
「ずいぶん梃子摺ってんじゃねえかよ、ええ? ソウマ・グンダリ!」

 冒険者パーティー・戦慄の群狼リーダー。戦慄の冒険令嬢。
 何よりレジェンダリーセブンが一角である元調査戦隊幹部、リューゼリア・ラウドプラウズ。
 2mを超える長身で、不敵に佇む彼女は僕を見て、余裕満々って感じに笑うのだった。
「ソウマ殿!」
「ソウマくん!!」
「シアン団長! サクラさん!!」

 ジリ貧だった僕に現れてくれた救いの手、援軍。
 巨大ザンバーで化物を斬りつけたリューゼに続いて、崩れ落ちた王城の壁から続々とやってくる戦慄の群狼メンバーらしい冒険者達の中、りシアンさんとサクラさんが駆け寄ってくるのを僕は安堵と会心の思いで迎え入れた。

 間に合った──その思いで胸がいっぱいになる。
 素手の現状では勝ち目がない以上、長々とやつを食い止めていてもどこかで必ず僕は突破されていた。負けたり殺されたりはしないにしても、王都にやつを野放しにしてしまっていた可能性だってあるんだ。

 国王はアレを制御できている風に言ってたけれど、正直僕にはまずそこからして疑わしい。
 多少は手懐けられているとは思うけど、こいつの本性はハッキリ言って殺戮者だ。誰かに従うなんて考えにくいように思えるんだよー。

 僕を殺れなければ代わりとばかりに他に矛先が向かうのは考えられたし、そうなると一応は飼い主だろう王城より人もたくさんいる王都に向かうかも。
 そうした確信にも似た予感は、さっきからひたすらこの化物を相手取っていてなんとなく伺いしれたことだ。なんの感情もなくただ、目の前の命を殺し尽くそうという殺意だけをひしひしと感じるからね。

 こんな、殺すことしかできないものを生み出すなんてどういうつもりなんだかね、エウリデは……
 深まるばかりの謎は一旦、頭の隅っこにおいて僕は団長とサクラさんへと声をかけた。ここからが本番だ、気は抜けないよー。

「ありがとう……やっぱり地下にまで来てたんだね、戦慄の群狼」
「ええ! 地下牢直前で出くわして、状況を説明して手を組んでいます!」
「さすがにソウマ殿が一人で死地を受け持っている場面、揉めてる場合にはござらんからな!」

 案の定、先行してシミラ卿を確保しようとしていたんだねリューゼリア。その強かさは認めるべきだし、実際結果的には最善に近い動きだったからひとまず良しとするよ。
 それに、新世界旅団ともすんなり組んだのもありがたい。変に揉めてたらそれこそ、取り返しのつかないことになってたかもだし。

 あるいはリューゼ流の直感力で、ここは我を張る場面でないと察したのかも知れない。
 いずれにせよ本当に助かった。一旦、化物をリューゼに任せて僕は後退し、仕切り直しを図りつつも二人と短く話した。
 
「それは、助かるよー……っそうだ。シミラ卿は?」
「そちらも無事です。ただ、やはり多少は衰弱してますが……」
「一応立って歩けるだけ、さすがの元調査戦隊メンバーってところでござるな。おーい、シミラ卿ー!! こっちこっち、でござるー!」

 王城に来たそもそもの目的、シミラ卿の無事はどうなっているのか。そこを真っ先に確認したところ、サクラさんが大手を振って戦慄の群狼メンバー達に囲まれたその人を呼んだ。
 フラフラと、力のない足取りでしかし、一人でどうにか歩いてくる女性。最後に見た時よりだいぶ痩せ細っているのが痛々しくて、エウリデがこれまで彼女にどういう仕打ちをしてきたかが一目瞭然で分かってしまう有り様だ。

 シミラ・サクレード・ワルンフォルース。
 無事に地下牢から連れ出せた彼女は、飢餓状態を少しずつ回復するためか携帯用のスープをちびちびと飲みながら僕に力なくもたしかな笑顔を見せてくれた。

「…………無事か、ソウマ。手間をかけてすまない、な」
「シミラ卿……大丈夫?」
「本調子とは言えんがそれなりにな。さすがに半月以上も水だけで地下牢にいたのは、堪えるが……!」
『ウォアアアアアア!!』

 まったく調子が出てない感じなのが見ているだけでも分かる。そんなシミラ卿はけれど次の瞬間、近くにいた戦慄の群狼メンバーらしい男の人の剣を奪うように取り上げた。
 呆気にとられる周囲──瞬間、リューゼが撃ち漏らした化物の触手が何本か襲いかかってきた!

 チィッ、と舌打ちするリューゼ。咄嗟に構えるサクラさんや冒険者達。
 けれどそれにも増して早く、速く。シミラ卿の腕が閃光を迸らせた。必殺技にまで昇華された、針に糸を通すよりもなお緻密で正確な突きが唸りを上げたのだ。

 一撃で3点、別々の箇所を突いた……かのように見えるほどの速度の刺突が触手を貫き、突き刺し弾く。
 以前、僕相手に披露した時は狙いが正確すぎて避けやすかった技だけど、モンスター相手となるとこんなに安定していて信頼できる剣もない。必ず当たるし早いし、急所も自由自在に貫けるなんて額面以上の強さがあるからね。
 
『ウォッ!?』
「この通り、お前の敵を少しばかり受け持つくらいならばできる」
「さっすが騎士団長、やるねー」
 
 微笑む騎士団長を讃える。
 元調査戦隊にして国一つを守り続けてきた騎士の中の騎士である彼女の、実直かつ堅実な積み重ねが生んだ剣技の冴え……単なる才能や素質だけでは到達できない力が、そこにはあった。
 華麗にして清廉なる剣技をもって、化物の繰り出す触手攻撃をすべて撃ち落とした騎士団長シミラ・サクレード・ワルンフォルース。

 半月もの間地下牢に押し込まれ、水のみで生き延びることを余儀なくされてなお今の動きを見せられるなんて、とてつもない技量だよー。
 才覚もさることながらやっぱり努力、日々の鍛錬をひたすら積み重ねてきたんだろうね。天才では決してないけど、負けないくらいに輝き煌めく秀才の姿がそこにはあるよー。

「おおっ! やるじゃねーかシミラァ!! やっぱテメェは群狼入りだな、決定だ決定!」
「リューゼさん……すみませんがその話はあとにしましょう。言ってる場合でもありません」
『ウォアアアアアア!! ウォアアアアアアッ!!』
 
 シミラ卿の成長ぶりを目の当たりにしてリューゼが吼えた。久しぶりにあった妹分が、予想以上に強くなっていたことが嬉しいんだろうね。
 もっとも当のシミラ卿その人からは今それどころじゃないでしょ? と素っ気ない対応。

 まあそりゃそうだ、さすがに今はシミラ卿に新世界旅団か戦慄の群狼かどっちにつく? なんて聞いてる場合じゃないからね。
 それが証拠にほら、化物が吠えた。凍りつくような雄叫び、どこから出してるんだろうね? 口らしいものもないのに。

 改めて、これのどこが"神様"なんだか分からなくなるよー。
 内心でエウリデ王のセンスに首を傾げていると、リューゼが不敵に笑ってザンバーを構え直した。

「へっ、バケモンが……! オレ様の斬撃を受けてノーダメたぁ畏れ入るぜ、殺しがいがあらァ!」
「私とジンダイで補助を、攻め手はリューゼさん、任せます……ソウマ!」
「はいっ!? え、何!?」
「杭打ちくんを取りに行け!!」

 急な指示にビックリ。シミラ卿、僕に戦線を離脱しろって言うの?
 たしかに今しがた、僕はこの化物を道連れてでも杭打ちくんの置いてある場所まで移動しようとしてたけど……この化物を仕留め切るには杭打ちくんを持った僕が必要だと、シミラ卿も咄嗟に判断したって言うの?

 戸惑う僕に、リューゼが重ねて声を張った。化物に斬りかかりながら、察しの悪い僕を叱咤するように叫ぶ。

「火力で言えばテメェの杭打ちがトップだ! 見た感じこいつァ相当タフなやつだ、一息に押し切っちまえ!」
「ここは我々が受け持つ! ……姉を頼れ、弟よ」
「…………うん!! ありがとうリューゼ、シミラさん!」

 かつての仲間達から激励され、僕は駆け出す。リューゼにまで言われたら動かないわけにもいかないよ、この場面には杭打ちくんが……冒険者"杭打ち"が必要なんだ!
 王城正門まで多少の距離があるけど関係ない、全速力だ。風より速く駆け抜ける中で背後、リューゼが部下達に号を放っているのを僕は耳にした。
 
「っしゃてめぇら、ソウマ一人で食い止めてたんだ! 気合い入れて行くぞオラァッ!!」
「うす、姉御ォ!」
「ヘッ! 杭打ちだかなんだか知りやせんがあんなガキで止めてたような雑魚、俺一人でもぎょええぇえええあ!?」
『ウォオオオオアアアアアアアアアアッ!!』

 うわーっ、あからさまなセリフを吐いた人が途端に化物の咆哮とともに断末魔の叫びを上げたーっ!?
 死んではなさそうで気配はあるけど、たぶん吹き飛ばされるかなんかしたんだね、声が遠ざかっていく。

 僕が一人で、しかも素手で止めてたもんだから油断しちゃったんだねー……
 どうあれリューゼからしてみれば恥ずかしいことこの上ないだろう。自慢の部下のつもりが僕も敵も舐めてかかって瞬殺されてるんだもん。
 案の定次の瞬間、彼女の怒声が周囲に響き渡った。
 
「このスカタン! 言ったそばから舐めてかかってんじゃねえ、ぶち殺すぞボケェッ!!」
「しゅ、しゅぃやしぇん……」
「チッ、テメェは引っ込んでろ! 今の見たろてめぇら、腹括れよコラァ!」
「ウッス!!」
 
 さすがにさっきみたいな醜態を2度も晒したら、本気でリューゼに殺されるんだろう。
 戦慄の群狼のみなさんの緊張度合いが一気に高まった。もうこれリューゼと化物、どっちがモンスターか分かんないねー。

 さておき走り抜ける。まっすぐ行ってこの先、壁に沿って左折すればたぶん正門のはずだ。
 杭打ちくんはあの重量だ、まともに持てずに来た時、置いた通りのままにされているはずだ。速やかにそれを回収して、戦線に復帰する!
 
「行くぜ化物ォォォッ!! ソウマが杭打ちくん持ってくるまでもねェ、オレ様の手でカタァ付けたらァァァッ!!」
『ヴォオオオオアアアアアアアアアアアアッ!!』
「団長に続けいっ! ぶっ殺せーぇっ!!」
「どこだろうとモンスターはモンスターだ! やっちまうぞコラァ!!」
 
 本格的に戦闘を開始したリューゼ達の声を背に僕は走る。
 行くよ杭打ちくん、僕の相棒……! 一緒に神様もどきをぶち抜くよー!
「あった! 杭打ちくん3号……!」

 駆け抜ける王城の庭園、角を曲がって正門に出る。すでに兵士達も異常に気づいたらしく王城そのものの守りを固め、中にいる貴族連中を守ろうとしている。健気だよー。
 そんなのはさておいて僕は杭打ちくんを見つけた。やはり門前に無造作に置かれているよ、誰にも持てなかったんだね。

 なんにせよ僕の相棒、僕が最も信頼する武器にまで辿り着けた。いつものように取っ手を手に取り持ち上げる。家一つ並の重さ、常人には相当厳しいそれも僕からしてみれば安心できる心地よい重みだ。
 完全武装! これでいつもの僕、これでいつもの冒険者"杭打ち"だ!
 
「よし! これでやつをぶち抜けば勝てる……!」
「まだちょっと足りないかな。それだけだと決め手に欠けるよ、ソウくん」
「────は?」

 勢い込んで嘯いた僕の、背後からかけられる聞き慣れた声。
 今ここで、このタイミングで聞くことになるとは思ってもいなかった人の、懐かしい声を耳にして僕は硬直した。

 不思議と動かない身体を、それでも無理に動かして振り向く。そこにはたしかに、幻影でも夢でもなく一人の女の子がいる。

 サラサラの銀髪を長く揺らした、ドレス姿に鎧を着込んだその姿はまるで童話の戦乙女。
 3年の時を経て成長した顔つきはすっかり可愛らしさから美しさに比重が移り、面食いな僕が見ても絶世と言っていいほどに綺麗になっている。
 思わず息を呑む僕に微笑み、彼女は続けて言った。 
 
「仮にもかつて世界を滅ぼしたモノ。複製と言えども物理的な威力だけで仕留められるんだったら、メルトルーデシア神聖キングダムは……ううん。古代文明世界は滅んでないもの」
「…………そう、か。このタイミングで会うのは、ある意味予定調和って言えるのかも、ね」
「だね。カインくんから聞いてるとは思うけど、少なくとも私は、ソウくんとはこのあたりのタイミングで鉢合わせるだろうなーって思ってた。イエイ、ドンピシャ!」
「……あは、は」

 ああ……3年経ってとても美しく、綺麗になったけど。笑うとやっぱりかつてと同じ、愛らしさの面影があるんだね。
 いたずらっぽく笑う彼女に、僕も笑い返そうとするけどうまく笑えてるか自信がないや。代わりに震えるばかりの声で、どうしても尋ねずにはいられないことを、僕は尋ねる。

「僕を、恨んでないの?」
「え」
「君の大切なものを壊した僕を。君は、恨んでないの?」

 ずっと、考えていてずっと、聞きたかったことだ。そしてあるいはずっと、裁かれたかったことでもあるのかも知れない。


 僕の選択ですべてを奪われた君は、僕を憎んでいますか?
 信じてくれたのに君を裏切った僕を、恨んでいますか?
 ……君と君じゃないものとを天秤にかけて、君を選ばなかった僕を、殺したいですか?


 それを、僕はずっと聞きたかったんだ。他ならぬ君自身の口から、君自身の言葉と想いで。
 喉が渇くほどの緊張の中、静かに尋ねた僕へ。けれど彼女は、肩をすくめて苦笑いとともに返した。
 
「それ、こっちの台詞でもあるんだけど……いずれにせよ今、する話じゃないよ? ソウくんにはやるべきことがあるはずで、それを差し置いて問答している場合じゃない。だよね?」
「! …………そうだ、ね」
「動揺してるのは分かるけど落ち着いて。その辺の話は、これが終わってからたっぷり話そ。時間はいくらでもあるからさ」

 当たり前の返事だ。今、こんなことを質問するべきじゃない。僕は馬鹿だ、時と場合も弁えずになんてことを聞いてるんだ。
 土壇場でやっぱり僕は身勝手だ、自分のことばかり考えている。どんなに人間らしさを身に着けたつもりでも、本音のところはこうなんだから恥ずかしい話だ。

 情けなさに顔から火を吹く思いだけれど、ここで俯いていたら本当にただ情けないだけの僕だ。どうにか顔を上げ、気持ちを切り替えて話しかける。
 今はあの化物のことが最優先。そしてここに彼女が来た以上、そこには何か意味があるはずなんだ。

「ごめん……ええと、話を戻そう。あの化物をぶち抜きたいんだけど、単純威力だけじゃ足りないものがあるの? 僕で賄えるかな?」
「私並みに重力制御ができるなら。アレはおかしなバリアがあるみたいで、それを突破するのには高密度な超重力時空制御フィールド……つまりはブラックホールが必要なんだよね」

 恥を忍んで問いかける僕にニッコリ笑って彼女が答える。バリアか、道理でやけに手応えがないと思ったんだよ。
 まともな生き物ならあれだけ殴られたりしてたらちょっとは堪えるだろうに、まるでダメージ皆無だったからね。何かあるとは思っていたけど、まさかバリアなんてね。

 そしてそのバリアを突破するには迷宮攻略法が一つ・重力制御が必要ってことか。それもブラックホールを精製するレベルで技術を備えた存在が。
 僕の知るところ、そんなのはただ一人しかいない。そう、目の前にいる彼女だ。だから今、このタイミングで接触してきたんだなと察せるよー。
 
「そんな情報、どこで……いや、今はいいよ。なるほど、それなら僕一人じゃどうあれ突破は難しいね」
「うん、だから私が来たの。ソウくん、いつだって矢面に立つからさ。たぶん今回もあの神を相手に戦ってるんだろうって思ってさ」

 そもそもあの化物について何を、どこまで知っているのか。そこは後で聞くことにする。
 今は彼女の力が必要だ、やつをここで殺し切るためにね!

 はにかむ女の子の前に立つ。
 3年前に比べて少しは僕も背が伸びたみたいだ、ほとんど同じ背丈で、視線をぶつけ合う。
 しばらくぶりの青い瞳に見惚れる想いを噛み殺しながら、僕は静かに尋ねた。

「力を、貸してくれる?」
「もちろん! 3年ぶりだね、ソウくん」
「ああ、久しぶり。いこう、レイア」
 
 僕──ソウマ・グンダリはそうして、彼女──レイア・アールバドと再会した。
 調査戦隊元リーダー、"絆の英雄"が、この町に帰ってきたんだ。
「ウェルドナーさんにカインさんは?」
「町の外! ベルアニーさんと合流して、町の人達の避難誘導を手伝ってるよ、他の仲間達も一緒だから安心だね!」

 信じられないタイミングでの元リーダー、レイアとの合流。どうしてだかあの化物に対する知見や対策を備えているらしい彼女の助力を受けて、僕は杭打ちくんを手に持ち再度来た道を走り戻る。
 その間にも気になっていたところ、すなわち彼女と行動をともにしているはずのカインさんやウェルドナーさんについて尋ねたところ、あっけらかんとした答えが返ってきた。

 冒険者ギルドと今になって合流したのは良いし、町の人達を守ってくれてるのはありがたいんだけど、少なくともカインさんとウェルドナーさんはちょっとこっち来てほしくないかなー?
 レジェンダリーセブンのうち2人して避難誘導ってのもなんだかなーって。いやウェルドナーさんは指揮官タイプだからまだ分かるけど、カインさんは普通にこっち来て一緒に戦おうよーって思っちゃう。
 微妙な気持ちのまま僕は、共に駆けるレイアに話しかける。
 
「あの、他はともかくその二人はこっち来てもらったほうが良いんじゃなかったのかなー……いや僕のとやかく言う話じゃないけどー」
「あの"神"には私とソウくん、あとリューゼちゃんでしか対抗できないからいてもしょうがないし……変に頭数増やして万一の犠牲者を出すくらいなら、最初からいないほうが良いかなって! へへへ、置いてきちゃいました!」
「────」

 ニッコリと、いたずらっぽく笑うレイアに僕は息を呑んだ。
 3年前、調査戦隊のリーダーをやっていた頃には見ることができなかった年相応、いやそれよりももっと子供っぽい笑顔に、思わず目を疑ったんだ。

 それに、数だけいても仕方ないから置いてきちゃったって……そんな判断を、レイアが自発的にしたの?
 3年前は可能な限りみんなで一緒に動こうとしていた"絆の英雄"が。仲間達との結束や友情を大切にしすぎるあまり、身動きが取れなくなっちゃっていた彼女が。自分の判断と意志で、仲間達を置いて思う通りの行動ができるようになったって言うのか。

 それは、良いことだ。すごく良いことだ。
 リーダーって立場に、英雄って称号に雁字搦めにされていた彼女がこうまで自由に振る舞える。そのことが嬉しくて僕は、ひっそりと笑って言った。
 
「変わったね、レイア。前よりずっと、リーダーっぽくなった」
「え。それって3年前はリーダーっぽくなかったってこと!?」
「今と比べればね……っ! 見えた! 行こうレイア!」

 あの頃の……みんなを率いて進むリーダーというより、みんなを宥めて仲を取り持つ調整役であることを求められていた彼女に比べて、今ここにいるレイアはすごく、すごーくリーダーっぽいよー!
 うがーっ! と抗議する彼女はひとまずスルーして僕は叫んだ。走り抜ける先、リューゼ達が化物と対峙している現場を見る。僕もレイアもいつでも戦闘態勢だ、いけるよ!

 リューゼは部下達とともに化物に切りかかっては、手応えのなさに苛ついた叫びをあげている。
 そこから離れたところではシアンさんとサクラさん、シミラ卿の3人が戦慄の群狼メンバー、負傷者を触手から守っては手当を施している。

 いずれにせよ予断を許さない状況だ、僕とレイアは一気に飛び上がった! 
 
「後で話すことが一つ増えたかんねソウくん! ええい、行くよー!」
「────ぶち抜け、杭打ちくんっ!!」

 軽口を叩きつつ、手にした白亜のロングソードを振り上げ化物に飛びかかるレイア。続いて僕も、同じ軌跡で杭打ちくんを振り抜く。
 特にレイアだ──迷宮攻略法・重力制御を駆使して剣に高密度の重力を発生させている。
 彼女にしかできない、まさしく必殺技だ!

 黒く深い闇と化した刀身が、上空から一息に振り下ろされる。黒い稲妻めいた斬撃の閃光が、化物を袈裟懸けに断ち切る!
 吹き出る体液、これは血かな? これまで僕がさんざん殴っても、リューゼが山程斬ってもまるで変化のなかったやつの身体に、たしかな傷がついたんだ。
 す、すごい威力だ……! 問答無用、有無を言わせない殺傷力があるよ!

『ヴォオオオオアアアアアッ!?』
「続いて僕だ──!」

 間髪入れず、レイアよりさらに接近して僕が躍り出る。杭打ちくん、フルパワーで撃ち抜く構えだ!
 狙いはもちろんレイアの斬撃跡、あからさまにダメージを受けた直後の傷口! 一応、僕もできる限り杭打ちくんの杭に重力制御による加工を施しては見たけど、彼女みたいな威力はなかなか出せないだろう。
 それでもやらないよりかはマシだ!

 渾身の力で振り下ろした鉄の塊が傷口をぶち抜き──更にそこから前に向けレバーを押し込む!
 瞬間、突き出た杭がやつの受けた傷をより強く、深く一点集中で貫いた!