今後の方針は大まかながら決まった。さしあたってはギルド長に面会して、シミラ卿処刑についてどこまで情報を掴んでいるのかの確認、そしてギルドはどう動くのかの思惑まで含めて共有し交渉する必要があるねー。
そんなわけでさっそく次の日の朝、僕ら新世界旅団メンバーはギルドを訪れていた。施設に入るや否や、酒場で呑んでいる冒険者連中が僕を見て叫ぶ。
「おい、杭打ち! 聞いたかやべーぞ、お嬢が消される!!」
「エウリデのやつら、ついにトチ狂っちまいやがった!!」
主に昔からの冒険者で、調査戦隊主催の宴会に参加したりもしていた人達だ。レイアは当時、ギルド施設内で所属関係なしによく酒宴を開いていたからねー。
シミラ卿もそういうのによく参加して、メンバー以外の人とも交流してたから……だからこうしてお嬢なんて呼ばれて、親しみを獲得していたんだよー。
彼らにとっても馴染み深いお嬢が、国の無茶苦茶なやり口で処刑されようとしている。どこからどう考えてもアウトだね、エウリデ。
他の冒険者達もすっかり殺気立って、シミラ卿を助けよう、エウリデ王族貴族を潰そうって声が高らかにあげられていく。
モニカ教授の睨んだ通り、冒険者達は蜂起するかもだよー。施設内を歩く傍ら、そんな確信を抱く。
「エウリデのやつら、もう我慢できねえ! お嬢みたいないい子を追い詰めて、苦しめて、そして最後には用済みだから消すなんざ認められるかってんだ!!」
「ふざけやがって王族貴族のボンボン共が、下手に出てたら図に乗りやがって!!」
「調査戦隊解散のツケを支払わせてやる!!」
ずいぶんヒートアップしてるのも見受けられるよー。調査戦隊解散の件まで含めて、まとめてエウリデへの鬱憤を晴らすつもりの人さえいるねー。
溜まりに溜まった憤りをこの際、上乗せしてキレているような人達も尻目に僕らは、ギルド施設のカウンターにまでやってきた。すぐさまギルド受付嬢のリリーさんが、僕相手ということで対応しにやってきてくれる。
「来てくれたのね、ありがとう……ええと皆様、事情はお分かりで?」
「シミラ卿が半月後、処刑されようとしているってところまでは。それ以外の細かいところを今日、ベルアニーさんと話しさせてもらいに来たんだよー」
「調査戦隊メンバーを複数人抱える新世界旅団として、ギルド長と交渉せねばならないこともまた、ありますので」
シアンさんと並んでリリーさんに向き直り、今日ここに来た理由をざっくりながら伝える。シミラ卿が処刑されるらしいってところ以外、ほぼほぼ情報がないからね、僕達はー。
ギルドの動きとかも教授の推測を聞くばかりで、実際のところが分からなかったし。そうなると今回どう動くのも読みづらいわけなので、その辺の打ち合わせやすり合わせも今回、したかったってのも本音ではあるよー。
リリーさんは僕らの言葉に頷き、すぐに手続きをしますと言って速やかに上階へと向かっていく。
ことがことだけにいつにも増して早いねー。あるいはギルド長、こうなることを予期していたかな? 元が歴戦の古強者な人だから、長年の経験から僕らがやろうとしてることだって見抜いていてもおかしくはないのかもー。
今さらちょっと緊張してきたのか、シアンさんが美しいお顔を憂いと不安に曇らせてきた。
ギルド職員の帰還を待つまでの僅かな時間だけど、彼女はぽつり、小声で内心を吐露した。
「……少し緊張してきました。ギルド長との交渉に臨むなど、普通のパーティーの普通の冒険者であればなかなかする機会のないことですから」
「それは……そう、だねー。あの人、実績があるか可能性に溢れた冒険者とは積極的に絡んでいくんだけどねー」
「ま、よほど大物なパーティーくらいのものだろうね本来は。つまりはソウマくんやサクラ、私を抱え込む程の新世界旅団とあなたは、今でなくともゆくゆくは大物として成長するのだと見込まれていると言えるが」
泣く子も黙るギルド長ベルアニーさんとの交渉が、まだまだ新人なシアンさんには不安なものなんだねー。気持ちは分かるよー。
そもそも普通の冒険者には滅多なことで関わることのない人だ。何しろ実績がある人か今後に期待できる人ばかりを優遇する、これはこれでクセの強い人だからね。
普通の括りに入ってる人には見向きもしない、なんて悪癖があるんだよー。
つまりは今から行う彼との交渉は、新世界旅団というパーティーとその団長、シアン・フォン・エーデルライトの品定めの色合いも含まれているね。
ここで彼に対して自分達の価値を示せないようでは先が思いやられると、そういう話し合いの場でもあるわけだった。
「ギルド長にまで登りつめた傑物の、眼力は本物でござろうなあ。あーあとシアン、おそらく交渉中、お主も何度かは試されるでござろうから気を抜いてはいかんでござるよ?」
「もちろんです。新人でも、いえ新人だからこそ舐められるわけにはいきません……!」
サクラさんの忠告を受けてシアンさんが気合を迸らせる。放つカリスマの強さに、これなら大丈夫だと確信できるよ。
やがてリリーさんが戻ってきて、ギルド長室へと案内しますと告げてきて。僕らはそれに従い、2階へと上がっていった。
大体半月ぶりくらいに入るギルド長室は、当たり前だけど特に代わり映えのない光景だ。
デスクにソファ、テーブル。棚がいくつかと、あと観葉植物の植木鉢が少し。それだけだね。
ただ、一見質素に見えるけどいずれの家具や植物も実は相当なお値打ちものらしいとは以前、リリーさんから聞かされている。
たとえば今、僕ら新世界旅団メンバーとリリーさんが座っているソファなんか、このギルド施設を建てるのよりもお金をかけてるらしいんだから驚きだよー。
現在のギルド長であるベルアニーさんの趣味というか性格に合わせた、シンプルな贅沢ってことなんだろうねー。
彼自身、パッと見普通の老人だけど実はまだまだ現役顔負けの動きができるということを考えると、この部屋こそがギルド長の本質を端的に示していると言えるのかもしれなかった。
「シミラ卿の件についてはこちらでも把握している。まったくエウリデめ、焦りすぎて最悪の一手を打ちおったよ」
そんなギルド長はデスクに座り、ため息混じりに机を指で突いていた。長い白髪をオールバックに流したダンディーな爺様だ。たしか今年で69歳とか言ってたかな。長生きー。
普段はまあまあ好々爺らしく笑みを浮かべている人だけど、今回ばかりは笑顔のかけらもありゃしない。難しげに顔をしかめて、シミラ卿の処刑についてギルドの掴んでいるところを教えてくれたよー。
「日取りは半月後、王都近郊の処刑場にて行われる。こちらもかなりのスピード裁決だな、よほどさっさとシミラ卿を殺したいと見える」
「それなら処刑なんて形式にせず暗殺とかでいいんじゃないのー? いや、時間をかけてもらうほうが僕らとしちゃありがたいけどー」
「単純に見せしめにしたいというのと、そこまでするとそれはそれで、諸外国やレジェンダリーセブンがつけ入る隙になるからだろう。罪無き元調査戦隊メンバーの騎士団長が暗殺されるなど、それこそ第三者からの干渉に対して大義名分を与えてしまうようなものだからな」
僕ら的には準備がはかどるわけなので、処刑なんてものはいくらでも遅らせてもらっても構わないのだけれど……エウリデ側も急いでいるはずなのに、即時即断で処刑に至らないのもなんだか不自然だ。
そう思って尋ねると、思っていたよりは難しい話が出てきたよー。
諸外国やレジェンダリーセブンによる介入を恐れて、無理筋な暗殺には移れなかった可能性がある。なーんて滅茶苦茶な話だよ。
藪をつついて蛇を出したら、それにつられて鬼までやってくるかもーみたいな。何も考えずに出る杭を叩けば良いとか思ってたのかなエウリデは。考えてたんだろうね、エウリデは。
少しの沈黙が流れた。迂闊極まるエウリデの上層部に対して、ギルド長も新世界旅団メンバーの面々も呆れた風に吐息を出していく。
そんな中、意を決したように強張った顔で、シアンさんが挙手してベルアニーさんへと告げた。
「すみませんが、我々新世界旅団はこうしたエウリデの動きに対し、ギルドと連携を取りつつ独自の行動を取りたく思います」
「先程、そちらのリリーくんから話のさわりは伺った。シミラ卿を奪還、解放した上でそちらのパーティーに属させる、か……元よりソウマの時点で特大の厄介であるものを、さらなる火種を抱え込むのかね」
「火種。まあ、火種と言えましょうか。今後レジェンダリーセブンという巨大な英傑達を誘い込むための、灯火になってもらいたいとは思っていますから」
しれっと厄介物扱いされちゃった。まあそうなるよねー。
僕が、冒険者"杭打ち"が所属しているって時点で新世界旅団はとんでもないトラブルの種なんだ。少なくともエウリデにおいては。
それを理解していてもなお受け入れてくれたシアンさんは、利害の一致とか過去の恩とかを抜きにしても相当な器になる可能性を秘めていると思うよー。
僕を利用してレジェンダリーセブンを集結させ、パーティーに勧誘しようって案を示した時にはリリーさんがそれに慌てて声を上げた。
「レジェンダリーセブンをも誘うつもり!? ソウマくんがいるなら乗らなくもないだろうけど、シアンさんあなた、まさか調査戦隊を復活させるつもりなの!?」
「まさか! 我々は新世界旅団、調査戦隊などではありません。我が団のメンバーたるソウマくんを訪ねてやってくる冒険者達を、その機会に勧誘するというだけの話です。そもそも私達の目的は迷宮のみならず、この世に遍くすべての未知を踏破することなのですから」
僕らがモニカ教授に向けたのとまったく同じ疑念、懸念。
やっぱりレジェンダリーセブンはじめ元調査戦隊メンバーを囲うってなったらまず、事実上の調査戦隊復活を想起しちゃうんだろうねー。
でもシアンさんは毅然として答えた。そもそも調査戦隊はこの辺の迷宮を攻略するためだけのもの。迷宮に限らないありとあらゆる未知をターゲットにしている新世界旅団は、スケールが違うんだってね。
うちの団長の考えたプロジェクト"ニューワールド・ブリゲイド"はすごいんだ! と、僕は彼女の隣でちょっぴりドヤ顔なんか浮かべちゃったりしていた。
緊張に強張りながらも、それでもギルド長ベルアニーさんに毅然と向き合う我らが新世界旅団団長、シアンさん。
カリスマを放ちながらの宣言は歴戦の、そして老獪なるギルド長をして感嘆させるもののようだった。軽く吐息を一つして、それからジロリとパーティーの面々を一瞥してつぶやく。
「未だ登録もしていないパーティーでよくまあ吠えるものだ……ソウマ、それにサクラ殿にモニカ教授も、この新米冒険者には大言壮語を実現するだけの器があると?」
「あるよ」
「ないわけねーでござろ」
「あるんですよねえ、これが」
Sランク冒険者一人と天才教授、あとついでに僕が3人揃ってシアンさんを肯定する。紛れもなくうちの団長は大器だよー、少なくとも大器になり得る可能性にあふれている。
放つカリスマもそうだけど、何より自身の野望、野心に対してストレートに挑む姿勢が素晴らしい。貴族であること、冒険者であること……僕にかつて助けられたことまで含めてすべて活かして前に進もうとしている。
それは間違いなく素敵なことだ。少なくとも冒険者界隈においては、それもまた一つの冒険として見ることができるだろうねー。
新米で、未熟で、まだまだ課題の多い人だけど。カリスマも威厳もあり、何より未知へ向かおうとする情熱が、ロマンを求める心が誰よりも強い。
僕にせよサクラさんにせよモニカ教授にせよ、そこをまず一番に評価しているわけだよー。
「シアン・フォン・エーデルライトはまさしく英傑の素質を持っていますよベルアニーさん。強さと野心は言わずもがな、宿す力、カリスマは未だ萌芽でしかないものの、すでに私達との縁を手繰り寄せて掴み取るに至っている」
「切った張っただけが強さではござらん。人を動かし、ともに行こうとする力もまた強さでござろう? その点で言えば団長は底知れぬでござるよ。いつか本当に、誰をも連れてどこへも行ける大人物になるのでござろうなあ」
「モニカ……サクラ」
新世界旅団の副団長とブレーンによる賞賛。特に師とも言えるサクラさんに大きな期待を寄せられていることについて、シアンさんが感動の面持ちを見せる。
そうだ。シアンさんにはあるんだよ、そういう空気が。いつかやってくれるんじゃないか、僕らを引き連れて、世界のどこにだって行ってくれるんじゃないかって雰囲気が。
未知なるものへの探究心の強さがそんな空気を醸しているのかもしれない。あるいは名だたる冒険者を輩出してきたエーデルライト家の、教育の賜物なのかもしれない。
どちらにせよ"彼女となら、どこまでも未知を求めて進んでいける"なんて気持ちになれるんだ。レイアにも感じることのなかったものだよ、これは。
僕からもベルアニーさんに話す。
「何よりね。僕はシアンさんに、冒険者の真髄を見たよ」
「ほう? 真髄だと」
「うん。未知を求め、道なき道を行く。冷たい風に晒されても、心に宿した炎は絶えることはない。僕がレイアに、調査戦隊に教わった冒険者の姿そのものなんだよ、うちの団長は」
「ソウマくん……!」
新人ゆえの無知とか、世間知らずゆえの浅はかさだけじゃない。たしかに未知を求めて生きていく覚悟を秘めた情熱を、シアンさんは胸に強く抱いている。
そうでもなきゃ新世界旅団なんて、プロジェクト"ニューワールド・ブリゲイド"なんて構想しないからね。
かの計画こそは富より名声より栄誉より何よりも、未知を求めて止まないシアンさんの理想そのもの。
今はまだまだ雛形どころか設計図段階だけれど、完成した暁には果てない夢を載せてどこまでも進んでくれるだろう希望の帆船。
それを数多の縁を用いて実現させようと奮闘するシアン団長は、きっと冒険者としてはレイアとは似ても似つかないんだろう。
でも僕は、そこにたしかにレイアと同じ、いやそれ以上のものを見たんだ。
「"絆の英雄"とは違う。どこまでも仲間を、絆を最優先にしていた彼女と異なり団長はどこまでも未知を、冒険を求めている。その姿勢こそが調査戦隊に足りなかったもの。レイアが失敗した理由でもあるんだろうって思う」
「……なるほど」
「調査戦隊を乗り越えて冒険者達が次に進むためには、新世界旅団が必要なんだ。いつか必ず、"灯火の英雄"となるだろうシアンさんがね。だから僕は彼女の力になる。今回は他の誰でもない、僕だけの選択だよ」
レイアを。絆を大切にしようとしてどうにもならなくなった彼女を──そういう風に僕が追い詰めてしまったところも少なからずある──さえ超えて、シアンさんはそこに辿り着くと確信している。
絆をつなげるだけでなく、繋げた絆を未来へと続けていくための灯火。
大迷宮深層調査戦隊が示したものをさらに先へと進める偉業とは、新世界旅団こそが成し遂げられる。冒険者達を行く先を照らす、篝火になれるはずだ。
他の誰でもなく僕自身がそう信じているんだ。3年前とは違い完全に僕自身の意志で。シアンさんとサクラさん、そしてそこに集う仲間達ならきっと未知なる新世界へ行けるって。
だから僕も、新世界旅団で頑張るんだよ。
僕の、僕なりの新世界旅団への想い、シアンさんへの期待。
もちろん過度に押し付けるようなことはしたくないしするつもりもないけれど、できるならば……と、抱いている本音の思いはこんなところだねー。
シアンさんも真摯な顔で、僕の言葉に耳を傾けて頷いてくれる。努めて誠実たらんとして、ソファに座りながらも深く頭を下げて応えてくれたのだ。
「ソウマくん……ありがとうございます。あなたがそこまで期待してくれていること、一人の人間として真摯に受け止めます」
「"灯火の英雄"とはこれまたハードル爆上がりでござるなー。そんじょそこらのSランクでも難しい領域でござるよ、シアン」
「そうね、でも……血が滾るものを今、感じています。偉大なる先人の功績を、私なら、私達ならさらなる未来へ繋げていけると他ならぬ先人だった彼が期待してくれている。冒険者として、これに応えない手はないでしょう!」
サクラさんのからかいめいた言葉にも、熱意を燃やして熱く語る。シアン団長、僕の言葉でさらに奮起してくれてるみたいだよー。
でも無理はしないでほしいよね、マイペースマイペース。まあ、彼女が無理をしそうならそれを支えて助けるのが新世界旅団メンバーである僕らの役割だ。
ギルド長ベルアニーさんがくつくつと喉を鳴らして笑った。面白がりつつもどこか、眩しそうに目を細めてシアンさんを見ている。
かつてはレイアにも向けていた目だ。加えて優しい微笑みとともに言ってくる。
「シアン・フォン・エーデルライト。君も大変だな? 癖しかない連中が今後、君の周りをうろついて離れなくなる」
「上等です。私が求める未知に相応しい、素敵な仲間たちでしょう? これが新世界旅団……私の最高の仲間達です!」
「ふっ……ふふ、ふふふふ! エーデルライトは代々腕利きを輩出してきたが今回は別格だ! まさか神話をも超える冒険譚を担う者とはな!!」
力強く仲間を誇る団長に、いよいよ堪えきれぬとベルアニーさんが笑った。ひどく楽しげな、嬉しそうな声。
長いこと生きて長いこと冒険者やってる彼は、シアンさん以前のエーデルライト家の冒険者だって当然知ってるんだろう。歴代の者達と比べて、それでもなおシアンさんの特異性を認めていた。
目尻に涙さえ浮かべながらも彼は笑う。
そしてしばらくしてから、ギルド長として僕ら新世界旅団の面々へと、高らかに告げるのだった。
「良いだろう、君らは君らで好きにやりたまえ! 冒険者ギルドはそちらの都合に合わせて動こうではないか。まあ、こちらも正直な話、連中との正面衝突など損しかないからどうしたものかと考えあぐねていたところなのだ。渡りに船だな、これは」
「あれ? ベルアニーさんあんまり乗り気じゃないんだ? こういう騒ぎになると誰より気が短い人だと思ってたけどー」
「人を見境なくキレる老人みたいに言ってくれるな、小僧……」
なんか意外だ、なんなら率先して武器を持って殴り込みに行きそうくらいまで思ってたんだけどー。
というかいつものベルアニーさんなら確実にそうしてるのに、どうしたんだろ? 高齢からいよいよ身体の調子でも崩したかな。無理のきく歳でもないからねー。
若干心配気味に見ていると、彼は露骨に機嫌を悪くしてふん、と鼻を鳴らした。
年寄り扱いするなとつぶやいて、ひどくつまらなさそうに語る。
「私とて憤っていないわけでもないがな。エウリデは勝手に虎の尾を踏んだのだから、どちらかと言えば殴りに行きたいが巻き添えを食うのが怖い、という思いのほうが強い」
「虎の尾? え、誰かなんかしようとしてるー?」
「ああ。リューゼリア・ラウドプラウズ──そして彼女の率いるパーティー、"戦慄の群狼"がな」
憂鬱そうに告げられたその名前に、なるほどさしものギルド長でも関わり合いになるのを躊躇するよねって僕は瞬間的に思った。
たぶんサクラさんにモニカ教授も同じ思いだろう。ああ……みたいな顔をして、ちょっと面倒そうに顔をしかめていた。
"戦慄の冒険令嬢"リューゼリア。元調査戦隊メンバーであり、レジェンダリーセブンの一員として今もガッツリ活躍中のSランク冒険者だ。
僕の新世界旅団入りを聞いて何やら動き出したってのは聞いていたけど、シミラ卿とも仲が良かった彼女だからこの件にも関わろうとするよね、そりゃあ。
ベルアニーさんが机の引き出しから一枚、手紙を取り出した。
リューゼリア直筆のサインが記されている。嘆息とともにそれをひらひらと手で揺らす彼は、疲れを覗かせつつもさらに続けて言った。
「豪快で豪胆でしかし、おそるべき野性と本能からくる知略を併せ持つレジェンダリーセブンの一角はすでにシミラ卿処刑のニュースを聞きつけている。ご丁寧に配下の者に手紙を持たせてきたよ、さっそくな」
「早っ! え、早すぎないー?」
「エウリデ内の我々でさえ昨日今日に知ったことを、なぜカミナソールにいる"戦慄の冒険令嬢"がもっと以前から知ってたんでござる……?」
リューゼがこの町に来たがっていること、またそのためにミシェルさんを先んじて来訪させていることも知っている僕達だけど、にしたって耳が早すぎるよー。
どういう情報網を持っているんだろう? 予想以上に動きの早いレジェンダリーセブンの一角に、僕らは驚きを隠せないでいた。
エウリデの冒険者達も最近知ったような話を、どうやらずいぶんと前から知っていたらしいリューゼリアと"戦慄の群狼"。
遠く離れたカミナソールにいてどうやってそんなことができたのか気になる僕に、モニカ教授が推測になるけど、と前置きして説明する。
「カミナソールの革命騒ぎに深入りしていた、あちらの国の英雄だからね、リューゼ嬢は。当然国ぐるみで付き合いもあるし、情報部から仕入れでもしたんだと思うよ」
「その辺は分からんし気にしても仕方ない。重要なのは、リューゼリアがシミラ卿処刑に激怒してカミナソールを出、エウリデに戻って来ようとしている点だ」
「すでに動いているんですね……正直私としては、処刑騒ぎがどのような形にせよ一段落した段階でくるかと思っていました」
シアンさんが困惑しながらも言う。
正直僕としても同感というか、普通に考えたらシミラ卿の処刑が行われる半月後までにエウリデに到着するなんてどう考えても無理だと思ってたから、まさか間に合いそうだなんて夢にも思わなかったよー。
これって良いのか悪いのか……リューゼリアという戦力が対エウリデ戦線に加わるのはこの上なく頼もしいけど、反面あいつはあいつで暴走するからね。
誰の言うことも聞かない、乱暴者モードになった場合あいつを止められるのはたぶん僕だけだ。最悪のケースは考えとかないといけないねー。
ギルド長も同じ懸念を抱いているらしく、ため息混じりに机を指で叩き、難しい顔をして話す。
「レジェンダリーセブンの動きは私のような者には読めんよ……ともかくだ。彼女がおそらくは激怒して殴り込んでくるからには私はむしろ、エウリデと冒険者ギルドの関係調整を行うべき立場となった」
「ええと……それってその、リューゼリアさんという方がやりすぎてしまう、ということですか?」
レリエさんの質問に彼は無言で頷いた。やっぱり、ギルドとしても感情のままに暴れ倒すリューゼのことは危惧してるんだよー。
調査戦隊時代から彼女と、あとミストルティンの二人はしょっちゅう揉め事を起こしていた。引き起こす当事者だったこともあれば巻き込まれた末、なぜか当事者を差し置いて大暴れするケースだってあったんだ。
当時を思い出してギルド長と顔を見合わせる。モニカ教授も苦笑してるけど、前線に出ない彼女だから苦笑いで済むんであって、僕やベルアニーさんからすれば笑い事じゃないよーって感じだ。
二人、げんなりしつつも振り返る。
「他のメンバーはともかく彼女とミストルティンはな、下手をすれば処刑阻止からそのまま国王の首まで刎ねにかかるぞ。さすがにそこまでするのはまずいのだが、激怒している以上はそんなことを一切気にするやつではあるまい」
「ありえますねー。身内の危機にはミストルティンと並んでやりすぎる、そんなやつでしたしー」
「普段は多少ながら後先を考えられる質ではあろうが、親友とも言うべきシミラ卿が狙われては後先も考えまい。下手をすればエウリデの国体が終わる」
個人によって国そのものが終わる、だなんて大袈裟に思われるかもだけど事実だ。レジェンダリーセブンはそれぞれ、単騎で国を落としてしまえるだけの力があるんだから。
ましてや七人の中でも上位の方に位置するリューゼだ、マジでシミラ卿解放にとどまらずエウリデの貴族という貴族を、王族という王族をどさくさ紛れに始末していったって不思議じゃない。
僕らの真剣さが伝わってか、亡国の気配を感じ取り一同の表情が変わる。
下手すると今いるこの国がなくなりかねないんだ。いくら僕ら冒険者が常に権力に中指立ててるアウトローの集まりであったとしても、社会基盤の崩壊まではさすがに望んじゃいない。
事態の深刻さに、より真剣味を帯びるシアンさんの顔つき。
貴族として国を想い、冒険者として国に逆らう。矛盾した立場にいる彼女にけれど、ベルアニーさんはニヤリと笑った。
今は彼女のような人物こそが必要なのだとつぶやき、そして語る。
「半月後に行われる処刑にタイミングを合わせて"戦慄の群狼"本隊が殴り込みに来るのは容易に想像できる。それまでにこちらのほうで連中にも足並みを揃えるよう、話をつけておきたいが……」
「この町に来ているという斥候役の方と接触する必要がありますね。幸い、ソウマくんがすでに知り合いらしいのでそこは我々が受け持ちましょう」
「頼む。カミナソールからくる場合確実に海路を使いトルア・クルアへ至るはずなので、最悪そこに使者を立てるが……ソウマを間に立てたほうが彼女相手には有効だろう」
何はともあれリューゼリアと交渉しなければならない。その一点で新世界旅団と冒険者ギルドの見解は一致した。
となれば何を置いても"戦慄の群狼"の斥候としてこの町を訪れているミシェルさんを確保し、説得して協力してもらわないといけない。
そう考えてひとまず僕らはミシェルさんを探すことにした。
彼女を通してリューゼとやりとりし、最低限足並みを揃えるように説得するんだねー。
リューゼリア率いるパーティー・戦慄の群狼の一員にして、斥候としてこの町に滞在中のミシェルさんを確保する。
そして交渉の場を設け、新世界旅団と冒険者ギルド、戦慄の群狼が足並みを揃えてシミラ卿処刑阻止のために動く──そうでしないと十中八九、リューゼが暴走して怒りのままにエウリデ連合王国そのものを崩壊させにかかってしまうから。
概ね以上の方針で僕達はさっそく動くことにした。新世界旅団たる僕達については、主に二手に分かれての行動となる。
ここに残ってギルドとの連携、そしてシミラ卿を取り戻すための作戦を練る側と、ミシェルさんを探してリューゼとの交渉ラインを繋ぐ側とだね。
人員の割り振りはもちろん団長がしてくれてるよー。
「ギルドとの連携の内容、及び処刑阻止に向けての動きを検討するのは私とモニカ、レリエで受け持つわ」
「参謀見習いとしては初仕事だね。気張らせてもらおうじゃないか」
「何ができるわけでもないけど、お茶くらいなら入れられるかも……が、頑張りまーす」
主に作戦会議、話し合いを担当するのはシアンさんにモニカ教授にレリエさん。団長と参謀と古代文明の智慧をお持ちの知識人さんによる、インテリトリオだねー。
モニカ教授は参謀見習いを自称していて、ゆくゆくは新世界旅団内でも参謀、ブレーン的な立ち位置を目指して頑張っていきたいみたいだ。
調査戦隊時代は割と鳴り物入りで入団したものだから、すぐに誰もが認める大参謀役に落ち着いていた彼女だけれど……今回は完全に新参者としてのスタートとなる。
信頼と実績を一から積み上げるなんて初めてかもしれないね、なんて笑っていたあたり心配ご無用って感じの余裕ぶりだよー。教授ならすぐに、団長を支える頭脳になってくれるだろうと期待しているよー。
「ソウマくんとサクラはミシェルさんの捜索、および彼女と接触して交渉の場を設けてほしいわ。実際の交渉は私とソウマくんと……あと、ギルド長も参加でよろしいですか?」
「無論だとも。捜索のほうはうちからもパーティーを見繕っている。好きなように使っていいぞ、ソウマ」
そしてもう片方。僕とサクラさんに加えてギルドが選定したパーティー、いわゆる実働チームによるミシェルさんの捜索だ。
自分で言うのもなんだけど僕にしろサクラさんにしろ、頭脳関係はそんなに……だからね。小難しく考えるのはそれこそインテリチームに任せて、こっちはこっちで足を動かし手を動かし、場合によっては杭を打つなり刀を煌めかせるなりするのが適材適所ってやつなんだろう。
ミシェルさんは元々僕と同じ孤児院出身ってこともあり、ある程度調べる宛があるのは助かる話だよー。
当てずっぽうであちこちうろつかなくても済むのは大変大きい。僕はミシェルさん捜索の相方であるサクラさんへと告げた。
「なるべくさっさと探さなきゃね、時間も限られてるし」
「たしかソウマ殿と出身が同じなのでござったな。それではとりあえずそちらに向かうでござるか」
「そうだねー。あ、でも先に門番さんに確認を取るよ。ザンバー担いだ女の人が出入りしてないかーって。もしかしたらもう、町を出ちゃってるかもだしねー」
「あー、かもしれんでござるね。まずは町の中か外かにざっくり絞る。うん、理に適ってるでござる」
焦りもあってついつい、さっそく孤児院に行きたくなるって場面だけれどここはちょっぴりの遠回りこそが最適解だろう。すなわち絞り込みだ。
ミシェルさんと遭遇してからもう一週間くらいは経過している。この間、用事というか粗方の町の観察を済ませてカミナソールへと戻っていてもおかしくはないからねー。
まだエウリデ国内をうろついている、とかだったら最悪でも僕が単身で空を飛んで確保に動けるけど……国境を出てたらさすがにそれも難しい。
だからさしあたってはまず、この町を囲う砦の四方の門に行って、門番さんにミシェルさんらしき人が出入りしたかを聞くべきなのだ。いきなり孤児院をあたって、その間に彼女がエウリデの外に出てましたーなんて笑い事じゃないし。
これは割と、スピード勝負にもなりかねない。
ギルド長室で話し込んでる場合でもないかもねと、僕は杭打ちを担いで団長達へと言った。
「さしあたりミシェルさんの動向を確認して、可能な限り確保できるように僕らは動くよー。団長、教授、そちらは任せますー」
「ええ、任せてください。そちらもお気をつけて」
「ミシェルさんを確保できるか否かでこちらの策も変わる。なるべく早くの報告を期待するよ、杭打ちくん?」
「任せといてー。こう見えて人探しは結構得意なんだよー」
教授のからかうような声にかるーく返す。
人探しが得意なのは事実だ。迷宮攻略法の一つに感覚強化ってのがあるからねー。
全身の感覚を強化するから、どこに誰がいるのかって探知には非常に便利なんだよー。
「"杭打ち"!? アンタが俺達と一緒に探しものを手伝ってくれるのか!!」
「……レオンくん?」
ミシェルさんを探すにあたり、ギルドの用意したパーティーとも連携を取って探す必要がある。
というわけで一階はギルドの受付まで戻り、件の連中と引き合わせてもらったわけだけど……まさかの知り合い、これは嬉しい誤算だよー!
いつぞや、新米なのに好奇心からいきなり地下86階まで降りて死にかけたというとんでもないエピソードを作っちゃった人達。レオンくんにノノさんにマナちゃん。
さらにはそんな彼らに保護され、今ではパーティーメンバーとして行動をともにしている古代文明人の双子、ヤミくんとヒカリちゃん。
ある意味、新世界旅団並に不思議な面々が今回、僕らと共同でミシェルさんを探すことになったみたいだ。
ベルアニーさん、気を遣ってくれたのかな? まったく見知らぬ人達相手だとやりにくいから助かるよー。
「知り合いにござるか? ソ……ソ、そっとしておきたい杭打ち殿」
「えぇ……?」
とはいえ、サクラさんにとっては当然初対面の相手だ。どうやら僕の知り合いらしいことは察して誰何を問うてくるけれど……誤魔化し方が雑!
ソウマって言いそうになったから慌てて修正したんだろうけど、そっとしておきたい杭打ちって何かな、なんの暗号?
言った本人も若干顔を赤らめている。あ、でも恥じらうサクラさんもかわいいー!!
やっぱり美人の恥じらう姿ってこう、美しいよねーと思っていると、ノノさんがそんなサクラさんに目をつけて仲間内で囁き出した。
「それにSランクのサクラ・ジンダイさんまで……これアレよね、噂のパーティー・新世界旅団が動いてるってこと、よね?」
「ぴぃぃ……や、やややっぱりヤバい案件じゃないですかぁぁぁ……! ギルド長直々の依頼って時点でおかしかったんですよ、ぴぇぇぇ……っ!!」
「つってもお前なあ、マナ……レジェンダリーセブンの遣わした使者を探し出すだけじゃねーか。別に渦中に巻き込まれるわけでないならって、ノノもだけどお前も頷いてたろ」
新世界旅団、分かっちゃいたけどまあまあ腫れ物だねー。僕が属している時点で当たり前なんだけど、それにしたってビビられ方がちょっと過剰だよー。
……いや、マナちゃんはいつでもこんな感じだねー。思えば初めて会った時もずーっとピーピー鳴いてる、小鳥みたいな子だ。
多分、僕より歳上なんだろうけど、よく鳴くもんだから変に幼く見えるから困るよー。
女性陣が不安に慄くのを、レオンくんがなだめるのを見ながら僕も、サクラさんにことのあらましを説明した。
「……以前に知り合った冒険者パーティー。好奇心で地下86階まで潜った挙げ句、彼らも古代文明人の双子を保護してくれてるよー」
「双子ってーと……そこな幼子達でござるか。こないだレリエとも遭遇したとかなんとか、言ってたでござるね」
「……そうだね。久しぶりヤミくん、ヒカリちゃん」
レオンくん達とはこないだ、それこそ孤児院でミシェルさんに遭遇した日にも軽く出くわしているねー。
うちのレリエさんと向こうのヤミくんヒカリちゃん。古代文明人同士のおそらくは史上初めての接触だったんだ。貴重な場面だったよー。
思い返しつつ改めて挨拶すると、ヤミくんがとてとて駆け寄ってきて僕に抱きついてきた。マント、一応洗い立てだけど血とか染み付いてて臭くないだろうか? 消臭はしたと思うけど心配だよー。
どうしたことかヤミくんにはひどく懐かれてるんだよね、僕。何がきっかけかも分からないんだけど、子供に愛されるとっても素敵な杭打ちさんとしては喜ばしいねー。
小柄な子供の頭を優しく撫でる。上目遣いで僕を覗き込み、ヤミくんはへにゃりと笑って応えた。
「久しぶり、杭打ちさん! 会えなくて寂しかったよ、僕」
「もう、ヤミッたらすっかり杭打ちさんに懐いちゃってるんだから!」
「べ、別に懐いちゃいないけど!? ただ、その、そう、尊敬できる冒険者の人だし、レオンさん達にも負けないくらい僕らを護ってくれた人だからってだけだよ!」
「……まあまあ二人とも。元気してた?」
もう誰から見てもあからさまに、完全に懐いてくれてるんだけどー……妹にからかわれるのはやっぱり面白くないみたい。年頃だねー。
必死になって反論するヤミくんの頭を撫でつつ、双子を宥めて最近どう? って聞いてみる。古代文明人と言っても子供なんだから、なるべく健やかに過ごしていてほしいよねー。
そのへん、レオンくんは信頼してもいいと思うし心配はしてないんだけど一応聞いてみる。
ヤミくんが撫でられる頭にくすぐったさを覚えてか微笑みつつ、返事をしてくれた。
「う、うん。元気してた。その、杭打ちさんは? 新世界旅団ってパーティー、どうなの?」
「……素敵だよ、メンバーみんなね。こちらの方もその一人でサクラさんだよ」
「ん、名乗らせてもらうでござるよ? 良いでござる?」
僕のほうも調子を尋ねられたし、良いタイミングだしサクラさんにも自己紹介を促すよー。
これも何かの縁、ましてや彼らパーティーは個人的にも応援している人達だ、サクラさんにも見知っていてほしいからね。
頷く僕に応じて、彼女はヒノモト人らしい所作で居住まいを正し、礼儀正しく名乗り始めた。
「さて、それでは拙者から名乗らせていただこうかでござる。杭打ち殿とそちらのパーティーの方々が知り合いというのであれば、それすなわち拙者にとっても友誼を結ぶに足る存在ということゆえ」
僕に促されて名乗りをあげるサクラさん。ヒノモト式の、前傾に頭を軽く下げての会釈に近い体勢だ。
ワカバ姉も名乗る時はこんな感じだった記憶があるねー。そしてそのまま彼女達は、長口上つきで自らの身元を明かすのだ。
「お初にお目にかかる。生まれ育ちはヒノモト、なれど広き世界を夢見てはるかな大陸に漕ぎ出し早6年。今では一廉の冒険者として、Sランクにも登録されているでござる──サクラ・ジンダイ。日頃杭打ち殿が世話になっているご様子。以後、よろしくお願い申し仕る」
「……あ、こ、これはこれはご丁寧にどうも! まだまだ半年目の新米冒険者、レオン・アルステラ・マルキゴス。よろしくお願いします!」
冒険者の中でもトップ層であるSランクが直々に挨拶してきたんだから、新人さんのレオンくん達はそりゃあ、焦るよね。
この町で活動してる冒険者は実力のアベレージこそ高くて、Aランクもそれなりの数がいたりするんだけれど、Sランクに関しては今や一人もいない有様なのだ。
大体のSランクが調査戦隊メンバーだったし、解散に合わせて各地に散り散りになったからねー。だからサクラさんの存在は割とこの町にとっては貴重で、冒険者ギルドも下に置かない扱いをしてるんだよー。
「初めましてジンダイさん、ご高名はかねがねお伺いしております。ノノ・ノーデンと申します、よろしくお願いします」
「ま、まままマナ・レゾナンスですぅ……よろしくお願いしますぅ……」
「レオン殿に、ノノ殿にマナ殿でござるな。よろしくでござる」
慌てて名乗り返す彼と仲間達。なんかこう、ドタバタしつつも仲の良さが伺えて見てて和むよー。
まずはレオンくんを筆頭に、ノノさん、マナちゃんと続いて挨拶していく。ノノさんは勝気な性格をしているからかしっかりしてるんだけど、マナちゃんは臆病めな性格もあってかなりビビっちゃってるねー。
その後に古代文明から来た双子、ヤミくんとヒカリちゃんのご挨拶だ。未だ抱きついているヤミくんとそれに寄り添うヒカリちゃんの背中を擦って促せば、二人ともおずおずとサクラさんの前に立った。
さっきまではちょっと甘えん坊さんだったけど、普段は双子の兄らしく大人びた姿を見せるヤミくんが先んじて名乗った。
「ええと、ヤミです。そちらのパーティーにいるレリエさんとは同じ時代に生き、同じ場所からやってきた同胞です。こちらは双子の妹、ヒカリ」
「ヒカリです。ヤミともどもレオンさん達と杭打ちさんに助けてもらって、今はレオンさんのパーティー"煌めけよ光"に属してます」
「この時代にはまだまだ疎く、何か失礼があればすみません。よろしくお願いします、サクラさん」
礼儀正しくしっかりした挨拶。現代にやって来てまだ1ヶ月くらいかな? だっていうのにすごく立派な態度だね、二人とも。
眠りから覚めて早々にエウリデの下衆共に狙われたりして大変な目に遭ってきた子達だけれど、今では頼れる保護者達や優しい大人に囲まれて過ごしているみたいだ。暗いものを感じさせない明るい姿に、思わずホッとするよー。
サクラさんも素敵な双子の姿に、すっかり目を細めて優しい顔つきになっている。ヒノモト人の目にも涙ってところかな。
まあ次の瞬間に殺意を孕んだ睨みつけをしかねないから、あの国のサムライって戦士連中はおっかないんだけど。とはいえ今回はただただ気に入って可愛がりたいみたいで、双子の頭に手を乗せてわしゃわしゃと撫で回していた。
「それだけしっかり挨拶できるなら失礼や粗相なんてなんのことでもないでござるよ。こちらこそよろしくでござるヤミ殿、ヒカリ殿」
「は、はい!」
「あ、ありがとうございます」
「んー、かわいい盛りでござるなあ。拙者この子らくらいの年にはもう毎日朝から晩まで修行でござったから、なんだかひどく懐かしく、羨ましくも感じるでござるなー」
「しれっとすごいこと言うなあ、このSランク……」
なんでもないことのように、大変おかしな育成を受けていたことを話すサクラさん。聞いていた周囲のレオンくん達がドン引きしてるよー。
ヒノモト人は戦闘職を志すとホント、小さな子供相手でも容赦なく鍛え上げるって聞くからね。地元の姫君だったワカバ姉でさえ、6歳の頃には薙刀を持つ訓練してたって言うし。
ほとんど国ぐるみでヤバい人達だよー。怖いよー。
「ま、よろしく頼むでござるよ二人とも。拙者も杭打ち殿の仲間でござる、信頼してくれていいでござるよ」
「……サクラさんは新世界旅団の副団長だ。Sランクとしても評判がいいから、悪辣さとは無縁と思っていいよ」
恐ろしいヒノモト人の顔をひた隠しにしつつ、僕の仲間であることを強調するサクラさん。
僕も僕で彼女の立ち位置を明言しつつ、お互いに連携が取れるように信頼できる人アピールをするのだった。
「……詳細はベルアニーさんから聞いてると思うけど、僕らはこれからリューゼリア・ラウドプラウズが率いる"戦慄の群狼"のメンバーを探し当てる」
互いに挨拶もそこそこにして、僕はレオンくん達のパーティーみんなと改めて情報共有や今後の段取りについて確認していた。
ギルドを出て歩き、町を囲む砦の門へと向かいながらも話していく。
元調査戦隊メンバーにして現エウリデ騎士団長であるシミラ卿の処刑と、それに合わせてやってくるだろうレジェンダリーセブンの一員、リューゼ。
パーティー・戦慄の群狼を率いておそらくは怒りのままに暴れ倒すだろう彼女を制止すべく、今この近辺にやってきている部下ミシェルさんを探し当てるのだ。
サクラさんがこの件の重要性について、僕に続けて語ってくれる。
「ことはシミラ卿の命に関わり、ひいてはエウリデと冒険者ギルドの関係にも、果てはレジェンダリーセブンにさえ絡む案件でござる。迅速に確実にことを運ぶでござるよー」
「ま、マジでやべえ案件なんだな……ギルド長から話を受けた時に大体聞かされてるけど、こいつはワクワクするぜ!」
「ワクワクって、レオンあんたねえ……」
「びゃあああ……狂ってますぅぅ……」
エウリデ連合王国がマジでどうかなってしまう。そんな瀬戸際に一口噛むことになってレオンくんは慄きながらも、それでも瞳を煌めかせて歯を剥き出しにして笑っている。
ノノさんやマナちゃんが呆れというかビビりまくってるのに対して、あまりに豪胆な姿勢と言えるかもねー。
「なんだよ、しないのかよワクワク? 俺はするぜ、めっちゃする。国だのなんだのの規模の話に、一口だけでも噛ませてもらえるなんてマジでエキサイティング! 興奮するぜ!」
興奮して叫ぶ彼を、道行く人達がギョッとして見ているけど……まるで物怖じせずにいる。やっぱり大物、になるかもねこの人ー。
少なくとも冒険者として、すごく良い才能を持ってるのは間違いない。だから僕個人としては、そんな彼には初対面の時点から強く気にしてるんだけどねー。
誰から見ても厄介事なこの案件を前に、ここまでワクワクしていられるなんてのは率直にかなりヤバい。
でも、そのヤバさこそが冒険者の高みには必要なんだ。国をも左右するような事態も冒険と言えるからねー。物怖じしてるようだとなかなか、ロマンってやつを前に動けはしないものだよー。
「……面白いよね、彼。実力はまだまだだけど、アレは絶対に高みに到れるよ」
「で、ござるなあ。新米がこんなことに関わった挙げ句にエキサイティングと言うなんざ、いかにも杭打ち殿が気に入りそうな御仁にござるよ」
「お仲間さん達もなんだかんだついていくあたり、リーダーとしてもなかなか、なかなか……将来性十分って感じだねー」
「…………むう」
サクラさんにもレオンくんを推す僕。シアン団長にも劣らずゆくゆくは大成しそうだって思えるんだよ、レオンくんって冒険者は。
パーティーのリーダーとして、仲間達を引っ張っていく姿も様になっているしね。地下86階まで迂闊に降りてしまったりと判断力は未熟だけれど、それでもみんなで成長していけるタイプの冒険者だねー。
と、そんな風に一人首肯く僕に、隣で歩くヤミくんが尋ねてきた。
見れば唇を軽く尖らせて、どこかムスッとした顔している。どうしたんだろう?
「杭打ちさん、僕は……いや、僕とヒカリはどうかな? 杭打ちさんの目から見て将来性はありそう?」
「……? え、何をいきなり」
本当にどうしたのー、いきなりややこしそうな話を振ってくるんだねー。
将来性の有無なんて軽率に言えるわけもないんだけど、ヤミくんは自分と妹の冒険者としての適性とか、今後について知りたがってるみたいだ。
正直、冒険者になって間もない子供達がそんなことを気にするのは大分早いよー。それに将来性なんて、運と努力である程度はカバーできなくもないと思うし。
そんな感じにぼかしていると、ヒカリちゃんがつぶらな瞳をパチクリさせて双子の兄を見た。意外そうな顔をして、もしかしてって呟いたんだ。
「ヤミ、え……もしかして拗ねてる?」
「……違うよ? 僕らも冒険者になったんだから、そのへんは聞いておきたいだろ? だからだよ別にレオンさんに対抗心とか持ってないから」
「そ、そう……」
……どう見ても拗ねてるねこれー。ヤミくん、僕がレオンくんをかなり真面目に推してるからそれが気に食わないのかー。
可愛らしいヤキモチだねー。っていうかずいぶんと好かれちゃったもんだな、僕。
ヤミくんは割と大人びていて聡明な子ってイメージが強いんだけど、心を許せる人相手には甘えたがりになるのかもしれない。
ヒカリちゃんともどもまだまだ幼いんだ、当たり前だよねー。サクラさんも微笑ましそうに目を細めて、僕の耳元で囁いてくる。
「愛らしい慕われ方してるでござるなー。なんかいい感じのこと、言ったげてもいいのではござらぬか?」
「言われてもね……とりあえずよく食べてよく寝て、よく学んでよく育ちなよ、としか言えないしー……」
「ぼ、冒険以前の問題だった!?」
「いや……だって二人ともまだ10歳とかでしょ?」
冒険者として、というより人間として良い生活を送るのが先決だよ、どう考えてもー。
そう言うと双子は苦笑いした。そもそも子供なのだから、まずは子供らしくすくすく育つべきだからねー。