「よっしゃ! 辛気臭え話はこの辺にして、とりあえず会いに行くかぁ、ジジイに小娘!!」
湿っぽくなった空気を振り払うようにリューゼは立ち上がり、叫んだ。柄にもない話をした、とは本人も思っているんだろうね、どこか誤魔化しの空気がある。
とはいえ今、すべきは昔話や反省や後悔でなく直近に迫るシミラ卿処刑についての対応。すなわちギルド長とリューゼとうちのシアン団長による三頭会談だ。
三頭会談って言えば聞こえはいいけど、どうしても立場的にはシアンさんが新人すぎるから気圧される場面も出そうだねー。
そこは僕やサクラさん、モニカ教授とレリエさんでフォローしなくちゃ! と鼻息を強くして来たる歴史的会談を思っていると、ミシェルさんが慌てた様子でリューゼを止めた。
どうやら異論があるみたいだねー。
「ま、待ってくださいリーダー! 本隊の到着を待ってからにしたほうが、リーダーだけで決める話ではないと思うのですが!」
「ン……まあ一理あるがよォ」
ずばり、味方が集ってから話し合いに行ったほうが良いんじゃないー? っていう指摘だ。
リューゼが本来率いているパーティー・戦慄の群狼は今まだこの町にどころかエウリデにも到着してないっぽいし、重要な話となれば彼らを待ったほうがいいってのは頷ける話だね。
うーん。ミシェルさん良いね、必要なことをしっかりリューゼに言えてる。
あいつはタッパだけでもとにかく威圧的で言動も基本的に荒々しいから、その辺、萎縮してる人ばかりなんじゃないかと心配だったんだよー。
ミシェルさんがキッチリと、締めるべきところを締めてくれるのなら戦慄の群狼は案外みんな、仲良しさん達なのかもしれないね。
少なくともリューゼリアによる恐怖政治が蔓延る、そっちこそ革命したほうが良いんじゃないのー? って言っちゃえるようなものではなさそうで良かったよー。いや、かつての同胞としてねー?
…………まあ、とはいえミシェルさんの提案は今はちょっと場にそぐわないんだけどね。
平時なら正しいんだけど、今は平時じゃないからさ。リューゼがゆっくりと彼女を見、ニヤリと笑って言う。
「ミーシェールーゥ。今そんなこと言ってる状況じゃねぇんだわ」
「っ……」
「本隊を待ってたらあと2日はかかるんだぜ? トルア・クルアからここまで近いっても、キャラバン単位での移動なんだどーしたって時間はかからァ。チンタラしてたらそれこそお前さん、シミラが殺されちまう。わりいがここは独断専行させてもらうぜェ」
面白がっている風に見えるけど、瞳の奥は笑っていない。怒ってるわけじゃもちろんないけど、リューゼはリューゼでこの状況に焦りというか、急ぐ必要はあると感じているみたいだった。
そう、本隊到着まで待ってたら話がその間、先に進まないんだ。特に何もないタイミングならともかく人の命がかかっている状況でまで杓子定規に動いているのは、少なくとも僕やリューゼからしたら考えられないことではあるんだ。
本隊が到着して、状況を説明して予定を合わせてさあ、話し合いしましょう。そしてそこから処刑阻止に向けて動きましょう──そんなことしてる間にシミラ卿死んじゃうよ。
いくらなんでも悠長すぎる。ここはお行儀よく仲間を待つタイミングじゃない、さっさと準備を整えて、本隊が到着したらすぐさま動けるように整えておくべきなんだ。
せっかくリューゼという、戦慄の群狼の総責任者がいるのにただ待つだけなんてできっこないんだよ。
「た、たしかに……騎士団長処刑まで間がないのは、たしかですが……」
「エウリデの貴族達のことだ、なんの前触れもなく処刑を早めるとかってしかねない。今ここにいない連中を、シミラ卿の命より優先すべき理由は悪いけどないね、ミシェルさん」
「まあ、拙者らは各々の思惑がどうであれ、シミラ卿を助けたいという点については共通しているでござるしな。最低限その辺についてだけはギルドや新世界旅団、戦慄の群狼らで認識を共有しといたほうがいざって時に乱戦せずにすむでござるよ」
「それは…………その、通りです」
僕とサクラさんの意見も受けて、ミシェルさんは自分の提案が少しばかり呑気にすぎるのだと認識したのか、顔を赤らめて俯いた。
仲間内で話し合って決めたいってのは決して悪いことじゃないんだけどねー。結局発言権ってのは渦中にあってこそ与えられるものだからさ。
勝手こいて先行して来たとはいえリューゼがここにいる時点で、戦慄の群狼のメンバーには今は何も言えることはないんだよ。
「すみません、差出口を挟みました……」
「ウハハハハハッ!! 気にすんな、むしろどんどん言ってきなァ! 聞くだけ聞いて、それを活かすか活かさねぇかはオレ様の責任で判断すっからよォ!!」
謝罪するミシェルさんの背中を、バシバシと叩いて大笑するリューゼリア。
彼女らしい物言いだね、意見は聞くけど活かすか活かさないかは自身の責任。潔い姿勢で、そこはリーダーシップってのを感じるよ。
何はともあれ迷宮を上がっていく。ショートカットルートを通ればもっと早くに帰れるんだけど、レオンくん達と合流しないといけないからねー。
地下19階から上の階層なんて、僕やリューゼからしてみれば庭先みたいなものだ。サクラさんも合わせて3人の実力者の気配に、モンスターたちさえすっかり怯えて近寄ってこない。楽に登っていけるよー。
「チッ、相触らずどこの迷宮もモンスターどもめ、オレ様にビビり散らかして近づいてすら来やしねェ。まー今だけは空気読めてるってなもんだけどなァ」
「よその迷宮でも似たようなものなんだ……」
「どこであれモンスターはモンスターでござるからなあ。弱わそうなら襲うでござるし、強そうなら近づかない。利口といえば利口なもんでござるよ」
野生の本能かなー?
生存能力も普通にあるモンスターの生態って不思議だねーみたいな話をしつつさくさく上階へ。襲ってくる連中がいないと滅茶苦茶スムーズに進めるから、あっという間に地下10階まで登ってこれたよー。
そのまま良い感じに9階、8階と進んでいくと、そこでついに僕達は彼らの姿を目にした。
ミシェルさんを上下から挟み撃ちにするつもりで正門、地下1階から冒険を開始していた、レオンくん達パーティーと合流できたんだ。
彼らは彼らで地下8階まで降りてきていたんだね、結構早いよー。
感心しつつ視界に入った彼らに手を振って呼びかけると、レオンくん達もまたこちらに気づき駆け寄ってくる。びっくりするだろうなー、まさかミシェルさんのみならずリューゼまで釣れるなんてさー。
「うわ早っ! もうこっちまで登ってきたのかって──え、デカっ!?」
「え、二人? どっちが探してたミシェルって人なの?」
「あわわはわわ、怖いですぅぅぅ……!」
案の定、レオンくんにマナさんノノちゃんの3人は予想外のもう一人に驚いている。身長の高さやそもそも2人なこと、あるいはとにかくビビってピーピー鳴いてたりするけど概ねビックリって感じだよ。
ともあれザクッと説明する。ミシェルさんを見つけたと思ったらリューゼまでいたから一緒に連れてきた。これから一緒にギルドに行って話し合いするんだよー。
特にレオンくんの反応がすさまじく、瞳を盛大に煌めかせてマジかよ、マジかー! って迷宮内を憚ることなく大声で叫んだんだ。
「ま、ま、マジかよレジェンダリーセブンのひ、一人が! "戦慄の冒険令嬢"リューゼリア・ラウドプラウズさんがこんなところに!?」
鳥肌すら立てている様子はまさしく"戦慄"だねー。リューゼのやつ、敵対する連中ばかりかファンまで戦慄させるとは腕を上げたね、やるなー。
その強さ、その姿、その言動をして相対する敵をことごとく戦慄させ震撼させてきた冒険令嬢さんは、ニヤリと笑って腕を組んだ。それなりに豊満なバストが持ち上げられてつい目が行きそうになるけど、バレたら盛大にからかわれるから我慢!
面白がりつつもどこか呆れた調子で、リューゼはレオンくんに応えた。
「おいおいこんなところって、ここはこの辺の冒険者のメイン戦場だろォ? オレ様だって冒険者なんだからよ、この町に来たらこの迷宮に潜るわなァ」
「だからって町にも入らず初っ端から迷宮に潜るなんてお前くらいだよー? そーゆーところは相変わらずの無軌道さだねー」
「うっせーチビ、そういうテメェはずいぶん軽口叩くようになったじゃねぇかよ、ァア? 3年前からは考えられねーぜ」
軽口の応酬。彼女の言う通り3年前には考えられなかったやり取りだ。何せ僕がこんなんじゃなくて、そもそもあんまり会話が成立しなかった口だからねー。
ふんぞり返って話すリューゼだけれど、実際この近辺まで来ておいて町に寄るより先に迷宮に潜るなんて頭がだいぶおかしい。ミシェルさんとの待ち合わせ場所が地下19階だったからと言って、普通は町に寄って準備くらい整えてもおかしくないのに。
まあ、そんな無茶な強行軍でも問題ないってくらい、リューゼの実力が高いってことではあるんだろうけど。リスクは考えたほうがいいとは思うよねー。
仕方ないなあと思っていると、不意にヤミくんがマントをくいくいって引っ張ってきた。何やら気になることがあるみたいだ、なんだろ?
「杭打ちさん。この人が、前にいたパーティーのお仲間さんなの?」
「ん……まあ、ね。今はもしかしたら対立するかもしれないってくらいの、間柄だけど」
「そうなんだ……知り合いが敵になるの、良くないと思うよ」
「仲良くやれるならそれが一番ですよね……」
ヒカリちゃんともども、心配そうに不安気に僕を見上げながら言ってくる。かつての仲間と揉めるかもってことで、僕を気遣ってくれてるみたいだ。
いい子達だよー。優しいよー。レリエさんといいこの子達といい、あるいはマーテルさんといい古代文明の生き残りってみんなこんな素敵な人達なのかなー。
優しく愛らしい双子にほっこりして、僕は薄く笑って二人の頭を撫でる。くすぐったそうにしている姉弟の姿は、迷宮にそぐわぬ平和な光景だった。
「っつーか誰だこいつら。こいつらもアレか、新世界旅団のメンツか? まさかシアンとやらはこの中にいやがんのか」
僕らと無事、合流できたレオンくん達を見てリューゼが改めて言った。彼らも新世界旅団のメンバーなのかと思ってるみたいだけど違うよー、単なる知り合いだよー。
ただでさえ2mを超える長身に、それ以上の丈のザンバーを担ぐリューゼリアにひと睨みされては新人冒険者じゃ太刀打ちしようもない。
可哀想にマナちゃんやノノさんは震え上がっちゃって、声を絞ってどうにか弁明するのが精一杯みたい。
「ぴぇっ!? ご、ごごご誤解ですすすぅぅぅ」
「わ、私達はギルドからの依頼で新世界旅団と一緒にミシェルさんを探していた、新人パーティー・煌めけよ光です!」
「…………アァ、ジジイのほうの使い走りか。そりゃ御苦労なこったな」
新世界旅団と関係ない上にベルアニーさんからの使いと聞けば、リューゼもバツが悪そうにそっぽを向いた。弱い者いじめみたいな構図になっちゃってるの、気にしてるみたいだね。
ホッと息をつく二人。ヤミくんとヒカリちゃんについては僕の傍にいるから平気だ。まあこの子達まで睨むようなリューゼじゃなし、睨んでたら僕がただじゃ済まさないしね。
ただ、そうしたリューゼの威圧さえ受け止める新人がこの場に一人いた。
やや震えて足を竦ませながらも、強い光を宿した瞳でまっすぐにリューゼリアを見据える青年。
煌めけよ光のリーダー、レオンくんだね。
「お、俺がリーダーのレオン・アルステラ・マルキゴスです! よろしくお願いしまァすっ!!」
「……なかなか良い威勢じゃねぇか坊主。ペーペーにしちゃ堂々としてやがるな。それにその名前は貴族か、冒険者になるたァ珍しい」
「はい! 俺は後継ぎじゃないんで、だったら冒険者として名を上げたいって思ってるんで! レジェンダリーセブンにだっていつかは肩を並べてみせますっ!!」
「ほぉ」
新人でここまで普通に威圧をレジストしてくるなんて予想外なのか、少しばかり面白そうに口元を歪めるリューゼ。
そうなんだよ、面白いだろ? 彼、レオンくんは僕だって一目置いているんだ。シアンさんにも並ぶかもしれないってほどの可能性の持ち主だと、思える心の強さがすでにあるんだよー。
そしてレオンくん、案の定貴族だったかー。察するに三男坊とかそれ以下の、家の後継ぎにはなれないくらいの位置づけのお坊ちゃんなんだろうねー。
レジェンダリーセブンにも肩を並べる、なんてなかなかの大言壮語だけど、僕は彼ならいずれ本当にそうなれそうな気がしてたりするよ。
なんていうか、うまいこと行けば英雄になれそうな面構えしてるんだよねー。
リューゼもそれを感じ取っているのか、ますます笑みが深まっている。特に彼みたいな、物怖じせずに突っ込んでいくタイプはあいつからしても好みだろうしね。
長身のレオンくんよりなお頭5つ分くらい大きな巨躯が、彼の肩を力強く叩く。
痛がる彼にも構うことなく、リューゼは豪快に笑って言った。
「ガキが一丁前に良い目ェしてらァ。気に入ったぜ坊主、オレ様が率いる戦慄の群狼に──」
「勧誘するならちょいと待つでござるよ冒険令嬢。レオン殿達にはうちの杭打ち殿が先に目をつけてたのでござるが?」
気に入ったからって速攻、勧誘かけていったよこいつ。まるで後先を考えてない即断即決ぶりだ、こういうところは相変わらずだよー。
そしてそれに反射に近い形でサクラさんが横槍を入れた。僕を引き合いに出してリューゼを止めてるけど、別に僕は勧誘目的でレオンくん達に注目してたってわけでもないんだけどなー……
著しく誤解がありそうな気がするよ、僕とサクラさんの間ですら。
後で一応、認識を共有しとかないとなーって思っていると、リューゼが怪訝そうに僕を見てくる。こいつ普通に見てくるだけで眼力すごいから怖いよー。
傍から見たら睨みつけてるも同然の目つきで、彼女はそのまま尋ねてきた。
「はぁ? そーなのかよソウマァ」
「……まあ、目をつけるっていうか見どころあるなとは思ってたよ。彼らには彼らの冒険があるんだから、変に囲い込むつもりもないけどね」
「ほーん。じゃあオレ様が横からしゃしゃるのも野暮かねェ……調査戦隊が解散してからも、この町はそれなりに冒険者に恵まれてるみてーだな」
「調査戦隊のメイン活動拠点だった時点である種の聖地化してるからねーここは。他所からもたくさん人が来てるよ、この数年間は」
レオンくん達に限らず、今やこの町近辺は冒険者にとっては憧れの大都会みたいな感じらしいからねー。
たくさんの冒険者達が方々から来るし、そうなると将来有望な新人や若手だって結構な数いるわけだ。
つまりは冒険者の集う聖地なんだね、エウリデにあるこの町は。調査戦隊の存在が発端だけど、そのうち新世界旅団の存在も聖地化に拍車をかけるはずだよー。
そう言うとリューゼは鼻で笑い、調査戦隊はともかく新世界旅団はどうだかなとか言うのだった。
リューゼ達と適当に話しながら迷宮を逆戻りする。地下9階くらいからならもうショートカットルートを探す手間のが大変なので、普通に地下1階まで戻る予定で進み、今や地下4階にまで至っているよー。
特に問題なくギルドにまで戦慄の群狼の二人を連れていけそうだとちょっぴりホッとする。いやまあ、ここからリューゼが急に気が変わったとか言い出したらまた一悶着だけど。
いくらなんでもそんなことはしないと信じたいよねー。
「あ、あの! 杭打ちさん、ちょっと良い……?」
「……うん? どうしたのヤミくん」
と、軽くだけどいきなりマントを後ろに引っ張られて何かなー? と振り向く。古代文明人の双子、ヤミくんとヒカリちゃんがそこにはいて、二人とも興味津々の様子で僕を見ている。
なんだろー? と首を傾げると、ヤミくんがちょっぴりと緊張した様子で、僕に尋ねてきた。
「あ、あの! そ、ソウマって今、もしかして杭打ちさんの名前なの!?」
「…………あー。まあ、ね。あんまり他言しないでね?」
しまった、さっきリューゼがしれっとソウマとか言ってたね、そう言えば。レオンくん達にとっては初めて聞く名前だろうし、あの"杭打ち"の名前ってなると目を剥くのも無理からぬことだねー。
キラキラした期待の目で見てくる双子。周囲を見ればレオンくんにノノさんやマナちゃんもめちゃくちゃガン見してきてる。
怖……くはないけど、困るよー。顔と形姿、名前については極力隠してるんだから、不用意に漏らさないでよ、リューゼー。
いやまあ、レオンくん達は良い人達だから僕の個人情報を得たからと言って、それで何か悪さするとは思えないんだけど。それでもなるべくなら秘匿しときたかったものでもあるから、対処に困るー。
とはいえ双子相手に本気で"今見聞きしたことは忘れろ"なんて言えないし、仕方ないなあ。
やむなく僕は頷き、ソウマって名前であることを肯定した。続けて頼むから内密にねってお願いすると、さすが双子はいい子達だよ、こくこく何度も頷いてくれたよー。
はあ、これで一安心かな?
そう思ってると巨体が、リューゼリアがつかつかと近寄ってきた。
妙なものを見る目で僕を見つつ、怪訝そうに言ってくる。
「なんだァ、名前隠してんのか? 女みてーなツラ隠すのは分かっけどよ、何もオメーそんなことまで隠さなくてもいいだろォに」
「いろいろあるんだよ……っていうかまた言ったなお前、そろそろ本当に叩きのめすよ!?」
「ヘッ、何言ってんだ、よっ!!」
性懲りもなく僕を女の子みたいに言う! うがーって吠え立てると、リューゼはそれさえ鼻で笑い、僕の頭に手を伸ばす。
何をするつもりか知らないけどどうせろくなことじゃない、そう思って避けようとすると直前でものすごいスピードと力でガシッと、肩を掴んで固定してきた。
こいつ、やっぱりさっきの戦いは本気じゃなかったな!? 予想はしていたけど想定よりも大分早い動きに対応しきれず、目深にかかった帽子にあいつの指がかかる!
あーっまずいー!! 思うもつかの間、あっという間にリューゼは意外に細っこい指で帽子を器用に手繰り寄せ、僕の頭から取り外してしまった。
さすがにこれには慌てて、割と本気で飛びかかる。
「!? おい、帽子返せ!!」
「お前今年で15だろ? なんで3年前とほぼ変化してねーんだよ、成長期どこ行った。変声期も迎えてねーよな、その声」
必死に手を伸ばすもタッパが違う、手を高く伸ばしたリューゼに届かない!
仕方なし勢いよくジャンプして防止を奪取、何だけどもう遅いよねー……唖然と、ていうか呆然と? してる煌めけよ光の皆さんの視線が痛い。
そしてやらかしてくれたリューゼはリューゼでなんか、化け物を見る目だし。悪かったな15歳にもなってほとんど3年前と変化なくて!
思い切り個人情報をばらまいてくれやがった馬鹿を思い切り睨みつけて僕は叫んだ。
「歳をバラすな!! 真っ最中だよ成長期については! 一応身長伸びてるんだよちょっとだけ、ほっとけよー! ……あと変声期についてはマジで来てなくて自分でもビビってるんだから本当に止めて、話題にさえ出さないで」
「そ、そうかィ……いろいろ大変なんだな、オメーも」
わりーわりー、とここに来て初めて申しわけなさそうに笑うリューゼリア。遅いよー、遅すぎるよー。
……まあ、レオンくん達だけってのは不幸中の幸いだしまだいいんだけどさ。これが不特定多数の衆目の中だったら、本気の本気で殺し合いだったよ。
まったく、憂いに吐息を漏らしてレオンくん達を見る。初めて見る僕の素顔に、彼らは揃って感動気味に興奮していた。
「──子供、それも女の子!?」
「杭打ちの素顔見ちまった……っていうかマジかよ、15歳って」
「ぴぃぃぃ……! し、正体知っちゃいました、消されちゃいましゅぅぅぅ……!!」
「消すわけ無いでしょ!? あと僕は男だ、ダンディな男だよー!!」
失礼すぎるよー!?
こんな快男児捕まえて何が女の子だよー!!
「ミシェル殿……おたくんとこのリーダー、思いっきりやらかしてくれてるんでござるが。これどう落とし前つけるんでござる?」
鮮やかなまでに人の隠し事を暴露してくれやがった元仲間、元調査戦隊のリューゼリア。
レオンくん達だけだから良かったもののと頭を抱える僕を心配してか、サクラさんがミシェルさんに抗議した。
静かながら割と本気の声音だ、怒りを感じる……いや、その、そこまで本気でキレられるとこっちとしてもちょっと怖いというか。逆に僕が冷静になっちゃうっていうか。
ましてミシェルさんは直接関係のない立場だし、格上もいいところなSランクに睨まれて冷や汗を流しながら、引きつった顔で何度も頭を下げているよー。
これはこれでいたたまれないー。
「も、申しわけありません……リーダー! やりすぎです、彼には彼の事情があるんですよ!?」
「ン……いや、でもよぉ。勿体ねぇしよ、こいつがコソコソ身を隠してるなんざ」
「でももかかしもありません! 理由があるから隠しているのではないですか! それを無理に暴き立てるなんて、人として恥ずかしいことではないのですか!? それでも一団を率いるリーダーなのですか!?」
お、おおーう。ミシェルさん大激怒だよ、怖いよー。
サクラさんや僕の手前、怒らないってわけにもいかないからあえて過剰にキレて見せているところはあるんだろうけど、必死さがすごくて普通に圧倒されちゃう。
怯えてヤミくんとヒカリちゃんが僕に抱きついてきたよ、よしよし怖くないよ、僕が守るよー。父性が湧くよー。
双子を守るように庇っていると、ミシェルさんの剣幕にリューゼもタジタジだ。
さすがに身内に本気でキレられると慌てるみたいだね。慌てて僕に向け、誤魔化すような笑みとともに頭を下げてきたよー。
「わ、悪かった! わーるかったよソウマァ、勘弁してくれ!」
「まったくガサツな……人の気持ちを考えろってそれ、レイアにもウェルドナーさんはじめ調査戦隊のみんなからいつも言われてたろー!? なんで直ってないんだよー!?」
「苦手なんだよそーいうの……大体隠す理由なんてねェだろ。調査戦隊最強の冒険者がまるで犯罪者みてーに身を隠してるなんざ、オレからしちゃ意味不明すぎて腹立つんだが」
む……思わぬ反論にちょっぴり言葉が詰まる。
リューゼの立場からしてみれば、たしかに僕がここまで徹底して正体を隠しているのは理解不能だろう。まさか"杭打ち"としてでなく僕を見てくれる運命の初恋の人と巡り合いたいからーなんて言っても信じないだろうし、ねー。
まあ、あとは正体バレして学校とかで面倒事に巻き込まれるのは嫌だからってのもあるしー。
目下のところ一番の問題児だったオーランドくんは他国に行っちゃったからアレだけど、どうせ二学期になったら戻ってきてまた、ハーレム野郎になるんだろうしねー。
その辺の複雑極まる事情を逐一、説明するのも大変だ。
僕はいろんな箇所を省いてまとめて簡略化して、端的にリューゼに伝えることにした。
「……今の僕は学校に通ってる。身バレすると後が面倒になるから、それで姿と名前を隠して冒険者"杭打ち"をやってるんだよ」
「あー、モニカの手引だっけか? テメェが学生ねえ、なんの道楽なんだか知らねえが、楽しいかよ?」
「結構楽しいよ、友達もいるし……リューゼは僕くらいの年の頃、学校行ったりはしてなかったの?」
「行ってたが、だいたい喧嘩ばっかしてたからそれ以外の記憶はねぇなぁ」
「えぇ……?」
なんだよそれ、野蛮すぎるよー。チンピラか何かかなー?
完全に不良学生だよ、それも学校を裏で統べてるタイプのやつ。
そんな頃から泣く子も黙らせる"戦慄の冒険令嬢"だったらしいリューゼリアに、僕もミシェルさんも煌めけよ光の面々もドン引きの視線を禁じえない。
唯一サクラさんくらいかな? へぇやるじゃん、くらいに感心してそうなのは。ヒノモトはこれだからズレてるんだよいろいろー。
お互い大変だねー、とミシェルさんを一瞥してから、仕方ないと僕はレオンくんへと言った。
知られちゃったものは仕方ないんだし、せめて広まらないようにお願いだけはしとかないとねー。
「レオンくん達、そういうわけだから……悪いんだけどこのことは誰にも言わないでもらえると、嬉しい」
「あ、ああ! もちろん誰にも言わない! 冒険者として、いや人としてそれは誓うぜ! なあみんな!」
「言えるわけないじゃないこんなこと……言ったらそれこそあとが怖いし……」
「ぴぃぃぃ……わ、忘れたいでしゅぅぅぅ」
まっすぐで熱血で、そしてやはり善人チックに頷いてくれるレオンくんはともかく、ノノさんやマナちゃんのビビり方がエグいよー。
別に広まったとて、二人をどうにかする気はそんなにないのにー。まあ、ビビってるくらいのほうがこういう場合、いいのかもねー。
「あ、あの……! 知ってる人だけのところなら、ぼ、僕もその、言っても良い?! そ、そ……ソウマさん、って」
「……ま、まあそのくらいは。ヤミくんにヒカリちゃんは言いふらしたりしないって信じてるから」
「! う、うん! 絶対に言いふらしたりしないよ、僕と、あいや僕達とソウマさんとの秘密だよ!」
「ふふ、そうねヤミ。私達だけの秘密ねー」
ヤミくん、ヒカリちゃんが興奮からか顔を赤らめて尋ねてくる。
こちらに関しては何でもオーケーだよー、かわいいよー。双子にはついつい甘くなっちゃう僕だよ、なんかパパになった気分になるからねー。
「パーティーメンバーを探しに行かせた結果、リーダーをも伴って帰参するとはな。話が早くて助かるが、相変わらずの破天荒さだなラウドプラウズ」
レオンくん達とも合流して、無事に町にまで戻ってギルドに辿り着いた僕達。
リューゼの姿を見るなり慌ててギルド長室に通してくれたリリーさんが、戦々恐々って感じの顔をしながら退室していくのを見送ってからすぐ、ギルド長ベルアニーさんがそんなことを言った。
開口一番、皮肉っぽい物言いだよー。
対するリューゼ、これにも鼻で笑うのみだ。3年前なら煽られたと判断してすぐに殴りかかろうとしていたろうねー。このへんはやっぱり、彼女の精神的な成長を感じるよー。
とはいえ気性の荒さは相変わらずだから、皮肉には獰猛な笑みとともに皮肉で返すばかりだ。
「ヘッ、かくいうジジイも未だにピンシャンしてんのかい。そろそろ隠居してもいい時期じゃねえのか? なんならこのギルドオレ様にくれても良いんだぜ、戦慄の群狼に組み込んだらァ」
「それはもはやギルドとは言わん。ギルドの定義から勉強してくるのだな、小娘」
軽口、というには刺々しい言葉の応酬。その場にいるのは迷宮に行ってたメンバーとベルアニーさん、新世界旅団のシアンさん、レリエさん、モニカ教授なわけだけど……特にレリエさんがピリついたやり取りに身をすくませているねー。
反面、団長と教授は特に動揺した様子もなく堂々たるものだ。元より調査戦隊時代にこんな程度のことは当たり前レベルで体験してきた教授はともかく、シアンさんの胆力はすごい。
おそらくはその手の訓練を受けてきたんだろう、エーデルライト家で。貴族ながら冒険者を多く輩出してきた家だからねー、いつかの巣立ちに備えてみっちりと基礎能力を鍛え上げていてもおかしくないよー。
「っ……」
「大丈夫だよレリエ、リューゼリアは見かけによらず時と場合、相手は弁えている。手負いの獣じみた、隙を見せればすぐさま食い千切られかねないような空気は見せかけと言うよりわざと出しているに過ぎない。メンツを気にする子なんだ」
「何があろうと私の団員に手出しはさせません。まして反撃能力を持たないレリエやモニカはなおのことです……安心して、私を信じて」
「え、ええ……信じるわ、シアン」
美しい三輪の花、それらが織りなす友情の姿だよー!
お美しすぎて目が潰れそう。シアンさんにレリエさんは元より、口さえ開かなきゃモニカ教授だって壮絶な美女だからねー。3人でソファに並んで仲睦まじくしている様子は、見ているだけで恋に落ちそうだよー、もう落ちてるー。
素晴らしい光景に目を細めていると、ベルアニーさんが2回、手を打ち鳴らした。じゃれつくのはこの辺にして本題に入ろうって仕草だね。
もうちょっと、もうちょっとこの光景を見たかった……! でもまあ、今後いつでも見られるんだからまあ良いかな。良いものは何度見たって良いんだ、だから何度でも見られる僕はとんでもない幸福な男なんだよー。えへへー。
「新世界旅団の二人、並びに煌めけよ光の面々もご苦労だったな。諸君らは大変大きな功績をあげてくれた、ギルドとして後ほど、報酬を与えよう」
「どもー」
「ござござー」
「あ、ありがとうございますギルド長!!」
まずはミシェルさんを探した結果、まさかの本丸であるリューゼまで引き連れてきた僕達への賞賛が送られた。
褒賞もつくってさ、やったね。
リューゼを引っ張ってきたことで話が数段階、すっ飛ばしで進められるからねー。それはすなわちシミラ卿救出も捗るわけで、そりゃベルアニーさんからすれば拍手の一つもしたいってなものなんだろう。
「やったぜノノ、マナ、ヤミ、ヒカリ! 報酬だ報酬!」
「新世界旅団にどっぷりもたれかかってただけだけど、まあありがたいわよねえ」
「えへ、えへへへ……!」
「ご褒美だってさ、ヒカリ!」
「美味しいもの食べられるね、ヤミ!」
思わぬ報酬にレオンくんや仲間達が浮かれて満面の笑みを浮かべている。新人さんらしくて良い姿だよ、こういうのが冒険者の醍醐味の一つだよねー。
ヤミくんにヒカリちゃんも子供らしく大はしゃぎでほっこりするよー。周りの大人、特にベルアニーさんなんか露骨に目尻が下がってる。おじーちゃんには孫みたいに見えてるのかなー?
とまあ、和む光景もそこそこにして、いよいよ本題に入る。本質的に部外者な煌めけよ光の面々はこれにて退場だ、手伝ってくれてありがとうー!
5人が退室して、スッキリしたギルド長室。ベルアニーさんはそして、さてと前置き程度に分かりきった話をシアンさんへと向けた。
「さて……エーデルライト団長、期せずして戦慄の群狼リーダーであるリューゼリア・ラウドプラウズと今ここで話し合いをできる状況が整ったわけだが……どうするね?」
「しない理由がないでしょう、ベルアニーギルド長。我々はワルンフォルース卿救出のため、打てる手を可能な限り打てるタイミングで打つべきなのですから──その前に自己紹介をさせていただきたくは思いますが」
当然と頷くシアンさん。その瞳は力強い光をもって、リューゼリア相手にも一歩も引かない様相だ。
そして……新世界旅団団長と戦慄の群狼リーダーの、初顔合わせが始まった。
向かい合うシアンさんとリューゼリア。
新世界旅団と戦慄の群狼──そのトップが初めて顔を合わせ、そして言葉をかわす瞬間だ。僕はそれを、少しばかりの緊張とともに眺めている。
シアンさんは無表情を貫いているけど、内心の緊張はどうしても雰囲気に出ている。片やリューゼリアのほうは余裕の笑みを浮かべて、物理的な高みから団長を見下ろしている──まさしく子供と大人ってくらいの身長差。
見た目の差がありすぎるくらいある二人。けれど気迫だけは負けないと言わんばかりに、シアンさんは口を開いた。
名乗りを上げる時だ。
「初めましてレジェンダリーセブン、"戦慄の冒険令嬢"リューゼリア・ラウドプラウズ。私は新世界旅団団長、シアン・フォン・エーデルライトと申します」
「早速会えたなァ小娘。いかにもオレがリューゼ様よ……モニカも久しぶりだな、元気してたか」
「まぁね、身内の恥が物理的に退場してくれてすこぶるいい調子だ。これも我らが団長のおかげと言えるかもしれないね?」
「…………!」
わお。いきなりシアンさんを飛び越して旧知のモニカ教授に行ったね、リューゼ。
つまるところそれは、彼女は面と向かって相手をするに値しないと言っているも同然な、露骨な見下しだ。お前なんかどうでもいいから教授と話させろ、なんて厭味ったらしいのが露骨だよー、ムカつくー。
教授は当然意図を理解していて、最低限のフォローとばかりに団長を持ち上げる。苦笑いしているあたり、リューゼの挑発的言動に思うところはあるみたいだ。
一方でシアンさん、無表情に亀裂が走った。ここまで面と向かって素気なくされたのは中々ない経験だろうし、貴族としてはありえない対応だからね。さすがに顔色だって変わるよー。
……初顔合わせのタイミングじゃなければ、もうこの時点で僕とサクラさんは暴れてる。リューゼリアを叩きのめして地面に這いつくばらせ、土下座させてごめんなさいを100回くらい連呼させてやっている。
僕が見込んだ団長に何してくれてんだ、コイツ。彼女への侮辱は新世界旅団への侮辱、それすなわちは僕への侮辱だ。サクラさんも同様だろう、微笑みの中に殺気が見え隠れしていて、隣のミシェルさんに冷や汗をかかせているね。
一触即発。あからさまにこちらを舐め腐ってくるリューゼに、シアンさんはしかし、毅然とした表情を向ける。
そう、そうだよシアンさん。この局面はリーダー同士のマウントの取り合い、ある種の戦いなんだ。僕らはどうあれあなたの味方だけれど……部外者にも分かりやすくどちらが上でどちらが下かを示すには、やはりあなたが踏ん張るしかない。
これもリーダーの、団長の戦いなんだ。だから頑張って、シアンさん!
祈るように彼女を見ていると、リューゼがそんな団長を見、ふんと鼻を鳴らした。
「フン……目は良いな、そこは認めるぜ。レイアの姉御にも似た、尽きることのねぇ野心の光だ。何度も見てきた、気持ちのいい目だ」
「畏れ入ります」
「……だがそれだけじゃいけねーってのは分かってるよなァ、おい。仮にもソウマを引き入れたんだ、当然、テメェにもなんかあるんだよなァ、えぇ?」
「っ!!」
にわかにシアンさんの瞳、眼差しを褒め──僕と同じに、レイアのソレと同じものを見出したみたいだよー──直後、放たれる威圧。
レジェンダリーセブン、世界屈指のSランク冒険者としての実力をいかんなく発揮した、本物の、本気の威圧だ。全力じゃないだろうけど、新人の娘さんを気絶させるくらいはわけないほどの、慈悲のない威力をリューゼリアは放つ。
威圧自体は何度か経験しているだろうけど、さすがにこのレベルは初めてのはずだ。体験するには時期が早すぎるのもある、そもそもそこまで鍛えきれてもいない!
それでもにわかにたじろぎ、数歩下がっただけで済んだシアンさんをこの場合、褒め称えるべきなんだ……厳然たる事実として、この時点で上下の格付けがついてしまったも同然だとしても。
「くっ……!?」
「どしたィ小娘、反抗できねぇのかァ? ちょいとした威圧程度で音を上げてちゃあ、ソウマが従う理由はねえやなァ」
「…………何、を」
「やっぱソウマ、お前こっちくるか」
蔑むように見下し、たじろぐシアンさんを一瞥してからの、僕への勧誘。
そこに揶揄や冗談、皮肉や嫌味の色はない。完全に、心底に本心から、リューゼは僕を誘っていた。
──戦慄の群狼の鞍替えしないかと、このタイミングで言ってのけたのだ。
「嫌だよバカバカしい。なんでお前の下につかなきゃいけないんだ」
「そりゃオメー、こいつが弱っちいからさ。弱いやつに従うなんざ無駄だ、何もかも。特にお前さんみてぇな、強いやつはな」
「……!!」
打って変わって親しげな笑み。シアンさんをまったく見るべきもののない小物とした瞳で、僕を評価してくる。
それでいてシアンさんを当て擦るような物言いをして、彼女はなおも続けて言った。
「理想だなんだと御託並べても、結局冒険者ってのは力がすべてだ。弱いやつにはなんもできんし、強いやつにはすべてが許される」
「っ……何を」
元調査戦隊最強格たるレジェンダリーセブン、その一角としての力を発露させての威圧。
大人げないほどに自身の武を、威を示すリューゼリアはそんなことをつぶやいて、シアンさんをことさら強く見下した。
侮蔑ではない。これは哀れみの、憐憫の視線。弱い者に向ける強者の、傲慢がにじみ出た苛立たしい目だ。
僕が一番嫌いな目だ……だけどまだ動けない。まだシアンさんは抗っている。新世界旅団団長として、たじろいでも折れるまでは至っていないなら、まだ僕らは成り行きを見守るしかできない。
この問答は謂わばリーダー同士の勝負なのだから、ね。
「その点言えばソウマなんてのは、手に入れた陣営が強制的にトップ層になっちまうほどの力を持つ……だからこそ、テキトーなやつにゃ渡せねえよなあ?」
「私は……適当などでは……!!」
「弱い。威圧も半端。おまけに気圧され方も半人前ときた。これがテキトーじゃなきゃなんだァ? ガキが最強を手にして浮かれてたのが丸分かりだぜ」
威圧を受けて、息をするのも難しい中、それでも反抗の声を上げる団長。大したもんだよ……世界トップクラスに、ここまでやり込められてそれでもまだ闘志を衰えさせていない。
その瞳には変わらず野望の炎が、未知なる冒険への憧れが絶えず燃えているんだ。
シアンさんがそうである以上、僕もサクラさんもレリエさんも、あるいはモニカ教授だって彼女の下は離れないと強く思う。
少なくとも僕は離れないさ、彼女が彼女である限り。それにリューゼリアの戯言なんて関係ないよ、僕は僕がそうしたいからシアンさんについていってるんだ。
そこを勘違いしてるあいつの姿こそ、まだまだ一人前には程遠いね。
冷めた目で見る僕に気づくこともなく、リューゼリアはさらに言葉を重ねる。
「器じゃねえのにソウマを手にするなんざ、運が良かったのは認めてやるがそれもここまでだ。ソウマを手放して新世界旅団は解散しな。安心しろ、テメェも戦慄の群狼には入れてやるよ。トイレ掃除からの見習いでなァ!!」
いろいろラインを超えてくれた発言だ、そろそろ動こうか……サクラさんも無表情になりカタナに手をかけ、隣のミシェルさんが顔面蒼白の様相を呈する中、僕も杭打ちくんに手を伸ばした。
これ以上はリーダー同士のやりとりですらない、一方的な誹謗中傷、暴言、あるいは度を超えた侮辱だ。そこまで許す僕らじゃないよ、当然ね。
──土手っ腹に風穴ブチ空けてやる。
かつての仲間だとかそんなの関係なく殺意を剥き出しにする。今ここでこいつを終わらせて、やってくる戦慄の群狼も殴り倒して逆に吸収してしまえばそれで終わりだ。
リューゼリアこそトイレ掃除がお似合いだ、ていうか昔死ぬほどしてたもんね、やらかしまくりのペナルティとして。
3年のうちにずいぶん、僕が嫌いなタイプの人間になったもんだなと残念に思いつつ仕掛けようとした、その矢先。
「…………ふざけるな」
シアンさんが、静かに一歩前に踏み出した。
おぞましい威圧を受けながら、それでも前に進んだんだ。そして両の足、両の瞳に力を込めて、リューゼリアを思い切りにらみつける!
「おっ……?!」
「わたしを……私を舐めるな、リューゼリア・ラウドプラウズ!!」
「…………!!」
「シアン……!」
──咆哮。これまでにないほどの威圧、カリスマを放ちながらの叫びが室内にいるすべてを圧倒した。
シアンさん、ここに来てまた一つ壁を超えたんだ。直感的に悟り、僕は息を呑んだ。
彼女にとって、この局面は危機だったんだろうね。生命じゃなく、心の、尊厳の、そして夢と野望の危機だ。
リューゼリアの強力な威圧にさらされながら心を折られそうになり、それに抗することさえできないで部下の前で侮辱されそうになって……その土壇場で、潜在的な能力が引き出されたんだろう。
リンダ先輩の時と同様、壁を超えてみせた。
今やリューゼリアに抗えるだけのカリスマを、本能的なところで放つシアンさんは紛れもなく強者の風格を漂わせている。
その風格をさらに意図的に引き出して、彼女は吼えた!
「たとえ新人であっても若手であっても、心は遥かな未知を見据える、私は冒険者だ! 心に宿したこの炎は、たとえレジェンダリーセブンであっても否定はさせない!!」
「テメェ……!」
「あなたこそ、戦慄の群狼こそ我が傘下に加わりなさい! 掃除などはさせません……我が身を侮ったあなたは、その分新世界旅団のために力を尽くすのです!!」
トイレ掃除しろとまでふざけたことを言ってきたリューゼリアに、渾身の力をもって言い返す。
戦闘力に依らない、気迫や威圧の面で言えば……シアンさんは一気に、リューゼにも届きかねないところまで到達したよー!!
土壇場での覚醒、と言うよりは元からの底力が引き出されたってところだろうか。
対峙する前より遥かに強い威圧を放つシアンさんは、今やリューゼリア相手にも一歩踏み出せるほどにそのカリスマを拮抗させている。
カリスマ、威圧、あるいは支配力……この手の能力は迷宮攻略法でもある程度までしかカバーできない、半分以上が天性の素質に依る部分だ。
実際、リューゼリアには生まれついてのカリスマなんてありはしなくて、今放ってるのは迷宮攻略法の一つ、威圧法を駆使しての擬似的な支配力だからねー。
逆に天性の素質、貴族としての生まれ育ちに由来するカリスマを持つシアンさんなら、現時点でもある程度は対抗できるんだよー。
もっとも、さっきまではほとんど眠っていた素質で、今も少しばかり引き出したって程度だろう。
目覚めたばかりの力に、意識のほうが少し追いついてなさげだ。脂汗をかく団長を見て、リューゼリアは顔をしかめて告げた。
「オレ様の威圧に抗ったのか、褒めてやらァ……だが志だけ一丁前でもなァ。そんな意気込みだけのカスなんざこの世の中、ごまんといるんだぜ、小娘」
「意気込みだけ、大いに結構っ!!」
なおもシアンさんを見くびる彼女に、けれど返される力強い断言。まさしく開き直りの言葉だけれど、そこに込められた想い、祈りは生半可なものじゃない。
意気込みだけ。たしかに今はそうだろう。シアンさんは今はまだ弱いし、新人さんだし、経験もろくにない。大言壮語と壮大な夢ばかりとカリスマが持ち味の、少し探せばそれなりにいそうな冒険者でしかない。
だけどそんなの、掲げた夢の灯火の前にはなんの理由にもなりはしない。
シアンさんが、燃えるような瞳を宿して力強く言い放つ!
「信念も大義もない、力だけの輩などそれこそ単なる暴力装置! 志あってこその力、理想あってこその現実なのだと知りなさい!」
「…………ほう」
「誰もが最初に掲げるは、力ではなく志のはず! あなたもかつてはそうだったでしょう……己の始まりさえも貶めて、それが冒険者としての姿とでも言うつもりですか、リューゼリア・ラウドプラウズ!!」
今届かないならいつか届かせる。今できないならいつかできるようになる。そのために今、この時を必死に積み重ねる。
誰だって初めは何も持たないんだ。それでも想うところが、目指したい夢があるから進んでいける──レイアやリューゼリア、調査戦隊のみんなもそれは変わらなかっただろう。
鼻で笑った意気込みだけど、誰もがそこから始まったんだ。
どうやらそれを忘れてるらしいかつての同胞をこそ、僕は軽くせせら笑ってやった。
「ハハ……お前の負けだよ、リューゼ」
「…………ソウマ」
「誰もが最初は口だけだ。誰も彼も、始まりは夢みたいな理想だけなんだ。それはお前だって同じだ……お前は自分の起源をもカスと言うのかな?」
「言うわけねぇだろ。つうかそもそもオレ様は最初から強かったっつーの」
強気にふんぞり返るけど、さすがに負けを認めはしたみたいで威圧がすっかり消えていく。代わりに僕を睨んでぼやくんだけど、最初から強かったからってそれが何? って話だよねー。
強さで人を選ぶんなら僕なんかは永遠に一人ぼっちだ。そんなところじゃない部分に価値を見出だせたから今、ここにこうしているんだよね。
弱くても、まだまだこれからでもシアンさんにこそついていきたい。そう思わせてくれるだけでももう、それは僕にとってリューゼにも勝る彼女の魅力なんだ。サクラさんやレリエさん、モニカ教授にとってもそうだろう。
強さに負けない夢を、理想を掲げてくれる団長こそが僕を連れて行ってくれる人だと信じる。
そんな僕の想いをようやく感じ取ったのか、リューゼは肩をすくめた。一触即発の空気が霧散して、シアンさんも緊張から解放されてその場にてふらついていた。
「ぅ……」
「シアン!」
体力も気力もごっそり削られたんだろう、とっさにレリエさんが介抱し、ソファに座らせて優しく背中を撫でさすっている。
お疲れ様……団長。あなたはたしかに新世界旅団のリーダーとして、レジェンダリーセブンにさえ負けない姿を見せてくれたよー。
団員としてとても、誇らしいねー。リューゼがつまらなさそうに呻く。
「ハン…………まあ、それなりにわかったぜ。小娘、テメェはたしかにレイアの姉御に似てるな」
「ソウマくんにもそれは言われますが、そんなになのですか?」
「見た目や声の話じゃねえぞ、性格も違う。だが放つカリスマだけはそっくりだ。ソウマ、モニカ。オメーらもこれに引っかかったのか」
「自分から飛び込んでいったんだよ。彼女とならまた、冒険してもいいってそう思えたからねー」
彼女は彼女なりに、シアンさんを見定めたみたいだ。新米、雑魚。だけど小物でもないって印象かなー。
今はそれでも良いよー。そのうちもっともーっと、団長のすごいところを目の当たりにするんだろうからねー。