【完結】ニューワールド・ブリゲイド─学生冒険者・杭打ちの青春─

 肥大化したエウリデのエゴ。冒険者を嫌厭しながらもしかし、冒険者に甘え、冒険者に依存することとなった歪極まりない現状の有り様は……他ならぬ調査戦隊リーダー、レイア・アールバドにも一因があるのだとベルアニーさんやモニカ教授は語った。
 どういうことかと首を傾げるシアンさんやレリエさんに向け、面白がりつつもどこか、哀しげな目さえも浮かべて教授は語る。

「当世の神話、大迷宮深層調査戦隊。世界各地の英傑達が一堂に会した奇跡のパーティーは、しかし基本的には従順かつ無害、しかして有毒極まりなかったということだよ団長、レリエ」
「従順、かつ無害でありながら有毒?」
「調査戦隊はレイアリーダーの融和的な姿勢、そしてそこからもたらされた莫大な富、利益。エウリデはものの見事に目を曇らせたんだ──冒険者達は自分達にとって良いもの、首輪をつけて制御できるものだと誤認してしまったんだ。リーダー相手の対応が、冒険者全体にも適応できると勘違いをしちゃったんだね」
「調査戦隊以前は冒険者とエウリデの関係はつかず離れず、どちらにとっても益にも害にもならないものだった。それが崩れた結果、エウリデは致命的な思い違いをしてしまったわけだな」

 "これまでは互いに不干渉気味だったけど、調査戦隊は従順だし友好的だしこちらにも利益をもたらしてくれた"。
 "冒険者というのはつまり、エウリデにとって未開発の鉱山も同然。手つかずの金塊がこんなに近くにいたんだ"。


 ──"だったら調査戦隊同様、首輪をつけて使い潰してやろう。レイア・アールバドですら従順なのだから、それ以下の冒険者どもなどたちどころに飼い犬に成り下がるはずだ"。


 こんなところかな? つまりはエウリデは、レイア個人のスタンスを冒険者全体のスタンスと勘違いしちゃったんだね。
 そんな馬鹿な話ある? って感じだけど、実際、調査戦隊以前のエウリデは冒険者についてはそこまでノータッチだった。精々庭先で活動している探検家連中くらいなものだったみたいだし、それがまさか経済的にすさまじい効果を及ぼす底力を秘めていたなんて思いもしていなかったんだろうねー。

 まさしく連中からしてみれば冒険者とは大きな金山。国家として従えて上手いこと使えば、相当うまい汁を吸える。
 そんな考えで調査戦隊以降も冒険者達を扱おうとしたんだろうけど、その野望は当然のように瓦解した。

 当たり前だよね、調査戦隊はレイアじゃないんだ、馬鹿正直に国なんかに従うわけがないんだよ、冒険者なんて人種がさ。
 結果としてエウリデは飼い犬候補に幾度となく手を噛まれ、何より調査戦隊解散に伴うあれこれがすっかりトラウマになっちゃって、冒険者相手には敵視と危機感、あわよくば利用したいっていう欲目さえ混じった複雑な視線を寄越すようになったわけだよー。

「そして今、あの頃を忘れられずに一般の冒険者相手に同じ対応をした結果、ものの見事に反発を食らっている……ははは、まるで遅効性の毒だ!」
「結局"絆の英雄"は優しさというより甘すぎたのだろう……ともかくそんなわけで、奴らは冒険者相手にはそこまで強く出られん。実力的にも立ち位置的にもな。だから今回もグンダリを直接処罰せず、シミラ卿に八つ当たりまがいの処刑を行おうというのだ」
 
 嘲笑うモニカ教授に、鼻で嗤うベルアニーさん。二人からしてもこの顛末は、馬鹿馬鹿しいと断ずるに躊躇いはないみたいだ。
 実質的にシミラ卿は八つ当たりの対象なんだ。面と向かって僕を相手にしたらレジェンダリーセブンが動くかもだし、そもそも僕個人の戦力だけでも国レベルの脅威だしで直接手出しができないから、鬱憤晴らしも兼ねて彼女の首を落とそうって魂胆なんだね。

 気の毒な話だ、だからなんとしてもシミラ卿は助けなきゃ。
 エウリデはびっくりするだろう、まさか彼女を助けるために僕を含めた調査戦隊元メンバーにギルドが組んで襲撃するなんてね。
 ……すべてが欲による物差ししかないだろう貴族の、限界がそこなんだ。仲間を、同胞を護らんとする冒険者の心、絆。そこにまで目が向かないから、こういうことになるのさエウリデは。
 
「シミラ卿は我々と同じ釜の飯を食った仲間だ。たとえ騎士団長となった今でもそれは変わらん」
「当然だァ。だからあいつが殺されるってんなら、そいつを防いであいつを護る、助ける。そういうこったな」
「そうだ。冒険者は明日をも知れぬ稼業だ。だからこそともに生きる同胞を大事にする……人の心を知らぬはエウリデ。ゆえにやつらに教えてやろう。金より地位より名誉より、大切にせねばならないものこそが人を人たらしめるのだと」
 
 ベルアニーさんの口上に、一同頷く。
 それぞれ思うところ、考えることは違うだろうけどその一点だけは一緒だ。脅かされている仲間を助ける。たとえ一戦交えてでも!
 損得を超えたところにこそ絆はあるのだと、今一度エウリデに骨の髄まで知らしめてやろうじゃないか!
「準備が整い次第と言いますが、それはラウドプラウズ殿の」
「リューゼでいいぜ小娘ェ、ラウドプラウズだの殿だのむず痒くって堪らねェ」
「……リューゼのパーティー、戦慄の群狼本隊がこの町に到着するところまで含めてということですか?」

 小娘と呼ばれて、無表情ながらシアンさんが少しだけ呼吸を詰めた。ちょっとピキッと来たのが分かるね。この期に及んで小娘呼ばわりされたらそりゃあね。
 気安いリューゼの態度からして、向こうに悪気がないのも間違いない。そうそう、昔からあいつは誰に対してもそんなんだったんだよー。例外はそれこそ、レイアくらいなもんだよー。

 それでも生まれただろうイラつきとかはぐっと堪えて、彼女はベルアニーさんに尋ねた。
 シミラ卿処刑阻止に必要な準備が整い次第──ずいぶんと漠然とした表現だからね。何がどこまでどう整えば準備完了ってことなのか、もう二声くらいは詳細な説明がほしいところだ。

 シアンさんが今聞いたように、リューゼのパーティーの本隊がこの町に着くのは条件の一つだろう。手数は多いほうが良いんだし、ここで彼らを無視してことを起こすとリューゼがキレて独自の行動を開始する。それは避けたいからね。
 僕の思考を肯定するようにギルド長は頷いた。次いでリューゼを見つつ、話し始める。
 
「そうなるな。ラウドプラウズ、今本隊はどの辺にいる? お前が先んじてここにこうして来れる位置というのであれば、やはりトルア・クルアか」
「あァ、そうだぜ。大体2日かかるなァ、そっから拠点を構築して荷解きして、長旅の疲れを癒やして体調を整えて──駆け足でやってもまあ、一週間はかかるか」
「結構。となればやはりそのあたりで行動を開始することになるな。ここから王都までは少人数なら半日程度、だが一団率いての行進となればもう少しかかるか」

 本隊はすでにトルア・クルアまで来ているみたいだし、それは何より。
 今頃はまだ船に揺られて海の上だぜーとか言われたら、港に着き次第さっさと来させろって言わなきゃならないところだったよ。
 
 ただ、やはり単純に移動する人や物資の数がとんでもないから最短でとはいかないみたいだ。話を聞くにパーティーの枠を超えた、傭兵団とかキャラバンめいた規模のようだしそこはしかたないね。
 首尾よくトルア・クルアからこの町に来たとて、拠点の準備から書類手続きから、長旅の疲れを癒やすなりもある。そういうところをまとめて込み込みで計算して、やっぱり最速でも一週間後くらいがギリギリのラインっぽかった。
 モニカ教授がふむふむ、と関心しきりにつぶやく。

「戦慄の群狼の動きはエウリデも注視しているでしょうし、場合によっては妨害が入るかも知れませんね」
「あるいは、四の五の言わずにさっさとシミラ卿を処刑するかでござろ……ぶっちゃけギルドが怪しい動きをしていると見ればそうするでござろうし、国としては」

 今回、一番危惧しなくちゃいけないのは僕らの動きをエウリデに気取られることだ。
 あいつら、僕らがシミラ卿奪還に向けて動いていると知ればどんな無茶をしでかさないとも限らない。それこそ処刑を大幅に早めた挙げ句、やって来た僕らに向けてしれっとした顔で彼女の生首を放り投げるくらいしかねないんだ。

 そうした危機感は僕だけでなく、リューゼ含めてこの場の誰もが持ち合わせているものだ。
 今一度その辺は大丈夫なのかとギルド長に視線が向く。特にリューゼのそれは険しく、そして容赦のない言葉も一緒だ。

「物理的な妨害ならオレ様達が責任もって血祭りにしたるがよォ、さすがに気取られてサクッと始末しましたってのは対応できねぇなぁ。おうジジイ、スパイとかいねぇだろうな、この町に」
「いるかそんなもの。いたとしてもとっくに殺している」

 それに対してのベルアニーさんもこれまた、苛烈な返事だよー。スパイとかいないの? に対していたらもう殺してる、はなかなかに血腥いねー。
 
 ま、これでこそのギルド長なんだけどさ。
 反骨心の塊を率いる彼は伊達じゃないんだ。味方ならなんとしてでも護るけど、敵ならなんとしてでも潰す。極端なまでの身内主義だからこそ、特にこの町はエウリデ内でも独立主義的でかつ、冒険者の力が一際強いんだねー。

「反冒険者活動家程度なら見逃すが、国家スパイなど私の目の届く範囲には親類縁者一人とて生かしはせんさ」
「あー……もしかしてうちの愚兄、しっかりマークしてたりしました?」
「最低限にはな。グンダリに絡むくらいならば捨て置いたほうが面倒がないと思っていたが。実際、勝手に自滅したわけだからな」
 
 モニカ教授が苦笑い混じりに尋ねると、あっけらかんとギルド長が白状した──ガルシアさんのこと分かってたんだねこの爺さん。
 それでも放置してたのは、どうせそのうち僕相手に絡んで自滅するからと踏んでたからかー。
 とんでもない腹黒だよー!
 案の定っていうかなー! ガルシアさんを事実上放置して僕に解決させた腹黒ベルアニー爺さんをひと睨みして、それを笑って受け流されたのにこれまたイラッと来ているとレリエさんがため息を漏らすのが横目に見えた。
 なんだろ……どこか苦虫を噛み潰したような、複雑な表情をしてるよー。まさかお腹の調子でも悪くしたのかな?

 気になって彼女を見ると、顔色は至って健康的だけどやはりどこか元気がない。
 僕につられてシアンさんやサクラさんもレリエさんに目を向ける。それら視線に気がつくと彼女は明るく笑って、しかし声色は暗く答えるのだった。

「なんでもないの! ただ……ほんと、全体的には牧歌的なのに、局所的にとても怖いのよね当世って。そんなことをつい思っちゃって」
「ああー……なるほど」
「まあビビるでござるよねー。大丈夫でござるよレリエ、その感性は当世においても一般的なものでござるし」

 うーん、どうやらベルアニーさんによる過激な発言が、思ったより彼女を怖がらせていたみたいだよー。
 つまりギルド長が悪い! んだけど……正直冒険者の感性的にはまぁまぁ普通なところはあるんだよね。一般市民ならドン引きものだけど、冒険者の内輪でなら精々ブラックジョーク程度というかさ。

 この辺、古代文明においてもレリエさんが上等な教育を受けているんだなーって感じられて興味深いよー。
 お嬢様ってやつだね、お嬢様。立ち居振る舞いを見ればシアンさんにも負けないくらい洗練された仕草をしてるんだもん、古代文明ってこれが当たり前だったのかな? すごいよー。

 とまあ、感心しているけど気まずいのがベルアニーさんだ。
 事情を知ってる彼としては、古代文明人に自分が当世代表みたいに思われ、あまつさえ妙な評価を下されるのも嫌なんだろう。乾いた笑みを浮かべて、気持ち早口で釈明してきた。
 慌ててるねー。

「怖がらせたようですまんな、レリエ嬢。だがこれが冒険者どもを一応でも束ねる組織というものだ、思うところはあろうが納得はしていただきたい」
「……郷に入っては郷に従えと、かつての文明の一地方においてはそのような格言もあります。昔を押し付けるようなことはしませんよ、ギルド長さん」

 恥じ入るように笑いつつ、ギルド長にそう返すレリエさん。大人だよー……これまでの自分の物差しだけじゃ測れないから、新しい物差しを持とうとしてるんだね。
 これができない人って案外多いんだよー。たとえばリューゼなんかは典型的で、"物差しが合わない? だったらテメェらがオレ様の物差しを持つようにしやがれ!! "みたいなノリで生きてるからまあ衝突が多いのなんのって。

 それを思えばレリエさんのスタンスはすごく聡明で大人で素敵だよー。
 改めて惚れ直す思いでいると、ギルド長も感心した様子で穏やかに微笑んだ。偏屈爺さんらしからぬ、好好爺みたいな笑顔で気持ち悪いよー。

「ふむ? その格言こそは当世にも伝わっているが、あくまで民間伝承的なものだ。起源などについては知る由もなかったな──と、まあそんな話はいずれまた、お茶でも飲みながらさせていただきましょうか。レディとの語らいにはティーがつきもの、というのが私のポリシーでしてね」
「あらあら。素敵なポリシーですのね」

 そしてさりげなくレディをお茶に誘ってみせた!? 何この爺さん、いい歳こいて何を色気出してるんだよー!?
 ダンディに微笑むベルアニーさんは、悔しいけどかなりのイケオジって感じだ。このー、後で奥さんに言いつけてやるー。

 悪辣腹黒ダンディおじさんとして名を馳せる彼だけど、唯一自分の奥さんにはてんで弱っちくなるのを知っている僕は、絶対にチクってやろーって決意を胸に固く刻む。
 ちょっと背筋に寒気でも感じたのかブルッと震えた彼は、不思議そうに首を傾げつつも話を本筋に戻した。
 
「さて……それでは戦慄の群狼の2人には一旦、本隊と合流して情報の共有、周知を図ってもらおう。行動開始に間に合うようにパーティーを率いてくれ」
「任せなァー。本隊がこの町に着き次第、もっぺんテメェら呼びつけっからそのつもりでなァ」

 豪快に笑ってリューゼが吠えた。隣ではミシェルさんも神妙な顔をして頷いているね。対象的だよー。
 パーティー・戦慄の群狼。カミナソールのクーデターを成功に導いたとされる程に精強な連中だから、合流できれば心強い戦力になるのは間違いないね。

 ただ、だからこそパーティーを率いるリューゼに主導権を握られないようにしないとね。現状規模で負けてる新世界旅団は、せめて質の高さでイニシアチブを取っていかないと。
 シミラ卿をまんまと取られるのも嫌だからねー。

「了解した。次は新世界旅団についてだが……」
「基本的には我々はギルドと行動をともにします。少なくともエウリデ王城に到達するまでは」
「ふむ。そこから先、シミラ卿を救出するのは自己判断で動くつもりかな?」
「無論。彼女を勧誘し我々旅団の仲間に加えるのも、今回の新世界旅団の目的の一つですから」
 
 次いで新世界旅団はシアンさんに確認を取る。
 僕らの方針は一貫してるよー。ギルドとともにエウリデ王城を襲撃し、シミラ卿を助け出し、そしてあわよくば仲間に加える。
 なんら迷いない、団長以下全員の総意だねー。
 冒険者ギルドに戦慄の群狼をも交えての話し合いもひとまずは一段落ついた。
 何はともあれ、まずはリューゼリアのパーティーがエウリデ入りしないことには話も進まないということで、ひとまずは彼女達の進捗次第ということになったのだ。

 その間、ギルドや新世界旅団は英気を養う形になる……来たるエウリデ王城襲撃に向け、心身を整えるわけだねー。
 概ね一週間もあればそれなりに備えもできるだろうし、最高のコンディションで臨めるとは思うよー。

「っし、そんじゃァ俺達ゃさっさと動くぜ……ミシェール!」
「あ、はい!」

 冒険者ギルドを出てすぐ、リューゼはミシェルさんを伴い一路、町の外へと向かうみたい。このまま本隊のいるトルア・クルアにまで行く気なんだろうか?
 今もう夕方で強行軍しても着くのは夜中か明け方かって話なんだけど、まあやるんだろうねこいつのことだから。
 
 何年経ってもこの破天荒さは変わらなさそうだよー。
 呆れ半分感心半分で新世界旅団一同、戦慄の冒険令嬢を眺める。彼女はやはり強気で不敵な笑みを浮かべて、僕やシアンさんに力強く笑いかけてきた。

「久しぶりだがいろいろ衰えてなさそうでひとまず安心ってところだぜ、杭打ち! シアンの小娘もまぁまぁって感じで、良いんじゃねぇのか? 新世界旅団もよォ!!」
「判断が遅いねー、ていうか今も団長を舐めてかかってる時点でダメダメだよ、そっちはー」
「舐められたくなけりゃもちっと実力をつけるこったなァ!」

 バカ笑いしながらもなお、シアンさんを侮るスタンスは崩さない。精々が生意気なルーキーってくらいの扱いになっただけでも御の字かもだけど、なかなか難しいやつだね。
 力こそ正義、力こそすべてな価値観の持ち主だから仕方ないんだけど、結局最後まで新世界旅団とは折り合いが悪そうだよー。

 なんならサクラさんとも若干気が合ってなさそうな雰囲気あるし、一応でも足並み揃えなきゃいけないってのが今から不安だねー。
 まあ、あんまり足を引っ張るなら今度こそ腹に風穴空けてやるけどね。そこまでやればさすがに数時間は動けなくなるだろうしさ。
 内心で密やかに闇討ちする算段をつけている僕には気づかず、リューゼはシアンさんを高みから見下ろして言う。
 
「テメェ分かってるだろォな、小娘ェ。ソウマにジンダイ、モニカ、あとレリエつったか。そこな古代文明人」
「え。わ、私も?」
「──これだけの連中を現時点でもすでに手札に入れといて、そこで満足して終わるようだったら今すぐくたばっちまえって話なんだよ。そしてそいつらオレ様の戦慄の群狼に寄越せや、小娘の身の丈に合ってねえ野望よりもっと実用的に便利遣いしてやらァ」
「誰がお前なんかに顎で使われるかよー。仮にシアンさんが中途で折れても、お前んとこの野良犬どもとは死んでもつるまないよー」
「ンだとコラァ!?」

 ……シアンさんそのものでなく、シアンさんを慕い集った僕ら団員にこそ価値を見出すか。パーティーのリーダーとしての目は養っているみたいで何よりだけど、やっぱり物言いが激しすぎるねー。
 たとえシアンさんが夢半ばで倒れ、新世界旅団もプロジェクト"ニューワールド・ブリゲイド"も頓挫したとしても。こんなやつの下で冒険者やるくらいなら僕はまたソロに戻るかなー。

 苦笑いしているモニカ教授やあわあわしててかわいいレリエさんはまだしも、目が笑ってないサクラさんなんかはそれこそシアンさんと運命をともにしそうでこれはこれで怖いよー。
 ヒノモト戦士って忠義とか結構ヤバい人もいるって聞くからねー。ワカバ姉はどっちかと言うと忠義を受け取る側だったみたいだからそんな素振りはなかったけど、サクラさんはシアンさんへの義理をしっかり持ってそうだしねー。

 さておき、リューゼのありがたくもなんともないお言葉を受けてシアンさんは軽く苦笑いを浮かべた。
 けれどほんの一瞬だけだ。さっき獲得し、すでに自在に引き出せるようになっているカリスマによる威圧をフルに放ちつつ、果敢にもリューゼをまっすぐ見据えて彼女は言った。
 
「…………ありがたい叱咤激励と受け取ります。リューゼリア・ラウドプラウズ」
「あん?」
「そして誓いましょう。私シアン・フォン・エーデルライトは、私を信じて集いし仲間達を決して裏切らない。裏切るくらいなら信念とともに、前のめりになって力尽き果てましょう。なんの力もなければ野望、野心だけが一人前なこの身を、それでも信じてくれた彼らにできる唯一にして最大の、それが返礼と心得ています」

 新世界旅団団長としての、それは団員達への宣誓だ。決して裏切らない、裏切る時は死ぬ時だ。そして死ぬ時とてなお、裏切らないまま死んで見せよう、と──
 名も無ければ力も持たない自分を信じてくれたことへの、それが唯一の返礼だと。そう言ってみせたんだね。

 団員一同、これには笑顔で顔を見合わせて頷く。そう、その心意気がある限り僕らだって彼女を裏切ることはない。
 心だけ、野望だけ。上等だよ、彼女こそはまさしく冒険者なんだ。それらかあるなら他は後からついてくるんだ、僕らはそれを信じて支えていけば良い。
 それだけでいいんだ。

「───ハッ、期待はしねぇでおくぜ。精々気張るこったな、団長サンよ」
 
 どこか優しい眼差しでシアンさんを見て、最後にそう告げて去っていくリューゼリア。
 最後の最後に後輩とだけは認めたかのような、どこか吹っ切れた顔だったよー。
「やれやれ、いろいろ長引いた一日でごさったなーござござ」
「そだねー。まあ8割方リューゼのせいだったわけだけどー」

 その後、新世界旅団のみんなとも別れて帰路に着く。普段はスラムの涸れ井戸から地下を通って僕の住居、庭先まで直通の秘密通路を通って帰るんだけど……
 今日はいろいろあって疲れたし、家のすぐ近くってことだしサクラさんに併せて普通の道を通って帰っているよー。もう薄暗い夜の頃合い、気配を消していけば普通に見つかることはないからまあ、大丈夫かなーって思う。

 さておき、せっかくなのでサクラさんと今日あったことをつらつら話し合う。特に彼女的にはやっぱりリューゼリアが気になっているみたいで、しきりに話に挙げてきているよ。
 ただ、気になっているというけど実質的には気に入らないって感じみたいだ。昼間は表に出さなかった不快感を美しい顔に刻んで、唇を尖らせて不満を表明してきた。
 
「あの御仁、前からあんなんだったんでござる? 言ったらなんでござるが、微妙に拙者とは噛み合わなさそうなタイプでござったよ」
「前はアレよりもっとひどかったし、一応成長はしてるかな? まあアイツと噛み合うタイプなんて三年前もそんなにいなかったし、普通だよサクラさんはー」

 傍若無人の暴れん坊。他人のことなど気にしない、身体も態度も放つ言葉さえデカいヤツ──3年前からそんなところはあったけど、今なおそうした性質は健在だった。
 なんならアレでも丸くなったほうだよー。3年前ならシアンさん相手にあんな譲歩絶対しなかったし、するにしても僕にボコボコにされてから渋々、あからさまに納得してませーんって感じの空気を出しながらの不貞腐れたものになっていたはずだよー。

 そう言うとサクラさんは呆れ果てて、アレが当世最強の冒険者の一角でござるか、と嘆く声色でつぶやく。気持ちはわかるよー。
 でも残念ながらアイツの強さそのものはガチだ。かつてより頭を使うようになった分、僕からすれば隙ができたように見えるけど普通の場合でいうと立派な強化だからねー。

 サクラさん単独だとたぶん、勝てないんじゃないかなって思うよー。
 これは本人には言えないことだけど、彼女自身その自覚はあるみたいで悔しそうにしているね。まだまだこれから、サクラさんならいつかアイツにも勝てるはずだから気にしすぎないでほしいなー。
 
 若干気まずくなった空気を払拭するように、僕は努めて明るく声を張った。
 今一番の話題はやはり、シミラ卿絡みだろう。

「ともあれアイツやアイツのパーティーも加われば、エウリデ王城の襲撃もシミラ卿救出もなんとか目処が立ちそうな気はするね。いなくても救出は絶対に成功させていたけど、いることで全体的に楽になるから」
「単純に、あの女の実力一つ取ってみても超一流。下手すると世界でも五本指なわけでござるしなあ。アレがこちら側に付いた時点でエウリデの勝ちの目が薄くなった。詰みでござるね」
「戦慄の群狼そのものよりも、リューゼリア・ラウドプラウズって女のほうがヤバいんだねー武力的にも、政治的にも。ま、レジェンダリーセブンのメンバーならそのくらいの扱いされてても不思議じゃないけどさー」

 世界的に見て、レジェンダリーセブンの名前は普通にビッグネームだ。7人が7人とも、国一つくらいわけなく滅ぼせる力を持つんだから当たり前だよね。
 その中でもリューゼリアといえば、マジで革命騒ぎに乗っちゃったやつだし。そんなのがエウリデに戻ってきてしかも国に敵対するとなれば、嫌でもその影響力を国は無視できないだろう。

 エウリデがリューゼリアの動向に気づいてからの動きが見ものだよー。まさか今さら処刑中止! シミラ卿不問! だなんてプライド的にできしないし。
 どんな戯けた反応を返してくれるんだろうねー、みたいな話をしていると、あっという間にサクラさんのお家についた。

 ここまで来たら一安心だね。僕のお家はここの通りから一つズレた通りの突き当りにある。ここから歩いて10分かそこらだよー。
 
「じゃ、そういうわけでしばらくはのんびりだねー。シミラ卿奪還に向け、お互い英気を養いましょー」
「そうでござるなあ。まあ、どうせ明日もあの文芸部室でのんびりシアンを扱きつつ過ごすのでござろう」
「だねー」
 
 となると今日のところはこれでお別れだ。もうちょっとお話したいよーって気持ちはあるけど、もう夜だしねー。
 明日から一週間くらいは休息、休みを経て力を蓄える期間だ。シミラ卿処刑阻止、どんな風に話が転がるか僕にも読めないところはあるけれど……一つだけ確定していることはある。
 
 必ず助ける。あの生真面目で堅物で、でも僕のことを弟扱いしてくれる素敵な女の人の命を、国なんぞにくれてやらない。
 そんな決意を胸に秘めて、僕は家に帰るのだった。
「んふーん、ふんふんふふふーん。ふふーんふふーん、ん?」

 サクラさんともお別れして、暫しの帰路を一人歩くよー。ちょっと舞い上がる心地で、鼻歌なんか歌っちゃうー。
 なんやかや久しぶりにリューゼリアに会えたりしたりして、険悪な場面があったりしたけどそれはそれ。やっぱりかつての仲間との再開ってのは、そしてそれなりな感じでやり取りできたのは普通に嬉しいことではあったよー。

 そんなわけでテンションを上げつつ僕の家のすぐ手前まで辿り着く、そんな折だ。
 人気のない夜、一人暮らしの僕の家。誰かいるわけなんてあるはずないのに、それでも玄関の前、何やら気配を感知する。

 なんだろ、業者さんかな? 玄関前に訪問販売お断りって書いてるんだけどなー、なんて訝しみつつも気配を消して見えてきた玄関を目を凝らしてよく見る。
 迷宮攻略法・感覚強化。五感を強化する技法をもって、自分の視覚を強化する。これで僕は広々とした迷宮の、遠く離れた壁に小さく彫られた文字さえも容易に見抜くことができるよー。
 さてどちらさまかなー?

「…………くかー。すぴー。ぐおー」
「あれ? え、あれって……」

 ────思いも寄らない人だった。男が一人、玄関にもたれかかっていびきをかいて寝ている。

 金髪の、起きてたらイケメンだろうなって感じの堀が深くて鼻立ちの通った男だ。でも今はアホ面と言うに相応しい大口開けて、無邪気な寝顔を晒しているねー。年は20歳くらい、っていうか今年で23歳とかだったはず。
 貴族っぽい上質のスーツに身を包み、武装した様子はない。3年前の得物、細長い棒にも似た槍は今日は持ってきてないみたいだ。

 ぶっちゃけ知り合い、どころの話じゃない。
 昼のリューゼに続いてのまさかの再会だ。えええ!? と内心で叫びつつ、僕は恐る恐る彼に近づく。
 酒は飲んでなさそうだ、酒精の気配がない。でも熟睡してるね、何時間寝てるんだ? この真夏の外で。
 呆れ返りながらも僕は、彼の肩を叩き覚醒を促した。
 
「こんにちは、こんにちは。あ、いやこんばんわかなー? ええと、人の家の前で何してるのー?」
「ん…………? お、おお。なんだ、誰だいきなり。お前は誰だ、ここどこだ」
「えぇ……?」

 寝ぼけ眼をこすりながら、寝ぼけたことを言う男。お前は誰だもここは誰だも、僕はソウマでここは僕の家の玄関前だよー。
 やっぱ飲んでるのかなー? でも酒の匂いとかしないしなー、ああでもこの人割とこんなんだったなーって思い返しつつ、僕はやれやれと首を振りつつ彼に言い返す。

「僕だよ、ソウマだよ久しぶりー。ここはエウリデにある僕の家の玄関前だよ、どうしたのこんなところでー」
「ん、んん……お、おお! ソウマ、ソウマじゃないか久しいなおい!」

 僕だと気づいて──遅いよー──すぐさま起き上がり満面の笑みを浮かべる。ついさっきまで寝ぼけてたくせ、覚醒すると一気に動くんだから元気な人だねー。
 ま、そんなとこも含めて3年前と大して変わってなさそうで何よりだよー。

 そう、この人も僕の仲間だった人だ。つまりは調査戦隊元メンバー、なんなら今やレジェンダリーセブンの一角たる人でもある。
 つまりはリューゼリアのご同類なわけだね。ただ、根本的に粗野なあっちとは異なりこの人は貴族冒険者であるから立ち居振る舞い一つとっても優雅で気品に溢れているよー。

 人ん家の玄関前で寝こけてもなおどこか上品さがつきまとうんだから、シアンさんにも負けない貴族オーラ漂ってるんだよね。
 そんな彼はニカッとイケメンスマイルを浮かべ自信満々に、僕にとっては3年ぶりの名のりを上げるのだった。

「カイン・ロンディ・バルディエート! レジェンダリーセブンが一員にしてお前さんの第一の友が今、3年ぶりの再会をしに来た! いやー懐かしいカッコをしてるな"杭打ち"、話に聞いちゃいたがまだそのスタイルか」


 豪快で、でもどこか戯けて飄々としてる風のような人。カインさん──カイン・ロンディ・バルディエート。
 七人の中でもレイアに次いで仲が良く距離も近かった、それこそ友人だった人だ。そんな彼が、まさかのこのタイミングで僕を訪ねてやってきているなんて!

「当たり前。僕の冒険者としての基本だからねー。っていうか声大きいからちょっと静かにしてもらえるかなー?」

 内心で驚きに叫びつつ、けれど表には出さず素っ気なく返す。
 今もう夜だし、大声すぎる。一応近所にも素性は隠してるんだから、あんまり声高に人の名前だか二つ名だかを叫ばないでほしいよー。
 そう思って注意すると、彼は、カインさんはやはり豪快に笑って応えるのだ。

「おお? おお、こりゃすまん。今や俺も一団率いる大将だから、ついつい声を張り上げがちになるんだ。一種の職業病だな。わははは!」
「嘘つけ! 3年前、別に大将でもなかった頃からそんなだったろ!」
「そうだったかぁ? まあまあ気にすんなって、な!」
 
 朗らかに適当なことを言うよね、相変わらずー。
 そんなところちさえ懐かしさを覚えつつ、僕はひとまず彼を家に上げるのだった。
 まさかまさかの再会。日に2度も、別々なレジェンダリーセブンと3年ぶりに会うとか今日はどうしたんだろう?
 運命とか、宿命とか? いやでも僕そういうのあんまり信じたくない派だしなー、とか考えながらも僕は久しぶりに会った友人──だった男──へと話しかけた。

「とりあえず家にあがりなよ。もう夜も更けてきたし、何か話すことがあるからここに来たんでしょ?」

 何はどうあれ、話はこんな所でやることじゃない。夜更けまで人の家の前で寝てた時点で大分アレだけど、まあカインさんは昔からそういうことも平然とやるからねー。
 恥をかくって感覚を何処かに落としてきたような人なんだよー。豪快さよりは繊細さんというか飄々としたイメージの人なんだけど、変なところで図太いんだねー。

 今だって僕の提案を受けて案の定、人懐こい笑みを浮かべてすっとぼけた感じを出してるし。

「応ともよ、邪魔させてもらうぜ! いやー昼間に訪ねたは良いがお前さんがおらんようで往生してな、待ってる間に寝ちまってたわ、ハハハハ!」
「いなさそうってなった時点で一回帰りなよー!」

 これだよー。普通に考えて家主不在ってなったら帰るもんだろうに、何を普通にその場で待ってあまつさえ寝こけるんだか。
 それもこの炎天下を夜になるまでずっとだ。彼もレジェンダリーセブンなら迷宮攻略法を身に着けてるわけで、命の心配とかはしてないんだけど……だからといって奇行に走らないでほしいねー。

 そんなこんなで彼を伴い家に帰宅。杭打ちくんは庭先に置いたよー、明日早朝、改めて秘密基地に戻しに行こう。
 家の中は真っ暗だけど問題ない、感覚強化で視界を確保する。通路と、リビングの燭台にそれぞれマッチで火をつければそれなりに明るくなった。大体暗くなったらもうお風呂入って寝るもんだけど、今日は来客があるからね。そうもいかないみたいだよー。

 カインさんを椅子に座らせ、僕はコップに水を注いで彼に手渡す。本当は東洋のお茶とか出したかったけどこの時間にそんな手間のかかることしたくない。ごめんねー。
 
「はい、粗茶だけど」
「ありがとよ……改めてだが久しぶりだな、我が友よ」
「久しぶり。未だに友と呼んでくれるんだね、この僕を」

 喉を潤すなり、僕を友と呼んでくる。カインさん……彼もまた、僕には思うところもあるだろうに。
 先日モニカ教授から聞いた、調査戦隊解散の顛末。カインさんこそはそのカリスマを用いてレイアに付き合いきれなくなった者達をまとめ、離反したらしいその人だ。

 …………そこについて僕から何か言うことはない。言えることがない。その資格がないし、今さら言う意味も薄い。逆ならともかくね。
 ただ、それでもこんな僕を友と言ってくれる。そこに対して嬉しさと、申しわけなさが込み上げてくるのは、これはもうどうしようもないことではある、よねー。

 にわかに俯く僕。後ろめたさがどうしても、彼と向き合うことを許してくれない。
 そんな姿を見るに見かねてかカインさんは大きく息を吐いた。そして呆れたように、でも優しい声色で語りかける。
 
「当たり前だろう? ……やはり気にしていたか。お前は優しい男だからな」
「優しくなくても気にするでしょー? 僕が、みんなの居場所を壊したも同然なんだし」

 あまり、胸中を吐露するなんてこと、したくはないけど。この人相手には別だよ、だって友達だもの。
 僕がみんなの居場所を、調査戦隊を壊した。エウリデとかミストルティンとかカインさんみたいな要因は他にもあったけど、まず一手目は僕だったんだ、間違いなく。

 そこについては何も弁明の余地がない。
 言われたほうがむしろホッとするくらいだ、正直ね。責められて当たり前のことを責められないのは、なんだか座りが悪いし。
 カインさんはそんな僕の気持ちを見抜いたように、軽く微笑んでみせつつも、けれど言った。

「違う、と他の連中なら言うだろうがそこは敢えて言おうか。そうだな、お前が大迷宮深層調査戦隊を壊した。エウリデ政府の卑劣な策もあったろうことは理解するが、それでも引き金を引いたのはお前だ、我が友」
「うん。そうだよね。どうあれ引き金は僕だった。僕の意志、僕の選択だった。何もかもとまでは正直思えないけど、それでも結構な割合が僕の責任だと思ってるよ」

 直球で言ってくれる、ありがたいね。
 未だに友と言ってくれる彼にこんなことを言わせる僕は悪いやつだけど、けれどどうしても感謝の念は絶えない。

 そう、ぜんぶ僕のせいとまではさすがに思わない。思わないけど、僕は何も悪くないと言うつもりもない。それだけの話だ。
 今さら何をしても手遅れだし、結局前を向くしかない、今できることをするしかないんだけれど。そこだけは誰かの言葉で確認したかったところはある。この期に及んで甘えたがりの、戯言だよね。

 苦笑いを零す。
 しかし、次の瞬間──僕はカインさんの言葉に、凍りつくこととなる。

「だがなあ、ソウマ。ソレがどうした?」
「…………え」
「それがどうした、と言っている。そんなことをこの3年、ずうっと引きずってきたのか、我が友よ」
 
 呆れたように笑う、僕の友達。
 なんか……思っていた以上に、軽いよー!?
 あっけらかんと、歌うように軽やかにそんなことがどうした、と。
 言ってのけるカインさんに、絶句するのは僕のほうだった。僕のやったこと、やってしまったことの罪過をたしかに認めてくれたのに、直後になんでそんなことを。

「…………いや、それがどうしたって、あのね」
「調査戦隊が崩壊した、その理由の一端はお前だ。それは間違いない。だがそんなこと、何年も引きずる話じゃないぞ」
「えぇ……」

 きっぱりと言い切る彼の顔には、嘘偽りの色はない。心の底から僕の過ちを認めつつ、けれどいつまでも気にすることじゃないと思っているんだ。
 何を言っているのか、あんまりな言い分に思考が追いつかない。僕が悪いのに、気にするなって言うの? 僕はずっと引きずってきたのに、あなたは気にするなって言うの?

 戸惑う僕へ、優しく笑い。
 カインさんは、なおも言った。

「そもそもな。人間関係だの組織だのは常に流動的なのだ、どういうきっかけでどうなろうがそんなもの、誰に分かるはずもない。そういうものは運命とか宿命の領分だろう」
「でも、だからって」
「お前が追放された。結果、調査戦隊が崩壊した。そんなところまで行くとは思っていなかったろう、実際? 精々が多少揉めるか最悪、離反者が出る程度に思ってたんじゃないか? 少なくとも俺は当時、加速度的に崩れていく調査戦隊に対して唖然としたぞ。そこまでのことになっちゃうのかよ、一人追い出された程度で──とな」
「……それは」

 ぶっちゃけすぎだろー……でも正味な話、否定できないところはある。
 教授から聞かされた事の顛末、そこに対して僕ははっきり言えばドン引きするものを覚えたのは事実だ。

 メンバーが一人、外圧によって追い出された。たったそれだけのことで調査戦隊は即日、空中分解したんだ。そんな話ある?
 ミストルティンとかカインさんあたりは離反するかも、くらいには思ってたけど組織としての体裁すら保てないレベルで崩壊するなんて思ってもいなかったんだ、さすがに。

 こんなこと、僕の立場で言えるわけがないんだから黙ってたし思うこと、考えることだってかつての仲間達に対して失礼だ、と思い思考を止めていたけれど。
 他ならぬそのかつての仲間から言われてしまったんだ。いくらなんでも脆すぎじゃない? と。

「まるでドミノ倒しだ。どこからでも一つ衝撃が加われば、そこから先は後戻りできずにゲームセット。レイアのカリスマ、絆という理想に依存しすぎて調査戦隊は気づかない間に、砂上の楼閣へと変わり果ててしまっていた。きっと、お前が来るずっと前からな」
「そんな、ことは……僕が来る前のことは、さすがにわからないけど」
「いつ、何がきっかけでああなってもおかしくなかった。たまたまお前の追放がそうだった。お前の罪過であることは間違いないが、そもそも土台からしてレイアにすべてを依存していた調査戦隊メンバー、全員の罪がそこにあるのだと俺は思うよ」

 ない、とは言い切れない。だって僕が来る前の話なんてさすがに知ったこっちゃないし。
 でも、レイアに依存しすぎていたってのは紛れもない事実だよ。僕自身、彼女についていけば良いって当時、考えてたもの。

 支えることじゃなく、導かれることだけ考えていた。それが調査戦隊メンバーみんなの分だ。さぞかし辛かったろうな、レイア。
 だからそこを指摘してカインさんは言うんだ。僕だけじゃない。僕にも罪はあるにせよ、調査戦隊はそもそもからして罪に塗れていたんだ、ってね。
 
「すべてなるべくしてなったのだ。なった分の罪過を背負い罰を求めるのは好きにすればいいが、それ以上の余計な分まで背負おうとするな。それは余分だ」
「カインさん……」
「お前は追放された後、3年もの期間を冒険者として孤独に過ごしたと聞く。多くの葛藤と苦悩を背負っての選択と末路がそれならば、俺からすればお前は十分に苦しんだのだ。これ以上引きずるな。生きるということに対して不誠実だ」

 強めの口調で、けれどどうしても滲み出る優しさ。
 カインさんは彼なりに、僕に前を向いて生きろと言ってくれているんだと分かるよー。

「運命や宿命とは儘ならぬものなのだ。救いにせよ報いにせよ釣り合いを取ろうなどと思っては、人は一生苦しむことになる。それではいけない。ましてや我が友にそんな道は歩ませられん」
「…………ありがとう。恨まれていると、思ってたよ」
「お前の事情を知っているのだぞ、恨むものかよ。いいか我が友。良いことも悪いことも、ハナから釣り合いなんぞ取れないものなのだ。それはそういうものだと思って、あまり重く受け取りすぎるな」
 
 ある種の諦観を孕む言葉。カインさんはそうだった、貴族だからか生来の性質なのかわからないけど、こういう達観的なものの見方をする人だったねー。
 今回僕にくれた言葉も、なんとも彼らしい物言いだなと思って──僕もようやく、彼に微笑み返すことができたよー。
「と、いう話をしにきただけではないのだ、ソウマ」
「え。っていうと、本題が他に?」
「あたりまえだ。わざわざこんな話をするためだけに来るわけないだろう」

 友からの思わぬ、そして温かい言葉受け取って。でも自分が来たのはそれだけではないのだと語るカインさんに、僕も居住まいを正して和んだ空気を引き締める。
 嬉しい再会はともかくとして、そりゃそうだよ、彼がわざわざ訪ねるんなら他にも理由があって当たり前だ。

 おそらくはシミラ卿についてか、あるいは新世界旅団についてか……どちらも、という線もあるね。
 このタイミングでレジェンダリーセブンがやってくるなんてのは結局のところ、リューゼ同様の動機があるからなんだ。そもそもこの人もまた、調査戦隊の元メンバーをごっそり引き抜いてパーティーを形成している一団の長なんだからねー。
 案の定、彼は予想通りに口にしたよー。
 
「シミラ処刑とか新世界旅団については俺もすでに把握している。実のところ、今回それらに絡んだ目的のために訪問したのだ」
「やっぱり。リューゼみたく処刑阻止のために動くとか、シアン団長を試しに来たとかそんなアレ?」
「少し違うアレだ。シミラの処刑阻止には協力するがそんなもん、俺がいようがいまいがどのみち阻止されるだろう。新世界旅団はそもそもどうでもいい。お前が納得ずくならそれでいいからな、我が友」

 うん? あれ、この人別にシミラ卿と新世界旅団を目的にエウリデにやって来たってわけでもないんだ。
 ちょっと意外だよー、なんならリューゼほどじゃないにせよエウリデ王族皆殺しだ! とか、シアン団長を試してやる! とか多少は思ってるかなーとか思ったし、だからエウリデに舞い戻ったと思ったんだけど。

 飄々とした顔つきからはあまり真剣味は覗けないけど、カインさんはこんな顔して万事、軽い調子でことを成すから読みにくいんだよね。
 顔色から何かを伺いにくい以上、もう単刀直入に聞いてみるしかないかなー。

「ええと。じゃあ、一体何を目的にエウリデに戻ってきて、しかも僕の家を訪ねてきたのさ」
「ああ、まあ俺自身は単なるメッセンジャーでしかないんだ──レイアにウェルドナーさん、あの2人も俺と同じ目的のためにエウリデに来ている。それを伝えるために今回やって来たのだ」
「────は?」

 息が止まる。絶句、とはまさにこのことだろう。
 レイアに、ウェルドナーさん? あの二人まで来てるっていうの、このエウリデに?
 しかもカインさんともすでにやり取りしていて、あまつさえメッセンジャーに仕立てて僕に接触をさせた?

 いや、いやいやいや。何がどーしてそーなってるの?
 カインさんって聞くところによると、僕ほどじゃないにせよやらかしてますよね調査戦隊的に? 不満を持ったメンバーをまとめ上げて全員で離反するとか、しちゃってましたよね?
 それがなんで仲良しこよし感出してるのさ。意味が分からないよ!?
 
「き、来てるのレイア、ウェルドナーさんも!? っていうかなんでカインさんが、二人のメッセンジャーなんてことを」
「つい最近再会してな、まあその辺は後で話そう。あの二人もすでにシミラ奪還に向けて動いているが、実のところ戻ってきた理由はそれではない。というか戻ってきた矢先、シミラの話が出てきたもんであの2人も泡を食っているのが実情だ」
「そ、そうなんだ……本筋の目的って、一体」

 そもそもエウリデに用があって戻ってきたら、タイミングが良いのか悪いのか、シミラ卿の話が出てきちゃって慌ててこの人を遣いに出したっぽいね、レイア。
 たぶん僕や僕を通して新世界旅団にギルドと歩調を合わせて動きたいとかそういうのだろう。状況的に、シミラ卿の件を片付けないことには目的とやらが果たせないと判断したんだろうねー。

 となると気になるのはその、本筋の目的とやらだけど……そこについてはカインさんは首を左右に振った。
 申しわけなさそうにしつつも、肩をすくめて言ってくる。
 
「すまんがそこは直接会って聞いてくれ、俺も詳しくない話だからな。ただ一つ言うとすれば、レイアはお前を必要としている。昔以上に強く、お前を求めているのだ」
「!!」
「……とはいえ新世界旅団の邪魔をする気もないようだがな。彼女もいろいろあったようだが、すでに調査戦隊は過去の物として今を生きている。前以上に強くなっているぞ、彼女」
「…………そっか。良かった。僕が言えた義理じゃないけど、本当に良かった」

 一瞬、カインさんはともかくレイアはやはり、僕や新世界旅団に対して思うところがあるのかなって考えたけど……
 どうやら、すでに彼女は調査戦隊を思い出としていて、今は今で新しい何かのために生きているみたいだ。

 思い出にさせてしまった僕が言うのは、あまりに無責任だし最低なんだけど。それでも、本当に良かったと心から思う。
 彼女の栄光を、絆を踏みにじってしまった身として。彼女がそれでも立ち直って新たな道を歩んでいることは、とても喜ばしい。
 
 さすがは"絆の英雄"ってことだろうね。
 どんなに挫折しても、何があっても……彼女はやっぱり、何度でも立ち上がって前を向いて歩ける人なんだ。