開かれる扉、その先、赤い絨毯の向こうにある階段の上。
 拵えられた玉座──王冠と併せて決定的な権威の象徴であるそこに座る男を僕は見た。

 三年前にも見たことがある、何度かね。
 憎たらしい面だ。自分は偉いと、頂点だと信じて疑わないふざけた面構えだ。そのくせ権威を剥ぎ取れば何もないくせに、生まれつきの、祖先からの権威だけで今なお多くの上に立つ生来の王者。

 ある程度前に進んだところで、シアンさんが跪いた。貴族として礼を失せぬようにと仕込まれたんだろう、見事な臣下の礼ってやつだ。
 ……内心のイラツキを押し殺して僕も倣う。今だけはこの頭、下げておくよ。どうせこの一時だけのことだ。シアンさんの顔に泥を塗りたくないからね、何よりもさ。
 跪き下げる頭、大臣の声が響くのをただ、耳にする。

「我らが偉大なる陛下に逆らわんとする愚者共、冒険者……その交渉の使者なる者共を連れてまいりました」
「大儀である、大臣」
「ありがたきお言葉」

 イラツキが膨れ上がるのを抑える。こいつら、案の定だけどハナからこちらの話なんて一つも聞く気はなさそうだ。
 最初から愚者呼びしてくる連中に、なぜ僕はこんな風に頭を下げているんだかね──いろいろともやもやが貯まるけど、それはサクラさん、シアンさんも同じみたいだ。跪く二人の、両手がぐっと握りしめられるのを感じる。

 ああ、ああ。
 つくづく僕は冒険者なんだと思うよ、こんな時。絶対権威ともされる者を前に、僕はこの牙を、拳を突き立てたくて仕方がない。
 最近じゃそれなりに品行方正になった自覚はあるけど、元がモンスター紛い、ダンジョン生まれはダンジョン育ちの獣同然なんだ。教えてもらえた社会秩序や常識、倫理、良心によって鳴りを潜めてはいるものの、それでもこういう時に首をもたげる本性がある。

 すなわち理不尽への反抗、反逆。
 相手が強ければ強いほど僕はそれを崩したくてたまらなくなる。敵のすべてを蹂躙して、噛み砕いて、僕自身をそれらより上に立たせたくなるんだ。

 こういうところが僕はヒトデナシなんだよー。
 苦笑いしていると、偉そうに僕らを見下ろす肉の塊は、やはり偉ぶった声で僕らに指図してきた。
 
「面をあげよ。余こそがエウリデ連王。ラストシーン・ギールティ・エウリデである」

 小さく舌打ちして、許可が出たから頭を上げてやる。
 ベルアニーさんと同じくらいかな? 見た目は。それなりに年のいった爺さんだ。だけどベルアニーさんよりは図体がデカく、悪趣味なまでに宝石で彩られた服に身をまとっている。

 何より……さすがというべきかな?
 放つ威圧、カリスマは僕の知る限りでも最大規模、最強規模だ。まともに受けるとSランク冒険者であっても気圧されかねないほどの、物理的圧力さえも伴う威力。
 サクラさんが軽く息を呑み、シアンさんは完全に呑まれてしまったものを唇を噛んだようだ。血さえ流して耐えようとしている。

 とはいえ僕には全然関係ないけど。
 むしろ威圧を受ければ受けるほどイライラが募るほどだ。羽虫が、目の前をチラつくような苛立ちっていうのかなあ。
 何偉そうにしてんだ、こいつ? って、どうにも気が昂ぶるのを自覚してるよー。

「名を申せ、冒険者とやら。犬にも名くらいはあろう、聞いてやる」
「尊き血にその穢れた存在を示す名を認めていただけるのだ。涙を流し平伏して心して名乗るが良い」
「────そろそろ良いかな?」

 だから。だからこそ、こんな物言いにはもう、うんざりで。
 僕は尊き血とやらを自称するただの人間を前に、おもむろに立ち上がった。
 警戒も顕に構える兵士達。大臣は唖然としてそして顔を歪めて、ナントカいう国王に至っては愕然と、信じがたいものを見るような顔をしている。

 傅かれるのに慣れきってるから、ちょっとの反抗にも下らない動揺を見せるのか。
 馬鹿馬鹿しい。何が国王、何が権威だ。そういうのは中身が伴ってこそなんだよと、僕は大いに鼻で笑ってやった。
 慌てた様子で団長が声をかけてくる。
 
「ソウマくん、ちょっと──」
「ごめんねーシアンさん。思ったより限界だったー…………犬だの穢れただの下民だの、どの面下げてほざいてんだかねー、あんた方さあ」
「貴様────!?」
「黙れよ」
 
 未だ僕らにかかる国王の威圧を、それ以上の圧力でかき消し返り討ちにする。
 死ぬような思いどころか大した苦労もしてこなかったんだろう輩の威圧なんて、王だとか国だとか気にする人でなければこんなもんだ、たやすく破れる。
 
 つまるところ、単なる幻覚だ。
 受け取る側が勝手にそういうものだと受け取って、勝手にそう振る舞うのが当然だと跪くだけのもの──そしてそれを、与える側が自在に利用する詐欺の道具。
 僕にとっての権威なんてそんな程度のものでしかない。少なくとも中身が伴ってなければね。
 
 改めて向き直る。
 もしかしたら初めてかもしれない、面と向かって反逆してきた僕に対して国王は、醜く顔を歪めて睨みつけてきていた。