【完結】ニューワールド・ブリゲイド─学生冒険者・杭打ちの青春─

 リューゼ達と適当に話しながら迷宮を逆戻りする。地下9階くらいからならもうショートカットルートを探す手間のが大変なので、普通に地下1階まで戻る予定で進み、今や地下4階にまで至っているよー。
 特に問題なくギルドにまで戦慄の群狼の二人を連れていけそうだとちょっぴりホッとする。いやまあ、ここからリューゼが急に気が変わったとか言い出したらまた一悶着だけど。
 いくらなんでもそんなことはしないと信じたいよねー。

「あ、あの! 杭打ちさん、ちょっと良い……?」
「……うん? どうしたのヤミくん」

 と、軽くだけどいきなりマントを後ろに引っ張られて何かなー? と振り向く。古代文明人の双子、ヤミくんとヒカリちゃんがそこにはいて、二人とも興味津々の様子で僕を見ている。
 なんだろー? と首を傾げると、ヤミくんがちょっぴりと緊張した様子で、僕に尋ねてきた。

「あ、あの! そ、ソウマって今、もしかして杭打ちさんの名前なの!?」
「…………あー。まあ、ね。あんまり他言しないでね?」
 
 しまった、さっきリューゼがしれっとソウマとか言ってたね、そう言えば。レオンくん達にとっては初めて聞く名前だろうし、あの"杭打ち"の名前ってなると目を剥くのも無理からぬことだねー。
 キラキラした期待の目で見てくる双子。周囲を見ればレオンくんにノノさんやマナちゃんもめちゃくちゃガン見してきてる。

 怖……くはないけど、困るよー。顔と形姿、名前については極力隠してるんだから、不用意に漏らさないでよ、リューゼー。
 いやまあ、レオンくん達は良い人達だから僕の個人情報を得たからと言って、それで何か悪さするとは思えないんだけど。それでもなるべくなら秘匿しときたかったものでもあるから、対処に困るー。

 とはいえ双子相手に本気で"今見聞きしたことは忘れろ"なんて言えないし、仕方ないなあ。
 やむなく僕は頷き、ソウマって名前であることを肯定した。続けて頼むから内密にねってお願いすると、さすが双子はいい子達だよ、こくこく何度も頷いてくれたよー。

 はあ、これで一安心かな?
 そう思ってると巨体が、リューゼリアがつかつかと近寄ってきた。
 妙なものを見る目で僕を見つつ、怪訝そうに言ってくる。

「なんだァ、名前隠してんのか? 女みてーなツラ隠すのは分かっけどよ、何もオメーそんなことまで隠さなくてもいいだろォに」
「いろいろあるんだよ……っていうかまた言ったなお前、そろそろ本当に叩きのめすよ!?」
「ヘッ、何言ってんだ、よっ!!」

 性懲りもなく僕を女の子みたいに言う! うがーって吠え立てると、リューゼはそれさえ鼻で笑い、僕の頭に手を伸ばす。
 何をするつもりか知らないけどどうせろくなことじゃない、そう思って避けようとすると直前でものすごいスピードと力でガシッと、肩を掴んで固定してきた。

 こいつ、やっぱりさっきの戦いは本気じゃなかったな!? 予想はしていたけど想定よりも大分早い動きに対応しきれず、目深にかかった帽子にあいつの指がかかる!
 あーっまずいー!! 思うもつかの間、あっという間にリューゼは意外に細っこい指で帽子を器用に手繰り寄せ、僕の頭から取り外してしまった。
 さすがにこれには慌てて、割と本気で飛びかかる。

「!? おい、帽子返せ!!」
「お前今年で15だろ? なんで3年前とほぼ変化してねーんだよ、成長期どこ行った。変声期も迎えてねーよな、その声」

 必死に手を伸ばすもタッパが違う、手を高く伸ばしたリューゼに届かない!
 仕方なし勢いよくジャンプして防止を奪取、何だけどもう遅いよねー……唖然と、ていうか呆然と? してる煌めけよ光の皆さんの視線が痛い。

 そしてやらかしてくれたリューゼはリューゼでなんか、化け物を見る目だし。悪かったな15歳にもなってほとんど3年前と変化なくて!
 思い切り個人情報をばらまいてくれやがった馬鹿を思い切り睨みつけて僕は叫んだ。

「歳をバラすな!! 真っ最中だよ成長期については! 一応身長伸びてるんだよちょっとだけ、ほっとけよー! ……あと変声期についてはマジで来てなくて自分でもビビってるんだから本当に止めて、話題にさえ出さないで」
「そ、そうかィ……いろいろ大変なんだな、オメーも」

 わりーわりー、とここに来て初めて申しわけなさそうに笑うリューゼリア。遅いよー、遅すぎるよー。
 ……まあ、レオンくん達だけってのは不幸中の幸いだしまだいいんだけどさ。これが不特定多数の衆目の中だったら、本気の本気で殺し合いだったよ。
 まったく、憂いに吐息を漏らしてレオンくん達を見る。初めて見る僕の素顔に、彼らは揃って感動気味に興奮していた。
 
「──子供、それも女の子!?」
「杭打ちの素顔見ちまった……っていうかマジかよ、15歳って」
「ぴぃぃぃ……! し、正体知っちゃいました、消されちゃいましゅぅぅぅ……!!」
「消すわけ無いでしょ!? あと僕は男だ、ダンディな男だよー!!」
 
 失礼すぎるよー!?
 こんな快男児捕まえて何が女の子だよー!!
「ミシェル殿……おたくんとこのリーダー、思いっきりやらかしてくれてるんでござるが。これどう落とし前つけるんでござる?」

 鮮やかなまでに人の隠し事を暴露してくれやがった元仲間、元調査戦隊のリューゼリア。
 レオンくん達だけだから良かったもののと頭を抱える僕を心配してか、サクラさんがミシェルさんに抗議した。

 静かながら割と本気の声音だ、怒りを感じる……いや、その、そこまで本気でキレられるとこっちとしてもちょっと怖いというか。逆に僕が冷静になっちゃうっていうか。
 ましてミシェルさんは直接関係のない立場だし、格上もいいところなSランクに睨まれて冷や汗を流しながら、引きつった顔で何度も頭を下げているよー。
 これはこれでいたたまれないー。

「も、申しわけありません……リーダー! やりすぎです、彼には彼の事情があるんですよ!?」
「ン……いや、でもよぉ。勿体ねぇしよ、こいつがコソコソ身を隠してるなんざ」
「でももかかしもありません! 理由があるから隠しているのではないですか! それを無理に暴き立てるなんて、人として恥ずかしいことではないのですか!? それでも一団を率いるリーダーなのですか!?」

 お、おおーう。ミシェルさん大激怒だよ、怖いよー。
 サクラさんや僕の手前、怒らないってわけにもいかないからあえて過剰にキレて見せているところはあるんだろうけど、必死さがすごくて普通に圧倒されちゃう。
 怯えてヤミくんとヒカリちゃんが僕に抱きついてきたよ、よしよし怖くないよ、僕が守るよー。父性が湧くよー。

 双子を守るように庇っていると、ミシェルさんの剣幕にリューゼもタジタジだ。
 さすがに身内に本気でキレられると慌てるみたいだね。慌てて僕に向け、誤魔化すような笑みとともに頭を下げてきたよー。
 
「わ、悪かった! わーるかったよソウマァ、勘弁してくれ!」
「まったくガサツな……人の気持ちを考えろってそれ、レイアにもウェルドナーさんはじめ調査戦隊のみんなからいつも言われてたろー!? なんで直ってないんだよー!?」
「苦手なんだよそーいうの……大体隠す理由なんてねェだろ。調査戦隊最強の冒険者がまるで犯罪者みてーに身を隠してるなんざ、オレからしちゃ意味不明すぎて腹立つんだが」

 む……思わぬ反論にちょっぴり言葉が詰まる。
 リューゼの立場からしてみれば、たしかに僕がここまで徹底して正体を隠しているのは理解不能だろう。まさか"杭打ち"としてでなく僕を見てくれる運命の初恋の人と巡り合いたいからーなんて言っても信じないだろうし、ねー。

 まあ、あとは正体バレして学校とかで面倒事に巻き込まれるのは嫌だからってのもあるしー。
 目下のところ一番の問題児だったオーランドくんは他国に行っちゃったからアレだけど、どうせ二学期になったら戻ってきてまた、ハーレム野郎になるんだろうしねー。

 その辺の複雑極まる事情を逐一、説明するのも大変だ。
 僕はいろんな箇所を省いてまとめて簡略化して、端的にリューゼに伝えることにした。

「……今の僕は学校に通ってる。身バレすると後が面倒になるから、それで姿と名前を隠して冒険者"杭打ち"をやってるんだよ」
「あー、モニカの手引だっけか? テメェが学生ねえ、なんの道楽なんだか知らねえが、楽しいかよ?」
「結構楽しいよ、友達もいるし……リューゼは僕くらいの年の頃、学校行ったりはしてなかったの?」
「行ってたが、だいたい喧嘩ばっかしてたからそれ以外の記憶はねぇなぁ」
「えぇ……?」

 なんだよそれ、野蛮すぎるよー。チンピラか何かかなー?
 完全に不良学生だよ、それも学校を裏で統べてるタイプのやつ。

 そんな頃から泣く子も黙らせる"戦慄の冒険令嬢"だったらしいリューゼリアに、僕もミシェルさんも煌めけよ光の面々もドン引きの視線を禁じえない。
 唯一サクラさんくらいかな? へぇやるじゃん、くらいに感心してそうなのは。ヒノモトはこれだからズレてるんだよいろいろー。

 お互い大変だねー、とミシェルさんを一瞥してから、仕方ないと僕はレオンくんへと言った。
 知られちゃったものは仕方ないんだし、せめて広まらないようにお願いだけはしとかないとねー。

「レオンくん達、そういうわけだから……悪いんだけどこのことは誰にも言わないでもらえると、嬉しい」
「あ、ああ! もちろん誰にも言わない! 冒険者として、いや人としてそれは誓うぜ! なあみんな!」
「言えるわけないじゃないこんなこと……言ったらそれこそあとが怖いし……」
「ぴぃぃぃ……わ、忘れたいでしゅぅぅぅ」

 まっすぐで熱血で、そしてやはり善人チックに頷いてくれるレオンくんはともかく、ノノさんやマナちゃんのビビり方がエグいよー。
 別に広まったとて、二人をどうにかする気はそんなにないのにー。まあ、ビビってるくらいのほうがこういう場合、いいのかもねー。
 
「あ、あの……! 知ってる人だけのところなら、ぼ、僕もその、言っても良い?! そ、そ……ソウマさん、って」
「……ま、まあそのくらいは。ヤミくんにヒカリちゃんは言いふらしたりしないって信じてるから」
「! う、うん! 絶対に言いふらしたりしないよ、僕と、あいや僕達とソウマさんとの秘密だよ!」
「ふふ、そうねヤミ。私達だけの秘密ねー」
 
 ヤミくん、ヒカリちゃんが興奮からか顔を赤らめて尋ねてくる。
 こちらに関しては何でもオーケーだよー、かわいいよー。双子にはついつい甘くなっちゃう僕だよ、なんかパパになった気分になるからねー。
「パーティーメンバーを探しに行かせた結果、リーダーをも伴って帰参するとはな。話が早くて助かるが、相変わらずの破天荒さだなラウドプラウズ」

 レオンくん達とも合流して、無事に町にまで戻ってギルドに辿り着いた僕達。
 リューゼの姿を見るなり慌ててギルド長室に通してくれたリリーさんが、戦々恐々って感じの顔をしながら退室していくのを見送ってからすぐ、ギルド長ベルアニーさんがそんなことを言った。
 開口一番、皮肉っぽい物言いだよー。

 対するリューゼ、これにも鼻で笑うのみだ。3年前なら煽られたと判断してすぐに殴りかかろうとしていたろうねー。このへんはやっぱり、彼女の精神的な成長を感じるよー。
 とはいえ気性の荒さは相変わらずだから、皮肉には獰猛な笑みとともに皮肉で返すばかりだ。
 
「ヘッ、かくいうジジイも未だにピンシャンしてんのかい。そろそろ隠居してもいい時期じゃねえのか? なんならこのギルドオレ様にくれても良いんだぜ、戦慄の群狼に組み込んだらァ」
「それはもはやギルドとは言わん。ギルドの定義から勉強してくるのだな、小娘」

 軽口、というには刺々しい言葉の応酬。その場にいるのは迷宮に行ってたメンバーとベルアニーさん、新世界旅団のシアンさん、レリエさん、モニカ教授なわけだけど……特にレリエさんがピリついたやり取りに身をすくませているねー。

 反面、団長と教授は特に動揺した様子もなく堂々たるものだ。元より調査戦隊時代にこんな程度のことは当たり前レベルで体験してきた教授はともかく、シアンさんの胆力はすごい。
 おそらくはその手の訓練を受けてきたんだろう、エーデルライト家で。貴族ながら冒険者を多く輩出してきた家だからねー、いつかの巣立ちに備えてみっちりと基礎能力を鍛え上げていてもおかしくないよー。

「っ……」
「大丈夫だよレリエ、リューゼリアは見かけによらず時と場合、相手は弁えている。手負いの獣じみた、隙を見せればすぐさま食い千切られかねないような空気は見せかけと言うよりわざと出しているに過ぎない。メンツを気にする子なんだ」
「何があろうと私の団員に手出しはさせません。まして反撃能力を持たないレリエやモニカはなおのことです……安心して、私を信じて」
「え、ええ……信じるわ、シアン」

 美しい三輪の花、それらが織りなす友情の姿だよー!
 お美しすぎて目が潰れそう。シアンさんにレリエさんは元より、口さえ開かなきゃモニカ教授だって壮絶な美女だからねー。3人でソファに並んで仲睦まじくしている様子は、見ているだけで恋に落ちそうだよー、もう落ちてるー。

 素晴らしい光景に目を細めていると、ベルアニーさんが2回、手を打ち鳴らした。じゃれつくのはこの辺にして本題に入ろうって仕草だね。
 もうちょっと、もうちょっとこの光景を見たかった……! でもまあ、今後いつでも見られるんだからまあ良いかな。良いものは何度見たって良いんだ、だから何度でも見られる僕はとんでもない幸福な男なんだよー。えへへー。
 
「新世界旅団の二人、並びに煌めけよ光の面々もご苦労だったな。諸君らは大変大きな功績をあげてくれた、ギルドとして後ほど、報酬を与えよう」
「どもー」
「ござござー」
「あ、ありがとうございますギルド長!!」

 まずはミシェルさんを探した結果、まさかの本丸であるリューゼまで引き連れてきた僕達への賞賛が送られた。
 褒賞もつくってさ、やったね。

 リューゼを引っ張ってきたことで話が数段階、すっ飛ばしで進められるからねー。それはすなわちシミラ卿救出も捗るわけで、そりゃベルアニーさんからすれば拍手の一つもしたいってなものなんだろう。

「やったぜノノ、マナ、ヤミ、ヒカリ! 報酬だ報酬!」
「新世界旅団にどっぷりもたれかかってただけだけど、まあありがたいわよねえ」
「えへ、えへへへ……!」
「ご褒美だってさ、ヒカリ!」
「美味しいもの食べられるね、ヤミ!」

 思わぬ報酬にレオンくんや仲間達が浮かれて満面の笑みを浮かべている。新人さんらしくて良い姿だよ、こういうのが冒険者の醍醐味の一つだよねー。
 ヤミくんにヒカリちゃんも子供らしく大はしゃぎでほっこりするよー。周りの大人、特にベルアニーさんなんか露骨に目尻が下がってる。おじーちゃんには孫みたいに見えてるのかなー?

 とまあ、和む光景もそこそこにして、いよいよ本題に入る。本質的に部外者な煌めけよ光の面々はこれにて退場だ、手伝ってくれてありがとうー!
 5人が退室して、スッキリしたギルド長室。ベルアニーさんはそして、さてと前置き程度に分かりきった話をシアンさんへと向けた。
 
「さて……エーデルライト団長、期せずして戦慄の群狼リーダーであるリューゼリア・ラウドプラウズと今ここで話し合いをできる状況が整ったわけだが……どうするね?」
「しない理由がないでしょう、ベルアニーギルド長。我々はワルンフォルース卿救出のため、打てる手を可能な限り打てるタイミングで打つべきなのですから──その前に自己紹介をさせていただきたくは思いますが」
 
 当然と頷くシアンさん。その瞳は力強い光をもって、リューゼリア相手にも一歩も引かない様相だ。
 そして……新世界旅団団長と戦慄の群狼リーダーの、初顔合わせが始まった。
 向かい合うシアンさんとリューゼリア。
 新世界旅団と戦慄の群狼──そのトップが初めて顔を合わせ、そして言葉をかわす瞬間だ。僕はそれを、少しばかりの緊張とともに眺めている。

 シアンさんは無表情を貫いているけど、内心の緊張はどうしても雰囲気に出ている。片やリューゼリアのほうは余裕の笑みを浮かべて、物理的な高みから団長を見下ろしている──まさしく子供と大人ってくらいの身長差。
 見た目の差がありすぎるくらいある二人。けれど気迫だけは負けないと言わんばかりに、シアンさんは口を開いた。
 名乗りを上げる時だ。

「初めましてレジェンダリーセブン、"戦慄の冒険令嬢"リューゼリア・ラウドプラウズ。私は新世界旅団団長、シアン・フォン・エーデルライトと申します」
「早速会えたなァ小娘。いかにもオレがリューゼ様よ……モニカも久しぶりだな、元気してたか」
「まぁね、身内の恥が物理的に退場してくれてすこぶるいい調子だ。これも我らが団長のおかげと言えるかもしれないね?」
「…………!」

 わお。いきなりシアンさんを飛び越して旧知のモニカ教授に行ったね、リューゼ。
 つまるところそれは、彼女は面と向かって相手をするに値しないと言っているも同然な、露骨な見下しだ。お前なんかどうでもいいから教授と話させろ、なんて厭味ったらしいのが露骨だよー、ムカつくー。

 教授は当然意図を理解していて、最低限のフォローとばかりに団長を持ち上げる。苦笑いしているあたり、リューゼの挑発的言動に思うところはあるみたいだ。
 一方でシアンさん、無表情に亀裂が走った。ここまで面と向かって素気なくされたのは中々ない経験だろうし、貴族としてはありえない対応だからね。さすがに顔色だって変わるよー。

 ……初顔合わせのタイミングじゃなければ、もうこの時点で僕とサクラさんは暴れてる。リューゼリアを叩きのめして地面に這いつくばらせ、土下座させてごめんなさいを100回くらい連呼させてやっている。
 僕が見込んだ団長に何してくれてんだ、コイツ。彼女への侮辱は新世界旅団への侮辱、それすなわちは僕への侮辱だ。サクラさんも同様だろう、微笑みの中に殺気が見え隠れしていて、隣のミシェルさんに冷や汗をかかせているね。

 一触即発。あからさまにこちらを舐め腐ってくるリューゼに、シアンさんはしかし、毅然とした表情を向ける。
 そう、そうだよシアンさん。この局面はリーダー同士のマウントの取り合い、ある種の戦いなんだ。僕らはどうあれあなたの味方だけれど……部外者にも分かりやすくどちらが上でどちらが下かを示すには、やはりあなたが踏ん張るしかない。

 これもリーダーの、団長の戦いなんだ。だから頑張って、シアンさん!
 祈るように彼女を見ていると、リューゼがそんな団長を見、ふんと鼻を鳴らした。
 
「フン……目は良いな、そこは認めるぜ。レイアの姉御にも似た、尽きることのねぇ野心の光だ。何度も見てきた、気持ちのいい目だ」
「畏れ入ります」
「……だがそれだけじゃいけねーってのは分かってるよなァ、おい。仮にもソウマを引き入れたんだ、当然、テメェにもなんかあるんだよなァ、えぇ?」
「っ!!」
 
 にわかにシアンさんの瞳、眼差しを褒め──僕と同じに、レイアのソレと同じものを見出したみたいだよー──直後、放たれる威圧。
 レジェンダリーセブン、世界屈指のSランク冒険者としての実力をいかんなく発揮した、本物の、本気の威圧だ。全力じゃないだろうけど、新人の娘さんを気絶させるくらいはわけないほどの、慈悲のない威力をリューゼリアは放つ。

 威圧自体は何度か経験しているだろうけど、さすがにこのレベルは初めてのはずだ。体験するには時期が早すぎるのもある、そもそもそこまで鍛えきれてもいない!
 それでもにわかにたじろぎ、数歩下がっただけで済んだシアンさんをこの場合、褒め称えるべきなんだ……厳然たる事実として、この時点で上下の格付けがついてしまったも同然だとしても。

「くっ……!?」
「どしたィ小娘、反抗できねぇのかァ? ちょいとした威圧程度で音を上げてちゃあ、ソウマが従う理由はねえやなァ」
「…………何、を」
「やっぱソウマ、お前こっちくるか」

 蔑むように見下し、たじろぐシアンさんを一瞥してからの、僕への勧誘。
 そこに揶揄や冗談、皮肉や嫌味の色はない。完全に、心底に本心から、リューゼは僕を誘っていた。
 ──戦慄の群狼の鞍替えしないかと、このタイミングで言ってのけたのだ。
 
「嫌だよバカバカしい。なんでお前の下につかなきゃいけないんだ」
「そりゃオメー、こいつが弱っちいからさ。弱いやつに従うなんざ無駄だ、何もかも。特にお前さんみてぇな、強いやつはな」
「……!!」
 
 打って変わって親しげな笑み。シアンさんをまったく見るべきもののない小物とした瞳で、僕を評価してくる。
 それでいてシアンさんを当て擦るような物言いをして、彼女はなおも続けて言った。
「理想だなんだと御託並べても、結局冒険者ってのは力がすべてだ。弱いやつにはなんもできんし、強いやつにはすべてが許される」
「っ……何を」

 元調査戦隊最強格たるレジェンダリーセブン、その一角としての力を発露させての威圧。
 大人げないほどに自身の武を、威を示すリューゼリアはそんなことをつぶやいて、シアンさんをことさら強く見下した。

 侮蔑ではない。これは哀れみの、憐憫の視線。弱い者に向ける強者の、傲慢がにじみ出た苛立たしい目だ。
 僕が一番嫌いな目だ……だけどまだ動けない。まだシアンさんは抗っている。新世界旅団団長として、たじろいでも折れるまでは至っていないなら、まだ僕らは成り行きを見守るしかできない。
 この問答は謂わばリーダー同士の勝負なのだから、ね。

「その点言えばソウマなんてのは、手に入れた陣営が強制的にトップ層になっちまうほどの力を持つ……だからこそ、テキトーなやつにゃ渡せねえよなあ?」
「私は……適当などでは……!!」
「弱い。威圧も半端。おまけに気圧され方も半人前ときた。これがテキトーじゃなきゃなんだァ? ガキが最強を手にして浮かれてたのが丸分かりだぜ」

 威圧を受けて、息をするのも難しい中、それでも反抗の声を上げる団長。大したもんだよ……世界トップクラスに、ここまでやり込められてそれでもまだ闘志を衰えさせていない。
 その瞳には変わらず野望の炎が、未知なる冒険への憧れが絶えず燃えているんだ。

 シアンさんがそうである以上、僕もサクラさんもレリエさんも、あるいはモニカ教授だって彼女の下は離れないと強く思う。
 少なくとも僕は離れないさ、彼女が彼女である限り。それにリューゼリアの戯言なんて関係ないよ、僕は僕がそうしたいからシアンさんについていってるんだ。

 そこを勘違いしてるあいつの姿こそ、まだまだ一人前には程遠いね。
 冷めた目で見る僕に気づくこともなく、リューゼリアはさらに言葉を重ねる。
  
「器じゃねえのにソウマを手にするなんざ、運が良かったのは認めてやるがそれもここまでだ。ソウマを手放して新世界旅団は解散しな。安心しろ、テメェも戦慄の群狼には入れてやるよ。トイレ掃除からの見習いでなァ!!」

 いろいろラインを超えてくれた発言だ、そろそろ動こうか……サクラさんも無表情になりカタナに手をかけ、隣のミシェルさんが顔面蒼白の様相を呈する中、僕も杭打ちくんに手を伸ばした。
 これ以上はリーダー同士のやりとりですらない、一方的な誹謗中傷、暴言、あるいは度を超えた侮辱だ。そこまで許す僕らじゃないよ、当然ね。


 ──土手っ腹に風穴ブチ空けてやる。
 

 かつての仲間だとかそんなの関係なく殺意を剥き出しにする。今ここでこいつを終わらせて、やってくる戦慄の群狼も殴り倒して逆に吸収してしまえばそれで終わりだ。
 リューゼリアこそトイレ掃除がお似合いだ、ていうか昔死ぬほどしてたもんね、やらかしまくりのペナルティとして。
 3年のうちにずいぶん、僕が嫌いなタイプの人間になったもんだなと残念に思いつつ仕掛けようとした、その矢先。

「…………ふざけるな」

 シアンさんが、静かに一歩前に踏み出した。
 おぞましい威圧を受けながら、それでも前に進んだんだ。そして両の足、両の瞳に力を込めて、リューゼリアを思い切りにらみつける!

「おっ……?!」
「わたしを……私を舐めるな、リューゼリア・ラウドプラウズ!!」
「…………!!」
「シアン……!」

 ──咆哮。これまでにないほどの威圧、カリスマを放ちながらの叫びが室内にいるすべてを圧倒した。
 シアンさん、ここに来てまた一つ壁を超えたんだ。直感的に悟り、僕は息を呑んだ。

 彼女にとって、この局面は危機だったんだろうね。生命じゃなく、心の、尊厳の、そして夢と野望の危機だ。
 リューゼリアの強力な威圧にさらされながら心を折られそうになり、それに抗することさえできないで部下の前で侮辱されそうになって……その土壇場で、潜在的な能力が引き出されたんだろう。

 リンダ先輩の時と同様、壁を超えてみせた。
 今やリューゼリアに抗えるだけのカリスマを、本能的なところで放つシアンさんは紛れもなく強者の風格を漂わせている。
 その風格をさらに意図的に引き出して、彼女は吼えた!
 
「たとえ新人であっても若手であっても、心は遥かな未知を見据える、私は冒険者だ! 心に宿したこの炎は、たとえレジェンダリーセブンであっても否定はさせない!!」
「テメェ……!」
「あなたこそ、戦慄の群狼こそ我が傘下に加わりなさい! 掃除などはさせません……我が身を侮ったあなたは、その分新世界旅団のために力を尽くすのです!!」

 トイレ掃除しろとまでふざけたことを言ってきたリューゼリアに、渾身の力をもって言い返す。
 戦闘力に依らない、気迫や威圧の面で言えば……シアンさんは一気に、リューゼにも届きかねないところまで到達したよー!!
 土壇場での覚醒、と言うよりは元からの底力が引き出されたってところだろうか。
 対峙する前より遥かに強い威圧を放つシアンさんは、今やリューゼリア相手にも一歩踏み出せるほどにそのカリスマを拮抗させている。
 
 カリスマ、威圧、あるいは支配力……この手の能力は迷宮攻略法でもある程度までしかカバーできない、半分以上が天性の素質に依る部分だ。
 実際、リューゼリアには生まれついてのカリスマなんてありはしなくて、今放ってるのは迷宮攻略法の一つ、威圧法を駆使しての擬似的な支配力だからねー。
 逆に天性の素質、貴族としての生まれ育ちに由来するカリスマを持つシアンさんなら、現時点でもある程度は対抗できるんだよー。

 もっとも、さっきまではほとんど眠っていた素質で、今も少しばかり引き出したって程度だろう。
 目覚めたばかりの力に、意識のほうが少し追いついてなさげだ。脂汗をかく団長を見て、リューゼリアは顔をしかめて告げた。

「オレ様の威圧に抗ったのか、褒めてやらァ……だが志だけ一丁前でもなァ。そんな意気込みだけのカスなんざこの世の中、ごまんといるんだぜ、小娘」
「意気込みだけ、大いに結構っ!!」
 
 なおもシアンさんを見くびる彼女に、けれど返される力強い断言。まさしく開き直りの言葉だけれど、そこに込められた想い、祈りは生半可なものじゃない。
 意気込みだけ。たしかに今はそうだろう。シアンさんは今はまだ弱いし、新人さんだし、経験もろくにない。大言壮語と壮大な夢ばかりとカリスマが持ち味の、少し探せばそれなりにいそうな冒険者でしかない。

 だけどそんなの、掲げた夢の灯火の前にはなんの理由にもなりはしない。
 シアンさんが、燃えるような瞳を宿して力強く言い放つ!

「信念も大義もない、力だけの輩などそれこそ単なる暴力装置! 志あってこその力、理想あってこその現実なのだと知りなさい!」
「…………ほう」
「誰もが最初に掲げるは、力ではなく志のはず! あなたもかつてはそうだったでしょう……己の始まりさえも貶めて、それが冒険者としての姿とでも言うつもりですか、リューゼリア・ラウドプラウズ!!」

 今届かないならいつか届かせる。今できないならいつかできるようになる。そのために今、この時を必死に積み重ねる。
 誰だって初めは何も持たないんだ。それでも想うところが、目指したい夢があるから進んでいける──レイアやリューゼリア、調査戦隊のみんなもそれは変わらなかっただろう。

 鼻で笑った意気込みだけど、誰もがそこから始まったんだ。
 どうやらそれを忘れてるらしいかつての同胞をこそ、僕は軽くせせら笑ってやった。

「ハハ……お前の負けだよ、リューゼ」
「…………ソウマ」
「誰もが最初は口だけだ。誰も彼も、始まりは夢みたいな理想だけなんだ。それはお前だって同じだ……お前は自分の起源をもカスと言うのかな?」
「言うわけねぇだろ。つうかそもそもオレ様は最初から強かったっつーの」

 強気にふんぞり返るけど、さすがに負けを認めはしたみたいで威圧がすっかり消えていく。代わりに僕を睨んでぼやくんだけど、最初から強かったからってそれが何? って話だよねー。

 強さで人を選ぶんなら僕なんかは永遠に一人ぼっちだ。そんなところじゃない部分に価値を見出だせたから今、ここにこうしているんだよね。
 弱くても、まだまだこれからでもシアンさんにこそついていきたい。そう思わせてくれるだけでももう、それは僕にとってリューゼにも勝る彼女の魅力なんだ。サクラさんやレリエさん、モニカ教授にとってもそうだろう。

 強さに負けない夢を、理想を掲げてくれる団長こそが僕を連れて行ってくれる人だと信じる。
 そんな僕の想いをようやく感じ取ったのか、リューゼは肩をすくめた。一触即発の空気が霧散して、シアンさんも緊張から解放されてその場にてふらついていた。

「ぅ……」
「シアン!」

 体力も気力もごっそり削られたんだろう、とっさにレリエさんが介抱し、ソファに座らせて優しく背中を撫でさすっている。
 お疲れ様……団長。あなたはたしかに新世界旅団のリーダーとして、レジェンダリーセブンにさえ負けない姿を見せてくれたよー。

 団員としてとても、誇らしいねー。リューゼがつまらなさそうに呻く。

「ハン…………まあ、それなりにわかったぜ。小娘、テメェはたしかにレイアの姉御に似てるな」
「ソウマくんにもそれは言われますが、そんなになのですか?」
「見た目や声の話じゃねえぞ、性格も違う。だが放つカリスマだけはそっくりだ。ソウマ、モニカ。オメーらもこれに引っかかったのか」
「自分から飛び込んでいったんだよ。彼女とならまた、冒険してもいいってそう思えたからねー」
 
 彼女は彼女なりに、シアンさんを見定めたみたいだ。新米、雑魚。だけど小物でもないって印象かなー。
 今はそれでも良いよー。そのうちもっともーっと、団長のすごいところを目の当たりにするんだろうからねー。
「で、そろそろいいかねじゃれあいは? 若いことで結構だが、時と場合は弁えてもらいたいものだな二人とも」

 シアンさんとリューゼリアの睨み合いにも一段落ついた頃合いで、ギルド長のベルアニーさんがそんなことを言ってきた。
 いかにも紳士然としているけど声色や口調は皮肉めいている、という表現がぴったりくるねー。

 実際、TPOを弁えたやり取りだったかって言うとそれは間違いなく違うからね。吹っかけたのはリューゼだけど乗っかったのはシアンさん、固唾を呑んで見守るだけだったのは僕達みんなだ。
 そりゃあ呼びつけた側としては苦言の一つも呈したくなるってなものだろう。本来の目的そっちのけで、なんかパーティー同士の競り合いしてるんだもんねー。

 そこは申しわけない話で、シアンさんも慌てて頭を下げた。まだまだ新人、それも育ちのよろしいお貴族さんだし、ギルド長へも礼儀正しいよー。
 
「失礼しました、ギルド長」
「けっ、何を今さら良識人ぶってんだタヌキジジイが。テメェが一番この手のいちゃもん、あちこち相手にふっかけてきてたろーが昔はよォー」

 反面、冒険者として完成されているリューゼリアの態度はビックリするくらい反抗的だ。普通の冒険者でももうちょい丁寧に言い返すものを、歯に衣着せぬってこのことだよねー。
 これについては彼女がベルアニーさんを嫌いとかって話ではなく、ギルド長なんて役職付いてるからって調子こいてんじゃねー的な、冒険者特有の反骨心から来るものだ。

 冒険者なら大小あれど、概ね偉そうにしているやつなんて立場関係なしに噛みつきたくなるものだからねー。
 だからギルド長なんて立場は実のところ、恐ろしいまでに貧乏籤なんだよー。上に立たれたと見るや即座に喉笛を掻き切ってやろうって連中の、明確に上に立とうっていうんだからねー。
 どれだけ報酬がよくても、どれだけ特別手当や福利厚生が桁違いでも僕はぜーったいにこんな役職就きたくないや。

 今まさに下手なこと言ったら喉笛掻き切ってやるって空気を出しながら獰猛に笑うリューゼリアに、ベルアニーさんは嘆息混じりに答える。
 この人くらい肝が座っているなら、たとえリューゼ相手にだって一歩も引かないでいられるわけだねー。

「昔は昔、今は今だ。どこぞの調査戦隊が発足して以降、冒険者のマナーはそれ以前より遥かに向上したのだからな。いつまでも古い時代を引きずっていてはそれこそ老害の誹りは免れまい。おや、小娘の癖をして老害のような真似を今しがた、していた輩がいるな?」
「その煽り方がタヌキなんだよテメェはァ! ソウマァ、おめーもなんか言ってやれェ!!」

 言葉じゃ勝てないのによく仕掛けたよ、リューゼ。しかもこれで手を出したらダサいじゃ済まないものね、詰みだ詰みー。
 言い負かされて顔を真っ赤にして、僕に助けを求めてくる戦慄の冒険令嬢さん。いや、なんで僕が何かを言わなきゃならないのかな?
 冷淡に告げる。
 
「なんで僕に指図できると思ってるんだよ老害小娘。お前ついさっきまで誰のパーティーの団長に喧嘩売ってたんだか言ってみろよ」
「ソウマァ!?」
「ごーざござござ。元仲間の好もさすがにああまでやらかされては尽きるというものでござろうなあ。一団率いるリーダーとして、そんな程度のことも分からんでござるか、ごーざござござ!!」
「るっせぇぞジンダイ! テメェのざーとらしい笑い声はとにかく腹立つからやめろや!!」

 なんで今さっきまでうちの団長に喧嘩売ってた馬鹿に同調しなくちゃいけないんだか。
 サクラさんもプークスクスって感じで笑って小馬鹿にすれば、リューゼはこの手の煽りに相変わらず弱くてすかさず吠えた。

 ただ、状況の悪さと言うかどっちが悪いかについては明確に自覚があるみたいだ。3年前よりは頭が回ってるし、それならそりゃわかるよねー。
 バツが悪そうに舌打ち一つして、そっぽを向いて拗ねたようにぼやいていた。
 
「チッ……あーはいはいオレが悪かったよ、良いから本題入るぞ、んどくせー」
「お前ほんと、次やらかしたらぶち抜くからねー。ベルアニーさん、とりあえず話を進めましょうかー」
「そうするか。やれやれ、調査戦隊がいた頃がそのまま蘇ったかのような馬鹿馬鹿しい一時だったな」
「そんな頻繁にさっきのようなことが起きていたのですか、調査戦隊とは……」
 
 まるでいつものこと、みたいに扱う僕やベルアニーさんにシアンさんが汗を一筋流してつぶやいた。近くではミシェルさんがドン引きしてるし、レリエさんもなんか首を傾げている。

 ぶっちゃけ傍から見たら仲良しさの欠片もない光景だからね、仕方ないよねー。でも少なくともかつての調査戦隊、それもリューゼ絡みの事件においては本当にこんな感じだったんだよ、いつもいつもー。
 調査戦隊一のトラブルメーカーっていうのかな。とにかく話をかき回して無茶苦茶にして、最終的には叱られてしょぼんと不貞腐れる。それがリューゼリアの立ち位置だったわけだねー。
「さて……それではシミラ卿処刑阻止について打ち合わせを始める。とはいえまずはラウドプラウズ、お前の意志を確認せねばなるまいが」
「あん?」

 わちゃわちゃした会話もそろそろいい加減にお開きにして、ベルアニーさんが音頭を取る形で打ち合わせが始まった。
 ほぼなし崩しの形でリューゼリアには参加してもらってるけど、向こうとしてもギルドの意向は気になるだろうから利害は今のところ、一致してるねー。

 さしあたってまずは彼女の、ひいては戦慄の群狼が今回どういう立ち回りをするかが焦点になるだろう。それゆえギルド長が尋ねると、リューゼリアはデカい図体で足を組み、いかにも荒くれたふてぶてしい態度で眉をひそめる。
 それにも構わず、百戦錬磨の老爺は眼光だけを鋭くして問い質した。いい加減な返答は許さないという、尖った威圧を込めている。

「戦慄の群狼がこの町に来るのは、ひいてはお前が先行してまで急ぎやって来たのは彼女を救うためでもある、という認識で良いのだな? 別に興味がないだとか、どうでもいいというわけではないのだな」 
「あたりめーだろ……いや、戦慄の群狼ごとこっちに戻ってきたのは偏にソウマとモニカ目当てが元々だったが、途中でシミラのやつが処刑されちまうなんてニュースが耳に入ってよ。そりゃ姉貴分のオレ様としては、助けに行かにゃと思って1人先行したのさ」

 威圧をものともせず、むしろ返り討ちにしてやろうって気迫をもって返事をするリューゼリア。
 語られる経緯からするに、元々からこの町に来る予定だったのがシミラ卿のニュースを耳にして慌ててこいつだけ来たってことか。迷宮内で言ってたこととほぼ同じだねー。

 っていうか姉貴分って、まだ言ってるんだねそんなことー。たしかに3年前からリューゼリアはシミラ卿をやたら可愛がっていて、まさしく妹みたいな扱いをしていたんだけど……まだ続いてたんだね、それー。
 ちなみに当のシミラ卿からはひたすら迷惑というか、鬱陶しがられていたのがなかなかアレな関係性だったなー。そもそも彼女にとって姉のような、師匠のような人はもうすでに別にいたからねー。

 リューゼめ、都合よくその人のことを忘れてやいないだろうね?
 なんだか不安になって、僕は呆れ混じりに彼女に指摘した。

「……まだシミラ卿の姉気取りなのー? 3年前も言ったけど、そこはマルチナ卿のポジションだと思うんだけどー」
「あのスチャラカにゃシミラは渡せねえなァ」

 良かった、一応覚えてはいたんだねー。まあ、あんないい加減すぎる人そうそう忘れられるもんじゃないんだけどさー。
 リューゼリア曰くのスチャラカさん──元エウリデ騎士団長マルチナ卿。彼女こそがシミラ卿にとっては本来、姉のように慕っていた人なんだよねー。

 いやー懐かしいな、なんか。
 しみじみとあの、言うことやることほとんどテキトーな美女を思い浮かべているとシアンさんが少しばかり、前のめりになって反応してきた。
 マルチナ卿も同じ貴族だし、何より元調査戦隊メンバーだからね。興味を持つのも当然だよー。
 
「マルチナ……マルチナ・ラスコ・ペイズン卿ですか、先代騎士団長の。たしか調査戦隊解散と同時に騎士団長を辞し、今や世界を旅する冒険者と聞いていますが」
「そうだよー。シミラ卿が一番憧れてる人で、腕前こそレジェンダリーセブンには及ばなかったけどそれ以外の、判断力とか指揮能力、育成能力とかがものすごい人だったんだよー」
「性格はとにかく世の中舐めきってるちゃらけた女だったがな……ソウマが追放食らった後もさっさと荷物まとめて逃げ出しやがったしよォ」

 懐かしみつつ団長に教える。元騎士団長、今は世界を旅してるんだね。とりあえず元気そうだし良かった、良かった。
 世の中舐めきってるとまで言われるだけのことはあり、ともかくチャランポランな人だけど……どうやら僕が追放された直後にさっさと一抜けを決め込んでいたらしい。

 うーん、いかにもあの人らしいよー。
 口癖というか、二言目にはすぐ"じゃあ逃げよっか! "って連呼していた曲者極まりない人だったからねー。ワカバ姉も若干やりづらそうにしてたくらいだし、海千山千ぶりがすごかったんだー。
 そんな彼女だから、調査戦隊が駄目そうになったらスタコラサッサと逃げるのも頷ける。ついでに前から煩わしいって言ってた騎士団長としての役目も投げ捨てて、まんまと逃げ切ったわけだねー。

「あー……そうなんだ、それでシミラ卿が後釜を。元々騎士団長とか向いてないーって散々言ってたもんね、あの人ー」
「あのアホの尻拭いで団長なんぞになって、さぞかしシミラも苦労したんだろうさ。それでその果てが処刑だなんてのはどう考えても話にならねえ」
「……まあ、最近見たシミラ卿はずいぶんくたびれきってたねー。もう騎士団長なんて辞めちゃえば良いのにとは、僕も思ってたよ」
 
 ヤミくんヒカリちゃん、マーテルさんの騒動の時に見たシミラ卿を思い返す。もう精神的にも大分キていた、悲惨な姿だったよー。
 散々苦労して、いろんなもの背負わされて……その先が処刑台だなんて、たしかにありえないよー。
 シミラ卿はそもそも優秀な人だったけど、騎士団長になるにはどう考えても時期尚早な人ではあった。
 真面目さこそが彼女の売り、長所ではあったんだけどー……どうしようもない貴族のボンボン達を率いるには適当さが致命的なまでに足りなかったんだよね。

 マルチナ卿みたいないい加減さが良くも悪くもなくて、すべてのことに全力投球だったんだ。
 少なくとも3年前はそうだったし、最近の様子を見るにその辺の性格や性質はあんまり変わらなかったんだろう。だからあんなにくたびれきって、可哀想に挫折しきっちゃったんだねー。

 その辺、こないだの様子も含めてリューゼに教えると、彼女は額に青筋を立てて怒りを堪え、けれどそれをなんらかの形で発散することなく呑み込み、一つ大きな息を吐いた。
 そしてやるせなさそうに、力なく呻く。

「上にゃ玉座のゴミと取り巻きのウジ。下にゃボンボンのカスとその親族のクズども。挟まれちまって疲れねえわけねぇんだよ、あいつクソ真面目なんだから。マルチナくらいやる気ねぇやつじゃねーとあんな立ち位置、やってらんねーに決まってらァな。気の毒によぉ、シミラ……」
「最後のほうはなんかもう、見てて辛かったよ。自分の命さえ投げ捨てる勢いで、それでも信念や正義を貫こうとしていて……結果として今、処刑騒動になんてなっちゃってるところはあるよ、間違いなくね」
「古代文明から来たからって実験用の玩具にするなんざ、たとえ上の指示であっても逆らって当然だ。あいつは悪くねぇんだよ。それをエウリデのクソッタレども、舐めた真似をしやがって……!!」

 拳を握りしめてシミラ卿の無念を推し量る。
 マルチナ卿が逃げたことでいきなり抜擢された役職だけど、それでも理想を実現するんだと燃えてたんだろう彼女が終いには疲れ果て、死んだ瞳で処刑になっても構わない、とでも言いたげだった姿は僕にとっても到底、許容しがたいものだ。

 人を人として扱い、護り、助けることがそんなに悪いのか? そんなに赦せないことなのか? エウリデは、そこまでして古代文明を追いたいのか?
 僕だって冒険者だ、古代文明には一ファンってこともあり飽くなき探求心がある自覚は持ってるよ。でもこれは違う、絶対に違う。

 罪なき者を踏みにじってまで追い求めた先に、本当に価値のあるものなんてありやしない。絶対に、何があってもだ。
 それを忘れているのか無視しているのか、エウリデの王族貴族は……金に肥え、飽食に飽き、華美に腐り果てて何が値打ちのあるものなのか分からなくなったのか?

 だったら思い出させてやる。生命の大切さ、尊厳の価値を。
 内心で沸々と湧き上がる闘志。同じくリューゼもまた、あからさまなまでに闘気を抑えながらも言った。

「ちょうどいい機会だ、エウリデのふんぞり返ってるゴミどもこそオレ様が処刑したらァ。カミナソールみてぇにしてやる、更地だあんな城」
「……案の定、だな」
「案の定だねー」
「案の定でしたね……」

 エウリデへの怒りはそれはそれとして、リューゼはリューゼで予想されていた通りの極論に走ったよー。
 笑っちゃうくらい想定通りのことを言ったね、エウリデ上層部皆殺しって。

 相変わらず短絡的で何よりって感じだけど、ここからこいつを止めなきゃいけないから骨だねー。
 さすがにエウリデを亡国にするのはやりすぎだって、僕らの説得で理解してくれれば良いんだけど。
 ベルアニーさんが一息置いて、リューゼリアに話しかけた。

「それを止めてほしくて我々はお前を、というかお前との交渉を可能にするミシェルくんを探していたのだ。軽挙妄動からエウリデをかき乱すような真似はしないでほしいと、頼み込むためにな」
「そりゃ予想してたがよォ……一応言っとくがオメェら、何を日和ってんだよ。シミラが殺されようってんだぜ、殺さなきゃ駄目だろ」
「もはや蛮族の思考だよー……」

 殺されそうだから止めるってのは僕らの方針でもあるから否定しようがないけど、だから殺すねとはなかなかいかないよー?
 あまりに乱暴かつ短絡的な主張をするリューゼリアに周囲も唖然、と言うかドン引きしている。

 ただ、モニカ教授だけはいろいろ苦笑いしてるね、文通してたからこういうことを未だに言うやつだって知ってたんだろう、きっと。
 コホン、と咳払いをして教授がやんわりと彼女を宥めた。
 
「殺して、殺し尽くしてそうしたらどうなる? エウリデの平和は瓦解し周辺国家などが早速攻めてくるだろうね。そんなことを引き起こさせるのは、それはそれで冒険者と言えないはずだよ、リューゼリア」
「関係あっかよ、こんな国よそにくれちまえ。オレ達調査戦隊を良いように扱き使った挙げ句勝手して解散させてくれやがった連中に、かけてやる慈悲なんざどこにもねえよ」
 
 にべもない意見。なんていうか、根底にはやっぱりソレがあるんだよね。
 すなわち怨恨。調査戦隊解散のきっかけを作ったエウリデって国に、こいつはずっと、ずーっと! 憎み怒り続けているんだよ。