【完結】ニューワールド・ブリゲイド─学生冒険者・杭打ちの青春─

 何はともあれ一同無事に、迷宮は地下86階層という地獄の底から帰還した僕達。いつも通りの一日と思っていたのに、なんだかおかしな成り行きになったなー。
 この後は女性陣と交代して身を清めて血を落としたら町へと帰還だ。ヤミくんとヒカリちゃんの双子をすぐさまギルドに連れて行って、ことの仔細を説明しなきゃいけない。主に新人冒険者のレオンくん、ノノさん、マナちゃんの三人がね。
 
 説明の過程でたぶん、なんの警戒心もなくたまたま見つけた出入口に潜って死にかけたってところについてしこたま怒られるだろうけど頑張ってほしい。そこは紛れもなくそちらさんサイドのミスですから。
 僕については、依頼のために赴いたらなんか拾った、くらいの説明だけで解放されるだろう。だって本質的に僕、部外者だしね。
 助けに入った以上、連れ帰るまでは付き合う義務と責任があったからそれを果たすけど。それ以上のことについてはノータッチだ。下手しなくても国が出張ってくる案件になんて関わってられないよ、面倒くさい。
 
「ハーイ、お待たせー。改めておかえりレオン、それに杭打ちさん」
「…………」
 
 ということをつらつら考えていると、ノノさん、マナちゃん、ヒカリちゃんの女性陣が水浴びを終えて帰ってきた。
 血をすっかり落とした清潔な服もだけど、さっきまで水浴びをしていたとは思えないくらい水気のない姿だ。たぶんマナちゃんのプリーストとしての能力、通称"法術"によるものだろう。
 傷を癒やしたり風を巻き起こしたりするだけでなく飲み水を出したり、水気を飛ばしたりと生活に役立つ術が多いからね。
 
「おう、ただいま! いやーすごかったぜ杭打ち! なんせ追ってきたでっけードラゴンをその手に持った鉄の塊でだな──」
「はいはい、そういう話は後にしてあんた達も水浴びしてきなさいよ。ヤミくんもありがと、ごめんね? 見張りをお願いしちゃって」
「ヤミ、ありがとう!」
「どういたしまして。こういうのってお互い様だからね」
 
 僕の見せたドラゴン退治が、よほどレオンくんのお気に召したのかな。熱っぽい様子で語り始めようとした彼を押し留め、ノノさんは今度は僕らに水浴びを勧めてくれた。
 見ればヒカリちゃんもすっかり綺麗な姿だ。将来イケメンだろうなって感じのヤミくんと同じ顔だから当たり前なんだけど、すっごい美少女だ。かわいい! 惚れちゃいそう!!
 
 13回目の初恋の予感。でもさすがにまずいよ、だって相手は10歳だ。
 恋に年齢なんて関係ないってかつての仲間が言ってたのを思い出す。その時はあっそふーんそうなんだすごいねーで済ませてた人の心ゼロの僕だったけど今ならそうだね! その通りだねー! と諸手を挙げて賛成できる。とはいえそれはそれとして10歳は法律的にまずい、捕まるー。
 
 あーでもなー。めっちゃかわいいなー。
 透き通るような青色の髪を伸ばして、あどけない顔立ちが無垢で無邪気だ。ヤミくんよりかは目元が下がりがちなのも儚げな印象があっていいよねー、もちろんヤミくんはヤミくんで、クールな感じがしてカッコいいんだけども。
 こんな子に毎日、家に帰ったらおかえりなさいとか言われたいよー。家を出る時いってらっしゃいって言われたいよー。うー。
 
「? どうしました、杭打ちさん。なんだか、私を見てます?」
「!? …………」
 
 バレないように横目で双子の美貌に想いを馳せてたら、邪さが伝わったのか視線に気づかれた! 意味ありげに首を振って、僕は慌てた感を極力出さないように努めつつ誤魔化す。
 首を傾げるヒカリちゃんがかわいい。
 
 くっ! あと5歳若ければ……! と思うものの、その頃の僕なんて正真正銘の杭を打つだけの装置だったので、たぶん双子どころかレオンくん達にだって目もくれずに仕事だけして帰っていただろうね。
 人の心を持たない化物とまで呼ばれたのは伊達じゃないのだ。よくここまで持ち直せたなーと我ながらびっくりだよー。
 
「よしっ! そんじゃあ今度は俺らが水浴びすっか! 見張り頼むぜノノ、マナ! すぐ終わるからよ!」
「はいはいごゆっくりー」
「か、帰ってきたら法術で乾かしますからねー……」
 
 レオンくんに呼びかけられて、僕とヤミくんも水浴びのため泉へと向かう。選択し終えた服やら鎧やらは、マナちゃんの法術で乾かしてもらえるのか、便利ー。
 先程までと他立ち位置交代。女性陣が僕らのいたところで見張りをして、男性陣がさっきまで彼女らが水浴びをしていたところまで向かう。
 
 美しく澄みきった泉は、多少の汚れを落としたところではいささかの濁りも見せない。
 冷たい水は夏場の今には心地よさそうだ。レオンくんとヤミくんがさっそく、服を脱いで上半身裸になった。
 
「俺達はさすがにノノ達ほど無防備にはなれないな。軽く体を拭いて、服と鎧を水で浄めて終いってところか」
「今さらだけど、今の世界って文明的にどんなものなんだろう? シャワーとかシャンプーとかお風呂とかあるのかな?」
「……………………?」
 
 畔でチャプチャプと、服やら鎧を洗い出す二人。とりわけヤミくんの言葉に僕は少なくない驚きを覚える。
 シャワーにシャンプーにお風呂。はるか昔の超古代文明においてもそうしたものが存在していたのか、という驚愕である。
 
 これら入浴関係の文化については少なくとも、エウリデ連合王国内では浸透している文化だ。
 シャワーはさすがに貴族の館くらいにしかないけど、風呂だのシャンプーについては大衆浴場があるし、平民でも民家に備え付けている家も少なくはない。
 ヤミくんの想像しているものもきっと、質の良し悪しはあれどすぐに町で見つかることだろう。
 
 でもまさか、太古の昔にもまるで同じものがあったなんてなー。存在さえ眉唾とされている文明との奇妙な共通点に、僕はオカルト愛好家として好奇心を抱かずにいられないでいた。
 モンスターの返り血がべっとりついた、帽子やマントを水で濡らしたタオルで拭く。ちょっとの部分だけでもタオルが真紅に染まる程度には、僕も血塗れだったみたいだ。
 
 レオンくんやヤミくんとは異なり、僕は一切脱衣しないまま血を落としていた。
 スラム出身の冒険者"杭打ち"が実は子供だってのは結構知ってる人もいたりするからそこまではいいんだけど、さすがに第一総合学園は1年3組のソウマ・グンダリくん15歳だというところまでバレちゃうと割と面倒なことになるからね。
 
 代表的なところではやはり、オーランドくんだろうか……あとリンダ先輩。
 そうでなくともスラム出身への風当たりは残念ながら強いのが現実だし、人の良さそうなレオンくんだってどんな反応をするのか分からないし。
 
 別に、スラム出身だから嫌いって言うならそれはそれで一つの考え方だから仕方ないんだけど、なんか排斥してこようとする人もたまにいるからなー。
 そんな揉め方するくらいなら黙って何も言わず、正体不明の冒険者として生きていったほうがずっといいと思うんだよね。
 ことなかれ主義サイコー。
 
「……………………」
「杭打ち……さすがに脱いだらどうだ? その、もし顔を見られたくないとかならあっち向いとくからよ」
「僕らと違って血を浴びてる部分が少ないけど、それでも着たまま拭くのは大変でしょ。あ、僕手伝うよ杭打ちさん」
 
 そういった諸事情から頑なに服を脱がずに血を拭う僕を見かねてか、レオンくんは気を遣って提案してくれる。
 ヤミくんに至ってはいくつか用意していたタオルを手に取り、甲斐甲斐しくも僕の身体を拭き始めてくれるほどだ。やさしー。
 
「んしょ、んしょ……杭打ちさん、あの鉄の塊のほうも拭くの?」
「…………表面だけ。内部にまで入り込んでたら、メンテナンスに回す」
 
 帽子やマントの血を概ね拭いながら尋ねてくるヤミくんは、近くにおいてある杭打ちくん3号に視線を向けている。アレも結構血塗れだしね、気になるよねー。
 
 メンテナンス……自分でやらないこともないけど、表面や杭の掃除とかレバーに油を差すとか簡単なものがほとんどで、バネがどうとか、内部に仕込んであるあれやこれやについては専門家に任せることにしている。
 そう、つまりはこの杭打機を造ってくれた、開発者の人のところだね。
 
 その人は僕の通う迷宮都市第一総合学園で教授をやっている。
 なんかよく分からないけど浪漫を大切にしているらしく、実用性より見栄えと伊達と酔狂を優先した兵器を開発するのが趣味というちょっと面白い人だ。
 
 廃材品の杭を片手に勝手に迷宮に潜っていた幼い頃の僕を見出したのもその人で、学園での僕の私生活を援助してくれてもいるので完全に恩人だね。まったく頭が下がらないよ。
 
「……こちらでやる。大丈夫」
「そう? 杭打ちさんには命を助けてもらったんだから、できることならなんでも手伝うよ。いつでも言ってほしい」
「…………ありがとう、ヤミくん」
 
 いい子だー。ほんといい子だよヤミくんー。
 10歳でこれはマジですごい、こんな思いやりは同じ年齢の頃の僕には欠片もなかった。なんなら感情だってなかった。爪の垢を煎じて飲みたいくらいだよー。
 
 感動しつつも僕は、ある程度身綺麗になった帽子とマントを軽く叩いて次、杭打機にべっとりついた血を拭う。こっちは大雑把だ、どうせメンテの際に外装部も洗浄消毒するからね。
 レオンくんも鎧や剣の血を落としてるけど、まあどうしたって汚れは残る。ちょっと赤黒いムラができた装備品を見て、彼は肩を落としていた。
 
「はぁ、最近買ったばっかなんだけどな、これ……ま、冒険者やってりゃ仕方ないか。あんまり小綺麗だと、それはそれで迫力ってやつがないしな」
「そういうものなの? 綺麗なほうがいいと思うけど」
「切った張ったが日常の仕事で、あんまり清潔なままだと"こいつ仕事してないんじゃないのか"とか"あんまり経験がないんじゃないか"とか疑われるからなあ。世の中、なんでも綺麗にしてたらいいってわけでもないってことだな」
「へぇ……杭打ちさん的にもそうなの?」
 
 今まで長いこと寝てたみたいだし、当然ながら冒険者という職業について疎いヤミくんの質問がこっちに来た。まあ、レオンくんの言ってることは概ね正しいよねと頷く。
 迷宮に潜るにしろ、町の治安を守るにしろ大草原で薬草採取だの溝浚いだの要人警護だのするにしろ、冒険者は肉体労働だもの。そりゃ汚れたり傷ついたりはするよ。
 
 特にモンスターとの戦いなんてのはほぼ日常茶飯事と言っていいし、そんなだから今回みたく返り血を浴びて真っ赤っ赤、なんてこともある。
 それを汚いからって一々神経質に洗ったり、毎度装備を買い直してたりなんてとてもやってられないからね。
 
 何よりレオンくんの言うように、血で汚れてるってのはイコールそれだけ経験を積んでいるってことでもあるし。
 実力を誇示したい冒険者の中にはわざとモンスターの血を浴びたりする人もいるほどだ。まあ、そこまで行くと逆にバカ扱いされるけどね。
 
 とにかく、清潔さってのが必ずしもいい扱いをされる界隈でもないってのが冒険者という業種なわけだねー。
 あ、もちろん単純に無精からの不潔や不衛生なんてのは問題視されるよー。僕にはまだ縁遠いけど、高ランク冒険者なんてのはイメージ商売なところもあるからねー。
 
「…………歴戦感を演出するのも大事」
「だろー? まあ、理解できないかもだけどさ、ヤミ。そういう世界もあるってことさ」
「へえ……興味深いや。教えてくれてありがとうね、二人とも」
 
 端的にレオンくんを肯定した僕に、ヤミくんは感嘆の吐息を漏らした。ヒカリちゃんもだけど、何も知らない分からないはるかな未来に二人ぼっちなんだ。いろんなことを知っていかないとね。
 しきりに感心する少年を、なんだか優しい目で見る。そうしつつも身を浄め終えた僕達は、立ち上がって女性陣と合流するのだった。
「────と、言うわけでかくかくしかじか。地下86階層でまさかの新人さんパーティーと超古代文明からやってきた双子を連れ帰ってきた次第ですー」
「待って。理解が追いつかないわ、何と何から何を何?」
 
 水浴びも終え、そこから先はあっという間だった。
 元々が町の近くの森の中だからね。道も勝手も知り尽くした僕からしてみればほんの庭先、町まで帰るなんて朝飯前ってやつでしたよ。今もう昼過ぎだけどね。
 
 さっそくギルドに戻ってリリーさんを呼び出し、レオンくん達をひとまず施設内の喫茶エリアに突っ込んで僕はひそひそと事情を説明したのが今しがたのことだ。
 そしたら案の定というべきか、彼女は何それ理解不能とばかりにすっかり混乱してしまった。気持ちは分かるけど紛れもない現実なんだよと、彼女の肩を揺すって正気に戻す。
 
「リリーさん、リリーさん。気持ちは分かるけど割と一大事だよ、国が動くよたぶんー」
「ああっ、もうちょっと現実逃避させてっ! 例の最下層エリアにあった玄室から人が出てきたなんて、どう考えても迷宮都市に激震が走るもの! できればもみ消したいレベルだもの残業が増えるもの!!」
「わーブラックー」
 
 ギルド職員の業務が過酷なのは割と周知だけど、実際に目の前でブラックさに喘ぐ知人を見るとなんとも居た堪れない気持ちだー。
 実際、双子の出所について国が知れば迷宮都市はさらなる賑わいを見せるだろうね。迷宮の奥底に古代文明の何かがあるってのは前から知られていたことだけど、まさか生きた人間が出てくるなんて想像もできない話だ。
 
 この分だとさらなる何か、未知なる伝説の遺跡が迷宮には眠っているはずなんだ。漠然と冒険者達が追い求めてきた夢と浪漫が、ここに来てにわかに現実味を増してきたわけである。
 そりゃー盛り上がるよ! 冒険者がこぞってこの町を訪れるに違いないよ! そしてギルドの職員達は激務に陥るのだ!
 
「……まー、人員だって増えるよきっと。ギルド長も鬼じゃないと思うしー」
「ぁぅぅぅぅぅぅ……何より国のお偉方が視察に来るのがやだぁぁぁぁぁぁ」
「そっちは僕にはちょっと、何もできませんね……」
「ぅぁぁぁぁぁぁ……っ」
 
 机に突っ伏して咽び泣く、リリーさんのこんな姿も可愛くて惚れ直しそう。
 国の偉いさん方が視察に来るかあ、ろくでもなさそー。みんながみんなってわけじゃないけど、たまにカスとしか言えないのがいたりするしねー。
 
 前にパーティーを組んでいた時、ちょくちょく変な絡まれ方をしたもんだとつい懐かしむ。あの頃はまだなんとも思わない僕だったけど、今の僕だったらもうちょっと何かしら思うところはありそうだ。
 変なことに巻き込まれないよう、そのお偉いさん方が視察とやらに来てる時にはギルドに近寄らないことにしよー。触らぬ神に祟りなし、とはこのことだねー。
 いやまあ、貴族を神だなんて死んでも思いはしないけどもー。
 
「とにかくリリーさん。僕からの状況説明は以上だし、後はレオンくん達とヤミくんヒカリちゃんから話を聞いてよ」
「ぅぅ、ギルド長呼ばなきゃ……ソウマくんも来るわよね?」
「いえ、帰りますけどー」
「なんで!?」
 
 なんでと仰られましても、もう責任も義理も果たしたので無関係だからとしか言いようがないですねー……
 僕は救助者としての責務を果たしきった。経緯説明まで含め、通常こうした遭難者救助において負うべき責任と義務をすべて遂行したのだ。
 だからもう自由の身なんだ。さっさと帰って厄介事とはおさらばしちゃうんだ。今日は善行したからステーキ食べよーっと。
 
「というわけで帰りますー。あ、これ依頼の品ですぅー」
「くう、素気ない反応っ。たしかに受け取りました……報酬金、持ってきますぅ……」
 
 変に譲歩の余地を見せるとなあなあで流されちゃいそうだからねー。最低限のことだけ済ませてさっさと帰る、これが変なことに巻き込まれないための鉄則なのだ。
 今回の依頼品、ゴールドドラゴンの金奥歯二本。対していただく報酬は金貨100枚。これだけで大の大人が2ヶ月は余裕を持って暮らせる額だから、さすが黄金で出来てるだけはある。
 
 金色に輝く貨幣を100枚、トレイに乗せてリリーさんが戻ってきた。うんうん、いつ見てもいい光景だー。
 どこか名残惜しそうに、恨めしげに僕を見つつ彼女が渡してくる金貨を、僕は丁重に袋の中へと詰め込む。えへへー、お金持ちだよー。
 
「どーもですー。さー帰ろ帰ろ」
「本当に帰るんだ……ねえ、せめてギルド長には顔見せてきたら? ついでにあなたも話し合いの場に参加しましょうよ」
「絶対嫌ですー」
 
 満腹になった袋を懐にしまい、ホクホク顔で帰ろうとする僕を未だにリリーさんが留めようとする。
 とにかく巻き込もうとしてるなあ……こういう時のリリーさんは割合面倒だし、もうさっさと帰ろう。
 
「ギルド長にもよろしく言っておいてください。それじゃ、失礼しましたー」
「ああっ、ちょ、ちょっとー!」
 
 すっかり満腹になったカバンを撫でて、にっこりと笑いかける。
 そうして僕はレオンくん達にも軽く会釈して、その場を去るのだった。
 翌々日、週が明けての登校日。
 時節は夏でもうすぐ長期休暇が訪れる、そんな時期。教室にて僕は、クラスメートでもある悪友二人と休み期間中の予定について話をしていた。
 
「夏休みといえばやっぱり海! あばんちゅーる! だよねー! ああ、出会いの季節が到来!」
「出会いはしてもそこから先は望めないだろソウマくん」
「振られすぎたショックで砂浜で体育座りしてそうだなソウマくん」
「何をー!?」
 
 開口一番とんでもない罵詈雑言を投げかけてくる我が親友達、ケルヴィンくんとセルシスくん。いつも通りの辛辣さだけど、夏休みというビッグチャンスを前にした僕はまだまだへっちゃらだ。
 今に見てろよ、この夏で僕は可愛い彼女を作って、秋には生まれ変わったソウマ・グンダリをお見せしてやるからなー!
 
「振られまくって生まれ変わったみたいにダウナーになってるソウマくんなら見られそうだ」
「まあ元気だせよ秋頃のソウマくん、夏が駄目でもチャンスなあるって」
「未来の僕を励まさないで!?」
 
 二人揃ってまるっきり、僕の夏休みを虚無扱いしてくるよー!? 抗議する僕に、悪友達はそっぽを向いて口笛を吹いた。わーひどーい。
 こんな感じでいつも通りの馬鹿話だけど、やっぱり休み前か僕のテンションは否が応でも高くなってる。教室内を見渡せばみんなウキウキ気分でソワソワしてるよ、あっジュリアちゃんだかわいー!
 
「あージュリアちゃん、オーランドくんと別れたりとかしないかなー」
「仮にそうなったとして君に振り向く確率はまあまあゼロだぞソウマくん」
「まず他人の破局を願うそのスタンスからして夏休み中も絶望的なのがわかってしまうなソウマくん」
「うっ……失言でしたー」
 
 さすがにジュリアちゃんの不幸を願ったり、喜んだりするのは良くないよね、はい……反省しますー。
 頭を掻いて机に突っ伏す。そんな僕を元気づけるつもりでか、ケルヴィンくんは背中を軽く叩いて明るめの声色で話題を変えてくれる。
 
「そう言えばソウマくん、知ってるか? 夏休みも目前にしてこの学校、特別講師を迎えたらしいぞ」
「ん……特別講師ー?」
「ああ。なんでも元は迷宮都市外の冒険者らしい。誰ぞか新米冒険者を指導しに来たんだがその新米が気に入らなかったらしく、代わりにうちの学校に赴任したんだと」
「……なんで? 話繋がってなくないケルヴィンくん?」
「意味がわからないぞケルヴィンくん」
 
 指導する予定だった新米くんと仲違いしたからって、代わりに学校の特別講師になるなんてことないでしょ。いくらなんでもガセだよそれ、ケルヴィンくん。セルシスくんも怪訝な面持ちで話の信憑性を疑ってるし。
 ガセでしょ普通に。そもそも今この時期って。訝しむ僕とセルシスくんに、ケルヴィンくんは肩をすくめてどこか、皮肉げに笑った。
 
「詳しいことは俺も知らないけど、知り合いの冒険者からの話だ、たしかな筋だよ……どこぞの"杭打ち"さんも噛んでるって聞いたんだけど、どうなんだろうな?」
「え……え。あ、え?」
「うん? おやおや?」
 
 急に出てきた僕の……冒険者"杭打ち"の名前。えっ、何?
 なんかしたっけ僕、別に指導者っぽい人とか学校の先生みたいな人と最近、会った覚えなんて────
 
「あ、もしかして」
「おう生徒諸君、ホームルーム始めるぞ」
 
 たった一つだけ心当たりといえば心当たりと言える、そんな人に思い至った矢先。先生がやってきて僕らは話を中断して全員が席に着いた。
 うちのクラスの担任は国語教師のハルワン・ナルタケ先生だ。そこそこ年嵩の男性教諭なんだけど、スラム出身な僕にも分け隔てなく接してくれる素敵な先生だ。
 
 そんな先生だけど、今回はもう一人、女性を連れてやってきていた。教壇に立つナルタケ先生の斜め前に立つその姿に、僕のみならずクラスの生徒みんなが目を奪われる。
 ヒノモトの民族衣装、和服というらしいそれに身を包みカタナを提げた、艶やかな黒髪を長く垂らして美しくも色っぽい美女。なんなら胸元がやたら開いていて、男子諸君はガッツリ目を奪われている。
 あー! 女子の視線が冷たいー!
 
「あー、唐突な美女の登場に気持ちはわかるが盛るな男子。女子の目を気にしろ、そんなだからモテないんだぞ」
『ヴッ』
 
 クリティカルヒット! 先生の容赦ない言葉に男子全員ダメージを受けて視線を逸らす! ああっ、僕もなんだか心が痛いよー!
 初対面の時に僕もガッツリ見ちゃってたもんなー! こんなだからモテないのか、そっかー! 泣きそう。
 
 そう、突如現れた美女を僕は知っている。ほんの少しだけだが先日、喋った仲だ。
 オーランドくんハーレムパーティーと同行しつつも、彼らの僕への言動に怒ってくださった女の人だねー。こんなところで何してるんだろう? ナルタケ先生が続けて話すのを聞く。
 
「あー、夏休み前のこの時期になんだが剣術授業の特別講師としてお越しになった、サクラ・ジンダイ先生だ。紹介がてら今日は一日、各教室に挨拶して回る。先生、自己紹介をどうぞ」
「かたじけない──初めましてでござる、諸君。今しがたご紹介に預かった、Sランク冒険者のサクラ・ジンダイでござる。夏明けから剣術科目を担当するでござるから、よろしくでござるねー」
 
 促されて名乗るその人、サクラ・ジンダイ先生。
 実力者とは思ってたけどまさかのSランク冒険者だよ。僕はついビックリして、彼女をじっと凝視してしまった。
 あっ! 目が合った!
 何がどうしてこうなったのか、うちの学校の剣術科目の特別講師なんてものになってやってきたオーランドくんゆかりのヒノモトの美女・サクラ先生。
 日常で美女を拝むことができるんだからそれはとてもうれしー! ってなるんだけど、なんで……? って思いもある。
 
 首を傾げながらもついつい、またしても胸元に視線を吸い込まれそうになってしまうのを抑えていたら、ふとした拍子に目が合ってしまった。わあ、ちょっと紫がかったきれいな瞳ー。
 
「────え」
「?」
 
 と、何やらサクラ先生の様子がおかしい。僕の顔を見るなり目を見開いて、呆けたように動きを硬直させている。
 もしかしたら僕が先日、オーランドくん達に絡まれていた哀れなか弱いDランク冒険者"杭打ち"だと気づいたのかな? かなり至近距離でひそひそ話したし、目元とかもじっくり見られてたから勘の良い人だと分かっちゃってもおかしくない。
 
「…………」
「! …………」
 
 念のため、小さく唇に指を当ててしーっ、黙っててねとジェスチャーを示す。伝わるかどうか不安だけれど、今はこれに賭けるしかない。
 一応僕が、正体バレを望んでないってのは知ってるはずだ、彼女も! っていうかこないだそれでキレてたんだから、知らなかったでござるは許さないでござるよー!
 
 祈るような一瞬。たしかに僕とサクラ先生は目と目で意思疎通を果たした……ように思う。
 少しの硬直を訝しんだか、ナルタケ先生が先生に尋ねた。
 
「ジンダイ先生? どうされました?」
「えっ……あ、いえ。なんでもないでござるよー。いやー、拙者もなかなか天運に恵まれてるでござるとつい、悦に浸ったでござるー」
「は、はあ……天運?」
「ござるー」
 
 よっしゃ勝ったー! 僕の正体は守られた、サクラ先生は空気の読めるタイプの美女だった! わーい!
 内心大はしゃぎの僕。これで近くに誰もいなかったら喜びの杭打ちダンスを披露してたよー。
 
 いや~よかったー。本当に助かった、僕の学生生活はこれで安泰だよー。
 限りない感謝をサクラ先生に捧ぐ。美人な上に僕のことを助けてくれるとか女神じゃん、告白するしかないよこんなのー。
 
「おーし紹介も終わったしホームルーム始めるぞー。えーと、まずもうあと一週間で夏休みだが────」
 
 挨拶の終わったサクラ先生は脇に控えて、ナルタケ先生によるいつも通りのホームルームが始まる。
 でも僕はすっかり胸が高鳴っちゃって、先生をチラチラ見てばかりでぜーんぜん、ホームルームの内容なんて耳に入らないのでしたー。
 
 そして放課後、いつもの文芸部の部室。
 僕とケルヴィンくんとセルシスくんは今日も今日とて放課後1時間くらい、ダラダラお菓子でもつまみながら雑談するという堕落しきった部活動を行っていた。
 
「それで? ソウマくんは一体いつの間にあんな、ヒノモト美人とお知り合いになってたのかな?」
「ジンダイ先生、ホームルーム中ずっと君を見てたぞ? いやあ羨ましいよ親友にもついに春がきたのかーはははー」
「棒読みやめてー? 心にもないこと言うにしても、せめて感情は込めてー?」
 
 僕ら3人だけの部室内。今回の話題はといえばもちろん、サクラ先生と僕の関係についてだ。悪友二人の楽しそうというか、玩具にしてやろうって感じの爽やかな笑みが実に友情を感じさせるね。
 いやー、でもなんか優越感だなー。ミステリアスでエキゾチックな美女とお知り合いの僕! かーっ、いやもう照れちゃうねっへへへー。
 
 まあ実際のところは知り合いと言うにも当たらない、本当にいくつか会話しただけの相手だけどね? これで根も葉もないデタラメを並び立てたら、たぶん当のサクラ先生ご本人様にカタナでぶった斬られちゃいそうだ。
 というわけで満更でもない素振りもほどほどにして、僕は二人に事情を説明した。数日前にばったり出くわしちゃったオーランドくんハーレムパーティーとのいざこざの中で、庇ってもらっただけの関係なのですよー、と。
 
「かくかくしかじかあれこれどれそれ──ってわけでね? 残念ながらなんていうか、そんなに大した関係でもないんだよねー、実はさ」
「だろうとは思ってた。本当にただならぬ仲だったら君、朝一にドヤ顔して自慢しに来てたはずだしね」
「そうだな。そして勝手に思い込んで告るね! とか言って放課後突撃した挙げ句、オーランドとのキスシーンを目撃してしまい泣きながら帰ってくるまでがお約束だ」
「どんなお約束!? ジュリアちゃんの話はやめてよー!!」
 
 ああああ未だ傷心癒えぬ僕の心に塩を塗りたくって友人達が、悪魔の笑みを浮かべているうううう!
 
 ジュリアちゃん相手に失恋した日の前日、彼女とたまたま帰り道が一緒になって談笑しながら帰ったことで浮かれきった僕の黒歴史を、これでもかと擦ってくるとはなんて友人達だ!
 今になって冷静に振り返ると自分でも、高々一緒に帰ったくらいであのレベルの突っ走り方はないなーって思っちゃってるから余計にダメージだよー!
 
「ああああ穴があったら入りたいいいいい」
「ほぼ毎日入ってるじゃないかソウマくん」
「町の外の至る所に空いてるぞソウマくん」
「ああああそうだよ入ってるんだった僕うううう」
 
 そうだったー! 恥を忍ぶにはうってつけだよね、この町。
 とまあこんな感じのいつものやり取りを、お菓子を頬張り紅茶を飲みつつ楽しんでいたその時だ。
 唐突に部室のドアがノックされ、僕らはそちらを振り向いた。
 
「こんちは~でござるー。杭打ち殿いらっしゃるかなーでごーざーるー」
 しん……と静まり返る部室、というか僕ら。ドアの向こう側から唐突に冒険者としての僕を名指しで呼ぶ声は、ござるって語尾から考えても間違いなく噂のサクラ・ジンダイ先生だった。
 なんなの急に、しかも廊下を構わず杭打ちなんて呼んでくれちゃって。誰かに聞かれてたら事だよ? 迷わずケルヴィンくんあたりをスケープゴートにしようとは思うけどもさ。
 
「…………え、と」
「入ってもいいでござるかー? くーいうーちくーん、あーそびーましょーでごーざーるー」
「えぇ……?」
 
 なんかちょっと怖いよー。執拗に杭打ちの名を呼ぶのは、僕の名前を知らないのを差し引いてもねちっこさを若干感じちゃう。
 僕はおずおずとドアまで赴いて、恐る恐る開く。一応、サクラ先生が何をしてきても対応できるように臨戦態勢は整えておく……この手の高ランク冒険者って割とお遊びで仕掛けてくる人が多いから、念のためね。
 後ろでいろいろ察した悪友二人が部屋の隅っこに避難してるのは、さすがの危機察知能力だと思う。
 
 乾いた音を立ててスライドするドア。開けた先にはやはりサクラ先生がいて、こちらを見て輝かしい笑顔を浮かべて瞳を爛々とさせている。
 とりあえずカタナに手は伸びてないからそこは良かった、ホント良かったー。
 
「おいーっすでござる。杭打ち殿、さすがでござるなーこんなところでも不意打ちを警戒するとは」
「…………どうも。とりあえず杭打ちはやめてもらっていいですか? 隠してますから、学校では」
 
 にこやかに僕の臨戦態勢を看破して、あまつさえ褒めてくるこの人はさすがSランク冒険者らしいだけのことはある。
 高ランク冒険者ってみんな大体、常在戦場当たり前の哀しい生き物だったりするからねー。
 
 あ、もちろん僕はそんなことはない。だってそもそもDランクですから。大体そんな堅苦しいこと、したって楽しくないしね。
 日常生活すらまともにリラックスできなさそうなサクラ先生に生温い目を向けつつ、僕はさしあたり"杭打ち"呼びは勘弁して〜と頼んでみる。
 わざとやってるのかな? と一瞬疑いはしたんだけれど思いの外、素直に先生は苦笑いして謝意を示してきた。
 
「なんなら冒険者界隈でも割と秘匿してるみたいでござるね……困らせるつもりもなかったでござるが、なんせ名前を知らないもので。申しわけないでござる」
「……僕の本名はソウマ・グンダリと言いますから、できればそちらのほうでお願いします」
 
 まあ、本名知らないなら杭打ちと呼ぶしかないよね。そこは名乗らなかった僕のほうにも落ち度はある。名乗るタイミングとか意味とか、あの時点ではほぼなかったけども。
 ともあれこうして特別講師として、うちの学校に来るようになった以上は僕だって名前を教えることを躊躇うことはない。
 
 いつから名乗り始めたのかも定かじゃないけど、少なくとも物心付いた時にはソウマ・グンダリという名前でやらせてもらっていました。どーぞよろしく。
 
「ソウマ・グンダリ……ではソウマ殿と。ヒノモト的な語感でござるが、もしや同郷にござるかね?」
「……どう、ですかね? 言われてみれば、どことなくヒノモトっぽいかもしれませんけど」
 
 思わぬ指摘。僕の名前がヒノモト的とは、その視点はなかった。
 たしかにサクラ・ジンダイというサンプル的ヒノモトネーミングと比して、ソウマ・グンダリってのはどことなく似通う響きを感じなくもないねー。
 たしかヒノモトだとファミリーネームが先にくるって聞いたことがあるから、サクラ先生は本来はジンダイ・サクラなんだろうし、照らし合わせると僕だってグンダリ・ソウマということになる。
 
 わお、たしかにヒノモト的だあ。
 なんかちょっとした感動を覚えつつも、僕はサクラ先生に答えた。
 
「詳しいことはなんとも……物心ついた時には一人でしたから、親の顔も名前も知りませんし。まあとりあえず部屋に入ってください、詳しい話はそこでしましょうよ先生」
「む……またしても失言でござった。すまぬでござる、まこと申しわけない。あー、失礼するでござる。あと先生でなくサクラでいいでござるよー」
 
 自分のルーツとか、親すら知らんのに分かるわけないんだよー。
 という旨を述べたところ、サクラ先生もといサクラさんは気にしてしまったみたいだ。しきりに謝り、気まずそうに頭を下げている。
 
 真面目な上に気にしがちな人だなー。僕は全然気にしてないし、むしろサクラさんほどの美人さんをそんなに落ち込ませてしまったことに逆に落ち込んじゃうよ。
 彼女を椅子に座らせ、落ち着かせる。空気を察知していたのか悪友二人がすぐさま、彼女の前にお菓子と紅茶を運んできてくれた。さすがケルヴィンくんとセルシスくんだ、気の遣い方が天才的だね。
 
「まあまあ落ち着いてこちらをどーぞ」
「かたじけない……いかんでござるね拙者も、気をつけてもどうにもデリカシーがない言動になってしまって」
「気にしてませんし構いませんよ、そんなの……それでそのー、一体僕になんの御用で?」
 
 紅茶を勧めつつ気にしてないことを告げると、サクラさんはそれでも恥じ入るように笑う。うーん、もっとこう、天真爛漫な笑顔が見たいよー。
 あまりこの辺の話を長引かせるのもまずそうだと、あえて僕は話題を変えようと試みた。そもそもなんで僕を訪ねて来たのか聞いてみたのだ。
 
「…………あっ。そうだそうだ、それでござった! いやー、拙者それなりに積もる話がござるでごさってなー!」
 
 反応は劇的で、何やら山程話したいことがあるらしいのを身振り手振りでわちゃわちゃ伝えてくる。
 ほんと、感情表現豊かだなー。僕よりそれなりに歳上だろうにそれでも学生同然に見える、かわいらしい仕草だった。
 なんか僕に用があるらしいサクラさん。とりあえず臨戦態勢も終わったことだしケルヴィンくんとセルシスくんも元の位置に戻って、いつもの3人で僕らは彼女の話を聞くことにした。
 彼らは悪友にして僕の正体を知る、レアな人達だからね。僕には思いつかないアドバイスをくれたりするから、ちょくちょく冒険者としての相談事とかもしてたりしている。だから今回もちょっと、お知恵を拝借しましょうかねー。
 
「まずはソウマ殿。先日は拙者が同行していたガキんちょどもが行った失礼な言動の数々、改めて謝罪させてほしいでござる。大変申しわけなかったでござる、謹んでお詫び申し上げまする」
 
 開口一番そう言って、深々頭を下げるサクラさん。こないだ僕があれこれ絡まれたこと、彼女はあんまり関係ないのにやたら気にしてるみたいだ。
 律儀だなー。別に冒険者だもの、あのくらいの煽りは気にしてられないのに。
 
 冒険者って戦闘職だから当然のごとく物騒だし、はっきり言って喧嘩が起きやすい治安の悪い側面もたしかにある。まして僕なんて治安の終わってるスラム出身だもの、オーランドくんやリンダ先輩にされた以上の絡まれ方をしたことだってそれなりにある。
 全部返り討ちにしたけどね。だからその辺の界隈の事情もあり、済んだことを一々気にする感じでもないんだよねー、僕個人としては。
 
「い、いえいえ。その、僕は気にしてませんし。もう済んだことですしー」
「それでは拙者の気が収まらぬでござるよ。本来であればガキどもをここに連れてきて謝罪させるのが真に筋と言えるのでござるがあのアホども、反省はしたようでござるが謝罪は頑としてしようとせず」
「プライド高いだろうしなあ、オーランドのやつ」
 
 呆れ返ってケルヴィンくんが皮肉るけど、まあだろうなって僕も思う。
 オーランドくんは典型的な俺様タイプのイケメンさんなので、自分に非があったとして頭を下げるってのはなかなかしづらいんだろう。
 
 人としてはどうなのって感じだけど男としては自信満々な様子が評判いいらしく、そこも女の子にモテる要因になってる気がしている。俺様系かー、僕も僕様系になれるかなー?
 無理かー。内心ガックリ来る僕をよそにセルシスくんが、ため息混じりに巨体を揺らして呻く。
 
「反省したってのも心底からかどうか、怪しいところですね……本当に反省したなら率先して謝りに来るくらいはしてもいいと思うのですが」
「オーランドのほうはまだ、それなりに悪いことを言った自覚はあったみたいでござるね。ただ、あの女……リンダのほうが、スラム出身冒険者への隔意が強いようで。なんか不貞腐れながら反省してあげますとかなんとか、若干ヤケクソな態度でほざいてたでござる」
「マジかー、リンダ先輩ー……」
 
 割と本気でスラム出身の杭打ちを毛嫌いしていたらしい、かつで好きだった先輩の様子にうっかり目が潤む。ううっ、悲しいよー。
 あっ、ちなみにリンダ先輩は僕の3度目の初恋の人だ。学内でたまたま見かけて、その凛とした雰囲気の美人さに一目惚れしたのだ。
 
 まあその直後にオーランドくんと腕を組み、ラブラブしながら下校するところを見てしまい見事に玉砕したんだけどね!
 ああああ脳が崩壊するうううう!
 
「ううう……」
「……その、本当に申しわけないでござる。オーランドの親に"息子とその仲間達を鍛えてやってくれ"と頼まれてこの都市に来たのでござるが、その連中がよもやあのようなゲスどもだったなどとは露とも思わず。結果的に加担したのは拙者とて同じ、何卒お許しいただきたい」
「い、いえー。そこは全然気にしてませんしー……」
 
 なんならそんなのどーでもいいよー。うう、リンダ先輩ー……
 ガチめに凹む僕に、サクラさんもちょっとタジタジみたいで所在なさげに視線をあちこち動かしている。美人が戸惑う姿ってなんか、いいなー。
 
 と、そんな僕らを見かねてかケルヴィンくんとセルシスくんが、口を揃えて言ってきた。
 
「その辺にしときなよソウマくん、いつまでも失恋を引きずってちゃ駄目だぜ」
「すみませんねサクラ先生、こいつリンダ先輩に惚れてた時期があったんですよ。まあ惚れた瞬間爆死したわけですが」
「爆死って言うなよー!」
 
 せめて恋敗れたとかそーいう、ロマンチックな物言いにしてよー!
 サクラさんにバッチリかつての麗しい恋の遍歴を一部知られてしまったわけだけど、それはそれとして今はサクラさんにも初恋してるから誤解しないでほしいよね。
 
 11回目の初恋、しかもなんだかんだリンダ先輩が導いてくれたところはあるからこれはきっと運命ってやつだと思う。
 まあその運命さん今、すっごい気の毒そうな顔して僕を見てきてるんだけどねー。
 
「そうでござったか……それはまた、御愁傷様でござる。いやでもむしろ良かったでござろ、あんなのと万一男女の仲になっていたとしても、ソウマ殿の正体を知ればその時点でご破算でござろうし」
「うっ……た、たしかにー」
「世の中、あんなのより素敵な女は山ほどいるでござる。元気出すでござるよ、ソウマ殿ー」
 
 ああああめっちゃ励ましてくれるうううう! これ絶対脈あるってこれええええ!
 思いの外感触が良くて僕の胸がときめく。こ、これはまさに僕の夏休みが今、幕を開けるのではなかろうか!!
 ヒノモト美女のサクラさんが、しきりに僕を気にしてくれてるよー!
 これは一言で言えば恋の予感ではないでしょうか!?
 
「はいはい落ち着けソウマくん、今感じてるそれはいつもの早とちりだから」
「爆死するにしてもせめて段階を踏むことを覚えようなソウマくん。毎度同じ流れで爆死してるぞソウマくん」
「むぐぐぐー!?」
 
 ときめく胸キュン体験に紛れもなくこれは運命だよー! といきり立とうとしたところ、即座にケルヴィンくんとセルシスくんに取り押さえられてしまった。
 そして二人がかりで窘めてくるのを、ぐうの音も出ないと過去10回の失恋経験から悟り冷静さを取り戻す。いけないいけない、また同じ過ちを繰り返すところだったよー。
 
 騒ぐ僕達3人に対して、サクラさんは目を丸くしてキョトンとしている。かわいい!
 そしておずおずと、困惑も露わに僕達に対して、愛想笑いを浮かべて話しかけてくる。
 
「…………えーと? でござる。急に戯れだして、仲が良さそうで何よりでござるなー」
「いえいえお気になさらず。ソウマくんのいつものやつが発動しただけですから」
「ソウマくんは恋に恋するお年頃みたいなんですよ。だからすぐに女の子に惚れては突撃して返り討ちに遭うんです」
「ああああまさかの暴露おおおお!?」
 
 言いやがったー!? 悪友達が僕の秘密を暴露したよー!?
 恋に恋するお年頃だなんてそんな、ロマンチックな物言いをされたけどちゃんと人を見て恋してますから! その上でときめきのままに突っ込もうとして概ねオーランドくんに掻っ攫われているだけですから!
 
 ていうか唐突にこんな話を聞かされてサクラさん、僕にドン引きしてないかなー!? これで恋が破れたらただじゃおかないぞ二人とも、具体的には最高級ステーキ10枚くらい奢ってもらうからなー!
 がうがう吠える僕に、友人達はなんとも腹の立つ透き通ったいい笑顔を浮かべて言ってくる。
 
「さすがに冒険者として知り合いの人には言っといたほうがいいだろ、杭打ちくん? 君の失恋癖は何も知らない人からするとドン引きものなんだぞ」
「どうせ今後も美人と見るや、何回目だかの初恋だよーとか騒ぐ奇行に及ぶんだから早い段階でカミングアウトしときなよ杭打ちくん。今ならまだ傷は浅くて済むぞ」
「失恋癖ってなんだよー!? せめて初恋癖って言ってよー!」
 
 失恋を前提にして話するのやめろー! 僕の初恋が成就することはないって言いたいのかー!!
 謂れなき誹謗中傷には断固として抗議するよー!
 
 うがーうがーと喚く僕と、はいはいと肩や背中をぱしぱし叩く悪友二人。そして夕焼けに染まる部室内、しばらくそうやって騒いだ後に静けさが少しばかり漂う。
 沈黙の中サクラさんが、不意に声を上げて笑い出した。
 
「くっ……くくくっ、あはははははは!」
「えぇ……?」
「なるほどなるほど、初恋癖でござるかー! 聞いてた話を総合すると、なるほど! 杭打ち殿は恋をしたいのでござるねー。そっかそっかでござるー」
 
 なんかすごいウケた。馬鹿にしてるとかって感じでもなく、純粋に楽しそうに嬉しそうに笑っている感じだ。
 急に何……? っていうか聞いてた話? 何それ。誰かに僕について聞いてたのかな? 町の冒険者とか?
 
 疑問符の並ぶ状況。一頻り笑ってから、サクラさんは涙すら滲んだ目を拭いつつ、ひどく優しい目で僕を見た。
 
「えーと、サクラさん?」
「この町に来るのを決めたのは、オーランドの両親であるグレイタス夫妻に頼まれたというのもあるでござるが……個人的に杭打ち殿、貴殿の話をいろいろ聞かせてもらっていたからというのもあるんでござるよ」
「僕の話……」
「そう──たとえば貴殿がかつてパーティーに所属していた頃について、とかでござるなー」
 
 目を細めて微笑みかけてくるサクラ先生。あっ、胸がまたドキドキしちゃうー。
 っていうか僕の話ってそういうアレかー。グレイタス夫妻とも一時期一緒のパーティーだったし、当時の僕のことをどうやらこの人、いろいろ知ってるみたいだね。
 
 でもぶっちゃけ、だからどしたの感はある。だって結局僕ってば、最終的にそのパーティーには最初から存在してなかったってこととして処理されたし。
 代わりにたんまりお金は貰ったからその辺について文句も特にないんだけど……見ればサクラさんはどこか、怖い声音で続けて話す。
 
「……貴殿ほどの神童を、下らぬ理由で存在ごとなかったことにして隠蔽した連合王国を拙者は許さぬ」
「えっ……」
「冒険者"杭打ち"に本来与えられるべきであった栄光と未来が踏み躙られたこと、貴殿は納得ずくなのであろうが拙者はじめ、事情を知る冒険者達はみな断じて納得しておらぬのでござるよ。知らなかったでござろうが」
「は、はあ」
 
 全然これっぽっちも知らないよ、そんなこと。
 僕のことで僕の知らないところで何やらカッカしてる人達がいるなんて、予想もしてないことだよー?
 
 そもそも僕に本来、与えられるべきだったものなんて金以外にないよ。あのパーティーに所属してたのも金払いが良かったってだけの話でしかないのに。
 双方納得ずくの話でも許されないとか、エウリデ連合王国くんたら普段の行いが悪いねー。いやまあ、トータルで見たら僕もこの国のお偉いさんは嫌いだし気持ちは分かるけどー。
「オーランド達の指導は結果として破談になったとはいえ、リンダの親父殿に頼まれる形で町に留まり総合学園の剣術指導役に着いたわけでござるが……こうしてソウマ殿と知り合えたわけだから結果オーライでござるねー。いやはや、よもやこんなに早く杭打ちの正体に辿り着けるとは」
 
 そう言ってサクラさんは朗らかに笑った。
 僕の来歴について、少なくとも過去にとあるパーティーに所属していた頃のことを誰かから聞いているらしい彼女。
 だから初対面の時点から相当友好的だったのかと納得する気持ちはあるけど、そもそも何をそんなに入れ込んでるのかという疑問が先立って素直に喜んだりはできないよねー。
 
 なんか連合王国を許さないとか物騒なこと言ってるし。僕みたいな低ランクがそれを言ったところでただの愚痴か文句だけど、Sランク冒険者様がそんなことを言ったらまずいよ。最悪国からの追手が飛ぶ。
 ましてやここにはお貴族様の息子さんがいるんだからさあ。身分違いなんて気にせず接してくれる心優しい彼でもこれにはちょっと、ってなるだろうし。
 
 そう思って恐る恐るセルシスくんを見ると……なんかウンウン頷いてるー!
 サクラさんの危険な発言に、よりによって貴族のお坊っちゃまが賛意を示していた!
 
「俺も貴族ではありますから、ソウマくんの過去についてはある程度知っています。国政に携わる家の者の一員として、恥ずかしく思いますね……冒険者の活動によって経済的な基盤を大きく支えられているというのに、その冒険者の中でも飛び抜けて有望な若者を一人、下らない見栄と面子で潰すなど」
「む、貴族の子息でござったか」
「まあ、一応ながら。ソウマくんとは身分など関係なく友誼を結んでおりますから、なおのこと友として過去、この国が行ったことについては忸怩たる思いがありますよ」
 
 大人びた笑みを浮かべるセルシスくんを、ケルヴィンくんと二人で唖然とした顔で眺める。誰この太っちょ、まるでお貴族様じゃん。いやまあ、お貴族様なんだけど。
 ていうか僕の昔についてそんなこと思ってたんだねー。ケルヴィンくんともども、僕の正体を明かすタイミングであれこれ話した覚えはあるけど、その時にはそっか大変だったなー位のものだったのに。
 なんか恥ずかしく思うとか言い出してるよー。
 
 そして何よりだけど、友達って言い切ってくれるのは嬉しいよねやっぱり。
 僕はスラム出身だし孤児だし、それ以前にいろいろ珍妙な生まれだから友達なんて全然いなかったんだ。孤児院にも結局2年くらいしかいなかったし、前いたパーティーは年上ばかりだったしね。
 
 だからセルシスくんとケルヴィンくんが事実上、僕にとって生まれて初めてできた友人ってことになる、と勝手に思っていたんだ。それを、向こうも認めてくれたことがとても嬉しい。
 
「セルシスくん……」
「ソウマくん、今ばかりは貴族として言わせてもらうが君はもっと評価されていい。あのパーティーに所属していたメンバーは君以外、みんな生きた伝説扱いされているんだぞ」
「いやー、まあ。そこは、別にー」
「女にもモテるぞ?」
「んー……んー」
 
 名誉とか栄光はともかくモテると聞くと一瞬なびいちゃうなー。いやでも、それは僕の求めるものじゃないからとなんとか耐える。
 モテたいのは人間ソウマ・グンダリであって冒険者"杭打ち"ではないんだよね。杭打ちだからモテるよってなると、じゃあ杭打ちじゃない僕にはなんの値打ちもないのか? って話になっちゃうし。
 僕の主体は杭じゃなくてソウマ・グンダリなんだよなあー。
 
「杭打ちじゃないところを見てくれる人にこそ、モテたいんだよねー」
「相変わらず拗らせてるなあソウマくん」
「拗らせすぎだろソウマくん」
「拗らせまくってるでござるなーソウマ殿」
「サクラさん!?」
 
 まさかの大人まで! 僕は拗らせてませんー!
 真実の愛を求める求道者になんて言い草だろう、泣いちゃうぞー? 猛然と抗議する僕に、けれどサクラさんは笑って言うのだった。
 
「まあ、伝え聞いている話から考えればなんとなく、ソウマ殿の想いも分かるでござるよ……とはいえ先達として言わせてもらえば、杭打ちとてお主の一部に過ぎぬでござる」
「一部……?」
「杭打ちあってこそのソウマ殿ではない、ソウマ殿あっての杭打ちなのでござるよ。貴殿がそう思えない理由ももちろん理解するでござるが……もう少し、己を肯定的に捉えても良いのではないかと拙者は思うでござるよ」
「は、はあ」
 
 なんかサクラさん、マジで詳しいところまで話を聞いてるんだなー。グレイタス夫妻からだけじゃないでしょ、しかも。
 明らかにあの人達から聞いた話だけでは僕について、そういう解釈はできないし。パーティーの中核メンバー……僕を除いた七人の冒険者の何人かとも話をしてそうだ。
 
「なんでしたっけ、あの死ぬほどダサい名前……れ、レジェー、レジェジェ?」
「…………"レジェンダリーセブン"でござるなー。今や知らぬ者のいない英雄、伝説のパーティーの中核を担った冒険者七人衆。その総称をしてダサいなど、さすが杭打ち殿は言うことが違うでござる」
「あ、それだ。あの人らの誰かとも話をしてたりしますよね、サクラさん」
「いかにも。具体的に誰かについてはソウマ殿には話すなと、口止めされてるので言えぬでござるが」
 
 レジェンダリーセブンって。いやダサいよ、心底ダサい。
 かつてパーティー内でも特に仲良しだったあの人達がまとめてそんな呼ばれ方してるのがなんとも笑えて、僕はつい口元をニヤニヤさせてしまうのだった。