【完結】ニューワールド・ブリゲイド─学生冒険者・杭打ちの青春─

 エウリデの冒険者達も最近知ったような話を、どうやらずいぶんと前から知っていたらしいリューゼリアと"戦慄の群狼"。
 遠く離れたカミナソールにいてどうやってそんなことができたのか気になる僕に、モニカ教授が推測になるけど、と前置きして説明する。

「カミナソールの革命騒ぎに深入りしていた、あちらの国の英雄だからね、リューゼ嬢は。当然国ぐるみで付き合いもあるし、情報部から仕入れでもしたんだと思うよ」
「その辺は分からんし気にしても仕方ない。重要なのは、リューゼリアがシミラ卿処刑に激怒してカミナソールを出、エウリデに戻って来ようとしている点だ」
「すでに動いているんですね……正直私としては、処刑騒ぎがどのような形にせよ一段落した段階でくるかと思っていました」

 シアンさんが困惑しながらも言う。
 正直僕としても同感というか、普通に考えたらシミラ卿の処刑が行われる半月後までにエウリデに到着するなんてどう考えても無理だと思ってたから、まさか間に合いそうだなんて夢にも思わなかったよー。
 
 これって良いのか悪いのか……リューゼリアという戦力が対エウリデ戦線に加わるのはこの上なく頼もしいけど、反面あいつはあいつで暴走するからね。
 誰の言うことも聞かない、乱暴者モードになった場合あいつを止められるのはたぶん僕だけだ。最悪のケースは考えとかないといけないねー。
 ギルド長も同じ懸念を抱いているらしく、ため息混じりに机を指で叩き、難しい顔をして話す。
 
「レジェンダリーセブンの動きは私のような者には読めんよ……ともかくだ。彼女がおそらくは激怒して殴り込んでくるからには私はむしろ、エウリデと冒険者ギルドの関係調整を行うべき立場となった」
「ええと……それってその、リューゼリアさんという方がやりすぎてしまう、ということですか?」

 レリエさんの質問に彼は無言で頷いた。やっぱり、ギルドとしても感情のままに暴れ倒すリューゼのことは危惧してるんだよー。
 調査戦隊時代から彼女と、あとミストルティンの二人はしょっちゅう揉め事を起こしていた。引き起こす当事者だったこともあれば巻き込まれた末、なぜか当事者を差し置いて大暴れするケースだってあったんだ。

 当時を思い出してギルド長と顔を見合わせる。モニカ教授も苦笑してるけど、前線に出ない彼女だから苦笑いで済むんであって、僕やベルアニーさんからすれば笑い事じゃないよーって感じだ。
 二人、げんなりしつつも振り返る。

「他のメンバーはともかく彼女とミストルティンはな、下手をすれば処刑阻止からそのまま国王の首まで刎ねにかかるぞ。さすがにそこまでするのはまずいのだが、激怒している以上はそんなことを一切気にするやつではあるまい」
「ありえますねー。身内の危機にはミストルティンと並んでやりすぎる、そんなやつでしたしー」
「普段は多少ながら後先を考えられる質ではあろうが、親友とも言うべきシミラ卿が狙われては後先も考えまい。下手をすればエウリデの国体が終わる」

 個人によって国そのものが終わる、だなんて大袈裟に思われるかもだけど事実だ。レジェンダリーセブンはそれぞれ、単騎で国を落としてしまえるだけの力があるんだから。
 ましてや七人の中でも上位の方に位置するリューゼだ、マジでシミラ卿解放にとどまらずエウリデの貴族という貴族を、王族という王族をどさくさ紛れに始末していったって不思議じゃない。

 僕らの真剣さが伝わってか、亡国の気配を感じ取り一同の表情が変わる。
 下手すると今いるこの国がなくなりかねないんだ。いくら僕ら冒険者が常に権力に中指立ててるアウトローの集まりであったとしても、社会基盤の崩壊まではさすがに望んじゃいない。

 事態の深刻さに、より真剣味を帯びるシアンさんの顔つき。
 貴族として国を想い、冒険者として国に逆らう。矛盾した立場にいる彼女にけれど、ベルアニーさんはニヤリと笑った。
 今は彼女のような人物こそが必要なのだとつぶやき、そして語る。
 
「半月後に行われる処刑にタイミングを合わせて"戦慄の群狼"本隊が殴り込みに来るのは容易に想像できる。それまでにこちらのほうで連中にも足並みを揃えるよう、話をつけておきたいが……」
「この町に来ているという斥候役の方と接触する必要がありますね。幸い、ソウマくんがすでに知り合いらしいのでそこは我々が受け持ちましょう」
「頼む。カミナソールからくる場合確実に海路を使いトルア・クルアへ至るはずなので、最悪そこに使者を立てるが……ソウマを間に立てたほうが彼女相手には有効だろう」
 
 何はともあれリューゼリアと交渉しなければならない。その一点で新世界旅団と冒険者ギルドの見解は一致した。
 となれば何を置いても"戦慄の群狼"の斥候としてこの町を訪れているミシェルさんを確保し、説得して協力してもらわないといけない。
 
 そう考えてひとまず僕らはミシェルさんを探すことにした。
 彼女を通してリューゼとやりとりし、最低限足並みを揃えるように説得するんだねー。
 リューゼリア率いるパーティー・戦慄の群狼の一員にして、斥候としてこの町に滞在中のミシェルさんを確保する。
 そして交渉の場を設け、新世界旅団と冒険者ギルド、戦慄の群狼が足並みを揃えてシミラ卿処刑阻止のために動く──そうでしないと十中八九、リューゼが暴走して怒りのままにエウリデ連合王国そのものを崩壊させにかかってしまうから。

 概ね以上の方針で僕達はさっそく動くことにした。新世界旅団たる僕達については、主に二手に分かれての行動となる。
 ここに残ってギルドとの連携、そしてシミラ卿を取り戻すための作戦を練る側と、ミシェルさんを探してリューゼとの交渉ラインを繋ぐ側とだね。
 人員の割り振りはもちろん団長がしてくれてるよー。

「ギルドとの連携の内容、及び処刑阻止に向けての動きを検討するのは私とモニカ、レリエで受け持つわ」
「参謀見習いとしては初仕事だね。気張らせてもらおうじゃないか」
「何ができるわけでもないけど、お茶くらいなら入れられるかも……が、頑張りまーす」

 主に作戦会議、話し合いを担当するのはシアンさんにモニカ教授にレリエさん。団長と参謀と古代文明の智慧をお持ちの知識人さんによる、インテリトリオだねー。

 モニカ教授は参謀見習いを自称していて、ゆくゆくは新世界旅団内でも参謀、ブレーン的な立ち位置を目指して頑張っていきたいみたいだ。
 調査戦隊時代は割と鳴り物入りで入団したものだから、すぐに誰もが認める大参謀役に落ち着いていた彼女だけれど……今回は完全に新参者としてのスタートとなる。

 信頼と実績を一から積み上げるなんて初めてかもしれないね、なんて笑っていたあたり心配ご無用って感じの余裕ぶりだよー。教授ならすぐに、団長を支える頭脳になってくれるだろうと期待しているよー。 

「ソウマくんとサクラはミシェルさんの捜索、および彼女と接触して交渉の場を設けてほしいわ。実際の交渉は私とソウマくんと……あと、ギルド長も参加でよろしいですか?」
「無論だとも。捜索のほうはうちからもパーティーを見繕っている。好きなように使っていいぞ、ソウマ」

 そしてもう片方。僕とサクラさんに加えてギルドが選定したパーティー、いわゆる実働チームによるミシェルさんの捜索だ。
 自分で言うのもなんだけど僕にしろサクラさんにしろ、頭脳関係はそんなに……だからね。小難しく考えるのはそれこそインテリチームに任せて、こっちはこっちで足を動かし手を動かし、場合によっては杭を打つなり刀を煌めかせるなりするのが適材適所ってやつなんだろう。

 ミシェルさんは元々僕と同じ孤児院出身ってこともあり、ある程度調べる宛があるのは助かる話だよー。
 当てずっぽうであちこちうろつかなくても済むのは大変大きい。僕はミシェルさん捜索の相方であるサクラさんへと告げた。
 
「なるべくさっさと探さなきゃね、時間も限られてるし」
「たしかソウマ殿と出身が同じなのでござったな。それではとりあえずそちらに向かうでござるか」
「そうだねー。あ、でも先に門番さんに確認を取るよ。ザンバー担いだ女の人が出入りしてないかーって。もしかしたらもう、町を出ちゃってるかもだしねー」
「あー、かもしれんでござるね。まずは町の中か外かにざっくり絞る。うん、理に適ってるでござる」

 焦りもあってついつい、さっそく孤児院に行きたくなるって場面だけれどここはちょっぴりの遠回りこそが最適解だろう。すなわち絞り込みだ。
 ミシェルさんと遭遇してからもう一週間くらいは経過している。この間、用事というか粗方の町の観察を済ませてカミナソールへと戻っていてもおかしくはないからねー。

 まだエウリデ国内をうろついている、とかだったら最悪でも僕が単身で空を飛んで確保に動けるけど……国境を出てたらさすがにそれも難しい。
 だからさしあたってはまず、この町を囲う砦の四方の門に行って、門番さんにミシェルさんらしき人が出入りしたかを聞くべきなのだ。いきなり孤児院をあたって、その間に彼女がエウリデの外に出てましたーなんて笑い事じゃないし。

 これは割と、スピード勝負にもなりかねない。
 ギルド長室で話し込んでる場合でもないかもねと、僕は杭打ちを担いで団長達へと言った。

「さしあたりミシェルさんの動向を確認して、可能な限り確保できるように僕らは動くよー。団長、教授、そちらは任せますー」
「ええ、任せてください。そちらもお気をつけて」
「ミシェルさんを確保できるか否かでこちらの策も変わる。なるべく早くの報告を期待するよ、杭打ちくん?」
「任せといてー。こう見えて人探しは結構得意なんだよー」
 
 教授のからかうような声にかるーく返す。
 人探しが得意なのは事実だ。迷宮攻略法の一つに感覚強化ってのがあるからねー。
 全身の感覚を強化するから、どこに誰がいるのかって探知には非常に便利なんだよー。
「"杭打ち"!? アンタが俺達と一緒に探しものを手伝ってくれるのか!!」
「……レオンくん?」

 ミシェルさんを探すにあたり、ギルドの用意したパーティーとも連携を取って探す必要がある。
 というわけで一階はギルドの受付まで戻り、件の連中と引き合わせてもらったわけだけど……まさかの知り合い、これは嬉しい誤算だよー!

 いつぞや、新米なのに好奇心からいきなり地下86階まで降りて死にかけたというとんでもないエピソードを作っちゃった人達。レオンくんにノノさんにマナちゃん。
 さらにはそんな彼らに保護され、今ではパーティーメンバーとして行動をともにしている古代文明人の双子、ヤミくんとヒカリちゃん。

 ある意味、新世界旅団並に不思議な面々が今回、僕らと共同でミシェルさんを探すことになったみたいだ。
 ベルアニーさん、気を遣ってくれたのかな? まったく見知らぬ人達相手だとやりにくいから助かるよー。

「知り合いにござるか? ソ……ソ、そっとしておきたい杭打ち殿」
「えぇ……?」

 とはいえ、サクラさんにとっては当然初対面の相手だ。どうやら僕の知り合いらしいことは察して誰何を問うてくるけれど……誤魔化し方が雑!
 ソウマって言いそうになったから慌てて修正したんだろうけど、そっとしておきたい杭打ちって何かな、なんの暗号?

 言った本人も若干顔を赤らめている。あ、でも恥じらうサクラさんもかわいいー!!
 やっぱり美人の恥じらう姿ってこう、美しいよねーと思っていると、ノノさんがそんなサクラさんに目をつけて仲間内で囁き出した。

「それにSランクのサクラ・ジンダイさんまで……これアレよね、噂のパーティー・新世界旅団が動いてるってこと、よね?」
「ぴぃぃ……や、やややっぱりヤバい案件じゃないですかぁぁぁ……! ギルド長直々の依頼って時点でおかしかったんですよ、ぴぇぇぇ……っ!!」
「つってもお前なあ、マナ……レジェンダリーセブンの遣わした使者を探し出すだけじゃねーか。別に渦中に巻き込まれるわけでないならって、ノノもだけどお前も頷いてたろ」

 新世界旅団、分かっちゃいたけどまあまあ腫れ物だねー。僕が属している時点で当たり前なんだけど、それにしたってビビられ方がちょっと過剰だよー。
 ……いや、マナちゃんはいつでもこんな感じだねー。思えば初めて会った時もずーっとピーピー鳴いてる、小鳥みたいな子だ。

 多分、僕より歳上なんだろうけど、よく鳴くもんだから変に幼く見えるから困るよー。
 女性陣が不安に慄くのを、レオンくんがなだめるのを見ながら僕も、サクラさんにことのあらましを説明した。
 
「……以前に知り合った冒険者パーティー。好奇心で地下86階まで潜った挙げ句、彼らも古代文明人の双子を保護してくれてるよー」
「双子ってーと……そこな幼子達でござるか。こないだレリエとも遭遇したとかなんとか、言ってたでござるね」
「……そうだね。久しぶりヤミくん、ヒカリちゃん」

 レオンくん達とはこないだ、それこそ孤児院でミシェルさんに遭遇した日にも軽く出くわしているねー。
 うちのレリエさんと向こうのヤミくんヒカリちゃん。古代文明人同士のおそらくは史上初めての接触だったんだ。貴重な場面だったよー。

 思い返しつつ改めて挨拶すると、ヤミくんがとてとて駆け寄ってきて僕に抱きついてきた。マント、一応洗い立てだけど血とか染み付いてて臭くないだろうか? 消臭はしたと思うけど心配だよー。
 どうしたことかヤミくんにはひどく懐かれてるんだよね、僕。何がきっかけかも分からないんだけど、子供に愛されるとっても素敵な杭打ちさんとしては喜ばしいねー。
 小柄な子供の頭を優しく撫でる。上目遣いで僕を覗き込み、ヤミくんはへにゃりと笑って応えた。
 
「久しぶり、杭打ちさん! 会えなくて寂しかったよ、僕」
「もう、ヤミッたらすっかり杭打ちさんに懐いちゃってるんだから!」
「べ、別に懐いちゃいないけど!? ただ、その、そう、尊敬できる冒険者の人だし、レオンさん達にも負けないくらい僕らを護ってくれた人だからってだけだよ!」
「……まあまあ二人とも。元気してた?」

 もう誰から見てもあからさまに、完全に懐いてくれてるんだけどー……妹にからかわれるのはやっぱり面白くないみたい。年頃だねー。
 必死になって反論するヤミくんの頭を撫でつつ、双子を宥めて最近どう? って聞いてみる。古代文明人と言っても子供なんだから、なるべく健やかに過ごしていてほしいよねー。

 そのへん、レオンくんは信頼してもいいと思うし心配はしてないんだけど一応聞いてみる。
 ヤミくんが撫でられる頭にくすぐったさを覚えてか微笑みつつ、返事をしてくれた。

「う、うん。元気してた。その、杭打ちさんは? 新世界旅団ってパーティー、どうなの?」
「……素敵だよ、メンバーみんなね。こちらの方もその一人でサクラさんだよ」
「ん、名乗らせてもらうでござるよ? 良いでござる?」
 
 僕のほうも調子を尋ねられたし、良いタイミングだしサクラさんにも自己紹介を促すよー。
 これも何かの縁、ましてや彼らパーティーは個人的にも応援している人達だ、サクラさんにも見知っていてほしいからね。
 頷く僕に応じて、彼女はヒノモト人らしい所作で居住まいを正し、礼儀正しく名乗り始めた。
「さて、それでは拙者から名乗らせていただこうかでござる。杭打ち殿とそちらのパーティーの方々が知り合いというのであれば、それすなわち拙者にとっても友誼を結ぶに足る存在ということゆえ」

 僕に促されて名乗りをあげるサクラさん。ヒノモト式の、前傾に頭を軽く下げての会釈に近い体勢だ。
 ワカバ姉も名乗る時はこんな感じだった記憶があるねー。そしてそのまま彼女達は、長口上つきで自らの身元を明かすのだ。

「お初にお目にかかる。生まれ育ちはヒノモト、なれど広き世界を夢見てはるかな大陸に漕ぎ出し早6年。今では一廉の冒険者として、Sランクにも登録されているでござる──サクラ・ジンダイ。日頃杭打ち殿が世話になっているご様子。以後、よろしくお願い申し仕る」
「……あ、こ、これはこれはご丁寧にどうも! まだまだ半年目の新米冒険者、レオン・アルステラ・マルキゴス。よろしくお願いします!」

 冒険者の中でもトップ層であるSランクが直々に挨拶してきたんだから、新人さんのレオンくん達はそりゃあ、焦るよね。
 この町で活動してる冒険者は実力のアベレージこそ高くて、Aランクもそれなりの数がいたりするんだけれど、Sランクに関しては今や一人もいない有様なのだ。

 大体のSランクが調査戦隊メンバーだったし、解散に合わせて各地に散り散りになったからねー。だからサクラさんの存在は割とこの町にとっては貴重で、冒険者ギルドも下に置かない扱いをしてるんだよー。
 
「初めましてジンダイさん、ご高名はかねがねお伺いしております。ノノ・ノーデンと申します、よろしくお願いします」
「ま、まままマナ・レゾナンスですぅ……よろしくお願いしますぅ……」
「レオン殿に、ノノ殿にマナ殿でござるな。よろしくでござる」

 慌てて名乗り返す彼と仲間達。なんかこう、ドタバタしつつも仲の良さが伺えて見てて和むよー。
 まずはレオンくんを筆頭に、ノノさん、マナちゃんと続いて挨拶していく。ノノさんは勝気な性格をしているからかしっかりしてるんだけど、マナちゃんは臆病めな性格もあってかなりビビっちゃってるねー。

 その後に古代文明から来た双子、ヤミくんとヒカリちゃんのご挨拶だ。未だ抱きついているヤミくんとそれに寄り添うヒカリちゃんの背中を擦って促せば、二人ともおずおずとサクラさんの前に立った。
 さっきまではちょっと甘えん坊さんだったけど、普段は双子の兄らしく大人びた姿を見せるヤミくんが先んじて名乗った。 

「ええと、ヤミです。そちらのパーティーにいるレリエさんとは同じ時代に生き、同じ場所からやってきた同胞です。こちらは双子の妹、ヒカリ」
「ヒカリです。ヤミともどもレオンさん達と杭打ちさんに助けてもらって、今はレオンさんのパーティー"煌めけよ光"に属してます」
「この時代にはまだまだ疎く、何か失礼があればすみません。よろしくお願いします、サクラさん」

 礼儀正しくしっかりした挨拶。現代にやって来てまだ1ヶ月くらいかな? だっていうのにすごく立派な態度だね、二人とも。
 眠りから覚めて早々にエウリデの下衆共に狙われたりして大変な目に遭ってきた子達だけれど、今では頼れる保護者達や優しい大人に囲まれて過ごしているみたいだ。暗いものを感じさせない明るい姿に、思わずホッとするよー。

 サクラさんも素敵な双子の姿に、すっかり目を細めて優しい顔つきになっている。ヒノモト人の目にも涙ってところかな。
 まあ次の瞬間に殺意を孕んだ睨みつけをしかねないから、あの国のサムライって戦士連中はおっかないんだけど。とはいえ今回はただただ気に入って可愛がりたいみたいで、双子の頭に手を乗せてわしゃわしゃと撫で回していた。
 
「それだけしっかり挨拶できるなら失礼や粗相なんてなんのことでもないでござるよ。こちらこそよろしくでござるヤミ殿、ヒカリ殿」
「は、はい!」
「あ、ありがとうございます」
「んー、かわいい盛りでござるなあ。拙者この子らくらいの年にはもう毎日朝から晩まで修行でござったから、なんだかひどく懐かしく、羨ましくも感じるでござるなー」
「しれっとすごいこと言うなあ、このSランク……」
 
 なんでもないことのように、大変おかしな育成を受けていたことを話すサクラさん。聞いていた周囲のレオンくん達がドン引きしてるよー。

 ヒノモト人は戦闘職を志すとホント、小さな子供相手でも容赦なく鍛え上げるって聞くからね。地元の姫君だったワカバ姉でさえ、6歳の頃には薙刀を持つ訓練してたって言うし。
 ほとんど国ぐるみでヤバい人達だよー。怖いよー。
 
「ま、よろしく頼むでござるよ二人とも。拙者も杭打ち殿の仲間でござる、信頼してくれていいでござるよ」
「……サクラさんは新世界旅団の副団長だ。Sランクとしても評判がいいから、悪辣さとは無縁と思っていいよ」
 
 恐ろしいヒノモト人の顔をひた隠しにしつつ、僕の仲間であることを強調するサクラさん。
 僕も僕で彼女の立ち位置を明言しつつ、お互いに連携が取れるように信頼できる人アピールをするのだった。
「……詳細はベルアニーさんから聞いてると思うけど、僕らはこれからリューゼリア・ラウドプラウズが率いる"戦慄の群狼"のメンバーを探し当てる」

 互いに挨拶もそこそこにして、僕はレオンくん達のパーティーみんなと改めて情報共有や今後の段取りについて確認していた。
 ギルドを出て歩き、町を囲む砦の門へと向かいながらも話していく。

 元調査戦隊メンバーにして現エウリデ騎士団長であるシミラ卿の処刑と、それに合わせてやってくるだろうレジェンダリーセブンの一員、リューゼ。
 パーティー・戦慄の群狼を率いておそらくは怒りのままに暴れ倒すだろう彼女を制止すべく、今この近辺にやってきている部下ミシェルさんを探し当てるのだ。
 サクラさんがこの件の重要性について、僕に続けて語ってくれる。

「ことはシミラ卿の命に関わり、ひいてはエウリデと冒険者ギルドの関係にも、果てはレジェンダリーセブンにさえ絡む案件でござる。迅速に確実にことを運ぶでござるよー」
「ま、マジでやべえ案件なんだな……ギルド長から話を受けた時に大体聞かされてるけど、こいつはワクワクするぜ!」
「ワクワクって、レオンあんたねえ……」
「びゃあああ……狂ってますぅぅ……」

 エウリデ連合王国がマジでどうかなってしまう。そんな瀬戸際に一口噛むことになってレオンくんは慄きながらも、それでも瞳を煌めかせて歯を剥き出しにして笑っている。
 ノノさんやマナちゃんが呆れというかビビりまくってるのに対して、あまりに豪胆な姿勢と言えるかもねー。

「なんだよ、しないのかよワクワク? 俺はするぜ、めっちゃする。国だのなんだのの規模の話に、一口だけでも噛ませてもらえるなんてマジでエキサイティング! 興奮するぜ!」

 興奮して叫ぶ彼を、道行く人達がギョッとして見ているけど……まるで物怖じせずにいる。やっぱり大物、になるかもねこの人ー。
 少なくとも冒険者として、すごく良い才能を持ってるのは間違いない。だから僕個人としては、そんな彼には初対面の時点から強く気にしてるんだけどねー。

 誰から見ても厄介事なこの案件を前に、ここまでワクワクしていられるなんてのは率直にかなりヤバい。
 でも、そのヤバさこそが冒険者の高みには必要なんだ。国をも左右するような事態も冒険と言えるからねー。物怖じしてるようだとなかなか、ロマンってやつを前に動けはしないものだよー。
 
「……面白いよね、彼。実力はまだまだだけど、アレは絶対に高みに到れるよ」
「で、ござるなあ。新米がこんなことに関わった挙げ句にエキサイティングと言うなんざ、いかにも杭打ち殿が気に入りそうな御仁にござるよ」
「お仲間さん達もなんだかんだついていくあたり、リーダーとしてもなかなか、なかなか……将来性十分って感じだねー」
「…………むう」

 サクラさんにもレオンくんを推す僕。シアン団長にも劣らずゆくゆくは大成しそうだって思えるんだよ、レオンくんって冒険者は。
 パーティーのリーダーとして、仲間達を引っ張っていく姿も様になっているしね。地下86階まで迂闊に降りてしまったりと判断力は未熟だけれど、それでもみんなで成長していけるタイプの冒険者だねー。

 と、そんな風に一人首肯く僕に、隣で歩くヤミくんが尋ねてきた。
 見れば唇を軽く尖らせて、どこかムスッとした顔している。どうしたんだろう?

「杭打ちさん、僕は……いや、僕とヒカリはどうかな? 杭打ちさんの目から見て将来性はありそう?」
「……? え、何をいきなり」

 本当にどうしたのー、いきなりややこしそうな話を振ってくるんだねー。
 将来性の有無なんて軽率に言えるわけもないんだけど、ヤミくんは自分と妹の冒険者としての適性とか、今後について知りたがってるみたいだ。

 正直、冒険者になって間もない子供達がそんなことを気にするのは大分早いよー。それに将来性なんて、運と努力である程度はカバーできなくもないと思うし。
 そんな感じにぼかしていると、ヒカリちゃんがつぶらな瞳をパチクリさせて双子の兄を見た。意外そうな顔をして、もしかしてって呟いたんだ。

「ヤミ、え……もしかして拗ねてる?」
「……違うよ? 僕らも冒険者になったんだから、そのへんは聞いておきたいだろ? だからだよ別にレオンさんに対抗心とか持ってないから」
「そ、そう……」

 ……どう見ても拗ねてるねこれー。ヤミくん、僕がレオンくんをかなり真面目に推してるからそれが気に食わないのかー。
 可愛らしいヤキモチだねー。っていうかずいぶんと好かれちゃったもんだな、僕。

 ヤミくんは割と大人びていて聡明な子ってイメージが強いんだけど、心を許せる人相手には甘えたがりになるのかもしれない。
 ヒカリちゃんともどもまだまだ幼いんだ、当たり前だよねー。サクラさんも微笑ましそうに目を細めて、僕の耳元で囁いてくる。 
 
「愛らしい慕われ方してるでござるなー。なんかいい感じのこと、言ったげてもいいのではござらぬか?」
「言われてもね……とりあえずよく食べてよく寝て、よく学んでよく育ちなよ、としか言えないしー……」
「ぼ、冒険以前の問題だった!?」
「いや……だって二人ともまだ10歳とかでしょ?」
 
 冒険者として、というより人間として良い生活を送るのが先決だよ、どう考えてもー。
 そう言うと双子は苦笑いした。そもそも子供なのだから、まずは子供らしくすくすく育つべきだからねー。
 さて、話もそこそこに僕達は町の内外を隔てる門に辿り着いた。四方あるうち、東側の門だね。
 スラムから一番近い門がここで、ミシェルさんが孤児院出身であることを加味してまず真っ先にここをあたることにしたんだ。
 
「スラムに寄ってから外へ出る可能性もあるからね。久しぶりに故郷の地を踏んだ人なら、十分にありえる行動かなって」
「ま、そうでなくとも虱潰しでござるよ。おーい、門番殿ー!」

 推測が当たっていれば何よりだけど外れててもそれはそれとして一つ候補が消えるから成果はある。
 万一まだ町の中にいて、僕らとすれ違いとか行き違う形で外に出たりする可能性もあるわけだけど……それも見越して門番の人に言伝を頼んでおけば良いだろう。
 "ギルド長がギルドまで来てくれって言ってた"とかさ。ミシェルさん真面目そうだし、呼ばれて応じないとかってのはなさそうだしねー。

 さておき門が見えてきて、サクラさんが門番さんをさっそく呼び出した。
 槍を持った、いかにも暇してますーって感じの死んだ目をした男の人がやって来る。僕ともよく話す人で、やる気はないし金にがめついけどそれなりに腕の立つ人だよー。

 そんな彼は渋々といった感じに門前に立ち、僕とサクラさん、レオンくん達を眺め──彼にしては珍しく、目を丸くして怪訝な顔を浮かべた。
 驚きも露わに僕へと話しかける。

「んんっ……なんだ杭打ち、えらい大所帯だな今日は。噂の新世界旅団ってやつか?」
「あー、いや……別のパーティーの人もいるけど。それよりちょっと聞きたいことが」
「なんだなんだ? 給料なら低いぞ」

 誰も聞いてないし聞くわけもないよ、そんな他人の給料なんてー。ヘラヘラ笑う門番さんに、相変わらずだなあって呆れてしまう。
 サクラさんも、レオンくん達も苦笑いしつつも適当に流している。お金の話なんてトラブルの元でしかないんだから、そういうしがらみを割と嫌う冒険者としては反応に困るよね。
 変に気を使った結果、お金を集られたりでもしたら洒落にもならないし。

 聞かなかったことにして僕は門番さんに人探しの旨を伝えた。ベリーショートの小柄なお姉さん、身の丈よりはるかに大きな剣を担ぐ軽装の冒険者を差がしていて、細かいことは言えないけどギルドからの依頼だって、ねー。

 そこまで話したところ、彼はふうむとつぶやいた。そして心当たりのある無しを僕へと語る。
 
「ザンバー? ってのがイマイチ想像つかんが……身の丈より明らかにデカい得物担いだ、そんな風貌した女なら今朝方通っていったぞ」
「! それでござるな、おそらく」
「さっすが杭打ち、ドンピシャじゃねえか!」
「杭打ちさん、すごいや!」
「えへ……コホン。それでその人は? 町を出発して別の地に向かう感じだった?」

 まさかの一発目でビンゴ! ミシェルさん、やっぱりスラムに寄ってから外へ出たんだねー。
 レオンくんやヤミくんが尊敬の眼差しで僕を見てくる。どやあ! なんてついつい顔が緩んで素で笑いそうになるけどいけないいけない、我慢我慢。

 ソウマ・グンダリならともかく今の僕は冒険者"杭打ち"だからね。クールで寡黙で素敵でミステリアスやプロフェッショナルなんだから、ニヤニヤなんてしてはいけないのだ。モテなさそうだしねー。
 さておき、門番さんがさらに続けて語るのに耳を傾ける。
 
「いや、ありゃあ迷宮に潜る装いだったぜ完全に。ご当人も言ってたしな、久々に迷宮に行くとかなんとか」
「久々……間違いないね、彼女だ」
「お手柄でござるよ門番殿、これちょいとだけお礼でござるー」
「!」

 追加で迷宮に潜るのが久々、なんて発言まで出てきたんだからなあ。もはやミシェルさん以外にありえないよ、そんな言葉が出てくる冒険者なんて。
 この町に定住して活動している冒険者なら、まず間違いなく迷宮には結構な頻度で潜るからねー。久々、なんて物言いの時点で外部からの来訪者なのは確定なんだよー。

 思った以上に良い情報をくれた門番さんに、サクラさんがこそっと懐からコインをいくつか取り出してこそっと渡した。
 エウリデにおいて2番目に価値の高いもので、一枚だけでもそこそこ豪遊できちゃう代物だね。

 まあ、いわゆる情報料だねー。この手のやり取りは薄給らしい門番にとっては裏の仕事らしくて、この門番さんも例に漏れずいろいろと見聞きしたものを喋ってはそれでお金を受けとったりしている。
 冒険者的には全然問題ないんだけど国的にはよろしくないようで、いつもこうして金銭のやり取りについてはなるべくこっそり、ソソクサとが基本みたいだ。
 今もほら、お金を受け取った門番さんが素知らぬ顔しながらも嘯いている。
 
「いやーどうもどうも。今後ともご贔屓にな」
「バレないようにしなよ……冒険者はともかく国はうるさいんだから」
「分かってる分かってる。んじゃな、冒険者諸君。まあ人探し頑張り給えよー」
 
 僕からの忠告に、ひらひらと手を振りながら門番さんは去っていく。
 本当に飄飄としてるなあって呆れ混じりに感心する僕だった。
 門番さんから貴重なミシェルさんの情報を一発ゲットできた。さすが僕だねーってのは、ちょっと言い過ぎかも?
 どうやら彼女はリューゼの元に戻ったとかでなく、迷宮へと冒険に繰り出しているみたいだ。まあこの地は冒険者にとっての聖地、ここに来て迷宮に潜らなかったら冒険者としては別の意味でモグリだからねー。

 とはいえ今回の場合、僕らの状況的にはちょっぴりよろしくない。居場所は概ね絞り込めたものの、その絞り込んだ先の迷宮そのものが極めて大規模なんだ。
 人探しするのにこんなやりづらい場所もなかなかないよ、最悪地下1階から地下88階まで総ざらいすることさえ、選択肢としてはあり得るのだから。

「…………さて。迷宮ともなるとちょっと厄介だ」
「正門から、つまり地下一階から入っていると考えるべきか、ショートカットを使ってある程度深い地点から攻略開始しているか。迷うところでござるなあ」
「ミシェルさんはBランクだ。それに慣れないザンバーを使うのに慣れなきゃいけない修行中でもある。無茶なことはしないと思う……けど」

 ミシェルさんの実力、さらには慣れない武器を憧れだけでどうにか使っている現状を考えると、そこまで深い階層には戻っていないのは推測できる。
 この間、少しだけ手合わせした感じで言えば本来Bランクであるミシェルさんは槍使いとしての実力で、ザンバーを使ってる今では残念ながら二段階ほど実力が落ちていると言える。

 つまりはDランク相当の戦闘力しか持ってないんだよー。そこからある程度、潜っている階層については絞り込めるはずだねー。
 僕の話を聞いて、それならとレオンくんが提案した。
 
「よし! じゃあこうしようぜ杭打ち、ジンダイさん……俺達パーティーが正門から普通に入ってその、ミシェルさんだが言うのを探す。あんたらはショートカットで地下に行って、そこから上に登ってきてくれ」
「挟み撃ちの形でござるな。ちなみにレオン殿達は迷宮はどの程度まで潜れるのでござる?」
「あー……お恥ずかしながら9階層までね。迷宮攻略法が必要になってくる階層まであとわずかに届いてないって感じ」
「新人さんにしては攻略ペース早いね。むしろすごいよ」

 パーティー内にベテランがいるとかならともかく、なって間もない冒険者だけの集団なら短期間でそこまで行けるなんてむしろ大変なことだ。
 単純に戦闘やダンジョンの環境、ギルドの仕組みや各種依頼のこなし方なんかに慣れていかなきゃいけない段階でもう、迷宮攻略法がどうのって話に手をかけようとしている。

 紛れもなく才能がなければできない芸当だ。
 サクラさんも感心してしきりに頷いている。シアンさん以外にもすごいルーキーさんっているものなんだって、いかにも言いたげな顔をしてるねー。
 最初に目をかけた身としてどこか誇らしい気持ちで、僕は提案を受けてみんなに告げる。
 
「それじゃあレオンくんの案で行こう……Bランクが潜れる最深部はギリギリ40階ってところかな? そこから彼女を探しながら僕とサクラさんは上に上がる」
「気配感知も使いつつでござるし、まあそれなりに早いスピードで登っていけるかもでござるね。あ、レオン殿達は確実に捜索するでござるよ、せっかく潜るんでござるししっかり修練にも活かすといいでござる」
「そ、そっすか? なんかすみません、足引っ張っちまって」
「……気にしなくていい。くれぐれも怪我や事故のないようにだけ、気をつけて」
 
 足を引っ張るどころか、サクッと方針を決めてくれて助かってくらいだよー。実力なんて死にさえしなきゃ勝手につくんだし、そんなの二の次三の次で医院だよー。
 申しわけなさそうに頭を下げるレオンくんパーティーは、そのまま手はず通りに迷宮の正門へと向かって歩いていく。ここからは二手に分かれての捜索だ、こっちも頑張らなくっちゃね!

 さてと僕らも歩き出す。町の外に広がる草原は穴だらけで、そのいずれもが大迷宮のいずれかの階層へのショートカットになっている。
 大体の出入り口に何階行きかの看板が立てられているからそれを頼りに、ミシェルさんがギリギリ潜れそうかなーってラインの階層への最短ルートを探すよー。
 道すがら、さっき見事な采配を披露してくれたレオンくんについて二人で話す。

「うーむ……シアン以外にも頼もしい新米はいるもんでござるなあ当たり前でござるが」
「でしょでしょー? 何しろ初対面からして豪胆だしね、なんせ好奇心だけで地下86階層まで降りちゃったんだしー」
「そもそもそんな地下までのショートカットがあること自体が驚きでござるよ……よく突っ込んだもんでござるな、そんなとこ」
 
 僕と初めて会った際の、完全に無鉄砲に迷宮最下到達階層までショートカットで突入しちゃってた彼らを思い返す。サクラさんの呆れは当然だよね、そりゃあ。
 冒険と無謀はもちろん異なる。だからレオンくんの無謀は改めるべきことではあるんだけれど……反面、そこからでもしっかり生き延びて還った運の良さはまさしく彼らの天性のものだ。

 運も実力の内と信じる僕からすると、それだけでも彼らを推せる理由になるよねー。
 ミシェルさんの実力でギリギリ行けそうな階層までのショートカットを探す道中。あちこち穴はあるけどどれも20階台とかばかりでこの辺、浅層行きのが多いみたいだ。
 ちょっと河岸を変えようとしばらく歩く。その間、サクラさんとは他愛もない世間話に興じるよー。

「ちなみにサクラさん、迷宮はどこまで潜ってるの?」
「この地を訪れたのがつい一ヶ月前とかでござるからなあ。まだ50階そこそこでござる。再生能力をやっとこさ体得したところでござるねー」
「あっ、そうなんだ? おめでとうございますー」

 地下50階台からは迷宮内の環境が極めて悪辣になってきて、ふとした拍子に大ダメージを負う機会がそれなりに多くなってくる。たとえば毒煙が立ち込めてたり、劇薬の雨が降ってたりね。
 それまでの階層で獲得するだろう迷宮攻略法の一つ、環境適応だけでは凌げないほどのダメージを継続して受けることになってしまうんだ。素人が踏み込むと3秒で骨も残らないような場所だからねー。

 そういうのをクリアするために必要なのが迷宮攻略法・再生能力なわけなんだけど……サクラさんはまだ体得してなかったみたいだ。
 身体強化でゴリ押しできないこともない階層ではあるんだけど、理想を言えばやっぱり再生能力がほしいところだし、それを考えると順当に体得したなーって感じだよー。

 そんな話をしつつも適当にほっつき歩くこと10分ちょっと、ようやっといい感じのショートカットを発見した。町の南西側にまで回り込んだあたりにある穴で看板には42階行きと書いてあるねー。 
 
「地下42階行きショートカットルート……この辺からかな」
「純然たる冒険ではないものの、ソウマ殿と迷宮に潜るのは初めてでござるなあ。楽しませてもらうでござるよ」
「こちらこそ。ヒノモトのSランク冒険者の腕前、拝見させてもらいまーす」
 
 軽く言い合って早速入る。何しろすでにレオンくん達は地下1階から侵入しているだろうし、いつまでもモタモタしている場合じゃないんだよ。
 僕、サクラさんの順に穴に入ってそのまま滑り落ちる。さすがにお互い慣れたもんで、両足でしっかりバランスを取っていついかなる時でも問題なく回避、ないし反撃に移れるような体勢だ。

 とはいえ穴の先にモンスターの気配はない。そのまま数分滑って行って、やがて出口に辿り着いて僕らは飛んだ。大きく弧を描くように宙を舞い、問題なく着地成功。
 大迷宮は地下42階。Bランク冒険者だとギリギリのラインかな? って感じの難易度の階層に、今辿り着いたわけだよー。

「ふむ……ま、特に違和感のない感じの迷宮内部でござるな?」
「冒険者の気配はいくつかあるね。この辺だとBランクならギリギリ、行けなくもないからね」
「じゃあ一人ずつあたってみるでござるか。ザンバーなんて珍しいもん持ってるでござるし、判別が付きやすいのは助かるでござるな」
「だねー」

 このくらいの階層なら多少は人の気配もするねー。何しろ冒険者の大半はBランクまでだし、ある意味この辺までが迷宮攻略のメインストリームみたいなところあるからね。
 ここから先、それこそサクラさんが攻略中の50階層台になると途端に人も減ってきたりするから、僕としてもこのあたりは結構ホッとできる、庭先みたいな感覚の階層だ。

 実際に気配を追っていくとほら、さっそく冒険者パーティーと遭遇する。
 それなりにベテランって風情のする、使い込まれた装備が渋くてカッコいいいぶし銀な男女混成パーティーだねー。

 視認するなり向こうも僕らを見、すぐに誰か判別をつけたみたいだ。目を丸くして、驚きの声を上げている。
 
「んっ……!? 杭打ちに、サクラ・ジンダイ!?」
「新世界旅団か。よう、お前らも冒険で?」
「いや、ちょっと人探しー」

 こちらは彼らのことをあまり存じ上げてないんだけれど、向こうはこちらのことをそれなりに知ってくれてるみたいだよー。
 ま、最近のあれやこれやで嫌でも目立ってるしね。それにそれぞれ元調査戦隊メンバーにSランク冒険者だ、何がなくっても目立たないわけもないんだし。

 お互いどちら様? ってならないのはありがたい。僕はさっさと用件を告げて、彼らに助力を乞うことにした。
 サクラさんが続けて、探し求めているミシェルさんについて尋ねる。
 
「身の丈より大きなザンバーを担いでる女冒険者を探してるでござるよ。そなたら見かけなんだでござる?」
「ザンバーとはまた、珍しいもん使ってんだな。俺ら35階からここまで降りてきたけど見かけなかったぜ」
「まあ、各階層を隈なく探したってわけでもないから、もしかしたらすれ違ったのに気づかなかっただけかもだがよ」

 彼らはミシェルさんを直接見たことはないみたいで、ザンバーという武器種の珍しさに面食らいつつも答えてくれた。
 35階層からこっちにかけては望み薄、かあ。
 たまたま鉢合わせなかっただけの可能性もあるけど、こちらのパーティーのみなさんも冒険している以上はそれなりにしっかり探索しているだろうし、ねー。

 これである程度さらなる絞り込みができた。
 ミシェルさん、あるいは30階層より上の階にいるかもしれないんだ。
 これ、もしかしたらレオンくん達のが早く接触できちゃうかもねー。
 冒険者達からの情報でさらにある程度、ミシェルさんのいる階層が絞り込めそうだ。
 下手したらレオンくん達のほうに近い位置にいるかもだけど、それならそれで彼らが確保してくれるならそれで良い。

 大事なのはとにかく彼女を早期に交渉の場に立たせること。そしてリューゼリアへのメッセンジャーになってもらうことだからねー。
 大きく前進した感触に、僕は情報提供者達に感謝の言葉を述べた。

「ありがとう、助かるよ」
「そなたらもしも、件の冒険者を見かけたらギルド長のところに行くよう伝えてもらえるでござるか?」
「おう、そりゃ良いが……なんだ、大事か?」
「まあぼちぼちね」
 
 別に隠すような話じゃないけど、変に歪曲された噂が広まっても困るから黙っておく。どうせそのうち、いやでも分かることになるだろうしねー。
 シミラ卿処刑に向けて冒険者ギルドが動いてるのは確定だし、そこに新世界旅団が独自の目的で動くってのも近々分かると思う。

 でもさらに加えて、リューゼリア・ラウドプラウズの率いる戦慄の群狼が殴り込んで来るかもーなんてのはさすがに想像できないかもねー。
 下手したら大乱戦になるかもしれない処刑阻止当日のことを思いつつ、僕らはその場を立ち去った。気持ち急ぎ足で上階を登って行く。

「んー。もしかして10階までにいたりするのかなー?」
「可能性は大いにあるでござるね。得物の習熟目当てでの冒険なら、余裕を持って戦えるところでやるでござろうし」
「憧れ優先でザンバーを選んだ割に慎重派なところはあったね……あり得るか」

 ミシェルさんとは一度きり、少しの間だけの交流だったけど仮にも矛を交えた仲だもの、ある程度分かってるところはある。
 基本的な姿勢は保守的、かつ慎重派ながら意外に芯はロマンチスト。尊敬するリューゼの使い古しを、それまでの自身のスタイルを投げ捨ててでも継承したがるというはっちゃけたがりの真面目屋さん。
 そんなところだと見えるねー。

 だから、彼女が仮に迷宮に潜るとするなら現時点では10階にも満たない浅層まで……ってのはありえちゃうんだよねー。
 ロマンチストな一面からザンバーでの冒険を選び、けれど慎重派ゆえに素手でも攻略できそうな階層までに留めておく。
 無謀になりすぎないところまでで冒険しようってのは、理屈としては分からなくもないんだよー。

 となると地下42階層はさすがに深すぎたかな? って感じだけど、まあ念のためだしね。
 今言ったミシェルさん像もあくまで僕の所感に過ぎないから、それを鵜呑みにしすぎるのも良くないし。

 でも冒険者達の情報からおそらくはもっと上層のほうにいるっぽいのが分かってきたから、僕の考えがそれなりに信憑性を帯びてきたってわけだねー。

「もうちょいペースあげるでござるかあ」
「だねー」
 
 となればいっそ、一気に上層まで詰めちゃおうかな。
 そう思ってスピードを上げる。途中で感知した冒険者達の気配は当然の追いながら、だからトップスピードではないけどそれでもとんでもない速度での逆戻りだ。

 地下40階、地下35階、地下30階、地下25階。
 テンポよく進んで地下20回も突破し、19階まで登ってきたそのあたりだった。
 誰かと誰かが大きな声で言い合うのを、僕とサクラさんの耳は拾い上げた。

『────! ────!?』
『────!!』
「おー?」
「なんか聞こえるでござるなあ」

 これまでにない事態だ、冒険者同士で喧嘩? 普通はないんだけどね、迷宮内で。
 響いてくる声の高さからしておそらくは女の人が二人ってとこかなー。近づいていくにつれて明瞭に聞こえてくる言い合い。

 お互い怒ってるとか対立してるとかではないみたいだけど、困惑? 戸惑い? の感じが強いね、片方は。
 もう片方はなんだろ、からかいっぽいというか──面白がってる風に聞こえる声だよー。
 
「全員置いて一足に来たなんて、無茶ですよ!?」
「カテェこと抜かすな、ミシェル! 楽しい楽しい祭りの前夜だ、ちぃとくれぇ早駆けしたって良いだろがヨォ!!」
「良くないですって!?」
「────は?」

 と、不意に聞き覚えがある声だと気づいて動きが止まる。そろそろ言い合う二人の姿が見えてきた、遠くからでも分かる風体に硬直したところもある。
 片方は探していたミシェルさんだ。地下19階まで降りていたのか。たしかにこのくらいの深さならザンバーででも余裕を持って戦えるだろうし、その判断は慎重派の面目躍如だよー。

 いや。そこじゃない。僕は頭を振った。
 問題はもう一人だ。ミシェルさんの倍近くはあるんじゃないかって規格外の背の高さ。そしてそれと同じだけの大きさのザンバーをもう一振り。
 見覚えがある。ありすぎる。愕然と立ち止まる僕。サクラさんが怪訝に尋ねてきた。

「ソウマ殿?」
「これじゃ私がなんのために斥候を務めたのか分からなく──?」
「オメェさんの斥候なんざ方便だってんだよ、孤児院行けて嬉しかったろがィ──って、おん?」

 言い合いしていた二人が同時に、僕らに気づいて振り向いてくる。間違いなくミシェルさんと、間違いなくもう一人。
 いるはずのない女がここにいた。

 なんで──
 啞然と、愕然と呆然と僕は叫ぶ。かつて仲間だった彼女を、そして今、問題の渦中にいる彼女の名前を。
 
「…………リューゼリア!?」