【完結】ニューワールド・ブリゲイド─学生冒険者・杭打ちの青春─

 向かい合う僕とリューゼリア。お互い全力で放つ威圧が、地下19階をフロアごと激しく揺るがしている。
 この分だと直上直下の階層も結構揺れてるかもねー。たまたま居合わせてる冒険者がいたならごめんよ、これが世界トップクラス同士の睨み合いなんだ。

 新世界旅団の理想、シアン・フォン・エーデルライトの目指す偉業を讃える僕に、リューゼリアはいかにも胡散臭そうな、騙されている憐れなものを見るような目を向けている。
 分からなくもないけどね。この3年で、僕の目も少しは人を見る目がついているのさ。そしてその目が言っている──プロジェクト"ニューワールド・ブリゲイド"こそ次なる時代の担い手だって、ね。

「かつて調査戦隊でさえ夢見なかった絵空事を、うちの仲間達は揃って夢見ている。痛快だ」
「……それで、こっち側は捨てるってかい」
「それはそっち次第。少なくともシアン団長はそんなつもりでもないみたいだけどね」
 
 厳密にはモニカ教授が発端だけど、まあどちらにしたって構わない。シアン団長は献策を受けて、調査戦隊の元メンバーをできる限り取り込むことに決めているんだ。
 新世界旅団にとって調査戦隊は、受け継ぐべき過去であって否定すべきものではない。それを示すためにも、団長は今、目の前にいる巨人めいた体格と風格の女だって勧誘するんだろうさ。

 ていうか、なんともはや白々しいこと言うね、リューゼ。
 3年前には見られなかった彼女の一面、狡猾な部分に触れて僕はつい頬を緩めた。怪訝そうに眉をひそめる戦慄の群狼リーダーを生温い目で見据えながらも、告げる。

「それに、捨てるだって? 僕が身内? よく言うよ暴れたがりが。お前も今の僕よりそちらのミシェルさん、戦慄の群狼のほうが身内だろう?」
「!」
「思ってもないことを口にしてまでサクラさんを挑発したのは、今ここで新世界旅団相手にマウント取ろうって腹だろう。僕とサクラさんさえ潰してしまえば、新米冒険者の団長なんて武力でどうとでもできるしな」

 僕の言葉にリューゼリアは、軽く目を見開いて黙りこくった。
 そう。3年前とは明確に違う点だから驚きなんだけど……彼女、これまでの荒くれぶりはおそらく演技だ。別に僕のことを身内と思ってもいなければ、サクラさん相手に本気でキレてたりもしない。

 あくまで新世界旅団相手に、自分や戦慄の群狼のほうが格上だと示したくてあえて喧嘩を売ってるんだろうねー……
 僕とサクラさんにモニカ教授がいるパーティーだ、警戒した挙げ句に"じゃあさっさと格の違いを見せてやれば良い"くらいに思ったって不思議じゃないよー。

 ただし、それを行ったのがリューゼってあたりが個人的にはひどく驚きだ。
 3年前の彼女にこんなことを考えて実行するなんてできなかったろう。良くも悪くも単純で、とにかくまっすぐ行くのが心情だったんだからね。

 半ば感心して見やれば、さっきまであんなに殺気立ってたやつがほら、まるで水面のように静かに見ている。
 マジで、今ここで趨勢を決する腹積もりだったんだねー。

「……」
「この3年でずいぶん腹芸を捏ねくるようになったじゃないか、カミナソールでの革命家ごっこがよっぽど楽しかったのかな?」
「…………ふっ、ふっふふふふっふははははは!!」

 僕の皮肉に、リューゼリアはやがて高らかに笑い始めた。楽しくて楽しくて堪らないと、迷宮中に響き渡るような轟く大声だ。
 ザンバー地面に刺し、腹を抱えて笑う。殺気も消えて闘志も消えた、これは……ひとまず引き分けで終いってところかな? まあここからいきなり大技をぶっ放してくる可能性もなくはないから、レジェンダリーセブンってのは怖いんだけどねー。

 サクラさんも警戒を解かないままカタナを構えているね。こちらはさすがヒノモトの人、さらに容赦がなくて殺気も殺意もそのままだ。
 そんなこちらを見ながら笑い、リューゼはやがて笑いを収めて笑顔のまま、話しかけてくる。
 友好的だけどどこか薄ら寒い、牙を研ぎ澄ませているような笑顔だ。

「アァ、アァ。久しぶりだが楽しいぜぇソウマァ」
「…………」
「3年前とは違ってオレもちったぁ知恵がついた。テメェの言ってることもまぁまぁ理解出来らぁ……ハァ、今は終いだ、互いに引いとけェソウマ、サクラ・ジンダイ」
「当時は何一つ聞かずにうるせぇ、黙れで終わりだったもんねー……サクラさん、一旦停戦で」
 
 完全に戦意を消して、近くの岩に腰掛けるリューゼリア。ミシェルさんが恐る恐る近づいてきている。間違いなく戦闘終了だね。
 僕もサクラさんにカタナを納めるようお願いした。当然僕らはあいつを信じきれるわけじゃないから注意しながらの対応になるけど、ひとまずは話し合いに移行できそうだからねー。

「ン……承知」
 
 サクラさんも戦い時は過ぎたことを察して矛を収める。
 はあ、やれやれだよー。いきなり襲ってきていきなりやーめた、なんてリューゼリアめ。
 ちょっとは小賢しくなったけど本質的にはやっぱり暴君なんだよねー。ため息を吐く僕を、やはりかつての同胞は笑って見ているのだった。
「にしてもマジに久々だなぁソウマ! 3年ぶりだがずいぶんなんだ、人間くさくなったじゃねぇか、ウハハハハハ!!」
「え、今から旧友との再会っぽくするの? 無理じゃないー?」
「うるせぇな、白黒つけんのはひとまず後回しになったんだから良いだろぉがよォ!! しょうもねえこと気にしてんじゃねえや、チビスケ! 相変わらず美少女面しやがって!!」
「何をー!?」

 迷宮地下19階、ひとまず停戦して集まる僕達新世界旅団とリューゼ達、戦慄の群狼。
 今しがたまでいかにもガチな殺し合いを繰り広げようって感じだった空気から一転して、なんとも馴れ馴れしく接してくるリューゼにちょっぴり引き気味の僕だ。こいつ怖いよー。

 切り替えの早い性格なのは前からだったけど今はさらに輪をかけてるねー。指摘したら逆ギレまでして、挙げ句には僕というダンディズムに溢れたイケメンを捕まえて美少女面とまで言ってきた!
 なんだよこいつ、なんなら今からでもさっきの続きをしてやろうか!? 3年経って僕の強さを忘れてるってんならたっぷり思い出させてやるぞー!

「や、やめてくださいリーダー! 今はそんなことより今後のことを考えるべきです」
「あー? わーってるよ、わーってる!」
「はいはいどうどうソウマ殿、本当のことでござる、諦めるでござるよー」
「サクラさんー!?」

 一触即発の様相をそれぞれ、サクラさんとミシェルさんが止めに入ってきた。リューゼリアも今の身内には甘いようで、うるさそうにしながらも戦意をあっさりと引っ込める。

 一方で僕もサクラさんに従い退くんだけど、本当のことってそりゃないよ、諦めろって何さー。
 思わず非難の目を向けると、彼女は子供をあやすように僕の頭に手を乗せ、軽く叩くのだ。うー、まるっきり子供扱いだよー。

 不満というか悔しさに唇を噛む僕はともかくとして、とりあえずお互い話を聞く態勢にはなった。
 リューゼリアも僕らが、たまたまここに来たってわけじゃないとは気づいているみたいだ。どかっと地べたに胡座をかいて座り、ワイルドに睨めつけてきつつも聞いてくる。

「けっ……さぁてそいじゃあ話と行こうや新世界旅団。オレらをってか、ミシェルを探してたっぽいな? なんだ、どうした?」
「ミシェルさんっていうか……お前がいるならお前への用向きだよ、リューゼ。シミラ卿の件でギルドと新世界旅団は手を組んだ。戦慄の群狼にも足並みを揃えてほしいから話し合いたいってギルド長とうちの団長が言ってる」
「はぁん? ベルアニーのジジイはともかくてめぇんとこの小娘がァ?」

 サクッと話し合いたいからギルドに来てよーって説明すると、リューゼリアは怪訝そうな顔をしてギルド長とうちの団長に悪態をついた。
 ベルアニーさんとは昔からの知り合いだから良いんだけど、シアンさんを小娘呼びとはね……まあ年齢的にはそう言われても仕方ないかもだけど、今の物言いは団員としてはちょっとね。

 サクラさんもちょっとピキッとキテるけど我慢、我慢。リューゼは前からこんな物言いしかできないしね、気にしても仕方ないんだ。
 さり気なく彼女のヒノモト服の袖をくいっと引っ張って止めると、サクラさんは軽く息を吐いて微笑む。そうそう、笑顔が一番だよー。

 僕ら新世界旅団のそんな様子を鼻で笑って、リューゼリアは白けた目を向けてきている。ぶっ飛ばすよ?
 傍らでミシェルさんがあわあわしてるのがなんとも気の毒だ。面倒っちいでしょそいつー。頑張って宥めすかして抑えといてほしいよー。

 やれやれと肩をすくめながらも、リューゼリアはニンマリと微笑む。どこかいたずらっぽい顔。
 なんだ? と思う間もなく彼女は話し始めた。驚くべきことにこちらの事情を粗方、言い当てるような物言いだった。

「どうせオレがキレてエウリデを国ごと滅ぼしやしないかって気にしてんだろォ……あとアレか、シアンだか言う小娘は新世界旅団主導でシミラを救出して、あわよくば仲間に引き入れたいってところかァ」
「!」
「エウリデを壊されたくねぇからオレを止めてぇ、ってそんだけなら新世界旅団が出しゃばる理由がねえしなァ。オレや群狼どもが好きに動いた結果、シミラを先んじて取られるのが嫌なわけだ。ハッ! なかなか小賢しいじゃねぇか、救出を出汁に天下の騎士団長を引き込もうたぁよォ!!」
「リューゼリア……」
 
 ……すごい。シアンさんっていうかモニカ教授の考えをほぼ見抜いてきてる。リューゼリア、ここまで頭の回るやつだったかな?
 3年前はそもそも人の話なんて聞く耳持たずに直球勝負な意見しか言って来なかったのに、今じゃしっかり考えてからものを言っているねー。

 これってばカミナソールで革命家をごっこした経験、すなわち政治劇にも少なからず関わってきたってとでいろいろ得るものなあったんだろうか。
 僕がこの3年で成長したように、リューゼリアも成長しているんだと、改めて思い知る気分だよー。
 3年前には見られなかった聡明さ。戦闘面以上に知力の面で大幅にパワーアップしてるような気がするリューゼリアに、僕は少なからぬ衝撃を覚えていた。
 こちらの状況、すなわち新世界旅団がギルドと足並みを揃えてシミラ卿の処刑を阻止しようとしているってそれだけの情報から、シアンさんの思惑をおおよそ看破してみせたんだ。

 昔のリューゼなら"ハァン? ンだそれ知らねーぶっ殺す! "くらいは言っててもおかしくないのにねー。
 それがこれだよ。感心して僕はしみじみつぶやいた。

「……レイアによく言われてたね、勉強しなさいって。真面目にやってたみたいで良かったよ、僕としても安心だ」
「まだまだ姉御の望むところにゃ遠かろうがなァ。そんでもワカバやモニカに煙に巻かれるこたァもうないぜ」
「撒かれとったんでござるか……」
「撒かれてたんですね、リーダー……」

 ミシェルさんとサクラさんがなんとも言えない表情で言うけど、実際本当に煙に巻かれてたからねー。
 本当に短絡的で直情的で、深く物事を考えない分、行くと決めたら行くところまで行けてしまう恐ろしさがあったのが昔のリューゼリアだ。

 でもそんなの、理屈を──時には屁理屈すら交えて──前面に押し出してくるし口も立つワカバ姉やモニカ教授にはまるで通じなかったんだよー。
 なんなら手玉に取られてうまいこと口車にノセられ、うまいこと操縦されてたこともしばしばあった。まあ、あんまりやりすぎるとレイアやウェルドナーおじさんが叱ったりしてたんだけどねー。

 それを思うと今はまるで、そんな風にいいように操られるような感じじゃないと思える。
 最後に会ってから今に至るまで、彼女も彼女でいろんなことを経験してきたってことなんだろうねー。

 武力に知力をも備え、いよいよ風格の出ているリューゼリアはどこか面白そうに笑った。
 うちの団長の思惑、シミラ卿を救出するついでになし崩しに仲間に引き込んじゃおうっていう作戦を受けて、感心した風に喋る。

「しっかし中々に強かじゃねえか、シアンってのも。テメェやサクラが従うのも納得だぜ、かなりの腹黒と見た」
「頭の回る人ではあるねー。ちなみにモニカ教授もこないだ新世界旅団に入団したよ。うちの団長のカリスマに魅せられてね」
「チッ……テメェ、マジで姉御以外に尻尾振ってんのかィ。モニカもだが何してんだ、ったく……」

 こう言うとアレだけど、シアンさんがまあまあ曲者な思考回路をしているのは否定できないねー。
 そもそも新世界旅団、ひいてはプロジェクト"ニューワールド・ブリゲイド"の構想からしてかなりの異端ぶりだし、それを踏まえて僕やサクラさんを引き込んだのもなかなかの胆力だし。

 カリスマってのも種類があるけど、シアンさんはどちらかというとそうした自分の策略、野心をうまいことプレゼンして人を惹きつけるタイプなんだろう。
 宣伝がうまいっていうのかな? 僕にしろサクラさんにしろモニカ教授にしろ、彼女が語る野心や冒険心に魅せられたところは大きいわけだからねー。

 でもリューゼからしたらそんなこと知ったこっちゃないわけで、傍から見たらレイアからシアンさんに鞍替えして従順な犬に成り下がってるとでも言いたげだ。
 誤解だね。そもそも僕はレイアありきの存在なんかじゃないんだよ。不敵に笑って応える。

「レイアにだって尻尾を振った覚えはないねー、僕は僕、ソウマ・グンダリだ……いつだって僕は僕の気に入った人の味方だ。それがかつてはレイアで、今はシアンさんだっていうだけの話だよ」
「けっ……テメェみてえなのは部下に持ちたかねぇなァ。自分の物差しで上を測りやがるから、心から手懐けることができねぇ。テメェ、気に入らなくなったらシアンとやらも切り捨てるだろ」
「そりゃあシアンさんがおかしくなっちゃって、しかも手の施しようがなくなったりしたらね。でもそれは向こうも同じさ、僕に利用価値がなくなったらその時点で、切り捨てはされなくともまあ、目にかけられることはなくなるだろうしー」

 リューゼはレイアの影響も受けてるのか、自分のパーティーメンバー、すなわち仲間に対してすごくフレンドリーさやファミリーシップを求めているっぽいけど……
 たぶんシアンさんは僕と同じで、そういうのとはちょっと違うんだよねー。

 そりゃもちろん、彼女だって団員を大切に思ってはくれてるだろう。なんなら冒険者としては新米もいいところなレリエさんにだって敬意を払い、尊重してくれてたりもするし。
 僕だってそんな彼女だからこそ慕い、新世界旅団団員として従っているんだ。そうである限りは、僕らの仲は揺るぎないと思うよー。

 ただ、それはそれとして新世界旅団にとって必要かどうかって物差しもたしかに彼女の中にはあって。それに沿うか沿わないかを常に見定めようと努めている節はあるよねー。
 特にモニカ教授との問答はそれが如実に現れてたと思うよー。あの時シアンさん、新世界旅団が元調査戦隊メンバーを集めることで乗っ取られやしないかってピリついてたしねー。
 僕とシアンさん、あるいは新世界旅団内の人間関係に対してのスタンスについてはともかく。
 リューゼリアはひと通り話を受けて納得したのか、軽く鼻で笑ってから傲岸不遜に、不敵な笑みを浮かべて僕らの提案を呑んだ。
 冒険者ギルドと新世界旅団の連携に対して、足並みを揃えるか否かの交渉の場に立つことを宣言したのだ。

「フン……まぁ良い、再会記念だ、別に話し合いに応じてやってもいいぜ」
「へぇー素直ー。3年前ならとりあえず逆上してたよね、リューゼ」
「それじゃなんの解決にもなりゃしねえってな、自分で一団率いるようになってようやっと気づいたのさ」

 からかい半分、もう半分はやはり驚き。3年前に比べてずいぶん物分りの良くなったと、リューゼをまじまじと見てしまう。
 そんな僕の視線が気に入らないのか、半目で睨んできて彼女は言うのだった。

「さっきテメェはオレを革命家気取りみてぇに言いやがったが、そんな御大層なもんでもなかった。巻き込まれに巻き込まれた末、退っ引きならねぇ政治劇に巻き込まれちまったってのが正味な話だ」
「カミナソール……そんなに陰謀渦巻いてたでござるか?」

 サクラさんが尋ねる。リューゼ率いるパーティー・戦慄の群狼がつい最近まで滞在し、あまつさえ革命の手伝いまでしていた地、カミナソールについてだ。
 革命活動なんて完全に冒険者の領分を超えているし、ましてややったのがあのリューゼなんだ。正直驚くしかないし、なんなら誰ぞか政治屋の陰謀にでも巻き込まれたのかなーって思ってさえいるよー。

 実際、彼女の言うにはそのとおりで、本当は戦慄の群狼もカミナソールの革命騒ぎなんて関わりたくなかったみたい。
 でも、やっぱり元調査戦隊にして現レジェンダリーセブンの肩書は他所の国でも魅力的なんだろうね。渦巻く野望と陰謀に巻き込まれ、パーティーは望んでもいない革命活動に参加せざるを得なくなったみたいだった。

 苦虫を噛み潰したような表情で、リューゼが語る。巻き込まれた末に彼女達は、カミナソールの騒乱の中で権威側が行ってしまった蛮行を目撃したようだった。

「……ああ、もうめちゃくちゃだぜ。貴族や王族のゴミクズどもだけでやってりゃいいものを、やつら平民や貧民をも巻き込んで好き放題さ。さっさと逃げたかったのがオレの本音だが、同時にどうにか革命の手伝いをしてやりてぇって団員も大勢いた。目の前で年端も行かねえ女子供や赤子が、狂った貴族どもに襲われ、殺されるところなんざ見ちまったら、オレだってなァ……」
「そんなことが……」

 カミナソールの貴族ども、相当無茶苦茶だったみたいだね。護るべき民を、しかも赤子や女子供を虐殺して回っていたなんて。
 憂鬱そうに語るリューゼの、傍らでミシェルさんも俯いている。相当ショッキングなものを見たみたいで、思い返しているだけなのに血の気が引いちゃってるよ。

 戦慄の群狼もさっさと国から離れる選択肢はあったんだろう。でも目の前で惨劇を見てしまって、団員の中からも革命賛成派が出たらしい。
 そして賛否両論の中、リューゼは決断したんだ。カミナソールに介入し、革命の手助けに入ることを。
 選択の是非を未だに悩んでいるのか、難しい顔をして彼女は語る。

「パーティーのことを考えるならあんなもん、無視して離脱が一番だった。少なからずそんな声もあったが……見て見ぬふりは寝覚めが悪い、冒険者でなく人間として貴族どもを許せねえって声もたくさんあった。悩んだよ、人生で一番ってくれぇな」
「それで、革命への手助けを選択した……」
「身内の揉め事も山程起きて、その末にな。姉御の苦労をそん時、初めて思い知ったぜ。あの人はずーっとこんなもん背負ってたのかってな……愕然としたし、最後のほうの姿を思い返して、アレはこういうことだったのかと理解して後悔もした」
「…………レイアの、苦労」

 パーティーを率いたことのない僕には決して分からない苦労、苦悩。それを初めて体験して、リューゼもまた思い知ったらしかった。
 すなわちかつての僕らのリーダー、"絆の英雄"レイア・アールバドの裏側。真実の、等身大の彼女の悩みや苦しみを。

 リューゼが天井を仰ぎ見た。その目に映るのはたぶん、土塊じゃなくて昔日。
 崩壊していく調査戦隊を、必死で繋ぎ止めようとしていた頃の……レイアの姿なんだな、きっと。

「テメェが追放された後が特にな。ミストルティンの野郎が勝手抜かして消えやがって、そっからズタボロだ。姉御も奔走していたけどよ、見てられなかったぜ……」
「……そっ、か。僕は……僕が、僕が」
「テメェの事情も分かってらァ、オレからはとやかく言わねえ。だが一つ言うなら、姉御は俺が抜けるってなったその時までずーっとよ、テメェのことだって心配してたんだぜ? そこは知っといてくれや、ソウマ」
「…………うん。それに近く、会うことになるかもしれないからね」
 
 力なく、僕はそう言うしかなかった。
 調査戦隊をそんな風にしたのは、レイアをそこまで追い込んだのは……どんな理由があったにせよ、僕なんだから。
 たとえ憎まれてなくても嫌われてなくても、未だ想われていても。そこだけは変わらない、事実なんだから。
「よっしゃ! 辛気臭え話はこの辺にして、とりあえず会いに行くかぁ、ジジイに小娘!!」

 湿っぽくなった空気を振り払うようにリューゼは立ち上がり、叫んだ。柄にもない話をした、とは本人も思っているんだろうね、どこか誤魔化しの空気がある。
 とはいえ今、すべきは昔話や反省や後悔でなく直近に迫るシミラ卿処刑についての対応。すなわちギルド長とリューゼとうちのシアン団長による三頭会談だ。

 三頭会談って言えば聞こえはいいけど、どうしても立場的にはシアンさんが新人すぎるから気圧される場面も出そうだねー。
 そこは僕やサクラさん、モニカ教授とレリエさんでフォローしなくちゃ! と鼻息を強くして来たる歴史的会談を思っていると、ミシェルさんが慌てた様子でリューゼを止めた。
 どうやら異論があるみたいだねー。

「ま、待ってくださいリーダー! 本隊の到着を待ってからにしたほうが、リーダーだけで決める話ではないと思うのですが!」
「ン……まあ一理あるがよォ」

 ずばり、味方が集ってから話し合いに行ったほうが良いんじゃないー? っていう指摘だ。
 リューゼが本来率いているパーティー・戦慄の群狼は今まだこの町にどころかエウリデにも到着してないっぽいし、重要な話となれば彼らを待ったほうがいいってのは頷ける話だね。

 うーん。ミシェルさん良いね、必要なことをしっかりリューゼに言えてる。
 あいつはタッパだけでもとにかく威圧的で言動も基本的に荒々しいから、その辺、萎縮してる人ばかりなんじゃないかと心配だったんだよー。

 ミシェルさんがキッチリと、締めるべきところを締めてくれるのなら戦慄の群狼は案外みんな、仲良しさん達なのかもしれないね。
 少なくともリューゼリアによる恐怖政治が蔓延る、そっちこそ革命したほうが良いんじゃないのー? って言っちゃえるようなものではなさそうで良かったよー。いや、かつての同胞としてねー?

 …………まあ、とはいえミシェルさんの提案は今はちょっと場にそぐわないんだけどね。
 平時なら正しいんだけど、今は平時じゃないからさ。リューゼがゆっくりと彼女を見、ニヤリと笑って言う。

「ミーシェールーゥ。今そんなこと言ってる状況じゃねぇんだわ」
「っ……」
「本隊を待ってたらあと2日はかかるんだぜ? トルア・クルアからここまで近いっても、キャラバン単位での移動なんだどーしたって時間はかからァ。チンタラしてたらそれこそお前さん、シミラが殺されちまう。わりいがここは独断専行させてもらうぜェ」

 面白がっている風に見えるけど、瞳の奥は笑っていない。怒ってるわけじゃもちろんないけど、リューゼはリューゼでこの状況に焦りというか、急ぐ必要はあると感じているみたいだった。
 そう、本隊到着まで待ってたら話がその間、先に進まないんだ。特に何もないタイミングならともかく人の命がかかっている状況でまで杓子定規に動いているのは、少なくとも僕やリューゼからしたら考えられないことではあるんだ。

 本隊が到着して、状況を説明して予定を合わせてさあ、話し合いしましょう。そしてそこから処刑阻止に向けて動きましょう──そんなことしてる間にシミラ卿死んじゃうよ。
 いくらなんでも悠長すぎる。ここはお行儀よく仲間を待つタイミングじゃない、さっさと準備を整えて、本隊が到着したらすぐさま動けるように整えておくべきなんだ。
 せっかくリューゼという、戦慄の群狼の総責任者がいるのにただ待つだけなんてできっこないんだよ。

「た、たしかに……騎士団長処刑まで間がないのは、たしかですが……」
「エウリデの貴族達のことだ、なんの前触れもなく処刑を早めるとかってしかねない。今ここにいない連中を、シミラ卿の命より優先すべき理由は悪いけどないね、ミシェルさん」
「まあ、拙者らは各々の思惑がどうであれ、シミラ卿を助けたいという点については共通しているでござるしな。最低限その辺についてだけはギルドや新世界旅団、戦慄の群狼らで認識を共有しといたほうがいざって時に乱戦せずにすむでござるよ」
「それは…………その、通りです」

 僕とサクラさんの意見も受けて、ミシェルさんは自分の提案が少しばかり呑気にすぎるのだと認識したのか、顔を赤らめて俯いた。

 仲間内で話し合って決めたいってのは決して悪いことじゃないんだけどねー。結局発言権ってのは渦中にあってこそ与えられるものだからさ。
 勝手こいて先行して来たとはいえリューゼがここにいる時点で、戦慄の群狼のメンバーには今は何も言えることはないんだよ。
 
「すみません、差出口を挟みました……」
「ウハハハハハッ!! 気にすんな、むしろどんどん言ってきなァ! 聞くだけ聞いて、それを活かすか活かさねぇかはオレ様の責任で判断すっからよォ!!」
 
 謝罪するミシェルさんの背中を、バシバシと叩いて大笑するリューゼリア。
 彼女らしい物言いだね、意見は聞くけど活かすか活かさないかは自身の責任。潔い姿勢で、そこはリーダーシップってのを感じるよ。
 何はともあれ迷宮を上がっていく。ショートカットルートを通ればもっと早くに帰れるんだけど、レオンくん達と合流しないといけないからねー。
 地下19階から上の階層なんて、僕やリューゼからしてみれば庭先みたいなものだ。サクラさんも合わせて3人の実力者の気配に、モンスターたちさえすっかり怯えて近寄ってこない。楽に登っていけるよー。

「チッ、相触らずどこの迷宮もモンスターどもめ、オレ様にビビり散らかして近づいてすら来やしねェ。まー今だけは空気読めてるってなもんだけどなァ」
「よその迷宮でも似たようなものなんだ……」
「どこであれモンスターはモンスターでござるからなあ。弱わそうなら襲うでござるし、強そうなら近づかない。利口といえば利口なもんでござるよ」

 野生の本能かなー?
 生存能力も普通にあるモンスターの生態って不思議だねーみたいな話をしつつさくさく上階へ。襲ってくる連中がいないと滅茶苦茶スムーズに進めるから、あっという間に地下10階まで登ってこれたよー。

 そのまま良い感じに9階、8階と進んでいくと、そこでついに僕達は彼らの姿を目にした。
 ミシェルさんを上下から挟み撃ちにするつもりで正門、地下1階から冒険を開始していた、レオンくん達パーティーと合流できたんだ。

 彼らは彼らで地下8階まで降りてきていたんだね、結構早いよー。
 感心しつつ視界に入った彼らに手を振って呼びかけると、レオンくん達もまたこちらに気づき駆け寄ってくる。びっくりするだろうなー、まさかミシェルさんのみならずリューゼまで釣れるなんてさー。

「うわ早っ! もうこっちまで登ってきたのかって──え、デカっ!?」
「え、二人? どっちが探してたミシェルって人なの?」
「あわわはわわ、怖いですぅぅぅ……!」

 案の定、レオンくんにマナさんノノちゃんの3人は予想外のもう一人に驚いている。身長の高さやそもそも2人なこと、あるいはとにかくビビってピーピー鳴いてたりするけど概ねビックリって感じだよ。
 ともあれザクッと説明する。ミシェルさんを見つけたと思ったらリューゼまでいたから一緒に連れてきた。これから一緒にギルドに行って話し合いするんだよー。

 特にレオンくんの反応がすさまじく、瞳を盛大に煌めかせてマジかよ、マジかー! って迷宮内を憚ることなく大声で叫んだんだ。
 
「ま、ま、マジかよレジェンダリーセブンのひ、一人が! "戦慄の冒険令嬢"リューゼリア・ラウドプラウズさんがこんなところに!?」

 鳥肌すら立てている様子はまさしく"戦慄"だねー。リューゼのやつ、敵対する連中ばかりかファンまで戦慄させるとは腕を上げたね、やるなー。
 その強さ、その姿、その言動をして相対する敵をことごとく戦慄させ震撼させてきた冒険令嬢さんは、ニヤリと笑って腕を組んだ。それなりに豊満なバストが持ち上げられてつい目が行きそうになるけど、バレたら盛大にからかわれるから我慢!

 面白がりつつもどこか呆れた調子で、リューゼはレオンくんに応えた。

「おいおいこんなところって、ここはこの辺の冒険者のメイン戦場だろォ? オレ様だって冒険者なんだからよ、この町に来たらこの迷宮に潜るわなァ」
「だからって町にも入らず初っ端から迷宮に潜るなんてお前くらいだよー? そーゆーところは相変わらずの無軌道さだねー」
「うっせーチビ、そういうテメェはずいぶん軽口叩くようになったじゃねぇかよ、ァア? 3年前からは考えられねーぜ」

 軽口の応酬。彼女の言う通り3年前には考えられなかったやり取りだ。何せ僕がこんなんじゃなくて、そもそもあんまり会話が成立しなかった口だからねー。
 ふんぞり返って話すリューゼだけれど、実際この近辺まで来ておいて町に寄るより先に迷宮に潜るなんて頭がだいぶおかしい。ミシェルさんとの待ち合わせ場所が地下19階だったからと言って、普通は町に寄って準備くらい整えてもおかしくないのに。

 まあ、そんな無茶な強行軍でも問題ないってくらい、リューゼの実力が高いってことではあるんだろうけど。リスクは考えたほうがいいとは思うよねー。
 仕方ないなあと思っていると、不意にヤミくんがマントをくいくいって引っ張ってきた。何やら気になることがあるみたいだ、なんだろ?
 
「杭打ちさん。この人が、前にいたパーティーのお仲間さんなの?」
「ん……まあ、ね。今はもしかしたら対立するかもしれないってくらいの、間柄だけど」
「そうなんだ……知り合いが敵になるの、良くないと思うよ」
「仲良くやれるならそれが一番ですよね……」
 
 ヒカリちゃんともども、心配そうに不安気に僕を見上げながら言ってくる。かつての仲間と揉めるかもってことで、僕を気遣ってくれてるみたいだ。
 いい子達だよー。優しいよー。レリエさんといいこの子達といい、あるいはマーテルさんといい古代文明の生き残りってみんなこんな素敵な人達なのかなー。

 優しく愛らしい双子にほっこりして、僕は薄く笑って二人の頭を撫でる。くすぐったそうにしている姉弟の姿は、迷宮にそぐわぬ平和な光景だった。
「っつーか誰だこいつら。こいつらもアレか、新世界旅団のメンツか? まさかシアンとやらはこの中にいやがんのか」

 僕らと無事、合流できたレオンくん達を見てリューゼが改めて言った。彼らも新世界旅団のメンバーなのかと思ってるみたいだけど違うよー、単なる知り合いだよー。

 ただでさえ2mを超える長身に、それ以上の丈のザンバーを担ぐリューゼリアにひと睨みされては新人冒険者じゃ太刀打ちしようもない。
 可哀想にマナちゃんやノノさんは震え上がっちゃって、声を絞ってどうにか弁明するのが精一杯みたい。

「ぴぇっ!? ご、ごごご誤解ですすすぅぅぅ」
「わ、私達はギルドからの依頼で新世界旅団と一緒にミシェルさんを探していた、新人パーティー・煌めけよ光です!」
「…………アァ、ジジイのほうの使い走りか。そりゃ御苦労なこったな」

 新世界旅団と関係ない上にベルアニーさんからの使いと聞けば、リューゼもバツが悪そうにそっぽを向いた。弱い者いじめみたいな構図になっちゃってるの、気にしてるみたいだね。
 ホッと息をつく二人。ヤミくんとヒカリちゃんについては僕の傍にいるから平気だ。まあこの子達まで睨むようなリューゼじゃなし、睨んでたら僕がただじゃ済まさないしね。

 ただ、そうしたリューゼの威圧さえ受け止める新人がこの場に一人いた。
 やや震えて足を竦ませながらも、強い光を宿した瞳でまっすぐにリューゼリアを見据える青年。
 煌めけよ光のリーダー、レオンくんだね。

「お、俺がリーダーのレオン・アルステラ・マルキゴスです! よろしくお願いしまァすっ!!」
「……なかなか良い威勢じゃねぇか坊主。ペーペーにしちゃ堂々としてやがるな。それにその名前は貴族か、冒険者になるたァ珍しい」
「はい! 俺は後継ぎじゃないんで、だったら冒険者として名を上げたいって思ってるんで! レジェンダリーセブンにだっていつかは肩を並べてみせますっ!!」
「ほぉ」

 新人でここまで普通に威圧をレジストしてくるなんて予想外なのか、少しばかり面白そうに口元を歪めるリューゼ。
 そうなんだよ、面白いだろ? 彼、レオンくんは僕だって一目置いているんだ。シアンさんにも並ぶかもしれないってほどの可能性の持ち主だと、思える心の強さがすでにあるんだよー。

 そしてレオンくん、案の定貴族だったかー。察するに三男坊とかそれ以下の、家の後継ぎにはなれないくらいの位置づけのお坊ちゃんなんだろうねー。
 レジェンダリーセブンにも肩を並べる、なんてなかなかの大言壮語だけど、僕は彼ならいずれ本当にそうなれそうな気がしてたりするよ。

 なんていうか、うまいこと行けば英雄になれそうな面構えしてるんだよねー。
 リューゼもそれを感じ取っているのか、ますます笑みが深まっている。特に彼みたいな、物怖じせずに突っ込んでいくタイプはあいつからしても好みだろうしね。

 長身のレオンくんよりなお頭5つ分くらい大きな巨躯が、彼の肩を力強く叩く。
 痛がる彼にも構うことなく、リューゼは豪快に笑って言った。
 
「ガキが一丁前に良い目ェしてらァ。気に入ったぜ坊主、オレ様が率いる戦慄の群狼に──」
「勧誘するならちょいと待つでござるよ冒険令嬢。レオン殿達にはうちの杭打ち殿が先に目をつけてたのでござるが?」

 気に入ったからって速攻、勧誘かけていったよこいつ。まるで後先を考えてない即断即決ぶりだ、こういうところは相変わらずだよー。
 そしてそれに反射に近い形でサクラさんが横槍を入れた。僕を引き合いに出してリューゼを止めてるけど、別に僕は勧誘目的でレオンくん達に注目してたってわけでもないんだけどなー……

 著しく誤解がありそうな気がするよ、僕とサクラさんの間ですら。
 後で一応、認識を共有しとかないとなーって思っていると、リューゼが怪訝そうに僕を見てくる。こいつ普通に見てくるだけで眼力すごいから怖いよー。
 傍から見たら睨みつけてるも同然の目つきで、彼女はそのまま尋ねてきた。

「はぁ? そーなのかよソウマァ」
「……まあ、目をつけるっていうか見どころあるなとは思ってたよ。彼らには彼らの冒険があるんだから、変に囲い込むつもりもないけどね」
「ほーん。じゃあオレ様が横からしゃしゃるのも野暮かねェ……調査戦隊が解散してからも、この町はそれなりに冒険者に恵まれてるみてーだな」
「調査戦隊のメイン活動拠点だった時点である種の聖地化してるからねーここは。他所からもたくさん人が来てるよ、この数年間は」
 
 レオンくん達に限らず、今やこの町近辺は冒険者にとっては憧れの大都会みたいな感じらしいからねー。
 たくさんの冒険者達が方々から来るし、そうなると将来有望な新人や若手だって結構な数いるわけだ。
 
 つまりは冒険者の集う聖地なんだね、エウリデにあるこの町は。調査戦隊の存在が発端だけど、そのうち新世界旅団の存在も聖地化に拍車をかけるはずだよー。
 そう言うとリューゼは鼻で笑い、調査戦隊はともかく新世界旅団はどうだかなとか言うのだった。
 リューゼ達と適当に話しながら迷宮を逆戻りする。地下9階くらいからならもうショートカットルートを探す手間のが大変なので、普通に地下1階まで戻る予定で進み、今や地下4階にまで至っているよー。
 特に問題なくギルドにまで戦慄の群狼の二人を連れていけそうだとちょっぴりホッとする。いやまあ、ここからリューゼが急に気が変わったとか言い出したらまた一悶着だけど。
 いくらなんでもそんなことはしないと信じたいよねー。

「あ、あの! 杭打ちさん、ちょっと良い……?」
「……うん? どうしたのヤミくん」

 と、軽くだけどいきなりマントを後ろに引っ張られて何かなー? と振り向く。古代文明人の双子、ヤミくんとヒカリちゃんがそこにはいて、二人とも興味津々の様子で僕を見ている。
 なんだろー? と首を傾げると、ヤミくんがちょっぴりと緊張した様子で、僕に尋ねてきた。

「あ、あの! そ、ソウマって今、もしかして杭打ちさんの名前なの!?」
「…………あー。まあ、ね。あんまり他言しないでね?」
 
 しまった、さっきリューゼがしれっとソウマとか言ってたね、そう言えば。レオンくん達にとっては初めて聞く名前だろうし、あの"杭打ち"の名前ってなると目を剥くのも無理からぬことだねー。
 キラキラした期待の目で見てくる双子。周囲を見ればレオンくんにノノさんやマナちゃんもめちゃくちゃガン見してきてる。

 怖……くはないけど、困るよー。顔と形姿、名前については極力隠してるんだから、不用意に漏らさないでよ、リューゼー。
 いやまあ、レオンくん達は良い人達だから僕の個人情報を得たからと言って、それで何か悪さするとは思えないんだけど。それでもなるべくなら秘匿しときたかったものでもあるから、対処に困るー。

 とはいえ双子相手に本気で"今見聞きしたことは忘れろ"なんて言えないし、仕方ないなあ。
 やむなく僕は頷き、ソウマって名前であることを肯定した。続けて頼むから内密にねってお願いすると、さすが双子はいい子達だよ、こくこく何度も頷いてくれたよー。

 はあ、これで一安心かな?
 そう思ってると巨体が、リューゼリアがつかつかと近寄ってきた。
 妙なものを見る目で僕を見つつ、怪訝そうに言ってくる。

「なんだァ、名前隠してんのか? 女みてーなツラ隠すのは分かっけどよ、何もオメーそんなことまで隠さなくてもいいだろォに」
「いろいろあるんだよ……っていうかまた言ったなお前、そろそろ本当に叩きのめすよ!?」
「ヘッ、何言ってんだ、よっ!!」

 性懲りもなく僕を女の子みたいに言う! うがーって吠え立てると、リューゼはそれさえ鼻で笑い、僕の頭に手を伸ばす。
 何をするつもりか知らないけどどうせろくなことじゃない、そう思って避けようとすると直前でものすごいスピードと力でガシッと、肩を掴んで固定してきた。

 こいつ、やっぱりさっきの戦いは本気じゃなかったな!? 予想はしていたけど想定よりも大分早い動きに対応しきれず、目深にかかった帽子にあいつの指がかかる!
 あーっまずいー!! 思うもつかの間、あっという間にリューゼは意外に細っこい指で帽子を器用に手繰り寄せ、僕の頭から取り外してしまった。
 さすがにこれには慌てて、割と本気で飛びかかる。

「!? おい、帽子返せ!!」
「お前今年で15だろ? なんで3年前とほぼ変化してねーんだよ、成長期どこ行った。変声期も迎えてねーよな、その声」

 必死に手を伸ばすもタッパが違う、手を高く伸ばしたリューゼに届かない!
 仕方なし勢いよくジャンプして防止を奪取、何だけどもう遅いよねー……唖然と、ていうか呆然と? してる煌めけよ光の皆さんの視線が痛い。

 そしてやらかしてくれたリューゼはリューゼでなんか、化け物を見る目だし。悪かったな15歳にもなってほとんど3年前と変化なくて!
 思い切り個人情報をばらまいてくれやがった馬鹿を思い切り睨みつけて僕は叫んだ。

「歳をバラすな!! 真っ最中だよ成長期については! 一応身長伸びてるんだよちょっとだけ、ほっとけよー! ……あと変声期についてはマジで来てなくて自分でもビビってるんだから本当に止めて、話題にさえ出さないで」
「そ、そうかィ……いろいろ大変なんだな、オメーも」

 わりーわりー、とここに来て初めて申しわけなさそうに笑うリューゼリア。遅いよー、遅すぎるよー。
 ……まあ、レオンくん達だけってのは不幸中の幸いだしまだいいんだけどさ。これが不特定多数の衆目の中だったら、本気の本気で殺し合いだったよ。
 まったく、憂いに吐息を漏らしてレオンくん達を見る。初めて見る僕の素顔に、彼らは揃って感動気味に興奮していた。
 
「──子供、それも女の子!?」
「杭打ちの素顔見ちまった……っていうかマジかよ、15歳って」
「ぴぃぃぃ……! し、正体知っちゃいました、消されちゃいましゅぅぅぅ……!!」
「消すわけ無いでしょ!? あと僕は男だ、ダンディな男だよー!!」
 
 失礼すぎるよー!?
 こんな快男児捕まえて何が女の子だよー!!
「ミシェル殿……おたくんとこのリーダー、思いっきりやらかしてくれてるんでござるが。これどう落とし前つけるんでござる?」

 鮮やかなまでに人の隠し事を暴露してくれやがった元仲間、元調査戦隊のリューゼリア。
 レオンくん達だけだから良かったもののと頭を抱える僕を心配してか、サクラさんがミシェルさんに抗議した。

 静かながら割と本気の声音だ、怒りを感じる……いや、その、そこまで本気でキレられるとこっちとしてもちょっと怖いというか。逆に僕が冷静になっちゃうっていうか。
 ましてミシェルさんは直接関係のない立場だし、格上もいいところなSランクに睨まれて冷や汗を流しながら、引きつった顔で何度も頭を下げているよー。
 これはこれでいたたまれないー。

「も、申しわけありません……リーダー! やりすぎです、彼には彼の事情があるんですよ!?」
「ン……いや、でもよぉ。勿体ねぇしよ、こいつがコソコソ身を隠してるなんざ」
「でももかかしもありません! 理由があるから隠しているのではないですか! それを無理に暴き立てるなんて、人として恥ずかしいことではないのですか!? それでも一団を率いるリーダーなのですか!?」

 お、おおーう。ミシェルさん大激怒だよ、怖いよー。
 サクラさんや僕の手前、怒らないってわけにもいかないからあえて過剰にキレて見せているところはあるんだろうけど、必死さがすごくて普通に圧倒されちゃう。
 怯えてヤミくんとヒカリちゃんが僕に抱きついてきたよ、よしよし怖くないよ、僕が守るよー。父性が湧くよー。

 双子を守るように庇っていると、ミシェルさんの剣幕にリューゼもタジタジだ。
 さすがに身内に本気でキレられると慌てるみたいだね。慌てて僕に向け、誤魔化すような笑みとともに頭を下げてきたよー。
 
「わ、悪かった! わーるかったよソウマァ、勘弁してくれ!」
「まったくガサツな……人の気持ちを考えろってそれ、レイアにもウェルドナーさんはじめ調査戦隊のみんなからいつも言われてたろー!? なんで直ってないんだよー!?」
「苦手なんだよそーいうの……大体隠す理由なんてねェだろ。調査戦隊最強の冒険者がまるで犯罪者みてーに身を隠してるなんざ、オレからしちゃ意味不明すぎて腹立つんだが」

 む……思わぬ反論にちょっぴり言葉が詰まる。
 リューゼの立場からしてみれば、たしかに僕がここまで徹底して正体を隠しているのは理解不能だろう。まさか"杭打ち"としてでなく僕を見てくれる運命の初恋の人と巡り合いたいからーなんて言っても信じないだろうし、ねー。

 まあ、あとは正体バレして学校とかで面倒事に巻き込まれるのは嫌だからってのもあるしー。
 目下のところ一番の問題児だったオーランドくんは他国に行っちゃったからアレだけど、どうせ二学期になったら戻ってきてまた、ハーレム野郎になるんだろうしねー。

 その辺の複雑極まる事情を逐一、説明するのも大変だ。
 僕はいろんな箇所を省いてまとめて簡略化して、端的にリューゼに伝えることにした。

「……今の僕は学校に通ってる。身バレすると後が面倒になるから、それで姿と名前を隠して冒険者"杭打ち"をやってるんだよ」
「あー、モニカの手引だっけか? テメェが学生ねえ、なんの道楽なんだか知らねえが、楽しいかよ?」
「結構楽しいよ、友達もいるし……リューゼは僕くらいの年の頃、学校行ったりはしてなかったの?」
「行ってたが、だいたい喧嘩ばっかしてたからそれ以外の記憶はねぇなぁ」
「えぇ……?」

 なんだよそれ、野蛮すぎるよー。チンピラか何かかなー?
 完全に不良学生だよ、それも学校を裏で統べてるタイプのやつ。

 そんな頃から泣く子も黙らせる"戦慄の冒険令嬢"だったらしいリューゼリアに、僕もミシェルさんも煌めけよ光の面々もドン引きの視線を禁じえない。
 唯一サクラさんくらいかな? へぇやるじゃん、くらいに感心してそうなのは。ヒノモトはこれだからズレてるんだよいろいろー。

 お互い大変だねー、とミシェルさんを一瞥してから、仕方ないと僕はレオンくんへと言った。
 知られちゃったものは仕方ないんだし、せめて広まらないようにお願いだけはしとかないとねー。

「レオンくん達、そういうわけだから……悪いんだけどこのことは誰にも言わないでもらえると、嬉しい」
「あ、ああ! もちろん誰にも言わない! 冒険者として、いや人としてそれは誓うぜ! なあみんな!」
「言えるわけないじゃないこんなこと……言ったらそれこそあとが怖いし……」
「ぴぃぃぃ……わ、忘れたいでしゅぅぅぅ」

 まっすぐで熱血で、そしてやはり善人チックに頷いてくれるレオンくんはともかく、ノノさんやマナちゃんのビビり方がエグいよー。
 別に広まったとて、二人をどうにかする気はそんなにないのにー。まあ、ビビってるくらいのほうがこういう場合、いいのかもねー。
 
「あ、あの……! 知ってる人だけのところなら、ぼ、僕もその、言っても良い?! そ、そ……ソウマさん、って」
「……ま、まあそのくらいは。ヤミくんにヒカリちゃんは言いふらしたりしないって信じてるから」
「! う、うん! 絶対に言いふらしたりしないよ、僕と、あいや僕達とソウマさんとの秘密だよ!」
「ふふ、そうねヤミ。私達だけの秘密ねー」
 
 ヤミくん、ヒカリちゃんが興奮からか顔を赤らめて尋ねてくる。
 こちらに関しては何でもオーケーだよー、かわいいよー。双子にはついつい甘くなっちゃう僕だよ、なんかパパになった気分になるからねー。