ミシェルさんの実力でギリギリ行けそうな階層までのショートカットを探す道中。あちこち穴はあるけどどれも20階台とかばかりでこの辺、浅層行きのが多いみたいだ。
ちょっと河岸を変えようとしばらく歩く。その間、サクラさんとは他愛もない世間話に興じるよー。
「ちなみにサクラさん、迷宮はどこまで潜ってるの?」
「この地を訪れたのがつい一ヶ月前とかでござるからなあ。まだ50階そこそこでござる。再生能力をやっとこさ体得したところでござるねー」
「あっ、そうなんだ? おめでとうございますー」
地下50階台からは迷宮内の環境が極めて悪辣になってきて、ふとした拍子に大ダメージを負う機会がそれなりに多くなってくる。たとえば毒煙が立ち込めてたり、劇薬の雨が降ってたりね。
それまでの階層で獲得するだろう迷宮攻略法の一つ、環境適応だけでは凌げないほどのダメージを継続して受けることになってしまうんだ。素人が踏み込むと3秒で骨も残らないような場所だからねー。
そういうのをクリアするために必要なのが迷宮攻略法・再生能力なわけなんだけど……サクラさんはまだ体得してなかったみたいだ。
身体強化でゴリ押しできないこともない階層ではあるんだけど、理想を言えばやっぱり再生能力がほしいところだし、それを考えると順当に体得したなーって感じだよー。
そんな話をしつつも適当にほっつき歩くこと10分ちょっと、ようやっといい感じのショートカットを発見した。町の南西側にまで回り込んだあたりにある穴で看板には42階行きと書いてあるねー。
「地下42階行きショートカットルート……この辺からかな」
「純然たる冒険ではないものの、ソウマ殿と迷宮に潜るのは初めてでござるなあ。楽しませてもらうでござるよ」
「こちらこそ。ヒノモトのSランク冒険者の腕前、拝見させてもらいまーす」
軽く言い合って早速入る。何しろすでにレオンくん達は地下1階から侵入しているだろうし、いつまでもモタモタしている場合じゃないんだよ。
僕、サクラさんの順に穴に入ってそのまま滑り落ちる。さすがにお互い慣れたもんで、両足でしっかりバランスを取っていついかなる時でも問題なく回避、ないし反撃に移れるような体勢だ。
とはいえ穴の先にモンスターの気配はない。そのまま数分滑って行って、やがて出口に辿り着いて僕らは飛んだ。大きく弧を描くように宙を舞い、問題なく着地成功。
大迷宮は地下42階。Bランク冒険者だとギリギリのラインかな? って感じの難易度の階層に、今辿り着いたわけだよー。
「ふむ……ま、特に違和感のない感じの迷宮内部でござるな?」
「冒険者の気配はいくつかあるね。この辺だとBランクならギリギリ、行けなくもないからね」
「じゃあ一人ずつあたってみるでござるか。ザンバーなんて珍しいもん持ってるでござるし、判別が付きやすいのは助かるでござるな」
「だねー」
このくらいの階層なら多少は人の気配もするねー。何しろ冒険者の大半はBランクまでだし、ある意味この辺までが迷宮攻略のメインストリームみたいなところあるからね。
ここから先、それこそサクラさんが攻略中の50階層台になると途端に人も減ってきたりするから、僕としてもこのあたりは結構ホッとできる、庭先みたいな感覚の階層だ。
実際に気配を追っていくとほら、さっそく冒険者パーティーと遭遇する。
それなりにベテランって風情のする、使い込まれた装備が渋くてカッコいいいぶし銀な男女混成パーティーだねー。
視認するなり向こうも僕らを見、すぐに誰か判別をつけたみたいだ。目を丸くして、驚きの声を上げている。
「んっ……!? 杭打ちに、サクラ・ジンダイ!?」
「新世界旅団か。よう、お前らも冒険で?」
「いや、ちょっと人探しー」
こちらは彼らのことをあまり存じ上げてないんだけれど、向こうはこちらのことをそれなりに知ってくれてるみたいだよー。
ま、最近のあれやこれやで嫌でも目立ってるしね。それにそれぞれ元調査戦隊メンバーにSランク冒険者だ、何がなくっても目立たないわけもないんだし。
お互いどちら様? ってならないのはありがたい。僕はさっさと用件を告げて、彼らに助力を乞うことにした。
サクラさんが続けて、探し求めているミシェルさんについて尋ねる。
「身の丈より大きなザンバーを担いでる女冒険者を探してるでござるよ。そなたら見かけなんだでござる?」
「ザンバーとはまた、珍しいもん使ってんだな。俺ら35階からここまで降りてきたけど見かけなかったぜ」
「まあ、各階層を隈なく探したってわけでもないから、もしかしたらすれ違ったのに気づかなかっただけかもだがよ」
彼らはミシェルさんを直接見たことはないみたいで、ザンバーという武器種の珍しさに面食らいつつも答えてくれた。
35階層からこっちにかけては望み薄、かあ。
たまたま鉢合わせなかっただけの可能性もあるけど、こちらのパーティーのみなさんも冒険している以上はそれなりにしっかり探索しているだろうし、ねー。
これである程度さらなる絞り込みができた。
ミシェルさん、あるいは30階層より上の階にいるかもしれないんだ。
これ、もしかしたらレオンくん達のが早く接触できちゃうかもねー。
冒険者達からの情報でさらにある程度、ミシェルさんのいる階層が絞り込めそうだ。
下手したらレオンくん達のほうに近い位置にいるかもだけど、それならそれで彼らが確保してくれるならそれで良い。
大事なのはとにかく彼女を早期に交渉の場に立たせること。そしてリューゼリアへのメッセンジャーになってもらうことだからねー。
大きく前進した感触に、僕は情報提供者達に感謝の言葉を述べた。
「ありがとう、助かるよ」
「そなたらもしも、件の冒険者を見かけたらギルド長のところに行くよう伝えてもらえるでござるか?」
「おう、そりゃ良いが……なんだ、大事か?」
「まあぼちぼちね」
別に隠すような話じゃないけど、変に歪曲された噂が広まっても困るから黙っておく。どうせそのうち、いやでも分かることになるだろうしねー。
シミラ卿処刑に向けて冒険者ギルドが動いてるのは確定だし、そこに新世界旅団が独自の目的で動くってのも近々分かると思う。
でもさらに加えて、リューゼリア・ラウドプラウズの率いる戦慄の群狼が殴り込んで来るかもーなんてのはさすがに想像できないかもねー。
下手したら大乱戦になるかもしれない処刑阻止当日のことを思いつつ、僕らはその場を立ち去った。気持ち急ぎ足で上階を登って行く。
「んー。もしかして10階までにいたりするのかなー?」
「可能性は大いにあるでござるね。得物の習熟目当てでの冒険なら、余裕を持って戦えるところでやるでござろうし」
「憧れ優先でザンバーを選んだ割に慎重派なところはあったね……あり得るか」
ミシェルさんとは一度きり、少しの間だけの交流だったけど仮にも矛を交えた仲だもの、ある程度分かってるところはある。
基本的な姿勢は保守的、かつ慎重派ながら意外に芯はロマンチスト。尊敬するリューゼの使い古しを、それまでの自身のスタイルを投げ捨ててでも継承したがるというはっちゃけたがりの真面目屋さん。
そんなところだと見えるねー。
だから、彼女が仮に迷宮に潜るとするなら現時点では10階にも満たない浅層まで……ってのはありえちゃうんだよねー。
ロマンチストな一面からザンバーでの冒険を選び、けれど慎重派ゆえに素手でも攻略できそうな階層までに留めておく。
無謀になりすぎないところまでで冒険しようってのは、理屈としては分からなくもないんだよー。
となると地下42階層はさすがに深すぎたかな? って感じだけど、まあ念のためだしね。
今言ったミシェルさん像もあくまで僕の所感に過ぎないから、それを鵜呑みにしすぎるのも良くないし。
でも冒険者達の情報からおそらくはもっと上層のほうにいるっぽいのが分かってきたから、僕の考えがそれなりに信憑性を帯びてきたってわけだねー。
「もうちょいペースあげるでござるかあ」
「だねー」
となればいっそ、一気に上層まで詰めちゃおうかな。
そう思ってスピードを上げる。途中で感知した冒険者達の気配は当然の追いながら、だからトップスピードではないけどそれでもとんでもない速度での逆戻りだ。
地下40階、地下35階、地下30階、地下25階。
テンポよく進んで地下20回も突破し、19階まで登ってきたそのあたりだった。
誰かと誰かが大きな声で言い合うのを、僕とサクラさんの耳は拾い上げた。
『────! ────!?』
『────!!』
「おー?」
「なんか聞こえるでござるなあ」
これまでにない事態だ、冒険者同士で喧嘩? 普通はないんだけどね、迷宮内で。
響いてくる声の高さからしておそらくは女の人が二人ってとこかなー。近づいていくにつれて明瞭に聞こえてくる言い合い。
お互い怒ってるとか対立してるとかではないみたいだけど、困惑? 戸惑い? の感じが強いね、片方は。
もう片方はなんだろ、からかいっぽいというか──面白がってる風に聞こえる声だよー。
「全員置いて一足に来たなんて、無茶ですよ!?」
「カテェこと抜かすな、ミシェル! 楽しい楽しい祭りの前夜だ、ちぃとくれぇ早駆けしたって良いだろがヨォ!!」
「良くないですって!?」
「────は?」
と、不意に聞き覚えがある声だと気づいて動きが止まる。そろそろ言い合う二人の姿が見えてきた、遠くからでも分かる風体に硬直したところもある。
片方は探していたミシェルさんだ。地下19階まで降りていたのか。たしかにこのくらいの深さならザンバーででも余裕を持って戦えるだろうし、その判断は慎重派の面目躍如だよー。
いや。そこじゃない。僕は頭を振った。
問題はもう一人だ。ミシェルさんの倍近くはあるんじゃないかって規格外の背の高さ。そしてそれと同じだけの大きさのザンバーをもう一振り。
見覚えがある。ありすぎる。愕然と立ち止まる僕。サクラさんが怪訝に尋ねてきた。
「ソウマ殿?」
「これじゃ私がなんのために斥候を務めたのか分からなく──?」
「オメェさんの斥候なんざ方便だってんだよ、孤児院行けて嬉しかったろがィ──って、おん?」
言い合いしていた二人が同時に、僕らに気づいて振り向いてくる。間違いなくミシェルさんと、間違いなくもう一人。
いるはずのない女がここにいた。
なんで──
啞然と、愕然と呆然と僕は叫ぶ。かつて仲間だった彼女を、そして今、問題の渦中にいる彼女の名前を。
「…………リューゼリア!?」
地下19階、ついに見つけたミシェルさん。相変わらず身の丈以上のザンバーを担いでいるのがなんともまあ目立つ姿なんだけど、今はそれどころじゃない。
彼女と言い合いしていた、もう一人のおんなが……ここにいるはずのない人、レジェンダリーセブンが一角。"戦慄の冒険令嬢"リューゼリア・ラウドプラウズその人だったからだ。
戸惑いを隠せず、僕は呻く。
「リューゼがなんでここに──」
「────ソォォォォォォウゥゥゥマァァァァァァ!!」
「っ!?」
僕が彼女達を見つけたように、彼女達もまた僕を見つける。瞬間、リューゼリアが吼えた。
ウェーブがかった金の長髪。2メートルを超える長身の腰回りまで伸びたそれを昂ぶる感情とともに揺らめかせ、黙っていれば深窓の令嬢にも例えられる美しい顔、整った口元を大きく開けて叫んだんだ。
迷宮全体を揺らしてるんじゃないか、そう思わせる声量。
威圧を込めてるね、それも本気で! 隣のミシェルさんが腰を抜かしているのをよそに、あいつは、リューゼリアは背中に負っていたザンバーを取り出し駆けた。
ミシェルさんの持つソレより、さらにもうちょいだけ長く大きい。けれどリューゼリアの体格にはピッタリだよ、まるで木の枝か何かみたいにブルンブルン振り回してこちらに向かってくる!
言うまでもなく仕掛けてくる気だ! 僕は杭打ちくんを右手に構えて全力迎撃の姿勢を取った。同時にあいつが大きく迷宮の天井スレスレまで飛び上がる。
そしてそこから僕に向け、一直線に降下しつつザンバーを振り下ろしてきたんだ!
「フッ! ッハッハ!! ッハハハハハァーッ!! ひっさしぶりだァ、3年ぶりかゴルァーッ!?」
「っ!!」
「ヤバッ……ソウマ殿!?」
分かりきった太刀筋、正直さはミシェルさんのそれと大差ない。でも攻撃そのものの圧、威しが凄まじい!
サクラさんが咄嗟に飛び跳ねて射程から離れる。僕の名を呼ぶけど、ごめんね避けるつもりなんてないんだ!
振り下ろされるザンバーに真正面から、杭打ちくんの射出口をぶち当てる!
ズドォォォン!! ──轟音とともに生じた衝撃波だけで、周囲の地形がひび割れていく威力。しかも押しも押されもせぬまさしく互角の様相。
ただ、体格ゆえか単純なパワーは向こうのが上だね、やっぱり……!
拮抗状態、やや僕に不利って感じの力比べを維持しながら、僕は笑顔を浮かべてリューゼに笑いかけた。
「くっ……リューゼ! 久しぶりー!!」
「おうよ! 相変わらずちっこくて安心するぜぇっ、ルルァァッ!!」
「なんの!!」
なんとも殺伐とした3年ぶりの挨拶、だけど僕とリューゼはこんなもんだ、昔からね。
躍起になって僕を下そうとする彼女と、それを迎え撃つ僕。まるで変わらない。変わったのは互いの立ち位置だけ。
ザンバーを押し込むリューゼの攻撃を、杭打ちくんの角度をずらして逸らす。普通ならそこで体勢を崩したところをすかさずズドン、だけど相手はさすがにレジェンダリーセブン。
咄嗟に空中で方向転換して僕から離れ、ザンバーを構え直してなお追撃に移ろうとする。
そうはさせない、今度はこっちだよー!
構え直す段階で次は僕が踏み込み、一瞬で距離を詰める。ミシェルさん同様、ザンバーってのは密着されるとやり難いだろ!!
懐に潜り込んでの、密着ブロー! 懐かしい味だろう、喰らえ!!
「っ!!」
「うおっ!? っな、めんなァッ!!」
「何っ!?」
「どつき倒してやらァーッ!!」
動きについて来れないだろうタイミングで放った杭打ちくんによる打撃。それをギリギリのところでリューゼは対応してみせた。
体重移動で軸足を移し、身体を無理矢理反転させて身を翻して回避したんだ。同時にザンバーを手放し、素手で僕の頬っつらめがけて鉄拳を────
「なんのっ!」
「ち、いいいっ!!」
ぶち込もうってんだろうけどそうは行かないよー! 僕もすかさず上体を逸して紙一重で拳を避ける。危なっ、ギリギリだよー!
ここからもう一発、ってできれば良かったんだけど、とはいえお互いこうなると体勢は完全に崩れてしまって、もはや応戦どころじゃない。
仕方なく揃ってバックステップして距離を取り、僕は杭打ちくんを、リューゼリアはザンバーを構え直した。
獰猛な笑みを浮かべてリューゼが聞いてくる。
「ってめえ、そいつぁ杭打ちくんかよ、モニカから聞いてた新型か!?」
「追放されてちょっとしてからね! 杭打ちくん3号だよ、よろしくっ!!」
「……ダーッハッハッハッハッ!! そうこなくちゃなあ、杭打ちぃ!!」
そういえば杭打ちくん3号の開発時期は、調査戦隊を追放されてからしばらくしてからのことだったんだ。リューゼが知るはずもないよねー。
負けじと僕も凶悪だろう笑みを浮かべる。成り行きから完全に戦いになっちゃってるけどこんなのいつものことさ!
声を上げて笑うリューゼもまた、再度突撃を仕掛けてきた! 今度こそ返り討ちだ!!
ぶつかり合う僕の杭打ちくんとリューゼリアのザンバー。武器強化して身体強化、感覚強化も行ってさらには威圧をフルで発動しての激突は、迷宮地下19階を激しく揺るがせ震わせ破壊している。
互いに迷宮攻略法を駆使してのこの打ち合いは、世界的にも滅多にない最強クラスの中でも特に際立った、まさしくトップクラス同士の貴重な光景だろう。
僕もあいつもまだまだ全力でないものの、それでも一撃ごとに発生する衝撃波が周囲を著しく傷つけていく。
腰を抜かしてへたり込んでいるミシェルさんにも及ぶ危険な真空波を、即座にサクラさんが割って入ってカタナで相殺した。
さすがはSランク、僕とリューゼの戦いにも一切動ぜずだよー。
「ちょいと下がるでござるよ、ミシェル殿……で、ござるな?」
「ぇ、ぁ……あ、は、はい! すみません、離脱します!」
近くにいると間違いなくミシェルさんの身が危険だ。そう判断してサクラさんが彼女を抱えて離れたところへと誘導していく。
ありがたい……っていうかリューゼ、自分の仲間が近くにいるのにお構いなしか、相変わらず雑だね、ホント!
振るわれるザンバー。斬撃にしろ刺突にしろ、狙いは常に的確に僕のわずかな隙を突いてくる。
それを丁寧に合わせて杭打ちくんで迎撃しながらも、僕はリューゼリアへと問いかけた。
「いつここに来たのさ、まさかパーティーを置いて自分だけで来たの、リューゼリア!!」
「ついさっきだよォ! テメェがわけ分からんパーティーに入るだのシミラが殺されるだの聞いて、さっさと来てやったのさ!! 感謝しやがれよ、ソウマァッ!!」
「手間が省ける分には感謝してもいいけど、ねぇっ!!」
さっきこの辺に来て、どうやら落ち合う約束でもしてたのかな? 迷宮内に潜ってミシェルさんと話し合ってたっぽいねー。
とはいえ戦慄の群狼本隊を差し置いてリーダーが単身、乗り込んできたんだからミシェルさんもさぞかし驚いたことだろう。さっきの言い合いはそれゆえのことだろうね。
一々間にメッセンジャーをかませることなく、リューゼリアとダイレクトに交渉できそうなのは助かるよー。
でも感謝を押し付けてこられても困るね、ましてや僕を見るなり切りかかってきておいてそんなこと言われても、知ったこっちゃないんだよー!
「────っしゃあっ!!」
「あん!?」
「不躾でござるなぁ、レジェンダリーセブンッ!!」
と、鍔迫り合いのタイミングでサクラさんが横合いから、リューゼリア相手に斬り掛かってきた。あいつの意識の隙間を突いた、見事なまでの奇襲攻撃。
ミシェルさんを安全な位置に送り届けてからすぐに切り込んできたのか、良いね! 別に一対一で尋常な勝負なんて話でもないのさ、2対1ならリューゼも押し切れるだろ!
「ワカバァ!? ……じゃあねえ、誰だテメェ邪魔すんなァこの野郎があっ!! っしゃらぁぁぁっ!!」
「ぬ──っおおおおぉぉぉっ!!」
唐突な横槍に一瞬、かつてのワカバ姉を思い出したんだろうリューゼリアが素っ頓狂に叫んだ。
調査戦隊時代も喧嘩の最中、ワカバ姉が特に理由もなく横槍を入れて話を掻き回していたからね……気持ちは分かるよー。
それでもすぐに気を取り直してリューゼは吼えた。その場を軽く飛び退き、力任せにザンバーを横薙ぎに振るい僕を牽制。
さらにはサクラさんのカタナを迎撃したんだ。体格が違いすぎる斬撃は威力も桁違いだ、サクラさんが普通に押し負けている!
「コイツぁ、Sランクか! ヒノモトん着物、テメエだなサクラ・ジンダイとやらはァ!! ちったぁやるじゃねぇかっ」
「いかにも……! かくいうそちらは、リューゼリア・ラウドプラウズ殿とお見受けするでござるが!?」
「言うまでもねーだろそんなこと、オレぁいかにもリューゼリア様だよゥ!!」
膂力で勝るリューゼが、力任せにサクラさんを押し切ろうとしている。僕もすかさずカットに入ろうとするけど、それより先にサクラさんが動いた。
流れるような動きでザンバーをいなし、側面に回り込む。水か、あるいは風かを彷彿とさせる滑らかな動きはそれゆえに早い。
そしてそこからリューゼの胴体めがけて突きを放つ! 狙いは肋骨と肋骨の間、護られている内臓か。
ヒノモトの戦士として相当訓練をしたんだろう、悍ましいまでに的確な狙いなのが一瞬ながらに分かるよー。
「死にゃあしないでござろうが、一応加減はするでござるよ──!」
「っ、舐めんなァァァッ!!」
一瞬の交錯。短く嘯くサクラさんにリューゼリアは激昂して叫んだ。
ちょっぴりだけキレたね、今……ザンバーを咄嗟に地面に突き刺し、反動で高く飛び上がる!
リンダ先輩が見せたのと同じ類の技術だけど、練度や完成度は比べ物にならない。
さらに飛び跳ねた反動でザンバーを引き抜き、それをもってサクラさんへと反撃してきたんだ!
回避と攻撃を同タイミングで行う、攻防一体の技だよー!
飛び跳ねてサクラさんの刺突を避け、しかも反撃を仕掛けてくるリューゼリア。
慣れきった動きは熟練のもので、リンダ先輩がシアンさん相手に見せた技術を極めるとこんな風なるんだろう、と思える隙のないものだ。
「オルァッ!!」
「なんのっ!!」
反撃のザンバーを紙一重で避け、サクラさんは僕の傍にまで後退した。すかさず僕が彼女の前に立って杭打ちくんを構える。鉄壁の姿勢だ。
リューゼも着地して体勢を整え直す。仕切り直しだ……お互い多少の距離を開けて睨み合う。
僕の後ろにいるサクラさんを真っ直ぐに睨みつけ、レジェンダリーセブンの一角は鼻を鳴らした。
「なかなかやるじゃァねーか、褒めてやるよサクラとやら。だが今はそっちのソウマと旧交ってやつを温めてたんだよ、引っ込んでな。挨拶に横槍入れるなんざヒノモトもんの育ちが知れるぜ?」
挑発するように──いや実際挑発してるんだろうね──サクラさんを嘲る。リューゼはこの際、彼女を敵とまでは言わずとも邪魔者扱いはしているみたいだよー。
たしかに今くらいのやり取りは十分、挨拶の範疇に入るのが調査戦隊時代の僕とあいつの関係だ。だから主張は分からなくもないんだけれどね、それを初見の人に分かれなんてのも無茶なのは気づいてほしいねー。
サクラさんもサクラさんで、いつもの飄々とした素敵な笑顔ながら視線は鋭い。一触即発の冷たさがある眼差しだ。
たとえ挨拶だろうが、身内に刃を向けたからには容赦しないとその目は語っている。それでも見かけ上は物腰穏やかに、肩をすくめて彼女は告げるのだった。
「ずいぶんと過激な挨拶にござるなあ。とはいえソウマ殿はすでに我々新世界旅団の一員でござる。危害を加えるならば拙者、横槍も当然するでござるよ?」
「はぁん? 新世界旅団……しゃらくせーな。ソウマを取り込んで好き勝手やりてえだけと違うのか、しゃしゃり出てんじゃねーぞ雑魚助が。身内のやり取りなんだよこちとら、部外者は去ねや」
「ずいぶんと節穴でござるな、レジェンダリーセブン。拙者を舐めてかかる程度の輩がワカバ姫と同格扱いなど、調査戦隊というのも存外、大したことはなかったんでござるなァ」
「…………アァ?!」
あーあ、売り言葉に買い言葉ってこのことだよー。
リューゼリアがあからさまに新世界旅団を、シアンさんやサクラさんを侮辱した言葉を吐いちゃって、それにサクラさんがすかさず挑発を入れちゃった。
しかもデタラメを並べただけで単なる陰口程度の内容でしかないリューゼと違い、サクラさんはピンポイントであいつのキレるところを突いちゃってるし。
自分自身や調査戦隊を馬鹿にされるのが何より嫌なあいつにとって、サクラさんの今の言葉はダブルで逆鱗だろうねー。
言われたくないならそもそも言うなよって話ではあるんだし、ぶっちゃけ今回も先に舐めた口叩いたのはリューゼだから自業自得感はあるんだけど、そのへんは棚に上げるからねー。
大体、口喧嘩は滅法弱いんだからサクラさん相手に舌戦を挑むなって話だよ。ヒノモト人がやたら言い合いに強いの、ワカバ姉相手に大概分からされてたのにまったくー。
案の定、サクラさんは露骨に馬鹿にしたような笑みを浮かべて反撃していく。
「そ、れ、にー? もうソウマ殿は調査戦隊などではござらん。今や新世界旅団の象徴にして一員、つまりはこちら側でござる。昔の女がどの面提げて来たんだか知らんでござるが、彼女面は控えてほしいでござるなあ?」
「…………ははーん? ジンダイとやら、テメェどうやら死にてえらしいな。取り入るしか能のねえアバズレが、舐めてんじゃねえぞコラ」
「そちらこそどうやら迷宮の肥やしになりたいようでござるなァ。レジェンダリーセブンの一角はさぞかし良い養分となるでござろ、ござござ」
「…………あれぇー?」
もしかして結構どころじゃなく相性悪いのかな、この二人? 思わぬ成り行きの悪さにビックリしちゃった。
なんかめちゃくちゃ殺気立ってきてるよ二人とも、適当なところで言い合いを切り上げるかと思ったらなんかエスカレートしてるんですけどー?
思いの外ガチめなキレ方をしてるリューゼに、笑顔で煽りながらも青筋が立ってきてるサクラさん。揃って殺意込みの威圧を纏って、ちょっと待ってこれもう殺し合いの雰囲気──
「こっからは挨拶じゃ済まさねえ────おっ死ね、雌犬」
「上等でござるよ────死に晒せ、部外者」
蒼と金のオッドアイに殺意を漲らせ、ザンバーを掲げてリューゼリアが突進してきた! 狙いは僕じゃない、サクラさんだ!
こっちもこっちで深く腰を落としてカタナを構えて、返り討ちにしてやるって感じの怖い笑みだよー!?
紛れもなく二人とも殺る気だ、これもう挨拶どころじゃないよー!
一瞬の逡巡。
けれど僕はほぼノータイム、なんら迷うことなく杭打ちくんを構え、一気に踏み込み駆け抜ける!
「──悪いね、リューゼ」
「何っ!?」
狙いはリューゼリアただ一人。殺す気はない、程々の形で制圧して終わらせる。
どちらかを止めるならリューゼを止めるよ、だって僕は新世界旅団のソウマ・グンダリ!
こういう時は必ずサクラさんの味方だからねー!!
「腕が落ちたねーリューゼリア! こんな程度の奇襲に対応できないなんてさぁ!!」
「ぐっ!?」
サクラさんに襲いかかる寸前、動き出す一瞬の間隙を突いて僕は踏み込み突撃した。
杭打ちくんを躊躇なく振るう先、狙いはリューゼリアの胸元だ! さすがにレジェンダリーセブン級ともなると、本気で杭をぶち込もうが一発二発じゃ大したダメージにもならないからすごいよねー!
ギリギリのところでザンバーの柄で杭打ちくんの射出口を遮ってくる。関係ない、撃つよ。
──ヒットの瞬間思いきりグリップを、トリガーを押し込む。そして突き出る杭が、ザンバーごとリューゼリアの胸元を思いきり抜き抜けた!
「ッ──ぉおおおっ!!」
「ぬぐァッ!? テメ、ソウマァァァ!?」
柄くらい真っ二つにしてやれたかと思ったけど存外に硬い。ヒットした感じからしてオリハルコン──世界トップクラスの硬度と強度を誇る素材ででも拵えたか?
迷宮攻略法・武器強化だけなら普通にぶち抜けてるはずだ。ナイフの素材に使うだけでとんでもない値段になるだろうに、その何十倍も量が必要そうなザンバーに用いるなんてね。
カミナソールの国家予算でもパチったのかなー? ありえるねー。
とはいえまったく防がれきったってわけでなく、杭の射出に合わせてリューゼリアは押し込まれて吹き飛ばされる。
サクラさんが迎撃の構えを解いて僕の傍に寄ってくる。さっきとは逆の立場だねー。持ちつ持たれつ、助け合いはいかにもパーティーメンバー感があって楽しさもあるよー。
リューゼも後ろに吹き飛ばされたとはいえ体幹はしっかりしてるんだ、すぐに体勢を整えてバランスを取り、距離を取って構え直す。
その顔に浮かぶのは憤怒。横槍を入れられたこと自体もそうだけど、まさか僕に反抗されるとは思っていなかったってのが大きそうだ。
あいつの認識的には、僕はやはりまだ調査戦隊の一員であり……リューゼとサクラさんなら前者を選ぶって信じてたみたいだしねー。
なわけないだろ。3年のうちに僕を忘れたか、"戦慄の冒険令嬢"。
杭打ちくんを構えたまま告げる。
「挨拶代わりを済ませたからって得物握ってるんだ、僕が手を休めるわけ無いだろ」
「ソウマァ! テメェ、俺ぁ身内──」
「──じゃないよー? 今の僕は新世界旅団の一員だ、僕の身内はサクラさんだ」
たしかにかつては調査戦隊だった。たしかにかつてはリューゼリアの身内だった。かつてはね。
今は違う。調査戦隊からは3年前にいなくなった僕は、つい最近からだけど今は新世界旅団のメンバーだ。
シアンさんを団長として仰ぎ、サクラさんを副団長として。レリエさんを事務要員兼僕が保護する団員とし、そしてモニカ教授を参謀とする、まだまだできたての目も出てない冒険者パーティー。
そんなパーティーのメンバーであるならば、みんなが象徴的存在とまで言ってくれるのならば一も二もないよー。
威圧を全力でかけつつ睨みつける。かつての身内であり、今ではそうでもない人へとね。
「……そんなサクラさんを侮辱しあまつさえ殺意を向けた。ならお前は敵だよリューゼ。昔からそうだけど、僕相手に生半可な説得が通用すると思わないでね」
「────ハッ。そういやそうだったなァ、テメェはそういうやつだった。やたら人間臭くなってっから忘れてたが、テメェは前から、今いるテメェの立ち位置ってやつを最優先するんだったなァ? 優先順位としちゃあ今の女のがオレより高えってわけかィ、寂しいねェソウマァ」
肩をすくめて、言うほど寂しそうには見えない笑顔でリューゼリア。調査戦隊時代から変わらない、僕の本質的なスタンスについて思い出してくれたみたいで何よりだ。
そう、僕は少なくとも敵と味方の区別はキッチリとつける。属している集団に合わせて会いたいする相手を選ぶんだ。
私情や関係性や昔の好だとかでブレるような精神性でないのは、生まれ育った迷宮を出た時から今に至るまで一切変わっていない。
僕は僕を拾ってくれた者の味方で、その者が敵と見做した者に対しての敵なんだ。たとえそれがかつての同胞であったとしても容赦はしない。そんな程度のことで迷ったり悩んだりしてたら、それこそ誰に対しても面目ってやつが立たないからね。
「そうだよ、リューゼリア・ラウドプラウズ。僕の今の優先は新世界旅団だ」
「…………!」
「団長たるシアンさん、副団長たるサクラさんをはじめ今はまだ始まったばかりだけれど、このパーティーはいずれ世界の未知を踏破する。前人未到の偉業を達成するだろう」
高らかに宣言する。世界の未知の踏破、前人未到の偉業とは我ながら大きく出たけれどそのくらいでなくては、目的なんて遠ざかるばかりだものね。
実際、リューゼリアは面食らいつつもどこか、オッドアイの瞳に興味と関心、好奇心を覗かせている。
それだけでも今は上等だよ。唖然とする彼女に畳み掛けるように続けて告げる。
調査戦隊でない、新世界旅団の一員として。新しい僕のスタンスを久しぶりだ、これでもかってくらいに味わってもらおうか!
向かい合う僕とリューゼリア。お互い全力で放つ威圧が、地下19階をフロアごと激しく揺るがしている。
この分だと直上直下の階層も結構揺れてるかもねー。たまたま居合わせてる冒険者がいたならごめんよ、これが世界トップクラス同士の睨み合いなんだ。
新世界旅団の理想、シアン・フォン・エーデルライトの目指す偉業を讃える僕に、リューゼリアはいかにも胡散臭そうな、騙されている憐れなものを見るような目を向けている。
分からなくもないけどね。この3年で、僕の目も少しは人を見る目がついているのさ。そしてその目が言っている──プロジェクト"ニューワールド・ブリゲイド"こそ次なる時代の担い手だって、ね。
「かつて調査戦隊でさえ夢見なかった絵空事を、うちの仲間達は揃って夢見ている。痛快だ」
「……それで、こっち側は捨てるってかい」
「それはそっち次第。少なくともシアン団長はそんなつもりでもないみたいだけどね」
厳密にはモニカ教授が発端だけど、まあどちらにしたって構わない。シアン団長は献策を受けて、調査戦隊の元メンバーをできる限り取り込むことに決めているんだ。
新世界旅団にとって調査戦隊は、受け継ぐべき過去であって否定すべきものではない。それを示すためにも、団長は今、目の前にいる巨人めいた体格と風格の女だって勧誘するんだろうさ。
ていうか、なんともはや白々しいこと言うね、リューゼ。
3年前には見られなかった彼女の一面、狡猾な部分に触れて僕はつい頬を緩めた。怪訝そうに眉をひそめる戦慄の群狼リーダーを生温い目で見据えながらも、告げる。
「それに、捨てるだって? 僕が身内? よく言うよ暴れたがりが。お前も今の僕よりそちらのミシェルさん、戦慄の群狼のほうが身内だろう?」
「!」
「思ってもないことを口にしてまでサクラさんを挑発したのは、今ここで新世界旅団相手にマウント取ろうって腹だろう。僕とサクラさんさえ潰してしまえば、新米冒険者の団長なんて武力でどうとでもできるしな」
僕の言葉にリューゼリアは、軽く目を見開いて黙りこくった。
そう。3年前とは明確に違う点だから驚きなんだけど……彼女、これまでの荒くれぶりはおそらく演技だ。別に僕のことを身内と思ってもいなければ、サクラさん相手に本気でキレてたりもしない。
あくまで新世界旅団相手に、自分や戦慄の群狼のほうが格上だと示したくてあえて喧嘩を売ってるんだろうねー……
僕とサクラさんにモニカ教授がいるパーティーだ、警戒した挙げ句に"じゃあさっさと格の違いを見せてやれば良い"くらいに思ったって不思議じゃないよー。
ただし、それを行ったのがリューゼってあたりが個人的にはひどく驚きだ。
3年前の彼女にこんなことを考えて実行するなんてできなかったろう。良くも悪くも単純で、とにかくまっすぐ行くのが心情だったんだからね。
半ば感心して見やれば、さっきまであんなに殺気立ってたやつがほら、まるで水面のように静かに見ている。
マジで、今ここで趨勢を決する腹積もりだったんだねー。
「……」
「この3年でずいぶん腹芸を捏ねくるようになったじゃないか、カミナソールでの革命家ごっこがよっぽど楽しかったのかな?」
「…………ふっ、ふっふふふふっふははははは!!」
僕の皮肉に、リューゼリアはやがて高らかに笑い始めた。楽しくて楽しくて堪らないと、迷宮中に響き渡るような轟く大声だ。
ザンバー地面に刺し、腹を抱えて笑う。殺気も消えて闘志も消えた、これは……ひとまず引き分けで終いってところかな? まあここからいきなり大技をぶっ放してくる可能性もなくはないから、レジェンダリーセブンってのは怖いんだけどねー。
サクラさんも警戒を解かないままカタナを構えているね。こちらはさすがヒノモトの人、さらに容赦がなくて殺気も殺意もそのままだ。
そんなこちらを見ながら笑い、リューゼはやがて笑いを収めて笑顔のまま、話しかけてくる。
友好的だけどどこか薄ら寒い、牙を研ぎ澄ませているような笑顔だ。
「アァ、アァ。久しぶりだが楽しいぜぇソウマァ」
「…………」
「3年前とは違ってオレもちったぁ知恵がついた。テメェの言ってることもまぁまぁ理解出来らぁ……ハァ、今は終いだ、互いに引いとけェソウマ、サクラ・ジンダイ」
「当時は何一つ聞かずにうるせぇ、黙れで終わりだったもんねー……サクラさん、一旦停戦で」
完全に戦意を消して、近くの岩に腰掛けるリューゼリア。ミシェルさんが恐る恐る近づいてきている。間違いなく戦闘終了だね。
僕もサクラさんにカタナを納めるようお願いした。当然僕らはあいつを信じきれるわけじゃないから注意しながらの対応になるけど、ひとまずは話し合いに移行できそうだからねー。
「ン……承知」
サクラさんも戦い時は過ぎたことを察して矛を収める。
はあ、やれやれだよー。いきなり襲ってきていきなりやーめた、なんてリューゼリアめ。
ちょっとは小賢しくなったけど本質的にはやっぱり暴君なんだよねー。ため息を吐く僕を、やはりかつての同胞は笑って見ているのだった。
「にしてもマジに久々だなぁソウマ! 3年ぶりだがずいぶんなんだ、人間くさくなったじゃねぇか、ウハハハハハ!!」
「え、今から旧友との再会っぽくするの? 無理じゃないー?」
「うるせぇな、白黒つけんのはひとまず後回しになったんだから良いだろぉがよォ!! しょうもねえこと気にしてんじゃねえや、チビスケ! 相変わらず美少女面しやがって!!」
「何をー!?」
迷宮地下19階、ひとまず停戦して集まる僕達新世界旅団とリューゼ達、戦慄の群狼。
今しがたまでいかにもガチな殺し合いを繰り広げようって感じだった空気から一転して、なんとも馴れ馴れしく接してくるリューゼにちょっぴり引き気味の僕だ。こいつ怖いよー。
切り替えの早い性格なのは前からだったけど今はさらに輪をかけてるねー。指摘したら逆ギレまでして、挙げ句には僕というダンディズムに溢れたイケメンを捕まえて美少女面とまで言ってきた!
なんだよこいつ、なんなら今からでもさっきの続きをしてやろうか!? 3年経って僕の強さを忘れてるってんならたっぷり思い出させてやるぞー!
「や、やめてくださいリーダー! 今はそんなことより今後のことを考えるべきです」
「あー? わーってるよ、わーってる!」
「はいはいどうどうソウマ殿、本当のことでござる、諦めるでござるよー」
「サクラさんー!?」
一触即発の様相をそれぞれ、サクラさんとミシェルさんが止めに入ってきた。リューゼリアも今の身内には甘いようで、うるさそうにしながらも戦意をあっさりと引っ込める。
一方で僕もサクラさんに従い退くんだけど、本当のことってそりゃないよ、諦めろって何さー。
思わず非難の目を向けると、彼女は子供をあやすように僕の頭に手を乗せ、軽く叩くのだ。うー、まるっきり子供扱いだよー。
不満というか悔しさに唇を噛む僕はともかくとして、とりあえずお互い話を聞く態勢にはなった。
リューゼリアも僕らが、たまたまここに来たってわけじゃないとは気づいているみたいだ。どかっと地べたに胡座をかいて座り、ワイルドに睨めつけてきつつも聞いてくる。
「けっ……さぁてそいじゃあ話と行こうや新世界旅団。オレらをってか、ミシェルを探してたっぽいな? なんだ、どうした?」
「ミシェルさんっていうか……お前がいるならお前への用向きだよ、リューゼ。シミラ卿の件でギルドと新世界旅団は手を組んだ。戦慄の群狼にも足並みを揃えてほしいから話し合いたいってギルド長とうちの団長が言ってる」
「はぁん? ベルアニーのジジイはともかくてめぇんとこの小娘がァ?」
サクッと話し合いたいからギルドに来てよーって説明すると、リューゼリアは怪訝そうな顔をしてギルド長とうちの団長に悪態をついた。
ベルアニーさんとは昔からの知り合いだから良いんだけど、シアンさんを小娘呼びとはね……まあ年齢的にはそう言われても仕方ないかもだけど、今の物言いは団員としてはちょっとね。
サクラさんもちょっとピキッとキテるけど我慢、我慢。リューゼは前からこんな物言いしかできないしね、気にしても仕方ないんだ。
さり気なく彼女のヒノモト服の袖をくいっと引っ張って止めると、サクラさんは軽く息を吐いて微笑む。そうそう、笑顔が一番だよー。
僕ら新世界旅団のそんな様子を鼻で笑って、リューゼリアは白けた目を向けてきている。ぶっ飛ばすよ?
傍らでミシェルさんがあわあわしてるのがなんとも気の毒だ。面倒っちいでしょそいつー。頑張って宥めすかして抑えといてほしいよー。
やれやれと肩をすくめながらも、リューゼリアはニンマリと微笑む。どこかいたずらっぽい顔。
なんだ? と思う間もなく彼女は話し始めた。驚くべきことにこちらの事情を粗方、言い当てるような物言いだった。
「どうせオレがキレてエウリデを国ごと滅ぼしやしないかって気にしてんだろォ……あとアレか、シアンだか言う小娘は新世界旅団主導でシミラを救出して、あわよくば仲間に引き入れたいってところかァ」
「!」
「エウリデを壊されたくねぇからオレを止めてぇ、ってそんだけなら新世界旅団が出しゃばる理由がねえしなァ。オレや群狼どもが好きに動いた結果、シミラを先んじて取られるのが嫌なわけだ。ハッ! なかなか小賢しいじゃねぇか、救出を出汁に天下の騎士団長を引き込もうたぁよォ!!」
「リューゼリア……」
……すごい。シアンさんっていうかモニカ教授の考えをほぼ見抜いてきてる。リューゼリア、ここまで頭の回るやつだったかな?
3年前はそもそも人の話なんて聞く耳持たずに直球勝負な意見しか言って来なかったのに、今じゃしっかり考えてからものを言っているねー。
これってばカミナソールで革命家をごっこした経験、すなわち政治劇にも少なからず関わってきたってとでいろいろ得るものなあったんだろうか。
僕がこの3年で成長したように、リューゼリアも成長しているんだと、改めて思い知る気分だよー。
3年前には見られなかった聡明さ。戦闘面以上に知力の面で大幅にパワーアップしてるような気がするリューゼリアに、僕は少なからぬ衝撃を覚えていた。
こちらの状況、すなわち新世界旅団がギルドと足並みを揃えてシミラ卿の処刑を阻止しようとしているってそれだけの情報から、シアンさんの思惑をおおよそ看破してみせたんだ。
昔のリューゼなら"ハァン? ンだそれ知らねーぶっ殺す! "くらいは言っててもおかしくないのにねー。
それがこれだよ。感心して僕はしみじみつぶやいた。
「……レイアによく言われてたね、勉強しなさいって。真面目にやってたみたいで良かったよ、僕としても安心だ」
「まだまだ姉御の望むところにゃ遠かろうがなァ。そんでもワカバやモニカに煙に巻かれるこたァもうないぜ」
「撒かれとったんでござるか……」
「撒かれてたんですね、リーダー……」
ミシェルさんとサクラさんがなんとも言えない表情で言うけど、実際本当に煙に巻かれてたからねー。
本当に短絡的で直情的で、深く物事を考えない分、行くと決めたら行くところまで行けてしまう恐ろしさがあったのが昔のリューゼリアだ。
でもそんなの、理屈を──時には屁理屈すら交えて──前面に押し出してくるし口も立つワカバ姉やモニカ教授にはまるで通じなかったんだよー。
なんなら手玉に取られてうまいこと口車にノセられ、うまいこと操縦されてたこともしばしばあった。まあ、あんまりやりすぎるとレイアやウェルドナーおじさんが叱ったりしてたんだけどねー。
それを思うと今はまるで、そんな風にいいように操られるような感じじゃないと思える。
最後に会ってから今に至るまで、彼女も彼女でいろんなことを経験してきたってことなんだろうねー。
武力に知力をも備え、いよいよ風格の出ているリューゼリアはどこか面白そうに笑った。
うちの団長の思惑、シミラ卿を救出するついでになし崩しに仲間に引き込んじゃおうっていう作戦を受けて、感心した風に喋る。
「しっかし中々に強かじゃねえか、シアンってのも。テメェやサクラが従うのも納得だぜ、かなりの腹黒と見た」
「頭の回る人ではあるねー。ちなみにモニカ教授もこないだ新世界旅団に入団したよ。うちの団長のカリスマに魅せられてね」
「チッ……テメェ、マジで姉御以外に尻尾振ってんのかィ。モニカもだが何してんだ、ったく……」
こう言うとアレだけど、シアンさんがまあまあ曲者な思考回路をしているのは否定できないねー。
そもそも新世界旅団、ひいてはプロジェクト"ニューワールド・ブリゲイド"の構想からしてかなりの異端ぶりだし、それを踏まえて僕やサクラさんを引き込んだのもなかなかの胆力だし。
カリスマってのも種類があるけど、シアンさんはどちらかというとそうした自分の策略、野心をうまいことプレゼンして人を惹きつけるタイプなんだろう。
宣伝がうまいっていうのかな? 僕にしろサクラさんにしろモニカ教授にしろ、彼女が語る野心や冒険心に魅せられたところは大きいわけだからねー。
でもリューゼからしたらそんなこと知ったこっちゃないわけで、傍から見たらレイアからシアンさんに鞍替えして従順な犬に成り下がってるとでも言いたげだ。
誤解だね。そもそも僕はレイアありきの存在なんかじゃないんだよ。不敵に笑って応える。
「レイアにだって尻尾を振った覚えはないねー、僕は僕、ソウマ・グンダリだ……いつだって僕は僕の気に入った人の味方だ。それがかつてはレイアで、今はシアンさんだっていうだけの話だよ」
「けっ……テメェみてえなのは部下に持ちたかねぇなァ。自分の物差しで上を測りやがるから、心から手懐けることができねぇ。テメェ、気に入らなくなったらシアンとやらも切り捨てるだろ」
「そりゃあシアンさんがおかしくなっちゃって、しかも手の施しようがなくなったりしたらね。でもそれは向こうも同じさ、僕に利用価値がなくなったらその時点で、切り捨てはされなくともまあ、目にかけられることはなくなるだろうしー」
リューゼはレイアの影響も受けてるのか、自分のパーティーメンバー、すなわち仲間に対してすごくフレンドリーさやファミリーシップを求めているっぽいけど……
たぶんシアンさんは僕と同じで、そういうのとはちょっと違うんだよねー。
そりゃもちろん、彼女だって団員を大切に思ってはくれてるだろう。なんなら冒険者としては新米もいいところなレリエさんにだって敬意を払い、尊重してくれてたりもするし。
僕だってそんな彼女だからこそ慕い、新世界旅団団員として従っているんだ。そうである限りは、僕らの仲は揺るぎないと思うよー。
ただ、それはそれとして新世界旅団にとって必要かどうかって物差しもたしかに彼女の中にはあって。それに沿うか沿わないかを常に見定めようと努めている節はあるよねー。
特にモニカ教授との問答はそれが如実に現れてたと思うよー。あの時シアンさん、新世界旅団が元調査戦隊メンバーを集めることで乗っ取られやしないかってピリついてたしねー。