あっけらかんと、歌うように軽やかにそんなことがどうした、と。
言ってのけるカインさんに、絶句するのは僕のほうだった。僕のやったこと、やってしまったことの罪過をたしかに認めてくれたのに、直後になんでそんなことを。
「…………いや、それがどうしたって、あのね」
「調査戦隊が崩壊した、その理由の一端はお前だ。それは間違いない。だがそんなこと、何年も引きずる話じゃないぞ」
「えぇ……」
きっぱりと言い切る彼の顔には、嘘偽りの色はない。心の底から僕の過ちを認めつつ、けれどいつまでも気にすることじゃないと思っているんだ。
何を言っているのか、あんまりな言い分に思考が追いつかない。僕が悪いのに、気にするなって言うの? 僕はずっと引きずってきたのに、あなたは気にするなって言うの?
戸惑う僕へ、優しく笑い。
カインさんは、なおも言った。
「そもそもな。人間関係だの組織だのは常に流動的なのだ、どういうきっかけでどうなろうがそんなもの、誰に分かるはずもない。そういうものは運命とか宿命の領分だろう」
「でも、だからって」
「お前が追放された。結果、調査戦隊が崩壊した。そんなところまで行くとは思っていなかったろう、実際? 精々が多少揉めるか最悪、離反者が出る程度に思ってたんじゃないか? 少なくとも俺は当時、加速度的に崩れていく調査戦隊に対して唖然としたぞ。そこまでのことになっちゃうのかよ、一人追い出された程度で──とな」
「……それは」
ぶっちゃけすぎだろー……でも正味な話、否定できないところはある。
教授から聞かされた事の顛末、そこに対して僕ははっきり言えばドン引きするものを覚えたのは事実だ。
メンバーが一人、外圧によって追い出された。たったそれだけのことで調査戦隊は即日、空中分解したんだ。そんな話ある?
ミストルティンとかカインさんあたりは離反するかも、くらいには思ってたけど組織としての体裁すら保てないレベルで崩壊するなんて思ってもいなかったんだ、さすがに。
こんなこと、僕の立場で言えるわけがないんだから黙ってたし思うこと、考えることだってかつての仲間達に対して失礼だ、と思い思考を止めていたけれど。
他ならぬそのかつての仲間から言われてしまったんだ。いくらなんでも脆すぎじゃない? と。
「まるでドミノ倒しだ。どこからでも一つ衝撃が加われば、そこから先は後戻りできずにゲームセット。レイアのカリスマ、絆という理想に依存しすぎて調査戦隊は気づかない間に、砂上の楼閣へと変わり果ててしまっていた。きっと、お前が来るずっと前からな」
「そんな、ことは……僕が来る前のことは、さすがにわからないけど」
「いつ、何がきっかけでああなってもおかしくなかった。たまたまお前の追放がそうだった。お前の罪過であることは間違いないが、そもそも土台からしてレイアにすべてを依存していた調査戦隊メンバー、全員の罪がそこにあるのだと俺は思うよ」
ない、とは言い切れない。だって僕が来る前の話なんてさすがに知ったこっちゃないし。
でも、レイアに依存しすぎていたってのは紛れもない事実だよ。僕自身、彼女についていけば良いって当時、考えてたもの。
支えることじゃなく、導かれることだけ考えていた。それが調査戦隊メンバーみんなの分だ。さぞかし辛かったろうな、レイア。
だからそこを指摘してカインさんは言うんだ。僕だけじゃない。僕にも罪はあるにせよ、調査戦隊はそもそもからして罪に塗れていたんだ、ってね。
「すべてなるべくしてなったのだ。なった分の罪過を背負い罰を求めるのは好きにすればいいが、それ以上の余計な分まで背負おうとするな。それは余分だ」
「カインさん……」
「お前は追放された後、3年もの期間を冒険者として孤独に過ごしたと聞く。多くの葛藤と苦悩を背負っての選択と末路がそれならば、俺からすればお前は十分に苦しんだのだ。これ以上引きずるな。生きるということに対して不誠実だ」
強めの口調で、けれどどうしても滲み出る優しさ。
カインさんは彼なりに、僕に前を向いて生きろと言ってくれているんだと分かるよー。
「運命や宿命とは儘ならぬものなのだ。救いにせよ報いにせよ釣り合いを取ろうなどと思っては、人は一生苦しむことになる。それではいけない。ましてや我が友にそんな道は歩ませられん」
「…………ありがとう。恨まれていると、思ってたよ」
「お前の事情を知っているのだぞ、恨むものかよ。いいか我が友。良いことも悪いことも、ハナから釣り合いなんぞ取れないものなのだ。それはそういうものだと思って、あまり重く受け取りすぎるな」
ある種の諦観を孕む言葉。カインさんはそうだった、貴族だからか生来の性質なのかわからないけど、こういう達観的なものの見方をする人だったねー。
今回僕にくれた言葉も、なんとも彼らしい物言いだなと思って──僕もようやく、彼に微笑み返すことができたよー。
「と、いう話をしにきただけではないのだ、ソウマ」
「え。っていうと、本題が他に?」
「あたりまえだ。わざわざこんな話をするためだけに来るわけないだろう」
友からの思わぬ、そして温かい言葉受け取って。でも自分が来たのはそれだけではないのだと語るカインさんに、僕も居住まいを正して和んだ空気を引き締める。
嬉しい再会はともかくとして、そりゃそうだよ、彼がわざわざ訪ねるんなら他にも理由があって当たり前だ。
おそらくはシミラ卿についてか、あるいは新世界旅団についてか……どちらも、という線もあるね。
このタイミングでレジェンダリーセブンがやってくるなんてのは結局のところ、リューゼ同様の動機があるからなんだ。そもそもこの人もまた、調査戦隊の元メンバーをごっそり引き抜いてパーティーを形成している一団の長なんだからねー。
案の定、彼は予想通りに口にしたよー。
「シミラ処刑とか新世界旅団については俺もすでに把握している。実のところ、今回それらに絡んだ目的のために訪問したのだ」
「やっぱり。リューゼみたく処刑阻止のために動くとか、シアン団長を試しに来たとかそんなアレ?」
「少し違うアレだ。シミラの処刑阻止には協力するがそんなもん、俺がいようがいまいがどのみち阻止されるだろう。新世界旅団はそもそもどうでもいい。お前が納得ずくならそれでいいからな、我が友」
うん? あれ、この人別にシミラ卿と新世界旅団を目的にエウリデにやって来たってわけでもないんだ。
ちょっと意外だよー、なんならリューゼほどじゃないにせよエウリデ王族皆殺しだ! とか、シアン団長を試してやる! とか多少は思ってるかなーとか思ったし、だからエウリデに舞い戻ったと思ったんだけど。
飄々とした顔つきからはあまり真剣味は覗けないけど、カインさんはこんな顔して万事、軽い調子でことを成すから読みにくいんだよね。
顔色から何かを伺いにくい以上、もう単刀直入に聞いてみるしかないかなー。
「ええと。じゃあ、一体何を目的にエウリデに戻ってきて、しかも僕の家を訪ねてきたのさ」
「ああ、まあ俺自身は単なるメッセンジャーでしかないんだ──レイアにウェルドナーさん、あの2人も俺と同じ目的のためにエウリデに来ている。それを伝えるために今回やって来たのだ」
「────は?」
息が止まる。絶句、とはまさにこのことだろう。
レイアに、ウェルドナーさん? あの二人まで来てるっていうの、このエウリデに?
しかもカインさんともすでにやり取りしていて、あまつさえメッセンジャーに仕立てて僕に接触をさせた?
いや、いやいやいや。何がどーしてそーなってるの?
カインさんって聞くところによると、僕ほどじゃないにせよやらかしてますよね調査戦隊的に? 不満を持ったメンバーをまとめ上げて全員で離反するとか、しちゃってましたよね?
それがなんで仲良しこよし感出してるのさ。意味が分からないよ!?
「き、来てるのレイア、ウェルドナーさんも!? っていうかなんでカインさんが、二人のメッセンジャーなんてことを」
「つい最近再会してな、まあその辺は後で話そう。あの二人もすでにシミラ奪還に向けて動いているが、実のところ戻ってきた理由はそれではない。というか戻ってきた矢先、シミラの話が出てきたもんであの2人も泡を食っているのが実情だ」
「そ、そうなんだ……本筋の目的って、一体」
そもそもエウリデに用があって戻ってきたら、タイミングが良いのか悪いのか、シミラ卿の話が出てきちゃって慌ててこの人を遣いに出したっぽいね、レイア。
たぶん僕や僕を通して新世界旅団にギルドと歩調を合わせて動きたいとかそういうのだろう。状況的に、シミラ卿の件を片付けないことには目的とやらが果たせないと判断したんだろうねー。
となると気になるのはその、本筋の目的とやらだけど……そこについてはカインさんは首を左右に振った。
申しわけなさそうにしつつも、肩をすくめて言ってくる。
「すまんがそこは直接会って聞いてくれ、俺も詳しくない話だからな。ただ一つ言うとすれば、レイアはお前を必要としている。昔以上に強く、お前を求めているのだ」
「!!」
「……とはいえ新世界旅団の邪魔をする気もないようだがな。彼女もいろいろあったようだが、すでに調査戦隊は過去の物として今を生きている。前以上に強くなっているぞ、彼女」
「…………そっか。良かった。僕が言えた義理じゃないけど、本当に良かった」
一瞬、カインさんはともかくレイアはやはり、僕や新世界旅団に対して思うところがあるのかなって考えたけど……
どうやら、すでに彼女は調査戦隊を思い出としていて、今は今で新しい何かのために生きているみたいだ。
思い出にさせてしまった僕が言うのは、あまりに無責任だし最低なんだけど。それでも、本当に良かったと心から思う。
彼女の栄光を、絆を踏みにじってしまった身として。彼女がそれでも立ち直って新たな道を歩んでいることは、とても喜ばしい。
さすがは"絆の英雄"ってことだろうね。
どんなに挫折しても、何があっても……彼女はやっぱり、何度でも立ち上がって前を向いて歩ける人なんだ。
リューゼに続いてカインさんまで、と思いきやレイアにウェルドナーさんまですでにエウリデ入りしているらしい、なんてとんでもない話を聞かされて、僕もそろそろ大分混乱している自信がある。
何やら主たる目的は別にあるようだけど、そのためにたまたまエウリデを訪れた矢先にこの騒動なんだからタイミングが良いんだか悪いんだか。調査戦隊らしいといえばらしいのかもしれないけど、ねー。
困惑しきりにカインさんを見る。憎らしいくらい飄々と、なんなら軽い微笑みすら浮かべている彼はそれこそ三年前と変わらない。
貴族的な余裕ってやつ? あるいはモニカ教授やウェルドナーさん以上に冷静冷徹な一面をも持つ男は、やはり軽い調子で僕へと続けて言う。
「おそらくシミラ奪還に際して面合わせすることになるだろう。その時、改めて話をしたいとのことだ。俺は今回それを伝えるために、ここへ来たのだな」
「それで誰もいなかったから、玄関前で寝てたのー……? 一回帰るとかすればよかったんじゃないの?」
「そのつもりだったが、お前の家を眺めているうちにウトウトしてな。いやはや立派な家だ、根本から根無し草だったお前がこのような家に生活できるようになったかと、友として嬉しい限りだ」
「そ、そう……」
褒められるのは嬉しいけど根本から根無し草とか言われるのは複雑だよー。一応僕、孤児院出身ってことで根を張る場所はあったと思うんだけどねー?
というか人の家を眺めてるうちに寝てました、なんてそんなことある? 立派なお家、なーんてお褒めいただきそこは光栄だけども、だからって下手すると半日以上? 炎天下で寝てたってのはいろいろ大丈夫かなこの人、ってなるよー。
しかし、まあ、元気そうで良かった。カインさんにしろレイアにしろ、ウェルドナーさんにしろ。
リューゼも合わせると4人、レジェンダリーセブンがエウリデにいることになるんだよね。実に半数以上も世界最高クラスの冒険者が来訪してるって、かなりのビッグニュースだよねよく考えたら。
そこまで考えてふと、口走る。
「にしても、リューゼにカインさんにレイア、ウェルドナーさんと来たかぁ……これさ。ワカバ姉にミストルティン、ガルドサキスも来そうじゃない? なんとなくだけどさー」
偶然とはいえ4人も集まりつつある以上、ここまで来たら残る3人も来そうな気がしてならない。
いっそレジェンダリーセブン大集結! エウリデ包囲! ってしてやったら、どう考えても彼ら彼女らにトラウマを持ってるだろうエウリデ上流階級としては下手すると即降伏まであるかもしれないねー。
なんてことを冗談めかして言うと、カインさんはふむ、と顎に手をかけ考え込んだ。
どうでもいいけど手足が長い、スラッとしてていかにも男前って感じで見ててムカつく! 絶対に僕の隣に立ってほしくないよ、いやでも比較されそうだからね!
見てろよ僕も大きくなるから! と思わず内心叫んでいると、彼は一つ頷いて僕に応えた。
「可能性は大いにあるな。シミラ処刑の報はすでに耳聡い者であれば、国外の者でも知れる程度には広まっている。情に厚いミストルティン、ガルドサキスに加えて祭りとみればワカバも来るだろう」
「ワカバ姉だけはそういう理由だよねー」
「アレにその辺の情は期待しない方がいい。ヒノモト者は、殺し殺されは世の常だと本気で思い込んでいる連中だからな」
薄く笑ってワカバ姉を揶揄するカインさん。この人、ワカバ姉っていうかヒノモト人を殺戮狂戦士集団くらいにしか見てないんだよね。
主にワカバ姉がたおやかな笑顔でやらかし過ぎたってのもあるんだけれど、他にも調査戦隊に何人かいたヒノモト冒険者の素行も大概アレだったから余計にその考えが補強されちゃってるところはあるね。
まあ、サクラさんとかも割と大概な時があるからあんまり肯定も否定もし辛いんだけど。カインさんが彼女を見たらどうリアクションするかな、ちょっと気になるかもー。
それはさておいて、とにかくレジェンダリーセブンがもしかしたら、何かの間違いででも全員集結しかねない状況ってことなんだね、今は。
残る3人を思い浮かべて天井を仰ぐ。
「となると、レジェンダリーセブン勢揃いかもしれないのかぁ。嬉しいような、気まずいような」
「別に、気まずさを覚える必要もないだろう。思うところがあるのはレイアとウェルドナーさんくらいなもので、それとて今生賭けての恨みつらみというほどでもない」
「そうかなぁー……」
「それに、あまりグダグダ言うならお前を可愛がっていたワカバやミストルティンが黙ってはいないだろうさ」
からかう風に笑ってくるカインさん。ワカバ姉にミストルティン……たしかにいろいろ可愛がってもらった記憶はあるけども。
さすがに今はどうなんだろうね? そこはちょっと気になるところだよー。
──そして一週間後。
僕はいよいよ差し迫った対エウリデ、対シミラ卿処刑のために集結した冒険者の一団の中にいた。
町を離れて外の平原、総勢300名もの冒険者達が集まり、隊列を成している。
普段であればこんな軍隊みたいな規律の良さ、死んでも協調しないアウトローたちばかりだけど今回だけは話が別だ。同胞が殺されるかもしれず、それを助けるためと言うなら何だってして見せる冒険者達の身内意識の強さが、異例の集団行動を実現させていたよー。
「よし……冒険者ギルド側は問題ない。新世界旅団、そちらはどうだ?」
冒険者達を率いるギルドの長、ベルアニーさんが一団を眺めつつ隣に並ぶシアン団長に尋ねた。
本来ならシアンさんだってあの一団に入って並んでいてもおかしくない立場なんだけどそこはそれ、率先してギルドと対等の存在として交渉をしてみせたがゆえにパーティーごと、ある種の特異な立ち位置に据わることができていた。
まあ、そもそも僕にサクラさんがいる時点で言い方は悪いかもだけど他所とは格が違うからねー。
いつもの帽子に外套、"杭打ち"スタイルのまま二人を見、集団を見る。あっ、煌めけよ光のみんなだ。ヤミくんが小さく手を振ってるよ、かわいー。僕も手を振っちゃおーっと。
呑気に手を振りあう僕に構わず、シアンさんが緊張を隠せない様子でギルド長に答えた。
「新世界旅団も問題はありません。いつでも行けます。あとは戦慄の群狼と、元調査戦隊メンバー達ですが……」
「バルディエートに加えてアールバドにバーゼンハイム。そしてやつらが率いているだろうパーティーの連中か」
ため息まじり、いかにも厄介者ばかりを想うように吐息をつくベルアニーさん。気持ちは分からなくもないよ、実際この局面においては厄介な要素でしかないからねー、3人とも。
こないだうちに来て、まさかまさかとレイアやウェルドナーさんの来訪を告げていたカインさんは結局、その日は伝えたいことだけ伝えて普通に帰っていった。
"いずれ近いうちにまた、会うことになる"とは彼の言だけどー……おそらくそのタイミングは間違いなく今日、エウリデ王城はシミラ卿を助け出す前後のタイミングなんだろうなって気はしてるよー。向こうが介入してくるとしたら間違いなく、その辺だろうしねー。
ただ、それはそれとしてどうやらギルドにもまったく連絡を入れてないみたいなのは気にかかるよー。
足並みを揃えようって気がないのは、何かしら思惑あってのことだろうけど一体なんなんだろう?
ベルアニーさんも首を傾げつつ、カインさんから直接話を聞いている僕に尋ねてきた。
「やつらは未だこちらに連絡の一つも寄越してきていないが……グンダリ、本当に3人はエウリデにいるんだな?」
「間違いないよー。ていうかカインさん本人が知らせに来てくれたんだ、信じないわけにもいかないよー」
「…………ではなぜ、こちらには連絡の一つも寄越さないのか」
苛立たしげに頭をかく。数日前にもレイア達については伝えてるんだけど、その時には平成を装いつつも喜色満面だったからたぶん、相当アテにしてたんだろうね彼女達のこと。
気持ちは分かるけど、いくら英雄ったってレイアも結局のところ冒険者なんだからねー。あんまり都合よく動いてくれると信じてるとこのとおり、予想が外れる羽目になるから注意すべきだってのはこの人も分かっているだろうに。
レイア・アールバド──大迷宮深層調査戦隊リーダー。絆の英雄。そんな肩書に夢を抱いているのは、たとえ百戦錬磨のギルド長であっても同じってことかー。
まあまあ、と彼を宥めつつ僕も考える。
こっちにカインさんまで派遣しておいて、それでも基本的にはコソコソ動いているその理由。
レイアの動機、それってなんだろう?
「たぶんだけど……そもそもそこまでガッツリ関わるつもりはしてないんじゃないかなぁ、あっちは」
「……なんだと? シミラ卿が処刑されるかもしれないというのにか」
「元々、別な目的のためにエウリデに来てるみたいだし。それってのが何かはいまいち分からないけど、ここまで戦力が集結してる僕らに追加で加わるよりはそっちを優先してもおかしくはないかも」
カインさんは言っていた。元々自分達は別の目的があってエウリデに戻ってきたのだけど、その矢先にシミラ卿の騒ぎが起きて泡を食ったって。
そこから考えるに、シミラ卿に興味がないわけではないとは思うけど……といって、冒険者ギルド+新世界旅団、おまけに戦慄の群狼まで足並みをそろえているこの状況にさらに追加で加わるのはさすがに戦力過剰だと僕から見ても思うわけだよー。
レイアもそう考えているとしたら、ひとまずことの趨勢を見守る形で待機する程度にしときたいんじゃないかなあ。
そして特に問題がなさそうなら自分達は、元々の目的のために動く、と。どうもそこに僕が絡んでそうなのは気になるところだけどねー。
「まったく無関係を決め込む気もないだろうけど。レイアはどこかのタイミングで、僕と接触したがってるみたいだし。たぶんエウリデ王城にまでは来ると思うよ」
推測、だけどレイアの性格が3年前と変わらないならそうなる 可能性は割と高いかもしれない。
僕の考えにベルアニーさんは難しげな顔をして少しだけ黙り込んで、それからやれやれとだけつぶやいて号令を発した。
エウリデ王城へと、進撃開始だ。
「王城近くまでは特に何事もなく来れたが、ここからだな問題は……」
「さすがになんの妨害もないのは考えにくいですからね」
出発して一団、馬車を使って進むこと数時間。
半ば期待さえされる形で予想されていた──王城本体に攻め入る前にウォーミングアップくらいしたいのが大半の冒険者達の本音だった──敵方の妨害、ないし防衛行動には終ぞおめにかかることがないまま、僕達はエウリデは王城のある城下町、すなわち王都をはるか前方に見下ろす小高い丘にまで到達できていた。
なんか来い、なんかしてこいとワクワクしていた僕達からすればぶっちゃけ肩透かしなんだけど、さすがに向こうが未だにこちらの動きを把握してないなんてのは考えづらい。
だから何かしら、思惑あってのことだろうとは思うんだけどー、じゃあその思惑って何? ってところについてはさすがに僕はおろかモニカ教授にも分かりかねる。
仕方なし、素通りさせてくれるって言うならありがたくーって塩梅でひとまずその辺の疑問は捨て置くことにした。
ベルアニーさんも同様のようで、そもそも、と顎に手を当て考え込みつつ別の話をしだしていた。
「だが、それにしても解せんのはエウリデだ。保有している最高戦力がシミラ卿だったものを、そのシミラ卿を処刑しようとしている今、一体代わりにどこの誰を用意しているというのか」
「騎士団のどなたさんかじゃないのー? 金とごますりだけ、口車に乗せるのだけが得意な連中多そうじゃない」
「そんな連中に一応の公的な国防の仕切りを任せるのでござるか? ……任せそうでござるなあ」
そもそも現状、エウリデという国が保有する中では最強と言える腕前なのがシミラ卿だ。何せ元調査戦隊メンバーだからねー。
そんな彼女を真っ先に切り捨てた形になる今回の騒動、果たして"その後"のことについてエウリデはどんな絵を描いているんだろう? 具体的に言うと彼女の後釜、次期騎士団長になりそうな人って、彼女と比べて見劣りしないような逸材だったりするんだろうか?
ないねー。絶対にない。
騎士団も古参連中はそれなりだけど、それでもあくまでそれなり終わりだ、シミラ卿には遠く及ばない腕前しかないよー。
大体、今の腐敗しきった騎士団なんてろくなもんじゃなし、どうせ金と貴族敵都合で次が据えられるに決まっている。事実上、シミラ卿こそが最後の"まともな"騎士団長になるだろうってのは、割とそこかしこでも言われてたりするしねー。
エウリデの外からやって来たサクラさんさえ、エウリデの腐りっぷりは苦笑いとともに否定しないレベルだ。
そんな僕らをさておいて、ギルド長は腕組みしてシアン団長に確認した。エウリデ王都までは無事にたどり着けた、となればここから先の動きがいよいよ重要だね。
「再度の確認だ。王城、城下町前まで進んだ時点で方位陣形に移る。町の周辺を囲み、威圧する態勢を整えるのだ」
「戦慄の群狼もここに加わるのでしたね。向こうの首尾は?」
「伝令をやり取りさせているが上々だ。すでに動き出していて、ややもすれば我々より先に陣を広げだすかもしれん。さすがの統率力だな、ラウドプラウズ」
そう言って遠く、王都の向こうを指差す。僕も身体強化で遠視してみると、遥か向こうに僕ら同様、丘にて陣取る一団が見えた。
アレがリューゼの率いる戦慄の群狼ってことだろう。なんか狼の群れ? みたいな旗があちこち掲げられてるよー。パーティーの象徴としての旗、いいねかっこいー!
新世界旅団もなんか旗とかエンブレムとか、あーゆーの見てると欲しくなってくるよー。
仄かな憧れを胸に懐きつつ眺める。その間もモニカ教授やシアン団長による、ここから先の動き方が僕らに示されていく。
「我々とリューゼ嬢側とで町を取り囲んだら次、エウリデ政府に向けて使者を立てるよ。シミラ卿を解放することと、処刑の撤廃と彼女に課した罪過の赦免を要求するんだ」
「この使者というのは冒険者達の主導者の一人として私が務めます。ソウマくん、サクラも来てください。おそらくは決裂するでしょうから、そこを見越しての人選ですね」
なるほど、交渉の使者って形でまずは新世界旅団の3人が王城へと赴くわけか。
これ、表向き使者だけど……事実上は潜入して破壊活動を行う、いわゆる工作員みたいな感じだねー。
口ぶりからして間違いなく話し合いは決裂すると見ているんだろう、団長は。僕も正直そう思う。
だから最初からそこから先、決裂した後の動きを見越して僕とサクラさんを連れて行くんだ。その場を制圧して、すぐさま地下牢まで駆け抜けていけるように。
「最初から没交渉になると想定してるのね。そしてうまくいかないとなればすぐ動けるように、ソウマくんとサクラを伴う、と」
「エウリデが首を縦に振るなど、貴族の身で言うのもなんですが考えにくいことですから。決裂は基本のものとして扱うべきでしょう」
同じく気づいたレリエさんの確認に、団長も頷き答え合わせをする。
つまるところ軽く腹を探りつつ、土手っ腹に一発打ち込んでやろうってことだねー!
交渉が決裂に終わることは予め、織り込んだ上で半ば潜入するような形でエウリデ王城へと向かおうか、ということになり僕ら冒険者達は一旦、王都の門前にまで一気に距離を詰めた。
武力による示威だ──これをもってそもそも交渉をしない、という選択肢をなくさせる。
仮に交渉の場さえ持てない場合、僕ら冒険者に取れる手段はその時点で一つしかなくなる。そう、突っ込んで無理矢理ことを成す、だねー。
さすがに最初の一手から、なんの交渉もなしにそれをやらかすと後から面倒事が噴出しそうだし。最低限"一応話はしたよー? 向こうが頑固で取り付く島もなかっただけでー"という体裁は整えとかないといけないってのが僕ら、新世界旅団と冒険者ギルド、そしてリューゼの戦慄の群狼との共通見解だった。
なんだけどー……
「…………冒険者風情が陛下と、エウリデと交渉だと!? 思い上がるなクズどもが!!」
……とまあ、こんな調子でしてー。
ベルアニーさんとシアンさん、あと新世界旅団の面々や冒険者の何人かを引き連れての交渉の提案を行いに出向いたところ、待ち構えていた騎士団の現状のトップだろう人からこんなことを言われてしまったよ。
シミラ卿やマルチナ卿がいた頃にもいたメンツが見当たらない、というかめちゃくちゃ若い人達で構成されているあたり今の騎士団がどういう状況なのか人目で分かる気がするー。
トップらしい金髪のイケメン以下、後ろに控える連中もあからさまに侮蔑的な表情を隠そうともしてないし。
あちゃー、これはもしかしたら駄目かも知れないねー。
「そもそも交渉すらしないつもりっぽいよー……」
「現場の騎士共が勝手吹いてるだけ、のような気もしなくはないでござるが……」
「それをこちらが考慮してやる必要がないからねえ。彼らは現在進行系で自分達の首をギロチン台にかけようとしているわけだ。ある意味貴重な光景だよ、よく目に焼き付けといたほうがいいかも」
「下っ端の無能の現場判断によって一国が亡ぶ瞬間って? いやま、亡ばれても困るから精々捕縛して傀儡化するくらいだとは思うけどー」
「亡びてるか亡びてないかで言えば9割くらい亡びてるわよね、それ」
新世界旅団の身内達でヒソヒソ話す。モニカ教授の毒舌が結構鋭さを帯びているけど、言いたくもなるよねこんなの、ガルシアさんが何百人といるような光景だものー。
毒を吐く僕にレリエさんもツッコんでるけど割と疲れた感じだ。古代文明の人からしたら、こんなことってなかなかありえないんだろうなーって思うと、なんだか現代人として恥ずかしくなるよ。
さておき、交渉に至るために会話を試みるベルアニーさんを見る。彼も割と辟易していると言うか、アホらしくてやってられなーいって感じがすごく出てるね。ご苦労さまー。
それでも忍耐強く会話はしていかなきゃいけないんだから大変だよー。まあ彼も彼で、言葉の端々にイラツキを隠せてはいないんだけれども。
「我々冒険者はすでに王都を包囲している。号令一つあればすぐにでもこんな町一つ陥落してみせよう。それでもそのような戯言を抜かすかね、お坊ちゃん殿?」
「反逆者どもが調子づきおって……! 徒党を組んだからどうだというのだゴミどもが、今ここで始末してくれるわ!!」
「我々はエウリデ貴族だぞ! 刃向かうな逆らうな、大人しく殺されろ虫けら共がっ!!」
うーん。あからさまに武力をもっての、ここまで来たらただの恫喝な気がしなくもないけど。それだけにベルアニーさんの言葉は本来ならば、自分の意志を通すための必殺級の威力を誇るはずなんだよー。
それが一切通じてないっていうか、彼我の戦力差をまるで理解してなさそうなのがすごいよー。案の定だけど貴族のボンボンだけで固めたみたいだね、今の騎士団。これ、シミラ卿が見たら卒倒するかブチギレるかもだねー。
にらみ合う僕らと彼ら。
もはや衝突もやむなしかな? 向こうに何か隠し玉でもない限り、事実上エウリデは今日終わるねー、なんてことを考えた矢先。
騎士団の後ろ、王都の内部から豪華な馬車が走ってきた。金ピカな装飾過多の、いかにもお偉いさんの乗る趣味の悪いデザインだ。
「なんだ、あの馬車! どなた様だ!?」
「あれは……閣下か!」
馬車は戸惑う騎士団達のすぐ後ろに止まり、客車のドアが開いて中から人が出てくる。うっすら見覚えのある禿げたおじさんだ……誰だっけ?
喉元まで出かかってるんだけど思い出せない、なんかやたら偉そうなその人は戸惑う騎士達に声をかけた。
「────我らが騎士団の誉れある騎士達よ。私は国王陛下の命によってここへ来た。諸君らの忠誠、大儀である」
「っ!! 大臣閣下!」
「我らが騎士達よ、ここは寛大なる姿勢を見せてやるのだ。そこな羽虫どもの囀りを、至尊なる国王陛下は耳で楽しみたいと仰せである」
いかにも大物ぶってそんなことを言う。自称大臣さん──思い出した、3年前に僕に調査戦隊を出てけって言った人だ、この人!
前はフサフサだったのに禿げてるもんだから気づくのが遅れたよー! っていうかわざわざ大臣が動いて、僕らを招きに来たってことかな?
羽虫呼ばわりはイラッと来るけど、どうにか交渉の場は持てそうでよかったよー。
突然現れた、3年前に僕を調査戦隊から出ていくよう促したエウリデの大臣さん。前と同じく尊大で居丈高な態度だけど、裏腹に頭の砂漠化は進行しているみたい。大変だねー。
どうやら国王の命によって僕ら、交渉を望む冒険者達を案内しに来たみたいだ。現場の騎士達が一も二もなく跪く中、シアンさんと僕とサクラさんを馬車へと招く。
「こういう馬車に乗るの、初めてだよー」
「これを最後にしたいでござるね。何しろデザインから趣味から最悪でござるし」
「……ノーコメントで」
乗りながらも小声でやり取りする。豪華なのは良いんだけど、いかんせん金ピカすぎて目に悪いしオシャレというより成金的だしで、少なくとも僕とサクラさんの趣味には合わないみたいだよ。
シアンさんだけ微妙な顔をして言及を避けたのは、彼女のセンスもなんだかんだ貴族的ってことなのかな? あるいはもしかしたら、お家の馬車にもこういうのがあるのかもね。
ま、ともあれ僕らは馬車に乗り込んだ。広々とした客車内には大臣と、両脇を固める騎士が二人。
近衛か……表のぼんくらどもよりは多少やるかな? それでも圧倒的に実力差がある僕らに対して侮蔑の視線を隠そうとしないあたり、五十歩百歩って感じではあるけどー。
席につき、同時に馬車が走り出す。
道すがら大臣が僕らに話しかけてくるんだけど……やっぱりこの人、あの時の大臣さんだよー、厭味ったらしいったらないの!
「エーデルライトの小娘に、ふん……3年前に放逐したはずのスラムの虫けらが。なんの因果で結びついたのやら」
「冒険者だからねー。同胞ならどこでどういう風になっておかしくはないんだよ」
スラムの虫けら。前にも聞いたし何度も聞いたフレーズを躊躇なく使うんだから、なんともまあ典型的なエウリデ貴族だよといっそ、感心すら抱くよ。
こんなのは相手するだけ無駄だし、無難に相手をしておく。どうせ王城行って、交渉が決裂したらその時点で敵対するんだ。脅すにしてもそれからでいいだろうしね。
まあ、でもイラッとするのはたしかだし。
軽くカウンターでも入れようかなー? 僕はにっこり笑って大臣さんに話しかけた。
「かくいう大臣さんは、ずいぶん頭が寂しくなりましたねー? そのくせお腹は据え置きで、ははは! まるでダルマさんみたい」
「貴様……」
「ぷふふっ! 達磨とはまた、なんともご利益の有りそうな話でござるなあ」
ちょこっと3年前と比較しただけなんだけど、ずいぶん煽られるのに弱いよねー。真っ赤になってそれこそダルマみたいな大臣さんを見て、くすりと笑う。
サクラさんがそんなやり取りを見て思わず吹き出した。ダルマはたしかヒノモト発祥の文化というか、マスコット? 縁起物? だし、どうにか共感を得られたみたいだよー。
揶揄された大臣と両隣の騎士達が激昂するのを空気で感じる。
シアンさんが隣でため息をつくのを見て、後で謝らなきゃな〜って思っていると、大臣さんは僕よりサクラさんに矛先を向けたみたいだった。
せせら笑って彼女を嘲る。
「ヒノモト人……未開の猿が、高位の人間への接し方も知らぬとは。野蛮人とは哀れなものだな」
「いやー馬鹿やらかして調査戦隊なんていう現代の神話を崩壊せしめたどこぞの豚どもよりかは人間でござるよ。ははははっ! 贅肉だらけの身体以上に、腐れたその魂が何より哀れなもんでござる!」
「貴様っ、我々を舐め──」
「──そりゃこっちのセリフでござる」
売り言葉に買い言葉。未開の猿なんてあからさまな言葉遣いで喧嘩を売った大臣だけど、それ以上に辛辣、かつ直接的なサクラさんの物言いにバッサリと返り討ちに遭っちゃった。
慌てて近衛騎士達が激怒し、威圧的に彼女を脅そうとするものの。こちらはこちらでSランク冒険者の抜き身の殺意、本気の威圧を受けて物理的に黙らされてしまっていた。
「っ、貴様っ……!!」
「政治だの国だのに関わる輩なんざ、いつでもどこでもゴミ以下のカスしかいないもんでござるが。エウリデはなおのこと酷いでござるな、もういっそ滅んだほうがマシでござるかも」
「それは、国家反逆だぞ……!」
「民あっての国でござる。民をないがしろにするなら国ごと滅ぶのが道理でござろ。ま、放っといても早晩自滅するでござろうがなこんな国」
殺気に塗れた笑顔で嗤う、サクラさんはなんなら今すぐにでも暴れかねない迫力を出している。
実際、彼女からしてみればサクッと全員撫で斬りにするのが一番手っ取り早いんだろうなーとは思うよ。ヒノモトの文化的に、基本話が早いほうが性に合うみたいだし。
とはいえこれから交渉の場で、僕らは一応、仮にでも、曲りなりにでも使者としているわけで。
さすがに一線は超えさせられないよとシアンさんが割って入るのだった。
「サクラ、そろそろ止めておきなさい」
「む……」
「一応は交渉するわけなのですから、喧嘩腰はよくありません。それはそちらにも言えますがね、大臣閣下?」
「小娘が……武力を得て思い上がったか、生意気な」
「そう思ってもらって構いません。ふふふ」
サクラさんを止めつつ大臣にもチクリ。
嫌味を言われても意味深に微笑むことでサラリと交わすシアンさんこそ、この中では一番大物然としてる気がするねー。
「ここが王城でござるか。無駄にでかいでござるなー」
馬車が走ること30分くらい。
どんどんと大きくなってくる王城を、馬車の窓から眺めてサクラさんはつぶやいた。感心している風だけど、声色は割と嗤っているというか、呆れている感じだよー。
美しく巨大で荘厳な城。遠目に見ても壁から柱から何から何までに複雑で精巧な装飾が施されているのは、僕の目からしても見事なもんだと思う。
思うんだけど……そこに居座ってるのが身も心も無駄に肥えた貴族共じゃあ、ねえ。豚に真珠、猫に小判。もったいないにもほどがあるよねー。
まさしく贅沢の極みみたいな王城の門をくぐって馬車はすぐに止まった。中に広がるのはこれまた広くて大きな庭園とその奥に控える城本体。
とりもなおさず馬車を降りる僕らを、すぐさま城の兵士達が緩やかに囲んで警戒していく。
騎士じゃない、平民上がりの連中だねー。貴族のボンボンよりずっと世間を知ってるからか、僕らを見て震え上がってる人も結構いるよー。
冒険者相手に、仕事でも戦わなきゃいけないかもしれないなんてとんでもない話だもんね。それでも仕事だからやらなきゃいけない時はやるしかないのが大変だねって感じだよー。
ま、僕らも弱いものいじめをする気は毛頭ないんだ。いざぶつかるかという時にはちゃんと威圧で意識を刈り取るに留めるよー。
僕らの敵は王であり大臣であり貴族であり騎士だ。もちろんまともなのは除くよ……と、考えているところで大臣が馬車から降り、相変わらず馬鹿にしきった態度で僕らへと指示してくる。
「これより謁見の間へ向かう……武装は王城に入る前に置いていけ、下等生物共」
「ま、当然だよねー」
「拙者らに暴れられたら困るでござろうしなー」
「……ふん。スラムのゴミに野蛮のサルが」
吐き捨てる大臣は後で泣かすにしても、武器を置いていけってのは当然の話だねー。
貴人──こいつらをそう呼ぶこと自体がこの言葉に対して失礼なんだけど──を前に武器を持ったまま、なんて普通に考えて赦されるわけないしねー。
冒険者の身としてはそんな普通知らないよ、がたがた言ってると殺すよーって感じだけど、今回は一応でも使者として来てるからね、ある程度は弁えなきゃ。
言われたとおりすんなりと武装を解除する。僕は杭打ちくん、サクラさんはカタナ、シアンさんはロングソード。
後者二人の得物は普通に受け取った兵士達だけど、僕の杭打ちくんについてはとてもじゃないけど持てないみたいだ。地面においたそれを、兵士が10人がかりで踏ん張ってもびくともしてないよー。
「うおっ、重……!?」
「こ、これが例の"杭打ち"の! こんなもん人間が持てるわけが……」
「やはり化物……っ」
兵士達が散々にぼやきつつ頑張るけど、もうあと20人はほしいかもー。
ま、置いて行けって言ったのは大臣だし、僕は言われたとおりに置いていくわけだし。そこから先、この兵士さん達がどうしようと僕は知らないね。
それに、ここからいよいよお山の大将の面を拝みに行くわけだしねー。
近衛騎士を引き連れ、大臣が僕らを見下しながらも言う。
「ついてこい下民共。ありがたくも陛下が直接謁見してくださるのだ。無謀な反逆など考えずただ、偉大なる貴種の威風の前にひれ伏すが良い」
「へーへー、どーもどーもでござござ」
「おお怖。ははっ」
「…………野蛮なゴミどもめ!」
何が偉大なる貴種だよ。所詮僕らもお前らも人の股ぐらからオギャーっと泣いてこぼれ落ちてきた、単なる人間に過ぎないだろうに。
自分達を神か何かかと勘違いしている物言いは三年前も今も変わらず愚かで滑稽だ。サクラさんともども適当に笑い流せば、大臣はひどく不愉快げに僕らを中傷する。
まったく。これが交渉っていう名目じゃなきゃとっくにこんな城、床と言わず壁と言わず何から何までぶち抜いてるよ。
現在進行系で命拾いしているエウリデ王城──ただしそれももってあと一時間くらいじゃないかな──を歩く。庭園から城本体の内部へと。内装も贅沢に金だの銀だの使って煌めく城内は、兵士達ばかりだけでなく召使いだの貴族の連中だの、特権階級とその従者達が結構な数、いるねー。
歩くことしばらくして、一際大きな扉が見えてきた。三年前にも何度か見たことがある、謁見の間の扉だねー。
この中にこの国で一等、偉そうなやつがふんぞり返って僕らを待ち構えているんだ。ははは、どうなるかなー楽しみ。
先に近衛騎士が入室する。"大臣閣下が冒険者どもをお連れしましたうんぬんかんぬんー"って聞こえてくるから、まあ形式張った報告でもしてるんだろう。
宮仕えってのは大変だねー? さっさと入れば良いのにって馬鹿馬鹿しさを覚えながらも待っていると、ややしてから閉まっている扉の向こうから、男の声が聞こえてきた。
『────入るが良い』
「ははーっ!!」
「ははーだって。ハハッ」
「アホ丸出しでござるなあ」
「二人とも、さすがに少し静かにしていてちょうだい」
それなりにカリスマを感じさせる、威圧的な声だ。それを受けて大臣が恭しく返事をするのが滑稽すぎてつい笑ったけど、さすがにこの場はまずいと団長からストップが入ってしまった。
残念残念、と頭をかきつつ苦笑いしていると扉が開いた。近衛騎士達が開けたんだね。
いよいよご対面ってわけか。大した期待も持てないまま、僕ら3人は大臣に連れられて謁見の間に入室した。
開かれる扉、その先、赤い絨毯の向こうにある階段の上。
拵えられた玉座──王冠と併せて決定的な権威の象徴であるそこに座る男を僕は見た。
三年前にも見たことがある、何度かね。
憎たらしい面だ。自分は偉いと、頂点だと信じて疑わないふざけた面構えだ。そのくせ権威を剥ぎ取れば何もないくせに、生まれつきの、祖先からの権威だけで今なお多くの上に立つ生来の王者。
ある程度前に進んだところで、シアンさんが跪いた。貴族として礼を失せぬようにと仕込まれたんだろう、見事な臣下の礼ってやつだ。
……内心のイラツキを押し殺して僕も倣う。今だけはこの頭、下げておくよ。どうせこの一時だけのことだ。シアンさんの顔に泥を塗りたくないからね、何よりもさ。
跪き下げる頭、大臣の声が響くのをただ、耳にする。
「我らが偉大なる陛下に逆らわんとする愚者共、冒険者……その交渉の使者なる者共を連れてまいりました」
「大儀である、大臣」
「ありがたきお言葉」
イラツキが膨れ上がるのを抑える。こいつら、案の定だけどハナからこちらの話なんて一つも聞く気はなさそうだ。
最初から愚者呼びしてくる連中に、なぜ僕はこんな風に頭を下げているんだかね──いろいろともやもやが貯まるけど、それはサクラさん、シアンさんも同じみたいだ。跪く二人の、両手がぐっと握りしめられるのを感じる。
ああ、ああ。
つくづく僕は冒険者なんだと思うよ、こんな時。絶対権威ともされる者を前に、僕はこの牙を、拳を突き立てたくて仕方がない。
最近じゃそれなりに品行方正になった自覚はあるけど、元がモンスター紛い、ダンジョン生まれはダンジョン育ちの獣同然なんだ。教えてもらえた社会秩序や常識、倫理、良心によって鳴りを潜めてはいるものの、それでもこういう時に首をもたげる本性がある。
すなわち理不尽への反抗、反逆。
相手が強ければ強いほど僕はそれを崩したくてたまらなくなる。敵のすべてを蹂躙して、噛み砕いて、僕自身をそれらより上に立たせたくなるんだ。
こういうところが僕はヒトデナシなんだよー。
苦笑いしていると、偉そうに僕らを見下ろす肉の塊は、やはり偉ぶった声で僕らに指図してきた。
「面をあげよ。余こそがエウリデ連王。ラストシーン・ギールティ・エウリデである」
小さく舌打ちして、許可が出たから頭を上げてやる。
ベルアニーさんと同じくらいかな? 見た目は。それなりに年のいった爺さんだ。だけどベルアニーさんよりは図体がデカく、悪趣味なまでに宝石で彩られた服に身をまとっている。
何より……さすがというべきかな?
放つ威圧、カリスマは僕の知る限りでも最大規模、最強規模だ。まともに受けるとSランク冒険者であっても気圧されかねないほどの、物理的圧力さえも伴う威力。
サクラさんが軽く息を呑み、シアンさんは完全に呑まれてしまったものを唇を噛んだようだ。血さえ流して耐えようとしている。
とはいえ僕には全然関係ないけど。
むしろ威圧を受ければ受けるほどイライラが募るほどだ。羽虫が、目の前をチラつくような苛立ちっていうのかなあ。
何偉そうにしてんだ、こいつ? って、どうにも気が昂ぶるのを自覚してるよー。
「名を申せ、冒険者とやら。犬にも名くらいはあろう、聞いてやる」
「尊き血にその穢れた存在を示す名を認めていただけるのだ。涙を流し平伏して心して名乗るが良い」
「────そろそろ良いかな?」
だから。だからこそ、こんな物言いにはもう、うんざりで。
僕は尊き血とやらを自称するただの人間を前に、おもむろに立ち上がった。
警戒も顕に構える兵士達。大臣は唖然としてそして顔を歪めて、ナントカいう国王に至っては愕然と、信じがたいものを見るような顔をしている。
傅かれるのに慣れきってるから、ちょっとの反抗にも下らない動揺を見せるのか。
馬鹿馬鹿しい。何が国王、何が権威だ。そういうのは中身が伴ってこそなんだよと、僕は大いに鼻で笑ってやった。
慌てた様子で団長が声をかけてくる。
「ソウマくん、ちょっと──」
「ごめんねーシアンさん。思ったより限界だったー…………犬だの穢れただの下民だの、どの面下げてほざいてんだかねー、あんた方さあ」
「貴様────!?」
「黙れよ」
未だ僕らにかかる国王の威圧を、それ以上の圧力でかき消し返り討ちにする。
死ぬような思いどころか大した苦労もしてこなかったんだろう輩の威圧なんて、王だとか国だとか気にする人でなければこんなもんだ、たやすく破れる。
つまるところ、単なる幻覚だ。
受け取る側が勝手にそういうものだと受け取って、勝手にそう振る舞うのが当然だと跪くだけのもの──そしてそれを、与える側が自在に利用する詐欺の道具。
僕にとっての権威なんてそんな程度のものでしかない。少なくとも中身が伴ってなければね。
改めて向き直る。
もしかしたら初めてかもしれない、面と向かって反逆してきた僕に対して国王は、醜く顔を歪めて睨みつけてきていた。