【完結】ニューワールド・ブリゲイド─学生冒険者・杭打ちの青春─

「王城近くまでは特に何事もなく来れたが、ここからだな問題は……」
「さすがになんの妨害もないのは考えにくいですからね」

 出発して一団、馬車を使って進むこと数時間。
 半ば期待さえされる形で予想されていた──王城本体に攻め入る前にウォーミングアップくらいしたいのが大半の冒険者達の本音だった──敵方の妨害、ないし防衛行動には終ぞおめにかかることがないまま、僕達はエウリデは王城のある城下町、すなわち王都をはるか前方に見下ろす小高い丘にまで到達できていた。

 なんか来い、なんかしてこいとワクワクしていた僕達からすればぶっちゃけ肩透かしなんだけど、さすがに向こうが未だにこちらの動きを把握してないなんてのは考えづらい。
 だから何かしら、思惑あってのことだろうとは思うんだけどー、じゃあその思惑って何? ってところについてはさすがに僕はおろかモニカ教授にも分かりかねる。

 仕方なし、素通りさせてくれるって言うならありがたくーって塩梅でひとまずその辺の疑問は捨て置くことにした。
 ベルアニーさんも同様のようで、そもそも、と顎に手を当て考え込みつつ別の話をしだしていた。
 
「だが、それにしても解せんのはエウリデだ。保有している最高戦力がシミラ卿だったものを、そのシミラ卿を処刑しようとしている今、一体代わりにどこの誰を用意しているというのか」
「騎士団のどなたさんかじゃないのー? 金とごますりだけ、口車に乗せるのだけが得意な連中多そうじゃない」
「そんな連中に一応の公的な国防の仕切りを任せるのでござるか? ……任せそうでござるなあ」

 そもそも現状、エウリデという国が保有する中では最強と言える腕前なのがシミラ卿だ。何せ元調査戦隊メンバーだからねー。
 そんな彼女を真っ先に切り捨てた形になる今回の騒動、果たして"その後"のことについてエウリデはどんな絵を描いているんだろう? 具体的に言うと彼女の後釜、次期騎士団長になりそうな人って、彼女と比べて見劣りしないような逸材だったりするんだろうか?

 ないねー。絶対にない。
 騎士団も古参連中はそれなりだけど、それでもあくまでそれなり終わりだ、シミラ卿には遠く及ばない腕前しかないよー。
 大体、今の腐敗しきった騎士団なんてろくなもんじゃなし、どうせ金と貴族敵都合で次が据えられるに決まっている。事実上、シミラ卿こそが最後の"まともな"騎士団長になるだろうってのは、割とそこかしこでも言われてたりするしねー。

 エウリデの外からやって来たサクラさんさえ、エウリデの腐りっぷりは苦笑いとともに否定しないレベルだ。
 そんな僕らをさておいて、ギルド長は腕組みしてシアン団長に確認した。エウリデ王都までは無事にたどり着けた、となればここから先の動きがいよいよ重要だね。
 
「再度の確認だ。王城、城下町前まで進んだ時点で方位陣形に移る。町の周辺を囲み、威圧する態勢を整えるのだ」
「戦慄の群狼もここに加わるのでしたね。向こうの首尾は?」
「伝令をやり取りさせているが上々だ。すでに動き出していて、ややもすれば我々より先に陣を広げだすかもしれん。さすがの統率力だな、ラウドプラウズ」

 そう言って遠く、王都の向こうを指差す。僕も身体強化で遠視してみると、遥か向こうに僕ら同様、丘にて陣取る一団が見えた。
 アレがリューゼの率いる戦慄の群狼ってことだろう。なんか狼の群れ? みたいな旗があちこち掲げられてるよー。パーティーの象徴としての旗、いいねかっこいー!

 新世界旅団もなんか旗とかエンブレムとか、あーゆーの見てると欲しくなってくるよー。
 仄かな憧れを胸に懐きつつ眺める。その間もモニカ教授やシアン団長による、ここから先の動き方が僕らに示されていく。

「我々とリューゼ嬢側とで町を取り囲んだら次、エウリデ政府に向けて使者を立てるよ。シミラ卿を解放することと、処刑の撤廃と彼女に課した罪過の赦免を要求するんだ」
「この使者というのは冒険者達の主導者の一人として私が務めます。ソウマくん、サクラも来てください。おそらくは決裂するでしょうから、そこを見越しての人選ですね」

 なるほど、交渉の使者って形でまずは新世界旅団の3人が王城へと赴くわけか。
 これ、表向き使者だけど……事実上は潜入して破壊活動を行う、いわゆる工作員みたいな感じだねー。

 口ぶりからして間違いなく話し合いは決裂すると見ているんだろう、団長は。僕も正直そう思う。
 だから最初からそこから先、決裂した後の動きを見越して僕とサクラさんを連れて行くんだ。その場を制圧して、すぐさま地下牢まで駆け抜けていけるように。

「最初から没交渉になると想定してるのね。そしてうまくいかないとなればすぐ動けるように、ソウマくんとサクラを伴う、と」
「エウリデが首を縦に振るなど、貴族の身で言うのもなんですが考えにくいことですから。決裂は基本のものとして扱うべきでしょう」
 
 同じく気づいたレリエさんの確認に、団長も頷き答え合わせをする。
 つまるところ軽く腹を探りつつ、土手っ腹に一発打ち込んでやろうってことだねー!
 交渉が決裂に終わることは予め、織り込んだ上で半ば潜入するような形でエウリデ王城へと向かおうか、ということになり僕ら冒険者達は一旦、王都の門前にまで一気に距離を詰めた。
 武力による示威だ──これをもってそもそも交渉をしない、という選択肢をなくさせる。

 仮に交渉の場さえ持てない場合、僕ら冒険者に取れる手段はその時点で一つしかなくなる。そう、突っ込んで無理矢理ことを成す、だねー。
 さすがに最初の一手から、なんの交渉もなしにそれをやらかすと後から面倒事が噴出しそうだし。最低限"一応話はしたよー? 向こうが頑固で取り付く島もなかっただけでー"という体裁は整えとかないといけないってのが僕ら、新世界旅団と冒険者ギルド、そしてリューゼの戦慄の群狼との共通見解だった。

 なんだけどー……

「…………冒険者風情が陛下と、エウリデと交渉だと!? 思い上がるなクズどもが!!」

 ……とまあ、こんな調子でしてー。
 ベルアニーさんとシアンさん、あと新世界旅団の面々や冒険者の何人かを引き連れての交渉の提案を行いに出向いたところ、待ち構えていた騎士団の現状のトップだろう人からこんなことを言われてしまったよ。

 シミラ卿やマルチナ卿がいた頃にもいたメンツが見当たらない、というかめちゃくちゃ若い人達で構成されているあたり今の騎士団がどういう状況なのか人目で分かる気がするー。
 トップらしい金髪のイケメン以下、後ろに控える連中もあからさまに侮蔑的な表情を隠そうともしてないし。
 あちゃー、これはもしかしたら駄目かも知れないねー。

「そもそも交渉すらしないつもりっぽいよー……」
「現場の騎士共が勝手吹いてるだけ、のような気もしなくはないでござるが……」
「それをこちらが考慮してやる必要がないからねえ。彼らは現在進行系で自分達の首をギロチン台にかけようとしているわけだ。ある意味貴重な光景だよ、よく目に焼き付けといたほうがいいかも」
「下っ端の無能の現場判断によって一国が亡ぶ瞬間って? いやま、亡ばれても困るから精々捕縛して傀儡化するくらいだとは思うけどー」
「亡びてるか亡びてないかで言えば9割くらい亡びてるわよね、それ」

 新世界旅団の身内達でヒソヒソ話す。モニカ教授の毒舌が結構鋭さを帯びているけど、言いたくもなるよねこんなの、ガルシアさんが何百人といるような光景だものー。
 毒を吐く僕にレリエさんもツッコんでるけど割と疲れた感じだ。古代文明の人からしたら、こんなことってなかなかありえないんだろうなーって思うと、なんだか現代人として恥ずかしくなるよ。

 さておき、交渉に至るために会話を試みるベルアニーさんを見る。彼も割と辟易していると言うか、アホらしくてやってられなーいって感じがすごく出てるね。ご苦労さまー。
 それでも忍耐強く会話はしていかなきゃいけないんだから大変だよー。まあ彼も彼で、言葉の端々にイラツキを隠せてはいないんだけれども。

「我々冒険者はすでに王都を包囲している。号令一つあればすぐにでもこんな町一つ陥落してみせよう。それでもそのような戯言を抜かすかね、お坊ちゃん殿?」
「反逆者どもが調子づきおって……! 徒党を組んだからどうだというのだゴミどもが、今ここで始末してくれるわ!!」
「我々はエウリデ貴族だぞ! 刃向かうな逆らうな、大人しく殺されろ虫けら共がっ!!」

 うーん。あからさまに武力をもっての、ここまで来たらただの恫喝な気がしなくもないけど。それだけにベルアニーさんの言葉は本来ならば、自分の意志を通すための必殺級の威力を誇るはずなんだよー。
 それが一切通じてないっていうか、彼我の戦力差をまるで理解してなさそうなのがすごいよー。案の定だけど貴族のボンボンだけで固めたみたいだね、今の騎士団。これ、シミラ卿が見たら卒倒するかブチギレるかもだねー。
 
 にらみ合う僕らと彼ら。
 もはや衝突もやむなしかな? 向こうに何か隠し玉でもない限り、事実上エウリデは今日終わるねー、なんてことを考えた矢先。
 騎士団の後ろ、王都の内部から豪華な馬車が走ってきた。金ピカな装飾過多の、いかにもお偉いさんの乗る趣味の悪いデザインだ。

「なんだ、あの馬車! どなた様だ!?」
「あれは……閣下か!」

 馬車は戸惑う騎士団達のすぐ後ろに止まり、客車のドアが開いて中から人が出てくる。うっすら見覚えのある禿げたおじさんだ……誰だっけ?
 喉元まで出かかってるんだけど思い出せない、なんかやたら偉そうなその人は戸惑う騎士達に声をかけた。

「────我らが騎士団の誉れある騎士達よ。私は国王陛下の命によってここへ来た。諸君らの忠誠、大儀である」
「っ!! 大臣閣下!」
「我らが騎士達よ、ここは寛大なる姿勢を見せてやるのだ。そこな羽虫どもの囀りを、至尊なる国王陛下は耳で楽しみたいと仰せである」
 
 いかにも大物ぶってそんなことを言う。自称大臣さん──思い出した、3年前に僕に調査戦隊を出てけって言った人だ、この人!
 前はフサフサだったのに禿げてるもんだから気づくのが遅れたよー! っていうかわざわざ大臣が動いて、僕らを招きに来たってことかな?
 羽虫呼ばわりはイラッと来るけど、どうにか交渉の場は持てそうでよかったよー。
 突然現れた、3年前に僕を調査戦隊から出ていくよう促したエウリデの大臣さん。前と同じく尊大で居丈高な態度だけど、裏腹に頭の砂漠化は進行しているみたい。大変だねー。
 どうやら国王の命によって僕ら、交渉を望む冒険者達を案内しに来たみたいだ。現場の騎士達が一も二もなく跪く中、シアンさんと僕とサクラさんを馬車へと招く。

「こういう馬車に乗るの、初めてだよー」
「これを最後にしたいでござるね。何しろデザインから趣味から最悪でござるし」
「……ノーコメントで」

 乗りながらも小声でやり取りする。豪華なのは良いんだけど、いかんせん金ピカすぎて目に悪いしオシャレというより成金的だしで、少なくとも僕とサクラさんの趣味には合わないみたいだよ。
 シアンさんだけ微妙な顔をして言及を避けたのは、彼女のセンスもなんだかんだ貴族的ってことなのかな? あるいはもしかしたら、お家の馬車にもこういうのがあるのかもね。

 ま、ともあれ僕らは馬車に乗り込んだ。広々とした客車内には大臣と、両脇を固める騎士が二人。
 近衛か……表のぼんくらどもよりは多少やるかな? それでも圧倒的に実力差がある僕らに対して侮蔑の視線を隠そうとしないあたり、五十歩百歩って感じではあるけどー。

 席につき、同時に馬車が走り出す。
 道すがら大臣が僕らに話しかけてくるんだけど……やっぱりこの人、あの時の大臣さんだよー、厭味ったらしいったらないの!

「エーデルライトの小娘に、ふん……3年前に放逐したはずのスラムの虫けらが。なんの因果で結びついたのやら」
「冒険者だからねー。同胞ならどこでどういう風になっておかしくはないんだよ」

 スラムの虫けら。前にも聞いたし何度も聞いたフレーズを躊躇なく使うんだから、なんともまあ典型的なエウリデ貴族だよといっそ、感心すら抱くよ。
 こんなのは相手するだけ無駄だし、無難に相手をしておく。どうせ王城行って、交渉が決裂したらその時点で敵対するんだ。脅すにしてもそれからでいいだろうしね。

 まあ、でもイラッとするのはたしかだし。
 軽くカウンターでも入れようかなー? 僕はにっこり笑って大臣さんに話しかけた。
 
「かくいう大臣さんは、ずいぶん頭が寂しくなりましたねー? そのくせお腹は据え置きで、ははは! まるでダルマさんみたい」
「貴様……」
「ぷふふっ! 達磨とはまた、なんともご利益の有りそうな話でござるなあ」

 ちょこっと3年前と比較しただけなんだけど、ずいぶん煽られるのに弱いよねー。真っ赤になってそれこそダルマみたいな大臣さんを見て、くすりと笑う。
 サクラさんがそんなやり取りを見て思わず吹き出した。ダルマはたしかヒノモト発祥の文化というか、マスコット? 縁起物? だし、どうにか共感を得られたみたいだよー。

 揶揄された大臣と両隣の騎士達が激昂するのを空気で感じる。
 シアンさんが隣でため息をつくのを見て、後で謝らなきゃな〜って思っていると、大臣さんは僕よりサクラさんに矛先を向けたみたいだった。
 せせら笑って彼女を嘲る。
 
「ヒノモト人……未開の猿が、高位の人間への接し方も知らぬとは。野蛮人とは哀れなものだな」
「いやー馬鹿やらかして調査戦隊なんていう現代の神話を崩壊せしめたどこぞの豚どもよりかは人間でござるよ。ははははっ! 贅肉だらけの身体以上に、腐れたその魂が何より哀れなもんでござる!」
「貴様っ、我々を舐め──」
「──そりゃこっちのセリフでござる」

 売り言葉に買い言葉。未開の猿なんてあからさまな言葉遣いで喧嘩を売った大臣だけど、それ以上に辛辣、かつ直接的なサクラさんの物言いにバッサリと返り討ちに遭っちゃった。
 慌てて近衛騎士達が激怒し、威圧的に彼女を脅そうとするものの。こちらはこちらでSランク冒険者の抜き身の殺意、本気の威圧を受けて物理的に黙らされてしまっていた。
 
「っ、貴様っ……!!」
「政治だの国だのに関わる輩なんざ、いつでもどこでもゴミ以下のカスしかいないもんでござるが。エウリデはなおのこと酷いでござるな、もういっそ滅んだほうがマシでござるかも」
「それは、国家反逆だぞ……!」
「民あっての国でござる。民をないがしろにするなら国ごと滅ぶのが道理でござろ。ま、放っといても早晩自滅するでござろうがなこんな国」

 殺気に塗れた笑顔で嗤う、サクラさんはなんなら今すぐにでも暴れかねない迫力を出している。
 実際、彼女からしてみればサクッと全員撫で斬りにするのが一番手っ取り早いんだろうなーとは思うよ。ヒノモトの文化的に、基本話が早いほうが性に合うみたいだし。

 とはいえこれから交渉の場で、僕らは一応、仮にでも、曲りなりにでも使者としているわけで。
 さすがに一線は超えさせられないよとシアンさんが割って入るのだった。
 
「サクラ、そろそろ止めておきなさい」
「む……」
「一応は交渉するわけなのですから、喧嘩腰はよくありません。それはそちらにも言えますがね、大臣閣下?」
「小娘が……武力を得て思い上がったか、生意気な」
「そう思ってもらって構いません。ふふふ」
 
 サクラさんを止めつつ大臣にもチクリ。
 嫌味を言われても意味深に微笑むことでサラリと交わすシアンさんこそ、この中では一番大物然としてる気がするねー。
「ここが王城でござるか。無駄にでかいでござるなー」

 馬車が走ること30分くらい。
 どんどんと大きくなってくる王城を、馬車の窓から眺めてサクラさんはつぶやいた。感心している風だけど、声色は割と嗤っているというか、呆れている感じだよー。

 美しく巨大で荘厳な城。遠目に見ても壁から柱から何から何までに複雑で精巧な装飾が施されているのは、僕の目からしても見事なもんだと思う。
 思うんだけど……そこに居座ってるのが身も心も無駄に肥えた貴族共じゃあ、ねえ。豚に真珠、猫に小判。もったいないにもほどがあるよねー。

 まさしく贅沢の極みみたいな王城の門をくぐって馬車はすぐに止まった。中に広がるのはこれまた広くて大きな庭園とその奥に控える城本体。
 とりもなおさず馬車を降りる僕らを、すぐさま城の兵士達が緩やかに囲んで警戒していく。

 騎士じゃない、平民上がりの連中だねー。貴族のボンボンよりずっと世間を知ってるからか、僕らを見て震え上がってる人も結構いるよー。
 冒険者相手に、仕事でも戦わなきゃいけないかもしれないなんてとんでもない話だもんね。それでも仕事だからやらなきゃいけない時はやるしかないのが大変だねって感じだよー。

 ま、僕らも弱いものいじめをする気は毛頭ないんだ。いざぶつかるかという時にはちゃんと威圧で意識を刈り取るに留めるよー。
 僕らの敵は王であり大臣であり貴族であり騎士だ。もちろんまともなのは除くよ……と、考えているところで大臣が馬車から降り、相変わらず馬鹿にしきった態度で僕らへと指示してくる。
 
「これより謁見の間へ向かう……武装は王城に入る前に置いていけ、下等生物共」
「ま、当然だよねー」
「拙者らに暴れられたら困るでござろうしなー」
「……ふん。スラムのゴミに野蛮のサルが」

 吐き捨てる大臣は後で泣かすにしても、武器を置いていけってのは当然の話だねー。

 貴人──こいつらをそう呼ぶこと自体がこの言葉に対して失礼なんだけど──を前に武器を持ったまま、なんて普通に考えて赦されるわけないしねー。
 冒険者の身としてはそんな普通知らないよ、がたがた言ってると殺すよーって感じだけど、今回は一応でも使者として来てるからね、ある程度は弁えなきゃ。

 言われたとおりすんなりと武装を解除する。僕は杭打ちくん、サクラさんはカタナ、シアンさんはロングソード。
 後者二人の得物は普通に受け取った兵士達だけど、僕の杭打ちくんについてはとてもじゃないけど持てないみたいだ。地面においたそれを、兵士が10人がかりで踏ん張ってもびくともしてないよー。
 
「うおっ、重……!?」
「こ、これが例の"杭打ち"の! こんなもん人間が持てるわけが……」
「やはり化物……っ」

 兵士達が散々にぼやきつつ頑張るけど、もうあと20人はほしいかもー。
 ま、置いて行けって言ったのは大臣だし、僕は言われたとおりに置いていくわけだし。そこから先、この兵士さん達がどうしようと僕は知らないね。

 それに、ここからいよいよお山の大将の面を拝みに行くわけだしねー。
 近衛騎士を引き連れ、大臣が僕らを見下しながらも言う。
 
「ついてこい下民共。ありがたくも陛下が直接謁見してくださるのだ。無謀な反逆など考えずただ、偉大なる貴種の威風の前にひれ伏すが良い」
「へーへー、どーもどーもでござござ」
「おお怖。ははっ」
「…………野蛮なゴミどもめ!」

  何が偉大なる貴種だよ。所詮僕らもお前らも人の股ぐらからオギャーっと泣いてこぼれ落ちてきた、単なる人間に過ぎないだろうに。
 自分達を神か何かかと勘違いしている物言いは三年前も今も変わらず愚かで滑稽だ。サクラさんともども適当に笑い流せば、大臣はひどく不愉快げに僕らを中傷する。

 まったく。これが交渉っていう名目じゃなきゃとっくにこんな城、床と言わず壁と言わず何から何までぶち抜いてるよ。
 現在進行系で命拾いしているエウリデ王城──ただしそれももってあと一時間くらいじゃないかな──を歩く。庭園から城本体の内部へと。内装も贅沢に金だの銀だの使って煌めく城内は、兵士達ばかりだけでなく召使いだの貴族の連中だの、特権階級とその従者達が結構な数、いるねー。


 歩くことしばらくして、一際大きな扉が見えてきた。三年前にも何度か見たことがある、謁見の間の扉だねー。
 この中にこの国で一等、偉そうなやつがふんぞり返って僕らを待ち構えているんだ。ははは、どうなるかなー楽しみ。

 先に近衛騎士が入室する。"大臣閣下が冒険者どもをお連れしましたうんぬんかんぬんー"って聞こえてくるから、まあ形式張った報告でもしてるんだろう。
 宮仕えってのは大変だねー? さっさと入れば良いのにって馬鹿馬鹿しさを覚えながらも待っていると、ややしてから閉まっている扉の向こうから、男の声が聞こえてきた。
 
『────入るが良い』
「ははーっ!!」
「ははーだって。ハハッ」
「アホ丸出しでござるなあ」
「二人とも、さすがに少し静かにしていてちょうだい」
 
 それなりにカリスマを感じさせる、威圧的な声だ。それを受けて大臣が恭しく返事をするのが滑稽すぎてつい笑ったけど、さすがにこの場はまずいと団長からストップが入ってしまった。
 残念残念、と頭をかきつつ苦笑いしていると扉が開いた。近衛騎士達が開けたんだね。

 いよいよご対面ってわけか。大した期待も持てないまま、僕ら3人は大臣に連れられて謁見の間に入室した。
 開かれる扉、その先、赤い絨毯の向こうにある階段の上。
 拵えられた玉座──王冠と併せて決定的な権威の象徴であるそこに座る男を僕は見た。

 三年前にも見たことがある、何度かね。
 憎たらしい面だ。自分は偉いと、頂点だと信じて疑わないふざけた面構えだ。そのくせ権威を剥ぎ取れば何もないくせに、生まれつきの、祖先からの権威だけで今なお多くの上に立つ生来の王者。

 ある程度前に進んだところで、シアンさんが跪いた。貴族として礼を失せぬようにと仕込まれたんだろう、見事な臣下の礼ってやつだ。
 ……内心のイラツキを押し殺して僕も倣う。今だけはこの頭、下げておくよ。どうせこの一時だけのことだ。シアンさんの顔に泥を塗りたくないからね、何よりもさ。
 跪き下げる頭、大臣の声が響くのをただ、耳にする。

「我らが偉大なる陛下に逆らわんとする愚者共、冒険者……その交渉の使者なる者共を連れてまいりました」
「大儀である、大臣」
「ありがたきお言葉」

 イラツキが膨れ上がるのを抑える。こいつら、案の定だけどハナからこちらの話なんて一つも聞く気はなさそうだ。
 最初から愚者呼びしてくる連中に、なぜ僕はこんな風に頭を下げているんだかね──いろいろともやもやが貯まるけど、それはサクラさん、シアンさんも同じみたいだ。跪く二人の、両手がぐっと握りしめられるのを感じる。

 ああ、ああ。
 つくづく僕は冒険者なんだと思うよ、こんな時。絶対権威ともされる者を前に、僕はこの牙を、拳を突き立てたくて仕方がない。
 最近じゃそれなりに品行方正になった自覚はあるけど、元がモンスター紛い、ダンジョン生まれはダンジョン育ちの獣同然なんだ。教えてもらえた社会秩序や常識、倫理、良心によって鳴りを潜めてはいるものの、それでもこういう時に首をもたげる本性がある。

 すなわち理不尽への反抗、反逆。
 相手が強ければ強いほど僕はそれを崩したくてたまらなくなる。敵のすべてを蹂躙して、噛み砕いて、僕自身をそれらより上に立たせたくなるんだ。

 こういうところが僕はヒトデナシなんだよー。
 苦笑いしていると、偉そうに僕らを見下ろす肉の塊は、やはり偉ぶった声で僕らに指図してきた。
 
「面をあげよ。余こそがエウリデ連王。ラストシーン・ギールティ・エウリデである」

 小さく舌打ちして、許可が出たから頭を上げてやる。
 ベルアニーさんと同じくらいかな? 見た目は。それなりに年のいった爺さんだ。だけどベルアニーさんよりは図体がデカく、悪趣味なまでに宝石で彩られた服に身をまとっている。

 何より……さすがというべきかな?
 放つ威圧、カリスマは僕の知る限りでも最大規模、最強規模だ。まともに受けるとSランク冒険者であっても気圧されかねないほどの、物理的圧力さえも伴う威力。
 サクラさんが軽く息を呑み、シアンさんは完全に呑まれてしまったものを唇を噛んだようだ。血さえ流して耐えようとしている。

 とはいえ僕には全然関係ないけど。
 むしろ威圧を受ければ受けるほどイライラが募るほどだ。羽虫が、目の前をチラつくような苛立ちっていうのかなあ。
 何偉そうにしてんだ、こいつ? って、どうにも気が昂ぶるのを自覚してるよー。

「名を申せ、冒険者とやら。犬にも名くらいはあろう、聞いてやる」
「尊き血にその穢れた存在を示す名を認めていただけるのだ。涙を流し平伏して心して名乗るが良い」
「────そろそろ良いかな?」

 だから。だからこそ、こんな物言いにはもう、うんざりで。
 僕は尊き血とやらを自称するただの人間を前に、おもむろに立ち上がった。
 警戒も顕に構える兵士達。大臣は唖然としてそして顔を歪めて、ナントカいう国王に至っては愕然と、信じがたいものを見るような顔をしている。

 傅かれるのに慣れきってるから、ちょっとの反抗にも下らない動揺を見せるのか。
 馬鹿馬鹿しい。何が国王、何が権威だ。そういうのは中身が伴ってこそなんだよと、僕は大いに鼻で笑ってやった。
 慌てた様子で団長が声をかけてくる。
 
「ソウマくん、ちょっと──」
「ごめんねーシアンさん。思ったより限界だったー…………犬だの穢れただの下民だの、どの面下げてほざいてんだかねー、あんた方さあ」
「貴様────!?」
「黙れよ」
 
 未だ僕らにかかる国王の威圧を、それ以上の圧力でかき消し返り討ちにする。
 死ぬような思いどころか大した苦労もしてこなかったんだろう輩の威圧なんて、王だとか国だとか気にする人でなければこんなもんだ、たやすく破れる。
 
 つまるところ、単なる幻覚だ。
 受け取る側が勝手にそういうものだと受け取って、勝手にそう振る舞うのが当然だと跪くだけのもの──そしてそれを、与える側が自在に利用する詐欺の道具。
 僕にとっての権威なんてそんな程度のものでしかない。少なくとも中身が伴ってなければね。
 
 改めて向き直る。
 もしかしたら初めてかもしれない、面と向かって反逆してきた僕に対して国王は、醜く顔を歪めて睨みつけてきていた。
 にらみ合う僕と国王。周囲の有象無象はさっきの大臣もろとも、僕の威圧を受けて一歩だって動けやしていない。
 さすがは国王っていうのかなー。目の前の玉座に座ってるおじさんだけは平然としてるけど、それはそれとして放っていたカリスマは完全に呑み込んだ。

 カリスマ、威圧、その他オーラとかそういう、対象を圧倒する気迫。そういうののぶつかり合いは結局のところどちらか強いほうが弱いほうを呑み込むようになっているんだ。
 つまりはこの場合、一冒険者にすぎない、しかも子供である僕の気迫に一国の王が、国の頂点たる権威とやらが地力で負けてるってことになるんだ。

 痛快だね。
 僕はニヤリと笑って、国王へと告げた。

「エウリデ王。僕はお前なんかになんの権威も感じやしない」
「…………貴様は」
「お前は偉くなんかない。お前達は偉くなんかない。偉い生き方をしてないんだ、偉いはずがない。たかが生まれがどうのこうので偉い偉くないなんて、そんなの決まるもんか」

 過去、出会ってきたいろんな人達を思い返す。
 孤児院の先代院長。その後を継いだミホコさん。レイア、ウェルドナーさんはじめ調査戦隊のみんな。ベルアニーさん、リリーさん。
 ケルヴィンくん、セルシスくん。サクラさん、シアンさん、オーランドくん、マーテルさん。
 ヤミくん、ヒカリちゃん。レオンくん、ノノさん、マナちゃん。その他町の人達、冒険者のみんな。

 誰もがそれぞれの立場や生き方があって、それぞれのやり方で生きていて、それぞれに必死なんだ。それはもちろん僕も含めてね。
 そして、だからこそ言えることがある。つまり王族だとか貴族だとかは、それそのものが偉いことでは決してないんだ。

 どんな立場であれ、偉い人と偉くない人がいて、こいつらは……国王だとか大臣だとかなんてのは、こんなんじゃ偉くもなんともない連中なんだよ。
 人間らしい生き方をしてきた数年間の中で、得た答えを語る。帽子を脱いで顔を晒せば、さしもの国王も見覚えがあるのか眉を微かに動かすのが見えた。
 
「人を生まれ育ちだけで見下して、莫迦にして、苦しめて。頑張ることの凄さも、報われないことの辛さも、救われないことの苦しみも理解しない、寄り添うこともしない。そんなお前達が偉いわけないだろ」
「貴様、その顔……見たことあるぞ。たしか、下民の中でも殊更に賤しい、スラムの虫。調査戦隊に紛れ込んだ、生ゴミか」
「3年ぶりだね愚かな王様。王族に生まれただけで、他の何より自分は偉いと勘違いした哀れなヒト」

 ここまで言われてなお見下すことを止めない、その姿勢はいっそ清々しいまであるけどどこまでも愚かだ。
 仮にこいつらが、人に対して分け隔てなく接し、どんな身分、立場の人間にも手を差し伸べる心根を持っていたなら、仮に敵対するとしても僕だって敬意を払うくらいはしただろうに。

 虫けらに何を言われても動じないということだろう、エウリデ国王は無表情のまま相変わらず僕を見下してくるばかりだ。
 ただ大臣や他の貴族連中は違う。この部屋の中には政に関わる連中らしいのが何人もいるけど、いずれも僕の一連の発言が心底気に入らないみたいだ。
 視線で人を殺せそうな目で睨んできて、あまつさえこの期に及んでキャンキャンと吠えてきていた。

「不遜……不遜! 不敵、不出来、不快、不愉快! なんたることか、これほどの屈辱、侮辱は初めてだ!!」
「衛兵、始末しろ! いますぐそこな虫けらを刺殺し、切り刻み、あらゆる肉片をスラムに投げ捨ててしまえ!!」
「我ら至尊なる血の流れるエウリデ貴族をなんと心得る!」

 ああ、ああ。うるさいなあ、イラッと来るよー。
 兵士にまで命令して僕を殺そうとしてるみたいだけど、残念ながらその兵士まで含めて全員僕の威圧にやられて動けやしないんだ。
 むしろその状態でよくまあここまで叫べると変に感心するよー。ここまでのことになるのは初めてだろうから、イマイチピンと来てないのかな? 自分達が今、窮地に陥ってるってことを。

 ……まあいい、と僕はため息を吐いた。
 つい苛立ちマックスでいきり立っちゃったけど、一応ながら流れってのは大切だ。ましてまだ、形の上でも交渉しようかーって感じだしねー。
 シアン団長を見て、僕は言った。この場を預かる冒険者は、僕でなく彼女であるべきさ。

「ぐちゃぐちゃ言ってないで良いから本題に入るよ……団長。ここまでやらかしといてなんだけど交渉自体はお任せするよ。僕が矢面に立つと、口より先に手が出る」
「そうですね……そのほうがいいでしょう、お互いのためにも」
「ごめんね」
「いえ。貴族の一員として、むしろ申しわけなく思いますから」

 僕の独断専行に苦い顔を見せつつ、しかし最後にはどこか吹っ切れた笑顔を見せて団長は立ち上がった。
 しゃしゃり出ちゃった僕のターンはこれで終わりだ。さあ、次にお前達を倒すのは僕らの団長だよ、エウリデ。
「貴様は」
「お初にお目にかかります、エウリデ国王陛下。私はエーデルライト家がシアン・フォン・エーデルライト。冒険者パーティー・新世界旅団の団長として今回貴国との交渉の使者として参りました」

 ぶっちゃけキレかけて売り言葉に買い言葉、立ち上がって言いたいこと言っちゃった僕がそのままバトンタッチして。それでもシアンさんは毅然と立ち上がり、エウリデ国王と対峙した。
 貴族、すなわち臣下としての礼は欠かさず。けれど冒険者、すなわち敵対する者としての矜持は忘れず。凛とした表情のままに応える団長は、僕から見ても立派にカリスマある冒険者だ。

 リューゼリアとの経験が、期せずして活きた形になるねー。
 国王も彼女の放つ気迫に若干の反応を見せ、目を細め、冷厳なる表情で言葉を放つ。
 僕の威圧の影響下にありながらよくやる……他のボンクラどもはさておくにしろ、この王だけはなかなかだと評すしかないねー。

「エーデルライト……青き血でありながら下賤なる道を貴ぶ下衆の家か。貴種が、ゴミ山に染まってゴミ同然となるなど度し難い」
「…………こちらの要求は!」

 もはや半分以上意地じゃない? ってくらい引き続いてこっちを見下してくる王に、シアンさんは怒りを露にして叫んだ。
 その様子に大臣以下貴族どもがまた憎しみの相を浮かべるけど邪魔っけだ、引っ込んでて。

 本来従うべき王に逆らうんだ、恐怖はもちろん団長にもあるんだろう。身体が震えている。
 それでも、そんな怯えを冒険者として抑えつけ、克己しているんだ……やっぱり心が強い。権威に屈せず何者にも負けず、真の冒険者かくあるべしって感じの姿だ。

 力強く団長は交渉を始める。
 まあ、言っても一方的な要求、半ば脅迫みたいな話なんだけどね。

「元騎士団長シミラ・サクレード・ワルンフォルース卿の処刑措置撤回と身柄の解放、冒険者への引き渡し。そして冒険者達への今後一切の干渉の禁止! それらを貴国、エウリデ連合王国に対して求めます!」
「ふざけるな! エーデルライトの小娘が、それでも貴族の女か!」
「なぜ蛆虫共にそのような真似をせねばならん! 貴様らこそ謹んで首を差し出し、反逆者ワルンフォルースともども処刑されろ、一匹残らず!!」
「愚かで生意気なゴミどもめ、貴様らの血を根絶やしにしてくれるわ!!」

 シミラ卿を解放し、冒険者にしろ。そして今後一歳冒険者に関わるな。
 ──いやー、実に喧嘩売ってるよね、この内容。エウリデに一つも良いことないもの、戯言だよねー本来なら。

 案の定貴族達もふざけんなー! ってなってるし。こればかりは気持ちも分かる。分かるけど、元を糺せばシミラ卿処刑なんて無茶苦茶なことをしようとした君らが悪いんだよー。
 なんだっけ、雉も鳴かずば撃たれまい? みたいな。下手なことして虎の尾踏んでたら世話ないんだよね。

「…………愚かなりエーデルライト。貴様らの家は教育を過った。致命的なまでにな」
「いいえ。むしろこの国の貴種においては唯一、成功したのです。それは今、冒険者達によって囲まれ、交渉という名の脅迫を受けているこの国の現状がすべてを物語っている」
「脅迫だと?」
「はい──先に述べた要求が通らない場合、我々は王都を攻撃します」
「何っ!?」

 ほら、出たよ虎の本体。大臣が目を剥いて驚きも隠せずにいる。
 まさかここまで強硬策に出るとも思わなかったかな? もしかして今、王都を囲む連中はハリボテ、パフォーマンス程度だと思ってたのかも。
 ははは、なわけないじゃんすべてがマジだよー。

 今や王都は絶体絶命、少なくとも王城に関してはもう待ったなしで崩壊寸前だとも。
 まあ、仮に攻撃するとしても言うまでもなく、民は極力巻き込まないようにはするんだけどね。そのために今、僕らが交渉の使者なんて形でここまで潜り込んできてるわけだしー。

 とはいえそんなことを知るはずもないエウリデ側は大騒ぎ。
 動けないまま狼狽し、なんともみっともなく喚き悲鳴を上げている。
 そんな中を、団長は続けて国王へと問うた。簡単な選択──やるか、引くかを。

「さあ、選んでください! 罪なき民をも巻き込んで愚かな処刑を強行するか、否か!」
「ふ……ふふ、ふふふ……」
「…………!?」

 強く迫る彼女に、被せられるように響く、笑い声。
 エウリデ国王が、肩を震わせ身を震わせ、耐えきれないとばかりに歪んだ笑みを溢している。
 心底から愉快というように、けれど不快さを隠さず敵意をむき出しに、団長を見下ろしている。

 なんだ? この余裕、なんかあるのかな?
 訝しむ僕をもちらりと見つつ、もはや裸の王様も同然のはずの男は、ニタリと嗤い、言った。
 
「つくづく愚かだ、冒険者というものは。国に、エウリデに逆らうのだから」
「何を……」
「貴様らに勝ち目などない。我らには"神"がついているのだからな」
 
 神。
 唐突に出てきたそんな単語に、僕もシアンさんもサクラさんも意味を測りかね、一瞬硬直するのだった。
「神……?」
「いきなり何言ってんでござる……?」

 何やら急に神とか言い出した、この国の最高権力者たるラストシーン・ギールティ・エウリデ国王を見つめて僕とサクラさんは思わずつぶやいた。
 交渉というかもはや脅迫みたいな要求を突き付けたシアンさんも、唖然とした様子でやつを見ている。

 神。神か。たしかこの国の建国神話とかにもちらっとだけそんな話があるって以前、誰かから聞いた覚えがある。
 初代国王が神と契約したんだったかな? そして神のものだった土地を譲渡され、そこに建てられたのがエウリデだとかなんだとか。

 自分達の権力の所以に説得力を持たせるための作り話なのは言うに及ばずなんだけど、そんなものを今ここでいきなり持ち出す意味がわからないよー。
 もしかして窮地に陥ったことでトチ狂った? いやいやまさかそんな、仮にも国王がいくらなんでもそれはないよねー。

「貴様ら卑賤なる犬に語るも惜しいが冥土の土産だ、教えてやろう……エウリデには神がいる。そしてその神の国を支配する王たる余は、血筋からしてすでに神にも等しい」
「……国王という機関に対しての権威付けの理屈? でもそんなもの、民衆や他国に対しての言いわけでしかないのに何を」
「戯け。そのような話であるものか。これは歴とした事実であり、かつエウリデの真実である」
「………………え、ヤバっ」

 ヤバイよー怖いよー、壊れちゃったよこの人ー。
 真顔で自分達の正しさをこじつけるために作った神話を"実在する真実"だと語る男の、目がどうにも逝っちゃってるように見えて仕方ない。
 シアンさんもサクラさんもドン引きして口元を引きつらせてるし。

 明らかに僕達が揃って愕然とする中、なおも国王はつらつらと語る。
 ありえない真実──けれどそこから先の話は、よもやと思わせるだけの威力を秘めていた。
 
「我が王家初代、スタトシン・ペナルティ・エウリデははるかな太古より生き延びた唯一無二の正当なる血族である。巷に言う超古代文明から今に至るまで、この地を支配してきた絶対王政の主だったのだ」
「…………はあっ!? エウリデが、超古代文明由来の!?」
「よくできた創作でござるが、それどこの小説紙に連載されてるでござる?」

 出鱈目にしたって唐突に絡めてくるね、僕ら冒険者が求めて止まないロマンの対象、超古代文明を!
 ……一言で切って捨てたいけれど。しかしてふと、最近の国の動きを思い返してまさか、と思う。

 こいつらがヤミくんやヒカリちゃん、マーテルさんといった超古代文明の血を引く者を集めていたのは、そこに自分達の国の興り、ルーツがあると思っているからなのか?
 やけに強硬手段で古代文明人を確保しに来るなと疑問に思ってはいたけど、その理由はもしかして、国そのものからして古代文明の末裔だからというところにあるの?
 
「超古代文明は愚かにも神の怒りに触れて沈んだ。触れてはならぬ業、制御しきれぬモノを支配しようとして滅んだのだ。だが生き残りであったスタトシンは長き時を経てエウリデの国体を再構築し、民草を増やし力を整え、そしてその裏側で少しずつ積み重ねてきた。あの日あの時に失敗した業、神をも屈服する業をな」
「…………まさか」
「永きに亘り代を重ね、ついに今世、余が統治下にてそれは実現した。分かるまい、では言ってやろう────エウリデはもはや、神をも手中に収めた」

 立ち上がり、どこか恍惚としてさえいる表情で天を仰ぐ。薄気味の悪いやつだ、さっきから不気味な気がして仕方ないよ。
 嫌な予感がしてならない。胸の奥からせり上がってくる吐き気に、ふと僕は直感的な悟りを得る。

 ──いや、これは予感じゃない。気配だ、と。
 瞬間、僕は即座に叫んだ。迷宮攻略法をフル活用して、一気に戦闘態勢を整えながら!
 
「団長、サクラさん! 何かヤバい、とんでもないのがやって来る!!」
「ソウマくん!?」
「チィッ! まさか与太話が本物!? いや、神に見立てたナニカでござろう、さすがに!!」

 僕に遅れること少し、サクラさんも何かを感じ取ってか身構えた。カタナがないけどいけるのかな、いけるでしょたぶん!
 彼女にはシアンさんを守るように近くにいてもらって、僕はどこから敵が来ようがすぐさま対応できるように全方位に気配感知の網を張る。

 一気に緊迫度を増す僕らに、貴族共は分かっているのだろう、にやにやしている。こいつら、何が来るか知らないけどここにいたらまとめて殺られかねないのに分かってないのか!?
 兵士達だけが顔を青褪めさせて身構えるのを視線の端で捉えていると、エウリデ王はなおも高らかに謳うように言う。
 
「エウリデは今般、神なる力を手にした。それをもって世界にも手をかけてみせよう……だがその前に害虫駆除だ。冒険者、そう名乗る墓荒らし共をまずはこの国から殲滅する」
「何を……!?」
「貴様らの積み重ねは我らが神を手懐けるのに大いに役に立った。調査戦隊などは最高だった、褒めてしんぜよう……だがもう用はない。エウリデの栄光ある億年国家樹立の礎となったことを光栄に思いながら、この時この場にて息絶えよ」

 
『────ウアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


 言い切るのと同じに、一気に近づくその気配────下か!

 瞬間、僕らのいる謁見の間。
 玉座から少し離れた場所、貴族連中さえも多く立つあたりを含めて、足元がすべて崩落した!!
『ウアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
「何これ! なんだコレー!?」

 床を崩落させ、貴族もろとも奈落へ呑み込ませていく得体の知れない何かの化物。黒い泥のような体毛に覆われた、真っ赤な目を2つだけギラリと光らせるおぞましいフォルム。
 エウリデ国王に応えるようにいきなり現れたソレは下階から畝り這い出ては、とっさに回避した僕ら目掛けて襲いかかってくる!!
 
『ウアアアアアアアアアアアアッ!』
「くっ、うう!?」

 どういう理屈か、翼もないのに飛び回る流星状の黒い化物が、目を合わせた僕をターゲットに突っ込んでくる。
 すでに迷宮攻略法で身体強化を済ませている僕はこれに対して一歩も引くことなく、真正面からがっぷりと組み合う──後ろにはシアンさんはもちろん、カタナがなくて戦力がダウンしてるサクラさんもいる!

 カタナがなくてもそこらの騎士やモンスターなら倒せるだろう彼女でも、こんな得体の知れないやつはキツイよー!
 直感的にそう判断してのぶつかり合いだったけどこれがどうやら大当たりだ。
 ズドンッ!! と響く轟音、空中にて受け止めた衝撃の強さ。それらから即座に判断できたんだ、コイツ下手するといつもの僕よりヤバいって。

「ソウマくん!」
「ソウマ殿!? も、モンスターでござるかこれは!?」
「ぐ、ぅ、うっううううっ……!!」
『ウ、ウアア、ウアアアアアアアアアアッ!!』

 僕が自分達を庇ったことを悟ったんだろう、即座に敵の射程から離れてシアンさんとサクラさんが叫ぶ。
 モンスター……どうだろうね? 全力で力を込めての組み合いの中、拾った声に内心で答える。なんかこいつ、モンスターとはまたちょっと違う感触なんだよねー。

 モンスターと対峙した時に感じるものと印象が異なる。何がどう違うって聞かれると漠然としたものだからうまく答えられそうにないんだけど、ただモンスターとは少し違うってのは確実だと言えるよー。
 崩落を免れた地上に降り、なおも化物と取っ組み合う。こいつ、口もなければ鼻もない? 生き物ですらないとでも言うの? そんなバカな!

 敵を観察し、そしてその異様さに改めて意味不明であることだけを悟る。
 どう攻めたものかと冷静に考えていると、未だ悠然と玉座に座るエウリデ王が、まるで観戦しているかのような呑気さでこちらを嘲笑いつつ言った。
 
「戯け、言ったであろう、"神"であると」
「馬鹿言うな! こんなモンのどこが神様だ! 普通に考えてモンスターだろうが!!」
「モンスター? フッ……その認識がすでに間違っているのだ、神に逆らう愚か者どもめ」

 僕のツッコミにも不敵に嘲笑で返してくる、こいつの余裕……絶対に自分はこの化物のターゲットにならない、という確信があるのか。そしてこいつが、絶対に僕らを殺し切るという確信も。
 ふざけるな、返り討ちにしてやるよー! と、叫びたいのをぐっと堪えて化物を殴り飛ばす傍らで耳を澄ませる。自己陶酔したエウリデ王がまたペラペラと、情報を口走ってくれているからだ。
 この化物の詳細だけは何がなんでも聞いておかないと、こいつ一体きりという保証もないからねー!

「"天使"。貴様らがこれまでに不遜に挑み倒してきたモノ達は本来そう呼ばれるべき存在。それを倒してきた貴様ら冒険者のあまりに罪業深い所業に、ついに神もお怒りになったのだ……我らが敬虔なるエウリデに、こうして応えられたのだから」
「モンスターを天使だなんて、あなたは何を仰っているのです、陛下!?」
「なんかヤベー宗教にでもドハマリしてるでござるか!? チィ……カタナがあればこんなやつっ!」
「サクラさん、無理はしないで僕に任せて、団長の保護を!」

 いよいよわけわかんないことを言ってきた、この国は宗教国家だったりしたのかな、実は!
 シアンさんもサクラさんも唐突な神だの天使だのトークに唖然として叫んでいる。気持ちは分かるけどここは僕が受け持つから引き下がっといて欲しい、こいつかなりやばいんだよ!

 一度殴り飛ばした化物は、それでも怯むことなくまた僕に突撃してくる。くそ、割と全力で殴ったのにノーダメージはなけなしのプライドが傷つくよー。
 ……杭打ちくんが必要だ。アレの威力ならおそらくこいつもただじゃ済まないだろうし、表においてきたアレをどうにか確保できれば、一気に押し込める目はある!
 
「……これぞ我らエウリデが永きにわたり挑み、そして今般ついに実現できた偉業。神を降臨させ、使役したのである! どうだ感想は。偉大なる姿に今にも平伏したくなろう」
「誰が! ……サクラさん、シアンさん聞いて!!」
『ウオアアアアアアアアアアアッ!!』
「お前じゃない、黙ってろ化物ーっ!!」
 
 ゴチャゴチャやかましいんだよエウリデ王! 化物もいちいち叫ぶな、鬱陶しい!
 いい加減おかしな宗教話なんか聞きたくないんだ!と叫びながらも僕は、シアンさんとサクラさんへと声をかけた。