土壇場での覚醒、と言うよりは元からの底力が引き出されたってところだろうか。
対峙する前より遥かに強い威圧を放つシアンさんは、今やリューゼリア相手にも一歩踏み出せるほどにそのカリスマを拮抗させている。
カリスマ、威圧、あるいは支配力……この手の能力は迷宮攻略法でもある程度までしかカバーできない、半分以上が天性の素質に依る部分だ。
実際、リューゼリアには生まれついてのカリスマなんてありはしなくて、今放ってるのは迷宮攻略法の一つ、威圧法を駆使しての擬似的な支配力だからねー。
逆に天性の素質、貴族としての生まれ育ちに由来するカリスマを持つシアンさんなら、現時点でもある程度は対抗できるんだよー。
もっとも、さっきまではほとんど眠っていた素質で、今も少しばかり引き出したって程度だろう。
目覚めたばかりの力に、意識のほうが少し追いついてなさげだ。脂汗をかく団長を見て、リューゼリアは顔をしかめて告げた。
「オレ様の威圧に抗ったのか、褒めてやらァ……だが志だけ一丁前でもなァ。そんな意気込みだけのカスなんざこの世の中、ごまんといるんだぜ、小娘」
「意気込みだけ、大いに結構っ!!」
なおもシアンさんを見くびる彼女に、けれど返される力強い断言。まさしく開き直りの言葉だけれど、そこに込められた想い、祈りは生半可なものじゃない。
意気込みだけ。たしかに今はそうだろう。シアンさんは今はまだ弱いし、新人さんだし、経験もろくにない。大言壮語と壮大な夢ばかりとカリスマが持ち味の、少し探せばそれなりにいそうな冒険者でしかない。
だけどそんなの、掲げた夢の灯火の前にはなんの理由にもなりはしない。
シアンさんが、燃えるような瞳を宿して力強く言い放つ!
「信念も大義もない、力だけの輩などそれこそ単なる暴力装置! 志あってこその力、理想あってこその現実なのだと知りなさい!」
「…………ほう」
「誰もが最初に掲げるは、力ではなく志のはず! あなたもかつてはそうだったでしょう……己の始まりさえも貶めて、それが冒険者としての姿とでも言うつもりですか、リューゼリア・ラウドプラウズ!!」
今届かないならいつか届かせる。今できないならいつかできるようになる。そのために今、この時を必死に積み重ねる。
誰だって初めは何も持たないんだ。それでも想うところが、目指したい夢があるから進んでいける──レイアやリューゼリア、調査戦隊のみんなもそれは変わらなかっただろう。
鼻で笑った意気込みだけど、誰もがそこから始まったんだ。
どうやらそれを忘れてるらしいかつての同胞をこそ、僕は軽くせせら笑ってやった。
「ハハ……お前の負けだよ、リューゼ」
「…………ソウマ」
「誰もが最初は口だけだ。誰も彼も、始まりは夢みたいな理想だけなんだ。それはお前だって同じだ……お前は自分の起源をもカスと言うのかな?」
「言うわけねぇだろ。つうかそもそもオレ様は最初から強かったっつーの」
強気にふんぞり返るけど、さすがに負けを認めはしたみたいで威圧がすっかり消えていく。代わりに僕を睨んでぼやくんだけど、最初から強かったからってそれが何? って話だよねー。
強さで人を選ぶんなら僕なんかは永遠に一人ぼっちだ。そんなところじゃない部分に価値を見出だせたから今、ここにこうしているんだよね。
弱くても、まだまだこれからでもシアンさんにこそついていきたい。そう思わせてくれるだけでももう、それは僕にとってリューゼにも勝る彼女の魅力なんだ。サクラさんやレリエさん、モニカ教授にとってもそうだろう。
強さに負けない夢を、理想を掲げてくれる団長こそが僕を連れて行ってくれる人だと信じる。
そんな僕の想いをようやく感じ取ったのか、リューゼは肩をすくめた。一触即発の空気が霧散して、シアンさんも緊張から解放されてその場にてふらついていた。
「ぅ……」
「シアン!」
体力も気力もごっそり削られたんだろう、とっさにレリエさんが介抱し、ソファに座らせて優しく背中を撫でさすっている。
お疲れ様……団長。あなたはたしかに新世界旅団のリーダーとして、レジェンダリーセブンにさえ負けない姿を見せてくれたよー。
団員としてとても、誇らしいねー。リューゼがつまらなさそうに呻く。
「ハン…………まあ、それなりにわかったぜ。小娘、テメェはたしかにレイアの姉御に似てるな」
「ソウマくんにもそれは言われますが、そんなになのですか?」
「見た目や声の話じゃねえぞ、性格も違う。だが放つカリスマだけはそっくりだ。ソウマ、モニカ。オメーらもこれに引っかかったのか」
「自分から飛び込んでいったんだよ。彼女とならまた、冒険してもいいってそう思えたからねー」
彼女は彼女なりに、シアンさんを見定めたみたいだ。新米、雑魚。だけど小物でもないって印象かなー。
今はそれでも良いよー。そのうちもっともーっと、団長のすごいところを目の当たりにするんだろうからねー。
「で、そろそろいいかねじゃれあいは? 若いことで結構だが、時と場合は弁えてもらいたいものだな二人とも」
シアンさんとリューゼリアの睨み合いにも一段落ついた頃合いで、ギルド長のベルアニーさんがそんなことを言ってきた。
いかにも紳士然としているけど声色や口調は皮肉めいている、という表現がぴったりくるねー。
実際、TPOを弁えたやり取りだったかって言うとそれは間違いなく違うからね。吹っかけたのはリューゼだけど乗っかったのはシアンさん、固唾を呑んで見守るだけだったのは僕達みんなだ。
そりゃあ呼びつけた側としては苦言の一つも呈したくなるってなものだろう。本来の目的そっちのけで、なんかパーティー同士の競り合いしてるんだもんねー。
そこは申しわけない話で、シアンさんも慌てて頭を下げた。まだまだ新人、それも育ちのよろしいお貴族さんだし、ギルド長へも礼儀正しいよー。
「失礼しました、ギルド長」
「けっ、何を今さら良識人ぶってんだタヌキジジイが。テメェが一番この手のいちゃもん、あちこち相手にふっかけてきてたろーが昔はよォー」
反面、冒険者として完成されているリューゼリアの態度はビックリするくらい反抗的だ。普通の冒険者でももうちょい丁寧に言い返すものを、歯に衣着せぬってこのことだよねー。
これについては彼女がベルアニーさんを嫌いとかって話ではなく、ギルド長なんて役職付いてるからって調子こいてんじゃねー的な、冒険者特有の反骨心から来るものだ。
冒険者なら大小あれど、概ね偉そうにしているやつなんて立場関係なしに噛みつきたくなるものだからねー。
だからギルド長なんて立場は実のところ、恐ろしいまでに貧乏籤なんだよー。上に立たれたと見るや即座に喉笛を掻き切ってやろうって連中の、明確に上に立とうっていうんだからねー。
どれだけ報酬がよくても、どれだけ特別手当や福利厚生が桁違いでも僕はぜーったいにこんな役職就きたくないや。
今まさに下手なこと言ったら喉笛掻き切ってやるって空気を出しながら獰猛に笑うリューゼリアに、ベルアニーさんは嘆息混じりに答える。
この人くらい肝が座っているなら、たとえリューゼ相手にだって一歩も引かないでいられるわけだねー。
「昔は昔、今は今だ。どこぞの調査戦隊が発足して以降、冒険者のマナーはそれ以前より遥かに向上したのだからな。いつまでも古い時代を引きずっていてはそれこそ老害の誹りは免れまい。おや、小娘の癖をして老害のような真似を今しがた、していた輩がいるな?」
「その煽り方がタヌキなんだよテメェはァ! ソウマァ、おめーもなんか言ってやれェ!!」
言葉じゃ勝てないのによく仕掛けたよ、リューゼ。しかもこれで手を出したらダサいじゃ済まないものね、詰みだ詰みー。
言い負かされて顔を真っ赤にして、僕に助けを求めてくる戦慄の冒険令嬢さん。いや、なんで僕が何かを言わなきゃならないのかな?
冷淡に告げる。
「なんで僕に指図できると思ってるんだよ老害小娘。お前ついさっきまで誰のパーティーの団長に喧嘩売ってたんだか言ってみろよ」
「ソウマァ!?」
「ごーざござござ。元仲間の好もさすがにああまでやらかされては尽きるというものでござろうなあ。一団率いるリーダーとして、そんな程度のことも分からんでござるか、ごーざござござ!!」
「るっせぇぞジンダイ! テメェのざーとらしい笑い声はとにかく腹立つからやめろや!!」
なんで今さっきまでうちの団長に喧嘩売ってた馬鹿に同調しなくちゃいけないんだか。
サクラさんもプークスクスって感じで笑って小馬鹿にすれば、リューゼはこの手の煽りに相変わらず弱くてすかさず吠えた。
ただ、状況の悪さと言うかどっちが悪いかについては明確に自覚があるみたいだ。3年前よりは頭が回ってるし、それならそりゃわかるよねー。
バツが悪そうに舌打ち一つして、そっぽを向いて拗ねたようにぼやいていた。
「チッ……あーはいはいオレが悪かったよ、良いから本題入るぞ、んどくせー」
「お前ほんと、次やらかしたらぶち抜くからねー。ベルアニーさん、とりあえず話を進めましょうかー」
「そうするか。やれやれ、調査戦隊がいた頃がそのまま蘇ったかのような馬鹿馬鹿しい一時だったな」
「そんな頻繁にさっきのようなことが起きていたのですか、調査戦隊とは……」
まるでいつものこと、みたいに扱う僕やベルアニーさんにシアンさんが汗を一筋流してつぶやいた。近くではミシェルさんがドン引きしてるし、レリエさんもなんか首を傾げている。
ぶっちゃけ傍から見たら仲良しさの欠片もない光景だからね、仕方ないよねー。でも少なくともかつての調査戦隊、それもリューゼ絡みの事件においては本当にこんな感じだったんだよ、いつもいつもー。
調査戦隊一のトラブルメーカーっていうのかな。とにかく話をかき回して無茶苦茶にして、最終的には叱られてしょぼんと不貞腐れる。それがリューゼリアの立ち位置だったわけだねー。
「さて……それではシミラ卿処刑阻止について打ち合わせを始める。とはいえまずはラウドプラウズ、お前の意志を確認せねばなるまいが」
「あん?」
わちゃわちゃした会話もそろそろいい加減にお開きにして、ベルアニーさんが音頭を取る形で打ち合わせが始まった。
ほぼなし崩しの形でリューゼリアには参加してもらってるけど、向こうとしてもギルドの意向は気になるだろうから利害は今のところ、一致してるねー。
さしあたってまずは彼女の、ひいては戦慄の群狼が今回どういう立ち回りをするかが焦点になるだろう。それゆえギルド長が尋ねると、リューゼリアはデカい図体で足を組み、いかにも荒くれたふてぶてしい態度で眉をひそめる。
それにも構わず、百戦錬磨の老爺は眼光だけを鋭くして問い質した。いい加減な返答は許さないという、尖った威圧を込めている。
「戦慄の群狼がこの町に来るのは、ひいてはお前が先行してまで急ぎやって来たのは彼女を救うためでもある、という認識で良いのだな? 別に興味がないだとか、どうでもいいというわけではないのだな」
「あたりめーだろ……いや、戦慄の群狼ごとこっちに戻ってきたのは偏にソウマとモニカ目当てが元々だったが、途中でシミラのやつが処刑されちまうなんてニュースが耳に入ってよ。そりゃ姉貴分のオレ様としては、助けに行かにゃと思って1人先行したのさ」
威圧をものともせず、むしろ返り討ちにしてやろうって気迫をもって返事をするリューゼリア。
語られる経緯からするに、元々からこの町に来る予定だったのがシミラ卿のニュースを耳にして慌ててこいつだけ来たってことか。迷宮内で言ってたこととほぼ同じだねー。
っていうか姉貴分って、まだ言ってるんだねそんなことー。たしかに3年前からリューゼリアはシミラ卿をやたら可愛がっていて、まさしく妹みたいな扱いをしていたんだけど……まだ続いてたんだね、それー。
ちなみに当のシミラ卿からはひたすら迷惑というか、鬱陶しがられていたのがなかなかアレな関係性だったなー。そもそも彼女にとって姉のような、師匠のような人はもうすでに別にいたからねー。
リューゼめ、都合よくその人のことを忘れてやいないだろうね?
なんだか不安になって、僕は呆れ混じりに彼女に指摘した。
「……まだシミラ卿の姉気取りなのー? 3年前も言ったけど、そこはマルチナ卿のポジションだと思うんだけどー」
「あのスチャラカにゃシミラは渡せねえなァ」
良かった、一応覚えてはいたんだねー。まあ、あんないい加減すぎる人そうそう忘れられるもんじゃないんだけどさー。
リューゼリア曰くのスチャラカさん──元エウリデ騎士団長マルチナ卿。彼女こそがシミラ卿にとっては本来、姉のように慕っていた人なんだよねー。
いやー懐かしいな、なんか。
しみじみとあの、言うことやることほとんどテキトーな美女を思い浮かべているとシアンさんが少しばかり、前のめりになって反応してきた。
マルチナ卿も同じ貴族だし、何より元調査戦隊メンバーだからね。興味を持つのも当然だよー。
「マルチナ……マルチナ・ラスコ・ペイズン卿ですか、先代騎士団長の。たしか調査戦隊解散と同時に騎士団長を辞し、今や世界を旅する冒険者と聞いていますが」
「そうだよー。シミラ卿が一番憧れてる人で、腕前こそレジェンダリーセブンには及ばなかったけどそれ以外の、判断力とか指揮能力、育成能力とかがものすごい人だったんだよー」
「性格はとにかく世の中舐めきってるちゃらけた女だったがな……ソウマが追放食らった後もさっさと荷物まとめて逃げ出しやがったしよォ」
懐かしみつつ団長に教える。元騎士団長、今は世界を旅してるんだね。とりあえず元気そうだし良かった、良かった。
世の中舐めきってるとまで言われるだけのことはあり、ともかくチャランポランな人だけど……どうやら僕が追放された直後にさっさと一抜けを決め込んでいたらしい。
うーん、いかにもあの人らしいよー。
口癖というか、二言目にはすぐ"じゃあ逃げよっか! "って連呼していた曲者極まりない人だったからねー。ワカバ姉も若干やりづらそうにしてたくらいだし、海千山千ぶりがすごかったんだー。
そんな彼女だから、調査戦隊が駄目そうになったらスタコラサッサと逃げるのも頷ける。ついでに前から煩わしいって言ってた騎士団長としての役目も投げ捨てて、まんまと逃げ切ったわけだねー。
「あー……そうなんだ、それでシミラ卿が後釜を。元々騎士団長とか向いてないーって散々言ってたもんね、あの人ー」
「あのアホの尻拭いで団長なんぞになって、さぞかしシミラも苦労したんだろうさ。それでその果てが処刑だなんてのはどう考えても話にならねえ」
「……まあ、最近見たシミラ卿はずいぶんくたびれきってたねー。もう騎士団長なんて辞めちゃえば良いのにとは、僕も思ってたよ」
ヤミくんヒカリちゃん、マーテルさんの騒動の時に見たシミラ卿を思い返す。もう精神的にも大分キていた、悲惨な姿だったよー。
散々苦労して、いろんなもの背負わされて……その先が処刑台だなんて、たしかにありえないよー。
シミラ卿はそもそも優秀な人だったけど、騎士団長になるにはどう考えても時期尚早な人ではあった。
真面目さこそが彼女の売り、長所ではあったんだけどー……どうしようもない貴族のボンボン達を率いるには適当さが致命的なまでに足りなかったんだよね。
マルチナ卿みたいないい加減さが良くも悪くもなくて、すべてのことに全力投球だったんだ。
少なくとも3年前はそうだったし、最近の様子を見るにその辺の性格や性質はあんまり変わらなかったんだろう。だからあんなにくたびれきって、可哀想に挫折しきっちゃったんだねー。
その辺、こないだの様子も含めてリューゼに教えると、彼女は額に青筋を立てて怒りを堪え、けれどそれをなんらかの形で発散することなく呑み込み、一つ大きな息を吐いた。
そしてやるせなさそうに、力なく呻く。
「上にゃ玉座のゴミと取り巻きのウジ。下にゃボンボンのカスとその親族のクズども。挟まれちまって疲れねえわけねぇんだよ、あいつクソ真面目なんだから。マルチナくらいやる気ねぇやつじゃねーとあんな立ち位置、やってらんねーに決まってらァな。気の毒によぉ、シミラ……」
「最後のほうはなんかもう、見てて辛かったよ。自分の命さえ投げ捨てる勢いで、それでも信念や正義を貫こうとしていて……結果として今、処刑騒動になんてなっちゃってるところはあるよ、間違いなくね」
「古代文明から来たからって実験用の玩具にするなんざ、たとえ上の指示であっても逆らって当然だ。あいつは悪くねぇんだよ。それをエウリデのクソッタレども、舐めた真似をしやがって……!!」
拳を握りしめてシミラ卿の無念を推し量る。
マルチナ卿が逃げたことでいきなり抜擢された役職だけど、それでも理想を実現するんだと燃えてたんだろう彼女が終いには疲れ果て、死んだ瞳で処刑になっても構わない、とでも言いたげだった姿は僕にとっても到底、許容しがたいものだ。
人を人として扱い、護り、助けることがそんなに悪いのか? そんなに赦せないことなのか? エウリデは、そこまでして古代文明を追いたいのか?
僕だって冒険者だ、古代文明には一ファンってこともあり飽くなき探求心がある自覚は持ってるよ。でもこれは違う、絶対に違う。
罪なき者を踏みにじってまで追い求めた先に、本当に価値のあるものなんてありやしない。絶対に、何があってもだ。
それを忘れているのか無視しているのか、エウリデの王族貴族は……金に肥え、飽食に飽き、華美に腐り果てて何が値打ちのあるものなのか分からなくなったのか?
だったら思い出させてやる。生命の大切さ、尊厳の価値を。
内心で沸々と湧き上がる闘志。同じくリューゼもまた、あからさまなまでに闘気を抑えながらも言った。
「ちょうどいい機会だ、エウリデのふんぞり返ってるゴミどもこそオレ様が処刑したらァ。カミナソールみてぇにしてやる、更地だあんな城」
「……案の定、だな」
「案の定だねー」
「案の定でしたね……」
エウリデへの怒りはそれはそれとして、リューゼはリューゼで予想されていた通りの極論に走ったよー。
笑っちゃうくらい想定通りのことを言ったね、エウリデ上層部皆殺しって。
相変わらず短絡的で何よりって感じだけど、ここからこいつを止めなきゃいけないから骨だねー。
さすがにエウリデを亡国にするのはやりすぎだって、僕らの説得で理解してくれれば良いんだけど。
ベルアニーさんが一息置いて、リューゼリアに話しかけた。
「それを止めてほしくて我々はお前を、というかお前との交渉を可能にするミシェルくんを探していたのだ。軽挙妄動からエウリデをかき乱すような真似はしないでほしいと、頼み込むためにな」
「そりゃ予想してたがよォ……一応言っとくがオメェら、何を日和ってんだよ。シミラが殺されようってんだぜ、殺さなきゃ駄目だろ」
「もはや蛮族の思考だよー……」
殺されそうだから止めるってのは僕らの方針でもあるから否定しようがないけど、だから殺すねとはなかなかいかないよー?
あまりに乱暴かつ短絡的な主張をするリューゼリアに周囲も唖然、と言うかドン引きしている。
ただ、モニカ教授だけはいろいろ苦笑いしてるね、文通してたからこういうことを未だに言うやつだって知ってたんだろう、きっと。
コホン、と咳払いをして教授がやんわりと彼女を宥めた。
「殺して、殺し尽くしてそうしたらどうなる? エウリデの平和は瓦解し周辺国家などが早速攻めてくるだろうね。そんなことを引き起こさせるのは、それはそれで冒険者と言えないはずだよ、リューゼリア」
「関係あっかよ、こんな国よそにくれちまえ。オレ達調査戦隊を良いように扱き使った挙げ句勝手して解散させてくれやがった連中に、かけてやる慈悲なんざどこにもねえよ」
にべもない意見。なんていうか、根底にはやっぱりソレがあるんだよね。
すなわち怨恨。調査戦隊解散のきっかけを作ったエウリデって国に、こいつはずっと、ずーっと! 憎み怒り続けているんだよ。
結局突き詰めると復讐が目的でもある。リューゼにとってこれは、そういう話なんだ。
調査戦隊を瓦解せしめた僕の追放。それを招いたエウリデの脅迫、王族貴族の傲慢、差別意識、そして自己保身に悪意もろもろ──それら含めて、彼女は3年経っても未だ消えることない憎悪を抱き続けているのだ。
「こんな国があるから調査戦隊はあんなことになっちまったんだ、ならいらねーだろそんなもん。多少の混乱がどうした、3年前のオレ達はもっと混乱したってんだよ」
「それが本音か、ラウドプラウズ」
「シミラを助けたいってのが最優先だぜ、もちろんな。だがそれと同時に、どうせやるなら後顧の憂いってやつも絶っておきてえ気持ちがあるってこった。オレ様の怒り、憎しみもここらでスカッとさせときてーしな。シミラとは関係ないところで、オレも頭にきてんだよいろいろ」
ベルアニーさんの苦渋に満ちた顔をせせら笑うように、リューゼはあっけらかんと自身の思うところ、シミラ卿救出と同じくらいに抱えている心の内を明かした。
シミラ卿を救う、これは間違いなく本音だろうねー。でもそれだけじゃない、かつての復讐や意趣返しなんて意図も同時に存在しているんだ。
そしてそれは、シミラ卿救出を邪魔するものでは決してない。
いわばもののついで程度、だけども狙えるならば確実に狙っていきたいくらいの重さはある鬱憤晴らし。
調査戦隊の元メンバー、とりわけ中枢にいたんだからこのくらいは当然、考えているよねー……むしろ何をおいても復讐優先! ってなってない時点でまだ良心的ですらあるよー。
「それは困る、と言ってもお前は聞かないのだろうな……」
「エウリデが混乱に陥れば冒険者の活動も阻害される。そこを考慮に入れてみてはくれないのかい?」
「入れた上で断じるぜ、どーでもいいってな。冒険者なんてのァ別にエウリデじゃなくてもできるこった、せいぜいこの国が滅びて喰い散らかされていくのを外から眺めながら、ほとぼりが冷めるまで他所で迷宮なり未踏破区域なりを攻めていけば良い」
「それはそうかもでござるが……いたずらに被害を拡大させるのもどうかと思うでござるよ?」
「知ったこっちゃねえ。そもそも上層部不在となりゃそんな混乱も起きずに他所の国も食い込んでくるだろ、カミナソールよりかは酷いことにゃならん。それでも出る被害は、まぁアレだ、運が悪かったってやつだな」
うーん、恐ろしく無責任。自分の行動でもたらされるあらゆることを一切頓着せず、背負おうとも抱えようともしない姿はいかにも冒険者なんだけど、少なくとも一団を率いる者の姿じゃないねー。
見れば彼女側であるはずのミシェルさんでさえ、言いたいことをグッとこらえている感じがあるしー。器じゃないのがここに来て露呈してきたね。
少なくとも復讐なんてのはリーダーたる者が口にしちゃいけないって、レイアを見て学ばなかったみたいだよー。
じゃあ、ここは一つ本物のリーダーにお声掛け頂こうかな?
貴族として、新世界旅団団長として風格たっぷりのシアンさんを僕は見た。
──彼女は当たり前に、暴虐を説くリューゼリアを制止していた。
「あなたの復讐にエウリデの民をも巻き込まないでいただきたいですね」
一刀両断。まさにそう呼ぶに相応しい断言をもって、団長はリューゼリアを諌めた。
同時に再度、放つカリスマ。ついさっき他ならぬリューゼ相手に覚醒した威圧は、彼女の言葉に重みを持たせ、聞く耳を持たない女傑にさえも届くだけの力がある。
今度は格下としてでなく、ある程度同格の相手だと見たのだろう。リューゼはまっすぐに忌々しげな目でシアンさんを見つめ、呻いた。
「ンだと……?」
「言い換えましょうか? 八つ当たりと。なるほど経緯を考えればこの国の王族貴族はそうされるだけのことをしました。ですがそれをもってなんら関係ない国の民にまで応報を求めるのは、明らかにあなたに許された復讐の範囲を超えています」
シアンさんの言葉はなおも鋭い。この場にいる誰もが思っていただろう、八つ当たりだろそれ……って思いをハッキリと口にしたよー。
そう、ぶっちゃけリューゼの物言いなんて半分以上が八つ当たりだ。
エウリデの王族貴族への恨み辛みは彼女自身のもので、それ自体は正当なものかもしれないけれど、エウリデ国民にまで波及させてはいけないものであるのもたしかなんだ。
だって調査戦隊の解散にエウリデ国民なんて何一つ関わってないんだし。それで復讐の対象とか言って生活を無茶苦茶にされたら、そんなの良い迷惑ってなもんだからねー。
「やられたらやり返す、にも限度というものがあります。やられた分を超えてやり返せば、その超えた分だけ新たな復讐が生まれる。憎悪が連鎖してしまう。それは、冒険者以前に人が踏みとどまらねばならない一線です」
言い切る団長。
冒険者以前に人として、彼女は謂れなき復讐を否定していた。
復讐自体はともかく、エウリデという国そのものを破壊せしめるだけの仕返しは容認できない。そう、強く言い切るシアンさん。
単純な暴力ではそれこそ月とスッポンってレベルで差のあるリューゼ相手にも臆することなく向かい合い、威圧を全開にして挑むように見据えている。
ふん、と鼻で笑ってリューゼもまた、威圧を放った──全開ではない。精々がシアンさんに相対できる程度の出力だ。
こいつ、それなりに団長のことは認めているのかもしれないねー。理解はできずとも、話くらいは聞いてやろうって気になっているのかもしれない。
足を組見直す巨体。じろりとオッドアイがシアンさんを睨めつける。
視線だけで人を殺せそうとはまさにこのことか、ってくらいの眼光をもって、彼女は問いかけた。
「人として、ねぇ……ずいぶん吠えるじゃねえか小娘が、ちょっとオレ様並の威圧を扱えるようになったからって即座に調子に乗りやがったなァ?」
「調子に乗る、乗らないの話ではなく。ましてやあなたに極一部だけ拮抗できたからとか、できないからとかそういう話でもありません」
「あァ?」
「たとえあなたに屈服した私でも、ここだけは決して譲らないでしょう。命がある限り、八つ当たりは止めろと叫び続ける。地を這いながらでも、屈辱にまみれながらでも」
何も関係がない国民までも平気で巻き込み滅べと宣う、それがシアンさんの逆鱗に触れたのだろう。この国の貴族にしては割と珍しく、エーデルライト家はまともな教育を施していたみたいだ。
八つ当たりと再度、リューゼリアの復讐を断言して一歩たりとも引かないと言ってみせる。そこには冒険者としてだけでない、貴族としてだけでもない人間としての決意が見える。
こんなところまでレイアそっくりだ……目を細める。
あいつも、単純に人の命や尊厳、生活が脅かされそうになった時はこんな目をして事態に立ち向かっていた。いけ好かない貴族のクズとか、悪辣な不良冒険者とか、あるいは地上に出て暴れようとしていたモンスター相手の時にね。
一歩だって退けない、退いたらそれだけ犠牲が出る。そんな状況でこそ見せていた光が、決意がシアンさんにも見えたよー。
リューゼが、げぇっ! みたいな嫌そうな顔を浮かべた。あいつはどっちかと言うとあんな目をしたレイアに止められる側の人間だったからねー。
何考えてるのか一目瞭然だよー。"なんでこんなとこまでそっくりなんだよ!? "ってところだろう?
人を率いる者同士、こういうところが似通うのかもねー。
シアンさんはそして、毅然とした態度でリューゼへと告げる。
「無実の者にまで被害が及ぶのであれば、その復讐は正当性なき権限を超えた行為に過ぎない。そんなことのためにシミラ卿を出汁にするのは止めてください──いえ、止めなさい」
「…………言ってくれるじゃねえか、ペーペーが。そりゃ貴族流か?」
「そうであるとも言えますし、そうでないとも言えます──エーデルライト初代、貴族にしてS級としても活躍した我が偉大なる祖先による、家訓です。そしてそれ以上に私の心、私の信念による言葉ですよ、リューゼリア・ラウドプラウズ」
エーデルライトの初代、聞いたことないけどS級だったんだね。貴族なのに冒険者になるって時点で相当趣味に生きている人物だったものを、しかもS級にまで登り詰めてるなんて逆にすごいよー。
そしてそんな人だからこそか、子孫にもいい言葉を残してくれているんだね。無実の人にまで害が及ぶなら、その復讐は権限を超えた行為──加害行動に過ぎない、か。
やったらやり返される。そしてまたやり返すの繰り返しがこの世だってのはなんとなく分かってきてる僕だけど。それだけじゃないはずだってのもなんとなく知っている。
そういう負の連鎖にもルールが有るべきで、そこから逸脱すればそれは別口に新しい復讐が生まれるだけなんだろう。永遠に繰り返すばかりか余計な連鎖まで生み出してたら、この世は本当に地獄になっちゃうよ。
それを分かってエーデルライトの初代さんは、子孫にもその危険性を説いたんだろうか。
復讐そのものの是非は問わない、けれどやられた範囲を超えてはそれは、新しい"やった"に繋がるんだって。
そしてそれを受け継いだシアンさんが、リューゼに今、説いているわけなんだねー。
リューゼも過去のS級の言葉となると、さすがに少し考えたようだった。
横柄な言動はそのままに、けれど彼女の声色がそれなりに軟化した。
「フン……黴の生えた家訓なんぞ後生に抱えるか。やっぱ貴族ってのはいけ好かねえが……まぁ良い、我慢してやらァ」
「!」
「助かる話だが……ずいぶん素直だな?」
「オレ様ァいつでも素直だよ。ま、さっきちょっかいかけたこともあるんだ、借りは返すぜ」
さっき挨拶の時、シアンさんに喧嘩吹っかけたことを引き合いに出して折れたよー。まあ体の良い引き下がる言い訳にしたんだろうねー。
一方的に自分の非を認めるのは嫌なんだろう。相変わらず強情だねー。
「では、足並み揃ったところで改めて話をするが……シミラ卿処刑は二週間後、正午にて行われる。場所はエウリデ王都は処刑場だが、一般市民に公開というわけではなく貴族のみ限定して観覧が可能とのことらしい」
エウリデ国民をも巻き込む形での騒乱にはしない。と、目下のところ一番その辺が怪しかったリューゼリアからも一応の同意が得られ、ベルアニーさんはことの仔細を説明し始めた。
処刑は半月後、貴族のみが見られる形で行うとのことだね……エウリデは娯楽の一環として罪人の処刑を公開する風土なんだけど、さすがに現役の騎士団長を一般衆目の前で殺すまではいかないか。
僕からすると、人が死ぬところなんて何が楽しいんだそんなもんってな話だ。実際に最近は、そんなに平民達の中でも楽しいものとして捉えられなくなってきてるらしいし。
まあ極論、結局貴族の気分次第で明日には自分達がギロチンの露となるかもしれないわけだからね。明日は我が身って立ち位置では、とてもじゃないけど楽しいものとしては見られないだろうさ。
逆に言えばお貴族様にとっては未来永劫楽しめる最高のコンテンツなのかもしれないけど。趣味悪いねー。
「観覧……人が死ぬところは、死なないことが保証されている立ち位置から見れば娯楽ってことかな。嫌になる話だねー」
「対岸の火事は時として甘美さを伴う。自身の安寧を再確認して、かつ今まさに燃え尽きんとする命を見下し蔑むことで己の魂の優位さを確認できるのだな。下衆な話だ」
ベルアニーさんがチクリと嫌味を呈する。彼から、というか大体死と隣り合わせな冒険者からすれば言いたくもなる程度にはおかしな話だからね。
この場のみんなも大体苦い顔をしているよー。例外と言えばモニカ教授とレリエさんで、前者は社会学者としても活動している関係柄か苦笑いしているし、後者は顔を青くして神よ、とつぶやいている。
「中世の革命頻発期のような話だわ……これが当世の文化なら否定するのは傲慢と思うけれど、個人的にはおぞましさを感じずにはいられないわね」
「大丈夫だよレリエ、昨今ではエウリデ内も含めた世界的な風潮として、この手の文化はドン引きものだからね。というか中世の革命頻発期? 古代文明にも当然ながら年代的区分があったのだね、興味深い。この後ぜひ話を聞かせて欲しいんだけれど」
「え? え、ええ……虫食いみたいな知識で良ければ」
古代文明人の物差しから見ても、エウリデのそういうところは到底受け入れられないみたいだねー。
それでもそれが今の世の中ならばと受け入れようとしてくれているところ、敬意に値すると心から思うよー。
でも教授がフォローがてら話した通り、人を殺してそれが娯楽になるような文化は少なくともこの近辺じゃエウリデ特有なんだよねー。
というか昔はどこでもそうだったみたいだけど、人権的な意識が各地で芽生えた結果そういうのはナシでー、ってなったみたいだよ。
未だに古臭い、血腥い娯楽に手を染めてるのは今やエウリデくらいのものってわけ。しかも国内ですら人権が叫ばれるようになる中で白眼視されてきてる文化だし。
それでも娯楽として扱い続ける上層部はやっぱり相当ズレてるんだよねー。
……と、リューゼがそこで盛大に舌打ちをした。明らかに不機嫌そうに顔をしかめて、隣であわわと固まるミシェルさんにも構わず腕を組んでベルアニーさんを睨んでいる。
まあ、今はどうでもいい話だよね、そりゃあ。処刑が娯楽だの古代文明の中世だのなんて雑談よりか、シミラ卿の話をするのが先月に決まってるんだから。
多少気まずげに鼻の頭をかくギルド長に、リューゼはそのまま噛みつくように切り出した。
「しょうもねー話ばっかしてんなよ、ふざけやがって。んな御託はどーでも良いんだよ、とにかくそれまでにエウリデ王都に殴り込みかけんだろ? まさか処刑ギリギリまで待つ、なんて悠長なこと考えてんじゃねーだろうなァ?」
「もちろんだ、我々はそのようなドラマチックな救出劇など演出するつもりは毛頭ない。そんなことをしている間に処刑が行われでもしたら笑い話にもならん」
処刑実行、すなわち救出までのタイムリミットは半月だ。僕らはその間に準備を整え、動き出さなきゃいけない。
ただ、それは処刑当日までたっぷり時間をかけていいって意味でもないんだ。むしろ短ければ短いほど良い、下手に時間をかけると万一こちらの情報が漏れでもした場合、エウリデが期日を早めにかかる可能性も大いにあるわけで。
それを危惧するのはリューゼもベルアニーさんも同じようだった。認識を同じくしつつも、ベルアニーさんがそれを踏まえての提案を行う。
「準備が整い次第、王都は王城に攻め入りシミラ卿を救出する。すでに彼女が捕縛され、地下牢に捕らえられていることも把握済みだからな」
「だろうな……ってかシミラ、地下牢にブチ込まれてるのかよ! 騎士団長だろ曲がりなりにも、テメエらの守護組織のリーダーをンな扱いしやがってるのかよ、あのゴミども!!」
いわゆる可及的速やかにってやつだねー。準備が整ったらその時点で行動開始だ。一切の猶予もないつもりでいかないといけない。
そして思ったよりシミラ卿の状況が悪い。てっきり家に軟禁程度かと思っていたら、まさか捕縛してあまつさえ地下牢に放り込んでいたなんて、ね。
いくら気に食わなくても、いくら罪人扱いしていてもシミラ卿は現役の騎士団長だ。たとえ処刑するにしても捕縛の上、ワルンフォルース家にて監視付きの軟禁くらいの扱いしてるのかと思っていたよー。
それがギルドの掴んだ情報によるとまさかの地下牢に突っ込まれてるなんて。
あそこは大体政治犯とか思想犯、その他重罪を犯した者達が送られるところだって聞くけど、シミラ卿のやったことはそこまで大きなものなんだろうか?
少なくとも僕らにとってはそんなことないだろ、としか言えないよー。貴族たるシアンさんからしても異常な仕打ちみたいで、絶句した様子でそれでも苦しげに呻いている。
「自分達を護る騎士団の長に、そのような仕打ちを加えるとは……!」
「想像以上にイッちゃってるでござるな、この国。まあそんな程度の統治機構ゆえ、ここまで冒険者が力をつけている面もあるから一長一短ってとこでござるが」
「誤解なきよう言っておくと、少数ながらまともな貴族もいるからね、サクラ。それこそエーデルライト家やワルンフォルース家などがそうだ」
呆れ、というか失望だね。エウリデという国にいかにも愛想が尽きたように深くため息を吐くサクラさんに教授が、フォローとしても微妙なフォローを入れる。
エウリデというよりはシアンさんやシミラ卿へのフォローだね……つまるところ彼女ほどの才媛からしても、今のエウリデは一部を除いて救いようがないってことだろう。
淡く苦笑いを浮かべつつ、彼女はさらに続けて言った。
「とはいえ、そうしたまともな家というのは大体煙たがられて、政治中枢からは遠ざけられているのが実情だけれどもね」
「駄目じゃないの、それ」
「駄目だとも。ま、両家ともに今さら連中の尻拭いなどしたくないだろうし、火中のワルンフォルースはともかくエーデルライトは対岸の火事ってところなんじゃないかな? どうなんだいそこのところ、シアン団長?」
「…………ノーコメントで。私とて冒険者ですが貴族、エーデルライトの令嬢です。口にすることが憚られる内容というのは、おそらくみなさんよりも多少はあります」
ちょっと鋭角気味の、際どい質問を投げかけていくねー教授。差し向けられたシアンさんが困ったように口を噤んでいるよー。
エーデルライト家にしろワルンフォルース家にしろ、基本的には国政に関与していない。
シミラ卿が騎士団長として参加しているワルンフォルースは微妙だけど、騎士団長そのものにそこまでの政治的権限がないだろうからねー。どちらにせよ両家ともに、ここに至るまでは第三者に近い立ち位置でいたはずだよー。
それが今回、シミラ卿処刑という形で思いっきりワルンフォルース家が関わることになった。あの家がどう動くかは微妙だけど、まあ普通に考えたら娘を護るために動くんじゃないかとは思うよ。
なんならエーデルライト家だって、今まさにご令嬢が首を突っ込もうとしているわけでそろそろ対岸ってわけでもない。こちらもこちらで、愛娘さんの行動にどう動くかは若干、見ものだねー。
貴族同士のぶつかり合いまで見えてきた構図、正直ちょっと面白さはあるよね。さすがに不謹慎だし言えないけどさ。
コホン、と咳払いしてベルアニーさんが話をまとめる。
「エーデルライトもワルンフォルースも好きにすればいいが、それはそれとしてだ。あくまで我々の目的はシミラ卿の救出のみ。その過程で王城が半壊したり、王族の一人二人が半殺しの憂き目に遭うくらいは構わんが根絶やしは止せ。収拾がつかなくなる」
「半殺しの時点でまったく収拾がつかなくなると思いますけど……」
「こうまであからさまな形で冒険者に喧嘩を売るからそうなる。自業自得だ」
王族半殺しくらいまでは容認するとぶちまけたギルド長に、ドン引きしてレリエさんが指摘する。
いかにも優しい彼女らしい意見だけれど、まあ僕達からすればこれでも温情的な措置なんだよねー。
エウリデからすれば、おそらくはシミラ卿処刑に冒険者はタッチしないとでも思ってるのかもしれない。調査戦隊メンバーだったのは昔の話、今はもうほぼ無関係だから動かないとでも思ってるのかもね。
だってほら、本当に冒険者を警戒するならもうすでにシミラ卿を殺しているもの。わざわざ見せしめにしようって時点でズレてるんだよ、彼らは。
自分達が冒険者よりも上の立場だと思いこんでいるのがそもそもの間違いなんだよー。
主導権はいずれにせよ冒険者側にあるのだと、ベルアニーさんは豪語してみせた。
「ことエウリデという国は冒険者を舐めてかかる癖をして冒険者に依存しすぎた。だからこういう時に決定的に主導権を持てなくなるのだ。愚かしい話だな」
「その辺はやはり、調査戦隊発足で著しく感覚が狂ったところはあるんでしょうね。レイアリーダーは政治的バランスを重視していて、言ってはなんですがことなかれ主義でしたから」
「ああ、ソウマ追放ン時とかなァ……」
今や冒険者を止めることは、少なくともエウリデには難しい。それを未だにわからないのはやっぱり、レイアが貴族や王族達にも優しすぎたからかもしれない。
少なくともモニカ教授やリューゼはそう考えているみたいだったよー。
肥大化したエウリデのエゴ。冒険者を嫌厭しながらもしかし、冒険者に甘え、冒険者に依存することとなった歪極まりない現状の有り様は……他ならぬ調査戦隊リーダー、レイア・アールバドにも一因があるのだとベルアニーさんやモニカ教授は語った。
どういうことかと首を傾げるシアンさんやレリエさんに向け、面白がりつつもどこか、哀しげな目さえも浮かべて教授は語る。
「当世の神話、大迷宮深層調査戦隊。世界各地の英傑達が一堂に会した奇跡のパーティーは、しかし基本的には従順かつ無害、しかして有毒極まりなかったということだよ団長、レリエ」
「従順、かつ無害でありながら有毒?」
「調査戦隊はレイアリーダーの融和的な姿勢、そしてそこからもたらされた莫大な富、利益。エウリデはものの見事に目を曇らせたんだ──冒険者達は自分達にとって良いもの、首輪をつけて制御できるものだと誤認してしまったんだ。リーダー相手の対応が、冒険者全体にも適応できると勘違いをしちゃったんだね」
「調査戦隊以前は冒険者とエウリデの関係はつかず離れず、どちらにとっても益にも害にもならないものだった。それが崩れた結果、エウリデは致命的な思い違いをしてしまったわけだな」
"これまでは互いに不干渉気味だったけど、調査戦隊は従順だし友好的だしこちらにも利益をもたらしてくれた"。
"冒険者というのはつまり、エウリデにとって未開発の鉱山も同然。手つかずの金塊がこんなに近くにいたんだ"。
──"だったら調査戦隊同様、首輪をつけて使い潰してやろう。レイア・アールバドですら従順なのだから、それ以下の冒険者どもなどたちどころに飼い犬に成り下がるはずだ"。
こんなところかな? つまりはエウリデは、レイア個人のスタンスを冒険者全体のスタンスと勘違いしちゃったんだね。
そんな馬鹿な話ある? って感じだけど、実際、調査戦隊以前のエウリデは冒険者についてはそこまでノータッチだった。精々庭先で活動している探検家連中くらいなものだったみたいだし、それがまさか経済的にすさまじい効果を及ぼす底力を秘めていたなんて思いもしていなかったんだろうねー。
まさしく連中からしてみれば冒険者とは大きな金山。国家として従えて上手いこと使えば、相当うまい汁を吸える。
そんな考えで調査戦隊以降も冒険者達を扱おうとしたんだろうけど、その野望は当然のように瓦解した。
当たり前だよね、調査戦隊はレイアじゃないんだ、馬鹿正直に国なんかに従うわけがないんだよ、冒険者なんて人種がさ。
結果としてエウリデは飼い犬候補に幾度となく手を噛まれ、何より調査戦隊解散に伴うあれこれがすっかりトラウマになっちゃって、冒険者相手には敵視と危機感、あわよくば利用したいっていう欲目さえ混じった複雑な視線を寄越すようになったわけだよー。
「そして今、あの頃を忘れられずに一般の冒険者相手に同じ対応をした結果、ものの見事に反発を食らっている……ははは、まるで遅効性の毒だ!」
「結局"絆の英雄"は優しさというより甘すぎたのだろう……ともかくそんなわけで、奴らは冒険者相手にはそこまで強く出られん。実力的にも立ち位置的にもな。だから今回もグンダリを直接処罰せず、シミラ卿に八つ当たりまがいの処刑を行おうというのだ」
嘲笑うモニカ教授に、鼻で嗤うベルアニーさん。二人からしてもこの顛末は、馬鹿馬鹿しいと断ずるに躊躇いはないみたいだ。
実質的にシミラ卿は八つ当たりの対象なんだ。面と向かって僕を相手にしたらレジェンダリーセブンが動くかもだし、そもそも僕個人の戦力だけでも国レベルの脅威だしで直接手出しができないから、鬱憤晴らしも兼ねて彼女の首を落とそうって魂胆なんだね。
気の毒な話だ、だからなんとしてもシミラ卿は助けなきゃ。
エウリデはびっくりするだろう、まさか彼女を助けるために僕を含めた調査戦隊元メンバーにギルドが組んで襲撃するなんてね。
……すべてが欲による物差ししかないだろう貴族の、限界がそこなんだ。仲間を、同胞を護らんとする冒険者の心、絆。そこにまで目が向かないから、こういうことになるのさエウリデは。
「シミラ卿は我々と同じ釜の飯を食った仲間だ。たとえ騎士団長となった今でもそれは変わらん」
「当然だァ。だからあいつが殺されるってんなら、そいつを防いであいつを護る、助ける。そういうこったな」
「そうだ。冒険者は明日をも知れぬ稼業だ。だからこそともに生きる同胞を大事にする……人の心を知らぬはエウリデ。ゆえにやつらに教えてやろう。金より地位より名誉より、大切にせねばならないものこそが人を人たらしめるのだと」
ベルアニーさんの口上に、一同頷く。
それぞれ思うところ、考えることは違うだろうけどその一点だけは一緒だ。脅かされている仲間を助ける。たとえ一戦交えてでも!
損得を超えたところにこそ絆はあるのだと、今一度エウリデに骨の髄まで知らしめてやろうじゃないか!