しん……と静まり返る部室、というか僕ら。ドアの向こう側から唐突に冒険者としての僕を名指しで呼ぶ声は、ござるって語尾から考えても間違いなく噂のサクラ・ジンダイ先生だった。
 なんなの急に、しかも廊下を構わず杭打ちなんて呼んでくれちゃって。誰かに聞かれてたら事だよ? 迷わずケルヴィンくんあたりをスケープゴートにしようとは思うけどもさ。
 
「…………え、と」
「入ってもいいでござるかー? くーいうーちくーん、あーそびーましょーでごーざーるー」
「えぇ……?」
 
 なんかちょっと怖いよー。執拗に杭打ちの名を呼ぶのは、僕の名前を知らないのを差し引いてもねちっこさを若干感じちゃう。
 僕はおずおずとドアまで赴いて、恐る恐る開く。一応、サクラ先生が何をしてきても対応できるように臨戦態勢は整えておく……この手の高ランク冒険者って割とお遊びで仕掛けてくる人が多いから、念のためね。
 後ろでいろいろ察した悪友二人が部屋の隅っこに避難してるのは、さすがの危機察知能力だと思う。
 
 乾いた音を立ててスライドするドア。開けた先にはやはりサクラ先生がいて、こちらを見て輝かしい笑顔を浮かべて瞳を爛々とさせている。
 とりあえずカタナに手は伸びてないからそこは良かった、ホント良かったー。
 
「おいーっすでござる。杭打ち殿、さすがでござるなーこんなところでも不意打ちを警戒するとは」
「…………どうも。とりあえず杭打ちはやめてもらっていいですか? 隠してますから、学校では」
 
 にこやかに僕の臨戦態勢を看破して、あまつさえ褒めてくるこの人はさすがSランク冒険者らしいだけのことはある。
 高ランク冒険者ってみんな大体、常在戦場当たり前の哀しい生き物だったりするからねー。
 
 あ、もちろん僕はそんなことはない。だってそもそもDランクですから。大体そんな堅苦しいこと、したって楽しくないしね。
 日常生活すらまともにリラックスできなさそうなサクラ先生に生温い目を向けつつ、僕はさしあたり"杭打ち"呼びは勘弁して〜と頼んでみる。
 わざとやってるのかな? と一瞬疑いはしたんだけれど思いの外、素直に先生は苦笑いして謝意を示してきた。
 
「なんなら冒険者界隈でも割と秘匿してるみたいでござるね……困らせるつもりもなかったでござるが、なんせ名前を知らないもので。申しわけないでござる」
「……僕の本名はソウマ・グンダリと言いますから、できればそちらのほうでお願いします」
 
 まあ、本名知らないなら杭打ちと呼ぶしかないよね。そこは名乗らなかった僕のほうにも落ち度はある。名乗るタイミングとか意味とか、あの時点ではほぼなかったけども。
 ともあれこうして特別講師として、うちの学校に来るようになった以上は僕だって名前を教えることを躊躇うことはない。
 
 いつから名乗り始めたのかも定かじゃないけど、少なくとも物心付いた時にはソウマ・グンダリという名前でやらせてもらっていました。どーぞよろしく。
 
「ソウマ・グンダリ……ではソウマ殿と。ヒノモト的な語感でござるが、もしや同郷にござるかね?」
「……どう、ですかね? 言われてみれば、どことなくヒノモトっぽいかもしれませんけど」
 
 思わぬ指摘。僕の名前がヒノモト的とは、その視点はなかった。
 たしかにサクラ・ジンダイというサンプル的ヒノモトネーミングと比して、ソウマ・グンダリってのはどことなく似通う響きを感じなくもないねー。
 たしかヒノモトだとファミリーネームが先にくるって聞いたことがあるから、サクラ先生は本来はジンダイ・サクラなんだろうし、照らし合わせると僕だってグンダリ・ソウマということになる。
 
 わお、たしかにヒノモト的だあ。
 なんかちょっとした感動を覚えつつも、僕はサクラ先生に答えた。
 
「詳しいことはなんとも……物心ついた時には一人でしたから、親の顔も名前も知りませんし。まあとりあえず部屋に入ってください、詳しい話はそこでしましょうよ先生」
「む……またしても失言でござった。すまぬでござる、まこと申しわけない。あー、失礼するでござる。あと先生でなくサクラでいいでござるよー」
 
 自分のルーツとか、親すら知らんのに分かるわけないんだよー。
 という旨を述べたところ、サクラ先生もといサクラさんは気にしてしまったみたいだ。しきりに謝り、気まずそうに頭を下げている。
 
 真面目な上に気にしがちな人だなー。僕は全然気にしてないし、むしろサクラさんほどの美人さんをそんなに落ち込ませてしまったことに逆に落ち込んじゃうよ。
 彼女を椅子に座らせ、落ち着かせる。空気を察知していたのか悪友二人がすぐさま、彼女の前にお菓子と紅茶を運んできてくれた。さすがケルヴィンくんとセルシスくんだ、気の遣い方が天才的だね。
 
「まあまあ落ち着いてこちらをどーぞ」
「かたじけない……いかんでござるね拙者も、気をつけてもどうにもデリカシーがない言動になってしまって」
「気にしてませんし構いませんよ、そんなの……それでそのー、一体僕になんの御用で?」
 
 紅茶を勧めつつ気にしてないことを告げると、サクラさんはそれでも恥じ入るように笑う。うーん、もっとこう、天真爛漫な笑顔が見たいよー。
 あまりこの辺の話を長引かせるのもまずそうだと、あえて僕は話題を変えようと試みた。そもそもなんで僕を訪ねて来たのか聞いてみたのだ。
 
「…………あっ。そうだそうだ、それでござった! いやー、拙者それなりに積もる話がござるでごさってなー!」
 
 反応は劇的で、何やら山程話したいことがあるらしいのを身振り手振りでわちゃわちゃ伝えてくる。
 ほんと、感情表現豊かだなー。僕よりそれなりに歳上だろうにそれでも学生同然に見える、かわいらしい仕草だった。