「黙れ雌豚どもがぁぁぁっ!! 嘘デタラメを並べるな、俺とレイアは恋人なんだっ! 夫婦になるんだなれたはずなんだっ!! そこの人間のフリをしたモンスターさえいなければぁぁぁっ!!」

 もはや憐れまれてさえしまったガルシアさんが、怒りと屈辱、憎悪に顔を真っ赤に染めて叫ぶ。
 なんていうか図星を突かれて逆ギレしてる感じがすごいのは、彼自身どこか痛いところを指摘されたって空気を出してしまっているからだろうか。

 たぶん最初からこうだったわけじゃないんだよね、この人も。始まりは純粋にレイアに恋して、いつかお近づきになれれば、仲良くなれればって思っていたんだろう。
 それが、いろんな事情でなかなかうまく行かなくって……果てにはレイアは遠い他国に行っちゃって。踏み出すことすらできないまま終わった恋の憂さを、僕にぶつけていくうちにこんな風に歪んじゃったのかもしれないよー。

 それを、昔の僕ならいざしらず今の僕には笑うことなんてできない。
 愛を求め、恋に走るようになった人間としての僕は、もしかしたらこの人みたいになってしまう可能性だってあるんだ。実際、10数回に渡っての初恋はそのいずれもが難航してるし、いくつかに至っては割と残念な感じで終わっちゃったからねー。

 人間のフリをしたモンスター。この人にとって僕は、自分の大切なものを取り上げてしまったモンスターなんだ。今も昔も。
 だからって同意を返したりはできないけれど、何か言い返す気にもなれない。
 気づけば僕も、ただ憐れむ視線で彼を見ているのだった。

「……………………………」
「クズめ! ゴミめ! 人間ごっこをして人の大切なものを踏み躙って楽しいのか!! レイアは、調査戦隊はお前が壊したんだ! 何が脅迫されて追放されただ人でなしが、お前は好き放題して飽きたから調査戦隊を捨てたに過ぎないんだっ! ゴミクズが、ケダモノが、死んでしまえ! お前なんて生きてるだけ世界の無駄なんだ、死ね、死ねっ、死んでしまえーっ!!」
「──いい加減にしなさい! ガルシア・メルルーク!」
「ひぃっ!?」
「黙って聞いていればあなた、何様のつもりなのっ!!」

 僕への罵詈雑言も、こうなるとどうしたって虚しく哀しいものにしか思えず何もダメージを負うことはない。
 もうこの人にかけるべき言葉も、向けるべき視線もありはしない。終わったんだ、ガルシア・メルルークは。

 だけど僕の仲間、新世界旅団のメンバーはそうした言動の数々についに堪忍袋の尾が切れたみたいだった。シアンさんとレリエさんが、二人して激怒して叫び返したんだ。
 
「現実から目を背け、妄想の世界に生きるのは勝手にすれば良い。しかしそれで私達の仲間、私の大切な団員を侮辱するなど絶対に許しはしません!!」
「き、貴様っ……!!」
「大切なものを2つ、秤にかけてどちらかを選ぶしかできない苦しみがあなたに分かるの!? ソウマくんは、まだ子供なのにそんな目に遭わされてっ! それから何年も、何年も一人ぼっちで過ごして…………!! あなたの想いが叶わなかったそれは不幸よ! でもね、それがソウマくんを糾弾する理由には絶対に、絶対にならない!!」

 団長として毅然たる姿勢で臨むシアンさん。大人として、僕の事情を踏まえた上で反論してくれるレリエさん。
 二人ともガルシアさんへの怒りを瞳に宿している。僕への一方的な物言いがよっぽど気に障ったみたいだ。なんか……嬉しいよー。

 一方でサクラさんは凍てつく瞳で彼を一瞥して、ついで警部さんに話しかける。
 こっちもこっちで、一欠片の慈悲もかけるつもりはなさそうだよー。だって殺気すら滲む気配が、周囲に満ちているもの。

「警部殿ー。この男は襲撃者と大きな関わりがあるものと思われるでござる。加えていまご覧になった通り新世界旅団への著しい誹謗中傷行為、いずれも捨て置けるものではないでござるよねー?」
「ま、そうですなあ。事件の捜査もありますし、何よりどう見たってそこの人、正気じゃない。野放しにしていずれ取り返しの付かないことをされちまう前に、一旦ギルドで保護ってのはしといたほうがいいですわなぁ」

 それでも努めて冷静に、ガルシアさんの捕縛を確認しているあたりもう、彼女は彼に一欠片ほどの興味もないんだろうねー。
 代わりに僕の傍にやってきて、肩を抱き寄せてくれる。慰めてくれてるのかなー、いい匂いだよー。ちょっぴり血の匂いもするのが危なっかしくてミステリアスだよー。

 警部さんがガルシアさんを立たせた。これからギルドにまで連れていき、事情聴取をするのだ。事実上の逮捕だねー。
 最後に助けを求める眼差しで、家族を見るガルシアさん。けれどおばさんは俯いて涙を流し、モニカ教授はニヤニヤ笑って、そしておじさんは一言、無念そうにだけ呟いた。
 
「終わりだ、ガルシア」
「お、親父……!!」
「自分を見つめ直せ。お前は、間違えたんだ……踏み込まなければならない時に踏み込まず、踏み込んではいけない一線を踏み込んでしまった。その罪は、お前だけが背負わなければならない」
「…………く、ぐっ、ううううっ! ぐっううううううー……っ!!」
 
 獣の呻きにも似た泣き叫び。
 僕への憎悪で半ば狂ってしまった彼は、これから長い時間をかけて自分と向き合わなければならないんだねー……
 かつては世界最高峰の冒険者パーティーにいたはずの男の人の、あまりにも哀れな末路だよー。