「────と、言うわけでかくかくしかじか。地下86階層でまさかの新人さんパーティーと超古代文明からやってきた双子を連れ帰ってきた次第ですー」
「待って。理解が追いつかないわ、何と何から何を何?」
 
 水浴びも終え、そこから先はあっという間だった。
 元々が町の近くの森の中だからね。道も勝手も知り尽くした僕からしてみればほんの庭先、町まで帰るなんて朝飯前ってやつでしたよ。今もう昼過ぎだけどね。
 
 さっそくギルドに戻ってリリーさんを呼び出し、レオンくん達をひとまず施設内の喫茶エリアに突っ込んで僕はひそひそと事情を説明したのが今しがたのことだ。
 そしたら案の定というべきか、彼女は何それ理解不能とばかりにすっかり混乱してしまった。気持ちは分かるけど紛れもない現実なんだよと、彼女の肩を揺すって正気に戻す。
 
「リリーさん、リリーさん。気持ちは分かるけど割と一大事だよ、国が動くよたぶんー」
「ああっ、もうちょっと現実逃避させてっ! 例の最下層エリアにあった玄室から人が出てきたなんて、どう考えても迷宮都市に激震が走るもの! できればもみ消したいレベルだもの残業が増えるもの!!」
「わーブラックー」
 
 ギルド職員の業務が過酷なのは割と周知だけど、実際に目の前でブラックさに喘ぐ知人を見るとなんとも居た堪れない気持ちだー。
 実際、双子の出所について国が知れば迷宮都市はさらなる賑わいを見せるだろうね。迷宮の奥底に古代文明の何かがあるってのは前から知られていたことだけど、まさか生きた人間が出てくるなんて想像もできない話だ。
 
 この分だとさらなる何か、未知なる伝説の遺跡が迷宮には眠っているはずなんだ。漠然と冒険者達が追い求めてきた夢と浪漫が、ここに来てにわかに現実味を増してきたわけである。
 そりゃー盛り上がるよ! 冒険者がこぞってこの町を訪れるに違いないよ! そしてギルドの職員達は激務に陥るのだ!
 
「……まー、人員だって増えるよきっと。ギルド長も鬼じゃないと思うしー」
「ぁぅぅぅぅぅぅ……何より国のお偉方が視察に来るのがやだぁぁぁぁぁぁ」
「そっちは僕にはちょっと、何もできませんね……」
「ぅぁぁぁぁぁぁ……っ」
 
 机に突っ伏して咽び泣く、リリーさんのこんな姿も可愛くて惚れ直しそう。
 国の偉いさん方が視察に来るかあ、ろくでもなさそー。みんながみんなってわけじゃないけど、たまにカスとしか言えないのがいたりするしねー。
 
 前にパーティーを組んでいた時、ちょくちょく変な絡まれ方をしたもんだとつい懐かしむ。あの頃はまだなんとも思わない僕だったけど、今の僕だったらもうちょっと何かしら思うところはありそうだ。
 変なことに巻き込まれないよう、そのお偉いさん方が視察とやらに来てる時にはギルドに近寄らないことにしよー。触らぬ神に祟りなし、とはこのことだねー。
 いやまあ、貴族を神だなんて死んでも思いはしないけどもー。
 
「とにかくリリーさん。僕からの状況説明は以上だし、後はレオンくん達とヤミくんヒカリちゃんから話を聞いてよ」
「ぅぅ、ギルド長呼ばなきゃ……ソウマくんも来るわよね?」
「いえ、帰りますけどー」
「なんで!?」
 
 なんでと仰られましても、もう責任も義理も果たしたので無関係だからとしか言いようがないですねー……
 僕は救助者としての責務を果たしきった。経緯説明まで含め、通常こうした遭難者救助において負うべき責任と義務をすべて遂行したのだ。
 だからもう自由の身なんだ。さっさと帰って厄介事とはおさらばしちゃうんだ。今日は善行したからステーキ食べよーっと。
 
「というわけで帰りますー。あ、これ依頼の品ですぅー」
「くう、素気ない反応っ。たしかに受け取りました……報酬金、持ってきますぅ……」
 
 変に譲歩の余地を見せるとなあなあで流されちゃいそうだからねー。最低限のことだけ済ませてさっさと帰る、これが変なことに巻き込まれないための鉄則なのだ。
 今回の依頼品、ゴールドドラゴンの金奥歯二本。対していただく報酬は金貨100枚。これだけで大の大人が2ヶ月は余裕を持って暮らせる額だから、さすが黄金で出来てるだけはある。
 
 金色に輝く貨幣を100枚、トレイに乗せてリリーさんが戻ってきた。うんうん、いつ見てもいい光景だー。
 どこか名残惜しそうに、恨めしげに僕を見つつ彼女が渡してくる金貨を、僕は丁重に袋の中へと詰め込む。えへへー、お金持ちだよー。
 
「どーもですー。さー帰ろ帰ろ」
「本当に帰るんだ……ねえ、せめてギルド長には顔見せてきたら? ついでにあなたも話し合いの場に参加しましょうよ」
「絶対嫌ですー」
 
 満腹になった袋を懐にしまい、ホクホク顔で帰ろうとする僕を未だにリリーさんが留めようとする。
 とにかく巻き込もうとしてるなあ……こういう時のリリーさんは割合面倒だし、もうさっさと帰ろう。
 
「ギルド長にもよろしく言っておいてください。それじゃ、失礼しましたー」
「ああっ、ちょ、ちょっとー!」
 
 すっかり満腹になったカバンを撫でて、にっこりと笑いかける。
 そうして僕はレオンくん達にも軽く会釈して、その場を去るのだった。