2発の超手加減したデコピンを受け、倒れ伏すガルシアさん。
 おばさんが引きつった顔で声にならない悲鳴をあげるのを横目にチラと見て、申しわけなく思うけど……悪いけどここまで舐めてきた相手に、何もしないわけにはいかないんだよねー。

 反面、おじさんと教授は平然としているね。いやおじさんは忸怩たるって感じに俯いているけど、教授は完全にニヤニヤしている。面白がっているんだ。
 おじさんはともかくモニカ教授、ある意味すごいねー……実の兄が殴り飛ばされてこれとか、普段どれだけ兄妹仲が悪いのか伺えるってものだよー。
 
「き、貴様っ!? な、何をする、俺を誰だとっ! 誰だと思ってるんだスラムのゴミ風情がっ!!」
 
 尻餅をついたガルシアさんが、唖然とした中にもたしかに恐怖を垣間見せつつ吠える。
 まさか本気で、立場や身分をちらつかせれば僕を封殺できると思ってたのかなー。思ってたんだろうなー……この人の中で僕は結局、国の脅迫に屈して調査戦隊を追放されたスラムの子供でしかないみたいだし。
 3年前と同じく適当に脅迫しておけば、それで上手くいくとか思っていたとしてもおかしくはない。

 まあ普通に誤解なんだけどねー。僕が脅迫に屈する形で調査戦隊を去ったのは、相手が国や貴族だからとか、僕がスラムの生ゴミだからとかじゃない。
 僕を、迷宮を彷徨うだけのケダモノを人間にまで育ててくれた孤児院のみんなを、脅しの道具に使われたから。それだけなんだよー。

 でも今やあの孤児院には、借金のような明確な弱みはない。
 つまりは僕への脅迫材料にはなり得ないわけなので、いよいよ僕がそんなちらつかせに屈する理由もないんだ。
 その辺、完全に読み違えしているガルシアさんに僕は応えた。

「あなたが誰か? ……今や貴族階級に相当するメルルーク家のご長男、ガルシア・メルルークさんですよね?」
「そうだっ! その俺に、こんなことをしてただで済むと思ってるのかゴミクズ!! これでお前もなんとかいうクソ喰らえなパーティーの女どももおしまい──」
「逆に」

 ポツリとつぶやく。威圧も何も込めてない視線と声だけど、ガルシアさんは自然と押し黙り僕を睨む。
 なんでこんな程度で黙る人が、ここまで命知らずな挑発を行えるんだろう? 不思議だよー。

 単純な話、この人の理屈は根本から成立していないんだ。
 僕は冒険者だ。みんなも冒険者だ。この人だってかつては、調査戦隊に属している間だけだったけど冒険者だったんだ。
 なのにどうしてこんなどうしようもない勘違いができたんだろうね? 違和感を抱えたまま、彼へと告げる。
 
「逆に。そんな程度のことで僕を、冒険者を屈服させられると思ったんですか? ……おめでたいねー」
「何…………!?」
「仮にも調査戦隊にいたのに、どうしてそういう思い違いをするんだか理解ができないよ。冒険者にとって、権威や権力なんて絶好の餌──噛みつき先でしかないのに、ねー」
 
 冒険者にとって権力者や権威ある人物なんてほとんどの場合、自分達の活動すなわちロマン探求をあらゆる形で邪魔立てしてくる鬱陶しい連中だ。
 たとえ生まれ育った故郷だろうと、天に座すとされる神様に近い権威を授かっているとされていても……それでやることが自分達の活動を妨害することなら、善悪も損得も義務も権利もすべて脇に置いて牙を剥き出しにして襲いかかる。
 それが冒険者だ。
 
 大概の国はそういう狂犬的性質の厄介さとうまいこと付き合いつつ、冒険者が発見する迷宮での各種様々な価値ある発見を上手にガメたりするわけなんだけど。
 エウリデは前述の通り、ここに至るまで散々にやらかしているからねー。冒険者とお互いに警戒するのも仕方ないところあるんだよー。
 それを何も理解していないご様子のガルシアさんに、僕は呆れつつも問いかける。
 
「貴族相当だからなんなのかな? 僕らはそんなの気にしないよ。もちろん仲間達だって気にしてないし、他の冒険者達もそう。ましてあなたの場合、妹の成果に乗りかかっただけのイカサマみたいな立ち位置じゃないか」
「なん……だと、貴様ァ!?」
「そもそも冒険者相手に上から目線で偉そうに言う、その時点でアウトなんだよガルシアさん。つまるところ"僕達"は……偉いやつも偉そうなやつも、みんなまとめて噛み砕いてやりたいって危ない連中の集まりなんだから」
 
 とにかく偉そうなやつが気に食わない。本当に偉くても、実は偉くもないのに偉そうにしてるだけでも気に食わない。
 気に食わないなら誰であろうと噛み付いてやる。噛み付いて噛みちぎって、その偉そうな顔面に牙を突き立てて食い破ってやる────異常なまでの権威権勢への憎悪、反骨心。

 それこそがロマンを追い求める長い歴史の中で常に権力と戦い続ける中で形成されてきた、僕ら冒険者の核心なんだ。